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特許7641737三次元形状体の製造方法および植物体の生産方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-27
(45)【発行日】2025-03-07
(54)【発明の名称】三次元形状体の製造方法および植物体の生産方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 11/04 20060101AFI20250228BHJP
   C12N 5/04 20060101ALI20250228BHJP
   A01H 4/00 20060101ALI20250228BHJP
【FI】
C12N11/04
C12N5/04
A01H4/00
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020217728
(22)【出願日】2020-12-25
(65)【公開番号】P2022102781
(43)【公開日】2022-07-07
【審査請求日】2023-06-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000001052
【氏名又は名称】株式会社クボタ
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】本多 充
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 正樹
(72)【発明者】
【氏名】野本 友司
【審査官】斉藤 貴子
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-188442(JP,A)
【文献】特開2020-121531(JP,A)
【文献】特開2019-030236(JP,A)
【文献】塩谷侑子ほか,ヨウサイカルスからのプロトプラストの単離と培養,北陸作物学会報,2017年,Vol. 52,P. 17-20
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 11/00-11/18
C12N 5/04
A01H 4/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
受容液Aに、受容液Aと反応してゲル化する溶液Bを滴下することにより、ゲルを形成および積層する造形工程を備え、
前記溶液Bは、植物細胞と糖アルコールとを含み、
前記受容液Aおよび前記溶液Bの少なくとも一方または両方は糖を含み、
前記糖アルコールと前記受容液Aおよび前記溶液Bにおける合計の前記糖とのモル比は、1:1~1:3であり、
前記溶液Bにおける糖アルコールの濃度は、0.1~0.6Mであり、前記受容液Aおよび前記溶液Bの少なくとも一方または両方における糖の濃度は、0.1~0.4Mである、三次元形状体の製造方法。
【請求項2】
前記糖は、非還元性多糖である、請求項1に記載の三次元形状体の製造方法。
【請求項3】
前記受容液Aが糖を含む、請求項1または2に記載の三次元形状体の製造方法。
【請求項4】
前記受容液Aおよび前記溶液Bの両方が糖を含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の三次元形状体の製造方法。
【請求項5】
前記造形工程において、インクジェット方式、スプレー方式またはディスペンサ方式によって受容液Aに溶液Bを滴下する、請求項1~4のいずれか1項に記載の三次元形状体の製造方法。
【請求項6】
前記造形工程の後に、植物細胞を培養する培養工程を備える、請求項1~5のいずれか1項に記載の三次元形状体の製造方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の三次元形状体の製造方法によって三次元形状体を得る工程と、
前記三次元形状体に含まれる植物細胞を分化させる分化工程とを備える、植物体の生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、三次元形状体の製造方法および植物体の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞を含む三次元形状体の製造方法として、例えばゲルを用いた従来技術が知られている。特許文献1には、ゲル形成性A液を、前記A液と接触するとゲルを生成するゲル形成性B液(受容液)を有する水槽に、前記A液の到達位置を変えながら噴射することで、次々にゲルマイクロビーズが癒着した三次元構造を有するゲルを製造する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2008-126459号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上述のような従来技術は、三次元形状体を造形する方法に関するものであり、細胞の培養への影響は考慮されていない。本発明の一態様は、任意の形状を有し、且つ植物細胞を培養可能な三次元形状体を製造する方法を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記の課題を解決するために、本発明者が鋭意研究を行った結果、糖アルコールと糖とを併用することにより、任意の形状を有し、且つ植物細胞を培養可能な三次元形状体を製造する方法を実現できることを見出し、本発明を完成させるに至った。本発明は、以下の態様を包含する。
<1>受容液Aに、受容液Aと反応してゲル化する溶液Bを滴下することにより、ゲルを形成および積層する造形工程を備え、前記溶液Bは、植物細胞と糖アルコールとを含み、前記受容液Aおよび前記溶液Bの少なくとも一方または両方は糖を含む、三次元形状体の製造方法。
<2>前記糖は、非還元性多糖である、<1>に記載の三次元形状体の製造方法。
<3>前記糖アルコールと前記糖とのモル比は、1:1~1:3である、<1>または<2>に記載の三次元形状体の製造方法。
<4>前記受容液Aが糖を含む、<1>~<3>のいずれか1つに記載の三次元形状体の製造方法。
<5>前記受容液Aおよび前記溶液Bの両方が糖類を含む、<1>~<4>のいずれか1つに記載の三次元形状体の製造方法。
<6>前記造形工程において、インクジェット方式、スプレー方式またはディスペンサ方式によって受容液Aに溶液Bを滴下する、<1>~<5>のいずれか1つに記載の三次元形状体の製造方法。
<7>前記造形工程の後に、植物細胞を培養する培養工程を備える、<1>~<6>のいずれか1つに記載の三次元形状体の製造方法。
<8><1>~<7>のいずれか1つに記載の三次元形状体の製造方法によって三次元形状体を得る工程と、前記三次元形状体に含まれる植物細胞を分化させる分化工程とを備える、植物体の生産方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明の一態様によれば、任意の形状を有し、且つ植物細胞を培養可能な三次元形状体を製造する方法を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】本発明の一実施形態に係る三次元形状体の製造方法を説明する模式図である。
図2】比較例1、実施例1および2における培養前の三次元形状体の外観および培養後の細胞の顕微鏡観察像を示す図である。
図3】比較例1、実施例1および2における細胞を含むゲルの変化を示す図である。
図4】比較例1および2、実施例2および3の細胞塊形成率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の実施の形態の一例について詳細に説明するが、本発明は、これらに限定されない。本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A~B」は、「A以上、B以下」を意味する。また、説明の便宜上、同じ機能を有する部材については、同じ符号を付記し、その説明を省略する。
【0009】
〔1.三次元形状体の製造方法〕
本発明の一実施形態に係る三次元形状体の製造方法は、受容液Aに、受容液Aと反応してゲル化する溶液Bを滴下することにより、ゲルを形成および積層する造形工程を備え、前記溶液Bは、植物細胞と糖アルコールとを含み、前記受容液Aおよび前記溶液Bの少なくとも一方または両方は糖を含む。本明細書において、三次元形状体とは、植物細胞を内包したゲルを積層することにより形成された、三次元形状を有する構造物を意味する。
【0010】
図1は、本発明の一実施形態に係る三次元形状体の製造方法を説明する模式図である。溶液B2は、植物細胞1を含んでいる。受容液A3に、溶液B2を滴下することにより、溶液B2の液滴の表面がゲル化して被膜が形成される。これにより、植物細胞1を内包したゲル5が形成される。このゲル5を積層することにより、任意の形状を有する三次元形状体6を形成することができる。溶液B2の滴下にはインクジェットヘッド4等を用いることができる。
【0011】
糖アルコールは浸透圧調整剤として働くため、植物細胞1の破裂を防ぐことができる。さらに糖によって溶液B2の比重と植物細胞1の比重とを近づけることができる。そのため、溶液B2内での植物細胞1の浮上および/または沈降を防ぐことができる。沈降を防ぐことにより、長時間の吐出が可能となり、より大きい、又はより複雑な形状の三次元形状体を形成させることができる。さらに糖は植物細胞1の炭素源にもなり得る。以上のことから、前記製造方法によれば、任意の形状を有し、且つ植物細胞を培養可能な三次元形状体を製造することができる。例えば図1のように三次元形状体6を培地7(液体培地等)中に保持しながら、培養器8内で培養することにより、細胞分裂を促進することができる。
【0012】
溶液B2に糖が含まれる場合であって、且つ受容液A3に糖を添加することにより、三次元形状体6を形成させた際に、三次元形状体6の比重と受容液A3の比重とを近づけることができ、三次元形状体6が自重で変形することを防止できる。また、溶液B2に含まれる糖よりも受容液A3に含まれる糖の濃度が大きい場合、三次元形状体6に含まれる溶液B2の糖がゲル5を通して溶出することを防止できる。溶液B2に含まれる糖の濃度にかかわらず、受容液A3に糖が含まれる場合、溶液B2に含まれる糖が植物細胞1により消費され、濃度が小さくなった後においても、ゲル5を通して植物細胞1に炭素源として糖を供給できることにより、良好な培養が可能となる。溶液B2に含まれる糖よりも受容液A3に含まれる糖の濃度が大きい場合、ゲル5を通して植物細胞1に炭素源として糖を供給できることにより、さらに良好な培養が可能となる。
【0013】
後述のように三次元形状体に含まれる植物細胞を分化させることにより、任意の形状の植物体を生産することもできる。三次元形状体は、目的とする植物体の概形に等しい形状、すなわち器官の位置、方向、大きさおよび/または数等が、生産したい植物体とほぼ同じである形状であってもよい。また、目的とする植物体は、根、茎及び葉を備えた植物体全体であってもよく、一部の器官であってもよい。
【0014】
例えば、通常の形状に比べて、葉が大きい、葉の数が多い、または葉の配置が異なる三次元形状体により、光合成を効率的に行う植物体を得ることができる。また、通常の形状に比べて、根が太い、根が長い、根の数が多い、または茎が太い三次元形状体により、水分または養分の吸収力が高い植物体を得ることができる。このような三次元形状体により、植物体の成長促進または高付加価値化が可能である。ここで、「通常の形状」とは、「対象とする植物種が通常の生産方法によって生産された場合または自然条件によって生育した場合の形状」を意味する。
【0015】
また、三次元形状体は、葉及び茎の少なくともいずれか一方の配置が制御されたものであってもよい。このような三次元形状体を用いれば、植物体の株間を狭めて密植することができる。また、植物工場等においては、葉の方向または配置を限定することによって、光源の配置を最適化することもできる。さらには、果実が形成される位置も制御することができる。これにより、葉、茎および果実等の配置を植物の成長に委ねる場合に比べて、育成時または収穫時の作業性を向上する形状を有する苗を提供することが可能である。また、農作業の自動化に適した形状を有する苗を提供することが可能である。
【0016】
<受容液Aおよび溶液B>
溶液Bは、受容液Aと反応してゲル化する溶液である。受容液Aおよび溶液Bに含まれる溶媒としては水が挙げられる。受容液Aと溶液Bとの組み合わせとして、アルカリ土類金属イオンを含む水溶液およびアルギン酸を含む水溶液;カルシウム塩、トロンビンおよびフィブリノーゲンのうち、2成分を含む水溶液および残りの1成分を含む水溶液;ポリビニルアルコール水溶液およびホウ酸水溶液;塩化ナトリウム水溶液およびペプチドハイドロゲル形成性ペプチド水溶液;温水および昇温時ゲル化型熱可逆ハイドロゲル形成性親水性高分子水溶液等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。生物親和性等の観点から、受容液Aと溶液Bとの組み合わせは、アルカリ土類金属イオンを含む水溶液およびアルギン酸を含む水溶液であることが好ましい。
【0017】
アルカリ土類金属イオンとしては、カルシウムイオン、バリウムイオン、マグネシウムイオン、ストロンチウムイオン等が挙げられる。アルカリ土類金属イオンを含む水溶液は、アルカリ土類金属塩の水溶液であってもよい。アルカリ土類金属塩として塩化カルシウム、塩化バリウム、塩化マグネシウム、塩化ストロンチウム等が挙げられる。アルギン酸を含む水溶液は、アルギン酸塩の水溶液であってもよい。アルギン酸塩としてアルギン酸ナトリウム、アルギン酸カリウム等が挙げられる。
【0018】
アルカリ土類金属イオンを含む水溶液とアルギン酸を含む水溶液との反応により得られたゲルは、アルギン酸のアルカリ土類金属塩を含む。アルギン酸のアルカリ土類金属塩としては、例えば、アルギン酸カルシウム、アルギン酸バリウム、アルギン酸ストロンチウム、アルギン酸マグネシウム等が挙げられる。
【0019】
なお、前記のような組み合わせにおいて、どちらを受容液A、どちらを溶液Bにしても構わないが、溶液Bを滴下する際の利便性の観点から、粘度の低い溶液を溶液Bとする方が好ましい。
【0020】
アルカリ土類金属イオンの濃度は、培養時に植物細胞に与える影響を抑制するとともに造形するためにゲル強度を高める観点から、5~2,000mMであることが好ましく、10~1,000mMであることがより好ましい。また、アルギン酸塩の濃度は、特に限定されないが、高粘度化による取り扱い性低下を抑制する観点から、0.4重量%~1.5重量%であることが好ましい。
【0021】
受容液Aおよび/または溶液Bは、上述した成分の他にpH調整剤等を含んでいてもよい。pH調整剤としては、例えば、2-モルホリノエタンスルホン酸、リン酸緩衝液等が挙げられる。なお、一般的に細胞の培養に適したpHの範囲は5.5~6程度である。
【0022】
また、受容液Aは、増粘剤を含んでいてもよい。受容液Aの粘度を高めることにより、受容液Aの流動を抑え、作製したゲルを、溶液Bを滴下した位置に留めることが容易になる。従って、ゲルの積層および三次元形状体の造形が容易になる。増粘剤としては、ポリビニルアルコールおよびヒアルロン酸等が挙げられる。
【0023】
<植物細胞>
溶液Bは、植物細胞を含む。植物細胞は、細胞壁を有する植物細胞であってもよく、細胞壁を除去したプロトプラストであってもよい。また、植物細胞は、特定の組織に分化した植物細胞であってもよく、分化能を有する植物細胞であってもよい。分化能を有する植物細胞としては、脱分化細胞が挙げられる。脱分化細胞としては、植物組織から採取した細胞からカルスを得て、このカルスから得られた細胞等が挙げられる。そのような植物組織としては、根、茎、葉、花弁、種子、胚、胚珠、子房、葯、花粉および成長点(茎頂分裂組織および根端分裂組織)等が挙げられる。特に茎頂分裂組織の細胞(茎頂細胞)は、ウイルスフリーとなるので好ましい。
【0024】
カルスは、前記植物組織を摘出し、栄養を含む培地で培養して形成することができる。次いで、形成されたカルスに対して酵素を用いて、細胞を単離するか、または細胞の塊であるスフェロイドの状態まで細分化することが好ましい。この場合、三次元形状体を形成することがより容易である。前記酵素としては、セルラーゼおよびペクチナーゼ等が挙げられる。これらの酵素の水溶液をカルスに接触させることが好ましい。
【0025】
分化能を有する植物細胞と、特定の組織に分化した植物細胞との両方を用いて三次元形状体を形成してもよい。この特定の組織に分化した植物細胞とは、植物組織から取り出した植物細胞、および、分化能を有する植物細胞を分化させた植物細胞等を指す。
【0026】
前記植物細胞は、種子植物、シダ植物およびコケ植物のいずれの植物の細胞であってもよい。種子植物は、被子植物であってもよく、裸子植物であってもよい。被子植物は、単子葉植物であってもよく、双子葉植物であってもよい。また、前記植物は草本であっても木本であってもよい。
【0027】
単子葉植物としては、ラン科(シュンラン、コチョウランおよびバニラ等)、イネ科(イネ、コムギ、オオムギ、ライ麦、トウモロコシ、キビ、アワおよびサトウキビ等)、カヤツリグサ科(パピルス等)、サトイモ科(サトイモ等)、オモダカ科(クワイ等)、ユリ科(チューリップ、タマネギ、ネギ、ニンニク、ニラおよびアスパラガス等)、ヤマノイモ科(ヤマノイモ等)およびショウガ科(ミョウガおよびショウガ等)等が挙げられる。なお、タマネギ、ネギ、ニンニクおよびニラはヒガンバナ科、アスパラガスはキジカクシ科に分類される場合もある。
【0028】
双子葉植物としては、キク科(ヒマワリ、レタス、ゴボウ、シュンギクおよびフキ等)、マメ科(ダイズ、エンドウ、アズキ、ソラマメおよびラッカセイ等)、アカネ科(コーヒー等)、シソ科(シソ、エゴマおよびハッカ等)、トウダイグサ科(ポインセチアおよびキャッサバ等)、アオイ科(ワタ属およびオクラ等)、セリ科(ニンジン、パセリおよびセロリ等)、アブラナ科(シロイヌナズナ、ダイコン、アブラナ、ハクサイ、カブ、カラシナ、カリフラワー、キャベツ、ブロッコリー、ワサビおよびハツカダイコン等)、バラ科(イチゴ、リンゴ、ナシ、サクラ、ウメおよびモモ等)、ナス科(ナス、トマト、トウガラシ、タバコ、ピーマンおよびジャガイモ等)、アカザ科(ホウレンソウ等)、スイレン科(スイレンおよびジュンサイ等)、ハス科(ハス等)、ミカン科(ミカンおよびレモン等)、ウコギ科(ウドおよびタラノキ等)、ヒルガオ科(サツマイモ等)、ウリ科(スイカ、メロン、キュウリ、ニガウリ、カボチャおよびヘチマ等)、ブドウ科(ブドウ等)、ゴマ科(ゴマ等)、ナデシコ科(カスミソウおよびカーネーション等)、スミレ科(パンジー等)、サクラソウ科(シクラメン等)およびキンポウゲ科(クレマチス属等)等が挙げられる。なお、ホウレンソウはヒユ科に分類される場合もある。
【0029】
植物細胞として、複数の植物種の細胞を併用してもよい。これにより、複数の植物種の特性を併せ持つ植物体を生産することができる。例えば、環境ストレスへの耐性向上、病害虫被害の回避、品質向上、収穫量増加または成長促進等の効果が考えられる。
【0030】
また、接ぎ木による作業負担を軽減することも可能である。例えば、穂木および台木の準備が不要である。また、穂木と台木との接合部から水および雑菌が入らないように管理することも不要である。なお、穂木および台木のうち、一方を通常の方法で栽培した植物体とし、もう一方を前記三次元形状体によって補ってもよい。
【0031】
さらに、特定の器官のみを他の植物種の細胞から形成することが可能であるため、既存の接ぎ木に比べて、高い自由度にて植物体を設計することができる。例えば、大きい葉を有する植物の細胞を用いれば、光合成がしやすくなって成長を促進させること、または少ない枚数の葉で光合成を行うことができる。強く広がる根を有する植物の細胞を用いれば、養分を吸収しやすくなり、成長が促進される、または糖度もしくは栄養価が高まる。本来水耕栽培に適さない植物に対して、水耕栽培に適した植物の細胞を用いて根を形成することもできる。また、寒さもしくは暑さ、または病害虫に強い植物の細胞を用いることもできる。
【0032】
例えば、前記製造方法によれば、茎および葉に対応する部分はスイカの細胞で形成し、茎の一部および根に対応する部分はカボチャの細胞で形成することも可能である。これにより、スイカの穂木にカボチャの台木を接ぎ木することと同等の効果を得ることができる。
【0033】
<糖アルコールおよび糖>
溶液Bは、植物細胞とともに糖アルコールを含む。糖アルコールとしては、マンニトール、ソルビトール、キシリトール、マルチトール、エリトリトール等が挙げられる。これらのうち1種を用いてもよく、2種以上を併用してもよい。溶液Bにおける糖アルコールの濃度は、浸透圧調整の観点から0.1~0.6Mであってもよく、0.2~0.6Mであってもよく、0.4~0.6Mであってもよい。
【0034】
受容液Aおよび溶液Bの少なくとも一方は糖を含む。すなわち、受容液Aが糖を含んでもよく、溶液Bが糖を含んでもよい。受容液Aが糖を含んでいれば、滴下後に形成されたゲルに内包された植物細胞に糖を取り込ませることができる。溶液Bが糖を含んでいれば、滴下前の溶液Bおよび/または滴下後に形成されたゲル内で植物細胞に糖を取り込ませることができる。これにより植物細胞は糖を炭素源として用いることができる。また、糖により溶液Bの比重を制御することもできる。これにより、溶液B内での植物細胞の浮上および/または沈降を制御することもできる。
【0035】
受容液Aおよび溶液Bの両方が糖を含んでいてもよい。これにより炭素源としての糖の濃度を高め、細胞増殖を促進することができる。
【0036】
本明細書において、糖とは、アルデヒド基またはケトン基を有する糖を意味し、糖アルコールとは区別される。糖は、単糖であってもよく、多糖であってもよい。単糖としては、グルコース、ガラクトース、フルクトース等が挙げられる。本明細書において、多糖とは、2分子以上の単糖が結合した糖を意味する。すなわち、本明細書において、多糖とは、二糖、三糖、四糖等のオリゴ糖を包含する広義の多糖である。糖として1種を用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0037】
多糖は、還元性多糖であってもよく、非還元性多糖であってもよい。非還元性多糖は、加熱に対して比較的安定的であるため、オートクレーブ処理が可能である。よって、非還元性多糖を含む受容液Aおよび植物細胞を分散させる前の溶液Bは、加熱滅菌によりコンタミネーションを防ぐことができる。この観点からは非還元性多糖が好ましい。還元性多糖としては、ラクトース、マルトース等が挙げられる。非還元性多糖としては、スクロース、トレハロース等が挙げられる。
【0038】
溶液Bにおける糖の濃度は、0.1~0.4Mであることが好ましい。受容液Aにおける糖の濃度は、0.1~0.4Mであることが好ましい。これらの範囲であれば、炭素源として利用する観点、並びに細胞の浮上および沈降を防ぐ観点から好ましい。
【0039】
前記糖アルコールと前記糖とのモル比は、1:1~1:3であることが好ましい。これにより、細胞増殖を促進するとともに、受容液Aおよび/または溶液B内での植物細胞の浮上および沈降を容易に防ぐことができる。なお、例えば糖であるスクロースは糖アルコールであるマンニトールよりも比重が大きい。従って、糖アルコール:糖=1:1~1:3の範囲で、細胞が溶液B内で浮上する場合にはスクロースの比率を下げ、細胞が溶液B内で沈降する場合にはスクロースの比率を上げることが好ましい。
【0040】
<滴下方式>
受容液Aを溶液Bに滴下する方法は特に限定されない。例えばインクジェット方式、スプレー方式もしくはディスペンサ方式、またはピペット等を用いて受容液Aに溶液Bを滴下してもよい。三次元形状体の形状を制御しやすいという観点からはインクジェット方式およびディスペンサ方式が好ましい。また、着弾位置および吐出量を制御しやすいという観点からはインクジェット方式が好ましい。
【0041】
溶液Bの吐出量および飛翔速度等は、溶液の組成等に応じて適宜調整すればよい。溶液Bの吐出量は、例えば、200~700pLであることが好ましく、300~600pLであることがより好ましい。吐出された液滴の直径は70~120μmであることが好ましく、80~110μmであることがより好ましい。また、液滴の飛翔速度は1.5~8m/sであることが好ましく、2~7m/sであることがより好ましい。
【0042】
インクジェット方式またはディスペンサ方式における、溶液Bを吐出するためのノズル径は、溶液Bに含まれる植物細胞の大きさに応じて適宜決定される。例えば植物細胞の大きさが約10μm程度の場合、ノズル径が20μm以上であれば、ノズルが詰まるリスクを低減できる。吐出される植物細胞は、単離された細胞であってもよく、スフェロイドであってもよい。
【0043】
ピコリットル~ナノリットル単位の溶液Bを吐出できるという観点からは、インクジェット方式が好ましい。インクジェット方式としては、ピエゾ方式を用いることが好ましい。ピエゾ方式では、電圧を加えてインク室内の圧電素子を変形させる。これによりインク室内に生じた圧力によって、インク(溶液B)を吐出する。ピエゾ方式であれば、インクを加熱して吐出するサーマル方式に比べて、植物細胞に与える影響が少ない。また、吐出される溶液Bの液滴サイズを、電気パルス信号によって均一に制御できるという観点からも、ピエゾ方式が好ましい。
【0044】
また、ディスペンサ方式として、例えばジェットディスペンサ方式を用いてもよい。ジェットディスペンサ方式も、インクジェット方式と同様に非接触であることから、繊細な細胞を用いた造形に適している。また、ジェットディスペンサ方式は、インクジェット方式と同様に比較的微量の液滴を安定して吐出できる。
【0045】
インクジェット方式またはディスペンサ方式を用いる場合、重力方向に垂直な方向(つまり水平方向)に植物細胞の配置を進めてもよい。すなわち、将来的に茎が伸長する方向(植物成長方向)が造形工程の段階では水平方向となるように、三次元形状体を形成してもよい。例えば、溶液Bの滴下によって、水平方向へ第1の層を形成する。そして、三次元形状体に厚みを持たせるために、第1の層上に第2の層、第3の層等の複数の層を順に形成する。これにより、初めから重力方向と平行に植物細胞を積み上げる方法に比べて、簡便に三次元形状体を形成することができる。それゆえ、効率よく且つ歩留まりよく三次元形状体を形成することができる。
【0046】
分化能を有する植物細胞と特定の組織に分化した植物細胞とを併用して三次元形状体を形成する場合、特定の組織に分化した植物細胞は、その組織に該当する部位に配置することが好ましい。つまり、葉に分化した細胞は葉を形成する部位に、根に分化した細胞は根を形成する部分に配置することが好ましい。さらに、特定の組織に分化した植物細胞の周囲には、分化能を有する植物細胞を配置することが好ましい。このように配置することにより、後述の培養工程および/または分化工程において、特定の組織に分化した植物細胞と、その周囲にあり、細胞分裂により増殖する分化能を有する植物細胞とが連結しやすくなる。また連結後に、特定の組織に分化した植物細胞から、周囲の分化能を有する植物細胞に対して、その組織への分化を促す信号伝達を行うことができる。
【0047】
また、受容液Aと反応してゲル化し、且つ植物細胞を含まない溶液Cを、溶液Bと併用してもよい。これにより、植物細胞を含むゲルと、植物細胞を含まないゲルとから三次元形状体を形成してもよい。植物細胞を含まないゲルによって、植物細胞を含むゲルを支えることができる。すなわち、植物細胞を含まないゲルをサポート材として用いることができる。植物細胞を含まないゲルは、植物細胞を含むゲルと同様の方法により形成することができる。
【0048】
ゲルは、その目的である三次元形状体としての構造を保持する機能等が不要となった段階で除去してもよい。ゲルがアルギン酸のアルカリ土類金属塩から形成される場合、アルカリ土類金属イオンを捕捉するキレート剤を用いることで、ゲルを除去することができる。
【0049】
<培養工程>
前記製造方法は、前記造形工程の後に、植物細胞を培養する培養工程を備えていてもよい。これにより、植物細胞の分裂を促進することができる。前記製造方法が培養工程を備える場合、前記製造方法は、三次元形状を有する細胞培養物の製造方法であるとも言える。例えば、培養工程では三次元形状体を培養器または培養液に入れることにより、植物細胞を培養することができる。培養工程は、通気培養によって行われてもよい。
【0050】
三次元形状体を固体培地または液体培地に接触させてもよい。固体培地または液体培地としては、一般的な植物培養用の培地を用いることができる。そのような培地としては、例えばMS培地およびLS培地が挙げられる。当該培地は、上述の糖アルコールおよび/または糖を含んでいてもよい。また、当該培地は、後述の組織化促進剤を含んでいてもよい。
【0051】
培養工程における温度条件および光条件としては、一般的な植物培養の条件を用いることができる。例えば、温度は、20~25℃であってもよい。PPFD(photosynthetic photon flux density)は、0~100μmol・m-2・s-1であってもよい。
【0052】
〔2.植物体の生産方法〕
本発明の一実施形態に係る植物体の生産方法は、上述の三次元形状体の製造方法によって三次元形状体を得る工程と、前記三次元形状体に含まれる植物細胞を分化させる分化工程とを備える。これにより、三次元形状体に含まれる植物細胞を様々な器官へ分化させることができる。
【0053】
例えば、分化工程は、植物細胞の組織化を促進する成分を含んだ組織化促進剤を、植物細胞に添加することによって行われてもよい。これにより、植物細胞の分化を促進することができる。また、三次元形状体から植物体を得るための期間を短縮できる。
【0054】
組織化促進剤の添加は、上述の造形工程の前、造形工程の後、または造形工程と同時に行われてもよい。例えば、造形工程の前に予め植物細胞へ組織化促進剤を添加したうえで、三次元形状体を形成してもよい。または、造形工程の後に三次元形状体を組織化促進剤に浸漬するか、もしくは三次元形状体へ組織化促進剤を塗布もしくは滴下してもよい。または、造形工程と同時に組織化促進剤を添加しながら植物細胞を所望の形状に配置してもよい。組織化促進剤の添加は、上述の培養工程の前、培養工程の後、または培養工程と同時に行われてもよい。
【0055】
組織化促進剤は、固体、液体および気体のいずれであっても構わないが、扱いやすさの観点からは液体であることが好ましい。組織化促進剤を液体として用いる場合の溶媒としては、例えば、水が挙げられる。水は、植物細胞への影響が少なく、且つ取扱いが容易である。植物細胞の組織化を促進する成分としては、葉または根への分化に適した成長制御因子が挙げられ、例えば植物ホルモンが挙げられる。植物ホルモンとしては、オーキシンおよびサイトカイニンが挙げられる。以下に植物ホルモンの例を挙げるが、いずれの植物ホルモンが適しているかは植物細胞の種類による。
【0056】
オーキシンとしては、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)、ナフタレン酢酸、インドール酪酸、インドール酢酸、インドールプロピオン酸、クロロフェノキシ酢酸、ナフトキシ酢酸、フェニル酢酸、2,4,5-トリクロロフェノキシ酢酸、パラクロロフェノキシ酢酸、2-メチル-4-クロロフェノキシ酢酸、4-フルオロフェノキシ酢酸、2-メトキシ-3,6-ジクロロ安息香酸、2-フェニル酸、ピクロラムおよびピコリン酸等が挙げられる。なかでも、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸、ナフタレン酢酸、インドール酪酸またはインドール酢酸が好ましく、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸またはナフタレン酢酸がより好ましく、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸がさらに好ましい。
【0057】
サイトカイニンとしては、ベンジルアデニン、カイネチン、ゼアチン、ベンジルアミノプリン、イソペンチニルアミノプリン、チジアズロン(TDZ)、イソペンテニルアデニン、ゼアチンリポシドおよびジヒドロゼアチン等が挙げられる。なかでも、ベンジルアデニン、カイネチン、チジアズロンまたはゼアチンが好ましく、ベンジルアデニン、カイネチンまたはチジアズロンがより好ましく、チジアズロンがさらに好ましい。
【0058】
組織化促進剤は、組織化したい組織に適した植物ホルモン環境を提供できるように添加することが好ましい。前記三次元形状体の複数の箇所に、それぞれ植物ホルモンの組成が異なる組織化促進剤を添加することが好ましい。例えば、茎または葉にしたい部位にはサイトカイニンの濃度が高くなるように、根にしたい部位にはオーキシンの濃度が高くなるように組織化促進剤を添加することが好ましい。
【0059】
組織化促進剤は、ディッピング方式、スプレー方式、インクジェット方式またはディスペンサ方式によって、三次元形状体または植物細胞に添加されてもよい。なお、この場合は、組織化促進剤を液体として用いることが想定される。
【0060】
分化工程において、三次元形状体を他の植物体と結合するように配置してもよい。上述の造形工程においては、葉、茎および根等の全ての器官を含む植物体が形成されるように三次元形状体を形成してもよいが、全ての器官を造形工程において形成する必要はない。予め一部の器官が欠損した植物体に隣接させて、その一部の器官になり得る三次元形状体を配置してもよい。これにより予め一部の器官が欠損した植物体に三次元形状体を結合させてもよい。例えば、根が欠損した植物体に対して、三次元形状体を結合し、この三次元形状体を根へと分化させることもできる。
【0061】
なお、三次元形状体を他の植物体と結合するように培養する場合、三次元形状体に含まれる植物細胞と他の植物体とは、同じ植物種であってもよく、別の植物種であってもよい。例えば、根の部分を切除したスイカに対して、この根の部分を、カボチャの細胞を用いて形成してもよい。これにより、スイカの茎に連結したカボチャの根を形成することも可能である。これにより、スイカの穂木にカボチャの台木を接ぎ木した場合と同様の植物体を形成することが可能である。また、水耕栽培に適さない植物の根の部分のみ、水耕栽培に適した植物体の細胞を用いて形成することもできる。これにより、通常、水耕栽培に適さない植物を、水耕栽培することも可能になる。
【0062】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例
【0063】
本発明の一実施例について以下に説明する。
【0064】
〔1.細胞増殖の確認〕
<比較例1>
受容液Aとして、150g/Lのポリビニルアルコール(重合度1,500)および1MのCa2+を含む水溶液を調製した。
【0065】
溶液Bとして以下のように調製したインク(1)を用いた。シロイヌナズナ(T87培養細胞)の細胞を、加水分解酵素(セルラーゼおよびペクチナーゼ)を用いて処理することによって細胞壁を分解した。得られた懸濁液を遠心分離し、次いで液体成分を除去した。得られたプロトプラストにマンニトール水溶液およびアルギン酸水溶液を加えた。これにより、細胞密度1.9×10cell/mLのプロトプラスト、0.6重量%のアルギン酸および0.4Mのマンニトールを含むインク(1)を得た。
【0066】
30mLの受容液Aが入った容器を保持したステージと、溶液Bを充填したタンクと、水平方向に移動可能であるインクジェットヘッドとを備えたインクジェット装置を準備した。インクジェットヘッドとしては、ピエゾ方式の単ノズルのインクジェットヘッドを用いた。インクジェットヘッドのノズル径は100μmであった。
【0067】
受容液Aが入った容器に向かってインクジェットヘッドから溶液Bを吐出した。吐出条件は以下のように設定した。
駆動電圧:25V
駆動周波数:100Hz
インク飛翔速度:3.0m/sec
吐出体積:400pL(1滴あたり)
吐出されたドットの間隔:80μm
受容液Aと接触した溶液Bがゲル化することにより、プロトプラストを内包したゲルが形成された。このゲルの積層により、三次元形状体として5mm×5mm×25層の直方体を形成した。
【0068】
前記直方体を受容液A内に保持した状態で、4℃で一晩静置した。その後、受容液Aを培地に置換した。培地に直方体を浮遊させた状態で、グロースチャンバー中に22℃で1週間静置した。培地としては、0.3Mのマンニトール、3重量%のスクロース、0.5ppmの2,4-Dを含むMS液体培地を用いた。グロースチャンバー内の光条件は、白色光、PPFD=30μmol・m-2・s-1とした。
【0069】
<実施例1>
溶液Bとしてインク(1)の代わりに、細胞密度1.9×10cell/mLのプロトプラスト、0.6重量%のアルギン酸、0.2Mのマンニトールおよび0.2Mのスクロースを含むインク(2)を用いたこと以外は比較例1と同様にして、三次元形状体の形成および培養を行った。すなわち、インク(2)におけるマンニトールとスクロースとのモル比は1:1であった。
【0070】
<実施例2>
溶液Bとして、インク(1)の代わりに、細胞密度1.9×10cell/mLのプロトプラスト、0.6重量%のアルギン酸、0.1Mのマンニトールおよび0.3Mのスクロースを含むインク(3)を用いたこと以外は比較例1と同様にして、三次元形状体の形成および培養を行った。すなわち、インク(3)におけるマンニトールとスクロースとのモル比は約1:3であった。
【0071】
<観察結果>
以下ではプロトプラストを単に細胞とも称する。図2は、比較例1、実施例1および2における培養前の三次元形状体の外観および培養後の細胞の顕微鏡観察像を示す図である。培養後の細胞の顕微鏡観察像としては、実体顕微鏡観察像およびDAPIによって核を染色した蛍光顕微鏡観察像が示されている。培養後の細胞の蛍光顕微鏡観察像から、比較例1に比べて実施例1および2では、細胞が増殖していることが分かる。
【0072】
〔2.吐出後の細胞の観察〕
上述の比較例1、実施例1および2と同様にして受容液Aが入った容器に向かってインクジェットヘッドから溶液Bを吐出した。溶液Bの吐出を継続しながら、吐出後の細胞およびゲルを実体顕微鏡によって観察した。
【0073】
<観察結果>
図3は、比較例1、実施例1および2における細胞を含むゲルの変化を示す図である。図3では、吐出開始直後(0分)、10分後、20分後、30分後、40分後、50分後、60分後に得られた実体顕微鏡観察像が示されている。実施例1および2においては、吐出開始直後から60分後にわたって細胞を内包したゲルが観察されたのに対し、比較例1では時間経過とともに細胞を内包したゲルが少なくなった。比較例1では、インクジェット装置のタンク内で細胞が沈降したものと推測される。一方、実施例1および2では溶液Bがスクロースを含むことにより、溶媒の比重と細胞の比重とが近づけることができたため、細胞が沈降しにくかったと推測される。
【0074】
〔3.細胞塊形成率の比較〕
<比較例2>
比較例1と同じ組成の受容液Aおよび溶液Bを用いた。インクジェット装置の代わりに40μLマイクロピペットにより受容液Aが入った容器に向かって溶液Bを滴下した。この滴下により、直径8mm、厚み0.8mmの円盤状の三次元形状体を形成した。その後、比較例1と同様にして細胞を培養した。
【0075】
<実施例3>
実施例2と同じ組成の受容液Aおよび溶液Bを用いた。比較例2と同様に円盤状の三次元形状体の形成および細胞の培養を行った。
【0076】
<観察結果>
比較例2および実施例3、並びに上述の比較例1および実施例2について細胞塊形成率を求めた。細胞塊形成率は、下記式により求めた。
細胞塊形成率(%)=100×細胞塊数/生細胞数
尚、生細胞数はDAPI染色によって核が染まった細胞の数である。但し、細胞塊は1つの生細胞が分裂して形成されたものであるため、1つの生細胞として計測している。すなわち、前記式中の生細胞数は、細胞塊数と細胞塊を形成していない生細胞数との和であるとも言える。
【0077】
図4は、比較例1および2、実施例2および3の細胞塊形成率を示す図である。比較例2は細胞塊形成率が56%であったのに対して実施例3では細胞塊形成率が65%であった。また、比較例1は細胞塊形成率が20%であったのに対して実施例3では細胞塊形成率が40%であった。非インクジェットの滴下方式およびインクジェット方式のいずれにおいても溶液Bの組成を最適化することにより、細胞塊形成率が改善された。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明の一態様は、例えば育成または栽培に適した形状を持った植物体の生産に利用することができる。
【符号の説明】
【0079】
1 植物細胞
2 溶液B
3 受容液A
4 インクジェットヘッド
5 ゲル
6 三次元形状体
7 培地
8 培養器
図1
図2
図3
図4