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特許7641760セシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法及びセシウム吸着材
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  • 特許-セシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法及びセシウム吸着材 図1
  • 特許-セシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法及びセシウム吸着材 図2
  • 特許-セシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法及びセシウム吸着材 図3
  • 特許-セシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法及びセシウム吸着材 図4
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-27
(45)【発行日】2025-03-07
(54)【発明の名称】セシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法及びセシウム吸着材
(51)【国際特許分類】
   B01J 20/20 20060101AFI20250228BHJP
   B01J 20/32 20060101ALI20250228BHJP
   D06M 13/17 20060101ALI20250228BHJP
   D06M 15/256 20060101ALI20250228BHJP
   D06M 11/74 20060101ALI20250228BHJP
   G21F 9/12 20060101ALI20250228BHJP
   D06M 101/40 20060101ALN20250228BHJP
【FI】
B01J20/20 E
B01J20/20 F
B01J20/32 Z
D06M13/17
D06M15/256
D06M11/74
G21F9/12 501A
D06M101:40
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021027406
(22)【出願日】2021-02-24
(65)【公開番号】P2022128924
(43)【公開日】2022-09-05
【審査請求日】2024-02-06
(73)【特許権者】
【識別番号】505427573
【氏名又は名称】井上 浩義
(74)【代理人】
【識別番号】100182084
【弁理士】
【氏名又は名称】中道 佳博
(72)【発明者】
【氏名】二嶋 諒
(72)【発明者】
【氏名】簑島 建司
(72)【発明者】
【氏名】宮嶋 慶一
(72)【発明者】
【氏名】岡本 隆廣
(72)【発明者】
【氏名】井上 浩義
【審査官】山崎 直也
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-035435(JP,A)
【文献】国際公開第2019/221268(WO,A1)
【文献】特開2018-130957(JP,A)
【文献】特開2009-292987(JP,A)
【文献】特開2016-019933(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 20/00-20/28
B01J 20/30-20/34
G21F 9/00-9/36
D06M 13/00-15/715
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維製の不織布を、界面活性剤を含有する界面活性剤溶液に浸漬させ、その後、乾燥させて、セシウム吸着用の炭素系不織布を得る、セシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法であって、
前記不織布として、前記炭素繊維が前記第一の撥水性樹脂によって撥水処理された後、第二の撥水性樹脂と導電性材料とを含むコーティング剤によってコーティング処理されたものを用いる、セシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法。
【請求項2】
前記界面活性剤溶液に含有される前記界面活性剤が、ポリオキシアルキレンラウリルエーテルである、請求項1に記載のセシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法。
【請求項3】
前記界面活性剤溶液に含有される前記界面活性剤の濃度が、0.05~10質量%である、請求項1または2に記載のセシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法。
【請求項4】
前記第一の撥水性樹脂及び前記第二の撥水性樹脂が、それぞれ、フッ素樹脂であり、
前記導電性材料が、カーボンブラックである、請求項に記載のセシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法。
【請求項5】
炭素繊維製の不織布を用意し、前記不織布の前記炭素繊維を第一の撥水性樹脂によって撥水処理して、セシウム吸着用の炭素系不織布を得る、セシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法であって、
前記不織布として、前記撥水処理し、その後、前記炭素繊維を第二の撥水性樹脂と導電性材料とを含むコーティング剤によってコーティング処理されたものを用いる、セシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法及びセシウム吸着材に関する。更に詳しくは、セシウムの吸着性能を有するセシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法及びセシウム吸着材に関する。
【背景技術】
【0002】
2011年に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故で、環境中に多くの放射性物質が放出された。そして、放出された放射性物質の中でも、ウランの核反応生物であるセシウム134(Cs-134)、セシウム137(Cs-137)は、放出量が多い上に、その半減期が長く、それぞれ、2.1年、30年である。また、これらのセシウムは、土壌結合性も高いことから、環境中に長く留まることになる。
【0003】
そして、これらのセシウムは、生物にとって必須であるカリウムと類似の挙動を示し、生態系に影響を与えることが想定されることから、環境中から除去することが必要とされている。
【0004】
セシウムの除去方法としては、従来、ゼオライトを無機イオン交換体として使用する方法が知られている。具体的には、セシウムを含む水(セシウムを除去する対象;セシウムイオン)にゼオライトを混合した後、セシウムを含む沈殿物を得る方法や、ゼオライトを充填した筒体に通水する方法等が知られている。なお、東京電力福島第一原子力発電所で使用されている汚染水処理装置「SARRY」(東芝エネルギーシステムズ社製)は、ゼオライトを充填した筒体に通水する方法を採用している。
【0005】
また、ゼオライトを用いる方法以外の方法としては、例えば、特許文献1、2に記載の方法などが知られており、具体的には、陽イオン交換樹脂や吸着材を担持したPVA膜を用いる方法、交換基を導入した陽イオン交換膜を用いる方法などがある。さらには、セシウムイオンに特異的に吸着する色素・プルシアンブルーを直接、あるいは繊維等に吸着させた状態で用いる方法も探求されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2014-108379号公報
【文献】国際公開第2014/010417号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、ゼオライトを用いた除去方法では、セシウムを含むゼオライトの沈殿(沈殿物を得ること)、沈殿物の脱水及び除去に工数と時間がかかる。更に、使用済みのゼオライトは、大きな体積を有し、廃棄物管理のためのスペースの確保やそのためのコストの発生などの課題が生じる傾向があり、改良の余地がある。
【0008】
また、ポリビニルアルコール(PVA)膜や陽イオン交換膜を用いる方法では、これらを廃棄焼却処理する際に有害物質を放出する傾向があり、廃棄処理にその処理が簡便であるという点においては未だ改良の余地がある。プルシアンブルーを用いる方法に関しては、吸着後の物質体(セジウム-プルシアンブルー結合物)と遊離体(セシウムイオンやプルシアンブルー)との分離が困難であるなどの課題を有する。
【0009】
本発明は、このような従来技術に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、環境中から放射性セシウムを回収することができ、廃棄処理する際にもその処理が簡便なセシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法、及びセシウム吸着材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明によれば、以下に示す、セシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法、及びセシウム吸着材が提供される。
【0011】
[1] 炭素繊維製の不織布を、界面活性剤を含有する界面活性剤溶液に浸漬させ、その後、乾燥させて得られる、セシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法。
【0012】
[2] 前記界面活性剤溶液に含有される前記界面活性剤が、ポリオキシアルキレンラウリルエーテルである、前記[1]に記載のセシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法。
【0013】
[3] 前記界面活性剤溶液に含有される前記界面活性剤の濃度が、0.05~5質量%である、前記[1]または[2]に記載のセシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法。
【0014】
[4] 前記不織布として、前記炭素繊維が第一の撥水性樹脂によって撥水処理されたものを用いる、前記[1]~[3]のいずれかに記載のセシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法。
【0015】
[5] 前記不織布として、前記炭素繊維が前記第一の撥水性樹脂によって撥水処理された後、第二の撥水性樹脂と導電性材料とを含むコーティング剤によってコーティング処理されたものを用いる、前記[4]に記載のセシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法。
【0016】
[6] 前記第一の撥水性樹脂及び前記第二の撥水性樹脂が、それぞれ、フッ素樹脂であり、
前記導電性材料が、カーボンブラックである、前記[5]に記載のセシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法。
【0017】
[7] 炭素繊維製の不織布を用意し、前記不織布の前記炭素繊維を第一の撥水性樹脂によって撥水処理して、セシウム吸着用の炭素系不織布を得る、セシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法。
【0018】
[8] 前記不織布として、前記撥水処理し、その後、前記炭素繊維を第二の撥水性樹脂と導電性材料とを含むコーティング剤によってコーティング処理されたものを用いる、前記[7]に記載のセシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法。
【0019】
[9] 炭素繊維製の不織布と、
前記不織布の表面に付着した界面活性剤と、を有する、セシウム吸着材。
【0020】
[10] 前記界面活性剤が、ポリオキシアルキレンラウリルエーテルである、前記[9]に記載のセシウム吸着材。
【発明の効果】
【0021】
本発明のセシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法によれば、原子炉あるいは環境中などから放射性セシウムを回収することができ、廃棄処理する際にもその処理が簡便なセシウム吸着用の炭素系不織布(セシウム吸着材)を製造することができるという効果を奏する。
【0022】
本発明のセシウム吸着材は、原子炉あるいは環境中などから放射性セシウムを回収することができ、廃棄処理する際にもその処理が簡便であるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本発明のセシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法で製造した炭素系不織布を配置し、電気化学計測に用いた装置を模式的に示す説明図である。
図2図1に示す装置における炭素系不織布と、この炭素系不織布で仕切られた濃度の異なる溶液相とを模式的に示す濃淡系説明図である。
図3】本発明のセシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法で使用した界面活性剤(ポリオキシアルキレンラウリルエーテル)の臨界ミセル濃度に対する無機イオン共存の影響の測定結果を示すグラフである。
図4】各炭素系不織布の質量分析(Time-Of-Flight型質量分析法;TOF-MS)の結果を示すチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明を実施するための形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。即ち、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施の形態に対し適宜変更、改良等が加えられたものも本発明の範囲に属することが理解されるべきである。
【0025】
(1)セシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法(第1の実施形態):
本発明のセシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法の一実施形態としては、炭素繊維製の不織布を、界面活性剤を含有する界面活性剤溶液に浸漬させ、その後、乾燥させて、セシウム吸着用の炭素系不織布(セシウム吸着材)を得る、製造方法である。
【0026】
本発明のセシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法によれば、環境中から放射性セシウムを回収することができ、廃棄処理する際にもその処理が簡便な(具体的には、埋設処理する必要がなく、廃棄焼却処理する際にもダイオキシンなどの有害物質の放出などが無くその処理が簡便な)セシウム吸着用の炭素系不織布を製造することができる。
【0027】
(1-1)炭素繊維製の不織布:
本発明で用いる炭素繊維製の不織布は、炭素繊維のみにより構成されるか、或いは、撥水処理や、当該撥水処理後に更にコーティング処理がされた炭素繊維により構成される、ウエブまたはシートのことである。このような不織布は、上記炭素繊維(即ち、複数の単繊維であるフィラメント)が集まって集束体であるストランドを形成している。そのため、不織布は、三次元の立体的な網目状をなしており、複数の細孔が形成された状態となっている。このような構造であることから、この不織布を、所望の微粒子などを除去するためのフィルタとして用いることができる。
【0028】
炭素繊維の長さは、特に制限はないが、例えば、30~100mm程度とすることができる。なお、炭素繊維の長さは、炭素繊維製の不織布から無作為に選択した100本の炭素繊維の長さの平均値とする。
【0029】
炭素繊維の太さは、特に制限はないが、例えば、5~30μm程度とすることができる。なお、炭素繊維の太さは、炭素繊維製の不織布から無作為に選択した100本の炭素繊維の平均値であり、単繊維(フィラメント)の太さ(一本の単繊維の太さが一定でない場合は、最も細い部分の太さ)の平均値とする。
【0030】
不織布の厚さは、特に制限はなく用途等に応じて設定することができる。例えば、100~500μm程度であることが好ましい。なお、炭素繊維製の不織布を2枚以上積層させる場合、その厚さとは、2枚以上の炭素繊維製の不織布を積層させた積層体の厚さのことである。つまり、フィルタである不織布全体としての厚さが上記範囲に収まることがよい。
【0031】
不織布の目付は、特に制限はなく、例えば、40~400g/m程度とすることができる。
【0032】
不織布の平均細孔径は、0.01~500μm程度であることがよく、0.02~300μm程度であることが好ましく、0.03~100μm程度であることが更に好ましい。平均細孔径が上記範囲であると、より良好なセシウム吸着能を有する不織布を得ることができる。なお、上記不織布の平均細孔径は、水銀圧入法により測定される値である。
【0033】
不織布としては、炭素繊維が第一の撥水性樹脂によって撥水処理されたものを用いることができる。このように撥水処理された炭素繊維製の不織布を用いると、更にセシウムの吸着能が向上された炭素系不織布を製造することができる。
【0034】
第一の撥水性樹脂としては、フッ素樹脂などを挙げることができる。フッ素樹脂を用いると、膜全体に化学的安定性を与えると共に、より良好にセシウムの吸着能を向上させることができる。
【0035】
不織布としては、炭素繊維が第一の撥水性樹脂によって撥水処理された後、第二の撥水性樹脂と導電性材料とを含むコーティング剤によってコーティング処理(MPL(マイクロポーラス層)コーティング)されたものも用いることができる。このようなコーティング処理の工程を採用すると、コーティング処理により不織布の表面にマイクロポーラス層が形成されることから、更に優れたセシウム吸着能を有する炭素系不織布を製造することができる。
【0036】
第二の撥水性樹脂としては、フッ素樹脂などを挙げることができる。フッ素樹脂を用いると、より優れたセシウム吸着用の炭素系不織布を製造することができる。なお、第二の撥水性樹脂は、第一の撥水性樹脂と同じものを採用することができる。
【0037】
フッ素樹脂としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)などを挙げることができる。これらの中でも、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)が好ましい。
【0038】
更に、導電性材料としては、例えば、ファーネスブラック、アセチレンブラック、ランプブラック、サーマルブラックなどのカーボンブラックや、鱗片状黒鉛、鱗状黒鉛、土状黒鉛、人造黒鉛、膨張黒鉛、薄片グラファイトなどを挙げることができる。これらの中でも、細孔を有するので、カーボンブラックを用いることが好ましい。
【0039】
なお、本発明で用いる炭素繊維製の不織布は、1枚のみを用いても良いし、2枚以上を積層したものを用いてもよい。
【0040】
(1-2a)炭素繊維製の不織布の作製:
炭素繊維製の不織布は、従来公知の方法により作製することができるが、例えば以下のように作製することができる。即ち、炭素繊維前駆体繊維を用いて炭素繊維前駆体繊維不織布を製造するA工程と、このA工程で製造した炭素繊維前駆体繊維不織布を炭化処理するB工程と、を有する方法によって作製することができる。
【0041】
ここで、炭素繊維前駆体繊維とは、炭化処理によって炭素繊維化する繊維である。このような繊維としては、特に制限はないが、例えば、ポリアクリロニトリル(PAN)系繊維、ピッチ系繊維、リグニン系繊維、ポリアセチレン系繊維、ポリエチレン系繊維、ポリビニルアルコール系繊維、セルロース系繊維、ポリベンゾオキサゾール系繊維などを挙げることがでる。なお、炭素繊維前駆体繊維は、1種単独または2種以上を適宜採用することができる。
【0042】
上記A工程では、炭素繊維前駆体繊維を用いてウエブを形成し、ウエブを、交絡、加熱融着、バインダー接着等により結合して布帛状とすることで炭素繊維前駆体繊維不織布を製造することができる。
【0043】
上記B工程では、A工程で製造した炭素繊維前駆体繊維不織布を炭化処理するが、その炭化処理条件は特に制限はなく、炭素繊維材料分野において公知の方法を適宜採用することができる。例えば、炭化処理としては、炭素繊維前駆体繊維を不活性ガス雰囲気で焼成する処理である。より具体的には、不活性ガス雰囲気下で、窒素やアルゴンなどの不活性ガスを供給しながら、例えば800℃以上の加熱を行うことができる。
【0044】
なお、撥水処理を行う場合、上記B工程の後、炭化処理された炭素繊維前駆体繊維不織布に第一の撥水性樹脂(即ち、撥水剤)を塗布し、その後、熱処理することができる。
【0045】
更に、コーティング処理によりマイクロポーラス層を炭素繊維の表面に形成する場合、第二の撥水性樹脂と導電性材料とを含むコーティング剤を、撥水処理を行った炭素繊維前駆体繊維不織布に塗工して塗工膜を形成し、その後、例えば、80~150℃の温度で塗工膜を乾燥させ、その後、熱処理することができる。なお、コーティング剤の塗工は、例えば、スクリーン印刷、スロットダイコーティング、ドクターブレードコーティング等の公知の方法を採用することができる。
【0046】
(1-2)界面活性剤溶液:
本発明(第1の実施形態)で用いる界面活性剤溶液としては、界面活性剤を含有するものである。このような界面活性剤溶液を用いると、セシウム吸着能が良好な不織布(フィルタ)を製造することができる。即ち、セシウム吸着用の炭素系不織布を製造することができる。本発明(第1の実施形態)においては、このようにその製造の際に界面活性剤を使用し、これを炭素繊維製の不織布の表面に付着させるという手法を採用することによって、セシウム吸着能が向上された不織布を得ることができる。
【0047】
界面活性剤溶液に含有される界面活性剤としては、例えば、ポリオキシアルキレンラウリルエーテル、ソルビタントリステアレート、n-オクタノイル-Nメチル-D-グルカミン(MEGA-8)などを挙げることができる。これらの中でも、ポリオキシアルキレンラウリルエーテルであることが好ましい。ポリオキシアルキレンラウリルエーテルであると、より確実にセシウム吸着能が向上された不織布を得ることができる。
【0048】
なお、界面活性剤溶液には、1種類の界面活性剤が含有されてもよいし、2種以上の界面活性剤が含有されていてもよい。
【0049】
界面活性剤溶液に含有される界面活性剤の濃度は、特に制限はないが、0.05~10質量%であることが好ましく、0.1~2質量%であることが特に好ましい。界面活性剤の濃度を上記範囲とすると、セシウム吸着能がより向上された不織布を得ることができる。上記下限値未満であると、セシウム吸着能の十分な向上が得られなくなる傾向がある。上記上限値超であると、不織布(フィルタ)による界面活性剤の吸着量の限界となり、当該吸着量が十分に増えない傾向がある。
【0050】
(1-3)浸漬:
不織布の界面活性剤溶液への浸漬時間は、特に制限はないが、例えば、1~10分間とすることができる。
【0051】
(1-4)乾燥:
界面活性剤溶液に浸漬後の不織布の乾燥条件は、特に制限はないが、例えば、50~80℃で0.5~2時間とすることができる。
【0052】
(2)セシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法(第2の実施形態):
セシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法の第2の実施形態としては、炭素繊維製の不織布を用意し、この不織布の炭素繊維を第一の撥水性樹脂によって撥水処理して、セシウム吸着用の炭素系不織布を得る製造方法である。
【0053】
炭素繊維製の不織布としては、上述した第1の実施形態で示した炭素繊維製の不織布と同様のものを採用することができる。
【0054】
第一の撥水性樹脂としては、上述した第1の実施形態における第一の撥水性樹脂、第二の撥水性樹脂と同様のものを用いることができ、上記不織布は、上述した第1の実施形態と同様に、撥水処理及びコーティング処理の両方の処理を更にすることができる。
【0055】
(3)セシウム吸着材(第1の実施形態):
本発明のセシウム吸着材は、炭素繊維製の不織布と、この不織布の表面に付着した界面活性剤と、を有するものである。
【0056】
このようなセシウム吸着材は、環境中から放射性セシウムを回収することができる。また、廃棄処理する際にもその処理が簡便である。即ち、本発明の炭素系不織布は、廃棄焼却処理する際における、SOx、NOx、ダイオキシン等の発生を防ぐことができるので、使用後に廃棄処理する際にも簡便に処理を行うことができる。
【0057】
(3-1)炭素繊維製の不織布:
炭素繊維製の不織布は、上述した本発明のセシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法で説明した炭素繊維製の不織布と同様のものを適宜採用することができる。
【0058】
ここで、炭素繊維製の不織布は、上述したように、炭素繊維のみにより構成されるか、或いは、撥水性樹脂を用いた撥水処理が施された炭素繊維により構成されていてもよいし、当該撥水処理後に更にコーティング処理がされた炭素繊維により構成されていてもよい。即ち、炭素繊維製の不織布は、(a)炭素繊維からなる不織布であるか、或いは、(b)炭素繊維の表面が撥水処理された不織布(即ち、その表面に撥水性樹脂が付着した炭素繊維(撥水性炭素繊維)からなる不織布)や、(c)炭素繊維の表面が撥水処理され、更に撥水処理された表面上にマイクロポーラス層を有するものからなる不織布(即ち、撥水性炭素繊維の表面上にマイクロポーラス層を有するものからなる不織布)であってもよい。
【0059】
(3-2)界面活性剤:
界面活性剤は、上述した本発明のセシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法で説明した界面活性剤と同様のものを適宜採用することができる。
【0060】
界面活性剤としては、上述した通り、例えば、ポリオキシアルキレンラウリルエーテル、ソルビタントリステアレート、n-オクタノイル-Nメチル-D-グルカミン(MEGA-8)などを挙げることができる。これらの中でも、ポリオキシアルキレンラウリルエーテルであることが好ましい。ポリオキシアルキレンラウリルエーテルであると、より確実にセシウム吸着能が向上された不織布を得ることができる。
【0061】
(3-3)物性:
本発明のセシウム吸着材は、その通気量が、50~800L/(m・sec)であることが好ましく、100~500L/(m・sec)であることが更に好ましい。または、ガーレー秒数(ISO5636-5)で1~100secであることが好ましく、5~80secであることが更に好ましい。通気量が前記範囲内であると、濾過時間と濾過効率のバランスが良好になる。なお、通気量は、DIE EN ISO 9237にて測定される値である。
【0062】
(4)セシウム吸着材(第2の実施形態):
本発明(第2の実施形態)のセシウム吸着材は、その表面に撥水性樹脂が配置された炭素繊維製の不織布を有するものであってもよい。即ち、上述したセシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法の第2の実施形態によって製造されたものとすることができる。このセシウム吸着材は、界面活性剤を有さない態様のものである。
【0063】
撥水性樹脂は、上述した撥水性樹脂と同様のものを挙げることができる。
【0064】
(5)本発明のセシウム吸着材の使用方法:
本発明のセシウム吸着材は、セシウムを除去するためのフィルタとして使用することができる。より具体的には、東京電力福島第一原子力発電所で生じている汚染水や、環境放出による土壌、水域、農作物などの汚染されたものから、放射性セシウムを除去するための除染用濾材などとして使用することができる。
【実施例
【0065】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0066】
(実施例1~7、比較例1、2)
まず、表1に示すフロイデンベルク パフォーマンス マテリアル(Freudenberg Performance Materials)社製の「炭素繊維製の不織布」を用意した。その後、この炭素繊維製の不織布を、界面活性剤を含む界面活性剤溶液に浸透させたもの(実施例1、3、5、7)と、この溶液に浸透させないもの(比較例1、実施例2、4、6)に分けた。
【0067】
なお、界面活性剤溶液は、界面活性剤を純水で溶解させたものであり、界面活性剤として、ポリオキシエチレンラウリルエーテル(CAS No.9002-29-0、ナカライテスク社製)を用いた。その濃度は、0.2質量%であった。浸漬時間は、1分間とした。界面活性剤溶液の液温は、40℃であった。
【0068】
その後、界面活性剤溶液に浸透させたもの(実施例1、3、5、7)については、60℃で1時間乾燥させた。
【0069】
なお、実施例2、4、6は、不織布の炭素繊維を撥水性樹脂によって撥水処理したものである。即ち、炭素繊維製の不織布を用意し、この不織布の炭素繊維を撥水性樹脂によって撥水処理して得られたセシウム吸着用の炭素系不織布(セシウム吸着材)である。
【0070】
(比較例2)
セルロースからなる濾紙である市販のセルロース膜(アドバンテック東洋株式会社製)を使用した。このセルロース膜を用いて、実施例1と同様の各試験を行った。なお、セルロース膜は、陽イオン吸着能がなく、膜内の拡散も自由であるため、膜電位はほぼ0となる。
【0071】
【表1】
【0072】
表1中、「Freudenberg,H23」は炭素繊維のみ(即ち、撥水処理、コーティング処理等なし)の不織布である。「Freudenberg,H23I2」は、炭素繊維にポリテトラフルオロエチレン(PTFE)で撥水処理した不織布である。「Freudenberg,H24C3」、「Freudenberg,H23C9」は、炭素繊維にPTFEで撥水処理し、更に、カーボンブラックとPTFEを含有するコーティング液でMPLコーティング処理した不織布である。特に、H24C3とH23C9の違いは、主としてMPLコーティング処理におけるカーボンの種類であり、H24C3は、カーボンブラックとグラファイトの両方を使用したもの(type1)であり、H23C9は、カーボンブラックを使用したもの(type2)である。
【0073】
(1)膜電位の測定:
不織布及びセルロース膜のセシウムイオン吸着性に関して、膜を介して、両水溶液相に同一の電解質を異なった濃度で配置した濃淡系を用いて、電気化学的に膜電位の測定を行った(図2参照)。膜電位の測定は、測定セルを有する測定装置(図1参照)を用いて、CsCl、NaCl、MgClの3種類の塩について行った(表2~表4参照)。なお、NaCl、MgClについては、比較として測定を行ったものである。
【0074】
図1に示す測定装置には、フィルタとしての不織布またはセルロース膜を介して2つの空間があり、それぞれの空間には、異なる濃度の同一の電解質溶液が満たされている。膜電位の測定中、各溶液相は、スターラーを用いて90rpmで撹拌されている。膜電位は、高入力インピーダンス電圧計に接続した基準電極(参照電極)を用いて測定した。図1は、測定装置内を透視して示している。
【0075】
より具体的には、膜電位の測定は、図2に示すように試験対象の不織布またはセルロース膜(フィルタ)10を介して2つの水溶液相(第1相21、第2相22)を作り、第1相21の塩濃度は0.001Mから0.1Mまでの範囲で変化させ、一方で第2相22の塩濃度は0.1Mに固定した。このとき、第2相22に対する第1相21の電位差を膜電位とした。
【0076】
また、膜電位の測定は、各水溶液相(第1相21、第2相22)をそれぞれ撹拌した状態で行い、系全体が定常状態に移行した後に、両水溶液相に塩橋を入れ、それを対照電極に接続した。その後、DUAL DISPLAY MULTIMETER(DL-2051;KENWOOD)で膜電位を測定した。
【0077】
なお、全ての膜電位の測定は、25℃の恒温還流装置内で行った。試薬は、和光純薬株式会社のものを再精製することなく使用し、純水は、18MΩ以上の抵抗値のものを使用した。
【0078】
ここで、膜(フィルタ)の陽イオン吸着能が高いと、膜表面に固定電荷を有することになるので、その結果、膜電位は大きくなる性質を利用して陽イオン吸着能を測定できる。セルロース膜は陽イオン吸着能がなく、膜内のイオン拡散が自由であるために、膜電位がほぼ0となることから、測定器のオートゼロ機能を用いてセルロース膜の膜電位を0となるように補正して測定した。
【0079】
次に、セシウムイオンに関する吸着性の試験結果を表2に示す。以下に結果を説明する。
【0080】
比較例1と比較例2を比べると、炭素繊維からなる不織布は、膜電位が1.19であり、セルロース膜(膜電位は0)と比較してCsに対する高い吸着能を有することが分かる。
【0081】
実施例1と比較例1を比べると、炭素繊維のみからなる不織布(比較例1)は、界面活性剤処理すること(実施例1)で、膜電位が大きくなり、Cs吸着能が向上することが分かる。
【0082】
実施例2,3と比較例1とを比べると、炭素繊維からなる不織布(比較例1)にPTFEによる撥水処理を行う(実施例2,3)ことにより、更にCsの吸着能が向上することが分かる。
【0083】
実施例4~実施例7からすると、炭素繊維製の不織布にPTFEによる撥水処理を行い、更にカーボンブラックとPTFEからなるMPLコーティング処理を行うと、Csの更に高い吸着能が得られることが分かる。
【0084】
特に、実施例5と実施例7からすると、更に界面活性剤処理すると、より良好な陽イオン吸着能を発揮することが分かる。
【0085】
膜電位の大きさからすると、実施例1~7で製造した炭素繊維製の不織布は、Cs>Na>Mgの順に強い陽イオン吸着能を有していると考えられる(表2~表4参照)。
【0086】
【表2】
【0087】
表2中、数値は膜電位を示す。膜電位の値がプラスであるほど(大きいほど)、性能が良いことになる。
【0088】
表2中、「撥水処理」は、炭素繊維からなる不織布の炭素繊維を、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)で撥水処理していることを示す。「撥水処理+MPLコーティング(type1)」、「撥水処理+MPLコーティング(type2)」は、炭素繊維からなる不織布の炭素繊維を、PTFEで撥水処理し、更に、カーボンブラックとPTFEを含有するコーティング液でMPLコーティング処理していることを示す。「界面活性剤処理」は、実施例1に示すように、界面活性剤としてポリオキシエチレンラウリルエーテル(CAS No.9002-29-0、ナカライテスク社製)を用いた界面活性剤溶液を用い、この界面活性剤溶液に不織布を浸漬、乾燥させる処理(界面活性剤処理)をしていることを示す。
【0089】
表2~表4中、膜電位が2.0以上、4.3未満である場合、「+」とする。膜電位が4.3以上、6.6未満である場合、「++」とする。膜電位が6.6以上、9.0未満である場合、「+++」とする。
【0090】
【表3】
【0091】
【表4】
【0092】
(2)界面活性剤のイオン特異性:
Na,Cs,Ca2+,Mg2+の各種陽イオンが存在しない(control)、あるいは当該各種陽イオンが存在する界面活性剤(ポリオキシエチレンラウリルエーテル)水溶液における臨界ミセル濃度(CMC)を測定した。測定では、NaCl、CsCl、CaCl2、MgClの0.1M共存下において、それぞれ界面活性剤(ポリオキシエチレンラウリルエーテル)の臨界ミセル濃度を計測した。なお、表面張力実験には、Wilhelmy法を用いた。これは、表面張力を測定方法として良く普及しており、古くから使われてきた方法である。
【0093】
具体的には、白金プレートを各水溶液に浸し、その際に各水溶液が当該白金プレートを引く方向に発生する力を天秤で測定することで表面張力を計算する。実際の測定は、表面張力計「One Attension(Biolin Scientific社製)」と自動滴定器「TITRONIC(Biolin Scientific社製)」を用いた。
【0094】
水溶液中にイオンが存在すると、陽イオンが界面活性剤の水和のために水分子が奪われ、界面活性剤の親水性が低下して臨界ミセル濃度(CMC)が小さくなる。この作用は、イオンの価数が大きいほど水分子との電気的相互作用が大きいために影響は大きくなる。
【0095】
測定の結果、図3に示すように、Csは、1価にもかかわらず2価であるMg2+と同程度の低い臨界ミセル濃度を示し、ポリオキシエチレンラウリルエーテルは、Csイオンに対して特異的に高い親和性を示した。
【0096】
(3)不織布への吸着:
界面活性剤の不織布への吸着を確認するために質量分析を行った。質量分析の結果を図4(a)~(d)に示す。
【0097】
図4に示す質量分析(TOF-MS)結果の上から2番目の「(b)未処理の炭素系不織布」と比較して、界面活性剤で処理した不織布((a)、(c)、(d))では、一定のm/z間隔のスペクトルが検出された。各スペクトルピークの間隔は、約44Daであった。
【0098】
この間隔は、処理した界面活性剤のエチレンオキサイド(EO,-CHCHO-)に対応しており、この結果は、界面活性剤は水溶性であるが、水相中に置いても脱落することなく不織布に吸着していることを示している。
【0099】
図4中、「(a)界面活性剤(ポリオキシエチレンラウリルエーテル)」は、界面活性剤であるポリオキシエチレンラウリルエーテルのみの質量分析の結果である。図4中、「(b)未処理の炭素系不織布」は、炭素繊維製の不織布のみ(界面活性剤処理、撥水処理等の処理無し)の質量分析の結果である。図4中、「(c)界面活性剤濃度2.0wt%で処理した炭素系不織布」は、2.0質量%の界面活性剤(ポリオキシエチレンラウリルエーテル)を含有する界面活性剤溶液で処理(但し、撥水処理等の更なる処理無し)した後の、炭素繊維製の不織布((b)未処理の炭素系不織布)の質量分析の結果である。図4中、「(d)界面活性剤濃度0.20wt%で処理した炭素系不織布」は、0.20質量%の界面活性剤(ポリオキシエチレンラウリルエーテル)を含有する界面活性剤溶液で処理(但し、撥水処理等の更なる処理無し)した後の、炭素繊維製の不織布((b)未処理の炭素系不織布)の質量分析の結果である。
【0100】
なお、図示しないが、走査電子顕微鏡(SEM)画像から判断すると、界面活性剤で処理した不織布は、その炭素繊維の物理的な構造に変化がないことが確認できた。
【0101】
以上のことから分かるように、実施例1~7の炭素繊維製の不織布は、比較例1の不織布及び比較例2のセルロース膜に比べて、セシウムを吸着するフィルタとして利用し得ることが分かる。即ち、実施例1~7の炭素繊維製の不織布を用いると、環境中から放射性セシウムを回収することができることが分かる。また、実施例1~7の不織布は、炭素繊維製であるので、廃棄処理する際にもその処理が簡便である。
【産業上の利用可能性】
【0102】
本発明のセシウム吸着用の炭素系不織布の製造方法によれば、セシウムを吸着するフィルタとして利用することができる炭素系不織布を製造することができる。また、本発明の本発明のセシウム吸着材は、セシウムを吸着するフィルタとして利用することができる。
【符号の説明】
【0103】
10:不織布またはセルロース膜(フィルタ)
21:第1相
22:第2相
図1
図2
図3
図4