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7642201ポリロタキサン被覆炭素繊維、炭素繊維複合材、及びプレプリグ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-28
(45)【発行日】2025-03-10
(54)【発明の名称】ポリロタキサン被覆炭素繊維、炭素繊維複合材、及びプレプリグ
(51)【国際特許分類】
   D06M 15/356 20060101AFI20250303BHJP
   C08J 5/06 20060101ALI20250303BHJP
   D06M 15/00 20060101ALI20250303BHJP
   D06M 101/40 20060101ALN20250303BHJP
【FI】
D06M15/356
C08J5/06
D06M15/00
D06M101:40
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021080427
(22)【出願日】2021-05-11
(65)【公開番号】P2022174550
(43)【公開日】2022-11-24
【審査請求日】2024-03-14
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)令和2年8月24日発行の修士論文公聴会要旨「環境を考慮した複合機能を有する分子設計とその応用」に記載 (2)令和2年8月24日開催の「国立大学法人山形大学大学院 有機材料システム研究科 有機材料システム専攻修士論文公聴会」にて発表 (3)令和2年9月発行の修士学位論文「環境を考慮した複合機能を有する分子設計とその応用」に記載 (4)令和3年2月5日頒布の「国立大学法人山形大学 工学部 高分子・有機材料工学科 令和2年度卒業研究発表会要旨集」の第109頁に記載 (5)令和3年2月10日開催の「国立大学法人山形大学 工学部 高分子・有機材料工学科 令和2年度卒業研究発表会」にて発表 (6)令和3年3月2日発行の学士学位論文「反応性環動高分子を用いて界面設計された炭素繊維複合体の開発」に記載
(73)【特許権者】
【識別番号】505136963
【氏名又は名称】株式会社ASM
(73)【特許権者】
【識別番号】304036754
【氏名又は名称】国立大学法人山形大学
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【弁理士】
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】加藤 隆之
(72)【発明者】
【氏名】高橋 辰宏
(72)【発明者】
【氏名】後藤 晃哉
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 慶太
(72)【発明者】
【氏名】前山 朋樹
【審査官】斎藤 克也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/137206(WO,A1)
【文献】特開2017-048481(JP,A)
【文献】国際公開第2018/043025(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/146633(WO,A1)
【文献】特開2018-024788(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29B 11/16
B29B 15/08 - 15/14
C08J 5/04 - 5/10
C08J 5/24
C08K 3/00 - 13/08
C08L 1/00 - 101/14
D06M 13/00 - 15/715
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維(A)と、1分子中に2個以上のオキサゾリル基を有する化合物(B)と、環状分子を備えるポリロタキサン(C)とを有し、
前記炭素繊維(A)と、前記化合物(B)のオキサゾリル基の一部との間に化学結合を有し、
前記ポリロタキサン(C)の環状分子と、前記化合物(B)のオキサゾリル基の一部との間に化学結合を有する、ポリロタキサン被覆炭素繊維。
【請求項2】
前記化合物(B)が、2-ビニル-2-オキサゾリン由来の構成単位を含むポリマー又はコポリマーである、請求項1に記載のポリロタキサン被覆炭素繊維。
【請求項3】
前記ポリロタキサン(C)が有する環状分子の少なくとも一つがオキサゾリル基との反応性を有する官能基を有する、請求項1又は2に記載のポリロタキサン被覆炭素繊維。
【請求項4】
前記オキサゾリル基との反応性を有する官能基が酸性基である、請求項3に記載のポリロタキサン被覆炭素繊維。
【請求項5】
前記オキサゾリル基との反応性を有する官能基が、カルボキシ基、チオール基、フェノール性水酸基、及び酸無水物構造を有する基、より選択される1種以上を含む、請求項3又は4に記載のポリロタキサン被覆炭素繊維。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載のポリロタキサン被覆炭素繊維と、樹脂(D)とを含む、炭素繊維複合材。
【請求項7】
前記ポリロタキサン(C)と、樹脂(D)との間に化学結合を有する、請求項6に記載の炭素繊維複合材。
【請求項8】
請求項1~5のいずれか一項に記載のポリロタキサン被覆炭素繊維と、樹脂(D)と、架橋剤(E)とを含み、
前記ポリロタキサン(C)と、前記樹脂(D)とが、架橋剤(E)を介して結合している、炭素繊維複合材。
【請求項9】
前記樹脂(D)が酸性基を有し、前記架橋剤(E)が1分子中に2個以上のオキサゾリル基を有する化合物を含む、請求項8に記載の炭素繊維複合材。
【請求項10】
請求項6~9のいずれか一項に記載の炭素繊維複合材を含む、プレプリグ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリロタキサン被覆炭素繊維、炭素繊維複合材、及びプレプリグに関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維強化プラスチックは、強度と軽さを併せ持つ材料として、様々な用途への実用化が進められている。炭素繊維には、当該炭素繊維の損傷を抑制し取り扱い性を向上する点から被覆剤(サイジング剤)が塗布されていることがある。被覆剤としては、エポキシ樹脂などが広く用いられている。一方、炭素繊維表面に所望の物性を付与し、あるいは、炭素繊維強化プラスチックの物性を改善するために種々の被覆剤が検討されている。
【0003】
特許文献1では、繊維強化複合材料に高度の靭性を発現させることを目的として、強化繊維にポリロタキサンを含むサイジング剤が塗布されてなるサイジング剤塗布強化繊維が開示されている。
【0004】
また特許文献2では、炭素材料の表面に親水性及び接着性を付与できる分散促進剤として、2-オキサゾリン系モノマーと、含窒素複素環系モノマーを構成単位として含有する共重合体が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2015/137206号
【文献】特開2018-24788号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献2の共重合体を被覆した炭素繊維は、酸性基などを有する樹脂と化学結合するため、炭素繊維強化プラスチックの破断強度が向上する。しかしながら、当該炭素繊維強化プラスチックは伸び性能が低下するとの知見を得た。
【0007】
本発明は、上記の課題を解決するものであり、破断強度が高く、伸び性能に優れ、靭性に優れた炭素繊維複合材が製造可能なポリロタキサン被覆炭素繊維、当該ポリロタキサン被覆炭素繊維を用い、破断強度が高く、伸び性能に優れた、炭素繊維複合材及びプレプリグを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係るポリロタキサン被覆炭素繊維は、炭素繊維(A)と、1分子中に2個以上のオキサゾリル基を有する化合物(B)と、環状分子を備えるポリロタキサン(C)とを有し、
前記炭素繊維(A)と、前記化合物(B)のオキサゾリル基の一部との間に化学結合を有し、
前記ポリロタキサン(C)の環状分子と、前記化合物(B)のオキサゾリル基の一部との間に化学結合を有する。
【0009】
上記ポリロタキサン被覆炭素繊維の一実施形態は、前記化合物(B)が、2-ビニル-2-オキサゾリン由来の構成単位を含むポリマー又はコポリマーである。
【0010】
上記ポリロタキサン被覆炭素繊維の一実施形態は、前記ポリロタキサン(C)が有する環状分子の少なくとも一つがオキサゾリル基との反応性を有する官能基を有する。
【0011】
上記ポリロタキサン被覆炭素繊維の一実施形態は、前記オキサゾリル基との反応性を有する前記ポリロタキサン(C)の官能基が酸性基である。
【0012】
上記ポリロタキサン被覆炭素繊維の一実施形態は、前記オキサゾリル基との反応性を有する前記ポリロタキサン(C)の官能基が、カルボキシ基、チオール基、フェノール性水酸基、及び酸無水物構造を有する基、より選択される1種以上を含む。
【0013】
本発明に係る炭素繊維複合材は、上記ポリロタキサン被覆炭素繊維と、樹脂(D)とを含む。
【0014】
上記炭素繊維複合材の一実施形態は、前記ポリロタキサン(C)と、樹脂(D)との間に化学結合を有する。
【0015】
上記炭素繊維複合材の一実施形態は、上記ポリロタキサン被覆炭素繊維と、樹脂(D)と、架橋剤(E)とを含み、
前記ポリロタキサン(C)と、前記樹脂(D)とが、架橋剤(E)を介して結合している。
【0016】
上記炭素繊維複合材の一実施形態は、前記樹脂(D)が酸性基を有し、前記架橋剤(E)が1分子中に2個以上のオキサゾリル基を有する化合物を含む。
【0017】
また、本発明は、上記炭素繊維複合材を含むプレプリグを提供する。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、破断強度が高く、伸び性能に優れ、靭性に優れた炭素繊維複合材が製造可能なポリロタキサン被覆炭素繊維、当該ポリロタキサン被覆炭素繊維を用い、破断強度が高く、伸び性能に優れた、炭素繊維複合材及びプレプリグが提供される。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明に係るポリロタキサン被覆炭素繊維、炭素繊維複合材、及びプレプリグについて説明する。
なお、本発明において(メタ)アクリレートとは、アクリレートとメタクリレートとの総称であり、(メタ)アクリル酸などもこれに準ずる。
本明細書において式(1)で表される基を、単に「基(1)」ということがある。他の置換基、化学式等についてもこれに準ずる。
本発明において環状分子とは、直鎖状分子が貫通し得る環構造を有する分子をいう。また、本発明において環構造とは、環状分子のうち基(1)及び基(2)を除いた部分をいう。
本明細書において、数値範囲を示す「~」は特に断りのない限りその下限値及び上限値を含むものとする。
本明細書において、組成物中の固形分とは、当該組成物を構成する成分から溶媒を除いたものをいう。
【0020】
[ポリロタキサン被覆炭素繊維]
本発明に係るポリロタキサン被覆炭素繊維(以下、本被覆炭素繊維ということがある)は、炭素繊維(A)と、1分子中に2個以上のオキサゾリル基を有する化合物(B)と、環状分子を備えるポリロタキサン(C)とを有し、
前記炭素繊維(A)と、前記化合物(B)のオキサゾリル基の一部との間に化学結合を有し、
前記ポリロタキサン(C)の環状分子と、前記化合物(B)のオキサゾリル基の一部との間に化学結合を有する。
【0021】
本被覆炭素繊維は、炭素繊維(A)に化合物(B)を介してポリロタキサン(C)が有する環状分子と化学結合した構造を有している。上記ポリロタキサンは、軸分子が環状分子の内部を通り、この環状分子の脱離を防止する封鎖基を軸分子の末端に有する構造により、安定な複合体構造を形成しつつ、かつ環状分子と軸分子の間に化学架橋を持たないため、軸上を環状分子が移動できる構造に特徴のある化合物である。本被覆炭素繊維においては、当該ポリロタキサンの可動性の架橋点による破壊応力の分散のメカニズムを炭素繊維-ベース樹脂(樹脂(D))の界面接着部位に適応させ、界面接着部位での応力集中による破断を抑制することで、伸び性能を失うことなく破断強度の向上を達成する。
以下、このような本被覆炭素繊維の各構成について順に詳細に説明する。
【0022】
<炭素繊維(A)>
炭素繊維は、前駆体繊維を高温で炭化して製造された繊維をいい、PAN系炭素繊維や、ピッチ系炭素繊維など、本被覆炭素繊維の用途等に応じて適宜選択して用いることができる。上記前駆体繊維としては、アクリル系、ポリアクリロニトリル系、フェノール系、レーヨン系、ピッチ系の繊維や、植物由来原料が挙げられ、1種類を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。樹脂を用いて前駆体繊維を製造する紡糸方法としては、湿式、乾式等の公知の紡糸方法を用いることができる。また、炭素繊維は市販品を用いてもよい。
【0023】
炭素繊維の総繊度は、400~3,000テックスであることが好ましい。また、炭素繊維のフィラメント数は好ましくは1,000~100,000本であり、さらに好ましくは3,000~50000本である。炭素繊維と後述する樹脂(D)との接着性を向上する点から、表面粗さ(Ra)が6.0~100nmの炭素繊維が好ましい。表面粗さ(Ra)が6.0~100nmの炭素繊維を得るためには、湿式紡糸方法により前駆体繊維を紡糸することが好ましい。
【0024】
強度と弾性率の高い炭素繊維を得られる点から、細繊度の炭素繊維が好ましく用いられる。具体的には、炭素繊維の単繊維径が、10μm以下であることが好ましく、7.5μm以下であることがより好ましく、6μm以下であることが更に好ましい。単繊維径の下限は、製造工程等における単繊維切断を抑制する点から1μm以上が好ましく、2μm以上がより好ましく、4.5μm以上が更に好ましい。
【0025】
炭素繊維は、化合物(B)との化学結合のしやすさの点から、酸性基を有することが好ましい。酸性基としては、カルボキシ基、チオール基、フェノール性水酸基などが挙げられ、カルボキシ基は酸無水物構造となっていてもよい。炭素繊維中の酸性基は、原料の樹脂の炭化処理の際に生じるものであってもよく、炭化繊維を酸化処理することで表面に酸性基を導入してもよい。酸化処理方法としては、気相酸化、液相酸化、液相電解酸化などが挙げられる。生産性が高く、均一処理ができる点から、液相電解酸化が好ましい。
【0026】
<1分子中に2個以上のオキサゾリル基を有する化合物(B)>
本被覆炭素繊維において、1分子中に2個以上のオキサゾリル基を有する化合物(B)は、オキサゾリル基の一部が炭素繊維(A)と化学結合をして炭素繊維に表面修飾して、炭素繊維(A)の破断強度の向上に寄与する。更に、化合物(B)の他のオキサゾリル基の一部がポリロタキサン(C)の環状分子と化学結合をすることにより、炭素繊維(A)とポリロタキサン(C)の環状分子とを連結する。これにより、樹脂(D)が化合物(B)により被覆された炭素繊維(A)にポリロタキサン(C)を介して相互作用することで界面における破壊応力の分散を実現し、破断強度が高く、伸び性能に優れた、炭素繊維複合材を得ることができる。
【0027】
化合物(B)は、少なくとも2個のオキサゾリル基を有する化合物であればよい。中でも、合成の容易性などの点から、オキサゾリル基を有するモノマー由来の構成単位を含む(共)重合体が好ましく、炭素材料との反応性などの点から、2-オキサゾリン系モノマー由来の構成単位を含む(共)重合体が好ましい。
オキサゾリル基を有するモノマーとしては、2-ビニル-2-オキサゾリン、4-メチル-2-ビニル-2-オキサゾリン、5-メチル-2-ビニル-2-オキサゾリン、4-エチル-2-ビニル-2-オキサゾリン、5-エチル-2-ビニル-2-オキサゾリン、4,4-ジメチル-2-ビニル-2-オキサゾリン、4,4-ジエチル-2-ビニル-2-オキサゾリン、4,5-ジメチル-2-ビニル-2-オキサゾリン、4,5-ジエチル-2-ビニル-2-オキサゾリン、2-イソプロペニル-2-オキサゾリン、4-メチル-2-イソプロペニル-2-オキサゾリン、5-メチル-2-イソプロペニル-2-オキサゾリン、4-エチル-2-イソプロペニル-2-オキサゾリン、5-エチル-2-イソプロペニル-2-オキサゾリン、4,4-ジメチル-2-イソプロペニル-2-オキサゾリン、4,4-ジエチル-2-イソプロペニル-2-オキサゾリン、4,5-ジメチル-2-イソプロペニル-2-オキサゾリン、4,5-ジエチル-2-イソプロペニル-2-オキサゾリン等が挙げられる。中でも、酸性基等との反応性の点から、2-ビニル-2-オキサゾリン、2-イソプロペニル-2-オキサゾリン、5-メチル-2-ビニル-2-オキサゾリン、又は4,4-ジメチル-2-ビニル-2-オキサゾリンが好ましく、2-ビニル-2-オキサゾリン又は2-イソプロペニル-2-オキサゾリンが更に好ましい。
オキサゾリル基を有するモノマーは1種類を単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0028】
オキサゾリル基を有するモノマー由来の構成単位を含む(共)重合体は、更に他のモノマー由来の構成単位を含んでいてもよい。他のモノマーとしては、含窒素複素環(オキサゾリル基を除く)系モノマー、(メタ)アクリレート系モノマー、グリシジル基を有するモノマー、イソシアネート基を有するモノマーなどが挙げられる。含窒素複素環系モノマー及び(メタ)アクリレート系モノマーは、化合物(B)のオキサゾリル基を有するモノマー由来の構成単位の比率を調整するためにオキサゾリル基を有するモノマーと組み合わせて用いることが好ましい。中でも、炭素繊維の凝集を抑制する点などから、含窒素複素環系モノマーが好ましい。
【0029】
含窒素複素環系モノマーとしては、例えば、N-ビニルピロリドン、N-メチルビニルピロリドン、N-ビニルピリジン、N-ビニルピペリドン、N-ビニルピリミジン、N-ビニルピペラジン、N-ビニルピラジン、N-ビニルピロール、N-ビニルイミダゾール、N-ビニルオキサゾール、N-(メタ)アクリロイルピロリドン、N-(メタ)アクリロイルピペリジン、N-(メタ)アクリロイルピロリジン、N-(メタ)アクリロイルモルホリン、N-ビニルモルホリン、N-ビニルピペリドン、N-ビニル-3-モルホリノン、N-ビニルカプロラクタム、N-ビニル-1,3-オキサジン-2-オン、N-ビニル-3,5-モルホリンジオン、N-ビニルピラゾール、N-ビニルイソオキサゾール、N-ビニルチアゾール、N-ビニルイソチアゾール、N-ビニルピリダジンなどが挙げられる。中でも、炭素繊維との親和性や、製造時の共重合性の点から、N-ビニルピロリドン、N-ビニルイミダゾール、N-ビニルカプロラクタム、又はN-アクリロイルモルホリンが好ましい。含窒素複素環系モノマーは1種単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0030】
化合物(B)が、オキサゾリル基を有するモノマー由来の構成単位を含む共重合体である場合、オキサゾリル基を有するモノマーの割合は、化合物(B)を構成する構成単位全量に対して、1~90モル%であることが好ましい。また、化合物(B)が(共)重合体である場合、重量平均分子量は、1,000~500,000が好ましく、2,000~200,000がより好ましく、4,000~100,000が更に好ましい。重量平均分子量が1,000以上であれば、炭素繊維表面への接着性に優れている。また、重量平均分子量が500,000以下であれば、粘度の上昇が抑制され、取り扱い性に優れている。
【0031】
オキサゾリル基を有するモノマー由来の構成単位を含む(共)重合体は、例えば、溶液重合、懸濁重合、乳化重合、塊状重合法など公知のラジカル重合法により製造することができる。
【0032】
<ポリロタキサン(C)>
ポリロタキサンは、環状分子に直鎖状分子が貫通し、前記直鎖状分子の環状分子を介した両側に封鎖基を有する複合体である。前記封鎖基により前記直鎖状分子からの脱離が抑制される。前記環状分子は、封鎖基の間を可動域として、直鎖状分子の直鎖方向に移動し得る。環状分子は架橋後であっても直鎖状分子に対して相対的に移動可能な状態が維持される。そのため、ポリロタキサンが柔軟に変形して、樹脂(D)と炭素繊維との間に掛かる力が緩和される。この結果、本被覆炭素繊維や炭素繊維複合材は、伸び性能に優れていると推定される。
【0033】
(環状分子)
ポリロタキサン(C)において、環状分子は、後述する直鎖状分子が貫通可能な環構造を有する。更に、複数ある環状分子のうち少なくとも一つがオキサゾリル基との反応性を有する官能基(以下、単に官能基ということがある)を有することが好ましい。当該官能基が前記化合物(B)のオキサゾリル基と化学結合を形成し、炭素繊維(A)と連結する。
オキサゾリル基との反応性を有する官能基は、オキサゾリル基と反応して化合物(B)と化学結合を生じるものであればよい。このような官能基としては、例えば、カルボキシ基、チオール基、フェノール性水酸基、酸無水物構造を有する基などが挙げられる。
上記官能基を有する置換基としては、下記式(1)で表される基が好ましい。
【0034】
【化1】
ただし、
11は、オキサゾリル基との反応性を有する官能基であり、
11は、環構造に連結する連結基又は単結合であり、
*は環構造側末端を示す。
【0035】
11の具体例としては、下記式(11)~(17)で表される基が挙げられる。
【0036】
【化2】
ただし、
及びRは、各々独立に、水素原子、ハロゲン原子、又は、置換基を有していてもよく炭素鎖中に-O-、-S-、-C(=O)-、-O-C(=O)-、-NH-C(=O)-、又は、-NH-C(=O)-O-を有してもよい炭化水素基であり、
は、単結合、又は置換基を有していてもよい炭化水素基であり、
*は式(1)におけるX11側末端を示す。
【0037】
及びRにおけるハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子が挙げられる。
及びRにおける炭化水素基としては、炭素数が1~12の直鎖又は分岐を有する炭化水素基が挙げられ、炭素数1~8の炭化水素基が好ましく、炭素数が1~6の炭化水素基がより好ましい。当該炭化水素基は、炭素数が2以上の場合、炭素鎖中に、-O-、-S-、-C(=O)-、-O-C(=O)-、-NH-C(=O)-、又は、-NH-C(=O)-O-を有していてもよい。例えば、炭素鎖中に上記結合を有する場合、R~Rにおける炭化水素基は、*-R’-Q-R”(ただし、R’及びR”は各々独立に炭素数が1以上の炭化水素基であって、R’の炭素数と、R”の炭素数の和が2~12であり、Qは-O-、-S-、-C(=O)-、-O-C(=O)-、-NH-C(=O)-、又は、-NH-C(=O)-O-である)と表すことができる。
炭化水素基が有していてもよい置換基としては、ハロゲン原子、フェニル基などが挙げられる。
【0038】
及びRは、合成の容易性の点、及び分子の安定性の点から、各々独立に水素原子、ハロゲン原子、又は炭素鎖中に上記Qを有していてもよい炭素数1~6の炭化水素基が好ましく、水素原子又はQを有しない炭素数1~6の炭化水素基がより好ましく、水素原子又はメチル基が更に好ましい。
また、Rは、合成の容易性の点、及び分子の安定性の点から、炭素鎖中に上記Qを有していてもよい炭素数1~6の炭化水素基が好ましく、Qを有しない炭素数1~6の炭化水素基がより好ましく、メチル基又はエチル基が更に好ましい。
【0039】
における炭化水素基としては、炭素数が1~12の直鎖又は分岐を有する炭化水素基が挙げられ、炭素数1~8の炭化水素基が好ましく、炭素数が1~6の炭化水素基がより好ましい。
炭化水素基が有していてもよい置換基としては、ハロゲン原子、フェニル基などが挙げられる。
なおRが単結合の場合、基(11)は*-COOHであり、基(12)は*-SHである。
【0040】
11は、環構造に連結する連結基又は単結合である。X11が単結合のとき基(1)は*-R11である。
11が連結基の場合、下記式(X1)で表される連結基が好ましい。
【0041】
【化3】
ただし、
12は、*-O-R12-**、*-O-C(=O)-R12-**、*-C(=O)-O-R12-**、*-NH-C(=O)-R12-**、*-C(=O)-NH-R12-**、*-NH-C(=O)-O-R12-**、*-O-C(=O)-NH-R12-**を表し、X12が複数ある場合、複数あるX12は同一であっても異なっていてもよく、
12は置換基を有していてもよい炭化水素基であって、R12が複数ある場合、複数あるR12は同一であっても異なっていてもよく、
11は、*-O-**、*-O-C(=O)-**、*-C(=O)-O-**、*-NH-C(=O)-**、*-C(=O)-NH-**、*-NH-C(=O)-O-**、*-O-C(=O)-NH-**であり、
m1は、1~200の整数であり、
n1は、0又は1であり、
*は環構造側末端、**は基(1)におけるR11側末端を示す。
【0042】
12における炭化水素基としては、直鎖アルキレン基、分岐を有するアルキレン基、シクロアルキレン基、アリーレン基及びこれらの組み合わせからなる基が挙げられる。
直鎖アルキレン基は、炭素数が1~12が好ましく、炭素数1~8がより好ましく、炭素数1~6がより好ましい。直鎖アルキレン基としては、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、へキシレン基等が挙げられる。
分岐を有するアルキレン基としては、前記直鎖アルキレン基の置換基としてアルキル基を有する構造が好ましい。当該アルキル基としては炭素数1~4のアルキル基が好ましく、メチル基又はエチル基がより好ましく、メチル基が更に好ましい。
シクロアルキレン基としては、炭素数5~12の単環又は縮合環が挙げられ、シクロペンチレン基又はシクロへキシレン基が好ましい。
アリーレン基としては、フェニレン基、ナフチレン基、アントラセニレン基等が挙げられる。
これらの組み合わせからなる基とは、例えば、フェニレン基にメチレン基が接続した基等が挙げられる。R12が有していてもよい置換基としては、ハロゲン原子、炭素数1~6のアルコキシ基等が挙げられる。
【0043】
11及びn1は、X12とR11の接続部を表し、X12とR11の構造に応じて合成のしやすさなどの点から適宜選択される。例えば、R11のX11側末端の原子がOの場合、n1は0が好ましい。一方、R11のX11側末端の原子がC又はNの場合、n1は0又は1のいずれであってもよい。R11のX11側末端の原子がCの場合、合成のしやすさなどの点からn1は1が好ましい。
また、合成のしやすさなどの点から、L11は*-O-C(=O)-**であることが好ましい。
【0044】
m1が2以上の場合、連結基(X1)はポリマーである。連結基(X1)において、X12がいずれも同一のホモポリマーであってもよく、X12が異なる構造を含むコポリマーであってもよい。連結基(X1)がコポリマーの場合、その結合順序は特に限定されず、ランダムコポリマー、ブロックコポリマー、交互コポリマーのいずれであってもよい。
mは、破断強度及び伸び性能の点から1~200が好ましく、中でも1~100がより好ましく、1~40が更に好ましい。
【0045】
連結基(X1)がポリマーの場合、当該ポリマーの具体例としては、ポリエーテル、ポリエステル、ポリアミド、ポリウレタンなどが挙げられる。ポリロタキサン(C)においては、合成の容易性や、化学的安定性の点から、連結基(X1)がポリエーテル、ポリエステル、ポリアミド又はこれらのコポリマーであることが好ましい。
ポリエステル構造は、例えば、ラクトンの開環重合により好適に合成できる。当該ラクトンとしては、ε-カプロラクトン、δ-バレロラクトン、γ-ブチロラクトンなどが挙げられる。またポリアミド構造は、例えば、ラクタムの開環重合により好適に合成できる。当該ラクタムとしては、ε-ラクタム、δ-ラクタム、γ-ラクタムなどが挙げられる。これらは1種単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0046】
環状分子を構成する環構造としては、後述する直鎖状分子を包接し得るものの中から適宜選択すればよい。環構造の具体例としては、シクロデキストリン、クラウンエーテル、シクロファン、カリックスアレーンなどが挙げられ、置換基を導入しやすい点から、シクロデキストリン、シクロファン、カリックスアレーンが好ましく、シクロデキストリンがより好ましい。シクロデキストリンとしては、α-シクロデキストリン、β-シクロデキストリン、γ-シクロデキストリンなどが挙げられる。環構造がシクロデキストリンの場合、当該シクロデキストリンが有する水酸基が前記基(1)で置換された構造を含むことが好ましい。
【0047】
環状分子1分子当たりの基(1)の個数は特に限定されず、例えば1~24個の範囲で得られる硬化物の靭性などの点から適宜調整すればよい。
例えば、前記環構造がα-シクロデキストリンの場合、得られる硬化物の靭性などの点から、環状分子1分子当たりの基(1)の個数は1~12個が好ましく、1~10個がより好ましく、1~8個がさらに好ましい。
前記環構造がβ-シクロデキストリンの場合、得られる硬化物の靭性などの点から、環状分子1分子当たりの基(1)の個数は1~15個が好ましく、1~12個がより好ましく、1~10個がさらに好ましい。
また、前記環構造がγ-シクロデキストリンの場合、得られる硬化物の靭性などの点から、環状分子1分子当たりの基(1)の個数は1~18個が好ましく、1~15個がより好ましく、1~12個がさらに好ましい。
複数の環状分子を有するポリロタキサンの場合、基(1)を有しない環状分子があってもよい。
【0048】
環状分子は、本発明の効果を奏する範囲で、上記の基(1)とは異なる置換基を有していてもよい。このような置換基としては、下記式(2)で表される基が挙げられる。
式(2) *-X11-R21
ただし、
11は、環構造に連結する連結基又は単結合であり、
21は、水酸基、アミノ基、エポキシ基又はイソシアネート基を有する基であり、
*は環構造側末端を示す。
【0049】
なお、X11は、基(1)におけるものと同様であり、好ましい態様も同様である。
環状分子1分子当たりの基(2)の個数は特に限定されないが、例えば、0~23個とすることができる。具体的には、前記環構造がα-シクロデキストリンの場合、環状分子1分子当たりの基(2)の個数は0~17個が好ましい。前記環構造がβ-シクロデキストリンの場合、環状分子1分子当たりの基(2)の個数は0~20個が好ましい。また、前記環構造がγ-シクロデキストリンの場合、環状分子1分子当たりの基(2)の個数は0~23個が好ましい。
【0050】
ポリロタキサン(C)は、環状分子を少なくとも2個有すればよい。得られる炭素繊維複合材の破断強度や伸び性能の点からは、環状分子は2~250個が好ましく、3~200個がより好ましく、4~150個が更に好ましい。
【0051】
環状分子1分子当たりの官能基の数は特に限定されないが、得られる炭素繊維複合材の破断強度や伸び性能の点から1~24個が好ましい。例えば、前記環構造がα-シクロデキストリンの場合、得られる炭素繊維複合材の破断強度や伸び性能の点から、環状分子1分子当たりの官能基の数は1~12個が好ましく、1~10個がより好ましく、1~8個がさらに好ましい。前記環構造がβ-シクロデキストリンの場合、破断強度や伸び性能の点から、環状分子1分子当たりの官能基の数は1~15個が好ましく、1~12個がより好ましく、1~10個がさらに好ましい。また、前記環構造がγ-シクロデキストリンの場合、破断強度や伸び性能の点から、環状分子1分子当たりの官能基の数は1~18個が好ましく、1~15個がより好ましく、1~12個がさらに好ましい。
複数の環状分子を有するポリロタキサンの場合、官能基を有しない環状分子があってもよい。
【0052】
(直鎖状分子)
直鎖状分子は、前記環状分子の環構造を貫通する直鎖構造と、環状分子の脱離を抑制する封鎖基を有する。
直鎖構造としては、直鎖状のポリマーなどが挙げられる。なお、直鎖構造は、環状分子の移動を妨げない範囲で分岐構造を有していてもよい。
上記直鎖状のポリマーの具体例としては、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリビニルメチルエーテル、ポリ塩化ビニル、ポリ酢酸ビニル、ポリビニルブチラール、塩化ビニル-酢酸ビニル共重合体などのビニル系ポリマー;ポリ(メタ)アクリル酸、ポリ(メタ)クリルアミド、ポリメチル(メタ)クリレート、アクリロニトリル-メチルアクリレート共重合体等のアクリル系ポリマー;カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等のセルロース系ポリマー;ポリエチレンオキサイド、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリアセタール等のポリエーテル;ポリエチレン、ポリプロピレンなどのポリオレフィン;ナイロンなどのポリアミド;ポリスチレン、アクリロニトリル-スチレン共重合体、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン共重合体等のポリスチレン;ポリジメチルシロキサンなどのポリシロキサン;ポリイソプレン、ポリブタジエン等のポリジエン;ポリエステル、ポリアミン、ポリイミド、ポリアニリン、ポリウレタン、ポリカーボネート、ポリエチレンイミン、カゼイン、ゼラチン、でんぷん;ポリスルホン類、ポリイミン類、ポリ無水酢酸類、ポリ尿素類、ポリスルフィド類、ポリフォスファゼン類、ポリケトン類、ポリフェニレン類、ポリハロオレフィン類、及びこれらの誘導体が挙げられる。
直鎖状分子の安定性や、硬化物の靱性などの点から、直鎖構造は、ポリエチレングリコール、ポリイソプレン、ポリイソブチレン、ポリブタジエン、ポリプロピレングリコール、ポリテトラヒドロフラン、ポリジメチルシロキサン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリビニルアルコール、又はポリビニルメチルエーテルが好ましく、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリテトラヒドロフラン、ポリジメチルシロキサン、ポリエチレン、又はポリプロピレンがより好ましく、中でもポリエチレングリコールがさらに好ましい。
【0053】
封鎖基は、前記環状分子の開口部よりも嵩高い置換基の中から適宜選択すればよい。封鎖基の具体例としては、フェニル基、ナフチル基、ピレニル基等のアリール基;トリチル基等、置換基としてアリール基を有するアルキル基;アダマンチル基等の環状アルキル基の他、フルオレセイン類やステロイド類など縮合環を有する公知の化合物や、シクロデキストリン類などが挙げられる。これらの封鎖基はさらに置換基を有していてもよい。置換基としては、アルキル基、オキシアルキル基、ヒドロキシ基、シアノ基、スルホニル基、カルボキシ基、アミノ基、アリール基、ハロゲン原子等が挙げられる。
ポリロタキサン(C)においては、分子の安定性などの点から、封鎖基として、ジニトロフェニル基、アダマンチル基、トリチル基、ピレニル基、フルオレセイン類、又はシクロデキストリン類が好ましく、アダマンチル基又はトリチル基がより好ましい。
なお、直鎖状分子中に複数ある封鎖基は同一の基であっても異なる基であってもよい。合成の容易性の点から、封鎖基は同一の置換基が好ましい。
【0054】
直鎖状分子の分子量は、ポリロタキサン(C)が有する環状分子の個数や、環状分子に求める可動域などに応じて適宜調整すればよい。直鎖状分子の重量平均分子量は、一例として、1,000~1,000,000の範囲で調整することができ、中でも、2,000~500,000が好ましく、3,000~200,000がより好ましい。
【0055】
ポリロタキサン(C)1個当たりの官能基の数は、前記直鎖状分子の分子量、環状分子の個数や、硬化物に求められる物性などに応じて適宜調整すればよい。環状分子がシクロデキストリン由来の化合物の場合、修飾率(=官能基の数/原料ポリロタキサンが有する反応性水酸基の数(水酸基価)×100[%])を目安に調整することができる。なお原料ポリロタキサンが有する反応性水酸基の数とは、官能基が導入される前のポリロタキサンが有する反応性を有する水酸基の数であり、当該分野にて既知に用いられる水酸基価mgKOH/gとして与えられる。例えば市販品として入手できる、株式会社ASMのセルムスーパーポリマーのセルムスーパーポリマーSH1300Pでは、水酸基価85mgKOH/gであり、当該ポリロタキサン1gあたり1.52mmolの反応性水酸基を有している。上記修飾率は、NMRを用いてその平均値を算出することができる。本ポリロタキサン(C)において、当該平均修飾率は、1~99%が好ましく、1~80%がより好ましく、1~70%がさらに好ましい。
【0056】
ポリロタキサン(C)は、例えば、後述の方法や、国際公開第2011/105532号に記載の方法により合成してもよく、また市販品を用いてもよい。市販品としては、株式会社ASMのセルムスーパーポリマーシリーズなどが挙げられる。
【0057】
<ポリロタキサン被覆炭素繊維の製造方法>
本被覆炭素繊維の製造方法について一例を挙げて説明する。まず、炭素繊維(A)を準備する。炭素繊維(A)は市販品をそのまま使用してもよく、必要に応じて、洗浄や分散処理を行ってもよい。炭素繊維(A)は溶媒中で分散させておくことが好ましい。溶媒としては、溶媒としては、水;メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、ブタノール等のアルコール類;アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン類;酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸ブチル等のエステル類;エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテルアセテート、エチレングリコールモノ-n-ブチルエーテル、エチレングリコールモノメチルエーテル等のエーテル類;テトラヒドロフラン、トルエン、キシレン、クロロホルム、N-メチルピロリドン、N-メチルホルムアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、N-メチルアセトアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、シクロヘキサン、シリコーンオイルなどが挙げられ、陽イオン性、陰イオン性、両イオン性又は非イオン性の界面活性剤類などを組み合わせてもよい。溶媒は1種単独で、又は2種以上の混合溶媒で用いることができる。
【0058】
また、1分子中に2個以上のオキサゾリル基を有する化合物(B)を準備する。化合物(B)の割合は用途や材質等に応じて適宜調整するものであるが、破断強度が高く、伸び性能に優れた炭素繊維複合材を得る点から、炭素繊維(A)の表面積に対して、化合物(B)被覆量が0.1~100mg/mとなるように調整することが好ましく、中でも0.1~80mg/mが好ましい。
【0059】
炭素繊維(A)と化合物(B)の反応方法としては、(1)溶媒中で前記炭素繊維(A)と前記化合物(B)とを混合し、加熱しながら分散処理を行うことで、炭素繊維(A)に化合物(B)に接触させて反応させる方法;(2)溶媒中で前記炭素繊維(A)と前記化合物(B)とを混合したのち、当該分散液から炭素繊維(A)に化合物(B)が付着した複合体を取り出し、当該複合体を加熱することで反応させる方法、などが挙げられる。
【0060】
上記(1)の方法において加熱温度は、化合物(B)の構造等によって変動するが、40~200℃が好ましく、60~180℃より好ましい。この方法では炭素繊維(A)の分散と、化合物(B)との接着反応が同時進行のため、混合効果を有する攪拌装置や、超音波洗浄機、ビーズミル分散機などを用いることがより好ましい。分散方法、装置及び温度により所要の処理時間が変わるが、10分~10時間の範囲で適宜調整することができる。得られた表面修飾炭素材料は、分散液中に分散したまま次の工程に用いてもよく、分散液から取り出し、ウェット状または乾燥させてもよい。
【0061】
上記(2)の方法では、まず分散処理を行う。分散処理は、例えば温度が-20~40℃で、10分~10時間処理などとすることができる。得られた分散液から化合物(B)が付着した炭素繊維を取り出し乾燥する。次いで、これを加熱(焼成)して、炭素繊維(A)と化合物(B)とを反応させる。炭素繊維表面のカルボキシ基やフェノール性水酸基などを化合物(B)のオキサゾリル基と反応させて、表面修飾炭素材料が得られる。焼成時の加熱温度は、例えば、80~240℃であり、100~220℃が好ましく、120~200℃がより好ましい。焼成温度を240℃以下とすることで、化合物(B)の熱分解や酸化を抑制できる。この方法で製造される表面修飾炭素材料は固形物であり、固形状のまま次の工程に用いてもよく、再分散してもよい。
【0062】
化合物(B)とポリロタキサン(C)とを反応させる方法は、例えば、化合物(B)が被覆した炭素繊維に、ポリロタキサン(C)溶液を浸潤させた状態で加熱する方法などが挙げられる。この方法によれば、ポリロタキサン(C)をムラなく被覆することができる。
【0063】
[炭素繊維複合材]
本発明に係る炭素繊維複合材(以下、本炭素繊維複合材ということがある)は、上記ポリロタキサン被覆炭素繊維と樹脂(D)とを含むことを特徴とする。本炭素繊維複合材は、破断強度が高く、伸び性能に優れている。
【0064】
<樹脂(D)>
樹脂(D)は、通常、前記ポリロタキサン被覆炭素繊維中に含浸させて用いられるマトリックス樹脂である。樹脂(D)は、炭素繊維複合材の用途等に応じて適宜選択することができ、熱可塑性樹脂であっても熱硬化性樹脂であってもよい。
熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン;ナイロン6、ナイロン66などのポリアミド;ポリスチレン、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン共重合体;ポリ(メタ)アクリル酸系樹脂などが挙げられる。
また、熱硬化性樹脂としては、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂、熱硬化性ポリイミド樹脂、シアネートエステル樹脂およびビスマレイミド樹脂等が挙げられる。
樹脂(D)は1種類を単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0065】
樹脂(D)は、少なくとも一部が、(I)ポリロタキサン被覆炭素繊維のポリロタキサン(C)と化学結合しているか、又は、(II)架橋剤(E)を介してポリロタキサン(C)と連結している、ことが好ましい。
【0066】
ポリロタキサン(C)と樹脂(D)が化学結合している炭素繊維複合材に用いられる樹脂(D)は、ポリロタキサン(C)の環状分子が有する置換基(1)又は基(2)と反応性を有する基を有することが好ましい。一例として、ポリロタキサン(C)の環状分子がカルボキシ基を有する場合、樹脂(D)は、エポキシ基、アミノ基、水酸基、イソシアネート基、オキサゾリル基等を有することが好ましい。
【0067】
また、ポリロタキサン(C)と樹脂(D)が架橋剤(E)を介して連結している場合には、架橋剤(E)はポリロタキサン(C)の環状分子が有する置換基(1)又は基(2)と反応性を有する基を有することが好ましい。一例として、ポリロタキサン(C)の環状分子がカルボキシ基を有する場合、架橋剤(E)は、エポキシ基、アミノ基、水酸基、イソシアネート基、オキサゾリル基等を有することが好ましい。
また、樹脂(D)は、ポリロタキサン(C)の環状分子が有する置換基と同種の置換基を有することが好ましい。
【0068】
架橋剤(E)はポリロタキサン(C)の環状分子が有する置換基(1)又は基(2)と反応性を有する基を1分子中に2個以上有していればよく、例えば化合物(B)を用いることができる他、当該分野において対象の樹脂(D)に一般的に用いられる公知の架橋剤または硬化剤などを用いることができる。架橋剤(E)としては、化合物(B)を用いる場合、好ましい態様は前述のとおりである。
【0069】
[プレプリグ]
本発明に係るプレプリグは上記炭素繊維複合材を含むことを特徴とする。本プレプリグは、破断強度が高く、伸び性能に優れている。本プレプリグは上記本炭素繊維複合材をそのまま用いてもよいが、用途等に応じて、各種添加剤を配合してもよい。添加剤としては、酸化防止剤、光安定剤、紫外線吸収剤、ゴム粒子、無機粒子等のフィラーなどが挙げられる。
【0070】
フィラーは、公知のものの中から適宜選択すればよく、例えば、水酸化アルミニウム、酸化アルミニウム、窒化アルミニウム、水酸化マグネシウム、酸化マグネシウム、タルク、窒化ホウ素などの絶縁性のフィラー、金、銀、銅、ニッケル、アルミニウム、カーボン、グラファイト等の導電性のフィラー等が好適に挙げられる。
【0071】
本炭素繊維複合材及び本プレプリグの製造方法は、例えば、樹脂(D)を溶媒に溶解して低粘度化し、必要に応じて架橋剤(E)と上記添加剤とを添加して、上記本ポリロタキサン被覆炭素繊維に含浸させるウェット法や、樹脂(D)を加熱により低粘度化して、本ポリロタキサン被覆炭素繊維含浸させるホットメルト法などが挙げられる。
【0072】
本炭素繊維複合材及び本プレプリグは、例えば電子機器の筐体や、航空機、自動車等の部材、風力発電機のブレード等として好適に用いることができる。
【実施例
【0073】
以下に実施例を用いて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0074】
[ポリロタキサン(C)の製造]
製造例1:ポリロタキサンにカルボキシ基を導入する工程(3%)
ポリロタキサン(株式会社ASM社:SH2400P、水酸基価76mgKOH/g)10.0gと無水コハク酸(東京化成工業株式会社)40.7mgを酢酸エチル(関東化学株式会社)60mLに溶解し、これを0.5時間の窒素バブリングの後、これに塩基としてトリエチルアミン(東京化成工業株式会社)71.6mgを酢酸エチル(関東化学株式会社)2.0mLに溶解させたものを加え、窒素雰囲気下70℃にて24時間撹拌した。反応液から溶媒を減圧下留去し、カルボキシ変性ポリロタキサンの粗化合物を得た。
【0075】
製造例2:ポリロタキサンにカルボキシ基を導入する工程(5%)
ポリロタキサン(株式会社ASM社:SH2400P、水酸基価76mgKOH/g)10.0gと無水コハク酸67.8mgを酢酸エチル58mLに溶解し、これを0.5時間の窒素バブリングの後、これに塩基としてトリエチルアミンOOmgを酢酸エチル2.0mLに溶解させたものを加え、窒素雰囲気下70℃にて24時間撹拌した。反応液から溶媒を減圧下留去し、カルボキシ変性ポリロタキサン粗化合物を得た。
【0076】
製造例3:ポリロタキサンにカルボキシ基を導入する工程(5%)
ポリロタキサン(株式会社ASM社:SC1300P、水酸基価43mgKOH/g)10.0gと無水コハク酸38.3mgを酢酸エチル58mLに溶解し、これを0.5時間の窒素バブリングの後、これに塩基としてトリエチルアミン77.5mgを酢酸エチル2.0mLに溶解させたものを加え、窒素雰囲気下70℃にて24時間撹拌した。反応液から溶媒を減圧下留去し、カルボキシ変性ポリロタキサン粗化合物を得た。
【0077】
製造例4:ポリロタキサンにカルボキシ基を導入する工程(5%)
ポリロタキサン(株式会社ASM社:SH1300P、水酸基価84mgKOH/g)10.0gと無水コハク酸74.9mgを酢酸エチル58mLに溶解し、これを0.5時間の窒素バブリングの後、これに塩基としてトリエチルアミン151.5mgを酢酸エチル2.0mLに溶解させたものを加え、窒素雰囲気下70℃にて24時間撹拌した。反応液から溶媒を減圧下留去しカルボキシ変性ポリロタキサンの粗化合物を得た。
【0078】
製造例5-1:粗カルボキシ変性ポリロタキサンの精製
製造例1にて作成した粗カルボキシ変性ポリロタキサン1.0gを1,4-ジオキサン(関東化学株式会社)2.0mLに溶解し、これに1N塩化水素ジエチルエーテル溶液(東京化成工業株式会社)0.05mLを滴下し反応に用いた塩基中和すると共に、これに冷却下メタノール(関東化学株式会社製)6~15mlを白色沈殿が生成するまで加えて、目的化合物の白色沈殿を得た。遠心分離にて単離した目的化合物を再度1,4-ジオキサン2mLに溶解し、イオン交換水10mL、メタノール6~15mLで順次洗浄した後、遠心分離により固液を分離、得られた白色個体を減圧下乾燥して目的のカルボキシ基変性ポリロタキサン0.4gを得た。導入されたカルボキシ基についてNMRにより導入率を求め、原料の水酸基価に対して2.4%で導入されていることを確認した。
【0079】
製造例5-2~製造例5-4:粗カルボキシ変性ポリロタキサンの精製
製造例5-1において、製造例1の粗カルボキシ変性ポリロタキサンの代わりに、各々、製造例2~4の粗カルボキシ変性ポリロタキサンに変更した以外は、製造例5-1と同様にして、粗カルボキシ変性ポリロタキサンの精製を行った。
【0080】
[1分子中に2個以上のオキサゾリル基を有する化合物(B)の製造]
製造例6:ポリ2‐ビニル‐2‐オキサゾリン(Pvozo)を合成する工程
ビニルオキサゾリン(KJケミカルズ株式会社)10.0gおよびアゾイソブチロニトリル(関東化学株式会社)0.169gを、還流管を取り付けた100mL三口フラスコ中でN,N-ジメチルホルムアミド(関東化学株式会社)56.7gに溶解し、これを1時間の窒素バブリングの後、70℃にて6時間撹拌を行った。反応の進行および重合率はNMRを用いて算出した(86.5%)。反応液にジエチルエーテル(関東化学株式会社)1200mLを加えて目的化合物を白色沈殿として5.3gを得た。
【0081】
[化合物(B)の被覆]
製造例7:炭素繊維にポリビニルオキサゾリンを被覆する工程
製造例6にて合成したポリ2‐ビニル‐2‐オキサゾリンをプロピレングリコールモノメチルエーテル(関東化学株式会社)にて1.0wt%になるように溶解し、これを炭素繊維(東レ株式会社:T700,デサイズ処理済み)約0.1gを9cmにカットしたものに全体が浸る様に加えた。これをオイルバス中100℃にて3時間加熱した後、余剰なポリ2‐ビニル‐2‐オキサゾリンについてメタノール10mLで2分間洗浄を5回行った。得られたポリ2‐ビニル‐2‐オキサゾリン被覆炭素繊維は100℃にて10分間乾燥し、目的のポリ2‐ビニル‐2‐オキサゾリン被覆炭素繊維を得た。
【0082】
[ポリロタキサン被覆炭素繊維の製造]
実施例1:ポリビニルオキサゾリン被覆炭素繊維をカルボキシ基変性ポリロタキサンで被覆する工程
製造例7にて作成した2‐ビニル‐2‐オキサゾリン被覆炭素繊維に製造例1及び製造例5-1を経て得らえたカルボキシ基変性ポリロタキサン50mgをプロピレングリコールモノメチルエーテル10gに溶解したポリロタキサン溶液を浸潤させた。これをオイルバス中100℃にて3時間加熱した後、余剰なカルボキシ基変性ポリロタキサンについてアセトン(関東化学株式会社)10mLで2分間洗浄を5回行った。得られた被覆炭素繊維について、100℃にて10分間乾燥し目的のカルボキシ基変性ポリロタキサンで被覆されたポリ2‐ビニル‐2‐オキサゾリン被覆炭素繊維(実施例1のポリロタキサン被覆炭素繊維ともいう)を得た。
【0083】
実施例2~4:ポリロタキサン被覆炭素繊維の製造
上記実施例1において、カルボキシ基変性ポリロタキサンを、各々、製造例2~4及び製造例5-2~製造例5-4を経て得られたカルボキシ基変性ポリロタキサンに各々変更した以外は、実施例1と同様にして、実施例2~4のポリロタキサン被覆炭素繊維を得た。
【0084】
[炭素繊維複合材の製造]
実施例5:ポリロタキサン被覆炭素繊維による炭素繊維強化ポリプロピレン複合材料を作成する工程
実施例1のポリロタキサン被覆炭素繊維0.2gをポリプロピレン 1.746g(日本ポリプロ株式会社)、Ma-g-PP 0.054g(製品名:ユーメックス1001, 三洋化成工業株式会社)と、製造例6で合成したPvozo 0.010gを二軸混錬機(東洋精機製作所製バッチ式二軸混錬機ラボプラストミルμ)にて200℃、60rpm、10分間溶融混錬し、これをペレットとした。
作成した複合体ペレットを2mmメッシュに粉砕し、これをJIS K6251-7を参考に両辺持ち手部分を5mm延長したダンベル型試験片作成用の金型に充填した後200℃、5分間にて予備加熱、次いで5MPa,200℃、5分間プレス成型の後、これを5MPa,2分間で急冷し炭素繊維複合材(実施例5の炭素繊維複合材ともいう)を作成した。
【0085】
実施例6~8:炭素繊維複合材の製造
上記実施例5において、実施例1のポリロタキサン被覆炭素繊維の代わりに、実施例2~4のポリロタキサン被覆炭素繊維に各々変更した以外は、実施例5と同様にして、実施例6~8の炭素繊維複合材を得た。
【0086】
比較例1:炭素繊維による炭素繊維強化ポリプロピレン複合材料を作成する工程
炭素繊維(東レ株式会社:T700,デサイズ処理済み)0.378gをポリプロピレン3.3g、無水マレイン酸変性ポリプロピレン(Ma-g-PP)0.1g(製品名:ユーメックス1001, 三洋化成工業株式会社)からなる樹脂に対して10wt%の比率になるよう二軸混錬機にて200℃、60rpm、10分間溶融混錬し、これをペレットとした。作成した複合体ペレットを2mmメッシュに粉砕し、これを実施例5と同様のダンベル型試験片作成用の金型に充填した後200℃、5分間にて予備加熱、次いで5MPa,200℃、5分間プレス成型の後、これを5MPa、2分間で急冷し比較例1の炭素繊維複合材を作成した。
【0087】
比較例2:炭素繊維による炭素繊維強化ポリプロピレン複合材料を作成する工程
製造例7で作成した2‐ビニル‐2‐オキサゾリン被覆炭素繊維0.378gをポリプロピレン3.3g、Ma-g-PP 0.1gからなる樹脂に対して10wt%の比率になるよう二軸混錬機にて200℃、60rpm、10分間溶融混錬し、これをペレットとした。作成した複合体ペレットを2mmメッシュに粉砕し、これを実施例5と同様のダンベル型試験片作成用の金型に充填した後200℃、5分間にて予備加熱、次いで5MPa, 200℃、5分間プレス成型の後、これを5MPa、2分間で急冷し比較例2の炭素繊維複合材試験片を作成した。
【0088】
実施例9:ポリロタキサン被覆炭素繊維による炭素繊維強化ポリアクリル酸複合材料を作成する工程
実施例1で作成した炭素繊維(SH1300P-05被覆)0.24gをエチレン・メタクリル酸共重合樹脂(EMAA)2.16g(製品名:ニュクレルAN4233C,三井・ダウポリケミカル株式会社)と製造例6で合成したPvozo 0.6059gを二軸混錬機にて200℃、60rpm、10分間溶融混錬し、これをペレットとした。作成した複合体ペレットを2mmメッシュに粉砕し、これを実施例5と同様のダンベル型試験片作成用の金型に充填した後200℃、5分間にて予備加熱、次いで5MPa、200℃、5分間プレス成型の後、これを5MPa,2分間で急冷し実施例9の炭素繊維複合材を作成した。
【0089】
比較例3:炭素繊維による炭素繊維強化ポリアクリル酸複合材料を作成する工程
炭素繊維(東レ株式会社:T700,デサイズ処理済み)0.24gをエチレン・メタクリル酸共重合樹脂(EMAA)2.16g(製品名:ニュクレルAN4233C,三井・ダウポリケミカル株式会社)と製造例6で合成したPvozo 0.6059gを二軸混錬機にて200℃、60rpm、10分間溶融混錬し、これをペレットとした。作成した複合体ペレットを2mmメッシュに粉砕し、これを実施例5と同様のダンベル型試験片作成用の金型に充填した後200℃、5分間にて予備加熱、次いで5MPa,200℃、5分間プレス成型の後、これを5MPa,2分間で急冷し比較例3の炭素繊維複合材を作成した。
【0090】
[評価]
上記実施例5~9及び比較例1~3の炭素繊維複合材の各々について、JIS K 7139:2009を参考にダンベル形引張試験片を製造し、変位速度10mm/minにて引張試験を行い、引張弾性率、破断強度、破断伸び、及び応力-ひずみ曲線を測定した。
なお、歪曲線下面積とは、応力-ひずみ曲線の面積を破断までの区間にわたって積分した値をいい破断に要するエネルギーを示す。また歪曲線下面積比とは、樹脂(D)がポリプロピレンを含む実施例5~8、及び比較例1~2については比較例2を基準(歪曲線下面積を100%)として、各例の歪曲線下面積を比で表したものであり、同様に、樹脂(D)がポリアクリル酸を含む実施例9及び比較例3については比較例3を基準として、各例の歪曲線下面積を比で表したものである。歪曲線下面積が大きいほど靱性に優れていると評価できる。実施例7及び9を代表して結果を表1に示す。
【0091】
【表1】
【0092】
ポリロタキサン及びPvozoのいずれでも被覆していない炭素繊維を用いた比較例1に対し、Pvozoのみを被覆した比較例2の炭素繊維は引張弾性率及び破断強度が上昇している一方、歪曲線下面積が小さく、破断に要するエネルギーが低下している。
これに対し、炭素繊維にPvozoとポリロタキサンとを順次被覆した、本発明のポリロタキサン被覆炭素繊維を用いた実施例7の炭素繊維複合材は、比較例1に対し、引張弾性率及び破断強度が向上し、更に、歪曲線下面積が大きくなり靭性も向上していることが示された。
本発明による炭素繊維界面の設計の特徴として、従来、ポリロタキサンが化学結合を構築することが難しい炭素繊維表面官能基にPvozoを介して環状分子の軸上の動きを制限しない範囲で化学結合を構築することで、炭素繊維強化複合材料に外力が加わった際に発生すると予期される繊維-樹脂界面での剥離を抑制すると共に、この力を吸収することで諸物性が向上するものと推定される。
この効果は、比較例1と比較例2の比較により炭素繊維をPvozoで被覆するだけでは破断強度・伸び共に有意な効果を得られないばかりか、破断に要するエネルギーにおいてはむしろ低下する傾向からも、ポリロタキサンを界面に適切に配置することが物性向上に繋がると考えられる。
同様に、樹脂(D)がポリアクリル酸を含む炭素繊維複合材(実施例9)でも、比較例3に対して歪曲線下面積が1.3倍となった。
低弾性率材料を炭素繊維で強化した場合には通常顕著な高弾性率化が認められるが、本発明のポリロタキサン被覆炭素繊維によれば、低弾性を維持したまま破断エネルギーを向上でき、現行の要求物性を損なうことなく強度を向上できると考えられる。