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特許7642949増殖性肝オルガノイド、代謝活性化肝オルガノイド、及びそれらの使用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-03
(45)【発行日】2025-03-11
(54)【発明の名称】増殖性肝オルガノイド、代謝活性化肝オルガノイド、及びそれらの使用
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20250304BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20250304BHJP
   A61L 27/38 20060101ALI20250304BHJP
   C12N 5/02 20060101ALN20250304BHJP
【FI】
C12N5/071
C12Q1/02
A61L27/38 100
C12N5/02
【請求項の数】 22
(21)【出願番号】P 2021565592
(86)(22)【出願日】2020-12-15
(86)【国際出願番号】 JP2020046781
(87)【国際公開番号】W WO2021125176
(87)【国際公開日】2021-06-24
【審査請求日】2023-06-23
(31)【優先権主張番号】P 2019226717
(32)【優先日】2019-12-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004178
【氏名又は名称】JSR株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】増田 範生
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 俊朗
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 亮
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/048193(WO,A1)
【文献】特表2014-516562(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0002602(US,A1)
【文献】国際公開第2019/222853(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2019/0161734(US,A1)
【文献】Gene Expression,2003年,vol.11,p.55-75
【文献】Cell,2018年,vol.175, no.6,p.1591
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
代謝活性化肝オルガノイドの製造方法であって、
肝幹細胞又は肝幹細胞を含む組織片を増殖用培地中で培養し、増殖性肝オルガノイドを得ること、及び、
前記増殖性肝オルガノイドを分化用培地中で培養し、代謝活性化肝オルガノイドを得ること、を含み、
前記増殖用培地は、インターロイキン-6ファミリーサイトカイン、成長因子、Wntアゴニスト、Rhoキナーゼ阻害剤、形質転換増殖因子-β阻害剤、骨形成タンパク質阻害剤、及びフォルスコリンを含み、
前記分化用培地は、成長因子、Wntアゴニスト、Rhoキナーゼ阻害剤、形質転換増殖因子-β阻害剤、骨形成タンパク質阻害剤、及びフォルスコリンを含み、前記分化用培地中に含まれるインターロイキン-6ファミリーサイトカインの濃度は0ng/mLであるか又は10ng/mL未満であり、
前記インターロイキン-6ファミリーサイトカインは、インターロイキン-6、インターロイキン-11、オンコスタチンM、白血病抑制因子、カルジオトロピン-1、及び毛様体神経栄養因子からなる群より選ばれる少なくとも1種である、製造方法。
【請求項2】
前記インターロイキン-6ファミリーサイトカインは、インターロイキン-6、オンコスタチンM、白血病抑制因子からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記増殖用培地中に含まれるニコチンアミドの濃度は0mMであるか又は9mM以下である、請求項1又は請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記成長因子が、上皮成長因子、線維芽細胞増殖因子、肝細胞増殖因子、アンフィレグリン、及びヘパリン結合EGF様成長因子からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項1~請求項3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記Wntアゴニストが、Wntファミリーメンバー、R-スポンジン1、R-スポンジン2、R-スポンジン3、R-スポンジン4、ノリン、及びグリコーゲン合成酵素阻害剤からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項1~請求項4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記Rhoキナーゼ阻害剤が、Y-27632、ファスジル、Y39983、Wf-536、SLx-2119、アザベンゾイミダゾール-アミノフラザン、DE-104、H-1152P、Rhoキナーゼα阻害剤、XD-4000、HMN-1152、4-(1-アミノアルキル)-N-(4-ピリジル)シクロヘキサン-カルボキシアミド、Rhoスタチン、BA-210、BA-207、Ki-23095、及びVAS-012からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項1~請求項5のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記形質転換増殖因子-β阻害剤が、A83-01、SB-431542、SB-505124、SB-525334、LY364947、SD-208、及びSJN2511からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項1~請求項6のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項8】
前記骨形成タンパク質阻害剤が、ノギン、Differential screening-selected gene Aberrative in Neuroblastoma、Cerberus、及びグレムリンからなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項1~請求項7のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項9】
前記増殖用培地が、ガストリン、神経生物系サプリメント、及びN-アセチルシステインからなる群より選ばれる少なくとも1つを更に含む、請求項1~請求項のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項10】
前記増殖用培地中での培養において、前記肝幹細胞又は前記肝幹細胞を含む組織片と細胞外マトリックスとを接触させて培養する、請求項1~請求項のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項11】
前記増殖用培地中での培養において、前記細胞外マトリックスがコラーゲン及びマトリゲルの混合物である、請求項10に記載の製造方法。
【請求項12】
前記増殖用培地中での培養において、少なくとも2週間培養を行う、請求項1~請求項11のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項13】
前記分化用培地中に含まれるニコチンアミドの濃度は0mMであるか又は9mM以下である、請求項1~請求項12のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項14】
前記分化用培地が、ガストリン、神経生物系サプリメント、及びN-アセチルシステインからなる群より選ばれる少なくとも1つを更に含む、請求項~請求項13のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項15】
前記分化用培地が、ビタミンDを更に含む、請求項~請求項14のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項16】
前記分化用培地が、Notch阻害剤を更に含む、請求項~請求項15のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項17】
代謝活性化肝オルガノイドを増殖性肝オルガノイドに誘導する方法であって、
請求項~請求項15のいずれか一項に記載の製造方法により製造された代謝活性化肝オルガノイドを誘導用培地中で培養し、前記代謝活性化肝オルガノイドを増殖性肝オルガノイドに誘導することを含み、
前記誘導用培地は、インターロイキン-6ファミリーサイトカイン、成長因子、Wntアゴニスト、Rhoキナーゼ阻害剤、形質転換増殖因子-β阻害剤、骨形成タンパク質阻害剤、及びフォルスコリンを含み、
前記インターロイキン-6ファミリーサイトカインは、インターロイキン-6、インターロイキン-11、オンコスタチンM、白血病抑制因子、カルジオトロピン-1、及び毛様体神経栄養因子からなる群より選ばれる少なくとも1種である、誘導方法。
【請求項18】
前記インターロイキン-6ファミリーサイトカインは、インターロイキン-6、オンコスタチンM、白血病抑制因子からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項17に記載の誘導方法。
【請求項19】
請求項~請求項16のいずれか一項に記載の製造方法により製造された、代謝活性化肝オルガノイド。
【請求項20】
インターロイキン-6ファミリーサイトカイン、成長因子、Wntアゴニスト、Rhoキナーゼ阻害剤、形質転換増殖因子-β阻害剤、骨形成タンパク質阻害剤、及びフォルスコリンを含み、
前記インターロイキン-6ファミリーサイトカインは、インターロイキン-6、インターロイキン-11、オンコスタチンM、白血病抑制因子、カルジオトロピン-1、及び毛様体神経栄養因子からなる群より選ばれる少なくとも1種である、増殖性肝オルガノイドを培養するための増殖用培地。
【請求項21】
前記インターロイキン-6ファミリーサイトカインは、インターロイキン-6、オンコスタチンM、白血病抑制因子からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項20に記載の増殖用培地。
【請求項22】
請求項19に記載の代謝活性化肝オルガノイドと被験物質とを接触させることと、
前記代謝活性化肝オルガノイドの応答を評価することと、
を含む、被験物質の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、増殖性肝オルガノイド、代謝活性化肝オルガノイド、及びそれらの使用に関する。
本願は、2019年12月16日に、日本に出願された特願2019-226717号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
医薬品開発の薬物動態試験において、げっ歯類を用いたインビボ試験や、げっ歯類由来の初代(凍結)肝細胞(肝実質細胞)を用いたインビトロ試験が行われている。しかしながら、種差があるためヒト特異的に発生する毒性を予測することが困難である。一方、ヒト初代(凍結)肝細胞では、数に限りがあることから、良質の肝細胞を安定して入手することが難しい。
【0003】
薬物動態試験においては、特に肝細胞に多く存在するシトクロムP450(CYP)に着目し、薬物の研究開発が進められている。CYPは、人体に存在する生体異物を代謝する主要な酵素の1つである。CYPによる薬物の代謝を解析する際に、HepaRG(登録商標、以降、「登録商標」との記載を省略する)というフランス国立衛生医学研究所(INSERM)で開発されたヒト肝腫瘍由来細胞株が用いられる。HepaRG細胞は、CYPについてヒト肝細胞の平均的な活性を有すると考えられている。しかしながら、HepaRG細胞はCYPの活性を回復させるために、培養時間を要し、さらに、購入するためにコストがかかる。また、HepG2細胞等のヒト由来の肝癌細胞株はCYPの活性が低く、CYPによる代謝に関連した毒性を評価できない。また、安定した細胞数を確保する観点からヒトiPS細胞(induced pluripotent stem cell)等の多能性幹細胞由来の肝細胞を用いることも検討されている。しかしながら、ヒトiPS細胞由来の肝細胞では、ヒト由来の肝癌細胞株と同様に、CYPの活性が低く、さらに、細胞の成熟度についても初代(凍結)肝細胞よりも劣る。これらのことから、より安定に使用できるインビトロにより製造されたヒト由来の肝細胞(肝オルガノイド)が必要とされている。
【0004】
2013年にHans Cleversらによってマウス由来の肝細胞から肝オルガノイドを培養する方法が確立され、その後、2015年に同グループによってヒト由来の肝幹細胞から肝オルガノイドが確立されている。さらに、2018年には同グループによって前出の肝オルガノイドとは異なる細胞起源の肝幹細胞から肝オルガノイドが確立されており、肝細胞の新たな供給源として期待されている(特許文献1及び非特許文献1~非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】日本国特表2013-535201号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Huch M et al., “Long-term culture of genome-stable bipotent stem cells from adult human liver.”, Cell, Vol. 160, Issue 1, p299-312, 2015.
【文献】Hu H et al, “Long-Term Expansion of Functional Mouse and Human Hepatocytes as 3D Organoids.”, Cell, Vol. 175, Issue 6, p1591-1606, 2018.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、増殖性に優れた増殖性肝オルガノイド及びその製造方法、並びに、前記増殖性肝オルガノイドから分化された、代謝活性に優れた代謝活性化肝オルガノイド及びその製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明は、以下の実施態様を含む。
(1) 増殖性肝オルガノイドの製造方法であって、
肝幹細胞又は肝幹細胞を含む組織片を増殖用培地中で培養し、増殖性肝オルガノイドを得ることを含み、
前記増殖用培地は、インターロイキン-6ファミリーサイトカインを含む、製造方法。
(2) 前記インターロイキン-6ファミリーサイトカインが、インターロイキン-6、インターロイキン-11、オンコスタチンM、白血病抑制因子、カルジオトロピン-1、及び毛様体神経栄養因子からなる群より選ばれる少なくとも1種である、前記(1)に記載の製造方法。
(3) 前記増殖用培地がニコチンアミドを実質的に含まない、前記(1)又は前記(2)に記載の製造方法。
(4) 前記増殖用培地が成長因子を更に含む、前記(1)~前記(3)のいずれか一つに記載の製造方法。
(5) 前記成長因子が、上皮成長因子、線維芽細胞増殖因子、肝細胞増殖因子、アンフィレグリン、及びヘパリン結合EGF様成長因子からなる群より選ばれる少なくとも1種である、前記(4)に記載の製造方法。
(6) 前記増殖用培地がWntアゴニストを更に含む、前記(1)~前記(5)のいずれか一つに記載の製造方法。
(6) 前記Wntアゴニストが、Wntファミリーメンバー、R-スポンジン1、R-スポンジン2、R-スポンジン3、R-スポンジン4、ノリン、及びグリコーゲン合成酵素阻害剤からなる群より選ばれる少なくとも1種である、前記(6)に記載の製造方法。
(8) 前記増殖用培地がRhoキナーゼ阻害剤を更に含む、前記(1)~前記(7)のいずれか一つに記載の製造方法。
(9) 前記Rhoキナーゼ阻害剤が、Y-27632、ファスジル、Y39983、Wf-536、SLx-2119、アザベンゾイミダゾール-アミノフラザン、DE-104、H-1152P、Rhoキナーゼα阻害剤、XD-4000、HMN-1152、4-(1-アミノアルキル)-N-(4-ピリジル)シクロヘキサン-カルボキシアミド、Rhoスタチン、BA-210、BA-207、Ki-23095、及びVAS-012からなる群より選ばれる少なくとも1種である、前記(8)に記載の製造方法。
(10) 前記増殖用培地が形質転換増殖因子-β阻害剤を更に含む、前記(1)~前記(9)のいずれか一つに記載の製造方法。
(11) 前記形質転換増殖因子-β阻害剤が、A83-01、SB-431542、SB-505124、SB-525334、LY364947、SD-208、及びSJN2511からなる群より選ばれる少なくとも1種である、前記(10)に記載の製造方法。
(12) 前記増殖用培地が骨形成タンパク質阻害剤を更に含む、前記(1)~前記(11)のいずれか一つに記載の製造方法。
(13) 前記骨形成タンパク質阻害剤が、ノギン、Differential screening-selected gene Aberrative in Neuroblastoma、Cerberus、及びグレムリンからなる群より選ばれる少なくとも1種である、前記(12)に記載の製造方法。
(14) 前記増殖用培地がフォルスコリンを更に含む、前記(1)~前記(13)のいずれか一つに記載の製造方法。
(15) 前記増殖用培地が、ガストリン、神経生物系サプリメント、及びN-アセチルシステインからなる群より選ばれる少なくとも1つを更に含む、前記(1)~前記(14)のいずれか一つに記載の製造方法。
(16) 前記増殖用培地中での培養において、前記肝幹細胞又は前記肝幹細胞を含む組織片と細胞外マトリックスとを接触させて培養する、前記(1)~前記(15)のいずれか一つに記載の製造方法。
(17) 前記増殖用培地中での培養において、前記細胞外マトリックスがコラーゲン及びマトリゲルの混合物である、前記(16)に記載の製造方法。
(18) 前記増殖用培地中での培養において、少なくとも2週間培養を行う、前記(1)~前記(17)のいずれか一つに記載の製造方法。
(19) 代謝活性化肝オルガノイドの製造方法であって、
前記(1)~前記(18)のいずれか一つに記載の製造方法により製造された増殖性肝オルガノイドを分化用培地中で培養し、代謝活性化肝オルガノイドを得ることを含み、
前記分化用培地が、インターロイキン-6ファミリーサイトカインを実質的に含まない、製造方法。
(20) 前記分化用培地がニコチンアミドを実質的に含まない、前記(19)に記載の製造方法。
(21) 前記分化用培地が成長因子を更に含む、前記(19)又は前記(20)に記載の製造方法。
(22) 前記成長因子が、上皮成長因子、線維芽細胞増殖因子、及び肝細胞増殖因子からなる群より選ばれる少なくとも1種である、前記(21)に記載の製造方法。
(23) 前記分化用培地がWntアゴニストを更に含む、前記(19)~前記(22)のいずれか一つに記載の製造方法。
(24) 前記Wntアゴニストが、Wntファミリーメンバー、R-スポンジン1、R-スポンジン2、R-スポンジン3、R-スポンジン4、ノリン、及びグリコーゲン合成酵素阻害剤からなる群より選ばれる少なくとも1種である、前記(23)に記載の製造方法。
(25) 前記分化用培地がRhoキナーゼ阻害剤を更に含む、前記(19)~前記(24)のいずれか一つに記載の製造方法。
(26) 前記Rhoキナーゼ阻害剤が、Y-27632、ファスジル、Y39983、Wf-536、SLx-2119、アザベンゾイミダゾール-アミノフラザン、DE-104、H-1152P、Rhoキナーゼα阻害剤、XD-4000、HMN-1152、4-(1-アミノアルキル)-N-(4-ピリジル)シクロヘキサン-カルボキシアミド、Rhoスタチン、BA-210、BA-207、Ki-23095、及びVAS-012からなる群より選ばれる少なくとも1種である、前記(25)に記載の製造方法。
(27) 前記分化用培地が形質転換増殖因子-β阻害剤を更に含む、前記(19)~前記(26)のいずれか一つに記載の製造方法。
(28) 前記形質転換増殖因子-β阻害剤が、A83-01、SB-431542、SB-505124、SB-525334、LY364947、SD-208、及びSJN2511からなる群より選ばれる少なくとも1種である、前記(27)に記載の製造方法。
(29) 前記分化用培地が骨形成タンパク質阻害剤を更に含む、前記(19)~前記(28)のいずれか一つに記載の製造方法。
(30) 前記骨形成タンパク質阻害剤が、ノギン、Differential screening-selected gene Aberrative in Neuroblastoma、Cerberus、及びグレムリンからなる群より選ばれる少なくとも1種である、前記(29)に記載の製造方法。
(31) 前記分化用培地がフォルスコリンを更に含む、前記(19)~前記(30)のいずれか一つに記載の製造方法。
(32) 前記分化用培地が、ガストリン、神経生物系サプリメント、及びN-アセチルシステインからなる群より選ばれる少なくとも1つを更に含む、前記(19)~前記(31)のいずれか一つに記載の製造方法。
(33) 前記分化用培地が、ビタミンDを更に含む、前記(19)~前記(32)のいずれか一つに記載の製造方法。
(34) 前記分化用培地が、Notch阻害剤を更に含む、前記(19)~前記(33)のいずれか一つに記載の製造方法。
(35) 代謝活性化肝オルガノイドを増殖性肝オルガノイドに誘導する方法であって、
前記(19)~前記(34)のいずれか一つに記載の製造方法により製造された代謝活性化肝オルガノイドを誘導用培地中で培養し、前記代謝活性化肝オルガノイドを増殖性肝オルガノイドに誘導することを含み、
前記誘導用培地は、インターロイキン-6ファミリーサイトカインを含む、誘導方法。
(36) 前記(1)~前記(18)のいずれか一つに記載の製造方法により製造された、増殖性肝オルガノイド。
(37) 前記(19)~前記(34)のいずれか一つに記載の製造方法により製造された、代謝活性化肝オルガノイド。
(38) インターロイキン-6ファミリーサイトカインを含む、増殖性肝オルガノイドを培養するための増殖用培地。
(39) 前記(37)に記載の代謝活性化肝オルガノイドと被験物質とを接触させることと、
前記代謝活性化肝オルガノイドの応答を評価することと、
を含む、被験物質の評価方法。
【発明の効果】
【0009】
上記態様の増殖性肝オルガノイドの製造方法によれば、増殖性に優れた増殖性肝オルガノイドを提供することができる。上記態様の代謝活性化肝オルガノイドの製造方法によれば、前記増殖性肝オルガノイドから分化された、代謝活性に優れた代謝活性化肝オルガノイドを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は実験例1における増殖性肝オルガノイドの顕微鏡像である。スケールバーは100μmである。
図2図2は実験例2における肝オルガノイドの顕微鏡像である。スケールバーは100μmである。
図3図3は実験例5における代謝活性化肝オルガノイドの顕微鏡像である。
図4A図4Aは実験例13における細胞外マトリクスとして、マトリゲル、コラーゲン及びマトリゲルの混合物、並びに、コラーゲンを用いた場合の継代回数の比較を示すグラフである。図4A中、Pは継代回数を示す。
図4B図4Bは実験例13における細胞外マトリクスとして、コラーゲン及びマトリゲルの混合物を用いた場合の14回継代後であって培養190日後の増殖性肝オルガノイドの顕微鏡像である。
図4C図4C図4Bの拡大像である。スケールバーは100μmである。
図4D図4Dは実験例13における細胞外マトリクスとして、マトリゲル、コラーゲン及びマトリゲルの混合物、並びに、コラーゲンを用いた場合の増殖能の比較を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、実施形態を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施形態に何ら限定されるものではない。
【0012】
本明細書中で例示する各成分、例えば増殖用培地中や分化用培地中の各成分は、特に言及しない限り、それぞれ1種単独で含有することもでき、或いは、2種以上組み合わせて含有することもできる。
【0013】
本明細書で、「A~B」等の数値範囲を表す表記は、「A以上、B以下」と同義であり、A及びBをその数値範囲に含むものとする。
【0014】
<増殖性肝オルガノイドの製造方法>
一実施形態において、本発明は、増殖性肝オルガノイドの製造方法であって、肝幹細胞又は肝幹細胞を含む組織片を増殖用培地中で培養し、増殖性肝オルガノイドを得ること(以下、「工程A」ともいう)を含み、前記増殖用培地は、インターロイキン-6(IL-6)ファミリーサイトカインを含む、製造方法を提供する。
【0015】
本実施形態の増殖性肝オルガノイドの製造方法によれば、増殖性に優れた増殖性肝オルガノイドが得られる。
【0016】
従来のヒト初代(凍結)肝細胞では、数に限りがあることから、良質の肝細胞を安定して入手することが難しかった。
【0017】
これに対して、本実施形態の増殖性肝オルガノイドの製造方法では、ヒト初代(凍結)肝細胞等の肝幹細胞又は肝幹細胞を含む組織片から、増殖能を有する増殖性肝オルガノイドを得ることができる。そのため、薬物動態試験に必要な良質の肝細胞を安定して供給することができる。
【0018】
また、本実施形態の増殖性肝オルガノイドの製造方法により製造された増殖性肝オルガノイドを分化させることで、代謝活性に優れた、代謝活性化肝オルガノイドが得られる。
本明細書における「代謝活性化肝オルガノイド」とは、生体の肝臓組織を構成する肝細胞と類似の特性を有する細胞集団であることを意味する。代謝活性化肝オルガノイドとしては、例えば、ヒト初代凍結浮遊肝細胞での発現量に対してアルブミンの発現量が50%以上、CYP2E1の発現量が300%以上、UGT1A1の発現量が300%以上、NRP2の発現量が500%以上である肝オルガノイドが挙げられる。
また、本明細書において、「分化させる」、「分化誘導する」とは、少なくとも、複雑化及び異性化のいずれかが起こるように働きかけることをいう。後述する本実施形態の代謝活性化肝オルガノイドの製造方法では、増殖性肝オルガノイドを代謝活性化肝オルガノイドへと分化誘導する。
【0019】
なお、本実施形態の製造方法により製造された「増殖性肝オルガノイド」と、後述する本実施形態の代謝活性化肝オルガノイドの製造方法により前記増殖性肝オルガノイドから分化して製造された「代謝活性化肝オルガノイド」と、を総じて「肝細胞塊」と称する場合がある。
【0020】
[工程A]
工程Aでは、肝幹細胞又は肝幹細胞を含む組織片を増殖用培地中で培養し、増殖性肝オルガノイドを得る。
【0021】
肝臓は、肝機能の本質を担う肝実質細胞とこの肝実質細胞の増殖や生存を支える肝非実質細胞群により構成されている。肝実質細胞は、肝細胞とも呼ばれる。肝非実質細胞群は、肝星細胞、類洞内皮細胞、クッパー細胞、胆管上皮細胞等から構成されている。
【0022】
肝幹細胞は肝細胞と胆管上皮細胞へ分化する両能性を保持する細胞であり、肝臓内の肝細胞にも肝非実質細胞にも存在し、組織損傷時に肝臓再生を担う幹細胞集団である。肝幹細胞を含む組織片は、肝細胞の組織片である。
【0023】
工程Aでは、肝幹細胞又は肝幹細胞を含む組織片と細胞外マトリックス(ECM)とを接触させて培養することが好ましい。
【0024】
ECMと肝幹細胞又は肝幹細胞を含む組織片とを接触させて培養する方法としては、例えば、肝幹細胞又は肝幹細胞を含む組織片と細胞外マトリックス前駆体とを混合し、細胞外マトリックス前駆体をゲル化させてECMを形成し、次いで、ECMを増殖用培地に浸漬して培養することができる。
【0025】
工程Aにおいて使用するECMとしては、少なくとも2種類の特異な糖タンパク質を含むECMが好ましい。例えば、2つの異なるタイプのコラーゲンを含むECMであってもよく、例えば、コラーゲン及びラミニンを含むECMであってもよい。ECMは、合成ヒドロゲル細胞外マトリックスであってもよく、天然ECMであってもよい。ECMとして、ラミニン、エンタクチン及びコラーゲンIVを含む、マトリゲル(登録商標)(BDバイオサイエンス社)を用いることが好ましい。また、コラーゲンI及びマトリゲルの混合物を用いてもよく、このとき、混合比は体積比で1:1であることが好ましい。細胞外マトリックスは、細胞培養容器の上にコーティングされた状態のものであってもよく、溶解状態のものであってもよい。
【0026】
工程Aにおける培養条件としては、動物細胞の培養において一般に採用されている条件とすることができる。例えば、30℃以上40℃以下程度(好ましくは、37℃程度)の温度、5%体積分率(1気圧)程度のCO濃度環境下で行なうことができる。
【0027】
培養時間は細胞数や細胞の状態等に応じて、適宜調整することができる。培養開始から1週間以上2週間以下程度の期間後、増殖性肝オルガノイドを形成させることができる。中でも、増殖性肝オルガノイドの増殖及びオルガノイドの形成の観点から、少なくとも2週間培養を行なうことが好ましい。
【0028】
[増殖用培地]
増殖用培地は、増殖性肝オルガノイドを培養するための培地であり、IL-6ファミリーサイトカインを含む。
増殖用培地としては、ニコチンアミドを実質的に含まないことが好ましい。また、IL-6ファミリーサイトカインに加えて、成長因子、Wntアゴニスト及びTGF-β阻害剤を更に含むことが好ましく、ROCK阻害剤、BMP阻害剤及びフォルスコリンを更に含むことがより好ましい。
【0029】
増殖用培地は、通常、基本培地に各成分を添加して調製することができる。基本培地としては、例えば、ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)、基礎培地(MEM)、ノックアウト-DMEM(KO-DMEM)、グラスゴー基本培地(G-MEM)、イーグル基礎培地(BME)、DMEM/ハムF12、Advanced DMEM/ハムF12(Advanced DMEM/F12)、イスコフ改変ダルベッコ培地、ハムF-10、ハムF-12、199培地、RPMI1640培地が挙げられる。
【0030】
これらの中でもHEPES、グルタミン、及びペニシリン/ストレプトマイシンが添加された、DMEM/F12、及びRPMI1640が好ましい。また、無血清培養に最適化され、グルタミンの代わりに、GlutaMAX(GIBCO社製、L-アラニル-L-グルタミン)を含むAdvanced DMEM/F12又はAdvanced RPMIが好ましい。Advanced DMEM/F12又はAdvanced RPMI培地には、グルタミン及びペニシリン/ストレプトマイシンを添加することが好ましい。
【0031】
発明者らは、細胞周期におけるG0期からG1期への移行に関与しているサイトカインや成長因子等の各種因子のうち、炎症性サイトカインであるIL-6ファミリーサイトカインに着目し、IL-6ファミリーサイトカインを含む増殖用培地を用いることで高い増殖能を維持しながら長期間培養できる増殖性肝オルガノイドを得ることができることを見出した。
【0032】
(1)IL-6ファミリーサイトカイン
IL-6ファミリーサイトカインとしては、例えば、インターロイキン-6(IL-6)、インターロイキン-11(IL-11)、オンコスタチンM(OSM)、白血病抑制因子(LIF)、カルジオトロピン-1(CT-1)、及び毛様体神経栄養因子(CNTF)が挙げられ、中でも、IL-6が好ましい。
【0033】
IL-6ファミリーサイトカインの由来は特に限定されず、各種生物由来のものを用いることができる。中でも、哺乳動物由来のものであることが好ましい。哺乳動物としては、ヒト、マウス、ラット、ウシ、ブタ、ウサギ等が挙げられ、中でも、ヒトが好ましい。
【0034】
主な哺乳動物のIL-6ファミリーサイトカインを始めとする増殖用培地に含まれる各種成分のアミノ酸配列及びこれをコードする遺伝子の塩基配列は、例えば、GenBank等の公知のデータベースから取得することができる。例えば、GenBankにおいて、ヒトIL-6のアミノ酸配列はアクセッション番号XP_011513692、XP_005249802で登録されている。
【0035】
増殖用培地に含まれるIL-6ファミリーサイトカインの濃度は、通常、10ng/mL~1.0μg/mL、好ましくは50ng/mL~500ng/mL、より好ましくは80ng/mL~200ng/mLである。
【0036】
(2)ニコチンアミド
増殖用培地は、長期培養時の細胞増殖能の向上及び維持の観点から、ニコチンアミドを実質的に含まないことが好ましい。ここでいう「ニコチンアミドを実質的に含まない」とは、増殖用培地がニコチンアミドを全く含まない(増殖用培地の総容量に対して0mM)、又は、長期培養時の細胞増殖能の向上及び維持の妨げにならない程度の極微量、例えば、9mM以下、好ましくは5mM以下、より好ましくは1mM以下の濃度しか含まないことを意味する。
【0037】
(3)成長因子
増殖用培地は、細胞増殖性の向上の観点から、成長因子を更に含むことが好ましい。成長因子は、細胞の成長、分化、生存、炎症、および組織修復を刺激する拡散性シグナル伝達タンパク質を指す。
【0038】
成長因子としては、上皮成長因子(EGF)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、肝細胞増殖因子(HGF)、アンフィレグリン(Amphiregulin)、ヘパリン結合EGF様成長因子(HB-EGF)等が挙げられる。
【0039】
EGFはEGFファミリーの一つであり、上皮成長因子受容体(EGFRまたはErbB1)を活性化させる成長因子である。活性化したEGFRは、MAPKシグナル伝達経路を主に活性化させ、また、PI3Kシグナル伝達経路やJak/statシグナル伝達経路を活性化させる。
【0040】
増殖用培地中に含まれるEGFの濃度は、通常、10ng/mL~1,000ng/mL、好ましくは50ng/mL~500ng/mL、より好ましくは80ng/mL~200ng/mLである。
【0041】
HGFは、Met受容体を活性化させる成長因子であり、活性化したMet受容体は、HGF-Metシグナル伝達経路を活性化させる。HGF-Metシグナル伝達経路の活性化は、βカテニン経路の活性化を促し、血管新生やメタロプロテアーゼ産生を促す。
【0042】
増殖用培地中に含まれるHGFの濃度は、通常、10ng/mL~1,000ng/mL、好ましくは50ng/mL~500ng/mL、より好ましくは80ng/mL~200ng/mLである。
【0043】
FGFとしては、FGF受容体2(FGFR2)又はFGF受容体4(FGFR4)に結合することができるものが好ましく、FGF2、FGF4、FGF7又はFGF10であることが好ましく、FGF10であることが特に好ましい。
【0044】
増殖用培地中に含まれるFGFの濃度は、通常、20ng/mL~500ng/mL、好ましくは50ng/mL~300ng/mL、より好ましくは80ng/mL~150ng/mL以下である。
【0045】
Amphiregulin及びHB-EGFはEGFファミリーの一つであり、EGFと同じくEGFRを活性化させて、MAPKシグナル伝達経路、PI3Kシグナル伝達経路、又はJak/statシグナル伝達経路を活性化させる。
【0046】
増殖用培地中に含まれるAmphiregulinの濃度は、通常、10ng/mL~1,000ng/mL、好ましくは50ng/mL~500ng/mL、より好ましくは80ng/mL~200ng/mLである。
【0047】
増殖用培地中に含まれるHB-EGFの終濃度は、通常、10ng/mL~1,000ng/mL、好ましくは50ng/mL~500ng/mL、より好ましくは80ng/mL~200ng/mLである。
【0048】
(4)Wntアゴニスト
増殖用培地は、肝幹細胞の維持及び細胞増殖性の向上の観点から、Wntアゴニストを更に含むことが好ましい。WntアゴニストとはWntシグナル伝達経路を活性化する作動薬である。
Wntアゴニストとしては、例えば、Wntファミリーメンバー、R-スポンジンファミリー、ノリン(Norrin)、及びグリコーゲン合成酵素(GSK)阻害剤が挙げられる。
【0049】
Wntファミリーメンバーとしては、例えば、Wnt1、Wnt2、Wnt2b、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt5b、Wnt6、Wnt7a、Wnt7b、Wnt8a、Wnt8b、Wnt9a、Wnt9b、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11、及びWnt16が挙げられ、中でも、Wnt3aが好ましい。
【0050】
Wntファミリーメンバーの安定化及び可溶化には、アファミン(Afamin)が寄与していることが知られていることから、Wntアゴニストとしては、Wntファミリーメンバーとアファミンとの複合体を用いることがより好ましい。Wntファミリーメンバーとアファミンとの複合体は、Wntファミリーメンバーの濃度が18ng/mL~900ng/mLの該複合体を含む熟成培養液(コンディションメディウム)として用いることができる。
【0051】
アファミンとは、アルブミンファミリーに属する糖タンパク質を意味する。
GenBankにおいて、ヒトアファミンのアミノ酸配列はAAA21612、ウシアファミンのアミノ酸配列はDAA28569で登録されている。
【0052】
Wntファミリーメンバーとして、Wntファミリーメンバーの濃度が上記範囲であるコンディションメディウムを用いる場合に、増殖用培地中に含まれるコンディションメディウムの含有量は、増殖用培地の総容量に対して、通常、1容量(v/v)%~50容量(v/v)%、好ましくは10容量(v/v)%~30容量(v/v)%、15容量(v/v)%~25容量(v/v)%である。
【0053】
R-スポンジンファミリーとしては、例えば、R-スポンジン1、R-スポンジン2、R-スポンジン3、及びR-スポンジン4が挙げられ、中でも、R-スポンジン1が好ましい。R-スポンジンファミリーは、細胞膜においてLgr5と結合すると,自己ユビキチン化により細胞膜から除去され,その結果,Wntシグナル伝達経路の活性化を誘導するFrezzledが細胞膜において安定化やβカテニン経路を活性化する。R-スポンジンファミリーメンバーは、濃度が0.13μg/mL~6.5μg/mLの該複合体を含む熟成培養液として用いることができる。
【0054】
R-スポンジンファミリーメンバーとして、R-スポンジンファミリーメンバーの濃度が上記範囲であるコンディションメディウムを用いる場合に、増殖用培地中に含まれるコンディションメディウムの含有量は、増殖用培地の総容量に対して、通常、1容量(v/v)%~50容量(v/v)%、好ましくは5容量(v/v)%~25容量(v/v)%、8容量(v/v)%~20容量(v/v)%である。
【0055】
GSK阻害剤は、グリコーゲン合成酵素3β(GSK3β)の阻害剤を示す。GSK3βは、β-カテニンをリン酸化しその分解反応を促進することから、GSK阻害剤はWntアゴニストとして作動する。
【0056】
GSK阻害剤として、例えば、CHIR99021(CAS番号:252917-06-9)、SB216763(CAS番号:280744-09-4)、SB415286(CAS番号:264218-23-7)、CHIR98014(CAS番号:252935-94-7)、AZD1080(CAS番号:612487-72-6)、LY2090314(CAS番号:603288-22-8)が挙げられ、中でも、CHIR99021が好ましい。
【0057】
Wntアゴニストとしては、Wntファミリーメンバー及びR-スポンジンファミリーを組み合わせて用いることが好ましく、Wnt3a及びR-スポンジン1を組み合わせて用いることがより好ましく、Wnt3aとアファミンとの複合体及びR-スポンジン1を組み合わせて用いることがさらに好ましい。
【0058】
(5)Rhoキナーゼ阻害剤
増殖用培地は、アポトーシス抑制の観点から、Rhoキナーゼ(ROCK)阻害剤を更に含むことが好ましい。ROCK阻害剤は、IGF-1シグナル伝達のアンタゴニストとして作動するものである。
【0059】
ROCK阻害剤としては、例えば、Y-27632(CAS番号:146986-50-7)、ファスジル(Fasudil)(CAS番号:105628-07-7)、Y39983(CAS番号:203911-26-6)、Wf-536(CAS番号:539857-64-2)、SLx-2119(CAS番号:911417-87-3)、アザベンゾイミダゾール-アミノフラザン(Azabenzimidazole-aminofurazans)(CAS番号:850664-21-0)、DE-104、H-1152P(CAS番号:872543-07-6)、Rhoキナーゼα阻害剤(ROKα inhibitor)、XD-4000、HMN-1152、4-(1-アミノアルキル)-N-(4-ピリジル)シクロヘキサンーカルボキシアミド(4-(1-aminoalkyl)-N-(4-pyridyl)cyclohexane-carboxamides)、Rhoスタチン(Rhostain)、BA-210、BA-207、Ki-23095、及びVAS-012が挙げられる。これらの中でも、Y-27632が好ましい。
【0060】
増殖用培地中に含まれる、ROCK阻害剤の濃度は、通常、1μM~20μM、好ましくは5μM~15μM、より好ましくは8μM~12μMである。なお、単位「μM」は増殖用培地1リットル中の分子量(mol/L)の1/1000000である濃度を示し、以降も同様の濃度を表す。
【0061】
(6)形質転換増殖因子-β阻害剤
増殖用培地は、肝幹細胞の維持の観点から、形質転換増殖因子(TGF)-β阻害剤を含むことが好ましい。
【0062】
TGF-β阻害剤は、この阻害剤の非存在下でのTGF-β活性レベルと比較して、好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上、特に好ましくは、90%以上の阻害活性を有する。TGF-β阻害活性は、当業者にとって公知の方法で評価することができる。係る評価系としては、ルシフェラーゼレポーター遺伝子を動かすヒトPAI-1プロモーター又はSmad2/3結合部位を含むレポーター構築物を用いて細胞が安定にトランスフェクトされている細胞アッセイが挙げられる。
【0063】
TGF-β阻害剤としては、例えば、A83-01(CAS番号:909910-43-6)、SB-431542(CAS番号:301836-41-9)、SB-505124(CAS番号:694433-59-5)、SB-525334(CAS番号:356559-20-1)、LY364947(CAS番号:396129-53-6)、SD-208(CAS番号:627536-09-8)、及びSJN2511(CAS番号:446859-33-2)が挙げられ、中でも、A83-01が好ましい。
【0064】
増殖用培地中に含まれるTGF-β阻害剤の濃度は、通常、0.05μM~50μM、好ましくは0.5μM~30μM、より好ましくは1μM~15μM以下である。
【0065】
(7)骨形成タンパク質阻害剤
増殖用培地は、オルガノイド内に含まれる肝幹細胞の量を調節する観点から、骨形成タンパク質(BMP)阻害剤を更に含むことが好ましい。
【0066】
BMPは、二量体リガンドとして二種類の異なる受容体セリン/スレオニンキナーゼ、I型及びII型受容体からなる受容体複合体に結合する。II型受容体はI型受容体をリン酸化し、その結果、この受容体キナーゼが活性化される。このI型受容体は、続いて特異的な受容体基質(Smad1/5/9)をリン酸化し、その結果、シグナル伝達経路によって転写活性が導かれる。
【0067】
BMP阻害剤としては、例えば、ノギン(Noggin)、Differential screening-selected gene Aberrative in Neuroblastoma(DAN)、及びDAN様タンパク質が挙げられる。DAN様タンパク質としては、例えば、Cerberus、及びグレムリンが挙げられる。中でも、ノギンが好ましい。
【0068】
増殖用培地中に含まれるBMP阻害剤の濃度は、通常、10ng/mL~100ng/mL、好ましくは15ng/mL~50ng/mL、より好ましくは20ng/mL~30ng/mLである。
【0069】
(8)フォルスコリン
増殖用培地は、細胞増殖性の向上の観点から、フォルスコリン(Forskolin)を更に含むことが好ましい。
【0070】
増殖用培地中に含まれるフォルスコリンの濃度は、通常、0.1μM~100μM、好ましくは1μM~50μM、より好ましくは5μM~15μMである。
【0071】
(9)その他の成分
増殖用培地は、上記成分に加えて、ガストリン、神経生物系サプリメント、及び、N-アセチルシステインからなる群より選択される少なくとも1つを更に含むことができる。神経生物系サプリメントとしては、例えば、B27サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、並びにN2サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)等のインシュリンを含むサプリメントが挙げられる。
【0072】
増殖用培地中に含まれるガストリンの含有量は、通常、5nM~15nM以下である。なお、単位「nM」は増殖用培地1リットル中の分子量(mol/L)の1/1000000000である濃度を示し、以降も同様の濃度を表す。
【0073】
B27サプリメントは、ビオチン、コレステロール、リノール酸、リノレン酸、プロゲステロン、プトレシン、レチノール、酢酸レチニル、亜セレン酸ナトリウム、トリヨードチロニン(T3)、DL-α-トコフェロール(ビタミンE)、アルブミン、インシュリン及びトランスフェリン等を含む組成物であり、50倍液体濃縮液として市販されている。
【0074】
N2サプリメントは、500μg/mLのヒトトランスフェリン、500μg/mLのウシインシュリン、0.63μg/mLのプロゲステロン、161μg/mLのプトレシン及び0.52μg/mLの亜セレン酸ナトリウム等を含む組成物であり、100倍液体濃縮液として市販されている。
【0075】
増殖用培地中に含まれるN-アセチルシステインの濃度は、通常、150ng/mL~250ng/mLである。
【0076】
<代謝活性化肝オルガノイドの製造方法>
一実施形態において、本発明は、上記増殖性肝オルガノイドの製造方法により製造された増殖性肝オルガノイドを分化用培地中で培養し、代謝活性化肝オルガノイドを得ること(以下、「工程B」ともいう)を含み、前記分化用培地が、IL-6ファミリーサイトカインを実質的に含まない、製造方法を提供する。
【0077】
本実施形態の代謝活性化肝オルガノイドの製造方法によれば、上記増殖性肝オルガノイドの製造方法により製造された増殖性肝オルガノイドから分化された、代謝活性に優れた、代謝活性化肝オルガノイドが得られる。この代謝活性化肝オルガノイドは、後述する実施例に示すように、薬物動態試験に使用できる程度まで各種代謝酵素の発現が向上している。
【0078】
[工程B]
工程Bでは、上記製造方法により製造された増殖性肝オルガノイドを分化用培地中で代謝活性化肝オルガノイドへ分化させる。
【0079】
工程Bで使用される増殖性肝オルガノイドとしては、増殖性肝オルガノイドの増殖及びオルガノイドの形成の観点から、工程Aにおいて2週間以上培養を行なったものが好ましい。
【0080】
工程Bにおける培養期間は、通常、5日間~15日間、好ましくは7日間~12日間である。
【0081】
工程Bでは、増殖性肝オルガノイドと細胞外マトリックス(ECM)とを接触させて培養することが好ましい。例えば、後述する実施例に示すように、重合したECMに増殖用培地を重層して培養した増殖性肝オルガノイドにおいて、必要に応じて、適度な個数の増殖性肝オルガノイドを含むように物理的に解離した後、増殖用培地の代わりに分化用培地を重層して培養してもよい。
【0082】
工程Bにおいて使用するECMとしては、上述した、工程Aで使用するECMと同様のものが挙げられる。
【0083】
工程Bにおける培養条件としては、工程Aにおける培養条件と同様の条件が挙げられる。
【0084】
本実施形態の代謝活性化肝オルガノイドの製造方法において、増殖性肝オルガノイドが代謝活性化肝オルガノイドに分化したことは、肝細胞マーカーの発現や薬物代謝活性等を指標にして判定又は評価することができる。肝細胞マーカーとしては、例えば、アルブミン(ALB)、α-フェトプロテイン(AFP)、チロシン-アミノ基転移酵素(TAT)、プレグナンX受容体(PXR)等が挙げられる。肝細胞マーカーの発現量の測定は、遺伝子レベルで行ってもよく、タンパク質レベルで行ってもよい。
【0085】
代謝活性化肝オルガノイドを含む細胞集団から、代謝活性化肝オルガノイドのみからなる細胞を得る方法としては、例えば、前記肝細胞マーカーの存在を指標にして、代謝活性化肝オルガノイドを選別及び分取する方法が挙げられる。
【0086】
薬物代謝活性は、薬物代謝酵素の発現の検出又は薬物代謝アッセイによって評価することができる。薬物代謝酵素としては、例えば、シトクロムP450 1A2(CYP1A2)、シトクロムP450 2B(CYP2B)、シトクロムP450 2C9(CYP2C9)、シトクロムP450 2C19(CYP2C19)、シトクロムP450 2D6(CYP2D6)、シトクロムP450 2E1(CYP2E1)、シトクロムP450 3A4(CYP3A4)、シトクロムP450 3A7(CYP3A7)、ウリジン二リン酸-グルクロン酸転移酵素(UGT)、及び硫酸転移酵素(SULT)が挙げられる。
【0087】
[分化用培地]
分化用培地は、IL-6ファミリーサイトカインを実質的に含まない。これにより、増殖性肝オルガノイドから肝細胞への分化することができる。
分化用培地としては、ニコチンアミドを実質的に含まないことが好ましく、成長因子、Wntアゴニスト及びTGF-β阻害剤を含むことが好ましく、これらに加えて、ROCK阻害剤、BMP阻害剤及びフォルスコリンを含むことが好ましい。
【0088】
分化用培地は、通常、基本培地に各成分を添加して調製することができる。基本培地としては、増殖用培地と同様の基礎培地が挙げられる。
【0089】
(1)IL-6ファミリーサイトカイン
分化用培地は、IL-6ファミリーサイトカインを実質的に含まない。「IL-6ファミリーサイトカインを実質的に含まない」とは、分化用培地中に含まれるIL-6ファミリーサイトカインの濃度が、0ng/mL、又は極微量、具体的には、分化用培地中に含まれるIL-6ファミリーサイトカインの濃度が、10ng/mL未満、好ましくは、1ng/mL以下であることを意味する。IL-6ファミリーサイトカインとしては、上述した増殖用培地で例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0090】
(2)ニコチンアミド
分化用培地は、長期培養時の細胞増殖能の向上及び維持の観点から、ニコチンアミドを実質的に含まないことが好ましい。「ニコチンアミドを実質的に含まない」とは、分化用培地中に含まれるニコチンアミドの濃度が0mM、又は極微量、具体的には、分化用培地中に含まれるニコチンアミドの濃度が、9mM以下、好ましくは5mM以下、より好ましくは1mM以下であることを意味する。
【0091】
(3)成長因子
分化用培地は、細胞増殖性の向上の観点から、成長因子を更に含むことが好ましい。成長因子の種類及び分化用培地中に含まれる成長因子の濃度は、上述した増殖用培地と同様である。
【0092】
(4)Wntアゴニスト
分化用培地は、肝幹細胞の維持及び細胞増殖性の向上の観点から、Wntアゴニストを更に含むことが好ましい。Wntアゴニストの種類及び分化用培地中に含まれるWntアゴニストの濃度は、上述した増殖用培地と同様である。
【0093】
(5)ROCK阻害剤
分化用培地は、細胞のアポトーシス抑制の観点から、ROCK阻害剤を更に含むことが好ましい。ROCK阻害剤の種類及び分化用培地中に含まれるROCK阻害剤の濃度は、上述した増殖用培地と同様である。
【0094】
(6)TGF-β阻害剤
分化用培地は、肝幹細胞の維持の観点から、TGF-β阻害剤を更に含むことが好ましい。TGF-β阻害剤の種類及び分化用培地中に含まれるTGF-β阻害剤の濃度は、上述した増殖用培地と同様である。
【0095】
(7)BMP阻害剤
分化用培地は、オルガノイドに含まれる肝幹細胞量の調節の観点から、BMP阻害剤を更に含むことが好ましい。BMP阻害剤の種類及び分化用培地中に含まれるBMP阻害剤の濃度は、上述した増殖用培地と同様である。
【0096】
(8)フォルスコリン
分化用培地は、細胞増殖性の向上の観点から、フォルスコリンを更に含むことが好ましい。分化用培地中に含まれるフォルスコリンの濃度は、上述した増殖用培地と同様である。
【0097】
(9)Notchシグナル伝達阻害剤
分化用培地は、Notchシグナル伝達阻害剤を更に含むことができ、代謝活性化肝オルガノイドのCYP3A4の発現量を増大させることができる。Notchシグナルは細胞間の情報伝達を担っており、細胞の分化を制御するシグナルである。
【0098】
Notchシグナル伝達阻害剤としては、例えば、L-685458(CAS番号:292632-98-5)、DAPT(CAS番号:208255-80-5)、DBZ(CAS番号:209984-56-5)、MRK560(CAS番号:677772-84-8)、3,5-ビス(4-ニトロフェノキシ)安息香酸、MRK003(CAS番号:623165-93-5)、MK0752(CAS番号:471905-41-6)、フルルビプロフェン、及びJLK6(CAS番号:62252-26-0)等のγ-セクレターゼ阻害剤が挙られる。
【0099】
分化用培地中に含まれるNotchシグナル伝達阻害剤の濃度は、通常、10ng/mL~1,000ng/mL、好ましくは20ng/mL~500ng/mL、より好ましくは30ng/mL~300ng/mLである。
【0100】
(10)ビタミンD
分化用培地は、ビタミンDを更に含むことができ、代謝活性化肝オルガノイドのアルブミンの産生量を増大させることができる。ビタミンD受容体の活性化は、P21とP27タンパク質の発現を誘導し細胞周期におけるG0/G1期を停止する。
【0101】
ビタミンDは、生体内で合成や代謝する。よって、ビタミンDとしては、ビタミンD前駆体、ビタミンD代謝産物およびビタミンD類洞体が含まれる。
ビタミンDとしては、ビタミンD2(エルゴカルシフェロール)、ビタミンD3(コレカルシフェロール)、7-デヒドロコレステロール等のビタミンD前駆体、カルシフェジオール、及びカルシトリオール等のビタミンD代謝産物、並びにカルシポトリオール、24,25-ジヒドロキシビタミンD3、ZK191784、及びZK2032788等のビタミンD類洞体が挙げられる。
【0102】
分化用培地中に含まれるビタミンDの濃度は、通常、10nM~1,000nM、好ましくは50nM~800nM、より好ましくは100nM~500nMである。
【0103】
(11)DNA脱メチル化剤
分化用培地は、DNA脱メチル化剤を更に含むことができ、代謝活性化肝オルガノイドのCYP3A4の発現量を増大させることができる。
【0104】
DNA脱メチル化剤としては、5-アザ-2-デオキシシチジン、5-アザシチジン(アザシチジン)、ゼブラリン、プソイドイソシチジン、5-フルオロ-2-デオキシシチジン、5,6-ジヒドロ-5-アザシチジン、2’-デオキシ-5,6-ジヒドロ-5-アザシチジン、6-アザシチジン、2’,2’-ジフルオロ-デオキシシチジン、及びシトシン-ベータ-D-アラビノフラノシド等のシチジン類似体が挙げられる。
【0105】
分化用培地中に含まれるDNA脱メチル化剤の濃度は、通常、0.1μM~100μM、好ましくは1μM~50μM、より好ましくは5μM~15μMである。
【0106】
(12)その他の添加剤
分化用培地は、上記成分に加えて、ガストリン、B27サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、N2サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、又はN-アセチルシステインを含有することができる。分化用培地において、ガストリン、B27サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、N2サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、及びN-アセチルシステインとしては、上述した増殖用培地におけるものと同様のものを同様の濃度で用いることができる。
【0107】
<代謝活性化肝オルガノイドを増殖性肝オルガノイドに誘導する方法>
一実施形態において、本発明は、上記代謝活性化肝オルガノイドの製造方法により製造された代謝活性化肝オルガノイドを誘導用培地で培養し、代謝活性化肝オルガノイドを増殖性肝オルガノイドに誘導すること(以下、「工程C」ともいう)を含み、前記誘導用培地は、IL-6ファミリーサイトカインを含む、誘導方法を提供する。
【0108】
本実施形態の誘導方法によれば、代謝活性化肝オルガノイドを増殖性肝オルガノイドに戻すことができ、細胞の増殖能を回復させることができる。
【0109】
工程Cにおける培養条件は、上述した増殖性肝オルガノイドの製造方法における工程Aにおける培養条件と同様の条件である。また、使用する誘導用培地は、上述した増殖性肝オルガノイドの製造方法に記載の増殖用培地と同様の組成である。
【0110】
<被験物質の評価方法>
一実施形態において、本発明は、代謝活性化肝オルガノイドの製造方法により製造された代謝活性化肝オルガノイドと被験物質とを接触させること、及び代謝活性化肝オルガノイドの応答を評価することを含む、前記被験物質の評価方法を提供する。
【0111】
本実施形態の評価方法により、被験物質の代謝、薬物相互作用、肝毒性、トランスポーター活性等をインビトロで評価し、インビボにおける評価に近い結果を得ることができる。
【0112】
被験物質としては、例えば、天然化合物ライブラリ、合成化合物ライブラリ、既存薬ライブラリ、及び代謝物ライブラリが挙げられる。被験物質には様々な分子サイズの有機化合物又は無機化合物を用いることができる。有機化合物の例としては、核酸、ペプチド、タンパク質、脂質(単純脂質、複合脂質(ホスホグリセリド、スフィンゴ脂質、グリコシルグリセリド、セレブロシド等)、プロスタグランジン、イソプレノイド、テルペン、ステロイド、ポリフェノール、カテキン、ビタミン(B1、B2、B3、B5、B6、B7、B9、B12、C、A、D、E等)等が挙げられる。
【0113】
医薬や栄養食品等の既存成分又は候補成分も被験物質の一つである。植物抽出液、細胞抽出液、及び培養上清等を被験物質として用いることができる。また、2種類以上の被験物質を同時に添加することにより、被験物質間の相互作用、相乗作用等を調べることもできる。
【0114】
被験物質と代謝活性化肝オルガノイドとを接触させる期間は、通常、10分間~3日間、好ましくは1時間~1日間である。被験物質と代謝活性化肝オルガノイドとの接触を複数回に分けて行うことができる。
【0115】
代謝活性化肝オルガノイドの応答の評価は、例えば、産生される代謝産物に応じて、質量分析、液体クロマトグラフィー、又は免疫学的手法により行うことができる。免疫学的手法としては、例えば、蛍光免疫測定法(FIA法)、及び酵素免疫測定法(EIA法)が挙げられる。
【0116】
代謝活性化肝オルガノイドにおける薬物代謝酵素(例えば、シトクロム、UGT等)の発現を指標として被験物質の代謝を測定することもできる。薬物代謝酵素の発現は、mRNAレベル又はタンパク質レベルが挙げられる。
【0117】
本実施形態の評価方法は、被験物質の毒性を試験することもできる。例えば、被験物質を接触させた後の代謝活性化肝オルガノイドの状態を調べ、被験物質の毒性を評価する。代謝活性化肝オルガノイドの状態としては、生存率、細胞形態、及び培養液中の肝障害マーカー(例えば、GOT、GPT等)の存在量等が挙げられる。
【0118】
<その他実施形態>
一実施形態において、本発明は、上記増殖性肝オルガノイドの製造方法により製造された増殖性肝オルガノイド及び代謝活性肝オルガノイドの製造方法により製造された代謝活性化肝オルガノイドを提供する。本実施形態の代謝活性化肝オルガノイドは、被験物質の代謝、薬物相互作用、肝毒性、及びトランスポーター活性等のインビトロ評価に好適に用いることができる。
【0119】
増殖性肝オルガノイド及び代謝活性化肝オルガノイドと、例えば生体内に天然に存在する肝細胞とは、遺伝子発現パターン等に相違が存在する可能性がある。しかしながら、そのような相違が存在するか否かは定かではなく、また、そのような相違を特定して、遺伝子発現パターン等により本実施形態の細胞を特定するためには、著しく多くの試行錯誤を重ねることが必要であり、実質的に不可能である。したがって、本実施形態の細胞は、上述した製造方法により製造されたことにより特定することが実際的であるといえる。
【0120】
一実施形態において、本発明は、増殖用培地及び分化用培地を提供する。増殖用培地及び分化用培地は、それぞれ、増殖性肝オルガノイドの製造方法に記載の増殖用培地、及び代謝活性肝オルガノイドの製造方法に記載の分化用培地に記載したとおりである。
【実施例
【0121】
以下、実験例により本発明を説明するが、本発明は以下の実験例に限定されるものではない。また、全ての実験は慶應義塾大学医学部倫理委員会で承認された倫理研究計画に基づいて行った。
【0122】
[実験例1]ヒト増殖性肝オルガノイドの製造
ヒト初代凍結浮遊肝細胞(BIOPRRIDIC、HEP187-S)を37℃のウォーターバスで融解し、無血清培地を加えた50mLチューブに懸濁して遠心した。なお、無血清培地は、Advanced DMEM/F12にHEPES、GlutaMAX、ペニシリン/ストレプトマイシンを加えた培地である。遠心後、上清を除き、その後、無血清培地で懸濁し、肝細胞懸濁液を調製した。この懸濁液から40,000個の肝細胞を50μLのマトリゲル(BDバイオサイエンス社)と混合し、24ウェル組織培養プレートに播種し、マトリゲルが完全に重合するまで37℃で5分間以上10分間以下程度インキュベートした。続いて、マトリゲルが重合した後に、表1に示す増殖用培地を重層して12週間培養し、実験例1の増殖性肝オルガノイドを製造した。
【0123】
なお、R-スポンジン1は、R-スポンジン1を含むコンディションメディウムの形態で用いており、コンディションメディウムの総容量に対するR-スポンジン1の濃度は1.3μg/mLである。
Wnt3aについてもR-スポンジン1と同様に、Wnt3aとアファミンとの複合体を含むコンディションメディウムの形態で用いており、コンディションメディウムの総容量に対するWnt3aの濃度は360ng/mLである。
【0124】
初代凍結浮遊肝細胞からの増殖性肝オルガノイド(培養開始から2週間後)の増殖率を目視にて判定した。結果を表1に示す。判定基準は、増殖率が高いものから順に(+++、++、+、-)とした。
【0125】
培養開始から2週間後の増殖性肝オルガノイドの形態を蛍光顕微鏡(KEYENCE社製、装置名「BZ-X710」)で観察し、形態を観察した。オルガノイドの内部が空洞であるものを「中空」と判定し、内部まで細胞がつまっているものを「中実」と判定した。結果を表1に示す。また、顕微鏡像を図1に示す。
【0126】
増殖性肝オルガノイドの維持継代培養の可否を判定した。判定は継代した後に細胞の増殖性を顕微鏡像から判断した。結果を表1に示す。
【0127】
培養開始から2週間後の増殖性肝オルガノイドについて、市販のキット(商品名「FastLane Cell cDNA Kit」、キアゲン社)を用いて、細胞から総リボ核酸(RNA)を抽出してcDNAを合成し、リアルタイム定量PCRによりアルブミン、代謝酵素及びトランスポーター遺伝子のmRNAの発現量を測定した。リアルタイム定量PCRは、市販のキット(商品名「SYBR(登録商標) Premix Ex Taq(Perfect Real Time)」、タカラバイオ株式会社)を用いて行った。また、内在性コントロールとしてグリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素(GAPDH)を用い、測定結果を補正した。結果を表3に示す。なお、表3において、数値は、ヒト初代凍結浮遊肝細胞(BIOPRRIDIC、HEP187-S)での発現量を100とした時の相対値で表されている。
【0128】
[実験例2~実験例4]肝オルガノイドの製造
表1に示す各組成である増殖用培地を用いた以外は、実験例1と同様の方法を用いて、肝オルガノイドを製造した。増殖率、細胞の形態、維持拡大培養、並びに遺伝子レベルでの代謝酵素、トランスポーター及びアルブミン発現量の測定についても実験例1と同様の方法を用いて行なった。結果を表1及び表3に示す。また、実験例2の肝オルガノイドの顕微鏡像を図2に示す。
【0129】
[実験例5]代謝活性化肝オルガノイドの製造
実験例1の方法を用いて、増殖用培地中で2週間培養したヒト増殖性肝オルガノイドを機械的解離によって希釈し、継代した。その際、培地を増殖用培地から分化用培地に交換して、1週間培養することで、代謝活性化肝オルガノイドを製造した。分化用培地としては、表2に示す組成であるIL-6を含まない無血清培地を用いた。細胞の形態、維持拡大培養、並びに遺伝子レベルでの代謝酵素、トランスポーター及びアルブミン発現量の測定について実験例1と同様の方法を用いて行なった。結果を表2及び3に示す。また、得られた肝オルガノイドの顕微鏡像を図3に示す。
【0130】
[参考例1]ヒト肝オルガノイドの製造
非特許文献2に記載の方法を用いて、ヒト肝オルガノイドを製造した。遺伝子レベルでの代謝酵素、トランスポーター及びアルブミン発現量の測定について実験例1と同様の方法を用いて行なった。結果を表3に示す。
【0131】
【表1】
【0132】
【表2】
【0133】
【表3】
【0134】
表1から、IL-6を含む増殖用培地を用いて得られた増殖性肝オルガノイド(実験例1)は、細胞の形態が中空であり、増殖率が高く、維持拡大培養が可能なものであった。また、図1の顕微鏡像から、オルガノイド内部に赤色の成分が含まれることが観察された。
【0135】
これに対して、IL-6を含まない増殖用培地を用いて得られた肝オルガノイド(実験例2)は、細胞の形態が中実であり、増殖率は高いが、維持拡大培養をすることができなかった。また、IL-6を含まず、ニコチンアミドを含む増殖用培地を用いて得られた肝オルガノイド(実験例3及び実験例4)は、細胞の形態が中実であり、増殖率が低く、維持拡大培養をすることができなかった。
【0136】
表2及び表3から、IL-6を含まない分化用培地を用いて実験例1の増殖性肝オルガノイドから分化された実験例5の代謝活性化肝オルガノイドは、細胞の形態が中空であり、維持拡大培養はできないものの、遺伝子レベルでの代謝酵素、トランスポーター及びアルブミン発現量が万遍なく向上しており、薬物動態試験に使用できる程度のものであった。また、図3の顕微鏡像から、オルガノイド内部にビリルビンと推定される黄色の成分が含まれることが観察された。
【0137】
[実験例6~実験例7]増殖性肝オルガノイドの製造
表4に示す増殖用培地を用いた以外は、実験例1と同様の方法を用いて、増殖性肝オルガノイドを製造した。増殖率、及び維持拡大培養の測定についても実験例1と同様の方法を用いて行なった。結果を表4に示す。
【0138】
【表4】
【0139】
[実験例8~実験例12]代謝活性肝オルガノイドの製造
表4に示す分化用培地を用いた以外は、実験例5と同様の方法を用いて、代謝活性肝オルガノイドを製造した。アルブミン発現量及びCYP3A4発現量の測定についても実験例5と同様の方法を用いて行なった。結果を表5に示す。
【0140】
【表5】
【0141】
[実験例13]コラーゲン-マトリゲル上でのヒト増殖性肝オルガノイドの製造
ヒト初代凍結浮遊肝細胞(BIOPRRIDIC、HEP187-S)を37℃のウォーターバスで融解し、無血清培地を加えた50mLチューブに懸濁して遠心した。なお、無血清培地は、Advanced DMEM/F12にHEPES、GlutaMAX、ペニシリン/ストレプトマイシンを加えた培地である。遠心後、上清を除き、その後、無血清培地で懸濁し、肝細胞懸濁液を調製した。この懸濁液から50,000個の肝細胞を12.5μLのマトリゲル(BDバイオサイエンス社)及び12.5μLのコラーゲンI(新田ゼラチン株式会社)と混合し、48ウェル組織培養プレートに播種し、マトリゲル及びコラーゲンIが完全に重合するまで37℃で5分間以上10分間以下程度インキュベートした。対照として、マトリゲルのみ又はコラーゲンのみを用いたものも準備した。続いて、マトリゲル及びコラーゲンIが重合した後に、上記表1に示す増殖用培地を重層して培養し、実験例13の増殖性肝オルガノイドを製造した。
【0142】
図4A図4Dに示すように、コラーゲン及びマトリゲルを混合したECMを用いた場合には、より多くの継代回数で培養可能であり、増殖性の増強が見られた。
【産業上の利用可能性】
【0143】
本実施形態の増殖性肝オルガノイドの製造方法によれば、増殖性に優れた増殖性肝オルガノイドが得られる。本実施形態の代謝活性化肝オルガノイドの製造方法によれば、前記増殖性肝オルガノイドから分化された、代謝活性に優れた、代謝活性化肝オルガノイドが得られる。
図1
図2
図3
図4A
図4B
図4C
図4D