(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-03
(45)【発行日】2025-03-11
(54)【発明の名称】制振ばね
(51)【国際特許分類】
F16F 1/02 20060101AFI20250304BHJP
【FI】
F16F1/02 A
(21)【出願番号】P 2024569611
(86)(22)【出願日】2024-08-08
(86)【国際出願番号】 JP2024028499
【審査請求日】2024-11-25
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136098
【氏名又は名称】北野 修平
(74)【代理人】
【識別番号】100137246
【氏名又は名称】田中 勝也
(74)【代理人】
【識別番号】100158861
【氏名又は名称】南部 史
(74)【代理人】
【識別番号】100194674
【氏名又は名称】青木 覚史
(72)【発明者】
【氏名】泉田 寛
(72)【発明者】
【氏名】倉持 幸治
【審査官】後藤 健志
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2023/013523(WO,A1)
【文献】実開平3-134(JP,U)
【文献】特開2012-248495(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16F 1/02-1/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅製または銅合金製の芯線と、
前記芯線の外周面を覆う鋼製の被覆層と、を備える素線から形成され、
前記素線の線径は4mm以下であり、
前記芯線は、前記芯線の前記外周面を形成するように配置され、銅製または銅合金製の母相と、前記母相中に分散する、鉄を含有する領域である複数の島状領域と、を有する境界層を含み、
前記素線の長手方向に垂直な断面における前記芯線の面積率は20%以上90%以下である、制振ばね。
【請求項2】
前記島状領域の直径は0.5μm以下である、請求項1に記載の制振ばね。
【請求項3】
前記境界層の厚みは5μm以下である、請求項
1に記載の制振ばね。
【請求項4】
前記被覆層はステンレス鋼製である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の制振ばね。
【請求項5】
前記被覆層はオーステナイト系ステンレス鋼製である、請求項4に記載の制振ばね。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、制振ばねに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ばねを用いた緩衝装置が知られている。たとえば、コイルスプリングとスプリング座との間に、振動の減衰(制振)に寄与する緩衝体を配置した自動車用緩衝装置が提案されている(たとえば、特開2002-178737号公報(特許文献1)参照)。この緩衝装置においては、制振性は、主に緩衝体によって提供される。また、導電性と強度とを両立させることを目的として、銅製の芯線と、芯線を覆うステンレス鋼製の被覆層とを備えたばね用線材が知られている(たとえば、特開昭59-205105号公報(特許文献2)参照)。このばね用線材では、芯線と被覆層との間に相互拡散層が形成されており、耐へたり性、耐疲労性が改善するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2002-178737号公報
【文献】特開昭59-205105号公報
【発明の概要】
【0004】
本開示に従った制振ばねは、銅製または銅合金製の芯線と、芯線の外周面を覆う鋼製の被覆層と、を備える素線から形成される。素線の線径は4mm以下である。芯線は、芯線の外周面を形成するように配置され、銅製または銅合金製の母相と、母相中に分散する、鉄を含有する領域である複数の島状領域と、を有する境界層を含む。素線の長手方向に垂直な断面における芯線の面積率は20%以上90%以下である。
【図面の簡単な説明】
【0005】
【
図1】
図1は、制振ばねの構造を示す概略図である。
【
図3】
図3は、素線の境界層近傍の構造を示す概略断面図である。
【
図4】
図4は、制振ばねの製造方法の概略を示すフローチャートである。
【
図5】
図5は、境界層近傍のEDX分析の結果である。
【
図6】
図6は、実施例のサンプルの芯線と被覆層との界面に垂直な方向における元素の線分析の結果を示す図である。
【
図7】
図7は、比較例のサンプルの芯線と被覆層との界面に垂直な方向における元素の線分析の結果を示す図である。
【
図8】
図8は、制振試験の試験装置の構造を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0006】
[本開示が解決しようとする課題]
制振性に優れた制振ばねを提供することを、本開示の目的の一つとする。
【0007】
[本開示の効果]
上記制振ばねによれば、制振性に優れた制振ばねを提供することができる。
【0008】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。本開示の制振ばねは、
(1)銅製または銅合金製の芯線と、芯線の外周面を覆う鋼製の被覆層と、を備える素線から形成される。素線の線径は4mm以下である。芯線は、芯線の外周面を形成するように配置され、銅製または銅合金製の母相と、母相中に分散する、鉄を含有する領域である複数の島状領域と、を有する境界層を含む。素線の長手方向に垂直な断面における芯線の面積率は20%以上90%以下である。
【0009】
制振性が主に緩衝体によって提供される上記特許文献1の自動車用緩衝装置(制振装置)では、優れた制振性が得られる一方で、小型化が難しいという問題がある。これに対し、本開示の制振ばねにおいては、ばね自体に優れた制振性が付与される。これにより、制振装置の小型化することが可能となる。
【0010】
具体的には、本開示の制振ばねは、芯線と被覆層とを備える素線から形成されている。銅製または銅合金製の芯線と鋼製の被覆層とを有する線材においては、上記特許文献2に開示されているように、芯線と被覆層との界面付近に、拡散層が形成されるのが一般的である。たとえば、芯線の外周面を形成するように、被覆層を構成する鉄が拡散した拡散層が形成される。平衡状態において、芯線を構成する銅中には、被覆層を構成する鉄はほとんど固溶しない。しかし、伸線加工などの強加工によって鉄が被覆層から芯線へと拡散し、拡散層が形成される。この拡散層は、芯線と被覆層との密着性の向上に寄与する。その結果、特許文献2のばね用線材においては、耐へたり性、耐疲労性が改善しているものと考えられる。
【0011】
一方、本開示の制振ばねにおいては、芯線は、芯線の外周面(被覆層との界面)を形成するように配置された境界層を含んでいる。この境界層は、銅製または銅合金製の母相と、母相中に分散する、鉄を含有する領域である複数の島状領域と、を有している。すなわち、境界層において、銅を主成分とする母相と鉄を含有する相とが分離した状態となっている。これにより、芯線と被覆層との密着性が小さくなっている。また、銅製または銅合金製の芯線の降伏応力に比べて、鋼製の被覆層の降伏応力は大きい。その結果、本開示の制振ばねに芯線の降伏応力を超え、被覆層の降伏応力未満の応力が負荷されるような振動が伝わると、芯線において塑性変形が繰り返されることにより振動エネルギーが吸収されるとともに、被覆層によって制振ばねの弾性が維持される。このとき、芯線と被覆層との密着性が小さいことにより、芯線における塑性変形の繰り返しと被覆層による弾性の維持とが独立して生じる。特に、素線の線径が4mm以下、素線の長手方向に垂直な断面における芯線の面積率が20%以上90%以下とすることにより、優れた制振性が得られる。このように、本開示の制振ばねは、制振性に優れた制振ばねとなっている。本開示の制振ばねは、ばね自体に優れた制振性が付与されることにより、制振装置の小型化に寄与することができる。
【0012】
(2)上記(1)において、島状領域の直径は0.5μm以下であってもよい。この構成により、より確実に高い制振性を得ることができる。ここで、島状領域の直径とは、素線の長手方向に沿う断面における島状領域の面積に対応する円の直径(円相当径)を意味する。島状領域の面積は、たとえば素線を長手方向に沿う断面で切断し、得られた断面をEDX(Energy-Dispersive X-ray spectroscopy)により分析して、鉄を含有する領域の面積として測定することができる。
【0013】
(3)上記(1)または(2)において、境界層の厚みは5μm以下であってもよい。この構成により、より確実に高い制振性を得ることができる。境界層の厚みは、たとえば上記島状領域の直径の測定と同様にEDXにより島状領域の存在を確認し、島状領域が存在する領域の厚みを境界層の厚みとみなすことで測定することができる。
【0014】
(4)上記(1)から(3)のいずれかにおいて、被覆層はステンレス鋼製であってもよい。降伏応力、強度、耐食性などの観点から、ステンレス鋼は被覆層の材料として好適である。
【0015】
(5)上記(4)において、被覆層はオーステナイト系ステンレス鋼製であってもよい。高い耐食性を有するオーステナイト系ステンレス鋼は被覆層の材料として特に好適である。
【0016】
[本開示の実施形態の詳細]
次に、本開示にかかる制振ばねの実施の形態を、以下に図面を参照しつつ説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付しその説明は繰返さない。
【0017】
図1は、制振ばねの構造を示す概略図である。
図2は、制振ばねを形成する素線の構造を示す概略図である。
図3は、素線の境界層近傍の構造を示す概略断面図である。
図1を参照して、本実施の形態における制振ばね1は、素線10から形成されている。より具体的には、制振ばね1は、素線10がらせん状の形状に加工されたコイルばね(圧縮コイルばね)である。
【0018】
図1および
図2を参照して、制振ばね1を形成する素線10は、芯線20と被覆層30とを備えている。芯線20は、銅製(純銅製;銅の含有率が99.9質量%以上)または銅合金製である。銅合金としてはたとえばJIS H 3250に規定されるC1020、C5191などを採用することができる。本実施の形態では、芯線20は銅(銅の含有率が99.9質量%以上である純銅)製である。
【0019】
本実施の形態において、芯線20の、素線10の長手方向Y(
図2の矢印に沿う方向)に垂直な断面の形状は円形である。なお、断面の形状は円形に限られず、たとえば楕円形、長方形(各頂点に対応する部分が円弧状となっている形状を含む)などであってもよい。芯線20は、外周面21を有している。本実施の形態において、外周面21は円筒面形状を有している。
【0020】
被覆層30は、芯線20の外周面21を覆っている。本実施の形態において、被覆層30は中空円筒状の形状を有している。被覆層30は、内周面31と、外周面32とを有している。内周面31および外周面32は、それぞれ円筒面形状を有している。内周面31は、全周にわたって芯線20の外周面21と接触している。外周面32は、素線10の外周面11である。被覆層30は鋼製である。鋼としては、たとえばJIS規格に規定されるステンレス鋼、ばね鋼、炭素鋼、軟鋼など種々の鋼を採用することができる。ステンレス鋼としては、たとえばJIS規格SUS304、SUS316などのオーステナイト系ステンレス鋼が挙げられる。被覆層30は、ステンレス鋼製(たとえばオーステナイト系ステンレス鋼製)であってもよい。本実施の形態では、被覆層30はオーステナイト系ステンレスであるSUS304製である。
【0021】
図2を参照して、素線10の線径Dは4mm以下である。ここで、線径Dは、素線10の長手方向Yに垂直な断面の形状が円形である場合、その直径を意味する。断面の形状が円形以外である場合、断面の面積に対応する面積を有する円の直径(円相当径)を意味する。素線10の長手方向Yに垂直な断面における芯線20の面積率は20%以上90%以下である。
【0022】
図3を参照して、芯線20は、境界層22を含んでいる。境界層22は、芯線20の外周面21を形成するように配置されている。境界層22は、母相23と、母相23中に分散する複数の島状領域24とを有している。母相23は、銅製または銅合金製である。本実施の形態において、母相23は純銅製である。島状領域24は、鉄を含有する領域である。本実施の形態において、島状領域24は、被覆層30の材料であるSUS304に含まれる元素である鉄およびクロムを含有している。島状領域24の直径は0.5μm以下である。島状領域24の直径は、芯線20の外周面21(被覆層30との界面)から離れるにしたがって小さくなっている。島状領域24が存在する領域である境界層22の厚みtは5μm以下である。
【0023】
本実施の形態の制振ばね1において、芯線20の境界層22は、純銅製の母相23と、母相23中に分散する、鉄を含有する領域である島状領域24とを有している。つまり、境界層22において、銅を主成分とする母相23と鉄を含有する相である島状領域24とが相として分離した状態となっている。これにより、芯線20と被覆層30との密着性が小さくなっている。その結果、制振ばね1の伸縮に際して、純銅製の芯線20における塑性変形の繰り返しとSUS304製の被覆層30による弾性の維持とが独立して生じる状態となっている。このようにして、制振ばね1は、優れた制振性を有する。さらに、素線10の線径Dが4mm以下、素線10の長手方向に垂直な断面における芯線20の面積率が20%以上90%以下であることにより、優れた制振性が得られる。また、素線10の線径Dが4mm以下であることにより、制振ばね1は小型化が容易となっている。このように、本実施の形態の制振ばね1は、コンパクトでありながら制振性に優れた制振ばねとなっている。制振ばね1は、ばね自体に優れた制振性が付与されることにより、制振装置の小型化に寄与することができる。小型化された制振装置は、たとえばドアを開閉した時の構造物の振動を低減するための制振装置として使用することができる。
【0024】
次に、本実施の形態の制振ばね1の製造方法の一例を説明する。
図4は、制振ばねの製造方法の概略を示すフローチャートである。
図4を参照して、本実施の形態の制振ばね1の製造方法においては、まず工程S10としてクラッド工程が実施される。この工程S10では、まず被覆層30となるべき中空円筒状の形状を有する鋼製のパイプと、芯線20となるべき銅または銅合金製の金属棒とが準備される。本実施の形態においては、オーステナイト系ステンレス鋼であるJIS規格SUS304製のパイプと、無酸素銅(純Cu)製の金属棒とが準備される。そして、金属棒をパイプ内に挿入することにより、鋼製のチューブ内に銅製の金属棒が挿入されたクラッド材が得られる。
【0025】
次に、工程S20として第1伸線工程が実施される。この工程S20では、工程S10において作製されたクラッド材に対して、伸線加工が実施される。伸線加工は、クラッド材をダイスに形成された貫通孔を通すことにより実施される。伸線加工は、1つのダイスを用いて1回の加工で実施してもよいし、複数のダイスを用いて複数回の加工で実施してもよい。伸線加工前のクラッド材の直径と伸線加工後のクラッド材の直径との差を伸線加工前のクラッド材の直径で除した値である減面率は、50%以上とされる。これにより、芯線20と被覆層30とを含むクラッド線が得られる。
【0026】
次に、工程S30として溶体化工程が実施される。この工程S30では、工程S20において得られたクラッド線に対して溶体化処理が実施される。具体的には、工程S20において得られたクラッド線に対して、たとえば900℃以上1100℃以下の温度域に加熱し、5秒以上20分以下の時間保持した後、急冷する熱処理が実施される。これにより、被覆層30を形成するステンレス鋼の金属組織において、工程S20の伸線加工によって引き伸ばされた結晶粒が再結晶し、伸線加工によって生じたマルテンサイト組織が消滅する。その結果、工程S20において加工硬化した被覆層30が軟化し、再度の伸線加工が可能な状態となる。溶体化処理おける加熱温度は、被覆層を構成するステンレス鋼のAC3点以上の温度とすることが好ましい。
【0027】
次に、工程S40として第2伸線工程が実施される。この工程S40では、工程S30において溶体化処理が実施されたクラッド線に対して、伸線加工が実施される。伸線加工は、工程S20の場合と同様に、1つのダイスを用いて1回の加工で実施してもよいし、複数のダイスを用いて複数回の加工で実施してもよい。これにより、芯線20と被覆層30とを含む素線10が得られる。伸線加工前のクラッド線の直径と伸線加工後のクラッド線(素線10)の直径との差を伸線加工前のクラッド線の直径で除した値である減面率は、50%以上とされる。減面率が50%以上の伸線加工が実施されることにより、
図2および
図3を参照して、外周面21に近い芯線20内の領域には、被覆層30を形成するステンレス鋼に含まれる鉄(Fe)およびクロム(Cr)が拡散して浸入した層である拡散層が形成される。拡散層においては、外周面21に近いほど濃度が高くなるようにFeおよびCrが存在する状態となっている。
【0028】
次に、工程S50としてばねの形状に加工するばね加工工程が実施される。この工程S50では、工程S40において得られた素線10が、
図1に示すらせん状の形状に加工されることにより、ばねの形状に成形される。
【0029】
次に、工程S60として、焼なまし工程が実施される。このS60では、S50においてばねの形状に成形された素線10に対して、焼きなまし処理が実施される。具体的には、ばねの形状に成形された素線10が、400℃以上の温度に加熱されることにより、S50において生じた素線10中のひずみが低減されるとともに、工程S40において形成された拡散層において、銅(Cu)を主成分とする母相23とFeおよびCrを含有する相である島状領域24とが相として分離して、境界層22が形成される。以上の工程により、本実施の形態の制振ばね1は完成する。
【0030】
本実施の形態の制振ばね1の製造方法では、工程S60における焼きなまし処理の加熱温度が、ひずみの低減のみを目的とする場合に比べて高い温度(たとえば400℃以上)に設定される。これにより、工程S40において拡散層(FeおよびCrが芯線20を形成する銅内に拡散した層)が形成された後、工程S60の高温での焼きなまし処理によって拡散層においてCuを主成分とする母相23とFeおよびCrを含有する相である島状領域24とが相として分離して、境界層22が形成される。その結果、芯線20と被覆層30との密着性が小さくなる。このようにして、本実施の形態の制振ばね1の製造方法によれば、優れた制振性を有する制振ばね1を製造することができる。
【実施例】
【0031】
本開示の制振ばねを形成する素線を作製し、島状領域(境界層)の形成状態を確認した。また、本開示の制振ばねを作製し、制振性の向上を確認する実験を行った。実験の手順は以下のとおりである。
【0032】
(1)島状領域(境界層)の形成状態
上記実施の形態において説明した製造方法の工程S10~S40を実施することにより、素線10を準備した。そして、工程S60の焼きなまし工程を想定して、得られた素線10に対して380℃~420℃に加熱する熱処理を実施してサンプルを作製した。また、工程S60を省略したサンプル(伸線ままのサンプル)も作製した。そして、得られたサンプルの芯線20と被覆層30との境界付近の各元素の存在状態をEDXにより分析した。
図5は、境界層近傍のEDX分析の結果である。
図5には、工程S60の焼きなまし工程を想定した熱処理の温度を380℃、400℃および420℃としたサンプル、ならびに伸線ままのサンプルの分析結果が示されている。各熱処理温度のサンプルについて、それぞれCu、FeおよびCrのK線による分析結果、ならびに暗視野像(ADF像;Annular Dark Field像)が示されている。
【0033】
図5を参照して、工程S60に対応する熱処理を実施しない場合および熱処理温度が400℃未満である380℃である場合、島状領域24は観察されない。これに対し、熱処理温度が400℃以上である400℃および420℃の場合、芯線20の外周面21(芯線20と被覆層30との界面)に近い芯線20内の領域には、FeおよびCrが存在し、Cuが存在しない多数の島状領域24が分散して形成されていることが分かる。
【0034】
図6は、工程S60に対応する熱処理の温度が400℃である場合の実施例のサンプルの芯線20と被覆層30との界面に垂直な方向における元素の線分析の結果を示す図である。
図7は、工程S60に対応する熱処理を省略した比較例のサンプルの芯線20と被覆層30との界面に垂直な方向における元素の線分析の結果を示す図である。
図6および
図7において、横軸が正の領域が被覆層30に対応する領域、負の領域が芯線20に対応する領域である。
図6および
図7を参照して、島状領域24が観察されない比較例のサンプルに比べて、島状領域24が形成された実施例のサンプルでは、界面(芯線20の外周面21)付近における各元素の含有量の変化が急峻となっていることが分かる。すなわち、400℃以上の熱処理を実施することにより、Cuを主成分とする母相23とFe、CrおよびNiを含有する相である島状領域24とが分離し、芯線20と被覆層30との密着性に寄与すると考えられる拡散層の厚みが小さくなっているといえる。
【0035】
(2)制振試験
上記実施の形態において説明した製造方法において、素線の長手方向に垂直な断面における芯線の面積率を変化させた制振ばねのサンプル、および工程S60における熱処理温度を調整して島状領域の有無を変化させた制振ばねのサンプルを作製した。比較のため、純銅製の素線およびSUS304製の素線を準備し、ばねの形状に加工したサンプルも準備した。制振ばねを形成する素線の線径は2mm、制振ばねの外径は20.0mm、ばね定数は3N/mm、ばねの自由高さは30mmとした。ばね定数はばねの有効巻き数にて調整した。そして、これらのサンプルを制振試験に供し、損失係数、および制振性を有するばねの可動域を算出した。
【0036】
図8は、制振試験の試験装置の構造を示す概略図である。
図8を参照して、制振試験装置90は、加振台91と、下板93と、上板94と、重錘95とを備えている。加振台91には、インピーダンスヘッド91Aが設置されている。インピーダンスヘッド91Aの先端には、コンタクトチップ91Bが設置されている。コンタクトチップ91Bが、下板93に接触している。制振ばね1は、下板93および上板94に接触するように下板93と上板94との間に配置される。上板94上に、重錘95が載置される。インピーダンスヘッド91Aにより荷重と加速度とを計測し、加振周波数と振動伝達率との関係から損失係数、および制振性を有するばねの可動域の幅を算出した。ばね上荷重が100g程度となるように、重錘の重さを決定した。加振周波数は約50Hzとした。試験結果を表1に示す。
【0037】
【表1】
表1において、サンプルA、BおよびCは工程S60における熱処理温度を400℃とすることで島状領域が存在し、かつ芯線の面積率も本開示の制振ばねの条件を満たす実施例のサンプルである。サンプルDおよびEは、芯線の面積率において本開示の制振ばねの条件を満たさない比較例のサンプルである。サンプルFおよびGは、それぞれ純銅製の素線およびSUS304製の素線から形成された比較例のサンプルである。サンプルH、IおよびJは工程S60における熱処理温度を350℃とすることで島状領域が存在しない状態とされた比較例のサンプルである。
【0038】
表1を参照して、本開示の実施例の制振ばねに対応するサンプルA~Cにおいては、高い損失係数と広い可動域幅とが両立している。これに対し、芯線の面積率が本開示の制振ばねの条件を満たす範囲よりも小さいサンプルDは、制振性を有するばねの可動域の幅がサンプルA~Cに比べて大幅に小さくなっている。また、線の面積率が本開示の制振ばねの条件を満たす範囲よりも大きいサンプルEは、損失係数が極めて小さく、制振性が発現していないといえる。さらに、サンプルH、IおよびJのように、芯線の面積率が本開示の制振ばねの条件を満たす範囲内であっても、島状領域が存在しない場合、サンプルA~Cに比べて損失係数が小さくなっている。
【0039】
以上に実験結果より、本開示の制振ばねによれば、制振性に優れた制振ばねを提供できることが確認される。
【0040】
なお、上記実施の形態および実施例において、本開示の制振ばねの一例としてコイルばねについて説明したが、本開示の制振ばねはこれに限られない。本開示の制振ばねは、たとえばトーションバー、渦巻きばねなど他の構造のばねであってもよい。
【0041】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、どのような面からも制限的なものではないと理解されるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなく、請求の範囲によって規定され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0042】
1 制振ばね、10 素線、11 外周面、20 芯線、21 外周面、22 境界層、23 母相、24 島状領域、30 被覆層、31 内周面、32 外周面、90 制振試験装置、91 加振台、91A インピーダンスヘッド、91B コンタクトチップ、93 下板、94 上板、95 重錘、D 線径、Y 長手方向、t 厚み。
【要約】
制振ばねは、銅製または銅合金製の芯線と、芯線の外周面を覆う鋼製の被覆層と、を備える素線から形成される。素線の線径は4mm以下である。芯線は、芯線の外周面を形成するように配置され、銅製または銅合金製の母相と、母相中に分散する、鉄を含有する領域である複数の島状領域と、を有する境界層を含む。素線の長手方向に垂直な断面における芯線の面積率は20%以上90%以下である。