(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-03
(45)【発行日】2025-03-11
(54)【発明の名称】間葉系幹細胞集団の骨芽細胞分化ポテンシャルの予測方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/06 20060101AFI20250304BHJP
G01N 33/48 20060101ALI20250304BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20250304BHJP
C12N 5/0775 20100101ALN20250304BHJP
【FI】
C12Q1/06
G01N33/48 M
G01N33/68
C12N5/0775
(21)【出願番号】P 2020166138
(22)【出願日】2020-09-30
【審査請求日】2023-07-20
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構「革新的先端研究開発支援事業 ユニットタイプ」「幹細胞の品質保持培養のためのメカノバイオマテリアルの開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】305027401
【氏名又は名称】東京都公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三好 洋美
(72)【発明者】
【氏名】藤江 裕道
(72)【発明者】
【氏名】山崎 雅史
(72)【発明者】
【氏名】木戸秋 悟
【審査官】斉藤 貴子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/125922(WO,A1)
【文献】YANG, C. et al.,Mechanical memory and dosing influence stem cell fate,Nat Mater,2014年,Vol. 13, No. 6,P. 645-652
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/02-1/24
G01N 33/48ー33/98
C12N 5/0775
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
弾性率5kPa未満の弾性体上で未分化の間葉系幹細胞
の複数の集団を培養する工程、
上記工程で培養した間葉系幹細胞
の複数の集団におけるRUNX2が核内に保持されている細胞の割合を計測する工程、
及び
前記未分化の間葉系幹細胞の複数の集団のうち、RUNX2が核内に保持されている細胞の割合が低い細胞集団のほうが、当該割合の高い細胞集団よりも骨芽細胞分化ポテンシャルが高いと評価する工程
を含む、前記間葉系幹細胞集団の骨芽細胞分化ポテンシャルを予測するための方法。
【請求項2】
弾性率5kPa未満の弾性体上で未分化の間葉系幹細胞
の複数の集団を培養する工程、
上記工程で培養した間葉系幹細胞
の複数の集団におけるRUNX2が細胞質中に移行している細胞の割合を計測する工程、
及び
前記未分化の間葉系幹細胞の複数の集団のうち、RUNX2が細胞質中に移行している細胞の割合が高い細胞集団のほうが、当該割合の低い細胞集団よりも骨芽細胞分化ポテンシャルが高いと評価する工程
を含む、前記間葉系幹細胞集団の骨芽細胞分化ポテンシャルを予測するための方法。
【請求項3】
弾性率5kPa未満の弾性体であって弾性率が互いに異なる2種類以上の弾性体上で未分化の間葉系幹細胞集団を培養する工程、
上記工程で培養した間葉系幹細胞集団におけるRUNX2が核内に保持されている細胞の割合を計測する工程、及び
弾性体の弾性率を横軸、RUNX2が核内に保持されている細胞の割合を縦軸としたグラフに、上記2種類以上の弾性体上で培養した間葉系幹細胞集団の(弾性体の弾性率,RUNX2が核内に保持されている細胞の割合)をプロットし、当該グラフにおける近似直線を求め、当該近似直線から外挿した切片(弾性率=0における切片)が設定した値T
3-1
以下となる場合に骨芽細胞分化ポテンシャルが高いと評価する工程(ただし、T
3-1
は、0.1≦T
3-1
≦0.4の範囲で設定される)
を含む、前記間葉系幹細胞集団の骨芽細胞分化ポテンシャルを予測するための方法。
【請求項4】
弾性率5kPa未満の弾性体であって弾性率が互いに異なる2種類以上の弾性体上で未分化の間葉系幹細胞集団を培養する工程、
上記工程で培養した間葉系幹細胞集団におけるRUNX2が細胞質中に移行している細胞の割合を計測する工程、及び
弾性体の弾性率を横軸、RUNX2が細胞質中に移行している細胞の割合を縦軸としたグラフに、上記2種類以上の弾性体上で培養した間葉系幹細胞集団の(弾性体の弾性率,RUNX2が細胞質中に移行している細胞の割合)をプロットし、当該グラフにおける近似直線を求め、当該近似直線から外挿した切片(弾性率=0における切片)が設定した値T
3-1
’以上となる場合に骨芽細胞分化ポテンシャルが高いグループに属すると評価する工程(ただし、T
3-1
’は、0.6≦T
3-1
’≦0.9の範囲で設定される)
を含む、前記間葉系幹細胞集団の骨芽細胞分化ポテンシャルを予測するための方法。
【請求項5】
前記培養工程を弾性率3kPa以下の弾性体を用いて行う請求項1
~4のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、幹細胞集団における細胞分化ポテンシャルの予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞が周囲の力学環境への応答する“メカノバイオロジー機構”に基づくバイオマテリアル設計法が細胞生物学や再生医療分野において着目されている(非特許文献1、2)。再生医療分野においては培養基板の弾性率が幹細胞の系列決定や運命決定を安定的かつ精密に制御可能な力学刺激の一つとして有望視されている(非特許文献3~6)。一方で、骨芽細胞、脂肪細胞、軟骨細胞への分化能を有する間葉系幹細胞は周囲の力学環境に対する感受性が高く、その未分化維持が困難であることが問題視されている。例えば、従来から増殖用に用いられるポリスチレン製の培養基材では5日以上培養すると間葉系幹細胞から骨芽細胞に分化偏向することが報告されている。この課題解決のためには、培養基材の力学特性に由来する力学刺激を分化応答に変換する力学-生化学シグナル変換メカニズムに基づき、間葉系幹細胞の品質を維持しながら必要な細胞数を取得するための新たな培養法が必要であると考えられている(非特許文献7、8)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Li, L., Eyckmans, J., and Chen, C. S., Designer biomaterials for mechanobiology, Nature Materials, Vol.16, No.12 (2017), pp.1164-1168.
【文献】Miyoshi, H., Suzuki, K., Ju, J., Ko, J. S., Adachi, T., and Yamagata, Y., A Perturbation Analysis to understand the mechanism how migrating cells sense and respond to a topography in the extracellular environment, Analytical Sciences, Vol.32, No.11 (2016), pp.1207-1211.
【文献】Engler, A. J., Sen, S., Sweeney, H. L., and Discher, D. E., Matrix elasticity directs stem cell lineage specification, Cell, Vol.126, No.4 (2006), pp.677-689.
【文献】Lee, J., Abdeen, A. A., Huang, T. H., and Kilian, K. A., Controlling cell geometry on substrates of variable stiffness can tune the degree of osteogenesis in human mesenchymal stem cells, Journal of the Mechanical Behavior of Biomedical Materials, Vol.38 (2014), pp.209-218.
【文献】Lee, J., Abdeen, A. A., and Kilian, K. A., Rewiring mesenchymal stem cell lineage specification by switching the biophysical microenvironment, Scientific Reports, Vol.4, No.1 (2014).
【文献】Yang, C., Tibbitt, M. W., Basta, L., and Anseth, K. S., Mechanical memory and dosing influence stem cell fate, Nat Mater, Vol.13, No.6 (2014), pp.645-652.
【文献】Pittenger, M. F., Discher, D. E., Peault, B. M., Phinney, D. G., Hare, J. M., and Caplan, A. I., Mesenchymal stem cell perspective: cell biology to clinical progress, npj Regenerative Medicine, Vol.4, No.1 (2019).
【文献】Sipp, D., Robey, G. P., and Turner, L., Clear up this stem-cell mess, Nature, Vol.561, No.455-457 (2018).
【文献】Kuboki, T., and Kidoaki, S., Fabrication of Elasticity-Tunable Gelatinous Gel for Mesenchymal Stem Cell Culture, Methods in Molecular Biology, Vol.1416 (2016), pp.425-441.
【文献】Chen, Q., Shou, P., Zheng, C., Jiang, M., Cao, G., Yang, Q., Cao, J., Xie, N., Velletri, T., Zhang, X., Xu, C., Zhang, L., Yang, H., Hou, J., Wang, Y., and Shi, Y., Fate decision of mesenchymal stem cells: adipocytes or osteoblasts?, Cell Death & Differentiation, Vol.23, No.7 (2016), pp.1128-1139.
【文献】Dupont, S., Morsut, L., Aragona, M., Enzo, E., Giulitti, S., Cordenonsi, M., Zanconato, F., Le Digabel, J., Forcato, M., Bicciato, S., Elvassore, N., and Piccolo, S., Role of YAP/TAZ in mechanotransduction, Nature, Vol.474, No.7350 (2011), pp.179-183.
【文献】Wada, K., Itoga, K., Okano, T., Yonemura, S., and Sasaki, H., Hippo pathway regulation by cell morphology and stress fibers, Development, Vol.138, No.18 (2011), pp.3907-3914.
【文献】Walcott, S., and Sun, S. X., A mechanical model of actin stress fiber formation and substrate elasticity sensing in adherent cells, Proceedings of the National Academy of Sciences, Vol.107, No.17 (2010), pp.7757-7762.
【文献】Yamazaki, M., Fujie, H., and Miyoshi, H., Chromatin condensation retains the osteogenic transcription factor, RUNX2, in the nucleus of human mesenchymal stem cells, Journal of Biomechanical Science and Engineering, Vol.15, No.2 (2020).
【文献】Killaars, A. R., Grim, J. C., Walker, C. J., Hushka, E. A., Brown, T. E., and Anseth, K. S., Extended exposure to stiff mcroenvironments leads to persistent chromatin remodeling in human mesenchymal stem cells, Adv Sci (Weinh), Vol.6, No.3 (2019).
【文献】Bruderer, M., Richards Rg Fau - Alini, M., Alini M Fau - Stoddart, M. J., and Stoddart, M. J., Role and regulation of RUNX2 in osteogenesis, eCM Journal, Vol.28 (2014), pp.269-286.
【文献】Pan, J. X., Xiong, L., Zhao, K., Zeng, P., Wang, B., Tang, F. L., Sun, D., Guo, H. H., Yang, X., Cui, S., Xia, W. F., Mei, L., and Xiong, W. C., YAP promotes osteogenesis and suppresses adipogenic differentiation by regulating beta-catenin signaling, Bone Res, Vol.6 (2018).
【文献】Zaidi, S. K., Javed, A., Choi, J. Y., van Wijnen, A. J., Stein, J. L., Lian, J. B., and Stein, G. S., A specific targeting signal directs Runx2/Cbfa1 to subnuclear domains and contributes to transactivation of the osteocalcin gene, J Cell Sci, Vol.114, No.Pt 17 (2001), pp.3093-3102.
【文献】Yang, Y.-H. K., Ogando, C. R., Wang See, C., Chang, T.-Y., and Barabino, G. A., Changes in phenotype and differentiation potential of human mesenchymal stem cells aging in vitro, Stem Cell Research & Therapy, Vol.9, No.1 (2018).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、細胞ロットによって異なる、間葉系幹細胞の骨芽細胞分化ポテンシャルを予測するための新たな方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
かかる状況の下、本発明者らは鋭意研究を行った結果、間葉系幹細胞に存在する多種多様な因子のうちRunt-related transcription factor 2(RUNX2)の挙動が骨芽細胞分化ポテンシャルに応じて異なることを見出した。本発明者は、さらに多大なる試行錯誤の末、間葉系幹細胞をゲル上で培養する際に、弾性率の高いゲル上だとRUNX2の挙動に違いが見られない一方で、弾性率5kPa未満のゲルを用いた場合には、骨芽細胞分化ポテンシャルに応じて異なるRUNX2の挙動を測定可能であることを見出した。本発明はかかる新規な知見に基づくものである。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、細胞ロットによって異なる、間葉系幹細胞の骨芽細胞分化ポテンシャルを予測するための新たな方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】間葉系幹細胞の骨芽細胞、脂肪細胞への分化能。(a) 骨芽細胞分化14日後のアリザリンレッドS染色結果。(b)脂肪分化20日後のオイルレッドO染色結果。Scale bars、5 mm。
【
図2】StGゲル接着前後のYAP、RUNX2の局在変化 (a)StGゲルへの接着前、(b)StGゲル上4日間培養後のDNA(cyan)、YAP(green)、RUNX2(red)の蛍光染色像。 (a) Scale bar、10μm。(b) Scale bar、50 μm。
【
図3】YAP、RUNX2局在の弾性率依存性。(a)YAPの核局在細胞比率と基板弾性率の関係。(b)RUNX2の核局在細胞比率と基板弾性率の関係。破線は線形増加領域における近似直線。
【発明を実施するための形態】
【0008】
骨芽細胞分化ポテンシャルの予測方法
本発明は、弾性率5kPa未満の弾性体上で未分化の間葉系幹細胞集団を培養する工程、及び
上記工程で培養した間葉系幹細胞集団におけるRUNX2が核内に保持されている細胞の割合を計測する工程
を含む、前記間葉系幹細胞集団の骨芽細胞分化ポテンシャルを予測するための方法を提供する。本発明において、骨芽細胞分化ポテンシャルとは、測定対象となる間葉系幹細胞集団の、骨芽細胞への分化能を示す。本発明においては、骨芽細胞分化ポテンシャルは、実施例における「骨芽細胞分化能評価」に記載の方法により評価することができる。骨芽細胞分化ポテンシャルは細胞ロットにより異なり得るところ、本発明の方法によれば対象となる細胞ロットの骨芽細胞分化ポテンシャルを簡便な方法で、比較的短時間に評価することができるため、有用である。
【0009】
間葉系幹細胞としては、ヒト、マウス、ラット、ラビット、ブタ等の哺乳動物に由来するものを用いることができ、ヒト由来のものが好ましい。また、間葉系幹細胞は、本発明の属する技術分野において知られている方法に基づき、骨髄、脂肪、臍帯、歯髄、滑膜等から採取することができる。
【0010】
本発明の好ましい実施形態において、本発明の方法に用いる間葉系幹細胞としては、初代培養細胞であっても継代培養細胞であってもよい。継代培養細胞を用いる場合、継代培養に用いる培地としては、本発明の属する技術分野において間葉系幹細胞を増殖するために用いられている培地を適宜使用することができる。かかる培地としては、DMEM、αMEM等が挙げられる。また、培地としては、例えば、血清等を含むものを使用することができる。かかる培地としては、Lonza社等から市販されているものを適宜使用することができる。また、かかる培地には、pH調整剤、L-グルタミン、抗生物質等を添加してもよい。培養温度は特に限定されないが、例えば、30~40℃、好ましくは36~38℃の範囲で設定することができる。培地のpHも特に限定されないが、例えば、6.8~8.0、好ましくは7.2~7.6の範囲で設定することができる。培養時間も特に限定されないが、例えば、1~80日、好ましくは1~25日の範囲で設定することができる。かかる培養において、1~4日に1度、好ましくは2~3日に1度程度培地を交換することが好ましい。また、例えば、培養は、静置培養であっても振盪培養であってもよいが、好ましくは静置培養である。継代培養細胞を用いる実施形態において、1~20回継代したものが好ましく、2~6回継代したものがより好ましい。
【0011】
本発明の方法においては、まず、弾性率5kPa未満の弾性体上で未分化の間葉系幹細胞集団を培養する工程を行う。弾性体としては、当該弾性体上で、間葉系幹細胞の培養ができるようなものであれば特に限定されないが、例えば、ゲル、ゴム等が挙げられ、ゲルが好ましい。本発明の好ましい実施形態においては、ゲルとしては、弾性率の調整の観点から、スチレン化ゼラチンを用いることが好ましい。弾性体の表面形状としては、特に限定されず、平板状であっても、凹凸を有してもよいが、平板状であることが好ましい。本発明の方法は、弾性率が5kPa未満の弾性体を用いることを特徴とする。弾性体の弾性率は、5kPa未満であり、好ましくは3kPa以下である。本発明において、弾性率は、原子間力顕微鏡を用いたインデンテーション試験により20-26℃で測定することができる。より具体的には、本願実施例に記載の方法により弾性率を測定することができる。本発明の典型的な実施形態において、未分化の間葉系幹細胞集団の懸濁液を上記弾性体上に配置し、培養を行うことが好ましい。かかる実施形態において細胞を懸濁するための培地としては、本発明の属する技術分野において間葉系幹細胞を増殖するために用いられている液体培地を適宜使用することができる。かかる培地としては、例えば、間葉系幹細胞の継代培養について前述したものを使用することができる。当該工程において、培養開始時に弾性体に播種する間葉系幹細胞の量としては、弾性体の単位面積当たり、例えば、100~3000cells/cm2、好ましくは2400~2600cells/cm2の範囲で設定できる。培養温度は特に限定されないが、例えば、30~40℃、好ましくは36~38℃の範囲で設定することができる。培地のpHも特に限定されないが、6.8~8.0、好ましくは7.2~7.6の範囲で設定することができる。培養時間としては、例えば、24~168時間、好ましくは24~96時間の範囲で設定できる。骨芽細胞分化ポテンシャルが高い細胞集団においてRUNX2が核内から細胞質中に移行するのに十分な時間を確保しつつ、かつ比較的短い培養時間で骨芽細胞分化ポテンシャルを評価できる観点から、上記培養時間が好ましい。かかる培養において、1~4日に1度、好ましくは2~3日に1度程度培地を交換することが好ましい。培養は、静置培養であっても振盪培養であってもよいが、好ましくは静置培養である。かかる培養工程において、上記弾性率の弾性体上で培養することにより、骨芽細胞分化ポテンシャルの高い細胞集団においては、比較的多くの細胞において、RUNX2が核内から細胞質中に移行する。一方、骨芽細胞分化ポテンシャルの低い細胞集団においては、比較的多くの細胞において、RUNX2は核内に保持され、細胞質中にはあまり移行しない。かかる挙動には、間葉系幹細胞集団が弾性体から受ける物理的刺激が影響しているものと考えられる。
【0012】
本発明の方法においては、次に、上記工程で培養した間葉系幹細胞集団における、RUNX2が核内に保持されている細胞の割合を計測する。RUNX2が核内に保持されている細胞を計測する方法としては、本発明が属する技術分野において用いられている方法を広く使用することができる。例えば、抗RUNX2抗体及び蛍光二次抗体を用いてRUNX2を蛍光標識し、同時に、DAPI(4',6-diamidino-2-phenylindole)等の蛍光二次抗体とは波長の異なる蛍光標識で核内のDNAを染色する。上記処理を行った間葉系幹細胞の蛍光画像を撮影し、画像解析によりRUNX2が核内に保持されている細胞を計測することができる。具体的には、染色されたDNAの位置から細胞核の範囲を特定した上で、細胞核内のRUNX2の平均輝度値と、細胞質のRUNX2の平均輝度値を画像解析ソフトにより算出し、得られた値から細胞質内のRUNX2の輝度値に対する細胞核内のRUNX2との輝度値の比(輝度値の核内-核外比)を求めることにより、ある細胞の核内にRUNX2が局在しているか否かを評価することができる。かかる実施形態において、細胞質内のRUNX2の輝度値の算出においては、例えば、細胞質の任意の領域(例えば、任意の3領域(各領域10 × 10 pixels at 1.24 μm pixel pitch))の平均輝度値を、当該細胞の細胞質内のRUNX2の輝度値としてもよい。またかかる実施形態において、例えば、上記の輝度値の核内-核外比が閾値t以上の細胞をRUNX2が核内に局在している細胞と評価することができる。かかる実施形態において、閾値tは、例えば、1.4≦t≦1.8、好ましくは1.5≦t≦1.7、より好ましくは1.55≦t≦1.65の範囲で設定できる。例えば、測定対象となる間葉系幹細胞集団あたり50~10000個、好ましくは500~1000個の細胞について上記RUNX2が核内に局在している細胞か否かを評価し、間葉系幹細胞集団中で、RUNX2が核内に保持されている細胞の割合を算出することができる。
RUNX2が核内に保持されている細胞の割合が低い細胞集団のほうが、当該割合の高い細胞集団よりも骨芽細胞分化ポテンシャルが高くなる。従って、RUNX2が核内に保持されている細胞の割合に基づいて、測定対象の間葉系幹細胞集団の骨芽細胞分化ポテンシャルを評価することができる。例えば、所定の弾性率の弾性体上で培養した間葉系幹細胞集団について、RUNX2が核内に保持されている細胞の割合が、予め設定した値T1以下の場合に骨芽細胞分化ポテンシャルが高いと評価することができる。かかる実施形態において閾値T1は、例えば、0≦T1≦0.4、好ましくは0≦T1≦0.2の範囲で設定できる。また、骨芽細胞分化ポテンシャルに応じて3つのグループに分け、所定の弾性率の弾性体上で培養した間葉系幹細胞集団について、RUNX2が核内に保持されている細胞の割合が、予め設定した値T1-1以下の場合に骨芽細胞分化ポテンシャルが高いグループに属すると評価し、予め設定した値T1-1より大きくかつ予め設定した値T1-2以下の場合、中間のグループに属し、予め設定した値T1-2より大きい場合、骨芽細胞分化ポテンシャルが低いグループに属すると評価することができる。かかる実施形態において閾値T1-1は、例えば、0≦T1-1≦0.4、好ましくは0.15≦T1-1≦0.25の範囲で設定できる。閾値T1-2は、例えば、0.5≦T1-2≦0.9、好ましくは0.55≦T1-2≦0.85の範囲で設定できる。
【0013】
本発明においては、RUNX2が核内に保持されている細胞の割合が低い細胞集団のほうが、当該割合の高い細胞集団よりも骨芽細胞分化ポテンシャルが高くなる。従って、RUNX2が核内に保持されている細胞の割合に基づいて、測定対象の間葉系幹細胞集団の骨芽細胞分化ポテンシャルを評価することができる。本発明の好ましい実施形態において、例えば、所定の弾性率E(kPa)の弾性体上で培養した間葉系幹細胞集団について、RUNX2が核内に保持されている細胞の割合が、予め設定した値T1以下の場合に骨芽細胞分化ポテンシャルが高いと評価することができる。かかる実施形態において閾値T1は、例えば、0.09E≦T1≦0.09E+0.3、好ましくは0.09E≦T1≦0.09E+0.25の範囲で設定できる。また、骨芽細胞分化ポテンシャルに応じて3つのグループに分け、所定の弾性率の弾性体上で培養した間葉系幹細胞集団について、RUNX2が核内に保持されている細胞の割合が、予め設定した値T1-1以下の場合に骨芽細胞分化ポテンシャルが高いグループに属すると評価し、予め設定した値T1-1より大きくかつ予め設定した値T1-2以下の場合、中間のグループに属し、予め設定した値T1-2より大きい場合、骨芽細胞分化ポテンシャルが低いグループに属すると評価することができる。かかる実施形態において閾値T1-1は、例えば、0.09E+0.15≦T1-1≦0.09E+0.35、好ましくは0.09E+0.2≦T1-1≦0.09E+0.3の範囲で設定できる。閾値T1-2は、例えば、0.09E+0.4≦T1-2<1、好ましくは0.09E+0.45≦T1-2≦0.09E+0.55の範囲で設定できる。
【0014】
また、本発明の別の好ましい実施形態において、弾性率5kPa未満の弾性体として、弾性率が互いに異なる2種類以上(例えば、2種類、3種類、4種類等)の弾性体を用いて培養工程を行ってもよい。本発明において、同一ロットの間葉系幹細胞集団を複数に分け、弾性率が互いに異なる2種類以上の弾性率5kPa未満の弾性体上で培養すると、弾性率の低い弾性体上で培養した場合のほうがRUNX2が核内に保持されている細胞の割合が低くなる。そして、かかる実施形態において、弾性体の弾性率を横軸、RUNX2が核内に保持されている細胞の割合を縦軸としたグラフに、上記2種類以上の弾性体上で培養した間葉系幹細胞集団の(弾性体の弾性率,RUNX2が核内に保持されている細胞の割合)をプロットすることにより、当該グラフにおける近似直線を求めることができる。そして、かかる実施形態においては、骨芽細胞分化ポテンシャルの高い細胞集団のほうが当該近似直線の傾きは増加する。従って、本発明のかかる実施形態においては、上記近似直線の傾きに基づき骨芽細胞分化ポテンシャルを評価することができる。例えば、ある間葉系幹細胞集団について、上記近似直線の傾きが、予め設定した値T2以上の場合に骨芽細胞分化ポテンシャルが高いと評価することができる。かかる実施形態において閾値T2は、例えば、0.09≦T2≦0.11、好ましくは0.095≦T2≦0.105の範囲で設定できる。また、骨芽細胞分化ポテンシャルに応じて3つのグループに分け、ある間葉系幹細胞集団について、上記近似直線の傾きが、予め設定した値T2-1以上の場合に骨芽細胞分化ポテンシャルが高いグループに属すると評価し、予め設定した値T2-1より小さくかつ予め設定した値T2-2以上の場合、中間のグループに属し、予め設定した値T2-2より小さい場合、骨芽細胞分化ポテンシャルが低いグループに属すると評価することができる。かかる実施形態において閾値T2-1は、例えば、0.09≦T2-1≦0.11、好ましくは0.095≦T2-1≦0.105の範囲で設定できる。閾値T2-2は、例えば、0.07≦T2-2≦0.09、好ましくは0.075≦T2-2≦0.085の範囲で設定できる。
【0015】
また、かかる実施形態においては、骨芽細胞分化ポテンシャルの高い細胞集団のほうが当該近似直線から外挿した切片(弾性率=0における切片)の値は小さくなる。従って、本発明においては、前記近似直線の切片に基づき骨芽細胞分化ポテンシャルを評価することもできる。例えば、ある間葉系幹細胞集団について、上記切片が、予め設定した値T3以下の場合に骨芽細胞分化ポテンシャルが高いと評価することができる。かかる実施形態において閾値T3は、例えば、0≦T3≦0.3、好ましくは0≦T3≦0.25の範囲で設定できる。また、骨芽細胞分化ポテンシャルに応じて3つのグループに分け、ある間葉系幹細胞集団について、上記切片が、予め設定した値T3-1以下の場合に骨芽細胞分化ポテンシャルが高いグループに属すると評価し、予め設定した値T3-1より大きくかつ予め設定した値T3-2以下の場合、中間のグループに属し、予め設定した値T3-2より大きい場合、骨芽細胞分化ポテンシャルが低いグループに属すると評価することができる。かかる実施形態において閾値T3-1は、例えば、0.1≦T3-1≦0.4、好ましくは0.2≦T3-1≦0.3の範囲で設定できる。閾値T3-2は、例えば、0.4≦T3-2≦0.6、好ましくは0.45≦T3-2≦0.55の範囲で設定できる。
【0016】
本発明において、RUNX2は、弾性体による刺激を受ける以前は、未分化の間葉系幹細胞の核内に局在しており、そして当該間葉系幹細胞を弾性率5kPa未満の弾性体上で培養すると、骨芽細胞分化ポテンシャルの高い間葉系幹細胞においては核内から細胞質に移行し、骨芽細胞分化ポテンシャルの高い間葉系幹細胞においては核内に保持される傾向にある。従って、間葉系幹細胞を弾性率5kPa未満の弾性体上で培養した後、RUNX2が核内から細胞質に移行している細胞の割合を指標に骨芽細胞分化ポテンシャルを評価することもできる。従って、別の実施形態において、本発明は、弾性率5kPa未満の弾性体上で未分化の間葉系幹細胞集団を培養する工程、及び上記工程で培養した間葉系幹細胞集団におけるRUNX2が細胞質中に移行している細胞 の割合を計測する工程を含む、前記間葉系幹細胞集団の骨芽細胞分化ポテンシャルを予測するための方法を提供する。かかる実施形態においても培養工程は前述したとおりである。間葉系幹細胞集団におけるRUNX2が細胞質中に移行している細胞の割合を計測する際には、まず、前述した間葉系幹細胞集団におけるRUNX2が核内に保持されている細胞の割合を計測する工程と同様にして、間葉系幹細胞集団中の細胞について、核内に存在するRUNX2及び核外の細胞質に存在するRUNX2の数を輝度値を指標として測定し、輝度値の核外-核内比(細胞核内のRUNX2との輝度値の比に対する細胞質内のRUNX2の輝度値)を算出することによりRUNX2が細胞質中に移行している細胞であるか否かを判別することができる。例えば、輝度値の核外-核内比がt’以上の細胞をRUNX2が細胞質中に移行している細胞と評価することができる。かかる実施形態において、閾値t’は、例えば、0.55≦t’≦0.72、好ましくは0.58≦t’≦0.67、より好ましくは0.60≦t’≦0.65の範囲で設定できる。例えば、測定対象となる間葉系幹細胞集団あたり50~10000個、好ましくは500~1000個の細胞について上記RUNX2が細胞質中に移行している細胞か否かを評価し、間葉系幹細胞集団中で、RUNX2が細胞質中に移行している細胞の割合を算出することができる。
【0017】
RUNX2が細胞質中に移行している細胞の割合が高い細胞集団のほうが、当該割合の低い細胞集団よりも骨芽細胞分化ポテンシャルが高くなる。従って、RUNX2が細胞質中に移行している細胞の割合に基づいて、測定対象の間葉系幹細胞集団の骨芽細胞分化ポテンシャルを評価することができる。例えば、所定の弾性率の弾性体上で培養した間葉系幹細胞集団について、RUNX2が細胞質中に移行している細胞の割合が、予め設定した値T1’以上の場合に骨芽細胞分化ポテンシャルが高いと評価することができる。かかる実施形態において閾値T1’は、例えば、0.6≦T1’≦1、好ましくは0.8≦T1’≦1の範囲で設定できる。また、骨芽細胞分化ポテンシャルに応じて3つのグループに分け、所定の弾性率の弾性体上で培養した間葉系幹細胞集団について、RUNX2が細胞質中に移行している細胞の割合が、予め設定した値T1-1’以上の場合に骨芽細胞分化ポテンシャルが高いグループに属すると評価し、予め設定した値T1-1’より小さくかつ予め設定した値T1-2’以上の場合、中間のグループに属し、予め設定した値T1-2’より小さい場合、骨芽細胞分化ポテンシャルが低いグループに属すると評価することができる。かかる実施形態において閾値T1-1’は、例えば、0.6≦T1-1’≦1、好ましくは0.75≦T1-1’≦0.85の範囲で設定できる。閾値T1-2’は、例えば、0.1≦T1-2’≦0.5、好ましくは0.15≦T1-2’≦0.45の範囲で設定できる。
【0018】
前述したように、本発明においては、RUNX2が細胞質中に移行している細胞の割合が高い細胞集団のほうが、当該割合の低い細胞集団よりも骨芽細胞分化ポテンシャルが高くなる。従って、RUNX2が細胞質中に移行している細胞の割合に基づいて、測定対象の間葉系幹細胞集団の骨芽細胞分化ポテンシャルを評価することができる。例えば、所定の弾性率Eの弾性体上で培養した間葉系幹細胞集団について、RUNX2が細胞質中に移行している細胞の割合が、予め設定した値T1’以上の場合に骨芽細胞分化ポテンシャルが高いと評価することができる。かかる実施形態において閾値T1’は、例えば、0.7-0.09E≦T1’≦1-0.09E、好ましくは0.75-0.09E≦T1’≦1-0.09Eの範囲で設定できる。また、骨芽細胞分化ポテンシャルに応じて3つのグループに分け、所定の弾性率の弾性体上で培養した間葉系幹細胞集団について、RUNX2が細胞質中に移行している細胞の割合が、予め設定した値T1-1’以上の場合に骨芽細胞分化ポテンシャルが高いグループに属すると評価し、予め設定した値T1-1’より小さくかつ予め設定した値T1-2’以上の場合、中間のグループに属し、予め設定した値T1-2’より小さい場合、骨芽細胞分化ポテンシャルが低いグループに属すると評価することができる。かかる実施形態において閾値T1-1’は、例えば、0.65-0.09E≦T1-1’≦0.85-0.09E好ましくは0.7-0.09E≦T1-1’≦0.8-0.09Eの範囲で設定できる。閾値T1-2’は、例えば、0<T1-2’≦0.6-0.09E、好ましくは0.45-0.09E≦T1-2’≦0.55-0.09Eの範囲で設定できる。
【0019】
本発明の別の好ましい実施形態において、弾性率5kPa未満の弾性体として、弾性率が互いに異なる2種類以上(例えば、2種類、3種類、4種類等)の弾性体を用いて培養工程を行ってもよい。本発明において、同一ロットの間葉系幹細胞集団を複数に分け、弾性率が互いに異なる2種類以上の弾性率5kPa未満の弾性体上で培養すると、弾性率の低い弾性体上で培養した場合のほうがRUNX2が細胞質中に移行している細胞の割合が高くなる。そして、かかる実施形態において、弾性体の弾性率を横軸、RUNX2が細胞質中に移行している細胞の割合を縦軸としたグラフに、上記2種類以上の弾性体上で培養した間葉系幹細胞集団の(弾性体の弾性率,RUNX2が細胞質中に移行している細胞の割合)をプロットすることにより、当該グラフにおける近似直線を求めることができる。そして、かかる実施形態においては、骨芽細胞分化ポテンシャルの高い細胞集団のほうが当該近似直線の傾きは低下する(当該実施形態において、傾きはマイナスの値になるため、傾きの絶対値は増加する)。従って、本発明のかかる実施形態においては、上記近似直線の傾きに基づき骨芽細胞分化ポテンシャルを評価することができる。例えば、ある間葉系幹細胞集団について、上記近似直線の傾きが、予め設定した値T2’以下の場合に骨芽細胞分化ポテンシャルが高いと評価することができる。かかる実施形態において閾値T2’は、例えば、-0.11≦T2’≦-0.09、好ましくは-0.105≦T2’≦-0.095の範囲で設定できる。また、骨芽細胞分化ポテンシャルに応じて3つのグループに分け、ある間葉系幹細胞集団について、上記近似直線の傾きが、予め設定した値T2-1’以下の場合に骨芽細胞分化ポテンシャルが高いグループに属すると評価し、予め設定した値T2-1’より大きくかつ予め設定した値T2-2’以下の場合、中間のグループに属し、予め設定した値T2-2’より大きい場合、骨芽細胞分化ポテンシャルが低いグループに属すると評価することができる。かかる実施形態において閾値T2-1’は、例えば、-0.11≦T2-1’≦-0.09、好ましくは-0.105≦T2-1’≦-0.095の範囲で設定できる。閾値T2-2’は、例えば、-0.09≦T2-2’≦-0.07、好ましくは-0.085≦T2-2’≦-0.075の範囲で設定できる。
【0020】
また、かかる実施形態においては、骨芽細胞分化ポテンシャルの高い細胞集団のほうが当該近似直線から外挿した切片(弾性率=0における切片)の値は大きくなる。従って、本発明においては、前記近似直線の切片に基づき骨芽細胞分化ポテンシャルを評価することもできる。例えば、ある間葉系幹細胞集団について、上記切片が、予め設定した値T3’以上の場合に骨芽細胞分化ポテンシャルが高いと評価することができる。また、骨芽細胞分化ポテンシャルに応じて3つのグループに分け、ある間葉系幹細胞集団について、上記切片が、予め設定した値T3-1’以上の場合に骨芽細胞分化ポテンシャルが高いグループに属すると評価し、予め設定した値T3-1’より小さくかつ予め設定した値T3-2’以上の場合、中間のグループに属し、予め設定した値T3-2’より小さい場合、骨芽細胞分化ポテンシャルが低いグループに属すると評価することができる。かかる実施形態において閾値T3-1’は、例えば、0.6≦T3-1’≦0.9、好ましくは0.7≦T3-1’≦0.8の範囲で設定できる。閾値T3-2’は、例えば、0.4≦T3-2’≦0.6、好ましくは0.45≦T3-2’≦0.55の範囲で設定できる。
【0021】
骨芽細胞分化ポテンシャルを予測するためのキット
別の実施形態において、本発明は、弾性率5kPa未満の弾性体上で未分化の間葉系幹細胞集団を培養するための手段、及び
間葉系幹細胞集団におけるRUNX2が核内に保持されている細胞の割合を計測するための手段を備える、間葉系幹細胞集団の骨芽細胞分化ポテンシャルを予測するためのキットを提供する。
【0022】
また別の実施形態において、本発明は、弾性率5kPa未満の弾性体上で未分化の間葉系幹細胞集団を培養するための手段、及び
間葉系幹細胞集団におけるRUNX2が細胞質中に移行している細胞の割合を計測するための手段を備える、間葉系幹細胞集団の骨芽細胞分化ポテンシャルを予測するためのキットも提供する。
【0023】
これらの実施形態において、弾性体、弾性率等の用語の定義、培養条件、RUNX2が核内に保持されている細胞の割合の計測方法、RUNX2が細胞質中に移行している細胞の割合の計測方法等は前述の通りである。
【0024】
弾性率5kPa未満の弾性体上で未分化の間葉系幹細胞集団を培養するための手段としては、弾性率5kPa未満の弾性体又は当該弾性体をそなえる培養容器、間葉系幹細胞集団を培養するための培地又はその原料等が挙げられる。RUNX2が核内に保持されている細胞の割合を計測するための手段としては、抗RUNX2抗体、蛍光二次抗体、核内のDNAを染色するための染料等が挙げられる。また、本発明のキットには、必要に応じて他の成分を含めることができる。他の成分は、例えば未分化の間葉系幹細胞を採取するための道具(例えば、シリンジ等)、ポジティブコントロール試料及びネガティブコントロール試料などが挙げられるが、これに限定されない。上記検査方法を行うための手順を書き記した書面などを含むこともできる。本発明のキットは、前述した、「骨芽細胞分化ポテンシャルの予測方法」の記載に従い使用することができ、好ましい実施形態も前述の通りである。
【0025】
以下に、実施例を用いて本発明の具体的な実施態様を例示的に詳述するが、本発明はかかる実施例に限定されない。
【実施例】
【0026】
1 方法
1.1 培養基板作製
弾性率調整ゲルとしてスチレン化ゼラチン(Styrenated gelatin: StG)を用いた(非特許文献9)。33.3 wt. %スチレン化ゼラチン溶液に対して、2,2'-azobis [2-(2-imidazolin-2-yl)propane] dihydrochloride (VA-044, FUJIFILM Wako Pure Chemical Corporation) を含んだPBS(-)溶液を添加し、VA-044の最終濃度が0.032、0.06、0.1%の30 wt.% StGゲル溶液を作製した。Poly(N-isopropylacrylamide) (PNIPAAm) (KOHJIN)でコートした直径18 mmカバーガラス上にStGゲル溶液を30 μL添加し、ビニル化した直径18 mmのカバーガラスで挟み込んだ。45℃で270分、または300分間静置し、ゲル化させた。その後、4℃のPBS(-)中で一晩静置し、StGゲルをPNIPAAmコートガラスから剥離した。弾性率の調整はVA-044最終濃度と熱硬化時間の組み合わせによって調整した。
【0027】
StGゲルの弾性率を原子間力顕微鏡(atomic force microscopy: AFM)(JPK NanoWizard 4, JPK Instruments, Bruker Nano GmbH)を用いたインデンテーション試験により測定した。当該インデンテーション試験には公称ばね定数が0.03 - 0.09 N/mの窒化シリコンカンチレバー(qp-BioAC-CI CB3, Nanosensors, Neuchatel)を使用した。試験は20-26℃の温度で行った。フォースカーブを非線形の最小二乗法によってヘルツモデルにフィッティングし、弾性率を算出した。ゲル基板上の中心部、中心から2.5 mm、5.5 mmの3点の弾性率を計測し、その平均値をゲルの弾性率とした。培養基板には弾性率計測後のStGゲルを用いた。
【0028】
1.2 細胞培養
実験には3ロットのヒト骨髄由来間葉系幹細胞を用いた(Lot1 : #70011720 (American Type Culture Collection),Lot2 : #471980(Lonza),Lot3 : #00003525 (Lonza))。解凍後、間葉系幹細胞増殖培地(Mesenchymal stem cell growth medium( Basal mediumにSupplements and Growth Factorsを加えたもの): MSCGM,Lonza)を含む細胞培養用フラスコT25(Corning)に播種し、5%CO2、37℃下で増殖培養を行った。増殖期間中は2日に1回培地交換を行った。以降の実験(骨芽細胞分化能評価、脂肪細胞分化能評価、YAP、RUNX2の蛍光染色)には4回の継代した間葉系幹細胞を用いた。
【0029】
1.3 骨芽細胞分化能評価
上記「1.2 細胞培養」で継代培養した各ロットの間葉系幹細胞を、コラーゲンコートされた12ウェルプレート(Corning)に3100 cells/cm2で播種し、MSCGM中で5%CO2、37℃環境下で培養した。24時間後、骨芽細胞分化誘導培地(Lonza)に培養液を交換し、14日間培養した。骨芽細胞分化誘導中は3日に1回培地交換を行った。各試料の骨基質生成量を評価するために-20℃の95%エタノール中で10分間静置し、タンパク質を固定した。40 mMアリザリンレッドS染色液(Sigma-aldrich)中に試料を浸漬し、室温下で10分間静置した。染色試料を一眼レフカメラ(D7000, Nikon)によって撮影した。
【0030】
1.4 脂肪細胞分化能評価
前記「1.2 細胞培養」で継代培養した各ロットの間葉系幹細胞を24ウェルプレート(AGC Techno Glass)上に21000 cells/cm2で播種し、MSCGM内で5%CO2、37℃環境下で静置した。2-3日に1回培地交換を行い、コンフルエントに達するまで5日間培養した。脂肪分化誘導培地(Lonza)で3日間、脂肪分化維持培地(Lonza)で1日間培養するというサイクルを3回繰り返した。その後、脂肪分化維持培地内で7日間培養した。試料を4%パラホルムアルデヒドに60分間浸漬し、タンパク質を固定した。各試料を1.8 mg/mLオイルレッドO染色液に20分間浸漬し、脂肪滴を染色した。染色試料を一眼レフカメラ(D7000, Nikon)を用いて撮影した。
【0031】
1.5 YAP、RUNX2の蛍光染色画像
前記「1.2 細胞培養」で継代培養した各ロットの間葉系幹細胞をStGゲル上で2500 cells/cm2で播種し、MSCGM内で4日間培養した。MSCGMは2-3日に1回培地交換を行った。4%パラホルムアルデヒドに20分間浸漬させタンパク質を固定した。10%ロバ血清(Sigma-aldrich)、1%ウシ血清アルブミン(BSA, FUJIFILM Wako Pure Chemical Corporation)、0.5% Triton X-100(Sigma-aldrich)を含むPBS(-)中に45分間静置し、細胞膜の穴あけ、およびブロッキングを行った。その後、1次抗体溶液としてrabbit anti-YAP(1:100,Cell Signaling Technology Japan)およびgoat anti-RUNX2(1:15,R&D Systems)を含む10%ロバ血清、1%BSA入りPBS(-)中に4℃で一晩浸漬した。その後、anti-rabbit Alexa Fluor 488標識二次抗体(1:1000; Cell Signaling Technology Japan)とanti-goat Alexa Fluor 568標識二次抗体(1:1000; Cell Signaling Technology Japan)を含む1% BSA溶液に37℃下で1時間浸漬させた。0.05%Tweenを含むPBS(-)で洗浄し、5 μg/mL DAPIを含むPBS(-)に室温で10分浸漬することによってDNAの染色を行った。蛍光画像は10倍の対物レンズ(UPLFLN,numerical aperture(NA) = 0.3,Olympus)を装着した共焦点レーザー顕微鏡(FV3000, Olympus)を用いて撮影した。
【0032】
StGゲルに接着する直前、すなわちStGゲルの弾性率に由来する刺激受容前の細胞におけるのYAP,RUNX2の局在を観察するため、懸濁液中の間葉系幹細胞に対して蛍光染色を行った。間葉系幹細胞をポリ-L-リジン(Sigma Aldrich)をコートしたガラスボトムディッシュ上に5000 cells/cm2で播種し、MSCGM中で静置した。10分以内に4%パラホルムアルデヒドを用いてタンパク質の固定を行い、先述と同様の手順でYAP、RUNX2、およびDNAの染色を行った。蛍光画像は60倍油浸対物レンズ(UPlanSApo,NA = 1.42)、Olympus)を装着した共焦点レーザー顕微鏡(FV3000, Olympus)を用いて撮影した。
【0033】
1.6 YAP、RUNX2の局在の定量評価方法
画像解析にはImageJを用いた。取得したYAP、RUNX2のzスライス画像に対して、最大値投影法「maximum intensity projection」を用いて、投影画像を作成した。DAPI画像に対し自動閾値化アルゴリズム「Otsu」を用いて、2値化処理を行い、細胞核領域を決定した。YAP、RUNX2の細胞核領域内の平均輝度値を細胞質の任意の3領域(10 × 10 pixels at 1.24 μm pixel pitch)の平均輝度値で除した値をそれぞれの核内-核外比として算出した。輝度値の核内-核外比が1.6以上の細胞を核局在細胞とした。基板弾性率に対するYAPとRUNX2の局在変化を評価するために、YAP、RUNX2のそれぞれの核局在細胞の比率と基板弾性率の関係を示す散布図において、核局在細胞の比率が線形に増加する領域に対して、最小二乗法を用いて近似直線を求めた。
【0034】
2 結果
2.1 StGゲルの弾性率
VA-044濃度と熱硬化時間を変化させ作製したStGゲルの弾性率計測結果を表1に示す。VA-044濃度と熱硬化時間を増加させることによって、弾性率が増大した。作製したStGゲルは0.8-30 kPaの弾性率を有することがわかった。StGゲルは弾性率計測後、培養基板として使用した。
【0035】
【0036】
2.2 間葉系幹細胞の分化能
間葉系幹細胞の骨芽細胞分化能と脂肪細胞分化能を評価した。すべての細胞ロットにおいて骨芽細胞、および脂肪細胞への分化能を有していたが、その効率はロット間で異なった。骨芽細胞分化誘導を14日間行った後のアリザリンレッドS染色結果を
図1(a)に示す。すべての細胞ロットにおいて骨基質形成が確認された。観察された骨基質量はLot3が最も高く、Lot1が最も低かった。脂肪細胞分化誘導を20日間行った後のオイルレッドO染色結果を
図1(b)に示す。脂肪滴はすべてのロットにおいて観察されたが、3ロット中、Lot3が最も少なかった。
【0037】
2.3基板弾性率に応じたYAP、RUNX2の局在変化
基板弾性率刺激に対するYAP、RUNX2の応答を評価するために、まずStGゲルに接着する直前、弾性率基板からの刺激を受容する直前の間葉系幹細胞におけるYAP、RUNX2局在を確認した。代表例として、細胞懸濁液中のLot2の細胞を
図2(a)に示す。YAPは細胞核への局在は確認できず、細胞核-細胞質間に拡散した状態だった。一方で、RUNX2は非接着状態においても細胞核内に局在した。同様の傾向がLot1-3内のすべての細胞において観察された。
【0038】
次に弾性率0.8-30 kPaのStGゲル上で4日間培養した間葉系幹細胞におけるYAPとRUNX2の局在を示す。代表例として、1.0 kPa、および13.4 kPaのStGゲル上で培養したLot2の細胞を
図2(b)に示す。1.0 kPa基板上で培養した間葉系幹細胞は、YAP、RUNX2ともに細胞核への局在は観察されず、細胞核-細胞質間に拡散した。一方.13.4 kPa基板上で培養した間葉系幹細胞は、YAP、RUNX2ともに細胞核内に局在した。同様の傾向がLot1-3のすべての細胞で確認された。
【0039】
2.4 YAPとRUNX2局在の基板弾性率依存性
最後にYAP、RUNX2の核局在とStGゲルの弾性率との関係を示す。StGゲルの弾性率とYAPの核局在細胞の比率の関係を
図3(a)に示す。YAPの核局在細胞の比率は10 kPaまで線形に増加し、Lot1、2、3でそれぞれ、0.91、0.79、0.87で飽和した。いずれの細胞ロットにおいても、10 kPaまでの線形増加領域における近似直線の傾きはおよそ0.1、切片の値は0から0.1であった。
【0040】
基板弾性率とRUNX2の細胞核局在細胞の比率との関係を
図3(b)に示す。RUNX2の核局在細胞の比率はおよそ5 kPaまで線形に増加し、Lot1、2、3でそれぞれ0.88、0.83、0.80で飽和した。5 kPaまでの線形増加領域における近似直線の傾きはそれぞれ0.08、0.09、0.10であり、切片の値はそれぞれ0.49、0.32、0.20と0.2から0.5と広範囲にわたって分布した。RUNX2もYAPと同様に、弾性率の増加に伴いRUNX2の核内局在細胞が増加したが、線形増加領域における近似直線の傾きのロット差は10%程度、切片のロット差は50%程度と顕著であることがわかった。
【0041】
3 考察
3.1 間葉系幹細胞の分化能
本実験で使用した3つのロットは骨芽細胞分化能、脂肪細胞分化能を有していたが、それぞれの分化効率が異なることが明らかになった(
図1)。間葉系幹細胞において骨芽細胞と脂肪細胞への分化は一方が促進されると他方が抑制される競合的な関係にあることが報告されている(非特許文献10)。本実験で使用した間葉系幹細胞においてはLot3が、最も骨芽細胞分化能が高く、脂肪分化能が低い細胞であり、Lot1が骨芽細胞分化能が低く、脂肪分化能が高い間葉系幹細胞であったと推察される。
【0042】
3.2 YAPの基板弾性率に対する局在変化
間葉系幹細胞におけるYAPの細胞内局在は培養基板の弾性率に応答して変化することがわかった(
図2)。YAPの核局在にはアクチン細胞骨格の発達が必要であることが報告されている(非特許文献11、12)。本実験においても培養環境に応答するアクチン細胞骨格の発達が重要な役割を担っていると考えられる。StGゲルから刺激を受容する直前の間葉系幹細胞において、YAPは細胞核-細胞質間に拡散していた(
図2(a))。細胞懸濁液中の浮遊状態の細胞では、アクチン線維は脱重合するため、結果としてYAPの核局在が抑制され、拡散に至ったことが考えられる。
【0043】
培養基板の弾性率はアクチン細胞骨格の発達に影響し、低弾性率基板上ではアクチン細胞骨格が脆弱化し、高弾性率基板上ではアクチン細胞骨格が発達することが知られている(非特許文献13)。本実験では高弾性率基板上での培養によってYAPの核局在が生じた。高弾性率基板上での培養によってYAPの核局在化に必要とされるアクチン線維の発達が引き起こされた結果、YAPの核内局在が生じたと考えられる。さらに、YAP核局在細胞の比率は10 kPaまで増大し、その後飽和した(
図2(a))。これらの結果から、アクチン細胞骨格がYAPの核局在の制御因子として機能し、YAPの核局在を促すのに十分なアクチン細胞骨格の発達のためには、10 kPa以上の弾性率が必要であると考えられる。
【0044】
3.3 RUNX2の基板弾性率に応じた局在変化
間葉系幹細胞におけるRUNX2の細胞内局在も培養基板の弾性率に応答して変化した。RUNX2はYAPと同様に基板弾性率に応答し局在が変化する力学刺激の媒介因子(mechanomediator)として知られおり、核-細胞質間での両者の局在は相関することが示唆されている(非特許文献6)。基板弾性率を感知する前の浮遊細胞では、YAPは細胞核-細胞質間で拡散することからRUNX2も同様に拡散していることが予測された。しかしながら、RUNX2は細胞核内に局在した (
図2(a))。本実験で使用した間葉系幹細胞はポリスチレン製の組織培養容器中で継代4回まで増殖培養を行っている。先行研究においては、ポリスチレン基板上で5日以上培養することによって、骨芽細胞へと分化偏向することが報告されている(非特許文献6)。骨芽細胞に分化偏向した間葉系幹細胞においては、アクチン細胞骨格の脱重合化によらず、凝集クロマチンや細胞核骨格構造によってRUNX2が細胞核内に保持される(非特許文献14)。本実験においても増殖培養期間中に間葉系幹細胞が骨芽細胞に分化偏向し、RUNX2が細胞核内に保持された可能性が考えられる。
【0045】
増殖培養後のRUNX2核局在細胞を5 kPaのよりも小さい弾性率のStGゲル上で培養した結果、RUNX2の核局在が抑制された(
図2(b)、
図3(b))。RUNX2の核外排出の効率は、より低い弾性率刺激において高かった。基板弾性率は細胞核内のクロマチン構造に影響する(非特許文献15)。RUNX2の核内保持には細胞核骨格やクロマチン凝集が関与することから、5 kPa以下の低弾性率刺激が細胞核内の細胞核骨格の構造変化やクロマチンの脱凝集を促し、RUNX2の核内保持力が低下したことが推察される。
【0046】
3.4 YAP、RUNX2の局在応答性の不均質性
YAP核内局在細胞の比率と基板弾性率の関係(
図3(b))は細胞ロット間に大きな違いがみられず、10 kPaまでの線形増加領域における近似直線の傾きと切片の値は細胞ロット間でおおよそ同値であった。先行研究において、YAPは10 kPa以上の基板弾性率で核局在し、5 kPa以下の基板弾性率で拡散することが報告されている(非特許文献6、11)。本研究で得られた結果も先行研究と矛盾せず、YAPの核局在細胞の割合は細胞ロットによらず10 kPaで80%以上に達して飽和し、10 kPa以下では弾性率と線形的な正の相関を示した(
図3(a))。
【0047】
RUNX2の基板弾性率刺に応じた局在化についての報告は論文によって異なる(非特許文献4~6)。この要因として、細胞ロット間でのRUNX2の核内保持能の違いが考えられる。5 kPa以下の低弾性率基板におけるRUNX2核局在細胞の比率はロットによって異なった(
図3(b))。Lot1に関しては、2 kPaのStGゲル上で培養した結果、多くの細胞でRUNX2が核内に局在した(比率 0.78)。この結果は、2 kPa程度の基板弾性率において、RUNX2は核内に局在するというYangらの先行研究と一致する結果だった(非特許文献6、11)。一方でLot2、3に関しては、2 kPa付近の基板弾性率において、RUNX2の核内局在細胞の比率は0.5以下であり、多くの細胞においてRUNX2核局在が抑制された。高弾性率基板上で長期間培養による刺激を受けた間葉系幹細胞では、外部からの力学刺激に対してクロマチン構造変化が起きにくくなることが報告されている(非特許文献15)。これらの知見から、クロマチン凝集に起因するRUNX2の核内保持能の違いが、基板弾性率に対するRUNX2局在変化についての報告の研究グループ間の不一致の要因である可能性が考えられる。
【0048】
3.5 間葉系幹細胞の分化能とRUNX2の局在応答性
YAP、RUNX2は間葉系幹細胞から骨芽細胞への分化に関連する遺伝子発現の調節に関わることで分化進行に影響することが知られている(非特許文献11、16~18)。細胞外の力学刺激に応答したYAP、RUNX2の局在変化は間葉系幹細胞が有する分化能によって異なる可能性がある。本実験で使用した3つのロットの間葉系幹細胞は異なる骨芽細胞分化能を有していたが(
図1(a))、YAPの核局在細胞の割合は弾性率に対して一様な変化を示した。この結果から、間葉系幹細胞の骨芽細胞分化能の違いによらず、基板弾性率に対するYAPの応答は同様であると考えられる。
【0049】
YAPとは対照的にRUNX2の核局在細胞の割合の弾性率依存性はロット間で異なるという結果となった。特に、基板弾性率に対するRUNX2核局在細胞比の増加直線(
図3(b))を外挿して得た、基板弾性率0 kPaの切片の核局在細胞の比率はロット間で大きく異なった。この値は、低弾性率刺激下でもRUNX2を細胞核内に保持し続ける細胞の比率と推測され、細胞集団のRUNX2核内保持能を示すと考えられる。さらに、切片の値と、骨芽細胞分化効率には負の相関があることがわかった。RUNX2は間葉系幹細胞から骨芽細胞分化初期状態への移行に必須のタンパク質として知られている一方で、成熟した骨芽細胞分化細胞への分化進行には抑制的に働くことが報告されている(非特許文献16)。間葉系幹細胞集団のRUNX2の核内保持能は、骨芽細胞分化中後期以降におけるRUNX2の排出効率に関わっている可能性がある。
【0050】
3.6 間葉系幹細胞のYAP、RUNX2の局在を制御するための弾性率基板
間葉系幹細胞は細胞外の力学刺激に対する感受性が高く、従来の組織培養皿のようなポリスチレン基板上での培養によって骨芽細胞への分化偏向が生じ、多分化能や自己複製能の喪失が生じる(非特許文献6、19)。YAPやRUNX2の核局在は間葉系幹細胞から骨芽細胞分化の初期状態への移行を促すことから、意図しない間葉系幹細胞の骨芽細胞分化を抑制するためには、YAPとRUNX2の核局在を抑制する必要がある。
【0051】
YAP局在の基板弾性率に対する応答性は細胞ロットに関わらず同一だった。YAP核局在細胞の比率と基板弾性率の比率の関係から、10 kPa以上の弾性率基板上での培養がYAPの核局在を促すことがわかる。さらにYAPの核局在を抑制するための基板弾性率は、YAP核局在細胞の比率と基板弾性率の関係に対する近似直線を基に予測可能であると考えられる(
図3(a))。
【0052】
RUNX2局在の基板弾性率に対する応答性は高弾性率域では同一であり、5 kPa以上の弾性率基板上で培養することによって細胞核内にRUNX2を局在させることが可能であることがわかった。一方で、5 kPa以下の弾性率に対するRUNX2核局在細胞の比率はロット毎に大きく異なる結果となった。ただし、いずれの細胞ロットにおいても5 kPaまで線形に増大する傾向があることがわかった。増加率のロット差は、0.08、0.09、0.10と比較的小さかったが、切片のロット差は0.2から0.5と顕著であることがわかった。このことから、5 kPa未満の基板弾性率におけるRUNX2核局在細胞比を計測することによって、任意の弾性率のRUNX2の核局在抑制の効率を推定することが可能である。また、5 kPa付近と、5 kPa以下の2点の基板弾性率におけるRUNX2核局在細胞比を計測することによって、基板弾性率とRUNX2核局在細胞比率の予測直線を作成すれば、任意の弾性率のRUNX2の核局在抑制の効率を精緻に決定することが可能である。
【0053】
4 結論
上記に示すように、間葉系幹細胞の弾性率刺激に対するYAP、RUNX2の局在応答の不安定性を解決し、複数の細胞ロットに渡って、再現性良く分化を制御するための基板弾性率設計法に関する知見を得た。