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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-03
(45)【発行日】2025-03-11
(54)【発明の名称】関節症診断システム
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/11 20060101AFI20250304BHJP
   A61B 10/00 20060101ALI20250304BHJP
【FI】
A61B5/11 230
A61B10/00 V
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2021105755
(22)【出願日】2021-06-25
(65)【公開番号】P2023004205
(43)【公開日】2023-01-17
【審査請求日】2024-03-29
(73)【特許権者】
【識別番号】305027401
【氏名又は名称】東京都公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】100137752
【弁理士】
【氏名又は名称】亀井 岳行
(72)【発明者】
【氏名】長谷 和徳
(72)【発明者】
【氏名】ゴン ルイ
(72)【発明者】
【氏名】太田 進
【審査官】▲高▼ 芳徳
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-168209(JP,A)
【文献】米国特許第04823807(US,A)
【文献】特開2007-121217(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0153501(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/06 - 5/22
A61B 10/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者に装着されて、関節からの音を計測する音計測部材と、
前記被験者に装着されて、関節角度を計測する角度計測部材と、
前記角度計測部材で計測された関節角度ごとに、前記音計測部材で計測された音の信号を周波数解析する周波数解析手段と、
前記音の信号波形に基づいて時間領域の信号波形の類似性である自己相関係数を算出する自己相関係数導出手段と、
前記関節角度ごとに、前記周波数に対するエネルギーの分布に基づいて情報エントロピーを算出する情報エントロピー算出手段と、
前記情報エントロピーと前記エネルギーとに基づいて前記関節の疾患を判別する非線形分類器と、前記エネルギーと前記自己相関係数とに基づいて前記関節の疾患を判別する線形分類器と、を有し、前記非線形分類器の判別結果と前記線形分類器の判別結果とに基づいて、前記関節の疾患を判別する分類器と、
を備えたことを特徴とする関節症診断システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、関節症診断システムに関する。
【背景技術】
【0002】
膝関節や肱関節等の関節の異常は、臨床上の一般的な疾患であり、加齢、肥満、力学的負荷など多くの原因により関節の機能を徐々に退行させる疾患である。変形性膝関節症(knee osteoarthritis:膝OA)などの関節疾患の診断方法として、非侵襲的な診断方法や侵襲的な診断方法が知られている。侵襲的な(身体の一部を傷つける)診断としては、関節液検査や関節鏡検査などが知られている。非侵襲的な診断方法としては、X線検査やMRI検査などの医用画像による画像診断が行われている。画像診断以外の非侵襲的な診断方法として、膝関節の屈曲伸展運動時に関節部で発生する振動や音(関節音)を測定する診断手法の研究、開発も行われている。
関節音を測定する技術として、特許文献1-4に記載の技術が従来公知である。
【0003】
特許文献1(国際公開2011/096419号公報)には、被検査者の関節近傍の皮膚上に生体用音響センサと角度センサを取り付け、被検査者の関節の屈伸時の加速度を加重計で測定すると共に、音響データと角度データも測定して、音響データの波形をフーリエ解析で周波数解析して、周波数スペクトル特性データを生成し、予め準備していたスペクトル特性パターンと比較して、最も相関関係のあるパターンに対応する症状グレードを、被検査者の膝関節症の症状グレードと診断する技術が記載されている。
【0004】
特許文献2(特開2004-261525号公報)には、対象者の脛骨や踵に装着された加速度センサで検出された加速度データの波形を波形解析して、波形のピークの間の時間やパワースペクトルの比と、閾値を比較して、健常状態か膝OAかを判定する技術が記載されている。特許文献2では、パワースペクトルを算出する際に、高速フーリエ変換を行って、加速度の周波数成分を解析している。
【0005】
特許文献3(特開2016-168209号公報)、特許文献4(特開2016-168219号公報)には、検査対象物の屈伸運動に伴う振動を振動センサ(12a~12d)で検出し、且つ、屈伸運動時の屈伸角度を角度センサ(14)で検出して、屈伸角度が0°~30°、30°~60°、60°~90°に応じて、振動信号を分割して、分割された各振動信号について周波数解析を行い、周波数帯のパワー値を健常者の値と比較して、軟骨が悪くなっていることを判断する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開2011/096419号公報(「0085」~「0098」)
【文献】特開2004-261525号公報(「0043」~「0106」)
【文献】特開2016-168209号公報(「0026」~「0041」)
【文献】特開2016-168219号公報(「0026」~「0041」)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
(従来技術の問題点)
前述のX線検査は、被曝の問題があり、MRIなどの医用画像も時間や費用がかかり、装置も大規模なものとなるため、簡便に利用することができない問題がある。また、医用画像上に拠る所見と患者自身が訴える痛みとは必ずしも相関しないなどの問題もある。
特許文献1-4のように、関節音や加速度を利用した方法は、医用画像を利用する場合と比較して簡便ではあるものの、診断精度が十分ではない問題がある。特に、特許文献1,2に記載の技術のように、周波数解析で一般的に使用されるフーリエ変換を使用して周波数特性を求めると、時間領域の情報が失われてしまうため、時間の推移の中で、時々刻々、信号の周波数特性がどのように変化しているかわからない。例えば、ある周波数の信号が、関節の曲げ始めで観測されたか、曲げ終わりで観測されたかがわからず、関節の曲げ始めで関節音が観測された場合も、関節の曲げ終わりで関節音が観測された場合も、同じ解析結果となってしまい、動作と対応した解析ができず、診断精度を上げることが困難である。
【0008】
また、特許文献1-4に記載の技術では、屈伸運動時の体の動きから生じるノイズが悪影響を受ける問題もある。さらに、特許文献3,4に記載の技術では、時間周波数解析は行って、疾患の可能性については判断されているが、判定は解析信号のグラフを見た医師が特定することとなっており、診断自体はできていない。すなわち、疾患の有無や疾患のグレード(悪性度)を分類する分類器については記載がない。特に、疾患は、傷病による場合は、悪性度が正常な状況から急激に悪化する場合が多いが、加齢による場合は悪性度が徐々に悪化していくことが多く、悪性度の精度のよい診断が求められている。
【0009】
本発明は、簡便かつ高精度な関節症を診断する手法を提供することを技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記技術的課題を解決するために、請求項1に記載の発明の関節症診断システムは、
被験者に装着されて、関節からの音を計測する音計測部材と、
前記被験者に装着されて、関節角度を計測する角度計測部材と、
前記角度計測部材で計測された関節角度ごとに、前記音計測部材で計測された音の信号を周波数解析する周波数解析手段と、
前記音の信号波形に基づいて時間領域の信号波形の類似性である自己相関係数を算出する自己相関係数導出手段と、
前記関節角度ごとに、前記周波数に対するエネルギーの分布に基づいて情報エントロピーを算出する情報エントロピー算出手段と、
前記情報エントロピーと前記エネルギーとに基づいて前記関節の疾患を判別する非線形分類器と、前記エネルギーと前記自己相関係数とに基づいて前記関節の疾患を判別する線形分類器と、を有し、前記非線形分類器の判別結果と前記線形分類器の判別結果とに基づいて、前記関節の疾患を判別する分類器と、
を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
請求項1に記載の発明によれば、簡便かつ高精度な関節症を診断する手法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は本発明の実施例1の関節症診断システムの説明図である。
図2図2は実施例1の関節症診断システムにおける端末の本体の機能ブロック図である。
図3図3は実施例1の関節症診断システムにおける処理の流れの説明図である。
図4図4は実施例1の関節角度信号の一例の説明図であり、図4Aはノイズ除去前の波形の説明図、図4Bはノイズ除去後の波形の説明図である。
図5図5は実施例1で周波数解析された時間と関節角度とエネルギーの一例の説明図であり、図5Aは時間と角度との関係のグラフ、図5Bは時間とエネルギーとの関係のグラフである。
図6図6は特徴抽出の説明図である。
図7図7は分類器の説明図であり、図7Aは線形分類器の一例の説明図、図7Bは非線形分類器の一例の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
次に図面を参照しながら、本発明の実施の形態の具体例(以下、実施例と記載する)を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
なお、以下の図面を使用した説明において、理解の容易のために説明に必要な部材以外の図示は適宜省略されている。
【実施例1】
【0014】
図1は本発明の実施例1の関節症診断システムの説明図である。
図1において、実施例1の関節症診断システムSは、被験者に装着される音計測部材1を有する。実施例1の音計測部材1は、一例として、被験者の膝下15cmの脛骨の位置に、皮膚上に接触した状態で左右(内腿側と外腿側)一対設置された振動センサにより構成されている。なお、実施例1では、関節での音(クレピタス音)が振動として伝わる際の振動を検知する構成を例示したがこれに限定されない。例えば、聴診器を介してマイクロホンで音を計測する構成としたり、マイクロホンを直接皮膚に接触させたり、マイクロホン以外の音や音に応じた振動を計測可能な任意の計測装置を採用可能である。また、実施例1では、音計測部材1は、右脚と左脚を同時に測定するために左右一対の合計2つ、すなわち、2チャンネルで音の計測を行っているが、これに限定されない。例えば、片脚だけの測定でよい場合は1チャンネルとすることも可能である。また、例えば、両膝と足首の3か所に対応させて3チャンネルとするように、3チャンネル以上とすることも可能である。
【0015】
また、実施例1では、被験者には、膝の角度を計測する角度計測部材7が装着されている。実施例1の角度計測部材7は、一例として、太ももにバンド8を介して固定された3次元加速度センサにより構成されている。すなわち、角度計測部材7は、重力加速度から、重力方向(真下方)を検出して、重力方向を基準として、太もも(大腿部)の角度を計測する。なお、実施例では、角度計測部材7として、3次元加速度センサを使用する場合を例示したが、これに限定されず、例えば、腰と膝と踵の位置にマーカーを貼り付けてカメラで撮影して(いわゆるモーションキャプチャ)膝の関節角度を検出する構成としたり、ポテンショメータなど、回転角度を直接または間接的に計測可能な装置や、マーカーを使用しない画像解析等任意の計測装置を採用可能である。なお、関節角度の計測装置は、実施例1のようなウェアラブルな構成だけではなく、非接触な構成とすることも可能である。
なお、実施例1では、膝関節症の診断は、被験者が椅子に座った状態から立ち上がる動作中の関節音を計測して、診断を行う。実施例1では、一例として、座る動作と立ち上がる動作を3回繰り返す間の関節音を計測するが、これに限定されず、立ち上がる動作1回だけ等、要求される精度や被験者が負担可能な程度に応じて回数は適宜変更可能である。なお、実施例1では、椅子から立ち上がる動作を例示したが、これに限定されず、階段昇降や歩行などの日常生活動作中の動きを評価することも可能である。なお、過大な動き(大きな動作や激しい動作)は、ノイズが複雑になる恐れがあるため、あまり好ましくない。
【0016】
前記音計測部材1と角度計測部材7とは、通信ケーブル10を介して、端末の一例としてのパーソナルコンピュータ11に接続されている。パーソナルコンピュータ11は、コンピュータ本体12と、表示部の一例としてのディスプレイ13と、入力部の一例としてのキーボード14およびマウス15と、を有する。なお、実施例1では、パーソナルコンピュータ11と音計測部材1、角度計測部材7とをケーブル10で接続する構成を例示したが、これに限定されず、携帯電話回線やBluetooth(登録商標)、無線LAN等、任意の無線通信方式で情報の送受信を行うことも可能である。
【0017】
(実施例1のコンピュータ本体12の制御部の説明)
図2は実施例1の関節症診断システムにおける端末の本体の機能ブロック図である。
図3は実施例1の関節症診断システムにおける処理の流れの説明図である。
図2において、実施例1のコンピュータ本体12の制御部41は、外部との信号の入出力および入出力信号レベルの調節等を行うI/O(入出力インターフェース)、必要な起動処理を行うためのプログラムおよびデータ等が記憶されたROM(リードオンリーメモリ)、必要なデータ及びプログラムを一時的に記憶するためのRAM(ランダムアクセスメモリ)、ROM等に記憶された起動プログラムに応じた処理を行うCPU(中央演算処理装置)ならびにクロック発振器等を有するコンピュータ装置により構成されており、前記ROM及びRAM等に記憶されたプログラムを実行することにより種々の機能を実現することができる。
制御部41には、基本動作を制御する基本ソフト、いわゆる、オペレーティングシステムOS、アプリケーションプログラムの一例としての膝関節症診断プログラムAP1、その他の図示しないソフトウェアが記憶されている。
【0018】
(実施例1の制御部41に接続された要素)
制御部41には、キーボード14やマウス15、音計測部材1と角度計測部材7等の信号出力要素からの出力信号が入力されている。
また、実施例1の制御部41は、ディスプレイ13等の被制御要素へ制御信号を出力している。
【0019】
(制御部41の機能)
実施例1の制御部41の膝関節症診断プログラムAP1は、下記の機能手段(プログラムモジュール)51~57を有する。
【0020】
関節音の計測手段51は、音計測部材1からの信号に基づいて膝関節からの音(関節音s0)を計測する。実施例1の関節音の計測手段51は、関節音s0の履歴のデータを計測する。
関節角度の計測手段52は、角度計測部材7からの信号に基づいて、膝関節の回転角度θ0を取得する。実施例1の関節角度の計測手段52は、関節角度θ0の履歴データを計測する。なお、実施例1では、関節角度θ0の計測は、関節音s0の計測と同時に開始される。すなわち、関節音s0の波形データと関節角度θ0の波形データのタイミングとを合わせている。
ノイズ除去手段53は、角度信号のノイズ除去手段53aと、関節音信号のノイズ除去手段53bとを有し、計測された各信号のノイズを除去する。
【0021】
図4は実施例1の関節角度信号の一例の説明図であり、図4Aはノイズ除去前の波形の説明図、図4Bはノイズ除去後の波形の説明図である。
角度信号のノイズ除去手段53aは、関節角度θ0の波形を高速フーリエ変換(FFT:Fast Fourier Transform)して、高周波成分(20Hz~)と低周波成分(0~20Hz)を抽出する。実施例1では、低周波成分については、低周波成分の中心周波数(スペクトル強度の中間)をローパスフィルタの上限周波数として設定して、中心周波数よりも高周波の成分をノイズとして除去する。ここで、被験者の立ち上がり動作や座り動作における角度変化の周期はおおよそ2~2.5秒であり、周波数は0.4Hz~0.5Hzであった。そして、関節角度センサ(角度計測部材7)から得られる信号の低周波(すなわちローパスフィルタを通した後の信号)を求め、それの中心周波数をみると2Hz程度である。これは身体のゆらぎ(動作)を表しているものと判断される。
【0022】
また、実施例1では、角度信号のノイズ除去手段53aで低周波成分にローパスフィルタを適用した後に、被験者の一連の動作として、3回連続の立ち上がりと座り動作の繰り返しの計測データからひとつの動作(1回の立ち座り動作または1回の座り動作)分のデータのみを抽出する。具体的には、立ちあがり動作の開始は角度が小さくなり始めたタイミング(極大値)である。立ち上がり動作の終了時期(座り動作の開始時期)は角度が最小になったタイミング(極小値)である。座り動作の終了時間は角度が最大になった時期(極大値)である。
【0023】
関節音信号のノイズ除去手段53bは、関節音s0の波形から、高周波ノイズ(雑音)を除去する。実施例1の関節音信号のノイズ除去手段53bは、関節音s0の波形に対して短時間フーリエ変換(STFT:Short Time Fourier Transform)を行って、周波数解析を行う。なお、高速フーリエ変換(FFT)や短時間フーリエ変換(STFT)は従来公知であるため、詳細な説明は省略する。STFTで導出された周波数解析結果に対して、ハイパスフィルタをかける。実施例1では、一例として、ハイパスフィルタの下限値として、ベースラインドリフトを除去するための上限周波数と同じ2.5Hzを使用して、2.5Hz以下の低周波ノイズを除去する。前述の身体の揺らぎに相当する部分を今度は関節音の信号に対して、ハイパスフィルタによって除去を行う。すなわち、ハイパス処理するのは関節角度センサ(角度計測部材7)の信号についてではなく、関節音信号に対してである。身体の揺らぎの成分は、前述のように2Hz程度とみなせるが、実際の関節音信号の波形のベースラインドリフトを修正する時には、ハイパスフィルタの閾値を2Hzではなく、もう少し、ソフトな(フィルタ効果をあえて弱くする)閾値とするために2.5Hzに設定する。
【0024】
また、実施例1では、ハイパスフィルタによるベースラインドリフト除去と、スペクトログラム(周波数解析の結果を時系列に沿って並べたもの)を主成分分析(PCA:Principal Component Analysis)を用いた高周波ノイズ除去と、を使用して高周波ノイズを除去する。
ベースラインドリフト除去のためのハイパスフィルタは前述のソフト閾値(あえて閾値を弱めたもの)2.5Hzを設定して行う。
高周波ノイズ除去のための主成分分析としては、まず、信号の主成分分析を行ってスペクトログラムを得る。次いで主成分としてみなされない信号をノイズとして除去する。今回は、第3主成分までを主成分とし、第4主成分以上の成分はノイズとして除去する。実施例1の関節音信号のノイズ除去手段53bは、ノイズの除去処理が行われた後、逆短時間フーリエ変換(Inverse - STFT)をして、ノイズが除去された元の時系列信号(関節音信号)を再構築する。
【0025】
解析手段54は、関節音信号を周波数解析する。実施例の解析手段54は、ノイズ成分を除去した関節音信号の波形に対して、短時間フーリエ変換をすることで周波数解析をする。周波数領域の特徴を解析する場合、関節音信号のノイズ除去手段53bの時とは窓関数の選択、窓の長さ、シフトの距離を変更する。一例として、ノイズ除去時の窓関数は、方形(矩形)の窓関数とし、窓の長さが30、overlapが20%とし、周波数解析時の窓関数は、ハミング窓関数とし、窓の長さが20、overlapが20%とすることが可能である。時間分解能と周波数分解能のバランスに応じて、窓関数や窓の長さ、overlap等のパラメータを選択することが好ましい。周波数解析において、時間分解能を高めたい場合は窓の長さを短めにするのが好ましい。周波数分解能を高めたい場合は窓の長さを長めにするのが望ましい。
短時間フーリエ変換をして得られたスペクトログラムから、時間領域および周波数領域のエネルギーを圧縮して、時間-エネルギー、周波数-エネルギーのグラフを得ることができる。
【0026】
自己相関係数導出手段55は、周波数解析に基づいて、自己相関係数を導出する。実施例1の自己相関係数導出手段55は、関節音信号の波形(音の信号波形)に基づいて、時間領域の信号波形の類似性である自己相関係数を導出する。すなわち、信号中の類似パターンがどの程度表れているかを示す時間領域の特徴量を自己相関係数を用いた計算より求める。
一例として、関節音信号の波形に対してSTFTを行って導出されたパワースペクトル密度を、さらにフーリエ変換することで、自己相関係数を得ることができる(Wiener-Khintchineの定理)。具体的には、横軸に時間(離散時間)、縦軸に信号の自己相関係数というグラフ(波形)を考え、その波形の時間積分を求め、これを時間領域の特徴量の一つとする。ただし、先の自己相関係数の波形は離散時間に対して求められるものなので、波形の時間積分の際には波形の連続時間波形への近似を行った後に時間積分をする。
【0027】
図5は実施例1で周波数解析された時間と関節角度とエネルギーの一例の説明図であり、図5Aは時間と角度との関係のグラフ、図5Bは時間とエネルギーとの関係のグラフである。
情報エントロピー算出手段56は、関節角度(すなわち、立ち上がり動作や座り動作の時期)ごとに、エネルギーの分布から情報エントロピーを算出する。実施例1の情報エントロピーは、そのエネルギーの情報量および複雑度、そのエネルギーの発生し難さ(起こり難さ)を示すもので、エネルギーAが発生する確率をP(A)とし、情報エントロピーをS(A)とした場合に、以下の式で表される。
S(A)=-Σ[P(A)・logP(A)]
図5において、実施例1の情報エントロピー算出手段56は、立ち上がり動作において被験者の重心が大きく変化する120°を基準角度として、以下の4つの期間A,B1,B2,Cについて情報エントロピーを算出して、特徴を抽出する。
期間A:立ち上がり開始~関節角度が120°になるまで
期間B1:関節角度が120°~立ち上がり終了(座り動作開始)まで
期間B2:座り動作開始~関節角度が120°になるまで
期間C:関節角度が120°~座り動作終了(立ち上がり動作開始)まで
なお、上記のように、関節角度で分けることによって、関節の曲がり具合、すなわち、大腿骨と脛骨の接触位置と情報エントロピー(すなわち、損傷の特徴量)との関係がわかることが期待される。つまり、関節部とどの部位が損傷しているかがわかることが期待される。また、立ち上がり動作と着座動作では、関節にかかる荷重が異なると考えられるため、立ち上がりと着座を分けることによって、関節部の荷重負荷と情報エントロピー(損傷の特徴量)との関係がわかることが期待される。
【0028】
図6は特徴抽出の説明図である。
情報エントロピーS(A)は、関節角度(すなわち、時間の経過)を横軸にとり、縦軸に周波数(エネルギー)を取ったグラフにおいて、縦軸方向にスペクトルを圧縮したもの(図6のスペクトル圧縮1参照)、具体的には、各関節角度におけるエネルギーの合計値を算出した特徴量となる。
【0029】
分類手段(分類器)57は、線形分類器57aと、非線形分類器57bとを有し、関節の疾患を判別する。
線形分類器57aは、特徴の線形結合の値に基づいて分類(疾患の判別)を行う。実施例1の線形分類器57aは、エネルギーの特徴量と自己相関係数とに基づいて、疾患の判別を行う。エネルギーの特徴量は、関節角度(すなわち、時間の経過)を横軸にとり、縦軸に周波数(エネルギー)を取ったグラフにおいて、横軸方向にスペクトルを圧縮したもの(図6のスペクトル圧縮2参照)、具体的には、各周波数帯(エネルギー)の強度の全期間にわたる合計値を算出した特徴量となる。
【0030】
図7は分類器の説明図であり、図7Aは線形分類器の一例の説明図、図7Bは非線形分類器の一例の説明図である。
線形分類器57aは、エネルギーの特徴量と自己相関係数とを線形結合した値が、予め定められた閾値(図7Aの直線61参照)に達するか否かに基づいて、疾患の有無を判別する。一例として、線形結合した値が閾値に達すると「疾患あり」、閾値に達しないと「疾患なし」と判別する。
図7Aにおいて、線形分類器57aの基本は、エネルギーの特徴量と自己相関係数積分値とによって表されたモデルである。前記特徴量と自己相関係数積分値を座標値とした場合、そこに線形(直線状)の境界線61を定めデータの分類を行う。一例として、境界線の右側に達すると「疾患あり」、境界線の左側に達すると「疾患なし」と判別することが可能である。図7Aは、わかりやすいように2次元のグラフで表しているが、実際にはN次元の特徴ベクトル空間になる。しかし、N次元になっても判別の境界線は線形(直線的)になる。
線形分類器57aとして、一例として、ロジスティクス回帰(Logistic Regression)分析を使用することが可能であるが、これに限定されない。線形分類器の他の例としてパーセプトロンや線形サポートベクターマシン、Latent Dirichlet Allocation(LDA)分類等、従来公知の線形分類器を使用することも可能である。
【0031】
非線形分類器57bは、情報エントロピーとエネルギーの特徴量とに基づいて、疾患を判別する。実施例1の非線形分類器57bでは、基本的に、エネルギー(の特徴量)と情報エントロピーに基づき、テストデータの分布を調べる。今回のknn法では各クラスタ中心距離の長さとして、疾患ありと疾患なしとを分類する。なお、非線形分類器についても2次元情報ではなく、N次元情報に拡張される。
実施例1の非線形分類器57bは、非線形分類器57bとして、knn法を使用することが可能であるが、これに限定されない。非線形分類器の他の例としてニューラルネットワークやサポートベクターマシン(SVM:support vector machine)、Radom forest分類等、従来公知の非線形分類器を使用することも可能である。
【0032】
そして、実施例1の分類器57は、線形分類器57aと非線形分類器57bの両方で疾患ありと判別された場合は、「疾患あり(膝OA)」と判別し、線形分類器57aと非線形分類器57bの一方で疾患ありと判別された場合は、「疾患の可能性あり(疑膝OA)」と判別し、線形分類器57aと非線形分類器57bの両方で疾患なしと判別された場合は、「疾患なし(健常)」と判別する。
【0033】
(実施例1の作用)
前記構成を備えた実施例1の関節症診断システムSでは、被験者の膝の関節音s0と関節角度θ0とが計測される。計測された関節音信号と関節角度信号は、ノイズ除去手段53でそれぞれノイズが除去される。したがって、ノイズが除去されない場合に比べて、関節症の診断の精度が向上する。特に、角度信号のノイズ除去手段53aでは、高周波成分と低周波成分に分けて、それぞれに対してフィルタリングをしており、体の動きによるノイズだけでなく、被験者がいる建物の高周波振動等の外乱等の高周波のノイズも除去可能である。また、関節音信号のノイズ除去手段53bでも、バンドパスフィルタによりベースラインドリフトのような揺らぎのノイズが除去されると共に、振動の高周波ノイズも除去可能である。
【0034】
また、実施例1では、分類、判別のための特徴量として、自己相関係数やエネルギーの特徴量だけでなく、情報エントロピーが使用されている。よって、正常な被験者では発生しにくい周波数帯(エネルギー)の音、振動であって、疾患時に発生しやすい音、振動を、情報エントロピーとして導出することが可能であり、情報エントロピーを使用しない場合に比べて、計測された音(振動)から疾患を精度よく判別することが可能である。
特に、実施例1の情報エントロピーでは、周波数帯域の特徴が残らないスペクトル圧縮2の方向ではなく、周波数帯域の情報が残るスペクトル圧縮1の方向にスペクトル圧縮をしている。スペクトル圧縮2の方向では、時間に関する特徴を抽出することは可能であるが周波数帯域の特徴を抽出できないと共に、エネルギースペクトル漏れの問題が発生する。なお、「エネルギースペクトル漏れ」とは、周波数分析におけるスペクトル(信号のエネルギーの強さ)を考えたとき、注目しているスペクトルに本来あるべき、エネルギー(信号の強さ)が、その周辺のスペクトルに漏れるように伝わる、あるいは移行してしまう現象のことを指す。
これに対して、実施例1では、スペクトル圧縮1の方向でスペクトル圧縮をしており、エネルギー漏れが最小限となり、診断精度を上げることができる。
【0035】
さらに、実施例1では、情報エントロピーを非線形分類器57bを使用して判別しており、非線形分類器よりも判別の精度が低い線形分類器57aを使用する場合に比べて、診断の精度を向上させることができる。
また、実施例1では、非線形分類器57bだけでなく線形分類器57aも使用している。非線形分類器57bは線形分類器57aよりも計算時間が一般的に長くなる傾向があり、非線形分類器57bのみを使用すると計算時間が長くなる問題があるが、実施例1のように非線形分類器57bと線形分類器57aの両方を使用することで、判別精度の低下を抑えつつ、計算時間が過剰に長くなることも抑制可能である。
【0036】
(実験例)
次に、実施例1の効果を確認するために、実験を行った。
実験は、「若者群」を「疾患なし」、「高齢者群」を「疾患あり」と仮定した。若者群で計測した数(膝数)が92件、高齢者群で計測した膝数が44件であった。若者群の平均年齢は25歳、高齢者群の平均年齢は86歳であった。若者群の平均体重は55kg、高齢者群の平均体重は63kgであった。情報処理装置のCPUとしてインテル社製のCorei7 7700kを使用した。
実験例では、実施例1のように、情報エントロピーを使用して線形分類器57aと非線形分類器57bを使用した。
比較例として、情報エントロピーを使用せずに線形分類器57aと非線形分類器57bを使用して判定を行った。
【0037】
比較例では、線形分類器の正解率は85%、非線形分類器の正解率は89%であった。これに対して、実験例では、情報エントロピーを使用して線形分類器57aと非線形分類器57bを使用して判定を行ったところ、線形分類器の正解率は89%、非線形分類器の正解率は91%であった。なお、線形分類器57aの処理時間は0.16秒、非線形分類器57bの処理時間は14.00秒であった。
【0038】
さらに、実施例1では、音計測部材1は2チャンネル設置されている。1チャンネルの場合は、骨や筋肉の状況によっては、音や振動が伝播の途中で減衰して計測されにくい場合があったが、2チャンネルとすることで、一方で計測できなくても他方で計測しやすい。よって、実施例1では、関節音の計測不良や、計測される音が微弱で誤診になることが抑制される。また、音計測部材1を左右の膝のそれぞれに設置することで、2カ所を同時に計測することも可能であり、被験者が片方の膝にそれぞれ付け替えて何度も計測することを抑制でき、被験者の負担を抑制できる。
また、実施例1では、角度計測部材7として、加速度センサを使用しており、ポテンショメータ等の角度センサを使用する場合に比べて、加速度の変化から、動作のタイミングを取得することだけでなく、体全体の動き(揺れ)や低周波振動などのノイズ成分の情報も取得可能であり、診断精度を高くすることができる。
【0039】
(変更例)
以上、本発明の実施例を詳述したが、本発明は、前記実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内で、種々の変更を行うことが可能である。本発明の変更例(H01)~(H04)を下記に例示する。
(H01)前記実施例において、関節音s0を観測する位置として、脛骨部を例示したが、これに限定されず、膝関節の関節音s0が観測可能な任意の位置とすることが可能である。このとき、観測する位置は、皮膚や筋の影響が少ない部分であることが望ましい。よって、内側部や外側部とすることも可能であるが、筋肉の影響がでやすい内側部や外側部よりも、骨に近い位置で観測可能な脛骨部や膝蓋部の方がより好ましい。
【0040】
(H02)前記実施例において、例示した値は、例示した具体的な数値に限定されず、振動センサ等の測定機器の感度や、実験条件の違い(例えば、椅子からの立ち上がりでなく、階段昇降に変更した場合)等に応じて、実験等で観測された適切な数値に変更可能である。また、閾値として、例示した具体的な数値を使用するのではなく、関数や分布曲線のようなものを閾値として使用することも可能である。
【0041】
(H03)前記実施例において、健常者、膝OA、疑膝OAの3つの判定結果としたが、これに限定されず、膝OAをなくし、健常者と膝OAの2つの判定結果のみとしたり、他の判定結果(例えば、疑陽性、疑陰性)を追加することも可能である。
(H04)前記実施例において、膝の関節の疾患の判別に使用する場合を例示したが、これに限定されない。肱や肩、腰等、人体の他の関節部位にも適用可能である。
【符号の説明】
【0042】
1…音計測部材、
7…角度計測部材、
54…周波数解析手段、
55…自己相関係数導出手段、
56…情報エントロピー算出手段、
57…分類器、
57a…線形分類器、
57b…非線形分類器、
S…関節症診断システム。
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図7