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特許7644065耐水素脆性に優れた高強度部品の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-03
(45)【発行日】2025-03-11
(54)【発明の名称】耐水素脆性に優れた高強度部品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/00 20220101AFI20250304BHJP
   B22F 5/06 20060101ALI20250304BHJP
   B22F 5/10 20060101ALI20250304BHJP
   B22F 10/25 20210101ALI20250304BHJP
   B22F 10/28 20210101ALI20250304BHJP
   B22F 10/36 20210101ALI20250304BHJP
   B22F 10/38 20210101ALI20250304BHJP
   B22F 10/64 20210101ALI20250304BHJP
   B22F 10/66 20210101ALI20250304BHJP
   B33Y 10/00 20150101ALI20250304BHJP
   B33Y 40/20 20200101ALI20250304BHJP
   B33Y 70/00 20200101ALI20250304BHJP
   B33Y 80/00 20150101ALI20250304BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20250304BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20250304BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20250304BHJP
   C22C 33/02 20060101ALI20250304BHJP
【FI】
B22F1/00 T
B22F5/06
B22F5/10
B22F10/25
B22F10/28
B22F10/36
B22F10/38
B22F10/64
B22F10/66
B33Y10/00
B33Y40/20
B33Y70/00
B33Y80/00
C21D9/00 A
C21D9/00 B
C22C38/00 302Z
C22C38/00 304
C22C38/54
C22C33/02 C
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2022165794
(22)【出願日】2022-10-14
(65)【公開番号】P2024058438
(43)【公開日】2024-04-25
【審査請求日】2023-10-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000144016
【氏名又は名称】株式会社三ツ知
(74)【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】弁理士法人 快友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】四十物 剛介
(72)【発明者】
【氏名】中村 将士
(72)【発明者】
【氏名】小川 祐平
(72)【発明者】
【氏名】松永 久生
【審査官】坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-119913(JP,A)
【文献】特開2021-181591(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0015540(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00,5/06,5/10,10/25,10/28,
10/36,10/38,10/64,10/66
B33Y 10/00,40/20,70/00,80/00
C21D 9/00
C22C 38/00,38/54
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐水素脆性に優れた高強度部品の製造方法であって、
重量%で、
C:0.010%以上0.025%以下、
Si:0.15%以下、
Mn:0.15%以下、
P:0.01%以下、
S:0.01%以下、
Ni:24%以上27%以下、
Cr:13.5%以上16%以下、
Mo:1%以上1.5%以下、
V:0.10%以上0.50%以下、
Al:0.35%以下、
Ti:1.90%以上2.35%以下、
B:0.0006%以上0.0020%以下、
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する金属粉末を用いて、エネルギー密度が60J/mm以上であるレーザまたは電子ビームを用いた三次元積層造形法により、造形物の体積密度が99.9%以上である積層造形体を造形する工程と、
前記積層造形体を仕上げ加工することにより高強度部品を製造する工程と、を備える製造方法。
【請求項2】
前記積層造形体を、885~915℃または965~995℃で10分~2時間保持した後、室温まで急冷する固溶化熱処理工程と、
前記固溶化熱処理工程の後に、前記積層造形体を、680~700℃で16時間以上保持した後、室温まで空冷する時効処理工程と、をさらに備える、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記三次元積層造形法は、粉末床溶融結合方式、または、指向性エネルギー堆積方式のいずれかである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
前記時効処理工程を実行後の前記積層造形体は、引張強度が950MPa以上であり、降伏応力が700MPa以上であり、破断伸びが23%以上であり、絞りが50%以上である、請求項2に記載の製造方法。
【請求項5】
前記時効処理工程を実行後の前記積層造形体に対して100MPa水素雰囲気下、270℃で200時間保持する水素チャージを行った後の前記積層造形体は、前記水素チャージを行う前の前記積層造形体に対して、破断伸びが0.8倍以上であり、絞りが0.5倍以上である、請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記積層造形体は、前記積層造形体の軸に沿う方向である軸方向に貫通する貫通孔を有し、前記軸方向に沿って同心状の異なる径を有する複数の部分が連結された筒形状を有している、請求項1~5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
前記高強度部品は、2つの配管を接続する配管締結具であり、
前記仕上げ加工は、前記軸方向に離間する2つの前記部分にねじ部を形成する工程を含む、請求項6に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書に開示する技術は高強度部品の製造方法に関する。詳しくは、耐水素脆性に優れた高強度部品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
次世代のエネルギーインフラストラクチャとして、水素をエネルギー媒体とした燃料電池等を利用するシステムが開発されている。当該システムに使用される水素配管部品、特に配管継手は、高圧もしくは液化状態の水素に曝されるため、高強度な鋼材であることが求められ、かつ水素特有の現象である「金属の水素脆化」への耐性が要求される。
【0003】
非特許文献1には、オーステナイト組織が安定して存在する成分を含有する鋼材が好適であることが記載されており、その成分指標として、ニッケル当量が28.5以上であることが、材料選択や材料開発の指針となっている。この成分指標を満足する既存鋼材の内、ニッケル当量が高く、かつ強度の高い鋼材としては、JIS G4311に定められるSUH660があり、水素配管部品、特に高圧配管継手(コネクター)へのSUH660の利用が検討されている。
【0004】
しかしながら、このような部品を、例えば、溶製材を全切削して削り上げることにより製造する場合、ニッケル当量を高める成分(Ni,Cr等)の切削性の悪さにより、加工効率が著しく低下する上、切削形状や面粗さの品質低下をもたらす。また、切削代低減を目的として、鍛造によるネットシェイプブランクを製造する工法も考えられるが、上記成分は鍛造の際の加工硬化が著しいため、段差が大きい形状を有する部品の製造が難しい。さらに、削り代の大きい切削や加工変形の大きい鍛造の精度は、作業者の技術に大きく依存するため、生産効率や品質にばらつきが生じ易い。
【0005】
一方で、非特許文献2に開示されるように、最近では、様々な金属粉末を用いた様々な形状を有する造形体を、金属三次元積層造形法により造形する技術が開発されている。これにより、比較的複雑な形状を有する造形体の造形も可能となり、造形体を最終仕上げ形状に近い形状で設計し、切削加工代を小さくすることができ、設計自由度が高まる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】斎藤彰、手塚俊雄、相川芳明、川又和憲、「水素インフラの技術基準(鋼種拡大)に関する研究開発」、2019年
【文献】小泉雄一郎、千葉晶彦、野村直之、中野貴由、「金属系材料の3次元積層造形技術の基礎」、2017年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
最近では、水素配管部品等の高強度部品を、三次元積層造形法を利用して製造する技術の開発が進んでいる。しかしながら、金属粉末の成分によっては、造形時に内部残存する気孔や結晶粒界に生じる微小クラック(以下、マイクロクラックという。)が生じ易く、同じ成分を含有する従来の鋼材(例えば、溶製バー材)と比較して、強度や耐水素脆性の面で依然として要求されるレベルには達していない。すなわち、材料成分側の要因によって、レーザ等の照射条件をどのように変えても、十分に造形欠陥を低減できないという問題がある。特に、汎用されているSUH660は、溶製バー材においては、耐水素脆性かつ高強度な材料として高強度部品の製造に用いられているにも関わらず、三次元積層造形体では上述したマイクロクラックが顕著に生じる。本明細書では、このような成分組成を有する金属粉末を利用して、三次元積層造形法により、高い強度を有するとともに耐水素脆性に優れた高強度部品を製造する技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、三次元積層造形法により造形された積層造形体について鋭意検討した結果、溶融層が凝固するとき、および、溶融層の下側に積層された層が当該溶融層により再度加熱されるときに、結晶粒界に特定成分が偏析することに起因して、当該結晶粒界に沿った液化割れもしくは延性低下割れ、すなわちマイクロクラックが生じることがわかった。そして、試行錯誤の末、JIS G4311に規定される鋼材の規格の範囲内で、成分組成を特定の値に調整した金属粉末を利用することで、積層造形体に高い強度及び優れた耐水素脆性を付与することができるという知見を得た。
【0009】
本明細書が開示する耐水素脆性に優れた高強度部品の製造方法は、重量%で、C:0.010%以上0.025%以下、Si:0.15%以下、Mn:0.15%以下、P:0.01%以下、S:0.01%以下、Ni:24%以上27%以下、Cr:13.5%以上16%以下、Mo:1%以上1.5%以下、V:0.1%以上0.5%以下、Al:0.35%以下、Ti:1.90%以上2.35%以下、B:0.0006%以上0.0020%以下、を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する金属粉末を用いて、エネルギー密度が60J/mm以上であるレーザまたは電子ビームを用いた三次元積層造形法により、造形物の体積密度が99.9%以上である積層造形体を造形する工程と、前記積層造形体を仕上げ加工することにより高強度部品を製造する工程と、を備える。
【0010】
上記の製造方法では、上記した成分組成を有する金属粉末を用いて、三次元積層造形法により積層造形体を造形する。この製造方法では、エネルギー密度が60J/mm以上であるレーザまたは電子ビームにより、当該金属粉末が完全に溶融されながら積層されることで、造形体の体積密度を99.9%以上とすることができる。この積層造形体は、造形時に内部残存する気孔や結晶粒界に生じるマイクロクラックが極めて少ないレベルに低減されているため、当該積層造形体を仕上げ加工することにより、高い強度を有するとともに耐水素脆性に優れた高強度部品を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】積層造形体10の側面図。
図2】積層造形体10の上面図。
図3】積層造形体10の断面図。
図4】配管締結具30の側面図。
図5】配管締結具30の上面図。
図6】配管締結具30の断面図。
図7】造形プレート50上に造形された複数の積層造形体10を示す図。
図8】試験片の形状を示す側面図。
図9】水素チャージ前の各試験片の応力-ひずみ曲線を示すグラフ。
図10】水素チャージ前の各試験片の破断面を示す走査電子顕微鏡写真。
図11】水素チャージ後の各試験片の応力-ひずみ曲線を示すグラフ。
図12】水素チャージ後の各試験片の破断面を示す走査電子顕微鏡写真。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に説明する実施形態の主要な特徴を列記しておく。なお、以下に記載する技術要素は、それぞれ独立した技術要素であって、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。
【0013】
本技術の一実施形態では、前記積層造形体を、885~915℃または965~995℃で10分~2時間保持した後、室温まで急冷する固溶化熱処理工程と、前記固溶化熱処理工程の後に、前記積層造形体を、680~700℃で16時間以上保持した後、室温まで空冷する時効処理工程と、をさらに備えてもよい。なお、固溶化熱処理工程は、造形した積層造形体に対して実施してもよいし、仕上げ加工した積層造形体に対して実施してもよい。また、時効処理工程は、固溶化熱処理工程の後であれば、どのタイミングで実施してもよい。すなわち、時効処理工程は、造形した積層造形体に対して固溶化熱処理工程を実施し、仕上げ加工を経た後に実施してもよい。
【0014】
このような構成では、上記した固溶化熱処理及び時効処理によって、積層造形体のビッカース硬さを300HV以上とすることができる。これにより、製造される高強度部品の強度を確保することができる。その結果、製造される高強度部品(例えば、高圧水素配管部品等)と接触もしくは締結される対象構造物との間の接触面圧を高めることが可能となり、高圧水素または液化水素が密封され、これらが漏洩することを抑制することができる。
【0015】
本技術の一実施形態では、前記三次元積層造形法は、粉末床溶融結合方式、または、指向性エネルギー堆積方式のいずれかであってもよい。
【0016】
このような構成では、造形品の形状寸法精度を重視する場合は粉末床溶融結合方式を、造形品の大型化や生産速度を重視する場合は指向性エネルギー堆積方式を適宜選択することができる。
【0017】
本技術の一実施形態では、前記時効処理工程を実行後の前記積層造形体は、引張強度950MPa以上であり、降伏応力が700MPa以上であり、破断伸びが23%以上であり、絞りが50%以上であってもよい。
【0018】
このような構成では、積層造形体を仕上げ加工することにより、従来の鋼材(例えば、溶製バー材)と同等の強度及び耐水素脆性を有する高強度部品を得ることができる。
【0019】
本技術の一実施形態では、前記時効処理工程を実行後の前記積層造形体に対して100MPa水素雰囲気下、270℃で200時間保持する水素チャージを行った後の前記積層造形体は、前記水素チャージを行う前の前記積層造形体に対して、破断伸びが0.8倍以上であり、絞りが0.5倍以上であってもよい。
【0020】
このような構成では、高強度部品を水素侵入環境下で使用した場合であっても、水素脆性破壊または遅れ破壊が生じ難い。
【0021】
本技術の一実施形態では、前記積層造形体は、その軸方向に貫通する貫通孔を有し、前記軸方向に沿って同心状の異なる径を有する複数の部分が連結された筒形状を有してもよい。
【0022】
本技術の一実施形態では、前記高強度部品は、2つの配管を接続する配管締結具であってもよく、前記仕上げ加工は、前記軸方向に離間する2つの前記部分にねじ部を形成する工程を含んでもよい。
【0023】
以下、図面を参照して、本明細書が開示する高強度水素配管部品の製造方法(以下、本製造方法という。)について説明する。本製造方法は、積層造形体造形工程と、固溶化熱処理工程と、時効処理工程と、高強度水素配管部品製造工程を有している。なお、以下の説明において製造される高強度水素配管部品は一例であり、本製造方法では、他の形状を有する部品や他の用途に用いられる部品を適宜製造することができる。
【0024】
まず、本製造方法によって造形される積層造形体10、及び、製造される高強度部品30について説明する。本製造方法では、高強度部品30として、図3に示す配管締結具30が製造される。配管締結具30は、水や油を流通させる配管同士を締結する際に利用される。
【0025】
本製造方法によって造形される積層造形体10は、図1に示すように、第1部分12、第2部分14、第3部分16、第4部分18、及び第5部分20を有する。各部分12~20は、同心状に連結されている。積層造形体10の軸Aに沿う方向(以下、軸方向)における積層造形体10の長さLs(全長)は、49.9mmである。なお、以下では、説明の便宜上、図面左側を「上」、図面右側を「下」として説明を続ける。
【0026】
第1部分12は、直径Dsが12.6mmの円柱形状を有している。軸方向における第1部分12の長さLsは、10.35mmである。
【0027】
第2部分14は、第1部分12の下端に連結されている。第2部分14は、傾斜部14aと胴部14bを有している。傾斜部14aは、下方に向かって拡径する円錐形状を有しており、第1部分12の下端に連結されている。傾斜部14aは、軸Aに対して45度傾斜している。軸方向における傾斜部14aの長さLs21は、4.45mmである。傾斜部14aの上端の直径は、第1部分12の直径と略等しい。胴部14bは、正六角柱形状を有しており、傾斜部14aの下端に連結されている。軸方向における胴部14bの長さLs22は、8.5mmである。また、図2に示すように、積層造形体10を上面視したときに、胴部14bを構成する六角形の対向する2つの辺の間の長さd1は19mmであり、軸心を挟んで対向する2つの頂点の間の長さd2は21.5mmである。
【0028】
第3部分16は、第2部分14の下端に連結されている。第3部分16は、胴部16aと傾斜部16bを有している。胴部16aは、円柱形状を有しており、第2部分14(胴部14b)の下端に連結されている。胴部16aの直径Dsは、13.45mmである。傾斜部16bは、下方に向かって縮径する円錐形状を有しており、胴部16aの下端に連結されている。傾斜部16bは、軸Aに対して60度傾斜している。軸方向における第3部分16全体の長さLsは、12.6mmである。
【0029】
第4部分18は、第3部分16の下端に連結されている。第4部分18は、胴部18aと傾斜部18bを有している。胴部18aは、円柱形状を有しており、第3部分16(傾斜部16b)の下端に連結されている。胴部18aの直径Dsは、9.357mmである。胴部18aの直径は、第3部分16の傾斜部16bの下端の直径と略等しい。軸方向における胴部18aの長さLs41は、6.208mmである。傾斜部18bは、下方に向かって縮径する円錐形状を有しており、胴部18aの下端に連結されている。傾斜部18bの上端の直径は、胴部18aの直径よりもわずかに小さい。傾斜部18bは、軸Aに対して19度傾斜している。軸方向における傾斜部18bの長さLs42は、2.092mmである。
【0030】
第5部分20は、第4部分18の下端に連結されている。第5部分20は、直径Dsが6.985mmの円柱形状を有している。第5部分20の直径は、第4部分18の傾斜部18bの下端の直径と略等しい。軸方向における第5部分20の長さLsは、5.65mmである。上述の説明から明らかなように、第1部分12、第3部分16、第4部分18、第5部分の20のそれぞれの直径Ds、Ds,Ds,Dsはそれぞれ相違し、また、第1部分12、第2部分14、第3部分16、第4部分18、第5部分20のそれぞれの軸方向の長さLs、Ls(=Ls21+Ls22)、Ls、Ls(=Ls41+Ls42)、Lsもそれぞれ相違している。
【0031】
図3に示すように、各部分12~20には、各部分12~20を軸方向に貫通する貫通孔22が形成されている。貫通孔22は、上面視(軸に直交する断面)において円形状を有している。貫通孔22は、第5部分20の下端から上方に向かって一様な直径Dsin(2.65mm)で伸びており、第1部分12の途中から徐々に拡径している。貫通孔22の拡径している部分は、軸Aに対して30度傾斜している。第1部分12の上端における貫通孔22の直径は、7.28mmである。
【0032】
積層造形体10は、その体積密度が99.9%以上である。当該体積密度は、例えば、99.92%以上であり、また例えば99.93%以上であり、また例えば99.94%以上であり、また例えば99.95%以上であり、また例えば99.96%以上であり、また例えば99.97%以上であり、また例えば99.98%以上であり、また例えば99.99%以上である。
【0033】
次に、本製造方法によって製造される高強度部品(すなわち、配管締結具30)について説明する。図4に示すように、配管締結具30は、第1部分32と、第2部分34と、第3部分36と、第4部分38と、第5部分40を有する。各部分32~40は、同心状に連結されている。軸方向における配管締結具30の長さLf(全長)は、48.1mmである。
【0034】
第1部分32は、円柱形状を有している。第1部分32は、ねじ部32aと、ねじ部32aの下端に連結された括れ部32bを有している。ねじ部32aの周囲には、雄ねじが形成されている。ねじ部32aの有効深さは、12mmである。ねじ部32aの上端には、面取り部32cが形成されている。括れ部32bは、ねじ部32aよりも小さい径を有している。軸方向における第1部分32の長さLf(Ls+Ls21に対応)は、14.3mmである。
【0035】
第2部分34は、第1部分32の下端に連結されている。第2部分34は、正六角円柱形状を有している。軸方向における第2部分34の長さLf(Ls22に対応)は、7.7mmである。図5に示すように、配管締結具30を上面視したときに、第2部分34を構成する六角形の対向する2つの辺の間の長さd3は19mmであり、軸心を挟んで対向する2つの頂点の間の長さd4は21.5mmである。
【0036】
第3部分36は、第2部分34の下端に連結されている。第3部分36は、基部36aと、ねじ部36bと、基部36a及びねじ部36bを連結する括れ部36cを有している。基部36aは、第2部分34の下端に連結されている。軸方向における基部36aの長さは、2.1mmである。ねじ部36bは、括れ部36cを介して基部36aの下端に連結されている。ねじ部36bの周囲には、雄ねじが形成されている。ねじ部36bの有効深さは、7mmである。基部36a、ねじ部36b及び括れ部36cは、ともに円柱形状を有しており、括れ部36cの径は、基部36a及びねじ部36bの径よりも小さい。軸方向における第3部分36全体の長さLf(Lsに対応)は、12.1mmである。
【0037】
第4部分38は、第3部分36の下端に連結されている。第4部分38は、胴部38aと傾斜部38bを有している。胴部38aは、円柱形状を有しており、第3部分36(ねじ部36b)の下端に連結されている。胴部38aの直径Df(Dsに対応)は、8.79mmである。軸方向における胴部38aの長さLf41(Ls41に対応)は、6.4mmである。傾斜部38bは、下方に向かって縮径する円錐形状を有しており、胴部38aの下端に連結されている。傾斜部38bの上端の直径は、胴部38aの直径よりもわずかに小さい。傾斜部38bは、軸Aに対して19度傾斜している。軸方向における傾斜部38bの長さLf42(Ls42に対応)は、1.95mmである。
【0038】
第5部分40は、第4部分38の下端に連結されている。第5部分40は、直径Df(Dsに対応)が6.4mmの円柱形状を有している。第5部分40の直径は、第4部分38の傾斜部38bの下端の直径と略等しい。軸方向における第5部分40の長さLf(Lsに対応)は、5.65mmである。上記のことから明らかなように、積層造形体10の寸法(Ls,Ds,d1,d2)は、配管締結具30の寸法(Lf,Df,d3,d4)よりわずかに大きく設定されている。ただし、積層造形体10の第2部分14の胴部14bの寸法(d1、d2)は、寸法精度が要求されないため、配管締結具30の第2部分34の寸法(d3、d4)と同一としている。すなわち、積層造形体10を成形する段階で最終形状を形成している。
【0039】
図6に示すように、各部分32~40には、各部分32~40を軸方向に貫通する貫通孔42が形成されている。貫通孔42は、上面視において円形状を有している。貫通孔42は、第5部分40の下端から上方に向かって一様な直径Dfin1(3.2mm)(>Dsin=2.65mm)で伸びており、第1部分32の途中から徐々に拡径している。貫通孔42の拡径している部分は、軸Aに対して30度傾斜している。第1部分32の上端から0.9mm下方(すなわち、ねじ部32aの雄ねじの上端)における貫通孔42の直径Dfin2は、6.5mmである。
【0040】
本製造方法では、図1に示す積層造形体10を造形した後、積層造形体10に対して固溶化熱処理、及び時効処理を行い、その後、積層造形体10を仕上げ加工することにより、図4に示す配管締結具30を製造する。以下、具体的に、本製造方法について説明する。
【0041】
(積層造形体造形工程)
まず、金属3Dプリンタによる三次元積層造形法を利用して、金属粉末から積層造形体10を造形する。造形に用いられる金属粉末は、重量%で、C:0.010%以上0.025%以下、Si:0.15%以下、Mn:0.15%以下、P:0.01%以下、S:0.01%以下、Ni:24%以上27%以下、Cr:13.5%以上16%以下、Mo:1%以上1.5%以下、V:0.1%以上0.5%以下、Al:0.35%以下、Ti:1.90%以上2.35%以下、B:0.0006%以上0.0020%以下、を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有している。
【0042】
C:0.010%以上0.025%以下
Cは、0.025%を超えると、三次元積層造形においては、溶融層が凝固するとき、および、溶融層の下側に積層された層が当該溶融層により再度加熱されるときに、積層造形体の結晶粒界に偏析して、積層造形体の延性や靭性が低下したり、結晶粒界に沿ったマイクロクラックが生じ易くなる。一方、Cがゼロまで低減すると、固溶化熱処理や時効処理における結晶粒粗大化につながり、破断伸び、絞りの低下をもたらす。これらの理由および精錬コストを含む一般工業的に低減可能な値も鑑みて、下限値は0.010%とした。なお、Cは、上記範囲の含有量である場合、溶融層の凝固時に高温側でTiCとして優先析出し、結晶粒成長のピン止めとしても機能する。
【0043】
Si:0.15%以下
Siは、脱酸剤として用いられるとともに、固溶強化によって積層造形体の強度を向上させる元素である。一方、Siは、三次元積層造形においては、溶融層が凝固するとき、および、溶融層の下側に積層された層が当該溶融層により再度加熱されるときに、Fe、Ni、Ti、Moと化合して低融点の共晶化合物(ラーベス相)を結晶粒界に析出させ、粒界に沿った液化割れもしくは延性低下割れ、すなわちマイクロクラックを生じるため、精錬コストを含む一般工業的に低減可能な範囲でSiの含有量は低減し、上限値0.15%とした。
【0044】
Mn:0.15%以下
Mnは、脱酸剤として用いられるとともに、オーステナイトに固溶し、安定化させ、機械強度や靭性の確保のために用いられる元素である。一方、Mnが0.15%を超えると三次元積層造形において結晶粒界のマイクロクラックを助長する傾向が有るため、精錬コストを含む一般工業的に可能な範囲で低減し、上限値0.15%とした。
【0045】
P:0.01%以下
Pは、低融点介在物であり、極わずかの含有量でも三次元積層造形において結晶粒界のマイクロクラックを助長するため、極力低減することが望ましい。一方で、過度の精錬はコストの増大につながるため、一般工業的に可能な範囲で低減し、Pの含有量は0.01%以下としている。
【0046】
S:0.01%以下
Sは、低融点介在物であり、極わずかの含有量でも三次元積層造形において結晶粒界のマイクロクラックを助長するため、極力低減することが望ましい。一方で、過度の精錬はコストの増大につながるため、一般工業的に可能な範囲で低減し、Sの含有量は0.01%以下としている。
【0047】
Ni:24%以上27%以下
Niは、オーステナイトを安定化し、優れた耐水素脆性を付与するための主要元素であり、オーステナイト安定化指標であるニッケル当量(平山式)28.5以上を確保するために必要十分量を添加する必要が有る。一方で、過剰な含有量はコスト増大、リサイクル性低下にもつながる。これらを鑑みて、Niの含有量は、24%以上27%以下としている。
【0048】
Cr:13.5%以上16%以下
Crは、耐食性を向上させ、優れた耐水素脆性を付与するための主要元素である。一方で、過剰に含有させるとコストの増大につながるため、Crの含有量は13.5%以上16%以下としている。
【0049】
Mo:1%以上1.5%以下
Moは、オーステナイトへの固溶強化と優れた耐水素脆性を付与するための元素である。一方で、過剰に含有させるとコストの増大につながるため、Moの含有量は、1%以上1.5%以下としている。
【0050】
V:0.10%以上0.50%以下
Vは、凝固時の高温段階で炭化物として優先析出し、結晶粒粗大化防止に寄与する元素である。一方で、過剰に含有させるとコストの増大につながるため、Vの含有量は、0.10%以上0.50%以下としている。
【0051】
Al:0.35%以下
Alは、脱酸材として用いられるとともに、時効処理時にγ’相(ガンマプライム相,Ni(Al,Ti))を析出させて時効硬化、強度上昇をもたらす元素である。Ti/Al比率の低い方が、すなわちAl含有量の高い方がγ’相は安定化するが、同時に時効硬化に要する熱処理時間が長くなるため、工業的に3-20時間でピーク硬さが出るように、Alの含有量は0.35%以下としている。
【0052】
Ti:1.90%以上2.35%以下
Tiは、時効処理時にγ’相(ガンマプライム相,Ni(Al,Ti))を析出させて時効硬化、強度上昇をもたらす元素である。その他、凝固時の高温段階で炭化物として優先析出し、結晶粒粗大化防止に寄与する元素である。一方で、過剰に含有させるとコストの増大につながるため、Tiの含有量は、1.90%以上2.35%以下としている。
【0053】
B:0.0006%以上0.0020%以下
Bは、従来の溶製材、すなわち鋳造と熱間圧延を経た素材では、結晶粒界の強度を高め、室温での破断伸び、絞り値や、高温域での耐クリープ強度を向上する元素である。一方で、三次元積層造形においては、溶融層が凝固するとき、および、溶融層の下側に積層された層が当該溶融層により再度加熱されるときに、他の合金元素と化合して、低融点の共晶化合物を結晶粒界に析出させるため、粒界に沿った液化割れ、すなわちマイクロクラックを生じる。よって室温での破断伸び、絞り値を犠牲にしない範囲で極力低減することが望ましく、Bの含有量は、0.0006%以上0.0020%以下としている。
【0054】
なお、上記した金属粉末は、下式により定義されるニッケル当量Nieq(平山式)が、28.5以上となる組成を有する。
Nieq=12.6×[C%]+0.35×[Si%]+1.05[Mn%]+[Ni%]+0.65[Cr%]+0.98[Mo%]
上記したニッケル当量を有する金属粉末を用いることにより、製造される高強度水素配管部品30に対して高い強度とともに優れた耐水素脆性を付与することができる。また、金属粉末の粒径については、特に限定されないが、例えば、当該粒径は、10μm~100μmである。このような粒径を有する金属粉末を用いることにより、三次元積層造形される高強度水素配管部品の体積密度向上に寄与することができる。
【0055】
本製造方法では、三次元積層造形法が、粉末床溶融結合方式(Powder Bed Fusion、PBF)、及び、指向性エネルギー堆積方式(Directed Energy Deposition、DED)のいずれかから選択される。PBFでは、造形プレート上に敷き詰められた金属粉末に対してレーザ又は電子ビームを照射する。これにより金属粉末が溶融し、溶融した金属粉末同士が凝固、結合した範囲が造形体となる。一層分の造形が完了すると、造形プレート上に次の層を造形するための金属粉末が再度敷き詰められる。この工程を積層方向に繰り返し行うことにより、図1に示す積層造形体10が造形される。
【0056】
DEDでは、造形プレート上にレーザを照射するとともに、レーザの照射箇所に対して金属粉末を噴射する。これにより、当該照射箇所において金属粉末が溶融する。DEDでは、レーザの照射箇所を造形プレート上で移動させながら金属粉末を噴射することによって、金属粉末の溶融と凝固が繰り返し進行する。この工程を積層方向に繰り返し行うことにより、図1に示す積層造形体10が造形される。
【0057】
なお、上記したいずれの方式においても、積層ピッチ(一層の厚み)を、例えば10~100μmとすることができる。ただし、積層ピッチはこれに限定されず、用いる金属粉末の粒径に応じて適宜調整してよい。また、本製造方法では、図7に示すように、造形プレート50上に複数の積層造形体10を造形する。これにより、造形コストを低減することができる。なお、図7から明らかなように、積層造形体10は、第1部分12側から第5部分20側に向かって順に造形される。
【0058】
(固溶化熱処理工程)
次に、積層造形体10に対して、固溶化熱処理工程を実施する。固溶化熱処理工程は、主に、造形によって生じた積層造形体10の残留応力の除去や、造形時に析出した化合物を固溶させるために実施される。固溶化熱処理工程では、積層造形体10を、885~915℃または965~995℃で10分~2時間保持した後、室温まで急冷する。なお、上記温度範囲での保持時間は、結晶粒を微細化させたい場合や造形体を完全に固溶化させたい場合等、要求される目的に応じて適宜調整することができる。
【0059】
(時効処理工程)
次に、積層造形体10に対して、時効処理工程を実施する。時効処理工程は、主にγ’相(ガンマプライム相,Ni(Al,Ti))と呼ばれる金属間化合物を析出させて積層造形体10の硬度を向上させるために実施される。時効処理工程では、積層造形体10を680~700℃で16時間以上保持した後、室温まで空冷する。
【0060】
(仕上げ加工工程)
次いで、積層造形体10に対して仕上げ加工を行う。仕上げ加工としては、例えば、切削や研削等の除去加工や、部品表面の改質のための表面処理等が挙げられる。本製造方法では、積層造形体10の軸方向において、胴部14bの六角柱側面を除く範囲に対して当該仕上げ加工を行うことにより、積層造形体10から図4に示す配管締結具30を製造する。
【0061】
上述したように、本製造方法では、三次元積層造形法によって造形した積層造形体10を仕上げ加工することによって配管締結具30を製造する。このため、製造対象である配管締結具30の形状に近似する積層造形体10を三次元積層造形法により造形しておくことで、仕上げの加工代を小さくすることができる。具体的には、本製造方法では、仕上げ加工の切削代を約1mm程度とすることができる。したがって、従来のように鋼材(例えば、溶製バー材)から対象部品を製造する場合と比較して、切削等の仕上げ加工の工程を格段に低減することができる。
【0062】
また、本製造方法では、加工が難しい高ニッケル当量の材料を用いた場合であっても、当該材料の加工性への影響が低減される。このため、切削等の作業者の技術に大きく依存する切削等の工程への影響を小さくすることができ、製造される配管締結具30の精度を向上させることができる。
【0063】
なお、上記の製造方法では、配管締結具30を製造する方法について説明した。しかしながら、本明細書に開示の技術は、他の部品を製造する際に適用してもよい。具体的には、例えば、水素侵入環境下で使用される金属部品(ボルトやナット等)を製造する際に用いてもよい。
【0064】
また、上記の製造方法では、造形した積層造形体10に対して、固溶化熱処理及び時効処理を順に行った後、仕上げ加工を行った。このように、最終工程において仕上げ加工を行うため、製造される配管締結具30の形状や面粗度品質を制御し易い。しかしながら、本製造方法では、例えば、造形した積層造形体10に対して仕上げ加工を行った後、固溶化熱処理及び時効処理を順に行ってもよい。この場合、積層造形体10に対してまず仕上げ加工を行うため、仕上げ加工の基準表面の品質を積層造形の条件により制御することができる。また例えば、造形した積層造形体10に対して固溶化熱処理を行った後、仕上げ加工及び時効処理を順に行ってもよい。この場合、固溶化熱処理後の比較的軟らかい積層造形体10に対して仕上げ加工(切削、表面処理等)を行うため、仕上げ加工の作業性を向上させることができる。このように、本製造方法では、製造される部品の形状や要求される品質等に応じて、適宜各工程の順序を入れ替えてもよい。
【0065】
以下、本明細書に開示の技術を具現化した具体例を示す。ただし、本明細書の開示は、以下の具体例に限定されるものではない。
【0066】
<体積密度評価用造形体の作製>
まず、表1に示す組成Aを有する金属粉末を準備した。金属粉末の粒径は15~53μmであった。そして、当該粉末を用いた粉末床溶融結合方式(PBF)の三次元積層造形体の体積密度について検討するために、複数のレーザ照射条件にて事前評価用10mm角立方体を造形した。その結果、レーザ照射によるエネルギー密度が60J/mm以上のとき、体積密度が99.9%以上に達することがわかった。なお、体積密度は、造形体の造形Z軸方向断面を3分間鏡面研磨し、画像解析により測定した。
【0067】
【表1】
【0068】
<実施例1~3の試験片の作製>
(積層造形体の造形およびSSRT試験片への加工)
上記の評価用造形体に用いた金属粉末と同様の金属粉末(組成A、粒径15~53μm)を用いて、上記レーザ照射条件にて、粉末床溶融結合方式(PBF)の三次元積層造形法により、SSRT試験片の素形材となるΦ18L80の丸棒を積層造形した。この素形材Φ18L80丸棒の体積密度は、99.9%以上であった。次いで、この造形体に以下に詳述する固溶化熱処理および時効処理を施した後、切削仕上げし、図8に示すSSRT試験片100を完成させた。
【0069】
(固溶化熱処理)
素形材Φ18L80丸棒の積層造形体に対して、JIS G4311に規定される固溶化熱処理を行った。具体的には、素形材Φ18L80丸棒の積層造形体を980℃で1時間保持した後、室温まで急冷することで、固溶化熱処理を行った。
【0070】
(時効処理)
固溶化熱処理の後、素形材Φ18L80丸棒の積層造形体に対して、690℃で20時間保持した後、室温まで空冷する時効処理を行った。なお、処理温度条件の設定に先立って、Φ18L80丸棒と同条件で三次元積層造形および固溶化熱処理を行った複数の10mm角立方体の試料1~4に対して、それぞれ680~740℃の間で時効処理を行った場合について比較評価した。時効処理における均熱時間は、最大硬さが得られるように、20時間で統一した。評価は、当該立方体の造形Z軸方向断面内の5か所における、ビッカース硬さHV10kg、および、当該ビッカース硬さ試験において被検面に付加する正方形圧痕の角部から発生するマイクロクラック(以下、圧痕クラックという。)の有無により行った。結果を表2に示す。表2中のビッカース硬さについて、Aは造形Z軸方向断面の中央部の値を示しており、B~Eは造形Z軸方向断面の4つの角部近傍の値を示している。また、圧痕クラックが生じた箇所には、当該値に下線を付している。圧痕クラック頻度は、上記A~Eの5か所において圧痕クラックが生じた数を示している。
【0071】
【表2】
【0072】
表2に示すように、720℃及び740℃で時効処理した試料3及び4では、343~363HVのビッカース硬さが得られたものの、圧痕クラックが認められた。一方、680℃及び700℃で処理した試料1及び2は、高いビッカース硬さ(342~360HV)が得られるとともに、圧痕クラックが生じなかった。すなわち、700℃以下の時効処理では脆化が抑制され、高い強度を付与することができることが分かった。
【0073】
(切削仕上げ)
時効処理の後、切削仕上げにより、図8に示すSSRT試験片100を作製した。図8に示すように、SSRT試験片100は、軸部110と、軸部110の両端に設けられた固定部120を有している。各固定部120は、移行部130を介して軸部110の各端部に設けられている。軸部110は、直径Dt1が約6mmの円柱形状を有しており、軸方向の長さLt1が約30mmである。各移行部130は、テーパ形状を有しており、軸部110と各固定部120を接続している。各固定部120は、直径Dt2が約18mmの円柱形状を有しており、軸方向の長さLt2が約18mmである。なお、軸部110、固定部120、及び移行部130は、鏡面研磨仕上げとした。また、軸部110は、以下の手順により切削仕上げを行った。まず、直径7.0mmから直径6.2mmとなるまで、切込み量0.1mmで切削した。次いで、直径6.2mmから6.1mmとなるまで、切込み量0.05mmで切削した。次いで、直径が6.07mmになるように切削した。残りの70μmは、エメリー紙とバフ研磨により磨き取った。なお、鏡面仕上げ部分は、40倍の拡大鏡にて全周を観察し、円周方向の傷がないことを確認した。また、軸部110及び両固定部120における軸の振れが、0.05mm以下であることを確認した。
【0074】
実施例2及び3の試験片についても、実施例1と同様の金属粉末を用いて、実施例1の試験片と同様の手順により作製した。
【0075】
<実施例4~6の試験片の作製>
実施例4~6については、実施例1と同様の手順により作製した積層造形体を素材とするSSRT試験片100に対して、以下の強制水素チャージを行ったものを試験片とした。まず、SSRT試験片100に対して、製造工程において付着及び残存し得る油分を除去するため、水素チャージ前にアセトン脱脂を行った。その後、SSRT試験片100を、100MPa(1000気圧)水素雰囲気下で、270℃で200時間保持することにより、SSRT試験片100に対して水素チャージを行った。水素チャージを行った後は、SSRT試験片100を液体窒素中に保管し、水素放出を防止した。水素チャージ後の試験片の水素濃度は77ppmであった。
【0076】
<比較例1~3の試験片の作製>
比較例1~3の試験片は、表1の組成Bを有する金属粉末を用いた点以外は、実施例1の試験片と同様の手順により作製した。
【0077】
<比較例4~6の試験片の作製>
比較例4~6については、比較例1と同様の手順により作製した積層造形体を素材とするSSRT試験片100に対して、実施例4等と同条件で水素チャージを行ったものを試験片とした。
【0078】
<コントロール1~3の試験片の作製>
コントロール1については、まず、市販の溶製バー材(SUH660)を図8に示す積層造形体を素材とするSSRT試験片100と同様の形状に加工した。次いで、加工後の溶製バー材に対して、固溶化熱処理及び時効処理を行った。固溶化熱処理温度は980~990℃であり、時効処理では720℃で16時間保持した後に室温まで空冷した。時効処理を行った溶製バー材をコントロール1の試験片とした。コントロール2及び3の試験片についても、同様の溶製バー材を用いて、コントロール1の試験片と同様の手順により作製した。
【0079】
<コントロール4~6の試験片の作製>
コントロール4~6については、コントロール1と同様の手順により加工処理した溶製バー材に対して、実施例4等と同条件で水素チャージを行ったものを試験片とした。
【0080】
(SSRT試験)
各試験片に対して、室温、大気環境下、クロスヘッド速度1.5μm/sec(歪み速度5×10-5/sec)で低歪速度引張試験(Slow Strain Rate Technique、SSRT)を行い、引張強度、降伏応力、破断伸び、及び絞りを測定した。測定結果を表3に示す。
【0081】
【表3】
【0082】
図9は、実施例1、比較例1、及びコントロール1の各試験片に対して行ったSSRT試験の結果を示す応力-ひずみ曲線である。すなわち、図9は、水素チャージ前の各試験片の試験結果を示す。表3及び図9に示すように、引張強度及び降伏応力は、いずれの試験片も同等の値を示す結果となった。一方、破断伸びについては、比較例の試験片が15~19%であったのに対し、実施例の試験片では25~26%と顕著に高い値を示す結果となった。これは、従来の溶製バー材を加工した試験片(コントロール)の値(26~27%)と同等の値であり、実施例1~3の試験片は、高強度であるにも関わらず高い延性を有していることがわかる。また、絞りについても、比較例の試験片が20~24%であったのに対し、実施例の試験片では52~57%と顕著に高い値を示す結果となった。これは、従来の溶製バー材を加工した試験片(コントロール)の値(52~53%)と同等の値であり、実施例1~3の試験片は、高い延性を有していることがわかる。これは、実施例の試験片では、金属粉末の成分組成や造形後の各種処理条件の調整により、試験片のマイクロクラックが極めて少ないレベルに低減されているためであると考えられる。マイクロクラックは、SSRT試験における応力による亀裂発生やその伝播を助長する。すなわち、マイクロクラックがほとんどない実施例の試験片では、亀裂が発生し難く、また亀裂が伝播し難いため、高い破断伸び及び絞りを示したものと考えられる。さらに、実施例の試験片では、金属粉末の成分組成を調整することにより、結晶粒界に低融点の共晶化合物が析出し難い。当該共晶化合物は、非常に硬く脆いため、SSRT試験時の応力により、亀裂発生やその伝播に寄与し得る。したがって、このような共晶化合物が析出し難い成分組成を有する金属粉末を用いた実施例では、強度及び延性が向上しているものと考えられる。
【0083】
図10は、実施例1、比較例1、及びコントロール1の各試験片のSSRT試験後の破断面の走査電子顕微鏡写真である。図10(a)が実施例1の試験片の破断面であり、図10(b)が比較例1の試験片の破断面であり、図10(c)がコントロール1の試験片の破断面である。実施例1及びコントロール1の試験片の破断面は、いわゆるカップアンドコーン型であり、比較例1の試験片の破断面は、応力作用方向に垂直(いわゆる垂直破壊)であった。
【0084】
図11は、実施例4、比較例4、及びコントロール4の各試験片に対して行ったSSRT試験の結果を示す応力-ひずみ曲線である。すなわち、図11は、水素チャージ後の各試験片の試験結果を示す。表3及び図11に示すように、引張強度及び降伏応力は、いずれの試験片も同等の値を示す結果となった。一方、破断伸びについては、比較例の試験片が10~12%であったのに対し、実施例の試験片では22~23%と顕著に高い値を示す結果となった。これは、従来の溶製バー材を加工した試験片(コントロール)の値(22%)と同等の値であり、実施例の試験片は、水素チャージ後も高い延性を有していることがわかる。また、絞りについても、比較例の試験片が14~16%であったのに対し、実施例の試験片では29~33%と顕著に高い値を示す結果となった。これは、従来の溶製バー材を加工した試験片(コントロール)の値(32%)と同等の値であり、実施例の試験片は、水素チャージ後も高い延性を有していることがわかる。
【0085】
図12は、実施例4、比較例4、及びコントロール4の各試験片のSSRT試験後の破断面の走査電子顕微鏡写真である。図12(a)が実施例4の試験片の破断面であり、図12(b)が比較例4の試験片の破断面であり、図12(c)がコントロール4の試験片の破断面である。水素チャージ前の破断面(図10)と同様に、実施例4及びコントロール4の試験片の破断面は、カップアンドコーン型であり、比較例4の試験片の破断面は、応力作用方向に垂直であった。
【0086】
また、図9図11とを対比して、水素チャージ前後の各試験片の破断伸びの比(相対破断伸び)及び絞りの比(相対絞り)について比較した。相対破断伸びについて、比較例では0.53であったのに対して、実施例では0.92と顕著に高くなる結果となった。また、相対絞りについても、比較例では0.58であったのに対して、実施例では0.63と高くなる結果となった。すなわち、実施例では、比較例と比較して優れた耐水素脆性を有していることがわかった。これは、コントロールの試験片の相対破断伸び(0.85)及び相対絞り(0.62)と比較しても遜色ない結果である。このような結果が得られたのは、水素チャージされた試験片では、マイクロクラックによる亀裂の伝播がより鋭敏に生じるためであると考えられる。上述したように、実施例の試験片は、マイクロクラックが極めて少ない。このため、実施例では、水素チャージ後においても、水素脆化の度合いが小さく、高い相対破断伸び及び相対絞りを示したものと考えられる。このように、金属粉末の成分組成や、時効処理条件等を調整することにより、三次元積層造形法を利用しても、高い強度を有するとともに、耐水素脆性に優れた高強度部品を製造することができることが確認された。
【0087】
なお、表1に示す組成A及び組成Bは、いずれもJIS G4311に定められるSUH660の成分組成の範囲内の組成を有している。しかしながら、上述した説明から明らかなように、当該範囲内において、成分組成を特定の値に調整することにより、積層造形体に高い強度及び優れた耐水素脆性を付与することができることが確認された。
【0088】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組み合わせによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組み合わせに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成するものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【符号の説明】
【0089】
10:積層造形体、12:第1部分、14:第2部分、14a:傾斜部、14b:胴部、16:第3部分、16a:胴部、16b:傾斜部、18:第4部分、18a:胴部、18b:傾斜部、20:第5部分、22:貫通孔、30:配管締結具、32:第1部分、32a:ねじ部、32b:括れ部、32c:面取り部、34:第2部分、36:第3部分、36a:基部、36b:ねじ部、36c:括れ部、38:第4部分、38a:胴部、38b:傾斜部、40:第5部分、42:貫通孔、50:造形プレート
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