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  • 特許-溶鋼の脱硫方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-04
(45)【発行日】2025-03-12
(54)【発明の名称】溶鋼の脱硫方法
(51)【国際特許分類】
   C21C 7/064 20060101AFI20250305BHJP
   C21C 5/52 20060101ALI20250305BHJP
【FI】
C21C7/064 Z
C21C5/52
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021108363
(22)【出願日】2021-06-30
(65)【公開番号】P2023006007
(43)【公開日】2023-01-18
【審査請求日】2024-02-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】浅原 紀史
(72)【発明者】
【氏名】宗岡 均
【審査官】中西 哲也
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-293327(JP,A)
【文献】特開2020-105553(JP,A)
【文献】特開2020-180319(JP,A)
【文献】米国特許第05562753(US,A)
【文献】特開2013-245354(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21C 1/00-7/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気炉を用いた溶の脱硫方法において、
前記電気炉は、溶に接触する第1電極と、前記溶上のスラグの上方に第2電極とを、備えており、静止浴面において前記第2電極と前記スラグとの間は離間しており、
前記スラグの2000℃における液相率が80%以上であり、
前記第2電極の中心軸を通る鉛直線が前記溶表面と交わる点を中心とし、(1)式で求められる半径Rをもつ円内の溶表面が前記スラグで被覆された状態で、
前記第1電極を負極、前記第2電極を正極として直流電流を印加すること
を特徴とする溶の脱硫方法。
R=r+d×tan30° (1)
ただし、r:電極の半径、d:スラグ-第2電極間距離である。
【請求項2】
前記第2電極と前記スラグ表面間の距離が50mm以上700mm以下であることを特徴とする請求項1記載の溶の脱硫方法。
【請求項3】
前記スラグ中の硫黄濃度(質量%)が前記溶中の硫黄濃度(質量%)の1倍以上であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の溶の脱硫方法。
【請求項4】
前記スラグの液相率が溶の温度において80%以上であることを特徴とする請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の溶の脱硫方法。
【請求項5】
前記直流電流と炉内の溶質量の比が0.6kA/t以上であることを特徴とする請求項1~請求項4のいずれか1項に記載の溶の脱硫方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶融金属の脱硫方法に関するものであり、特に電気炉を用いた溶融金属の脱硫方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、電気炉を用いた精錬においては、原料金属を溶解した後、溶融金属の上部に脱硫のための溶融スラグを形成し、溶融金属、例えば溶鋼中のSをスラグへ移行して脱硫する、いわゆるスラグ脱硫が行われている。しかし、従来電気炉では、通常のスラグ脱硫では排滓率を高めることには限界があり、炉内残留スラグから復硫してしまう課題があった。
【0003】
上部電極と溶融金属に接する炉底電極とを有する直流電気炉において、通常は上部電極を負極とし、炉底電極を正極として通電する。このような極性(以下、正極性通電という)にすると、熱電子が溶融金属(スラグ)面に当たり熱効率が良く、かつアークの安定性が良いためとされている。
【0004】
特許文献1には、上部電極と炉底電極を有する直流電気炉を用いて含鉄冷材を溶解し溶鋼を製造するに際して、第1工程で含鉄冷材を溶解し、次いで第2工程として上部電極側を正極、炉底電極側を負極として溶鋼の脱硫精錬を行うことを特徴とする直流電気炉製鋼法が開示されている。第2工程において上部電極側を正極(逆極性通電)にすることにより、スラグへのSの移行が著しく促進されること及び気化脱硫(液相中のSが雰囲気の酸素で酸化され、気相に移行する脱硫)が著しく促進されるとしている。
【0005】
特許文献2には、精錬容器内の溶鉄を脱硫精錬する方法において、プラズマガスをプラズマトーチに導入し、プラズマ気流中の酸素濃度が1体積%以上100体積%以下となるようにプラズマアークを溶鉄表面に直接照射し、プラズマアークによって解離した酸素によって溶鉄からの直接酸化気化脱硫を行うことを特徴とする溶鉄の脱硫精錬方法が開示されている。プラズマ気流中の酸素による、メタルからの直接酸化気化脱硫反応を活用したものである。
【0006】
特許文献3には、溶鉄を脱硫精錬するに際し、第一工程として脱硫剤を添加して脱硫を施し、第二工程として溶鉄表面を覆った第一工程で生成した脱硫スラグの一部あるいは全部を残し、水素ガスまたは水素ガスを1体積%以上含むアルゴンガスをプラズマガスとして該スラグ上面に照射することを特徴とする溶鉄の脱硫精錬方法が開示されている。脱硫処理後の硫黄を含むスラグに水素を含有するガスを吹き付けると、雰囲気の酸素分圧の低減により溶鉄の酸素活量も低下してフラックス脱硫反応が促進されると同時に、極めて高い気化脱硫能力を有するとしている。
【0007】
特許文献4には、直流電源を用い、溶融金属に接する電極を負極とし、溶融スラグのみに接する電極を正極として、該電極を通じて前記溶融スラグと前記溶融金属との間に電位差を付与する溶融金属の脱硫方法において、前記溶融金属中S濃度に応じて、S濃度が相対的に低い期間はS濃度が相対的に高い期間よりも前記電位差が増大するように、前記電極間の電位差を変化させることを特徴とする溶融金属の脱硫方法が開示されている。溶融スラグ-溶融金属間に溶融金属側の電位がスラグ側に対して低くなるように電位差を付与したとき、電気化学ポテンシャルの付与により脱硫反応の平衡定数が変化し、平衡S濃度が低下するため、スラグ-メタル間の脱硫反応が進行するとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開平11-293327号公報
【文献】特開2011-140684号公報
【文献】特開2009-249667号公報
【文献】特開2020-180319号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記特許文献2、特許文献3に記載の方法は、プラズマガスを準備することが必要であり、設備費用や処理費用が増大することとなる。水素やアルゴンを用いることにはガスコストの課題があった。特許文献4に記載の方法は、溶融スラグ-溶融金属間に溶融金属側の電位がスラグ側に対して低くなるように電位差を付与することにより、スラグ-メタル間の脱硫反応が進行するものの、スラグからの気化脱硫を用いるものではない。
【0010】
特許文献1により、上部電極側を正極(逆極性通電)にすることにより、スラグへのSの移行が著しく促進されること及び気化脱硫(液相中のSが雰囲気の酸素で酸化され、気相に移行する脱硫)が著しく促進される方法が開示された。一方で、脱硫能力のさらなる向上が要請されている。
本発明は、脱硫能力の優れた、溶融金属の脱硫方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
即ち、本発明の要旨とするところは以下のとおりである。
[1]電気炉を用いた溶融金属の脱硫方法において、
前記電気炉は、溶融金属に接触する第1電極と、前記溶融金属上のスラグの上方に第2電極とを、備えており、静止浴面において前記第2電極と前記スラグとの間は離間しており、
前記スラグの2000℃における液相率が80%以上であり、
前記第2電極の中心軸を通る鉛直線が前記溶融金属表面と交わる点を中心とし、(1)式で求められる半径Rをもつ円内の溶融金属表面が前記スラグで被覆された状態で、
前記第1電極を負極、前記第2電極を正極として直流電流を印加すること
を特徴とする溶融金属の脱硫方法。
R=r+d×tan30° (1)
ただし、r:電極の半径、d:スラグ-第2電極間距離である。
[2]前記第2電極と前記スラグ表面間の距離が50mm以上700mm以下であることを特徴とする[1]記載の溶融金属の脱硫方法。
[3]前記スラグ中の硫黄濃度(質量%)が前記溶融金属中の硫黄濃度(質量%)の1倍以上であることを特徴とする[1]または[2]に記載の溶融金属の脱硫方法。
[4]前記スラグの液相率が溶融金属の温度において80%以上であることを特徴とする[1]~[3]のいずれか1つに記載の溶融金属の脱硫方法。
[5]前記直流電流と炉内の溶融金属質量の比が0.6kA/t以上であることを特徴とする[1]~[4]のいずれか1つに記載の溶融金属の脱硫方法。
【発明の効果】
【0012】
気化脱硫の効果により、スラグから復硫する課題は解消された。通電によって気化が進むため酸素や水素といったガスの吹き付けが必要なくなり、それらに付随する課題も解消された。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】電気炉における電極、溶融金属、スラグの関係を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<電気炉>
本発明が対象とする電気炉としては、直流アーク電気炉、直流LF(レードルファーネス)を想定している。
【0015】
<逆極性通電、オープンアーク>
直流電気炉について、図1に基づいて説明する。以下、溶融金属3に接触する電極を第1電極1、溶融金属3上のスラグ4の上方に配置する電極を第2電極2と呼ぶ。第2電極は、電極先端がスラグ中に浸漬する場合と、電極先端とスラグとの間が離間している場合の両方がある。本発明では後述のように、静止浴面において第2電極2とスラグ4との間は離間している。電気炉における第2電極2の本数は、図1に示すように1本を有する場合の他、第2電極2を2本以上有することとしても良い。
【0016】
第2電極2(上部電極)と溶融金属に接する第1電極1(炉底電極)とを有する直流電気炉において、通常は第2電極2を負極とし、第1電極1を正極として通電する(正極性通電)。それに対して本発明の脱硫方法においては、溶融金属3に接触する第1電極1を負極、スラグ4の上方の第2電極2を正極とする(逆極性通電)ことで、溶融金属3-スラグ4間の脱硫反応(下記式(2)参照)、および、スラグ-気相間の気化脱硫反応(下記式(3)式(4)参照)を促進できる。特に気化脱硫反応は、第2電極2とスラグ4との間が離間する、いわゆるオープンアークで通電することで顕著になる。本発明では、静止浴面5において第2電極2とスラグ4との間は離間しているものとする(図1参照)。
S(metal)+2e→S2-(slag) (溶融金属-スラグ間の脱硫反応) (2)
2-(slag)→S(gas)+2e (スラグ-気相間の気化脱硫反応1) (3)
2-(slag)+2O2-(slag)→SO(gas)+6e (スラグ-気相間の気化脱硫反応2) (4)
【0017】
<アークスポットのスラグ被覆 液相率>
以上のように、スラグ4の上方の第2電極2を正極とする(逆極性通電)ことで、脱硫を進行させることができる。さらに通電による脱硫促進作用を得るには、アークスポットが液相スラグに覆われている必要がある。
【0018】
本発明で溶融金属3の上に形成するスラグ4の組成としては、一般的にCaO-SiO-Alを含有し、さらにMgO、MnO、FeO、CaFを含有した成分組成が用いられる。
【0019】
脱硫精錬では、一般的にはスラグのサルファイドキャパシティを高める観点から、高(CaO)であるほど良い。一方で、高(CaO)になるとスラグの融点が高く、アークスポットにおいても溶融スラグが十分に生成されない。特に本発明のように電気化学的な脱硫促進効果を得ようするとき、溶融スラグが不足していると期待するような効果が得られず、気化脱硫も進行しないことがわかった。
【0020】
アークスポットでのスラグ温度は約2000℃となる。アークスポットにおけるスラグの溶融状況を代表する指標として、2000℃でのスラグの液相率を用いた。2000℃でのスラグの液相率は、示差熱分析などによる実験的方法や、熱力学計算ソフトによる数値計算によって求めることができる。
【0021】
スラグ組成を種々変更し、それぞれのスラグ組成における2000℃での液相率を定めた上で、実験的に検討した結果、通電による脱硫促進作用を得るには2000℃での液相率を80%以上とする必要があることがわかった。なお実験的評価では液相率を熱力学計算ソフトFactSage(登録商標)7.3で計算した。
そこで本発明では、スラグ4の2000℃における液相率が80%以上であることと規定した。
【0022】
2000℃における液相率は、スラグ成分によって調整できる。鉄鋼精錬の場合、具体的にはCaO源やMgO源、SiO源、Al源の添加、FeO濃度の調整による。添加物としては、生石灰や消石灰、ドロマイト、ボーキサイト、廃レンガ、珪石等を使用できる。FeOの生成は酸素ガスの吹付けによる。FeOの還元方法については、スラグ-溶鉄中[C]間の反応の他、スラグ中に還元剤を添加する方法も考えられる。還元剤としては、たとえば石炭粉などの炭素源、FeSiなどの金属Si源、Alドロスなどの金属Al源が挙げられる。スラグ組成(質量比)で、CaO/SiOをC/S、CaO/AlをC/Aと呼ぶ。一般に、C/S≧1の範囲で、C/Sを低くするほど2000℃での液相率を高めることができる。また、C/A≧0.6の範囲で、C/Aを低くするほど2000℃での液相率を高め、あるいは2000℃での高い液相率を維持することができる。その他、FeO濃度やCaF濃度を高めることでも2000℃での液相率を高めることができる。例えば、スラグ組成が質量比でCaO=70.1%、SiO=9.4%、Al=14.7%、MgO=3.5%、MnO=1.0%、FeO=1.2%、CaF=0.1%のスラグにおいて、熱力学計算ソフトFactSage(登録商標)7.3で計算した2000℃での液相率は80%となり、80%以上を実現できた。
【0023】
<アークスポットのスラグ被覆 エリア>
前述のように、通電による脱硫促進作用を得るには、第2電極2によるアーク加熱で形成されるアークスポットが液相スラグに覆われている必要がある。
【0024】
第2電極2の水平方向の基準位置は、円筒状の電極の中心軸とする。直流アークの広がり角は電極から15-30°の範囲に生じるといわれている。そこで図1に示すように、“電極の半径”=r、“スラグ-第2電極間距離”=dとし、
R=r+d×tan30° (1)
として、第2電極2の中心軸を通る鉛直線が前記溶融金属表面と交わる点を中心とし、半径をRとする円(以下「アークスポット円6」という。)をスラグが被覆する状況と気化脱硫の促進状況との関係について調査した。その結果、アークスポット円6を溶融スラグで被覆しているとき、電気化学的な気化脱硫が促進されることが明らかとなった。アークスポット円6のスラグカバー状況は、たとえば溶鉄とスラグの放射率の違いを用いてサーモグラフィで撮影することで確認できる。ここで、“スラグ-第2電極間距離”=dは、静止浴面における第2電極とスラグとの間の距離を意味する。距離dについては、下記のように評価することができる。
【0025】
電極高さの制御は、スラグ表面位置を測定した後、電極先端位置を調整する。スラグ表面の位置は、マイクロ波などを用いて光学的に測定することや、炉内監視カメラの映像から求めることができる。電極先端の位置は、炉蓋の電極孔を通過する際の電極アームのポジションを基準に計算した値を用いることができる。
【0026】
なお電気化学的な気化脱硫を進める上では、最低限アークの湯面側での発生点(アークスポット円6)を溶融スラグでカバーできていれば良く、電極から離れた位置に裸湯が生じても悪影響は認められない。
【0027】
以上の結果に基づき、本発明では、第2電極2の中心軸を通る鉛直線が溶融金属表面と交わる点を中心とし、(1)式で求められる半径Rをもつ円内の溶融金属表面がスラグで被覆された状態で、溶融金属の脱硫を行うこととした。なお、アークスポット円を溶融スラグでカバーするためには、スラグ組成の制御による液相スラグの生成と、アークスポット円から液相スラグが排除されないような流動条件を選べばよい。後者について具体的には、撹拌や精錬等の目的でスラグの上方、あるいは溶融金属内にガスを吹き込む場合にガス流によってスラグが排除される可能性がある。対策として、吹き込まれたガスがアークスポット円に触れないような吹き込み位置を選択する、あるいはアークスポット円に触れる場合であっても溶融金属表面が露出しないようにスラグ厚に応じてガス流量に上限を設けるなどすればよい。
【0028】
<電極高さ>
本発明において、静止浴面において第2電極2とスラグ4との間が離間していれば、本発明の効果を発揮することができる。さらに、電極高さを適切に設定することで、本発明の脱硫処理をより効果的に実施できる。電極-スラグ間距離dの下限を50mmとすると好ましい。電極-スラグ間距離dが小さいと、アークの広がりが小さくなり、気化脱硫の生じる反応面積が小さくなるので、スラグ中S濃度の低いときに脱硫速度に悪影響する。
【0029】
一方、電極-スラグ間距離dが大きいと、アーク長が過大となり、アークからの輻射による炉壁等への熱負荷が高いために脱硫処理を長時間行うことが出来ず、十分な脱硫幅を確保することができない。電極-スラグ間距離dの上限を700mmとすると好ましい。
【0030】
<スラグ中(S)とメタル中[S]の比率>
一般的なスラグによる脱硫は、メタル中のSをスラグ中に取り込んで濃化させた上でスラグをメタルから分離することでSを除去するものであり、スラグ中(S)とメタル中[S]の比率が高い必要がある。一方、本発明の脱硫方法では、気化脱硫効果が発揮されるので、メタル中のSは一旦スラグを介するものの最終的には気相中に除去されるため、スラグ中(S)とメタル中[S]の比率が低い状態にもなりうる。ただしスラグ中(S)とメタル中[S]の比率が1未満であると、スラグから気相へのSの移動に比べてメタルからスラグへのSの移動が遅く、気化脱硫幅の制約や処理時間の延長につながる。したがってスラグ中(S)とメタル中[S]の比率((S)/[S])は質量比で1以上であると良く、好ましくは2以上、さらに好ましくは5以上であると良い。本指標((S)/[S])を高めるには、スラグへのCaO源の添加、溶融金属へのSi,Al等の脱酸元素の添加、温度の上昇、といった方法を採りうる。スラグ組成としては、質量比で、CaO/(Al+2SiO)≧0.6とすると好ましい。
【0031】
<溶融金属の温度におけるスラグ液相率>
スラグから気相への気化脱硫はアークスポットで生じる。一方、メタルからスラグへの脱硫反応は、アークスポット直下のスラグメタル界面のみならず、炉内のスラグメタル界面全体で生じさせることができる。従って、アークスポット直下以外のスラグの液相率が高ければ、アークスポットから離れた位置でスラグに取り込まれたSがアークスポットに(移流や拡散によって)移動しやすく、より効率的に脱硫処理ができる。アークスポットから離れた位置でのスラグメタル界面でのスラグの温度は溶融金属の温度と同じとみなせる。
【0032】
そこで、溶融金属の温度におけるスラグの液相率と、脱硫効率との関係について評価を行った。その結果、溶融金属の温度におけるスラグの液相率が80%以上であれば、本発明の脱硫効率をさらに促進できることを知見した。溶融金属の温度における液相率は、スラグ組成の変更によって調整することができる。具体的には、前記2000℃での液相率を高めるための具体的な指針と同様の指針により、所定の溶融金属の温度における液相率を高めることができる。前記スラグ組成の調整の他に、溶融金属の温度を変更することによっても制御できる。溶融金属の温度でのスラグの液相率は、示差熱分析などによる実験的方法や、熱力学計算ソフトによる数値計算によって求めることができる。例えば、溶融金属温度が1550℃の場合、スラグ組成が質量比でCaO=62.6%、SiO=11.4%、Al=19.1%、MgO=4.5%、MnO=1.2%、FeO=1.1%、CaF=0.1%のスラグにおいて、熱力学計算ソフトFactSage(登録商標)7.3で計算した液相率は83%となり、80%以上を実現できた。上記組成のスラグは2000℃での液相率が100%であり、80%以上を実現している。
【0033】
<通電条件 電流>
電気化学的反応は電子の移動に伴って生じるものであり、電流が大きいほどその効果を得られる。本発明において、炉内の溶融金属の質量あたりの電流(kA/t)として、0.6kA/t以上、好ましくは0.8kA/t以上、さらに好ましくは1.0kA/t以上とすると良い。なお電流を大きく取ると電圧を小さくせざるを得ず、前記下限アーク長を確保できなくなる。また一般的な電気炉での上限は10kA/t程度となる。
【実施例
【0034】
<共通条件>
直流アーク電気炉として、溶融金属3に接触する第1電極1と、溶融金属3上のスラグ4の上方に第2電極2とを備えた電気炉を用いた。溶融金属3は溶鋼であり、溶鋼量:95~110t/chである。脱硫処理前の溶鋼成分として、[S]:150ppmとした。鉄源配合および溶落ち後のFeS添加で調整した。
【0035】
原料の溶解が完了した後、静止浴面において第2電極2とスラグ4との間は離間しており、第1電極1を負極、第2電極2を正極として直流電流を印加した(逆極性通電)。一部の水準のみ、第1電極1を正極、第2電極2を負極(正極性通電)とした。
【0036】
脱硫処理中の電気炉の電流:100kA、処理時間:20分、第2電極2の電極径:700mm(28inch)を採用した。
【0037】
<個別条件>
スラグ量:90~100kg/tとし、CaO-SiO-Al-MgO-MnO-FeO系スラグを形成した。スラグ組成を種々変化させた。スラグの脱硫能力を維持しつつ各温度でのスラグの液相率を変化させるため、質量比で、CaO/(Al+2SiO):C/(A+2S):0.6~2.2の範囲でスラグ成分を調整した。表1の本発明例7、8は、上記範囲内でC/(A+2S)を低めに調整し、本発明例9のみ、C/(A+2S)=0.5として低塩基度のスラグ組成とした。脱硫処理中の溶融金属温度を、表1に示す温度に調整した。各水準で生成したスラグの成分を分析した上で、2000℃でのスラグの液相率、溶融金属温度でのスラグの液相率について、熱力学計算ソフトFactSage(登録商標)7.3で計算した。
【0038】
第2電極2とスラグ4表面間の距離dを種々変化させた。スラグ表面は脱硫処理中の静止浴面を基準とする。距離dについては、前述の方法によって評価した。
【0039】
<気化脱硫指標>
脱硫処理前のスラグ(S)とメタル[S]の分析値それぞれにスラグ量、溶鋼量を乗じた上で加算することによって脱硫処理前の合計S量を算出し、脱硫処理後のスラグ(S)とメタル[S]の分析値それぞれにスラグ量、溶鋼量を乗じた上で加算することによって脱硫処理後の合計S量を算出した。脱硫処理前後におけるスラグおよびメタル中のS質量の合計値の減少量を気化脱硫量として評価する。上記計算に用いるスラグ量はCaOバランスで求めた値とSiバランスで求めた値の加算平均とした。上記評価した気化脱硫量を溶鉄量で割った値(メタル[S]換算した値(質量ppm表示))を用いて、「気化脱硫指標」を定義する。「気化脱硫指標」の数値を下記基準で評点付けした。下記評点で、☆~△を良好とし、×を不良と判断した。
☆ : 25ppm以上
◎ : 20ppm以上25ppm未満
〇 : 15ppm以上20ppm未満
△ : 10ppm以上15ppm未満
× : 10ppm未満
【0040】
<アークスポットのスラグカバー状況>
前記式(1)でRを算出し、第2電極2の中心軸を通る鉛直線が前記溶融金属表面と交わる点を中心とし、半径をRとする円(アークスポット円6)をスラグ4が被覆しているか否か(スラグカバー状況)について評価した。スラグカバー状況は、溶鉄とスラグの放射率の違いを用いてサーモグラフィで撮影することで確認した。
【0041】
試験結果を表1に示す。本発明範囲から外れる数値、項目に下線を付している。
【0042】
【表1】
【0043】
電極の極性については、比較例1のみが正極性通電(第1電極1を正極として通電)、それ以外はすべて逆極性通電(第2電極2を正極として通電)を採用している。
【0044】
アークスポットのスラグカバー状況に関して、比較例3については、スラグドアから挿入したマニピュレータから撹拌ガスとしてArガスをアークスポット円内に向けて吹付けることにより、アークスポット円6をスラグ4が被覆していない状況を実現した。結果として表1に「×」と表示した。本発明例1~11、比較例1、2については、マニピュレータからArガスを吹き付ける位置がアークスポット円外となるように、アークスポット円とスラグドアの間の位置に向けて吹き付けることにより、上記アークスポット円6をスラグ4が被覆している状況を実現した。結果として表1に「○」と表示した。
【0045】
本発明例1~11はいずれも、逆極性通電(第2電極2を正極として通電)を採用し、2000℃でのスラグ4の液相率が80%以上であり、アークスポット円6をスラグ4が被覆しており、結果として気化脱硫指標がいずれも良好であった。
【0046】
比較例1は電極通電が正極性通電であり、比較例2は2000℃でのスラグの液相率が80%未満であり、比較材3はアークスポットのスラグカバーが不良であり、いずれも気化脱硫指標が不良であった。
【符号の説明】
【0047】
1 第1電極
2 第2電極
3 溶融金属
4 スラグ
5 静止浴面
6 アークスポット円
図1