(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-04
(45)【発行日】2025-03-12
(54)【発明の名称】目的タンパク質の回収方法及び製造方法
(51)【国際特許分類】
C12P 21/00 20060101AFI20250305BHJP
【FI】
C12P21/00 C
(21)【出願番号】P 2022541740
(86)(22)【出願日】2021-08-05
(86)【国際出願番号】 JP2021029186
(87)【国際公開番号】W WO2022030600
(87)【国際公開日】2022-02-10
【審査請求日】2023-06-14
(31)【優先権主張番号】P 2020133113
(32)【優先日】2020-08-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2020年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構カーボンリサイクル実現を加速するバイオ由来製品生産技術の開発/カーボンリサイクル実現を加速するバイオ由来製品生産技術の開発委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000003296
【氏名又は名称】デンカ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100185591
【氏名又は名称】中塚 岳
(74)【代理人】
【識別番号】100211199
【氏名又は名称】原田 さやか
(72)【発明者】
【氏名】西田 憲一
【審査官】安田 周史
(56)【参考文献】
【文献】特表2002-522559(JP,A)
【文献】国際公開第2012/012462(WO,A2)
【文献】米国特許出願公開第2015/0140644(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第110483616(CN,A)
【文献】三村徹郎,アポプラストにおける水と無機イオン,化学と生物,1997年,Vol. 35, No. 9,p. 643-648
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 21/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アポプラストにおいて目的タンパク質を発現する植物体の気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程、及び
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程
を含む、アポプラストにおいて発現する目的タンパク質の回収方法
であって、
気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程が、加圧により緩衝液を注入することを含むか、又は気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程が、加圧(但し、遠心分離による加圧を除く)又は減圧により緩衝液を抽出することを含む、回収方法。
【請求項2】
気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程及び気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程を1セットとし、これを2セット以上繰り返すことを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程が、気孔、水孔又は断面から植物体内部に注入した緩衝液よりも浸透圧の高い緩衝液に植物体を浸漬することを含む、請求項
1に記載の方法。
【請求項4】
アポプラストにおいて目的タンパク質を発現する植物体の気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程、及び
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程
を含む、アポプラストにおいて発現する目的タンパク質の回収方法であって、
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程が、アポプラストに含まれる緩衝液よりも浸透圧の高い緩衝液に植物体を浸漬することを含む、回収方法。
【請求項5】
気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を注入することを含む、請求項
4に記載の方法。
【請求項6】
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を抽出することを含む、請求項
4又は5に記載の方法。
【請求項7】
気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を注入することを含み、
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を抽出することを含み、
気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程及び気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程を1セットとし、これを2セット以上繰り返すことを含む、請求項
4に記載の方法。
【請求項8】
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程が、気孔、水孔又は断面から植物体内部に注入した緩衝液よりも高い塩濃度の緩衝液に植物体を浸漬することを含む、請求項1~
7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
加圧又は減圧により植物体内部に緩衝液を注入することが、耐圧容器内で、気体、液体、プレス機又はその組み合わせを使用して加圧又は減圧することを含む、請求項
1~3、5及び7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
加圧又は減圧により植物体内部の緩衝液を抽出することが、耐圧容器内で、気体、液体、プレス機又はその組み合わせを使用して加圧又は減圧することを含む、請求項
1~3、6及び7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
アポプラストにおいて目的タンパク質を発現する植物体を準備する工程、
植物体の気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程、及び
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程、
を含む、目的タンパク質の製造方法
であって、
気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程が、加圧により緩衝液を注入することを含むか、又は気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程が、加圧(但し、遠心分離による加圧を除く)又は減圧により緩衝液を抽出することを含む、製造方法。
【請求項12】
気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程及び気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程を1セットとし、これを2セット以上繰り返すことを含む、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程が、気孔、水孔又は断面から植物体内部に注入した緩衝液よりも浸透圧の高い緩衝液に植物体を浸漬することを含む、請求項
11に記載の方法。
【請求項14】
アポプラストにおいて目的タンパク質を発現する植物体を準備する工程、
植物体の気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程、及び
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程、
を含む、目的タンパク質の製造方法であって、
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程が、アポプラストに含まれる緩衝液よりも浸透圧の高い緩衝液に植物体を浸漬することを含む、製造方法。
【請求項15】
気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を注入することを含む、請求項
14に記載の方法。
【請求項16】
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を抽出することを含む、請求項
14に記載の方法。
【請求項17】
気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を注入することを含み、
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を抽出することを含み、
気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程及び気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程を1セットとし、これを2セット以上繰り返すことを含む、請求項
14に記載の方法。
【請求項18】
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程が、気孔、水孔又は断面から植物体内部に注入した緩衝液よりも高い塩濃度の緩衝液に植物体を浸漬することを含む、請求項
11~17のいずれか一項に記載の方法。
【請求項19】
加圧又は減圧により植物体内部に緩衝液を注入することが、耐圧容器内で、気体、液体、プレス機又はその組み合わせを使用して加圧又は減圧することを含む、請求項
11~13、15及び17のいずれか一項に記載の方法。
【請求項20】
加圧又は減圧により植物体内部の緩衝液を抽出することが、耐圧容器内で、気体、液体、プレス機又はその組み合わせを使用して加圧又は減圧することを含む、請求項
11~13、16及び17のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、目的タンパク質の回収方法及び製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子組換え技術等により植物体に目的タンパク質を発現させ、発現した目的タンパク質を回収する方法が開発されている。植物体を利用した従来の目的タンパク質の回収及び製造においては、例えば、非特許文献1のように、植物の葉を破砕することにより植物成分の大部分を抽出する方法がとられることが多かった。
【0003】
しかしながら、植物体の破砕を伴う従来の方法では、植物体を破砕することにより得られた抽出液に、目的タンパク質の他に植物残渣等の植物由来の不溶性異物及び水溶性の不純物が含まれるため、それらを取り除くための精製工程が必要であった。非特許文献2に記載されているように、目的タンパク質の抽出量を多くしようとすると、不要な植物成分が増え、この精製工程の負荷が増大する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Marillonnet et al. “In planta engineering of viral RNA replicons: efficient assembly by recombination of DNA modules delivered by Agrobacterium.”, Proc Natl Acad Sci U S A., 2004 Oct 26;101(43):15546
【文献】Dixon et al. “The Impact of Six Critical Impurities on Recombinant Protein Recovery and Purification from Plant Hosts”, Molecular Pharming: Applications, Challenges, and Emerging Areas, 2018, 137-180
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、植物体の破砕を必要としない、目的タンパク質を回収する方法及び目的タンパク質の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、アポプラストにおいて目的タンパク質を発現する植物体の気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入し、気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出することで、植物体を破砕することなく、アポプラストにおいて発現する目的タンパク質を回収することが出来ることを見出した。本発明は、この新規な知見に基づくものである。
【0007】
すなわち、本発明は、例えば、以下の各発明に関する。
[1]
アポプラストにおいて目的タンパク質を発現する植物体の気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程、及び
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程
を含む、アポプラストにおいて発現する目的タンパク質の回収方法。
[2]
気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を注入することを含む、[1]に記載の方法。
[3]
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を抽出することを含む、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]
気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を注入することを含み、
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を抽出することを含み、
気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程及び気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程を1セットとし、これを2セット以上繰り返すことを含む、[1]に記載の方法。
[5]
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程が、気孔、水孔又は断面から植物体内部に注入した緩衝液よりも浸透圧の高い緩衝液に植物体を浸漬することを含む、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程が、気孔、水孔又は断面から植物体内部に注入した緩衝液よりも高い塩濃度の緩衝液に植物体を浸漬することを含む、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7]
加圧又は減圧により植物体内部に緩衝液を注入することが、耐圧容器内で、気体、液体、プレス機又はその組み合わせを使用して加圧又は減圧することを含む、[2]又は[4]に記載の方法。
[8]
加圧又は減圧により植物体内部の緩衝液を抽出することが、耐圧容器内で、気体、液体、プレス機又はその組み合わせを使用して加圧又は減圧することを含む、[3]又は[4]に記載の方法。
[9]
アポプラストにおいて目的タンパク質を発現する植物体を準備する工程、
植物体の気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程、及び
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程、
を含む、目的タンパク質の製造方法。
[10]
気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を注入することを含む、[9]に記載の方法。
[11]
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を抽出することを含む、[9]又は[10]に記載の方法。
[12]
気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を注入することを含み、
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を抽出することを含み、
気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程及び気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程を1セットとし、これを2セット以上繰り返すことを含む、[9]に記載の方法。
[13]
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程が、気孔、水孔又は断面から植物体内部に注入した緩衝液よりも浸透圧の高い緩衝液に植物体を浸漬することを含む、[9]~[12]のいずれかに記載の方法。
[14]
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程が、気孔、水孔又は断面から植物体内部に注入した緩衝液よりも高い塩濃度の緩衝液に植物体を浸漬することを含む、[9]~[13]のいずれかに記載の方法。
[15]
加圧又は減圧により植物体内部に緩衝液を注入することが、耐圧容器内で、気体、液体、プレス機又はその組み合わせを使用して加圧又は減圧することを含む、[10]又は[12]に記載の方法。
[16]
加圧又は減圧により植物体内部の緩衝液を抽出することが、耐圧容器内で、気体、液体、プレス機又はその組み合わせを使用して加圧又は減圧することを含む、[11]又は[12]に記載の方法。
[17]
アポプラストにおいて目的タンパク質を発現する植物体の葉の気孔又は水孔から葉内部に緩衝液を注入する工程、及び
気孔又は水孔から葉内部の緩衝液を抽出する工程
を含む、アポプラストにおいて発現する目的タンパク質の回収方法。
[18]
気孔又は水孔から葉内部に緩衝液を注入する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を注入することを含む、[17]に記載の方法。
[19]
気孔又は水孔から葉内部の緩衝液を抽出する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を抽出することを含む、[17]又は[18]に記載の方法。
[20]
気孔又は水孔から葉内部に緩衝液を注入する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を注入することを含み、
気孔又は水孔から葉内部の緩衝液を抽出する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を抽出することを含み、
気孔又は水孔から葉内部に緩衝液を注入する工程及び気孔又は水孔から葉内部の緩衝液を抽出する工程を1セットとし、これを2セット以上繰り返すことを含む、[17]に記載の方法。
[21]
気孔又は水孔から葉内部の緩衝液を抽出する工程が、気孔又は水孔から葉内部に注入した緩衝液よりも浸透圧の高い緩衝液に植物体の葉を浸漬することを含む、[17]~[20]のいずれかに記載の方法。
[22]
気孔又は水孔から葉内部の緩衝液を抽出する工程が、気孔又は水孔から葉内部に注入した緩衝液よりも高い塩濃度の緩衝液に植物体の葉を浸漬することを含む、[17]~[21]のいずれかに記載の方法。
[23]
目的タンパク質が酵素である、[7]~[22]のいずれかに記載の方法。
[24]
加圧又は減圧により植物体内部に緩衝液を注入することが、耐圧容器内で、気体、液体、プレス機又はその組み合わせを使用して加圧又は減圧することを含む、[18]又は[20]に記載の方法。
[25]
加圧又は減圧により植物体内部の緩衝液を抽出することが、耐圧容器内で、気体、液体、プレス機又はその組み合わせを使用して加圧又は減圧することを含む、[19]又は[20]に記載の方法。
[26]
アポプラストにおいて目的タンパク質を発現する植物体を準備する工程、
植物体の葉の気孔又は水孔から葉内部に緩衝液を注入する工程、及び
気孔又は水孔から葉内部の緩衝液を抽出する工程、
を含む、目的タンパク質の製造方法。
[27]
気孔又は水孔から葉内部に緩衝液を注入する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を注入することを含む、[26]に記載の方法。
[28]
気孔又は水孔から葉内部の緩衝液を抽出する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を抽出することを含む、[26]又は[27]に記載の方法。
[29]
気孔又は水孔から葉内部に緩衝液を注入する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を注入することを含み、
気孔又は水孔から葉内部の緩衝液を抽出する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を抽出することを含み、
気孔又は水孔から葉内部に緩衝液を注入する工程及び気孔又は水孔から葉内部の緩衝液を抽出する工程を1セットとし、これを2セット以上繰り返すことを含む、[26]に記載の方法。
[30]
気孔又は水孔から葉内部の緩衝液を抽出する工程が、気孔又は水孔から葉内部に注入した緩衝液よりも浸透圧の高い緩衝液に植物体の葉を浸漬することを含む、[26]又は[27]に記載の方法。
[31]
気孔又は水孔から葉内部の緩衝液を抽出する工程が、気孔又は水孔から葉内部に注入した緩衝液よりも高い塩濃度の緩衝液に植物体の葉を浸漬することを含む、[24]に記載の方法。
[32]
目的タンパク質が酵素である、[26]~[31]のいずれかに記載の方法。
[33]
加圧又は減圧により植物体内部に緩衝液を注入することが、耐圧容器内で、気体、液体、プレス機又はその組み合わせを使用して加圧又は減圧することを含む、[27]又は[29]に記載の方法。
[34]
加圧又は減圧により植物体内部の緩衝液を抽出することが、耐圧容器内で、気体、液体、プレス機又はその組み合わせを使用して加圧又は減圧することを含む、[28]又は[29]に記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、植物体の破砕を必要としない、目的タンパク質を回収する方法及び目的タンパク質の製造方法を提供することができる。
【0009】
目的タンパク質を抽出する際の植物体由来の不要な成分の抽出量が減少すると、精製工程の負荷が低減する。本発明によれば、植物体の破砕を必要としないため、植物体を破砕した抽出液に含まれる不要な植物成分を除去する精製工程を省略することができる。本発明によれば、不要な植物成分を低減しつつ、従来の植物体を破砕する抽出方法と同等又はそれ以上の量の目的タンパク質を得ることができるため、効率よく目的タンパク質を抽出及び回収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】破砕抽出液と加減圧抽出液のSDS-PAGE(a)及びウエスタンブロット解析(b)の結果を示す。レーン1は加減圧抽出液、レーン2は破砕抽出液であり、矢印はホスホジエステラーゼのバンドの位置を示す。
【
図2】破砕抽出液と浸透圧抽出液のSDS-PAGE(a)およびウエスタンブロット解析(b)の結果を
図2に示す。レーン1は破砕抽出液、レーン2は浸透圧抽出液であり、矢印はホスホジエステラーゼのバンドの位置を示す。
【
図3】耐圧容器内で、気体、液体又はプレス機を使用した加圧又は減圧を例示する概略図である。緩衝液に浸漬させた植物を内部に収納した耐圧容器内に、下矢印の方向に気体を加えることで加圧でき、上矢印の方向に気体を抜くことで減圧することができる(a)。緩衝液に浸漬させた植物を内部に収納した耐圧容器内に、下矢印の方向に液体を加えることで加圧でき、上矢印の方向に液体を抜くことで減圧することができる(b)。緩衝液に浸漬させた植物を内部に収納した耐圧容器内において、下矢印の方向にプレスすることで緩衝液に浸漬させた植物が含まれる密閉空間を狭くすることで、気体及び/又は液体を圧縮して加圧でき、逆に上矢印の方向に当該密閉空間を広げたり、減圧弁を使用したりすることで減圧することができる(c)。
【発明を実施するための形態】
【0011】
〔目的タンパク質の回収方法〕
本発明の一実施形態に係る目的タンパク質の回収方法は、アポプラストにおいて目的タンパク質を発現する植物体の気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程、及び気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程を含む。ここで、回収される目的タンパク質は、アポプラストにおいて発現する目的タンパク質である。
【0012】
本明細書において「アポプラスト」とは、植物組織において細胞膜よりも外側の部分、すなわち細胞壁及び細胞間隙の総体を意味する。
【0013】
目的タンパク質は、植物体のアポプラストにおいて発現が可能である限り制限されず、例えば、自然界に存在するタンパク質、自然界に存在するタンパク質に由来するタンパク質、又は人工的に設計したタンパク質であってもよい。目的タンパク質としては、例えば、酵素、抗体、抗原、エピトープ、成長因子、ホルモン、サイトカイン、転写因子、受容体又はそれらの部分ペプチド等が挙げられる。例えば、目的タンパク質は、酵素、抗原、及び抗体からなる群から選択されるものであってもよく、酵素であってもよい。目的タンパク質の由来も制限されず、例えば、動物(ヒト等の哺乳動物を含む)、植物、糸状菌、細菌又は酵母由来であってよい。
【0014】
酵素としては、例えば、酸化酵素、還元酵素、リパーゼ(例えば、ホスホリパーゼ)、プロテアーゼ、キナーゼ、フォスファターゼ、セルラーゼ、ステロイド合成酵素、メチラーゼ、デメチラーゼ、コラゲナーゼ、トランスグルタミナーゼ、グリコシダーゼ及びキチナーゼが挙げられる。例えば、酵素は、ホスホリパーゼ、エステラーゼ、及びオキシダーゼからなる群から選択されるものであってもよく、エステラーゼであってよく、ホスホジエステラーゼであってもよい。
【0015】
抗体としては、例えば、完全抗体、Fab、F(ab’)、F(ab’)2、Fc、Fc融合タンパク質、重鎖(H鎖)、軽鎖(L鎖)、単鎖Fv(scFv)、sc(Fv)2、ジスルフィド結合Fv(sdFv)、Diabodyが挙げられる。
【0016】
抗原及びエピトープとしては、例えば、糸状菌由来のタンパク質、細菌由来のタンパク質及びウイルス由来のタンパク質が挙げられる。ワクチンとして使用される抗原タンパク質又はエピトープである場合には、免疫原性を有するものであれば特に制限されないが、例えば、病原性である糸状菌由来のタンパク質、病原性である細菌由来のタンパク質及び病原性であるウイルス由来のタンパク質が挙げられる。
【0017】
成長因子としては、例えば、上皮成長因子(EGF)、インスリン様成長因子(IGF)、トランスフォーミング成長因子(TGF)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、神経成長因子(NGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)、血小板由来成長因子(PDGF)、エリスロポエチン(EPO)、トロンボポエチン(TPO)、肝細胞増殖因子(HGF)が挙げられる。
【0018】
ホルモンとしては、例えば、ペプチド・タンパク質系ホルモンが挙げられる。
【0019】
サイトカインとしては、例えば、インターロイキン(IL)、造血因子(CSF、EPO、TPO)、インターフェロン(IFNα、IFNβ、IFNγ)、腫瘍壊死因子(TNF)、増殖因子(EGF、FGF、PDGF)及びケモカイン(IL-8)が挙げられる。
【0020】
転写因子としては、例えば、基本転写因子、上流転写因子及び誘導型転写因子が挙げられる。
【0021】
受容体としては、例えば、Gタンパク質結合型受容体、イオンチャネル型受容体及びサイトカイン受容体スーパーファミリーが挙げられる。
【0022】
また、目的タンパク質は、2つ以上のタンパク質が結合した融合タンパク質であってもよい。2つ以上のタンパク質の融合タンパク質としては、2つ以上の異種タンパク質の融合タンパク質でもよいし、2つ以上の同種タンパク質の融合タンパク質でもよい。
【0023】
目的タンパク質の分子量は、特に制限されないが、例えば、1kDa~100kDa、1kDa~75kDa、1kDa~50kDa、又は1kDa~10kDaであってよい。また、目的タンパク質の分子量は、例えば、500kDa以下、300kDa以下、200kDa以下、100kDa以下、75kDa以下、又は50kDa以下であってもよい。
【0024】
目的タンパク質は、モノマー、ダイマー、トリマー又はマルチマーであってもよい。
【0025】
目的タンパク質には、目的タンパク質の検出及び/又は精製しやすくするためのタグが付加されていてもよい。
【0026】
目的タンパク質を発現する植物体は、公知の方法により作製することができる。そのような方法としては、例えば、アグロインフィルトレーション法、植物ウイルスベクター法、magnICON(登録商標)システム、及びパーティクルガン法が挙げられる。
【0027】
アグロインフィルトレーション法を使用する場合、目的タンパク質をコードする遺伝子を挿入したT-DNAでアグロバクテリウムを形質転換し、そのアグロバクテリウムを植物体に感染させることで目的タンパク質を発現する植物体を得ることができる。
【0028】
植物ウイルスベクター法を使用する場合、目的タンパク質をコードする遺伝子を挿入した植物ウイルスゲノムのcDNAから得られたRNAをベクターとして植物体に接種して感染させることで目的タンパク質を発現する植物体を得ることができる。このようなウイルスベクターとしては、例えば、タバコモザイクウイルス(TMV)ベクター、プラムポックスウイルス(PPV)ベクター、ジャガイモXウイルス(PVX)ベクター、アルファルファモザイクウイルス(AIMV)ベクター、キュウリモザイクウイルス(CMV)ベクター、カウピーモザイクウイルス(CPMV)ベクター、及びズッキーニイエローモザイクウイルス(ZYMV)ベクター等が挙げられる。
【0029】
magnICON(登録商標)システムを使用する場合、目的タンパク質をコードする遺伝子を挿入したTMV又はPVXゲノムのcDNAをT-DNAベクター内に導入し、得られたT-DNAベクターで形質転換したアグロバクテリウムを植物体に感染させることで目的タンパク質を発現する植物体を得ることができる。
【0030】
パーティクルガン法を使用する場合、目的タンパク質をコードする核酸で被覆した金属微粒子を高速で射出し、目的タンパク質をコードする遺伝子を細胞内に導入することで目的タンパク質を発現する植物体を得ることができる。
【0031】
形質転換に用いられる植物体としては特に制限されないが、例えば、ナス科(例えば、タバコ、ナス、トマト、ピーマン、トウガラシ)、バラ科(例えば、バラ、イチゴ)、アブラナ科(例えば、シロイヌナズナ、アブラナ、ハクサイ、キャベツ、ダイコン、ナタネ)、キク科(例えば、キク、シュンギク、レタス)、アカザ科(例えば、ホウレンソウ、テンサイ)、イネ科(例えば、コムギ、イネ、オオムギ、トウモロコシ)及びマメ科(例えば、ダイズ、アズキ、インゲン、ソラマメ)等に属する植物が挙げられる。例えば、植物体は、ナス科又アブラナ科の植物であってよく、タバコ属又はシロイヌナズナ属の植物であってよく、ニコチアナ・ベンサミアーナ(Nicotiana benthamian))、ニコチアナ・タバカム(Nicotiana tabacum)又はシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)であってもよい。
【0032】
目的タンパク質は公知の方法により、アポプラストにおいて発現させることができる。例えば、植物体において発現させた際に自然にアポプラストにおいて発現する目的タンパク質を用いてもよいし、アポプラスト(細胞壁及び/又は細胞間隙)において発現するように標的化した目的タンパク質を用いてもよい。アポプラストにおいて発現するタンパク質としては、例えば、アルブミン、抗体及び抗原が挙げられる。通常アポプラスト以外で発現する目的タンパク質を、アポプラストにおいて目的タンパク質を発現させる方法としては、例えば、目的タンパク質をコードするDNA配列に、細胞外への局在化を指向するシグナルペプチドをコードするDNA配列を連結することが挙げられる。細胞外への局在化を指向するシグナルペプチドとしては、例えば、イネアミラーゼシグナルペプチド(McCormick 1999, Proc Natl Acad Sci USA 96:703-708)、タバコ植物病因関連タンパク質(PRP)及びカルレティキュリンタンパク質由来の分泌ターゲッティングシグナルが挙げられる。
【0033】
(アポプラストにおいて目的タンパク質を発現する植物体の気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程)
植物体に存在する気孔、水孔又は断面から、植物体内部に向けて緩衝液を注入することで、植物体内部のアポプラスト内に緩衝液が注入される。気孔又は水孔は通常植物の葉の裏に存在する。または、植物体の切断した断面から植物体内部に向けて緩衝液を注入することで、植物体内部のアポプラスト内に緩衝液が注入される。アポプラスト内に緩衝液が注入されることで、アポプラストにおいて発現された目的タンパク質が注入された緩衝液に移行する。
【0034】
植物体としては、例えば、葉、根、苗条、茎、花、果実、胚芽及び実生並びにこれらの組合せを用いることができるが、気孔又は水孔から緩衝液を注入する場合には、葉を含むことが好ましく、断面から緩衝液を注入する場合には、植物体が切断面を有することが好ましい。ここで、本実施形態に係る発明は、目的タンパク質を発現する植物体を破砕することを含まないため、切断後の植物体は形態の一部が維持される。植物体の切断は、例えば、植物体の1~3カ所を切断すること、又は、植物体又は葉を1/10~1/2(体積)に切断することであってよく、植物体は切断した切片であってもよい。植物体は、例えば、カッター及びカミソリを用いて切断することができる。
【0035】
植物体は、生の植物体(例えば、生葉)を使用してもよいし、本発明が実施できる限り、凍結、融解及び乾燥等の処理をした植物体を使用してもよい。
【0036】
気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する方法としては、例えば、気孔、水孔又は断面から植物体内部に直接緩衝液を注入する方法、加圧又は減圧を利用して注入する方法、及び浸透圧を利用して注入する方法等が挙げられる。目的タンパク質の抽出効率向上の観点から、気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する方法は、加圧又は減圧を利用して注入する方法であることが好ましい。また、気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する方法は、葉の裏の気孔又は水孔から葉内部に緩衝液を注入する方法であってよく、目的タンパク質の抽出効率向上の観点から、気孔又は水孔から葉内部に直接緩衝液を注入する方法、又は加圧又は減圧を利用して注入する方法であることが好ましい。
【0037】
気孔、水孔又は断面から植物体内部に直接緩衝液を注入する方法としては、例えば、緩衝液に収納したシリンジの先端を気孔若しくは水孔又は断面にあて、プランジャをシリンジの先端方向に移動させることで緩衝液を気孔、水孔又は断面から植物体内部に注入する方法が挙げられる。この際、プランジャの移動は手動で行ってもよく、その他の機械的な外力を加えることにより行ってもよい。
【0038】
加圧を利用して注入する方法としては、例えば、緩衝液に浸漬させた植物体を内部に収納した容器内を加圧することにより、緩衝液を気孔、水孔又は断面から植物体内部に注入する方法が挙げられる。容器(例えば、耐圧容器)内の加圧は、例えば、容器に気体を注入することで行うことができ、容器内の気体を圧縮することで行うこともできる。容器がシリンジの場合には、例えば、シリンジの一方を封止し、他方からプランジャ(プランジャ内は密封状態)をシリンジの先端方向に移動させることで行ってもよく、他方から気体を注入することで行ってもよい。加圧された容器内の圧力は、大気圧よりも高く、気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入できれば特に制限されないが、例えば、0.01~5MPa、0.01~1MPa、0.01~0.5MPa又は0.01~0.1MPaであってよい。加圧時間は特に限定されず、例えば、0~5分間、0~1分間、0~0.5分間、1秒~5分間、1秒~1分間、又は1秒~0.5分間であってよい。
【0039】
減圧を利用して注入する方法としては、例えば、緩衝液に浸漬させた植物体を内部に収納した容器(例えば、耐圧容器、デシケーター)内を減圧した後、復圧することで緩衝液を気孔、水孔又は断面から植物体内部に注入する方法が挙げられる。容器内の減圧は、例えば、容器内の空気を抜くことで行うことができ、減圧を停止して空気を容器内に戻すことで復圧することができる。容器がシリンジの場合には、例えば、シリンジの一方を封止し、他方からプランジャをシリンジの先端と反対の方向に移動させることで行ってもよく、他方からプランジャ内の空気を抜くことで行ってもよい。減圧された容器内の圧力は、大気圧よりも低く、復圧することで気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入できれば特に制限されないが、例えば、-0.01~-0.1MPa又は-0.01~-0.05MPaであってよい。減圧時間は特に限定されず、例えば、0~5分間、0~1分間、0~0.5分間、1秒~5分間、1秒~1分間、又は1秒~0.5分間であってよい。復圧する時間も特に限定されず、例えば、0~5分間、0~1分間、0~0.5分間、1秒~5分間、1秒~1分間、又は1秒~0.5分間であってよい。
【0040】
上記の加圧又は減圧により植物体内部に緩衝液を注入することは、耐圧容器(例えば、耐圧槽)内で、気体、液体、プレス機又はその組み合わせを使用して加圧又は減圧することを含んでいてもよい。気圧を使用する場合には、例えば、緩衝液に浸漬させた植物を内部に収納した耐圧容器内に、気体を加えることで加圧でき、気体を抜くことで減圧することができる(
図3(a))。液体を使用する場合には、例えば、緩衝液に浸漬させた植物を内部に収納した耐圧容器内に、液体を加えることで加圧でき、液体を抜くことで減圧することができる(
図3(b))。プレス機を使用する場合には、例えば、緩衝液に浸漬させた植物を内部に収納した耐圧容器内において、緩衝液に浸漬させた植物が含まれる密閉空間をプレス機で狭くすることで、気体及び/又は液体を圧縮して加圧でき、逆に当該密閉空間を広げたり、減圧弁を使用したりすることで減圧することができる(
図3(c))。
【0041】
浸透圧を利用して注入する方法としては、例えば、植物体内部のアポプラストに含まれる液の濃度よりも浸透圧が低い緩衝液に植物体を浸漬させることが挙げられる。例えば、植物体内部のアポプラストに含まれる液の濃度よりも濃度が低い緩衝液に植物体を浸漬させることが挙げられる。緩衝液の濃度とは、例えば、塩濃度であってもよく、糖濃度であってもよい。
【0042】
緩衝液としては、例えば、トリス系緩衝液、リン酸系緩衝液、及びクエン酸系緩衝液等の一般的な緩衝液が使用できる。本発明において緩衝液は、特に限定するものではないが、目的タンパク質に与え得る水和性や安定性、活性等、各タンパク特性への影響を考慮しつつ、当業者が適宜設定することができる。トリス系緩衝液の濃度は、例えば、10~300mMであってよく、10~100mMであってよい。リン酸系緩衝液の濃度は、例えば、10~200mMであってよい。クエン酸系緩衝液の濃度は、例えば、10~200mMであってよい。緩衝液のpHは、例えば、pH3~11、pH5~9又はpH7~9であってよい。
【0043】
緩衝液は塩を含むものであってもよい。緩衝液に含まれる塩としては、例えば、塩化ナトリウム、塩化マグネシウム、及びリン酸ナトリウム等の一般的な塩が使用できる。無機塩類の種類や濃度は、目的タンパク質に与え得る水和性や安定性、活性等、各タンパク特性への影響を考慮しつつ、当業者が適宜設定することができる。緩衝液の塩濃度は、例えば、1~3000mM又は1~1000mMであってよい。浸透圧を利用して気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する場合には、植物体を浸漬させる緩衝液の塩濃度は、植物体内部のアポプラストに含まれる液の塩濃度よりも低い塩濃度であることが好ましい。
【0044】
緩衝液は糖を含むものであってもよい。緩衝液に含まれる糖としては、例えば、スクロース、トレハロース、及びマルトース等の一般的な糖が使用できる。糖の種類や濃度は、目的タンパク質に与え得る水和性や安定性、活性等、各タンパク特性への影響を考慮しつつ、当業者が適宜設定することができる。緩衝液の糖濃度は、例えば、0.1~50%又は0.1~10%であってよい。浸透圧を利用して気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する場合には、植物体を浸漬させる緩衝液の糖濃度は、植物体内部のアポプラストに含まれる液の糖濃度よりも低い糖濃度であることが好ましい。
【0045】
緩衝液は添加剤を含むものであってもよい。添加剤としては、例えば、EDTA、EGTA、NTA及びDTPA等のキレート剤、α-メルカプトエタノール、アスコルビン酸塩、メタ重硫酸ナトリウム及びジチオトレイトール等の酸化防止剤、SDS、CTAB、CHAPS、TritonX-100等の界面活性剤、尿素、塩酸グアニジン等の変性剤、アスパラギン酸、グルタミン酸等のアミノ酸、グリセロール、イソプロパノール等のアルコール、セルラーゼ、プロテアーゼ、ペクチナーゼ等の酵素性タンパク質、エクスパンシン等の非酵素性タンパク質が挙げられる。
【0046】
緩衝液は添加剤を含まないものであってもよい。キレート剤等の添加剤を添加することで、緩衝液を気孔、水孔又は断面から抽出した後に、カラム等によりその添加剤を除く工程が必要になる場合がある。本発明は、添加剤を含まない緩衝液を用いて目的タンパク質の抽出が可能であるため、添加剤を除く工程が不要であるという利点を有する。
【0047】
本工程を実施する際の温度は、特に制限されないが、例えば、1~50℃、1~30℃、1~15℃、又は4~50℃であってよい。目的タンパク質の変性を防ぐ目的から、30℃以下であることが好ましい。
【0048】
なお、本工程で用いる緩衝液を第1の緩衝液、後述する「気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程」で用いる緩衝液を第2の緩衝液と表すこともできる。第1の緩衝液と第2の緩衝液は同じであってもよいし、異なっていても良い。第1の緩衝液にさらに塩等を追加することで第2の緩衝液としてもよい。
【0049】
緩衝液に植物体を浸漬させた状態で気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入した場合には、そのまま緩衝液に植物体を浸漬させた状態で後述する「気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程」を行ってもよく、緩衝液から植物体を分離して後述する「気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程」を行ってもよい。
【0050】
本工程においては、緩衝液を植物体内部に注入した後、例えば、容器から植物体を取り出すこと、植物体表面に付着した緩衝液を除くこと等をさらに含んでもよい。
【0051】
(気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程)
気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液に注入された緩衝液に、アポプラストにおいて発現された目的タンパク質が含まれる。したがって、気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出することで、緩衝液に含まれる形で目的タンパク質を回収することができる。
【0052】
気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する方法としては、例えば、気孔、水孔又は断面から直接緩衝液を抽出する方法、加圧又は減圧を利用して抽出する方法、浸透圧を利用して抽出する方法、及び遠心力を利用して抽出する方法等が挙げられる。目的タンパク質の抽出効率向上の観点から、気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する方法は、加圧若しくは減圧を利用して抽出する方法、又は浸透圧を利用して抽出する方法であることが好ましい。また、気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する方法は、気孔又は水孔から葉内部の緩衝液を抽出する方法であってもよく、目的タンパク質の抽出効率向上の観点から、加圧若しくは減圧を利用して抽出する方法、又は浸透圧を利用して抽出する方法であることが好ましい。気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程は、遠心力を利用して抽出することを除くものであってもよい。
【0053】
気孔、水孔又は断面から直接緩衝液を抽出する方法としては、例えば、空のシリンジの先端を植物体の気孔、水孔又は断面にあて、プランジャをシリンジの先端と反対の方向に移動させることで植物体内部の緩衝液を気孔、水孔又は断面から抽出する方法が挙げられる。この際、プランジャの移動は手動で行ってもよく、その他の機械的な外力を加えることにより行ってもよい。
【0054】
加圧を利用して抽出する方法としては、例えば、緩衝液が注入された植物体を内部に収納した容器内を加圧することにより、気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する方法が挙げられる。容器内の加圧は、例えば、容器に気体を注入することで行うことができ、容器内の気体を圧縮することで行うこともできる。容器がシリンジの場合には、例えば、シリンジの一方を封止し、他方からプランジャをシリンジの先端方向に移動させることで行ってもよく、他方から気体を注入することで行ってもよい。加圧された容器内の圧力は、大気圧よりも高く、気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出できれば特に制限されないが、例えば、0.01~5MPa、0.01~1MPa、0.01~0.5MPa又は0.01~0.1MPaであってよい。加圧時間は特に限定されず、例えば、0~5分間、0~1分間、0~0.5分間、1秒~5分間、1秒~1分間、又は1秒~0.5分間であってよい。
【0055】
減圧を利用して抽出する方法としては、例えば、緩衝液が注入された植物体を内部に収納した容器内を減圧することで、気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する方法が挙げられる。減圧は、緩衝液が注入された植物体が緩衝液に浸漬した状態で行われてもよい。緩衝液が注入された植物体が緩衝液に浸漬した状態で容器内を減圧した場合には、植物体内部の緩衝液が気孔、水孔又は断面から抽出され、植物体が浸漬された緩衝液に含まれる。容器内の減圧は、例えば、容器内の空気を抜くことで行うことができる。容器がシリンジの場合には、例えば、シリンジの一方を封止し、他方からプランジャをシリンジの先端と反対の方向に移動させることで行ってもよく、他方からプランジャ内の空気を抜くことで行ってもよい。減圧された容器内の圧力は、大気圧よりも低く、植物体内部の緩衝液を気孔、水孔又は断面から抽出できれば特に制限されないが、例えば、例えば、-0.01~-0.1MPa又は-0.01~-0.05MPaであってよい。減圧時間は特に限定されず、例えば、0~5分間、0~1分間、0~0.5分間、1秒~5分間、1秒~1分間、又は1秒~0.5分間であってよい。
【0056】
上記の加圧又は減圧により植物体内部の緩衝液を抽出することは、耐圧容器(例えば、耐圧槽)内で、気体、液体、プレス機又はその組み合わせを使用して加圧又は減圧することを含んでいてもよい。気圧を使用する場合には、例えば、緩衝液に浸漬させた植物を内部に収納した耐圧容器内に、気体を加えることで加圧でき、気体を抜くことで減圧することができる(
図3(a))。液体を使用する場合には、例えば、緩衝液に浸漬させた植物を内部に収納した耐圧容器内に、液体を加えることで加圧でき、液体を抜くことで減圧することができる(
図3(b))。プレス機を使用する場合には、例えば、緩衝液に浸漬させた植物を内部に収納した耐圧容器内において、緩衝液に浸漬させた植物が含まれる密閉空間をプレス機で狭くすることで、気体及び/又は液体を圧縮して加圧でき、逆に当該密閉空間を広げたり、減圧弁を使用したりすることで減圧することができる(
図3(c))。
【0057】
浸透圧を利用して抽出する方法としては、例えば、気孔、水孔又は断面から植物体内部に注入した緩衝液(アポプラストに含まれる緩衝液)の浸透圧よりも浸透圧が高い緩衝液に植物体を浸漬させることが挙げられる。例えば、気孔、水孔又は断面から植物体内部に注入した緩衝液の濃度よりも濃度が高い緩衝液に植物体を浸漬させることが挙げられる。例えば、気孔、水孔又は断面から植物体内部に注入した緩衝液を第1の緩衝液、本工程で用いる第2の緩衝液とした場合に、第1の緩衝液よりも濃度の高い第2の緩衝液に植物体を浸漬させることで、植物体内部の緩衝液を抽出することができる。緩衝液の濃度とは、例えば、塩濃度であってもよく、糖濃度であってもよい。
【0058】
緩衝液としては、例えば、トリス系緩衝液、リン酸系緩衝液、及びクエン酸系緩衝液等の一般的な緩衝液が使用できる。本発明において緩衝液は、特に限定するものではないが、目的タンパク質に与え得る水和性や安定性、活性等、各タンパク特性への影響を考慮しつつ、当業者が適宜設定することができる。トリス系緩衝液の濃度は、例えば、10~300mMであってよく、10~100mMであってよい。リン酸系緩衝液の濃度は、例えば、10~200mMであってよい。クエン酸系緩衝液の濃度は、例えば、10~200mMであってよい。緩衝液のpHは、例えば、pH3~11、pH5~9又はpH7~9であってよい。
【0059】
第2の緩衝液に植物体を浸漬する時間は、例えば、1分~120分であってよく、5分~60分であってよく、10分~30分であってよい。
【0060】
緩衝液は、気孔、水孔又は断面から植物体内部に注入した緩衝液と同じものを使用してもよく、異なるものを使用してもよい。浸透圧を利用して植物体内部の緩衝液を抽出する場合には、気孔、水孔又は断面から植物体内部に注入した緩衝液と少なくとも浸透圧の異なる緩衝液を用いる。
【0061】
緩衝液は塩を含むものであってもよい。緩衝液に含まれる塩としては、例えば、塩化ナトリウム、塩化マグネシウム、及びリン酸ナトリウム等の一般的な塩が使用できる。無機塩類の種類や濃度は、目的タンパク質に与え得る水和性や安定性、活性等、各タンパク特性への影響を考慮しつつ、当業者が適宜設定することができる。緩衝液の塩濃度は、例えば、1~3000mM又は1~1000mMであってよい。浸透圧を利用して気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する場合には、植物体を浸漬させる第2の緩衝液の塩濃度は、気孔、水孔又は断面から植物体内部に注入した第1の緩衝液(アポプラストに含まれる緩衝液)の塩濃度よりも高い塩濃度であることが好ましく、例えば、10~3000mM又は10~1000mMであってよい。また、例えば、第2の緩衝液の塩濃度は、第1の緩衝液の塩濃度の1倍以上、2倍以上、1倍~1000倍、2倍~100倍であってよい。植物体内部に注入した第1の緩衝液の塩濃度よりも高い塩濃度である第2の緩衝液に植物体を浸漬させることで、浸透圧により、目的タンパク質を含む第1の緩衝液が、第2の緩衝液中に抽出される。
【0062】
緩衝液は糖を含むものであってもよい。緩衝液に含まれる糖としては、例えば、スクロース、トレハロース、及びマルトース等の一般的な糖が使用できる。糖の種類や濃度は、目的タンパク質に与え得る水和性や安定性、活性等、各タンパク特性への影響を考慮しつつ、当業者が適宜設定することができる。緩衝液の糖濃度は、例えば、0.1~50%又は0.1~10%であってよい。浸透圧を利用して気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する場合には、植物体を浸漬させる第2の緩衝液の糖濃度は、気孔、水孔又は断面から植物体内部に注入した第1の緩衝液(アポプラストに含まれる緩衝液)の糖濃度よりも高い糖濃度であることが好ましく、例えば、0.1~50%又は0.1~10%であってよい。また、例えば、第2の緩衝液の糖濃度は、第1の緩衝液の糖濃度の1倍以上、2倍以上、1倍~1000倍、2倍~100倍であってよい。植物体内部に注入した第1の緩衝液の糖濃度よりも高い糖濃度である第2の緩衝液に植物体を浸漬させることで、浸透圧により、目的タンパク質を含む第1の緩衝液が、第2の緩衝液中に抽出される。
【0063】
緩衝液は添加剤を含むものであってもよい。添加剤としては、例えば、EDTA、NTA、DTPA等のキレート剤、α-メルカプトエタノール、アスコルビン酸塩、メタ重硫酸ナトリウム及びジチオトレイトール等の酸化防止剤、SDS、CTAB、CHAPS及びTritonX-100等の界面活性剤、尿素、塩酸グアニジン等の変性剤、アスパラギン酸、グルタミン酸等のアミノ酸、グリセロール、イソプロパノール等のアルコール、セルラーゼ、プロテアーゼ、ペクチナーゼ等の酵素性タンパク質、エクスパンシン等の非酵素性タンパク質が挙げられる。
【0064】
緩衝液は添加剤を含まないものであってもよい。キレート剤等の添加剤を添加することで、緩衝液を気孔、水孔又は断面から抽出後に、カラム等によりその添加剤を除く工程が必要になる場合がある。本発明は、添加剤を含まない緩衝液を用いて目的タンパク質の抽出が可能であるため、添加剤を除く工程が不要であるという利点を有する。
【0065】
本工程を実施する際の温度は、特に制限されないが、例えば、例えば、1~50℃、1~30℃、1~15℃、又は4~50℃であってよい。目的タンパク質の変性を防ぐ目的から、30℃以下であることが好ましい。気孔、水孔又は断面から植物体内部へ緩衝液を注入する工程の温度と同じであってもよく、異なっていてもよい。
【0066】
遠心力を利用して抽出する方法としては、例えば、気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入した植物体を容器に入れ、遠心分離機で遠心することが挙げられる。遠心力により、気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液が容器内に放出される。遠心の条件は特に制限されないが、例えば、100rpm~20,000rpmで10~30分遠心することが挙げられる。
【0067】
目的タンパク質を含む緩衝液を抽出することで、緩衝液に含まれた状態で目的タンパク質を回収することができる。目的タンパク質の用途に応じて、目的タンパク質を緩衝液から分離精製する工程をさらに含んでもよい。目的タンパク質を緩衝液から精製する工程は、当業者によく知られた方法に従って行うことができるが、例えば、塩析、エタノール沈殿、限外濾過、透析、フィルターろ過、水性二相分離、ゲル濾過クロマトグラフィー、イオン交換カラムクロマトグラフィー、アフィニーティークロマトグラフィー、中高圧液体クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー等の方法又はこれらの組み合わせにより行うことができる。
【0068】
また、本実施形態に係る方法は、植物体の破砕を必要としないため、植物体を破砕した抽出液に含まれる不要な植物体成分を除去する精製工程を必要としないが、目的タンパク質の純度をさらに上げる目的から、気孔、水孔又は断面から抽出した緩衝液に含まれる不純物等を除去する精製工程をさらに含むことを妨げるものではない。
【0069】
また、本実施形態に係る方法は、目的タンパク質の存在及び/又は発現量を確認する工程を含んでもよい。当該工程は、目的タンパク質を含む緩衝液を抽出した後に行ってもよいし、分離精製等を行った後に行ってもよい。目的タンパク質の存在及び/又は発現量を確認する方法としては、例えば、ウエスタンブロッティング、及びアミノ酸配列解析等、当業者によく知られた方法に従って行うことができる。
【0070】
目的タンパク質の抽出効率向上の観点から、本実施形態に係る方法は、気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を注入することを含み、気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を抽出することを含むことが好ましい。この場合、例えば、植物体を緩衝液に浸漬させたままの状態で、加圧又は減圧により緩衝液を植物体内部に注入すること及び加圧又は減圧により植物体内部の緩衝液を抽出することを行ってもよい。また、例えば、植物体を緩衝液に浸漬させたままの状態で、加圧により緩衝液を植物体内部に注入すること及び減圧により植物体内部の緩衝液を抽出することを行ってもよい。また、気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程及び気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程を1セットとし、これを2セット以上繰り返すことを含んでもよい。上記セットを3セット以上、4セット以上、5セット以上繰り返してもよい。2セット以上繰り返すことで、目的タンパク質の回収効率がより向上する。上記セットを繰り返す上限は特に制限されないが、例えば、100セット以下、50セット以下又は20セット以下であってもよい。すべてのセット繰り返される間、植物体は緩衝液に浸漬させたままの状態であることが好ましい。
【0071】
また、目的タンパク質の抽出効率向上の観点から、本実施形態に係る方法は、気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程が、加圧又は減圧により緩衝液を注入することを含み、気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程が、浸透圧を利用して抽出することを含むことが好ましい。
【0072】
〔目的タンパク質の製造方法〕
本発明の一実施形態に係る目的タンパク質の製造方法は、アポプラストにおいて目的タンパク質を発現する植物体を準備する工程、植物体の気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程、及び気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程、を含む。
【0073】
アポプラストにおいて目的タンパク質を発現する植物体を準備する工程における、当該植物体を準備する方法については、上述した目的タンパク質の回収方法に記載の方法により実施することができる。
【0074】
植物体の葉の気孔、水孔又は断面から植物体内部に緩衝液を注入する工程、及び気孔、水孔又は断面から植物体内部の緩衝液を抽出する工程等を含む、本実施形態に係る方法における具体的な態様等は、上述した目的タンパク質の回収方法における具体的な態様等を制限なく適用できる。
【実施例】
【0075】
[実施例1 アポプラストにおいて目的タンパク質を発現する植物体の製造]
ホスホジエステラーゼ(目的タンパク質)の遺伝子を、タバコモザイクウイルス(TMV)ベクター(Icon Genetics社製)にクローニングし、アグロバクテリウムに導入して形質転換して培養した後、培養液の混合液をニコチアナ・ベンサミアーナの葉にインフィルトレーションし、1週間ほどで感染葉を収穫した。
【0076】
[実施例2 目的タンパク質の抽出及び回収]
以下の3種類の方法により、目的タンパク質の抽出及び回収を行った。なお、各抽出で用いた緩衝液組成のMgCl2は、本実施例で対象とする酵素の安定化に必須である為添加している。
【0077】
(加圧・減圧による緩衝液の注入及び抽出)
収穫した感染葉を、2mM MgCl2を添加した重量比5倍量の緩衝液(50mM Tris))に漬け込み、密封した耐圧シリンジ内に格納して、ピストンにより数秒加圧(<0.1MPa)して常圧に戻し、数秒間減圧(>-0.1MPa)して常圧に戻した。この加圧減圧処理を5セット繰り返して緩衝液を回収した。以下、この回収した緩衝液を加減圧抽出液ともいう。
【0078】
(減圧による緩衝液の注入及び高浸透圧緩衝液への浸漬による抽出)
収穫した感染葉を、2mM MgCl2を添加した緩衝液(50mM Tris)に漬け込み、耐圧デシケーター内に設置して、真空ポンプで減圧(~0.1MPa)し、常圧に戻した。感染葉を回収して液滴をふき取り、重量比5倍量の高塩濃度緩衝液(20mM PB pH7.4、0.5M NaCl、5mM MgCl2)に常温で10~30分間浸漬させて緩衝液を回収した。以下、この回収した緩衝液を浸透圧抽出液ともいう。
【0079】
(物理的破壊による抽出)
収穫した感染葉を液体窒素で凍結して乳鉢・乳棒で磨り潰し、2mM MgCl2を添加した重量比4倍量の緩衝液(50mM Tris)を添加して、室温で10分間懸濁したのち、遠心分離(4℃、10分間、12,000×g)して上清を回収した。以下、この回収した上清を破砕抽出液ともいう。
【0080】
[実施例3 各抽出液の分析]
実施例2において回収した各抽出液を、SDS-PAGE、ウエスタンブロット解析、総タンパク質含量測定、ホスホジエステラーゼ含量測定及びホスホジエステラーゼ活性測定にて分析した。
【0081】
(SDS-PAGE及びウエスタンブロット解析)
試料を非還元性変性試料ローディング緩衝液で処理し、タンパク質をSDS-PAGEで分離した。ゲルをCBB染色液(バイオラッド社製)で染色した。また、ゲルをHRP標識した抗ホスホジエステラーゼウサギポリクローナル抗体でウエスタンブロット解析し、ホスホジエステラーゼのバンドを特定した。
【0082】
(総タンパク質含量測定)
ウシ血清アルブミンを参照標準としたTCA-BCA法(MicroBCA Protein Assay Kit、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)で、総タンパク質含量を測定した。
【0083】
(ホスホジエステラーゼ活性測定)
Sphingomyelinase Assay Kit(アブカム社製)でホスホジエステラーゼ活性を測定した。
【0084】
(ホスホジエステラーゼ含量測定(ELISA))
96ウェルマイクロプレートを抗ホスホジエステラーゼウサギポリクローナル抗体で、5℃、15~18時間コーティングした。PBST(0.1%Tween-20を含有する0.01M PBS(リン酸緩衝食塩水)(pH7.4))でプレートを3回洗浄し、PBST中の2%ウシ血清アルブミンで、25℃、1時間ブロッキングした。精製ホスホジエステラーゼを標品としてPBSTで希釈し、試料をPBSTで希釈した。プレートをPBSTで3回洗浄し、標品と試料を加え、25℃、2時間インキュベートした。PBSTで3回洗浄し、HRP標識した抗ホスホジエステラーゼウサギポリクローナル抗体を加え、25℃、1時間インキュベートした。PBSTで3回洗浄し、発色基質(1-StepML tra TMB-ELISA、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を加えて25℃、20分間インキュベートし、0.313M 硫酸を加えて反応を停止した。プレートリーダー(EnSpire、パーキンエルマー社製)で波長450nmにおける吸光度を測定した。
【0085】
[実施例4 抽出効果の比較(1)]
一般的な物理的破砕による抽出液(実施例2の破砕抽出液)と加圧・減圧による抽出液(実施例2の加減圧抽出液)の抽出成分を比較した。
【0086】
破砕抽出液と加減圧抽出液のSDS-PAGE及びウエスタンブロット解析の結果を
図1に示す。破砕抽出液(
図1のレーン2)と比較して、加減圧抽出液(
図1のレーン1)はホスホジエステラーゼが同等以上抽出されている。また、加減圧抽出液において、ホスホジエステラーゼ以外の植物由来成分は検出されなかった。
【0087】
総タンパク質含量測定、ホスホジエステラーゼ含量測定及びホスホジエステラーゼ活性測定、並びに各測定結果につき感染葉あたりの物理的破砕による抽出量を100%としたときの加圧・減圧による抽出量を表1に示す。
【0088】
【0089】
破砕抽出液と比較して、加減圧抽出液の総タンパク質抽出量は8分の1に減少しているにもかかわらず、ホスホジエステラーゼの抽出量は2倍以上増加した。加圧・減圧による抽出は、不要な植物成分の抽出を大幅に抑制しつつ、発現タンパク質を高効率に抽出可能な方法であることが示された。
【0090】
[実施例5 抽出効果の比較(2)]
一般的な物理的破砕による抽出液(実施例2の破砕抽出液)と、高浸透圧緩衝液への浸漬による抽出液(実施例2の浸透圧抽出液)の抽出成分を比較した。
【0091】
破砕抽出液と浸透圧抽出液のSDS-PAGEおよびウエスタンブロット解析の結果を
図2に示す。破砕抽出液(
図2のレーン1)と比較して、浸透圧抽出液(
図2のレーン2)はホスホジエステラーゼが同程度抽出されている。また、浸透圧抽出液において、ホスホジエステラーゼ以外の植物由来成分は検出されなかった。
【0092】
総タンパク質含量測定、ホスホジエステラーゼ含量測定及びホスホジエステラーゼ活性測定、並びに各測定結果につき感染葉あたりの物理的破砕による抽出量を100%としたときの高浸透圧緩衝液への浸漬による抽出量を表2に示す。
【0093】
【0094】
破砕抽出液と比較して、浸透圧抽出液の総タンパク質抽出量が8分の1に減少しているにもかかわらず、ホスホジエステラーゼの抽出量は同程度であった。高浸透圧緩衝液への浸漬による抽出は、不要な植物成分の抽出を大幅に抑制しつつ、発現タンパク質を効率的に抽出可能な方法であることが示唆された。