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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-05
(45)【発行日】2025-03-13
(54)【発明の名称】土砂災害予測方法及び土砂災害予測装置
(51)【国際特許分類】
   G01W 1/00 20060101AFI20250306BHJP
   G08B 31/00 20060101ALI20250306BHJP
   G08B 21/10 20060101ALI20250306BHJP
   G01W 1/14 20060101ALI20250306BHJP
【FI】
G01W1/00 Z
G08B31/00 B
G08B21/10
G01W1/14 Z
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2021079333
(22)【出願日】2021-05-07
(65)【公開番号】P2022172962
(43)【公開日】2022-11-17
【審査請求日】2024-04-26
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度国土技術政策総合研究所「降雨の既往最大値超過を基軸とした革新的な警戒避難情報提供技術の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小杉 賢一朗
【審査官】鴨志田 健太
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-232537(JP,A)
【文献】特開2005-050236(JP,A)
【文献】特開2005-231392(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0045853(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第110703360(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01W 1/00
G08B 31/00
G08B 21/10
G01W 1/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
a) 予測対象の地点における過去の降雨イベントである当地過去降雨イベントにおいて観測された、1又は複数の雨量指標をそれぞれ表す値である1又は複数の過去雨量指標値、及び、それらが測定された時刻を含む当地過去降雨データを準備する過去降雨データ準備工程と、
b) 前記地点における予測対象時に得られる、前記1又は複数の雨量指標をそれぞれ表す値である1又は複数の予測対象雨量指標値を準備する予測対象雨量指標値準備工程と、
c) 前記当地過去降雨データから、前記1又は複数の雨量指標の全てにおいて前記過去雨量指標値が前記予測対象雨量指標値以上となる指標値超過降雨イベントを抽出する指標値超過降雨イベント抽出工程と、
d) 前記指標値超過降雨イベントのうち前記予測対象時に最も近い時刻に発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベントと決定する直近当地高降雨イベント決定工程

e) 前記直近当地高降雨イベントの発生時刻の古さを、土砂災害が発生する可能性の高さの指標として提供する指標提供工程と
を有することを特徴とする土砂災害予測方法。
【請求項2】
前記1又は複数の雨量指標が複数の雨量指標であることを特徴とする請求項1に記載の土砂災害予測方法。
【請求項3】
前記過去降雨データ準備工程において、前記1又は複数の過去雨量指標値として、3種以上であるN種の雨量指標についてそれぞれ得られた前記過去雨量指標値を準備し、
前記予測対象雨量指標値準備工程において、前記N種の雨量指標についてそれぞれ前記予測対象雨量指標値を準備し、
前記指標値超過降雨イベント抽出工程において、前記N種の雨量指標のうちの2種以上N種未満から成る雨量指標の組み合わせを複数組準備し、各組み合わせについてそれぞれ、該組み合わせにおける全ての雨量指標について前記過去雨量指標値が前記予測対象雨量指標値以上となる指標値超過降雨イベントを抽出し、
前記直近当地高降雨イベント決定工程において、前記各組み合わせについてそれぞれ、前記指標値超過降雨イベントのうち前記予測対象時に最も近い時刻に発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベント候補と特定し、該直近当地高降雨イベント候補のうちの最も古い時刻に発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベントと決定する
ことを特徴とする請求項1に記載の土砂災害予測方法。
【請求項4】
a) 予測対象の地点における過去の降雨イベントである当地過去降雨イベントにおいて観測された、1又は複数の雨量指標をそれぞれ表す値である1又は複数の過去雨量指標値、及び、それらが測定された時刻を含む当地過去降雨データを準備する過去降雨データ準備工程と、
b) 前記地点における予測対象時に得られる、前記1又は複数の雨量指標をそれぞれ表す値である1又は複数の予測対象雨量指標値を準備する予測対象雨量指標値準備工程と、
c) 前記当地過去降雨データから、前記1又は複数の雨量指標の全てにおいて前記過去雨量指標値が前記予測対象雨量指標値以上となる指標値超過降雨イベントを抽出する指標値超過降雨イベント抽出工程と、
d) 前記指標値超過降雨イベントのうち前記予測対象時に最も近い時刻に発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベントと決定する直近当地高降雨イベント決定工程
と、
e) 前記地点において過去に、土砂災害を引き起こした当地過去降雨イベントの終了時刻、当地過去降雨イベントの期間中以外の時間に土砂災害が発生した時刻又は土砂災害発生の危険性を高める事象が発生した時刻である警戒判断時刻を準備する警戒判断時刻準備工程と、
f) 前記警戒判断時刻が前記直近当地高降雨イベントが発生した時刻と前記予測対象時の間の時刻である場合に土砂災害発生の危険性が高くなっていると判定する土砂災害発生危険性判定工程と
を有することを特徴とする土砂災害予測方法。
【請求項5】
a) 予測対象の地点における過去の降雨イベントである当地過去降雨イベントにおいて観測された、1又は複数の雨量指標をそれぞれ表す値である1又は複数の過去雨量指標値、及び、それらが測定された時刻を含む当地過去降雨データを取得する当地過去降雨データ取得部と、
b) 前記地点における予測対象時に得られる、前記1又は複数の雨量指標をそれぞれ表す値である1又は複数の予測対象雨量指標値を取得する予測対象雨量指標値取得部と、
c) 前記当地過去降雨データから、前記1又は複数の雨量指標の全てにおいて前記過去雨量指標値が前記予測対象雨量指標値以上となる指標値超過降雨イベントを抽出する指標値超過降雨イベント抽出部と、
d) 前記指標値超過降雨イベントのうち前記予測対象時に最も近い時刻に発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベントと決定する直近当地高降雨イベント決定部と
e) 前記直近当地高降雨イベントの発生時刻の古さを、土砂災害が発生する可能性の高さの指標として提供する指標提供部と
を備えることを特徴とする土砂災害予測装置。
【請求項6】
前記1又は複数の雨量指標が複数の雨量指標であることを特徴とする請求項5に記載の土砂災害予測装置。
【請求項7】
前記過去降雨データ取得部において、前記1又は複数の過去雨量指標値として、3種以上であるN種の雨量指標についてそれぞれ得られた前記過去雨量指標値を取得し、
前記予測対象雨量指標値取得部において、前記N種の雨量指標についてそれぞれ前記予測対象雨量指標値を取得し、
前記指標値超過降雨イベント抽出部において、前記N種の雨量指標のうちの2種以上N種未満から成る雨量指標の組み合わせを複数組準備し、各組み合わせについてそれぞれ、該組み合わせにおける全ての雨量指標について前記過去雨量指標値が前記予測対象雨量指標値以上となる指標値超過降雨イベントを抽出し、
前記直近当地高降雨イベント決定部において、前記各組み合わせについてそれぞれ、前記指標値超過降雨イベントのうち前記予測対象時に最も近い時刻に発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベント候補と特定し、該直近当地高降雨イベント候補のうちの最も古い時刻に発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベントと決定する
ことを特徴とする請求項5に記載の土砂災害予測装置。
【請求項8】
a) 予測対象の地点における過去の降雨イベントである当地過去降雨イベントにおいて観測された、1又は複数の雨量指標をそれぞれ表す値である1又は複数の過去雨量指標値、及び、それらが測定された時刻を含む当地過去降雨データを取得する当地過去降雨データ取得部と、
b) 前記地点における予測対象時に得られる、前記1又は複数の雨量指標をそれぞれ表す値である1又は複数の予測対象雨量指標値を取得する予測対象雨量指標値取得部と、
c) 前記当地過去降雨データから、前記1又は複数の雨量指標の全てにおいて前記過去雨量指標値が前記予測対象雨量指標値以上となる指標値超過降雨イベントを抽出する指標値超過降雨イベント抽出部と、
d) 前記指標値超過降雨イベントのうち前記予測対象時に最も近い時刻に発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベントと決定する直近当地高降雨イベント決定部と、
e) 前記地点において過去に、土砂災害を引き起こした当地過去降雨イベントの終了時刻、当地過去降雨イベントの期間中以外の時間に土砂災害が発生した時刻又は土砂災害発生の危険性を高める事象が発生した時刻である警戒判断時刻を取得する警戒判断時刻取得部と、
f) 前記警戒判断時刻が前記直近当地高降雨イベントが発生した時刻と前記予測対象時の間の時刻である場合に土砂災害発生の危険性が高くなっていると判定する土砂災害発生危険性判定部と
を備えることを特徴とする土砂災害予測装置。
【請求項9】
請求項5~7のいずれか1項に記載の土砂災害予測装置にネットワークを介して接続して使用される利用者端末であるコンピュータを機能させるためのプログラムであって、該コンピュータを、
前記直近当地高降雨イベントを、ネットワークを介して前記指標提供部から取得する直近当地高降雨イベント取得部と、
前記直近当地高降雨イベント取得部が取得した前記直近当地高降雨イベントを前記利用者端末の利用者に通知する直近当地高降雨イベント通知部
として機能させるものであることを特徴とする土砂災害予測システム向け利用者端末用プログラム。
【請求項10】
請求項8に記載の土砂災害予測装置にネットワークを介して接続して使用される利用者端末であるコンピュータを機能させるためのプログラムであって、
該コンピュータを、前記土砂災害発生危険性判定部が前記地点における土砂災害発生の危険性が高くなっていると判定したときに所定の情報を通知する土砂災害発生危険性通知部として機能させるものであることを特徴とする土砂災害予測システム向け利用者端末用プログラム。
【請求項11】
さらに、前記コンピュータを
前記地点において過去に、土砂災害を引き起こした当地過去降雨イベントの終了時刻、当地過去降雨イベントの期間中以外の時間に土砂災害が発生した時刻又は土砂災害発生の危険性を高める事象が発生した時刻である警戒判断時刻を利用者に入力させる警戒判断時刻入力部と、
前記直近当地高降雨イベント決定部から前記直近当地高降雨イベントが発生した時刻を取得し、前記警戒判断時刻入力部に入力された前記警戒判断時刻が該直近当地高降雨イベントが発生した時刻と前記予測対象時の間の時刻である場合に土砂災害発生の危険性が高くなっていると判定する利用者端末側土砂災害発生危険性判定部
として機能させるものであることを特徴とする請求項9又は10に記載の土砂災害予測システム向け利用者端末用プログラム。
【請求項12】
さらに、前記コンピュータを
複数の予測対象地点候補の情報を取得する予測対象地点候補情報取得部と、
前記複数の予測対象地点候補のうちの1つを前記地点として利用者に選択させる予測対象地点選択部
として機能させるものであることを特徴とする請求項9~11のいずれか1項に記載の土砂災害予測システム向け利用者端末用プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、降雨に伴う斜面崩壊や土石流等の土砂災害の発生を予測する土砂災害予測方法及び土砂災害予測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
斜面崩壊や土石流等の土砂災害は人命に関わる甚大な被害をもたらす。そのため、土砂災害の発生を予測し、避難の時期を的確に判断することが重要である。
【0003】
強い降雨が生じると、たとえ短時間であっても土砂災害が生じる確率が高くなる。また、長時間降雨が継続した場合には、瞬間的な降雨強度がさほど大きくなくとも土砂災害が生じる確率が高くなる。従って、土砂災害の予測は、短期的な降雨の強度と、長期的な降雨の総量の双方を考慮して行う必要がある。
【0004】
特許文献1には、短期的な降雨の強度を表す短期的雨量指標値と、長期的な降雨の総量を表す長期的雨量指標値を用いて、現在進行中の降雨イベントによる土砂災害の発生を予測する方法が記載されている。この方法では、予め、短期的雨量指標値及び長期的雨量指標値のうちの一方をX軸、他方をY軸とするグラフ(図18)上に、過去の降雨イベントでそれぞれ観測された短期的雨量指標値及び長期的雨量指標値のデータ点(過去データ点91)をプロットしたグラフを作成しておく。このグラフにおいて、全ての過去データ点91を包含する領域の外縁を構成する過去データ点91(これを境界過去データ点911とする)を、X軸及びY軸に平行な直線で階段状に結び、これを境界線92(図18中の実線)とする。
【0005】
そのうえで、現在進行中の降雨イベントにおいて現時点(予測時)までに得られたデータに基づいて長期的雨量指標値及び短期的雨量指標値を求め、前記グラフ上に予測時データ点93としてプロットする。このような予測時データ点93のプロットを降雨イベント中逐次続けてゆき、この予測時データ点93が境界線92よりも外側にプロットされたとき(図18の点931)、過去に経験したことの無い降雨が生じており土砂災害に対して特に厳重な警戒が必要であることを意味する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2015-232537号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】牧原康隆・平沢正信著、「斜面崩壊危険度予測におけるタンクモデルの精度」、気象庁研究時報、第45巻第2号第35-70頁、1993年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載の方法では、予測時データ点93が境界線92よりも内側にあるとき、すなわち、現在の降雨が過去に経験したことの無い降雨までには達していないときには、土砂災害発生の危険性がどの程度高まっているのかを過去の降雨と照らし合わせて判断することができない。
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、土砂災害発生の危険性がどの程度高まっているかを過去の降雨と照らし合わせて判断する指標を提供することができる土砂災害予測方法及び土砂災害予測装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明に係る土砂災害予測方法は、
a) 予測対象の地点における過去の降雨イベントである当地過去降雨イベントにおいて観測された、1又は複数の雨量指標をそれぞれ表す1又は複数の過去雨量指標値、及び、それらが測定された時刻を含む当地過去降雨データを準備する過去降雨データ準備工程と、
b) 前記地点における予測対象時に得られる、前記1又は複数の雨量指標をそれぞれ表す値である1又は複数の予測対象雨量指標値を準備する予測対象雨量指標値準備工程と、
c) 前記当地過去降雨データから、1又は複数の雨量指標の全てにおいて前記過去雨量指標値が前記予測対象雨量指標値以上となる指標値超過降雨イベントを抽出する指標値超過降雨イベント抽出工程と、
d) 前記指標値超過降雨イベントのうち前記予測対象時に最も近い時刻に発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベントと決定する直近当地高降雨イベント決定工程と
を有することを特徴とする。
【0011】
ここで、「降雨イベント」は、降雨が開始してから、降雨が終了するまで又は降雨の終了後一定時間(例えば24時間)が経過するまでの一連の事象を指す。
【0012】
「時刻」は、雨量指標により時刻が定まるのであれば、それを用いることができる。或いは、当該過去降雨イベントにおける最大瞬間降雨時としてもよい。更には、当該過去降雨イベントの開始時や終了時としてもよい。この「時刻」は、少なくとも過去雨量指標値が得られた年を含み、月・日・時、さらには分以下の単位も含み得る。
【0013】
「予測対象時」は、予測を実行する現時点であってもよいし、現時点以降、すなわち将来(例えば現時点から数時間後)であってもよい。将来を対象として予測を実行する場合には、現時点までの雨量の観測値に現時点から予測対象時までの雨量の予報値を加えたものを用いて予測対象雨量指標値を定める。
【0014】
本発明に係る土砂災害予測方法では、1又は複数の雨量指標(「複数」の場合にはそれらのいずれも)が予測対象時の値以上となる予測対象地点(当地)の過去の降雨イベント(当地過去降雨イベント)を全て抽出したうえで(抽出されたものが「指標値超過降雨イベント」である)、それら指標値超過降雨イベントの中で予測対象時に最も近い時刻における指標値超過降雨イベントを直近当地高降雨イベントと決定する。直近当地高降雨イベントは、当地における予測対象時の降雨が「過去のどの降雨イベント以来(いつ以来)の降雨になっているか」を示している。経験則上、降雨イベントにおける雨量指標が大きくなればなるほど、その降雨イベントの発生頻度は低下する。すなわち、雨量指標が大きくなればなるほど、その降雨イベントの発生時間間隔は長くなる。従って、本発明の方法により決定された直近当地高降雨イベントの発生時が古いほど、当地における予測対象時の雨量指標は、その程度が過去に例の無い大きさであることを表す。このことは、予測対象時において、土砂災害が発生する可能性が高くなっていることを示しており、本方法により決定される直近当地高降雨イベントの情報は、土砂災害発生の危険性がどの程度高まっているかを判断する指標となる。また、予測対象時と同等以上の降雨イベントの中で直近のものは、より記憶が鮮明に人々の頭の中に残っており、また、より多くの且つ詳細な記録が残っている可能性が高い。従って、そのような直近当地高降雨イベントの抽出は、予測対象時の降雨イベントへの対処に大いに参考となる。
【0015】
なお、過去の降雨データの記録が存在する期間の全体に亘って指標値超過降雨イベントが存在しないときには、前述の定義によれば直近当地高降雨イベントを規定することができないことから、便宜的に過去の降雨データの記録開始時刻を直近当地高降雨イベントの発生時刻として取り扱うとよい。
【0016】
前記「1又は複数の雨量指標」は複数の雨量指標であることが好ましい。複数の雨量指標を用いることにより、単一の雨量指標で判断するよりも多面的な観点で判断することができ、いわゆる見逃し(土砂災害が発生する可能性が低いと判断したにも関わらず、実際には土砂災害が発生すること)が生じることを軽減することができる。
【0017】
なお、前記複数の雨量指標は、少なくとも第1及び第2の雨量指標という2種の雨量指標を用いれば足りるが、N種(N≧3、すなわち3種以上)の雨量指標を用いてもよい。
【0018】
雨量指標には、例えば、以下のように定義される実効雨量を用いることができる(特許文献1参照)。時間雨量データを用いる場合、或る時刻tにおける実効雨量は、パラメータMを含む関数X(M, t)であって、
X(M, t)=X(M, t-1)exp(α)+R(t) …(1)
で表される。ここでX(M, t-1)は時刻tの1時間前(時刻(t-1))における実効雨量、R(t)は時刻(t-1)からtの間の1時間における雨量(時間雨量)である。また、αは減少係数と呼ばれる負の係数であって、パラメータMを用いて
α=ln(0.5)/M
で表される。実効雨量X(M, t)の式(1)は、或る時刻tに降った雨量R(t)が土壌内に残存する量が、時間Mを経過するとR(t)の半分に減少することを意味している。そのため、パラメータMは「半減期」と呼ばれる。そして、半減期Mの長さが異なる2つの実効雨量をそれぞれ、前記第1の雨量指標及び前記第2の雨量指標として用いることができる。なお、実効雨量を計算する際には、時刻tが0であるときの初期値であるX(M, 0)を設定する。初期値X(M, 0)は、通常は理論上の最小値である0とすればよい。
【0019】
実効雨量を前記複数の雨量指標として用いる場合には、互いに半減期Mの長さが異なる複数の実効雨量を用いることができ、さらに、それら複数の実効雨量と他の雨量指標を組み合わせて用いてもよい。あるいは、或る半減期Mを有する1つの実効雨量と、実効雨量以外の1又は複数の雨量指標を組み合わせて用いてもよい。また、実効雨量は用いずに、実効雨量以外の1又は複数の雨量指標を用いてもよい。実効雨量以外の雨量指標として、土壌雨量指数、土壌雨量指数を計算する際に用いられるタンクモデル(非特許文献1参照)における各タンクの貯水量、60分間雨量、降り始めからの積算雨量(以下、単に「積算雨量」とする)、降雨継続時間等が挙げられる。
【0020】
本発明に係る土砂災害予測方法において、
前記過去降雨データ準備工程において、前記1又は複数の過去雨量指標値として、3種以上であるN種の雨量指標についてそれぞれ得られた過去雨量指標値を準備し、
前記予測対象雨量指標値準備工程において、前記N種の雨量指標についてそれぞれ前記予測対象雨量指標値を準備し、
前記指標値超過降雨イベント抽出工程において、前記N種の雨量指標のうちの2つ以上N未満から成る雨量指標の組み合わせを複数組準備し、各組み合わせについてそれぞれ、該組み合わせにおける全ての雨量指標について前記過去雨量指標値が前記予測対象雨量指標値以上となる指標値超過降雨イベントを抽出し、
前記直近当地高降雨イベント決定工程において、前記各組み合わせについてそれぞれ、前記指標値超過降雨イベントのうち前記予測対象時に最も近い時刻に発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベント候補と特定し、該直近当地高降雨イベント候補のうちの最も古い時刻に発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベントと決定する
ようにしてもよい。
【0021】
なお、前記複数組の雨量指標の組み合わせの各々において、過去の降雨データの記録が存在する期間の全体に亘って指標値超過降雨イベントが存在しないときには、便宜的に過去の降雨データの記録開始時刻を当該組み合わせにおける直近当地高降雨イベント候補の発生時刻として取り扱うとよい。
【0022】
前記指標値超過降雨イベント抽出工程では、前記複数組の雨量指標の組み合わせについてそれぞれ指標値超過降雨イベントを抽出することに加えて、1又は複数の雨量指標を対象として(他の雨量指標とは組み合わせず、雨量指標が複数の場合にはそれぞれ)単独の雨量指標を用いて指標値超過降雨イベントを抽出してもよい。その場合には、前記直近当地高降雨イベント決定工程では、前記複数組の雨量指標の組み合わせについてそれぞれ指標値超過降雨イベントから直近当地高降雨イベント候補を求めると共に、それら単独の雨量指標の各々について指標値超過降雨イベントから直近当地高降雨イベント候補を求め、それらの直近当地高降雨イベント候補を合わせたもののうちの最も古い時刻に発生したものを直近当地高降雨イベントと決定する。単独の雨量指標を用いて指標値超過降雨イベントを抽出する場合にも、過去の降雨データの記録が存在する期間の全体に亘って指標値超過降雨イベントが存在しないときには、便宜的に過去の降雨データの記録開始時刻を当該雨量指標における直近当地高降雨イベント候補の発生時刻として取り扱うとよい。
【0023】
上述のように雨量指標には多数のものが存在するうえに、予測対象の地点における地形、地質、土壌、植生の状態等によって土砂災害発生の予測に適した指標やその組み合わせが相違する。それら多数の雨量指標のうちのどれが当該地点における土砂災害発生の予測に適した指標であるかを選択することや、それら雨量指標の組み合わせのうちのどれが当該地点における土砂災害発生の予測に適した組み合わせであるかを選択することは難しい。そこで、3種以上であるN種の雨量指標についてそれぞれ過去雨量指標値及び予測対象雨量指標値を準備し、N種の雨量指標のうちの2つ以上N未満から成る複数組の雨量指標の組み合わせについてそれぞれ指標値超過降雨イベントを抽出したうえで直近当地高降雨イベント候補を特定する。さらに1又は複数の雨量指標を対象として指標値超過降雨イベントを抽出した場合には、当該単独の雨量指標についても(雨量指標が複数の場合にはそれぞれ)直近当地高降雨イベント候補を特定する。そのうえで、それら直近当地高降雨イベント候補のうちの最も古い時刻に発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベントと決定する。これにより、雨量指標やその組み合わせの選択を考慮することなく直近当地高降雨イベントを決定することができる。ここで、直近当地高降雨イベント候補のうちの最も古い時刻に発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベントとすることにより、前記雨量指標やその組み合わせのうちのいずれが最適なものである場合にも、当該最適な雨量指標やその組み合わせから得られる直近当地高降雨イベント候補よりも新しい、すなわち土砂災害発生の危険性が低いことを示すものが直近当地高降雨イベントとされることがないため、土砂災害発生の危険性を見落とす可能性を低くすることができる。
【0024】
あるいは、前記指標値超過降雨イベント抽出工程において、(雨量指標の組み合わせは用いずに)複数の雨量指標を対象としてそれぞれ単独の雨量指標を用いて抽出した指標値超過降雨イベントから、単独の雨量指標の各々について直近当地高降雨イベント候補を求め、それら直近当地高降雨イベント候補のみに基づいて、それら直近当地高降雨イベント候補のうちの最も古い時刻に発生したものを直近当地高降雨イベントと決定してもよい。このように、それぞれ単独の雨量指標のみを用いて直近当地高降雨イベント候補を求めることにより、直近当地高降雨イベント候補を決定するプロセスを簡略化することができる。単独の雨量指標において過去の降雨データの記録が存在する期間の全体に亘って指標値超過降雨イベントが存在しないときの取り扱いは上記と同様である。
【0025】
その他、1組の雨量指標の組み合わせと、1又は複数の単独の雨量指標について、それぞれ指標値超過降雨イベントの抽出及び直近当地高降雨イベント候補の特定を行ってもよい。
【0026】
本発明に係る土砂災害予測方法において、さらに、
前記地点において過去に、土砂災害を引き起こした当地過去降雨イベントの終了時刻、当地過去降雨イベントの期間中以外の時間に土砂災害が発生した時刻又は土砂災害発生の危険性を高める事象が発生した時刻である警戒判断時刻を準備する警戒判断時刻準備工程と、
前記警戒判断時刻が前記直近当地高降雨イベントが発生した時刻と前記予測対象時の間の時刻である場合に土砂災害発生の危険性が高くなっていると判定する土砂災害発生危険性判定工程と
を有するという構成を取ることができる。
【0027】
このように警戒判断時刻が直近当地高降雨イベントが発生した時刻と予測対象時の間の時刻である場合に土砂災害発生の危険性が高くなっていると判定することにより、土砂災害発生の危険性が高まっていることをより確実に認知することができる。なお、本明細書では、「直近当地高降雨イベントの発生時刻と予測対象時の間の時刻」は、直近当地高降雨イベントの発生時刻と同じ時刻を含むものとする。
【0028】
警戒判断時刻は、予測対象の地点において過去に降雨イベントによって土砂災害が発生している場合には、当該土砂災害を引き起こした当地過去降雨イベントの終了時刻とすることができる。一方、当地過去降雨イベントの終了後に土砂災害が発生していた場合や、当地過去降雨イベント以外の事象によって土砂災害が発生していた場合等、当地過去降雨イベントの期間中以外の時間に土砂災害が発生していた場合には、当該土砂災害が発生した時刻を警戒判断時刻とすることができる。さらに、過去に土砂災害が発生するに至らずとも土砂災害発生の危険性を高めるような事象が発生していた場合には、当該事象の発生時刻を警戒判断時刻とすることができる。そのような事象を引き起こす原因として、例えば、予測対象の地点において地震によって強い揺れを受けることが挙げられる。このように強い揺れを受けることにより、地盤が緩み、土砂災害発生の危険性が高くなる。また、土砂災害発生の危険性を高める事象を引き起こす原因の他の例として、風害によって大規模な倒木が発生することが挙げられる。倒木が発生すると、地盤を支える樹木の根が枯れてしまううえに、雨水が地中に浸透し易くなるため、斜面崩壊発生の危険性が高くなる。また、火山の噴火によって火山灰が堆積すると、土壌の浸透能が低下することにより洪水流が増加し、土石流発生の危険性が高くなる。さらに、樹木の伐採、道路開発、太陽光パネルの設置等の人為的な開発行為や、斜面や流域の水文環境を変化させる土地利用形態の変更等も、土砂災害発生の危険性を高める事象を引き起こす原因となり得る。
【0029】
本発明に係る土砂災害予測装置は、
a) 予測対象の地点における過去の降雨イベントである当地過去降雨イベントにおいて観測された、1又は複数の雨量指標をそれぞれ表す1又は複数の過去雨量指標値、及び、それらが測定された時刻を含む当地過去降雨データを取得する当地過去降雨データ取得部と、
b) 前記地点における予測対象時に得られる、前記1又は複数の雨量指標をそれぞれ表す値である1又は複数の予測対象雨量指標値を取得する予測対象雨量指標値取得部と、
c) 前記当地過去降雨データから、1又は複数の雨量指標の全てにおいて前記過去雨量指標値が前記予測対象雨量指標値以上となる指標値超過降雨イベントを抽出する指標値超過降雨イベント抽出部と、
d) 前記指標値超過降雨イベントのうち前記予測対象時に最も近い時刻に発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベントと決定する直近当地高降雨イベント決定部と
を備えることを特徴とする。
【0030】
前記土砂災害予測装置において、前記「1又は複数の雨量指標」は複数の雨量指標であることが好ましい。
【0031】
前記土砂災害予測装置は、
前記過去降雨データ取得部において、前記1又は複数の過去雨量指標値として、3種以上であるN種の雨量指標についてそれぞれ得られた過去雨量指標値を取得し、
前記予測対象雨量指標値取得部において、前記N種の雨量指標についてそれぞれ前記予測対象雨量指標値を取得し、
前記指標値超過降雨イベント抽出部において、前記N種の雨量指標のうちの2つ以上N未満から成る雨量指標の組み合わせを複数組準備し、各組み合わせについてそれぞれ、該組み合わせにおける全ての雨量指標について前記過去雨量指標値が前記予測対象雨量指標値以上となる指標値超過降雨イベントを抽出し、
前記直近当地高降雨イベント決定部において、前記各組み合わせについてそれぞれ、前記指標値超過降雨イベントのうち前記予測対象時に最も近い時刻に発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベント候補と特定し、該直近当地高降雨イベント候補のうちの最も古い時刻に発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベントと決定する
という構成を有していてもよい。
【0032】
前記土砂災害予測装置はさらに、
前記地点において過去に、土砂災害を引き起こした当地過去降雨イベントの終了時刻、当地過去降雨イベントの期間中以外の時間に土砂災害が発生した時刻又は土砂災害発生の危険性を高める事象が発生した時刻である警戒判断時刻を取得する警戒判断時刻取得部と、
前記警戒判断時刻が前記直近当地高降雨イベントが発生した時刻と前記予測対象時の間の時刻である場合に土砂災害発生の危険性が高くなっていると判定する土砂災害発生危険性判定部と
を備えていてもよい。
【0033】
本発明において、前記土砂災害予測装置を自治体等の管理者が保有したうえで、インターネット等のネットワークを介して住民等の利用者が有するPC(パーソナルコンピュータ)、スマートフォン、タブレット等の利用者端末に接続するようにしてもよい。本発明では、そのような利用者端末で使用するプログラムも提供する。本発明に係る土砂災害予測システム向け利用者端末用プログラムは、ネットワークを介して前記土砂災害予測装置に接続して使用される利用者端末であるコンピュータを、
前記直近当地高降雨イベントを、ネットワークを介して前記直近当地高降雨イベント決定部から取得する直近当地高降雨イベント取得部と、
前記直近当地高降雨イベント取得部が取得した前記直近当地高降雨イベントを前記利用者端末の利用者に通知する直近当地高降雨イベント通知部
として機能させるものである。
【0034】
直近当地高降雨イベント通知部は、例えば、直近当地高降雨イベントの情報を表示部に表示したり、音声を発することにより、直近当地高降雨イベントを利用者端末の利用者に通知することができる。
【0035】
本発明に係る土砂災害予測システム向け利用者端末用プログラムによれば、直近当地高降雨イベントを住民等の利用者端末の利用者に的確に通知することができる。
【0036】
前記土砂災害予測装置が前記警戒判断時刻取得部及び前記土砂災害発生危険性判定部を有する場合には、本発明に係る土砂災害予測システム向け利用者端末用プログラムは、前記土砂災害発生危険性判定部が前記地点における土砂災害発生の危険性が高くなっていると判定したときに所定の情報を通知する土砂災害発生危険性通知部として機能させるものとすることができる。このように利用者端末を土砂災害発生危険性通知部として機能させることにより、土砂災害発生の危険性をより確実に利用者端末の利用者に伝えることができる。前記所定の情報は、例えば当該情報を表示部に表示したり、音声を発することにより利用者端末の利用者に通知することができる。
【0037】
なお、土砂災害予測システム向け利用者端末用プログラムを土砂災害発生危険性通知部として機能させる場合には、さらに前記直近当地高降雨イベント取得部及び前記直近当地高降雨イベント通知部として機能させてもよいし、それら直近当地高降雨イベント取得部及び直近当地高降雨イベント通知部としての機能は省略して(すなわち直近当地高降雨イベントは利用者端末の利用者には通知せずに)土砂災害発生の危険性が高くなっているときにその旨の情報のみを利用者に通知するようにしてもよい。
【0038】
警戒判断時刻取得部及び土砂災害発生危険性判定部は、土砂災害予測装置と共に又は土砂災害予測装置の代わりに、利用者端末に設けてもよい。その場合、本発明に係る土砂災害予測システム向け利用者端末用プログラムはさらに、前記コンピュータを
前記地点において過去に、土砂災害を引き起こした当地過去降雨イベントの終了時刻、当地過去降雨イベントの期間中以外の時間に土砂災害が発生した時刻又は土砂災害発生の危険性を高める事象が発生した時刻である警戒判断時刻を利用者に入力させる警戒判断時刻入力部と、
前記直近当地高降雨イベント決定部から前記直近当地高降雨イベントが発生した時刻を取得し、前記警戒判断時刻入力部に入力された前記警戒判断時刻が該直近当地高降雨イベントが発生した時刻と前記予測対象時の間の時刻である場合に土砂災害発生の危険性が高くなっていると判定する利用者端末側土砂災害発生危険性判定部
として機能させる。
【0039】
警戒判断時刻入力部から利用者が入力する警戒判断時刻は、前記警戒判断時刻準備工程及び土砂災害発生危険性判定工程を有する土砂災害予測方法において対象としている警戒判断時刻と同様のものとすることができる。
【0040】
本発明に係る土砂災害予測システム向け利用者端末用プログラムはさらに、前記コンピュータを
複数の予測対象地点候補の情報を取得する予測対象地点候補情報取得部と、
前記複数の予測対象地点候補のうちの1つを前記地点として利用者に選択させる予測対象地点選択部
として機能させるようにしてもよい。
【0041】
このように複数の予測対象地点候補のうちの1つを予測対象の地点として利用者に選択させることにより、利用者の居住地域内の地点やその他の利用者が関心を有している地点における土砂災害の危険性に関する情報を的確に伝達することができる。
【発明の効果】
【0042】
本発明に係る土砂災害予測方法及び装置によれば、いつ以来の降雨であるかを示し、土砂災害発生の危険性がどの程度高まっているかを過去の降雨と照らし合わせて判断する指標となる直近当地高降雨イベントを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
図1】本発明に係る土砂災害予測装置の第1及び第2実施形態を示す概略構成図。
図2】本発明に係る土砂災害予測方法の第1実施形態を示すフローチャート。
図3】第1実施形態の土砂災害予測方法における第1及び第2過去雨量指標値、第1及び第2予測対象雨量指標値、指標値超過時刻並びに直近当地高降雨イベント発生時刻を示すグラフ。
図4】いつ以来の降雨であるかを規定することを説明するための図。
図5】第1実施形態において表示部に表示するグラフの例。
図6図5のグラフが示す情報を説明する図。
図7】本発明に係る土砂災害予測方法の第2実施形態を示すフローチャート。
図8】N種の雨量指標のうちの2つを選択した組み合わせを示す図。
図9】本発明に係る土砂災害予測装置の第3実施形態を示す概略構成図。
図10】本発明に係る土砂災害予測方法の第3実施形態を示すフローチャート。
図11】第3実施形態において表示部に表示するグラフの例。
図12】第3実施形態において表示部に表示するグラフの他の例。
図13】本発明の第4実施形態である土砂災害予測装置及び土砂災害予測システム向け利用者端末用プログラムを示す概略構成図。
図14】第1実施例において、60分間雨量の実測値(上段)に基づいて直近当地高降雨イベント発生時刻を求めた例(下段)を示すグラフ。
図15】第1実施例において、2020年7月3日18時時点で得られた積算雨量の予報値(上段)及び60分間雨量の予報値(中段)に基づいて直近当地高降雨イベント発生時刻を求めた例(下段)を示すグラフ。
図16】第1実施例において、2020年7月3日21時時点で得られた積算雨量の予報値(上段)及び60分間雨量の予報値(中段)に基づいて直近当地高降雨イベント発生時刻を求めた例(下段)を示すグラフ。
図17】第2実施例において、60分間雨量の実測値(上段)に基づいて直近当地高降雨イベント発生時刻を求めた例(下段)を示すグラフ。
図18】従来の土砂災害予測方法を説明するための図であって、過去の降雨に基づくデータ点、該データ点に基づいて設定した境界線、及び現在進行中の降雨におけるデータ点を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0044】
図1図13を用いて、本発明に係る土砂災害予測方法及び土砂災害予測装置の第1~第4実施形態を説明する。まず、第1実施形態では、前記1又は複数の雨量指標として第1の雨量指標と第2の雨量指標という2つの雨量指標を用いて、土砂災害予測の指標となる直近当地高降雨イベントを求めるための方法及び装置を説明する。第2実施形態では、3つ以上の雨量指標を用いて直近当地高降雨イベントを求めるための方法及び装置を説明する。第1及び第2実施形態の方法及び装置で得られる直近当地高降雨イベントは、前述のようにそれ自体が土砂災害発生の危険性がどの程度高まっているかを判断する指標となるものである。第3実施形態では、第1又は第2実施形態の方法及び装置で得られる直近当地高降雨イベントを用いてさらに、土砂災害発生の危険性を判定する操作を行う構成を有する方法及び装置を説明する。第4実施形態では、土砂災害予測装置に加えて、土砂災害予測システム向け利用者端末用プログラムについても説明する。
【0045】
各実施形態の説明の前に、雨量指標について説明する。雨量指標には、実効雨量、土壌雨量指数、60分間雨量、積算雨量、降雨継続時間等を用いることができる。これらのうち実効雨量に関しては、互いに半減期が異なる複数の実効雨量を複数の雨量指標として用いてもよいし、1つの半減期について得られる1つの実効雨量を実効雨量以外の雨量指標と組み合わせて用いてもよい。ここで例示した各雨量指標のうち、60分間雨量は短期的な降雨の強度を示しており、土壌雨量指数、積算雨量、降雨継続時間は長期的な降雨の総量を示している。実効雨量は、半減期を短くした場合には短期的な降雨の強度を示し、半減期を長くした場合には長期的な降雨の総量を示す。
【0046】
(1) 第1実施形態
第1実施形態の土砂災害予測装置10は、図1に示すように、当地過去降雨データ取得部11と、予測対象雨量指標値取得部12と、指標値超過降雨イベント抽出部13と、直近当地高降雨イベント決定部14とを有する。これら各部は、第1実施形態の土砂災害予測方法を実行するソフトウエア、及び該ソフトウエアにより動作する中央演算装置等のハードウエアにより具現化されるものである。これら各部の機能は、第1実施形態の土砂災害予測方法の説明と共に後述する。土砂災害予測装置10はさらに、使用者が当地過去降雨データ取得部11及び予測対象雨量指標値取得部12に対して所定のデータを入力する際等に用いる入力部16と、上記各部による処理の結果得られる直近当地高降雨イベントを示す情報を表示する表示部17と、各種データを記憶する記憶部18とを備える。
【0047】
以下、図3のグラフ及び図4の説明図を参照しつつ、図2のフローチャートを用いて、土砂災害予測装置10の動作及び第1実施形態の土砂災害予測方法を説明する。なお、図3では第1実施形態の方法の理解を容易にするためにグラフを示しているが、斯かるグラフを作成することは本実施形態において必須ではない。
【0048】
初めに、当地過去降雨データ取得部11は、予測対象の地点における過去の降雨イベントのそれぞれにつき、第1の雨量指標を表す値である第1過去雨量指標値及びそれとは異なる第2の雨量指標を表す第2過去雨量指標値、並びにそれらの値が得られた過去の降雨イベントが発生した時刻から成る当地過去降雨データを、以下の方法により取得し、記憶部18に記憶させる(図2中のステップS1:過去降雨データ準備工程)。当地過去降雨データの取得方法は、使用者が入力部16を用いて当地過去降雨データを直接入力するという方法であってもよいし、当地過去降雨データが記録されているリムーバブルメディアを使用者が土砂災害予測装置10の読取部(図示せず)に装着したうえで入力部16を用いて所定の操作を行うことにより入力するという方法であってもよいし、他のサーバに記憶されている当地過去降雨データをネットワークを介して入力するという方法であってもよい。また、当地過去降雨データを算出するための元となる元データを当地過去降雨データ取得部11に入力したうえで、当地過去降雨データ取得部11において該元データを用いて当地過去降雨データを算出してもよい。例えば、60分間雨量を元データとして入力し、それに基づいて実効雨量や積算雨量等の当地過去降雨データを算出ことができる。元データの入力方法には、入力部16を用いた直接入力、読取部を用いたリムーバブルメディアからの入力、ネットワークを介した入力等を用いることができる。
【0049】
図3のグラフ中に、第1過去雨量指標値及び第2過去雨量指標値のデータの例を示す。このグラフは、第1過去雨量指標値を横軸、第2過去雨量指標値を縦軸としたものであって、それらの値を灰色の点(過去データ点21)で示している。各過去データ点21にはそれぞれ1つの過去の時刻が対応しているが、それら過去の時刻は一部を除いて図3には表示していない(過去データ点21の一部である指標値超過過去データ点211には時刻を表示しているが、それらについては後述)。なお、同グラフ中の細破線は、特許文献1の方法において用いた境界線92(図18参照)である。この境界線92は参考のために示したに過ぎず、本実施形態では使用しない。このグラフ中の過去データ点21及び境界線92以外の点や線等については、これ以降の第1実施形態の方法の説明中で述べる。
【0050】
次に、予測対象雨量指標値取得部12は、予測対象の地点における予測対象時の第1予測対象雨量指標値及び第2予測対象雨量指標値を取得する(ステップS2:予測対象雨量指標値準備工程)。第1予測対象雨量指標値及び第2予測対象雨量指標値の取得方法には、第1過去雨量指標値及び第2過去雨量指標値と同様の取得方法を用いることができる。予測対象時は、現時点としてもよいし、将来としてもよい。予測対象時が将来である場合には、現時点までの雨量の観測値に現時点から予測対象時までの雨量の予報値を加えたものを用いて第1予測対象雨量指標値及び第2予測対象雨量指標値を定める。
【0051】
図3中に、第1予測対象雨量指標値及び第2予測対象雨量指標値を予測対象時データ点23として白丸印で示す。図3には併せて、予測対象時の降雨イベント中であって予測対象時よりも前に得られた第1予測対象雨量指標値及び第2予測対象雨量指標値を現降雨イベント中予測対象時前データ点230として示している。この例では、当該降雨イベントが進行するに従って第1予測対象雨量指標値及び第2予測対象雨量指標値が共に増加している。但し、予測対象時データ点23は境界線92の内側に存在するため、特許文献1の方法では予測対象時において土砂災害発生の危険性がどの程度高まっているのかを過去の降雨と照らし合わせて判断することはできない。
【0052】
次に、指標値超過降雨イベント抽出部13は、過去降雨データから、第1過去雨量指標値が第1予測対象雨量指標値以上となり、且つ第2過去雨量指標値が第2予測対象雨量指標値以上となるものを抽出し、該過去降雨データが取得(測定)された当地過去降雨イベントを指標値超過降雨イベントとして抽出する(ステップS3:指標値超過降雨イベント抽出工程)。
【0053】
図3中に、第1の雨量指標が第1予測対象雨量指標値であってY軸に平行な直線を第1雨量指標境界線221として示すと共に、第2の雨量指標が第2予測対象雨量指標値であってX軸に平行な直線を第2雨量指標境界線222として示す。図3中にはさらに、第1の雨量指標の値が第1雨量指標境界線221上の値以上であって、且つ第2の雨量指標の値が第2雨量指標境界線222上の値以上である指標値超過領域22を示す。過去データ点21のうち、この指標値超過領域22内に存在する指標値超過過去データ点211に対応する当地過去降雨イベントが指標値超過降雨イベントに該当する。図3に示した例では、5個の過去データ点21が指標値超過領域22内に存在し、それら5個の過去データ点21(指標値超過過去データ点211)に対してそれぞれ「1974/06/18 19:00」、「2004/07/04 02:00」、「2004/07/04 03:00」、「2000/10/02 01:00」及び「1995/07/20 22:00」という時刻が記載されている。例えば「1974/06/18 19:00」は、1974年6月18日の19時(午後7時)00分に生じていた指標値超過降雨イベントを示している。なお、「2004/07/04 02:00」及び「2004/07/04 03:00」の2個の指標値超過過去データ点211は、いずれも2004年7月3日から同年同月5日にかけて発生した同一の当地過去降雨イベント内で得られたものである。
【0054】
次に、直近当地高降雨イベント決定部14は、指標値超過降雨イベント抽出部13が抽出した指標値超過降雨イベントのうち、予測対象時に最も近い時刻に発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベントと決定する(ステップS4:直近当地高降雨イベント決定工程)。この直近当地高降雨イベントは、当地における予測対象時の降雨が「過去のどの降雨イベント以来(いつ以来)の降雨であるか」、さらにいうと「過去のどの降雨イベント以来(いつ以来)経験していない降雨であるか」を示すものである。
【0055】
図3に示した複数の指標値超過降雨イベントが発生した時刻のうち、予測時に最も近い時刻は「2004/07/04 03:00」(同図中において枠で囲んだ時刻)である。そのため、図3の例では、この「2004/07/04 03:00」に対応する当地過去降雨イベントが直近当地高降雨イベントに該当する。なお、図3の例では上記のように同じ当地過去降雨イベントから「2004/07/04 02:00」と「2004/07/04 03:00」という2つの指標値超過過去データ点211が得られているが、ここではそれらのうち予測時に近い時刻である「2004/07/04 03:00」の方を用いて直近当地高降雨イベントの発生時刻を特定している。
【0056】
ここで、図4を用いて、直近当地高降雨イベントをさらに説明する。指標値超過降雨イベントが発生した時刻のうちの1つである時刻Aから見て、それよりも予測時に近い時刻Bにおいても指標値超過降雨イベントが発生していれば(図4の左図)には、時刻Aよりも予測時に近い時刻Bに予測対象時と同等又は予測対象時を超える降雨が生じていたことになるため、現在の降雨は「時刻A以来の降雨である」とはいえない。それに対して、指標値超過時刻のうちの1つである時刻Cよりも予測時に近い時刻に指標値超過降雨イベントが発生していなければ(図4の右図)、現在の降雨は「時刻C以来の降雨である」といえる。そのため、本実施形態ではこのような時刻Cに発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベントとする。
【0057】
続いて、直近当地高降雨イベント決定部14は、決定した直近当地高降雨イベントを示す情報を表示部17に表示させる動作を行うことにより、使用者に直近当地高降雨イベントを通知する(ステップS5)。以上の操作により、第1実施形態の土砂災害予測装置10の動作及び土砂災害予測方法が終了する。
【0058】
表示部17に表示する情報は、典型的には直近当地高降雨イベントが発生した時刻である。あるいは、当地過去降雨データと共に、当地過去降雨イベント毎に付与された名称を記憶部18に記憶させておいたうえで、当該名称を前記時刻と共に、又は当該名称のみを表示部17に表示させてもよい。そのような名称として、気象庁が命名した「平成29(2017)年7月九州北部豪雨」、「平成27(2015)年台風15号」、「伊勢湾台風」(1959年台風15号)等の名称や、報道機関等で用いられている「西日本豪雨」(2018年7月に発生し西日本一帯に被害をもたらした豪雨)等を用いることができる。
【0059】
また、表示部17に表示する情報として、図5に示すようなグラフを表示してもよい。このグラフでは、横軸には予測対象時を取り、縦軸には直近当地高降雨イベントの発生時刻を、当該発生時刻が古くなるほど上側に向かうように取る。そして、予測対象時を変化させながら直近当地高降雨イベントの発生時刻をプロットしてゆく。
【0060】
図6を用いて、図5のように表示部17に表示されたグラフが示している情報を説明する。このグラフ上にプロットされた点は、現在の降雨が、その点が示す直近当地高降雨イベントの発生時刻以降に経験したことの無い降雨、言い換えれば当該時刻以降の最大規模の降雨になっていることを示している。プロットされた点が上側に行くほど、すなわち、縦軸の時刻が遡るほど、土砂災害発生の危険性が高いことを意味している。また、プロットされた点を繋いだ線が左下側から右上側に向かって変化してゆくように時間変化しているときには土砂災害発生の危険性が上昇する傾向にあり、左上側から右下側に向かって変化してゆくように時間変化しているときには土砂災害発生の危険性が低下しつつあることになる。
【0061】
もし、プロットされた点が示す直近当地高降雨イベントの発生時刻(図6中の直線251に対応する縦軸の時刻)に斜面崩壊や土石流等の発生に対する抵抗力が低下する事象が発生していた場合(ケース1)には、直線261で示す時刻(横軸の時刻)以降の予測対象時に直近当地高降雨イベントの発生時刻が過去事象発生時刻と同じかそれよりも古い時刻となる。これは、直線261で示す時刻以降に土砂災害発生の危険性が特に高くなっていることを示している。
【0062】
さらに、過去の降雨データの記録が存在する期間の全体に亘って指標値超過降雨イベントが存在しない場合、すなわち、直近当地高降雨イベントの発生時刻が過去の降雨データの記録開始時刻となる場合には、降雨データの記録開始以来経験したことのない雨になっていることを示しており、危険度が特に高くなっていると判断することができる。
【0063】
一方、斜面崩壊や土石流等の発生に対する抵抗力が低下する事象が、プロットされた点よりも上側、すなわち、その点が示す直近当地高降雨イベントの発生時刻よりも古い時刻(図6中の直線252)にしか発生していない場合(ケース2)には、土砂災害発生の危険性は比較的低い、と判断することができる。
【0064】
以上に説明した第1実施形態の土砂災害予測装置10及び土砂災害予測方法によれば、「過去のどの降雨イベント以来(いつ以来)の降雨であるか」を示す直近当地高降雨イベントが決定される。すなわち、直近当地高降雨イベントが古いほど予測対象時において土砂災害が発生する可能性が高くなっていることを示していることから、当該直近当地高降雨イベントは、土砂災害発生の危険性がどの程度高まっているのかを判断する指標となる。
【0065】
(2) 第2実施形態
第2実施形態の土砂災害予測装置は、第1実施形態における土砂災害予測装置10と同様の構成を有するが、当地過去降雨データ取得部11、予測対象雨量指標値取得部12、指標値超過降雨イベント抽出部13及び直近当地高降雨イベント決定部14の機能が第1実施形態とは異なる。これら各部の機能は、第2実施形態の土砂災害予測方法と合わせて以下で説明する。
【0066】
以下、図8を参照しつつ、図7に示すフローチャートを用いて第2実施形態の土砂災害予測方法を説明する。初めに、当地過去降雨データ取得部11は、予測対象の地点における過去の降雨イベントのそれぞれにつき、N種類(Nは3以上の自然数)の雨量指標である第1雨量指標~第N雨量指標をそれぞれ表す値である第1過去雨量指標値~第N過去雨量指標値、並びにそれらの値が得られた過去の降雨イベントが発生した時刻から成る当地過去降雨データを取得する(ステップS11:過去降雨データ準備工程)。当地過去降雨データの取得方法は第1実施形態の場合と同様である。
【0067】
次に、予測対象雨量指標値取得部12は、予測対象の地点における予測対象時のN種類の雨量指標を表す値である第1予測対象雨量指標値~第N予測対象雨量指標値を取得する(ステップS12:予測対象雨量指標値準備工程)。これら予測対象雨量指標値の取得方法は第1実施形態の場合と同様である。また、第1実施形態の場合と同様に、予測対象時は、現時点としてもよいし、将来としてもよい。
【0068】
次に、指標値超過降雨イベント抽出部13は、第1雨量指標~第N雨量指標のうちの2つである第K雨量指標及び第(K+L)雨量指標(Kは1から(N-1)のうちの1つの自然数であり、Lは1から(N-K)のうちの1つの自然数である。従って、(K+L)は(K+1)からNのうちの1つの自然数である。)を選択する。まずは、K=1、L=1として(ステップS13)、第1雨量指標及び第2雨量指標という2つの雨量指標を選択する。
【0069】
次に、指標値超過降雨イベント抽出部13は、過去降雨データから、第K過去雨量指標値が第K予測対象雨量指標値以上、且つ第(K+L)過去雨量指標値が第(K+L)予測対象雨量指標値以上となる当地過去降雨イベントである指標値超過降雨イベントを抽出する(ステップS14:指標値超過降雨イベント抽出工程)。上記のようにK=1、L=1の場合には、過去降雨データから、第1過去雨量指標値が第1予測対象雨量指標値以上、且つ第2過去雨量指標値が第2予測対象雨量指標値以上となる指標値超過降雨イベントを抽出することになる。
【0070】
次に、直近当地高降雨イベント決定部14は、指標値超過降雨イベント抽出部13が抽出した第K雨量指標と第(K+L)雨量指標の組み合わせにおける指標値超過時刻のうち、予測対象時に最も近い時刻を特定し、当該時刻に発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベント候補として特定する(ステップS15)。なお、図3に示した「2004/07/04 02:00」及び「2004/07/04 03:00」の指標値超過過去データ点211のように、同一の指標値超過降雨イベント内の複数の時刻について指標値超過過去データ点211が得られている場合には、それらのデータのうち予測対象時に最も近い時刻を、直近当地高降雨イベント候補の発生時刻として、後述のステップS20の処理を行う。
【0071】
ステップS15を経た後、Lが(N-K)に達していなければ(ステップS16においてNo)、Lの値に1を加え(ステップS17)、ステップS14及びS15の操作を行う。ステップS15を経た後、Lが(N-K)に達していれば(ステップS16においてYes)、ステップS18に進む。
【0072】
ステップS18において、Kが(N-1)に達していなければ(同ステップにおいてNo)、Kの値に1を加えると共にLの値を1に戻し(ステップS19)、ステップS14、S15(さらにS16においてNoならばステップS17)の操作を行う。ステップS18において、Kが(N-1)に達していれば、ステップS20に進む。
【0073】
ステップS20に達した時点で、N種の雨量指標のうちの2つを選択したNC2通りの組み合わせ(図8参照)について直近当地高降雨イベント候補が得られている。例えばN=6の場合には、6C2=15通りの組み合わせについて直近当地高降雨イベント候補が得られている。ステップS20では、直近当地高降雨イベント決定部14は、これら直近当地高降雨イベント候補のうち最も古い(予測対象時から最も遠い)時刻に発生したものを直近当地高降雨イベントと決定する(直近当地高降雨イベント決定工程)。
【0074】
直近当地高降雨イベント決定部14はさらに、決定した直近当地高降雨イベントを示す情報を表示部17に表示させる動作を行うことにより、使用者に直近当地高降雨イベントを通知する(ステップS21)。直近当地高降雨イベントを示す情報が示す内容及びその表示のための操作は、第1実施形態の場合と同様である。以上の操作により、第2実施形態の土砂災害予測装置10の動作及び土砂災害予測方法が終了する。
【0075】
第2実施形態の土砂災害予測方法及び装置によれば、3種以上の雨量指標のうちの2つから成る複数組の雨量指標の組み合わせについてそれぞれ直近当地高降雨イベント候補を特定し、直近当地高降雨イベント候補のうちの最も古い時刻に発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベントと決定することにより、雨量指標の組み合わせの選択を考慮することなく直近当地高降雨イベントを決定することができる。ここで、直近当地高降雨イベント候補のうちの最も古い時刻に発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベントとすることにより、雨量指標の組み合わせのうちのいずれが最適なものである場合にも、当該最適な雨量指標の組み合わせから得られる直近当地高降雨イベント候補よりも新しい、すなわち土砂災害発生の危険性が低いことを示すものが直近当地高降雨イベントとされることがないため、土砂災害発生の危険性を見落とす可能性を低くすることができる。
【0076】
(3) 第3実施形態
第3実施形態の土砂災害予測装置30は、図9に示すように、第1実施形態における土砂災害予測装置10が有する構成に加えて、警戒判断時刻取得部31及び土砂災害発生危険性判定部32を有する。これら警戒判断時刻取得部31及び土砂災害発生危険性判定部32の機能は、次段落以降で、第3実施形態の土砂災害予測方法の説明と共に説明する。
【0077】
図10に示すフローチャートを用いて、第3実施形態の土砂災害予測方法を説明する。まず、第1実施形態の土砂災害予測方法におけるステップS1~S4、又は第2実施形態の土砂災害予測方法におけるステップS11~S20と同様の操作により、直近当地高降雨イベントを決定する。
【0078】
警戒判断時刻取得部31は、警戒判断時刻を取得する(ステップS31:警戒判断時刻準備工程)。ここで警戒判断時刻は、予測対象の地点において過去に降雨イベントによって土砂災害が発生している場合には、当該土砂災害を引き起こした降雨イベントの終了時刻とすることができる。一方、過去に、降雨イベント終了後に土砂災害が発生していた場合や、降雨イベント以外の事象によって土砂災害が発生していた場合には、災害発生時刻を警戒判断時刻とすることができる。さらに、過去に土砂災害が発生するに至らずとも土砂災害発生の危険性を高めるような事象が発生していた場合には、当該事象の発生時刻を警戒判断時刻とすることができる。そのような事象を引き起こす原因として、例えば、地震による強い揺れや大規模な倒木が挙げられる。警戒判断時刻は1つのみであってもよいし、複数であってもよい。警戒判断時刻取得部31が警戒判断時刻を複数取得した場合には、個々の斜面や渓流の状況に応じて、使用者がそれら複数の警戒判断時刻のうちの1つを選択するようにしてもよい。
【0079】
警戒判断時刻の取得方法は、使用者が入力部16を用いて警戒判断時刻を直接入力するという方法であってもよいし、警戒判断時刻が記録されているリムーバブルメディアを使用者が土砂災害予測装置30の読取部(図示せず)に装着したうえで入力部16を用いて所定の操作を行うことにより入力するという方法であってもよいし、他のサーバに記憶されている警戒判断時刻をネットワークを介して入力するという方法であってもよい。
【0080】
なお、ステップS31は、ここではステップS4又はS20の後に実行するように記載しているが、実際には次のステップS32を実行する前であればどのタイミングで実行してもよい。
【0081】
次に、土砂災害発生危険性判定部32は、警戒判断時刻が直近当地高降雨イベントの発生時刻と予測対象時の間の時刻であるか否かを判定する(ステップS32:土砂災害発生危険性判定工程)。ここで、「直近当地高降雨イベントの発生時刻と予測対象時の間の時刻」は、直近当地高降雨イベントの発生時刻と同じ時刻を含む。判定結果がYesであれば、土砂災害発生危険性判定部32は、土砂災害発生の危険性が高くなっていることを示す情報を通知する(ステップS33)。当該情報の具体例は後述する。判定結果がNoである場合には、そのまま当該予測対象時における操作を終了する。
【0082】
ステップS33で行う通知は、文字や画像を表示することで行ってもよいし、図11に示すグラフを表示することで行ってもよい。図11のグラフは、図5に示したグラフの縦軸における警戒判断時刻に対応する時刻を示すX軸に平行な直線である土砂災害発生危険性判定ライン41を付加したものである。このグラフは、直近当地高降雨イベントの発生時刻を示す点又は線42が土砂災害発生危険性判定ライン41と同じかそれよりも上側に達している予測対象時に、土砂災害発生の危険性が高くなっていることを意味している。一方、図12に示すように、直近当地高降雨イベントの発生時刻を示す点又は線421の全体が土砂災害発生危険性判定ライン41よりも下側にあれば、土砂災害発生の危険性が比較的低い、と判断することができる。なお、土砂災害発生危険性判定ライン41は、1本のみであってもよいし、複数本であってもよい。土砂災害発生危険性判定ライン41が複数本である場合には、個々の斜面や渓流の状況に応じて、使用者がそれら複数本の土砂災害発生危険性判定ライン41のうちの1本を選択するようにしてもよい。
【0083】
第3実施形態の土砂災害予測装置30及び土砂災害予測方法によれば、警戒判断時刻が直近当地高降雨イベントの発生時刻と予測対象時の間の時刻であるときに、土砂災害発生の危険性が高まっていることをより確実に認知することができる。
【0084】
(4) 第4実施形態
図13を用いて、本発明の第4実施形態を説明する。第4実施形態では、自治体等が有する第3実施形態の土砂災害予測装置30と、住民等が有するPC(パーソナルコンピュータ)、スマートフォン、タブレット等の利用者端末81を、インターネット80を介して接続した土砂災害予測システムの例を示す。
【0085】
土砂災害予測装置30は基本的には第3実施形態で説明した構成を有するが、土砂災害予測装置30が有する各構成要素では、複数の予測対象地点を対象として、当該予測対象地点毎に処理を行う。すなわち、それら複数の予測対象の地点についてそれぞれ、当地過去降雨データ取得部11は当地過去降雨データを取得し、予測対象雨量指標値取得部12は予測対象雨量指標値を取得し、指標値超過降雨イベント抽出部13は指標値超過降雨イベントを抽出し、直近当地高降雨イベント決定部14は直近当地高降雨イベントを決定する。また、それら複数の予測対象の地点についてそれぞれ、警戒判断時刻取得部31は警戒判断時刻を取得し、土砂災害発生危険性判定部32は土砂災害発生の危険性が高くなっているか否かを判定する。
【0086】
利用者端末81には、土砂災害予測システム向け利用者端末用プログラム(以下、「利用者端末プログラム」と略記する)50がインストールされている。利用者端末プログラム50は、利用者端末81を、予測対象地点候補情報取得部51と、予測対象地点選択部52と、直近当地高降雨イベント取得部53と、直近当地高降雨イベント通知部54と、土砂災害発生危険性通知部55と、警戒判断時刻入力部56と、利用者端末側土砂災害発生危険性判定部57として機能させるプログラムである。
【0087】
予測対象地点候補情報取得部51は、土砂災害予測装置30が有する記憶部(図示せず)に記憶された複数の予測対象地点に関する情報(予測対象地点候補情報)を、インターネット80を介して取得する。予測対象地点選択部52は、予測対象地点候補情報取得部51が取得した複数の予測対象地点候補情報から、当該利用者端末81で予測対象の地点とする選択予測対象地点を利用者端末81の利用者に選択させる。
【0088】
ここで予測対象地点候補情報は、例えば地図をメッシュ状に複数の領域に区分けしたうえで、該領域毎に付与された行及び列の番号等の識別符号を用いることができる。なお、識別符号は利用者には通知せず(画面上では表示せず)、予測対象地点選択部52が地図上に当該複数の領域を表示させたうえで、利用者にマウスやタッチパネル等の入力デバイスを用いて選択させるようにしてもよい。また、予測対象地点候補情報取得部51は予測対象地点候補情報を土砂災害予測装置30の記憶部から取得する代わりに、利用者端末81の記録部(図示せず)から取得するようにしてもよい。その場合には、利用者端末プログラム50を利用者端末81にインストールする際に、併せて当該情報を利用者端末81の記録部に記録させておく。あるいは、土砂災害予測装置30から定期的に予測対象地点候補情報を利用者端末81に送信して該利用者端末81の記憶部に記憶させるようにしてもよい。
【0089】
直近当地高降雨イベント取得部53は、選択予測対象地点、すなわち利用者が選択した予測対象地点における直近当地高降雨イベントの情報を、インターネット80を介して前記直近当地高降雨イベント決定部14から取得する。直近当地高降雨イベント通知部54は、直近当地高降雨イベント取得部53が取得した直近当地高降雨イベントの情報を利用者に通知するための動作を行う。直近当地高降雨イベントの情報は、例えば、利用者端末81の画面に文字や図形等で表示してもよいし、音声で通知してもよい。直近当地高降雨イベント取得部53は直近当地高降雨イベントの情報の確認を随時行い、情報が更新されたときのみ直近当地高降雨イベント通知部54が通知を行うようにしてもよい。
【0090】
また、土砂災害発生危険性通知部55は、土砂災害発生危険性判定部32が前記選択予測対象地点における土砂災害発生の危険性が高くなっていると判定したときに、土砂災害発生危険性判定部32から所定の信号を受信し、該信号を受けて、利用者端末81により土砂災害発生の危険性が高くなっている旨を示す情報を利用者に通知する動作を行う。この情報の通知も直近当地高降雨イベントの情報の通知と同様に、利用者端末81の画面に文字や図形等で表示してもよいし、音声で通知してもよい。
【0091】
警戒判断時刻入力部56は、過去に土砂災害を引き起こした当地過去降雨イベントの終了時刻、当地過去降雨イベントの期間中以外の時間に土砂災害が発生した時刻、又は土砂災害発生の危険性を高める事象が発生した時刻である警戒判断時刻を利用者に入力させるように、利用者端末81の入力デバイス及び画面を制御するものである。利用者が入力する警戒判断時刻として、利用者の自宅の近傍で過去に土砂災害が発生している場合には当該土砂災害を引き起こした当地過去降雨イベントの終了時刻や当該土砂災害の発生時刻(当地過去降雨イベントの期間中以外の時間に発生した場合)を用いることができる。また、利用者の自宅の近傍で、病害や虫害による植生の衰退、人為的な開発行為、あるいは斜面や流域の水文環境を変化させる土地利用形態の変更等を原因として土砂災害の危険性を高める事象が生じていた場合には、当該事象の発生時刻を警戒判断時刻として、用いることができる。
【0092】
利用者端末側土砂災害発生危険性判定部57は、直近当地高降雨イベント決定部14から直近当地高降雨イベントが発生した時刻を取得し、警戒判断時刻入力部56に入力された警戒判断時刻が直近当地高降雨イベントが発生した時刻と予測対象時の間の時刻である場合に、土砂災害発生の危険性が高くなっていると判定する。このように判定したとき、利用者端末側土砂災害発生危険性判定部57は、土砂災害発生危険性通知部55に所定の信号を送信する。土砂災害発生危険性通知部55は、該所定の信号の受信を受けて、利用者端末81により土砂災害発生の危険性が高くなっている旨を示す情報を利用者に通知する動作を行う。
【0093】
第4実施形態の土砂災害予測装置30及び利用者端末プログラム50によれば、利用者が選択した選択予測対象地点における直近当地高降雨イベントが利用者に通知されるため、利用者の居住地等、利用者が必要とする予測対象の地点における直近当地高降雨イベントを的確に通知することができる。また、当該選択予測対象地点における土砂災害発生の危険性が高くなっている旨を示す情報を利用者に通知する機能も有するため、土砂災害発生の危険性の高まりをより的確に利用者に伝えることができる。
【0094】
また、利用者が警戒判断時刻入力部56を用いて警戒判断時刻を入力し、その警戒判断時刻に基づいて、土砂災害発生の危険性が高くなっているか否かを利用者端末側土砂災害発生危険性判定部57が判定することにより、予測対象の地点において必要される条件でより的確に土砂災害発生の危険性の高まりを利用者に伝えることができる。
【実施例
【0095】
以下、図14図17を用いて、実際に土砂災害が発生した降雨イベントの事例を用いて、当該降雨イベントの発生期間中の時刻を予測対象時として本発明に係る土砂災害予測方法を実行したシミュレーションの結果を説明する。
【0096】
[実施例1]
実施例1では、2020年7月3~4日に発生した豪雨(令和2年7月豪雨)において、熊本県葦北郡芦北町(以下、「芦北町」と略記)で観測された60分間雨量から求めた雨量指標(詳細は後述)を用いてシミュレーションを行った。令和2年7月豪雨では、土砂災害や洪水による被害が多数発生し、芦北町だけでも死者11名、行方不明者1名、住宅全壊73戸、大規模半壊157戸、半壊934戸、準半壊183戸、一部損壊500戸という甚大な人的及び物的損害が発生した。
【0097】
令和2年7月豪雨の前にも、芦北町における雨量の観測データが残っている1976年以降において、以下の年月日に人的及び/又は物的損害を伴う当地過去降雨イベントが発生している。
・1982年7月12日
・1982年7月24日(昭和57年7月豪雨)
・1997年7月6~13日
・2005年7月5~10日
・2012年7月12日(平成24年7月九州北部豪雨)
・2015年8月24~25日(平成27年台風第15号)
・2018年7月6~8日(平成30年7月豪雨=西日本豪雨)
【0098】
本実施例では、これら人的及び/又は物的損害を伴った当地過去降雨イベントを含む、雨量の観測データが存在する(1976年以降に発生した)全ての当地過去降雨イベントについてそれぞれ、観測された60分間雨量値から、0.1~3000時間の間で異なる51種の半減期をそれぞれ用いて過去雨量指標値(第1~第51過去雨量指標値:N=51)を求めた。ここで51種の半減期は、その対数値の変化量が一定になるように定めた。そのうえで、第2実施形態の手法で、第1~第51過去雨量指標値のうち互いに異なる2つの過去雨量指標値を組み合わせた51C2=1275通りの組み合わせについてそれぞれ直近当地高降雨イベント候補を求めた。併せて、第1~第51過去雨量指標値のうちの1つのみを用いた51通りの場合についてもそれぞれ直近当地高降雨イベント候補を求めた。そして、それらを合わせた1275+51=1326個の直近当地高降雨イベント候補のうち最も古い(予測対象時から最も遠い)時刻に発生したものを直近当地高降雨イベントと決定した。また、人的及び/又は物的損害を伴った当地過去降雨イベントの各々が終了した時刻を警戒判断時刻の候補とした。
【0099】
図14の上段に、2020年7月3日0時から同年同月4日18時(午後6時)の間に芦北町において60分毎の各時刻(以下では「2020年7月」を省略したうえで「3日○時」又は「4日○時」と記載する)に観測された60分間雨量のデータを示す。なお、60分間雨量のデータはこの図に示したものに限らず、1976年以降の期間において取得されている。各時刻における第1~第51過去雨量指標値は、1976年以降の期間における60分間雨量のデータから求められる。図14の下段に、60分毎の各時刻を予測対象時として、第1~第51過去雨量指標値を用いて上記方法により直近当地高降雨イベントを求めた結果を示す。直近当地高降雨イベントは、下段のグラフの縦軸に、当該直近当地高降雨イベントが発生した時刻(年・月・日・時)で示している。
【0100】
下段のグラフより、以下のことがいえる。まず、3日6時までの予測対象時には、直近当地高降雨イベント発生時刻は直前の2020年6月29日~7月1日に発生した降雨イベントの時刻となっている。その後、予測対象時が3日7~14時になると直近当地高降雨イベント発生時刻は2019年7月になる。さらに、予測対象時が3日15時~4日2時になると直近当地高降雨イベント発生時刻は平成30年(2018年)7月豪雨(西日本豪雨)まで遡り、土砂災害の危険性が少し増加した。この時間帯には、平成30年7月豪雨より後の期間における最大規模の雨になっていたといえる。このため、平成30年7月豪雨で土砂災害が発生した地点やその周辺、および平成30年7月豪雨より後の期間において土砂災害発生の危険性を高める事象が発生した地点では、その他の地点と比較して、土砂災害が発生する可能性が特に高まっていると判断される状況であった。
【0101】
60分間雨量は、4日0~2時の時点で既に20mmを超える比較的多い状態にあったところに、4日2~3時に約70mmという記録的に多い状態となった。その結果、4日3時には、図14下段のグラフにおいて、直近当地高降雨イベント発生時刻が1976年(芦北町における観測データの記録開始時刻)まで急激に上昇した。このことは、観測データの記録開始以来経験したことのない規模の降雨になっていることを意味し、4日3時の時点で土砂災害が発生する可能性が急激に高まっていることを示している。実際、その1時間余り後の4日4時過ぎ、同日5時0分頃、同日5時15分頃、同日5時40分頃、及び同日7時0分頃に土砂災害が発生した。従って、直近当地高降雨イベント発生時刻が急激に遡った4日3時の時点で何らかの措置を取れば、土砂災害による人的・物的被害を軽減することができたと考えられる。
【0102】
ここまでのシミュレーションでは各予測対象時においてそれまでに得られた60分間雨量の実測値を用いて直近当地高降雨イベントを求めた。以下では、予測実行時(予測対象時とは異なる)である3日18時の時点で得られていた予測実行時後の60分間雨量の予報値を用い、3日19時以降の各時刻を予測対象時として直近当地高降雨イベントを求めた。その結果を図15に示す。同図の上段には、積算雨量の予報値を濃い色で、実測値を淡い色で示した。中段には60分間雨量の予報値を濃い色で、実測値を淡い色で示した。下段には、60分間雨量の予報値を用いて求めた直近当地高降雨イベント発生時刻を、60分間雨量の実測値を用いて求めた直近当地高降雨イベント発生時刻(図14の下段のデータと同じもの)と共に示す。
【0103】
図15のデータより、予報値に基づいて、3日18時の時点で、翌日の早朝(4日7時)に直近当地高降雨イベント発生時刻が急激に遡るため土砂災害発生の危険性が高まる、と予測できることがわかる。このように早朝の土砂災害発生の危険性を前日の夕方に予測できれば、早期に避難指示等の措置を取ることができ、人的・物的被害を軽減することができる。なお、3日18時の60分間雨量の予報値と60分間雨量の実測値の間に相違があるため、予報値で求めた直近当地高降雨イベント発生時刻が急激に遡る時刻(4日7時)と実際に土砂災害が発生し始めた時刻(4日4時頃)の間に3時間程度のずれが生じているが、それらの時刻はいずれも、予測実行時(3日18時)からの時間で見ると避難等の措置を取るために十分であるため、特段の問題はない。
【0104】
図15のデータと同様のシミュレーションを、3日21時の時点の60分間雨量の予報値に基づいて実行すると、直近当地高降雨イベント発生時刻が急激に遡る時間帯が4日6時となり(図16)、実測値で求めた時刻により近づく。
【0105】
[実施例2]
実施例2では、実施例1と同様の方法により、2006年7月16日から2006年7月21日にかけて発生した豪雨(平成18年7月豪雨)において、岡山県真庭市(以下、「真庭市」と略記)で観測された60分間雨量に基づいて求めた第1~第51過去雨量指標値を用いてシミュレーションを行った。この豪雨では、真庭市を含む岡山県北部を中心に多数の斜面崩壊が発生した。この地域では、約1年9ヶ月前の2004年10月に襲来した台風第23号により多くの風倒木被害が発生しており、2006年7月の豪雨による災害の大きな特徴として、崩壊斜面の約74%が風倒木被害を受けた斜面に該当していた。本実施例では、この2004年台風第23号と、それよりも前の1998年10月に襲来した1998年台風第10号を含む全ての当地過去降雨イベントにつき、観測された60分間雨量値から第1~第51過去雨量指標値を求めた。
【0106】
図17の上段に、2006年7月17日0時から同年同月19日12時(午後0時)の間に真庭市において60分毎の各時刻(以下では「2006年7月」を省略したうえで「17日○時」、「18日○時」又は「19日○時」と記載する)に観測された60分間雨量のデータを示す。実施例1と同様に、実際には60分間雨量のデータは1976年以降の期間において取得されている。各時刻における第1~第51過去雨量指標値は1976年以降の期間における60分間雨量のデータから求められる。図17の下段に、これら実効雨量を用いて、60分毎の各時刻を予測対象時としてそれぞれ直近当地高降雨イベントを求めた結果を示す。
【0107】
下段のグラフより、以下のことがいえる。まず、17日6時までの予測対象時には、直近当地高降雨イベント発生時刻は予測対象時の直前の2006年7月14日に発生した当地過去降雨イベントの時刻となっている。その後、予測対象時が17日8時になると直近当地高降雨イベント発生時刻は2004年10月(2004年台風第23号の襲来時)に遡り、予測対象時が18日23時になると直近当地高降雨イベント発生時刻は1998年10月(1998年台風10号襲来時)に遡る。
【0108】
真庭市では、2006年7月17~19日の期間のうち、図17中に示すように17日の13時頃から18日の0時頃まで、及び18日の23時30分頃から19日の5時頃まで、という2つの時間帯において土砂災害が発生している。これらの時間帯のうち前者では当該時間帯の前である17日8時の時点で直近当地高降雨イベント発生時刻が2004年10月に遡っている。そのため、2004年10月に発生した台風による風倒木によって土砂災害が発生しやすい状態にあると事前に分析しておけば、本実施例の方法によって17日8時の時点で当該台風以来の大雨となっていることを認識することができるため、避難等の措置を土砂災害発生までに取る契機とすることができる。また、後者の土砂災害発生時間帯についても、直近当地高降雨イベント発生時刻が遡ったことを避難等の措置の契機とすることができる。
【0109】
本発明は上記実施形態及び実施例には限定されず、種々の変形が可能である。
【0110】
例えば、第2実施形態では、N種類の雨量指標のうちの2つから成る組み合わせを用いて直近当地高降雨イベント候補を求める操作を、考え得る全ての組み合わせであるNC2通りについて実行したが、それらNC2通りの組み合わせのうちの一部のみを用いて実行してもよい。
【0111】
また、上記各実施形態では、1つの直近当地高降雨イベント又は直近当地高降雨イベント候補を求める際に2つの雨量指標を用いているが、1つのみ又は3つ以上の雨量指標を用いて1つの直近当地高降雨イベント又は直近当地高降雨イベント候補を求めてもよい。具体的には、1つのみの雨量指標を用いる場合には、当該雨量指標における過去雨量指標値が予測対象雨量指標値を上回る指標値超過降雨イベントを抽出したうえで、それら指標値超過降雨イベントのうちの予測対象時に最も近い時刻に発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベントに決定又は直近当地高降雨イベント候補として特定すればよい。また、3つ以上の雨量指標を用いる場合には、第1~第P(Pは3以上の自然数)の雨量指標の全てにおいて過去雨量指標値が予測対象雨量指標値以上となる指標値超過降雨イベントを抽出したうえで、それら指標値超過降雨イベントのうちの予測対象時に最も近い時刻に発生した当地過去降雨イベントを直近当地高降雨イベントに決定又は直近当地高降雨イベント候補として特定すればよい。
【0112】
第4実施形態では直近当地高降雨イベント通知部54及び土砂災害発生危険性通知部55を設けたが、それらのいずれか一方は省略してもよい。直近当地高降雨イベント通知部54を省略した場合には、住民等の利用者には直近当地高降雨イベントは通知されないものの、土砂災害発生危険性通知部55により土砂災害発生の危険性が通知されることにより、利用者は避難の必要性等の判断指標を得ることができる。また、第4実施形態において警戒判断時刻入力部56及び利用者端末側土砂災害発生危険性判定部57を省略してもよい。
【0113】
また、第4実施形態では複数の予測対象地点を用意したうえで、利用者端末81の利用者が特定の予測対象地点を選択するようにしたが、例えば土砂災害発生の危険性が高い地域にピンポイントで情報を提供する場合には、1つの予測対象地点のみを対象とし、予測対象地点の選択機能を省略してもよい。
【0114】
上記各実施形態では、求めた直近当地高降雨イベントを使用者に通知するために表示部17に所定の表示を行っているが、それと共に、又はその代わりに、音声で通知を行ってもよい。また、第4実施形態では直近当地高降雨イベントを示す情報をインターネット回線を介して住民等の利用者の端末に通知したが、通知対象は住民には限らず、報道機関、自治体(自治体が土砂災害予測装置を有する場合には他の自治体)又は国に通知するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0115】
10、30…土砂災害予測装置
11…当地過去降雨データ取得部
12…予測対象雨量指標値取得部
13…指標値超過降雨イベント抽出部
14…直近当地高降雨イベント決定部
16…入力部
17…表示部
18…記憶部
21…過去データ点
211…指標値超過過去データ点
22…指標値超過領域
221…第1雨量指標境界線
222…第2雨量指標境界線
23…予測対象時データ点
230…現降雨イベント中予測対象時前データ点
31…警戒判断時刻取得部
32…土砂災害発生危険性判定部
41…土砂災害発生危険性判定ライン
42、421…直近当地高降雨イベントの発生時刻を示す線
50…土砂災害予測システム向け利用者端末用プログラム(利用者端末プログラム)
51…予測対象地点候補情報取得部
52…予測対象地点選択部
53…直近当地高降雨イベント取得部
54…直近当地高降雨イベント通知部
55…土砂災害発生危険性通知部
56…警戒判断時刻入力部
57…利用者端末側土砂災害発生危険性判定部
80…インターネット
81…利用者端末
91…過去データ点
911…境界過去データ点
92…境界線
93…予測時データ点
931…境界線よりも外側にプロットされた予測時データ点
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18