(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-05
(45)【発行日】2025-03-13
(54)【発明の名称】チョウ目昆虫の飛翔による行動をマイクロ超音波パルスで制御する方法
(51)【国際特許分類】
A01M 29/00 20110101AFI20250306BHJP
【FI】
A01M29/00
(21)【出願番号】P 2023194394
(22)【出願日】2023-11-15
【審査請求日】2024-09-20
(31)【優先権主張番号】P 2022205205
(32)【優先日】2022-12-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】弁理士法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中野 亮
【審査官】星野 浩一
(56)【参考文献】
【文献】特許第6644299(JP,B2)
【文献】特開2007-292645(JP,A)
【文献】中野亮,捕食者コウモリとの相互作用を活用した植物保護,KAKEN 研究者をさがす,日本,2022年07月05日,第1―3頁,https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-22K19190/
【文献】中野亮,捕食者回避行動に起因するガ類の超音波コミュニケーションの進化,科学研究費助成事業 研究成果報告書,日本,2020年05月29日,第1-9頁,https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-17K07581/17K07581seika.pdf
【文献】飛龍志津子,第9話 音で見る世界 調査のまとめ ドッキンレポート,生命科学DOKIDOKI研究室 ,日本,2022年12月09日,第1-11頁,https://www.terumozaidan.or.jp/labo/manga/
【文献】手嶋優風 外2名,コウモリのエコーロケーション 音で“見る” 術に学ぶ,通信ソサイエティマガジン,第16巻第1号,日本,電子情報通信学会,2022年06月01日,第6-12頁,https://www.jstage.jst.go.jp/article/bplus/16/1/16_6/_article/-char/ja/
【文献】角谷美和 外1名,コウモリから学ぶエコーロケーション戦略,心理学ワールド,日本,2020年04月,第1-6頁,https://psych.or.jp/publication/world089/
【文献】谷村康行,コウモリと蛾の超音波をめぐる進化,コウモリと蛾の空中戦,日本,2018年11月20日,第1-3頁,https://sfc-shimazaki-riichi.mystrikingly.com/blog/8741a501a6a
【文献】力丸裕,ヒトからコウモリに至る超聴覚:超低速高効率知覚機構,日本バーチャルリアリティ学会誌,第14巻第2号,日本,2009年06月,第89―94頁,http://journal.vrsj.org/14-2/s17-22.pdf
【文献】松村澄子,特集・バットディテクタ-,コウモリ通信,第1巻第3-4号,日本,コウモリの会,1993年12月,第1-14頁,http://www.bscj.net/BSCR/BSCR_03-04(1993).pdf
【文献】飛龍志津子 外2名,コウモリの生物ソナーシステム,応用物理,第87巻第11号,日本,2018年,第839―843頁,https://www.jstage.jst.go.jp/article/oubutsu/87/11/87_839/_article/-char/ja/
【文献】(研究成果) 超音波でヤガ類の飛来を防ぐ手法を確立,ブレスリリース,日本,農研機構,2022年10月26日,第1-5頁,https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/nipp/155225.html
【文献】中野亮,蛾はコウモリの超音波を嫌がる超音波を利用した防蛾技術の開発,化学と生物,第55巻第7号,日本,2017年06月20日,第452―453頁,https://katosei.jsbba.or.jp/view_html.php?aid=818
【文献】コウモリを真似た超音波でガの飛来を阻害,プレスリリース,日本,農研機構,2016年08月30日,第1―3頁,https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/nifts/070494.html
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01M 29/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下を含む、
パルス・グループを含む超音波により、
チョウ目昆虫の逃避もしくは忌避を促進する方法:
(1)
前記パルス・グループを、2つ以上の、前記
パルス・グループのパルス長より短
い0.1~0.6 msであるパルス長を有
し、パルス間間隔が0.0 msより大きく0.6 ms以下であるマイクロ超音波パルスにより生成する工程、及び
(2)工程(1)において生成された
パルス・グループを含む超音波を前記チョウ目昆虫に与え、前記超音波により
逃避もしくは忌避を促進する工程。
【請求項2】
パルス・グループが、少なくとも1種のチョウ目昆虫の
逃避もしくは忌避を促進するパルス長及びパルス間間隔で構成される
パルス・グループである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
マイクロ超音波パルスのパルス長が0.1~0.6 msであり、及びマイクロ超音波パルスのパルス間間隔が0.0 msより大きく0.6 ms以下である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
パルス・グループのパルス長が0.4~47.2 msであり、パルス間間隔が5~200 msである、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
パルス・グループが2個~50個のマイクロ超音波パルスにより構成される、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
チョウ目昆虫が、
オオタバコガ、アワノメイガ及びヒメエグリバからの1種又は2種以上である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
請求項1~
6のいずれかの方法によりチョウ目害虫の飛翔による行動を制御する工程を含む、チョウ目害虫を防除する方法
であって、前記飛翔による行動の制御が、
逃避もしくは忌避の促進である
、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、野菜類・穀類・花き類・果樹類の重要なチョウ目害虫であるオオタバコガ及びツマジロクサヨトウ等のヤガ類成虫、アワノメイガ等のノメイガ類成虫及びヒメエグリバ等の吸蛾類成虫を包含するチョウ目昆虫の飛翔による行動、特に飛来行動を、マイクロ超音波パルスにより制御する方法、及びかかる制御する方法を用いてチョウ目害虫を防除する方法、又はチョウ目害虫による農園芸作物への被害を低減する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
行動制御を利用した害虫防除の方法は、化学合成殺虫剤における普遍的な問題である薬剤抵抗性の問題や、人体、環境及び非標的生物に対する悪影響の問題を伴わないといった利点を有する。したがって、かかる方法は、薬剤に抵抗性を持つ害虫の出現や、環境・食品の安全・安心志向の高まりから、長年にわたり社会的に求められている、薬剤の代替となる環境調和型の害虫防除技術の開発に資するものである。
【0003】
行動制御を利用した害虫防除の方法として、以下の従来技術が例示される。
従来技術
(1) 環境に負荷をかけない防除資材が開発されつつあり、合成性フェロモンを利用した交信かく乱剤や黄色LEDを用いた防蛾灯はその例である。
(2) 農作物を加害するチョウ目害虫に対しては、超音波を利用した防除方法の試みも既に存在し、コウモリが発する超音波を模倣した合成超音波に関するものもある。
(3) 特許文献1(特許第5924470号「害虫防除装置」(農研機構、徳島県、ニューデルタ工業(株)、山口大学))では、果樹園における果実吸蛾類の被害を防ぐに当たり、果実吸蛾類の飛来の障壁となる構成周波数43~39 kHz(周波数変調)、反復率2~6.6 Hz(=パルス間間隔 1.5~350 ms)かつパルス長150 ms、及び反復率20~33.3 Hz(=パルス間間隔 10~42 ms)かつパルス長8~20 msの超音波パルスの組み合わせを出力する。
【0004】
(4) 特許文献2(特許第6950883号「船舶用マイマイガ忌避装置、船舶、及びマイマイガ忌避方法」(JRCS(株)、山口大学))で、船舶に産卵しうるマイマイガを忌避するため、超音波を含む音波のうち、反復率0.47~1.12 Hz(=パルス間間隔835~2045 ms)かつパルス長55~65 ms、及び反復率0.47~1.12 Hz(=パルス間間隔730~1945 ms)かつパルス長155~170 ms の超音波パルスの組み合わせを出力する。
(5) 特許文献3(特許第5818274号「チョウ目害虫の飛来を合成超音波で抑止する方法」(農研機構))では、ノメイガ類の飛来を阻害するため、構成周波数10~100 kHz、反復率12.5~50 Hz(=パルス間間隔10~30 ms)かつパルス長10~50 msの超音波パルスを出力する。
(6) 特許文献4(特許第5904473号「貯穀チョウ目害虫を合成超音波で忌避せしめる方法」(農研機構))では、ノシメマダラメイガの食物貯蔵施設への飛来を抑止するため、構成周波数40~60 kHz、反復率11.11~20 Hz(=パルス間間隔30~50 ms)かつパルス長20~40 ms の超音波パルス3~7つを1つのパルス・グループとし、これをパルス・グループ間間隔 100~140 ms で出力する。
(7) 特許文献5(特許第6353503号「雑音を用いた防虫方法及び防虫装置」(学校法人東北学院))では、ヨトウガ類の飛来を抑止するため、構成周波数10~100 kHzを含む広帯域雑音、反復率1.66~166.67 Hz(=パルス間間隔 5~400 ms)かつパルス長1~200 msの超音波パルスを出力する。
(8) 特許文献6(特許第6644299号「果菜類栽培施設へのチョウ目害虫の飛翔行動を合成超音波により阻害する方法」(学校法人東北学院、農研機構))では、ハスモンヨトウの果菜類栽培圃場への飛来を抑止するため、構成周波数20~70 kHzの広帯域雑音、反復率5.58~27.03 Hz(=パルス間間隔 35~170 ms)かつパルス長2~9 msの超音波パルスを出力する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5924470号公報
【文献】特許第6950883号公報
【文献】特許第5818274号公報
【文献】特許第5904473号公報
【文献】特許第6353503号公報
【文献】特許第6644299号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来技術には以下のような問題点がある。
(1) 高濃度の合成性フェロモンを利用した交信かく乱剤は多大な生産コストのために適用が可能な種は限定される。また黄色LEDを用いた防蛾灯は種々のカメムシやコガネムシ、羽アリ等を誘引するほか、栽培施設の被覆素材によっては効果を発揮しないといった問題を有する。
(2) 超音波を用いた害虫防除に資する知財のうち、忌避効果が確認されている害虫種は、特許文献1:特許第5924470号「害虫防除装置」では果実吸蛾類、特許文献2:特許第 6950883号「船舶用マイマイガ忌避装置、船舶、及びマイマイガ忌避方法」ではマイマイガ、特許文献3:特許第5818274号「チョウ目害虫の飛来を合成超音波で抑止する方法」ではモモノゴマラダノメイガ、特許文献4:特許第5904473号「貯穀チョウ目害虫を合成超音波で忌避せしめる方法」ではノシメマダラメイガ、特許文献5:特許第635350号「雑音を用いた防虫方法及び防虫装置」ではハスモンヨトウ及びオオタバコガ、特許文献6:特許第6644299号「果菜類栽培施設へのチョウ目害虫の飛翔行動を合成超音波により阻害する方法」ではハスモンヨトウであり、これら以外の農業害虫種に対する防除効果、すなわち既交尾メス成虫が寄主植物となる農作物への飛来を阻害することについて、同特許には示されていない。とくに、日本における主要なチョウ目害虫の一つで、種々の野菜を幼虫が食害するオオタバコガに関しては、選好する寄主植物であるトマトへの産卵に先立つメス成虫の飛来を効果的に抑制可能な超音波の音響パラメータに関する知見は、上記特許を含め、これまで報告がない。
【0007】
野菜類等を加害するチョウ目害虫による経済的な損失も少なくなく、とくにオオタバコガ等のヤガ類は多岐に亘る農作物を加害する重要害虫である。そのためオオタバコガは野菜類栽培における防除の対象とされているが、生物多様性の維持と食の安心の観点から、環境保全型の防除技術を開発する必要にも迫られている。
「果菜類栽培施設へのチョウ目害虫の飛翔行動を合成超音波により阻害する方法」(特許文献6)には、ハスモンヨトウの果菜類栽培圃場への飛来を抑止するため、構成周波数20~70 kHz の広帯域雑音、反復率5.58~27.03 Hz(=パルス間間隔35~170 ms)かつパルス長 2~9 ms の超音波パルスを出力する旨が記載されている(
図1A)。これらのパラメータを有する超音波パルスでは、オオタバコガの飛来に対しては十分な効果は得られていない。
【0008】
上記のような背景の下、ヤガ類を含むチョウ目害虫の防除に有効な新規技術の開発が渇望されている。本発明は、ヤガ類を含むチョウ目害虫の防除に有効な新規技術として、チョウ目昆虫の、飛翔による行動(飛来等)を制御し、目的に応じて阻害するための新たな方法を見出すことを1つの課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、これまで用いられていなかったパルスを用いることにより、広汎なチョウ目昆虫の飛翔による行動を制御できる可能性があることを見出し、さらに研究を進めた結果本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明は、少なくとも以下の発明に関する:
[1]
以下を含む、チョウ目昆虫の飛翔による行動を制御する方法:
(1)超音波パルスを、2つ以上の、前記超音波パルスのパルス長より短いパルス長を有するマイクロ超音波パルスにより生成する工程、及び
(2)工程(1)において生成された超音波パルスを含む超音波を前記チョウ目昆虫に与え、飛翔による行動を制御する工程。
[2]
超音波パルスが、少なくとも1種のチョウ目昆虫の飛翔による行動を制御するパルス長及びパルス間間隔で構成される超音波パルスである、[1]に記載の方法。
[3]
マイクロ超音波パルスのパルス長が0.1~0.6 msであり、及びマイクロ超音波パルスのパルス間間隔が0.0 msより大きく0.6 ms以下である、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]
超音波パルスのパルス長が0.4~47.2 msであり、パルス間間隔が5~200 msである、[1] ~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]
超音波パルスが2個~50個のマイクロ超音波パルスにより構成される、[1] ~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]
チョウ目昆虫が、ヤガ類(ヤガ科)昆虫、ノメイガ類(ツトガ科)昆虫及び/又は吸蛾類(エグリバ類;トモエガ科)である、[1] ~[5]のいずれかに記載の方法。
[7]
チョウ目昆虫が、オオタバコガ、ツマジロクサヨトウ、ハスモンヨトウ、アワノメイガ及びヒメエグリバからの1種又は2種以上である、[1] ~[5]のいずれかに記載の方法。
[8]
チョウ目昆虫が、ノメイガ類からの1種又は2種以上であって、超音波パルスのパルス長が0.4~6 msであり、パルス間間隔が5~10 msである、[6]に記載の方法。
[9]
マイクロ超音波パルスのパルス長及びパルス間間隔が0~0.3 msである、[8]に記載の方法。
[10]
[1]~[9]のいずれかの方法によりチョウ目害虫の飛翔による行動を制御する工程を含む、チョウ目害虫を防除する方法。
[11]
飛翔による行動の制御が、
飛来の阻害;及び/又は
逃避もしくは忌避の促進
である、請求項[10]に記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の方法によれば、ヤガ類を含むチョウ目昆虫の成虫の、飛来のような、飛翔による行動を制御し抑制することができる。
本発明の上記方法によれば、ヤガ類を含むチョウ目害虫の防除を行い、チョウ目害虫による農作物への被害を低減することができる。
従来技術のうち、チョウ目昆虫の飛翔による行動を制御するために複合超音波パルスを用いることについて指向するものはないし、かかる手法を示唆するものもない。
例えば、チョウ目害虫を捕食しうる食虫性コウモリが捕食間際に発する超音波のパルス長はおよそ0.1~1 msであるところ、かかるパルス長を模倣した超音波パルスを継続的にオオタバコガ等に提示しても、その飛翔による行動に対する阻害効果は低いことが分かっている(特許文献6:特許第6644299号)。
これに対し、本発明においては、上記従来技術における超音波パルスとは異なる超音波パルスを用いることにより、オオタバコガ等の飛翔による行動を制御することができる。
したがって、本発明は、従来技術からは想到することが不可能な発明である。
【0012】
理論に拘泥するものではないが、本発明の方法が効果を奏するのは、特定のパルス長及びパルス間間隔により構成される超音波パルスを細分化し、細分化されたパルス同士の間にパルスと同程度の長さの静音部を設けて、元の超音波パルスをより微細なパルスからなるものとすることにより、対象となるチョウ目昆虫の成虫の超音波に対する反応が増大することが理由の1つであると推測される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】従来技術における超音波のパルス構造の例を示す図である。
【
図2A】本発明の方法において用いられるマイクロ超音波のパルス構造の例を、従来技術のパルス構造の例(上の図)と対比して模式的に示す図である(下の図)。
【
図2B】行動試験に用いられたシステム及び原理を示す図である。
【
図2C】チョウ目昆虫成虫の羽ばたきにより虫体にかかる圧力が発生するが、超音波の提示により(上の図)、羽ばたきに変化が生じ、発生した圧力に変化が生じることを示す図である(下の図)。羽ばたく成虫の近傍に設置したマイクロフォンに入力された音のオシログラム(波形)を表す上の図では、超音波刺激の音圧が大きくなると、羽ばたきに変化が生まれ、この際に発生した音も同時に示されている。
【
図3A】オオタバコガの既交尾雌成虫に圧力変化を引き起こすマイクロ超音波パルスの最低音圧を示す図である。40 dB peSPL(0 dB SPL = 20 μPa)から1 dB刻みで音圧を上げた。エラーバーは平均値の95%信頼区間を表す。
【
図3B】オオタバコガ、ツマジロクサヨトウ、ハスモンヨトウ、ヨトウガ及びアワノメイガの各成虫に対する本発明の効果を示す図である。
【
図4】ヒメエグリバの成虫に対する本発明の効果を示す図である。
【
図5A】オオタバコガ既交尾メス成虫に対する本発明の効果を示す図である。コントロールは実験室内で録音したバックグラウンド・ノイズであり(図中においては「ノイズ」と表記)、パルス間間隔0.0~0.6 msのマイクロ超音波パルスの音圧は、10 cmの距離(実験に用いたチョウ目昆虫の位置)で100 dB peSPLとした。定位率0.0又は1.0の各丸印は1個体を表す。エラーバーは平均値の95%信頼区間を表す。
【
図5B】ツマジロクサヨトウ既交尾メス成虫に対する本発明の効果を示す図である。コントロールは実験室内で録音したバックグラウンド・ノイズである(図中においては「ノイズ」と表記)。パルス間間隔0.0~0.6 msのマイクロ超音波パルスの音圧は、10 cmの距離(実験に用いたチョウ目昆虫の位置)で100 dB peSPLとした。定位率0.0又は1.0の各丸印は1個体を表す。エラーバーは平均値の95%信頼区間を表す。
【
図6A】ハスモンヨトウ既交尾メス成虫に対する本発明の効果を示す図である。コントロールは実験室内で録音したバックグラウンド・ノイズであり(図中においては「ノイズ」と表記)、パルス間間隔0.0及び0.2 msのマイクロ超音波パルスの音圧は、10 cmの距離(実験に用いたチョウ目昆虫の位置)で100 dB peSPLとした。定位率0.0又は1.0の各丸印は1個体を表す。エラーバーは平均値の95%信頼区間を表す。
【
図6B】アワノメイガ既交尾メス成虫に対する本発明の効果を示す図である。コントロールは実験室内で録音したバックグラウンド・ノイズであり(図中においては「ノイズ」と表記)、パルス間間隔0.0及び0.2 msのマイクロ超音波パルスの音圧は、10 cmの距離(実験に用いたチョウ目昆虫の位置)で100 dB peSPLとした。定位率0.0又は1.0の各丸印は1個体を表す。エラーバーは平均値の95%信頼区間を表す。
【
図6C】ヒメエグリバ雌雄成虫に対する本発明の効果を示す図である。コントロールは実験室内で録音したバックグラウンド・ノイズであり(図中においては「ノイズ」と表記)、パルス間間隔0.0及び0.2 msのマイクロ超音波パルスの音圧は、10 cmの距離(実験に用いたチョウ目昆虫の位置)で100 dB peSPLとした。定位率0.0又は1.0の各丸印は1個体を表す。エラーバーは平均値の95%信頼区間を表す。
【
図7】アワノメイガ既交尾雌成虫に対し、
図6Bで提示した超音波パルスよりも持続時間及び間隔の短い超音波パルスがさらに高い飛来阻害効果を発揮することを示す図である。パルス長6 ms(パルス間間隔94 ms)、パルス長1 ms(パルス間間隔8.6 ms)、パルス長0.6 ms(パルス間間隔7.0 ms)の3パターンにおいて、パルス間間隔0.0 msあるいは0.2 msのマイクロ超音波パルス(マイクロ超音波パルスのパルス間間隔0.0 msは、マイクロ超音波パルスを有さないことを意味する)を、10 cmの距離(実験に用いたチョウ目昆虫の位置)で100 dB peSPLとなる音圧で提示した。定位率0.0又は1.0の各丸印は1個体を表す。エラーバーは平均値の95%信頼区間を表す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本明細書において、所定のパルス長及びパルス間間隔により構成される超音波の組み合わせを「パルス構造」ということがある。
本明細書において、短い間隔で断続的に出力される複数のパルスの一群を「パルス・グループ」ということがある。
本明細書において、「超音波」の語が意味する超音波には合成超音波を包含する。
本明細書において、マイクロ超音波は、例えばパルス長として約0.08~約1 msのパルス長を有する超音波である。
本明細書において、「飛翔による行動を制御する」とは、成虫が飛翔しえる昆虫のある個体に対して、飛翔による行動に対する何らかの影響を与えることを意味する。「飛翔による行動を制御する」ことには、生息地への飛来を阻害することや、生息地からの飛翔による逃避又は飛翔を伴う忌避を促進することが例示される。
【0015】
本明細書において、「行動」には、羽ばたきのような、個体の身体部位の動き(動作)が包含され、また、動作又は連続した動作の結果生じる、飛翔のように移動を伴いえる事象も包含される。「行動」にはまた、特定の場所や地域を基準にして、当該場所又は地域に近づく移動を伴う事象である「飛来」、及び当該場所又は地域から遠ざかる移動を伴う事象である「逃避」又は「忌避」が包含される。
【0016】
本発明のチョウ目昆虫の飛翔による行動を制御する方法による制御の対象となる行動には、飛来及び逃避や忌避が包含される。本発明のチョウ目害虫を防除する方法においては、飛来の阻害又は逃避や忌避の促進といった行動の制御を用いえる。
【0017】
本発明は、以下の発明に基礎を置くものである:
以下を含む、チョウ目昆虫の飛翔による行動を制御する方法:
(1)超音波パルスを、2つ以上の、前記超音波パルスのパルス長より短いパルス長を有するマイクロ超音波パルスにより生成する工程、及び
(2)工程(1)において生成された超音波パルスを含む超音波を前記チョウ目昆虫に与え、飛翔による行動を制御する工程。
【0018】
本発明のチョウ目昆虫の飛翔による行動を制御する方法のうち、飛翔による行動の制御が、
飛来の阻害;及び/又は
逃避もしくは忌避の促進
である方法は好ましい。
【0019】
<工程(1)>
工程(1)は、本発明の方法に用いられる超音波パルスを生成する工程である。
本発明の方法に用いられる超音波パルスは、所定のパルス長及びパルス間間隔で構成される超音波パルスであるところ、2つ以上の、好ましくは3つ以上の、前記超音波パルスのパルス長より短いパルス長を有するマイクロ超音波パルスを含んで構成される。
マイクロ超音波パルスのパルス長及びパルス間間隔は、一定でなくてよく、異なるものが含まれていてよい。
【0020】
マイクロ超音波パルス
本発明の方法に用いられるマイクロ超音波パルスは、パルス長及びパルス間間隔により規定してよい。
【0021】
本発明の方法において用いられるマイクロ超音波パルスのパルス長は、本発明の所望の効果を奏するパルス長であれば限定されない。
上記マイクロ超音波パルスのパルス長の範囲として、0.08~1.0 msの範囲が例示され、0.1~0.8 msの範囲は好ましく、0.1~0.6 msの範囲はより好ましい。
【0022】
本発明の方法において用いられるマイクロ超音波パルスのパルス間間隔(パルス間の静音部の長さ)は、本発明の所望の効果を奏するパルス間間隔であれば限定されない。
上記マイクロ超音波パルスのパルス間間隔の範囲として、0.0 msより大きく1.0 msの範囲が例示され、0.0 msより大きく0.8 ms以下の範囲は好ましく、0.1 ms以上0.6 ms以下(「0.1~0.6 ms」の表記と同義)の範囲はより好ましく、0.1 ms以上0.4 ms以下の範囲は一層より好ましい。マイクロ超音波パルスのパルス間間隔を0.1 ms以上0.4 ms以下の範囲とすることにより、オオタバコガ、ハスモンヨトウ、ヨトウガ、ツマジロクサヨトウ及びアワノメイガの飛翔による行動を効率的に制御することができる。
マイクロ超音波のパルス間間隔は、常に一定でなくてよく変化してよい。
【0023】
本発明の方法において用いられるマイクロ超音波パルスのパルス長及びパルス間間隔は一定でなくてよく、異なるパルス長及びパルス間間隔を有するマイクロ超音波パルスが含まれていてよい。すなわち、1つの超音波パルスを構成するマイクロ超音波パルスのパルス長及びパルス間間隔は、本発明による所望の効果を奏する範囲で変更してよい。
【0024】
本発明の方法において用いられる、1つのパルス・グループを構成するマイクロ超音波パルスの個数は、本発明の所望の効果を奏する個数であれば限定されない。かかる個数は、マイクロ超音波パルスにより構成されるパルス・グループのパルス長、マイクロ超音波パルスのパルス長及びパルス間隔を考慮して決定してよい。
上記マイクロ超音波パルスの個数の範囲として、2個~50個の範囲が例示され、5個~40個の範囲は好ましく、5個~30個の範囲はより好ましい。
また、例えばパルス長が6 msの場合、マイクロパルス長及びパルス間間隔が等しく、それぞれが、0.1 msの場合にはマイクロ超音波パルスの個数は30個となり、0.2 msの場合には15個、0.3 msの場合には10個、0.4 msの場合には8個、0.5 msの場合には6個、及び0.6 msの場合には5個になる。
【0025】
本発明の方法において用いられるマイクロ超音波パルスにおいて、例えばマイクロ超音波パルスの個数は30個である場合、以下のマイクロ超音波パルスのパルス長及びパルス間間隔の組み合わせを有するものは好ましい。:
・マイクロ超音波パルスのパルス長が0.1~0.8 msであり、パルス間間隔が0.0 msより大きく0.8 ms以下である組み合わせ(1つのパルス・グループのパルス長は3.0~47.2 ms)
・マイクロ超音波パルスのパルス長が0.1~0.6 msであり、パルス間間隔が0.0より大きく0.8 ms以下である組み合わせ(1つのパルス・グループのパルス長は3.0~41.2 ms)
・マイクロ超音波パルスのパルス長が0.1~0.8 msであり、パルス間間隔が0.1~0.6 ms以下である組み合わせ(1つのパルス・グループのパルス長は5.9~41.4 ms)
・マイクロ超音波パルスのパルス長が0.1~0.6 msであり、パルス間間隔が0.1~0.6 ms以下である組み合わせ(1つのパルス・グループのパルス長は5.9~35.4 ms)。
マイクロ超音波パルスの個数が30個以外の個数である場合には、各パルス長及びパルス間間隔として例示された数値を用いて、当該個数におけるパルス長及びパルス間間隔の組み合わせを有するマイクロ超音波パルスの1つのパルス・グループのパルス長が求められる。
ノメイガ類においては、マイクロ超音波パルスのパルス長及びパルス間間隔が0~0.5 msである態様は好ましく、マイクロ超音波パルスのパルス長及びパルス間間隔が0~0.3 msであるマイクロ超音波はより好ましい。
【0026】
本発明の方法において用いられるマイクロ超音波パルスの構成周波数は、本発明の所望の効果を奏する構成周波数であれば限定されない。
上記マイクロ超音波パルスの構成周波数として10~60 kHzが例示されるところ、大気中における音の減衰を勘案すると同構成周波数として15~50 kHzは好ましく、20~40 kHzはより好ましい。なお、本発明の方法においては、単一周波数成分からなる純音を用いてもよく、あるいは複数の周波数成分からなる超音波を用いてもよい。
【0027】
本発明の方法において用いられるマイクロ超音波パルスの音圧は、本発明の所望の効果を奏する音圧であれば限定されない。
上記マイクロ超音波パルスの音圧として、40 dB SPL以上(測定距離1m)が例示され、50 dB SPL以上は好ましく、60 dB SPL以上はより好ましい。なお、ある測定距離における音圧の数値は、異なる測定距離における音圧の数値に換算することが可能である。
本発明の方法においてマイクロ超音波パルスの音圧は、常に一定でなくてよく、変化してよい。音圧が高いほど、チョウ目昆虫の飛翔による行動をより遠距離から制御することができるため好ましい場合がある。
【0028】
上記各チョウ目害虫に対して飛翔による行動を制御するパルス間間隔を有するマイクロ超音波パルスは、飛翔による行動の制御を誘起し始めるのに要する音圧が、マイクロパルス構造を持たない超音波パルスに比較して有意に低い。かかる点に着目して、本発明の超音波パルスのパルス間間隔を決定してよい。
【0029】
超音波パルス
本発明の方法において用いられる超音波パルスは、2つ以上の、上述したマイクロ超音波パルスから構成される超音波パルスである。
前記超音波パルスとして2つ以上の超音波パルスが用いられる場合、各超音波パルスのパルス長及び超音波パルス同士のパルス間間隔は、一定でなくてよく、異なるものが含まれていてよい。
【0030】
本発明の方法に用いられる超音波パルスのパルス長は、構成に用いられるマイクロ超音波パルスのパルス長、パルス間間隔及びパルスの個数により画定してよいし、予め設定してもよい。
【0031】
本発明の方法に用いられる飛翔による行動を制御する超音波パルスのパルス長及びパルス間間隔(パルス間の静音部の長さ)は、飛翔による行動を制御する対象であるチョウ目昆虫の種に応じて改変してよい。
【0032】
該パルス長は限定されず、0.4~50 msが例示され、0.4~47.2 msの範囲から選択してよい。
例えばヤガ類とエグリバ類には0.8~50 msが例示され、4~20 msは好ましく、5~6 msはより好ましい。例えばノメイガ類には、前記超音波パルスのパルス長として、0.1~20 msが例示され、0.2~10 msは好ましく、0.5~8 msはより好ましい。
ノメイガ類のうち、アワノメイガについては、前記超音波パルスのパルス長として、0.4~6 msは好ましく、0.5~5 msはより好ましい。
【0033】
本発明の方法に用いられる飛翔による行動を制御する超音波パルスが2つ以上用いられる場合、パルス間の間隔として、5~200 msが例示され、50~200 msは好ましく、60~150 msはより好ましく、80~100 msはさらにより好ましい。この場合において、本発明の方法における所望の効果が得られれば、超音波のパルス間間隔は、常に一定でなくてよく1つのパルス・グループにおいて、あるいはパルス・グループごとに、変化してよい。また、パルス間間隔は、超音波パルスのパルス長に応じて適宜改変してよく、例えば前記パルス長を短くすることに対応してパルス間間隔を短くすることは好ましい。
ノメイガ類においては、パルス間の間隔として、5~200 msが例示される。ノメイガ類においては、超音波パルスのパルス長に応じて、パルス間間隔を好ましく1~20 msとしてよく、好ましく5~10 msとしてよい。ノメイガ類においては、超音波パルスのパルス長が0.4~6 msであり、パルス間間隔が5~10 msである態様は好ましい。本発明の方法は、ノメイガ類においては、他のチョウ目昆虫に比較して、より短いパルス長及びパルス間間隔の超音波パルスにより、一層高い飛来阻害効果を奏し得る。
【0034】
なお、ある種のチョウ目昆虫においては、超音波を検知すると生殖に関する行動を一時的に中止するが、超音波の連続的な提示によりその効果は低下することが分かっている。本発明の方法においては超音波のパルス間間隔を設定し、さらに同間隔を上記のような間隔とすることにより、上記のような「慣れ」が生じるのを回避することができる。
【0035】
本発明の方法において、上記超音波の音圧として、40 dB SPL以上(測定距離1m)が例示され、50 dB SPL以上は好ましく、60 dB SPL以上はより好ましい。なお、ある測定距離における音圧の数値は、異なる測定距離における音圧の数値に換算することが可能である。
超音波の音圧は、常に一定でなくてよく1つのパルス・グループにおいて、あるいはパルス・グループごとに、変化してよい。音圧が高いほど、チョウ目昆虫の飛翔による行動をより遠距離から制御することができるため好ましい場合がある。
【0036】
本発明の方法に用いられる超音波の音響パラメータは、本発明の方法が実施される間常に保持されていなくてもよく、本発明の方法の効果が奏される範囲において、例えばある時間帯においては別異の数値を採用してもよい。
【0037】
本発明において用いられる超音波パルスは、チョウ目昆虫の飛翔による行動への影響が小さいパルス長及びパルス間間隔からなる超音波パルスであってよい。かかる超音波パルスがマイクロ超音波パルスに細分化されることにより、チョウ目昆虫の飛翔による行動への影響が増大し、該行動の制御につながるからである。
本発明において用いられる超音波パルスは、1種又は2種以上のチョウ目昆虫の飛翔による行動に影響を与える超音波パルスであってもよい。
超音波のパルス長は、常に一定でなくてよく1つのパルス・グループにおいて、あるいはパルス・グループごとに、変化してよい。
【0038】
本発明の方法における好適な態様についてさらに述べる。
例えば、パルス長0.4~50 ms、パルス間間隔1~200 msで構成される超音波パルスの中に、パルス長及びパルス間間隔0.0~0.8 msとなるマイクロ超音波パルスを設ける。すなわち、パルス長及びパルス間間隔が0.0~0.8 msの複数のマイクロパルスで構成される長さ5~7 msのパルス・グループからなる超音波は好ましい。
ノメイガ類においては、超音波パルスのパルス長が0.4~6 msであり、パルス間間隔が5~10 msであり、マイクロ超音波パルスのパルス長及びパルス間間隔が0~0.5 msである態様は好ましく、超音波パルスのパルス長が0.6~2 msであり、パルス間間隔が6~9 msであり、マイクロ超音波パルスのパルス長及びパルス間間隔が0~0.3 msである態様はより好ましい。
また、20、25、30、35及び40 kHzの2つ又は3つ以上の周波数に音圧のピークを同時に持つ周波数で構成された、広帯域雑音に限定しない非雑音である超音波は好ましい。なお、本明細書における「雑音」とは、ランダムな値の系列により生成される音又は超音波を意味する。
【0039】
なお、本発明の方法において、超音波を生成する方法や生成するための機器は限定されないところ、静電スピーカを用いてよい。
【0040】
<工程(2)>
工程(2)は、工程(1)において生成された超音波パルスを2つ以上含む超音波を前記チョウ目昆虫に与え、飛翔による行動を制御する工程である。
【0041】
本発明の方法が適用されるチョウ目昆虫はとくに限定されない。かかるチョウ目昆虫として、オオタバコガ、ツマジロクサヨトウ、ハスモンヨトウ及びヨトウガ等を包含するヤガ類(ヤガ科)昆虫、アワノメイガ、コブノメイガ、シロオビノメイガ及びモモノゴマダラノメイガを包含するノメイガ類(ツトガ科)昆虫、ならびにアカエグリバ及びヒメエグリバを包含する吸蛾類(エグリバ類;トモエガ科)昆虫が例示される。
本発明の方法は、ヤガ類(ヤガ科)昆虫及びノメイガ類(ツトガ科)昆虫に好ましく用いられ、ヤガ類(ヤガ科)昆虫としてはオオタバコガ、ツマジロクサヨトウ、ハスモンヨトウ及びヨトウガに、ノメイガ類(ツトガ科)昆虫としてはアワノメイガにより好ましく用いられ、オオタバコガ及びツマジロクサヨトウにとくに好適に用いられる。
本発明の方法は、オオタバコガ、ツマジロクサヨトウ、ハスモンヨトウ、アワノメイガ及びヒメエグリバからの1種又は2種以上のチョウ目昆虫にも好ましく用いられる。
【0042】
チョウ目害虫を防除する方法
本発明は、上記チョウ目昆虫の飛翔による行動を制御する方法により、チョウ目害虫を防除する方法にも関する。
かかる方法は、上記いずれかの、チョウ目昆虫の飛翔による行動を制御する方法を用いて農園芸作物を加害するチョウ目害虫の当該農園芸作物への飛来を阻害し、及び/又はチョウ目害虫が生息している農園芸作物からの、当該チョウ目害虫の逃避や忌避を促進することにより、チョウ目害虫の密度を低減せしめるものである。本防除方法においては、上記飛翔による行動を制御する方法のうち、好ましい方法を適宜用いることができる。
【0043】
本発明のチョウ目害虫を防除する方法のうち、飛翔による行動の制御が、
飛来の阻害;及び/又は
逃避もしくは忌避の促進
である方法は好ましい。
【0044】
本発明の方法によりチョウ目害虫の防除を行うためには、防除を要する作物の圃場、果樹園又は農園芸施設等の、チョウ目害虫が発生しているか発生が予測される場所又はその近傍に、前記超音波(合成超音波)を発生する装置を設置することによって行ってよい。
【0045】
設置される超音波の出力装置の種類はとくに限定されず、防除が必要な規模等によって適宜選択し、出力等を調節してよい。設置される出力装置の個数は、防除が必要な規模等の大きさに応じて適宜決定してよい。
【0046】
出力装置の種類は限定されないところ、指向性の低い出力装置や広域を有する面において出力可能な装置は好ましく、例えば超音波出力面における圧電フィルムの利用は好ましい。
【0047】
チョウ目害虫のオス成虫およびメス成虫は、特定の時間帯に活発に飛来する。したがって、この時間帯に前記合成超音波を出力することは、同種の省力的かつ効率的な防除を可能ならしめるため好ましい場合がある。
例えば交尾後のチョウ目害虫メス成虫においては、暗期開始直後の1時間の時間帯における産卵基質への飛来が積極的に行われる。したがって、かかる時間帯に前記合成超音波を出力することは好ましい場合がある。
また、チョウ目害虫メス成虫においては、上記時間帯以外にも産卵基質に飛来する場合がある。したがって、明期最後半2時間頃から全暗期中にわたり前記合成超音波を出力することはより好ましい場合がある。
【0048】
一般にチョウ目害虫において、メス成虫がオス成虫を誘引するために性フェロモンを放出する時間帯も種特異的である。したがって、この時間帯にわたり前記合成超音波を出力することは、オス成虫の飛来を阻害する場合に好ましい。
例えばチョウ目害虫の未交尾のメス成虫が暗期前半を中心に性フェロモンを放散する場合には、かかる時間帯を含む時間帯に前記合成超音波出力することは好ましく、明期最後半2時間頃から全暗期中にわたり前記合成超音波を出力することはより好ましい。
【0049】
また、チョウ目害虫にパルス間間隔の短い(例えば50 ms未満)超音波を絶え間なく提示した場合、音に慣れて防除効果は低減する。そのため、チョウ目害虫の飛来時にのみ超音波を出力する手法と、「慣れ」を生じさせにくい本発明の方法とを組み合わせることは、好ましい場合がある。
【0050】
本発明のチョウ目害虫を防除する方法においては、本発明のチョウ目昆虫の飛翔による行動を制御する方法において用いられるパラメータ及び手法を採用してよい。
本発明のチョウ目害虫を防除する方法が適用されるチョウ目害虫は限定されない。かかる害虫として、オオタバコガ、ツマジロクサヨトウ、ハスモンヨトウ及びヨトウガ等を包含するヤガ類(ヤガ科)害虫、アワノメイガ、コブノメイガ、シロオビノメイガ及びモモノゴマダラノメイガを包含するノメイガ類(ツトガ科)害虫、ならびにアカエグリバ及びヒメエグリバを包含する吸蛾類(エグリバ類;トモエガ科)害虫が例示される。
本発明のチョウ目害虫を防除する方法は、ヤガ類(ヤガ科)の害虫及びノメイガ類(ツトガ科)害虫に好適に用いられ、ヤガ類(ヤガ科)害虫としてはオオタバコガ、ツマジロクサヨトウ、ハスモンヨトウ及びヨトウガに、ノメイガ類(ツトガ科)害虫としてはアワノメイガにより好ましく用いられ、オオタバコガ及びツマジロクサヨトウにとくに好適に用いられる。
本発明のチョウ目害虫を防除する方法は、オオタバコガ、ツマジロクサヨトウ、ハスモンヨトウ、アワノメイガ及びヒメエグリバからの1種又は2種以上のチョウ目昆虫にも好ましく用いられる。
【実施例】
【0051】
本発明を、以下の実施例によりさらに詳細に説明する。これらの実施例は、いかなる意味においても本発明を限定するものではない。
【0052】
[実施例1-1]
チョウ目害虫を捕食しうる食虫性コウモリの発する超音波パルスに着目すると、上記の音響パラメータはコウモリがエサ昆虫を探索し、接近を開始する際に発する超音波パルスの時間構造を包含する。一方、捕食間際に発する超音波のパルス長は上記よりも短く、およそ0.1~1 msであるが、これを模倣した超音波パルスを継続的にオオタバコガ等に提示しても、飛翔に対する阻害効果は低いことが分かっている(特許文献6:特許第6644299号)。そこで、上記のようなパルスとは異なり、チョウ目昆虫の飛翔による行動の制御に有効なパルスの探索を行った。
【0053】
パルス長6 ms、パルス間間隔94 msで構成される超音波パルスの中に、パルス長及びパルス間間隔0.0~0.6 msとなるマイクロ超音波パルスを設けた(
図2A)。すなわち、パルス長及びパルス間間隔が0.0~0.6 msの複数のマイクロパルスで構成される長さ6 msのパルス・グループからなる超音波を生成した。
周波数は、昆虫に影響があるとされている従来の超音波とは全く異なる、20、25、30、35、及び40 kHzに音圧のピークを同時に持つ周波数とした。
超音波の発生にはアナログ/デジタル-デジタル/アナログ・コンバータ(USB-1604HS;Measurement Computing社)を接続した静電スピーカ(ES1スピーカ及びED1スピーカ・ドライバ;Tucker-Davis Technologies社)を用いた。
【0054】
チョウ目昆虫の飛翔による行動を効率的に制御するためには、低音圧で逃避行動を誘起するために、飛翔行動、すなわち羽ばたきを促進する超音波が有効である可能性があると考えられた。
そこで、オオタバコガ等の成虫の背面に圧力センサを接続し、羽ばたき時に上下左右に周期的に発生する圧力を検出可能なシステムを用いて行動試験を行い、前記圧力の変化の有無により羽ばたきの変化を調べた(
図2B、
図2C)。かかる試験により、20、25、30、35、40 kHz に音圧のピークを同時に持つ周波数で構成された前記マイクロパルスを用いて、羽ばたきに変化をもたらす音圧を前記マイクロパルスからなる超音波パルスについて特定した。
音圧は、40 dB peSPLを開始音圧として、パルス・グループごとに1 dB 刻みで音圧を増加させた。
【0055】
チョウ目昆虫として畑作物の重要害虫であるオオタバコガを用いた。当該チョウ目昆虫の既交尾メス成虫に、パルス長及びパルス間間隔が0.0、0.1、0.2、0.3、0.4、0.5、0.6 msの複数のマイクロパルスで構成される超音波パルスを提示した。
【0056】
その結果、
図3Aに示すように、パルス長及びパルス間間隔0.1及び0.2 msのマイクロパルスで構成されるパルス・グループが、羽ばたき時の変化(逃避行動)を誘起するのに要する音圧は、マイクロパルス構造を持たない超音波パルス(
図3Aにおいて0.0 msと表記)よりも有意に低いことが明らかになった。すなわち、本発明のマイクロ超音波が、オオタバコガに対して、逃避行動を促進して忌避させ、飛翔による行動である飛来を抑制し得ることが明らかになった。
[実施例1-2]
オオタバコガ以外のチョウ目昆虫においても、本発明のマイクロパルス構造を有する本発明のマイクロ超音波パルスが飛翔による行動を制御し得るかについての試験を行った。
チョウ目昆虫であるツマジロクサヨトウ、ハスモンヨトウ、ヨトウガ及びアワノメイガの既交尾メス成虫及びヒメエグリバの雌雄成虫に、パルス長及びパルス間間隔が0.0、0.1、0.2、0.3、0.4、0.5、0.6 msの複数のマイクロパルスで構成される超音波パルスを、パルス間間隔を94~94.6 msとして連続的して提示した。
【0057】
その結果、
図3B及び
図4に示すように、ハスモンヨトウ及びヨトウガでは、オオタバコガと同様に、パルス長及びパルス間間隔0.1及び0.2 msのマイクロパルスで構成されるパルス・グループが、ツマジロクサヨトウではパルス長及びパルス間間隔0.1、0.2及び 0.4 msのマイクロパルスで構成されるパルス・グループが、アワノメイガではパルス長及びパルス間間隔0.1~0.3 msのマイクロパルスで構成されるパルス・グループが、ヒメエグリバではパルス長及びパルス間間隔0.1~0.4 msのマイクロパルスで構成されるパルス・グループが、それぞれ羽ばたき時の変化(飛翔による逃避又は忌避)を誘起するのに要する音圧が、マイクロパルス構造を持たない超音波パルス(
図3B及び
図4で0.0 msと表記)よりも有意に低いことが明らかになった。
【0058】
[実施例2]
合成超音波を用いてチョウ目害虫を防除する上で、交尾を終えたメス成虫が卵を産みに寄主植物に飛来すること及びエサ植物に飛来することを抑制することは好ましい。そこで、風上に超音波スピーカ(10 cmの距離で音圧 100 dB peSPL)と寄主植物又はエサ植物及び10 cm四方の粘着板を設置した風洞(長さ66 cm、直径11.5 cm、風速1 m/s)を用い、前日に交尾をしたオオタバコガ、ツマジロクサヨトウ及びハスモンヨトウ、及び2日前に交尾をしたアワノメイガの既交尾メス成虫、及びヒメエグリバの雌雄成虫(ほぼ同個体数)を風下から19~63頭(各害虫種について、計227頭、342頭、115頭、90頭及び189頭)放飼し、10分間における粘着板への捕獲数を計数することで、本発明のマイクロパルス構造を有す超音波パルスの飛来阻害効果を定量した。
寄主植物として、オオタバコガにはトマト苗を用い、ツマジロクサヨトウにはスイートコーンの苗を用い、ハスモンヨトウにはダイズの苗を用い、アワノメイガにはスイートコーンの苗を用い、ヒメエグリバにはエサ植物として熟したスモモの果実を用いた。
【0059】
その結果、オオタバコガ(
図5A)及びツマジロクサヨトウ(
図5B)のいずれにおいても、パルス長及びパルス間間隔0.2 msのマイクロパルスで構成される超音波パルス(パルス間間隔を94.2 ms)の飛来阻害効果が高いことが明らかになった。
とくにオオタバコガでは、マイクロパルス構造を持たない超音波パルス(マイクロパルス間間隔が0.0 msのもの)を提示した際の飛来率が 46.2%であったのに対し、パルス長及びパルス間間隔0.2 msのマイクロパルスで構成される超音波パルスでは飛来率が13.8%となった(
図5A)。
また、超音波刺激なし、マイクロパルス構造を持たない超音波パルス(マイクロパルス間間隔が0.0 msのもの)及びパルス長及びパルス間間隔0.2 msのマイクロパルスで構成される超音波パルスの3パターンを提示した、ハスモンヨトウ(
図6A)、アワノメイガ(
図6B)及びヒメエグリバ(
図6C)のいずれにおいても、パルス長及びパルス間間隔 0.2 ms のマイクロパルスで構成される超音波パルス(パルス間間隔を94.2 ms)の飛来阻害効果が高いことが明らかになった。
さらにアワノメイガについて、パルス長及びパルス間間隔が0.0 msあるいは0.2 msのマイクロパルスで構成される超音波パルスを、長さ1 msかつパルス間間隔8.6 ms、長さ0.6 msかつパルス間間隔7.0 msとして連続的に提示した追試を行った。その結果、
図6Bに示したパルス長及びパルス間間隔が0.2 msのマイクロパルスで構成されるパルス長6 msかつパルス間間隔94 msの超音波パルスよりも、パルス長及びパルス間間隔が短い前記超音波パルス(パルス長1 msかつパルス間間隔8.6 msである超音波パルス、及びパルス長0.6 msかつパルス間間隔7.0 msである超音波パルス)が、より高い飛来阻害効果を示した。したがって、ノメイガ類においては、他のチョウ目昆虫に比較して、より短いパルス長及びパルス間間隔の超音波パルスにより、一層高い飛来阻害効果を発揮することが明らかになった(
図7)。
これらの結果から、本発明の方法は、チョウ目昆虫の飛翔による行動を制御し、作物の圃場、果樹園又は農園芸施設等へのチョウ目害虫の飛来を抑制する、チョウ目害虫の防除技術として有用である可能性があることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明によれば、チョウ目害虫の防除を従来の方法より効率的かつ安全に防除することができる。したがって本発明は農業及びその関連産業の発展に寄与するところ大である。