(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-06
(45)【発行日】2025-03-14
(54)【発明の名称】特定のGC含量を有する標的遺伝子の増幅方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/689 20180101AFI20250307BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20250307BHJP
C12Q 1/6876 20180101ALI20250307BHJP
【FI】
C12Q1/689 Z ZNA
C12Q1/686 Z
C12Q1/6876 Z
(21)【出願番号】P 2023509273
(86)(22)【出願日】2022-03-24
(86)【国際出願番号】 JP2022013805
(87)【国際公開番号】W WO2022202954
(87)【国際公開日】2022-09-29
【審査請求日】2023-09-21
(31)【優先権主張番号】P 2021049853
(32)【優先日】2021-03-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003296
【氏名又は名称】デンカ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】599055382
【氏名又は名称】学校法人東邦大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【氏名又は名称】内藤 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100127247
【氏名又は名称】赤堀 龍吾
(74)【代理人】
【識別番号】100152331
【氏名又は名称】山田 拓
(72)【発明者】
【氏名】舘田 一博
(72)【発明者】
【氏名】宮武 佑弥
【審査官】戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第107338315(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第110878370(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第106399568(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第110106265(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第109778321(CN,A)
【文献】特表2015-536653(JP,A)
【文献】GENTILE NL. et al.,Journal of Applied Microbiology, 2012, vol.114, p.586-594
【文献】RICE LM. et al.,Journal of Applied Microbiology, 2012, vol.114, p.457-469
【文献】MILLER SM. et al.,Applied and Environmental Microbiology, 2008, vol.74, no.7, p.2200-2209
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00-1/70
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
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(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
60%以上のGC含量を有する少なくとも1つの標的遺伝子
と、標的遺伝子以外の1又は複数の遺伝子とを反応液中で増幅する方法であって、
標的遺伝子を増幅するための第一のプライマーと第二のプライマーからなるプライマーセット
と、標的遺伝子以外の遺伝子を増幅するための1又は複数のフォワードプライマーと1又は複数のリバースプライマーとからなるプライマーセットとを用いて、標的遺伝子
及び標的遺伝子以外の1又は複数の遺伝子に特異的な塩基配列を増幅する工程を含み、
前記工程において、第一のプライマーと第二のプライマーからなるプライマーセットの一方のプライマーが他方のプライマーよりも高いモル比で反応液中に添加され、
標的遺伝子以外の遺伝子を増幅するためのプライマーセットにおけるフォワードプライマーとリバースプライマーとが同じモル比で反応液中に添加され、
各プライマーが活性化酵素の作用によって回復する不活化学修飾を含むホットスタートプライマーではない、方法。
【請求項2】
第一のプライマーと第二のプライマーからなるプライマーセットにおけるプライマーのモル比が1:1.5~
3.5である、請求項1
に記載の方法。
【請求項3】
標的遺伝子が、シュードモナス・エルギノーザ(Pseudomonas aeruginosa)のゲノム配列の中の少なくとも連続する13塩基からなる塩基配列である、請求項1
又は2に記載の方法。
【請求項4】
第一のプライマーが、ストリンジェントな条件下で、配列番号1~3のいずれかに記載の塩基配列、又は配列番号1~3のいずれかに記載の塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列、とハイブリダイズするプライマーであり、第二のプライマーが、ストリンジェントな条件下で、配列番号1~3のいずれかに記載の塩基配列の相補鎖配列、又は配列番号1~3のいずれかに記載の塩基配列の相補鎖配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列、とハイブリダイズするプライマーである、請求項1~
3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
第一のプライマーが、配列番号4に記載の塩基配列中、又は配列番号4に記載の塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列中、少なくとも連続する13塩基からなるオリゴヌクレオチドである、請求項1~
4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
第二のプライマーが、配列番号5に記載の塩基配列中、又は配列番号5に記載の塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列中、少なくとも連続する13塩基からなるオリゴヌクレオチドである、請求項1~
5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
プライマーがビオチンで標識されている、請求項1~
6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
モル比の高いプライマーがビオチンで標識されている、請求項1~
7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
GC含量が60%超の少なくとも1つの標的遺伝子を一反応液中で検出する方法であって、
請求項1~
8のいずれか一項に記載の方法によって増幅された標的遺伝子の一本鎖に相補的なプローブを用いて標的遺伝子を検出する工程を含む、方法。
【請求項10】
プローブが、モル比の高いプライマーによって増幅された標的遺伝子の一本鎖と相補的である、請求項
9に記載の方法。
【請求項11】
標的遺伝子の一本鎖とプローブとの相補的な二本鎖遺伝子形成の存在によって標的遺伝子が検出される、請求項
9又は
10に記載の方法。
【請求項12】
標的遺伝子がシュードモナス・エルギノーザ由来であり、シュードモナス・エルギノーザとそれ以外の細菌性遺伝子とが鑑別される、請求項1~
11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
プローブが検出基板材料へ固定化されている、請求項
9~
12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
プローブが標識されている、請求項
9~
13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
プローブ核酸が配列番号6に記載の塩基配列中、又は配列番号6に記載の塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列中、少なくとも連続する13塩基からなるオリゴヌクレオチドから成る、請求項
9~
14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
検出基板材料が、コード化されたマイクロキャリアである、請求項
13~
15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
マイクロキャリアが、
(a)第一の表面および第二の表面を有する実質的に透明なポリマー層であって、
該第一および該第二の表面は互いに平行である、層;
(b)実質的に不透明なポリマー層であって、該実質的に不透明なポリマー層は、該実質的に透明なポリマー層の該第一の表面に貼り付けられており、該実質的に透明なポリマー層の中心部分を囲み、該実質的に不透明なポリマー層はアナログコードを表す二次元形状を含む、層;ならびに
(c)分析物を捕捉するための捕捉剤であって、該捕捉剤は該実質的に透明なポリマー層の少なくとも該中心部分において該実質的に透明なポリマー層の該第一の表面および該第二の表面のうちの少なくとも1つに連結されている、捕捉剤
を含む、マイクロキャリアである、請求項
16に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は広く、非対称PCRを用いて特定のGC含量を有する標的遺伝子を反応液中で増幅する方法等に関する。
【0002】
緑膿菌(シュードモナス・エルギノーザ)はヒトの上皮や腸管に存在する常在菌であり、日和見感染の代表菌種である。薬剤耐性を獲得した多剤耐性緑膿菌はしばしば院内感染でアウトブレイクを引き起こす。そのため、緑膿菌は医療機関において注視されている菌種の一つである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
生物が保有する遺伝子はその種に固有の構成塩基の組成およびGC含量を有することが一般的に知られている。緑膿菌は高いGC含量を有することを特徴としている細菌であり、たとえばPA01株の全ゲノムの解析結果では、そのGC含量は66.6%であった(Stover, C.K., Pham, X.Q., Erwin, A.L., Mizoguchi, S.D., Warrener, P., Hickey, M.J., Brinkman, F.S., Hufnagle, W.O., Kowalik, D.J., Lagrou, M. et al. 2000. Complete genome sequence of Pseudomonas aeruginosa PA01, an opportunistic pathogen. Nature 406: 959-964.)
【0005】
しかし、緑膿菌のようにGC含量が高い遺伝子を有する菌種を標的とする場合、標的遺伝子の増幅産物の合成量が低下し、検出感度が低下することが分かった。検出感度の低下は、標的遺伝子及びそれを含む対象菌種以外にも多種の鑑別すべき菌種を含む検体において遺伝子を同時に増幅する方法において特に問題となる。このような多種遺伝子の同時増幅法はしばしばマルチプレックスPCRと呼ばれており、1つの反応系で1つの鋳型DNAから多数の遺伝子断片を増幅できる手法である。このようにスループット性に優れているマルチプレックスPCRは反応系中に存在する多種の鋳型DNAからそれぞれの遺伝子断片を増幅することも可能であり、遺伝子診断技術において欠かせない技術となってきている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
かかる課題を解決すべく、本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、GC含量の高い標的遺伝子(目的遺伝子(GOI)ともいう。)の検出技術と、非対称PCRとを組み合わせることにより、GC含量の高くない(GC含量:40~60%)標的遺伝子はもとより、60%以上の高いGC含量を有するGOIを網羅的且つ高い感度・特異度をもって、同時検出できる技術を創出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本願は以下の発明を包含する。
[1] 60%以上のGC含量を有する少なくとも1つの標的遺伝子を反応液中で増幅する方法であって、標的遺伝子を増幅するための第一のプライマーと第二のプライマーからなるプライマーセットを用いて、標的遺伝子に特異的な塩基配列を増幅する工程を含み、
プライマーセットの一方のプライマーが他方のプライマーよりも高いモル比で反応液中に添加され、各プライマーが活性化酵素の作用によって回復する不活化学修飾を含むホットスタートプライマーではない、方法。
[2] 前記反応液が標的遺伝子以外の1又は複数の遺伝子を含み、前記方法が、標的遺伝子以外の1又は複数の遺伝子を標的遺伝子とともに同時に増幅することを含む、[1]に記載の方法。
[3] プライマーセットにおけるプライマーのモル比が1:1.5~20.0である、[1]又は[2]に記載の方法。
[4] 標的遺伝子が、シュードモナス・エルギノーザ(Pseudomonas aeruginosa)のゲノム配列の中の少なくとも連続する13塩基からなる塩基配列である、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5] 第一のプライマーが、ストリンジェントな条件下で、配列番号1~3のいずれかに記載の塩基配列、又は配列番号1~3のいずれかに記載の塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列、とハイブリダイズするプライマーであり、第二のプライマーが、ストリンジェントな条件下で、配列番号1~3のいずれかに記載の塩基配列の相補鎖配列、又は配列番号1~3のいずれかに記載の塩基配列の相補鎖配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列、とハイブリダイズするプライマーである、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6] 第一のプライマーが、配列番号4に記載の塩基配列中、又は配列番号4に記載の塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列中、少なくとも連続する13塩基からなるオリゴヌクレオチドである、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7] 第二のプライマーが、配列番号5に記載の塩基配列中、又は配列番号5に記載の塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列中、少なくとも連続する13塩基からなるオリゴヌクレオチドである、[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8] プライマーがビオチンで標識されている、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9] モル比の高いプライマーがビオチンで標識されている、[1]~[8]のいずれかに記載の方法。
[10] GC含量が60%超の少なくとも1つの標的遺伝子を一反応液中で検出する方法であって、
[1]~[9]のいずれかに記載の方法によって増幅された標的遺伝子の一本鎖に相補的なプローブを用いて標的遺伝子を検出する工程を含む、方法。
[11] プローブが、モル比の高いプライマーによって増幅された標的遺伝子の一本鎖と相補的である、[10]に記載の方法。
[12] 標的遺伝子の一本鎖とプローブとの相補的な二本鎖遺伝子形成の存在によって標的遺伝子が検出される、[10]又は[11]に記載の方法。
[13] 標的遺伝子がシュードモナス・エルギノーザ由来であり、シュードモナス・エルギノーザとそれ以外の細菌性遺伝子とが鑑別される、[1]~[12]のいずれかに記載の方法。
[14] プローブが検出基板材料へ固定化されている、[10]~[13]のいずれかに記載の方法。
[15] プローブが標識されている、[10]~[14]のいずれかに記載の方法。
[16] プローブ核酸が配列番号6に記載の塩基配列中、又は配列番号6に記載の塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列中、少なくとも連続する13塩基からなるオリゴヌクレオチドから成る、[10]~[15]のいずれかに記載の方法。
[17] 検出基板材料が、コード化されたマイクロキャリアである、[14]~[16]のいずれかに記載の方法。
[18] マイクロキャリアが、
(a)第一の表面および第二の表面を有する実質的に透明なポリマー層であって、
該第一および該第二の表面は互いに平行である、層;
(b)実質的に不透明なポリマー層であって、該実質的に不透明なポリマー層は、該実質的に透明なポリマー層の該第一の表面に貼り付けられており、該実質的に透明なポリマー層の中心部分を囲み、該実質的に不透明なポリマー層はアナログコードを表す二次元形状を含む、層;ならびに
(c)分析物を捕捉するための捕捉剤であって、該捕捉剤は該実質的に透明なポリマー層の少なくとも該中心部分において該実質的に透明なポリマー層の該第一の表面および該第二の表面のうちの少なくとも1つに連結されている、捕捉剤
を含む、マイクロキャリアである、[17]に記載の方法。
[19] 第一のプライマーと第二のプライマーとから成る、60%以上のGC含量を有する少なくとも1つの標的遺伝子の存在を検出するためのプライマーセットであって、
第一のプライマーが、配列番号4に記載の塩基配列中、又は配列番号4に記載の塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列中、少なくとも連続する13塩基からなるオリゴヌクレオチドであり、
第二のプライマーが、配列番号5に記載の塩基配列中、又は配列番号5に記載の塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列中、少なくとも連続する13塩基からなるオリゴヌクレオチドである、プライマーセット。
[20] 標的遺伝子が、シュードモナス・エルギノーザのゲノム配列の中の少なくとも連続する13塩基からなる塩基配列である、[19]に記載のプライマーセット。
[21] 第一のプライマーが、ストリンジェントな条件下で、配列番号1~3のいずれかに記載の塩基配列、又は配列番号1~3のいずれかに記載の塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列、とハイブリダイズするプライマーであり、第二のプライマーが、ストリンジェントな条件下で、配列番号1~3のいずれかに記載の塩基配列の相補鎖配列、又は配列番号1~3のいずれかに記載の塩基配列の相補鎖配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列、とハイブリダイズするプライマーである、[19]又は[20]に記載のプライマーセット。
[22] 第一のプライマーが、配列番号4に記載の塩基配列中、又は配列番号4に記載の塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列中、少なくとも連続する13塩基からなるオリゴヌクレオチドである、[19]~[21]のいずれかに記載のプライマーセット。
[23] 第二のプライマーが、配列番号5に記載の塩基配列中、又は配列番号5に記載の塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列中、少なくとも連続する13塩基からなるオリゴヌクレオチドである、[19]~[22]のいずれかに記載のプライマーセット。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、非対称PCRを利用することで、GC含量の高い遺伝子を高感度で検出することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、P.エルギノーザのE6130952株,NCTC10332株,PAO1株のoprL遺伝子(配列番号1,2,3)の多重整列結果を示す。
【
図2】
図2は、P.エルギノーザJCM14847株から抽出したゲノムDNAを鋳型として行った通常のPCRと非対称PCRの蛍光値を比較した結果を示す。
【
図3】
図3は、非対称PCRを用いてP.エルギノーザJCM14847株から抽出したゲノムDNAとGC含量が異なる鋳型を増幅した場合の増感倍率結果を示す。
【
図4】
図4は、P.エルギノーザ、エンテロコッカス・カセリフラバスが含まれる培養液から抽出したゲノムDNAを鋳型として行った通常のPCRと非対称PCRの蛍光値を比較した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態(以下、「本実施形態」という。)について説明するが、本発明の範囲は以下の実施形態に限定して解釈されない。
【0011】
(遺伝子増幅・検出方法)
第一の態様において、60%以上のGC含量を有する少なくとも1つの標的遺伝子を反応液中で増幅する方法が提供される。増幅方法は、標的遺伝子を増幅するための第一のプライマーと第二のプライマーからなるプライマーセットを用いて、標的遺伝子に特異的な塩基配列を増幅する工程と、任意にその他の工程とを含み得る。増幅工程は、プライマーセットと標的遺伝子とを接触する工程を含む。反応液には標的遺伝子以外の1又は複数の遺伝子が含まれていてもよく、その場合、標的遺伝子とそれ以外の1又は複数の遺伝子は同時に増幅反応にかけられる。
【0012】
目的遺伝子(GOI)とも称される標的遺伝子は、60%以上のGC含量を有するものであればどのような遺伝子でもよい。マルチプレックスPCRで増幅反応を行う場合、標的遺伝子は、対象とされる複数の遺伝子のうち、相対的に高いGC含量を有する遺伝子であることが好ましい。GC含量は標的遺伝子を構成するDNA鎖におけるG塩基及びC塩基の割合(%)であり、標的遺伝子の配列解析を行うことで決定される。60%以上の標的遺伝子を有する菌の例として、上記のシュードモナス・エルギノーザに加え、結核菌(マイコバクテリウム・ツベルクローシス)(65.86%)、アクネ菌(プロピオニバクテリウム・アクネス)(60.3%)、ビフィズス菌(ビフィドバクテリウム・ロンガム)(60.84%);ビフィドバクテリウム・アニマリス(61.36%))等が挙げられるが、これらの菌に限定されない。標的遺伝子の例として、例えば、シュードモナス・エルギノーザのoprL遺伝子(GC含量:62.3%)がある。oprL遺伝子は、シュードモナス・エルギノーザのペプチドグリカンリポタンパク質の前駆体をコードする遺伝子である。
【0013】
標的遺伝子の増幅工程は非対称PCRによる増幅条件下で行われる。例えば、標的遺伝子の増幅のために反応液に添加されるプライマーのモル比は、一方のプライマーが他方のプライマーの濃度よりも高くなるよう調節される。特表2015-536653号公報(上掲)には非対称PCRに使用するプライマーとして、活性化酵素の作用によって回復する不活化学修飾を含むホットスタートプライマーが開示されているが、本遺伝子増幅方法で使用するプライマーセットは、このようなホットスタートプライマー(リボプライマー)のような活性化酵素の作用によって回復する不活化学修飾を含むものではない。一方、標的遺伝子以外の遺伝子の増幅に使用するプライマーはどのようなプライマーでもよく、添加されるフォワードプライマーとリバースプライマーの量も同じモル比でよい。
【0014】
標的遺伝子を増幅するためのプライマーのモル比は、通常のPCRとの比較で標的遺伝子を効率よく増幅することができれば特に限定されないが、例えば増幅前の反応液において1:1.5~20.0の範囲内で適宜調節される。蛍光強度をより増大させる観点から、モル比は好ましくは1:1.5~3.5、より好ましくは1.5~3.0、より更に好ましくは1.5~2.5である。非対称PCRの条件下で標的遺伝子を増幅する場合、過剰量添加されたプライマーの増幅産物である一本鎖は他方のプライマーによって増幅される一本鎖よりも多く産生されることになるため、その一本鎖とプローブとの相補鎖の形成効率も増大する。標的遺伝子は複数あってもよく、その場合、異なる標的遺伝子毎に異なるプライマーセットの調製が必要となる。
【0015】
標的遺伝子を増幅するためのプライマー配列の設計は、当業者が増幅すべき標的遺伝子の配列を参照し、相補的となるオリゴヌクレオチド配列を適宜決定することができる。非対称PCRに使用するプライマーは、フォワードプライマーとリバースプライマーのTm値が同程度になるように調製するのが好ましい。例えば、標的遺伝子がシュードモナス・エルギノーザの遺伝子である場合、そのゲノム配列の中の少なくとも連続する13塩基からなる塩基配列に相補的なプライマーが合成される。シュードモナス・エルギノーザの標的遺伝子の例として、GC含量が約62%のoprL遺伝子が挙げられる。oprL遺伝子は外膜タンパク質をコードする遺伝子の一つであり、その配列は株毎に異なる。例えば、シュードモナス・エルギノーザのE6130952株,NCTC10332株,PAO1株のoprL遺伝子は順に配列番号1、2及び3の塩基配列を有する。
【0016】
oprL遺伝子は、配列番号1~3のいずれかに示される塩基配列を有するか、あるいは配列番号1~3のいずれかに示される塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列を有し、且つOprLタンパク質をコードする。
【0017】
フォワードプライマーとしての第一のプライマーは、ストリンジェントな条件下で、配列番号1~3のいずれかに記載の塩基配列、又は配列番号1~3のいずれかに記載の塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列、とハイブリダイズすることができるものであればどのような配列を有していてもよい。
【0018】
リバースプライマーとしての第二のプライマーは、ストリンジェントな条件下で、配列番号1~3のいずれかに記載の塩基配列の相補鎖配列、又は配列番号1~3のいずれかに記載の塩基配列の相補鎖配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列、とハイブリダイズすることができるものであればどのような配列を有していてもよい。
【0019】
本明細書で使用する場合、「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件を意味し、例えば塩基配列の長さなどの情報を基に適宜決定され得る。例えば、ストリンジェントな条件は、Molecular Cloning(Fourth Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)を参照して設定することができる。ストリンジェントな条件とは、相同性(好ましくは同一性)が高いポリヌクレオチド同士、例えば70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%以上、特に好ましくは99%以上の相同性を有するポリヌクレオチド同士がハイブリダイズし、それより低い相同性を示すポリヌクレオチド同士がハイブリダイズしない条件ともいえる。
【0020】
具体的なストリンジェントな条件としては、ハイブリダイゼーション液(50%ホルムアミド、10×SSC(0.15M NaCl,15mMクエン酸ナトリウム,pH7.0)、5×デンハルト溶液、1%SDS、10%デキストラン硫酸、10μg/mlの変性サケ精子DNA、及び50mMリン酸バッファー(pH7.5))中に所望の塩基配列に相補的な塩基配列と、標的遺伝子又はそれを有する菌種の存在が疑われる検体とを約42℃~約50℃でインキュベーションし、そして0.1×SSC、0.1%SDSを用いて約65℃~約70℃で洗浄する条件である。
【0021】
シュードモナス・エルギノーザのoprL遺伝子を標的とする第一のプライマーの例として、以下の配列番号4に記載の塩基配列を有するか、あるいは配列番号4に記載の塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列中、連続する少なくとも13塩基を含む塩基配列を有し、且つ、配列番号4に記載の塩基配列と同じ機能を有するものが挙げられる。
5’-GGTAAAGAGCGTCCGGTC-3’(配列番号4)
【0022】
シュードモナス・エルギノーザのoprL遺伝子を標的とする第二のプライマーの例として、以下の配列番号5に記載の塩基配列を有するか、あるいは配列番号5に記載の塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列中、連続する少なくとも13塩基を含む塩基配列を有し、且つ、配列番号5に記載の塩基配列と同じ機能を有するものが挙げられる。
5’-TTACTTCTTCAGCTCGACG-3’(配列番号5)
【0023】
第一と第二のプライマーは標的遺伝子の全部又は一部の領域を特異的に増幅することができ、これにより、その他の遺伝子との鑑別が可能になる。あるいは、第一と第二のプライマーの増幅産物を融解曲線解析にかけ、その融解温度を他のプライマーセットによる増幅産物の融解温度と比較することで標的遺伝子(又はそれを有する菌種)とその他の遺伝子(又はそれを有する他の菌種)とを区別することもできる。
【0024】
鑑別することが想定されている菌種に含まれる遺伝子以外の遺伝子、より具体的には、標的遺伝子以外の遺伝子であって、鑑別対象の菌種以外の菌種に由来する遺伝子のGC含量は特に限定されないが、60%未満であることが好ましい。
【0025】
標的遺伝子以外の遺伝子を増幅するためのプライマーの長さは任意であり、例えば約10塩基~約35塩基の範囲で適宜設定できるが、10塩基以上であることが好ましい。
【0026】
標的遺伝子以外の遺伝子を増幅するためのプライマーの比率は特に限定されず、同じであってもよいし、互いに異なっていてもよい。プライマーセットが非対称PCR法で使用される場合、一方のプライマーの濃度が他方のプライマーの濃度よりも高くなるように調整され得る。
【0027】
GC含量が60%未満の菌として、例えば表皮ブドウ球菌(スタフィロコッカス・エピデルミディス)、プロテウス・ミラビリス、アシネトバクター・バウマニが挙げられるが、これらに限定されない。他にも、シトロバクタ―・コセリ、シトロバクタ―・フレウンディ、シトロバクタ―・ブラアキイ、シトロバクタ―・アマロナティカス等のシトロバクタ―属;エンテロバクター・クロアカ、エンテロバクター・アスブリアエ等のエンテロバクター属;大腸菌(エシェリヒア・コリ)、クレブシエラ・アエロゲネス;肺炎桿菌(クレブシエラ・ニューモニエ)、クレブシエラ・オキシトカ、クレブシエラ・バリイコーラ等のクレブシエラ属;セラチア・マルセッセンス;エンテロコッカス・カセリフラバス、エンテロコッカス・フェカリス、エンテロコッカス・フェシウム等のエンテロコッカス属;リステリア・モノサイトゲネス等のリステリア属等;黄色ブドウ球菌(スタフィロコッカス・アウレウス)/スタフィロコッカス・ホミニス等のスタフィロコッカス属、ストレプトコッカス・ピオゲネス/肺炎球菌(ストレプトコッカス・ニューモニエ)/ストレプトコッカス・オラリス等のストレプトコッカス属、コリネバクテリウム・ジェイキウム、髄膜炎菌(ナイセリア・メニンギティディス)、カンジダ・アルビカンス等のカンジダ属がGC含量が60%未満の菌の例として挙げられる。
【0028】
標的遺伝子を増幅するためのプライマーセットは第一及び第二のプライマーの組み合わせに限定されず、これらの第一及び第二のプライマーと、それ以外のプライマー、例えば第三、第四、第五、第六等の追加のプライマーを含んでいてもよい。適切な追加のプライマーを使用することで検出感度が向上し得る。そのようなプライマーとしては、例えば、標的遺伝子において、第一及び第二のプライマーが増幅する領域とは異なる領域を増幅するためのプライマー等が想定される。
【0029】
上記プライマーを用いる核酸増幅反応により、検体に含まれる標的遺伝子又はそれを有する菌種の存在を検出することができる。効率の観点から、標的遺伝子の増幅と検出は一反応液中で行うことが好ましい。核酸増幅反応後の増幅産物の検出には、増幅産物を特異的に認識することができる標識体を利用してもよい。そのような標識体としては蛍光色素、ビオチン、ジゴキシゲニン等が挙げられる。標識されるプライマーはいずれのプライマーでもよいが、非対称PCRで使用されるプライマーセットの場合、モル比の高いプライマーを標識することが好ましい。標識する部位も限定されないが、プライマーの5’末端に直接又はリンカーを介して配置されることが好ましい。
【0030】
プローブを用いた場合、非対称PCRによって増幅された標的遺伝子の一本鎖とプローブとの相補的な二本鎖遺伝子形成の存在によって標的遺伝子が検出され得る。プローブは、モル比の高いプライマーによって増幅された標的遺伝子の一本鎖と相補的となるよう設計されることが好ましい。標識体として蛍光を用いた場合には、その蛍光を蛍光顕微鏡、蛍光プレートリーダー等を用いて検出することができる。
【0031】
プローブの例として、シュードモナス・エルギノーザJCM14847株のPCR産物を捕捉する配列番号6に記載のプローブが挙げられる。プローブをコードする核酸が配列番号6に記載の塩基配列を有する場合、当該核酸は、その塩基配列中、又は配列番号6に記載の塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列中、少なくとも連続する13塩基からなるオリゴヌクレオチドから成っていてもよい。
【0032】
プライマーやプローブなどを構成するポリヌクレオチドは検出基板等に固定されていてもよい。基板は、ポリヌクレオチドを固定し保持できるものであればよく、ガラス、プラスチック、繊維類などの各種材料を用いることができる。基板材料の形態としてはマイクロアレイ等のマイクロキャリアが挙げられ、その形状はディスク状やビーズ状が考えられる。
【0033】
マルチプレックスアッセイの場合、マイクロキャリアの表面はバーコード等の固有の識別子でコード化されていることが好ましい。例えば、マイクロキャリアは、
(a)第一の表面および第二の表面を有する実質的に透明なポリマー層であって、
該第一および該第二の表面は互いに平行である、層;
(b)実質的に不透明なポリマー層であって、該実質的に不透明なポリマー層は、該実質的に透明なポリマー層の該第一の表面に貼り付けられており、該実質的に透明なポリマー層の中心部分を囲み、該実質的に不透明なポリマー層はアナログコードを表す二次元形状を含む、層;ならびに
(c)分析物を捕捉するための捕捉剤であって、該捕捉剤は該実質的に透明なポリマー層の少なくとも該中心部分において該実質的に透明なポリマー層の該第一の表面および該第二の表面のうちの少なくとも1つに連結されている、捕捉剤
を含んでもよい。
【0034】
標的遺伝子を提供する検体は、標的遺伝子又はその遺伝子を有する菌種の存在が疑われるものであれば特に限定されないが、ヒト又は非ヒト由来の血液、血清、血漿、尿、便、唾液、喀痰、組織液、髄液、ぬぐい液等の体液等又はその希釈物等が挙げられ、血液、血清、血漿、尿、便、髄液又はこれらの希釈物が好ましい。検体は食品、土壌、植物等であってもよい。
【0035】
反応液にはプライマー、検体以外にもDNAポリメラーゼ酵素、基質、マグネシウムイオンを含むPCRバッファーが添加される。
【0036】
PCRは標的遺伝子のみを増幅するシングルプレックスアッセイでもよいし、標的遺伝子と、1又は複数のそれ以外の遺伝子を同時に増幅するマルチプレックスアッセイであってもよい。
【0037】
マルチプレックスPCR等のマルチプレックスアッセイについては当業者に公知である。マルチプレックスアッセイの技術としてπコードテクノロジーがあり、これは、表面にバーコードを刻印した磁性マイクロディスクに抗体や遺伝子測定用のプローブを固定することで検査対象の種類を特定し、同時多項目測定を可能とした技術である。πコードテクノロジーについては、例えば、WO2016/198954(特表2018-518146号公報)又はWO2018/052464(特表2019-535003号公報)に開示されており、これらの公報の内容はその全体が引用により本明細書で援用される。
【0038】
以下に実施例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0039】
実施例1:通常のPCRと非対称PCRでの緑膿菌のゲノムを対象としたDNAプローブを用いた基板上での検出結果の比較
(1)プライマー・プローブの設計
図1に示すP.エルギノーザのE6130952株,NCTC10332株,PAO1株のoprL遺伝子(配列番号1,2,3)の多重整列結果から、配列番号4及び5のプライマー、そして配列番号6のプローブを設計した。oprL遺伝子のGC含量は62.3%である。上記プライマーは、活性化酵素の作用によって回復する不活化学修飾を含まない。
【0040】
(2)核酸増幅および検出
P.エルギノーザJCM14847株から抽出したゲノムDNAを鋳型とし、配列番号4と配列番号5のプライマーモル比を1対1で用いた通常のPCRと、配列番号4と配列番号5のプライマーモル比を1対2.5で用いた非対称PCRをそれぞれ行い、基板上でのハイブリダイゼーション反応および標識化、蛍光測定を行った。基板として、表面にバーコードを刻印した磁性マイクロキャリア(PlexBio社製)を用いた。このとき、配列番号5の5’末端に、リンカーを介しビオチン修飾を行ったプライマーを使用した。
【0041】
増幅にはTaKaRa Multiplex Assay Kit Ver.2(タカラバイオ社)を使用した。各プライマーは通常のPCRでは終濃度0.2μMとなるように加えた。非対称PCRではそれぞれ終濃度が0.2μM、0.5μMとなるように加えた。鋳型のゲノムDNAは1反応あたり200pgを添加した。TaKaRa Multiplex Assay Kit Ver.2内の2×Reaction bufferは終濃度1倍、Multiplex Enzyme Mixは終濃度1Uとなるように加えた。核酸増幅装置にはT100 Thermal Cycler(Bio-Rad社)を用いた。増幅反応終了後、基板上でのハイブリダイゼーション反応に供する前に、熱変性反応を同機器にて行った。
【0042】
基板上でのハイブリダイゼーション反応に用いた試薬は、P.エルギノーザJCM14847株のPCR産物を捕捉する配列番号6のプローブが固定化された基板が含まれた溶液と、Saline-sodium-phosphate-EDTA Buffer(SSPE-buffer)と、熱変性を実施したPCR反応液とを混合することで調製した。
【0043】
標識化にはストレプトアビジン-フィコエリスリン(PlexBio社)を試薬に用いた。基板上でのハイブリダイゼーション反応および標識化は、機器にIntelliPlex 1000 πCode Processor(PlexBio社)を用いた。蛍光測定装置は、PlexBio(登録商標) 100 Fluorescent Analayzer(PlexBio社)を用いた。
【0044】
使用した条件は以下のとおりである。
増幅反応条件:
94℃ 30秒
60℃ 60秒->94℃ 30秒(サイクル数30回)
72℃ 600秒
【0045】
熱変性条件:
95℃ 5分->4℃へ急冷
【0046】
ハイブリダイズ条件:
37℃ 20分インキュベート
【0047】
標識化条件:
37℃ 10分インキュベート
【0048】
(3)測定結果
測定結果を
図2に示す。P.エルギノーザJCM14847株から抽出したゲノムDNAを鋳型とした場合、通常のPCRで得られた蛍光値が27195であったのに対して、非対称PCRで得られた蛍光値は87818だった。以上から、P.エルギノーザの検出に非対称PCRを適用することで、およそ3倍に増感されることがわかった。
【0049】
実施例2:GC含量が異なる鋳型を用いた場合の非対称PCRの増感効果の違い
(1)核酸増幅および検出
P.エルギノーザJCM14847株から抽出したゲノムDNAを鋳型とし、配列番号4と配列番号5のプライマーモル比を1対1で用いた通常のPCRと、配列番号4と配列番号5のプライマーモル比を1対2.5で用いた非対称PCRをそれぞれ行い、基板上でのハイブリダイゼーション反応および標識化、蛍光測定を行った。このとき、配列番号5の5’末端に、リンカーを介しビオチン修飾を行ったプライマーを使用した。
【0050】
また比較対象の1つ目として、表皮ブドウ球菌(スタフィロコッカス・エピデルミディス)JCM2414株から抽出したゲノムDNAを鋳型とし、配列番号7、8のプライマーモル比を1対1で用いた通常のPCRと、配列番号7と配列番号8のプライマーモル比を1対2.5で用いた非対称PCRをそれぞれ行い、基板上でのハイブリダイゼーション反応および標識化、蛍光測定を行った。このとき、配列番号8の5’末端に、リンカーを介しビオチン修飾を行ったプライマーを使用した。
【0051】
また比較対象の2つ目として、プロテウス・ミラビリスJCM1669株から抽出したゲノムDNAを鋳型とし、配列番号10、11のプライマーモル比を1対1で用いた通常のPCRと、配列番号10と配列番号11のプライマーモル比を1対2.5で用いた非対称PCRをそれぞれ行い、基板上でのハイブリダイゼーション反応および標識化、蛍光測定を行った。このとき、配列番号11の5’末端に、リンカーを介しビオチン修飾を行ったプライマーを使用した。
【0052】
最後に比較対象の3つ目として、アシネトバクター・バウマニJCM6841株から抽出したゲノムDNAを鋳型とし、配列番号13、14のプライマーモル比を1対1で用いた通常のPCRと、配列番号13と配列番号14のプライマーモル比を1対2.5で用いた非対称PCRをそれぞれ行い、基板上でのハイブリダイゼーション反応および標識化、蛍光測定を行った。このとき、配列番号14の5’末端に、リンカーを介しビオチン修飾を行ったプライマーを使用した。
【0053】
増幅にはTaKaRa Multiplex Assay Kit Ver.2(タカラバイオ社)を使用した。各プライマーは通常のPCRでは終濃度0.2μMとなるように加えた。非対称PCRでは終濃度0.2μMおよび終濃度0.5μMとなるように加えた。鋳型のゲノムDNAは1反応あたり200pgを添加した。TaKaRa Multiplex Assay Kit Ver.2内の2×Reaction bufferは終濃度1倍、Multiplex Enzyme Mixは終濃度1Uとなるように加えた。核酸増幅装置にはT100 Thermal Cycler(Bio-Rad社)を用いた。増幅反応終了後、基板上でのハイブリダイゼーション反応に供する前に、熱変性反応を同機器にて行った。
【0054】
基板上でのハイブリダイゼーション反応に用いた試薬は、配列番号6、9、12、15のプローブが固定化された基板が含まれた溶液と、SSPE(Saline-sodium-phosphate-EDTA)バッファーと、熱変性を実施したPCR反応液とを混合した。ここで、配列番号9のプローブはS.エピデルミディスのPCR産物を捕捉するプローブであり、配列番号12のプローブはP.ミラビリスのPCR産物を捕捉するプローブであり、配列番号15はA.バウマニのPCR産物を捕捉するプローブである。
【0055】
標識化に使用した試薬、基板上でのハイブリダイゼーション反応および標識化に使用した機器、並びに蛍光測定装置および各条件は実施例1と同じである。
【0056】
(2)測定結果
非対称PCRでの蛍光値を通常のPCRでの蛍光値で割った値を増感倍率として横軸に、配列番号16、17、18、19で示された各項目のPCR産物のGC含量を縦軸にした際のプロット結果を
図3に示す。ここで、増感倍率とは、非対称PCRを適用して増幅反応を実施し、得られた増幅産物を用いて検出を行った際の蛍光値を、通常のPCRを適用して増幅反応を実施し、得られた増幅産物を検出を行った際の蛍光値で割った数値を意味し、増感倍率が高いほど通常のPCRよりも検出感度が高くなることを意味する。
図3の結果から、増感倍率はGC含量が低い場合にはGC含量依存的に増大し、標的遺伝子のGC含量が60%以上の場合に増感倍率、すなわち検出感度の増大が顕著になることがわかる。
【0057】
図3に示すとおり、増感倍率とGC含量には正の相関が確認された。この相関が確認された理由としては、核酸のハイブリダイゼーション反応の速度が核酸の組成に大きく依存することが考えられる。ハイブリダイゼーション反応は、相補的な配列を持つ二分子の間で、一部の相補塩基が近接および乖離を繰り返し、いずれ完全な相補配列と会合すると、そこからジッパーを閉じるように塩基対を形成するモデルが提唱されている。8塩基のモデル配列を用いた計算結果では、高GCな塩基配列の塩基対形成の速度は、高ATな塩基配列のそれと比較して3.2倍であることが計算されており、高GCな塩基配列はより速くその相補配列と会合し相補鎖を形成することが報告されている(DNA hybridization kinetics: zippering, internal displacement and sequence dependence. Nucleic Acids Res. 2013 Oct; 41(19): 8886-8895.)。
【0058】
本実施例における基板上での捕捉対象は、二本鎖のDNAとして増幅がされ、熱変性が行われたPCR産物である。よって、PCR産物は、基板上のプローブとの部分的な相補鎖形成と、PCR産物との相補鎖形成が共存する形でハイブリダイゼーション反応が進行していると考えられる。上記測定結果から、高GC含量の産物になるほど、プローブによる捕捉反応の他にPCR産物間での相補鎖形成も共に加速しており、通常のPCRではプローブによる捕捉反応が満足に行われなかったものの、非対称PCRを適用し、基板上で捕捉する分子を過剰産生することで、プローブによる捕捉反応が効果的に行われ、増感効果が顕著になったとことが考察される。
【0059】
一方で、GC含量が低いA.バウマニにおいては、増感倍率が0.92倍と非対称PCRを実施すると蛍光値が低下していることが分かった。基板上の検出においては、先の基板上のプローブとの部分的な相補鎖形成と、PCR産物との相補鎖形成が共存する形で、2種のハイブリダイゼーション反応が起こっていることに加えて、捕捉対象の分子数、GC含量、塩基対の形成速度等の多数のパラメータが関連し、最終的な蛍光値へと出力されることが想定される。非対称PCRは通常のPCRよりもPCR産物の収量が低下することが知られており、本結果は低GC含量の標的遺伝子には非対称PCRが不利に働きうることを示している。
【0060】
以上から、60%以上のGC含量の鋳型を検出する際に非対称PCRを適用することで、検出感度が向上することが明らかとなった。
【0061】
実施例3:60%以上のGC含量を有する遺伝子とそれ以外の遺伝子の同時検出例
(1)核酸増幅および検出
培養同定法によってシュードモナス・エルギノーザ(PA01株のGC含量:66.6%)、エンテロコッカス・カセリフラバスの2菌種が含まれていると判定された検体1を準備した。PA01株のGC含量は66.6%、エンテロコッカス・カセリフラバスのGC含量は42.9%(Sanderson, H., Ortega-Polo, R., Zaheer, R. et al. Comparative genomics of multidrug-resistant Enterococcus spp. isolated from wastewater treatment plants. BMC Microbiol 20, 20 (2020). https://doi.org/10.1186/s12866-019-1683-4)であることが知られている。
【0062】
上記検体に対し、QIAamp BiOstic Bacteremia DNA Kit(QIAGEN社)を用い、試薬付属の標準プロトコールに則り抽出したゲノムDNAを鋳型とし、Multiplex PCRによる増幅、および、基板上でのハイブリダイゼーション反応および標識化、蛍光測定を行った。基板は、実施例1及び2と同様に、表面にバーコードを刻印した磁性マイクロキャリア(PlexBio社製)を用いた。その他、標識化に使用した試薬、基板上でのハイブリダイゼーション反応、標識化に使用した機器、蛍光測定装置、その他各条件についても特に記載がない限り実施例1及び2と同じである。
【0063】
増幅にはTaKaRa Multiplex Assay Kit Ver.2(タカラバイオ社)を使用した。プライマーはシュードモナス・エルギノーザ用の配列番号4,5で示されるプライマーと、エンテロコッカス・カセリフラバス用の配列番号20,21,22,23で示されるプライマーを用いた。各プライマーは通常のPCRでは全てのプライマーを終濃度0.2μMとなるように加えた。非対称PCRでは配列番号5以外のプライマーについては終濃度0.2μMとなるように加え、配列番号5のプライマーは終濃度0.5μMとなるように加えた。配列番号5,23の5’末端に、リンカーを介しビオチン修飾を行ったプライマーを使用した。鋳型溶液は1反応あたり5μLを添加した。TaKaRa Multiplex Assay Kit Ver.2内の2×Reaction bufferは終濃度1倍、Multiplex Enzyme Mixは終濃度1Uとなるように加えた。核酸増幅装置にはT100 Thermal Cycler(Bio-Rad社)を用いた。増幅反応終了後、基板上でのハイブリダイゼーション反応に供する前に、熱変性反応を同機器にて行った。
【0064】
基板上でのハイブリダイゼーション反応に用いた試薬は、シュードモナス・エルギノーザを捕捉するプローブ(配列番号6)が固定化された基板1およびエンテロコッカス・カセリフラバスを捕捉するプローブ(配列番号24)が固定化された基板2が含まれた溶液に、Saline-sodium-phosphate-EDTA Buffer(SSPE-buffer)、熱変性を実施したPCR反応液を混合した。
【0065】
シュードモナス・エルギノーザを捕捉するプローブが固定化された基板1のブランクを差し引いた蛍光値は、通常のPCRでは1622であったが、非対称PCRを適用した場合では13731であり、大きく検出感度が向上した。また、エンテロコッカス・カセリフラバスを捕捉するプローブが固定化された基板2は通常のPCRでも検出感度が十分高かったが、シュードモナス・エルギノーザを非対称PCRで増幅した場合においても基板1の結果に対して悪影響を及ぼさず、基板2の結果においても検出感度が上昇した。
【0066】
よって、60%以上のGC含量を有する遺伝子とそれ以外の遺伝子の同時検出においても非対称PCRは有効に働き、本発明の有効性が確認できた。
【配列表】