(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-06
(45)【発行日】2025-03-14
(54)【発明の名称】被覆工具および切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20250307BHJP
B23B 51/00 20060101ALI20250307BHJP
B23C 5/16 20060101ALI20250307BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20250307BHJP
C23C 14/24 20060101ALI20250307BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B51/00 J
B23C5/16
C23C14/06 A
C23C14/06 P
C23C14/24 Z
(21)【出願番号】P 2023538304
(86)(22)【出願日】2022-05-27
(86)【国際出願番号】 JP2022021820
(87)【国際公開番号】W WO2023007935
(87)【国際公開日】2023-02-02
【審査請求日】2023-12-21
(31)【優先権主張番号】P 2021126010
(32)【優先日】2021-07-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006633
【氏名又は名称】京セラ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉見 啓
【審査官】増山 慎也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/022501(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/061325(WO,A1)
【文献】特許第6583763(JP,B1)
【文献】特許第6004366(JP,B1)
【文献】特開2017-193004(JP,A)
【文献】特開2016-030330(JP,A)
【文献】特開2007-083326(JP,A)
【文献】特開2007-069276(JP,A)
【文献】特開2006-152321(JP,A)
【文献】特開2006-137982(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16
B23P 15/28
C23C 14/06
C23C 14/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体と、該基体の上に位置する被覆層とを有する被覆工具であって、
前記被覆層は、立方晶構造を有する結晶を含み、
前記被覆層は、透過電子顕微鏡による断面観察において縞状構造を有し、
該縞状構造は、厚み方向に交互に位置する2つの層を有し、
前記2つの層は、Siと、少なくとも1種類の金属元素と
を有する窒化物を含み、
前記少なくとも1種類の金属元素は、AlおよびCr、または、Tiであると共に、
該金属元素の含有量が互いに異なっており、
それぞれ前記立方晶構造を有する結晶を含んでおり、
前記被覆層のX線回折による前記立方晶構造を有する結晶の(200)面のピーク角度を第1角度とし、
前記被覆工具を、窒素雰囲気中で処理温度900℃、処理時間1時間の条件で熱処理した後の前記被覆層のX線回折による前記立方晶構造を有する結晶の(200)面のピーク角度を第2角度とした場合、
前記第1角度と、前記第2角度との差が、0.05°以下である、被覆工具。
【請求項2】
前記被覆層は、前記基体の上に位置する第1被覆層と、該第1被覆層の上に位置する第2被覆層とを有し、
前記第1被覆層および前記第2被覆層は、それぞれ透過電子顕微鏡による断面観察において縞状構造を有しており、
前記第1被覆層の前記縞状構造は、厚み方向に交互に位置する第1層と第2層とを有し、
前記第2被覆層の前記縞状構造は、厚み方向に交互に位置する第3層と第4層とを有し、
前記第1層および前記第2層は、Alと、Crと、Siと、Nとを有し、
前記第3層および前記第4層は、Tiと、Siと、Nとを有する、請求項1に記載の被覆工具。
【請求項3】
端部にポケットを有する棒状のホルダと、
前記ポケット内に位置する、請求項
1または2に記載の被覆工具と
を有する、切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、被覆工具および切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
旋削加工や転削加工等の切削加工に用いられる工具として、超硬合金、サーメット、セラミックス等の基体の表面を被覆層でコーティングすることによって耐摩耗性等を向上させた被覆工具が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2020-146777号公報
【文献】特許第5376454号公報
【発明の概要】
【0004】
本開示の一態様による被覆工具は、基体と、基体の上に位置する被覆層とを有する被覆工具である。被覆層は、立方晶構造を有する結晶を含む。被覆層は、透過電子顕微鏡による断面観察において縞状構造を有する。縞状構造は、厚み方向に交互に位置する2つの層を有する。2つの層は、Siと、少なくとも1種類の金属元素とを含む。2つの層は、金属元素の含有量が互いに異なる。2つの層は、それぞれ立方晶構造を有する結晶を含んでいる。被覆層のX線回折による立方晶構造を有する結晶の(200)面のピーク角度を第1角度とし、被覆工具を、窒素雰囲気中で処理温度900℃、処理時間1時間の条件で熱処理した後の被覆層のX線回折による立方晶構造を有する結晶の(200)面のピーク角度を第2角度とした場合、第1角度と、第2角度との差が、0.05°以下である。
【図面の簡単な説明】
【0005】
【
図1】
図1は、実施形態に係る被覆工具の一例を示す斜視図である。
【
図2】
図2は、実施形態に係る被覆工具の一例を示す側断面図である。
【
図3】
図3は、実施形態に係る被覆層の一例を示す断面図である。
【
図5】
図5は、第1層および第2層のAl含有量、Cr含有量およびSi含有量を説明するための模式図である。
【
図6】
図6は、実施形態に係る切削工具の一例を示す正面図である。
【
図7】
図7は、試料No.1~No.13における被覆層の構成、第1角度および第2角度の測定結果ならびに切削試験の結果を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0006】
以下に、本開示による被覆工具および切削工具を実施するための形態(以下、「実施形態」と記載する)について図面を参照しつつ詳細に説明する。なお、この実施形態により本開示による被覆工具および切削工具が限定されるものではない。また、各実施形態は、処理内容を矛盾させない範囲で適宜組み合わせることが可能である。また、以下の各実施形態において同一の部位には同一の符号を付し、重複する説明は省略される。
【0007】
また、以下に示す実施形態では、「一定」、「直交」、「垂直」あるいは「平行」といった表現が用いられる場合があるが、これらの表現は、厳密に「一定」、「直交」、「垂直」あるいは「平行」であることを要しない。すなわち、上記した各表現は、例えば製造精度、設置精度などのずれを許容するものとする。
【0008】
上述した従来技術には、熱的安定性を向上させるという点で更なる改善の余地がある。
【0009】
<被覆工具>
図1は、実施形態に係る被覆工具の一例を示す斜視図である。また、
図2は、実施形態に係る被覆工具1の一例を示す側断面図である。
図1に示すように、実施形態に係る被覆工具1は、チップ本体2を有する。
【0010】
(チップ本体2)
チップ本体2は、たとえば、上面および下面(
図1に示すZ軸と交わる面)の形状が平行四辺形である六面体形状を有する。
【0011】
チップ本体2の1つのコーナー部は、切刃部として機能する。切刃部は、第1面(たとえば上面)と、第1面に連接する第2面(たとえば側面)とを有する。実施形態において、第1面は切削により生じた切屑をすくい取る「すくい面」として機能し、第2面は「逃げ面」として機能する。第1面と第2面とが交わる稜線の少なくとも一部には、切刃が位置しており、被覆工具1は、かかる切刃を被削材に当てることによって被削材を切削する。
【0012】
チップ本体2の中央部には、チップ本体2を上下に貫通する貫通孔5が位置する。貫通孔5には、後述するホルダ70に被覆工具1を取り付けるためのネジ75が挿入される(
図6参照)。
【0013】
図2に示すように、チップ本体2は、基体10と、被覆層20とを有する。
【0014】
(基体10)
基体10は、たとえば超硬合金で形成される。超硬合金は、W(タングステン)、具体的には、WC(炭化タングステン)を含有する。また、超硬合金は、Ni(ニッケル)やCo(コバルト)を含有していてもよい。具体的には、基体10は、WC粒子を硬質相成分とし、Coを結合相の主成分とするWC基超硬合金からなる。
【0015】
また、基体10は、サーメットで形成されてもよい。サーメットは、たとえばTi(チタン)、具体的には、TiC(炭化チタン)またはTiN(窒化チタン)を含有する。また、サーメットは、NiやCoを含有していてもよい。
【0016】
また、基体10は、立方晶窒化硼素(cBN)粒子を含有する立方晶窒化硼素質焼結体で形成されてもよい。基体10は、立方晶窒化硼素(cBN)粒子に限らず、六方晶窒化硼素(hBN)、菱面体晶窒化硼素(rBN)、ウルツ鉱窒化硼素(wBN)等の粒子を含有していてもよい。
【0017】
(被覆層20)
被覆層20は、例えば、基体10の耐摩耗性、耐熱性等を向上させることを目的として基体10に被覆される。
図2の例では、被覆層20が基体10を全体的に被覆している。被覆層20は、少なくとも基体10の上に位置していればよい。被覆層20が基体10の第1面(ここでは、上面)に位置する場合、第1面の耐摩耗性、耐熱性が高い。被覆層20が基体10の第2面(ここでは、側面)に位置する場合、第2面の耐摩耗性、耐熱性が高い。
【0018】
ここで、被覆層20の具体的な構成について
図3および
図4を参照して説明する。
図3は、実施形態に係る被覆層20の一例を示す断面図である。また、
図4は、
図3に示すH部の模式拡大図である。
【0019】
図3に示すように、被覆層20は、中間層22の上に位置する第1被覆層23と、第1被覆層23の上に位置する第2被覆層24とを有する。
【0020】
(第1被覆層23)
第1被覆層23は、Al、第5族元素、第6族元素およびTiを除く第4族元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素と、CおよびNからなる群より選択される少なくとも1種の元素と、Siおよび、Crとを有する。
【0021】
具体的には、第1被覆層23は、Al、Cr、SiおよびNを有していてもよい。すなわち、第1被覆層23は、Al、CrおよびSiの窒化物であるAlCrSiNを含有するAlCrSiN層であってもよい。なお、「AlCrSiN」との表記は、AlとCrとSiとNとが任意の割合で存在することを意味しており、必ずしもAlとCrとSiとNとが1対1対1対1で存在することを意味するものではない。
【0022】
中間層22に含まれる金属(たとえば、Si)を含有する第1被覆層23を中間層22の上に位置させた場合、中間層22と被覆層20との密着性が高い。これにより、被覆層20が中間層22から剥離し難くなるため、被覆層20の耐久性が高い。
【0023】
図4に示すように、第1被覆層23は、透過電子顕微鏡による断面観察において縞状構造を有していてもよい。具体的には、第1被覆層23は、複数の第1層23aと複数の第2層23bとを有する。第1被覆層23は、第1層23aと第2層23bとが厚み方向に交互に積層されている。第1層23aは、中間層22に接する層であり、第2層23bは、第1層23a上に形成される。
【0024】
第1層23aおよび第2層23bの厚みは、それぞれ50nm以下としてもよい。薄く形成された第1層23aおよび第2層23bは、残留応力が小さく、剥離やクラック等が生じ難いため、被覆層20の耐久性が高くなる。
【0025】
第1被覆層23は、立方晶構造を有する結晶を含んでいてもよい。この場合、第1層23aおよび第2層23bは、それぞれ立方晶構造を有する結晶を含んでいてもよい。
【0026】
第1層23aおよび第2層23bは、Siと、少なくとも1種類の金属元素とを含んでいてもよく、金属元素の含有量は、第1層23aと第2層23bとで異なっていてもよい。
【0027】
図5は、第1層23aおよび第2層23bのAl含有量、Cr含有量およびSi含有量を説明するための模式図である。
【0028】
第1層23aおよび第2層23bは、AlとCrとSiとNとを含有する。ここで、第1層23aにおけるAl含有量を第1Al含有量とし、第1層23aにおけるCr含有量を第1Cr含有量とし、第1層23aにおけるSi含有量を第1Si含有量とする。また、第2層23bにおけるAl含有量を第2Al含有量とし、第2層23bにおけるCr含有量を第2Cr含有量とし、第2層23bにおけるSi含有量を第2Si含有量とする。
【0029】
この場合、第1Al含有量は、前記第2Al含有量より多く、第1Cr含有量は、第2Cr含有量より少なく、第1Si含有量は、第2Si含有量より多くてもよい。
【0030】
かかる構成の第1被覆層23を有する被覆工具1は、高硬度で耐欠損性に優れる。
【0031】
また、第1被覆層23に含まれる金属元素に占めるAlとCrとSiとの合計は、98原子%以上であってもよい。
【0032】
かかる構成の第1被覆層23を有する被覆工具1は、さらに高硬度で耐欠損性に優れる。
【0033】
また、第1被覆層23の金属元素に占めるAlの比率は、38原子%以上55原子%以下であってもよい。第1被覆層23の金属元素に占めるCrの比率は、33原子%以上48原子%以下であってもよい。第1被覆層23の金属元素に占めるSiの比率は、4原子%以上15原子%以下であってもよい。
【0034】
かかる構成の第1被覆層23を有する被覆工具1は、耐酸化性が向上し耐摩耗性に優れる。
【0035】
また、第1Al含有量と第2Al含有量との差は、1原子%以上9原子%以下であってもよい。
【0036】
かかる構成の第1被覆層23を有する被覆工具1は、高い耐酸化性かつ高硬度を維持しつつ、被覆層内部の応力を緩和し、耐摩耗性に優れる。
【0037】
かかる構成の第1被覆層23を有する被覆工具1は、特に高硬度である。
【0038】
また、第1Cr含有量と第2Cr含有量との差は、1原子%以上12原子%以下であってもよい。
【0039】
かかる構成の第1被覆層23を有する被覆工具1は、耐摩耗性がさらに優れる。
【0040】
かかる構成の第1被覆層23を有する被覆工具1は、特に耐欠損性に優れる。
【0041】
また、第1Si含有量と第2Si含有量との差は、0.5原子%以上5原子%以下であってもよい。
【0042】
かかる構成の第1被覆層23を有する被覆工具1は、特に高硬度である。
【0043】
また、第1層23aおよび第2層23bの厚みは、1nm以上、20nm以下であってもよい。
【0044】
かかる構成の第1被覆層23を有する被覆工具1は、硬度と耐欠損性に優れる。
【0045】
第1被覆層は、たとえば物理蒸着法により形成されてもよい。物理蒸着法としては、例えば、イオンプレーティング法及びスパッタリング法などが挙げられる。一例として、イオンプレーティング法で第1被覆層を作製する場合には、下記の方法によって被覆層を作製することができる。
【0046】
まず、一例としてCr、SiおよびAlの各金属ターゲット、または複合化した合金ターゲット、または焼結体ターゲットを準備する。
【0047】
次に、金属源である上記のターゲットをアーク放電またはグロー放電などによって蒸発させてイオン化する。イオン化した金属を、窒素源の窒素(N2)ガス、などと反応させるとともに、基体の表面に蒸着させる。以上の手順によってAlCrSiN層を形成することが可能である。
【0048】
上記の手順において、基体の温度を500~600℃とし、圧力を1.0~6.0Paとし、基体に-50~-200Vの直流バイアス電圧を印可して、アーク放電電流を100~200Aとしてもよい。
【0049】
第1被覆層の組成は、アルミニウム金属ターゲット、クロム金属ターゲット、アルミニウム-シリコン複合化合金ターゲット、および、クロム-シリコン複合化合金ターゲットにかかるアーク放電・グロー放電時の電圧・電流値をそれぞれのターゲット毎に独立に制御することによって調整することができる。また、第1被覆層の組成は、被覆時間や雰囲気ガス圧の制御によっても調整することができる。実施形態の一例においてはアーク放電・グロー放電時の電圧・電流値を変化させることにより、ターゲット金属のイオン化量を変化させることができる。また、ターゲット毎にアーク放電・グロー放電時の電流値を周期的に変えることにより、ターゲット金属のイオン化量を周期的に変化させることができる。ターゲットのアーク放電・グロー放電時の電流値は、0.01~0.5minの間隔で周期的に変えることにより、ターゲット金属のイオン化量を周期的に変化させることができる。これにより被覆層の厚み方向において、各金属元素の含有割合がそれぞれの周期で変化する構成とすることができる。
【0050】
上記の手順を行う際に、Al、Siの量が少なくなるように、また、Crの量が多くなるよう、Al、Si、Crの組成を変化させ、その後、Al、Siの量が多くなるように、また、Crの量が少なくなるよう、Al、Si、Crの組成を変化させることによって、第1層および第2層を有する第1被覆層23を作製することが可能である。
【0051】
(第2被覆層24)
第2被覆層24は、Ti、SiおよびNを有していてもよい。すなわち、第2被覆層24は、TiおよびSiを含有する窒化物層(TiSiN層)であってもよい。なお、「TiSiN層」との表記は、TiとSiとNとが任意の割合で存在することを意味しており、必ずしもTiとSiとNとが1対1対1で存在することを意味するものではない。
【0052】
これにより、たとえば、第2被覆層24の摩擦係数が低い場合には、被覆工具1の耐溶着性を向上させることができる。また、たとえば、第2被覆層24の硬度が高い場合には、被覆工具1の耐摩耗性を向上させることができる。また、たとえば、第2被覆層24の酸化開始温度が高い場合には、被覆工具1の耐酸化性を向上させることができる。
【0053】
第2被覆層24は、透過電子顕微鏡による断面観察において縞状構造を有していてもよい。具体的には、第2被覆層24は、厚み方向に位置する2つ以上の層を有していてもよい。たとえば、第2被覆層24は、厚み方向に交互に位置する第3層と第4層とを有していてもよい。また、第2被覆層24は、立方晶構造を有する結晶を含んでいてもよい。この場合、第2被覆層24の縞状構造を構成する各層は、それぞれ立方晶構造を有する結晶を含んでいてもよい。
【0054】
第2被覆層24の縞状構造が有する各層は、Siと、少なくとも1種類の金属元素とを含んでいてもよく、金属元素の含有量は、各層で異なっていてもよい。
【0055】
第2被覆層24は、Tiの含有量(以下、「Ti含有量」と記載する)、Siの含有量(以下、「Si含有量」と記載する)およびNの含有量(以下、「N含有量」と記載する)が、第2被覆層24の厚み方向に沿ってそれぞれ増減を繰り返していてもよい。なお、第2被覆層24に含まれる金属元素のうち、TiおよびSiの合計は、98原子%以上であってもよい。
【0056】
かかる構成の第2被覆層24を有する被覆工具1は、被覆層の靭性が高まり、耐衝撃性に優れる。具体的には、かかる構成の第2被覆層24を有する被覆工具1は、耐欠損性・耐チッピング性に優れる。
【0057】
また、第2被覆層24は、Ti含有量の増減の周期と、Si含有量の増減の周期とが異なる部分を有していてもよい。ここで、増減の周期とは、たとえば、第2被覆層24の厚み方向に沿ってTi含有量(Si含有量)が最大(または最小)となる位置から次に最大(または最小)となる位置までの距離のことである。
【0058】
かかる構成の第2被覆層24を有する被覆工具1は、高硬度を維持しつつ、靭性を向上し、耐衝撃性に優れる。
【0059】
Ti含有量の増減の周期、Si含有量の増減の周期およびN含有量の増減の周期は、1nm以上15nm以下であってもよい。
【0060】
かかる構成の第2被覆層24を有する被覆工具1は、被覆層内部の残留応力が緩和され、被覆層の密着性が向上し、耐衝撃性が向上する。
【0061】
第2被覆層24の金属元素に占めるTiの比率は、80原子%以上95原子%以下であり、第2被覆層24の金属元素に占めるSiの比率は、5原子%以上20原子%以下であってもよい。
【0062】
かかる構成の第2被覆層24を有する被覆工具1は、高硬度を維持しつつ、被覆層の密着性が向上し、さらに被覆層の靭性に優れ、高い耐衝撃性を示す。
【0063】
第2被覆層24の金属元素に占めるTiの比率は、82原子%以上90原子%以下であってもよい。
【0064】
かかる構成の第2被覆層24を有する被覆工具1は、さらに靭性が向上し、高い耐衝撃性を示す。
【0065】
第2被覆層24は、第1被覆層23と同じく物理蒸着法により形成されてもよい。一例として、縞状構造を有するTiSiNからなる第2被覆層は、イオンプレーティング法において、チタン金属ターゲットおよびチタン-シリコン複合化合金ターゲットを用い、これらのターゲットにかかるアーク放電・グロー放電時の電圧・電流値をそれぞれのターゲット毎に独立に制御することによって作製することができる。
【0066】
第1被覆層23と第2被覆層24とを有する被覆層20のX線回折による立方晶構造を有する結晶の(200)面のピーク角度を第1角度とする。また、第1被覆層23と第2被覆層24とを有する被覆層20が形成された被覆工具1を、窒素雰囲気中で処理温度900℃、処理時間1時間の条件で熱処理した後の被覆層20のX線回折による立方晶構造を有する結晶の(200)面のピーク角度を第2角度とする。この場合、第1角度と第2角度との差は、0.05°以下であってもよい。
【0067】
従来、2つの層が交互に積層された被覆層は、熱処理前後における(200)面のピークシフト(ピーク角度の変化量)が大きかった。このため、従来の積層膜を有する被覆工具は、熱的安定性が低く、切削時の耐摩耗性や耐熱衝撃性の性能が低かった。これに対し、実施形態に係る被覆層20は、第1角度と第2角度との差は、0.05°以下である、すなわち、熱処理前後での(200)面のピークシフトが小さい。このため、実施形態に係る被覆工具1は、熱的安定性が高く、切削時における耐摩耗性や耐熱衝撃性などの性能低下を向上させることができる。
【0068】
また、被覆層20は、第1被覆層23および第2被覆層24のいずれにもSiが含有されている。これにより、各層の間に発生する残留応力を小さくすることができることから、熱的安定性をさらに向上させることができる。
【0069】
また、被覆層20は、AlおよびCrを含有する第1被覆層23を有している。これにより、被覆層20耐酸化性・潤滑性を向上させることができる。
【0070】
また、被覆層20は、Tiを含有する第2被覆層24を有している。これにより、耐チッピング性能を向上させることができる。
【0071】
ここでは、被覆層20が、第1被覆層23および第2被覆層24の両方を有する場合の例について説明したが、被覆層20は、第1被覆層23および第2被覆層24のうち少なくとも一方を有していればよい。すなわち、被覆層20は、第1被覆層23および第2被覆層24のうち第1被覆層23のみを有する構成であってもよい。また、被覆層20は、第1被覆層23および第2被覆層24のうち第2被覆層24のみを有する構成であってもよい。これらの場合においても、第1角度と第2角度との差を0.05°以下とすることで、熱的安定性を向上させることができる。
【0072】
(中間層22)
基体10と被覆層20との間には、中間層22が位置していてもよい。具体的には、中間層22は、一方の面(ここでは下面)において基体10の上面に接し、且つ、他方の面(ここでは上面)において被覆層20(第1被覆層23)の下面に接する。
【0073】
中間層22は、基体10との密着性が被覆層20と比べて高い。このような特性を有する金属元素としては、たとえば、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si、Y、Tiが挙げられる。中間層22は、上記金属元素のうち少なくとも1種以上の金属元素を含有する。たとえば、中間層22は、Tiを含有していても良い。なお、Siは、半金属元素であるが、本明細書においては、半金属元素も金属元素に含まれるものとする。
【0074】
中間層22がTiを含有する場合、中間層22におけるTiの含有量は、1.5原子%以上であってもよい。たとえば、中間層22におけるTiの含有量は、2.0原子%以上であってもよい。
【0075】
中間層22は、上記金属元素(Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si、Y、Ti)以外の成分を含有していてもよい。ただし、基体10との密着性の観点から、中間層22は、上記金属元素を合量で少なくとも95原子%以上含有していてもよい。より好ましくは、中間層22は、上記金属元素を合量で98原子%以上含有してもよい。なお、中間層22における金属成分の割合は、たとえば、STEM(走査透過電子顕微鏡)に付属しているEDS(エネルギー分散型X線分光器)を用いた分析により特定可能である。
【0076】
このように、実施形態に係る被覆工具1では、基体10との濡れ性が被覆層20と比べて高い中間層22を基体10と被覆層20との間に設けることにより、基体10と被覆層20との密着性を向上させることができる。なお、中間層22は、被覆層20との密着性も高いため、被覆層20が中間層22から剥離するといったことも生じにくい。
【0077】
なお、中間層22の厚みは、たとえば0.1nm以上、20.0nm未満であってもよい。
【0078】
<切削工具>
次に、上述した被覆工具1を備えた切削工具の構成について
図6を参照して説明する。
図6は、実施形態に係る切削工具の一例を示す正面図である。
【0079】
図6に示すように、実施形態に係る切削工具100は、被覆工具1と、被覆工具1を固定するためのホルダ70とを有する。
【0080】
ホルダ70は、第1端(
図6における上端)から第2端(
図6における下端)に向かって伸びる棒状の部材である。ホルダ70は、たとえば、鋼、鋳鉄製である。特に、これらの部材の中で靱性の高い鋼が用いられることが好ましい。
【0081】
ホルダ70は、第1端側の端部にポケット73を有する。ポケット73は、被覆工具1が装着される部分であり、被削材の回転方向と交わる着座面と、着座面に対して傾斜する拘束側面とを有する。着座面には、後述するネジ75を螺合させるネジ孔が設けられている。
【0082】
被覆工具1は、ホルダ70のポケット73に位置し、ネジ75によってホルダ70に装着される。すなわち、被覆工具1の貫通孔5にネジ75を挿入し、このネジ75の先端をポケット73の着座面に形成されたネジ孔に挿入してネジ部同士を螺合させる。これにより、被覆工具1は、切刃部分がホルダ70から外方に突出するようにホルダ70に装着される。
【0083】
実施形態においては、いわゆる旋削加工に用いられる切削工具を例示している。旋削加工としては、例えば、内径加工、外径加工及び溝入れ加工が挙げられる。なお、切削工具としては旋削加工に用いられるものに限定されない。例えば、転削加工に用いられる切削工具に被覆工具1を用いてもよい。転削加工に用いられる切削工具としては、たとえば、平フライス、正面フライス、側フライス、溝切りフライスなどフライス、1枚刃エンドミル、複数刃エンドミル、テーパ刃エンドミル、ボールエンドミルなどのエンドミルなどが挙げられる。
【実施例】
【0084】
以下、本開示の実施例を具体的に説明する。なお、本開示は以下に示す実施例に限定されるものではない。
【0085】
WC粒子を硬質相成分とし、Coを結合相の主成分とするWC基超硬合金からなる基体の上に被覆層を有する試料No.1~No.13を作製した。試料No.1~No.13のうち試料No.1~No.9の被覆層は、いずれも透過電子顕微鏡による断面観察において縞状構造を有する。試料No.10~No.13の被覆層は、いずれも透過電子顕微鏡による断面観察において縞状構造を有さない。試料No.1~No.3は、本開示の実施例に相当し、試料No.4~No.13は、比較例に相当する。
【0086】
基体がWCからなり、中間層がTi含有層からなり、第1被覆層がAlCrSiN層からなり、第2被覆層がTiSiN層からなる被覆工具を試料No.1とした。試料No.1は本開示の実施例に相当する。
【0087】
1×10-3Paの減圧環境下において基体を加熱して表面温度を550℃にした。次に、雰囲気ガスとしてアルゴンガスを導入し、圧力を3.0Paに保持した。次に、バイアス電圧を-400Vとして、アルゴンボンバード処理を11分行った。次に、圧力を0.1Paに減圧し、Ti金属蒸発源に150Aのアーク電流を印可し、0.3分間処理し、基体の表面に対して中間層としてのTi含有層を形成した。アルゴンボンバード処理及びTi含有中間層形成処理を繰り返し、合計3回行うことで、層厚8nmのTi含有中間層を形成した。但し、2回目及び3回目のアルゴンボンバード処理では、バイアス電圧を-200Vとした。
【0088】
<アルゴンボンバード処理の処理条件>
(1)バイアス電圧:-400V
(2)圧力:3Pa
(3)処理時間:11分
【0089】
<Ti含有層の成膜条件>
(1)アーク電流:150A
(2)バイアス電圧:-400V
(3)圧力:0.1a
(4)処理時間:0.3分
【0090】
<2回目以降のアルゴンボンバード処理条件>
(1)バイアス電圧:-200V
(2)圧力:3Pa
(3)処理時間:1分
【0091】
Ti含有層は、例えば、拡散による他の金属元素を含有していても良い。Ti含有層は、Ti以外の金属元素を50~98原子%含有していてもよい。
【0092】
次に、第1被覆層を形成した。基体が収容されたチャンバの内部に雰囲気ガス及びN源としてN2ガスを導入し、チャンバの内部の圧力を3Paに保持した。次にAl金属、Cr金属、及びAl52Si48合金蒸発源にそれぞれ、-130Vのバイアス電圧、及びアーク電流をそれぞれ、135~150A、120~150A、110~120Aで15min間、各アーク電流を0.04minの周期で繰り返し印加し、平均厚み1.8μmの第1被覆層である(Al50Cr43Si7)N/(Al48Cr45Si7)N層を形成した。
【0093】
次に、第2被覆層を形成した。Ti金属、及びTi52Si48合金蒸発源にそれぞれ、―100Vのバイアス電圧、及びアーク電流をそれぞれ、100~200A、100~200A、で各アーク電流を10min間、0.04min周期で繰り返し印加し、平均厚み1.2μmの第2被覆層である(Ti91Si9)N/(Ti89Si11)N層を形成した。
【0094】
試料No.2~No.13は、試料No.1の作製方法に準じ、金属または合金蒸発源を変更して作製した。
【0095】
試料No.1~No.9の被覆層は、縞状構造を有する。これら試料No.1~No.9のうち、試料No.1~No.3,No.6の被覆層は、厚み方向に交互に位置する2つの層の各々にSiを含有する。
【0096】
試料No.4,No.5,No.9の被覆層は、厚み方向に交互に位置する2つの層のいずれにもSiを含有しない。
【0097】
試料No.7,No.8の被覆層は、厚み方向に交互に位置する2つの層のうち、一方の層にSiを含有し、他方の層にはSiを含有しない。
【0098】
試料No.1~No.13のうち試料No.10~No.13の被覆層は、縞状構造を有しない。試料No.10~No.13の被覆層は、Siを含有しない。
【0099】
各試料No.1~No.13について、第1角度および第2角度の測定を行った。上述したように、第1角度は、被覆層に含有される立方晶構造を有する結晶の(200)面のピーク角度である。また、第2角度は、各試料No.1~No.13を窒素雰囲気中で処理温度900℃、処理時間1時間の条件で熱処理した後における、立方晶構造を有する結晶の(200)面のピーク角度である。
【0100】
第1角度および第2角度の測定は、薄膜X線回折装置「X’Pert PRO-MRD (DY2295)」(PANalytical製)を用いて行われた。本装置の光学系は、X線ミラーおよび平板コリメータである。また、本装置のX線管球はCuKαであり、出力は45kV/40mAである。
【0101】
また、測定条件は、以下の通りである。
測定方法 :2θスキャン
測定範囲 :20°~80°
入射角度 :0.5°
ステップ :0.02°
時間 :4.0sec/step
【0102】
立方晶構造を有する結晶の(200)面のピークは上記条件において角度42°から44°に見られるピークである。
【0103】
また、試料No.1~No.13の2枚刃超硬ボールエンドミル(型番:2KMBL0200-0800-S4)を用いて、以下の条件にて行った。
【0104】
<切削試験条件>
(1)切削方法:ポケット加工
(2)被削材:SKD11H
(3)回転数:16900min-1
(4)テーブル送り:1320mm/min
(5)切り込み量(ap×ae):0.08mm×0.2mm
(6)切削状態:湿式
(7)クーラント:オイルミスト
(8)評価方法:チッピングが生じるまでの衝撃回数により判断した。
【0105】
図7は、試料No.1~No.13における被覆層の構成、第1角度および第2角度の測定結果ならびに切削試験の結果を示す表である。
【0106】
試料No.1の被覆層は、第1被覆層と第2被覆層とを有する。第1被覆層は、厚み方向に交互に位置する第1層と第2層とを有する。第2被覆層は、厚み方向に交互に位置する第3層と第4層とを有する。第1層および第2層は、AlとCrとSiとNとを有する。第1層の金属元素に占めるAl、CrおよびSiの比率は、それぞれ50原子%、43原子%、7原子%であり、第2層の金属元素に占めるAl、CrおよびSiの比率は、それぞれ48原子%、46原子%、6原子%である。また、第3層および第4層は、TiとSiとを有する。第3層の金属元素に占めるTiおよびSiの比率は、それぞれ91原子%、9原子%であり、第4層の金属元素に占めるTiおよびSiの比率は、それぞれ89原子%、11原子%である。
【0107】
試料No.2の被覆層は、第1被覆層および第2被覆層のうち第1被覆層のみを有する。第1被覆層は、厚み方向に交互に位置する第1層と第2層とを有し、第1層および第2層は、AlとCrとSiとNとを有する。第1層の金属元素に占めるAl、CrおよびSiの比率は、それぞれ50原子%、43原子%、7原子%であり、第2層の金属元素に占めるAl、CrおよびSiの比率は、それぞれ48原子%、46原子%、6原子%である。
【0108】
試料No.3の被覆層は、第1被覆層および第2被覆層のうち第2被覆層を有する。第2被覆層は、厚み方向に交互に位置する第3層と第4層とを有し、第3層および第4層は、TiとSiとNとを有する。第3層の金属元素に占めるTiおよびSiの比率は、それぞれ91原子%、9原子%であり、第4層の金属元素に占めるTiおよびSiの比率は、それぞれ89原子%、11原子%である。
【0109】
試料No.4の被覆層は、厚み方向に交互に位置する2つの層(それぞれ「第5層」および「第6層」と記載する)を有する。第5層は、AlとCrとNとを有し、第6層は、AlとTiとNとを有する。第5層の金属元素に占めるAlおよびCrの比率は、それぞれ50原子%、50原子%であり、第6層の金属元素に占めるAlおよびTiの比率は、それぞれ60原子%、40原子%である。
【0110】
試料No.5の被覆層は、厚み方向に交互に位置する2つの層(それぞれ「第7層」および「第8層」と記載する)を有する。第7層は、TiとAlとNを有し、第8層は、AlとCrとNとを有する。第7層の金属元素に占めるTiおよびAlの比率は、それぞれ70原子%、30原子%であり、第8層の金属元素に占めるAlおよびCrの比率は、それぞれ50原子%、50原子%である。
【0111】
試料No.6の被覆層は、試料No.1の被覆層と同じく、第1被覆層として(AlCrSi)N/(AlCrSi)、第2被覆層として(TiSi)N/(TiSi)N層を有する。試料No.6の被覆層が有する第1被覆層および第2被覆層は、試料No.1の被覆層が有する第1被覆層および第2被覆層とは組成比が異なる。具体的には、試料No.6は、第1被覆層として(Al59Cr22Si9)N/(Al77Cr11Si12)N層を有し、第2被覆層として(Ti78Si22)N/(Ti75Si25)N層を有する。
【0112】
すなわち、試料No.6の第1被覆層は、厚み方向に交互に位置する第9層と第10層とを有する。第9層および第10層は、AlとCrとSiとNとを有する。第9層の金属元素に占めるAl、CrおよびSiの比率は、それぞれ59原子%、22原子%、9原子%であり、第10層の金属元素に占めるAl、CrおよびSiの比率は、それぞれ77原子%、11原子%、12原子%である。また、試料No.6の第2被覆層は、厚み方向に交互に位置する第11層と第12層とを有する。第11層および第12層は、TiとSiとを有する。第11層の金属元素に占めるTiおよびSiの比率は、それぞれ78原子%、22原子%であり、第12層の金属元素に占めるTiおよびSiの比率は、それぞれ75原子%、25原子%である。
【0113】
試料No.7の被覆層は、厚み方向に交互に位置する2つの第13層および第14層を有する。第13層は、AlとCrとSiとNとを有し、第14層は、AlとCrとNとを有する。第13層の金属元素に占めるAl、CrおよびSiの比率は、それぞれ50原子%、43原子%および7原子%であり、第14層の金属元素に占めるAlおよびCrの比率は、それぞれ51原子%、49原子%である。
【0114】
試料No.8の被覆層は、厚み方向に交互に位置する2つの第15層および第16層を有する。第15層は、AlとCrとSiとNとを有し、第16層は、AlとCrとNとを有する。第15層の金属元素に占めるAl、CrおよびSiの比率は、それぞれ53原子%、45原子%および2原子%であり、第16層の金属元素に占めるAlおよびCrの比率は、それぞれ51原子%、49原子%である。
【0115】
試料No.9の被覆層は、厚み方向に交互に位置する2つの第17層および第18層を有する。第17層は、TiとNとを有し、第18層は、TiとCrとNとを有する。第18層の金属元素に占めるTiおよびCrの比率は、それぞれ50原子%、50原子%である。
【0116】
試料No.10の被覆層は、TiとNとを有する。試料No.11の被覆層は、TiとCrとNとを有する。TiおよびCrの比率は、それぞれ50原子%、50原子%である。試料No.12の被覆層は、CrとNとを有する。試料No.13の被覆層は、AlとTiとNとを有する。AlおよびTiの比率は、それぞれ60原子%、40原子%である。
【0117】
図7に示すように、第1角度と第2角度との差は、試料No.1が0.02°、試料No.2が0.04°、試料No.3が0.03°、試料No.4が1.17°、試料No.5が0.12°、試料No.6が0.08°であった。また、第1角度と第2角度との差は、試料No.7が0.05°、試料No.8が0.07°、試料No.9が0.05°、試料No.10が0.04°、試料No.11が0.05°、試料No.12が0.04°、試料No.13が1.21°であった。
【0118】
このように、本開示の実施例に相当する試料No.1~No.3は、比較例に相当する試料No.4~No.13のうち縞状構造を有する試料No.1~No.9と比べて第1角度と第2角度との差が小さい。この結果から、本開示による被覆工具は、試料No.4~No.9と比べて熱的安定性が高いことがわかる。なお、試料No.1は、第1被覆層および第2被覆層を有しているが、
図7に示す結果は、第2被覆層における第1角度と第2角度との差である。
【0119】
また、
図7に示すように、切削試験におけるチッピングまでの衝撃回数は、試料No.1が127,000回、試料No.2が122,000回、試料No.3が123,000回、試料No.4が33,000回、試料No.5が30,000であった。また、同衝撃回数は、試料No.6が95,000回、試料No.7が85,000回、試料No.8が72,000回、試料No.9が22,000回であった。また、同衝撃回数は、試料No.10が14,000回、試料No.11が17,000回、試料No.12が15,000回、試料No.13が26,000回であった。
【0120】
このように、本開示の実施例に相当する試料No.1~No.3は、比較例である試料No.4~No.13と比較して、チッピングが生じるまでの衝撃回数が多かった。これらの結果から、本開示による被覆工具は、比較例である試料No.4~No.13と比較して、切削時の耐摩耗性や耐熱衝撃性の性能が高いことがわかる。
【0121】
上述してきたように、実施形態に係る被覆工具(一例として、被覆工具1)は、基体(一例として、基体10)と、基体の上に位置する被覆層(一例として、被覆層20)とを有する被覆工具である。被覆層は、立方晶構造を有する結晶を含む。被覆層は、透過電子顕微鏡による断面観察において縞状構造を有する。縞状構造は、厚み方向に交互に位置する2つの層を有する。2つの層は、Siと、少なくとも1種類の金属元素とを含む。2つの層は、金属元素の含有量が互いに異なる。2つの層は、それぞれ立方晶構造を有する結晶を含んでいる。被覆層のX線回折による立方晶構造を有する結晶の(200)面のピーク角度を第1角度とし、被覆工具を、窒素雰囲気中で処理温度900℃、処理時間1時間の条件で熱処理した後の被覆層のX線回折による立方晶構造を有する結晶の(200)面のピーク角度を第2角度とした場合、第1角度と、第2角度との差が、0.05°以下である。
【0122】
したがって、実施形態に係る被覆工具によれば、熱的安定性を向上させることができる。
【0123】
なお、
図1に示した被覆工具1の形状はあくまで一例であって、本開示による被覆工具の形状を限定するものではない。本開示による被覆工具は、たとえば、回転軸を有し、第1端から第2端にかけて延びる棒形状の本体と、本体の第1端に位置する切刃と、切刃から本体の第2端の側に向かって螺旋状に延びた溝とを有していてもよい。
【0124】
さらなる効果や変形例は、当業者によって容易に導き出すことができる。このため、本発明のより広範な態様は、以上のように表しかつ記述した特定の詳細および代表的な実施形態に限定されるものではない。したがって、添付の請求の範囲およびその均等物によって定義される総括的な発明の概念の精神または範囲から逸脱することなく、様々な変更が可能である。
【符号の説明】
【0125】
1 被覆工具
2 チップ本体
5 貫通孔
10 基体
20 被覆層
22 中間層
23 第1被覆層
24 第2被覆層
70 ホルダ
73 ポケット
75 ネジ
100 切削工具