(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-07
(45)【発行日】2025-03-17
(54)【発明の名称】転がり軸受用保持器および転がり軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/38 20060101AFI20250310BHJP
F16C 33/46 20060101ALI20250310BHJP
F16C 19/02 20060101ALI20250310BHJP
F16C 19/22 20060101ALI20250310BHJP
F16C 33/56 20060101ALI20250310BHJP
F16C 33/44 20060101ALI20250310BHJP
【FI】
F16C33/38
F16C33/46
F16C19/02
F16C19/22
F16C33/56
F16C33/44
(21)【出願番号】P 2021139449
(22)【出願日】2021-08-27
【審査請求日】2024-07-31
(73)【特許権者】
【識別番号】503361400
【氏名又は名称】国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】高田 仁志
(72)【発明者】
【氏名】角銅 洋実
(72)【発明者】
【氏名】星野 航平
(72)【発明者】
【氏名】中村 智也
【審査官】糟谷 瑛
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-180737(JP,A)
【文献】特開2015-232382(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00-19/56
F16C 33/30-33/66
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がり軸受において複数の転動体を保持し、内輪または外輪によって案内される転がり軸受用保持器であって、
前記保持器は、前記転動体を収容するポケット穴を有する円環状の保持器本体を有し、前記保持器本体のポケット穴の内面の少なくとも前記転動体と摺動する部分に第1樹脂部が形成されるとともに、前記保持器本体の前記内輪または前記外輪と摺動する案内部に、前記第1樹脂部とは組成が異なる第2樹脂部が形成され
ており、
前記保持器本体が金属部からなり、
前記保持器は、前記外輪の内周面に案内される外輪案内方式の保持器であり、
前記金属部は、内径側に位置する円環状の第1金属部と、外径側に位置し、前記第1金属部が嵌め合わせられる円環状の第2金属部とを有し、前記第1金属部に前記第1樹脂部が形成され、前記第2金属部に前記第2樹脂部が形成されることを特徴とする転がり軸受用保持器。
【請求項2】
前記第1金属部および前記第2金属部はそれぞれ、立体的網目状格子を構成する部分を有しており、前記第1金属部の前記立体的網目状格子を構成する部分の空孔部に前記第1樹脂部の一部が充填され、前記第2金属部の前記立体的網目状格子を構成する部分の空孔部に前記第2樹脂部の一部が充填されていることを特徴とする請求項
1記載の転がり軸受用保持器。
【請求項3】
前記第2樹脂部によって前記第1金属部と前記第2金属部が接着されていることを特徴とする請求項
1または請求項
2記載の転がり軸受用保持器。
【請求項4】
転がり軸受において複数の転動体を保持し、内輪または外輪によって案内される転がり軸受用保持器であって、
前記保持器は、前記転動体を収容するポケット穴を有する円環状の保持器本体を有し、前記保持器本体のポケット穴の内面の少なくとも前記転動体と摺動する部分に第1樹脂部が形成されるとともに、前記保持器本体の前記内輪または前記外輪と摺動する案内部に、前記第1樹脂部とは組成が異なる第2樹脂部が形成されており、
前記保持器本体が金属部からなり、
前記保持器は、前記外輪の内周面に案内される外輪案内方式の保持器であり、
前記金属部の内径側に前記第1樹脂部が形成され、前記金属部の外径側に前記第2樹脂部が形成されることを特徴とする転がり軸受用保持器。
【請求項5】
前記金属部は、立体的網目状格子を構成する部分を有しており、該立体的網目状格子を構成する部分の空孔部に前記第1樹脂部の一部が充填されていることを特徴とする請求項
4記載の転がり軸受用保持器。
【請求項6】
前記ポケット穴の内面が前記第1樹脂部と前記第2樹脂部で形成され、前記ポケット穴の内面における前記第1樹脂部と前記第2樹脂部との境界が、ピッチ円直径PCDよりも前記外輪側に位置することを特徴とする請求項
1から請求項
5までのいずれか1項記載の転がり軸受用保持器。
【請求項7】
前記第1樹脂部および前記第2樹脂部はそれぞれ、ベース樹脂としてのポリテトラフルオロエチレン樹脂と、繊維状補強材とを含んでおり、
前記第2樹脂部における前記ポリテトラフルオロエチレン樹脂の含有率が、前記第1樹脂部における前記ポリテトラフルオロエチレン樹脂の含有率よりも少なく、かつ、前記第2樹脂部における前記繊維状補強材の含有率が、前記第1樹脂部における前記繊維状補強材の含有率よりも多いことを特徴とする請求項1から請求項
6までのいずれか1項記載の転がり軸受用保持器。
【請求項8】
前記ポリテトラフルオロエチレン樹脂は、数平均分子量が10
6未満であることを特徴とする請求項
7記載の転がり軸受用保持器。
【請求項9】
前記金属部を構成する金属は、アルミニウム合金、チタン合金、ステンレス合金、またはインコネルであることを特徴とする請求項
1から請求項
8までのいずれか1項記載の転がり軸受用保持器。
【請求項10】
内輪および外輪と、この内輪と外輪との間に介在する転動体と、この転動体を保持する保持器とを備えてなる転がり軸受であって、
前記保持器が、請求項1から請求項
9までのいずれか1項記載の転がり軸受用保持器であることを特徴とする転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受用保持器および転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
ロケットエンジンのターボポンプなどに用いられる軸受は、極低温の液体燃料中の高速回転環境下で使用される。極低温の環境下では、一般に用いられている潤滑油やグリースなどの流動性潤滑剤を使用することが困難である。そのため、転がり軸受用保持器の材料としては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)樹脂などが使用されている。このPTFE樹脂などが摺動によって軌道面や転動体に移着することで、軸受の潤滑性が確保される。
【0003】
例えば、特許文献1では、PTFE樹脂をガラス繊維布に含浸させた複合材料をリング状に積層し、ポケットを切削することで得られた保持器が提案されている。この保持器は、表層のガラス繊維を溶解させるため、フッ化水素酸による処理が施されている。この保持器は、ガラス繊維布で強度を付与するととともに、含浸させたPTFE樹脂で自己潤滑性を付与するので、極低温および高速回転環境下でも使用が可能となる。
【0004】
しかし、特許文献1の保持器では、保持器表面のフッ酸処理層以上に摩耗が進むと、ガラス繊維が表面に露出し、自己潤滑性を損なうおそれがある。また一方で、フッ酸処理層を厚くしてガラス繊維の露出の防止を図ると、フッ酸処理時間の増加による製造リードタイムの増加や、ガラス繊維の減少による保持器の強度低下を招くおそれがある。
【0005】
これに対し、特許文献2では、アルミニウムなどの金属基材に固体潤滑剤を含む樹脂をインサート成形し、本体部と樹脂部とを一体化させた保持器が提案されている。この保持器は、保持器強度をアルミニウムなどの金属材で確保するとともに、転動体と摺動するポケット面、および、内輪または外輪と摺動する案内部が樹脂部によって形成されることで潤滑性を確保している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特公平02-020854号公報
【文献】特許第6178117号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
極低温の環境下といった流動性潤滑剤が適用できないような場合には、保持器に潤滑性が求められるため、ポケットの内面などの摺動部にはPTFE樹脂などの自己潤滑性の高い樹脂が必要となる。一方で、軌道輪と摺動する保持器の案内部は、潤滑性よりもむしろ耐摩耗性が必要となり、ポケットの摺動部とは相反する性能が要求される。しかし、これらは相反する性能であるため、単一の材質や構造で性能を同時に向上させるのは困難である。また、軸受が高速回転で使用される場合には保持器強度も求められる。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、保持器強度を確保しつつ、異なる要求特性を満足させることができる転がり軸受用保持器、および該保持器を用いた転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の転がり軸受用保持器は、転がり軸受において複数の転動体を保持し、内輪または外輪によって案内される転がり軸受用保持器であって、上記保持器は、上記転動体を収容するポケット穴を有する円環状の保持器本体を有し、上記保持器本体のポケット穴の内面の少なくとも上記転動体と摺動する部分に第1樹脂部が形成されるとともに、上記保持器本体の上記内輪または上記外輪と摺動する案内部に、上記第1樹脂部とは組成が異なる第2樹脂部が形成されることを特徴とする。
【0010】
上記保持器本体が金属部からなることを特徴とする。
【0011】
上記保持器は、上記外輪の内周面に案内される外輪案内方式の保持器であり、上記金属部は、内径側に位置する円環状の第1金属部と、外径側に位置し、上記第1金属部が嵌め合わせられる円環状の第2金属部とを有し、上記第1金属部に上記第1樹脂部が形成され、上記第2金属部に上記第2樹脂部が形成されることを特徴とする。
【0012】
上記第1金属部および上記第2金属部はそれぞれ、立体的網目状格子を構成する部分を有しており、上記第1金属部の上記立体的網目状格子を構成する部分の空孔部に上記第1樹脂部の一部が充填され、上記第2金属部の上記立体的網目状格子を構成する部分の空孔部に上記第2樹脂部の一部が充填されていることを特徴とする。
【0013】
上記第2樹脂部によって上記第1金属部と上記第2金属部が接着されていることを特徴とする。
【0014】
上記保持器は、上記外輪の内周面に案内される外輪案内方式の保持器であり、上記金属部の内径側に上記第1樹脂部が形成され、上記金属部の外径側に上記第2樹脂部が形成されることを特徴とする。
【0015】
上記金属部は、立体的網目状格子を構成する部分を有しており、該立体的網目状格子を構成する部分の空孔部に上記第1樹脂部の一部が充填されていることを特徴とする。
【0016】
上記ポケット穴の内面が上記第1樹脂部と上記第2樹脂部で形成され、上記ポケット穴の内面における上記第1樹脂部と上記第2樹脂部との境界が、ピッチ円直径PCDよりも上記外輪側に位置することを特徴とする。
【0017】
上記第1樹脂部および上記第2樹脂部はそれぞれ、ベース樹脂としてのPTFE樹脂と、繊維状補強材とを含んでおり、上記第2樹脂部における上記PTFE樹脂の含有率が、上記第1樹脂部における上記PTFE樹脂の含有率よりも少なく、かつ、上記第2樹脂部における上記繊維状補強材の含有率が、上記第1樹脂部における上記繊維状補強材の含有率よりも多いことを特徴とする。
【0018】
上記PTFE樹脂は、数平均分子量が106未満であることを特徴とする。
【0019】
上記金属部を構成する金属は、アルミニウム合金、チタン合金、ステンレス合金、またはインコネルであることを特徴とする。
【0020】
本発明の転がり軸受は、内輪および外輪と、この内輪と外輪との間に介在する転動体と、この転動体を保持する保持器とを備えてなる転がり軸受であって、上記保持器が、本発明の転がり軸受用保持器であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明の転がり軸受用保持器は、保持器本体のポケット穴の内面の少なくとも転動体と摺動する部分に第1樹脂部が形成されるとともに、保持器本体の内輪または外輪と摺動する案内部に、第1樹脂部とは組成が異なる第2樹脂部が形成されるので、ポケットと転動体との摺動部と、内輪または外輪の案内部との摺動部とで異なる性能を持つ潤滑部を形成でき、潤滑性能の向上と摩耗の低減を図ることができる。このように保持器を保持器本体と2つの異なる組成の樹脂部で構成することで、2つの相反する性能を持たせることができる。その結果、製品寿命の延長も期待できる。
【0022】
また、保持器本体が金属部からなるので、高速回転における高フープ応力下においても使用可能な保持器強度を得ることができる。
【0023】
保持器の一形態として、金属部は、内径側の第1金属部と外径側の第2金属部とを有しており、各金属部の立体的網目状格子を構成する部分の空孔部に各樹脂部の一部(つまり各樹脂部を形成する樹脂組成物)がそれぞれ充填されているので、各金属部の格子構造と各樹脂部が密に結合され、第1樹脂部および第2樹脂部が各金属部から剥離することを防止できる。さらに、第2樹脂部によって第1金属部と第2金属部が接着されることで、金属部間の密着性を向上できる。
【0024】
保持器の他の形態において、金属部の内径側に第1樹脂部が形成され、該金属部の外径側に第2樹脂部が形成され、更に金属部は立体的網目状格子を構成する部分を有しており、該部分の空孔部に、第1樹脂部の一部(つまり第1樹脂部を形成する樹脂組成物)が充填されるので、ポケットの摺動部を構成する第1樹脂部と金属部の格子構造が密に結合され、第1樹脂部が金属部から剥離することを防止できる。
【0025】
ポケット穴の内面が第1樹脂部と第2樹脂部で形成され、ポケット穴の内面における第1樹脂部と第2樹脂部との境界が、ピッチ円直径PCDよりも外輪側に位置するので、ポケット穴の内面において確実に第1樹脂部でポケットと転動体を摺動させることができる。
【0026】
第1樹脂部および第2樹脂部はそれぞれ、ベース樹脂としてのPTFE樹脂と、繊維状補強材とを含んでおり、第2樹脂部におけるPTFE樹脂の含有率が、第1樹脂部よりも少なく、かつ、第2樹脂部における繊維状補強材の含有率が、第1樹脂部よりも多いので、ポケットの摺動部と案内部とで異なる要求特性を同時に良好に満足させることができる。
【0027】
本発明の転がり軸受は、本発明の転がり軸受用保持器を備える転がり軸受であるので、軸受寿命を増加させることできる。特に、極低温環境下で使用されるロケットエンジンの液体燃料用ターボポンプに使用される軸受として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】本発明の転がり軸受の一例を示す軸方向断面図である。
【
図2】本発明の転がり軸受用保持器の一例の斜視図である。
【
図3】本発明の転がり軸受用保持器の一例を説明するための図である。
【
図4】
図3の保持器外径側部を構成する金属部の平面図などである。
【
図5】
図3の保持器内径側部を構成する金属部の平面図などである。
【
図6】各金属部を嵌め合わせた状態を示す平面図などである。
【
図7】
図3の転がり軸受用保持器の製造工程図である。
【
図8】本発明の転がり軸受用保持器の他の例を説明するための図である。
【
図10】
図8の転がり軸受用保持器の製造工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明の転がり軸受を
図1に基づいて説明する。
図1は、本発明の転がり軸受の一例であるアンギュラ玉軸受の軸方向断面図である。なお、保持器の構成については、細部を省略している。
図1に示すように、アンギュラ玉軸受1は、内輪2と、外輪3と、内輪2と外輪3との間に介在する複数の玉4と、この玉4を周方向に一定間隔で保持する保持器5とを備えている。このアンギュラ玉軸受1は、例えば、潤滑油やグリースなどの流動性潤滑剤を使用しない、無潤滑条件下で使用される。内輪2および外輪3と、玉4とは径方向中心線に対して所定の角度θ(接触角)を有して接触しており、ラジアル荷重と一方向のアキシアル荷重を負荷できる。
【0030】
アンギュラ玉軸受1において、内輪2および外輪3はいずれも鋼材からなっている。上記鋼材には、軸受材料として一般的に用いられる任意の材料を用いることができる。例えば、高炭素クロム軸受鋼(SUJ1、SUJ2、SUJ3、SUJ4、SUJ5など;JIS G 4805)、浸炭鋼(SCr420、SCM420など;JIS G 4053)、ステンレス鋼(SUS440Cなど;JIS G 4303)、冷間圧延鋼などを用いることができる。また、玉4には、上記の鋼材やセラミックス材料を用いることができる。
【0031】
図1において、保持器5は外輪案内方式の保持器であり、該保持器の外周面の一部に外輪3に案内される案内部を有している。
図1の構成では、この案内部が外輪3の内周面と接触することで、保持器5が外輪3に案内される。
【0032】
図2には、
図1に示した保持器の斜視図を示す。
図2に示すように、保持器5はもみ抜き型の保持器であり、転動体である玉を保持するポケット6が周方向に一定間隔で複数設けられている。本発明では、保持器5は、転動体を収容するポケット穴を有する円環状の保持器本体を有し、ポケット6の内面の少なくとも転動体と摺動する部分に樹脂部9が形成されるとともに、外輪と摺動する案内部に、樹脂部9とは組成が異なる樹脂部12が形成されている。例えば、樹脂部9を潤滑性の高い組成とし、樹脂部12を耐摩耗性の高い組成にすることで、ポケット6の摺動部には自己潤滑性、保持器5の案内部には耐摩耗性といったように、各部の用途に適した性能を付与できる。なお、本発明において、樹脂部9が第1樹脂部に相当し、樹脂部12が第2樹脂部に相当する。
【0033】
図2において、樹脂部9および樹脂部12は、例えば金属製の保持器本体に対して、溶融した樹脂組成物をそれぞれ圧入することなどで形成される。これら樹脂部は互いに組成が異なっている。ここで、樹脂部の組成が異なるとは、各樹脂部に含まれる原材料の種類(例えば樹脂の種類(分子量などの違いも含む)や添加剤の種類(サイズの違いなども含む)など)が異なる場合の他、原材料の種類がすべて同じで、各原材料の含有率が異なる場合も含む。
【0034】
以下には、まず各樹脂部の組成について説明する。
【0035】
樹脂部9を構成するベース樹脂としては、潤滑特性に優れる樹脂を用いることが好ましく、例えば、ポリアミドイミド(PAI)樹脂、PTFE樹脂、テトラフルオロエチレン-パーフルオロアルコキシエチレン共重合体(PFA)樹脂、超高分子量ポリエチレン(PE)樹脂、ポリアミド(PA)樹脂、ポリアセタール(POM)樹脂などを用いることが好ましい。なお、これらの樹脂は単独で使用しても、2種類以上混合したポリマーアロイとしてもよい。また、副成分として、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂 、ポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂などの他の樹脂を混合してもよい。
【0036】
上記の樹脂のうち、特にPTFE樹脂は、摺動相手材に移着して摺動部の摩擦係数を低下させる性質に優れるため、好ましい。PTFE樹脂としては、-(CF2-CF2)n-で表される一般のPTFE樹脂を用いることができ、また、一般のPTFE樹脂にパーフルオロアルキルエーテル基(-CpF2p-O-)(pは1-4の整数)あるいはポリフルオロアルキル基(H(CF2)q-)(qは1-20の整数)などを導入した変性PTFE樹脂も使用できる。これらのPTFE樹脂および変性PTFE樹脂は、一般的なモールディングパウダーを得る懸濁重合法、ファインパウダーを得る乳化重合法のいずれを採用して得られたものでもよい。また、PTFE樹脂としては、PTFE樹脂をその融点以上で加熱焼成したものを使用できる。また、加熱焼成した粉末に、さらにγ線または電子線などを照射した粉末も使用できる。PTFE樹脂の分子量は、数平均分子量(Mn)が106未満であることが好ましい。
【0037】
一方、樹脂部12を構成するベース樹脂としては、PAI樹脂、PTFE樹脂、PFA樹脂、超高分子量PE樹脂、PA樹脂、POM樹脂、PEEK樹脂、PPS樹脂などを用いることができる。なお、これらの樹脂は単独で使用しても、2種類以上混合したポリマーアロイとしてもよい。
【0038】
樹脂部9および樹脂部12を形成する樹脂組成物には、必要に応じて、ガラス繊維、炭素繊維、アラミド繊維などの繊維状補強材を配合できる。繊維状補強材を配合することで、樹脂部の耐摩耗性を向上できる。また、樹脂部の線膨張係数を低減でき、使用時における保持器本体への密着性を向上できる。繊維状補強材の中では、比較的安価なガラス繊維を用いることが好ましい。
【0039】
また、樹脂部9および樹脂部12を形成する樹脂組成物には、PTFE樹脂(ベース樹脂にPTFE樹脂を用いる場合を除く)、グラファイト、二硫化タングステン、二硫化モリブデンなどの固体潤滑剤、酸化マグネシウム、炭酸カルシウム、酸化鉄、酸化チタン、シリカなどの無機充填材なども配合できる。これらは単独で配合することも、組み合わせて配合することもできる。
【0040】
各樹脂部において、ベース樹脂の含有率は、樹脂部全体に対して、例えば50質量%以上であり、60質量%~90質量%が好ましく、65質量%~90質量%がより好ましい。また、繊維状補強材は、耐摩耗性や線膨張係数の観点から、樹脂部全体に対して、例えば5質量%~40質量%含まれ、好ましくは10質量%~30質量%含まれる。また、固体潤滑剤が含まれる構成では、固体潤滑剤の含有率は、樹脂部全体に対して、例えば5質量%~20質量%である。また、無機充填材が含まれる構成では、無機充填材の含有率は、樹脂部全体に対して、例えば0.3質量%~5質量%である。
【0041】
保持器の各部における要求特性より、樹脂部9は潤滑性を有することが好ましく、樹脂部12は樹脂部9よりも耐摩耗性が高いことが好ましい。ここで、耐摩耗性が高いとは、各樹脂部を同じ摺動条件のもとで摺動させた際に比摩耗量が小さいことをいう。なお、以下では、2つの樹脂部がこのような関係であることを前提として説明する。
【0042】
例えば、樹脂部9のベース樹脂にPTFE樹脂を用いる場合、樹脂部12のベース樹脂にPEEK樹脂やPPS樹脂を用いることで、樹脂部12の耐摩耗性を相対的に高くできる。また、繊維状補強材や固体潤滑剤や樹脂の種類、配合量などを調整することで、ポケットの摺動部と案内部の要求にそれぞれ合った樹脂部を形成できる。
【0043】
保持器の好ましい形態として、樹脂部9および樹脂部12はそれぞれ、ベース樹脂としてのPTFE樹脂と、繊維状補強材を含む。この場合、PTFE樹脂の含有率や、繊維状補強材の含有率、PTFE樹脂の分子量を樹脂部間で異ならせることで、耐摩耗性と自己潤滑性を変化させることができる。具体的には、樹脂部12におけるPTFE樹脂の含有率を、樹脂部9におけるPTFE樹脂の含有率よりも少なく、かつ、樹脂部12における繊維状補強材の含有率を、樹脂部9における繊維状補強材の含有率よりも多くすることが好ましい。さらに、上記の大小関係を満たした上で、樹脂部9には、樹脂部全体に対してPTFE樹脂が70質量%~90質量%含まれ、繊維状補強材が10質量%~30質量%含まれ、樹脂部12には、樹脂部全体に対してPTFE樹脂が65質量%~85質量%含まれ、繊維状補強材が15質量%~35質量%含まれることが好ましい。
【0044】
また、その他として、樹脂部12に用いるPTFE樹脂の分子量の方を、樹脂部9に用いるPTFE樹脂の分子量よりも大きくすることで、樹脂部12の耐摩耗性を相対的に高くできる。
【0045】
本発明の保持器は、保持器本体に対して、上記の各樹脂部が少なくとも所定の位置に配置されていればよい。例えば、高速回転環境下で使用される軸受の場合には保持器に大きなフープ応力が加わることから、高い比強度を得るため、保持器本体が金属部からなることが好ましい。
【0046】
このような形態の一例について、
図3を用いて説明する。
図3に示す軸方向断面図は、保持器の断面を模式的に示している。
図3において、保持器5は、保持器5の内径側に位置する保持器内径側部7と、外径側に位置する保持器外径側部10に構成上分けられる。さらに、保持器内径側部7は円環状の金属部8と上述の樹脂部9で構成されており、保持器外径側部10は円環状の金属部11と上述の樹脂部12で構成されている。この形態では、保持器本体は金属部8、11で構成される。なお、
図3では、金属部と樹脂部が混在する部分を、便宜上、網掛けで示している。後述する
図7、
図8、
図10も同様である。
【0047】
図3に示すように、保持器内径側部7の樹脂部9は、玉4と摺動するポケット6の摺動部に形成され、保持器外径側部10の樹脂部12は、外輪3と摺動する案内部に形成されている。
図3の構成では、ポケット6の内面の一部が樹脂部12によっても形成されているが、軸受のピッチ円直径PCDよりも保持器内径側部7の外径φを大きくすることで、玉4を自己潤滑性の高い樹脂部9のみで摺動させることができる。またこの場合、ポケット6の内面において樹脂の組成が異なる部分の面、つまり樹脂部9と樹脂部12との境界が、ピッチ円直径PCDよりも外輪3側に位置している。
【0048】
続いて、各金属部の詳細について、
図4~
図6を用いて説明する。
図4(a)には保持器外径側部の金属部の平面図を示し、
図4(b)にはそのA部拡大図を示し、
図4(c)には金属部の側面図を示し、
図4(d)にはそのB部拡大図を示す。
図4に示すように、金属部11は、保持器のポケットの一部を構成するポケット穴11aを有する円環状部材である。この金属部11は、立体的網目状格子を構成する部分を有する。この格子によって形成される空孔部は、外部と連通しており、連通孔を構成している。一般に、周期的に繰り返す格子が三次元に連結した立体的網目状格子構造をラティス構造といい、例えば、単純立方格子や、体心立方格子、面心立方格子が三次元に連結した構造などがある。
図4では、立体的網目状格子に基づいて、金属部11の内周面に凹凸11bが繰り返し形成され(
図4(b)参照)、金属部11の外周面に複数の凹部11cが形成されている(
図4(d)参照)。このような空孔部に樹脂の一部が充填される。
【0049】
図5(a)には保持器内径側部の金属部の平面図を示し、
図5(b)にはそのA-A線断面図を示し、
図5(c)にはB矢視図を示し、
図5(d)にはそのC部拡大図を示す。
図5に示すように、金属部8は、保持器のポケットの一部を構成するポケット穴8aを有する円環状部材である。この金属部8も立体的網目状格子を構成する部分を有する。
図5では、立体的網目状格子に基づいて、金属部のポケット穴8aの内面に複数の凹部8bが形成され(
図5(b)参照)、金属部8の外周面に複数の凹部8cが形成されている(
図5(d)参照)。このような空孔部に樹脂の一部が充填される。なお、
図5に示す金属部8は、内周面は平坦な曲面で構成されている。また、軸方向端面は、ポケット穴を開ける際の位置決め用の突起を除いて、平坦な平面で構成されている。
【0050】
図4~
図5に示すように、各金属部は立体的網目状格子を構成する部分を有するため、構造が複雑になっている。これら金属部は、3Dプリンタや精密鋳造によって製造される。
【0051】
図6(a)にはこれら金属部を組み立てた状態を示し、
図6(b)にはそのA-A線断面図を示す。金属部11の内周面で囲まれた空間に金属部8が嵌め込まれることで、円環状の保持器本体が構成される。この場合、各金属部のポケット穴の周方向位置が一致するように組み立てられる。なお、金属部11の内径寸法は、金属部8の外径寸法と同じか僅かに大きく形成される。
図6(a)に示すように、金属部11の内周面に形成された凹凸(および寸法差)によって金属部8と金属部11との間には隙間が形成されている。この隙間に樹脂部を形成する樹脂組成物が流れ込むことで金属部間が圧着される。
【0052】
各金属部を構成する金属には、それぞれアルミニウム合金、チタン合金、ステンレス合金、インコネルなどを用いることができる。金属部8および金属部11には、同じ金属材が用いられてもよく、異なる金属材が用いられてもよい。
【0053】
図7には、
図3に示した保持器の製造工程図の概略を示す。各図は、保持器の構成部材の軸方向断面を示している。なお、
図7では、金属部の立体的網目状格子を構成する部分を、便宜上、チェック柄で示している。後述する
図10も同様である。
【0054】
図7において、まず保持器内径側部の金属部8を準備する(
図7(a))。そして、金属部8に対して、樹脂部9の樹脂組成物を加熱圧入する(
図7(b))。この際、金属部8のポケット穴の摺動部に樹脂部9が積層される。また、金属部8の立体的網目状格子を構成する部分の空孔部に樹脂組成物が入り込むことで、該空孔部に樹脂部9の一部が充填される。その結果、アンカー効果によって金属部8と樹脂部9が密に結合される。
【0055】
続いて、得られた保持器内径側部7に対して、保持器外径側部の金属部11を嵌め合わせる(
図7(c))。そして、金属部11に対して、樹脂部12の樹脂組成物を加熱圧入することで保持器5が得られる(
図7(d))。この際、金属部11の外周面に樹脂部12が積層される。また、金属部11の立体的網目状格子を構成する部分の空孔部に樹脂組成物が入り込むことで、該空孔部に樹脂部12の一部が充填される。その結果、アンカー効果によって金属部11と樹脂部12が密に結合される。
【0056】
さらに、
図7(d)の工程では、樹脂部12を形成する樹脂組成物の加熱圧着によって、金属部8と金属部11とが接着される。つまり、溶融した樹脂組成物の一部が、金属部8と金属部11の隙間と、金属部8の空孔部にも充填されることで、優れたアンカー効果が発揮できる。さらに、金属部8の外径面に存在する樹脂部9と溶融した樹脂組成物が加熱圧着することで樹脂部9と樹脂部12間においても結合される。また、接着剤の役割を果たす樹脂部12は、密着性の観点から、線膨張係数が樹脂部9の線膨張係数よりも低いことが好ましい。
【0057】
上述したように、
図3~
図7に示す保持器では、保持器を内径側部と外径側部の2つの部品に分け、それぞれに異なる組成の樹脂を圧入することで2種類の潤滑部を形成している。具体的には、各部品に対して樹脂を段階的に流し込むことで、案内部には保持器外径側部に使用した樹脂層が形成され、ポケットの摺動部には主に保持器内径側部に使用した樹脂層が形成される。これにより、案内部には耐摩耗性を高めた潤滑層を形成でき、ポケットの内面には自己潤滑性を高めた潤滑層を形成できる。また、ラティス構造を有する金属部に対して樹脂を圧入して、各樹脂部を形成することで、インサート成形よりも金属部と樹脂部が密に結合され、樹脂部の耐剥離性に優れる。
【0058】
なお、各樹脂部は、金属部のラティス構造の空孔部に溶融した樹脂組成物を流し込むこと以外にも形成できる。例えば、粉体状のまま加圧または振動させて、空孔部に樹脂を導入した後、焼成することによっても形成できる。また、圧縮成形、押出成形、射出成形などの通常の方法も採用できる。
【0059】
本発明の保持器の他の例について、
図8を用いて説明する。
図8に示す保持器25は、1つの円環状の金属部27に対して、樹脂部28および樹脂部29がそれぞれ形成される。樹脂部28は、玉24と摺動するポケット26の摺動部に形成され、樹脂部29は、外輪23と摺動する案内部に形成されている。また、保持器25においても、ポケット26の内面における樹脂部28と樹脂部29との境界をピッチ円直径PCDよりも外輪23側に位置させることで玉24を自己潤滑性の高い樹脂部28のみで摺動させることができる。この保持器25における金属部27を
図9に示す。
【0060】
図9(a)には金属部の平面図を示し、
図9(b)にはそのA-A線断面図を示し、
図9(c)にはB矢視図を示し、
図9(d)にはC部拡大図を示す。
図9に示すように、金属部27は、保持器のポケットを構成するポケット穴27aを有する円環状部材である。この金属部27も、上述した金属部と同様に、立体的網目状格子を構成する部分を有する。
図9では、立体的網目状格子に基づいて、金属部27のポケット穴27aの内面に複数の凹部27bが形成されており(
図9(b)参照)、金属部27の内周面に複数の凹部27cが形成されている(
図9(d)参照)。このような空孔部に樹脂の一部が充填される。なお、
図9に示す金属部27では、外周面は平坦な曲面で構成されている。また、軸方向端面は、ポケット穴を開ける際の位置決め用の突起を除いて、平坦な平面で構成されている。なお、金属部27を構成する金属には、上述のようにアルミニウム合金などを用いることができる。
【0061】
図10には、
図8に示した保持器の製造工程図の概略を示す。まず、金属部27を準備する(
図10(a))。なお、
図10(a)の金属部27の外径部分の斜線は外周面の平坦な曲面を表している。そして、金属部27の外周面を型に固定して樹脂部28の樹脂組成物を圧入する(
図10(b))。この際、金属部27のポケット穴の摺動部に樹脂部28が積層される。また、金属部27の立体的網目状格子を構成する部分の空孔部に樹脂組成物が入り込むことで、該空孔部に樹脂部28の一部が充填される。その結果、アンカー効果によって金属部27と樹脂部28が密に結合される。
【0062】
続いて、樹脂部28が形成された金属部27の内周面を型に固定して、金属部27の外周面に対して樹脂部29の樹脂組成物を圧入する。その結果、案内部に樹脂部29が積層される。また、樹脂の圧入後、必要に応じて、不要な樹脂部分を削り取ってもよい。
【0063】
上述したように、
図8~
図10に示す保持器では、1つの円環状の金属部に、内径側と外径側とで異なる組成の樹脂部を成形することで2種類の潤滑部を形成している。この保持器は、
図3で示した保持器に比べて、金属部品の工数が減るため安価となるが、案内部に形成される樹脂部29の密着強度は
図3で示した保持器に比べて低くなる。なお、樹脂部29の密着強度を高めるため、金属部27の外周面に粗面化処理などを施してもよい。
【0064】
本発明の保持器は、上記の形態に限らない。例えば、上記では、保持器本体にラティス構造を有する金属部を用いたが、ラティス構造を有さない円環状の金属部を用いてもよい。この場合、金属部と各樹脂部との密着強度を向上させるため、金属部の表面に粗面化処理を施すことが好ましい。粗面化処理としては、ショットブラスト法などの機械的粗面化法、グロー放電やブラズマ放電処理などの電気的粗面化法、アルカリ処理などの化学的粗面化法などが採用できる。また、保持器本体として、金属部に代えて、各樹脂部よりも高強度のCFRPやGFRPなどの繊維強化プラスチックを用いてもよい。
【0065】
上記では、保持器として外輪案内方式を示したが、これに限らず、内輪の外周面と摺動させて案内する内輪案内方式としてもよい。この場合、案内部となる保持器の内周面に、耐摩耗性を向上させた樹脂部(第2樹脂部)を形成することが好ましい。またその場合、第1樹脂部と第2樹脂部との境界が、ピッチ円直径PCDよりも内輪側に位置する。
【0066】
本発明の転がり軸受は、保持器が上記構造を有することから、流動性潤滑剤が使用されない環境下でも使用できる。特に、液体水素、液体酸素、液体窒素、液化天然ガスなどが用いられる極低温環境下や、真空環境下での使用に適している。具体的には、ロケットエンジンの液体燃料用ターボポンプや、人工衛星などの宇宙用機器などに使用できる。なお、極低温環境下に限らず、例えば常温以上の環境下でも使用できる。
【0067】
図1などでは、本発明の転がり軸受としてアンギュラ玉軸受を例に説明したが、本発明を適用できる軸受形式はこれに限定されず、他の玉軸受、円すいころ軸受、自動調心ころ軸受、針状ころ軸受などにも適用できる。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明の転がり軸受用保持器は、保持器の部位によって潤滑性と耐摩耗性の異なる要求特性を満足させることができ、製品寿命に優れるので、保持器として幅広く用いることができる。
【符号の説明】
【0069】
1 アンギュラ玉軸受(転がり軸受)
2 内輪
3 外輪
4 玉
5 保持器
6 ポケット
7 保持器内径側部
8 金属部(第1金属部)
9 樹脂部(第1樹脂部)
10 保持器外径側部
11 金属部(第2金属部)
12 樹脂部(第2樹脂部)
21 アンギュラ玉軸受(転がり軸受)
22 内輪
23 外輪
24 玉
25 保持器
26 ポケット
27 金属部
28 樹脂部(第1樹脂部)
29 樹脂部(第2樹脂部)