(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-07
(45)【発行日】2025-03-17
(54)【発明の名称】電極材料、電極、膜電極接合体及び固体高分子形燃料電池
(51)【国際特許分類】
H01M 4/90 20060101AFI20250310BHJP
H01M 8/10 20160101ALI20250310BHJP
H01M 4/92 20060101ALI20250310BHJP
H01M 4/96 20060101ALI20250310BHJP
H01M 4/86 20060101ALI20250310BHJP
C25B 11/054 20210101ALI20250310BHJP
C25B 11/065 20210101ALI20250310BHJP
C25B 11/081 20210101ALI20250310BHJP
C25B 11/093 20210101ALI20250310BHJP
【FI】
H01M4/90 B
H01M8/10 101
H01M4/92
H01M4/90 X
H01M4/90 M
H01M4/96 B
H01M4/86 B
C25B11/054
C25B11/065
C25B11/081
C25B11/093
(21)【出願番号】P 2024568546
(86)(22)【出願日】2024-08-01
(86)【国際出願番号】 JP2024027551
【審査請求日】2024-11-18
(31)【優先権主張番号】P 2023125985
(32)【優先日】2023-08-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100195327
【氏名又は名称】森 博
(74)【代理人】
【識別番号】100229389
【氏名又は名称】香田 淳也
(72)【発明者】
【氏名】野田 志云
(72)【発明者】
【氏名】佐波 呼治朗
(72)【発明者】
【氏名】宮本 亮
(72)【発明者】
【氏名】松田 潤子
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 一成
【審査官】山下 裕久
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-208351(JP,A)
【文献】特開2017-035688(JP,A)
【文献】特開2017-157353(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/86-96
H01M 8/10
C25B 11/054
C25B 11/065
C25B 11/081
C25B 11/093
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性担体と、前記導電性担体に担持された触媒複合体とを含み、
前記触媒複合体が、
第1成分として白金(Pt)、第2成分としてタンタル(Ta)及び第3成分としてコバルト(Co)で構成されるPtTaCo複合体を
相分離させて形成された、Ptリッチ粒子とTaリッチ粒子を含有
し、
前記Ptリッチ粒子がPtCo合金であり、前記Taリッチ粒子がTa酸化物であることを特徴とする電極材料。
【請求項2】
PtとTaとCoの合計(100原子%)に対して、Pt60~80原子%、Ta10~30原子%、Co1~20原子%である請求項
1に記載の電極材料。
【請求項3】
前記導電性担体が、炭素担体である請求項
1に記載の電極材料。
【請求項4】
前記炭素担体が、高結晶性カーボンである請求項
3に記載の電極材料。
【請求項5】
請求項1から
4のいずれかに記載の電極材料とプロトン伝導性電解質材料とを含む電極。
【請求項6】
固体高分子電解質膜と、前記固体高分子電解質膜の一方面に接合されたカソードと、前記固体高分子電解質膜の他方面に接合されたアノードと、を有する膜電極接合体であって、前記アノードまたはカソードのいずれか一方又は両方が、請求項
5に記載の電極である膜電極接合体。
【請求項7】
請求項
6に記載の膜電極接合体を備えてなる固体高分子形燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連出願の引用)
本願は、2023年8月2日に出願された日本国特許出願(特願2023-125985号)の利益および優先権を主張する。前述の特許出願に対する優先権を明示的に主張するものであり、参照により、その出願の全開示内容が、あらゆる目的のために本明細書に組み込まれる。
【0002】
本発明は、固体高分子形燃料電池の電極に好適な電極材料及びこれを使用した電極、膜電極接合体及び固体高分子形燃料電池に関する。
【背景技術】
【0003】
固体高分子形燃料電池(PEFC)は、これを動力源とする燃料電池自動車(FCV)が既に市販され、トラックやバス、船舶、建設機械などへの用途拡大と普及展開が期待されている。PEFCは、一般的に、固体高分子電解質膜の両面に一対の電極を配置させた膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly(MEA)を、ガス流路が形成されたセパレータで挟持した構造を有する。燃料電池用電極(特にはPEFC用電極)は、一般に、電極触媒活性を有する電極材料及び高分子電解質からなる電極触媒層と、ガス通気性と電子伝導性を兼ね備えたガス拡散層とから構成される。
【0004】
現在普及しているPEFC用電極材料として、炭素担体に電極触媒微粒子(典型的にはPt又はPt合金微粒子)を分散させて担持した電極材料が用いられている。このような炭素担体を使用した電極材料は、PEFCの作動条件下で起動停止に伴うカーボン腐食によりPtが剥離したり、負荷変動に伴うPt溶解・析出でPt触媒の粒子サイズが大きくなり、Ptの電気化学的有効表面積(ECSA)および酸素還元反応(ORR)活性が低下するという課題がある。
【0005】
これまでに、電極触媒担体としてニオブドープ酸化スズ(Nb-SnO2)等の電子伝導性酸化物担体を使用することで触媒の起動停止サイクル試験の耐久性が向上することが示されてきた(特許文献1参照)。また、PtとCoやNiなどの合金触媒は純Pt触媒以上の活性を発揮できることが広く知られている(例えば、特許文献2)。最近は三元系又は多元系合金触媒の研究も行われており、高い初期ORR活性と耐久性を達成したとの報告がある(例えば、非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第5322110号公報
【文献】特開2021-093270号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】H. Chen, C. Guan, and H. Feng, ACS Applied Nano Mater., 5 (7), 9810-9817 (2022)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述の従来の電極材料では、電位サイクル耐久性(特に負荷変動サイクル耐久性)について、実用的な電極性能を得るためには改善の余地があった。
【0009】
かかる状況下、本発明の目的は、高活性と電位サイクル耐久性を両立させることができ、燃料電池用電極を与える電極材料、並びにこれを使用した電極、膜電極接合体及び固体高分子形燃料電池を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、Pt、Ta及びCoで構成される触媒複合体が、高活性と電位サイクル耐久性を両立させることができ、特に負荷変動サイクル特性に優れることを見出し、本発明に至った。
【0011】
すなわち、本発明は、以下の発明に係るものである。
<1> 導電性担体と、前記導電性担体に担持された触媒複合体とを含み、
前記触媒複合体が、
第1成分として白金(Pt)、第2成分としてタンタル(Ta)及び第3成分としてコバルト(Co)で構成されるPtTaCo複合体を含有する電極材料。
<2> 前記触媒複合体を構成するPtTaCo複合体を相分離させた<1>に記載の電極材料。
<3> 相分離後の触媒複合体が、Ptリッチ粒子とTaリッチ粒子を含む<2>に記載の電極材料。
<4> Ptリッチ粒子が、PtCo合金である<3>に記載の電極材料。
<5> Taリッチ粒子が、Ta酸化物である<3>または<4>に記載の電極材料。
<6> PtとTaとCoの合計(100原子%)に対して、Pt60~80原子%、Ta10~30原子%、Co1~20原子%である<1>から<5>のいずれかに記載の電極材料。
<7> 前記導電性担体が、炭素担体である<1>から<6>のいずれかに記載の電極材料。
<8> 前記炭素担体が、高結晶性カーボンである<7>に記載の電極材料。
【0012】
<9> <1>から<8>のいずれかに記載の電極材料とプロトン伝導性電解質材料とを含む電極。
<10> 固体高分子電解質膜と、前記固体高分子電解質膜の一方面に接合されたカソードと、前記固体高分子電解質膜の他方面に接合されたアノードと、を有する膜電極接合体であって、前記アノードまたはカソードのいずれか一方又は両方が、<9>に記載の電極である膜電極接合体。
<11> <10>に記載の膜電極接合体を備えてなる固体高分子形燃料電池。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、高活性と電位サイクル耐久性を両立させることができ、特に負荷変動サイクル特性に優れる燃料電池用電極を与える電極材料、並びにこれを使用した電極、膜電極接合体及び固体高分子形燃料電池が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の電極材料の概念模式図であり、(a)は第1の態様(PtTaCo複合体、相分離前)であり、(b)は第2の態様(ナノコンポジット構造複合体、相分離後)である。
【
図2】本発明の電極材料の触媒複合体におけるPtTaCo複合体の相分離の説明図であり、(a)は相分離前、(b)は相分離後である。
【
図4】本発明の固体高分子形燃料電池の代表的な構成を示す概念図である。
【
図5】実施例の電極材料(PtTaCo/KB)の作製手順のフローチャートである。
【
図6】負荷変動サイクル試験の条件を示す図である。
【
図7】実施例1における負荷変動サイクル回数と電気化学的有効表面積(ECSA)の関係を示す図である。
【
図8】実施例1における負荷変動サイクル回数と質量活性(MA)の関係を示す図である。
【
図9】実施例1における負荷変動サイクル試験前(初期:0サイクル)及び試験後(40万サイクル)のSTEM-EDSによる分析結果である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明について例示物等を示して詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において任意に変更して実施できる。実施形態に示す寸法、材料、その他具体的な数値等は、発明の理解を容易とするための例示にすぎず、特に断る場合を除き、本発明を限定するものではない。
また、すべての図面において、同様な構成要素には同様の符号を付し、適宜説明を省略する。
【0016】
本明細書において「~」という表現を用いる場合、その前後の数値を含む表現として用いる。また、本明細書において、「A及び/又はB」という表現には、「Aのみ」、「Bのみ」、「A及びBの双方」が含まれる。
【0017】
<1.電極材料>
本発明の電極材料は、導電性担体と、前記導電性担体に担持された触媒複合体とを含み、前記触媒複合体が、第1成分として白金(Pt)、第2成分としてタンタル(Ta)及び第3成分としてコバルト(Co)で構成されるPtTaCo複合体を含有する電極材料である。
【0018】
本発明の電極材料は、相分離処理によって前記触媒複合体を構成するPtTaCo複合体を相分離させてナノコンポジット構造を有する触媒複合体とすることができる。
ここで、本明細書において、「(固体の)相分離」とは、対象となる固体が複数の固体相に分離する現象を意味する。
また、本明細書において、「ナノコンポジット構造」とは、nmサイズ(10nm未満)の金属(合金を含む)や金属化合物(典型的には金属酸化物)の粒子が一体になっている構造を意味する。ナノコンポジット構造を構成する粒子は結晶でも非結晶でもよく、粒子の形状や大きさは任意であり同一でも違っていてもよい。
【0019】
また、本明細書において、触媒複合体(PtTaCo複合体)を相分離させる前の電極材料を「本発明の電極材料(相分離前)」と記載し、相分離させた後の電極材料を「本発明の電極材料(相分離後)」と記載する場合がある。
【0020】
図1(a)に本発明の電極材料(相分離前)の概念模式図を示す。
図1(a)に示すように、本発明に係る電極材料1は、導電性担体2と、導電性担体2の表面(細孔内表面や細孔外表面)に担持(固着)された触媒複合体3によって構成される。
【0021】
導電性担体2は、電極を形成した際に電子伝導性を向上させる役割を有し、かつ、電極の骨格としての役割を有する。導電性担体として、典型的には炭素担体が使用されるが、電子伝導性酸化物担体や金属担体も使用できる。
【0022】
本発明の電極材料(相分離前)における触媒複合体3は、第1成分としての白金(Pt)、第2成分としてのタンタル(Ta)及び第3成分としてコバルト(Co)から構成されるPtTaCo複合体である。
触媒複合体3は分散して導電性担体2の表面(細孔内表面や細孔外表面)に担持されており、導電性担体2の表面の一部は露出しているため、当該電極材料を用いて電極を構成した際に、導電性担体2が互いに接触して低抵抗の導電パスが形成され電子伝導性に優れた電極となる。
【0023】
また、本発明の電極材料(相分離後)は、上記本発明の電極材料(相分離前)の触媒複合体を構成するPtTaCo複合体を相分離させた電極材料である。
図1(b)に本発明の電極材料(相分離後)の概念模式図を示す。また、
図2にPtTaCo複合体の相分離の説明図を示す。
【0024】
本発明の電極材料(相分離後)の製造方法は、例えば、本発明の電極材料(相分離前)に対して相分離処理を行い、PtTaCo複合体を相分離させることで得ることができる。この製造方法であると、本発明の電極材料に含まれるPtTaCo複合体はPtリッチ粒子3AとTaリッチ粒子3Bとに相分離される(Ptリッチ粒子及びTaリッチ粒子の詳細は後述する)。結果として、本発明の電極材料(相分離後)は、nmサイズのPtリッチ粒子3AとTaリッチ粒子3Bとを含むナノコンポジット構造の触媒複合体3(ナノコンポジット構造複合体)が、導電性担体2に担持された構造となる。
【0025】
本発明の電極材料は、高活性と電位サイクル耐久性を両立させることができ、特に負荷変動サイクル特性に優れる燃料電池用電極を与えることができる。そのため、当該電極材料で形成された電極を備えた燃料電池は、優れた電極性能を示すと共に、耐久性が高く、長期間発電することができる。
【0026】
以下、本発明の電極材料の構成要素について詳細に説明する。なお、以下において、本発明の電極材料を固体高分子形燃料電池(PEFC)用電極に使用することを想定して説明するが、本発明の電極材料はこの用途に限定されない。
【0027】
なお、以下において、PEFCのカソード条件とは、PEFCの通常運転時のカソードにおける条件であり、温度が室温~150℃程度、空気等の酸素を含むガスが供給される条件(酸化雰囲気)を意味し、アノード条件とは、PEFCの通常運転時のアノードにおける条件であり、温度が室温~150℃程度、水素を含む燃料ガスが供給される条件(還元雰囲気)を意味する。
【0028】
[導電性担体]
導電性担体は、本発明の電極材料に含まれ、電極を形成した際に導電性(電子伝導性)を向上させる役割を有し、かつ、電極の骨格としての役割を有する。
導電性担体としては、導電性を有し、かつ、触媒複合体を担持できるものであればよい。導電性担体として、典型的には炭素担体が使用されるが、電子伝導性酸化物担体や金属担体も使用できる。
【0029】
導電性担体は表面積が大きく、触媒複合体がナノサイズで表面に分布されるものがより好ましい。担体のBET比表面積は限定されないが、例えば、100m2/g~1500m2/gである。
【0030】
本発明の電極材料の大きさや形状は、その骨格材料である導電性担体の大きさや形状に依存する。そのため、導電性担体の大きさや形状は、燃料電池用電極を形成したときに電極材料が連続的に接触でき、かつ燃料電池用電極内の水素や酸素などのガス拡散及び水(蒸気)の排出がスムーズに行える程度の空間を形成できる範囲で決定される。
【0031】
[炭素担体]
導電性担体の好適例である炭素担体は、本発明の目的を損なわない限り、電極材料に使用される任意の炭素担体を使用することができる。その形状や大きさは、電極の使用目的等を考慮して適宜選択できるが、燃料電池用電極等のガス拡散電極用途では、電極を形成した際の電極内の電気伝導性とガス拡散性が求められる。そのため、電気伝導性とガス拡散性とを両立させるために、炭素担体が粒子状である場合には、粒径0.03~500μmであり、繊維状である場合、直径2nm~20μm、全長0.03~500μm程度であることが好適である。
【0032】
炭素担体としては、粒状、繊維状等の任意の形状、大きさの炭素材料が使用できる。炭素材料は、例えば、カーボンブラック、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、活性炭素、メソポーラスカーボン、カーボンナノチューブ、カーボンナノホーン、カーボンナノリング、カーボンナノファイバー、カーボンナノワイヤ、フラーレン等が挙げられる。
【0033】
本発明で使用される炭素担体は、1種類でもよいし、または大きさ(粒径、繊維径及び繊維長さ)や結晶性等の異なる2種以上の炭素材料を任意の割合で使用してもよい。
【0034】
炭素担体は、高結晶性カーボンであることが好ましい。「高結晶性カーボン」は、高温熱処理等で黒鉛化(結晶化)した炭素であり、アモルファスや低結晶性カーボンに比べて耐酸化性が優れている。高結晶性カーボンは自作品、市販品のいずれでも使用できる。
【0035】
炭素担体の好適例として、粒子状の中実カーボンが挙げられる。中実カーボンとして、カーボンブラック(Carbon Black, CB)や、これを黒鉛化(結晶化)した高結晶性カーボンブラック(Graphitized Carbon Black, GCB)を好適に使用できる。
粒子状の中実カーボンは、二次粒子の粒径で0.03~500μm(一次粒子径10nm~100nm程度)であることが好ましい。
【0036】
中実カーボンは自作品、市販品のいずれでも使用できる。市販品として、例えば、ライオン・スペシャリティ・ケミカルズ株式会社の「ケッチェンブラック」シリーズ(品番:EC600JD等)、キャボット社の「Vulcan」シリーズ(品番:XC-72等)、キャボット社の「GCB」シリーズ(品番:GCB200等)や、東海カーボン社製の「トーカブラック」シリーズ(品番:トーカブラック#3800等)などが挙げられる。
市販の中実カーボンは粉砕して目的の大きさの粒径に調整して使用してもよい。
【0037】
炭素担体の他の好適例として、メソポーラスカーボンが挙げられる。
メソポーラスカーボン(以下、「MC」と記載する場合がある。)は、メソ孔領域の細孔を多数有する多孔質炭素である
【0038】
メソポーラスカーボンとして、メソ孔領域(2~50nm)の細孔を有する多孔質炭素が使用できるが、好適には細孔径3nm以上40nm以下である。この範囲であれば、細孔の内壁に、電子伝導性酸化物や電極触媒を固着(担持)した場合でも細孔内部への物質拡散が著しく阻害されることなく、スムーズに行われる。
【0039】
また、後述するように燃料電池用電極を作製するにあたり、本発明の電極材料と、プロトン伝導性電解質材料(イオノマー)とを混合するが、プロトン伝導性電解質材料(イオノマー)は、大きさ数十nmであるため、細孔径の小さいメソ孔内には浸入できないため、メソポーラスカーボンの細孔内に、前記電子伝導性酸化物を介して担持された電極触媒金属に対するイオノマー由来の被毒を抑制することができる。
【0040】
本発明に係るメソポーラスカーボンは、メソ孔領域(2nm~50nm)の細孔以外の領域(マイクロ孔領域、マクロ細孔)を含んでいてもよいが、メソ孔領域の細孔の割合が多い方が好ましい。
【0041】
メソポーラスカーボンの細孔の構造(細孔径、形状等)は、電子顕微鏡で観察することにより確認できる。電子顕微鏡としては、例えば、電界放出形走査電子顕微鏡(FESEM)、走査透過電子顕微鏡(STEM)が挙げられる。
【0042】
メソポーラスカーボンにおけるメソ孔領域の細孔は、他の細孔とは独立した単独孔の他、メソ孔領域の細孔の一部又は全部が隣接するメソ孔領域の細孔と相互に連通している連通孔を有しており、三次元的な網目構造を有することが好ましい。連通孔の存在により、メソポーラスカーボンの細孔内部の物質の拡散が促進される。
【0043】
本発明の電極材料に使用されるメソポーラスカーボンは、適宜合成して使用してもよいし、市販品を使用してもよい。市販品としては、例えば、MgOを鋳型とするメソポーラスカーボンである東洋炭素株式会社製のCNovelシリーズ(設計メソ孔径:5~150nm)が挙げられる。
【0044】
また、炭素担体は、表面に電子伝導性酸化物層を有する炭素担体であってもよい。ここで、「表面に電子伝導性酸化物層を有する」とは、炭素担体の表面の一部又は全部を電子伝導性酸化物層で被覆された状態を意味する。電子伝導性酸化物層は、炭素材料と異なり酸化分解しないため、上記触媒複合体を電子伝導性酸化物層に担持して直接炭素担体と接触させないことによって耐久性(例えば、高い負荷がかかる燃料電池の起動停止時の耐久性)が向上する。
【0045】
炭素担体の表面の電子伝導性酸化物層としては、PEFCのカソード条件で安定な電子導電性酸化物であればよく、スズ(Sn)、モリブデン(Mo)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)、チタン(Ti)及びタングステン(W)から選択される1種の金属元素の酸化物を主体とする電子伝導性酸化物が挙げられる。なお、本明細書において「主体とする電子伝導性酸化物」とは、(A)母体酸化物のみからなるもの、及び(B)他元素をドープされた酸化物であって、母体酸化物が80mol%以上含まれるもの、を意味する。
【0046】
電子伝導性酸化物層の好適例としては、Ta2O5層やNb2O5層が挙げられる。Ta2O5層やNb2O5層には必要に応じて他の元素をドープして用いることができる。
【0047】
電子伝導性酸化物層の厚みは、電子伝導性酸化物の種類や量にもよるが、好適には1~10nmである。また、電子伝導性酸化物層は、炭素担体の表面の全部を被覆することが好ましいが、表面の一部を被覆していてもよい。
【0048】
[触媒複合体]
本発明の電極材料(相分離前)における触媒複合体は、第1成分として白金(Pt)、第2成分としてタンタル(Ta)及び第3成分としてコバルト(Co)で構成されるPtTaCo複合体を含有する。
【0049】
PtTaCo複合体における第1成分~第3成分の割合は、PtTaCo複合体の相分離が生じる範囲で決定される。
【0050】
PtTaCo複合体の好適な組成例としては、PtとTaとCoの合計(100原子%)に対して、Pt60~80原子%、Ta10~30原子%及びCo1~20原子%であり、Pt65~75原子%、Ta15~25原子%及びCo5~15原子%である。
なお、後述の実施例で開示したPt7Ta2Co1はこの組成範囲に含まれる。
【0051】
触媒複合体を構成するPtTaCo複合体は、第1成分~第3成分(Pt、Ta,Co)を基本成分とするが、本発明の目的を損なわない範囲で、他の元素(例えば、Ni等)を含んでいてもよい
【0052】
なお、触媒複合体における各成分の量は、誘導結合プラズマ発光分析(ICP)によって調べることができる。
【0053】
導電性担体に担持される触媒複合体の形態は、本発明の目的を損なわない限り、任意であり、例えば、粒子状、島状、膜状、ワイヤー状等が挙げられる。
電極を形成した際の導電性の観点からは、触媒複合体が粒子状であって、当該粒子状の触媒複合体が導電性担体表面を完全に被覆せずに、導電性担体の表面の一部が露出され、導電性担体と他の導電性担体とが直接的な接触を阻害しない程度に分散して担持されていることが好ましい。
【0054】
触媒複合体の大きさは、典型的には直径1~10nm、好適には2~5nmである。「触媒複合体の大きさ」は、電子顕微鏡像より調べられる任意の触媒複合体(20個)の粒子径の平均値により得ることができる。電子顕微鏡像による平均粒径算出時は、微粒子の形状が、球形以外の場合は、粒子における最大長を示す方向の長さをその粒径とする。
【0055】
また、触媒複合体の担持量は、電極を構成した時に十分な量の電極触媒活性を得られる範囲で適宜決定される。典型的には電極材料の全重量に対して、触媒複合体が5~60質量%であり、Pt量基準で、0.5~30質量%である。このような範囲であると単位質量あたりの触媒活性に優れ、担持量に応じた所望の電極反応活性を得ることができる。
【0056】
本発明の電極材料(相分離前)の触媒複合体を構成するPtTaCo複合体は、結晶であってもよく、非晶質であってよく、結晶と非晶質の混合体であってもよい。
【0057】
上述の通り、本発明の電極材料(相分離前)は、触媒複合体(PtTaCo複合体)をPtリッチ粒子とTaリッチ粒子に相分離させることによって、Ptリッチ粒子とTaリッチ粒子とを含むナノコンポジット構造である触媒複合体(ナノコンポジット構造複合体)として導電性担体に担持された構造を有する本発明の電極材料(相分離後)とすることができる。
相分離処理の方法は、PtTaCo複合体を有意に相分離させることができる処理方法であればよく、高温での熱処理、化学処理、電気化学的処理(これらの組み合わせも含む)等が挙げられる。
【0058】
「Ptリッチ粒子」は、PtTaCo複合体が相分離して形成されるPtを主成分(Pt50原子%以上)とする粒子である。
Ptリッチ粒子を構成するPt以外の原子は、相分離前のPtTaCo複合体に含まれるCoであるため、Ptリッチ粒子は典型的にはPtCo合金粒子である。
【0059】
Ptリッチ粒子の形態は、本発明の目的を損なわない限り任意である。また、Ptリッチ粒子は、結晶に限定されず、非晶質であってよく、結晶と非晶質の混合体であってもよい。
【0060】
Ptリッチ粒子の粒径は、相分離前のPtTaCo複合体の粒径や形態にもよるが、典型的には、1~5nm(好適には1~3nm)である。「Ptリッチ粒子の粒径」は、電子顕微鏡像より調べられる任意の触媒複合体(20個)の粒子径の平均値により得ることができる。電子顕微鏡像による平均粒径算出時は、微粒子の形状が、球形以外の場合は、粒子における最大長を示す方向の長さをその粒径とする。
【0061】
「Taリッチ粒子」は、PtTaCo複合体を相分離させて形成される粒子であり、Ta酸化物で構成される。
本明細書において、「Ta酸化物」は、タンタル(Ta)の酸化物を意味し、最も安定な酸化物であるTa2O5(TaOx、x=2.5)の結晶のみならず、酸素欠損状態の酸化物(TaOx、0.1<x<2.5)の結晶を含む概念である。
【0062】
Taリッチ粒子を構成するTa酸化物にはTa及び酸素以外の原子が含まれていてもよい。相分離処理の方法及び条件にもよるが、Taリッチ粒子は、PtTaCo複合体を相分離させる際にCo成分がTa酸化物に固溶していてもよい。
【0063】
Taリッチ粒子の形態は、本発明の目的を損なわない限り、任意である。また、Taリッチ粒子は、結晶に限定されず、非晶質であってよく、結晶と非晶質の混合体であってもよい。
【0064】
Taリッチ粒子の粒径は、相分離前のPtTaCo複合体の粒径や形態にもよるが、典型的には、1~5nm(好適には1~3nm)である。「Taリッチ粒子の粒径」は、電子顕微鏡像より調べられる任意の触媒複合体(20個)の粒子径の平均値により得ることができる。電子顕微鏡像による平均粒径算出時は、微粒子の形状が、球形以外の場合は、粒子における最大長を示す方向の長さをその粒径とする。
【0065】
また、実施例に示すようにTaリッチ粒子はTaコアPtシェル粒子を含んでいてもよい。TaコアPtシェル粒子は、Ta粒子からなるコア(1~3nm程度)と、この表面に存在する微細なPtシェル(0.1~3nm程度)からなる。このような構成において微細なPt粒子は安定に存在するため高活性の一因となる。
【0066】
<2.電極>
本発明の電極は、上述の本発明の電極材料とプロトン伝導性電解質材料を含む。本発明の電極において、本発明の電極材料が互いに接触して導電パスを形成している。
本発明の電極は、燃料電池用電極として好適に使用できる。なお、本発明の電極材料は、燃料電池用電極以外の電極(例えば、固体高分子形水電解装置用電極)としても使用することが可能である。
【0067】
以下に、本発明の電極材料を用いて形成した燃料電池用電極について説明する。具体的には、上述の電極材料をPEFCにおける電極として用いたケースについて説明する。
【0068】
本発明の電極は、上述の電極材料のみから構成されていてもよいが、通常、燃料電池の電解質に使用されるプロトン伝導性電解質材料(以下、「プロトン伝導性電解質材料」、または単に「電解質材料」と記載する場合がある。)を含む。電極材料と共に燃料電池の電極に含まれる電解質材料は、燃料電池用電解質膜に使用される電解質材料と同じであってもよく、異なってもよい。燃料電池用電極と電解質膜の密着性を向上させる観点から、同じものを用いることが好ましい。
【0069】
PEFCの電極と電解質膜とに使用される電解質材料としては、プロトン伝導性電解質材料が挙げられる。このプロトン伝導性電解質材料は、ポリマー骨格の全部または一部にフッ素原子を含むフッ素系電解質材料と、ポリマー骨格にフッ素原子を含まない炭化水素系電解質材料に大別され、この両者を電解質材料として使用することができる。
【0070】
フッ素系電解質材料としては、具体的には、ナフィオン(登録商標、デュポン社製)、アシプレックス(登録商標、旭化成株式会社製)、フレミオン(登録商標、旭硝子株式会社製)などが好適な一例として挙げられる。
【0071】
炭化水素系電解質材料としては、具体的には、ポリスルホン酸、ポリスチレンスルホン酸、ポリアリールエーテルケトンスルホン酸、ポリフェニルスルホン酸、ポリベンズイミダゾールスルホン酸、ポリベンズイミダゾールホスホン酸、ポリイミドスルホン酸等のポリマーや、これらにアルキル基等の側鎖を有するポリマーが好適な一例として挙げられる。
【0072】
上記電極材料と電極材料と混合する電解質材料との質量比は、これらの材料を用いて形成される電極内の良好なプロトン伝導性を付与し、かつ電極内のガス拡散及び水蒸気の排出をスムーズに行えるように適宜決定すればよい。ただし、電極材料に混合する電解質材料の量が多すぎるとプロトン伝導性はよくなるが、ガスの拡散性は低下する。逆に混合する電解質材料の量が少なすぎるとガス拡散性はよくなるが、プロトン伝導性は低下する。そのため、上記電極材料に対する電解質材料の質量比率は、10~50質量%が好適な範囲である。この質量比率が10質量%より小さい場合は、プロトン伝導性を有する材料の連続性が悪くなり、燃料電池用電極として十分なプロトン伝導性が確保できない。逆に50質量%より大きい場合は電極材料の連続性が悪くなり、燃料電池用電極として十分な電子伝導性を有することができなくなる場合がある。さらには電極内部でのガス(酸素、水素、水蒸気)の拡散性が低下する場合がある。
【0073】
本発明の燃料電池用電極は、本発明の目的を損なわない範囲で、上述の電極材料やプロトン伝導性材料以外の成分を含んでいてもよい。
例えば、上述の電極材料に含まれる炭素担体以外の導電材(以下、「他の導電材」と記載する。)を含んでいてもよい。他の導電材を含むことにより、電極材料をつなぐ導電パスが増加し、電極全体としての導電性が向上する場合がある。
【0074】
他の導電材としては、燃料電池用電極に使用される公知の導電材を使用することができる。典型的には炭素系の導電材であり、例えば、カーボンブラック、活性炭などの粒子状炭素(鎖状連結炭素粒子も含む)、カーボンファイバーやカーボンナノチューブ(CNT)等の繊維状炭素などが挙げられる。また、メソポーラスカーボンを他の導電材として使用することもできる。
【0075】
なお、本発明の電極材料を含む燃料電池用電極として、PEFC用電極について説明したが、PEFC以外にもアルカリ形燃料電池、リン酸形燃料電池などの各種燃料電池における電極として用いることができる。また、PEFCと同様な高分子電解質膜を使用した水の電解装置用の電極としても好適に使用することができる。
なお、本発明の電極材料を含む燃料電池用電極は、酸素の還元、水素の酸化に対する優れた電気化学的触媒活性を有するため、カソード及びアノードとして使用することができる。特に酸素還元の電気化学的触媒活性に優れ、燃料電池の運転条件で担体である導電性材料の電気化学的酸化分解が起こらないことから、特にカソードとして好適に使用することができる。
【0076】
また、本発明の燃料電池用電極は、PEFC以外にもアルカリ形燃料電池、リン酸形燃料電池などの各種燃料電池における電極として用いることができる。また、PEFCと同様な固体高分子電解質膜を使用した水の電解装置用の電極としても好適に使用することができる。
【0077】
<3.膜電極接合体(MEA)>
本発明の膜電極接合体は、固体高分子電解質膜と、前記固体高分子電解質膜の一方面に接合されたカソードと、前記固体高分子電解質膜の他方面に接合されたアノードと、を有する膜電極接合体であって、前記カソードとアノードのいずれか一方又は両方が、上記本発明の電極であることを特徴とする。
【0078】
本発明の好適な実施形態として、本発明の電極材料を含む燃料電池用電極をカソードに使用した膜電極接合体について説明する。
図3は本発明の実施形態に係る膜電極接合体の断面構造を模式的に示したものである。
図3に示すように膜電極接合体10は、カソード4及びアノード5が固体高分子電解質膜6に対面して配置された構造を有する。
【0079】
カソード4は、電極触媒層4aとガス拡散層4bで構成される。電極触媒層4aは本発明の電極が使用される。
【0080】
ガス拡散層4bとしては従来公知のガス拡散層を使用することができる。例えば、従来PEFCのガス拡散層として使用されている、100nm~90μm程度の細孔径分布を有する導電性の炭素系シート状部材が挙げられ、好適には撥水処理が施されたカーボンペーパー、カーボンクロス、カーボン不織布等を用いることができる。また、ステンレススチール等の炭素系材料以外のシート状部材でもよい。このようなガス拡散層4bの厚みは特に制限はないが、通常、50μm~1mm程度である。また、ガス拡散層4bは、その片面に平均粒径10~100nm程度の炭素微粒子の集合体及び撥水材からなるマイクロポーラス層を有していてもよい。
【0081】
アノード5は、電極触媒層5aとガス拡散層5bで構成される。電極触媒層5aとしては、本発明の電極のほか、その他の公知のアノード用電極触媒層も同様に使用できる。例えば、グラファイト、カーボンブラック、活性炭、カーボンナノチューブ、グラッシーカーボンなどの炭素系材料からなる導電性担体の表面上に、触媒である貴金属粒子を担持した電極材料と、燃料電池の電解質材料との分散液を塗布・乾燥して製造された電極触媒層5aを、ガス拡散層5b上に形成した電極が挙げられる。アノード5のガス拡散層5bは、カソード4で説明したガス拡散層4bと同様のものが使用できる。
【0082】
固体高分子電解質膜6としては、プロトン伝導性を有し、化学的安定性及び熱的安定性を有するものであれば公知のPEFC用電解質膜を用いればよい。なお、
図3では厚みを強調して図示しているが、電気抵抗を小さくするため固体高分子電解質膜6の厚みは通常0.007~0.05mm程度である。
【0083】
固体高分子電解質膜6を構成する電解質材料としては、フッ素系電解質材料、炭化水素系電解質材料が挙げられる。特にフッ素系電解質材料で形成されている電解質膜が、耐熱性、化学的安定性などに優れているため好ましい。具体的には、ナフィオン(登録商標、デュポン社製)、アシプレックス(登録商標、旭化成株式会社製)、フレミオン(登録商標、旭硝子株式会社製)などが好適例として挙げられる。
【0084】
以上、図面を参照して本発明の膜電極接合体の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を採用することもできる。
【0085】
<4.固体高分子形燃料電池>
本発明の固体高分子形燃料電池(単セル)は、本発明の膜電極接合体を備え、通常、膜電極接合体をガス流路が形成されたセパレータで挟持した構造を有する。
【0086】
図4は本発明の固体高分子形燃料電池の代表的な構成を示す概念図である。
図4に示すように、固体高分子形燃料電池20においてアノード5には水素が供給され、(反応1)2H
2 → 4H
++4e
-によって、生成したプロトン(H
+)は固体高分子電解質膜6を介してカソード4に供給され、また、生成した電子は外部回路21を介してカソードへ供給され、(反応2)O
2+4H
++4e
-→2H
2Oによって、酸素と反応して水を生成する。
このアノードとカソードの電気化学反応によって両電極間に電位差を発生させる。本発明の固体高分子形燃料電池において、本発明の膜電極接合体以外の構成要素は、公知の固体高分子形燃料電池と同様であるため、詳細な説明を省略する。
実際には、本発明の固体高分子形燃料電池(単セル)が発電性能に応じた基数だけ積層された燃料電池スタックが形成され、ガス供給装置、冷却装置などその他付随する装置を組み立てることにより使用される。
【実施例】
【0087】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、以下において、ケッチェンブラックを「KB」と記載する場合がある。
【0088】
A.電極材料(PtTaCo/KB)
A1.電極材料の作製
実施例の電極材料として、
図5に示すフローチャートのとおり、下記の実施例1の電極材料を製造した。
【0089】
使用した導電性担体(炭素担体)、金属触媒前駆体化合物(原料化合物)は以下の通りである。
<導電性担体(炭素担体)>
炭素担体として、ケッチェンブラック(KB)(EC600JD、ライオン・スペシャリティ・ケミカルズ株式会社)を使用した。
<Pt原料化合物>
Pt原料化合物として、Ptアセチルアセトナート(Platinum(II) acetylacetonate,Sigma Aldrich)(以下、「Pt(acac)2」と記載する場合がある。)を使用した。
<Ta原料化合物>
Ta原料化合物として、タンタルエトキシド(Ta(OC2H5)5,(株)高純度化学研究所)を使用した。
<Co原料化合物>
Co原料化合物として、硝酸コバルト(II)六水和物(Co(NO3)2・6H2O,キシダ化学(株))を使用した。
【0090】
<実施例1:Pt7Ta2Co1/KB>
工程(1)
まず、Pt、Co及びTaの原料化合物として、ジクロロメタン(10mL)中にPt(acac)2、エタノール中に(Ta(OC2H5)5、(Co(NO3)2・6H2Oをそれぞれ溶解した。なお、仕込み量でPt:Ta:Co(原子比)=7:2:1である。次に、事前にエタノール溶液中に超音波分散させたケッチェンブラック(KB)125mgの分散液に各試薬溶液を添加し、最後に溶媒全体の体積比で約2割のアセトンを加えて、分散液とした(エタノール総量:110mL、アセトン:30mL)。
なお、Pt原料化合物(Pt(acac)2)とTa原料化合物(Ta(OC2H5)5)とCo原料化合物(Co(NO3)2・6H2O)の仕込み量は、PtTaCo複合体の電極材料全体に対する担持量として40wt%となるようにした。
次いで、試料が入ったナスフラスコを減圧機能と回転機能が備わったロータリーエバポレータにセットし、超音波をかけながら溶媒が全て蒸発するまで減圧し、溶媒が完全に蒸発するまで回転させて蒸発乾固させることで、KB表面(細孔内表面及び外表面)にPtTaCo複合体の前駆体を吸着させた乾燥粉末を得た。
【0091】
工程(2)
工程(1)で得られた粉末を、Ar雰囲気中で210℃に昇温(昇温速度1℃/分)して3時間保持し、更にAr雰囲気中で240℃まで昇温(昇温速度1℃/分)して3時間保持した。その後、更にAr雰囲気中において30分間で800℃まで昇温して30分間保持し、Pt7Ta2Co1複合体を担持したKBからなる実施例1の電極材料(Pt7Ta2Co1/KB)を作製した。
【0092】
<比較例1>
比較例1の電極材料として、Pt/C触媒(田中貴金属工業株式会社、TEC10E50E、Pt46wt%)を使用した。
【0093】
<比較例2>
比較例2として、Pt3Co1/C触媒(田中貴金属工業株式会社製、TEC36E52、Pt46wt%、Co5wt%、Pt:Co(原子比)=3:1)
【0094】
A2.電気化学的評価(ハーフセル)
【0095】
評価用の電極は、以下の手順で作製した。
まず、超純水19mLと2-プロパノール6mLの混合溶液を、電極材料粉末の入ったサンプル瓶に加え、続けて5%Nafion分散液をI/C(ionomer/carbon)=0.3になるように加えた後、氷水にサンプル瓶を浸した状態で超音波撹拌を30分間行って電極材料分散液とした。なお、電極材料粉末の量は、電極上に電極材料の分散液10μLを滴下した際に、電極上の単位面積当たりのPt質量が17.3μg-Pt・cm-2となるようにした。調製した電極材料分散液10μLを、マイクロピペットを用いてグラッシーカーボン(GC)ディスク電極上に滴下し、回転装置に固定し、300rpmの回転速度で室温約30分間乾燥を行うことで、Nafion膜を形成させて電極材料をGC電極上に固定し、評価用の電極(作用極)を得た。
【0096】
A2-1.負荷変動サイクル試験
負荷変動サイクル試験は、燃料電池実用化推進協議会(FCCJ)が推奨する方法(固体高分子形燃料電池の目標・研究開発課題と評価方法の提案、2023年5月発行)にて、負荷変動を模擬した電位サイクルを印加することによって行った。
図6に示す負荷変動サイクルは、触媒自体の溶解・再析出などを伴う劣化を促進させるサイクルであり、0.6~0.95V
RHEの矩形波を用いて1サイクル当たり3秒ずつの6秒印加することで実験を行った。
【0097】
実施例1の電極材料については、0(初期)サイクルから10万サイクルごとに40万サイクルまでのECSAと0.9VRHEにおけるMAを測定した。
また、比較例1(Pt/C触媒(TEC10E50E)、比較例2(Pt3Co/C触媒(TEC36E52))については、同様の条件で10万サイクルまでの負荷変動試験を行い、ECSAと0.9VRHEにおけるMAを測定した。
【0098】
A2-2.サイクリックボルタンメトリー(CV)の評価
実施例1(Pt7Ta2Co1/KB)、比較例1(Pt/C)及び比較例2(Pt3Co1/C)の電極材料について、サイクリックボルタンメトリー(CV)による評価を行った。CVから求めた水素吸着量から電気化学的有効表面積(ECSA)を算出した。なお、ECSAは、電極材料に含まれるPtの有効表面積に相当する。
【0099】
CVの測定条件は以下の通りである。なお、1原子のPtに付き1原子のHが吸着すると仮定すると210μC/cm2の電気量となる。
測定:三電極式セル(作用極:評価用の燃料電池電極、対極:グラファイトまたはPt、参照極:Ag/AgCl)
電解液:0.1M HClO4(pH:約1)
測定電位範囲:0.05~1.2V(可逆水素電極基準)
走査速度 :50 mV/s
水素吸着量:0.05~0.4Vの水素吸着を示すピーク面積から算出
電気化学的有効表面積(ECSA):下記式より算出
ECSA=(水素吸着量)[μC] / 210[μC/cm2]
【0100】
実施例1の電極材料を使用した電極の負荷変動サイクル試験前後のCV評価を行ったところ、0サイクルの初期状態では、CVの低電位側では水素吸着・脱離ピークが観測され、0.8VRHEの近くでPt表面上の酸素吸着反応が始まるCV曲線が得られた。サイクル数が増加すると、CV曲線の水素吸着・脱離ピークが小さくなった。
図7に実施例1(Pt
7Ta
2Co
1/KB)、比較例1(Pt/C)及び比較例2(Pt
3Co
1/C)の各電極材料における負荷変動サイクル回数と電気化学的有効表面積(ECSA)の関係を示す。
図7に示す通り、負荷変動サイクルの初期(サイクル回数0回)において、実施例1は比較例1のECSAと同等で、比較例2のECSAより大きい値を示した。その後、負荷変動サイクル回数が増加するにしたがって、比較例1はECSAが低下、比較例2は横ばいで推移しているのに対し、実施例1は負荷変動サイクル回数が増加するにしたがってECSAが低下するものの、比較例1及び比較例2よりも大きな値を維持した。
したがって、実施例1は、ECSAの観点から、比較例1及び比較例2よりも優れた耐久性を有すると判断した。
【0101】
A2-3.ORR活性の評価
実施例1(Pt7Ta2Co1/KB)、比較例1(Pt/C)及び比較例2(Pt3Co1/C)の電極材料について、ORR活性評価を行った。
ORR活性は、回転ディスク電極法(RDE法)でリニアスイープボルタンメトリー(LSV)を行い、得られる活性化支配電流(ik)を基に算出するMass activity(単位Pt質量当たりの活性、質量活性)を指標とした。
Mass activity = ik/電極上のPt質量
活性化支配電流(ik)は、回転電極測定によって得られた電流-電位曲線について、任意の電位においてi-1とω-1/2でプロットして得られるKoutecky-Levichプロットを作成し、得られた直線を外挿することによって切片から求めた。
具体的な手順として、まず、O2を50mL/分で30分間バブリングした後、0.2VRHEから貴な方向に向けて10mV/sで1.2VRHEまで電位を走査し、測定を行った。なお、測定中は常にO2を50mL/分でパージした。なお、VRHEは可逆水素電極(RHE)基準の電位である。
【0102】
実施例1の電極材料を使用した電極の1600rpmにおける負荷変動サイクル前後のリニアスイープボルタモグラム(LSV)を評価したところ、0サイクルから10万サイクルにおけるORR開始電位の下がりが若干高く、20万、30万、40万サイクルにおける開始電位の下がりは緩やかになった。これは、負荷変動サイクル試験中にPt
7Ta
2Co
1複合体の表面が、Coの溶出やPtの溶解・析出、さらに電位サイクルを経て、PtCo合金とTa酸化物(TaOx)とが相分離した、安定した触媒構造に変化したと推測できる。
図8に実施例1、比較例1及び比較例2の各電極材料における負荷変動サイクル回数と質量活性(MA)の関係を示す。
図8に示す通り、負荷変動サイクルの初期(サイクル回数0回)において、実施例1は比較例1のMAと同等で、比較例2のMAより小さい値を示した。
その後、負荷変動サイクル回数が増加するにしたがって、比較例1及び比較例2はMAが著しく低下しているが、実施例1は比較例1及び比較例2と比較して、MAの低下が穏やかであった。したがって、実施例1は、MAの観点からも、比較例1及び比較例2よりも優れた耐久性を有すると判断した。
【0103】
A3.物性評価(微細構造評価)
図9に実施例1の電極材料のSTEM-EDSによる分析結果を示す。
図9(a)~(c)は、負荷変動サイクル試験前(初期:0サイクル)の結果であり、(a)はSTEM像、(b)はEDSによるマッピング像(Pt+Ta+Co)、(c)はEDSによるラインプロファイル(Pt、Ta)である。
図9(d)~(f)は、負荷変動サイクル試験後(40万サイクル)の結果であり、(d)はSTEM像、(e)はEDSによるマッピング像(Pt+Ta+Co)、(f)はEDSによるラインプロファイル(Pt、Ta)である。
【0104】
負荷変動サイクル試験前の実施例1の電極材料では、
図9(a)のSTEM像から、触媒粒子が全体的に直径2~5nmのサイズで炭素担体(KB)上に均一に高分散担持していることがわかる。
図9(b)のマッピング像からほとんどの触媒粒子においてPt, Ta及びCoの元素分布がほぼ重なっていることから、初期(サイクル試験前)の触媒粒子はPt,Ta及びCoの複合体状態で存在していると判断した。
図9(c)の線分析像では、粒子表面が若干、Taが多く存在していることが確認できる。
【0105】
一方、負荷変動サイクル試験後(40万サイクル)の実施例1の電極材料では、
図9(d)のSTEM像及び
図9(e)のマッピング像から、Pt粒子径が初期状態と比較してやや成長し、直径5nmを超える大きな粒子が確認されるとともに、
図9(d)内に白矢印で示したように初期と殆ど変わらない粒子も多数確認された。
さらに、
図9(e)から、負荷変動サイクル試験後(40万サイクル)の触媒複合体は一部相分離し、Ptリッチ粒子とTaリッチ粒子があることが確認できる。そして、
図9(f)から、Ptリッチ粒子内においてPtはほぼ均一に存在しているのに対し、Taの分布は粒子中心部に集まっていることが確認された。この結果から、負荷変動サイクル試験後(40万サイクル)の触媒複合体の少なくとも一部は、Taリッチ粒子の周りをPtリッチ粒子が覆っている構造、いわゆる「TaコアPtシェル」の構造を有していると判断した。
【0106】
このように、実施例1の電極材料における負荷変動サイクル試験前後の触媒粒子の比較分析から、PtTaCo複合体(触媒複合体)が相分離して形成されるPtリッチ粒子とTaリッチ粒子を含むナノコンポジット構造複合体は、実施例1の電極材料の性能向上に寄与していると推測される。実施例1の触媒複合体粒子(Pt7Ta2Co1)は、負荷変動サイクル40万回後であっても、ケッチェンブラック(KB)表面上での高分散担持が維持されており、従来の触媒と比較して、負荷変動サイクル試験中の脱落や溶解析出による触媒粒子の肥大化を防止できると判断した。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明の電極材料によれば、優れた電極触媒活性、電子伝導性、ガス拡散性、及び優れた耐久性を有する燃料電池用電極を供することができ、自動車、電力、ガス、家電業界で使用される固体高分子形燃料電池の電極構成部材として有望である。特に、負荷変動が激しい燃料電池自動車(乗用車及び商用車)向けに使用されることが期待される。
【符号の説明】
【0108】
1 電極材料
2 導電性担体
3 触媒複合体
3A Ptリッチ粒子
3B Taリッチ粒子
4 燃料電池用電極(カソード)
4a 電極触媒層(カソード)
4b ガス拡散層
5 燃料電池用電極(アノード)
5a 電極触媒層(アノード)
5b ガス拡散層
6 固体高分子電解質膜
10 膜電極接合体(MEA)
20 固体高分子形燃料電池
21 外部回路
【要約】
高活性と電位サイクル耐久性を両立させることができ、特に負荷変動サイクル特性に優れる燃料電池用電極を与える電極材料を提供する。導電性担体と、前記導電性担体に担持された触媒複合体とを含み、前記触媒複合体が、第1成分として白金(Pt)、第2成分としてタンタル(Ta)及び第3成分としてコバルト(Co)で構成されるPtTaCo複合体を含有する電極材料。当該電極材料におけるPtTaCo複合体を相分離させた後の触媒複合体はPtリッチ粒子とTaリッチ粒子を含む。