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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-07
(45)【発行日】2025-03-17
(54)【発明の名称】スタイラス
(51)【国際特許分類】
   G01B 5/016 20060101AFI20250310BHJP
【FI】
G01B5/016
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2023128085
(22)【出願日】2023-08-04
(65)【公開番号】P2025023712
(43)【公開日】2025-02-17
【審査請求日】2024-07-09
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000215785
【氏名又は名称】TPR株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】菅原 駿
(72)【発明者】
【氏名】大平 昌幸
(72)【発明者】
【氏名】内山 稔
【審査官】國田 正久
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-201105(JP,A)
【文献】特開2014-176927(JP,A)
【文献】特許第7068559(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01B 5/00- 5/30
21/00-21/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定プローブの先端に設けられるスタイラスであって、
前記スタイラスは、外周面において被測定物と接触するスタイラスチップと、一端が前記スタイラスチップと接続したスタイラスシャフトと、を有し、
前記スタイラスチップは、外周にナノインデンテーション硬さが12GPa以上30GPa以下である硬質被膜を有し、
外周面から局部的に生じた高さ1μm以上の硬質被膜の突起を被膜突起と定義したとき、
前記スタイラスチップ外周面の前記被膜突起の個数が5個以下である0.10mm×0.10mmの領域を少なくとも1箇所有する、スタイラス。
【請求項2】
前記硬質被膜の前記0.10mm×0.10mmの領域における被膜厚さが3μm以上10μm未満である、請求項1に記載のスタイラス。
【請求項3】
前記硬質被膜は、水素含有量が5.0at%以下のDLC硬質被膜である、
請求項1に記載のスタイラス。
【請求項4】
前記硬質被膜は、ナノインデンテーション試験により荷重100mNで測定された、塑性変形仕事量(Wplast)が6.0nJ以上である、
請求項1に記載のスタイラス。
【請求項5】
前記硬質被膜は、ナノインデンテーション試験により荷重100mNで測定された、下記式(1)で計算される全仕事量(Wtotal)が18.0nJ以上である、
請求項1に記載のスタイラス。
total = Wplast+ Welast (1)
【請求項6】
前記硬質被膜は、ナノインデンテーション試験により荷重100mNで測定された、下記式(2)で計算される塑性変形仕事率(ηplast)が32.4%以上である、
請求項1に記載のスタイラス。
ηplast = (Wplast/ Wtotal ) × 100(%) (2)
【請求項7】
前記硬質被膜は、ナノインデンテーション試験により荷重100mNで測定された、ナノインデンテーション硬さ(HIT)と塑性変形仕事量(Wplast)の比率(HIT/Wplast)が4.5GPa/nJ以下である、
請求項1~のいずれか1項に記載のスタイラス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二次元もしくは三次元測定装置の測定用プローブ、特に倣い測定に適した測定用プローブの先端に装着するスタイラスに関する。
【背景技術】
【0002】
歯車等の精密機械部品の測定には、二次元もしくは三次元測定装置が用いられる。
測定用プローブは、それら精密機械部品の表面に接し表面の形状を測定するものである。測定方法の中でも、倣い測定と呼ばれる連続的に測定する方法では、ポイント測定に比べて測定点数が非常に多く、測定結果の信頼性は向上する。
【0003】
しかしながら、倣い測定を行う場合、測定点数が増加するため、測定速度を上げて測定しないと測定時間がかかってしまい、測定効率が悪くなるという問題がある。測定速度を上げると、新たな問題として、測定プローブ先端に装着されたスタイラスを構成するスタイラスチップの摩耗あるいは折損、先端の欠損、測定ワークに発生する傷等の問題が生じ得る。
倣い測定の最中にスタイラス先端のスタイラスチップの摩耗あるいは折損、先端の欠損等が発生した場合、測定のやり直しが発生したり、取得したデータの信頼性が損なわれる事態になる。また、スタイラスチップの摩耗による耐久寿命を延ばすためにスタイラスチップ本体を耐摩耗性に優れる超硬材料等にすると、高額になるばかりでなく、スタイラスチップの折損や先端の欠損のリスクが高くなる。
これらの問題については、測定圧や測定速度以外に、スタイラスチップの接触面の硬さ、表面性状、靭性等が影響を及ぼしていると推測される。
【0004】
これに関連して、例えば特許文献1には、高精度・高速で且つ安定な倣い測定を実現可能とする三次元測定装置及びそれに用いられるプローブの提供を目的として、先端球が高硬度かつ高耐摩耗性を有するDLC(ダイアモンドライクカーボン)膜により低摩擦化処理されたスタイラスが開示されている。
また、特許文献2には、そのような低摩擦化処理された先端球を有するスタイラスの製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2006-201105号公報
【文献】特開2019-190999号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1及び2に記載されているような高硬度の被膜処理をスタイラスチップに施した場合、測定速度の更なる高速化による効率化が望まれる中、測定する対象や測定速度等の条件によってはスタイラスチップに施した被膜の剥離や摩耗、破損の抑制と測定ワークに発生する傷の抑制とを必ずしも同時に達成できない場合があることを、本発明者らは見出した。
すなわち、従来開示されているスタイラスではスタイラスチップの耐久寿命と測定ワークに発生する傷の抑制が不十分な場合があるという課題がある。
本発明は、このような問題点に鑑みなされたものであり、測定プローブ先端のスタイラスチップの摩耗やワークに発生する傷を抑え、耐久寿命を延ばすとともに測定ワークに発生する傷を抑制することが可能なスタイラスを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく検討をしたところ、上記課題にはスタイラスチップ外周の硬質被膜生成時に発生する突起の存在が大きく関係していることを新たに見出した。一般的に炭化水素ガスを原料とした化学的蒸着法(CVD:Chemical Vapor Deposition)によるDLC被膜は、成膜方式上生成する突起が少ないという特徴を持つが、固体炭素を原料とした物理的蒸着法(PVD:Physical Vapor Deposition)によるDLC被膜に対し耐摩耗性に劣る。そのため、摩耗や傷が問題となる部材に対してはPVD法によるDLC被膜が適している。しかしながら、PVD法によるDLC被膜は、生成する突起がCVD法に対し多いために上記課題が生じることを、本発明者らは見出した。そして、スタイラスチップ外周に硬質被膜を形成する際の条件を様々検討した結果、スタイラスチップの外周に特定の条件を満たす硬質被膜を形成することで上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
本発明は、測定プローブの先端に設けられるスタイラスであって、
前記スタイラスは、外周面において被測定物と接触するスタイラスチップと、一端が前記スタイラスチップと接続したスタイラスシャフトと、を有し、
前記スタイラスチップは、外周に硬質被膜を有し、
外周面から局部的に生じた高さ1μm以上の硬質被膜の突起を被膜突起と定義したとき、
前記スタイラスチップ外周面の前記被膜突起の個数が5個以下である0.10mm×0.10mmの領域を選択し得る、スタイラスに関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、二次元もしくは三次元測定装置の測定プローブにおいて、測定プローブ先端のスタイラスチップの摩耗、破損を抑え、耐久寿命を延ばすとともに測定ワークに発生する傷を抑制することが可能なスタイラスチップを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】測定用プローブの構成の一例を示す概略図である。
図2】スタイラスチップの接触部付近を示す断面模式図である。(a)はスタイラスチップの形状が球形の場合の例であり、(b)はソロバン形の場合の例である。
図3】硬質被膜上の被膜突起を示す写真である。
図4】摩耗試験の検査装置を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の一実施形態は、
測定プローブの先端に設けられるスタイラスであって、
前記スタイラスは、外周面において被測定物と接触するスタイラスチップと、一端が前記スタイラスチップと接続したスタイラスシャフトと、を有し、
前記スタイラスチップは、外周に硬質被膜を有し、
外周面から局部的に生じた高さ1μm以上の硬質被膜の突起を被膜突起と定義したとき、
前記スタイラスチップ外周の前記被膜突起の個数が5個以下である0.10mm×0.10mmの領域を選択し得る、スタイラスである。
以下、その具体的実施形態について説明する。ただし、以下の実施形態に記載されている構成は、特に記載がない限りは発明の技術的範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。
【0012】
本実施形態に係るスタイラスは、測定装置の測定用プローブの先端に設けることができ
る。測定装置及び測定用プローブの構成は特に限定されず、例えば、歯車等の精密機械部品を測定するための三次元測定装置及びその測定用プローブに適用することができる。
【0013】
<スタイラス>
図1を用いて、本実施形態に係るスタイラスを備えた測定用プローブについて説明する。
図1は、本実施形態に係るスタイラスを備えた測定用プローブの一例を示す模式図である、測定用プローブに装着されたスタイラスは、スタイラスシャフトとスタイラスチップから構成されている。図1中、上下方向を「径方向」、左右方向を「軸方向」とする。
図1に示すスタイラス1は、スタイラスシャフト10と、スタイラスシャフト10の先端側に設けられたスタイラスチップ11と、を有し、スタイラスシャフト10の一端はスタイラスチップ11と接続している。スタイラスチップ11の外周面を被測定物と接触させて測定を行う。スタイラスチップ11は、外周に硬質被膜を有する。
【0014】
本明細書において、「接触部」とは、スタイラスチップ11の外周面のうち、スタイラスチップ11と被測定物が接触する部分をいう。スタイラスチップ11の形状や被測定物に応じて、スタイラスチップ11の外周面の全てが接触部となり得るが、例としては、図2(a)、(b)の符号12で示すように、スタイラスチップ11の外周面のうちスタイラスシャフト10の中心軸からの距離が最も遠い部分である。
【0015】
図1に示す例ではスタイラスシャフト10の形状は円柱形、スタイラスチップ11の形状はソロバン形であるが、スタイラスシャフト10の形状は特に限定されず、円錐形であってよく、直方体であってもよい。
また、スタイラスチップ11の形状は、例えば、樽形、球形、半球形、円錐形、円柱形、円板形であってもよい。図2の(a)は球形、(b)はソロバン形を示す。
【0016】
スタイラスシャフト10及びスタイラスチップ11の基材の材質は特に限定されず、磁性材料であっても非磁性材料であってもよく、例えば鋼、ルビー、超硬合金等であってよいが、これらに限られない。また、熱膨張、収縮が少ない材料が望ましい。
【0017】
<硬質被膜>
スタイラスチップ11は、外周に硬質被膜を有する。
硬質被膜は、少なくともスタイラスチップ11の外周の、接触部を含む一部を被覆していればよいが、製造上の観点から、スタイラスチップ11の外周全てを被覆していることが好ましい。また、硬質被膜はスタイラスシャフト10の外周の少なくとも一部を被覆していてもよい。
なお、スタイラスチップ11は、スタイラスチップ11の基材と最表面の硬質被膜との間に異なる被膜や下地層を有していてもよい。複数の被膜を有する場合、特段の記載がない限り以下「硬質被膜」とは最表面の硬質被膜を指す。
【0018】
硬質被膜の組成は特段限定されないが、耐摩耗性に優れるという観点から、DLC被膜、窒化クロム被膜、及び窒化チタン被膜からなる群から選ばれる少なくとも一種であることが好ましい。また、DLC被膜であることがより好ましく、水素含有率が5.0at%以下である、いわゆる水素フリーDLC被膜であることがより好ましい。水素含有率は2at%以下であってよく、1at%以下であってよく、0.5at%以下であってよい。
【0019】
本発明者らは、スタイラスチップ11の摩耗と測定ワークに発生する傷の抑制とのバランスにおいて、硬質被膜表面に存在する被膜突起が関係していることを見出した。
本明細書において、被膜突起とは、スタイラスチップ外周の硬質被膜表面を以下の条件で測定したときの、スタイラスチップの外周面から局部的に生じた高さ1μm以上の硬質
被膜の突起を指す。
【0020】
被膜突起の個数の測定方法について、以下に説明する。
図3は、硬質被膜表面の被膜突起を以下の条件にて観察した写真である。
硬質被膜:水素フリーDLC被膜 水素含有量0.3at% 膜厚4μm
測定機:キーエンス製レーザー顕微鏡 VK-X100
測定倍率:対物レンズ50倍
測定視野:0.20mm×0.27mm
図3中の例えば、φ1.7×1.6は、被膜突起の長径が1.7μm、被膜突起の高さが1.6μmであることを示す。
<被膜突起の個数測定方法>
硬質被膜表面の突起は以下の方法で測定する。株式会社キーエンス製レーザー顕微鏡VK-X100を用いて、対物レンズ50倍にて対象物表面のマイクロスコープ画像および3次元データを取得する。測定視野は0.20mm×0.27mmである。なお、測定視野は対象物であるスタイラスチップの大きさや形状に応じて適宜変更してもよい。撮影した画像を任意の0.10mm×0.10mm視野にトリミングした後、レーザー顕微鏡解析アプリケーション付属機能の自動ノイズ除去により画像取得時のデータ異常値を除去し、自動面傾き補正にて測定時の外周面の傾きを平面に補正する。その後、プロファイル画面にて画像内に水平線を引き、外周面に対し高さが1μm以上ある突起を測定し、その個数を0.10mm×0.10mmの領域に存在する被膜突起の個数とする。なお、高さ測定の際に突起の径も合わせて計測してもよい。
【0021】
本実施形態では、上記方法で被膜突起の個数測定をしたとき、被膜突起の個数が5個以下である0.10mm×0.10mmの領域を選択することができる。
被膜突起の個数が3個以下である0.10mm×0.10mmの領域を選択することができると、さらに好ましい。このような0.10mm×0.10mmの領域を選択することができるように硬質被膜を形成すると、測定時の傷を抑制することができる。
【0022】
硬質被膜表面の被膜突起は、スタイラスチップ11の外周に硬質被膜を形成する際に生じ得る。被膜突起は、プラズマにより原料を蒸発した際に発生する、ドロップレットと呼ばれる巨大溶融粒子が被膜上に付着したものである。そして、本発明者らは、この被膜突起の高さや個数を特定の範囲とすることで、スタイラスの摩耗の抑制と測定ワークに発生する傷の抑制を両立できることを見出した。
【0023】
被膜突起の最大高さは、好ましくは8μm以下であり、7μm以下がより好ましく、5μm以下が特に好ましい。被膜突起の最大高さが8μm以下であると、測定時の深い傷を抑制することができる。
被膜突起の長径は、好ましくは12μm以下であり、9μm以下がより好ましく、7μm以下が特に好ましい。被膜突起の長径が12μm以下であると、測定時の深い傷を抑制することができる。
【0024】
硬質被膜のナノインデンテーション表面硬さは、12~30GPaであることが好まし
い。硬質被膜の表面硬さが12GPa以上であることで、スタイラスチップ11の摩耗が
抑制される。また、硬質被膜の表面硬さが30GPa以下であると、硬質被膜の剥離の抑
制や製造上の観点から好ましい。硬質被膜の表面硬さは、15~28GPaがより好まし
い。
通常、耐摩耗性を考慮すると、硬質被膜の硬さは高い方が好まれるが、硬質被膜の硬さが高すぎると、硬質被膜の剥離が生じやすい傾向にあるため、上記範囲とすることが好ましい。
硬質被膜の表面硬さは、硬質被膜の材質や、成膜時の処理条件によって調整することが
できる。
【0025】
前記0.10mm×0.10mmの領域における硬質被膜の厚さは、3~10μmであることが好ましい。一方、硬質被膜の厚さが10μmを超えると、硬質被膜の剥離のおそれや硬質被膜の突起の高さを制御することが難しくなるおそれがある。厚さの下限は3μm以上であってよく、5μm以上であってよい。また、厚さの上限は8μm以下であってよく、6μm以下であってよい。硬質被膜の厚さが3μm以上であると、硬質被膜による摩耗抑制効果が十分に発揮されやすく好ましい。
なおスタイラスチップの基材と最表面の硬質被膜との間に他の被膜や下地層が存在する場合は、それらを含めた総厚さが上記範囲内であることが好ましい。
硬質被膜の厚さは、成膜時の条件によって適宜調整することができる。
【0026】
また、被測定物が歯車のような形状である場合、測定時にスタイラスが間欠的に被測定物に当たるため、その衝撃によりスタイラスに欠け(破損)が生じやすいことを本発明者らは見出した。これを抑制する観点から、硬質被膜は、ナノインデンテーション試験により荷重100mNで測定された、塑性変形仕事量(Wplast)が6.0nJ以上であることが好ましい。
【0027】
塑性変形仕事量(塑性変形エネルギー)(Wplast)は、ナノインデンテーション試験において被膜表面から押し込まれる圧子が被膜の変形に費やす仕事量のうち、圧子を除荷しても被膜が変形したままの状態になる塑性変形に費やされる仕事量である。また、弾性変形仕事量(弾性変形エネルギー)(Welast)は、圧子が除荷されて被膜が元に戻ることによって解放される仕事量である。塑性変形仕事率(ηplast)は、被膜表面に異物が押し込まれた場合に、塑性変形しやすい被膜であることを特徴づける指標となる。ナノインデンテーション試験により荷重100mNで測定された塑性変形仕事量(Wplast)が6.0nJ以上であることにより、測定時の衝撃負荷による被膜剥離を抑制できるため好ましい。
更に、前記ナノインデンテーション試験により測定された、塑性変形仕事量(Wplast)は6.4nJ以上であることがより好ましい。また、塑性変形仕事量(Wplast)の上限値は特に限定されないが、大きすぎると耐摩耗性の要求を満たす硬度を維持できないため、10.5nJ以下であれば好適である。
【0028】
ナノインデンテーション試験は、フィッシャー・インストルメンツ製ナノインデンテーション測定器、型式HM-2000を使用し、ビッカース圧子を用いて、押し込み荷重100mN、最大押し込み荷重までの負荷時間30s(秒)、保持時間5s(秒)、除荷時間30s(秒)の条件で行う。硬質被膜の塑性変形仕事量および弾性変形仕事量、ナノインデンテーション硬さは、ナノインデンテーション試験において得られる荷重-押し込み深さ曲線を用いて算出する。なお、測定値は、一つのスタイラスチップの外周の硬質被膜周方向において、全周で3カ所の測定値の平均値とする。
【0029】
また、前記ナノインデンテーション試験により測定された、下記式(1)で計算される全仕事量(全変形仕事量ともいう、Wtotal)は18.0nJ以上であることが好ましい。また、全仕事量の上限値は特に限定されないが、24.0nJ以下であれば好適である。
上記範囲を満たすことで、良好な耐摩耗性と測定時の衝撃負荷による被膜剥離の抑制を両立できる。
total = Wplast+ Welast (1)
【0030】
さらに、前記ナノインデンテーション試験により測定された、下記式(2)で計算される塑性変形仕事率(ηplast)は32.4%以上であることが好ましく、さらに、塑
性変形仕事率は33.0%以上であることがより好ましく、34.0%以上であることがさらに好ましい。また、塑性変形仕事率の上限値は特に限定されないが、45.0%以下であれば好適である。
上記範囲を満たすことで、良好な耐摩耗性と測定時の衝撃負荷による被膜剥離の抑制を両立できる。
ηplast = (Wplast/ Wtotal ) × 100(%) (2)
【0031】
加えて、前記ナノインデンテーション試験により測定された、ナノインデンテーション硬さ(HIT)と塑性変形仕事量(Wplast)の比率(HIT/Wplast)は4.5GPa/nJ以下であることが好ましく、4.1GPa/nJ以下であることがより好ましい。ナノインデンテーション硬さ(HIT)と塑性変形仕事量(Wplast)の比率(HIT/Wplast)の下限値は特に限定されないが、1.5GPa/nJ以上であれば好適である。
上記範囲を満たすことで、良好な耐摩耗性と測定時の衝撃負荷による被膜剥離の抑制を両立できる。
【0032】
スタイラスチップ11に硬質被膜を形成する(成膜工程)成膜方法としては、イオンプレーティングやスパッタリング法などの物理的蒸着法(PVD)が挙げられる。スタイラスの測定に必要なDLC被膜の耐摩耗性を有するといった観点からPVDが好ましい。PVD(physical vapor deposition)とは、ターゲットから出射された粒子を基材に付着させることで物質の表面に膜を形成する蒸着法の一種であり、物理気相成長とも呼ぶことができる。PVD法には、イオンプレーティング法、真空蒸着法、イオンビーム蒸着法、スパッタリング法、FCVA(Filtered Cathodic Vacuum Arc)法等を含むことができる。熱CVDやプラズマCVDといった化学的蒸着法(CVD)等も含むことができる。
【0033】
硬質被膜の被膜突起の個数や大きさは、硬質被膜の製造方法を調整することで、所望の値とすることができる。より具体的には、例えば成膜パラメータの一つであるアーク電流値を下げることで、真空アーク放電時にターゲット表面に発生するアークスポットと呼ばれる溶融点の表面温度が下がり、被膜突起の原因となる、ドロップレットと呼ばれる溶融粒子を減らすことができる。また、ターゲットから放出された炭素イオンが基材に付着するまでの通路であるアパーチャーの径を小さくすることで、ターゲットから飛び出したドロップレットを通路内にトラップすることができ、被膜中のドロップレットを少なくすることができる。
【0034】
上記ナノインデンテーション試験で測定される塑性変形仕事量は、硬質被膜の製造方法を調整することで、所望の値とすることができる。より具体的には、FCVA法を用いて硬質被膜を形成する場合、印加するパルスバイアス電圧、硬質被膜の成膜の際の基板温度、チャンバの圧力(真空度)、アーク電流、ターゲットの純度、などを調節することにより、所望の値とすることができる。
【0035】
硬質被膜がDLC被膜を含む場合、DLC被膜は水素を含有するDLC被膜であってよく、いわゆる水素フリーDLCであってもよい。例えば、水素元素の割合が5.0at%以下であってよい。水素含有量の多いDLC被膜は、水素を含まないDLC被膜に対し耐摩耗性が低下する。
水素を含まないDLC被膜を形成する方法は、既知の方法を用いることができ、イオンプレーティング法やスパッタリング法などがあげられる。
【0036】
硬質被膜は、その他の元素を含んでもよく、例えばSi、Ti、W、Cr、Mo、Nb、Vなどを含んでもよいが、これらに限らない。これらの元素を含む場合、合計量が40
at%以下であることが好ましい。
また、スタイラス基材上にCr、Ti、またはSi等を含む下地層を備えても良い。下地層を設けることで、スタイラスチップの基材と硬質被膜との密着性を向上させることができる。
上記工程を経て本実施形態に係るスタイラスが完成するが、成膜後にバフ加工などの表面加工を施してもよい。
【実施例
【0037】
以下、本発明について、実施例により詳細に説明するが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
【0038】
表1に示すように、スタイラスチップの材質及び外周の硬質被膜を調整して、実施例1~2、比較例1~3、にかかるスタイラスを作製した。
【表1】
表2に示す各スタイラスチップの摩耗量は、以下の摩耗試験を行い求めた。
【表2】
【0039】
<摩耗試験>
図4に示す検査装置にプローブを装着し、下記条件で円筒形ワークに接触させ、表2に示す所定の試験時間ワークを回転させた。試験前後のスタイラスチップのワークと接触する部分をマイクロスコープで観察し、摩耗量を算出した。
試験条件
押し込み量(力):150μm(約25g)
スタイラスチップ:ソロバン形 φ1.5mm
ワーク直径:φ70mm
ワーク材質:合金工具鋼
ワーク表面粗さ:Ra1.5mm
ワーク回転速度:1.5rpm(走査速度5.5mm/秒)
【0040】
<ワークの擦り傷評価>
スタイラスチップとの接触によりワークに発生する擦り傷については、往復動摩耗試験機を用いて、上述の摩耗試験より厳しい、下記条件で試験を行った。
試験条件
押付け荷重:2.5N
ストローク:50mm
速度:100ストローク/分
潤滑油:無し(無潤滑=ドライ)
上試験片:スタイラスチップ
下試験片:クロムモリブデン鋼 表面を鏡面仕上げ
試験時間:30秒
評価基準としては、試験後に下試験片に発生した擦り傷の深さと本数を測定し、深さ1.5μm以上の傷が発生した場合をNG、発生しなかった場合をOKとした。また、深さ0.5μm以上1.5μm未満の傷が5本以上発生した場合を×、1~4本発生した場合を○、発生しなかった場合を◎とした。結果を表3に示す。
【表3】
【0041】
以上の実施例から明らかな通り、本実施形態に係るスタイラスチップを測定プローブ先端に設けることで、スタイラスチップの摩耗を抑え、かつ、測定ワークに発生する傷を抑制しながら測定作業を行うことができる。
【符号の説明】
【0042】
1 スタイラス
10 スタイラスシャフト
11 スタイラスチップ
12 接触部
13 プローブ
図1
図2
図3
図4