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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-10
(45)【発行日】2025-03-18
(54)【発明の名称】電解槽のための電極構造
(51)【国際特許分類】
   C25B 13/02 20060101AFI20250311BHJP
   C25B 9/00 20210101ALI20250311BHJP
   C25B 9/19 20210101ALI20250311BHJP
   C25B 9/73 20210101ALI20250311BHJP
   C25B 11/03 20210101ALI20250311BHJP
   C25B 13/05 20210101ALI20250311BHJP
   C25B 13/08 20060101ALI20250311BHJP
【FI】
C25B13/02 302
C25B9/00 C
C25B9/19
C25B9/73
C25B11/03
C25B13/05
C25B13/08 305
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020025560
(22)【出願日】2020-02-18
(65)【公開番号】P2021130837
(43)【公開日】2021-09-09
【審査請求日】2023-02-01
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000108993
【氏名又は名称】株式会社大阪ソーダ
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100221501
【弁理士】
【氏名又は名称】式見 真行
(74)【代理人】
【識別番号】100197583
【弁理士】
【氏名又は名称】高岡 健
(72)【発明者】
【氏名】浅海 清人
(72)【発明者】
【氏名】寺田 宏一
(72)【発明者】
【氏名】松井 尚平
(72)【発明者】
【氏名】肥後橋 弘喜
【審査官】祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】中国実用新案第204151424(CN,U)
【文献】実開昭57-044174(JP,U)
【文献】国際公開第2020/009241(WO,A1)
【文献】実開昭58-083466(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B 13/00
C25B 9/00
C25B 11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
陽極、陰極および前記陽極と前記陰極の電極間に設けられる隔膜を少なくとも備えた電解槽のための電極構造であって、
陽極および陰極の少なくとも一方の電極が、その端部に近接して配置される端部近接部材を備え、前記電極の前記端部が曲げ付けられており、曲げ付けられた前記端部に前記端部近接部材が挟持されており、
前記端部近接部材が、前記電極の厚さよりも薄く、前記電極の端部エッジの上方に位置づけられた薄板状部材である、または前記電極の厚さよりも薄く、前記電極の端部に位置づけられたワイヤー状部材である、電極構造。
【請求項2】
前記端部近接部材は、前記電極の前記端部に直接的に接する、請求項1に記載の電極構造。
【請求項3】
前記端部近接部材が少なくとも樹脂材を含んで成る、請求項1または2に記載の電極構造。
【請求項4】
前記端部近接部材が少なくとも金属材を含んで成る、請求項1~のいずれかに記載の電極構造。
【請求項5】
前記少なくとも一方の電極が、導電性多孔基材を有して成る、請求項1~のいずれかに記載の電極構造。
【請求項6】
前記陽極および前記陰極の一方の電極が、該陽極および該陰極の他方の電極に対して相対的に可撓性を有しており、該一方の電極に前記端部近接部材が設けられる、請求項1~のいずれかに記載の電極構造。
【請求項7】
前記一方の電極が、導電性弾性体によって前記他方の電極へと押圧されるように、該導電性弾性体が該一方の背面側に設けられている、請求項に記載の電極構造。
【請求項8】
前記陽極および前記陰極の間に隔膜が設けられており、該隔膜がイオン交換膜である、請求項1~のいずれかに記載の電極構造。
【請求項9】
前記電極構造がゼロギャップ式の食塩電解槽のための電極構造である、請求項1~のいずれかに記載の電極構造。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電解槽のための電極構造に関する。特に、陽極、陰極およびそれらの間の隔膜から少なくとも構成される電解槽のための電極構造に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、各種工業において電解が利用されている。電解、すなわち電気分解を行うには電解槽が用いられる。電解槽は、その用途から各種各様の形式があるものの、少なくとも陽極と陰極とを備えている。例えば塩化ナトリウム水溶液の電気分解が行われる槽は、塩素、水素および水酸化ナトリウム(いわゆる苛性ソーダ)を取り出すことができ、化学工業の基盤となる原料の生産に用いられている。また、水素製造に用いられるアルカリ水溶液の電解にも用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開(WO)特2012/091051号公報
【文献】特許第5108043号公報
【文献】特許第5970250号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
電解槽では、陽極で生成した物質と陰極で生成した物質との混合を避けるべく隔膜が更に設けられていることが多い。隔膜としてイオン交換膜を用いて塩化ナトリウム水溶液の電気分解を行うプロセスは、“イオン交換膜法食塩電解”などとも称される。また、水素製造に用いられるアルカリ水溶液の電気分解にも用いられる。
【0005】
イオン交換膜法食塩電解に用いる電解槽は様々なタイプがあるものの、なかでもゼロギャップ式が主流になっている。ゼロギャップ式の電解槽では、陽極と隔膜と陰極とを互いに密着させて電極間距離を近づけ、電解液抵抗を減じ、電力消費の低減を図っている。“ゼロギャップ”では、陽極および陰極の一方を他方よりも柔らくして可撓性を高くする一方、他方を相対的に高い剛性とする電解槽が考えられる。より具体的には、一方の電極は電極支持フレームなどの公差や変形による凹凸を吸収できる柔らかい可撓性構造とする一方で、他方の電極は剛性を高くして隔膜に押し付けても変形の少ない剛性構造とすることが考えられる。かかる場合、可撓性となる電極の背面側に導電性弾性体を設けることによって、陰極と隔膜と陽極との互いの密着に必要な圧力を、その導電性弾性体の弾性力(すなわち、反力)により供すことができる。
【0006】
本願発明者は、従前の電解槽では克服すべき課題が依然あることに気付き、そのための対策を取る必要性を見出した。具体的には以下の課題があることを見出した。
【0007】
電解槽では、隔膜の損傷が引き起こされると電解が効率的に行われなくなる。隔膜の損傷は、電解運転を非効率にするばかりか、陽極側と陰極側との間の電解液の直接的な接触をもたらすおそれもあり、意図しない非所望の反応が生じる懸念がある。
【0008】
例えば、上述の“ゼロギャップ”の電解槽では、電極がイオン交換膜に直接的に接するので、イオン交換膜が電極の影響を受け易い。特に、かかる電解槽で用いられている電極の端部エッジ(より具体的には、電極において最外縁を成すエッジ)は比較的鋭利な形態を有していることが多く、イオン交換膜を損傷させ易い。
【0009】
本発明はかかる課題に鑑みて為されたものである。即ち、本発明の主たる目的は、隔膜の損傷が抑制された電解槽技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明者は、従来技術の延長線上で対応するのではなく、新たな方向で対処することによって上記課題の解決を試みた。その結果、上記主たる目的が達成された電極構造の発明に至った。
【0011】
本発明では、電解槽のための電極構造であって、
陽極および陰極の少なくとも一方の電極が、その端部に近接して配置される端部近接部材を備えた電極構造が提供される。
【発明の効果】
【0012】
本発明の電極構造では、電極の端部に設けられている端部近接部材によって電解槽の隔膜の損傷が抑制されている。
【0013】
より具体的には、電解槽の陽極および陰極の少なくとも一方の電極には、その端部に端部近接部材が当てがわれており、電極により隔膜が損傷するといったおそれが減じられている。特に、電極の端部エッジが比較的鋭利な形態を有していたとしても、端部近接部材の存在に起因して、隔膜の損傷を抑制できる。したがって、本発明では、隔膜の損傷に起因する非所望な事象が好適に防止された電解槽技術が供され得る。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、電解槽の構成を例示的に説明するための模式図である。
図2図2は、電解槽に用いられる導電性弾性体の一例を示す斜視図である。
図3図3は、隔膜を介した電解槽ユニット同士の組合せを説明するための模式的斜視図である。
図4図4は、ストランドの幅寸法(W)を説明するためのエキスパンドメタルの局所的拡大模式図である。
図5図5は、例示的態様に従った電解槽の水平方向の模式的断面図である。
図6図6は、電極端部に設けられる端部近接部材を説明するための模式的断面図である。
図7図7は、端部近接部材として薄板状部材が設けられる形態を説明するための模式的断面図である。
図8図8(a)~(c)は、“近接”を説明するための電極の模式的断面図である。
図9図9は、端部近接部材としてワイヤー状部材が設けられる形態を説明するための模式的断面図である。
図10図10は、曲げ付けられた端部に対して薄板状部材が端部近接部材として設けられた形態を説明するための模式的断面図である。
図11図11は、曲げ付けられた端部に対してワイヤー状部材が端部近接部材として設けられた形態を説明するための模式的断面図である。
図12図12は、蛇行状に曲げ付けられた端部に対して薄板状部材が端部近接部材として設けられた形態を説明するための模式的断面図である。
図13図13は、蛇行状に曲げ付けられた端部に対してワイヤー状部材が端部近接部材として設けられた形態を説明するための模式的断面図である。
図14図14は、端部近接部材の上方配置の態様を説明するための模式的断面図である。
図15図15は、電極エッジが端部近接部材で封止された態様を説明するための模式的断面図である。
図16図16(a)~(j)は、端部近接部材が電極端部に設けられる種々のバリエーションを示した模式図である。
図17図17(a)~(d)は、端部近接部材が電極端部に設けられる種々のバリエーションを示した模式図である。
図18図18(a)~(b)は、端部近接部材が電極端部に設けられる種々のバリエーションを示した模式図である。
図19図19は、鋭利な電極端部エッジを説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下では、図面を参照して本発明の一実施形態に係る電極構造をより詳細に説明する。図面における各種の要素は、本発明の理解のために模式的かつ例示的に示したにすぎず、外観や寸法比などは実物と異なり得る。
【0016】
本発明は、電解槽のための電極構造に関する。本明細書において「電解槽」とは、広義には、電気分解を行うための装置のことを指しており、狭義には、陽極、陰極およびそれら電極間に設けられる隔膜を少なくとも備えた装置のことを指している。よって、本明細書において「電極構造」とは、広義には、電気分解を行うための装置の電極に関する構造であり、狭義には、かかる装置において電極(すなわち、陽極および/または陰極)ならびにそれに関連する部分における構造に関する。よって、本発明における「電極構造」は、電解槽のための“電極構造体”あるいは“電解槽構造体”などとも称すことができる。
【0017】
本明細書で直接的または間接的に説明される“上下”および“左右”の方向は、図面のける上下方向および左右方向にそれぞれ対応する。より具体的には、図7に示す形態では、電極の平面方向に沿った方向が左右方向に相当し、それに直交する方向が上下方向に相当する。電解槽の運転時において、図7などに示される形態の電極は、図3および図6左側に示すように立てた向きで使用されることが多い(即ち、図7の状態から略90°向きを変えて電極が使用されることが多い)。よって、電解槽の使用時(特に、電解槽を構成するユニット同士が組み合わされた状態の運転時)と、そうでない非使用時(特に、電解槽を構成するユニット同士が組み合わされる前の非運転時)とでは槽やその構成要素の向きが相違し得る。
【0018】
本明細書で言及する各種の数値範囲は、下限および上限の数値そのものも含むことを意図している。つまり、例えば1~10といった数値範囲を例にとれば、下限値の“1”を含むと共に、上限値の“10”をも含むものとして解釈される。
【0019】
まず、本発明の前提となる電解槽の基本的な構成について説明し、その後、本発明の特徴について説明を行う。
【0020】
[電解槽の基本的構成]
本発明の電極構造は、電解槽のためのものであるところ、その電解槽は、陽極、陰極、およびそれら電極間に配置される隔膜を少なくとも有して成る。陽極および陰極は、電解質溶液に外部から電気エネルギーを与えるための電極である。典型的には、陽極は、外部電源の正極に接続される電極であり、電解槽の運転時には酸化反応がもたらされ得る電極である。一方、陰極は、典型的には外部電極の負極に接続される電極であり、電解槽の運転時には還元反応がもたらされ得る電極である。
【0021】
隔膜は、典型的には陽極室と陰極室とを隔てる部材である。好ましくは、陽極で生成した物質と陰極で生成した物質との混合を避けるべく隔膜が設けられる。本発明において、隔膜は電気分解に常套的に用いられるものであってよい。例えば、隔膜はイオン交換膜である。あくまでも1つの例示にすぎないが、ソーダ工業に用いられる電解槽では、隔膜として陽イオン交換膜を用いてよい。
【0022】
電解槽には、導電性弾性体が更に設けられていてよい。導電性弾性体は、その“導電性”に起因して電極間における通電に寄与しつつも、その“弾性”に起因して電極に対して押圧力を与えることができる。つまり、導電性弾性体は、電解槽において反力を呈すことが可能な導電性の部品に相当し、かかる反力を供すべく、弾性変形が可能な構造を少なくとも有している。
【0023】
電解槽のある例示的な構成を図1に模式的に示す。図示するように、電解槽では陽極、陰極およびそれら電極間のイオン交換膜から少なくとも構成された電極組合せ体に対して導電性弾性体が使用されている。このような電解槽では、陽極、陰極およびそれら電極間のイオン交換膜から少なくとも構成された電極組合せ体の押圧に導電性弾性体の反力が利用される。具体的には、導電性弾性体は、電極組合せ体の背面側において弾性変形に付された状態で使用され、かかる導電性弾性体から供される弾性力(すなわち、反力)によって、電極組合せ体に押圧力がもたらされる。特に、弾性変形に付された導電性弾性体は、一方の電極から他方の電極に向かって押圧力を与えるように働き、それによって電極組合せ体の密着化を促進する。つまり、導電性弾性体の存在によって、陽極とイオン交換膜と陰極との間に緊密な接触がもたらされ、いわゆる“ゼロギャップ”式として電解槽が好適に機能できるようになる。
【0024】
電解槽に用いられる導電性弾性体は、弾性反発力が生じるのであれば、いずれの形態を有していてよい。例示すると、導電性弾性体は、弾性クッションや弾性マット(例えば金属製コイル体から成る部材、金属製の不織布、金属ワイヤーから成る編物・織物など)や板バネなど種々の形態を有し得る。あくまでも1つの具体的な例示にすぎないが、導電性弾性体400は、図2に示すように波状湾曲の弾性部450を備えていてよい。導電性弾性体は、電解槽においてバネ特性を発現させるべく弾性変形に付された状態で使用される。より具体的には、例えば弾性部の波状湾曲が減じられるように変形に付された状態で導電性弾性体が電解槽に設けられる。このような変形に付された導電性弾性体では、元の形状を取ろうとする応力が働くのでバネ特性として反力が発現されることになる。なお、大型の電解槽においては、導電性弾性体は単数で用いられるよりも複数の導電性弾性体として設けられることが多い。
【0025】
電解槽において、電極は、例えば通液性を有する導電性基材から構成されていてよい。この点、陽極および陰極の少なくとも一方が導電性多孔基材を有して成ることが好ましい。換言すれば、陽極および陰極の少なくとも一方がメッシュ開口を有するようなメッシュ開口電極となっていてよい。あくまでも例示にすぎないが、例えばエキスパンドメタル、金網(平織メッシュ、綾織メッシュ)またはパンチングメタルなどから電極が構成されていてよい。
【0026】
ある好適な態様では、陽極および陰極の双方が導電性多孔基材を有して成っていてよい。例えば両電極が、エキスパンドメタルまたは平織メッシュから構成されていてよく、あるいは、一方の電極がエキスパンドメタルから構成され、もう一方の電極が平織メッシュから構成されていてもよい。つまり、陽極および陰極の双方がエキスパンドメッシュまたは平織メッシュ、若しくは陽極および電極の一方がエキスパンドメッシュ、もう一方が平織メッシュを有していてよい。耐食性を呈し得るなどの観点から、陽極および陰極の各々は、チタン、ニッケル、ステンレス鋼、タンタル、ジルコニウムおよびニオブ等から成る群から選択される少なくとも1種を含んで成っていてよい。また、そのような陽極および陰極の各々には適当な触媒が担持されていてもよい。導電性の多孔基材における開口率は、特に制限されるわけではないが、20%~90%程度、例えば30%~80%、40%~75%または50%~75%などであってよい。
【0027】
電解槽は、好ましくはゼロギャップ式であるところ、かかるゼロギャップ式に適した特徴を有している。そのような特徴の1つとして、電極材の剛性および可撓性といった所謂“硬さ”や“柔らかさ”の点で陽極および陰極が特徴を有している。具体的には、陽極および陰極の一方が、他方に対して相対的に可撓性を有しており、逆に当該他方が当該一方に対して相対的に剛性を有していることが好ましい。これによって、相対的に可撓性を有する電極が、導電性弾性体の反力を受けて撓むことができる一方、相対的に剛性を有する電極が、その撓みをイオン交換膜を介して受け止めることができる。このような観点で相対的に陽極と陰極とが異なると、陽極とイオン交換膜と陰極との間の互いの密着がより好適になり、電解槽が“ゼロギャップ式”としてより好適に機能できる。このようなことは、電解槽が大型の場合に特に当てはまる。つまり、ゼロギャップ式食塩電解の場合などに代表されるように、ゼロギャップのための押圧を必要とする電極主面が大きい場合に特に当てはまる。
【0028】
所望の電解生成物をより大量に得るには、より大きな電解槽が用いられるが、電極の主面(特に、陽極と陰極とが互いに対向する主面)も、それに伴って大きくなる。大型のゼロギャップ式電解槽は、複数の電解槽ユニットから好ましくは構成され、その電解槽ユニットの各々では、対向する両側面に大きな電極主面が設けられている。あくまでも一例であるが所謂“複極式”の電解槽について図3を参照して説明すると、電解槽ユニット100の対向する両側面の一方に陰極200A(例えば、エキスパンドメタルから成る陰極面)が設けられている一方、当該両側面の他方に陽極200B(例えば、エキスパンドメタルから成る陽極面)が設けられている。電解槽では、そのような電解槽ユニット同士がイオン交換膜300(特に陽イオン交換膜)を介して互いに重ね合わさるように複数連結されている。特に、隣接する電解槽ユニットでは、一方の電解槽ユニット100’の陰極面と、他方の電解槽ユニット100’’の陽極面とが向き合うようにして重ねられる。このように複数の電解槽ユニットがイオン交換膜を介して組み合わされることによって電解槽が構成されている。なお、複数の電解槽ユニットから構成される電解槽としては“複極式”に限らず、“単極式”であってもよい。つまり、電解槽を構成する電解槽ユニットとして、陽極部と陰極部とを対向する両側面に備えた複極式の電解槽ユニットであることに限らず、対向する両側面に陽極部のみ及び陰極部のみを備えた“単極式”の電解槽ユニットであってもよい。かかる場合、陽極部のみを備える電解槽ユニットと陰極部のみを備える電解槽ユニットとがイオン交換膜を介して交互に配置されるように組み合わされることで、電解槽が構成され得る。
【0029】
電解槽ユニットから構成される電解槽は、電極主面サイズが比較的大きく、その大きな電極面を通じて所望の電解反応がなされるので好ましいものの、電極面の平面度を保つのが難しくなる。具体的には、電極主面は、そのサイズが大きくなればなるほど、自重に起因した撓み等の影響が無視できなくなる傾向があり、また、電極支持体への取付けなども影響し、かかる電極主面は完全な平坦面を取り難い。例えば図3で例示したような電解槽ユニット100(100’、100’’)でいえば、陽極面および陰極面の主面サイズは、数cmオーダというよりも、むしろmオーダのサイズとなっている。より好適な平坦面となるべく電極に剛性を持たせた場合であっても、そのような大きな電極主面では、上記理由等から例えば±0.5mm~1.0mm程度の平面度となっており、完全な平坦面(すなわち、平面度が0mm)とはなり難い。換言すれば、大型の電解槽において、剛性の電極主面は、巨視的には平坦に見えても、微視的にみれば局所的凹凸を伴った面となる傾向がある。
【0030】
完全な平坦面となっていない電極同士をイオン交換膜を介して密着させると、その凹凸によって、電流分布の均一化が損なわれたりするおそれがある。そこで、好適な電解槽では、剛性電極に対して、それと対を成す電極を柔らかい可撓性電極としている。これにより、イオン交換膜を介して電極同士が強く密着させられたとしても、剛性電極面の凹凸に追随するように可撓性電極が撓むことになり、結果として電流分布の不均一化などがより好適に防止され得る。あくまでも一例であるが、陽極が相対的に硬い剛性のエキスパンドメタルから構成される一方、陰極が相対的に柔らかい可撓性のエキスパンドメタルから構成されていてよい。そして、イオン交換膜を介して陽極の剛性エキスパンドメタルと組み合わされる陰極の可撓性エキスパンドメタルの背面側に導電性弾性体が設けられていてよい。かかる場合、導電性弾性体の反力によって、陰極の可撓性エキスパンドメタルが陽極の剛性エキスパンドメタルに向かって押圧されるが、その際に陰極の可撓性エキスパンドメタルが、陽極の剛性エキスパンドメタルの主面の平面度に応じて局所的に変位することができる。したがって、電解槽ユニット同士が強く締め付けられるように固定され、導電性弾性体の反力が大きく働くような条件にされた場合であっても、陽極とイオン交換膜と陰極とが互いに好適に密着し、電流分布の不均一化などの不都合な現象は引き起こされ難い。
【0031】
特に限定されないが、相対的に硬い剛性のエキスパンドメタルは、“相対的な剛性”ゆえ、厚みが好ましくは0.2~2.0mm程度であってよく、多孔すなわち開口を成すストランド210の幅(刻み幅)(図4中にて“W”で示す部分)は好ましくは0.2~2.0mm程度となっていてよい。同様にして特に限定されないが、可撓性エキスパンドメタルは、“相対的な可撓性”ゆえ、例えば、厚みが好ましくは0.1~1.0mm程度、より好ましくは0.1~0.5mm程度であってよく、多孔すなわち開口を成すストランドの幅(刻み幅)(図4中にて“W”で示す部分)は好ましくは0.1~2.0mm程度、より好ましくは0.1~1.5mm程度となっていてよい。可撓性電極として金網やパンチングメタルを使用する場合には、”相対的な可撓性”ゆえ、例えば厚みが好ましくは0.1~1.0mm程度、より好ましくは0.1~0.5mm程度であってよい。金網の場合には金網を構成する金属繊維の略直径を意味する線径φは好ましくは0.05~1.0mm程度、より好ましくは0.1~0.5mm程度となってよい。パンチングメタルの場合には、隣接する開口部間の非開口部長さLが0.1~2.0mm程度、より好ましくは0.1~1.5mm程度となってよい。
【0032】
電解槽に関する更なる理解のために図5を示しておく。図5は、ある例示態様の電解槽を垂直方向からみた断面図に相当する。つまり、図3で示される槽(特に電解槽ユニット同士の組合せ)を水平な横方向で切り取った場合の断面図が図5に相当する。かかる図5に示す態様では、エキスパンドメタルの可撓性陰極200Aと、隔膜300と、エキスパンドメタルの剛性陽極200Bとがその順で重ねられた配置に対して、導電性弾性体400が陰極200Aの背面側(すなわち、隔膜300の設置側と反対側)に設けられている。導電性弾性体400は、エキスパンドメタルの陰極200Aと陰極基部280との間で狭窄されるように変形に付されて設けられるので(より具体的には、互いに連結された複数の電解槽ユニット同士が互いに締め付けられることによって、そのような狭窄がなされて導電性弾性体の変形がもたらされるので)、導電性弾性体400の弾性部と直接的に接するエキスパンドメタルの可撓性陰極200Aには導電性弾性体400の弾性力が直接与えられることになる。その結果、エキスパンドメタルの可撓性陰極200Aが、エキスパンドメタルの剛性陽極200Bに向かって押圧されるように付勢され、可撓性陰極200Aと隔膜300と剛性陽極200Bとの互いの密着化がもたらされる。なお、導電性弾性体と直接的に接していない電極となる剛性陽極自体は、電解槽ユニットの電極支持体などに動かないように固定されているので、導電性弾性体の弾性力を受け止めるように作用して密着化に寄与する。
【0033】
[本発明の特徴]
本発明は、上述の電解槽の電極構造に関しており、特に、電極構造における電極端部の設置形態の点で特徴を有する。具体的には、陽極および陰極の少なくとも一方の電極は、その端部にて端部近接部材を有する。
【0034】
本発明に従った電極端部の形態を図6および図7に模式的に示す。図6および図7は、端部近接部材の設置形態に僅かな違いはあるものの、電解槽ユニットの一部断面を示しており、電解槽ユニット同士が組み合わされる前の時点の形態を示している。すなわち、電解槽ユニット同士の締め付けによって導電性弾性体にバネ特性が発現される前の状態であって、隔膜と電極とが互いに密着する前の状態が図6および図7で示されている。図示する形態から分かるように、電解槽の電極構造として電極200に付加的な部材が設けられているところ、その付加部材として端部近接部材500が電極端部250にあてがわれている。
【0035】
電極に端部近接部材が設けられると、電解槽において隔膜損傷が抑制される効果が奏され得る。電解槽で用いられる電極の端部エッジは、比較的鋭利な形態を有していることが多いが、本発明では鋭利なエッジによる影響を低減でき、隔膜損傷を抑えることができる。
【0036】
電解槽の電極は、特に端部エッジ(即ち、電極の最外縁を成すエッジ)が鋭利化しやすい。なぜなら、電極が多孔状または開口状となっている場合が多いからである。つまり、多孔状または開口状の電極では、その電極端部エッジが鋭利になり易い。図19に示されるように、電解槽に用いられる電極200は、多孔または開口を成す複数の線材に起因して、“ささくれ立った”ような鋭利なエッジを有する場合があるからである。換言すれば、導電性多孔基材から成る電極は、その多孔を構成する線材に起因して端部エッジが鋭利状になりやすいといえる。鋭利な端部エッジは、隔膜を損傷させ易いものの、本発明では電解槽の電極構造に設けられた“端部近接部材”によって隔膜損傷が抑制されている。
【0037】
本発明の効果について詳述しておく。本発明では、“端部近接部材”によって、電極200のエッジ255の鋭利部が隔膜300に対して例えば刺さるように接するといったことが抑制される。つまり、電極に対して設けられる端部近接部材は、電極端部に好適に作用して、電解槽の使用時にて電極エッジと隔膜とが互いに不都合に接触するおそれを減じる。特に、端部近接部材が電極端部に直接的に接するように設けられていると、電極端部に対してより効果的に作用し、隔膜への電極エッジの不都合な影響を減じ易くなる。
【0038】
本明細書において「端部近接部材」とは、広義には、電解槽において電極の端部に近接して設けられる付加的な部材のことを指している。狭義には、導電性弾性体が配置される領域よりも外側の領域となる電極端部において、電極の各種要素(電極やそれを支える電極基部)および導電性弾性体とは別の異なる部材として設けられる部材を指している。ここで「近接」とは、電極端部の極近くに配置される態様を意味しており、電極端部に接している場合も含んでいる。つまり、本明細書で用いる「近接」は、電極端部と少なくとも部分的に接する形態を含むと共に、かかる形態と同一視できる形態も含んでいる。具体的な1つの指標にすぎないが、このような「近接」は、図8(a)~(c)で示すような電極断面視において、電極端部のエッジを円中心とした円の領域(例えば半径6cm程度の円の領域)に端部近接部材が少なくとも部分的に位置付けられる態様に相当する。
【0039】
端部近接部材500は、図6および図7から分かるように、電極200が支持される電極基部280よりも上方域に配置される。また、図示する断面視から分かるように、端部近接部材500は、好ましくは電極基部280上に配置されつつも電極200の端部250と少なくとも部分的に重なるように設けられる。このような端部近接部材は、電極端部に作用して隔膜への電極エッジの不都合な影響を低減するのであれば、いずれの種類であってもよい。例えば、端部近接部材が導電性を有していてよい。導電性を有する端部近接部材は、電極間の通電に寄与し得る。また、端部近接部材が例えば薄板状またはワイヤー状の形態を有していてよい。つまり、電極端部に当てがわれる端部近接部材が薄板状部材またはワイヤー状部材であってよい。薄板状部材は、“薄板”ゆえ、電極(例えばメッシュ開口電極)の厚さよりも薄いものであってよい。同様に、ワイヤー状部材の太さ寸法(断面寸法)も、電極(例えばメッシュ開口電極)の厚さ寸法よりも小さいものであってよい。ただし、そのような寸法関係に必ずしも限定されず、薄板状部材の厚さ寸法またはワイヤー状部材の太さ寸法は電極(例えばメッシュ開口電極)の厚さ寸法よりも大きいものであってもよい。
【0040】
図7に示す例示態様では、端部近接部材として薄板状部材540が電極の端部250に設けられている。図9に示す例示態様では、端部近接部材としてワイヤー状部材560が電極の端部250に設けられている。このような図示態様から分かるように、端部近接部材500は、隔膜300に対して電極200よりも遠位側に配置されていてよい。つまり、隔膜300からみると、電極200よりも端部近接部材500の方がより離れて配置されていてよい。好ましくは、図示するように、電極200と、その電極が設けられる電極基部280との間に端部近接部材500が位置付けられている。
【0041】
端部近接部材は、上記の如く遠位側に配置されていると、隔膜と直接的に接触し得ない状態となる。それとは逆に直接的に接触する状態、すなわち、電解槽において端部近接部材が隔膜と直接的に接触する状態になると、隔膜に対して少なからず負荷を与え得ることにもなり、その負荷の程度によっては隔膜を損傷させることが懸念される。これにつき、本発明に従って相対的に遠位側に配置されている端部近接部材500(図7および図9)は、そのような直接的な接触を回避し易くなり、端部近接部材による隔膜損傷が好適に防止され得る。
【0042】
ある好適な態様では、薄板状部材またはワイヤー状部材は、電極端部の固定化に用いられる。つまり、薄板状部材またはワイヤー状部材によって、好ましくは電極端部が定置化される。より具体的には、端部近接部材として薄板状部材またはワイヤー状部材が介在することで、電極端部が電極基部へと取り付けられている。これは、薄板状部材またはワイヤー状部材によって、電極と電極基部とが互いに接合していることを意味する。このような端部近接部材の使用は、電極エッジの固定化・定置化につながるので隔膜への電極エッジの不都合な影響をより減じ易くなる。平面視で捉えた配置でいうと、電極の外周エッジを成す辺の少なくとも1つ(即ち、少なくとも1辺)に対して薄板状部材またはワイヤー状部材が設けられてよい。かかる場合、そのような辺に沿うように長尺状の薄板状部材またはワイヤー状部材が設けられることが好ましい。
【0043】
接合の形態は種々のものが考えられる。例えば、電極と電極基部との互いの接合として溶接がなされていてよい。つまり、薄板状部材またはワイヤー部材を介して電極基部と電極とが互い溶接されていてもよい。これにより、より好適な取付け力でもって電極を電極基部に固定できる。薄板状部材またはワイヤー部材は、電極において局所的に設けられるので、そのような部材を介してスポット的な溶接が為され得るともいえる。“溶接”を想定した場合、溶接ガンや光ビームなどで一旦溶融し得る可溶融性材から薄板状部材またはワイヤー部材が成ることが好ましい。これにつき、薄板状部材およびワイヤー部材は例えば金属製部材として供されてよい。かかる金属製部材の金属は、耐食性などの点も加味すると、チタン、ニッケル、ステンレス鋼、タンタル、ジルコニウムおよびニオブ等から成る群から選択される少なくとも1種であることが好ましい。薄板状部材は、例えば金属箔であってよく、一例を挙げるとニッケル箔であってよい。同様に、ワイヤー部材は、例えば金属ワイヤーであってよく、一例を挙げるとニッケル・ワイヤーであってよい。ニッケル箔またはニッケル・ワイヤーは、耐食性および溶接特性の双方の点で特に好適である。
【0044】
電極端部にあてがわれる端部近接部材を介して電極基部と電極とが互い溶接される場合、端部近接部材は、電極基部と電極との間に位置付けられていてよい。図7および図9に示される態様では、電極基部280と電極200との間に薄板状部材540またはワイヤー部材560が設けられている。このように電極基部と電極との間に端部近接部材が位置付けられていると、電極基部と電極との接合強度が増し、隔膜への電極エッジの不都合な影響を減じる効果が持続しやすくなる。
【0045】
図7および図9に示される態様では、電極端部は、特に折り曲げられずに端部近接部材があてがわれているが、図10および図11に示すように曲げ付けられた電極端部250に端部近接部材500が設けられていてもよい。
【0046】
図10では、大きく曲げ付けられた電極端部250に薄板状部材540があてがわれており、図11では、そのように曲げ付けられた電極端部250にワイヤー部材560があてがわれている。図示されるように、好ましくは、電極端部250が曲げ付けられ、その曲げ付けられた端部250に端部近接部材500が挟持されている。端部の曲げ付けがなされると、電極200のエッジ255が隔膜300に触れない配置をより取り易くなる。よって、図10および図11で示される形態となるように端部近接部材が用いられると、より効果的に隔膜損傷を抑制できる。
【0047】
図10に示される形態からよく理解できるが、薄板状部材540は電極の端部エッジ255の上方に位置するように設けられてよい。より具体的には、薄板状部材540は、曲げ付けられた電極端部250に挟持されつつも、電極の端部エッジ255を超えるように設けられていることが好ましい。これにより、電極の端部エッジが薄板状部材で覆われる形態となり、隔膜損傷の抑制効果が特に高くなり易い。また、ワイヤー状部材は、薄板状部材ほどの広範な面を供さず、端部エッジを覆う部材としては供されにくいものの、その狭小形状ゆえ、電解槽の運転時にて電極で発生する生成物(例えばガス状生成物)にとって相対的に有効に作用し得る。具体的には、ワイヤー状部材560(図11参照)では、細い形状ゆえ、電極で発生する生成ガスの流動を阻害しにくく、そのようなガスの不都合な滞留を回避し易い。なお、端部近接部材としてワイヤー状部材を用いる場合、ワイヤー状部材は1本のみでよいし、あるいは、複数本であってもよい。
【0048】
電極の端部250の曲付け部は、図10および図11に示すような輪郭形態を有していてよい。つまり、電極端部250の曲付け箇所257が湾曲状の断面視形状を有していてよい。このような形態を有する電極端部では、曲付け箇所に起因して隔膜に与えられ得る不都合な影響を低減できる。つまり、曲付け箇所の断面輪郭が角張らずに比較的滑らかになり、電解槽において曲付け箇所が隔膜に仮に接することがあったとしても、隔膜に損傷を与え難くなる。また、電極端部の曲げ箇所に起因して電極の破断・切断などが仮に生じてしまうと隔膜に損傷を与え易くなるが、本発明に従って湾曲状となった曲付け箇所では、破断・切断させるような応力が生じたとしても、応力集中し難く電極の破断・切断が抑制される。
【0049】
図10および図11に示す態様から分かるように、隔膜300が位置する側と反対側に電極端部250が曲げ付けられていることが好ましい。電極端部の曲げ付け方向が隔膜に対してより遠位側となるからである。つまり、隔膜から離れるように曲げ付けられることによって電極エッジをより確実に隔膜から離すことができ、隔膜損傷の抑制効果をより高くできる。ここでいう「隔膜が位置する側と反対側に端部が曲げ付けられている」とは、電極の端部エッジが隔膜からより離れる向きに電極の曲げ付けがなされることを意味している。
【0050】
同様に、図10および図11に示す態様から分かるように、電極200は、それが設けられる電極基部280を跨ぐことなく電極端部が曲げ付けられていることが好ましい。例えば、相対的に柔らかい電極200A(例えば、導電性多孔基板から成る電極200A)が導電性弾性体と共に電極基部280に配置される構成では、その電極基部280を横断するようには電極端部250は延在していない。図示される形態から分かるように、電極端部250における曲げ付け部分250’が端部近接部材500とともに電極基部280上に配置されているといえる。なお、電極基部280は、導電性の部材であり、電極200Aよりも高い剛性を通常有しており、可撓性電極200Aおよび端部近接部材500の支持に供し得る。また、ある好適な態様において、電極基部を跨ぐことなく電極端部が曲げ付けられた状態で端部近接部材が電極により挟持されていると、隔膜に対する電極の密着化を促す応力が電極端部に生じやすくなる。
【0051】
電極端部250が曲付けられる場合、図12および図13に示すように、蛇行するように曲げ付けられてもよい。つまり、蛇行状に曲げ付けられた端部250に挟持される形態で薄板状部材540またはワイヤー状部材560が設けられてよい。
【0052】
電極端部の曲付けが蛇行状となることで、電極エッジを隔膜からより遠位に位置付け易くなり、隔膜の損傷をより好適に抑制できる。また、曲付けが蛇行状となることで、適度な応力を電極にもたらすこともできる。好ましくは、曲付けが蛇行状となることで隔膜に対する電極の密着化を促す応力を電極端部に発生させることができ、陽極とイオン交換膜と陰極との間の互いの密着化に寄与し得る。
【0053】
上述したように、電解槽の電極構造に含まれる電極200が多孔状または開口状となっている場合には特に電極端部のエッジが鋭利化しやすいが(図19参照)、本発明では電極端部に設けられる“端部近接部材”によって鋭利なエッジの影響は抑制されている。換言すれば、本発明の電極構造における電極が導電性多孔基材から成る場合、本発明の効果は顕在化し易いといえる。より具体的には、陽極および陰極の少なくとも一方の電極が例えばエキスパンドメタル、金網(平織メッシュ、綾織メッシュ)またはパンチングメタルなどから成るメッシュ開口電極であって、そのようなメッシュ開口電極の端部が“端部近接部材”とともに用いられる場合、隔膜損傷の抑制効果が顕在化しやすい。
【0054】
同様にして、電解槽の隔膜がイオン交換膜である場合も本発明の効果が顕在化しやすい。電解槽で用いられるようなイオン交換膜は例えば0.1~0.5mm程度で比較的薄く、また、電極よりも相対的に軟質な材質から成っていることが多い(例えば、電解槽で用いられる陽イオン交換膜としては、陽イオン交換基を有するフッ素樹脂フィルムから成る可撓性薄膜が用いられる場合がある)。それゆえ、電解槽の電極構造においてイオン交換膜が用いられていると、電解槽の電極によりイオン交換膜の損傷が通常引き起こされ易い。よって、陽極および陰極の少なくとも一方の電極が金属製の導電性多孔基材であって、そのような電極と直接的に対向する隔膜がイオン交換膜である場合、隔膜損傷の抑制効果が顕在化しやすい。
【0055】
なお、本発明において端部近接部材の設置は、いずれの手法でも行うことができる。例えば、電解槽ユニット同士が組み合わされる前の時点において、所望形状を予め有する端部近接部材を電極に供して設けてよい。端部近接部材を介して溶接などを行う場合では、常套的な手法で端部近接部材を電極端部に位置付けた後、溶接ガンや光ビームなどで熱処理に付してよい。
【0056】
また、電極の端部の曲げ付けとともに端部近接部材が用いられる場合では、かかる電極端部の曲げ付けは、いずれの手法で行ってもよい。例えば、適当なプレス手段および/または適当な把持手段(電極端部などを把持する手段)などを用いることによって曲付けを電極端部に施すことができる。典型的には、電極端部に対して外力を加えることで曲げ付けを行うことができる。この場合、電解槽ユニット同士が組み合わされる前の時点において外力を加えて曲げ付けておくことが好ましい。
【0057】
本発明の電極構造では、上述した如く、電極のエッジが隔膜損傷を引き起こさないように電極端部に端部近接部材が設けられる。このような本発明は種々の態様で具現化可能である。以下それについて説明する。
【0058】
(端部近接部材の上方配置の態様)
本態様は、端部近接部材が電極端部上に設けられる態様である。図14の断面視に示すように、端部近接部材500が電極端部250に覆い被さっている。具体的には、電極エッジ255を上方から少なくとも覆うように端部近接部材500が設けられている。例えば、電極エッジ255を超えて電極の支持フレーム150に至るまで及ぶように端部近接部材500が設けられていてよい。図示する態様から分かるように、これは、隔膜300に対して電極200よりも近位側に端部近接部材500が配置されているといえる。
【0059】
かかる態様では、電極エッジ255と隔膜300との間に端部近接部材500が介在することになり、電極エッジ255が端部近接部材500でより確実にカバーされた介在形態がもたらされる。よって、電極エッジ255の影響がより確実に減じられるように隔膜300から電極エッジ255を隔離できるといった点で、隔膜損傷の抑制効果を高めることができる。
【0060】
(エッジ封止の態様)
本態様は、電極のエッジが端部近接部材で封止された態様である。図15に示すように、端部近接部材500は、電極端部250に設けられるところ、端部のエッジ255に直接的に設けられている。図示する態様から分かるように、これは端部近接部材500が電極200の外周エッジ250の少なくとも一部を包囲していることを意味している。ここでいう「包囲」とは、端部エッジの少なくとも一部が露出しないように又は剥き出し状態とならないように端部近接部材で包まれていることを指している。
【0061】
かかる場合、包囲に供する端部近接部材500の存在によって、電極の外周エッジ255の露出が減じられ又は露出がなくなるので、鋭利な端部エッジによる影響を直接的に減じることができる。図15の断面視に示される形態では、端部近接部材500が端部エッジに接しつつその近傍を含め端部エッジを包み込んでいる。
【0062】
包囲に供する端部近接部材の材質は、特に制限されない。配置容易性を重視するのであれば、端部近接部材が樹脂を含んで成ることが好ましい。かかる樹脂としては、例えば、フッ素系樹脂等の耐食性の材質を挙げることができる。ある1つの好適な態様において、端部近接部材は、樹脂材でエッジ封止されることにより得られるエッジ封止部材580として設けられていてよい。エッジ封止部材580として用いられるフッ素系樹脂は、例えば、PTFE(四フッ化エチレン樹脂)、PFA(四フッ化エチレン・パーフルオロアルコキシエチレン共重合樹脂)、PVDF(フッ化ビニリデン樹脂)、ETFE(四フッ化エチレン・エチレン共重合樹脂)、FEP(四フッ化エチレン・六フッ化プロピレン共重合樹脂)およびPCTFE(三フッ化塩化エチレン樹脂)から成る群から選択される少なくとも1種であってよい。なお、エッジ封止部材580として用いられる樹脂は、フッ素系樹脂に限らず、エポキシ樹脂、UVエポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、塩化ビニル樹脂、酢酸ビニル樹脂、ウレタン樹脂、ABS樹脂、AS樹脂、AAS樹脂、エチレン・塩化ビニル共重合体樹脂、ブチラール樹脂、エチレン・酢酸ビニル共重合体樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、スチレン樹脂、スチレンマレイン酸樹脂、ポリスルホン樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂、キシレン樹脂、クマロン樹脂、ケトン樹脂、マレイン酸樹脂、ポリビニルアルコール、ポリビニルエーテル、ポリテルペン樹脂、テルペンフェノール樹脂およびアクリル樹脂などから成る群から選択される少なくとも1種も用いることができる。
【0063】
(端部近接部材の材質に関する態様)
本態様は、端部近接部材の材質に特化した態様である。ある好適な態様では、端部近接部材が少なくとも金属材を含んで成る。かかる場合、端部近接部材に必要な強度が供されるだけでなく、端部近接部材の耐食性などの点で好ましい。例えば、チタン、ニッケル、ステンレス鋼などは、端部近接部材に必要な強度および耐食性の点で好ましい。また、端部近接部材を介して電極基部と電極とが互い溶接される場合では、特に端部近接部材が金属材を含んで成ることが好ましい。かかる場合、電極がその電極基部に好適に取り付けられつつも、好適な強度や耐食性がもたらされ電解槽の長期の安定運転に寄与し得る。
【0064】
別のある態様では、端部近接部材が少なくとも樹脂材を含んで成る。かかる場合、端部近接部材に適度な柔軟性がもたらされ、仮に隔膜に端部近接部材が接したとしても、端部近接部材による悪影響を減じることができる。また、そもそも樹脂材から成る端部近接部材は、可変性または流動性を有する樹脂前駆体を電極端部に供した後で硬化に付して設けることができるので、電極端部に任意の形態で設けることができる。具体的な樹脂材としては、特に制限はないものの、例えばフッ素系樹脂は好適な耐食性を呈し得る。
【0065】
(ゼロギャップ式に特有な態様)
本態様は、ゼロギャップ式の電解槽に特有な態様である。つまり、電極構造がゼロギャップ式の電解槽のための電極構造となっている態様である。ゼロギャップ式においては陽極とイオン交換膜と陰極との間で互いの密着化がもたらされ得るところ(図1参照)、イオン交換膜では、密着する電極によって損傷が引き起こされ易い。したがって、電解槽がゼロギャップ式の電解槽(例えば、ゼロギャップ式の食塩電解槽)となる場合、本発明の効果が顕在化しやすい。
【0066】
例えば、陽極および陰極の一方の電極が、他方の電極に対して相対的に可撓性を有すると、陽極とイオン交換膜と陰極との間でより好適な密着化がもたらされるものの、それはイオン交換膜の損傷を引き起こしやすいことを通常意味する。本発明では、かかる密着条件であっても、電極端部に設けられる“端部近接部材”によって、電極エッジがイオン交換膜へと及ぼす影響を減じ易くなり、イオン交換膜の損傷を抑制できる。つまり、かかる場合においては、陽極および陰極の一方の電極が、他方の電極に対して相対的に可撓性を有し、その一方の電極に対して端部近接部材が設けられているといえる。
【0067】
同様な観点でいえば、電解槽に導電性弾性体が設けられていると、陽極とイオン交換膜と陰極との間でより好適な密着化がもたらされるものの、それは一方でイオン交換膜の損傷を引き起こしやすいことを通常意味する。つまり、陽極および陰極の一方の電極が、導電性弾性体で他方の電極へと押圧されるように、導電性弾性体が一方の背面側に設けられる場合、好適な密着化が得られるが、一方でイオン交換膜の損傷を引き起こしやすい(例えば、陰極、特に導電性多孔基材から成る陰極がイオン交換膜を介して陽極側に押圧されると当該導電性多孔基材がイオン交換膜の損傷を通常引き起こしやすい)。かかる条件であっても、本発明では、電極端部に設けられる“端部近接部材”によって、電極エッジがイオン交換膜へと及ぼす影響を減じ易いので、イオン交換膜の損傷を抑制できる。
【0068】
最後に、本明細書で用いた「電極基部」について付言しておく。上記で説明した内容から分かるように、電極基部は、電解槽がゼロギャップ(特に真正ゼロギャップ)式となる場合、導電性弾性体が押し付けられる背板または支持板に相当する。また当業者の認識に基づけば、この電極基部は、電解槽にて可撓性電極に対するベース電極に相当し、例えば可撓性電極が可撓性陰極である場合にはベース陰極に相当する。また、電極基部を機能・構造面の観点で捉えると、電極基部は好ましくは集電板となる多孔性の板材である。
【0069】
以上、本発明の実施態様について説明してきたが、本発明の適用範囲における典型例を示したに過ぎない。したがって、本発明は、上記の実施形態に限定されず、本発明の要旨を変更しない範囲で種々の変更がなされ得ることは当業者に容易に理解されよう。
【0070】
例えば、上記で説明した端部近接部材というものは、その機能または形態などに鑑みると、電極端部における“当て部材”、“介在部材”または“密接部材”などと称することができる。
【0071】
また、上記では“端部近接部材が設けられた電極端部”について説明したが、その形態は種々に考えられる。端部近接部材が電極端部に設けられているとは厳密に言い難い場合であっても、電極エッジが隔膜に及ぼす影響を減じれるものであれば、そのような態様も考えられる。
【0072】
電極構造に用いられる端部近接部材の種々の設置態様を図16~18にて例示的に挙げておく。図16では、断面視にて電極端部が尖状に折れ曲がるように曲げ付けられつつも電極端部やエッジに端部近接部材500が設けられた種々の例示形態が示されている。図17では、電極端部が種々の角度で曲げ付けられつつもエッジが包囲されるように端部近接部材500が設けられた種々の例示形態が示されている。図18では、電極端部が曲げ付けられつつも、その曲げ付けの内輪郭の少なくとも一部に相補的な断面視形状を有する端部近接部材500が設けられた種々の例示形態が示されている。
【0073】
更に、上記説明においては、電極のエッジを封止する態様について説明したが、本発明は必ずしもこれに限定されない。例えばメッシュ開口電極の一部が破断したり、あるいは、局所的に欠損などした場合、その電極箇所は鋭利化し得る(例えば、破断箇所・欠損箇所においてストランドの“ささくれ立ち”が生じてしまうおそれがある)。したがって、そのような鋭利化した部分の露出が減じられ又は露出することのないように、破断箇所・欠損箇所にエッジ封止部材を設けてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明に基づく技術は、電解、すなわち電気分解が行われる各種の電解槽に利用できる。限定するわけではないが、本発明は、例えばソーダ工業に用いられる電解槽に利用でき、特に、電極による隔膜の損傷が懸念される電解槽に対して好適に利用できる。
【符号の説明】
【0075】
100 電解槽ユニット
100’ 電解槽ユニット
100'' 電解槽ユニット
150 電極の支持フレーム
200 電極
200A 陰極
200B 陽極
210 ストランド
250 電極の端部
250’ 曲げ付け部分
255 電極の端部エッジ
257 曲げ箇所
280 電極基部(例えば陰極基部)
300 隔膜(例えばイオン交換膜)
400 導電性弾性体
450 弾性部
500 端部近接部材(当て介在部材)
540 薄板状部材
560 ワイヤー状部材
580 エッジ封止部材
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