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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-10
(45)【発行日】2025-03-18
(54)【発明の名称】ガス分離膜
(51)【国際特許分類】
   B01D 69/02 20060101AFI20250311BHJP
   B01D 71/64 20060101ALI20250311BHJP
   B01D 69/08 20060101ALI20250311BHJP
   B01D 53/22 20060101ALI20250311BHJP
   B01D 69/00 20060101ALI20250311BHJP
   B32B 5/18 20060101ALI20250311BHJP
   B32B 27/34 20060101ALI20250311BHJP
【FI】
B01D69/02
B01D71/64
B01D69/08
B01D53/22
B01D69/00
B32B5/18
B32B27/34
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021054355
(22)【出願日】2021-03-26
(65)【公開番号】P2021154279
(43)【公開日】2021-10-07
【審査請求日】2024-01-24
(31)【優先権主張番号】P 2020057485
(32)【優先日】2020-03-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000206
【氏名又は名称】UBE株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】弁理士法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】叶木 朝則
(72)【発明者】
【氏名】細井 克馬
【審査官】黒木 花菜子
(56)【参考文献】
【文献】特開平02-222717(JP,A)
【文献】特開2018-171570(JP,A)
【文献】特開2010-029850(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 69/02
B01D 71/64
B01D 69/08
B01D 53/22
B01D 69/00
B32B 5/18
B32B 27/34
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガス分離機能を有するスキン層と該スキン層を支持する多孔質層とから構成される非対称構造を有し、
エタノールと水蒸気の混合蒸気を用いて測定した水蒸気透過速度(P’H2O)が100×10-5cm3(STP)/(cm2・sec・cmHg)以上であり、
水蒸気とエタノールの透過速度比(P’H2O/P’EtOH)が100以上であり、
中空糸膜の状態で測定した引張破断伸度が50%以上であり、
150℃の60質量%エタノール水溶液で8.5時間処理した後の中空糸膜の引張破断伸度が処理前の40%以上である、ポリイミドで構成されるガス分離膜であって、当該ポリイミドが、下記一般式(1):
【化1】
〔式(1)中、Bはテトラカルボン酸成分に起因する4価のユニットであり、Aはジアミン成分に起因する2価のユニットである。〕で表され、前記テトラカルボン酸成分の90mol%以上が、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸類であり、且つ前記ジアミン成分の90mol%以上が、ジアミノジフェニルエーテル類及び/又はビス(アミノフェノキシ)ベンゼン類である、ガス分離膜。
【請求項2】
前記ジアミン成分が、ジアミノジフェニルエーテル類及びビス(アミノフェノキシ)ベンゼン類を、前者:後者のモル比で5:95~95:5の量比で含む、請求項に記載のガス分離膜。
【請求項3】
中空糸膜の状態で測定した引張破断応力が55MPa以上である、請求項1又は2に記載のガス分離膜。
【請求項4】
水蒸気と窒素の混合ガスを用いて測定した水蒸気透過速度(P’H2O’)が100×1
-5cm3(STP)/(cm2・sec・cmHg)以上であり、
水蒸気と窒素の透過速度比(P’H2O’/P’N2)が300以上である、請求項1~のいずれか1項に記載のガス分離膜。
【請求項5】
請求項1~のいずれか1項に記載のガス分離膜の製造方法であって、
ポリイミドと、フェノール系溶媒及び脂肪族アルコールを含む溶媒とを含むポリイミド溶液を用いて、乾湿式相転換法を行う工程を含み、
前記ポリイミドが、下記一般式(1):
【化2】
〔式(1)中、Bはテトラカルボン酸成分に起因する4価のユニットであり、Aはジアミン成分に起因する2価のユニットである。〕で表され、前記テトラカルボン酸成分の90mol%以上が、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸類であり、且つ前記ジアミン成分がアミノジフェニルエーテル類及びビス(アミノフェノキシ)ベンゼン類を含有し、前記ジアミン成分の90mol%以上が、ジアミノジフェニルエーテル類及びビス(アミノフェノキシ)ベンゼン類である、ガス分離膜の製造方法。
【請求項6】
請求項1~いずれか1項に記載のガス分離膜を用いて、水蒸気を含有する混合ガスから水蒸気を分離する方法。
【請求項7】
請求項1~のいずれか1項に記載のガス分離膜を用いて、水蒸気と有機物の蒸気とを含有する混合蒸気から有機物の蒸気が富化したガスを製造する方法。
【請求項8】
請求項1~4いずれか1項に記載のガス分離膜を用いて、水蒸気を含有する空気からの除湿又は加湿を行う方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガス分離膜及びその製造方法並びに当該ガス分離膜を用いた水蒸気の分離方法及び有機物の蒸気が富化されたガスの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
種々のガス分離工程においてガス分離膜が使用されている。これらの多くは、ガス選択透過性が高いガラス状ポリマーで形成されたガス分離膜である。一般的に、ガラス状ポリマーで形成されたガス分離膜は、ガスの選択透過性(分離度)は高いが、ガス透過係数(透過速度)が小さいという短所がある。このため、ガラス状ポリマーで形成されたガス分離膜の多くは、比較的薄い緻密な分離層(一般に「スキン層」と呼ばれることがある。)と、当該分離層を支持する比較的厚い多孔質層とから構成される非対称構造、すなわちガスの透過抵抗を生じる分離層を薄くして、ガス透過速度が小さくなり過ぎないようにする構造を有している。
【0003】
ガス分離膜は、中空糸ガス分離膜モジュールとして好適に用いられる。中空糸ガス分離膜モジュールは、通常、多数の中空糸膜からなる中空糸膜束を、少なくとも混合ガスの導入口と、透過ガスの排出口と、未透過ガスの排出口とを有する容器内に収納して構成される。中空糸ガス分離膜モジュールにおいては、混合ガスは中空糸膜の内側あるいは外側に接する空間へ供給される。混合ガスは、中空糸ガス分離膜モジュールを構成するガス分離膜において透過性の高い成分(以下、「高透過性成分」ともいう。)と、それよりも透過性の低い成分(以下、「低透過性成分」ともいう。)を含んでいる。混合ガスが中空糸膜に接して流れる間に混合ガス中の高透過性成分が選択的に膜を透過して、高透過性成分が富化された透過ガスが透過ガスの排出口から回収される。一方、高透過性成分の濃度が低減し、低透過性成分が富化された非透過ガスが非透過ガス排出口から回収される。これによって、ガス分離がおこなわれる。
【0004】
中空糸膜を用いたガス分離により有機物蒸気と水蒸気とを主として含む混合蒸気を接触させて、高透過性成分である水蒸気を選択的に透過させて分離し、有機物が富化されたガスを得る方法が従来知られている。当該方法に適用するものとして、水蒸気とエタノールの透過速度比(P’H2O/P’EtOH)が100以上であるガス分離膜が知られている(特許文献1)。
【0005】
また中空糸ガス分離膜について、特定の製造方法により、従来よりも水蒸気と窒素ガスとの混合ガスにおける水蒸気透過速度を向上させ、且つ機械的強度を向上させる技術が知られている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平2-222717号公報
【文献】特開2018-171570号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載された従来のガス分離膜は、水蒸気とアルコールとの透過速度比や耐アルコール性は高いものの、水蒸気透過速度が十分ではなく、また機械的強度の点で改善の余地が存在した。
特許文献2には、ガス分離膜の水蒸気透過速度及び機械的強度の向上について記載され
ているものの、水蒸気とアルコールを含む混合蒸気における高い分離性能と高い水蒸気透過速度並びに機械的強度及び耐アルコール性をすべて両立させること、或いは、水蒸気と窒素を含む混合蒸気における高い分離性能高い水蒸気透過速度並びに機械的強度をすべて両立させることについて何ら検討されていない。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、分離層であるスキン層と支持層である多孔質層とから構成される非対称構造を有し、
エタノールと水蒸気の混合蒸気を用いて測定した水蒸気透過速度(P’H2O)が100×10-5cm3(STP)/(cm2・sec・cmHg)以上であり、
水蒸気とエタノールの透過速度比(P’H2O/P’EtOH)が100以上であり、
中空糸膜での引張破断伸度が50%以上であり、
150℃の60質量%エタノール水溶液で8.5時間処理した後の中空糸膜の引張破断伸度が処理前の40%以上である、ガス分離膜を提供するものである。
【0009】
また本発明は、前記ガス分離膜を用いて、水蒸気を含有する混合ガスから水蒸気を分離する方法を提供するものである。
【0010】
また本発明は、前記ガス分離膜を用いて、水蒸気と有機物の蒸気とを含有する混合蒸気から有機物が富化したガスを製造する方法を提供するものである。
【0011】
また本発明は、ガス分離機能を有するスキン層と該スキン層を支持する多孔質層とから構成される非対称構造を有し、
水蒸気と窒素の混合ガスを用いて測定した水蒸気透過速度(P’H2O’)が100×10-5cm3(STP)/(cm2・sec・cmHg)以上であり、
水蒸気と窒素の透過速度比(P’H2O’/P’N2)が300以上であり、
中空糸膜の状態で測定した引張破断伸度が50%以上であり、
150℃の60質量%エタノール水溶液で8.5時間処理した後の中空糸膜の引張破断伸度が処理前の40%以上である、ガス分離膜を提供するものである。
【0012】
また本発明は、前記ガス分離膜を用いて、水蒸気を含有する混合ガスから水蒸気を分離する方法を提供するものである。
【0013】
更に、本発明は、前記ガス分離膜を用いて、水蒸気を含有する空気からの除湿又は加湿を行う方法を提供するものである。
【0014】
また本発明は、前記各ガス分離膜の製造方法であって、
ポリイミドと、フェノール系溶媒及び脂肪族アルコールを含む溶媒とを含むポリイミド溶液を用いて、乾湿式相転換法を行う工程を含む、ガス分離膜の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明のガス分離膜は高い水蒸気透過速度と高い水蒸気/アルコールの分離性能を併せ持つ非対称膜であり、優れた機械的強度及び優れた耐アルコール性を有する。このため、本発明のガス分離膜を用いれば、水蒸気と有機物の蒸気とを含有する混合蒸気から有機物が富化したガスを、長時間の運転でも安定して取り出すことができる高効率な中空糸ガス分離膜モジュールを得ることができる。
本発明のガス分離膜は、高い水蒸気透過速度と高い水蒸気/窒素の分離性能を有し、水蒸気を含有する空気からの除湿又は加湿を行う用途にも好適に使用できる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明をその好ましい実施形態に基づき説明する。
本発明のガス分離膜において、スキン層とは、主としてガス分離性能を担う、多孔質層よりも薄い層を指す。スキン層は多孔質層に比べて非常に緻密な層であり、通常極めて薄く、好ましくは厚さが0.001~5μmである。本発明のガス分離膜において、多孔質層とは、スキン層を支える比較的厚い多孔質層を指し、好ましくは厚さが10~2000μmである。ガス分離膜は、有効表面積が広く、耐圧性が高いという利点を持つため、中空糸膜を形成することが好ましく、内径が約10~3000μmで外径が約30~7000μmの中空糸膜であることがより好ましい。多孔質層の孔の直径は特に限定されるものではないが、一般的にはば0.01~100μmであることが多い。スキン層及び多孔質層の厚さ、中空糸膜の内径及び外径、孔の直径は光学顕微鏡や電子顕微鏡を用いて測定することができる。スキン層及び多孔質層は通常同一種の樹脂からなる。本発明のガス分離膜はスキン層及び多孔質層による、ガス分離性能及び支持性能を損なわない範囲において、スキン層及び多孔質層と同一素材又は別素材からなる他の層を有していてもよい。
【0017】
本発明のガス分離膜は、高い水蒸気透過速度を有する。具体的には、ガス分離膜は、水蒸気とエタノール蒸気との混合蒸気を用いて測定した場合に、水蒸気透過速度(P’H2O)が、100×10-5cm3(STP)/(cm2・sec・cmHg)以上であり、150×10-5cm3(STP)/(cm2・sec・cmHg)以上であるのが好ましく、200×10-5cm3(STP)/(cm2・sec・cmHg)以上であるのがより好ましい。水蒸気透過速度は特に限定されないが、ガス分離膜の製造容易性などの点からは10000×10-5cm3(STP)/(cm2・sec・cmHg)以下であることが好ましく、5000×10-5cm3(STP)/(cm2・sec・cmHg)以下であることがより好ましく、1000×10-5cm3(STP)/(cm2・sec・cmHg)以下であることがさらに好ましく、500×10-5cm3(STP)/(cm2・sec・cmHg)以下であることが特に好ましい。なお、本明細書において、「STP」は、0℃、1atmを意味し、「Standard Temperature and Pressure」の略語である。
本発明において、水蒸気透過速度は、その分離対象により測定方法を定める。水蒸気透過速度は、水蒸気とエタノール蒸気との分離性能を評価する場合には、水蒸気とエタノール蒸気との混合蒸気を用いて測定する(P’H2O)。一方、水蒸気と窒素との分離性能を評価する場合には、水蒸気と窒素との混合ガスを用いて測定する(P’H2O’)。
【0018】
本発明のガス分離膜は上述した高い水蒸気透過速度を有する上に、水蒸気とエタノール蒸気との透過速度比(分離度)が高い。これにより本発明のガス分離膜を用い、水蒸気とエタノールとの高効率の分離が可能となる。本発明のガス分離膜は、水蒸気とエタノールの透過速度比(P’H2O/P’EtOH)が、好ましくは100以上であり、150以上であるのがより好ましく、200以上であるのが更に好ましく、250以上であるのが最も好ましい。前記透過速度比の上限は特に限定されないが、ガス分離膜の製造容易性などの点からは100000以下であることが好ましく、10000以下であることがより好ましく、1000以下であることがより好ましく、500以下であることがより好ましい。
【0019】
本発明において、エタノール蒸気の透過速度は、上述した水蒸気速度及び水蒸気とエタノール蒸気との透過速度比を満たすものであればよい。
【0020】
なお、本明細書において水蒸気とエタノール蒸気との混合蒸気を用いて測定する水蒸気透過速度、水蒸気とエタノール蒸気との透過速度比、エタノールの透過速度はいずれも100℃におけるものであり、後述する実施例に記載の方法にて測定できる。上記水蒸気透過速度、水蒸気とエタノール蒸気との透過速度比、エタノールの透過速度が上記の範囲内であるガス分離膜は、後述する好適なガス分離膜の製造方法においてポリイミド樹脂の組成を調整することで得ることができる。
【0021】
本発明のガス分離膜は、水蒸気と窒素との分離性能にも優れている。具体的には、本発明のガス分離膜は、水蒸気と窒素の透過速度比(P’H2O’/P’N2)が、好ましくは300以上であり、500以上であるのがより好ましく、1000以上であるのが更に好ましく、2000以上であるのが最も好ましい。前記透過速度比の上限は特に限定されないが、ガス分離膜の製造容易性などの点からは10000以下であることが好ましく、5000以下であることがより好ましい。
【0022】
ガス分離膜は、水蒸気と窒素との混合ガスを用いて測定した場合に、水蒸気透過速度(P’H2O’)が、100×10-5cm3(STP)/(cm2・sec・cmHg)以上であり、150×10-5cm3(STP)/(cm2・sec・cmHg)以上であるのが好ましく、200×10-5cm3(STP)/(cm2・sec・cmHg)以上であるのがより好ましい。前記の水蒸気透過速度(P’H2O’)は特に限定されないが、ガス分離膜の製造容易性などの点からは1000×10-5cm3(STP)/(cm2・sec・cmHg)以下であることが好ましく、500×10-5cm3(STP)/(cm2・sec・cmHg)以下であることがより好ましい。
【0023】
なお、本明細書において水蒸気と窒素との混合ガスを用いて測定する水蒸気透過速度(P’H2O’)、水蒸気と窒素との透過速度比(P’H2O’/P’N2)、窒素の透過速度はいずれも35℃におけるものであり、後述する実施例に記載の方法にて測定できる。上記水蒸気透過速度、水蒸気と窒素との透過速度比、窒素の透過速度が上記の範囲内であるガス分離膜は、後述する好適なガス分離膜の製造方法においてポリイミド樹脂の組成を調整することで得ることができる。
【0024】
本発明において、ガス分離膜の機械的強度は、膜を中空糸としたときの引張試験における破断応力又は破断伸度で表される。以下、前記の破断応力を引張破断応力と記載し、前記の破断伸度を引張破断伸度と記載する。これらは温度23℃にて、引張試験機を用いて試料の有効長20mm、引張速度10mm/分で測定した値である。引張破断応力は中空糸膜の引張破断時の破断荷重を中空糸の膜断面積で除した値[単位:MPa]であり、引張破断伸度は中空糸の元の長さをL0、引張破断時の長さをLとしたときの100×(L-L0)/L0の値[単位:%]である。
【0025】
機械的強度に優れ、安定したガス分離を行う観点から、本発明のガス分離膜は、中空糸膜の状態で測定した引張破断伸度が、50%以上であり、70%以上であるのが好ましく、90%以上であるのがより好ましい。ガス分離膜の引張破断伸度の上限は限定されないが、通常1000%以下であり、製造容易性等の点から500%以下であることがより好ましく、300%以下であることがより好ましく、200%以下であることがより好ましい。
【0026】
機械的強度に優れ、安定したガス分離を行う観点から、ガス分離膜は、中空糸膜の状態で測定した引張破断応力が、55MPa以上であるのが好ましく、58MPa以上であるのがより好ましく、61MPa以上であるのが特に好ましい。ガス分離膜の引張破断応力の上限は限定されないが、通常1000MPa以下であり、製造容易性等の点から500MPa以下であることがより好ましく、200MPa以下であることがより好ましく、100MPa以下であることがより好ましい。
【0027】
ガス分離膜を中空糸膜としたときの引張破断応力又は引張破断伸度が上記範囲内にあると、モジュールとしたときに、優れた耐圧性や耐久性を持つので特に有用である。また、分離膜モジュール内の中空糸膜は、中空糸の内側や外側を流れて排出されるガスの流量、流速、圧力、温度、及び、それらの変動によって、連続的又は断続的に変形応力を受けるが、本発明のガス分離膜で構成される中空糸膜は、引張破断伸度が50%以上であること、好ましくは、引張破断伸度が50%以上であり且つ引張破断応力が55MPa以上であることにより、破損又は破断が発生しにくい。
【0028】
ガス分離膜を上記の引張破断応力及び引張破断伸度を有するものとするためには、後述するガス分離膜の好適な製造方法を採用すればよい。
【0029】
さらに、本発明のガス分離膜は耐アルコール性に優れる。具体的には、本発明のガス分離膜は、150℃の60質量%エタノール水溶液で8.5時間処理した後の中空糸膜の引張破断伸度が処理前の40%以上であることが好ましく、50%以上であることがより好ましく、60%以上であることが特に好ましい。このような本発明のガス分離膜は、高温下においてアルコールと接することによる加水分解などによる劣化が起こりづらく、長時間のガス分離に供した場合も、水蒸気及びアルコール蒸気のガス分離性能を安定して維持することができる。本発明のガス分離膜は、150℃の60質量%エタノール水溶液で8.5時間処理した後の中空糸膜の引張破断伸度が処理前の99.9%以下であることがガス分離膜の製造容易性などの点で好ましい。
耐アルコール性は、以下の方法にて測定できる。
密閉容器中で60質量%エタノール水溶液に中空糸状のガス分離膜を浸漬し、150℃で8.5時間加熱する。加熱後のガス分離膜は100℃で乾燥させた後、上記の方法にて引張破断伸度E1を測定する。同一の中空糸膜束における別の中空糸ガス分離膜について前記の熱したアルコール水溶液による処理を行っていない状態における引張破断伸度E0を測定し、E1/E0×100(%)の値を耐アルコール性とする。本発明のガス分離膜の耐アルコール性を上記の範囲内とするためには、ガス分離膜を構成する樹脂組成として後述する好ましい組成を採用すればよい。
【0030】
本発明のガス分離膜を構成する材料は、特に限定はされないが、例えば、ポリイミド、ポリアミド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリアミドイミド、ポリエーテルイミド、ポリカーボネート等が挙げられる。これらのうち、ガス分離膜はポリイミドで構成されることが耐久性、耐熱性、分離性などの点で好ましい。
【0031】
本発明のガス分離膜を構成するポリイミドの好ましい一態様として、下記一般式(1)の反復単位で示される芳香族ポリイミドについて説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0032】
【化1】
〔式(1)中、Bはテトラカルボン酸成分に起因する4価のユニットであり、Aはジアミン成分に起因する2価のユニットである。〕
【0033】
ユニットBを構成するテトラカルボン酸成分は3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸類を含有することが、加工性や耐水性、耐アルコール性の点で好ましい。3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸類としては、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸、その酸二無水物、その酸エステル化物が挙げられる。所望の水蒸気透過性及び水蒸気とエタノールの透過速度比、並びに耐エタノール性や機械的特性を容易に得る点で、ユニットBを構成するテトラカルボン酸成分のうち3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸類が占める割合は、90mol%以上が特に好ましく、95mol%以上が更に一層好ましく、99mol%以上が最も好ましい。
【0034】
ユニットBを構成するテトラカルボン酸類として、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸類以外のものとしては、例えば、ピロメリット酸、ベンゾフェノンテトラカルボン酸、ジフェニルエーテルテトラカルボン酸、2.2-ビス〔4-ジカルボキシフェノキシ)フェニル〕プロパン、あるいは、それらの酸二無水物、酸エステル化物などが挙げられる。
【0035】
ユニットAを構成するジアミン成分は、ジアミノジフェニルエーテル類及び/又はビス(アミノフェノキシ)ベンゼン類を含むことが耐水性、耐アルコール性の点で好ましい。ジアミノジフェニルエーテル類としては、下記式(A1)で表されるユニットを構成する化合物が挙げられ、具体的には4,4’-ジアミノジフェニルエーテル、3,4’-ジアミノジフェニルエーテル、3,3’-ジアミノジフェニルエーテルを挙げることができる。
【0036】
【化2】
【0037】
ビス(アミノフェノキシ)ベンゼン類としては、下記式(A2)で表されるユニットを構成する化合物が挙げられ、具体的には、1,4-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、1,3-ビス(3-アミノフェノキシ)ベンゼンなどが挙げることができる。
【0038】
【化3】
【0039】
所望の水蒸気透過性及び水蒸気とエタノール蒸気又は窒素との透過速度比並びに耐アルコール性や機械的特性を容易に得られる点で、ユニットAを構成するジアミン成分は、ジアミノジフェニルエーテル類及び/又はビス(アミノフェノキシ)ベンゼン類が占める割合が、90mol%以上であることが特に好ましく、95mol%以上が更に一層好ましく、99mol%以上が最も好ましい。
【0040】
所望の水蒸気透過性及び水蒸気とエタノールの透過速度比、並びに耐アルコール性や機械的特性を容易に得られる点で、ユニットAを構成するジアミン成分は、ジアミノジフェニルエーテル類及びビス(アミノフェノキシ)ベンゼン類を含むことが好ましい。ジアミン成分は、ジアミノジフェニルエーテル類及びビス(アミノフェノキシ)ベンゼン類を含む場合、ジアミノジフェニルエーテル類とビス(アミノフェノキシ)ベンゼン類との量比率(前者:後者)は、モル比で5:95~95:5であることが好ましく、10:90~90:10であることがより好ましく、20:80~80:20であることが最も好ましい。
【0041】
所望の水蒸気透過性及び水蒸気とエタノールの透過速度比、並びに耐アルコール性や機械的特性を容易に得られる点で、ジアミノジフェニルエーテル類が4,4’-ジアミノジフェニルエーテルであることが好ましい。
【0042】
更に、所望の水蒸気透過性及び水蒸気とエタノールの透過速度比、並びに耐アルコール性や機械的特性を容易に得られる点で、ビス(アミノフェノキシ)ベンゼン類が1,4-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼンであることが好ましい。
【0043】
本発明のガス分離膜を構成するポリイミドは、所望の水蒸気透過性及び水蒸気とエタノールの透過速度比、並びに耐エタノール性や機械的特性を容易に得られる点で、とりわけ、下記式(II)で表される構成単位及び下記式(III)で表される構成単位とから主に構成されることが好ましい。本発明のガス分離膜を構成するポリイミドの全構成単位中、式(II)又は式(III)で表される構成単位が占める割合は、90mol%以上が好ましく、95mol%以上がより好ましく、99mol%以上が最も好ましい。本発明のガス分離膜を構成するポリイミドは、式(II)で表される構成単位と式(III)で表される構成単位の好ましい比(モル比)としては、上記のジアミノジフェニルエーテル類とビス(アミノフェノキシ)ベンゼン類との好ましい量比と同様の比率が挙げられる。
【0044】
【化4】
【化5】
【0045】
ユニットAを構成するジアミン成分として、ジアミノジフェニルエーテル類とビス(アミノフェノキシ)ベンゼン類以外のものとしては、4,4’-ジアミノジフェニルメタン、3,4’-ジアミノジフェニルメタン、4,4’-ジアミノジフェニルスルホン、4,4’-ジアミノベンゾフェノン、2.2-ビス(4-アミノフェニル)プロパン、2-(4-アミノフェニル)-2-(3-アミノフェニル)プロパン、2,2-(4-(4-アミノフェノキシ)フェニル〕プロパン、O-トリジン、o-,m-又はp-フェニレンジアミン、3,5-ジアミノ安息香酸、2,6-ジアミノビリジン、1,4-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]スルホンなどが挙げられる。
【0046】
<ガス分離膜の好適な製造方法>
本発明のガス分離膜の製造方法の好ましい一態様として、ポリマーと、ハロゲン化フェノールと脂肪族アルコールとの混合溶媒とを含むポリマー溶液を用いて、乾湿式相転換法によりガス分離膜を製造する方法が挙げられる。より好ましい一態様としては、ポリイミドと、パラクロロフェノールと、グリセリンとを含むポリマー溶液を用いて、乾湿式相転換法によりガス分離膜を形成する方法が挙げられる。以下詳細に説明する。
【0047】
本発明で用いるポリマー溶液の調製方法の一態様として、ポリイミド溶液の調製方法について説明する。ポリイミド溶液の調製は、有機極性溶媒中にテトラカルボン酸成分とジアミン成分とを所定の組成比で加え、室温程度の低温で重合反応させてポリアミド酸を生成し次いで加熱して加熱イミド化するか又はピリジンなどを加えて化学イミド化する2段法、又は、有機極性溶媒中にテトラカルボン酸成分とジアミン成分とを所定の組成比で加え、100~250℃好ましくは130~200℃程度の高温で重合イミド化反応させる1段法によって好適に行われる。加熱によってイミド化反応を行うときは脱離する水又はアルコールを除去しながら行うことが好適である。有機極性溶媒に対するテトラカルボン酸成分とジアミン成分の使用量は、溶媒中のポリイミドの固形分濃度が5~50質量%程度となるようにすることが好ましく、より好ましくは5~40質量%になるようにする。
【0048】
有機極性溶媒としては、例えば、フェノール、クレゾール、キシレノールのようなフェノール類、2個の水酸基をベンゼン環に直接有するカテコール、レゾルシンのようなカテコール類、3-クロロフェノール、4-クロロフェノール(後述のパラクロロフェノールに同じ)、3-ブロムフェノール、4-ブロムフェノール、2-クロロ-5-ヒドロキシトルエンなどのハロゲン化フェノール類などからなるフェノール系溶媒;又はN-メチル-2-ピロリドン、1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジエチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジエチルアセトアミドなどのアミド類からなるアミド系溶媒;あるいはそれらの混合溶媒などを好適に挙げることができる。これらのうち、アミド系溶媒及びフェノール系溶媒が好ましく、フェノール系溶媒がより好ましく、ハロゲン化フェノール類がさらに好ましく、4-クロロフェノールが特に好ましい。
【0049】
重合イミド化して得られたポリイミド溶液は、後述するように、そのまま直接紡糸に用いることもできる。また、例えば得られたポリイミド溶液をポリイミドに対し非溶解性の溶媒中に投入してポリイミドを析出させて単離後、改めて有機極性溶媒に所定濃度になるように溶解させて芳香族ポリイミド溶液を調製し、それを紡糸に用いることもできる。
【0050】
本発明の非対称ガス分離膜は、ポリマー溶液を用いて、乾湿式相転換法によって好適に得ることができる。乾湿式相転換法は、ポリマー溶液を凝固液と接触させて相転換させながら膜を形成する公知の方法である。乾湿式相転換法は、膜形状にしたポリマー溶液の表面の溶媒を蒸発させて薄い緻密層を形成し、次いで凝固液(ポリマー溶液の溶媒とは相溶し、ポリマーは不溶な溶剤)に浸漬し、その際生じる相分離現象を利用して微細孔を形成して多孔質層を形成させる相転換法であり、Loebらが提案(例えば、米国特許3133132号)したものである。
【0051】
ポリマー溶液に含まれるポリマーは、ポリイミドを含むことが好ましい。ポリイミドとしては、上記で挙げた好ましいポリイミドを挙げることができる。従って、上記一般式(1)で表され、前記テトラカルボン酸成分の90mol%以上が、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸類であり、且つ前記ジアミン成分がアミノジフェニルエーテル類及び/又はビス(アミノフェノキシ)ベンゼン類を含有し、前記ジアミン成分の90mol%以上が、ジアミノジフェニルエーテル類及び/又はビス(アミノフェノキシ)ベンゼン類であるポリイミドを含むことが好ましい。とりわけ、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸類であり、且つ前記ジアミン成分がアミノジフェニルエーテル類及びビス(アミノフェノキシ)ベンゼン類を含有し、前記ジアミン成分の90mol%以上が、ジアミノジフェニルエーテル類及びビス(アミノフェノキシ)ベンゼン類であるポリイミドを含むことが、本発明のガス分離膜を確実に得られる点で好ましい。ポリイミドの更に好ましい組成は上記で述べた通りである。ポリマー溶液はポリイミドをポリマー全量に対し50質量%以上含むのがより好ましく、70質量%以上含むのがさらに好ましく、100質量%であってもよい。
【0052】
本発明においては、乾湿式相転換法に用いるポリマー溶液の溶媒が、ポリマーを溶解できる溶媒と脂肪族アルコールとを含むことが好ましい。ポリマー溶液が脂肪族アルコールを含むことにより、中空糸膜にしたときの機械的強度が十分に高いガス分離膜を得ることができる。
【0053】
ポリマーを溶解できる溶媒は、有機極性溶媒が好ましく、モノマーを重合してポリマーを合成するときに用いた有機極性溶媒であってもよい。本発明の一態様として、ポリマーがポリイミドである場合、有機極性溶媒はポリイミドを溶解できるものであればよく、上述のポリイミド溶液の調製に用いられる有機極性溶媒を例示できる。
【0054】
ポリマー溶液の溶媒として含まれる脂肪族アルコールは、沸点が、60℃以上であることが好ましく、70℃以上であることがより好ましく、120℃以上であることがより好ましく、150℃以上であることが更に好ましく、200℃以上であることが特に好ましい。脂肪族アルコールは、1価の脂肪族アルコールであっても2価以上の脂肪族多価アルコールであってもよいが、脂肪族多価アルコールであるのが好ましく、3価以上の多価アルコールが好ましい。
【0055】
ポリマー溶液の溶媒としての1価の脂肪族アルコールは、非環式のものが好ましく、直鎖状であっても分岐鎖状であってもよく、例えば炭素数1~7個である。1価の脂肪族アルコールとしては、特に限定されないが、例えば、メタノール、エタノール、1-プロパノール、イソプロパノール等のプロパノール類、1-ブタノール、2-ブタノール、イソブタノール等のブタノール類、アミルアルコール、イソアミルアルコール、2-ペンタノール、3-ペンタノール、2-メチル-1-ブタノール、イソペンチルアルコール、ネオペンチルアルコール等のペンタノール類、1-ヘキサノール、2-ヘキサノール、3-ヘキサノール等のヘキサノール類、1-ヘプタノール、2-ヘプタノール、3-ヘプタノール、4-ヘプタノール等のヘプタノール類等が挙げられる。これらのうち、エタノールが好ましい。
【0056】
ポリマー溶液の溶媒としての脂肪族多価アルコールは、非環式のものが好ましく、直鎖状であっても分岐鎖状であってもよく、炭素数は、例えば、好ましくは2~10個、より好ましくは3~8個である。脂肪族多価アルコールは、2価以上のアルコールを意味し、3価以上のアルコールであることが好ましい。脂肪族多価アルコールとしては、特に限定されないが、例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、1,3-プロピレングリコール、1,4-ブタンジオール、1,5-ペンタンジオール、1,6-ヘキサンジオール、1,7-ヘプタンジオール、1,8-オクタンジオール、1,2-、1,3-又は2,3-ブタンジオール、2-メチル-1,4-ブタンジオール、ネオペンチルグリコール、2,2-ジメチル-1,3-プロパンジオール、2-メチル-1,5-ペンタンジオール、3-メチル-1,5-ペンタンジオール、2-メチル-1,6-ヘキサンジオール、3-メチル-1,6-ヘキサンジオール、2-メチル-1,7-ヘプタンジオール、3-メチル-1,7-ヘプタンジオール及び4-メチル-1,7-ヘプタンジオール等の2価の脂肪族アルコール溶媒、グリセリン、ジグリセリン等の3価以上のアルコール溶媒が挙げられる。これらのうち、グリセリンを用いると、均一な多孔質層を形成しやすく、機械的強度に優れた中空糸膜を得ることができる。
【0057】
脂肪族アルコールは1種を単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0058】
ポリマー溶液中の脂肪族アルコールの含有量は、ポリマー溶液の全質量に対して、好ましくは5~30質量%、より好ましくは5~20質量%である。脂肪族アルコールの含有量が該範囲内にあると得られる中空糸の機械的特性に優れる。また、ポリマー溶液を後述の紡糸工程に用いる場合、ポリマー溶液の固形分濃度は5~50質量%が製膜上好ましく、5~40質量%がより好ましく、10~30質量%が特に好ましい。また、ポリマー溶液の溶液粘度は、紡糸工程における吐出温度で50~30000ポイズが好ましく、特に100~20000ポイズであると、中空糸状などの吐出後の形状を安定に得ることが出来るので好ましい。
【0059】
脂肪族アルコールは、ポリマーが溶解した溶液に混合してもよいし、単離されたポリマーと有機極性溶媒と脂肪族アルコールとを同時に混合してもよい。混合の際は、ポリマーが有機極性溶媒に溶解するように加熱してもよい。
【0060】
本発明の一態様として、ポリマー溶液を用いて乾湿式相転換法により中空糸膜を製造する方法を以下説明する。
【0061】
まず、紡糸工程(紡糸ドープ吐出工程)において、紡糸ドープ液の吐出のために使用される紡糸ノズルは、紡糸ドープ液を中空糸状体に押し出すものであればよく、チューブ・イン・オリフィス型ノズルなどが好適である。通常、押し出す際のポリマー溶液(好ましくはポリイミド溶液)の温度範囲は、ドープ液に含まれるポリマー、溶媒の種類、粘度等によるが、例えば、好ましくは約20℃~150℃、より好ましくは30℃~120℃である。また、ノズルから押し出される中空糸状体の内部へ気体又は液体を供給しながら紡糸がおこなわれる。
【0062】
紡糸工程から連続する凝固工程では、ノズルから吐出された中空糸状体が、一旦、大気中又は窒素等の不活性ガス雰囲気中等に押し出され、引き続き、凝固浴に導かれ、凝固液に浸漬される。凝固液は、ポリマー成分を実質的には溶解せず且つポリマー成分の溶媒と相溶性があるものが好適である。特に限定するものではないが、水や、メタノール、エタノール、プロピルアルコールなどの低級アルコール類や、アセトン、ジエチルケトン、メチルエチルケトンなどの低級アルキル基を有するケトン類など、あるいは、それらの混合物が好適に用いられる。また、ポリマー溶液がポリイミド溶液であって、ポリイミド溶液の溶媒がアミド系溶媒であるときは、アミド系溶媒の水溶液も好ましい。
【0063】
凝固工程で得られた糸は、必要によりエタノール等の洗浄溶媒で洗浄し、次いで置換溶媒、例えばイソペンタン、n-ヘキサン、イソオクタン、n-ヘプタン等の脂肪族炭化水素を使用して、中空糸の外側及び内側における、凝固液及び/又は洗浄溶媒を置換する。更に100~200℃で乾燥することにより、中空糸を得ることができる。
【0064】
本発明の中空糸膜である非対称ガス分離膜はモジュール化して好適に用いることができる。中空糸膜の内径は約30~500μmのものが好適である。通常のガス分離膜モジュールは、例えば、適当な長さの中空糸膜100~1000000本程度(好ましくは100~200000本)を束ね、その中空糸膜束の両端部を、中空糸の少なくとも一方の端が開口状態を保持した状態になるようにして、熱硬化性樹脂などからなる管板で固着し、得られた中空糸膜束と管板などからなる中空糸膜エレメントを、少なくとも混合ガス導入口と透過ガス排出口と非透過ガス排出口とを備える容器内に、中空糸膜の内側に通じる空間と中空糸膜の外側へ通じる空間とが隔絶するように収納し取り付けることによって得られる。
ガス分離膜モジュールでは、混合ガスが混合ガス導入口から中空糸膜の内側あるいは外側に接する空間へ供給され、中空糸膜に接して流れる間に混合ガス中の特定成分が選択的に膜を透過し、透過ガスが透過ガス排出口から、膜を透過しなかった非透過ガスが非透過ガス排出口からそれぞれ排出されることによって、ガス分離が行われる。
【0065】
本発明の非対称ガス分離膜は、種々のガス種を高分離度(透過速度比)で分離回収することができるが、特に水蒸気を分離するのに用いるのが好適である。本発明のガス分離膜を用いて水蒸気を分離する場合、例えば、除湿をおこなう場合、前記のガス分離膜モジュールに、水蒸気を含有する混合ガスを中空糸膜の内側あるいは外側に接する空間へ供給し、水蒸気を選択的に膜の透過側へ透過し、未透過ガスとして除湿されたガスを極めて効率よく得ることが出来る。また、透過ガス側の空間に例えば供給された混合ガスと向流になる方向にキャリアガスを流して透過ガスの回収を促進してもよく、その際、キャリアガスとして非透過ガスを用いてもよい。
【0066】
本発明のガス分離膜は、水蒸気透過速度が極めて大きいので、除湿及び/又は加湿を極めて効率よく好適におこなうことができる。除湿を行う場合、本発明のガス分離膜を備えるガス分離膜モジュールに、水蒸気を含有する混合ガスを中空糸膜の内側あるいは外側に接する空間へ供給することによって、水蒸気を選択的に膜の透過側へ透過して非透過ガスとして除湿されたガスを極めて効率よく得ることができる。特に、水蒸気を含有する混合ガスは中空糸膜の内側へ供給し、中空糸膜の外側の空間へ乾燥したキャリアガスを混合ガスと向流になるように導入することがより高効率で除湿ができるので好ましく、更に、キャリアガスとしてガス分離膜の非透過側で得られる除湿されたガスの一部をリサイクルして用いることが簡便なキャリアガスの導入方法として好ましい。加湿する場合には、水蒸気をより多量に含有する(水蒸気分圧が高い)混合ガスを中空糸膜の内側あるいは外側に接する空間へ供給し、中空糸膜の反対側の空間へ水蒸気をより少量含有する(水蒸気分圧が低い)ガスを供給することによって、水蒸気が膜を選択的に透過して、水蒸気をより少量含有するガスを容易に加湿することができる。特に、水蒸気をより多量に含有する混合ガスと水蒸気をより少量含有するガスは中空糸膜を挟んで向流となるように供給することが高効率になるので望ましい。
【0067】
例えば、本発明のガス分離膜による水蒸気分離の対象となる混合ガスとしては、有機物の蒸気と水蒸気の混合物を含有する混合蒸気であることが好適である。有機物の蒸気と水蒸気の混合物の混合蒸気は、その有機物の濃度が特に限定されるものではないが、有機物の濃度が50質量%以上、特に60~95質量%程度であることが好ましい。前記の有機物としては、沸点200℃以下、好ましくは沸点150°C以下のものであり、特に好ましくは常温(25°C)で液体の有機物であればよい。このような有機物としては、例えば、メタノール、エタノール、n-プロパノール、イソプロパノール、n-ブタノール、sec-ブタノール、tert-ブタノール、エチレングリコールなどの脂肪族アルコール、シクロヘキサノールなどの脂環式アルコール、ベンジルアルコールなどの芳香族アルコ-ル、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸などの有機カルボン酸、酢酸エチル、酢酸ブチルなどのエステル類、アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン類、テトラヒドロフラン、ジオキサンなどの環状エーテル、及び、ジブチルアミン、アニリンなどの有機アミン類を挙げることができる。本発明のガス分離膜及びガス分離法は、混合蒸気として、特に、メタノール、エタノール、イソプロパノールなどのアルコール水溶液を蒸発して得られた「水蒸気とアルコール蒸気とからなる混合蒸気」を脱水する場合に好適に採用することができる。上記前記混合蒸気からの水蒸気の分離(例えば除湿)に本発明の分離膜を用いることで、長時間及び/又は高温下でも安定して高効率なガス分離を行い、有機物の蒸気が富化したガスを得ることができる。
【0068】
また、本発明のガス分離膜は、水蒸気及び窒素の分離性能に優れるため、空気の除湿及び/又は加湿に好適に用いることができ、例えば、計装機器や、空圧ブレーキ用の乾燥空気製造や医療用加湿器などに使用できる。また、本発明のガス分離膜は、耐湿熱性に優れ、高い空気の除湿効率があることから、燃料電池用の供給ガスの除湿及び/又は加湿を好適に行うことができる。固体高分子型燃料電池は、一般に、水素イオン伝導性の固体高分子電解質膜の両側を、白金触媒を担持したカーボン電極で挟み込んで積層した発電素子と、それらの各電極に水素等の燃料ガスあるいは酸素等の酸化性ガスを供給したり電極からの排出ガスを排出するための配流機能を備えたセパレータや、更にその外側に配置した集電体などを積層して構成されている。この電池では、固体高分子電解質膜が乾燥すると、イオン伝導度が低下するとともに、固体高分子電解質膜と電極との接触不良をおこして出力の急激な低下をきたすため、固体高分子電解質膜が一定の湿度を保つように制御することが重要である。このため、供給ガス(燃料ガス及び/又は酸化性ガス)の加湿(水分が多すぎる場合は加湿の代わりに除湿)をおこなうことが必要である。
【実施例
【0069】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されない。
【0070】
<実施例1>
(ポリイミド溶液の調製)
(1)3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(以下、「s-BPDA」ともいう。)28.8gと、4,4-ジアミノ-ジフェニルエーテル(以下、「44DE」ともいう。)8.0gと、1,4-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン(以下、「TPEQ」ともいう。)17.5gを、溶媒のパラクロロフェノールの217gと共にセパラブルフラスコ中にて重合温度190℃で10時間重合し、ポリマー濃度が19質量%のポリイミド溶液を得た。
(2)上記(1)で得られたポリイミド溶液にグリセリンを32.5g添加し、190℃で2時間攪拌することにより、最終的に100℃における溶液粘度が2500ポイズ、固形分濃度が17質量%であり、グリセリン濃度が11質量%のポリイミド溶液を得た。
【0071】
(非対称中空糸膜の製造方法)
上記(2)で得られたポリイミド溶液を、400メッシュの金網で濾過した後、中空糸紡糸ノズル(円形開口部外径1000μm、円形開口部スリット幅200μm、芯部開口部外径600μm)から吐出させ、吐出した中空糸状体を窒素雰囲気中に通した後、0℃の75質量%エタノール水溶液からなる凝固液に浸漬し湿潤糸とした。これを50℃のエタノール中に2時間浸漬し脱溶媒処理を完了し、更に、70℃のイソオクタン中に3時間浸漬洗浄して溶媒を置換後、100℃で30分乾燥し、その後220℃で30分の熱処理を行った。得られた中空糸膜はいずれも、外径寸法380μm、内径寸法270μmであった。
【0072】
得られた中空糸膜のガス透過性能と機械的特性、耐アルコール性を以下の方法によって測定した。結果を表1に示す。
【0073】
(エタノールと水蒸気の混合蒸気を用いた中空糸膜の水蒸気透過性能及びエタノールの透過性能の測定方法)
8本の中空糸膜と、ステンレスパイプと、エポキシ樹脂系接着剤とを使用して有効長が70mm、有効表面積8cm2の透過性能評価用のエレメントを作成し、これをステンレス容器に装着してペンシルモジュールとした。60質量%であるエタノール水溶液を大気圧下に蒸発器で気化させて「エタノール蒸気と水蒸気とを含む混合蒸気」を製造し、さらに、ヒーターで加熱することにより100℃とした前記混合蒸気を、前記ペンシルモジュール(100℃)に供給し、前記中空糸膜の供給側(中空糸膜の外側)の表面に接触させ、中空糸膜の透過側(中空糸膜の内側)を4mmHgの減圧に維持して、前記混合蒸気をガス分離した。
ガス分離においてガス分離用容器の透過ガス抜出し口から得られた「水蒸気の濃度の高い透過ガス」を、ドライアイス-エタノールトラップで凝縮して、凝縮物を捕集した。前記のトラップで捕集した凝縮物の成分の内、エタノール濃度はガスクロマトグラフィー分析法により分析し、水分は全量からエタノール分を差し引いた値とした。通過前の「エタノール蒸気と水蒸気とを含む混合蒸気」についても同様にドライアイス-エタノールトラップで凝縮して、凝縮物を捕集し、エタノール濃度はガスクロマトグラフィー分析法により分析し、水分は全量からエタノール分を差し引いた値とした。得られた各成分の濃度、膜の有効表面積及び供給圧力から、水蒸気の透過速度と、エタノールの透過速度を求め、それらの値からエタノールに対する水蒸気の選択透過性(ガス分離性能)とを算出した。
【0074】
(窒素と水蒸気の混合ガスを用いた中空糸膜の水蒸気透過性能の測定方法)
約8本の中空糸膜と、ステンレスパイプと、エポキシ樹脂系接着剤とを使用して有効長が80mm、有効表面積が10cm2の透過性能評価用のエレメントを作成し、これをステンレス容器に装着してペンシルモジュールとした。このペンシルモジュールの中空糸の内側へ、15℃の飽和水蒸気を含む窒素ガスを5kgf(G)/cm2の圧力で一定量供給し、膜の出口側から得られる乾燥ガスを、製品ガスとした。膜の透過側を大気圧とし、更に膜の供給側と非透過側に十分な水蒸気の分圧差を稼ぐため、水蒸気濃度の低い製品ガスの20%を更に透過側へ供給した。供給ガス、製品ガスの露点は、鏡面式の露点計で検出し、水蒸気分圧を求めた。測定した水蒸気量(水蒸気分圧)と供給ガス量及び有効膜面積から膜の水蒸気透過速度(P’H2O')を算出した。尚、これらの測定は35℃でおこなった。
【0075】
(中空糸膜の窒素ガス透過性能の測定方法)
8本の中空糸膜と、ステンレスパイプと、エポキシ樹脂系接着剤とを使用して有効長が80mm、有効表面積が10cm2の透過性能評価用のエレメントを作成し、これをステンレス容器に装着してペンシルモジュールとした。それに5kgf(G)/cm2の窒素純ガスを供給して透過流量を測定した。測定した透過窒素ガス量と供給圧力及び有効膜面積から窒素ガスの透過速度を算出した。尚、これらの測定は35℃でおこなった。
【0076】
(中空糸膜の引張破断応力、引張破断伸度の測定)
引張試験機を用いて、温度23℃にて、有効長20mm、引張速度10mm/分で測定した。測定は5本の試料について行い、それらの平均値を求めた。
【0077】
(耐アルコール性)
密閉容器中で60質量%エタノール水溶液に中空糸状のガス分離膜を浸漬し、150℃で8.5時間加熱した。浸漬後のガス分離膜は100℃で乾燥させた後、上記の方法にて引張破断伸度E1を測定した。同一方法・条件で製造された別の中空糸ガス分離膜について前記の熱したアルコール水溶液による処理を行っていない状態における引張破断伸度E0を測定し、E1/E0×100(%)の値を耐アルコール性とした。測定は5本の試料について行い、それらの平均値を求めた。
【0078】
<実施例2、3>
実施例1の(ポリイミド溶液の調製)の(2)で得られるポリイミド溶液のグリセリン濃度及び固形分濃度を表1に記載の値となるようにした。その点以外は実施例1と同様の方法でポリイミド中空糸膜を得た。それぞれの中空糸膜のガス透過性能と機械的特性を前記の方法によって測定した。結果を表1に示す。尚、実施例2で得られた中空糸膜の真円率を下記の方法で測定したところ、95%であった。
【0079】
(真円率)
エポキシ樹脂で包埋した中空糸膜を、中空糸膜の厚さ方向に沿って剃刀を用いて薄膜状に切断した。得られた薄膜を光学顕微鏡で観察した(観察倍率50もしくは100倍)。中空糸外径の長径及び短径を任意に計10個分測定し、長径/短径比の平均をとった。
【0080】
<比較例1>
実施例1の(ポリイミド溶液の調製)の(2)においてグリセリンを添加せず且つ(2)で得られるポリイミド溶液の固形分濃度を表1に記載の値となるようにした。それらの点以外は実施例1と同様にして、ポリイミド中空糸膜を得た。それぞれの中空糸膜のガス透過性能と機械的特性を前記の方法によって測定した。結果を表1に示す。
【0081】
<比較例2>
実施例1の(ポリイミド溶液の調製)の(2)において、上記(1)で製造したポリイミド溶液の代わりに下記(1’)で得られたポリイミド溶液を用い、且つ、グリセリンを添加しなかった。これらの点以外は実施例1と同様にして、ポリイミド中空糸膜を得た。得られた中空糸膜のガス透過性能と機械的特性を前記の方法によって測定した。結果を表1に示す。
(1’)s-BPDAを26.2gと2,2’-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)ヘキサフルオロプロパン二無水物(以下、「6FDA」ともいう。)26.4gと44DE 30.0gを溶媒のパラクロロフェノールの406gと共にセパラブルフラスコ中にて重合温度190℃で10時間重合し、ポリマー濃度が16質量%のポリイミド溶液Aを得た。
s-BPDAを23.2gと44DE 16.0gを、溶媒のパラクロロフェノールの191gと共にセパラブルフラスコ中にて重合温度190℃で10時間重合し、ポリマー濃度が16質量%のポリイミド溶液Bを得た。
ポリイミド溶液Aとポリイミド溶液Bを混合し、190℃2時間攪拌することにより、最終的に100℃における溶液粘度が2300ポイズ、固形分濃度が16質量%であるポリイミド溶液を得た。
【0082】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明のガス分離膜は、水蒸気透過速度(P’H2O)が100×10-5cm3(STP)/(cm2・sec・cmHg)以上、水蒸気とエタノールの透過速度比(P’H2O/P’EtOH)が100以上という高い水蒸気透過速度と高い水蒸気/エタノールの分離性能を併せ持つ非対称膜であり、しかも、優れた機械的強度と高い耐アルコール性を有する。このため、本発明のガス分離膜を用いれば、水蒸気と有機物の蒸気とを含有する混合蒸気から水蒸気を分離して有機物が富化したガスを長時間安定して高効率に取り出すことができるコンパクトな中空糸ガス分離膜モジュールを提供できる。
更に、本発明のガス分離膜は、水蒸気/窒素の分離性能に優れ、加湿及び/又は除湿の用途にも好適である。