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特許7647913クロマトグラフ質量分析装置、及びクロマトグラフ質量分析データ処理方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-10
(45)【発行日】2025-03-18
(54)【発明の名称】クロマトグラフ質量分析装置、及びクロマトグラフ質量分析データ処理方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20250311BHJP
【FI】
G01N27/62 Y
G01N27/62 X
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2023554234
(86)(22)【出願日】2022-02-04
(86)【国際出願番号】 JP2022004441
(87)【国際公開番号】W WO2023062854
(87)【国際公開日】2023-04-20
【審査請求日】2023-12-25
(31)【優先権主張番号】PCT/JP2021/038069
(32)【優先日】2021-10-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】前田 一真
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/194582(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0350577(US,A1)
【文献】特開2016-095253(JP,A)
【文献】国際公開第2012/073322(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0073727(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2020/0090918(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
H01J 49/00 - H01J 49/48
G01N 30/72
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロマトグラフ質量分析により収集されたデータを処理するデータ処理部を具備するクロマトグラフ質量分析装置であって、該データ処理部は、
収集されたデータに基いて複数の質量電荷比における信号強度が反映されたクロマトグラムを作成し、該クロマトグラムに対しピーク検出を行う第1ピーク検出部と、
前記第1ピーク検出部により検出されたピークの少なくとも一部について該ピークの時間範囲に得られたマススペクトルにおいて観測されるセントロイドピークの質量電荷比に対する抽出イオンクロマトグラムを作成する抽出イオンクロマトグラム作成部と、
前記抽出イオンクロマトグラム作成部により作成された抽出イオンクロマトグラムに対しピーク検出を行い、検出されたピークのピークトップの保持時間を取得する第2ピーク検出部と、
前記第2ピーク検出部より検出されたピークを、ピークトップの保持時間が実質的に同一であるもの毎に分類するグループ化部と、
前記グループ化部により分類されたグループ毎に、代表となる質量電荷比又は質量電荷比に対応する抽出イオンクロマトグラムを一以上選定する選定部と、
を備えるクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項2】
前記複数の質量電荷比における信号強度が反映されたクロマトグラムは、トータルイオンクロマトグラム、ベースピーククロマトグラム、又はマルチイオンクロマトグラムのいずれかである、請求項1に記載のクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項3】
同じ時間範囲を共有する複数のグループが存在するか否かにより共溶出を判定する共溶出判定部、をさらに備える、請求項1に記載のクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項4】
前記第1ピーク検出部により検出されたピークについてピーク形状が所定の基準を満たしていないものを除外するピーク選別部、をさらに備え、該ピーク選別部による選別に残ったピークを前記抽出イオンクロマトグラム作成部による処理に供する、請求項1に記載のクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項5】
前記選定部は、グループ毎に代表となる質量電荷比に対応する抽出イオンクロマトグラムを一以上選定するものであり、該選定部で選定されたグループ毎の抽出イオンクロマトグラムを表示部に表示する表示処理部、をさらに備える、請求項1に記載のクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項6】
前記表示処理部は、抽出イオンクロマトグラムに現れるピークの始点から終点までのピーク範囲又は該ピーク範囲を含む所定の時間範囲の波形を切り出して表示する、請求項5に記載のクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項7】
前記データ処理部は、収集されたデータから、前記選定部で選定された抽出イオンクロマトグラムにおいて観測されるピークの情報を利用して該ピークに対応するマスピークの情報を抽出し、マススペクトルを作成するマススペクトル分離処理部、をさらに備える、請求項1に記載のクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項8】
クロマトグラフ質量分析により収集されたデータを処理するクロマトグラフ質量分析データ処理方法であって、
収集されたデータに基いて複数の質量電荷比における信号強度が反映されたクロマトグラムを作成し、該クロマトグラムに対しピーク検出を行う第1ピーク検出ステップと、
前記第1ピーク検出ステップにおいて検出されたピークの少なくとも一部について、該ピークの時間範囲に得られたマススペクトルにおいて観測されるセントロイドピークの質量電荷比に対する抽出イオンクロマトグラムを作成する抽出イオンクロマトグラム作成ステップと、
前記抽出イオンクロマトグラム作成ステップにおいて作成された抽出イオンクロマトグラムに対しピーク検出を行い、検出されたピークのピークトップの保持時間を取得する第2ピーク検出ステップと、
前記第2ピーク検出ステップにおいて検出されたピークを、ピークトップの保持時間が実質的に同一であるもの毎に分類するグループ化ステップと、
前記グループ化ステップにおいて分類されたグループ毎に、代表となる質量電荷比又は質量電荷比に対応する抽出イオンクロマトグラムを一以上選定する選定ステップと、
を有するクロマトグラフ質量分析データ処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体クロマトグラフ質量分析装置、ガスクロマトグラフ質量分析装置を含むクロマトグラフ質量分析装置、及び、クロマトグラフ質量分析データ処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、液体クロマトグラフ質量分析装置(LC-MS)やガスクロマトグラフ質量分析装置(GC-MS)等のクロマトグラフ質量分析装置は、試料に含まれる多数の化合物を網羅的に分析するために広く利用されている。一般に、クロマトグラフ質量分析装置を用いて定量分析を行う際には、定量対象である目的化合物に対応する質量電荷比(厳密には斜体字のm/zであるが、本明細書では「質量電荷比」又は「m/z」と記す)のイオン強度と保持時間との関係を示す抽出イオンクロマトグラム(Extracted Ion Chromatogram:EIC)を作成し、該クロマトグラムに現れるピークの面積又は高さを検量線に照らすことで定量値を算出する。
【0003】
予め決められた目的化合物のみについての定量を行う場合、各目的化合物に対応するm/z値をユーザーが指定すると、その指定されたm/z値におけるEICが作成される。但し、こうして得られるEICのピークには、目的化合物とm/z値が同じである(又はごく近い)別の化合物由来のピークが重なっている、或いは、実はそのピーク自体が目的化合物ではなく別の化合物由来のピークである可能性もある。こうした夾雑物等の影響を受けているピークを識別する技術として、例えば特許文献1に記載の方法がある。
【0004】
該文献に記載の方法では、目的化合物毎に定められている複数のm/z値に対するEICを各々作成してピーク検出を行い、各EICにおいて検出されるピークの保持時間に基いて、該ピークをグループ分けする。そして、各グループに含まれる一つのピークのピークトップの保持時間において得られた実測のマススペクトルと目的化合物の標準マススペクトルとを利用して、該目的化合物の含有の有無や夾雑物の存在を判定するようにしている。しかしながら、上記従来の方法は、m/z値が既知である目的化合物を定量することを前提としており、試料に含まれる未知の化合物の定量には不向きである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-095253号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したような、試料に含まれる化合物の網羅的な解析のためには、試料に含まれる既知の目的化合物のみならず、未知の化合物についても定量を行えることが必要であり、そのためには、既知、未知を問わず、試料に含まれる種々の化合物に対応するEICを得られることが望ましい。一方で、クロマトグラフ質量分析により収集されるデータには、例えば移動相に含まれる不純物等に由来するイオン強度も現れるが、こうした解析対象でない物質に対応するEICは不要である。
【0007】
ユーザーが解析したい化合物に対応するEICを取得するには、一般に、ユーザー自身がマススペクトルを確認したうえで、EICを作成するためのm/z値を指定する必要がある。しかしながら、クロマトグラフ質量分析により収集されるデータの量は膨大であるため、そうしたユーザーによる作業は非常に煩雑で時間が掛かり、非効率的である。また、そうした作業はそれを担当する作業者の技量や経験等に大きく依存するため、結果にばらつきが生じることが避けられず、化合物の抽出漏れや作業ミスも生じ易い。
【0008】
本発明はこうした課題を解決するためになされたものであり、その主たる目的は、ユーザーによる煩雑な作業なしに、クロマトグラフ質量分析により収集されたデータから、試料中の目的化合物や未知の化合物に対応するEICをできるだけ漏れなく抽出する、クロマトグラフ質量分析装置及びクロマトグラフ質量分析データ処理方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために成された本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置の一態様は、クロマトグラフ質量分析により収集されたデータを処理するデータ処理部を具備するクロマトグラフ質量分析装置であって、該データ処理部は、
収集されたデータに基いて複数の質量電荷比における信号強度が反映されたクロマトグラムを作成し、該クロマトグラムに対しピーク検出を行う第1ピーク検出部と、
前記第1ピーク検出部により検出されたピークの少なくとも一部について該ピークの時間範囲に得られたマススペクトルにおいて観測されるセントロイドピークの質量電荷比に対する抽出イオンクロマトグラムを作成する抽出イオンクロマトグラム作成部と、
前記抽出イオンクロマトグラム作成部により作成された抽出イオンクロマトグラムに対しピーク検出を行い、検出されたピークのピークトップの保持時間を取得する第2ピーク検出部と、
前記第2ピーク検出部より検出されたピークを、ピークトップの保持時間が実質的に同一であるもの毎に分類するグループ化部と、
前記グループ化部により分類されたグループ毎に、代表となる質量電荷比又は質量電荷比に対応する抽出イオンクロマトグラムを一以上選定する選定部と、
を備える。
【0010】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係るクロマトグラフ質量分析データ処理方法の一態様は、クロマトグラフ質量分析により収集されたデータを処理するクロマトグラフ質量分析データ処理方法であって、
収集されたデータに基いて複数の質量電荷比における信号強度が反映されたクロマトグラムを作成し、該クロマトグラムに対しピーク検出を行う第1ピーク検出ステップと、
前記第1ピーク検出ステップにおいて検出されたピークの少なくとも一部について、該ピークの時間範囲に得られたマススペクトルにおいて観測されるセントロイドピークの質量電荷比に対する抽出イオンクロマトグラムを作成する抽出イオンクロマトグラム作成ステップと、
前記抽出イオンクロマトグラム作成ステップにおいて作成された抽出イオンクロマトグラムに対しピーク検出を行い、検出されたピークのピークトップの保持時間を取得する第2ピーク検出ステップと、
前記第2ピーク検出ステップにおいて検出されたピークを、ピークトップの保持時間が実質的に同一であるもの毎に分類するグループ化ステップと、
前記グループ化ステップにおいて分類されたグループ毎に、代表となる質量電荷比又は質量電荷比に対応する抽出イオンクロマトグラムを一以上選定する選定ステップと、
を有する。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置及びクロマトグラフ質量分析データ処理方法の上記態様によれば、ユーザー(作業者)による煩雑な作業・操作無しに、クロマトグラフ質量分析により収集された膨大な量のマススペクトルデータ、クロマトグラムデータから、試料中の目的化合物や未知の不純物・夾雑物に対応するEICを漏れなく抽出することができる。こうした処理を自動的に行うことで、作業者の負担を軽減することができる。また、そうした処理は作業者の技量や経験等に依存しないので、処理結果のばらつきを抑えることができる。また、作業に要する時間を短縮し、化合物の解析を効率的に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置の一実施形態であるLC-MSの要部の構成図。
図2】本実施形態のLC-MSにおけるEIC自動抽出処理の流れを示すフローチャート。
図3】保持時間が近接しているピークの例を示す図。
図4図3に示したピークが観測されるEICをグループ化する処理の説明図。
図5図3に示したピークが観測されるEICのグループ化の結果を示す図。
図6】本実施形態のLC-MSにおけるEIC自動抽出処理の概念図。
図7】本実施形態のLC-MSにおいて自動抽出されたEICの表示形態の一例を示す図。
図8】本実施形態のLC-MSにおいて自動抽出されたEICの表示形態の他の例を示す図。
図9】本実施形態のLC-MSにおけるマススペクトル分離処理の説明図。
図10】強度値を二値化したマススペクトルの一例を示す図。
図11】本実施形態のLC-MSにおけるマススペクトル分離処理で得られるマスピークの集合の関係の一例を示すベン図。
図12】本実施形態のLC-MSにおけるマススペクトル分離処理で得られるマスピークの集合の関係の他の例を示すベン図。
図13】本実施形態のLC-MSにおけるマススペクトル分離処理で得られるマスピークの集合の関係の他の例を示すベン図。
図14】本実施形態のLC-MSにおけるマススペクトル分離処理で得られるマスピークの集合の関係の他の例を示すベン図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施形態であるLC-MSについて、添付図面を参照して説明する。
【0014】
図1は、本実施形態のLC-MSの要部の構成図である。本実施形態のLC-MSは、測定部としての液体クロマトグラフ部(LC部)1及び質量分析部(MS部)2と、データ処理部3と、入力部4と、表示部5と、を備える。なお、図1では、LC/MS分析のためにLC部1及びMS部2を制御する制御部の記載を省略している。
【0015】
LC部1は、移動相が貯留された移動相容器10、移動相を吸引して一定流量で送り出す送液ポンプ11、所定のタイミングで試料を移動相中に注入するインジェクター12、試料中の各種化合物を時間方向に分離するカラム13、などを含む。
【0016】
MS部2はシングルタイプの四重極型質量分析計であり、カラム13からの溶出液に含まれる化合物をイオン化するイオン化部20、生成されたイオンを輸送するイオンガイド21、22、特定のm/zを有するイオンを選択的に通過させる四重極マスフィルター23、イオンを検出する検出器24、などを含む。なお、MS部2はシングルタイプの四重極型質量分析計に限らず、トリプル四重極型質量分析計、四重極-飛行時間型質量分析計など、他の方式の質量分析計を用いることもできる。
【0017】
MS部2の検出器24からの検出信号を受けるデータ処理部3は、機能ブロックとして、データ格納部30、EIC抽出処理部31、マススペクトル分離処理部32、EIC表示処理部33、マススペクトル表示処理部34、共溶出判定部35、を含む。EIC抽出処理部31は、下位の機能ブロックとして、TIC作成部310、TICピーク検出部311、TICピーク選別部312、仮EIC作成部313、EICピーク検出部314、EICグループ化部315、EIC選定部316、を含む。
【0018】
一般に、データ処理部3及び図示しない制御部は、CPU、メモリーなどを含んで構成されるパーソナルコンピューター又はより高性能であるワークステーションと呼ばれるコンピューターをハードウェアとし、該コンピューターに予めインストールされた専用の処理・制御ソフトウェア(コンピュータープログラム)を該コンピューター上で実行することによって、その機能の少なくとも一部が実現されるものである。その場合、入力部4はコンピューターに付設されたキーボードやマウス等のポインティングデバイスであり、表示部5はコンピューターに付設されたディスプレイモニターである。
【0019】
上記コンピュータープログラムは、例えば、CD-ROM、DVD-ROM、メモリーカード、USBメモリー(ドングル)などの、コンピューター読み取り可能である非一時的な記録媒体に格納されてユーザーに提供されるものとすることができる。また、上記プログラムは、インターネットなどの通信回線を介したデータ転送の形式で、ユーザーに提供されるようにすることもできる。さらにまた、上記プログラムは、ユーザーがシステムを購入する時点で、予めシステムの一部であるコンピューター(厳密にはコンピューターの一部である記憶装置)にプリインストールしておくこともできる。
【0020】
まず、本実施形態のLC-MSにおいてLC部1及びMS部2により実行されるLC/MS分析動作を簡単に説明する。このLC/MS分析動作は一般的なLC-MSで実施されるものと同じである。
【0021】
LC部1において、送液ポンプ11は移動相容器10から移動相を吸引し、一定流量でカラム13に送給する。インジェクター12は所定のタイミングで試料を移動相中に注入する。注入された試料は移動相の流れに乗ってカラム13に導入される。試料中の各種化合物は、カラム13を通過する間に該カラム13の液相との相互作用により時間方向に分離され、時間的にずれてカラム13の出口から溶出する。
【0022】
カラム13からの溶出液中の化合物はイオン化部20においてイオン化され、イオン化部20で生成されたイオンはイオンガイド21、22により輸送されて四重極マスフィルター23に導入される。試料中の未知の化合物を含めた化合物の一斉分析の際には、四重極マスフィルター23は所定のm/z範囲のスキャン測定を繰り返すように駆動される。検出器24は、このように駆動される四重極マスフィルター23を通り抜け得たイオンの量に応じたイオン強度を検出信号として出力する。従って、データ処理部3には、LC部1において試料が移動相に注入された時点を起点として所定の分析時間が経過するまでの間に、所定のm/z範囲のマススペクトルに対応する検出信号が繰り返し入力される。
【0023】
データ処理部3においてデータ格納部30は、アナログデジタル変換部を含み、時間経過に伴って順次入力される検出信号をデジタル化して保存する。従って、データ格納部30には、マススペクトル及びクロマトグラムをそれぞれ構成する大量のデータが保存される。
【0024】
次に、或る試料についてLC/MS分析を行うことで収集されたデータが保存されている状態で、該データを利用して実施される特徴的なデータ処理の一例について、図2図6を参照して説明する。図2は、データ処理部3において実施されるEIC自動抽出処理の流れを示すフローチャートである。
【0025】
例えばユーザーが入力部4で所定の操作を行うと、EIC抽出処理部31はEIC自動抽出処理を開始する。
まず、TIC作成部310は、データ格納部30から読み出したデータに基いてトータルイオンクロマトグラム(Total Ion Chromatogram:TIC)を作成する(ステップS1)。
【0026】
このクロマトグラムは、特定の一つのm/z値に対応するクロマトグラムではなく、様々なm/zにおいて観測されるピークが反映されたクロマトグラムであればよい。従って、TICの代わりに、ベースピーククロマトグラム(Base Peak Chromatogram:BPC)又はマルチイオンクロマトグラム(Multi Ion Chromatogram:MIC)でもよい。MICは、全測定m/z範囲の中で特定の一若しくは複数のm/z値又はm/z範囲を除いたm/z範囲におけるイオン強度を合算して得られるクロマトグラムである。
【0027】
なお、EICは本来、一つのm/z値に対するイオン強度の時間変化を示すクロマトグラムであるとは限らず、複数のm/z値に対するイオン強度の合算値の時間変化を示すクロマトグラムを包含するため、MICを含み得る。しかしながら、本明細書では、EICは特定の一つのm/z値に対するイオン強度の時間変化を示すクロマトグラムを指し、MICとは区別するものとする。
【0028】
TICピーク検出部311は、TIC作成部310で作成された一つのTICに対し、所定の基準に従ってピーク検出を実行し、検出したピーク毎にピーク始点及び終点の時間を求める(ステップS2)。図6(A)はTICの一例である。このTICに対してピーク検出を実施すると、二つのピークが検出される。一つ目のピークの始点及び終点はt1及びt2であり、時間範囲t1~t2がこのピークのピーク範囲Wである。
【0029】
続いて、TICピーク選別部312は、TICピーク検出部311で検出された全てのTICピークについてそれぞれ、そのピーク形状が予め設定された所定の条件を満たすか否かを判定し、所定の条件を満たさないTICピークを除外する(ステップS3)。
【0030】
このステップの主たる目的は、例えば移動相等に由来するノイズピークを極力除外することであり、そうした目的に適合するように所定の条件を定めればよい。一例としては、ピークの前半部(立上り)及び/又は後半部(立下り)の接線の傾きが基準を満たしていることを所定の条件とすることができる。また、別の例として、TICピークを構成する各点の強度値についての変動係数(相対的なばらつき)を計算し、その変動係数が基準を満たすことを所定の条件とすることができる。この変動係数とは、通常、標準偏差/平均で求まる値である。
【0031】
なお、ステップS3における所定の条件を、ステップS2においてTICピークを検出する際の条件に加えることで、ステップS2、S3を実質的に同時に実行することができる。
【0032】
そのあと、仮EIC作成部313は、上記ステップS3での選別により残ったTICピーク毎に、ピーク範囲(始点~終点)の間の各時点で取得された多数のマススペクトルを構成するデータを取得し、マススペクトル毎にセントロイド化を行ってセントロイドスペクトルを算出する。セントロイド化に際して、例えば信号強度が閾値以下であるマスピークを除外する等の一種のノイズ除去処理を実施してもよい。そして、ピーク範囲全体に含まれる全てのセントロイドスペクトルにおいて観測されるマスピークのm/z値を求め、このm/z値に対するEICを作成する(ステップS4)。このEICは、測定範囲全体であってもよいし、元のTICピークのピーク範囲のみでもよい。
【0033】
なお、ピーク範囲内の各時点において求まる複数のセントロイドスペクトルの間では、理論的に同じm/z値のマスピークに、MS部2の質量精度等の限界に伴うm/zずれが生じることが避けられない。そのため、m/zずれの許容幅を予め決めておき、その許容幅に含まれるマスピークは同じm/z値であるものと推定してm/z値を決定するとよい。これにより、MS部2の性能の制約を要因として同じイオンに対応する複数のEICが作成されてしまう事態を回避することができる。
【0034】
例えば図6(A)中の一つ目のTICピークのピーク範囲Wにおける或る時点で得られるセントロイドスペクトルが図6(B)に示すものであり、このセントロイドスペクトル中のマスピーク以外のマスピークはピーク範囲Wに存在しないものとする。その場合、m/z値がそれぞれm/z1、m/z2、m/z3、及びm/z4である、四つのm/z値に対するEICが作成される。このEICを図6(C)に示す。但し、図6(C)では、ピーク範囲Wの外側のEICも描出してある。このようにして、TICピーク毎にそれぞれ一又は複数のEICを作成することができる。
【0035】
EICピーク検出部314は、各EICに対し所定の基準に従ってピーク検出を実行し、検出されたEICピークのピークトップの保持時間を求める(ステップS5)。このとき、EICピーク検出部314はピークが検出されなかったEICを除外する(ステップS6)。
【0036】
図6(C)においてm/z1のEICは、移動相に含まれる化合物(例えば移動相に混じっている不純物)に対応するEICである。測定時間全般に亘って現れるこうした化合物は、図6(B)に示すようにセントロイドスペクトルにおいてマスピークを示すものの、時間方向の強度変化は小さいため、EICでは明確なピークが現れない。そのため、このようなEICはステップS6の処理において除外される。
【0037】
次に、EICグループ化部315は、EICピーク検出部314で検出された各EICピークを、ピークトップの保持時間が実質的に同じである(つまり同じであるとみなせる時間範囲にある)もの毎にグループ化する(ステップS7)。同一グループであるとみなせる時間範囲は保持時間に依らず一定としてもよいが、例えばピークの保持時間が大きいほどその時間範囲を広げるようにしてもよい。
【0038】
ここで、EICピークをグループ化する際のルールの一例を、図3図5により説明する。
この例では、同じピーク範囲に存在する複数のEICピークをグループ化する際に、ピークトップの強度を優先し、強度の高いものから順にグループを形成する。そして、既にグループ化されたEICピークは他のグループには属さないようにする。
【0039】
いま、一つのTICピークのピーク範囲に、図3に示すような保持時間及び強度の3個のEICピークA、B、Cが存在したものとする。また、ピークトップの保持時間が同じであるとみなせる時間範囲は1秒以内であるものとする。図4は、図3に示した3個のEICピークA、B、Cの付近のクロマトグラム波形の模式図である。
【0040】
上述したように、ここではピークトップの強度を優先してグループ化を行うため、EICグループ化部315は、強度が最も高いEICピークCを選択してこれを基準として定める。このEICピークCの保持時間(61秒)に対し、次に強度が高いEICピークBのピークトップの保持時間(60秒)は1秒以内である。そのため、EICグループ化部315は、EICピークCとEICピークBとを同一グループに分類する。次に、EICピークCの保持時間(61秒)に対し、EICピークBの次に強度が高いEICピークAのピークトップの保持時間(59秒)を確認すると、その差は1秒を越えている。そのため、EICグループ化部315は、EICピークAをEICピークC、Bとは別のグループに分類する。従って、この例では、EICピークのグループ化の結果、図5に示すように二つのグループ#1、#2が形成される。
【0041】
図6(C)に示した三つのEIC(上述したようにm/z1のEICは除外)についてピーク検出を行い、検出されたピークのグループ化を実施すると、図6(D)に示すように、m/z2のピークとm/z3のピークとは同じグループに分類され、m/z4のピークは別のグループに分類される。即ち、この例では、一つのTICピークのピーク範囲Wの時間範囲t1~t2に、二つのグループが存在していると判断することができる。
【0042】
同じグループに属するm/z値を示すイオンは、同じ化合物に由来する異なるイオンであると推定できる。それは、例えば、化学構造が全く同じであって構成する元素の同位体が異なる同位体イオン、或いは、或る化合物のイオンとそのイオン化の際に別の分子(アダクト)が付加したアダクトイオンなどである。また、同じ化合物由来で価数が異なる多価イオンやイオン化の際に重合が生じた多量体イオンである場合もある。こうしたイオンは、基本的に保持時間は同一であってm/z値のみが相違するため、同じグループに分類される筈である。一方、図6(D)におけるm/z4のEICピークは、一つのTICピークのピーク範囲W内に存在しているものの、そのEICピークの保持時間は、m/z2及びm/z3のEICピークの保持時間とは明確に異なっており、それらと同一化合物由来のイオンではないと推定できる。こうして、TICピークでは重なっている複数のピークを、それぞれの化合物に対応するクロマトピークに分離することができる。
【0043】
各TICピークに関して上述したようなEICピークのグループ化が終了したあと、EIC選定部316は、グループ毎に一つのm/z値を選択する。一つではなく複数のm/z値を選択できるようにしてもよいが、通常は一つで十分である。典型的には、ピークトップの強度が最大であるm/z値を選択すればよいが、選択方法はこれに限らない。EIC選定部316は、そうしてグループ毎に選択したm/z値をリストアップする(ステップS8)。これにより、元のTICからの自動的なEICの抽出(実際にはEICに対応するm/z値の抽出)が終了する。
【0044】
共溶出判定部35は、上記のグループ化の結果に基いて、一つのTICピークのピーク範囲に複数のグループが存在しているか否かを判定する。複数のグループが存在していれば、その複数のグループは互いに共溶出していると判定する(ステップS9)。図6(D)の例では、m/z値がm/z2及びm/z3である化合物を含むグループと、m/z値がm/z4である化合物を含むグループとは互いに共溶出していると判断することができる。
【0045】
EIC表示処理部33は、EIC選定部316においてリストアップされた各m/z値に対応するEICを描画し表示部5に表示する(ステップS10)。通常、多数のEICが得られるが、それらを表示色を変えて重ね描きしてもよいし、縦方向に少しずつすらしたスタック表示としてもよい。或いは、多数のEICをタブ等により切替え可能に表示してもよい。また、このとき、図6(C)に示したように、各EICピークを含む広い時間範囲(最大では測定時間範囲全体)に亘るETCを表示するようにしてもよいし、ETC毎に、EICピークのピーク部分つまりはそのピークの始点から終点までの範囲のみ又はそれを含む所定の狭い時間範囲の波形を切り出して表示するようにしてもよい。
【0046】
図7は、図6の例で抽出された二つのEICピークのピーク部分周辺の時間範囲の波形のみを切り出して重ねて表示した例である。図8は、それら二つのEICピークのピーク部分のみを切り出して縦方向に並べて表示した例である。このようにEICピーク部分のみを表示することで、ユーザーは化合物に対応するクロマトピークの波形を容易に把握することができる。
【0047】
また、このようにEICを表示する際に、共溶出に関する判定結果を併せて表示してもよい。例えば、各EICピークにおいて共溶出している時間範囲の波形を示すカーブを他の時間範囲とは異なる色で表示する、或いは共溶出している時間範囲の背景部分をそれ以外とは異なる色で表示する等の表示の態様が考えられる。また、このようなEICの表示の態様は、ユーザーによる設定に応じて切替え可能としておくことが好ましい。
【0048】
さらに、本実施形態のLC-MSでは、ETCピークの分離結果を利用して、複数の化合物由来のマスピークが混在しているマススペクトルから、例えば各化合物を主として反映しているマススペクトルや特定の化合物由来のマスピークを除外したマススペクトルなどのマススペクトル情報を求めることができる。
【0049】
いま一例として図9(B)に示すように、保持時間が近接している、異なる化合物に由来する二つのクロマトピークX、Yが重なって、TICでは図9(A)に示すように一つのクロマトピークUに見える場合を考える。クロマトピークXのピークトップの時間txにはクロマトピークYの一部が重なっているから、時間txにおいて取得されたマススペクトルには、それら二つのクロマトピークX、Yにそれぞれ対応する2種類の化合物由来のマスピークが混在する。一方、クロマトピークYのピークトップの時間tyにはクロマトピークXの一部が重なっているから、時間tyにおいて取得されたマススペクトルにも、それら二つのクロマトピークX、Yにそれぞれ対応する2種類の化合物由来のマスピークが混在する。また、図6の例で述べたように、TIC上のクロマトピークUにはクロマトピークX、Yにそれぞれ対応する化合物由来のクロマトピークのみならず、移動相に含まれる不純物等の夾雑物由来のクロマトピークも重なっている可能性がある。そこで、マススペクトル分離処理部32は、以下のような手法のいずれかによって、複数の化合物由来のマスピークが混在しているマススペクトルデータから、クロマトピークXに対応するマススペクトル情報を算出する。
【0050】
<手法1>上述したEIC抽出処理の結果、クロマトピークXのピークトップの時間txが判明する。そこで、マススペクトル分離処理部32は、時間txにおいて取得されたマススペクトル(セントロイドスペクトル)において観測されるマスピークを全て集め、これをクロマトピークXに対応するマススペクトル情報とみなす。但し、ここでいうマスピークは、例えば次の二つの定義A、Bのいずれかを採用するものとする。
【0051】
(定義A)マスピークの強度を実質的に無視し、セントロイドピークが存在するm/z値のみをピーク情報とする。つまり、簡単に言えば、各マスピークの強度を「0」又は「1」の二値化し、強度が「1」であるマスピークのみを集める。従って、或る一つのマススペクトルは、マスピークが存在するm/z値の集合{Ma,Mb,Mc,…}で表すことができる。また、マススペクトルは、図10に示すような、m/z軸上の各m/zにおける強度が二値であるバー表示のマススペクトルとして表される。
【0052】
(定義B)クロマトピークXのピークトップの時間txにおけるマススペクトルにおいて観測されるマスピーク、又は、クロマトピークXのピークトップの時間txを中心とする所定の時間範囲(ピークトップ付近)に得られた複数のマススペクトルの平均マススペクトルにおいて観測されるマスピークの、m/z値と強度との組をピーク情報とする。従って、或る一つのマススペクトルは、マスピークが存在するm/z値と強度との組の集合{(Ma,Ia),(Mb,Ib),(Mc,Ic),…}で表すことができる。
【0053】
手法1で定義Aを採用した場合には、クロマトピークXのピークトップの時間txに得られた、図10に示すようなマススペクトル(元のマススペクトルにおける強度情報を無視したマススペクトル)がクロマトピークXに対応するマススペクトルである。一方、手法1で定義Bを採用した場合、定義Bで与えられたマスピークの集合がそのままクロマトピークXに対応するマススペクトルである。
【0054】
クロマトピークX、Y、及びUのピークトップの時間におけるそれぞれのマススペクトル上で観測されるマスピークの関係をベン図で表すと、図11に示すようになる。[U]、[X]、及び[Y]はそれぞれ、クロマトピークU、X、及びYのピークトップの時間において得られるマススペクトル上で観測されるマスピークの集合を示す。そして、図11において斜線で示した部分、つまり[X]が、手法1で得られるマススペクトル情報であり、これはクロマトピークXのピークトップにおけるマススペクトルで観測されるマスピークの集合である。図示するように、この手法1により得られるマススペクトル情報は、クロマトピークYに対応する化合物由来のマスピークの一部を含むものの、クロマトピークUのみに対応する化合物由来のマスピークは含まない。
【0055】
<手法2> マススペクトル分離処理部32は、上記手法1で得られたマスピークの集合[X]から、クロマトピークYのピークトップの時間tyにおけるマススペクトルで観測されるマスピークを差し引き、その残りのマスピークをクロマトピークXに対応するマススペクトル情報とする。
【0056】
この手法2で定義Aを採用する場合、各マスピークの強度を考慮しない。そのため、この場合に形成されるマススペクトルは、クロマトピークX由来のマスピークの集合とクロマトピークY由来のマスピークの集合の差集合に対応するマススペクトルである。即ち、それは、図12に示したベン図において斜線で示される部分に相当するマススペクトル情報である。
【0057】
一方、手法2で定義Bを採用する場合には、上記マスピークの差し引きは、同じm/z値であるマスピーク同士の強度値の減算で定義する。但し、この減算は、時間txにおけるクロマトピークXとクロマトピークYとの強度比に応じて、該時間txにおけるマススペクトル上の該当m/z値のマスピークの強度を分配し、その分配された強度値に基いて行われるものとすることができる。従って、この場合には、定義Aが採用された場合とは異なり、図12に示すベン図において[X]∩[Y]で示される範囲に、クロマトピークXに対応する化合物由来であると推定される強度値を示すマスピークが残ることになる。
【0058】
<手法3> マススペクトル分離処理部32は、クロマトピークXのピークトップの時間txにおけるマススペクトルで観測されるマスピーク、及び、クロマトピークUのピークトップの時間tuにおけるマススペクトルで観測されるマスピークを集め、クロマトピークYのピークトップの時間tyにおけるマススペクトルで観測されるマスピークを差し引き、その残りのマスピークをクロマトピークXに対応するマススペクトル情報とする。
【0059】
この手法3で定義Aを採用する場合、これによって形成されるマススペクトル情報は、図13に示したベン図において斜線で示される部分、つまりクロマトピークYのピークトップの時間tyにおけるマススペクトルで観測されるマスピークの集合[Y]の補集合に相当する。一方、手法3で定義Bを採用する場合、手法2と同様に、マスピークの加算、減算は、同じm/z値であるマスピーク同士の強度値の加算、減算で定義することができる。
【0060】
<手法4> マススペクトル分離処理部32は、手法3で求まった、マスピークの集合[Y]の補集合に、クロマトピークXのピークトップの時間txにおけるマススペクトルとクロマトピークYのピークトップの時間tyにおけるマススペクトルとで共に観測されるマスピークの集合[X]∩[Y]を加え、これをクロマトピークXに対応するマススペクトル情報とする。
【0061】
この手法4で定義Aを採用する場合、これによって形成されるマススペクトル情報は、図14に示したベン図において斜線で示される部分、つまりはクロマトピークYの時間tyにおけるマススペクトルのみで観測されるマスピークの集合の補集合に相当する。
一方、手法4で定義Bを採用する場合、手法2、3と同様に、マスピークの加算、減算は、同じm/z値であるマスピーク同士の強度値の加算、減算で定義することができる。
【0062】
上記のような手法1~手法4のいずれかを用いて、クロマトピークXに対応する化合物由来のマススペクトル又はそのマススペクトルにおけるマスピーク情報を得ることができる。同様にして、クロマトピークXに重なっているクロマトピークYに対応する化合物由来のマススペクトル又はそのマススペクトルにおけるマスピーク情報を得ることができる。マススペクトル表示処理部34は、マススペクトル分離処理部32により算出されたマススペクトルを表示部5の画面上に表示する。
上記手法1~手法4のいずれを用いるのか、及び定義A、Bのいずれを用いるのかについては、ユーザーが適宜選択できるようにしておくとよい。また、個々のクロマトピークに対応するマススペクトルを算出する際の手法については、上記記載のものに限らず、適宜変更することができる。
【0063】
以上のようにして、本実施形態のLC-MSによれば、試料に含まれる有意な化合物に対応するEICを自動的に且つ網羅的に抽出し、それをユーザーに提示することができる。また、併せて、時間的に重なって溶出する化合物が存在するか否か、及び、いずれの化合物が重なっているのかを自動的に判定し、ユーザーに知らせることができる。さらにまた、時間的に重なって溶出する複数の化合物にそれぞれ対応するマススペクトルもユーザーに提示することができる。
【0064】
なお、上記実施形態は本発明をLC-MSに適用したものであるが、GC-MSにも本発明を適用可能であることは明らかである。
【0065】
また、上記実施形態は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加等を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【0066】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0067】
(第1項)本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置の一態様は、クロマトグラフ質量分析により収集されたデータを処理するデータ処理部を具備するクロマトグラフ質量分析装置であって、該データ処理部は、
収集されたデータに基いて複数の質量電荷比における信号強度が反映されたクロマトグラムを作成し、該クロマトグラムに対しピーク検出を行う第1ピーク検出部と、
前記第1ピーク検出部により検出されたピークの少なくとも一部について該ピークの時間範囲に得られたマススペクトルにおいて観測されるセントロイドピークの質量電荷比に対する抽出イオンクロマトグラムを作成する抽出イオンクロマトグラム作成部と、
前記抽出イオンクロマトグラム作成部により作成された抽出イオンクロマトグラムに対しピーク検出を行い、検出されたピークのピークトップの保持時間を取得する第2ピーク検出部と、
前記第2ピーク検出部より検出されたピークを、ピークトップの保持時間が実質的に同一であるもの毎に分類するグループ化部と、
前記グループ化部により分類されたグループ毎に、代表となる質量電荷比又は質量電荷比に対応する抽出イオンクロマトグラムを一以上選定する選定部と、
を備える。
【0068】
(第8項)また本発明に係るクロマトグラフ質量分析データ処理方法の一態様は、クロマトグラフ質量分析により収集されたデータを処理するクロマトグラフ質量分析データ処理方法であって、
収集されたデータに基いて複数の質量電荷比における信号強度が反映されたクロマトグラムを作成し、該クロマトグラムに対しピーク検出を行う第1ピーク検出ステップと、
前記第1ピーク検出ステップにおいて検出されたピークの少なくとも一部について、該ピークの時間範囲に得られたマススペクトルにおいて観測されるセントロイドピークの質量電荷比に対する抽出イオンクロマトグラムを作成する抽出イオンクロマトグラム作成ステップと、
前記抽出イオンクロマトグラム作成ステップにおいて作成された抽出イオンクロマトグラムに対しピーク検出を行い、検出されたピークのピークトップの保持時間を取得する第2ピーク検出ステップと、
前記第2ピーク検出ステップにおいて検出されたピークを、ピークトップの保持時間が実質的に同一であるもの毎に分類するグループ化ステップと、
前記グループ化ステップにおいて分類されたグループ毎に、代表となる質量電荷比又は質量電荷比に対応する抽出イオンクロマトグラムを一以上選定する選定ステップと、
を有する。
【0069】
第1項に記載のクロマトグラフ質量分析装置は典型的には、LC-MS、又はGC-MSである。その場合、MS部は、シングル四重極型質量分析計、トリプル四重極型質量分析計、四重極-飛行時間型質量分析計、イオントラップ型質量分析計など、様々な方式のものを利用することができる。
【0070】
(第2項)第1項に記載のクロマトグラフ質量分析装置では、前記複数の質量電荷比における信号強度が反映されたクロマトグラムは、TIC、BPC、又はMICのいずれかであるものとすることができる。
【0071】
第1項及び第2項に記載のクロマトグラフ質量分析装置、並びに、第8項に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理方法によれば、ユーザー(作業者)による煩雑な作業・操作無しに、クロマトグラフ質量分析により収集された膨大な量のマススペクトルデータ、クロマトグラムデータから、試料中の目的化合物や未知の不純物・夾雑物に対応するEICを漏れなく抽出することができる。こうした処理を自動的に行うことで、作業者の負担を軽減することができる。また、そうした処理が作業者の技量や経験等に依存しないので、処理結果のばらつきを抑えることができる。また、作業に要する時間を短縮し、化合物の解析を効率的に行うことができる。
【0072】
(第3項)第1項又は第2項に記載のクロマトグラフ質量分析装置は、同じ時間範囲を共有する複数のグループが存在するか否かにより共溶出を判定する共溶出判定部、をさらに備えるものとすることができる。
【0073】
第3項に記載のクロマトグラフ質量分析装置によれば、共溶出の有無、及び共溶出している化合物を容易に且つ的確に判定することができる。
【0074】
(第4項)第1項~第3項のいずれか1項に記載のクロマトグラフ質量分析装置は、前記第1ピーク検出部により検出されたピークについてピーク形状が所定の基準を満たしていないものを除外するピーク選別部、をさらに備え、該ピーク選別部による選別に残ったピークを前記抽出イオンクロマトグラム作成部による処理に供するものとすることができる。
【0075】
第4項に記載のクロマトグラフ質量分析装置では、ピーク選別部において、移動相等に由来するノイズピークが除去される。これにより、試料中に存在する化合物に対応するEICをより的確に抽出することができる。
【0076】
(第5項)第1項~第4項のいずれか1項に記載のクロマトグラフ質量分析装置において、前記選定部は、グループ毎に代表となる質量電荷比に対応する抽出イオンクロマトグラムを一以上選定するものであり、該選定部で選定されたグループ毎の抽出イオンクロマトグラムを表示部に表示する表示処理部、をさらに備えるものとすることができる。
【0077】
上記表示処理部は、複数のEICを同時に、例えば重ねて又は並べて表示部に表示するものであってもよいし、指示に応じて切替え可能に表示するものであってもよい。
【0078】
第5項に記載のクロマトグラフ質量分析装置によれば、試料に含まれる有意な化合物に対応するEICをユーザーに提示することができる。
【0079】
(第6項)第5項に記載のクロマトグラフ質量分析装置において、前記表示処理部は、抽出イオンクロマトグラムに現れるピークの始点から終点までのピーク範囲又は該ピーク範囲を含む所定の時間範囲の波形を切り出して表示するものとすることができる。
【0080】
第6項に記載のクロマトグラフ質量分析装置によれば、試料に含まれる有意な化合物が現れる保持時間付近の、有用なピーク波形のみをユーザーに提示することができる。
【0081】
(第7項)第1項~第6項のいずれか1項に記載のクロマトグラフ質量分析装置において、前記データ処理部は、収集されたデータから、前記選定部で選定された抽出イオンクロマトグラムにおいて観測されるピークの情報を利用して該ピークに対応するマスピークの情報を抽出し、マススペクトルを作成するマススペクトル分離処理部、をさらに備えるものとすることができる。
【0082】
第7項に記載のクロマトグラフ質量分析装置によれば、試料に含まれる化合物毎のEICを得ることができるのみならず、化合物毎のマススペクトルも得ることができる。これにより、例えばマススペクトルを利用して化合物の種類の確認、構造推定などを行うことができる。
【符号の説明】
【0083】
1…LC部
10…移動相容器
11…送液ポンプ
12…インジェクター
13…カラム
2…MS部
20…イオン化部
21、22…イオンガイド
23…四重極マスフィルター
24…検出器
3…データ処理部
30…データ格納部
31…EIC抽出処理部
310…TIC作成部
311…TICピーク検出部
312…TICピーク選別部
313…仮EIC作成部
314…EICピーク検出部
315…EICグループ化部
316…EIC選定部
32…マススペクトル分離処理部
33…EIC表示処理部
34…マススペクトル表示処理部
35…共溶出判定部
4…入力部
5…表示部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14