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  • 特許-(R)-レチクリンの生産方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-10
(45)【発行日】2025-03-18
(54)【発明の名称】(R)-レチクリンの生産方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 17/12 20060101AFI20250311BHJP
   C12N 15/53 20060101ALI20250311BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20250311BHJP
   C12N 15/29 20060101ALI20250311BHJP
【FI】
C12P17/12 ZNA
C12N15/53
C12N1/21
C12N15/29
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021528257
(86)(22)【出願日】2020-06-16
(86)【国際出願番号】 JP2020023561
(87)【国際公開番号】W WO2020262107
(87)【国際公開日】2020-12-30
【審査請求日】2023-06-14
(31)【優先権主張番号】P 2019116701
(32)【優先日】2019-06-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】723012515
【氏名又は名称】ファーメランタ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100152331
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 拓
(72)【発明者】
【氏名】中川 明
(72)【発明者】
【氏名】南 博道
【審査官】山本 匡子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/173590(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/207643(WO,A1)
【文献】WINZER T.et al.,Morphinan biosynthesis in opium poppy requires a P450-oxidoreductase fusion protein,Science,2015年07月17日,Vol.349, Issue 6245,p.309-312
【文献】NAKAGAWA A.et al.,Total biosynthesis of opiates by stepwise fermentation using engineered Escherichia coli,Nature Communications,2016年02月05日,7:10390,DOI:10.1038/ncomms10390
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-90
C12P
C12N 9/00-99
MEDLINE/BIOSIS/REGISTRY/CAPLUS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号2のヌクレオチド配列に対して、0%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、(S)-レチクリンを酸化して1,2-デヒドロレチクリニウムを生成する活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子1と、
配列番号3のヌクレオチド配列に対して、0%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、オキシドリダクターゼの酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子2と、を宿主細胞に挿入して組換え宿主細胞を得るステップと、
前記組換え宿主細胞において、前記(S)-レチクリンを酸化して1,2-デヒドロレチクリニウムを生成する活性を有するタンパク質と、前記オキシドリダクターゼの酵素活性を有するタンパク質を発現させるステップと、
前記組換え宿主細胞によって、(S)-レチクリンから(R)-レチクリンを生産させるステップと、
を含
前記宿主細胞が原核生物である、(R)-レチクリンの生産方法。
【請求項2】
配列番号1のヌクレオチド配列に対して、0%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、STORRの酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子3を、
配列番号2のヌクレオチド配列に対して、0%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、(S)-レチクリンを酸化して1,2-デヒドロレチクリニウムを生成する活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子1と、
配列番号3のヌクレオチド配列に対して、0%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、オキシドリダクターゼの酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子2と、に分けるステップと、
前記遺伝子1と、前記遺伝子2とを宿主細胞に挿入して組換え宿主細胞を得るステップと、
前記組換え宿主細胞において、前記(S)-レチクリンを酸化して1,2-デヒドロレチクリニウムを生成する活性を有するタンパク質と、
前記オキシドリダクターゼの酵素活性を有するタンパク質を発現させるステップと、
前記組換え宿主細胞によって、(S)-レチクリンから(R)-レチクリンを生産させるステップと、
を含
前記宿主細胞が原核生物である、(R)-レチクリンの生産方法。
【請求項3】
前記(S)-レチクリンを酸化して1,2-デヒドロレチクリニウムを生成する活性を有するタンパク質のN末疎水性領域をコードするヌクレオチド配列を、前記遺伝子1から削除するステップ、
配列番号4のヌクレオチド配列に対して、0%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、5-アミノレブリン酸シンターゼ1の酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子4を、前記宿主細胞に導入して、前記5-アミノレブリン酸シンターゼ1の酵素活性を有するタンパク質を発現させるステップ、及び
配列番号5のヌクレオチド配列に対して、0%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、CPRの酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子5を、前記宿主細胞に導入して、前記CPRの酵素活性を有するタンパク質を発現させるステップのうち、
少なくともいずれか一つのステップを更に含む、請求項1または2に記載の(R)-レチクリンの生産方法。
【請求項4】
前記(S)-レチクリンを酸化して1,2-デヒドロレチクリニウムを生成する活性を有するタンパク質のN末疎水性領域をコードするヌクレオチド配列を、前記遺伝子1から削除するステップ、
配列番号4のヌクレオチド配列に対して、0%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、5-アミノレブリン酸シンターゼ1の酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子4を、前記宿主細胞に導入して、前記5-アミノレブリン酸シンターゼ1の酵素活性を有するタンパク質を発現させるステップ、及び
配列番号5のヌクレオチド配列に対して、0%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、CPRの酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子5を、前記宿主細胞に導入して、前記CPRの酵素活性を有するタンパク質を発現させるステップ、
を更に含む、請求項1または2に記載の(R)-レチクリンの生産方法。
【請求項5】
前記原核生物が、大腸菌である、請求項に記載の(R)-レチクリンの生産方法。
【請求項6】
配列番号1のヌクレオチド配列に対して、90%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、STORRの酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子3を、
配列番号2のヌクレオチド配列に対して、90%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、(S)-レチクリンを酸化して1,2-デヒドロレチクリニウムを生成する活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子1と、
配列番号3のヌクレオチド配列に対して、90%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、オキシドリダクターゼの酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子2と、に分けるステップと、
前記遺伝子1と、前記遺伝子2と、
配列番号4のヌクレオチド配列に対して、90%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、5-アミノレブリン酸シンターゼ1の酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子4と、
配列番号5のヌクレオチド配列に対して、90%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、CPRの酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子5と、を宿主細胞に挿入して組換え宿主細胞を得るステップと、
前記組換え宿主細胞において、前記(S)-レチクリンを酸化して1,2-デヒドロレチクリニウムを生成する活性を有するタンパク質と、
前記オキシドリダクターゼの酵素活性を有するタンパク質と、前記5-アミノレブリン酸シンターゼ1の酵素活性を有するタンパク質と、前記CPRの酵素活性を有するタンパク質を発現させるステップと、
前記組換え宿主細胞によって、(S)-レチクリンから(R)-レチクリンを生産させるステップと、を含む、(R)-レチクリンの生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物ベンジルイソキノリンアルカロイドである、(R)-レチクリンの生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ベンジルイソキノリンアルカロイドに属する医薬上有用な化合物として、モルヒネをはじめとするオピオイド系鎮痛剤が知られている。従来、オピオイド系鎮痛剤は、天然の植物から抽出する方法により生産されてきた。植物の二次代謝産物を利用するこの方法で得られる鎮痛剤は、その他の方法で生産される鎮痛剤と比較して高価であるため、別の方法が望まれていた。
【0003】
モルヒネをはじめとする、いくつかのベンジルイソキノリンアルカロイドは、化学合成による全合成も可能ではある。しかし、アルカロイドが有する複雑な構造やキラリティーのため、低コストでこれらの生産を行うことは困難である。
【0004】
そこで本発明者らはこれまで、ベンジルイソキノリンアルカロイドの全生合成工程を微生物系において行う試みをしてきた(特許文献1、非特許文献1,2)。宿主細胞として微生物を用いるこの方法では、植物および微生物の酵素を組み合わせてイソキノリンアルカロイド生合成経路を再構築する。
【0005】
ところで、ベンジルイソキノリンアルカロイドは、モクレン科、キンポウゲ科、メギ科、ケシ科、およびその他の多くの植物種において、チロシンから合成され、その多くが(S)-レチクリンを生合成中間体としている。
【0006】
オピオイド系鎮痛剤の原料であるテバインは、(S)-レチクリンが光学異性体の(R)-レチクリンに転換される反応を経て得られる。(S)-レチクリンを(R)-レチクリンに転換する酵素は、長らく同定されていなかったが、非特許文献3において、(S)-レチクリンを(R)-レチクリンに転換する酵素である、STORR((S)-tо-(R)-reticulin)タンパク質が同定された(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第2012/039438号
【文献】特表2017-500024号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Akira N, et al. (2016) Total biosynthesis of opiates by stepwise fermentation using engineered Escherichia coli. Nat Commun. 7: 10390
【文献】Akira N, et al. (2011) A bacterial platform for fermentative production of plant alkaloids. Nat Commun. 2: 326
【文献】Thilo W, et al. (2015) Morphinan biosynthesis in opium poppy requires a P450-oxidoreductase fusion protein. Science. 349(6245): 309-312
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし非特許文献3では、微生物を用いて、(S)-レチクリンから(R)-レチクリンを生産する具体的な方法は開示されていない。
【0010】
他方、特許文献2では、酵母等の真核生物を宿主細胞とし、STORRと同一又は類似のアミノ酸配列を利用して、(R)-レチクリンを生産する方法が開示されている(特許文献2)。
【0011】
しかし特許文献2では、原核生物を宿主細胞として用いて(R)-レチクリンを生産する方法は開示されていない。これは、原核生物においてP450酵素や、サルタジン合成酵素(SalS)を機能的に発現させることが困難であるためである。そのため、特許文献2では、宿主細胞として適用可能な対象は酵母などの真核生物に留まり、原核生物(例えば大腸菌など)を宿主細胞として(R)-レチクリンを生産することは困難である。
【0012】
また特許文献2では、生産された(R)-レチクリンに、(S)-レチクリンも混在しており、(R)-レチクリンだけを生成することは困難である。そのため、特許文献2の方法では、(R)-レチクリンのみを得るためには、キラルカラムによる光学分割等を行う必要があった。
【0013】
そこで本発明では、高い転換効率で(S)-レチクリンから(R)-レチクリンを生産する方法を提供することを目的とする。本発明はまた、宿主細胞として原核生物を用いても、(R)-レチクリンを高い転換効率で生産することが可能な方法を提供することを目的とする。本発明はまた、実用上有用な原核生物である大腸菌に適用可能なテバイン生産系を構築することで、安価なオピオイド系鎮痛剤を供給することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、上述の課題に関し、本発明の方法をとることで、(R)―レチクリンを著しく高い転換効率で得られることを見出した。また本発明の方法により、宿主細胞として原核生物を用いても、(R)-レチクリンを著しく高い転換効率で産生させることが可能であることを見出した。本発明の方法では、最終的に(S)-レチクリンは、検出限界以下の量となり、産生された(R)-レチクリンの割合は、レチクリン総量に対して見かけ上100%であった。
【0015】
本発明の(R)-レチクリンの生産方法は、配列番号2のヌクレオチド配列に対して、70%以上の相同性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、CYP80Y2の酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子1(以下、「CYP80Y2をコードする遺伝子」ともいう。)と、配列番号3のヌクレオチド配列に対して、70%以上の相同性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、オキシドリダクターゼの酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子2(以下、「オキシドリダクターゼをコードする遺伝子」ともいう。)と、を宿主細胞に挿入して組換え宿主細胞を得るステップと、前記組換え宿主細胞において、前記CYP80Y2の酵素活性を有するタンパク質と、前記オキシドリダクターゼの酵素活性を有するタンパク質を発現させるステップと、前記組換え宿主細胞によって、(S)-レチクリンから(R)-レチクリンを生産させるステップと、を含むことを特徴とする。
【0016】
一態様において、本発明の(R)-レチクリンの生産方法は、配列番号1のヌクレオチド配列に対して、70%以上の相同性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、STORRの酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子3(以下、「STORRをコードする遺伝子」ともいう。)を、配列番号2のヌクレオチド配列に対して、70%以上の相同性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、CYP80Y2の酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子1と、配列番号3のヌクレオチド配列に対して、70%以上の相同性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、オキシドリダクターゼの酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子2と、に分けるステップと、前記遺伝子1と、前記遺伝子2とを宿主細胞に挿入して組換え宿主細胞を得るステップと、前記組換え宿主細胞において、前記CYP80Y2の酵素活性を有するタンパク質と、前記オキシドリダクターゼの酵素活性を有するタンパク質を発現させるステップと、前記組換え宿主細胞によって、(S)-レチクリンから(R)-レチクリンを生産させるステップと、を含むことを特徴とする。
【0017】
上述した本発明の(R)-レチクリンの生産方法によれば、(R)-レチクリンを著しく高い転換効率で得ることができる。
【0018】
上述した本発明の(R)-レチクリンの生産方法は、前記CYP80Y2の酵素活性を有するタンパク質のN末疎水性領域をコードするヌクレオチド配列を、前記遺伝子1から削除するステップ、配列番号4のヌクレオチド配列に対して、70%以上の相同性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、5-アミノレブリン酸シンターゼ1の酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子4(以下、「5-アミノレブリン酸シンターゼ1をコードする遺伝子」ともいう。)を、前記宿主細胞に導入して、前記5-アミノレブリン酸シンターゼ1の酵素活性を有するタンパク質を発現させるステップ、及び配列番号5のヌクレオチド配列に対して、70%以上の相同性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、CPRの酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子5(以下、「CPRをコードする遺伝子」ともいう。)を、前記宿主細胞に導入して、前記CPRの酵素活性を有するタンパク質を発現させるステップのうち、少なくともいずれか一つのステップを更に含むものであってよい。これにより、原核生物を宿主細胞とした場合であっても、効率よく(R)-レチクリンを生産することができる。
【0019】
一態様において、上述した本発明の(R)-レチクリンの生産方法は、前記CYP80Y2の酵素活性を有するタンパク質のN末疎水性領域をコードするヌクレオチド配列を、前記遺伝子1から削除するステップ、配列番号4のヌクレオチド配列に対して、70%以上の相同性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、5-アミノレブリン酸シンターゼ1の酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子4を、前記宿主細胞に導入して、前記5-アミノレブリン酸シンターゼ1の酵素活性を有するタンパク質を発現させるステップ、及び配列番号5のヌクレオチド配列に対して、70%以上の相同性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、CPRの酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAである遺伝子5を、前記宿主細胞に導入して、前記CPRの酵素活性を有するタンパク質を発現させるステップを更に含むものであってよい。これにより、原核生物を宿主細胞とした場合であっても、より一層効率よく(R)-レチクリンを生産することができる。
【0020】
本発明の(R)-レチクリンの生産方法は、前記宿主細胞が、原核生物であってもよい。
【0021】
本発明の(R)-レチクリンの生産方法は、前記原核生物が、大腸菌であってもよい。
【0022】
本発明の生産方法によれば、最終的に(S)-レチクリンは、検出限界以下の量となり、産生された(R)-レチクリンの割合は、レチクリン総量に対して見かけ上100%となる。
【0023】
本発明の生産方法は、宿主細胞として原核生物を用いても、上述のように(R)-レチクリンを著しく高い転換効率で産生させることが可能である。したがって、本発明の生産方法は、例えば、宿主細胞として原核生物である大腸菌を適用して(R)-レチクリンを生産させることが可能であるため、実用上有用である。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、著しく高い転換効率で(S)-レチクリンから(R)―レチクリンを生産する方法を提供することができる。本発明の生産方法では、(S)-レチクリンを最終的に、検出限界以下の量とすることができる。したがって、本発明の生産方法では、(R)-レチクリンだけを得るためのプロセス(光学分割等)を行う必要がない。また本発明の生産方法では、宿主細胞として原核生物を用いても、上述のように(R)-レチクリンを高い転換効率で生産することが可能である。したがって、本発明によれば、例えば、実用上有用な原核生物である大腸菌に適用可能なテバイン生産系を構築可能であり、これにより(R)-レチクリンの大量生産も可能となるため、安価なオピオイド系鎮痛剤を供給することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】本発明において宿主細胞中に再構築される(R)-レチクリンの生合成経路を示す。
図2】CYP80Y2をコードするドメインとオキシドリダクターゼをコードするドメインとが融合したSTORRをコードする遺伝子(図2(a))と、本実施の形態で使用された、CYP80Y2をコードするドメインとオキシドリダクターゼをコードするドメインとが分断された遺伝子(図2(b))を示す概略図である。
図3】本実施の形態における(R)-レチクリンの生成を示すLC-MS解析結果である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。ただし、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではない。
【0027】
本発明において「相同性」とは、2つのポリペプチド間、または2つのポリヌクレオチド間の配列の類似の程度を意味し、比較対象のアミノ酸配列または塩基配列の領域にわたって最適な状態(配列の一致が最大となる状態)にアラインメントされた2つの配列を比較することによって決定される。相同性の数値(%)は、アラインメントされた両方の(アミノ酸または塩基)配列において同一のアミノ酸または塩基が存在する部位の数を決定し、次いで当該部位の数を比較対象の配列領域内のアミノ酸または塩基の総数で割り、得られた数値に100をかけることにより算出される。最適なアラインメントおよび相同性を得るためのアルゴリズムとしては当業者が通常利用可能な種々のアルゴリズム(例えば、BLASTアルゴリズム、FASTAアルゴリズム)が挙げられる。アミノ酸配列の相同性は、例えばBLASTP、FASTAなどの配列解析ソフトウェアを用いて決定される。塩基配列の相同性は、BLASTN、FASTAなどのソフトウェアを用いて決定される。
【0028】
本発明の方法において遺伝子を導入する「宿主細胞」としては、特に限定されないが、例えば大腸菌および枯草菌などの原核生物、並びに酵母および糸状菌などの真核生物が挙げられる。本発明における宿主細胞としては、大腸菌が好ましい。
【0029】
宿主細胞に遺伝子を導入する場合、遺伝子を直接宿主細胞ゲノムDNA上に導入してもよいが、遺伝子が組み込まれたベクターを宿主細胞に導入するのが好ましい。導入遺伝子はすべて同一のベクターに組み込んでもよいし、2以上の別々のベクターに分けて組み込んでもよい。
【0030】
ベクター(発現ベクター)は、その内部に組み込まれた導入遺伝子を発現させる。導入遺伝子を組み込むベクターとしては、宿主細胞内で自律的に複製しうるプラスミドまたはファージから遺伝子組換え用として構築されたものが適している。ベクターは、導入される宿主細胞に適合した複製開始点、選択可能なマーカー、プロモーター等の発現制御配列、および転写終結シグナル(ターミネーター配列)を含むものが好ましい。プラスミドベクターとしては、例えば大腸菌で発現させる場合には、pETベクター系、pQEベクター系、pColdベクター系などが挙げられ、酵母で発現させる場合は、pYES2ベクター系、pYEXベクター系などが挙げられる。
【0031】
選択可能なマーカーとしては、アンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ストレプトマイシン耐性遺伝子などの抗生物質耐性遺伝子が挙げられる。
【0032】
発現制御配列とは、DNA配列に適切に連結した場合、宿主細胞において、そのDNA配列からなる遺伝子の発現を制御すること、すなわち、該DNA配列のRNAへの転写を誘導および/または促進すること、あるいは抑制することができる配列を意味する。発現制御配列には少なくともプロモーターが含まれる。プロモーターは構成的プロモーターであっても誘導可能なプロモーターであってもよい。
【0033】
本発明に用いる発現ベクターは、所望の遺伝子の末端に、常法により適当な制限酵素認識部位を付加することにより作成することができる。
【0034】
発現ベクターの宿主細胞への形質転換方法としては、従来公知の方法を用いることが出来、例えば、塩化カルシウム法、エレクトロポレーション法、ヒートショック法などが挙げられる。
【0035】
組換え宿主細胞の培養条件は、該組換え細胞が良好に発育し、かつ目的とする一群のタンパク質が全て発現し、それぞれの機能または酵素活性が発揮される条件であれば特に限定はされない。具体的には、培養条件は、宿主の栄養生理学的性質を考慮して適宜選択すればよく、通常、液体培養で行われる。
【0036】
組換え宿主細胞の培養に用いられる培地の炭素源としては、宿主細胞が利用できる物質であれば特に限定されないが、糖およびグリセロールが挙げられる。糖の例としては、グルコース、フルクトース、ガラクトースなどの単糖や、スクロース、ラクトース、マルトースなどの二糖が挙げられる。また窒素源としては硫酸アンモニウム、カザミノ酸などが挙げられる。その他、塩類、特定のアミノ酸、特定のビタミンなどを所望により使用できる。
【0037】
大腸菌を培養する培地としては、例えば、LB培地、2×YT培地、M9最少培地が挙げられる。酵母を培養する培地としては、例えば、SC培地、SD培地、YPD培地が挙げられる。
【0038】
培養温度は、宿主細胞が生育し、目的の酵素を発現し、その活性が発揮される範囲で適宜変更できる。大腸菌の場合、例えば、温度25℃、80時間、pH7.0の培養条件を用いることができる。酵母の場合、例えば、温度30℃、60時間、pH5.8の培養条件を用いることができる。
【0039】
生産された(R)-レチクリンは、当業者に周知のあらゆる手段によって確認することができる。具体的には、反応生成物と、目的の(R)-レチクリン標品とを、LC-MSに供し、得られるスペクトルを比較することによって同定することができる。また、NMR分析による比較によっても確認することができる。
【0040】
本明細書において、特定の遺伝子を「発現」するとは、該遺伝子を構成する核酸分子が少なくともRNA分子へ転写されることをいい、ポリペプチドをコードする遺伝子の場合には、該遺伝子を構成する核酸分子がRNA分子へ転写され、該RNA分子がポリペプチドに翻訳されることをいう。
【0041】
遺伝子の発現レベルは、当該技術分野における公知の方法、例えばノーザンブロット、定量的PCRなどによって確認することができる。
【0042】
本明細書において、特定の酵素(タンパク質)を「発現」するとは、該酵素のポリペプチドをコードする核酸分子からRNA分子への転写および該RNA分子からポリペプチドへの翻訳が正常に行われ、活性を有する酵素が生み出されて細胞内または細胞外に存在する状態となることをいう。
【0043】
酵素の発現レベルは、ウエスタンブロット、ELISAなど公知の手法を用いて検出および定量することによって確認することができる。また、酵素活性のアッセイによっても確認することができる。
【0044】
次に、本発明に使用される、「STORRをコードする遺伝子」(遺伝子3)、「CYP80Y2をコードする遺伝子」(遺伝子1)、「オキシドリダクターゼをコードする遺伝子」(遺伝子2)、「5-アミノレブリン酸シンターゼをコードする遺伝子」(遺伝子4)、および「CPRをコードする遺伝子」(遺伝子5)について説明する。
【0045】
STORRは、パパヴェル・ソムニフェルム(Papaver sоmniferum)由来の酵素であり、(S)-レチクリンを(R)-レチクリンへ変換するエピメラーゼである。STORRは、CYP80Y2のドメインとオキシドリダクターゼのドメインとを備えた融合ポリペプチドである。なお、配列番号9はSTORRのアミノ酸配列である。
【0046】
本発明に使用される「STORRをコードする遺伝子」は、これらに限定されないが、例えば、以下の(a)~(c)のいずれか一つに記載されたDNAであってよい:
(a)配列番号1のヌクレオチド配列からなるDNA;
(b)配列番号1のヌクレオチド配列に相補的なヌクレオチド配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、STORRの酵素活性(例えば、(S)-レチクリンを(R)-レチクリンへ変換するエピメラーゼ活性)を有するタンパク質をコードするDNA;
(c)配列番号1のヌクレオチド配列に対して、70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上の相同性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、STORRの酵素活性(例えば、(S)-レチクリンを(R)-レチクリンへ変換するエピメラーゼ活性)を有するタンパク質をコードするDNA。
【0047】
本発明において、「STORRをコードする遺伝子」としては、上記(a)~(c)のうち、(a)配列番号1のヌクレオチド配列からなるDNAが好適に使用される。
【0048】
CYP80Y2は、P450酵素である。CYP80Y2は、例えば、(S)-レチクリンを酸化して1,2-デヒドロレチクリニウムを生成する活性を有する。本発明の一実施形態において、CYP80Y2は、例えば、上述のSTORRに含まれるCYP80Y2のドメインが、オキシドリダクターゼのドメインと分けられたものであってよい。配列番号11に示したアミノ酸配列に開始メチオニンを加えたものが、このようにして得られるCYP80Y2(なお、配列番号11に示したアミノ酸配列は、更にN末疎水性領域を削除したものである)のアミノ酸配列である。配列番号10は、本実施の形態において削除したN末疎水性領域のアミノ酸配列である。SOSUI解析ではN末疎水性領域のアミノ酸配列はPTSSVVALLLALVSILSSVVVであるが、本実施の形態では開始コドンから削除した。N末端疎水性領域をコードするヌクレオチド配列を削除するとともに、開始コドン配列(atg)が挿入され、オキシドリダクターゼをコードする遺伝子の直前までの配列に終始コドン配列(taa)が導入されることにより、配列番号11に示したアミノ酸配列に開始メチオニンを加えたCYP80Y2をコードする遺伝子が得られる。
【0049】
本発明に使用される「CYP80Y2をコードする遺伝子」は、これらに限定されないが、例えば、以下の(a)~(c)のいずれか一つに記載されたDNAであってよい:
(a)配列番号2のヌクレオチド配列からなるDNA;
(b)配列番号2のヌクレオチド配列に相補的なヌクレオチド配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、CYP80Y2の酵素活性(例えば、(S)-レチクリンを酸化して1,2-デヒドロレチクリニウムを生成する活性)を有するタンパク質をコードするDNA;
(c)配列番号2のヌクレオチド配列に対して、70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上の相同性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、CYP80Y2の酵素活性(例えば、(S)-レチクリンを酸化して1,2-デヒドロレチクリニウムを生成する活性)を有するタンパク質をコードするDNA。
【0050】
本発明において、「CYP80Y2をコードする遺伝子」としては、上記(a)~(c)のうち、(a)配列番号2のヌクレオチド配列からなるDNAが好適に使用される。
【0051】
本発明で使用される「CYP80Y2をコードする遺伝子」は、CYP80Y2の酵素活性を有するタンパク質のN末疎水性領域をコードするヌクレオチド配列が削除されたものであってもよい。N末疎水性領域の塩基配列が削除(カット)されることで、膜貫通領域が削除される。
【0052】
「CYP80Y2をコードする遺伝子」のN末疎水性領域の塩基配列の削除は、「STORRをコードする遺伝子」のN末疎水性領域の塩基配列の削除によって行われてもよい。すなわち、「STORRをコードする遺伝子」は、N末側にCYP80Y2をコードする遺伝子を有し、C末側にオキシドリダクターゼをコードする遺伝子を有しているため、「STORRをコードする遺伝子」のN末疎水性領域の塩基配列を削除すれば、該CYP80Y2をコードする遺伝子のN末疎水性領域の塩基配列が削除されたこととなる。
【0053】
本発明において、「CYP80Y2をコードする遺伝子」(または「STORRをコードする遺伝子」)の「N末疎水性領域」とは、「CYP80Y2をコードする遺伝子」(または「STORRをコードする遺伝子」)のN末端側に存在する疎水性領域のことであり、例えば、配列番号8に示される塩基配列である。
【0054】
本発明でいうオキシドリダクターゼは、上述のSTORRに含まれるオキシドリダクターゼのドメインと同等の酵素活性を有する酸化還元酵素である。本発明の一実施形態において、オキシドリダクターゼは、例えば、上述のSTORRに含まれるオキシドリダクターゼのドメインが、CYP80Y2のドメインと分けられたものであってよい。配列番号12は、このようにして得られるオキシドリダクターゼのアミノ酸配列である。
【0055】
本発明に使用される「オキシドリダクターゼをコードする遺伝子」は、これらに限定されないが、例えば、以下の(a)~(c)のいずれか一つに記載されたDNAであってよい:
(a)配列番号3のヌクレオチド配列からなるDNA;
(b)配列番号3のヌクレオチド配列に相補的なヌクレオチド配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、オキシドリダクターゼの酵素活性(例えば、1,2-デヒドロレチクリニウムを還元して(R)-レチクリンを生成する活性)を有するタンパク質をコードするDNA;
(c)配列番号3のヌクレオチド配列に対して、70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上の相同性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、オキシドリダクターゼの酵素活性(例えば、1,2-デヒドロレチクリニウムを還元して(R)-レチクリンを生成する活性)を有するタンパク質をコードするDNA。
【0056】
本発明において、「オキシドリダクターゼをコードする遺伝子」としては、上記(a)~(c)のうち、(a)配列番号3のヌクレオチド配列からなるDNAが好適に使用される。
【0057】
5-アミノレブリン酸シンターゼ1(5-aminolevulinate synthase 1)は、スクシニルCoAとグリシンを基質とし、ピリドキサールリン酸を補酵素として5-アミノレブリン酸を合成する酵素である。
【0058】
本発明に使用される「5-アミノレブリン酸シンターゼ1をコードする遺伝子」は、これらに限定されないが、例えば、以下の(a)~(c)のいずれか一つに記載されたDNAであってよい:
(a)配列番号4のヌクレオチド配列からなるDNA;
(b)配列番号4のヌクレオチド配列に相補的なヌクレオチド配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、5-アミノレブリン酸シンターゼ1の酵素活性(例えば、スクシニルCoAとグリシンを基質とし、ピリドキサールリン酸を補酵素として5-アミノレブリン酸を合成する活性)を有するタンパク質をコードするDNA;
(c)配列番号4のヌクレオチド配列に対して、70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上の相同性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、5-アミノレブリン酸シンターゼ1の酵素活性(例えば、スクシニルCoAとグリシンを基質とし、ピリドキサールリン酸を補酵素として5-アミノレブリン酸を合成する活性)を有するタンパク質をコードするDNA。
【0059】
本発明において、「5-アミノレブリン酸シンターゼ1をコードする遺伝子」としては、上記(a)~(c)のうち、(a)配列番号4のヌクレオチド配列からなるDNAが好適に使用される。
【0060】
(a)配列番号4のヌクレオチド配列からなるDNAである遺伝子は、HemA遺伝子と呼ばれる。HemA遺伝子は、ロドバクター・スフェロイデス(Rhodobacter sphaeroides)の、5-アミノレブリン酸シンターゼ1をコードする遺伝子である。
【0061】
CPR(NADPH--cytochrome P450 reductase 2)は、ミクロソームにおいてNADPからチトクロムP450へ電子を伝達するための酵素である。またヘムオキシゲナーゼおよびチトクロムB5へ電子を伝達する役割を担う。
【0062】
本発明に使用される「CPRをコードする遺伝子」は、これらに限定されないが、例えば、以下の(a)~(c)のいずれか一つに記載されたDNAであってよい:
(a)配列番号5のヌクレオチド配列からなるDNA;
(b)配列番号5のヌクレオチド配列からなるDNAと相補的なヌクレオチド配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、CPRの酵素活性(例えば、ミクロソームにおいてNADPからチトクロムP450へ電子を伝達する活性)を有するタンパク質をコードするDNA;
(c)配列番号5のヌクレオチド配列に対して、70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上の相同性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ、CPRの酵素活性(例えば、ミクロソームにおいてNADPからチトクロムP450へ電子を伝達する活性)を有するタンパク質をコードするDNA。
【0063】
本発明において、「CPRをコードする遺伝子」としては、上記(a)~(c)のうち、(a)配列番号5のヌクレオチド配列からなるDNAが好適に使用される。
【0064】
(a)配列番号5のヌクレオチド配列からなるDNAである遺伝子は、ATR2遺伝子と呼ばれる。ATR2遺伝子は、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)のCPRをコードする遺伝子である。
【0065】
「ストリンジェントな条件」とは、特異的なハイブリダイゼーションのみが起こり、非特異的なハイブリダイゼーションが起きないような条件をいう。このような条件は、通常、6M尿素、0.4%SDS、0.5×SSC程度である。ハイブリダイゼーションにより得られるDNAは、各配列番号のヌクレオチド配列からなるDNAと70%以上の高い相同性を有することが望ましく、さらに80%以上の相同性を有することが好ましく、90%以上の相同性を有することがより好ましく、95%以上の相同性を有することが更により好ましい。
【0066】
上記遺伝子は、当業者に周知のPCRまたはハイブリダイゼーション技術によって取得することが可能である。また上記遺伝子は、DNA合成機などを用いて人工的に合成してもよい。配列の決定は常套方法により配列決定機を用いて行うことができる。
【0067】
((R)-レチクリンの生産方法)
本発明の(R)-レチクリンの生産方法を説明する。
【0068】
図1は、本発明において宿主細胞中に再構築される(R)-レチクリンの生合成経路を示す。括弧は各培養工程の個々の株における反応を示す。本発明では、(S)-レチクリンを(R)-レチクリンへ変換することで(R)-レチクリンを生産する。略語は以下の通りである:TYR、チロシナーゼ;DDC、ドーパデカルボキシラーゼ;MAO、モノアミンオキシダーゼ;3,4-DHPAA、3,4-ジヒドロキシフェニルアセトアルデヒド;SalS、サルタリジンシンターゼ;SalR、サルタリジンレダクターゼ;SalAT、サルタリジノールアセチルトランスフェラーゼ;SPT(spontaneous)。
【0069】
図2は、STORR遺伝子(図2(a))と、CYP80Y2のドメインとオキシドリダクターゼのドメインとが分断されたSTORR遺伝子(図2(b))を示す概略図である。
【0070】
本発明の(R)-レチクリンの生産方法は、(S)-レチクリンを(R)-レチクリンへ変換するものであり、(S)-レチクリンは予め従前の方法に従い用意されている。本発明の(R)-レチクリンの生産方法は、例えば、下記ステップ1~4を、この順に行うものである。STORRをコードする遺伝子(遺伝子3)を、CYP80Y2をコードする遺伝子(遺伝子1)と、オキシドリダクターゼをコードする遺伝子(遺伝子2)とに分けるステップ(ステップ1)。CYP80Y2をコードする遺伝子(遺伝子1)と、オキシドリダクターゼをコードする遺伝子(遺伝子2)とを宿主細胞に挿入して組換え宿主細胞を得るステップ(ステップ2)。組換え宿主細胞において、遺伝子1にコードされたCYP80Y2の酵素活性を有するタンパク質と、遺伝子2にコードされたオキシドリダクターゼの酵素活性を有するタンパク質を発現させるステップ(ステップ3)。組換え宿主細胞によって、(S)-レチクリンから(R)-レチクリンを生産させるステップ(ステップ4)。
【0071】
なお、上述のステップ1は省略することができる。すなわち、本発明の(R)-レチクリンの生産方法は、例えば、下記ステップ2~4を、この順に行うものであってもよい。CYP80Y2をコードする遺伝子(遺伝子1)と、オキシドリダクターゼをコードする遺伝子(遺伝子2)と、を宿主細胞に挿入して組換え宿主細胞を得るステップ(ステップ2)。組換え宿主細胞において、遺伝子1にコードされたCYP80Y2の酵素活性を有するタンパク質と、遺伝子2にコードされたオキシドリダクターゼの酵素活性を有するタンパク質を発現させるステップ(ステップ3)。組換え宿主細胞によって、(S)-レチクリンから(R)-レチクリンを生産させるステップ(ステップ4)。
【0072】
宿主細胞が原核生物(例えば大腸菌)の場合の(R)-レチクリンの生産方法は、以下の通りである。
【0073】
「STORRをコードする遺伝子」(遺伝子3)は、予めそのN末疎水性領域をコードするヌクレオチド配列が削除される(ステップA)。より具体的には、「STORRをコードする遺伝子」のうち、CYP80Y2をコードする遺伝子のN末疎水性領域が削除(カット)されることで、膜貫通領域が削除されるとともに、開始コドン配列(atg)が挿入され、オキシドリダクターゼをコードする遺伝子の直前までの配列に終始コドン配列(taa)が導入されている。
【0074】
「STORRをコードする遺伝子」(遺伝子3)を、「CYP80Y2をコードする遺伝子」(遺伝子1)と、「オキシドリダクターゼをコードする遺伝子」(遺伝子2)とに分ける(ステップB)。
【0075】
「CYP80Y2をコードする遺伝子」(遺伝子1)と、「オキシドリダクターゼをコードする遺伝子」(遺伝子2)と、「5-アミノレブリン酸シンターゼ1をコードする遺伝子」(遺伝子4)と、「CPRをコードする遺伝子」(遺伝子5)を宿主細胞に導入して、組換え宿主細胞を得る(ステップC)。これらの遺伝子の導入は、必ずしもこの順番で行われる必要はない。同時に行われてもよく、順番が入れ替わってもよい。
【0076】
組換え宿主細胞において、遺伝子1にコードされたCYP80Y2の酵素活性を有するタンパク質と、遺伝子2にコードされたオキシドリダクターゼの酵素活性を有するタンパク質と、遺伝子4にコードされた5-アミノレブリン酸シンターゼ1の酵素活性を有するタンパク質と、遺伝子5にコードされたCPRの酵素活性を有するタンパク質を発現させる(ステップD)。宿主細胞によって、(S)-レチクリンから(R)-レチクリンを生産させる(ステップE)。
【0077】
なお、上述のステップA及びステップBは省略することができる。また、ステップA及びステップBに代えて、CYP80Y2の酵素活性を有するタンパク質のN末疎水性領域をコードするヌクレオチド配列を、「CYP80Y2をコードする遺伝子」(遺伝子1)から削除するステップ(ステップX)を実施してもよい。
【実施例
【0078】
本発明の方法により行われた一実施例を説明する。以下の実施例は、本発明を例示的に説明するものであって、本発明の範囲を限定することを意図するものではない。
【0079】
(材料)
すべての合成遺伝子は、GenScript Inc.から入手した。(S)-レチクリンは、先行技術(例えば、Nakagawa et al., 2011, Nat Commun)に記載の方法に従って作製した。
【0080】
(発現ベクターの構築)
(S)-レチクリンから(R)-レチクリンを合成する経路を再構築するため、各種の遺伝子を含む発現ベクターを複数構築した。
【0081】
本実施例では、配列表の配列番号1に示すSTORRをコードする遺伝子(UniProtKB:P0DKI7)から分断された、配列番号2に示すCYP80Y2をコードする遺伝子と、配列番号3に示すオキシドリダクターゼをコードする遺伝子が使用された。また、配列番号4に示した、5-アミノレブリン酸シンターゼ1をコードする遺伝子であるHemA遺伝子(UniProtKB:Q04512)と、配列番号5に示した、CPRをコードする遺伝子であるATR2遺伝子(UniProtKB:Q9SUM3)が使用された。各遺伝子はコドンを大腸菌用に最適化している。
【0082】
T7プロモーターによる制御を実現するため、いずれの遺伝子もpET23aのNdeI-BamHI部位に挿入した。遺伝子を連結する場合、先にpET23aのNdeI-BamHI部位に、前につなぎたい遺伝子を挿入し、NdeI-BamHI部位の下流に位置するXhoI部位に、後ろにつなぎたい遺伝子を挿入して、発現ベクターを作成した。例えば、CYP80Y2をコードする遺伝子の後ろにオキシドリダクターゼをコードする遺伝子を挿入する場合、先にpET23aのNdeI-BamHI部位にCYP80Y2をコードする遺伝子を挿入することで、CYP80Y2をコードする遺伝子を含む発現ベクターである、CYP80Y2/pET23aを作成した。そして、表1に示すpr576(配列番号6)とpr577(配列番号7)のプライマーを用いて、オキシドリダクターゼをコードする遺伝子をPCRで増幅した。その後、CYP80Y2/pET23aのNdeI-BamHI部位の下流に位置するXhoI部位に、オキシドリダクターゼをコードする遺伝子をInfusionによって挿入して、CYP80Y2をコードする遺伝子と、オキシドリダクターゼをコードする遺伝子とを含む発現ベクターである、CYP80Y2-OxiRed/pET23aを作成した。
【0083】
【表1】
【0084】
本実施例では、上記同様の方法により、発現ベクターとして、CYP80Y2Ncut-OxiRed/pET23aと、ATR2/pCDF23と、HemA/pCDF23と、ATR2-HemA/pCDF23とを構築した。
【0085】
CYP80Y2Ncut-OxiRed/pET23aとは、N末疎水性領域が削除されたCYP80Y2がコードされた遺伝子と、オキシドリダクターゼがコードされた遺伝子とを含む、pET23aプラスミドに基づく発現ベクターである。
HemA/pCDF23とは、5-アミノレブリン酸シンターゼ1をコードする遺伝子であるHemA遺伝子を含む、pCDF23プラスミドに基づく発現ベクターである。
ATR2/pCDF23とは、CPRをコードする遺伝子であるATR2遺伝子を含む、pCDF23プラスミドに基づく発現ベクターである。
ATR2-HemA/pCDF23とは、5-アミノレブリン酸シンターゼ1をコードする遺伝子であるHemA遺伝子と、CPRをコードする遺伝子であるATR2遺伝子を含む、pCDF23プラスミドに基づく発現ベクターである。
【0086】
次に各種の大腸菌株、AN2534株、AN4415株、AN4340株、AN4341株を作成した。AN2534株は、大腸菌コンピテントセルであるBL21DE3株に、CYP80Y2Ncut-OxiRed/pET23aを導入した株である。AN4415株は、AN2534株に空ベクターであるpCDF23を導入した株である。AN4340株は、AN2534株にATR2/pCDF23を導入した株である。AN4341株は、AN2534株にHemA/pCDF23を導入した株である。AN2051は、AN2534株にATR2-HemA/pCDF23を導入した株である。
【0087】
各大腸菌株を50mg/Lアンピシリン及び100mg/Lスペクチノマイシンを含むLB培地(Difco)に植菌し、37℃、12時間振盪培養後、50mg/Lアンピシリン及び100mg/Lスペクチノマイシンを含むTB培地(1Lあたり:12g tryptone(Difco)、24g yeast extract(Diffco)、9.4g KHPO、2.2g KHPO and 4ml glycerol)に1/100量となるように培養液を加えた。25℃、12時間培養後IPTGを終濃度1mMとなるように加え、更に25℃12時間振盪培養した。そこに大腸菌を用いて生産した320μMのS-レチクリンを含む培養上清(例えば、Nakagawa et al., 2011, Nat Communに記載の方法により作製)を当量まぜ、更に25℃にて12時間浸透培養した。培養上清を回収し、非特許文献1及び2に記載された方法により、レチクリンのキラリティーを観察した。結果を表2に示した。
【0088】
【表2】
【0089】
表2に示すように、N末疎水性領域が削除されたCYP80Y2がコードされた遺伝子と、オキシドリダクターゼがコードされた遺伝子と、5-アミノレブリン酸シンターゼ1をコードする遺伝子であるHemA遺伝子と、CPRをコードする遺伝子であるATR2遺伝子とを導入したAN2051株のみが(R)-レチクリンを作ることができる。
【0090】
図3は、本実施の形態における(R)-レチクリンの生成を示すLC-MS解析結果である。図3(a)は、配列番号1に示したSTORRをコードする遺伝子を全長のまま(すなわちCYP80Y2をコードする遺伝子と、オキシドリダクターゼをコードする遺伝子とに分けずに)宿主細胞に導入した結果である。図3(b)は、配列番号1に示したSTORRをコードする遺伝子を、CYP80Y2をコードする遺伝子と、オキシドリダクターゼをコードする遺伝子とに分けて宿主細胞に導入した結果である。図3(c)は、これらの試料を重ねうちした結果であり、図3(a)のピークと、図3(b)のピークが重なっていないことを示す図である。
【0091】
図3(a)に示したように、STORRをコードする遺伝子を全長のまま宿主細胞に導入しても、(R)-レチクリンを生成することはできないことが示された。そして図3(b)に示したように、STORRをコードする遺伝子を、CYP80Y2をコードする遺伝子と、オキシドリダクターゼをコードする遺伝子とに分けて宿主細胞に導入することで、(R)-レチクリンを得ることができることが示された。すなわちSTORRの2つのドメインを分けて発現させると強い活性が得られ、十分量(~100μM)の(R)-レチクリンの生産が可能となった。
【0092】
また、表2および図3の結果から、N末疎水性領域が削除されたCYP80Y2がコードされた遺伝子と、オキシドリダクターゼがコードされた遺伝子と、5-アミノレブリン酸シンターゼ1をコードする遺伝子であるHemA遺伝子と、CPRをコードする遺伝子であるATR2遺伝子とを宿主細胞に導入することで、(R)-レチクリンを著しく高い転換効率で得ることができることが示された。
【0093】
本実施例では、宿主細胞として原核生物を用いたが、これに限定されない。すなわち、宿主細胞として真核生物を用いることも可能である。真核生物ではP450酵素や、サルタジン合成酵素(SalS)が機能的に発現しているため、より容易に(S)-レチクリンから(R)-レチクリン産生させることが可能である。例えば、真核生物(酵母)に、CYP80Y2をコードする遺伝子と、オキシドリダクターゼをコードする遺伝子とを導入すると、(S)-レチクリンから(R)-レチクリンを産生すると考えられる。また当然、真核生物(酵母)に、CYP80Y2をコードする遺伝子とオキシドリダクターゼをコードする遺伝子に加えて、ATR2をコードする遺伝子及び/またはHemAをコードする遺伝子を導入しても、(S)-レチクリンから(R)-レチクリンを産生すると考えられる。このように、本発明はその趣旨を逸脱しない範囲において適用可能である。
図1
図2
図3
【配列表】
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