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特許7648977スポット溶接継手、スポット溶接継手の製造方法、スポット溶接継手用の高強度鋼部材、及びスポット溶接継手用の高強度鋼部材の製造方法
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  • 特許-スポット溶接継手、スポット溶接継手の製造方法、スポット溶接継手用の高強度鋼部材、及びスポット溶接継手用の高強度鋼部材の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-11
(45)【発行日】2025-03-19
(54)【発明の名称】スポット溶接継手、スポット溶接継手の製造方法、スポット溶接継手用の高強度鋼部材、及びスポット溶接継手用の高強度鋼部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 11/16 20060101AFI20250312BHJP
   B23K 11/11 20060101ALI20250312BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20250312BHJP
   C22C 38/04 20060101ALI20250312BHJP
   B24C 11/00 20060101ALI20250312BHJP
   B24C 1/00 20060101ALI20250312BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20250312BHJP
   C21D 1/18 20060101ALN20250312BHJP
【FI】
B23K11/16
B23K11/11 540
C22C38/00 301T
C22C38/04
B24C11/00 G
B24C1/00 Z
B24C1/00 C
C21D9/00 A
C21D1/18 C
【請求項の数】 21
(21)【出願番号】P 2024508226
(86)(22)【出願日】2023-03-15
(86)【国際出願番号】 JP2023010115
(87)【国際公開番号】W WO2023176890
(87)【国際公開日】2023-09-21
【審査請求日】2024-07-19
(31)【優先権主張番号】P 2022040299
(32)【優先日】2022-03-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】兼光(篠原) 萌
(72)【発明者】
【氏名】富士本 博紀
(72)【発明者】
【氏名】松田 和貴
【審査官】岩見 勤
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-069525(JP,A)
【文献】特開平07-032056(JP,A)
【文献】特開2019-035107(JP,A)
【文献】特開2012-102370(JP,A)
【文献】特開2018-162477(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 11/16
B23K 11/11
C22C 38/00
C22C 38/04
B24C 11/00
B24C 1/00
C21D 9/00
C21D 1/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビッカース硬さが530HV以上の高強度鋼板部を含む、複数の鋼板部と、
複数の前記鋼板部のうち前記高強度鋼板部と他の前記鋼板部とを接合するナゲットと、
前記高強度鋼板部の表面に対して直角方向からの平面視において、前記ナゲットの周囲にリング状に形成されて、前記高強度鋼板部と他の前記鋼板部とを固相接合するコロナボンドと、
を備え、
前記コロナボンドが存在する領域には、めっき層が存在せず、
前記平面視における前記ナゲットの外周から50μm外側の位置における前記コロナボンドの酸素濃度が15.0mass%以下である
スポット溶接継手。
【請求項2】
前記高強度鋼板部の炭素量が0.30mass%超であることを特徴とする請求項1に記載のスポット溶接継手。
【請求項3】
前記ナゲットの炭素量が0.29mass%以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載のスポット溶接継手。
【請求項4】
前記ナゲットの中心を通り、且つ前記鋼板部の表面に垂直な断面において、隣り合う前記鋼板部の境界線に沿って測定される前記ナゲットの径が4.5√t以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載のスポット溶接継手。
ここでtとは、前記境界線をなす、隣り合う2枚の前記鋼板部それぞれの板厚のうち小さい方のことである。
【請求項5】
表面処理部を有する、ビッカース硬さが530HV以上の高強度鋼部材を提供する工程と、
前記高強度鋼部材と他の鋼部材との合わせ面に前記表面処理部が配されるように、複数の前記鋼部材を重ね合わせる工程と、
前記表面処理部に対して直角方向からの平面視において、前記表面処理部の内側に、ナゲット及びコロナボンドが収まるように、複数の前記鋼部材をスポット溶接する工程と、
を備え、
前記重ね合わせる工程において、前記表面処理部、及び前記表面処理部に接する領域にめっき層を設けず、
前記表面処理部の十点平均粗さは3.5μm以下であり、前記表面処理部の酸素濃度は18.0mass%以下である
スポット溶接継手の製造方法。
【請求項6】
前記高強度鋼部材を提供する工程の前に、前記高強度鋼部材の表面に前記表面処理部を形成する工程をさらに備えることを特徴とする請求項5に記載のスポット溶接継手の製造方法。
【請求項7】
前記表面処理部を形成する前に、高強度鋼板をホットスタンプする工程をさらに備え、
前記表面処理部を形成する工程において、前記表面処理部を、前記ホットスタンプされた高強度鋼部材の表面に形成する
ことを特徴とする請求項6に記載のスポット溶接継手の製造方法。
【請求項8】
前記表面処理部を形成する前に、高強度鋼部材の表面におけるめっき層の一部を除去する工程を備え、
前記表面処理部を形成する工程において、前記表面処理部を、前記めっき層が除去された領域に形成する
ことを特徴とする請求項6又は7に記載のスポット溶接継手の製造方法。
【請求項9】
前記高強度鋼部材の炭素量を0.30mass%超とすることを特徴とする請求項5又は6に記載のスポット溶接継手の製造方法。
【請求項10】
前記スポット溶接によって形成される前記ナゲットの炭素量を0.29mass%以上とすることを特徴とする請求項5又は6に記載のスポット溶接継手の製造方法。
【請求項11】
前記スポット溶接によって形成される前記ナゲットの径を4.5√t以上とすることを特徴とする請求項5又は6に記載のスポット溶接継手の製造方法。
ここで、前記ナゲットの前記径とは、前記ナゲットの中心を通り、且つ前記鋼部材の表面に垂直な面において、隣り合う前記鋼部材の境界線に沿って測定される前記ナゲットの大きさであり、tとは、前記境界線をなす、隣り合う2枚の前記鋼部材それぞれの板厚のうち小さい方のことである。
【請求項12】
前記表面処理部を、ショットブラスト又はウェットブラストにより形成することを特徴とする請求項6又は7に記載のスポット溶接継手の製造方法。
【請求項13】
ビッカース硬さが530HV以上であり、
めっき層が設けられていない表面処理部を有し、
前記表面処理部の十点平均粗さが3.5μm以下であり、
加速電圧15KVで表面EDX分析を行うことによって測定される、前記表面処理部の酸素濃度が18.0mass%以下である
スポット溶接継手用の高強度鋼部材。
【請求項14】
炭素量が0.30mass%超であることを特徴とする請求項13に記載のスポット溶接継手用の高強度鋼部材。
【請求項15】
前記表面処理部が、前記高強度鋼部材の表面の全体にわたって設けられていることを特徴とする請求項13又は14に記載のスポット溶接継手用の高強度鋼部材。
【請求項16】
ビッカース硬さが530HV以上の高強度鋼部材の表面に、表面処理部を形成する工程を備え、
前記表面処理部にめっき層を設けず、
前記表面処理部の十点平均粗さを3.5μm以下とし、
加速電圧15KVで表面EDX分析を行うことによって測定される、前記表面処理部の酸素濃度を18.0mass%以下とする
スポット溶接継手用の高強度鋼部材の製造方法。
【請求項17】
前記表面処理部を形成する前に、高強度鋼板をホットスタンプする工程をさらに備え、
前記表面処理部を形成する工程において、前記表面処理部を、前記ホットスタンプされた高強度鋼部材の表面に形成する
ことを特徴とする請求項16に記載のスポット溶接継手用の高強度鋼部材の製造方法。
【請求項18】
前記表面処理部を形成する前に、高強度鋼部材の表面におけるめっき層の一部を除去する工程を備え、
前記表面処理部を形成する工程において、前記表面処理部を、前記めっき層が除去された領域に形成する
ことを特徴とする請求項16又は17に記載のスポット溶接継手用の高強度鋼部材の製造方法。
【請求項19】
前記高強度鋼部材の炭素量を0.30mass%超とすることを特徴とする請求項16又は17に記載のスポット溶接継手用の高強度鋼部材の製造方法。
【請求項20】
前記表面処理部を、前記高強度鋼部材の表面の全体にわたって設けることを特徴とする請求項16又は17に記載のスポット溶接継手用の高強度鋼部材の製造方法。
【請求項21】
前記表面処理部を、ショットブラスト又はウェットブラストにより形成することを特徴とする請求項16又は17に記載のスポット溶接継手用の高強度鋼部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スポット溶接継手、スポット溶接継手の製造方法、スポット溶接継手用の高強度鋼部材、及びスポット溶接継手用の高強度鋼部材の製造方法に関する。
本願は、2022年3月15日に、日本に出願された特願2022-040299号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
高強度鋼部材をスポット溶接して製造されるスポット溶接継手においては、溶接部の継手強度が低くなるという課題がある。特に、高強度鋼部材の引張強さが1800MPa以上(又は高強度鋼部材のビッカース硬さが530HV以上)になると、スポット溶接部の引張せん断強さ(Tensile shear strength、TSS)が顕著に低下する。これは、高強度鋼部材に含まれる多量のCが、溶接部の脆化を引き起こすからであると考えられている。
【0003】
高強度鋼板を母材とするスポット溶接継手の接合強度の改善のために、種々の検討が行われている。
【0004】
特許文献1には、複数の鋼板がスポット溶接されたスポット溶接部材であって、前記複数の鋼板の少なくとも1つが、表面にめっき層を有しない、引張強さが780MPa以上の高強度冷延鋼板であり、前記複数の鋼板の少なくとも1つが、表面に亜鉛系めっき層を有する亜鉛系めっき鋼板であり、スポット溶接部のコロナボンドの内部における表層Zn濃度が1質量%以上、25質量%未満である、スポット溶接部材が開示されている。
【0005】
特許文献2には、引張強さが400~700MPa、母材の成分組成中におけるCの含有量が0.05~0.12質量%の範囲であり、次式{Ceqt=C+Si/30+Mn/20+2P+4S}で表される炭素当量Ceqtが0.18質量%以上0.22質量%以下の範囲であるとともに、次式{Ceqh=C+Si/40+Cr/20}で表される炭素当量Ceqhが0.08質量%以上であり、さらに、当該鋼板の表面から3μmまでの範囲の深さにおいて、GDS分析法によって測定される平均酸素濃度OC(%)が次式{OC≦0.5}で表される範囲であるスポット溶接用鋼板が開示されている。
【0006】
特許文献3には、ナゲット内の平均組成が、質量%で、P:0.03%以下、S:0.01%以下、O:0.02%以下を含有し、さらに、Mg、La、Ceのうちの1種または2種以上を合計量で0.005%以下を含有し、残部がFeおよび不可避不純物であり、ナゲット内の平均硬さがHVで320~500であり、かつ、ナゲット内に存在する粒子径1μm以上の酸化物系介在物の分布密度が20個/mm以下であるとともに、全介在物の最大粒子径が50μm以下であり、ナゲット内の金属組織が焼戻マルテンサイトおよび下部ベイナイトからなる高強度抵抗溶接継手が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】日本国特開2020-179413号公報
【文献】日本国特開2012-102370号公報
【文献】日本国特開2014-180698号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1において検討の対象とされている鋼板の引張強さは最大で1570MPaである。スポット溶接部の脆化が一層著しい引張強さ1800MPa以上(又はビッカース硬さが530HV以上)の高強度鋼部材に関して、特許文献1では何ら検討されていない。
【0009】
特許文献2において検討の対象とされている鋼板の引張強さは最大で700MPaである。スポット溶接部の脆化が一層著しい引張強さ1800MPa以上(又はビッカース硬さが530HV以上)の高強度鋼部材に関して、特許文献2では何ら検討されていない。また、特許文献2においては母材鋼板の酸素濃度を通じてスポット溶接継手の溶接部強度の向上が図られているが、スポット溶接継手の構成については特段の検討がされていない。
【0010】
特許文献3に開示されたナゲットのビッカース硬さは、320HV~500HVの範囲内である。ナゲット硬さを考慮すると、特許文献3において検討の対象とされている鋼板の引張強さは1800MPa未満(又はビッカース硬さが530HV未満)であると推定される。スポット溶接部の脆化が一層著しい引張強さ1800MPa以上(又はビッカース硬さが530HV以上)の高強度鋼部材に関して、特許文献3では何ら検討されていないと推定される。
【0011】
以上の事情に鑑みて、本発明は、ビッカース硬さが530HV以上の高強度鋼板部を一枚以上含みながら、TSSに優れたスポット溶接継手、及びその製造方法を提供することを課題とする。さらに本発明は、ビッカース硬さが530HV以上でありながら、TSSに優れたスポット溶接継手を製造可能なスポット溶接継手用の高強度鋼部材、及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の要旨は以下の通りである。
【0013】
(1)本発明の第一実施形態に係るスポット溶接継手は、ビッカース硬さが530HV以上の高強度鋼板部を含む、複数の鋼板部と、複数の前記鋼板部のうち前記高強度鋼板部と他の前記鋼板部とを接合するナゲットと、前記高強度鋼板部の表面に対して直角方向からの平面視において、前記ナゲットの周囲にリング状に形成されて、前記高強度鋼板部と他の前記鋼板部とを固相接合するコロナボンドと、を備え、前記コロナボンドが存在する領域には、めっき層が存在せず、前記平面視における前記ナゲットの外周から50μm外側の位置における前記コロナボンドの酸素濃度が15.0mass%以下である。
(2)好ましくは、上記(1)に記載のスポット溶接継手では、前記高強度鋼板部の炭素量が0.30mass%超である。
(3)好ましくは、上記(1)又は(2)に記載のスポット溶接継手では、前記ナゲットの炭素量が0.29mass%以上である。
(4)好ましくは、上記(1)~(3)の何れか一項に記載のスポット溶接継手では、前記ナゲットの中心を通り、且つ前記鋼板部の表面に垂直な断面において、隣り合う前記鋼板部の境界線に沿って測定される前記ナゲットの径が4.5√t以上である。ここでtとは、前記境界線をなす、隣り合う2枚の前記鋼板部それぞれの板厚のうち小さい方のことである。
【0014】
(5)本発明の第二実施形態に係るスポット溶接継手の製造方法は、表面処理部を有する、ビッカース硬さが530HV以上の高強度鋼部材を提供する工程と、前記高強度鋼部材と他の鋼部材との合わせ面に前記表面処理部が配されるように、複数の前記鋼部材を重ね合わせる工程と、前記表面処理部に対して直角方向からの平面視において、前記表面処理部の内側に、ナゲット及びコロナボンドが収まるように、複数の前記鋼部材をスポット溶接する工程と、を備え、前記重ね合わせる工程において、前記表面処理部、及び前記表面処理部に接する領域にめっき層を設けず、前記表面処理部の十点平均粗さは3.5μm以下であり、前記表面処理部の酸素濃度は18.0mass%以下である。
(6)好ましくは、上記(5)に記載のスポット溶接継手の製造方法は、前記高強度鋼部材を提供する工程の前に、前記高強度鋼部材の表面に前記表面処理部を形成する工程をさらに備える。
(7)好ましくは、上記(6)に記載のスポット溶接継手の製造方法は、前記表面処理部を形成する前に、高強度鋼板をホットスタンプする工程をさらに備え、前記表面処理部を形成する工程において、前記表面処理部を、前記ホットスタンプされた高強度鋼部材の表面に形成する。
(8)好ましくは、上記(6)又は(7)に記載のスポット溶接継手の製造方法は、前記表面処理部を形成する前に、高強度鋼部材の表面におけるめっき層の一部を除去する工程を備え、前記表面処理部を形成する工程において、前記表面処理部を、前記めっき層が除去された領域に形成する。
(9)好ましくは、上記(5)~(8)の何れか一項に記載のスポット溶接継手の製造方法では、前記高強度鋼部材の炭素量を0.30mass%超とする。
(10)好ましくは、上記(5)~(9)の何れか一項に記載のスポット溶接継手の製造方法では、前記スポット溶接によって形成される前記ナゲットの炭素量を0.29mass%以上とする。
(11)好ましくは、上記(5)~(10)の何れか一項に記載のスポット溶接継手の製造方法では、前記スポット溶接によって形成される前記ナゲットの径を4.5√t以上とする。ここで、前記ナゲットの前記径とは、前記ナゲットの中心を通り、且つ前記鋼部材の表面に垂直な面において、隣り合う前記鋼部材の境界線に沿って測定される前記ナゲットの大きさであり、tとは、前記境界線をなす、隣り合う2枚の前記鋼部材それぞれの板厚のうち小さい方のことである。
(12)好ましくは、上記(6)~(11)の何れか一項に記載のスポット溶接継手の製造方法では、前記表面処理部を、ショットブラスト又はウェットブラストにより形成する。
【0015】
(13)本発明の第三実施形態に係るスポット溶接継手用の高強度鋼部材は、ビッカース硬さが530HV以上であり、めっき層が設けられていない表面処理部を有し、前記表面処理部の十点平均粗さが3.5μm以下であり、前記表面処理部の酸素濃度が18.0mass%以下である。
(14)好ましくは、上記(13)に記載のスポット溶接継手用の高強度鋼部材では、炭素量が0.30mass%超である。
(15)好ましくは、上記(13)又は(14)に記載のスポット溶接継手用の高強度鋼部材では、前記表面処理部が、前記高強度鋼部材の表面の全体にわたって設けられている。
【0016】
(16)本発明の第四実施形態に係るスポット溶接継手用の高強度鋼部材の製造方法は、ビッカース硬さが530HV以上の高強度鋼部材の表面に、表面処理部を形成する工程を備え、前記表面処理部にめっき層を設けず、前記表面処理部の十点平均粗さを3.5μm以下とし、前記表面処理部の酸素濃度を18.0mass%以下とする。
(17)好ましくは、上記(16)に記載のスポット溶接継手用の高強度鋼部材の製造方法は、前記表面処理部を形成する前に、高強度鋼板をホットスタンプする工程をさらに備え、前記表面処理部を形成する工程において、前記表面処理部を、前記ホットスタンプされた高強度鋼部材の表面に形成する。
(18)好ましくは、上記(16)又は(17)に記載のスポット溶接継手用の高強度鋼部材の製造方法は、前記表面処理部を形成する前に、高強度鋼部材の表面におけるめっき層の一部を除去する工程を備え、前記表面処理部を形成する工程において、前記表面処理部を、前記めっき層が除去された領域に形成する。
(19)好ましくは、上記(16)~(18)の何れか一項に記載のスポット溶接継手用の高強度鋼部材の製造方法では、前記高強度鋼部材の炭素量を0.30mass%超とする。
(20)好ましくは、上記(16)~(19)の何れか一項に記載のスポット溶接継手用の高強度鋼部材の製造方法では、前記表面処理部を、前記高強度鋼部材の表面の全体にわたって設ける。
(21)好ましくは、上記(16)~(20)の何れか一項に記載のスポット溶接継手用の高強度鋼部材の製造方法では、前記表面処理部を、ショットブラスト又はウェットブラストにより形成する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ビッカース硬さが530HV以上の高強度鋼板部を1枚以上含みながら、TSSに優れたスポット溶接継手、及びその製造方法を提供することができる。さらに本発明によれば、ビッカース硬さが530HV以上でありながら、TSSに優れたスポット溶接継手を製造可能なスポット溶接継手用の高強度鋼部材、及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】第一実施形態に係るスポット溶接継手の断面図である。
図2A】ナゲット径とコロナボンドの表面酸素濃度との関係図である。
図2B】ナゲット径とコロナボンドの表面酸素濃度との関係図である。
図3A】表面処理部の形成工程S1の模式図である。
図3B】鋼部材を重ね合わせる工程S2の模式図である。
図3C】鋼部材をスポット溶接する工程S3の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<第一実施形態に係るスポット溶接継手>
まず、本発明の第一実施形態に係るスポット溶接継手1について説明する。第一実施形態に係るスポット溶接継手1は、例えば図1の断面図に示されるように、ビッカース硬さが530HV以上の高強度鋼板部11Hを含む、複数の鋼板部11と、複数の鋼板部11のうち高強度鋼板部11Hと他の鋼板部11とを接合するナゲット121と、高強度鋼板部の表面に対して直角方向からの平面視(以下、平面視という)において、ナゲット121の周囲にリング状に形成されて、高強度鋼板部11Hと他の鋼板部11とを固相接合するコロナボンド122と、を備え、コロナボンド122が形成された領域には、めっき層13が存在せず、平面視におけるナゲット121の外周から50μm外側の位置におけるコロナボンド122の酸素濃度が15.0mass%以下である。以下、高強度鋼板部11Hの表面に形成されたコロナボンド122の、ナゲットの外周から50μm外側の位置における表面酸素濃度を、単に「コロナボンドの表面酸素濃度」などと称する場合がある。また、高強度鋼板部11Hと他の鋼板部11との間において、コロナボンド122が存在する領域を、「コロナボンド部123」と称する場合がある。
【0020】
第一実施形態に係るスポット溶接継手1においては、コロナボンド122の改質を通じてTSSを向上させる。本発明者らは、高強度鋼板部11Hに形成されたコロナボンド122における酸素濃度を低下させることにより、ビッカース硬さ530HV以上の高強度鋼板部11Hを含むスポット溶接継手1のTSSが飛躍的に向上することを知見した。以下、第一実施形態に係るスポット溶接継手1について詳細に説明する。
【0021】
(鋼板部11、高強度鋼板部11H)
製造方法についての詳細は後述するが、スポット溶接継手1は、母材(継手材料)となる鋼板を成形した鋼部材をスポット接合して形成される。鋼板部11は、スポット溶接継手1において、スポット溶接前の、鋼部材や鋼板に対応する部分のうち、スポット溶接部と同一表面の平坦部を示す。例えば、スポット溶接前の鋼部材がハット型部品である場合、鋼板部11はスポット溶接されたフランジ部である。あるいは、平板部品にスポット溶接してスポット溶接継手1が形成される場合、鋼板部11は平板部品の全体である。
鋼板部11の個数は、図1に例示されるように2個であってもよいし、3個以上であってもよい。また、複数の鋼板部11のうち1個以上が、ビッカース硬さ530HV以上の高強度鋼板部11Hとされる。これにより、スポット溶接継手1の母材強度が飛躍的に高められる。なお、鋼の引張強さとビッカース硬さとの間には良好な相関があり、ビッカース硬さ530HVは、引張強さ約1800MPaに相当する。ビッカース硬さ580HVは、引張強さ約2000MPaに相当する。
従来技術によれば、鋼板部11のビッカース硬さが530HV以上であると、スポット溶接継手1のTSSが低下するが、第一実施形態に係るスポット溶接継手1においては、後述するコロナボンド122の酸素濃度を低減することによって、TSSを確保している。
高強度鋼板部11Hの個数は限定されない。図1に例示されるスポット溶接継手1においては、高強度鋼板部11Hと、ビッカース硬さ530HV未満の鋼板部11とが組み合わせられているが、2個の高強度鋼板部11Hが組み合わせられていてもよい。以下、便宜上、ビッカース硬さが530HV未満の鋼板部11を「通常の鋼板部11」と称する。
【0022】
(ナゲット121、及びコロナボンド122)
ナゲット121は、スポット溶接において溶接部に生じる溶融凝固した部分である。ナゲット121は、少なくとも、複数の鋼板部11のうち高強度鋼板部11Hと他の鋼板部11とを接合する。好ましくは、ナゲット121は、全ての複数の鋼板部11を接合する。
コロナボンド122は、スポット溶接においてナゲット121の周辺の2つの鋼板部11間にある、リング状の固相接合部である。コロナボンド122は、高強度鋼板部11Hと他の鋼板部11とを固相接合する。ただし、コロナボンド122においては、鋼板部11の溶融凝固は生じておらず、2つの鋼板部11は固相接合されているのみである。
なお、図1に例示されるスポット溶接継手1においては、鋼板部11の重ね面が1つだけであるので、1つのスポット溶接部についてコロナボンド122も1つだけ形成されている。もし鋼板部11の重ね面が複数ある場合、コロナボンド122は複数の重ね面それぞれに形成される。以下、複数の鋼板部11を接合する、ナゲット121及びコロナボンド122を含む部分をまとめて「スポット溶接部12」と称する。
【0023】
(コロナボンド122の酸素濃度、およびめっき有無)
高強度鋼板部11Hを含むスポット溶接継手1のTSSについて、本発明者らが種々の検討を重ねた結果、以下の事柄が明らかになった。
【0024】
まず、ビッカース硬さ530HV以上の高強度鋼板部11Hが含まれるスポット溶接継手1においては、コロナボンド122は、スポット溶接継手1の接合強度に大きく影響することが明らかになった。高強度鋼板部11Hに含まれる多量のCが、溶接部の脆化を引き起こし、溶融凝固部の接合強度が低下するため、相対的に、コロナボンド122の接合強度が、スポット溶接継手1の接合強度に大きく影響すると推定される。
【0025】
次に、高強度鋼板部11Hの表面に形成されたコロナボンド122の酸素濃度と、スポット溶接継手1のTSSとの間には良好な相関関係が見られた。酸素濃度が低い程、TSSが高かった。これは、コロナボンド122の酸素濃度が高い程、コロナボンド122の酸化物が増大し、これがコロナボンド122の剥離を招来するからであると推定される。
【0026】
一方、2つの通常の鋼板部11の間のコロナボンドの酸素濃度と、TSSとの間に、相関関係は見られなかった。例えば、通常の鋼板部11から構成され、高強度鋼板部11Hを含まないスポット溶接継手においては、たとえコロナボンドの酸素濃度を低下させたとしても、TSS向上効果は得られなかった。なお、ビッカース硬さ530HV以上の高強度鋼板部11Hを含まないスポット溶接継手の従来技術においても、コロナボンドの酸素濃度や酸化物とTSSとの関係性は報告されていない。通常の鋼板部11から構成され、高強度鋼板部11Hを含まないスポット溶接継手においては、コロナボンドは、スポット溶接継手1の接合強度にほとんど影響しないためであると推定される。
【0027】
また、2個の通常の鋼板部11と1個の高強度鋼板部11Hとから構成されるスポット溶接継手1において、2つの通常の鋼板部11の間のコロナボンドの酸素濃度を低下させたとしても、やはりTSS向上効果は得られなかった。
【0028】
加えて、高強度鋼板部11Hと、これに隣接する他の鋼板部11との間のコロナボンド部123に、溶融Znめっき等のめっきが含まれていた場合、酸素濃度の低減によるTSS向上効果は得られなかった。めっき層(coating layer)が鋼部材同士の接触面に存在する状態でスポット溶接が行われると、酸化物に加えて、めっきの介在物などもコロナボンド部123に形成される。このめっき成分由来の介在物が、TSS向上効果の発現を妨げると推定される。ここで、コロナボンド部123とは、高強度鋼板部11Hと他の鋼板部11との間において、コロナボンド122が存在する領域を示す。
【0029】
以上の理由により、第一実施形態に係るスポット溶接継手1では、高強度鋼板部11Hと他の鋼板部11とを接合するコロナボンド部に、めっき層13が存在しない。なお、めっき層13は、少なくとも高強度鋼板部11Hと他の鋼板部11との間のコロナボンド部において存在しなければ(即ち、めっき層13がコロナボンド部から除外されていれば)よい。高強度鋼板部11Hの表面のうち、他の鋼板部11と重ね合わせられない面には、コロナボンド122が形成されないので、めっき層13が形成されていてもよい。高強度鋼板部11Hの表面のうち、他の鋼板部11と重ね合わせられる面においても、コロナボンド部以外の領域には、めっき層13が形成されていてもよい。高強度鋼板部11Hのコロナボンド部の外部にあるめっき層13は、スポット溶接継手1のTSSに悪影響を及ぼさない。また、通常の鋼板部11同士の間のコロナボンド部には、めっき層が存在してもよい。
【0030】
さらに、平面視において、ナゲット121の外周から50μm外側の位置における、高強度鋼板部11Hと他の鋼板部11とを固相接合するコロナボンド122の酸素濃度が15.0mass%以下とされる。好ましくは、ナゲット121の外周から50μm外側の位置における当該コロナボンド122の酸素濃度は14.0mass%以下、13.0mass%以下、12.0mass%以下、又は10.0mass%以下である。高強度鋼板部11Hと他の鋼板部11との間のコロナボンド122の酸素濃度の下限値は特に限定されず、0mass%であってもよい。ただし、酸素を完全に除去することは、スポット溶接継手1の製造コスト等を考慮すると困難である。そのため、高強度鋼板部11Hと他の鋼板部11との間のコロナボンド122の酸素濃度を1.0mass%以上、2.0mass%以上、又は5.0mass%以上としてもよい。
なお、高強度鋼板部11Hと接しないコロナボンド122の酸素濃度は特に限定されない。上述した通り、引張強さが1800MPa未満(即ち、ビッカース硬さが530HV未満)の通常の鋼板部11の合わせ面においては、酸素濃度とTSSとの相関がみられないからである。
【0031】
第一実施形態に係るスポット溶接継手1は、上述の要件を満たす限り、TSS向上効果を得ることができる。一方、以下に説明する好ましい態様を適用することにより、第一実施形態に係るスポット溶接継手1のTSS、及びその他の機械特性を一層向上させることができる。
【0032】
(高強度鋼板部11Hの炭素量:好ましくは0.30mass%超)
高強度鋼板部11Hの炭素量は特に限定されないが、例えば0.30mass%超、0.31mass%以上、0.33mass%以上、0.36mass%以上、又は0.40mass%以上とすることが好ましい。これにより、本開示の技術による強度向上効果が得られる。一方、高強度鋼板部11Hの炭素量を0.50mass%以下、0.48mass%以下、0.45mass%以下、0.42mass%以下、又は0.40mass%以下とすることにより、ナゲット121の硬さを低減し、スポット溶接継手1の接合強度を一層高めることができる。なお、高強度鋼板部11Hと組み合わせられる場合がある通常の鋼板部11の炭素量も特に限定されないが、例えば0.2mass%以下としてもよい。
なお、高強度鋼板部11Hに含まれるCは、溶接部の脆化を引き起こす場合がある。しかし、第一実施形態に係るスポット溶接継手1においては、コロナボンドを用いてTSSが高められている。従って、高強度鋼板部11Hの炭素量が高い場合であっても、第一実施形態に係るスポット溶接継手1においては、溶接部の接合強度が高められる。
【0033】
(ナゲット121の炭素量:好ましくは0.29mass%以上)
ナゲット121の炭素量も特に限定されないが、たとえば0.29mass%以上、0.31mass%以上、0.35mass%以上、又は0.38mass%以上としてもよい。これにより、本開示の技術による強度向上効果が得られる。一方、ナゲット121の炭素量を0.45mass%以下、0.42mass%以下、又は0.38mass%以下としてもよい。これにより、ナゲット121の過剰な硬化を回避し、スポット溶接継手1の接合強度を一層高めることができる。
【0034】
(ナゲット121の径:好ましくは4.5√t以上)
ナゲット121の径は特に限定されず、高強度鋼板部と他の鋼板部とを接合可能な範囲内の種々の値を選択することができる。一方、本発明者らの実験結果によれば、ナゲット121の径が大きいほど、コロナボンド122の酸素濃度が一層低下し、TSSが一層向上することが明らかになった。
【0035】
これは、ナゲット121の形成の際の熱膨張量に起因すると推定される。図2A及び図2Bに示されるように、スポット溶接の際には、ナゲット121が熱膨張する。この熱膨張によって、コロナボンド122には、ナゲット121の外側方向への圧力が加わる。この圧力が、コロナボンド部に塑性流動を生じさせ、酸化物Oxをコロナボンド部の外に排出すると考えられる。スポット溶接の際の入熱が大きく、ナゲット径が大きい程、コロナボンド122に加わる圧力も大きくなる。従って、ナゲット径が大きい程、酸化物Oxの排出量が大きくなり、TSSが一層向上すると考えられる。
【0036】
本発明者らの実験結果によれば、ナゲット121の径Dが4.5√t以上である場合、TSSの一層の向上が見られた。ここでナゲット121の径Dとは、ナゲット121の中心を通り、且つ鋼板部11の表面に垂直な断面において、隣り合う鋼板部11の境界線に沿って測定されるナゲット121の大きさである。「t」とは、ナゲット121の測定の基準となる境界線をなす、隣り合う2枚の鋼板部11それぞれの板厚のうち小さい方のことである。スポット溶接継手1に含まれる鋼板部11の枚数が3以上であり、境界線が2以上ある場合には、2以上の境界線それぞれに対応する2以上のD及び2以上のtが特定される。
例えば、スポット溶接継手1に含まれる鋼板部11の数が2枚である場合、鋼板部11の境界線は1本である。ナゲット121の径Dとは、当該境界線に沿って測定されるナゲット121の幅であり、tとは、2つの鋼板部11のうち薄い方の厚さである。当該境界線において、D≧4.5√tが満たされることが好ましい。この場合、TSSの一層の向上が見られる。
スポット溶接継手に含まれる鋼板部11の数が3以上である場合、鋼板部11の境界線は2本以上である。この場合、少なくとも1本の境界線において、ナゲット121の径Dと、当該境界線をなす鋼板部11のうち薄い方の板厚tとがD≧4.5√tを満たすことが好ましく、全ての境界線においてD≧4.5√tが満たされることが一層好ましい。ナゲット121の径を4.8√t以上、又は5.0√t以上とすることが一層好ましい。また、高強度鋼板部11Hがなす境界線において、ナゲット121の径Dと、当該境界線をなす鋼板部11のうち薄い方の板厚tとがD≧4.5√tを満たすことが好ましい。
【0037】
(鋼板部11の板厚、硬さ、引張強さ、及び表面処理)
上述の通り、高強度鋼板部11Hのビッカース硬さは530HV以上である。スポット溶接継手1の強度等を向上させる観点からは、高強度鋼板部11Hのビッカース硬さは大きいほど好ましい。従って、高強度鋼板部11Hのビッカース硬さを550HV以上、580HV以上、600HV以上、又は620HV以上としてもよい。高強度鋼板部11Hのビッカース硬さの上限値は特に限定されないが、スポット溶接継手1の接合強度等を向上させる観点からは、高強度鋼板部11Hのビッカース硬さを700HV以下、680HV以下、又は650HV以下としてもよい。
高強度鋼板部11Hの引張強さは、特に限定されない。一般に、鋼の引張強さとビッカース硬さとの間には良好な相関があり、ビッカース硬さ530HVは、引張強さ約1800MPaに相当する。ビッカース硬さ580HVは、引張強さ約2000MPaに相当する。従って、高強度鋼板部11Hの硬さが規定されていれば、高強度鋼板部11Hの引張強さを別途規定する必要はない。一方、高強度鋼板部11Hの引張強さを1900MPa以上、2000MPa以上、又は2100MPa以上と規定してもよい。高強度鋼板部11Hの引張強さの上限は特に限定されない。例えば高強度鋼板部11Hの引張強さを2800MPa以下、2500MPa以下、又は2300MPa以下と規定してもよい。
高強度鋼板部11Hと組み合わせられる、ビッカース硬さ530HV未満の通常の鋼板部11の引張強さも特に限定されない。例えば、通常の鋼板部11の引張強さを1700MPa以下、1500MPa以下、又は1200MPa以下と規定してもよい。
【0038】
鋼板部11、及び高強度鋼板部11Hの金属組織は特に限定されない。例えば、高強度鋼板部11Hの金属組織の90面積%以上、92面積%以上、又は95面積%以上がマルテンサイトであってもよい。なお、マルテンサイトとは、焼き戻されていないマルテンサイトであるフレッシュマルテンサイト及び、焼き戻されたマルテンサイトである焼戻しマルテンサイトの両方を含む概念である。高強度鋼板部11Hの金属組織に占めるマルテンサイトの割合の上限値は特に限定されないが、例えば当該割合が100面積%以下、99面積%以下、又は98面積%以下であってもよい。
【0039】
第一実施形態に係るスポット溶接継手1では、高強度鋼板部11Hと他の鋼板部11とを固相接合するコロナボンド122が存在する領域(コロナボンド部)には、めっき層が存在しないことが求められる。一方、この要求が満たされる限り、鋼板部11が、その表面の一部または全部にめっき層13を有していてもよい。例えば、板組の表面に配されためっき層13は、コロナボンド122に悪影響を及ぼさない。また、隣接する2つの鋼板部11の間に存在するめっき層13も、コロナボンド部の外に配されている限り、コロナボンド122に悪影響を及ぼさない。めっき層13の例は、例えば溶融亜鉛めっき、溶融合金亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、電気亜鉛めっき、電気Alめっき等である。また、鋼板部11の表面の一部または全部に、塗装及び化成処理皮膜などの表面処理皮膜を配してもよい。
【0040】
(測定方法)
以下に、第一実施形態に係るスポット溶接継手1を定義するパラメータの測定方法について説明する。なお、以下に説明する測定の全てを、1のスポット溶接部のサンプルに対して実施する必要はない。一般的に、スポット溶接継手における同一の鋼板部には2以上のスポット溶接部が設けられており、これらスポット溶接部のパラメータは略同一である。従って、2以上のスポット溶接部のサンプルに対して行われた測定の結果を、1のスポット溶接部のパラメータの測定結果であるとみなすことができる。なお、スポット溶接継手の製造方法が、後述する第二実施形態に係るスポット溶接継手の製造方法に該当するか否かを判定する場合においても、2以上のスポット溶接部のサンプルに対して行われた測定の結果を、1のスポット溶接部のパラメータの測定結果であるとみなすことができる。
鋼板部11のビッカース硬さの測定方法は以下の通りである。断面視において、コロナボンドの外周より10mm以上離れた位置において、鋼板部の表面に垂直な切断面を作成する。後述する、ナゲット121の炭素量を測定するための切断面のうち、コロナボンドの外周より10mm以上離れた位置を、鋼板部の硬さ測定用の試料として用いることもできる。この切断面において、鋼板部の表面から1/4tの位置で、ビッカース硬さを測定する。測定点は3点とする。荷重は0.5kgfとする。測定点は、鋼板部の表面に略平行に並べることとし、測定点の間隔は0.5mmとする。3点での測定値の平均値を、鋼板部のビッカース硬さとみなす。鋼部材の硬さを測定するための切断面は、例えばフランジ部等の、任意の平坦箇所において形成することができる。
鋼板部11の引張強さは、JIS Z 2241:2011「金属材料引張試験方法」に準拠した引張試験によって測定する。試験片は、13B号試験片とする。試験片は、平坦部から採取する。また、試験片は、スポット溶接部の熱影響部の外部から採取する。試験片の採取箇所が、ナゲットから大きく離隔されていてもよい。例えば高強度鋼板部がハット型部材のフランジ部である場合、ナゲットが設けられる部位であるフランジ部から引張試験片を採取してもよいし、縦壁部又は横壁部から引張試験片を採取してもよい。なお、この測定方法は、後述するスポット溶接前の鋼部材の引張強さの測定にも適用される。
ナゲット121の外周から50μm外側の位置におけるコロナボンド122の酸素濃度の測定方法は以下の通りである。まず、JIS Z 3144:2013「スポット及びプロジェクション溶接部の現場試験方法」の規定に準じて、スポット溶接継手1にピール試験を行い、スポット溶接部12を破断させる。これにより、高強度鋼板部と他の鋼板部とを固相接合するコロナボンド122の表面(破断面とも称す)を現出させる。次いで、コロナボンド122の酸素濃度を、表面EDX分析により測定する。加速電圧は15kVとする。測定点の位置は、平面視においてナゲット121の外周から50μm外側の位置のコロナボンド122とする。測定点の数は、1つのコロナボンド122につき20点とする。測定点は、ナゲット121の外周に沿って略等間隔に分布するようにする。ナゲット121が円形である場合、隣り合う測定点とナゲット121の中心とがなす角度は約18°となる。
この測定を、コロナボンド122によって固相接合されていた高強度鋼板部11H側の表面(破断面)に対して行う。ただし、高強度鋼板部11H同士が固相接合される場合は、2個の高強度鋼板部11Hそれぞれの表面(破断面)に対して20点での測定を行い、これにより合計40点での測定結果を得る。これらの測定結果を平均した値を、ナゲット121の外周から50μm外側の位置における、高強度鋼板部と他の鋼板部とを固相接合するコロナボンド122の酸素濃度とみなす。
【0041】
コロナボンド122におけるめっき層の有無の判断方法は以下の通りである。コロナボンド122の酸素濃度の測定と同じ手順で、コロナボンド122の表面(破断面)を現出させる。めっき層の化学成分は、素地鋼板の化学成分と相違する。従って、コロナボンドの表面(破断面)をEDX分析することにより、めっき層の有無を容易に視認することができる。コロナボンド122の酸素濃度の測定に用いた試料に対して、めっき層の有無の判定を行ってもよい。
【0042】
鋼板部11の炭素量は、JIS G 1211-3:2018「鉄及び鋼-炭素定量方法- 第3部:燃焼-赤外線吸収法」によって測定される。炭素量の測定用の試料は、スポット溶接部の中央から10~30mm離れた箇所から抽出する。試料の抽出の際には、鋼板部の表面を0.1mm以上削り、これによりめっき及びコンタミを除去する。なお、この測定方法は、後述するスポット溶接前の鋼部材の炭素量の測定にも適用される。
ナゲット121の炭素量の測定方法は以下の通りである。まず、鋼板部11の表面に垂直な方向でナゲット121を平面視したときのナゲット121の中心を通り、且つ鋼板部11の表面に垂直な面において、ナゲット121を切断する。 次いで、切断面をエッチングして、ナゲット121を現出させる。切断面に現出したナゲット121の各鋼板部における面積を測定し、各鋼板の炭素量と各鋼板におけるナゲット121の面積の積の合計を、ナゲット121の面積で割ることにより、ナゲット121の炭素量を算出する。「ナゲット121の面積」とは、当該切断面において測定されるナゲットの面積である。「ナゲット121の各鋼板部における面積」とは、当該切断面において、ナゲット121の両端に現出するコロナボンドを結んだ直線を境界線(以下、境界線と称す)としてナゲット121を分割し、分割されたナゲット領域のうち各鋼板部側に存在する各ナゲット領域の面積である。具体的には、ナゲットの炭素量は、以下の式で算出する。
ナゲットの炭素量(%)=
(S1×C1+S2×C2+・・・+Sn×Cn)/(S1+S2+・・・+Sn)
S1:1番目の鋼板部のナゲット面積(mm
C1:1番目の鋼板部の炭素量(mass%)
S2:2番目の鋼板部のナゲット面積(mm
C2:2番目の鋼板部の炭素量(mass%)
Sn:n番目の鋼板部のナゲット面積(mm
Cn:n番目の鋼板部の炭素量(mass%)
例えば、図1に示されるスポット溶接継手の断面図において、上側に配された鋼板部11を「1番目の鋼板部」とみなし、下側に配された高強度鋼板部11Hを「2番目の鋼板部」とみなした場合、ナゲット121内部に示した破線が、境界線であり、ナゲット121における、破線よりも上側の領域の面積がS1であり、ナゲット121における、破線よりも下側の領域の面積がS2である。
なお、同一鋼板部11上であれば、炭素濃度測定の対象とされたナゲットとは別のナゲット周辺のコロナボンドの酸素濃度を、同一ナゲットの周辺のコロナボンドの酸素濃度として測定したとみなす。具体的には、スポット溶接継手から、複数のスポット溶接部を有する同一板状部としてサンプルを取り出し、その中の隣接する2個のスポット溶接部を測定対象とし、それぞれのスポット溶接部における測定結果を、同一のスポット溶接部における測定結果とみなす。
【0043】
ナゲット121の径の測定方法は以下の通りである。まず、鋼板部11の表面に垂直な方向でナゲット121を平面視したときのナゲット121の中心を通り、且つ鋼板部11の表面に垂直な面において、ナゲット121を切断する。
次いで、切断面をエッチングして、ナゲット121を現出させる。そして、最も薄い鋼板部に関するナゲットの径を測定する。JIS Z 3001-6:2013では、スポット溶接部の断面試験によって接合界面で測定されるナゲット部の直径が、ナゲット径と定義されている。本実施形態において、ナゲットの径とは、隣接する2つの鋼板部の間における境界線上で測定されるナゲット幅のことである。境界線が2以上ある場合、それぞれの境界線においてナゲットの径を測定する。
上述の炭素濃度の測定をしたナゲットの断面に対して、ナゲットの径の測定を実施してもよい。一方、同一鋼板部11上であれば、酸素濃度測定及び炭素濃度測定の対象とされたナゲットとは別のナゲットの径を、同一ナゲットの径として測定してもよい。具体的には、スポット溶接継手から、複数のスポット溶接部を有する同一板状部としてサンプルを取り出し、その中の隣接する2個のスポット溶接部を測定対象とし、それぞれのスポット溶接部における測定結果の平均値を、同一のスポット溶接部における測定結果とみなす。
【0044】
<第二実施形態に係るスポット溶接継手1の製造方法>
次に、本発明の第二実施形態に係るスポット溶接継手1の製造方法について説明する。第二実施形態に係るスポット溶接継手1の製造方法は、図3A図3Cに例示されるように、ビッカース硬さが530HV以上の高強度鋼部材2Hの表面に、表面処理部24を形成する工程と、高強度鋼部材2Hと他の鋼部材2との合わせ面に表面処理部24が配されるように、複数の鋼部材2を重ね合わせる工程と、表面処理部24の表面に対して直角方向からの平面視において、表面処理部24の内側に、ナゲット121及びコロナボンド122が収まるように、複数の鋼部材2をスポット溶接する工程と、を備え、重ね合わせる工程において、表面処理部24、及び表面処理部24に接する領域にめっき層を設けず、表面処理部24の十点平均粗さは3.5μm以下とし、表面処理部24の酸素濃度は18.0mass%以下である。
なお、用語「鋼部材2」は、第一実施形態に係るスポット溶接継手1が有する「鋼板部11」の材料(即ち母材)を意味する。スポット溶接された鋼部材2のうち、スポット溶接部と同一表面の平坦部が、鋼板部11である。同様に、用語「高強度鋼部材2H」は、第一実施形態に係るスポット溶接継手1が有する「高強度鋼板部11H」の材料を意味する。スポット溶接された高強度鋼部材2Hのうちスポット溶接部と同一表面の平坦部が、高強度鋼板部11Hである。
【0045】
(表面処理部24を形成する工程S1)
まず、図3Aに示されるように、ビッカース硬さが530HV以上の高強度鋼部材2Hの表面に、表面処理部24を形成する。ただし、予め表面処理部24が設けられた高強度鋼板を提供してスポット溶接継手を製造する場合、スポット溶接継手の製造方法から、表面処理部24を形成する工程S1を省略することができる。なお、表面処理部24が形成される、高強度鋼部材2Hの「表面」とは、スポット溶接用の電極が配置されうる表面のことを意味する。従って、「表面」とは、「端面」(即ち、原材料である鋼板から鋼部材を切り出すことによって形成される切断面など)を含まない概念である。後述するように、表面処理部24にはナゲット121及びコロナボンド122が形成される。表面処理部24の表面状態を予め制御しておくことにより、コロナボンド122の酸素濃度を15.0mass%以下とすることができる。
【0046】
表面処理部24においては、表面処理部24の十点平均粗さを3.5μm以下とし、酸素濃度を18.0mass%以下とする。高強度鋼部材2Hの表面処理部24の十点平均粗さを3.5μm以下とすることで、表面処理部24の表面積を低下させて、表面処理部24の酸素量を低減することができる。また、本発明者らの実験結果によれば、スポット溶接時のナゲット121の熱膨張によって酸化物がコロナボンド122外に排出され、酸素濃度は低下する。そのため、スポット溶接の前に、表面処理部24の十点平均粗さを3.5μm以下とし、表面処理部24の酸素濃度を18.0mass%以下にしておけば、表面処理部24に形成されるコロナボンド122の酸素濃度を15.0mass%以下とすることができる。なお、高強度鋼部材2Hと通常の鋼部材2とが組み合わせられる場合、高強度鋼部材2Hと接する通常の鋼部材2の面において十点平均粗さ及び酸素濃度を制御する必要はない。また、表面処理部24の酸素濃度を16.5mass%以下、16.0mass%以下、又は15.0mass%以下としてもよい。なお、上述の構成を有する表面処理部は、少なくともビッカース硬さが530HV以上の高強度鋼部材2Hの表面に形成されていればよい。一層好ましくは、ビッカース硬さが530HV未満の通常の鋼部材2の表面にも、上述の構成を有する表面処理部が形成される。
【0047】
高強度鋼部材2Hのビッカース硬さの測定方法は、測定位置を除き、第一実施形態に係るスポット溶接継手1の鋼板部のビッカース硬さの測定方法と同じである。測定位置は、高強度鋼部材2Hの断面における、高強度鋼部材2Hの表面から1/4tの位置とする。
高強度鋼部材2Hの表面処理部24の十点平均粗さの測定方法は以下の通りである。JIS B 0601:2013の附属書JA「十点平均粗さ」に基づいて、表面処理部24の任意の測定点の十点平均粗さを測定する。十点平均粗さの定義は、2013年度の規格に基づく。測定長さは4mmとし、カットオフは0.8mmとする。
高強度鋼部材2Hの表面処理部24の酸素濃度の測定方法は、ピール試験及び測定位置を除き、第一実施形態に係るスポット溶接継手1のコロナボンド122の酸素濃度の測定方法と同じである。即ち、高強度鋼板部11Hの表面処理部24において、加速電圧15KVで表面EDX分析を行えばよい。ただし、表面処理部24にはナゲット121が形成されていないので、測定点の間隔は10μmとし、測定点の数は5点とし、これら測定点の位置は表面処理部24の内部の任意の箇所とする。
【0048】
鋼部材2、及び高強度鋼部材2Hはめっき層を有してもよい。しかし、表面処理部24には、めっき層を設けないようにする。
高強度鋼部材2Hが非めっき鋼部材2である場合は、めっき層の除去は不要であり、表面処理部24の十点平均粗さおよび酸素濃度を上述の範囲とする。
高強度鋼部材2Hがめっき鋼部材2である場合は、まず表面処理部24からめっき層を除去し、次いで表面処理部24の十点平均粗さおよび酸素濃度を上述の範囲内とする必要がある。めっき層の除去と、表面処理部の形成とを1回の処理で実施した場合、表面処理部の温度が上昇し、酸素濃度を上述の範囲内にすることが難しくなる。
【0049】
表面処理部24は、高強度鋼部材2Hの表面に形成されていればよい。2個の高強度鋼部材2Hが重ね合わせられる場合は、両方の高強度鋼部材2Hに表面処理部24を設ける。一方、高強度鋼部材2Hと、ビッカース硬さ530HV未満の通常の鋼部材2とを重ね合わせる場合、通常の鋼部材2に表面処理部24を設ける必要はない。また、高強度鋼部材2Hと重ね合わせられる通常の鋼部材2がめっき鋼部材2である場合は、このめっき鋼部材2の少なくとも一部において少なくともめっき層の除去を実施しておく必要がある。
【0050】
高強度鋼部材2Hが板組の表面に配される場合、表面処理部24は、高強度鋼部材2Hの一方の表面に設けられていればよい。高強度鋼部材2Hが、他の2つの鋼部材2に挟まれて配される場合、表面処理部24は、高強度鋼部材2Hの両方の表面に設けられる。いずれの場合であっても、表面処理部24は高強度鋼部材2Hの表面の一部のみに設けられていても、表面の全体にわたって設けられていてもよい。例えば高強度鋼部材が、フランジ部と縦壁部と横壁部(天板部)を有するハット型部材である場合、スポット溶接はフランジ部において行われる。表面処理部は、フランジ部の表面のみに形成されてもよいし、一方で、フランジ部、縦壁部、及び横壁部を含むあらゆる箇所の表面に形成されていてもよい。表面処理部は、ハット型部材の内側面及び外側面の、一方又は両方に設けることができる。ただし、上述したように、端面において表面処理部を設ける必要はない。
【0051】
(複数の鋼部材2を重ね合わせる工程S2)
次に、図3Bに示されるように、上述の高強度鋼部材2Hを含む、複数の鋼部材2を重ね合わせる。この際、高強度鋼部材2Hに形成された表面処理部24が、鋼部材2の合わせ面に配されるようにする。また、高強度鋼部材2Hに形成された表面処理部24と、めっき層とが接しないようにする。即ち、表面処理部24のみならず、表面処理部24と接する領域にもめっき層を設けない。高強度鋼部材2H同士が重ね合わせられる場合は、表面処理部24同士が重ね合わせられるので、特段の手当ては不要である。一方、高強度鋼部材2Hと重ね合わせられる鋼部材2が通常の鋼板であり、且つ、その重ね合わせ面にめっき層を有する場合は、上述のように予めめっき層を除去しておき、めっき層の除去部と表面処理部24とが重なるように鋼部材2を位置合わせする必要がある。
【0052】
(複数の鋼部材2をスポット溶接する工程S3)
そして、図3Cに示されるように、複数の鋼部材2をスポット溶接する。この際、表面処理部24の表面に対して直角方向からの平面視において、表面処理部24の内側に、ナゲット及びコロナボンドが収まるように、電極Eと鋼部材2とが接触する位置である打点と、表面処理部24とを重ね、鋼部材2をスポット溶接する。
上述の手順でスポット溶接継手1を製造することにより、十点平均粗さ及び酸素濃度が低く且つめっき層が配されていない表面処理部24において、ナゲット121及びコロナボンド122を形成することができる。即ち、第二実施形態に係る製造方法は、スポット溶接継手1の高強度鋼板部11Hの表面に形成されたコロナボンド122にめっき層を存在させず、且つ、高強度鋼板部11Hの表面に形成されたコロナボンド122の酸素濃度を15.0mass%以下とすることができる。
【0053】
第二実施形態に係るスポット溶接継手1の製造方法は、上述の要件を満たす限り、TSS向上効果を得ることができる。一方、第一実施形態に係るスポット溶接継手1における好ましい態様を、第二実施形態に係る製造方法に適用することもできる。
【0054】
(ホットスタンプ、及びめっき層の除去)
スポット溶接継手1の製造方法が、高強度鋼板をホットスタンプする工程をさらに備えてもよい。この場合、高強度鋼板に表面処理部24が形成される前に、高強度鋼板がホットスタンプされることが好ましい。そして、表面処理部24を形成する工程において、表面処理部24を、ホットスタンプされた高強度鋼板の表面に形成することが好ましい。これにより、ホットスタンプ用の加熱による、表面処理部24の酸素濃度の増大を回避することができる。
スポット溶接継手1の製造方法が、表面処理部を形成する前に、高強度鋼部材の表面におけるめっき層の一部を除去する工程を備えてもよい。この場合、表面処理部を形成する工程において、表面処理部を、めっき層が除去された領域に形成することが好ましい。これにより、めっき層が存在しないコロナボンドを製造することができる。
【0055】
(高強度鋼部材2Hの炭素量:好ましくは0.30mass%超)
(ナゲット121の炭素量:好ましくは0.29mass%以上)
例えば、第一実施形態に係るスポット溶接継手1と同様に、第二実施形態に係る製造方法において、高強度鋼部材2Hの炭素量を0.30mass%超としてもよい。また、ナゲット121の炭素量を0.29mass%以上としてもよい。これにより、スポット溶接継手1の種々の機械特性を一層高めることができる。第一実施形態に関して例示された高強度鋼板部11H、及びナゲット121の炭素量の好ましい上下限値それぞれを、第二実施形態に係る製造方法における高強度鋼部材2H及びナゲット121に適用することもできる。
ナゲット121の炭素量は、鋼部材2の炭素量、及び板厚を通じて制御することができる。鋼部材2の炭素量を高めるほど、ナゲット121の炭素量を高めることができる。また、高炭素鋼部材と低炭素鋼部材とを組み合わせてスポット溶接継手1を製造する場合、合計板厚tに対する高炭素鋼部材の板厚の割合を大きくすることにより、ナゲット121の炭素量を高めることができる。
高強度鋼部材2Hの炭素量、及びナゲット121の酸素量の測定方法は、第一実施形態に係るスポット溶接継手1の高強度鋼板部11Hの炭素量、及びナゲット121の酸素量の測定方法と同じである。
【0056】
(高強度鋼部材2Hの硬さ:530HV以上)
(高強度鋼部材2Hの金属組織:好ましくは90面積%以上のマルテンサイト)
上述の通り、高強度鋼部材2Hのビッカース硬さは530HV以上である。スポット溶接継手1の強度等を向上させる観点からは、高強度鋼部材2Hのビッカース硬さは大きいほど好ましい。従って、高強度鋼部材2Hのビッカース硬さを550HV以上、580HV以上、600HV以上、又は620HV以上としてもよい。高強度鋼部材2Hのビッカース硬さの上限値は特に限定されないが、スポット溶接継手1の接合強度等を向上させる観点からは、高強度鋼部材2Hのビッカース硬さを700HV以下、680HV以下、又は650HV以下としてもよい。
鋼部材2、及び高強度鋼部材2Hの金属組織は特に限定されない。例えば、高強度鋼部材2Hの金属組織の90面積%以上、92面積%以上、又は95面積%以上がマルテンサイトであってもよい。なお、マルテンサイトとは、焼き戻されていないマルテンサイトであるフレッシュマルテンサイト及び、焼き戻されたマルテンサイトである焼戻しマルテンサイトの両方を含む概念である。高強度鋼部材2Hの金属組織に占めるマルテンサイトの割合の上限値は特に限定されないが、例えば当該割合が100面積%以下、99面積%以下、又は98面積%以下であってもよい。
【0057】
(ナゲット121の径:好ましくは4.5√t以上)
ナゲット121の径Dを4.5√t以上としてもよい。ここでナゲット121の径Dとは、ナゲット121の中心を通り、且つ鋼部材2の表面に垂直な面において、隣り合う鋼部材2の境界線に沿って測定されるナゲット121の大きさである。「t」とは、ナゲット121の測定の基準となる境界線をなす、隣り合う2枚の鋼部材2それぞれの板厚のうち小さい方のことである。スポット溶接される鋼部材2の枚数が3以上であり、境界線が2以上ある場合には、2以上の境界線それぞれに対応する2以上のD及び2以上のtが特定される。
D≧4.5√tが満たされることにより、コロナボンド122から排出される酸化物の量を増大させて、コロナボンド122の酸素濃度を一層低下させることができる。ナゲット121の径は、スポット溶接の入熱量を通じて制御することができる。ナゲット121の径が大きくなるほど、コロナボンド122の径も大きくなる。そのため、コロナボンド122が表面処理部24の内側に形成されるように、表面処理部24の大きさを定めることが好ましい。鋼部材2の枚数が3以上であり、境界線が2以上である場合は、少なくとも1つの境界においてD≧4.5√tが満たされることが好ましく、全ての境界においてD≧4.5√tが満たされることが一層好ましい。また、高強度鋼部材2Hがなす境界線において、ナゲット121の径Dと、当該境界線をなす鋼部材2のうち薄い方の板厚tとがD≧4.5√tを満たすことが好ましい。
ナゲット121の径の測定方法は、第一実施形態に係るスポット溶接継手1のナゲット121の径の測定方法と同じである。
【0058】
(表面処理部24を形成する手段:好ましくはショットブラスト又はウェットブラスト)
表面処理部24を形成する手段は特に限定されないが、好ましくは、ショットブラスト又はウェットブラストである。ショットブラストとは、研磨用の粉体である投射材を噴射する表面処理である。ウェットブラストとは、研磨剤と液体とを混合して得られるスラリーを噴射する表面処理である。
【0059】
ビッカース硬さ530HV以上の高強度鋼部材2Hは、焼入れ焼戻し、及びホットスタンプなどの熱処理を経て製造されることが好ましい。そのため、高強度鋼部材2Hの表面には多量の酸化スケールが付着している。酸化スケールは通常、酸洗、及びショットブラスト等の手段によって除去される。しかし本発明者らが確認したところでは、これら通常の手段によって酸化スケールを除去した後の高強度鋼部材2Hの酸素濃度は、18.0mass%を上回っており、また、十点平均粗さも3.5μmを上回っていた。
【0060】
そこで本発明者らが種々の調査を重ねたところ、ウェットブラストによれば、高強度鋼部材2Hの酸素濃度を18.0mass%に低下させることができた。ウェットブラストが高強度鋼部材2Hの酸素濃度を低下させる効果がショットブラストより大きい旨は、これまで知られていなかった。また、ウェットブラストには、酸化スケールの除去に要する時間がショットブラストより長いという短所がある。ウェットブラストは、研磨剤の衝突時に水の抵抗が加わるため、ショットブラストと比べて加工力が小さいからである。他にも、水を使用するため、排水設備の設置や乾燥などの工程の追加が必要である短所がウェットブラストにはある。そのため、スポット溶接の前処理としてウェットブラストを用いる例はこれまで報告されていない。しかし第二実施形態に係る製造方法では、本発明者らの上述の知見に基づき、ウェットブラストを好ましい表面処理手段として採用する。
ウェットブラストにおいて用いられる研磨剤の材質は、例えばスチール、ジルコニア、ステンレス、又はアルミナとすることが好ましい。研磨剤の形状は、例えば球状、又はグリッド状とすることが好ましい。研磨剤の平均直径は、例えば0.03~0.50mmとすることが好ましい。ウェットブラストの際に、投射材(即ち、研磨剤と液体とを混合して得られるスラリー)を噴射するためのエアの圧力は、例えば0.2~0.8MPaとすることが好ましい。投射距離(即ち、投射材を噴射するためのノズルと、高強度鋼部材2Hとの間の距離)は、例えば1~30cmとすることが好ましい。
【0061】
なお、ショットブラストにおいて噴射される粒子の径を小さくすることにより、ショットブラストによっても高強度鋼部材2Hの酸素濃度や十点平均粗さを低下させることは可能であると考えられる。ただし、ショットブラストでは、表面加工時に摩擦熱などの熱が生じ、高強度鋼部材2Hの酸素濃度が増加する虞がある。従って、ショットブラストを用い、高強度鋼部材2Hの表面加工を行う際は、粒子径の他に、粒子の噴出速度などの条件を適切にしたり、冷却手段を用いたりすることが好ましい。また、ショットブラストの粒子径を小さくすることには、空気抵抗の影響が大きくなり、粒子を高強度鋼部材2Hに到達させることが難しくなる場合があること、湿気やすく、粒子が均等に噴出されなかったり、ノズルが詰まったりする場合があること、及び、粉塵が舞いやすくなり、作業環境悪化につながる場合があることなどの短所がある。
ショットブラストにおいて用いられる粒子(投射材)の材質は、例えばスチール、ジルコニア、ステンレス、又はアルミナとすることが好ましい。投射材の形状は、例えば球状、又はグリッド状とすることが好ましい。投射材の平均直径は、例えば0.03~0.70mmとすることが好ましい。ショットブラストの際に、投射材を噴射するためのエアの圧力は、例えば0.2MPa~1.0MPaとすることが好ましい。投射距離(即ち、投射材を噴射するためのノズルと、高強度鋼部材2Hとの間の距離)は、例えば5~40cmとすることが好ましい。
ウェットブラスト又はショットブラストにおける投射圧力、即ち投射材を噴射するためのエアの圧力は、投射材を入れるエア配管の圧力を測定することにより求められる。ウェットブラスト又はショットブラストの投射材の粒子径は、任意の20個の粒子を顕微鏡で測定して、その平均値を算出することにより求められる。ウェットブラスト又はショットブラストにおける投射距離は、投射材噴射ノズル先端からワークまでの距離を測定することにより求められる。
【0062】
また、研削又は切削によっても酸素濃度や十点平均粗さを低下させることが可能である。研削又は切削によれば、めっき層を除去することも可能である。ただし、ショットブラストと同様に研削及び切削にも、表面加工時に摩擦熱などの熱が生じ、高強度鋼部材2Hの酸素濃度を増加させる虞がある。従って、研削又は切削を用いて高強度鋼部材2Hの表面加工を行う際には、加工速度などの条件を適切にしたり、冷却手段を用いたりすることが好ましい。また、研削又は切削には、加工コストが高く加工時間が長いという短所がある。以上の理由により、ウェットブラストが、表面処理部24の形成のために最も好ましい手段であると考えられる。
研削によって表面処理部を形成する場合、砥石の回転速度である周速度、送り速度、切込み量、並びに研削液の種類及び流量を制御することにより、摩擦熱を抑制することが好ましい。切削によって表面処理部を形成する場合、工具の回転数、送り速度、及び切込み量を制御することにより、摩擦熱を抑制することが好ましい。
【0063】
<第三実施形態に係るスポット溶接継手用の高強度鋼部材>
次に、本発明の第三実施形態に係るスポット溶接継手用の高強度鋼部材について説明する。第三実施形態に係るスポット溶接継手用の高強度鋼部材は、ビッカース硬さが530HV以上であり、めっき層が設けられていない表面処理部を有し、表面処理部の十点平均粗さが3.5μm以下であり、表面処理部の酸素濃度が18.0mass%以下である。
【0064】
第三実施形態に係る高強度鋼部材は、ビッカース硬さが530HV以上である。従って、第三実施形態に係る高強度鋼部材によれば、非常に高強度のスポット溶接継手1を製造することができる。ただし、ビッカース硬さが530HV以上の高強度鋼部材をスポット溶接して得られたスポット溶接部12は、TSSに劣る。そのため、第三実施形態に係る高強度鋼部材は、めっき層が設けられていない表面処理部24を有し、表面処理部24の十点平均粗さが3.5μm以下であり、表面処理部24の酸素濃度が18.0mass%以下である。この表面処理部24をスポット溶接することにより得られたコロナボンド122では、めっき層が存在せず、さらに、酸素濃度が15.0mass%以下となる。これにより、スポット溶接継手1のTSSを飛躍的に高めることができる。
【0065】
第三実施形態に係るスポット溶接継手用の高強度鋼部材は、上述の要件を満たす限り、スポット溶接継手1のTSS向上効果を得ることができる。一方、第一実施形態に係るスポット溶接継手1、及び第二実施形態に係るスポット溶接継手1の製造方法それぞれにおける好ましい態様を、第三実施形態に係る高強度鋼部材に適用することもできる。
第三実施形態に係る高強度鋼部材のビッカース硬さの測定方法は、第二実施形態に係るスポット溶接継手1の製造方法において説明された高強度鋼部材のビッカース硬さの測定方法と同じである。
第三実施形態に係る高強度鋼部材の表面処理部24の十点平均粗さの測定方法は、第二実施形態に係るスポット溶接継手の製造方法において説明された表面処理部24の十点平均粗さの測定方法と同じである。
第三実施形態に係る高強度鋼部材の表面処理部24の酸素濃度の測定方法は、第二実施形態に係るスポット溶接継手の製造方法において説明された表面処理部の酸素濃度の測定方法と同じである。
【0066】
(炭素量:好ましくは0.30mass%超)
(表面処理部24の位置:好ましくは一方又は両方の表面の全体)
例えば、第一実施形態に係るスポット溶接継手1と同様に、第三実施形態に係るスポット溶接継手用の高強度鋼部材の炭素量を0.30mass%超としてもよい。これにより、スポット溶接継手1の種々の機械特性を一層高めることができる。なお、高強度鋼部材に含まれるCは、溶接部の脆化を引き起こす場合がある。しかし、第三実施形態に係るスポット溶接継手用の高強度鋼部材によれば、表面処理部を用いてコロナボンドを改質し、スポット溶接継手の接合部の接合強度を高めている。従って、炭素量が高い場合であっても、第三実施形態に係るスポット溶接継手用の高強度鋼部材によれば、高い接合強度を有する溶接部を製造可能である。
スポット溶接継手用の高強度鋼部材の炭素量は、一層好ましくは、0.31mass%以上、0.33mass%以上、0.36mass%以上、又は0.40mass%以上である。スポット溶接継手用の高強度鋼部材の炭素量は、一層好ましくは、0.50mass%以下、0.48mass%以下、0.45mass%以下、0.42mass%以下、または0.40mass%以下である。また、第二実施形態に係るスポット溶接継手1の製造方法と同様に、表面処理部24を高強度鋼部材の一方又は両方の表面の全体にわたって設けてもよい。
高強度鋼部材の炭素量の測定方法は、第一実施形態に係るスポット溶接継手1の高強度鋼板部11Hの炭素量の測定方法と同じである。ただし、炭素量の測定用の試料は、高強度鋼部材の端面から10~30mm離れた箇所から抽出する。試料の抽出の際には、鋼板部の表面を0.1mm以上削り、これによりめっき及びコンタミを除去する。
【0067】
<第四実施形態に係る高強度鋼部材の製造方法>
次に、本発明の第四実施形態に係るスポット溶接継手用の高強度鋼部材2Hの製造方法について説明する。本発明の第四実施形態に係るスポット溶接継手用の高強度鋼部材2Hの製造方法は、ビッカース硬さが530HV以上の高強度鋼部材の表面に、表面処理部24を形成する工程を備え、表面処理部24にめっき層を設けず、表面処理部24の十点平均粗さを3.5μm以下とし、表面処理部24の酸素濃度を18.0mass%以下とする。
【0068】
第四実施形態に係る製造方法によって得られる高強度鋼部材2Hは、ビッカース硬さが530HV以上である。従って、第四実施形態に係る高強度鋼部材の製造方法によれば、非常に高強度のスポット溶接継手1を製造することができる鋼板部11を提供することができる。ただし、ビッカース硬さが530HV以上の高強度鋼部材をスポット溶接して得られたスポット溶接部12は、TSSに劣る。そのため、第四実施形態に係る高強度鋼部材の製造方法では、十点平均粗さが3.5μm以下であり、酸素濃度が18.0mass%以下であり、かつ、めっきが設けられていない表面処理部24を形成する。この表面処理部24をスポット溶接することにより得られたコロナボンド122では、めっき層13が存在せず、さらに、酸素濃度が15.0mass%以下となる。従って、第四実施形態に係る高強度鋼部材の製造方法によれば、スポット溶接継手1のTSSを飛躍的に高めることができる高強度鋼部材を提供することができる。
第四実施形態に係る高強度鋼部材の製造方法は、上述の要件を満たす限り、スポット溶接継手1のTSS向上効果を得ることができる。一方、第一実施形態に係るスポット溶接継手1、第二実施形態に係るスポット溶接継手1の製造方法、及び第三実施形態に係るスポット溶接継手用の高強度鋼部材それぞれにおける好ましい態様を、第四実施形態に係る高強度鋼部材の製造方法に適用することもできる。
高強度鋼部材のビッカース硬さの測定方法は、第二実施形態に係るスポット溶接継手1の製造方法における高強度鋼板部のビッカース硬さの測定方法と同じである。
高強度鋼部材の表面処理部24の十点平均粗さ及び酸素濃度の測定方法は、第二実施形態に係るスポット溶接継手の製造方法における表面処理部24の十点平均粗さ及び酸素濃度の測定方法と同じである。
【0069】
(ホットスタンプ、及びめっき層の除去)
高強度鋼部材の製造方法が、高強度鋼板をホットスタンプする工程をさらに備えてもよい。この場合、高強度鋼板に表面処理部24が形成される前に、高強度鋼板がホットスタンプされることが好ましい。そして、表面処理部24を形成する工程において、表面処理部24を、ホットスタンプされた高強度鋼部材の表面に形成することが好ましい。これにより、ホットスタンプ用の加熱による、表面処理部24の酸素濃度の増大を回避することができる。
スポット溶接継手1の製造方法が、表面処理部24を形成する前に、高強度鋼部材の表面におけるめっき層の一部を除去する工程を備えてもよい。この場合、表面処理部を形成する工程において、表面処理部を、めっき層が除去された領域に形成することが好ましい。これにより、めっき層が存在しないコロナボンドを製造可能な高強度鋼部材を提供することができる。
【0070】
(炭素量:好ましくは0.30mass%超)
(表面処理部24の位置:好ましくは一方又は両方の表面の全体)
(表面処理部24を形成する手段:好ましくはウェットブラスト)
例えば、第一実施形態に係るスポット溶接継手1の高強度鋼板部11Hと同様に、第四実施形態に係る製造方法に供される高強度鋼部材2Hの炭素量を0.30mass%超としてもよい。これにより、スポット溶接継手1の種々の機械特性を一層高めることができる。また、第二実施形態に係るスポット溶接継手1の製造方法と同様に、表面処理部24を高強度鋼部材2Hの一方又は両方の表面の全体にわたって設けてもよい。また、第二実施形態に係るスポット溶接継手の製造方法と同様に、表面処理部24を形成する手段は特に限定されないが、好ましくは、この手段はショットブラスト又はウェットブラストとされる。また、表面処理部24を研削によって形成してもよい。第二実施形態において例示された、表面処理部24を形成するための種々の加工条件を、第四実施形態に係る製造方法に適用してもよい。
高強度鋼部材2Hの炭素量の測定方法は、第三実施形態に係る高強度鋼部材の炭素量の測定方法と同じである。
【実施例
【0071】
実施例により本発明の一態様の効果を更に具体的に説明する。ただし、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例に過ぎない。本発明は、この一条件例に限定されない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限り、種々の条件を採用し得る。
【0072】
(実施例1)
厚さ1.6mm及びビッカース硬さ580HV(引張強さ2000MPa)の2枚の高強度鋼板をスポット溶接して、スポット溶接継手を製造した。ただし、No.20の例については、上述の高強度鋼板ではなく、厚さ1.6mm及びビッカース硬さ310HV(引張強さ980MPa)の2枚の通常の鋼板をスポット溶接して得られたスポット溶接継手とし、No.22の例については、上述の高強度鋼板ではなく、厚さ1.6mm及びビッカース硬さ460HV(引張強さ1500MPa)の2枚の通常の鋼板をスポット溶接して得られたスポット溶接継手とした。なお、引張強さ2000MPaの高強度鋼板はホットスタンプ後の鋼部材を模擬した熱処理をしたものであり、引張強さ980MPaの鋼板及び引張強さ1500MPaの鋼板は、熱処理をしない通常の冷延鋼板であった。
【0073】
2枚の鋼板それぞれの表面には、スポット溶接の前に、表面処理部を形成した。表面処理部の十点平均粗さ及び酸素濃度を表1に記載した。
【0074】
上述の手順で得られた種々のスポット溶接継手のコロナボンドの酸素濃度、及びナゲット径を測定し、表1に記載した。さらに、種々のスポット溶接継手のTSS上昇率を評価して、表1に記載した。
【0075】
TSS上昇率とは、表2に記載のTSS基準値に対する、TSSの上昇率のことである。TSS基準値は、厚さ1.6mmのそれぞれの引張強さの2枚の高強度鋼板に、通常のショットブラスト処理をして、次いでスポット溶接をすることにより得られるスポット溶接継手のTSSである。なお、TSSはナゲット径に応じて異なるので、表2には、ナゲット径に応じた基準値を記載している。表1に記載したTSS上昇率の記号の意味は以下の通りである。
・TSSが基準値以下のスポット溶接継手:D
・基準値に対するTSS上昇率が0%超5%以下のスポット溶接継手:C
・基準値に対するTSS上昇率が5%超20%未満のスポット溶接継手:B
・基準値に対するTSS上昇率が20%以上のスポット溶接継手:A
【0076】
【表1】
【0077】
【表2】
【0078】
比較例2、5、及び7は、コロナボンドの酸素濃度が発明範囲外であった。これら比較例においては、TSS基準値に対するTSSの上昇が見られなかった。これら比較例においてコロナボンド酸素濃度が高かった理由は、スポット溶接前の表面処理部の酸素濃度が過剰であったからであると推定される。
【0079】
比較例20は、コロナボンドの酸素濃度は発明範囲内であったが、TSS基準値に対するTSSの上昇が見られなかった。これは、比較例20のスポット溶接継手の母材の引張強さが、いずれも980MPaであったからであると推定される。同じく、比較例22でも、コロナボンドの酸素濃度は発明範囲内であったが、TSS基準値に対するTSSの上昇が見られなかった。これは、比較例22のスポット溶接継手の母材の引張強さが、いずれも1500MPaであったからであると推定される。コロナボンドの酸素濃度とTSSとの相関は、ビッカース硬さ530HV以上の高強度鋼板においてのみ確認された。
【0080】
比較例21は、コロナボンドの酸素濃度が発明範囲外であった。これら比較例においては、TSS基準値に対するTSSの上昇が見られなかった。この比較例においてコロナボンド酸素濃度が高かった理由は、スポット溶接前の表面処理部の十点平均粗さが過剰であったので、スポット溶接を経て、コロナボンドの酸素濃度が上昇してしまったからであると推定される。
【0081】
一方、本発明の範囲内にある例においては、ビッカース硬さ530HV以上の高強度鋼板を1枚以上含みながら、TSSに優れたスポット溶接継手を提供することができた。
【0082】
(実施例2)
表3に記載の種々の高強度鋼板にホットスタンプ処理をして、高強度鋼部材を製造した。ホットスタンプ処理では、高強度鋼板を890℃に加熱して、5分間保持して、次いで水冷金型を用いて冷却した。そして、高強度鋼部材の平坦面からレーザ切断によって試験片を取り出した。これらの高強度鋼部材の試験片に、表4に記載の条件に従うウェットブラスト、表5に記載の条件に従うショットブラスト、又は表6に記載の条件に従う切削を行い、これにより表面処理部を形成した。表面処理部の十点平均粗さ、及び酸素濃度を上述の手段で測定し、表7に記載した。
【0083】
【表3】
【0084】
【表4】
【0085】
【表5】
【0086】
【表6】
【0087】
【表7】
【0088】
試料No.1では、ウェットブラストが適切な条件で行われた。試料No.1では、ウェットブラストによって形成された表面処理部の十点平均粗さ、及び酸素濃度が適切であった。
試料No.2では、ウェットブラストの際の投射距離が長すぎた。試料No.2では、ウェットブラストによって形成された表面処理部の酸素濃度が過剰となった。これは、投射距離が長すぎたので、鋼部材の表面に存在する酸化物の除去が不十分であったからだと推定される。
試料No.3では、ウェットブラストの際に用いられる研磨剤の直径が大きすぎた。試料No.3では、ウェットブラストによって形成された表面処理部の十点平均粗さ、及び酸素濃度の両方が過剰となった。これは、研磨剤の直径が大きすぎたので、鋼部材の表面が荒れてしまい、また、表面に存在する酸化物の除去も不十分となったからだと推定される。
【0089】
試料No.4では、ショットブラストが適切な条件で行われた。試料No.4では、ショットブラストによって形成された表面処理部の十点平均粗さ、及び酸素濃度が適切であった。
試料No.5では、ショットブラストの際の投射距離が長すぎた。試料No.5では、ショットブラストによって形成された表面処理部の酸素濃度が過剰となった。これは、投射距離が長すぎたので、鋼部材の表面に存在する酸化物の除去が不十分であったからだと推定される。
試料No.6では、ショットブラストの際に用いられる投射材の直径が大きすぎた。試料No.6では、ショットブラストによって形成された表面処理部の十点平均粗さ、及び酸素濃度の両方が過剰となった。これは、投射材の直径が大きすぎたので、鋼部材の表面が荒れてしまい、また、表面に存在する酸化物の除去も不十分となったからだと推定される。
【0090】
試料No.7では、切削が適切な条件で行われた。試料No.7では、切削によって形成された表面処理部の十点平均粗さ、及び酸素濃度が適切であった。
試料No.8では、切削の際の切込み深さが大きすぎた。試料No.8では、切削によって形成された表面処理部の十点平均粗さが過剰となった。これは、切込み深さが大きすぎて、ビビりが発生して、表面が荒れたからであると推定される。
【0091】
試料9では、切削が適切な条件で行われた。試料No.9では、切削によって形成された表面処理部の十点平均粗さ、及び酸素濃度が適切であった。なお、参考のために試料9のTSSを測定して、実施例1において用いられたTSS評価基準に基づいて評価をしたところ、試料9のTSS上昇率は20%以上であった。なお、表3に記載の鋼部材No.1と鋼部材No.2とを組み合わせた溶接継手におけるTSS上昇率の基準値は、ナゲット径5.0mmの場合は23kNであり、ナゲット径5.5mmの場合は25kNであり、ナゲット径6.0mmの場合は27kNである。
【0092】
試料10では、亜鉛系めっき層を有する鋼部材を出発物質とした。試料10では、まず、鋼部材の亜鉛系めっき層を除去してめっき除去部を形成した。次いで、めっき除去部の温度が室温まで低下するのを待ってから、表面処理部を形成するための切削をした。試料10では、表面処理部を形成する前に亜鉛系めっき層を除去し、次いで、適切な条件で切削をした。試料No.10では、切削によって形成された表面処理部の十点平均粗さ、及び酸素濃度が適切であった。
試料11では、試料10と同じく、亜鉛系めっき層を有する鋼部材を出発物質とした。ただし、試料11では、表面処理部を形成するための切削をする前に、亜鉛系めっき層の除去をしなかった。具体的には、亜鉛系めっき層が存在する箇所に対して条件G1で切削をすることにより、亜鉛系めっき層の除去と表面処理部の形成とを、1つの工程で行った。試料No.11では、切削によって形成された表面処理部の酸素濃度が過剰となった。
【符号の説明】
【0093】
1 スポット溶接継手
11 鋼板部
11H 高強度鋼板部
12 スポット溶接部
121 ナゲット
122 コロナボンド
123 コロナボンド部
13 めっき層
2 鋼部材
2H 高強度鋼部材
24 表面処理部
E 電極
Ox 酸化物
図1
図2A
図2B
図3A
図3B
図3C