(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-11
(45)【発行日】2025-03-19
(54)【発明の名称】鉄系酸化物磁性粉分散スラリーおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C01G 51/40 20250101AFI20250312BHJP
G11B 5/842 20060101ALI20250312BHJP
G11B 5/714 20060101ALI20250312BHJP
H01F 1/11 20060101ALI20250312BHJP
【FI】
C01G51/40
G11B5/842 Z
G11B5/714
H01F1/11 ZNM
(21)【出願番号】P 2020152155
(22)【出願日】2020-09-10
【審査請求日】2023-07-12
(73)【特許権者】
【識別番号】506334182
【氏名又は名称】DOWAエレクトロニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】宮本 靖人
【審査官】青木 千歌子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-175539(JP,A)
【文献】特開2016-98131(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G
G11B
H01F
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶液中にε酸化鉄またはFeサイトの一部が他の金属元素で置換されたε酸化鉄の粒子が分散している鉄系酸化物粉分散スラリーであって、
前記の鉄系酸化物粉分散スラリーが、4級アンモニウム塩、および、分子内に2以上のカルボキシ基を有する有機酸であって、当該カルボキシ基以外に、ヒドロキシ基およびアミノ基の1種または2種を有する多価カルボン酸を含むものであり、動的光散乱式粒度分布測定装置で測定されたε酸化鉄またはFeサイトの一部が他の金属元素で置換されたε酸化鉄の粒子の平均二次粒子径(以下、DLS平均粒子径と表記する。)が65nm以下であり、25℃におけるpHが4以上11未満である、鉄系酸化物磁性粉分散スラリー。
【請求項2】
前記のDLS平均粒子径と、ε酸化鉄またはFeサイトの一部が他の金属元素で置換されたε酸化鉄の粒子の透過電子顕微鏡で測定した平均粒子径(以下、TEM平均粒子径と表記する。)の比(DLS平均粒子径/TEM平均粒子径)が4以下である、請求項1に記載の鉄系酸化物磁性粉分散スラリー。
【請求項3】
前記のTEM平均粒子径が8nm以上30nm以下である、請求項1に記載の鉄系酸化物磁性粉分散スラリー。
【請求項4】
前記の第4アンモニウム塩がテトラアルキルアンモニウム塩である、請求項
1に記載の鉄系酸化物磁性粉分散スラリー。
【請求項5】
ε酸化鉄またはFeサイトの一部が他の金属元素で置換されたε酸化鉄の粒子を含むスラリーに、第一の分散剤である4級アンモニウム塩とアルカリとを添加し、25℃におけるpHが11以上の分散スラリーを得る工程と、
前記の25℃におけるpHが11以上の鉄系酸化物粉分散スラリーに、第二の分散剤である分子内に2以上のカルボキシ基を有する有機酸であって、当該カルボキシ基以外に、ヒドロキシ基およびアミノ基の1種または2種を有する多価カルボン酸を添加し、前記のスラリーの25℃におけるpHを11未満にする工程と、
を有する、鉄系酸化物磁性粉分散スラリーの製造方法。
【請求項6】
前記の鉄系酸化物磁性粉分散スラリー中の、ε酸化鉄またはFeサイトの一部が他の金属元素で置換されたε酸化鉄のDLS平均粒子径が65nm以下である、請求項
5に記載の鉄系酸化物磁性粉分散スラリーの製造方法。
【請求項7】
前記の4級アンモニウム塩がテトラアルキルアンモニウム水酸化物である、請求項
5に記載の鉄系酸化物磁性粉分散スラリーの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高密度磁気記録媒体、電波吸収体等に好適な鉄系酸化物磁性粉、特に、粒子の平均粒子径がナノメートルオーダーである、鉄系酸化物磁性粉分散スラリーおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ε-Fe2O3は酸化鉄の中でも極めて稀な相であるが、室温において、ナノメートルオーダーのサイズの粒子が20kOe(1.59×106A/m)程度の巨大な保磁力(Hc)を示すため、ε-Fe2O3を単相で合成する製造方法の検討が従来よりなされてきている(特許文献1)。また、ε-Fe2O3を磁気記録媒体に用いた場合、現時点ではそれに対応する、高レベルの飽和磁束密度を有する磁気ヘッド用の材料が存在しないため、ε-Fe2O3のFeサイトの一部をAl、Ga、In等の3価の金属で置換することにより、保磁力を調整することも行われており、保磁力と電波吸収特性の関係も調べられている(特許文献2)。
一方、磁気記録の分野では、再生信号レベルと粒子性ノイズの比(C/N比:Carrier to Noise Ratio)の高い磁気記録媒体の開発が行われており、記録の高密度化のために、磁気記録層を構成する磁性粒子の微細化が求められている。しかし、一般に、磁性粒子の微細化はその耐環境安定性、熱安定性の劣化を招き易く、使用もしくは保存環境下における磁性粒子の磁気特性低下が懸念されるので、ε-Fe2O3のFeサイトの一部を、耐熱性に優れた他の金属で置換することにより、一般式ε-AxByFe2-x-yO3またはε-AxByCzFe2-x-y-zO3(ここでAはCo、Ni、Mn、Zn等の2価の金属元素、BはTi等の4価の金属元素、CはIn、Ga、Al等の3価の金属元素)で表される、粒子サイズを低下させ、保磁力を可変とするとともに、耐環境安定性、熱安定性にも優れた各種のε-Fe2O3の一部置換体が開発されている(特許文献3)。
【0003】
ε-Fe2O3はナノメートルオーダーのサイズで安定相として得られるため、その製造には特殊な方法を必要とする。上述の特許文献1~3には、液相法で生成したオキシ水酸化鉄の微細結晶を前駆体として用い、その前駆体にゾル-ゲル法によりシリコン酸化物を被覆した後に熱処理するε-Fe2O3の製造方法が開示されており、液相法としては反応媒体として有機溶媒を用いる逆ミセル法と、反応媒体として水溶液のみを用いる方法がそれぞれ開示されている。しかし、これらの方法により得られたε-Fe2O3またはε-Fe2O3の一部置換体は、磁気的性質にバラつきがあるため、熱処理後にシリコン酸化物被覆を除去し、分級処理を行うことによりそれらの磁気特性を改善することが提案されている。
例えば、特許文献4および特許文献5には、逆ミセル法により製造したε-Fe2O3またはε-Fe2O3の一部置換体を超純水中で遠心分離する技術が開示されている。ここで分散媒として超純水を用いるのは、媒体のイオン強度を小さくしてスラリーの分散性を上げるためである。しかし、ε-Fe2O3またはε-Fe2O3の一部置換体は、本来中性付近では良好な分散性を示さないため、特許文献4および特許文献5に開示の分級方法の場合には、中性域で良好な分散性を得るためにε-Fe2O3またはε-Fe2O3の一部置換体にシリコン酸化物被覆を一部残存させる必要があり、分級処理後に再度シリコン酸化物被覆除去を行う必要があるという問題があった。
【0004】
前記の分散処理方法を改善したものとして、特許文献6には、水系溶媒を用いて製造したε-Fe2O3またはε-Fe2O3の一部置換体の粒子を含むスラリーにNaOHを添加し、分散液のpHを10以上11以下に調整した後に分級処理を行う技術が開示されている。また、特許文献6に開示された技術の改良方法として、特許文献7には、分散剤としてテトラアルキルアンモニウム塩を用い、pHを11以上14以下としたスラリーを分級することにより、粒子径の変動係数が少ない鉄系酸化物磁性粉を得る技術が開示されている。
なお、本明細書においては、ε酸化鉄またはFeサイトの一部が他の金属元素で置換されたε酸化鉄の一部置換体を併せてεタイプの鉄系酸化物と呼ぶ場合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2008-174405号公報
【文献】国際公開第2008/029861号
【文献】国際公開第2008/149785号
【文献】特開2008-063199号公報
【文献】特開2008-063201号公報
【文献】特開2016-174135号公報
【文献】特開2019-175539号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように、εタイプの鉄系酸化物磁性粉は、磁気記録媒体用途への適用が検討されている。特許文献7に開示された製造方法により得られた分散処理後の鉄系酸化物磁性粉を分散させたスラリーは、動的光散乱式粒度分布測定装置で測定されたεタイプの鉄系酸化物の粒子の平均二次粒子径が65nm以下と優れた分散性をもつものであり、磁気記録媒体を構成する磁性層を形成するために必要な鉄系酸化物磁性粉を含む塗料の用途に好適である。しかし一方で、得られた分散処理後の鉄系酸化物磁性粉分散スラリーはpHが11以上と高い。このようにpHが高い場合、上述した鉄系酸化物磁性粉を含む塗料を作成するために、分散処理後の鉄系酸化物磁性粉分散スラリーを樹脂と混合した際に、樹脂の種類によっては高いpHによって樹脂が分解してしまうおそれがあり、使用できる樹脂が限定されてしまうという問題点があった。例えば、11以上の高いpHで分解のおそれがある樹脂として、ウレタン樹脂、フェノール樹脂等が知られている。そこで、混合して用いることができる樹脂のバリエーションを増やすために、pHがより低いεタイプの鉄系酸化物を含む磁性粒子スラリーが求められている。
この問題点に対し発明者が、pHが11以上の分散処理後の鉄系酸化物磁性粉分散スラリーに硫酸を添加してpHを中性付近に調整したところ、動的光散乱式粒度分布測定装置で測定された平均二次粒子径が大幅に増加してしまうことが判明しており、小さい平均二次粒子径と11未満の低いpHとを兼ね備えた鉄系酸化物磁性粉分散スラリーは得られていない。
以上の観点に鑑み、本願では、優れた分散性を持ち、かつpHが11未満のεタイプの鉄系酸化物磁性粉分散スラリーとその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、εタイプの鉄系酸化物磁性粉を含み、分散剤として4級アンモニウム塩、好ましくはテトラアルキルアンモニウム塩を含むスラリーに、第二の分散剤として、分子内に2以上のカルボキシ基を有する有機酸であって、当該カルボキシ基以外に、ヒドロキシ基およびアミノ基の1種または2種を有する多価カルボン酸を添加すると、スラリーのpHを低下させてもその分散性が悪化しないことを見出して、以下に述べる本発明を完成させた。
【0008】
上記の課題を解決するために、本発明においては、
(1)水溶液中にε酸化鉄またはFeサイトの一部が他の金属元素で置換されたε酸化鉄(εタイプの鉄系酸化物)の粒子が分散している鉄系酸化物粉分散スラリーであって、動的光散乱式粒度分布測定装置で測定されたε酸化鉄またはFeサイトの一部が他の金属元素で置換されたε酸化鉄の粒子の平均二次粒子径(DLS平均粒子径)が65nm以下であり、25℃におけるpHが4以上11未満である、鉄系酸化物磁性粉分散スラリーが提供される。
(2)前記のDLS平均粒子径とεタイプの鉄系酸化物の粒子の透過電子顕微鏡で測定したTEM平均粒子径の比(DLS平均粒子径/TEM平均粒子径)は、4以下であることが好ましい。
(3)また、前記のεタイプの鉄系酸化物粒子のTEM平均粒子径は8nm以上30nm以下であることが好ましい。
(4)また、前記(1)項の鉄系酸化物粉分散スラリーは、4級アンモニウム塩、および、分子内に2以上のカルボキシ基を有する有機酸であって、当該カルボキシ基以外に、ヒドロキシ基およびアミノ基の1種または2種を有する多価カルボン酸を含むものであることが好ましい。
(5)さらに、前記の第4アンモニウム塩はテトラアルキルアンモニウム塩であることが好ましい。
【0009】
(6)また、本発明においては、εタイプの鉄系酸化物粒子を含むスラリーに、第一の分散剤である4級アンモニウム塩とアルカリとを添加し、25℃におけるpHが11以上のスラリーを得る工程と、当該pHが11以上のスラリーに、第二の分散剤である分子内に2以上のカルボキシ基を有する有機酸であって、当該カルボキシ基以外に、ヒドロキシ基およびアミノ基の1種または2種を有する多価カルボン酸を添加し、スラリーの25℃におけるpHを11未満にする工程と、を有する、鉄系酸化物磁性粉分散スラリーの製造方法が提供される。
(7)当該25℃におけるpHを11未満にした鉄系酸化物磁性粉分散スラリー中の、εタイプの鉄系酸化物粒子のDLS平均粒子径は65nm以下であることが好ましい。
(8)また、前記の4級アンモニウム塩はテトラアルキルアンモニウム水酸化物であることが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の製造方法を用いることにより、従来よりも低pH域での分散性の良好な、鉄系酸化物磁性粉分散スラリーを得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[鉄系酸化物磁性粉]
本発明の製造方法において、出発物質として利用が可能なεタイプの鉄系酸化物としては、以下が挙げられる。
一般式ε-Fe2O3で表される、置換元素を含まないもの。
一般式ε-CzFe2-zO3(ここでCは3価の金属元素)で表されるもの。
一般式ε-AxByFe2-x-yO3(ここでAは2価の金属元素、Bは4価の金属元素)で表されるもの。
一般式ε-AxCzFe2-x-zO3(ここでAは2価の金属元素、Cは3価の金属元素)で表されるもの。
一般式ε-ByCzFe2-y-zO3(ここでBは4価の金属元素、Cは3価の金属元素)で表されるもの。
一般式ε-AxByCzFe2-x-y-zO3(ここでAは2価の金属元素、Bは4価の金属元素、Cは3価の金属元素)で表されるもの。
【0012】
ここでC元素のみで置換したタイプは、磁性粒子の保磁力を任意に制御できることに加え、ε-Fe2O3と同じ空間群を得易いという利点を有するが、熱的安定性にやや劣るので、AまたはB元素で同時に置換することが好ましい。
AおよびBの2元素で置換したタイプは、熱的安定性に優れ、磁性粒子の常温における保磁力を高く維持できるが、ε-Fe2O3と同じ空間群の単一相がやや得にくい。
A、BおよびCの三元素置換タイプは、上述の特性のバランスが最も良く取れたもので、耐熱性、単一相の得易さ、保磁力の制御性に優れるものであり、最も好ましい。置換元素としては、AとしてCo、Ni、Mn、Zn等、BとしてTi、Sn等、CとしてIn、Ga、Al等が挙げられる。三元素置換タイプの場合には、実用上の特性のバランスの観点から、前記のFeサイトの一部を置換する金属元素がGa、CoならびにTiであることが好ましい。
【0013】
三元素置換体の置換量x、yおよびzの好適な範囲は、以下の通りである。
xおよびyは、0<x<1、0<y<1の任意の範囲を取ることが可能であるが、磁気記録用途を考えると、三元素置換体の磁性粒子の保磁力を無置換のε-Fe2O3のそれとはある程度変化させる必要があるので、0.01≦x≦0.2、0.01≦y≦0.2とすることが好ましい。zも、x、yと同様に0<z<1の範囲であれば良いが、保磁力制御および単一相の得易さの観点から、0<z≦0.5の範囲とすることが好ましい。
本発明の製造方法において、出発物質として用いられるεタイプの鉄系酸化物は、yまたはxおよびyの値を適度に調整することにより常温で高い保磁力を維持することが可能なものであり、さらに、x、yおよびzを調整することにより保磁力を所望の値に制御することも可能である。
本発明の鉄系酸化物磁性粉には、εタイプの鉄系酸化物結晶以外に、不純物としてαタイプの鉄系酸化物、γタイプの鉄系酸化物、Fe3O4結晶が存在する場合もあるが、それらを含めて鉄系酸化物磁性粉と呼ぶ。
【0014】
[平均粒子径]
本発明の製造方法において、出発物質として用いられるεタイプの鉄系酸化物の磁性粒子は、各粒子が単磁区構造となる程度に微細であることが好ましい。その透過電子顕微鏡で測定した平均粒子径(TEM平均粒子径)は30nm以下であることが好ましい。しかし、平均粒子径が小さくなり過ぎると、上述した磁気特性向上に寄与しない微細粒子の存在割合が増大し、磁性粒子粉単位重量当たりの磁気特性が劣化するので、8nm以上であることが好ましい。本発明において出発物質となるεタイプの鉄系酸化物は、特許文献1~6に記載されている製造方法を含め、いかなる方法を用いて調製しても構わない。
本発明の製造方法を用いると、後述するように、25℃におけるpHが11未満でDLS平均粒子径が65nm以下の鉄系酸化物粉分散スラリーが得られるが、でDLS平均粒子径とTEM平均粒子径の比(DLS平均粒子径/TEM平均粒子径)は4以下であることが好ましい。なお、DLS平均粒子径/TEM平均粒子径の下限値は1である。
磁性粒子の磁気特性は磁性粒子の一次粒子径に依存するため、前述の分級処理は磁性粒子の一次粒子径を揃えるために行う。DLS平均粒子径/TEM平均粒子径が4を超えると、凝集粒子の数が多くなるため、一次粒子径の大きい粒子と、一次粒子径は小さいが凝集により大きくなった二次粒子を分級処理で分けることが困難になる。そのために、DLS平均粒子径/TEM平均粒子径は4以下であることが好ましい。
【0015】
[鉄系酸化物粉含有スラリー]
本発明の製造方法においては、最初に、出発物質となるεタイプの鉄系酸化物の磁性粒子を純水に分散させたスラリーを準備する。その場合、鉄系酸化物の凝集抑制および不純物低減の観点から、スラリーを構成する溶媒の導電率を≦15mS/mにすることが好ましい。湿式法により製造し、アルカリ溶液中でシリコン酸化物被覆を除去した直後のεタイプの鉄系酸化物磁性粒子を含むスラリーを出発物質として用いる場合には、純水を用いて溶媒の導電率が≦15mS/mになるまで洗浄することが好ましい。その後、スラリーに4級アンモニウム塩を添加し、スラリーの25℃におけるpHを11以上14以下に調節する。なお、後述するように、4級アンモニウム塩としてテトラアルキルアンモニウム塩の水酸化物を使用した場合には、他のアルカリを添加しなくても、スラリーの25℃におけるpHは前記の範囲となる。
なお、本明細書に記載のpHの値は、JIS Z8802に基づき、ガラス電極を用いて測定した値であり、pH標準液として測定するpH領域に応じた適切な緩衝液を用いて校正したpH計により測定した値である。また、本明細書に記載のpHは、温度補償電極により補償されたpH計の示す測定値を、25℃の条件下で直接読み取った値である。
【0016】
[4級アンモニウムイオン]
4級アンモニウムイオンは、アンモニウムイオン(NH4
+)の水素原子4個が全て有機基により置換されたカチオンであり、置換基としては通常、アルキル基、アリール基が用いられる。本発明の製造方法においては、εタイプの鉄系酸化物の磁性粒子の第一の分散剤として、当該磁性粒子の分散性が良好な強アルカリ域で安定な4級アンモニウムイオンを用いる。4級アンモニウムイオンの中では、工業的に入手し易いテトラアルキルアンモニウムイオンを用いることが好ましい。テトラアルキルアンモニウムイオンは第四級アンモニウムカチオンで、分子式がNR4
+(Rは任意のアルキル基)で表される多原子イオンである。テトラアルキルアンモニウム塩は完全解離の塩で、テトラアルキルアンモニウムイオンはアルカリ水溶液中で安定なイオンとして存在するので、本発明の製造方法においては、スラリー中のεタイプの鉄系酸化物の分散性を改善するための表面改質剤として用いる。テトラアルキルアンモニウムイオンの供給源としては、水酸化物、塩化物、臭化物等があるが、テトラアルキルアンモニウムイオンの水酸化物はそれ自身が強アルカリなので、それをスラリーに添加すると、他のアルカリを加えなくてもスラリーの25℃におけるpHが前記の好ましいpH範囲となるので、分散剤として水酸化テトラアルキルアンモニウムを用いることがさらに好ましい。
テトラアルキルアンモニウム塩としては、テトラメチルアンモニウム塩、テトラエチルアンモニウム塩、テトラプロピルアンモニウム塩、テトラブチルアンモニウム塩等のアルキル基が同一の第四級アンモニウム塩や、異なったアルキル基を有する第四級アンモニウム塩があり、いずれを用いることも可能であるが、それぞれ水酸化テトラメチルアンモニウム(テトラメチルアンモニウムヒドロキシド:TMAOH)、水酸化テトラエチルアンモニウム(テトラエチルアンモニウムヒドロキシド:TEAOH)、水酸化テトラプロピルアンモニウム(テトラプロピルアンモニウムヒドロキシド)、水酸化テトラブチルアンモニウム(テトラブチルアンモニウムヒドロキシド)等の水酸化物を用いることが好ましい。
なお、本発明においては特に限定するものではないが、テトラアルキルアンモニウムイオンの濃度はスラリー中のεタイプの鉄系酸化物粒子の表面を改質し、分散性を高めるために0.009 mol/kg以上1.0mol/kg以下にすることが好ましい。鉄系酸化物磁性粉分散スラリー中の4級アンモニウムイオン濃度の定量は、イオンクロマトグラフ法により実施することができる。
【0017】
[第二の分散剤]
本発明の最大の技術的特徴は、前述のテトラアルキルアンモニウム塩を加え、25℃におけるpHを11以上14以下に調節した鉄系酸化物粉を含有するスラリーに、第二の分散剤として、分子内に2以上のカルボキシ基を有する有機酸であって、当該カルボキシ基以外に、ヒドロキシ基およびアミノ基の1種または2種を有する多価カルボン酸を添加するとともに、スラリーの25℃におけるpHを4以上11未満に調節することである。当該有機化合物、すなわち第二の分散剤を添加すると、テトラアルキルアンモニウム塩を添加したスラリーの25℃におけるpHを11未満に低下させても、スラリーの分散性が損なわれることはない。当該有機化合物としては、具体的にはクエン酸、酒石酸、リンゴ酸、グルタミン酸、アスパラギン酸、イソクエン酸、ヒドロキシクエン酸、ヒドロキシフタル酸、ヒドロキシテレフタル酸、2-ヒドロキシ-1,3,5-ベンゼントリカルボン酸等が挙げられる。
前記の有機化合物を添加すると、テトラアルキルアンモニウム塩を添加したスラリーの25℃におけるpHを11未満に低下させても、スラリーの分散性が悪化しない理由は現在のところ不明であるが、本発明者はその機構を以下のように推定している。
すなわち、電離したカルボキシル基のうち1つは磁性酸化鉄粒子の表面に結合し、もう一つの電離したカルボン酸が粒子の外側に向き、電荷反発を生むことにより分散性が向上すると考えている。ヒドロキシ基やアミノ基の効果は定かではないが、カルボキシル基が粒子表面に結合するのを補助する、もしくは、粒子の外側にカルボキシ基が向くのを補助する役割があるものと考えている。
当該有機化合物を添加した後のスラリーの25℃におけるpHを11未満にするのは、磁気記録媒体の磁性層形成用の塗料を作成するために、鉄系酸化物磁性粉分散スラリーと樹脂とを混合した際に、強アルカリ性で分解しやすい樹脂を用いた場合であっても、樹脂が分解することを防止し、塗料作成の際に用いることができる樹脂のバリエーションを増やすためである。また、当該有機化合物を添加した後のスラリーの25℃におけるpHを11未満にすることで、分級操作や固液分離処理に使用する設備について、アルカリによるダメージを考慮して高額な設備仕様とする必要がなくなり、製造コスト上のメリットもある。この分級操作や固液分離処理に使用する設備の高額化を抑制する観点から、当該有機化合物を添加した後のスラリーの25℃におけるpHは、10以下にすることがより好ましい。また、スラリーの25℃におけるpHが4未満になると、εタイプの酸化物粒子の溶解が起こるほか、分級操作や固液分離処理に使用する設備へのダメージが再び増大するので、好ましくない。
本発明においては特に限定するものではないが、第二の分散剤の濃度は得られたスラリー中のεタイプの鉄系酸化物粉の分散性を高めるために0.009 mol/kg以上1.0mol/kg以下にすることが好ましい。鉄系酸化物磁性粉分散スラリー中の第二の分散剤濃度の定量は、イオンクロマトグラフ法により実施することができる。
なお、前記の有機化合物は、それ自身が分子内にカルボキシ基を複数有するカルボン酸なので、テトラアルキルアンモニウム塩を添加したスラリーに添加すると、スラリーのpHが低下するが、必要に応じて、他のアルカリまたは酸を添加してpH調整を行っても構わない。
【0018】
[分散処理]
本発明の製造方法においては、前記の第一および第二の分散剤を添加し、pH調整を行った鉄系酸化物粉含有スラリーに分散処理を施しても構わない。ここで分散処理とは、当該鉄系酸化物粉含有スラリーに含まれるεタイプの鉄系酸化物の凝集物の凝集をほぐす処理である。分散処理方法としては、超音波分散機による分散、ビーズミルなどメディアを用いた粉砕、撹拌羽根、振とう機およびシェイカーによる撹拌のような公知の方法を採用できる。
鉄系酸化物粉含有スラリーの分散処理は、当該スラリーの動的光散乱式粒度分布測定装置で測定された鉄系酸化物の平均二次粒子径(DLS平均粒子径)が分散処理前に65nmを超えていた場合には、DLS平均粒子径が65nm以下になるまで行う。
【0019】
[分級操作および固液分離操作]
本発明の製造方法は、分散性が良好でかつ系のpHが従来よりも低い鉄系酸化物粉含有スラリーを得るためのものであるが、磁性材料としての鉄系酸化物粉を得るためには、本発明により得られた鉄系酸化物粉含有スラリーにさらに分級操作および固液分離操作を施す。
分級操作としては、遠心分離法等の公知の湿式分級手段を採用することが可能である。遠心分離機にかけた後に上澄みを除去すれば微細粒子の除去ができ、遠心分離機にかけた後に沈殿を除去すれば粗大粒子の除去ができる。遠心分離時の重力加速度としては、40000G以上が好ましい。また、分級操作は3回以上繰り返すことが好ましい。
分級操作の後、公知の固液分離手段を用いて鉄系酸化物磁性粉を回収し、必要に応じて水洗を施した後、乾燥する。
【0020】
[透過電子顕微鏡(TEM)観察]
本発明の製造法により得られた鉄系酸化物磁性粉分散スラリーに含まれるεタイプの鉄系酸化物の粒子のTEM観察は、以下の条件で行った。TEM観察には日本電子株式会社製JEM-1011を使用した。粒子観察については、倍率100,000倍で撮影したTEM写真を用いた。(シリコン酸化物被覆を除去後のものを使用)。
-平均粒子径、粒度分布の測定-
TEM平均粒子径および粒度分布の評価にはデジタイズを使用した。画像処理ソフトウェアとして、Mac-View Ver.4.0を使用した。この画像処理ソフトウェアを使用した場合、ある粒子の粒子径は、その粒子に外接する長方形のうち、面積が最小となる長方形の長辺の長さとして算出される。個数については200個以上を測定した。
透過型電子顕微鏡写真上に映っている粒子のうち、測定する粒子の選定基準は次のとおりとした。
[1] 粒子の一部が写真の視野の外にはみだしている粒子は測定しない。
[2] 輪郭がはっきりしており、孤立して存在している粒子は測定する。
[3] 平均的な粒子形状から外れている場合でも、独立しており単独粒子として測定が可能な粒子は測定する。
[4] 粒子同士に重なりがあるが、両者の境界が明瞭で、粒子全体の形状も判断可能な粒子は、それぞれの粒子を単独粒子として測定する。
[5] 重なり合っている粒子で、境界がはっきりせず、粒子の全形も判らない粒子は、粒子の形状が判断できないものとして測定しない。
以上の基準で選定された粒子の粒子径の個数平均値を算出し、鉄系酸化物磁性粉分散スラリーに含まれるεタイプの鉄系酸化物の粒子のTEM観察による平均粒子径とした。また、選定された粒子のうち、粒子径が8nm以下である粒子の個数割合(%)を算出した。
【0021】
[DLS平均粒子径]
本発明の鉄系酸化物磁性粉分散スラリーは、DLS平均径が65nm以下であることを特徴とする。このDLS平均径が65nm以下であることは、磁気記録媒体を構成する磁性層を形成するために必要な鉄系酸化物磁性粉の優れた分散性を有することを意味しており、本発明の鉄系酸化物磁性粉分散スラリーは磁気記録媒体の磁性層を形成するための鉄系酸化物磁性粉を含む塗料の用途に好適に用いることができる。このDLS平均径の下限の規定は特にないが、当該スラリーに含まれる鉄系酸化物磁性粉の粒子が完全に個別粒子に分かれた状態でのDLS平均径が理論上の最小値と考えられる。すなわち、DLS平均径の下限値は、当該スラリーを構成する鉄系酸化物磁性粉のTEM平均粒子径であると考えることができる。
[DLS平均粒子径の測定]
本発明の製造法により得られた、εタイプの鉄系酸化物の粒子を含むスラリーの動的光散乱式粒度分布測定法によるDLS平均粒子径は、以下の条件で測定した。
動的光散乱式粒度分布測定装置としては大塚電子株式会社製(FPAR-1000K高感度仕様)を用い、ファイバープローブとしては希薄系プローブを使用した。測定条件は、測定時間(秒)180秒、繰返し回数1回、溶媒設定Waterにて実施した。解析モードはCumulant法とした。
【0022】
[高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP-AES)による組成分析]
得られたεタイプの鉄系酸化物磁性粉の組成分析を行った。組成分析にあたっては、アジレントテクノロジー製ICP-720ESを使用し、測定波長(nm)についてはFe;259.940nm、Ga;294.363nm、Co;230.786nm、Ti;336.122nmにて行った。
【実施例】
【0023】
[実施例1]
<εタイプの鉄系酸化物の粒子を含むスラリーの調製>
Fe(III)濃度1.300mol/kg、Ga(III)濃度0.133mol/kg、Co(II)濃度0.053mol/kg、Ti(IV)濃度0.038mol/kg、塩化物イオン濃度3.996mol/kg、硝酸イオン濃度0.556mol/kgの原料溶液2689gを調整した。この原料溶液中の金属イオンのモル比は、Fe:Ga:Co:Ti=1.705:0.175:0.070:0.050である。次に、10L反応槽にて、純水4500gを入れ、撹拌羽根により機械的に撹拌しながら液温を40℃に調節した。次に、撹拌を継続し、液温を40℃に保ちながら、この純水中に原料溶液と、3.414mol/kgのアンモニア水溶液とを同時に添加し、その後液温を40℃に保ちながら60分間撹拌することで、コロイド溶液を得た(手順1)。その場合、原料溶液は11.2g/minの添加速度で240分間かけて連続添加し、アンモニア水溶液は11.2g/minの添加速度で240分間かけて連続添加した。
次に、手順1で得られたコロイド溶液に、クエン酸濃度0.694mol/kgのクエン酸溶液866gを、40℃の条件下で、60分間かけて連続添加した後、12.994mol/kgのアンモニア水溶液を560g一挙添加した後、温度40℃の条件下、10分間撹拌しながら保持し、鉄系酸化物の中間生成物である前駆体粒子のスラリーを得た(手順2)。
【0024】
手順2で得られた前駆体スラリーを回収し、UF分画分子量50,000の限外ろ過膜を用い、濾液の電気伝導率が30mS/m以下になるまで洗浄して、洗浄後スラリーを得た(手順3)。この洗浄は、クロスフロー方式により行った。ろ過膜を通過したろ液を排出し、ろ過膜を通過しなかったスラリーに純水を補充しながらろ過を実施し、得られる洗浄後スラリーの中のFe、Ga、CoおよびTiの合計金属濃度が0.685mol/kgとなるよう、洗浄時の純水補充量を調整した(手順3)。
その後、手順3で得られた洗浄後スラリーを1650g分取し、分取したスラリーを撹拌しながらエタノール2050gを添加して温度を40℃に調節し、12.994mol/kgアンモニア水溶液971gとさらに加水分解基を持つシリコン化合物としてテトラエトキシシラン(TEOS)3870gを35分かけて添加した。その後、液温を40℃に保ちながら、1時間そのまま撹拌し続け、前駆体をシリコン化合物の加水分解生成物で被覆した。その後、得られたスラリーを洗浄・固液分離し、ケーキとして回収した(手順4)。
【0025】
手順4で得られたケーキ(シリコン化合物のゲル状の加水分解生成物で被覆された前駆体)を乾燥した後、その乾燥粉に対し、大気雰囲気の炉内で、1070℃で4時間の熱処理を施し、シリコン酸化物を被覆したFeサイトの一部が他の金属元素で置換されたε酸化鉄の粉末を得た。なお、前記のシリコン化合物の加水分解生成物は、大気雰囲気で熱処理した際に、酸化物に変化する(手順5)。
手順5で得られたシリコン酸化物で被覆されたFeサイトの一部が他の金属元素で置換されたε酸化鉄の粉末を20質量%NaOH水溶液中で約80℃、20時間撹拌し、粒子表面のシリコン酸化物の除去処理を行うことで、εタイプの鉄系酸化物の粒子を含むスラリーを得た(手順6)。
【0026】
手順6で得られたスラリーを、純水を用いて導電率が≦1mS/mになるまで洗浄することで、実施例1に係る洗浄後スラリーを得た(手順7)。手順7で得られた洗浄後スラリーのDLS平均粒子径は135nmであり、25℃におけるpHは8.7であった。手順7で得られた洗浄後スラリーを、超音波分散機(SHARP株式会社製、UT-105)を用いて周波数35kHzの条件で10分間、純水中に分散させてスラリー濃度を調製し、調製されたスラリーをグリッド上のコロジオン膜に滴下して付着させ、自然乾燥させた後にカーボン蒸着を施して、TEM観察に供した。TEM観察により200個の粒子について測定した結果、εタイプの鉄系酸化物粒子のTEM平均粒子径は15.0nmであり、粒子径が8nm以下である粒子の個数割合は3.0%であった。また、得られたスラリーを110℃で乾燥して得られた粉末に対して組成分析を行い、鉄および置換金属元素の合計量を2モルとした場合の各金属元素のモル組成比を算出した。その結果、得られた粉末の中の金属イオンのモル比は、Fe:Ga:Co:Ti=1.75:0.15:0.05:0.05であった。
なお、本明細書に記載の実施例および比較例は、上記の手順7までにより得られたεタイプの鉄系酸化物の粒子を含むスラリーを出発物質として用いている。
【0027】
<鉄系酸化物磁性粉分散スラリーの製造>
実施例1に係る洗浄後スラリーに、第一の分散剤として35質量%テトラエチルアンモニウムヒドロキシド(TEAOH)水溶液を添加して撹拌した後に、超音波分散機(ヤマト科学社製、Yamato5510)を用いて周波数40kHzの条件で1時間分散させてアルカリ性鉄系酸化物磁性粉分散スラリーを調整した(手順8)。なお、TEAOHは、4級アンモニウム塩である。TEAOH水溶液の添加量は、手順8で得られたスラリー中のTEAOH濃度が0.099mol/kgとなる量とした。手順8で得られたスラリーの25℃におけるpHは13.0であり、DLS平均粒子径は30nmであった。
手順8で得られたスラリーに、25℃におけるpHが7.0になるように第二の分散剤として20質量%クエン酸水溶液を添加して撹拌した後に、超音波分散機を用いて分散させることで、実施例1に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリーを得た(手順9)。なおクエン酸は、分子構造中に3つのカルボキシ基を持ち、カルボキシ基以外にヒドロキシ基を有している。手順9で得られた鉄系酸化物磁性粉分散スラリーのDLS平均粒子径を測定したところ26nmであった。また、手順9で得られた鉄系酸化物磁性粉分散スラリーに含まれるεタイプの鉄系酸化物の粒子のTEM平均粒子径を、手順7で得られたスラリーに対してと同様の手順で測定したところ、その結果は16.1nmであった。以上から、手順9で得られたスラリーのDLS平均粒子径に対するTEM平均粒子径の比DLS平均粒子径/TEM平均粒子径は、1.6と算出された。
以上の結果から、ε酸化鉄またはFeサイトの一部が他の金属元素で置換されたε酸化鉄の粒子を含むスラリーに、第一の分散剤として4級アンモニウム塩を添加するとともに、25℃におけるpHを11以上に調整した後に、第二の分散剤として2以上のカルボキシ基、ならびにカルボキシ基を構成しない炭素にヒドロキシ基およびアミノ基の1種または2種が結合している化合物を添加するとともに、25℃におけるpHを7.0に調整することで、DLS平均粒子径が26nmと小さく、かつ25℃におけるpHが7.0と低い鉄系酸化物磁性粉分散スラリーを得られることが判る。このようにDLS平均粒子径が小さく、かつpHが低い鉄系酸化物磁性粉分散スラリーは、磁気記録媒体の磁性層形成用の塗料を作成するために、鉄系酸化物磁性粉分散スラリーと樹脂とを混合した際に、強アルカリ性で分解しやすいウレタン樹脂およびフェノール樹脂等の樹脂を用いた場合であっても、樹脂が分解することを防止することができ、塗料作成の際に用いることができる樹脂のバリエーションを増やすことができるため、磁気記録媒体の用途に好適である。
【0028】
<鉄系酸化物磁性粉分散スラリーに含まれるεタイプの鉄系酸化物の粒子の分級>
手順9で得られた、実施例1に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリー40gを遠心分離機(日立工機株式会社製、himac CR21GII)のR20A2ローターにて、回転数18000rpmで30分の遠心分離処理を行い、上澄みスラリー30gを回収した。遠心分離処理における遠心加速度は39000Gとした。沈殿側のスラリーに対して、1.5質量%TEAOH水溶液30g添加、超音波分散、18000rpm、39000Gで30分の遠心分離処理および上澄みスラリー30g除去の操作をさらに9回繰り返した(手順10)。手順10で得られた沈殿側スラリーに含まれるεタイプの鉄系酸化物の粒子中のTEM観察による8nm以下粒子の個数割合は1.5%であり、手順7で得られたスラリーよりも粒子径が8nm以下の粒子の個数割合が低減されたことが確認された。このことから、第一および第二の分散剤添加により、25℃におけるpHが11未満という低いpH域でDLS平均粒子径が65nm以下と小さい鉄系酸化物磁性粉分散スラリーが得られ、その結果25℃におけるpH11未満という低いpH域で遠心分離装置を用いた分級操作を実施することができ、8nm以下粒子の個数割合を低減させることができることが判る。
以上の、実施例1に係るスラリーの調整条件および得られたスラリーの物性値を、表1にまとめて示す。また表1に、得られた鉄系酸化物磁性粉分散スラリー中の第一の分散剤および第二の分散剤の濃度を併せて示す。ここで本実施例の第一の分散剤濃度(mol/kg)とは、鉄系酸化物磁性粉分散スラリー1kgに含まれるTEAOHのモル数を示し、本実施例の第二の分散剤濃度(mol/kg)とは、鉄系酸化物磁性粉分散スラリー1kgに含まれるクエン酸のモル数を示している。なお、表1には他の実施例および比較例についてのそれらの値も併せて示してある。
【0029】
[実施例2]
第二の分散剤としてクエン酸水溶液に代えて20質量%酒石酸水溶液を添加した以外は実施例1と同様の手順により、実施例2に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリーを得た。なお、酒石酸は、分子構造中に2つのカルボキシ基を持ち、カルボキシ基を構成しない炭素にヒドロキシ基が結合している。得られたスラリーのDLS平均粒子径は36nmであった。得られたスラリーに含まれるεタイプの鉄系酸化物の粒子のTEM平均粒子径は、15.5nmであった。実施例2に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリーのDLS平均粒子径に対するTEM平均粒子径の比DLS平均粒子径/TEM平均粒子径は、2.3と算出された。
【0030】
[実施例3]
第二の分散剤としてクエン酸水溶液に代えて20質量%リンゴ酸水溶液を添加した以外は実施例1と同様の手順により、実施例3に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリーを得た。 なお、リンゴ酸は、分子構造中に2つのカルボキシ基を持ち、カルボキシ基以外にヒドロキシを有している。得られた鉄系酸化物磁性粉分散スラリーのDLS平均粒子径は42nmであった。得られた鉄系酸化物磁性粉分散スラリーに含まれるεタイプの鉄系酸化物の粒子のTEM平均粒子径は、16.0nmであった。実施例3に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリーのDLS平均粒子径に対するTEM平均粒子径の比DLS平均粒子径/TEM平均粒子径は、2.6と算出された。
【0031】
[実施例4]
第二の分散剤としてクエン酸水溶液に代えてL-グルタミン酸の粉末を添加し、250℃におけるpHが8.9になるように第二の分散剤を添加した以外は実施例1と同様の手順により、実施例4に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリーを得た。なお、L-グルタミン酸は、分子構造中に2つのカルボキシ基を持ち、カルボキシ基以外にアミノ基を有している。得られたスラリーのDLS平均粒子径は25nmであった。得られた鉄系酸化物磁性粉分散スラリーに含まれるεタイプの鉄系酸化物の粒子のTEM平均粒子径は、14.2nmであった。実施例4に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリーのDLS平均粒子径に対するTEM平均粒子径の比DLS平均粒子径/TEM平均粒子径は、1.8と算出された。
【0032】
[実施例5]
実施例1の手順9において、25℃におけるpHが4.0になるようにクエン酸水溶液を添加した以外は実施例1と同様の手順により、実施例5に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリーを得た。得られたスラリーのDLS平均粒子径は35nmであった。得られたスラリーに含まれるεタイプの鉄系酸化物の粒子のTEM平均粒子径は、16.0nmであった。実施例5に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリーのDLS平均粒子径に対するTEM平均粒子径の比DLS平均粒子径/TEM平均粒子径は、2.2と算出された。
【0033】
[比較例1]
実施例1の手順8までで得られた25℃におけるpHが13.0のスラリーを、比較例1に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリーとする。得られたスラリーのDLS平均粒子径は30nmであった。得られたスラリーに含まれるεタイプの鉄系酸化物の粒子のTEM平均粒子径は、15.0nmであった。比較例1に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリーのDLS平均粒子径に対するTEM平均粒子径の比DLS平均粒子径/TEM平均粒子径は、2.0と算出された。
比較例1に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリーは、DLS平均粒子径およびDLS平均粒子径/TEM平均粒子径は本願請求項1および請求項2の条件を満たすが、スラリーの25℃におけるpHが13.0と高いため、分級操作や固液分離処理に使用する設備へのダメージを考慮して高額な設備仕様とする必要があり、製造コスト上のデメリットが大きく、また、アルカリ側の高いpHで分解してしまう樹脂と混合した場合に樹脂が分解するおそれがあるため、磁気記録媒体を構成する磁性層を形成するための磁性粒子を含む塗料の用途には適さない。
【0034】
[比較例2]
実施例1の手順7で得られたスラリーに、25℃におけるpHが13.1になるように20質量%NaOH水溶液を添加して撹拌した後に、超音波分散機を用いて分散させてスラリーを調整した。DLS平均粒子径は139nmであった。
得られたスラリーに、25℃におけるpHが7.0になるように分散剤として20質量%クエン酸水溶液を添加して撹拌した後に、超音波分散機を用いて分散させることで、比較例2に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリーを得た。得られたスラリーのDLS平均粒子径は145nmであった。得られたスラリーに含まれるεタイプの鉄系酸化物の粒子のTEM平均粒子径は、15.6nmであった。比較例2に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリーのDLS平均粒子径に対するTEM平均粒子径の比DLS平均粒子径/TEM平均粒子径は、9.3と算出された。
この結果から、εタイプの鉄系酸化物の粒子を含むスラリーに、第一の分散剤である4級アンモニウム塩を添加せずに25℃におけるpHを11以上に調整した場合には、DLS平均粒子径が65nm以下と小さいアルカリ性鉄系酸化物磁性粉分散スラリーを得ることはできず、さらにそのスラリーに第二の分散剤である2以上のカルボキシ基、ならびにカルボキシ基以外にヒドロキシ基を有している化合物を添加しても、DLS平均粒子径が65nm以下の鉄系酸化物磁性粉分散スラリーを得ることができないことが判る。
【0035】
[比較例3]
実施例1の手順9において、クエン酸水溶液に代えて10質量%硫酸水溶液を添加した以外は実施例1と同様の手順により、比較例3に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリーを得た。得られたスラリーのDLS平均粒子径は2432nmであった。得られたスラリーに含まれるεタイプの鉄系酸化物の粒子のTEM平均粒子径は、14.7nmであった。比較例3に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリーのDLS平均粒子径に対するTEM平均粒子径の比DLS平均粒子径/TEM平均粒子径は、165.4と算出された。
この結果から、4級アンモニウム塩を添加したεタイプの鉄系酸化物の粒子を含むスラリーに、第二の分散剤である2以上のカルボキシ基、ならびにカルボキシ基以外にヒドロキシ基およびアミノ基の1種または2種を有している化合物を添加することなく、単に25℃におけるpHを11未満に調整した場合には、DLS平均粒子径が65nm以下の鉄系酸化物磁性粉分散スラリーを得ることができないことが判る。
【0036】
[比較例4]
実施例1の手順9において、クエン酸水溶液に代えて20質量%乳酸水溶液を添加した以外は実施例1と同様の手順により、比較例4に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリーを得た。得られたスラリーのDLS平均粒子径は1092nmであった。得られたスラリーに含まれるεタイプの鉄系酸化物の粒子のTEM平均粒子径は、14.8nmであった。比較例4に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリーのDLS平均粒子径に対するTEM平均粒子径の比DLS平均粒子径/TEM平均粒子径は、73.8と算出された。
この結果から、4級アンモニウム塩を添加したεタイプの鉄系酸化物の粒子を含むスラリーに、分子内にカルボキシ基を一つしか持たない化合物を添加した後にスラリーの25℃におけるpHを11未満に調整しても、DLS平均粒子径が65nm以下の鉄系酸化物磁性粉分散スラリーを得ることができないことが判る。
【0037】
[比較例5]
実施例1の手順9において、クエン酸水溶液に代えて20質量%1,2,3-プロパントリカルボン酸水溶液を添加した以外は実施例1と同様の手順により、比較例5に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリーを得た。なお1,2,3-プロパントリカルボン酸は、分子構造中に3つのカルボキシ基を持つトリカルボン酸であるが、分子内にドロキシ基およびアミノ基のいずれも有していない。得られたスラリーのDLS平均粒子径は496nmであった。得られたスラリーに含まれるεタイプの鉄系酸化物の粒子のTEM平均粒子径は、15.4nmであった。比較例5に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリーのDLS平均粒子径に対するTEM平均粒子径の比DLS平均粒子径/TEM平均粒子径は、32.2と算出された。
この結果から、4級アンモニウム塩を添加したεタイプの鉄系酸化物の粒子を含むスラリーに、分子構造中に2以上のカルボキシ基を持ち、カルボキシ基以外にヒドロキシ基およびアミノ基のいずれも有さない化合物を添加して25℃におけるpHを11未満に調整した場合には、DLS平均粒子径が65nm以下の鉄系酸化物磁性粉分散スラリーを得ることができないことが判る。
【0038】
[比較例6]
0.099mol/kgTEAOH水溶液に、25℃におけるpHが7.0になるように20重量%クエン酸を滴下して撹拌することで、TEAOH-クエン酸混合液を得た。
実施例1の手順7で得られたスラリー20gに、TEAOH-クエン酸混合液80gを添加して撹拌した後に、超音波分散機を用いて分散させることで、比較例6に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリーを得た。得られたスラリーのDLS平均粒子径は130nmであり、25℃におけるpHは7.7であった。得られたスラリーに含まれるεタイプの鉄系酸化物の粒子のTEM平均粒子径は、16.2nmであった。比較例6に係る鉄系酸化物磁性粉分散スラリーのDLS平均粒子径に対するTEM平均粒子径の比DLS平均粒子径/TEM平均粒子径は、8.0と算出された。
この結果から、εタイプの鉄系酸化物の粒子を含むスラリーに、4級アンモニウム塩を添加して25℃におけるpHを11以上に調整した状態を経由せずに、4級アンモニウム塩と2以上のカルボキシ基ならびにカルボキシ基以外にヒドロキシ基およびアミノ基の1種または2種を有する化合物を添加して、25℃におけるpHを11未満に調整しても、DLS平均粒子径が65nm以下と小さい鉄系酸化物磁性粉分散スラリーを得ることができないことが判る。
【0039】