(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-11
(45)【発行日】2025-03-19
(54)【発明の名称】ポンプによる血液循環を行う医療機器における血栓の形成またはそのリスクを予測するための方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20250312BHJP
G01N 33/573 20060101ALI20250312BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20250312BHJP
C12Q 1/6813 20180101ALN20250312BHJP
C12Q 1/6876 20180101ALN20250312BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/573 A
G01N33/53 M
C12Q1/6813 Z
C12Q1/6876 Z
(21)【出願番号】P 2022505937
(86)(22)【出願日】2021-03-02
(86)【国際出願番号】 JP2021007826
(87)【国際公開番号】W WO2021182171
(87)【国際公開日】2021-09-16
【審査請求日】2023-10-13
(31)【優先権主張番号】P 2020044275
(32)【優先日】2020-03-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】IBC一番町弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】平原 一郎
(72)【発明者】
【氏名】古川 新平
(72)【発明者】
【氏名】熊野 晃子
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 秀樹
【審査官】高田 亜希
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-150966(JP,A)
【文献】特開2012-052944(JP,A)
【文献】特開2016-059386(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0246632(US,A1)
【文献】MOCHIZUKI, Satsuki et al.,Effect of ADAM28 on Carcinoma Cell Metastasis by Cleavage of von Willebrand Factor,Journal of the National Cancer Institute,2012年,104(12),906-922
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 -33/98
C12Q 1/6813- 1/6876
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポンプによる血液循環を行う医療機器における血栓の形成またはそのリスクを予測するための方法であって、
前記医療機器を装着した被験体から採取した体液試料におけるADAM28の濃度または発現量が基準値よりも上昇している場合に、前記医療機器において血栓が形成されているまたはそのリスクがあると予測される、方法。
【請求項2】
ポンプによる血液循環を行う医療機器における血栓の形成またはそのリスクを予測するためのデータを提供する方法であって、
前記医療機器を装着した被験体から採取した体液試料におけるADAM28の濃度または発現量が基準値よりも上昇している場合に、前記医療機器において血栓が形成されているまたはそのリスクがあると予測されることを含む、方法。
【請求項3】
前記基準値が健常体または前記ポンプによる血液循環前の被験体から採取した体液試料におけるADAM28の濃度または発現量である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記体液試料が血液試料である、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の方法に使用するための検出試薬であって、前記体液試料におけるADAM28の濃度または発現量の検出を可能とする、検出試薬。
【請求項6】
前記ADAM28に対する抗体、または前記ADAM28
をコードする遺伝子のmRNAとのハイブリダイゼーションのためのDNAもしくはRNAまたはオリゴヌクレオチドである、請求項5に記載の検出試薬。
【請求項7】
請求項6に記載の検出試薬を含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法に使用されるキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポンプによる血液循環を行う医療機器における血栓の形成またはそのリスクを予測するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
呼吸不全において集学的治療を行っても生命維持が困難な場合、体外式膜型人工肺(Extracorporeal Membrane Oxygenation:ECMO)療法やPCPS(Percutaneous Cardiopulmonary Support)がおこなわれる。ECMO/PCPSは、人工肺とポンプとを用いて心臓や肺の代替を行う療法であり、その回路(ECMO/PCPSシステム)は、人工肺・血液ポンプ・送脱血管・接続チューブ・コネクタなどのパーツで構成される(革新的医薬品・医療機器・再生医療製品実用化促進事業「次世代型補助循環システムの評価方法」ワーキンググループ.中長期間呼吸/循環補助(ECMO/PCPS)システムの評価ガイドライン(案))。現在用いられているECMO/PCPSシステムでは、基本的には開心術用の人工心肺装置に用いられているものと同じパーツが使用されているが、これらの殆どは通常の開心術を想定した6時間以内の使用範囲で薬事承認されている。通常の開心術では人工心肺装置は全身ヘパリン投与による強力な抗凝固療法下で数時間程度の処置で済むが、長時間のヘパリン投与は出血のリスクが高まる。ECMO/PCPSでは、通常の開心術とは異なり、数日~数週間にわたって補助循環を施行することが多く、その間、高いレベルの抗凝固・出血制御が求められる。ECMO施行時ではヘパリン処置に加えて、血小板や凝固因子が消費されるため、出血のリスクは非常に高くなるので、出血の防止が極めて重要であるが、抗凝固薬の投与量を減らすと血栓が形成されてしまうため、出血/凝固をコントロールすることは極めて重要である。出血・血栓形成の管理のため、活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastin time:APTT)や活性化凝固時間(Activated Clotting Time:ACT)検査が行われている。ELSOは、血液細胞がヘパリンの活性に影響するため、全血ACTがより信頼できるとしているが(Extracorporeal Life Support Organization (ELSO) Guidelines for Adult Respiratory Failure August, 2017)、一方で、APTTはACTよりもヘパリン活性との相関性が良いともいわれている(氏家良人,呼吸ECMOマニュアル,2014.克誠堂出版)。Moynihanらによると、ACTは、出血合併症患者では224.5秒(95%信頼区間169-304秒)で、出血がみられなかった患者では229.4秒(180-317秒)で有意差は見られなかった(p=0.177)が、血栓合併症の患者では224.0秒(178-302秒)で、血栓合併症を伴わなかった患者では235.3秒(178-302秒)で有意差があり(p=0.003)、一方、APTTは、出血合併症患者は81.8秒(37-200秒)で、出血がみられなかった患者では127.6秒(50-200秒)で有意差があり(p<0.001)、血栓合併症の患者は96.4秒(40-200秒)で血栓合併症を伴わなかった患者では137.3秒(54-200秒)で有意な差があった(p<0.001)と報告している(Moynihan K, Johnson K, Straney L, et al. Coagulation monitoring correlation with heparin dose in pediatric extracorporeal life support. Perfusion. 2017;32(8):675-685.)。逆にECMOにおけるACT・APTTによる出血・血栓の予防を試みた臨床研究では、出血合併症の発症割合はACTで管理した場合は69%で、APTTが80%(p=0.145)、血栓合併症の発症割合はACTで管理した場合は41%で、APTTが39%(p=0.85)であり、両試験方法で差はなく、高頻度で発症した(Fitousis K, Klasek R, Mason PE, Masud F. Evaluation of a pharmacy managed heparin protocol for extracorporeal membrane oxygenation patients. Perfusion. 2017;32(3):238-244.)。
【0003】
このようにECMO施行中の出血防止や抗凝固療法は、適切な方法が定まっていないのが現状である(Esper SA, Levy JH, Waters JH, et al. Extracorporeal membrane oxygenation in the adult: a review of anticoagulation monitoring and transfusion. Anesth Analg. 2014;118:731-743.)。このためECMO/PCPS管理における最大の合併症が出血(Extracorporeal Life Support Organization:ELSO、https://www.elso.org/Resources/RisksandComplications.aspx)であり、Broganらは、ECMOの合併症として、4~6割の患者で出血が生じ、約2割の患者で血栓の形成が認められたと報告している(Brogan TV, Thiagarajan RR, Rycus PT, et al. Extracorporeal membrane oxygenation in adults with severe respiratory failure: a multi-center database. Intensive Care Med. 2009;35(12):2105-2114.)。SklarらもV-V ECMOで16%が出血、53%で血栓が生じたと報告している(Sklar MC, Sy E, Lequier L, et al. Anticoagulation Practices during Venovenous Extracorporeal Membrane Oxygenation for Respiratory Failure. A Systematic Review. Ann Am Thorac Soc. 2016;13(12):2242-2250.)。
【0004】
ところで、フォンウィルブランド因子(vWF)は、血小板が血管内皮下組織に接着する際に作用し、一次止血における中心的な役割を果たしている(坂爪公ら,高ずり応力が引き起こす後天性フォンウィルブランド症候群 人工臓器,2016;45(3):225-228.)。すなわち、vWFは内皮下組織のコラーゲンと結合し、ずり応力下で立体構造を変えて血小板膜蛋白質GPIb複合体と相互作用して、血小板の血管壁上でのローリングを誘導し、さらに活性型の血小板膜蛋白質GPIIb/IIIaに結合して血小板凝集を促進する(堀内,循環器難病に随伴する後天性フォンウィルブランド症候群)。またvWFは、凝固第VIII因子と複合体を形成して第VIII因子を安定化させる。vWFは、血管内皮細胞や骨髄巨核球から産生され、分子間でジスルフィド結合することで多量体を形成する。内皮細胞から産生されたvWFは、分子量が1500万ダルトン以上の巨大な高分子多量体(unusually large-VWF multimer:UL-VWFM)を形成しているが、血中ではずり応力によりその分子構造が変化して、ADAMTS13(a disintegrin-like and metalloproteinase with thrombospondin type 1 motifs 13)により分解されて、20~80のサブユニットからなる多量体として存在している。一次止血には高分子量のvWFの多量体が重要であり(Ruggeri ZM, Zimmerman TS. Variant von Willebrand's disease: characterization of two subtypes by analysis of multimeric composition of factor VIII/von Willebrand factor in plasma and platelets. J Clin Invest. 1980;65:1318-1325.)、血液の高ずり応力が発生する環境においては、高分子量のvWF多量体が減少することによって後天性フォンウィルブランド症候群が発症し、出血傾向を呈することがある。
【0005】
ECMOは、穿刺部などから出血を来すことが多く、接続24時間以内にすべての症例で後天性フォンウィルブランド症候群を発症している(Kalbhenn J, Schmidt R, Nakamura L, et al. Early diagnosis of acquired von Willebrand Syndrome (AVWS) is elementary for clinical practice in patients treated with ECMO therapy. J Atheroscler Thromb. 2015;22(3):265-271.)。また埋込型補助人工心臓装着例では、10~33%に出血性合併症を発症し、vWFが重要にかかわっていると考えられる(Draper KV, Huang RJ, Gerson LB. GI bleeding in patients with continuous-flow left ventricular assist devices: a systematic review and meta-analysis. Gastrointest Endosc. 2014;80:435-446.)(Sakatsume K, Akiyama M, Saito K, et al. Intractable Bleeding Tendency Due to Acquired Von Willebrand Syndrome After Jarvik 2000 Implant. J Artifficial Organs. 2016;9:289-292.)。このように機械的に高ずり応力が発生することで、一次止血に重要な役割を担っているvWFが影響を受けることが報告されている。そこで、ECMO/PCPSや補助人工心臓における出血を防止するために、vWFによる診断方法の開発が検討されている(堀内久徳. The AVec Study)。一方、内皮細胞等から産生されたUL-VWFMは血小板血栓を形成するため、それを防止するために、ADAMTS13がUL-VWFMを分解して血栓形成を制御している(松本雅則、藤村吉博. Von Willebrand因子切断酵素(ADAMTS13). 日本内科学会誌. 2009;98(7):1586-1592.)。血栓形成が進展しつづけると血管の閉塞に至り、その抹消組織が虚血になるので、それを防止するため、血小板血栓の成長により血管内腔が狭くなると高いずり応力が発生し、その結果、vWFの構造が変化してADAMTS13で分解されて、血管の閉塞を防止している。
【0006】
近年、ADAM28がvWFの新たな分解酵素として報告されたが、血栓形成制御との関係は不明である。ADAMTS13は構造変化を起こしたvWFしか分解しないのに対して、ADAM28は構造変化を起こしていないvWFも分解するといった特徴を有する(Mochizuki S, Soejima K, Shimoda M, et al. Effect of ADAM28 on carcinoma cell metastasis by cleavage of von Willebrand factor. J Natl Cancer Inst. 2012;104(12):906-922.)。しかし、ADAM28が血栓形成に関与しているとの報告はない。
【発明の概要】
【0007】
したがって、本発明は、簡便かつ低侵襲な手法により、ポンプによる血液循環を行う医療機器(例えば、体外式膜型人工肺、補助人工心臓など)における血栓の形成またはそのリスクを予測することを可能とする手段を提供することを目的とする。
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った。その結果、驚くべきことに、ポンプによる血液循環を行う医療機器における血栓の形成とADAM28との関係を初めて明らかにした。そしてこの知見に基づき、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明の一形態によれば、ポンプによる血液循環を行う医療機器における血栓の形成またはそのリスクを予測するための方法であって、前記医療機器を装着した被験体から採取した体液試料におけるADAM28の濃度または発現量が基準値よりも上昇している場合に、前記医療機器において血栓が形成されているまたはそのリスクがあると予測される方法が提供される。
【0010】
また、本発明の他の形態によれば、ポンプによる血液循環を行う医療機器における血栓の形成またはそのリスクを予測するためのデータを提供する方法であって、前記医療機器を装着した被験体から採取した体液試料におけるADAM28の濃度または発現量が基準値よりも上昇している場合に、前記医療機器において血栓が形成されているまたはそのリスクがあると予測されることを含む方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、遠心ポンプに付着した血栓を示す写真である。
【
図2】
図2は、フォンウィルブランド因子(vWF)、ADAMTS13およびADAM28の濃度変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の一形態は、ポンプによる血液循環を行う医療機器における血栓の形成またはそのリスクを予測するための方法であって、前記医療機器を装着した被験体から採取した体液試料におけるADAM28の濃度または発現量が基準値よりも上昇している場合に、前記医療機器において血栓が形成されているまたはそのリスクがあると予測される方法に関する。
【0013】
また、本発明の他の形態は、ポンプによる血液循環を行う医療機器における血栓の形成またはそのリスクを予測するためのデータを提供する方法であって、前記医療機器を装着した被験体から採取した体液試料におけるADAM28の濃度または発現量が基準値よりも上昇している場合に、前記医療機器において血栓が形成されているまたはそのリスクがあると予測されることを含む方法に関する。
【0014】
本発明によれば、簡便かつ低侵襲な手法により、ポンプによる血液循環を行う医療機器における血栓の形成またはそのリスクを予測することが可能となる。
【0015】
具体的には、本発明の一形態に係る方法によれば、ポンプによる血液循環を行う医療機器における血栓の形成またはそのリスクを容易に予測することができる。しかも本発明の一形態に係る方法によれば、vWFの血中値が変化する以前に、血栓の形成を検出することができる。そのため、血栓の形成を早期に予測することができる。また体液試料中のADAM28の濃度または発現量を測定するだけでよいので、かかる検査を簡単に行うことができる。体液試料として血液試料を使用する場合は、通常の血液検査で採取する血液の一部で診断可能であり、被験体への負担は殆どない。したがって、本発明の一形態に係る方法により、ポンプによる血液循環を行う医療機器における血栓の形成またはそのリスクを高価なモダリティを使用することなく簡便にかつ低侵襲で予測することおよび予測するためのデータを提供することができ、安全にポンプによる血液循環の施行が期待できる。
【0016】
以下、本発明の一形態に係る実施の形態を説明する。本発明は、以下の実施の形態のみには限定されない。
【0017】
本明細書において、範囲を示す「X~Y」は「X以上Y以下」を意味する。また、特記しない限り、操作および物性等の測定は室温(20~25℃)/相対湿度40~50%RHの条件で測定する。
【0018】
ADAMタンパク質(ADAMs:a disintegrin and metalloproteinases)は、膜貫通タンパク質の外部ドメインシェディング、細胞接着および浸潤に関わる多機能タンパク質である(Edwards DR, Handsley MM, Pennington CJ. The ADAM Metalloproteinases. Mol Aspects Med. 2008;29(5):258-289.)(Murphy G. Regulation of the proteolytic disintegrin metalloproteinases, the 'Sheddases'. Semin Cell Dev Biol. 2009;20(2):138-145.)。ヒトゲノムには、4種の偽遺伝子を含む25種のADAMsが含まれており、21種のADAMsは、タンパク質分解活性を示す13種のタンパク質分解性ADAMsと8種の非タンパク質分解性ADAMsからなる(Edwards DR, Handsley MM, Pennington CJ. The ADAM Metalloproteinases. Mol Aspects Med. 2008;29(5):258-289.)(Shiomi T, Lemaitre V, D'Armiento J, Okada Y. Matrix metalloproteinases, a disintegrin and metalloproteinases, and a disintegrin and metalloproteinases with thrombospondin motifs in non-neoplastic diseases. Pathol Int. 2010;60(7):477-496.)。タンパク質分解性ADAMsは、マトリックスメタロプロテイナーゼ(MMPs)のメタロプロテイナーゼドメインを共有し、典型的なタンパク質分解性ADAMsは、プロペプチド、メタロプロテイナーゼ、ディスインテグリン様、システインリッチ、上皮増殖因子様、膜貫通および細胞内ドメインを含み、ADAM8、ADAM9、ADAM12、ADAM15、ADAM17、ADAM19およびADAM28を含む多くのタンパク質分解性ADAMsは、ヒト癌において過剰発現しており、癌の増殖および進行と関係していることが知られている。しかし、ADAM28がポンプによる血液循環を行う医療機器における血栓の形成またはそのリスクの予測に有用な指標になり得ることは今まで示唆されていない。
【0019】
ADAM28は公知のタンパク質であり、そのアミノ酸配列やcDNA配列も公知である。ADAM28には、膜型(ADAM28m)と、分泌型(ADAM28s)の2種類が存在する。ヒト膜型ADAM28(およびその成熟型)の代表的なアミノ酸配列およびcDNA配列、並びにヒト分泌型ADAM28(およびその成熟型)の代表的なアミノ酸配列およびcDNA配列は、国際公開第2016/143702号パンフレットに開示されている。なお、「ヒト膜型ADAM28」とは、膜型ADAM28のアミノ酸配列またはヌクレオチド配列が、ヒトにおいて天然に発現している膜型ADAM28のアミノ酸配列またはヌクレオチド配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列またはヌクレオチド配列を有することを意味する。「実質的に同一」とは、着目したアミノ酸配列またはヌクレオチド配列が、ヒトにおいて天然に発現している膜型ADAM28のアミノ酸配列またはヌクレオチド配列と70%以上(好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上)の同一性を有しており、かつ、ヒト膜型ADAM28の機能を有することを意味する。ヒト以外の生物種や、膜型ADAM28以外のタンパク質、遺伝子、それらの断片についても同様に解釈する。
【0020】
本発明に係る方法においては、被験体から採取した体液試料におけるADAM28の濃度または発現量をマーカーとして使用するために測定する。また、好ましい実施形態では、ADAM28に加えて、vWFおよび/またはADAMTS13の濃度または発現量をマーカーとして使用するために測定する。これにより、血管の形成またはそのリスクの予測精度をさらに高めることができる。
【0021】
vWFは、血液凝固において重要な役割を果たす血漿タンパク質である。vWFは主に血管内皮で合成され、高分子多量体の形態で血中に放出される。野生型ヒトvWFは、そのシグナルペプチドおよびプロ領域を含めて全部で2813個のアミノ酸からなるポリペプチドである。野生型ヒトvWFのアミノ酸配列と、野生型ヒト成熟vWFサブユニットのアミノ酸配列は、国際公開第2004/035778号パンフレットに開示されている。
【0022】
ADAMTS13は、公知のタンパク質であり、そのアミノ酸配列やcDNA配列も公知である。ADAMTS13は、ADAMTSファミリーに属する亜鉛系メタロプロテイナーゼであり、vWFのTyr1605とMet1606との結合を特異的に切断することによって、vWFのマルチマーサイズを減少させ、vWFの機能を制御すると考えられている。ヒトADAMTS13に関する構造の詳細および配列情報は、Zheng X et al., J Biol Chem. 2001; 276 (44): 41059-63に開示されている。
【0023】
本明細書において、「ポンプによる血液循環を行う医療機器」としては、人工肺(例えば、体外式膜型人工肺)、補助人工心臓などが挙げられる。
【0024】
本明細書において、「被験体」とは、ポンプによる血液循環を行う医療機器による処置を必要とする被験体であり、好ましくはヒト被験体である。
【0025】
本明細書において、「体液試料」とは、ADAM28の濃度または発現量、必要に応じてvWFおよび/またはADAMTS13の濃度または発現量の測定が実施可能な生体(生物)由来の体液であればよい。体液試料は、好ましくは血液試料である。血液試料としては、全血であってもよく、血漿および血清であってもよい。血液試料としては、被験体から採取された血液(全血)をそのまま用いてもよいし、凝固防止等を目的としてEDTAカリウム塩やヘパリン、クエン酸ナトリウム等の添加剤を添加した試料を用いてもよい。被験体から体液試料を採取するタイミングは、特に制限されない。体液試料が血液試料である場合、血液試料は、動脈血でも静脈血でもよい。
【0026】
本発明に係る方法で使用する体液試料は、被験体から採取直後のものを測定に用いることが好ましいが、保存したものを用いてもよい。例えば、血液試料の保存方法としては、試料中の上記マーカーの値が変化しない条件であれば特に制限はなく、例えば0~10℃の凍結しない程度の低温条件が好ましく、長期保存の場合は-80℃や液体窒素での冷凍保存が好ましい。
【0027】
本発明に係る方法において、上記マーカーの値の測定は、後述する従来公知の手法を用いて行うことができる。
【0028】
本明細書において、あるタンパク質の「発現量」とは、当該タンパク質コードする遺伝子と相補的なRNA(転写産物)の発現、および当該タンパク質(翻訳産物)自体の発現の双方を含めるものとする。したがって、本明細書において、あるタンパク質の発現量とは、転写産物または翻訳産物の発現量または発現強度をいう。発現量は通常、転写産物の産生量、またはその翻訳産物の産生量、活性等により解析することができる。また、あるタンパク質の「濃度」とは、体液試料(例えば、血液試料)の単位体積あたりにおける対象タンパク質の存在量(発現量)を意味する。
【0029】
タンパク質の発現量の測定は、当該タンパク質をコードする遺伝子の転写産物、すなわちmRNAの測定により行ってもよいし、当該遺伝子からの翻訳産物、すなわちタンパク質自体の測定により行ってもよい。好ましくは、当該遺伝子の翻訳産物の測定により行う。なお、遺伝子の転写産物には、mRNAから逆転写されて得られたcDNAも含まれるものとする。
【0030】
翻訳産物の発現量の測定は、翻訳されたタンパク質を定量するか、またはタンパク質の活性を測定することによって行うことができる。タンパク質の定量は、例えば電気泳動法、ウエスタンブロット法もしくはアフィニティークロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、イムノクロマトグラフィー等を用いたクロマトグラフィー法、マススペクトルを測定する方法などがあげられるが、タンパク質に対して特異的な抗体を用いると簡便かつ正確に測定することができる。
【0031】
抗体は公知の方法により、作製することができる。または、抗体は、例えばMyBioSource社、Invitrogen社、Santa Cruz Biotechnology社、Sigma-Aldrich社等から提供されており、これらを適宜入手して使用することができる。検出のための抗体は、ポリクローナル抗体であってもモノクローナル抗体であってもよい。
【0032】
抗体を用いたタンパク質の検出は、限定するものではないが、例えばイムノクロマトグラフィー法、ウエスタンブロッティング法、EIA法、ELISA法、RIA法、フローサイトメトリー法等によって行うことができる。抗体は、蛍光標識、放射性標識、酵素、ビオチン等による標識をすることができ、また、そのように標識された検出のための二次抗体を使用することもできる。なお、現在臨床では、血液試料からイムノクロマトグラフィー法により心筋トロポニンTを検出することで心筋傷害の存在を評価している(トロップ T センシティブ、ロシュ・ダイアグノスティックス社)。したがって、本発明に係る方法においてもこれと同様に、ADAM28などのマーカーをイムノクロマトグラフィー法により測定することで、臨床において低侵襲で簡便に計測でき、低コストで普遍化が可能であって、精度および再現性が高く、計測法の標準化などが可能なポンプによる血液循環を行う医療機器における血栓の形成またはそのリスクの予測に有用な測定方法を構築することが期待される。そしてその結果、適切な処置を施すことが可能になり、溶血や血栓形成をコントロールすることができると期待される。なお、イムノクロマトグラフィー法により上記測定を行う場合には、イムノクロマト試験紙を用いることが好ましい。イムノクロマト試験紙は、血液サンプルを受容するサンプルパッド領域、ADAM28などの指標物質と結合可能な標識化抗体を含有するコンジュゲートパッド領域、検体を展開するメンブレン本体、および当該メンブレン本体上で前記指標物質と結合可能な抗体が固定化され前記コンジュゲートパッド領域において前記標識化抗体と結合した前記指標物質と結合可能なテストラインを有するものであることが好ましい。さらに、上記テストラインにおいて結合された標識の量を判別可能とするコントロールラインとを有するイムノクロマト試験紙がより好ましい。なお、前記標識は濃度依存的に発色が強くなるものであることがさらに好ましい。
【0033】
転写産物の発現量の測定は、例えばmRNAの塩基配列の全部または一部を含むヌクレオチドをプローブまたはプライマーとして用いてサンプル中の遺伝子発現の程度を測定すればよく、例えばマイクロアレイ(マイクロチップ)を用いた方法、ノーザンブロット法、定量的PCR法等で測定することが可能である。定量的PCR法としては、アガロースゲル電気泳動法、ポリアクリルアミドゲル電気泳動法、蛍光プローブ法、RT-PCR法、リアルタイムPCR法、ATAC-PCR法、Taqman PCR法、SYVER(登録商標)グリーン法、Body Map法、Serial analysis of gene expression(SAGE)法、Micro-analysis ofGene Expression(MAGE)法等が知られており、これらを適宜使用することができる。また次世代シークエンサーを用いて評価してもよい。これらの方法を用いて、mRNAの量を、当該mRNAにハイブリダイズするヌクレオチドプローブまたはプライマーの使用により測定することができる。測定に用いるプローブまたはプライマーの塩基長は、好ましくは10~50merであり、より好ましくは15~25merである。
【0034】
複数の遺伝子の発現、特に多種類の遺伝子の発現を同時に測定する場合には、DNAマイクロアレイを用いることが好適である。DNAマイクロアレイは、遺伝子の塩基配列からなるヌクレオチドまたはその一部配列を含むヌクレオチドを適当な基板上に固定化することにより作製することができる。固定基板としては、ガラス板、石英板、シリコンウェハーなどが挙げられる。基板の大きさとしては、例えば3.5mm×5.5mm、18mm×18mm、22mm×75mmなどが挙げられるが、これは基板上のプローブのスポット数やそのスポットの大きさなどに応じて様々に設定することができる。ポリヌクレオチドまたはその断片の固定化方法としては、ヌクレオチドの荷電を利用して、ポリリジン、ポリエチレンイミン、ポリアルキルアミンなどのポリ陽イオンで表面処理した固相担体に静電結合させたり、アミノ基、アルデヒド基、エポキシ基などの官能基を導入した固相表面に、アミノ基、アルデヒド基、チオール基、ビオチンなどの官能基を導入したヌクレオチドを共有結合により結合させたりすることもできる。固定化は、アレイ機を用いて行えばよい。少なくとも1個の遺伝子またはその断片を基板に固相化してDNAマイクロアレイを作製し、当該DNAマイクロアレイと蛍光物質で標識した被験体由来のmRNAまたはcDNAを接触させてハイブリダイズさせ、DNAマイクロアレイ上の蛍光強度を測定することにより、mRNAの種類と量を決定することができる。
【0035】
本発明に係る方法においては、上述した手法によって測定されたADAM28の濃度または発現量を基準値と比較することにより、ポンプによる血液循環を行う医療機器における血栓の形成またはそのリスクを予測することができる。すなわち、本明細書では、ポンプによる血液循環を行う医療機器における血栓の形成またはそのリスクを予測する方法を開示する。また、本明細書では、ポンプによる血液循環を行う医療機器における血栓の形成またはそのリスクを予測するためのデータを提供する方法を開示する。この際、上述したように、ADAM28の濃度または発現量が基準値よりも上昇している場合には、ポンプによる血液循環を行う医療機器における血栓の形成またはそのリスクがあると予測される。
【0036】
また、ADAM28に加えて、vWFおよび/またはADAMTS13の濃度または発現量をさらにマーカーとして組み合わせて使用する場合、上述した手法によって測定された当該マーカーの値を基準値と比較することにより、ADAM28に基づく予測の精度を上げることができる。
【0037】
本明細書において、「基準値」とは、本発明に係る方法において、発現量または濃度の上昇または低下を判定するための基準となり得る数値である。基準値の一例として、例えば、血栓の形成が確認されていない者(例えば、健常体、ポンプによる血液循環前の被験体、手術直後以外の血栓形成が想定されない状態の被験体など)から採取した体液試料におけるADAM28の濃度または発現量の測定値が挙げられる。基準値は、好ましくは健常体またはポンプによる血液循環前の被験体から採取した体液試料におけるADAM28の濃度または発現量の測定値である。なお、ADAM28に加えて、vWFおよび/またはADAMTS13の濃度または発現量をさらにマーカーとして組み合わせて使用する場合も同様である。
【0038】
また、同じ被験体において過去に測定されたマーカーの値を基準値としてもよい。
【0039】
マーカーの値は、測定方法によって異なる可能性があるため、基準値は、測定方法ごとに設定する必要がある。
【0040】
本発明のさらに他の形態によれば、上述した本発明の一形態に係る方法に使用するための検出試薬が提供される。また、当該検出試薬を含む、上述した本発明の一形態に係る方法に使用されるキットが提供される。当該検出試薬は、上述した体液試料における、ADAM28、必要に応じてvWFおよび/またはADAMTS13の濃度または発現量の検出を可能とするものである。このような検出試薬としては、例えば、体液試料中のタンパク質(例えば、ADAM28)との特異的結合のための抗体あるいは体液試料中のタンパク質遺伝子(例えば、ADAM28遺伝子)のmRNAとのハイブリダイゼーションのためのDNAもしくはRNAまたはオリゴヌクレオチドが挙げられる。このようなDNAまたはRNAは、ハイブリダイゼーションを蛍光標識等で検出しうるプローブであってもよい。もしくは、当該DNAまたはRNAは、mRNAの増幅に使用可能なプライマーであってもよい。キットは、上述した検出試薬に加えて、検出のために必要な他の試薬、例えば緩衝剤、各種ヌクレオチド、ハイブリダイゼーションまたは抗体結合のために必要な他の試薬を含むことができる。
【実施例】
【0041】
本発明の効果を、以下の実施例および比較例を用いて説明する。ただし、本発明の技術的範囲が以下の実施例のみに制限されるわけではない。
【0042】
[動物モデルの作成]
実験では、ヒツジ(雌、5歳)を7日間の検疫馴化期間の後に試験に供した。
【0043】
右頚静脈に送血用にカニュレーションを行い、その逆端に遠心ポンプで構成される体外循環装置を接続し、脱血は右頚静脈へのカニュレーションを介して行った。遠心ポンプによる血液循環条件は0.7~1.6L/分で行い、抗凝固管理はヘパリンで行った。
【0044】
実験はテルモ株式会社における動物実験に関する指針に従って実施した。
【0045】
[採血]
血液は外頚静脈からEDTA採血管で採血し、3000rpmで10分間遠心し、血漿を回収した。血漿は-20℃にて保管し、vWF、ADAMTS13およびADAM28の測定に供した。
【0046】
[血栓形成の確認]
体外循環装置の遠心ポンプに付着した血栓を目視で確認した(
図1)。
【0047】
[フォンウィルブランド因子(vWF)の濃度測定]
血漿中のvWFの濃度は、Sheep von Willebrand Factor (vWF) Elisa kit (Competitive ELISA)(MyBioSource社)を使用して、添付マニュアルに従って測定した。
ELISA解析における吸光度測定は、精度管理されたマイクロプレートリーダー(MICROPLATE READER SH9000、CORONA社)で3回繰り返し測定し、その平均値を最終データとした。
【0048】
[ADAMTS13の濃度測定]
血漿中のADAMTS13の濃度は、Sheep Von Willebrand Factor cleaving protease (vWF-cp),ELISA Kit.(MyBioSource社)を使用して、添付マニュアルに従って測定した。
ELISA解析における吸光度測定は、精度管理されたマイクロプレートリーダー(MICROPLATE READER SH9000、CORONA社)で3回繰り返し測定し、その平均値を最終データとした。
【0049】
[ADAM28の濃度測定]
血漿中のADAM28の濃度は、Sheep A Disintegrin and Metalloprotease 28(ADAM28)ELISA Kit(MyBioSource社)を使用して、添付マニュアルに従って測定した。ELISA解析における吸光度測定は、精度管理されたマイクロプレートリーダー(MICROPLATE READER SH9000、CORONA社)で3回繰り返し測定し、その平均値を最終データとした。
【0050】
結果を
図2に示す。
図2では、血栓形成が確認された日を0日目として表示する。
【0051】
図2に示すように、ADAM28の濃度が最初に上昇し、続いてvWF、ADAMTS13の順に濃度が上昇した。その後、血栓形成が確認された。以上のことから、ADAM28を指標にすることにより、vWFやADAMTS13を指標にした時よりも早期に血栓形成を予測することが可能であることが分かる。
【0052】
本出願は、2020年3月13日に出願された日本国特許出願第2020-044275号に基づいており、その開示内容は、参照により全体として引用されている。