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特許7650022燃料電池システム、燃料電池の制御方法およびプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-13
(45)【発行日】2025-03-24
(54)【発明の名称】燃料電池システム、燃料電池の制御方法およびプログラム
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/04291 20160101AFI20250314BHJP
   H01M 8/10 20160101ALI20250314BHJP
   H01M 8/02 20160101ALI20250314BHJP
   H01M 8/04746 20160101ALI20250314BHJP
   H01M 8/04537 20160101ALI20250314BHJP
   H01M 8/04 20160101ALI20250314BHJP
   H01M 8/04701 20160101ALI20250314BHJP
   H01M 8/12 20160101ALI20250314BHJP
   G01N 27/82 20060101ALI20250314BHJP
【FI】
H01M8/04291
H01M8/10 101
H01M8/02
H01M8/04746
H01M8/04537
H01M8/04 Z
H01M8/04701
H01M8/12 101
H01M8/12 102A
G01N27/82
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021027061
(22)【出願日】2021-02-24
(65)【公開番号】P2022128699
(43)【公開日】2022-09-05
【審査請求日】2023-11-07
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】100120640
【弁理士】
【氏名又は名称】森 幸一
(72)【発明者】
【氏名】秋元 祐太朗
(72)【発明者】
【氏名】岡島 敬一
【審査官】大内 俊彦
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-283282(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0274935(US,A1)
【文献】特開2005-183039(JP,A)
【文献】特開2007-179901(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/00-8/2495
G01N 27/82
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一つの、固体電解質を用いた燃料電池と、
上記燃料電池のカソードまたはアノードの近傍の、反応ガスが流される流路上における少なくとも2点の磁束密度を測定する磁気センサーと、
上記カソードまたはアノードを、磁束密度を測定する点をそれぞれ含む複数の領域に区画し、上記燃料電池の運転中に上記燃料電池の電圧が予め決められた電圧値を下回ったときに上記磁気センサーにより測定された上記少なくとも2点の磁束密度から上記カソードまたはアノード上の電流分布を各区画毎に予測し、当該予測された電流分布から上記燃料電池がフラッディングまたはドライアウトの状態であるか否かを判定し、上記燃料電池がフラッディングの状態であると判定されたときはフラッディングを解消し、上記燃料電池がドライアウトの状態であると判定されたときはドライアウトを解消するように上記燃料電池の温度および/または上記反応ガスの流量を制御する制御装置と、
を有する燃料電池システム。
【請求項2】
複数の上記燃料電池を積層した空冷タイプの燃料電池スタックを有し、
上記磁気センサーは、上記燃料電池間に設けられた冷却口に設置され、または、当該冷却口に挿入可能に設けられる請求項1記載の燃料電池システム。
【請求項3】
上記制御装置は、
上記燃料電池の運転開始直後に予め決められた電流値での、上記少なくとも2点の磁束密度を上記磁気センサーにより測定し、記録するステップと、
上記燃料電池の運転中に上記電流値での上記磁束密度を測定するステップと、
上記燃料電池の運転中に上記燃料電池の電圧が予め決められた電圧値を下回っているか否かを判定するステップと、
上記燃料電池の電圧が上記電圧値を下回っていると判定されたときに、初期状態から変動した上記カソードまたはアノード上の電流分布を各区画毎に計算式より予測するステップと、
上記予測された電流分布から上記燃料電池がフラッディングの状態であるか否かを判定し、上記燃料電池がフラッディングの状態であると判定されたときはフラッディングを解消するように上記燃料電池の温度および/または上記反応ガスの流量を制御するステップと、
上記燃料電池がフラッディングの状態であると判定されなかったときは上記燃料電池がドライアウトの状態であるか否かを判定し、上記燃料電池がドライアウトの状態であると判定されたときはドライアウトを解消するように上記燃料電池の温度および/または上記反応ガスの流量を制御するステップと、
を実行することにより上記燃料電池を制御する請求項1または2記載の燃料電池システム。
【請求項4】
上記磁気センサーにより磁束密度を測定する点は、上記流路の入口の付近、上記流路の出口の付近および上記流路に折れ曲がり部がある場合は当該折れ曲がり部の付近のうちの少なくとも2点を含む請求項1~3のいずれか一項記載の燃料電池システム。
【請求項5】
上記磁気センサーは、上記カソードまたはアノードの四隅の近傍で、かつ上記流路上における4点の磁束密度を測定し、上記カソードまたはアノードを、磁束密度を測定する上記4点のうちの1点をそれぞれ含む四つの領域に区画し、各区画毎に上記電流分布を予測する請求項1~4のいずれか一項記載の燃料電池システム。
【請求項6】
上記燃料電池は固体高分子形燃料電池または固体酸化物形燃料電池である請求項1~5のいずれか一項記載の燃料電池システム。
【請求項7】
固体電解質を用いた燃料電池の運転開始直後に予め決められた電流値での、上記燃料電池のカソードまたはアノードの近傍の、反応ガスが流される流路上における少なくとも2点の磁束密度を磁気センサーにより測定し、記録するステップと、
上記燃料電池の運転中に上記電流値での上記磁束密度を測定するステップと、
上記燃料電池の運転中に上記燃料電池の電圧が予め決められた電圧値を下回っているか否かを判定するステップと、
上記カソードまたはアノードを、磁束密度を測定する点をそれぞれ含む複数の領域に区画し、上記燃料電池の電圧が上記電圧値を下回っていると判定されたときに、初期状態から変動した上記カソードまたはアノード上の電流分布を各区画毎に計算式より予測するステップと、
上記予測された電流分布から上記燃料電池がフラッディングの状態であるか否かを判定し、上記燃料電池がフラッディングの状態であると判定されたときはフラッディングを解消するように上記燃料電池の温度および/または上記反応ガスの流量を制御するステップと、
上記燃料電池がフラッディングの状態であると判定されなかったときは上記燃料電池がドライアウトの状態であるか否かを判定し、上記燃料電池がドライアウトの状態であると判定されたときはドライアウトを解消するように上記燃料電池の温度および/または上記反応ガスの流量を制御するステップと、
を有する燃料電池の制御方法。
【請求項8】
請求項7記載の、燃料電池の制御方法をコンピュータに実行させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、燃料電池システム、燃料電池の制御方法およびプログラムに関し、特に、例えば固体高分子形燃料電池などの固体電解質を用いた燃料電池の制御に適用して好適なものである。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、水素と酸素との化学反応により電気を発生させる。燃料電池にはいくつかのタイプがあるが、固体高分子形燃料電池(プロトン交換膜燃料電池とも呼ばれる)は作動温度が低いため、現在最も注目されており、コージェネレーションシステムやハイブリッド電気自動車などに応用されている。固体高分子形燃料電池を長期間運転させるためには、内部の状態および安定な発電の制御の理解が重要である。
【0003】
固体高分子形燃料電池においては、水素と酸素との化学反応により生成される水の蓄積により生じる生成水過多状態であるフラッディング(flooding) が主要な不具合の一つである。ガス拡散層、触媒層、ガス流路などにおけるフラッディングにより生じる不均一な電流分布によってスタック性能が悪くなるだけでなく、電池間の性能のばらつきが生じうる。このため、公称値で同等の運転条件の下でも燃料電池の性能の予測ができなくなり、信頼性も低下し、再現性も悪くなる。燃料電池の性能は、特に高電流密度では、水の除去速度が生成速度に合わないため、この不具合によって影響を受ける。定電流モードでは、ガス流路がフラッディングにより閉塞されると、電池電圧が低下するため、水は周期的なパージングにより電池から除去される。固体高分子形燃料電池内の水の動きや分布は、CCDカメラ、中性子イメージング、水検知紙、X線、MRIなどの技術によってモニターすることができる。フラッディングは、圧力、局所的な電流分布および電池抵抗のような特性に変化をもたらし、流れ場の設計、運転条件の設定、膜/電極接合体(MEA)の設計を含む、フラッディングの軽減戦略に影響する。
【0004】
固体高分子形燃料電池のもう一つの主要な不具合は膜乾燥状態であるドライアウト(dry-out)である。ドライアウトは、プロトン交換膜の乾燥により電池抵抗が増加するため、電池性能に影響を及ぼす。固体高分子形燃料電池を高温で運転すると触媒活性を高める。出力電力および水の除去速度は水素および空気の流量が高いため増加する。このような運転によりドライアウトが生じうる。このため、この不具合をモニターするため、電池の分割や、温度測定、電池抵抗の測定(電流遮断法による)、電池のインピーダンス測定(Cole-Cole プロットによる)およびMRIによる測定などが用いられている。これらの結果は、運転中の流量および温度の制御のような、ドライアウトを軽減するための戦略に影響を及ぼす。
【0005】
従って、固体高分子形燃料電池システムにおける電池の性能に影響を及ぼすフラッディングおよびドライアウトという主要な不具合の発生を防止することが重要である。
【0006】
これまで、上記のような不具合を防止するために様々な方法が採用されてきたが、実際の固体高分子形燃料電池システムに評価システムを組み込むことは困難であった。このため、プリント回路板(PCB)を用いた固体高分子形燃料電池スタックの電流分布の測定が行われた。この方法は、正確な測定を行うことができるが、電気的接続を行う必要があり、スタックのサイズが増加する。固体高分子形燃料電池スタックのコストと大きさの低減を図るために、非破壊測定法が発展してきた。2005年に提案された別の方法では磁気センサーを用いる(非特許文献1参照)。この方法では、アンペアの法則およびビオ・サバールの法則により求められる磁束密度に基づいて電流分布が導出され、単一の燃料電池における電流分布が簡単な装置を用いて測定された(非特許文献2参照)。さらに、局所的な電流分布を評価するため、固体高分子形燃料電池の周囲の環境の磁束を変換した三次元有限要素法によるシミュレーション法が開発された(非特許文献3参照)。しかしながら、これらの非破壊測定法は固体高分子形燃料電池スタックで実施することは困難である。さらに、これまでの研究では、プリント回路板法と同等のレベルの精度を得るために、多数の磁気センサーを用いる必要があることに加えて、かなりの計算時間が必要であった。従って、固体高分子形燃料電池システムへの組み込みおよび制御には多くの課題がある。最近、磁気センサーの個数を削減する方法が開発された(非特許文献4参照)。しかしながら、この方法は、電気的燃料電池モデルを用いるものであり、水素および空気により運転される燃料電池スタックに適用したものではない。
【0007】
本発明者らは先に、実機の固体高分子形燃料電池システムに組み込むために、固体高分子形燃料電池スタックの冷却口(空冷口)に挿入された磁気センサーを用いる測定方法を開発し、Nexa(登録商標)パワーモジュールを、20個の燃料電池からなる燃料電池スタックを用いてフラッディングおよびドライアウト状態の下で定常状態で評価を行った(非特許文献5、6、7参照)。この方法は、測定された磁場の分布とシミュレーションにより得られた磁場の分布との比較に有効であることを示した(非特許文献8参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】K.-H.H.P.W.Stolten, “Magnetotomography-a new method for analyzing fuel cell performance and quality”,J Power Sources,vol.143,no.67-74,2005
【文献】M.I.Yamanaka, “Verification of Measurement Method of Current Distribution in Polymer Electrolyte Fuel Cells”,ECS Trans.,vol.17,pp.20401-20409,2009
【文献】T.Nara,M.Koike,S.Ando,Y.Gotoh,and M.Izumi,“Estimation of localized current anomalies in polymer electrolyte fuel cells from magnetic flux density measurements”,AIP Adv.,vol.6,no.5,p.056603,2016
【文献】A.Plait,S.Giurgea,D.Hissel,and C.Espanet, “New magnetic field analyzer device dedicated for polymer electrolyte fuel cells noninvasive diagnostic”,Int.J.Hydrogen Energy,vol.45,no.27,pp.14071-14082,2020
【文献】T.Nasu,Y.Matsushita,J.Okano, and K.Okajima, “Study of Current Distribution in PEMFC Stack Using Magnetic Sensor Probe”,J.Int.Counc.Electr.Eng.,vol.2,no.4,pp.391-396,2012
【文献】Y.Akimoto and K.Okajima,“Experimental Study of Non-Destuctive Approach on PEMFC Stack Using Tri-Axis Magnetic Sensor Probe”,J.Power EnergyEng.,vol.3,pp.1-8,2015
【文献】Y.Akimoto,K.Okajima, and Y.Uchiyama,“Evaluation of CurrentDistribution in a PEMFC using a Magnetic Sensor Probe”,Energy Procedia,vol.75,pp.2015-2020,2015
【文献】Y.Akimoto and K.Okajima,“In situ approach for characterizing PEMFC using a combination of magnetic sensor probes and 3DFEM simulation”,Cogent Chem.,vol.28,2017
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、固体高分子形燃料電池スタックの冷却口に挿入された磁気センサーを用いて磁束密度を測定する上述の従来の測定方法では、使用する磁気センサーの個数が多い点で不利である。このため、磁気センサーの個数の削減が望まれるが、これまでそのための有効な方法は提案されていなかった。
【0010】
そこで、この発明が解決しようとする課題は、燃料電池がフラッディングまたはドライアウトの状態にあるか否かを容易に判定することができ、その判定結果に応じてフラッディングおよびドライアウトの制御を良好に行うことができ、しかも磁束密度の測定に必要な磁気センサーの個数の削減を図ることができる、固体高分子形燃料電池を用いた燃料電池システム、燃料電池の制御方法およびこの燃料電池の制御方法のプログラムを提供することである。
【0011】
フラッディングおよびドライアウトは固体電解質を用いた燃料電池全般で生じうる不具合であることから、上記の燃料電池システム、燃料電池の制御方法およびこの燃料電池の制御方法のプログラムは、固体電解質を用いた燃料電池全般に適用することができる。
【0012】
従って、この発明が解決しようとする課題は、より一般的には、燃料電池がフラッディングまたはドライアウトの状態にあるか否かを容易に判定することができ、その判定結果に応じてフラッディングおよびドライアウトの制御を良好に行うことができ、しかも磁束密度の測定に必要な磁気センサーの個数の削減を図ることができる、固体電解質を用いた燃料電池を用いた燃料電池システム、燃料電池の制御方法およびこの燃料電池の制御方法のプログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、この発明は、
少なくとも一つの、固体電解質を用いた燃料電池と、
上記燃料電池のカソードまたはアノードの近傍の、反応ガスが流される流路上または当該流路の近傍における少なくとも2点の磁束密度を測定する磁気センサーと、
上記燃料電池の運転中に上記燃料電池の電圧が予め決められた電圧値を下回ったときに上記磁気センサーにより測定された上記少なくとも2点の磁束密度から上記カソードまたはアノード上の電流分布を予測し、当該予測された電流分布から上記燃料電池がフラッディングまたはドライアウトの状態であるか否かを判定し、上記燃料電池がフラッディングの状態であると判定されたときはフラッディングを解消し、上記燃料電池がドライアウトの状態であると判定されたときはドライアウトを解消するように上記燃料電池の温度および/または上記反応ガスの流量を制御する制御装置と、
を有する燃料電池システムである。
【0014】
固体電解質を用いた燃料電池は、固体高分子形燃料電池または固体酸化物形燃料電池であるが、これに限定されるものではない。燃料電池は、最小の発電単位である単一の燃料電池であっても、複数の燃料電池を積層した燃料電池スタックであってもよい。固体高分子形燃料電池または固体酸化物形燃料電池の反応ガス、すなわち燃料(還元剤)および酸素を含むガス(酸化剤)は、従来公知のものを用いることができ、必要に応じて選択される。
【0015】
燃料電池のカソードまたはアノードの近傍の、反応ガスが流される流路上または当該流路の近傍における磁束密度を測定する点の位置および個数は、流路のパターン、流路の長さ、燃料電池のサイズなどに応じて適宜選択され、それに応じて磁気センサーの個数および設置位置が決められる。典型的には、入口から出口に向かう流路に沿って流路上または当該流路の近傍における複数箇所の磁束密度を測定することができるように磁気センサーが設置される。この場合、磁気センサーにより磁束密度を測定する点は、典型的には、流路の入口の付近、流路の出口の付近および流路に折れ曲がり部がある場合はこの折れ曲がり部の付近のうちの少なくとも2点を含む。磁気センサーは、単一の燃料電池を用いる場合にはこの燃料電池のアノードまたはカソードの近傍、燃料電池スタックを用いる場合には燃料電池間に設けられる空間(例えば、冷却口)などに設置されるが、必ずしも常時設置されている必要はなく、必要に応じて、燃料電池の外部から磁気センサーを燃料電池に向かって移動させ、燃料電池のアノードまたはカソードの近傍に位置させ、あるいは燃料電池間に設けられる空間に挿入するようにしてもよい。燃料電池間に冷却口などの空間が設置されない場合には、例えばバイポーラプレートあるいはセパレータに磁気センサーを埋設するようにしてもよい。典型的には、カソードまたはアノードを、磁束密度を測定する点をそれぞれ含む複数の領域に区画し、各区画毎に電流分布を予測するが、これに限定されるものではない。一つの典型的な例では、カソードまたはアノードの四隅の近傍で、かつ反応ガスが流される流路上または当該流路の近傍における4点の磁束密度を測定し、それに応じて典型的には四つの磁気センサーが設置される。この場合、例えば、カソードまたはアノードを、磁束密度を測定する上記の4点のうちの1点をそれぞれ含む四つの領域に区画し、各区画毎に電流分布を予測する。
【0016】
燃料電池システムが、互いに直列に接続されたN個(Nは2以上の整数)の燃料電池からなる燃料電池スタックを有する場合、磁気センサーは、典型的には、Nが奇数の場合は(N-1)/2番目の燃料電池と(N+1)/2番目の燃料電池との間に挿入され、Nが偶数の場合はN/2番目の燃料電池と(N+2)/2番目の燃料電池との間に挿入されるが、これに限定されるものではなく、他の場所に挿入されてもよい。例えば、磁気センサーは、Nが奇数であるか偶数であるかにかかわらず、1番目の燃料電池と2番目の燃料電池との間に挿入されてもよいし、(N-1)番目の燃料電池とN番目の燃料電池との間に挿入されてもよいし、1番目の燃料電池の外側あるいはN番目の燃料電池の外側に位置するようにしてもよい。
【0017】
また、この発明は、
固体電解質を用いた燃料電池の運転開始直後に予め決められた電流値での、上記燃料電池のカソードまたはアノードの近傍の、反応ガスが流される流路上または当該流路の近傍における少なくとも2点の磁束密度を磁気センサーにより測定し、記録するステップと、
上記燃料電池の運転中に上記電流値での上記磁束密度を測定するステップと、
上記燃料電池の運転中に上記燃料電池の電圧が予め決められた電圧値を下回っているか否かを判定するステップと、
上記燃料電池の電圧が上記電圧値を下回っていると判定されたときに、初期状態から変動した上記カソードまたはアノード上の電流分布を計算式より予測するステップと、
上記予測された電流分布から上記燃料電池がフラッディングの状態であるか否かを判定し、上記燃料電池がフラッディングの状態であると判定されたときはフラッディングを解消するように上記燃料電池の温度および/または上記反応ガスの流量を制御するステップと、
上記燃料電池がフラッディングの状態であると判定されなかったときは上記燃料電池がドライアウトの状態であるか否かを判定し、上記燃料電池がドライアウトの状態であると判定されたときはドライアウトを解消するように上記燃料電池の温度および/または上記反応ガスの流量を制御するステップと、
を有する燃料電池の制御方法である。
【0018】
また、この発明は、
上記の燃料電池の制御方法をコンピュータに実行させるためのプログラムである。
【0019】
上記の燃料電池の制御方法の発明およびこの燃料電池の制御方法をコンピュータに実行させるためのプログラムの発明においては、その性質に反しない限り、上記の燃料電池システムの発明に関連して説明したことが成立する。
【発明の効果】
【0020】
この発明によれば、燃料電池がフラッディングまたはドライアウトの状態にあるか否かを容易に判定することができ、その判定結果に応じてフラッディングおよびドライアウトの制御を良好に行うことができ、しかも磁束密度の測定に必要な磁気センサーの個数の削減を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】この発明の一実施の形態による燃料電池システムを示すブロック図である。
図2】この発明の一実施の形態による燃料電池システムの燃料電池スタックを示す斜視図である。
図3】この発明の一実施の形態による燃料電池システムの燃料電池スタックを構成する燃料電池を示す分解斜視図である。
図4】この発明の一実施の形態による燃料電池システムの燃料電池スタックの燃料電池の個数が2個である場合を示す略線図である。
図5】この発明の一実施の形態による燃料電池システムの燃料電池スタックの燃料電池の個数がN個である場合を示す略線図である。
図6】この発明の一実施の形態による燃料電池システムの燃料電池スタックのセパレータまたはバイポーラプレートに設けられるガス流路のパターンの例を示す平面図である。
図7】この発明の一実施の形態による燃料電池システムにおける燃料電池の制御方法を示すフローチャートである。
図8】実施例による燃料電池システムの構成を示す略線図である。
図9】実施例による燃料電池システムにおいて磁束密度の測定に用いる磁気センサーの一例を示す平面図である。
図10】実施例による燃料電池システムにおいて燃料電池スタックの各燃料電池のカソード上の磁気センサーの設置位置を空気が流されるガス流路とともに示す略線図である。
図11】実施例による燃料電池システムにおいて運転中の燃料電池スタックの各燃料電池のカソード上の電流分布を示す略線図である。
図12】実施例による燃料電池システムにおいて運転中の燃料電池スタックの各燃料電池の電池電圧の経時変化を示す略線図である。
図13】実施例による燃料電池システムにおいて運転中の燃料電池スタックの各燃料電池のフラッディング状態およびドライアウト状態下での図10に示す点4における磁束密度および電池電圧の経時変化を示す略線図である。
図14】実施例による燃料電池システムにおいて運転中の燃料電池スタックの各燃料電池のカソード上の磁束密度の測定結果に基づく電流分布の予測結果を示す略線図である。
図15】実施例による燃料電池システムにおいて運転中の燃料電池スタックの各燃料電池のフラッディング状態下での図10に示す点4における磁束密度および電池電圧の経時変化を示す略線図である。
図16】実施例による燃料電池システムにおいて運転中の燃料電池スタックの各燃料電池のドライアウト状態下での図10に示す点4における磁束密度および電池電圧の経時変化を示す略線図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、発明を実施するための形態(以下「実施の形態」という。)について図面を参照しながら説明する。
【0023】
〈一実施の形態〉
[燃料電池システム]
図1は一実施の形態による燃料電池システムを示す。図1に示すように、燃料電池システムは、固体電解質を用いた燃料電池が複数積層されて直列接続された燃料電池スタック100およびこの燃料電池スタック100の各燃料電池の運転を制御する制御装置200からなる。燃料電池は、固体高分子形燃料電池や固体酸化物形燃料電池などである。制御装置200はコンピュータやメモリなどを含み、コンピュータには後述の図7に示すフローチャートに従って作成されたプログラムがインストールされ、燃料電池の運転を制御するようになっている。
【0024】
図2は燃料電池スタック100の構成を示す。図2に示すように、燃料電池スタック100においては、複数の燃料電池10が積層されて直列接続され、両端に集電板20、30が設けられている。
【0025】
図3は一つの燃料電池10の構成を示す。図3に示すように、燃料電池10は、固体電解質膜11の両側に触媒層およびガス拡散層(図示せず)を介してアノード12およびカソード13を一体化したMEAの両側にセパレータ14、15が設けられたものである。セパレータ14には、燃料電池10の種類に応じて選択される燃料が流されるガス流路が設けられている。セパレータ15には、少なくとも酸素を含むガス、例えば空気や酸素が流されるガス流路が設けられている。例えば、燃料電池10が固体高分子形燃料電池である場合には、燃料として水素やアルコールなどが用いられる。また、燃料電池10が固体酸化物形燃料電池である場合には、燃料として水素、一酸化炭素、炭化水素などが用いられる。
【0026】
図4は、一例として、二つの燃料電池10からなる燃料電池スタック100を示す。この燃料電池スタック100は空冷タイプのものである。燃料電池10の固体電解質膜11の図示は省略している。ここでは、燃料電池10が固体高分子形燃料電池である場合を想定しているが、燃料電池10が固体酸化物形燃料電池である場合も基本的には同様である。図4に示すように、この燃料電池スタック100においては、二つの燃料電池10の間に冷却口40が設けられており、この冷却口40にプローブ51の先端に搭載された磁気センサー52が挿入されるようになっている。図4においては、一つの磁気センサー52だけが示されているが、実際には少なくとも二つ、典型的にはより多くの磁気センサー52が用いられる。磁気センサー52は、冷却口40の内部に常時固定しておいてもよいし、通常は燃料電池スタック100の外部にあり、測定を行う際に冷却口40に挿入するようにしてもよい。集電板20に設けられた水素導入口21および空気導入口22にそれぞれ燃料として用いられる水素(H2 )および空気が導入されるようになっている。こうして水素導入口21および空気導入口22から導入された水素および空気は、燃料電池スタック100の各燃料電池10に供給される。各燃料電池10を通って排出される水素および空気は、集電板30に設けられた水素排出口31および空気排出口32からそれぞれ排出される。
【0027】
図5は、N個(Nは3以上の整数)の燃料電池10からなる燃料電池スタック100を示す。この燃料電池スタック100は空冷タイプのものである。燃料電池10の固体電解質膜11の図示は省略している。燃料電池スタック100を構成する燃料電池10に1からNの番号が付けられている。磁気センサー52は、Nが奇数の場合は、(N-1)/2番目の燃料電池10と(N+1)/2番目の燃料電池10との間に挿入され、Nが偶数の場合は、N/2番目の燃料電池10と(N+2)/2番目の燃料電池10との間に挿入される。これに応じて、冷却口40は、Nが奇数の場合は(N-1)/2番目の燃料電池10と(N+1)/2番目の燃料電池10との間に設けられ、Nが偶数の場合はN/2番目の燃料電池10と(N+2)/2番目の燃料電池10との間に設けられる。図5においては、Nが偶数であり、N/2番目の燃料電池10と(N+2)/2番目の燃料電池10との間に冷却口40が設けられ、この冷却口40に磁気センサー52が挿入されている場合が示されている。磁気センサー52は、図5中一点鎖線で示すように、1番目の燃料電池10と2番目の燃料電池10との間に挿入されてもよいし、(N-1)番目の燃料電池10とN番目の燃料電池10との間に挿入されてもよい。さらには、磁気センサー52は、1番目の燃料電池10の外側あるいはN番目の燃料電池10の外側に位置するようにしてもよい。
【0028】
セパレータ14、15に設けられるガス流路のパターンは必要に応じて選択される。図6AおよびBに、セパレータ15のガス流路15aの例を示す。図6Aに示すガス流路15aは、空気(あるいは酸素)の入口から出口に向かって左右に曲がりくねった(蛇行した)パターンを有する。図6Bに示すガス流路15aは、入口から出口に向かって一直線に延在するガス流路15aが互いに平行に複数設けられたパターンを有する。
【0029】
[燃料電池システムの使用方法]
図7はこの燃料電池システムにおける燃料電池10の制御方法を示すフローチャートである。
【0030】
図7に示すように、ステップS1では、燃料電池スタック100を構成する各燃料電池10の運転開始直後に予め決められた電流値nAでの磁束密度を測定し、メモリに記録する。磁束密度は冷却口40に挿入された磁気センサー52により測定される。ステップS1は、運転開始直後、言い換えると初期の磁束密度、つまり燃料電池10が健全な状態のときの磁束密度を測定する必要があるため実行するものである。後述の式(10-a)、(10-b)、(10-c)、(10-d)のBに対応する。
【0031】
ステップS2では、各燃料電池10の運転中に電流値nAでの磁束密度を測定する。ステップS2は、後述のステップS4で初期状態からの変動を計算する必要があるため実行するものである。後述の式(10-a)、(10-b)、(10-c)、(10-d)のB’に対応する。
【0032】
ステップS3では、各燃料電池10の運転中に測定された各燃料電池10の電池電圧が予め決められた基準電圧Vs を下回っているか否かを判定する。
【0033】
ステップS3で電池電圧がVs を下回っていると判定されたときは、ステップS4において、初期状態から変動したカソード13またはアノード14上の電流分布を磁気センサー52により測定された磁束密度を用いて計算式により予測する。ステップS3で電池電圧がVs を下回っていないと判定されたきにはステップS2に戻る。
【0034】
ステップS5では、ステップS4で予測された電流分布から各燃料電池10がフラッディングの状態であるか否かを判定する。
【0035】
ステップS5で燃料電池10がフラッディングの状態であると判定されたときは、フラッディングを解消するように、制御装置200によりその燃料電池10の温度および/または反応ガスの流量を制御する。その後、ステップS2に戻る。
【0036】
ステップS5で各燃料電池10がフラッディングの状態であると判定されなかったときは、ステップS6で、各燃料電池10がドライアウトの状態であるか否かを判定する。
【0037】
ステップS6で燃料電池10がドライアウトの状態であると判定されたときは、ドライアウトを解消するように、制御装置200によりその燃料電池10の温度および/または反応ガスの流量を制御する。その後、ステップS2に戻る。
【0038】
ステップS6で燃料電池10がドライアウトの状態であると判定されなかったときは、ステップS7で運転を停止する。
【0039】
[実施例]
(燃料電池システム)
燃料電池システムを試作し、実際に運転して様々な評価実験を行った。
【0040】
この燃料電池システムを図8に示す。図8に示すように、この燃料電池システムにおいては、燃料電池スタック100が直方体状の筐体300の内部に収納されている。燃料電池スタック100としては、空冷50W級固体高分子形燃料電池スタックを用いた。燃料電池スタック100を構成する燃料電池10の個数は5個である。筐体300の一つの側面に水素導入口21および空気導入口22が設けられ、この側面に対向する側面に水素排出口31および空気排出口32が設けられている。図8に示すように座標系を設定する。このとき、各燃料電池10の幅の方向がx軸方向、各燃料電池10の高さの方向がy軸方向、燃料電池10の面に垂直な方向(燃料電池10の積層方向)がz軸方向である。燃料電池スタック100を構成する5個の燃料電池10の番号を、筐体300の水素導入口21および空気導入口22が設けられた側面側からこの側面に対向する側面に向かって1番、2番、…、5番とする。以下においては、必要に応じて、これらの1番目から5番目の燃料電池10を電池1、電池2、…、電池5と呼ぶ。水素導入口21および空気導入口22は燃料電池スタック100の1番目の燃料電池10側にあり、水素排出口31および空気排出口32は燃料電池スタック100の5番目の燃料電池10側にある。水素導入口21には、配管61を介して水素ボンベ62が接続されている。配管61の、水素導入口21と水素ボンベ62との間にマスフローメーター63が取り付けられている。水素ボンベ62の口を開けることにより、マスフローメーター63で流量を制御しながら配管61を介して水素導入口21に水素が送り込まれるようになっている。空気導入口22には、配管64を介して空気ポンプ65が接続されている。配管64の、空気導入口22と空気ポンプ65との間にマスフローメーター66が取り付けられている。空気ポンプ65を作動させることにより空気を取り込み、マスフローメーター66で流量を制御しながら配管64を介して空気導入口22に空気が送り込まれるようになっている。水素として非湿潤水素を用い、空気として非湿潤空気を用いた。空気ポンプ65としてTakatsuki:YR-30を用い、マスフローメーター63、66としてアズビル株式会社製のCMS0050を用いた。燃料電池スタック100の燃料電池10の温度は、冷却ファン(図示せず)を用いて制御することができるようになっている。加えて、フラッディングの制御方法としてパージが採用され、水素排出口31を開け、ガスの流量を増加させることにより燃料電池10内で生成された水を排出した。
【0041】
筐体300の底は開放されており、筐体300の内部の燃料電池スタック100の下方から鉛直方向にプローブ51の先端に搭載された磁気センサー52が冷却口40に挿入されている(図8においては、磁気センサー52を鉛直下方にずらした状態で図示している)。磁気センサー52による検出信号(磁束密度)はI2C信号線71を介してI2Cインターフェース72に送られ、このI2Cインターフェース72にUSBケーブル73で接続されたパーソナルコンピュータ(PC)74に送られて処理が行われるようになっている。パーソナルコンピュータ(PC)74に、図7に示すフローチャートに従って作成されたプログラムがインストールされている。図9にプローブ51およびその先端に搭載された磁気センサー52を示す。図9に示すように、プローブ51の根元は回路基板53に取り付けられており、プローブ51の内部を通された磁気センサー52の配線が回路基板53の回路に接続され、回路基板53上に搭載されたコネクタを介して外部に検出信号を取り出すことができるようになっている。
【0042】
筐体300には各燃料電池10の電池電圧を測定するための電圧ロガー(ディジタルロガー)80が接続されている。電圧ロガー80としては市販のGRAPHTEC:GL240を用いた。筐体300にはまた、160WのDC負荷90が接続されている。
【0043】
(燃料電池システムの運転条件)
表1に各不具合状態の運転条件をまとめた。ここでは、フラッディングおよびドライアウトの二つの不具合を再現して燃料電池スタックの運転を行った。フラッディングは、水素排出口31を閉じて低温で運転することにより再現した。フラッディングが起きた条件で電圧降下が生じたときには、20秒間のパージを行う。ドライアウトは、水素排出口31を開けて高温で運転することにより再現した。ドライアウト状態で燃料電池10の電圧降下が生じたときには、燃料電池スタック100に組み込まれた冷却ファンを用いて温度制御を行った。基準電圧Vs は0.3Vに設定した。フラッディングおよびドライアウトの制御方法は表1に示されている。この燃料電池システムを1時間運転した。
【0044】
【表1】
【0045】
(測定系)
磁束密度は、燃料電池スタック100の各燃料電池10間に設けられた冷却口40に下方から上方に向かって磁気センサー52を挿入することにより測定した。図8に示すように設定された座標系では、磁束密度の各軸方向の成分はそれぞれBx ,By ,Bz として出力される。磁気センサー52は、図10に示す4点(点1~4)における2番目の燃料電池10と3番目の燃料電池10との間の冷却口40に挿入された。カソード13側のセパレータ15の空気(酸素)を流すガス流路15aとして図6Aに示すものを用いた。ガス流路15aは曲がりくねっているため、磁気センサー52は、ガス流路15aの入口付近(点1)、二つの折れ曲がり部付近(点2、3)および出口付近(点4)に設置された。各部の寸法は図10に示す通りである。磁束密度はこれらの四つの磁気センサー52により0.5秒間隔で測定された。
【0046】
(電流分布計算およびパターン予測)
既に述べたように、磁束密度は磁気センサー52を冷却口40に挿入することにより測定する。ビオ・サバールの法則によれば、電流により生じる磁束密度は下記のように表される。
【数1】
ここで、燃料電池10内の電流ベクトルの方向は一定であるため、この式により、測定点と計算点との間の位置関係を用いてベクトルの方向を決定することができる。従って、式(1)は、燃料電池10をn個に区画化(あるいは分割)したとき、行列として次のように表される。
【数2】
(rn -rk )により決定される方向を計算することにより、電流の増減を決定することができる。セパレータ15の曲がりくねったガス流路15aの電流分布は、n=4として、図11A、BおよびCに示す三つのパターンに分類される。区画化された四つの領域をエリアA1、A2、A3、A4と示す。図11A、BおよびCにおいて、右上から左下に向かう方向のハッチングが施された領域は電流が増加する領域、左上から右下に向かう方向のハッチングが施された領域は電流が減少する領域を示す。
【0047】
曲がりくねったガス流路15aにおいては、入口から出口までガスの漏れがない。このため、一般に、入口側の酸素濃度は高く、出口側の酸素濃度は低い。従って、空気による電流分布は図11Aに示すようになり、ガス流路15aがフラッディングにより閉塞されたときには電流分布は図11Bおよび図11Cに示すように徐々に変化する。空気出口側のエリアA4における磁束密度は下記のように表される。
【数3】
【0048】
燃料電池10を定電流で運転するときには、たとえ電流が燃料電池10内で不均一であっても、各エリアの全電流分布は一定であり、下記のように表される。
【数4】
従って、式(2)を逆行列を使って表すと次式のようになる。
【数5】
【数6】
【数7】
【0049】
磁束密度の分布が変化したときの磁束密度B’は下記のように表される。
【数8】
【数9】
四つの磁束密度のパターンは下記のように表される。
【数10】
【数11】
【数12】
【数13】
【0050】
式(10-a)のパターンでは、x軸方向の磁束密度Bx もy軸方向の磁束密度By 図11Aの場合に正の影響がある。すなわち、変化後の磁束密度の方が変化前の磁束密度より大きい。同様に、図11A、BおよびCの空気入口側のエリアA1における磁束密度を計算したとき、図11Cは次のようなパターンを有する。すなわち、式(10-b)のパターンにおけるように、Bx もBy も負の影響(変化後の磁束密度の方が変化前の磁束密度より小さい)があるため、不具合の状態では、入口側の酸素濃度は低い一方、出口側の酸素濃度は高い。
【0051】
図11Aおよび図11Cにおいては、エリアA4以外の領域における値はより高く、エリアA1の領域における値はより低いため、環境の磁束密度の測定を行う従来の研究と異なり、磁束密度は燃料電池10内の1点で計算することができる。しかしながら、他の測定点の電流分布と式(2)のλの大きさとに依存して、式(10-c)のパターンと式(10-d)のパターンとが異なるため、決定には二つの磁気センサー52が必要である。
【0052】
ここでは、地磁気によって生じる磁束密度を消去するために、0Aでの磁束密度とnAでの磁束密度との差によって電流分布が決定され、カソード13の表面上の電流分布が予測される。従って、磁場のベクトル方向は、磁気センサー52の位置および不具合が発生した場所の燃料電池10の位置によって異なる。
【0053】
(燃料電池10内の磁束密度の分布の実験結果)
不具合の状態をフラッディングとドライアウトとの間で切り換えて燃料電池10の運転を行った。各不具合状態での電圧降下時の磁束密度が四つの磁気センサー52を用いて測定され、磁場ベクトルに基づいて電流分布が求められた。この燃料電池システムは、フラッディング状態で運転され、電池電圧が0.3Vを下回ったときに制御が行われた。さらに、この燃料電池システムはドライアウト状態で運転された。続いて、電池電圧が0.3Vを下回ったときに制御が行われ、この燃料電池システムはフラッディング状態で運転された。この過程を繰り返し行い、磁場ベクトルに基づいて電流分布を計算した。
【0054】
表2は上述の運転に対し、各状態および制御時間をまとめたものである。図12は電池1~5の測定された電圧を示す。運転開始時には、全ての電池1~5の電圧は0.6Vより大きかった。しかしながら、フラッディング状態で最初の制御を行っている間、電池2および電池3の電圧は徐々に減少し、電池3の電圧は0.3Vを下回った。さらに、ドライアウト状態での電池1の電圧およびフラッディング状態での電池5の電圧は、他の電池の電圧より大きく減少して0.3Vを下回り、その後、制御が行われた。フラッディングは、ドライアウト状態からの切り換えで生成水の除去が不十分な場合に引き起こされる。ドライアウト状態の下で、電流遮断法を用いて電池抵抗が測定された。その結果を表3に示す。典型的な燃料電池スタックの電池抵抗は0.1-0.2Ωcm2 である。電池1の抵抗はドライアウトにより0.407Ωcm2 と最も高かった。
【0055】
【表2】
【表3】
【0056】
(安定制御のための磁束密度を用いた制御指標の評価)
図13図10の点4における磁束密度および電圧降下が起こった電池間の比較結果を示す。フラッディング状態では、By は初期値から低下し、Bx は上昇した。制御を行った後ではBy は増加した。しかしながら、ドライアウト状態では、Bx もBy も増加し、これらの過程が繰り返された。このようなことが生じたのは、燃料電池スタック内の電流分布の変化により磁場が変化したためである。すなわち、フラッディング状態では、図10の点3における電流は、空気の流路の出口側にある点4におけるBy と関係している。ドライアウト状態では、点2における電流は入口側にある。これらは、他の研究で報告されている電流分布と一致している。
【0057】
電池電圧が0.35Vより低いときの磁束密度Bx およびBy のベクトルパターンは表4に示されている。
【表4】
【0058】
表4に示すように、6546個の測定点の中の119個の測定点がフラッディング状態にあり、102個の測定点がドライアウト状態にあった。フラッディング状態では、By およびBx とも点3で正であるのに対し、点4ではそれらはそれぞれ正、負であった。点1および2は正負が混在していた。点1および点2は点3および点4と比較してガス流路の入口側にあるため、入口側の点1および点2ではフラッディングが起きないことにより、磁束密度を検出することは困難である。このパターンは次のように表すことができる。
【数14】
この式の下での電池3および電池5の電流分布は図11Bに示されるようなものであることから初期状態から電流分布は出口側で減少した。従って、二つの磁気センサー52を用いるだけで、単純な電流分布を表し、フラッディングを検出することができる。
【0059】
ドライアウト状態では、B1 、B3yおよびB4 は一定であったが、B2 およびB3Xは正負の値が混在していた。従って、これらを制御指標として用いることは困難である。本実験で測定された磁束密度に基づく電池1における電流分布の予測を図14A、BおよびCに示す。図14A、BおよびCの測定頻度はそれぞれ65.5%、19.3%、0.8%である。図14Dに予測に使用することができる指標(磁束密度)を示す。他の研究で報告されているように、電流分布はドライアウトが起きやすい入口側で減少し、出口側で比較的減少する。図14B、CおよびDにおける左上から右下の方向の間隔の狭いハッチングを施した領域においては、増減を判定することは困難であった。しかしながら、ここでは、磁気センサー52の削減を目的とし、フラッディングの状態かドライアウトの状態かを判定する必要があるので、点3および点4に位置する二つの磁気センサー52を用いて次の式で示される条件で実験を行った。
【数15】
【0060】
(磁束密度に基づく安定な燃料電池の制御)
(1)安定な発電のための制御戦略
磁束密度の測定とその測定に基づく計算により電流分布の増減が示されるため、フラッディングの状態かドライアウトの状態かを決定し、制御するために磁束密度を用いた。電圧を用いるだけでフラッディングの状態かドライアウトの状態かを判定することは、両者とも電圧降下を生じるため困難である。判定後、温度および/または反応ガスの流量の制御により燃料電池システムを安定状態にしなければならない。判定および制御のために図7に示すフローチャートに従った制御を行った。
【0061】
(2)フラッディングおよびドライアウトが関与する実験
図15図10に示す点4におけるフラッディング状態での磁束密度および電圧を示す。フラッディングが繰り返されとき、電池3の電圧が0.3Vを下回ることは1時間に7回あり、図7に示す制御によりフラッディングを回避することができた。点4では、By は電圧とともに減少した。電池5の電圧の減少に基づく式(11)における制御指標により、電池3におけるフラッディングを回避することができた。表5は、フラッディングが起きているときの、磁束密度と電池電圧との関係を示す。電池2と電池3との間の冷却口40に磁気センサー52が挿入され、電池3のフラッディングは磁気センサー52の磁束密度に影響を与えるため、点3および点4は電池3の電圧と密接な関係がある。
【0062】
【表5】
【0063】
図16は、ドライアウト状態での図10に示す点4における磁束密度と電池電圧との関係を示す。点4では、By およびBx とも、電圧とともに減少し、ドライアウト状態に対して14制御サイクルが必要であった。この回数はフラッディングに必要な回数の倍である。電池1の電圧が0.3Vを下回ったとき、電池電圧は回復した。この結果により、式(12)における指標を用いることで、電池電圧により不具合を判定することができ、それぞれの状態に対する制御が適当であると言える。表6はドライアウト状態での磁束密度と電池電圧との相関を示す。ここでは、ドライアウトを運転条件で再現したため、全ての電池1~5の電圧が減少した。図16に示すように、電池1および電池3の電圧は磁場に関して減少した。従って、電池1と電池3との相関は高い。このため、これらの制御指標はフラッディング状態およびドライアウト状態で有効である。
【0064】
【表6】
【0065】
(結論)
燃料電池システムに組み込む必要がある磁気センサー52の数を削減するため、磁束密度を指標として用いて燃料電池の制御を行った。この方法では、磁気センサー52を用いて電流分布を予測することで不具合の状態を判定した。
【0066】
フラッディング状態とドライアウト状態とが切り換わるとき、初期には全ての電池1~5の電圧が0.6Vより高かった。しかしながら、フラッディング状態下での最初の制御の間、電池2および電池3の電圧は徐々に減少し、電池3の電圧は0.3Vを下回った。続いて、ドライアウト状態下での電池1の電圧およびフラッディング状態下での電池5の電圧は他の電池より大きく低下して0.3Vを下回った。その後、制御が行われた。電圧が0.35Vより低いときの磁束密度Bx およびBy のベクトルパターンを調べた。フラッディング状態下では、電流分布は、磁束密度により予測された初期条件から出口側で減少した(図11AおよびB参照)。ドライアウト状態下では、電流分布は出口側より入口側で減少した(図14AおよびB参照)。従って、それぞれの条件に対して磁束密度のパターンが見出され、それぞれの不具合を制御するための指標として用いられた。フラッディング状態下では、電池3の電圧は1時間に7回、0.3Vを下回ったものの、フラッディングは制御により回避された。ドライアウト状態下では、電池電圧は電池1の電圧を0.3Vを下回ったときに回復した。これらの結果は、指標および電圧により不具合を判定することができ、磁場および電池電圧の変化に基づく指標を用いて燃料電池を運転および制御することができることを示す。
【0067】
以上のように、この一実施の形態によれば、燃料電池スタック100の燃料電池10間の冷却口40に挿入された磁気センサー52により燃料電池10の運転中の磁束密度を測定し、燃料電池10の運転中に燃料電池10の電圧が予め決められた電圧値を下回ったときに磁気センサー52により測定された少なくとも2点の磁束密度からカソード13上の電流分布を予測し、こうして予測された電流分布から燃料電池10がフラッディングまたはドライアウトの状態であるか否かを判定し、燃料電池10がフラッディングの状態であると判定されたときはフラッディングを解消し、燃料電池10がドライアウトの状態であると判定されたときはドライアウトを解消するように制御装置200により燃料電池10の温度および/または反応ガスの流量を制御している。このため、燃料電池10がフラッディングまたはドライアウトの状態にあるか否かを容易に判定することができ、その判定結果に応じてフラッディングおよびドライアウトの制御を良好に行うことができ、しかも磁束密度の測定に必要な磁気センサー52の個数の削減を図ることができる。
【0068】
以上、この発明の実施の形態および実施例について具体的に説明したが、この発明は、上述の実施の形態および実施例に限定されるものではなく、この発明の技術的思想に基づく各種の変形が可能である。
【0069】
例えば、上述の実施の形態および実施例において挙げた数値、形状、構造、配置などはあくまでも例に過ぎず、必要に応じて、これらと異なる数値、形状、構造、配置などを用いてもよい。
【符号の説明】
【0070】
10…燃料電池、11…電解質膜、12…アノード、13…カソード、14、15…セパレータ、20…集電板、21…水素導入口、22…空気導入口、30…集電板、31…水素導入口、32…空気導入口、40…冷却口、51…プローブ、52…磁気センサー、100…燃料電池スタック、200…制御装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16