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特許7650068神経系細胞集団、神経系細胞含有製剤およびそれらの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-13
(45)【発行日】2025-03-24
(54)【発明の名称】神経系細胞集団、神経系細胞含有製剤およびそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/38 20150101AFI20250314BHJP
   A61K 35/30 20150101ALI20250314BHJP
   A61L 27/38 20060101ALI20250314BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20250314BHJP
   C12N 5/079 20100101ALI20250314BHJP
【FI】
A61K35/38 ZNA
A61K35/30
A61L27/38 300
A61P25/00
C12N5/079
【請求項の数】 35
(21)【出願番号】P 2021519481
(86)(22)【出願日】2020-05-14
(86)【国際出願番号】 JP2020019290
(87)【国際公開番号】W WO2020230856
(87)【国際公開日】2020-11-19
【審査請求日】2023-03-08
(31)【優先権主張番号】P 2019091625
(32)【優先日】2019-05-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】丸島 愛樹
(72)【発明者】
【氏名】松村 明
(72)【発明者】
【氏名】武川 寛樹
(72)【発明者】
【氏名】國府田 正雄
(72)【発明者】
【氏名】石川 博
(72)【発明者】
【氏名】大山 晃弘
(72)【発明者】
【氏名】豊村 順子
(72)【発明者】
【氏名】松丸 祐司
(72)【発明者】
【氏名】松村 英明
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 美穂
【審査官】横田 倫子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/190305(WO,A1)
【文献】国際公開第2009/148170(WO,A1)
【文献】特表2016-517405(JP,A)
【文献】XIAO, L. et al.,Human dental pulp cells differentiate toward neuronal cells and promote neuroregeneration in adult o,Int J Mol Sci.,2017年,Vol.18,Article No.1745(p.1-13),doi: 10.3390/ijms18081745
【文献】TAMAKI, Y. et al.,In vitro analysis of mesenchymal stem cells derived from human teeth and bone marrow.,Odontology,2013年,Vol.101,p.121-132,DOI 10.1007/s10266-012-0075-0
【文献】FOURNIER, B.P. et al.,CHARACTERISATION OF HUMAN GINGIVAL NEURAL CREST-DERIVED STEM CELLS IN MONOLAYER AND NEUROSPHERE CULT,European Cells and Materials.,2016年,Vol.31,p.40-58,DOI: 10.22203/eCM.v031a04
【文献】高橋 悠 ほか,ヒト頬脂肪体由来幹細胞を細胞源とした神経再生療法に関する検討,J Oral Biosci Suppl.,Vol.57,2015年,p.299(P1-55),ISSN : 2187-9109
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
口腔内間葉組織由来の初期培養細胞がall-transレチノイン酸及びチロキシンを含有する神経分化誘導培地中で培養されている細胞接着性細胞培養容器を準備する工程、および
前記細胞接着性細胞培養容器に接着していない細胞を前記細胞接着性細胞培養容器中から収集して細胞集団を得る工程を含んでなる、神経系細胞含有製剤の製造方法であって、
前記神経系細胞含有製剤が、前記細胞集団または当該細胞集団由来のスフェロイドもしくは神経系細胞を含んでなる、方法。
【請求項2】
初期培養開始から神経系細胞含有製剤の取得までの期間が2~10日である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記細胞接着性細胞培養容器に接着していない細胞が、神経分化誘導培地中の遊離細胞であるか、または前記細胞接着性細胞培養容器に接着している細胞に対してさらに接着している細胞である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記口腔内間葉組織が、歯肉組織、頬の粘膜下組織、頬脂肪体組織および歯髄組織からなる群から選択される、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記口腔内間葉組織がヒト組織である、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記初期培養細胞が、初代培養細胞または2~5代継代培養細胞である、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記細胞接着性細胞培養容器に接着していない細胞の平均径が12~16μmである、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記初期培養細胞が神経分化誘導培地中で培養される期間が0.5~10日である、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記神経分化誘導培地含有容器の細胞接触表面が、軸索が伸張している神経系細胞に対して接着性である、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記細胞接着性細胞培養容器に接着していない細胞の収集が、遠心分離、吸引、磁気ビーズ法またはFACS法により行われる、請求項1~9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記細胞集団を培養してスフェロイドを形成させる工程をさらに含んでなる、請求項1~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記スフェロイドを形成させる工程における細胞集団の培養期間が0.5~2日である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記スフェロイドを形成させる工程における細胞集団の培養に用いられる培養容器の細胞接触表面が、軸索が伸張している神経系細胞に対して非細胞接着性である、請求項11または12に記載の方法。
【請求項14】
前記スフェロイドを形成させる工程における細胞集団の培養が、浮遊培養、攪拌培養、旋回培養または振盪培養により行われる、請求項11~13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
前記スフェロイドを分散させ、培養する工程をさらに含んでなる、請求項11~14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
前記スフェロイドを分散して得られる細胞の培養期間が3時間~7日である、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記神経系細胞含有製剤が神経幹細胞を含んでなる、請求項1~16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
前記神経系細胞含有製剤が再生医療用製剤である、請求項1~17のいずれか一項に記載の方法。
【請求項19】
前記神経系細胞含有製剤が自家移植用または他家移植用の製剤である、請求項1~18のいずれか一項に記載の方法。
【請求項20】
前記神経系細胞含有製剤が、神経組織の損傷を修復するために用いられる、請求項1~19のいずれか一項に記載の方法。
【請求項21】
前記神経分化誘導培地が、レチノールおよび酢酸レチノールから選択される神経分化誘導因子をさらに含んでなる、請求項1~20のいずれか一項に記載の方法。
【請求項22】
前記神経分化誘導培地が、プロゲステロン、エストラジオール、神経成長因子-1およびトリヨードサイロニンから選択される初期胎盤分泌関連物質をさらに含んでなる、請求項1~21のいずれか一項に記載の方法。
【請求項23】
請求項1~22のいずれか一項に記載の方法により得られる、神経系細胞含有製剤であって、
前記細胞集団または当該細胞集団由来のスフェロイドもしくは神経系細胞の正常二倍体細胞の割合が90%以上である、神経系細胞含有製剤。
【請求項24】
請求項15に記載の方法により得られる、正常二倍体細胞の割合が90%以上である、口腔内間葉組織細胞由来の神経系細胞集団。
【請求項25】
前記口腔内間葉組織細胞が、初代培養細胞または2~5代継代培養細胞である、請求項24に記載の神経系細胞集団。
【請求項26】
前記口腔内間葉組織が、歯肉組織、頬の粘膜下組織、頬脂肪体組織および歯髄組織からなる群から選択される、請求項24または25に記載の神経系細胞集団。
【請求項27】
前記口腔内間葉組織がヒト組織である、請求項24~26のいずれか一項に記載の神経系細胞集団。
【請求項28】
請求項1~3のいずれか一項に記載の方法における前記細胞接着性細胞培養容器に接着していない細胞を原料とする、請求項24~27のいずれか一項に記載の神経系細胞集団。
【請求項29】
前記細胞接着性細胞培養容器に接着していない細胞の平均径が12~16μmである、請求項28に記載の神経系細胞集団。
【請求項30】
前記細胞接着性細胞培養容器に接着していない細胞における最長径と最短径の比が、1~1.5である、請求項28または29に記載の神経系細胞集団。
【請求項31】
請求項24~30のいずれか一項に記載の神経系細胞集団を含有する、医薬製剤。
【請求項32】
再生医療用製剤である、請求項31に記載の医薬製剤。
【請求項33】
自家移植用または他家移植用の製剤である、請求項31または32に記載の医薬製剤。
【請求項34】
神経組織の損傷を修復するために用いられる、請求項33に記載の医薬製剤。
【請求項35】
急性期または亜急性期治療用の細胞含有製剤である、請求項31~34のいずれか一項に記載の医薬製剤。
【発明の詳細な説明】
【関連出願の参照】
【0001】
本特許出願は、2019年5月14日に出願された日本国特許出願2019-91625号に基づく優先権の主張を伴うものであり、かかる先の特許出願における全開示内容は、引用することにより本明細書の一部とされる。
【技術分野】
【0002】
本開示は、神経系細胞集団、神経系細胞含有製剤およびそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0003】
中枢神経系の損傷、とりわけ脊髄損傷は、その損傷から2週間以内に神経系細胞が移植されることが求められる(非特許文献1)。一方で、間葉系幹細胞からの神経細胞への分化誘導に関しては多くの報告があるものの(非特許文献2~4)、外胚葉間葉組織から数日間で神経に分化誘導された細胞が単離されたとの報告は未だない。
【0004】
また、その患者自身から採取した組織から神経幹細胞を得るためには、神経分化誘導培地を用いて出現する神経幹細胞をコロニアルクローニングやセルソーターなどの方法を用いて分離しなくてはならない(非特許文献5および特許文献1)。しかしながら、コロニアルクローニングは時間がかかり、セルソーターは高価な装置や抗体が必要で、さらに抗体の洗浄などの煩瑣な操作が不可避となっていた。また、分離過程で神経幹細胞の損傷が大きいことが問題となっていた。特に、患者自身から採取した細胞を由来として加工・製造して得た細胞含有製剤・再生医療材料を同じ患者に移植する自家移植の場合、患者から採取した細胞から神経細胞へ分化誘導するのに時間がかかると、急性期・亜急性期の治療には自家移植では対応できない、という問題点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2010-060576号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Okano H, Okada S, Nakamura M, Toyama Y. Neural stem cells and regeneration of injured spinal cord. Kidney International, 68 (2005),1927-31.
【文献】Kaukua N, Shahidi MK, Konstantinidou C, Dyachuk, V, Kaucka M, Furlan A, An Z, Wang L, Hultman I, Ahrlund-Rivhter L, Blom H, Brismar H, Lopes NA, Pachnis V, Suter U, Clevers H, Thesleff I, Sharpe P, Ernfors P, Fried K, Adameyko I. Glial origin of mesenchymal stem cells in a tooth model system. Nature 2014 Sep 25; 513(7519):551-4.doi: 10.1038/nature 13536.
【文献】Jang S, Jeong HS. Histone deacetylase inhibition-mediated neuronal differentiation via the Wnt signaling pathway in human adipose tissue derived mesenchymal stem cells.
【文献】Dong F, Fend E, Zheng T, Tian Y. In situ synthesized silver nanoclusters for tracking the role of telomerase activity in the differentiation of mesenchymal stem cells top neural stem cells. ACS Appl Mate Interfaces 2018 Jan 17;10(2):2051-2057.
【文献】Li Xiao, Ryoji Ide, Chikako Saiki, Yasuo Kumazawa, Hisashi Okamura. Human Dental Pulp Cells Differentiate toward Neuronal Cells and Promote Neuroregeneration in Adult Organotypic Hippocampal Slices In Vitro. Int. J. Mol. Sci. 18, 1745 (2017).
【発明の概要】
【0007】
本開示者らは、今般、鋭意検討した結果、口腔内間葉から採取した組織を初期培養した細胞を神経分化誘導培地中で培養したところ、当該培地中から神経幹細胞をはじめとする神経系細胞を高レベルで含有する細胞集団が得られることを見出した。本開示は、かかる知見に基づくものである。
【0008】
したがって、本開示は、神経系細胞を高レベルで含有する細胞含有製剤を迅速に製造する方法を提供する。
【0009】
本開示の一実施形態によれば、口腔内間葉組織由来の初期培養細胞が神経分化誘導培地中で培養されている細胞接着性細胞培養容器を準備する工程、および
上記神経分化誘導培地中から前記細胞接着性細胞培養容器に接着していない細胞を収集して細胞集団を得る工程
を含んでなる神経系細胞含有製剤の製造方法であって、
上記神経系細胞含有製剤が、上記細胞集団または当該細胞集団由来のスフェロイドもしくは神経系細胞を含んでなる方法が提供される。
【0010】
また、本開示の別の一実施形態によれば、上記方法により得られる神経系細胞製剤が提供される。
【0011】
また、本開示の別の一実施形態によれば、正常二倍体細胞の割合が80%以上である、口腔内間葉組織細胞由来の神経系細胞集団が提供される。
【0012】
本開示によれば、神経系細胞を高レベルで含有する細胞製剤を迅速に製造することができる。また、本開示によれば、高価な装置や抗体を必要とせず、神経系細胞含有製剤を簡便に製造することも可能である。特に、本開示によれば、患者自身から採取した細胞を由来として加工・製造して得た細胞含有製剤を同じ患者に移植する自家移植においても、短時間で、患者から採取した細胞から神経細胞へ分化誘導することが可能となるので、自家移植による急性期・亜急性期治療用の細胞含有製剤・再生医療材料を製造することが可能となる。また、本開示の方法によれば、分化誘導において染色体異常の発生を抑制し、正常二倍体細胞の割合の高い神経系細胞集団を提供することができる。したがって、本開示の方法は、高品質の再生医療材料を提供する上で極めて有利である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】ヒト歯髄組織を消化酵素液で分散し、その後初代培養により得られた細胞の写真である。図1中のスケールは100μmである。
図2】ヒト歯髄組織の初代培養の細胞がディッシュに接着した後に、神経分化誘導培地により培養した際に出現した小型遊離細胞の写真である。左向き矢印の先に小型遊離細胞が認められる。図2中のスケールは100μmである。
図3】小型遊離細胞を遠心分離により収集し、神経維持培地の入った細胞非接着性ディッシュに播種した直後の写真である。図3中のスケールは100μmである。
図4】小型遊離細胞を神経維持培地の入った細胞非接着性ディッシュに播種して24時間経過した時点における写真である。スフェロイドの形成が認められる。図4中のスケールは100μmである。
図5】スフェロイドを神経維持培地の入った細胞接着性ディッシュで培養した24時間後の写真である。スフェロイドから神経様細胞の派生(outgrowth)が認められる。図5中のスケールは100μmである。
図6】スフェロイドを神経維持培地の入った細胞接着性ディッシュで培養した10日後の写真である。スフェロイドから神経様細胞の著しい派生(outgrowth)が認められる。図6中のスケールは200μmである。
図7】スフェロイドを5μmの切片とし、その切片を抗βIIIチュブリン抗体とDAPIで免疫染色を行った標本の写真である。左側の写真はDAPIで染められた核を示したものである。中央の写真はβIIIチュブリンの発現を示したものである。右側の写真は左側の写真と中央の写真を重ね合わせたものである。スフェロイド細胞の殆どが抗βIIIチュブリン抗体の染色で陽性を示している。図7中のスケールは50μmである。
図8】スフェロイドのみを分離収集して消化酵素液を用いて解離し単一の細胞にした後に、神経維持培地の入った細胞接着性ディシュで培養した際の写真である。無極神経細胞、単極神経細胞、双極神経細胞および多極神経細胞が観察される。図8中のスケールは100μmである。
図9】スフェロイドのみを分離収集して消化酵素液を用いて解離し単一の細胞にした後に、神経維持培地の入った細胞接着性ディシュで培養した細胞のRT-PCRの分析結果である。ABCG2、SOX2およびネスチンの発現が認められる。
図10】スフェロイドのみを分離収集して消化酵素液を用いて解離し単一の細胞にした後に、神経維持培地の入った細胞接着性ディシュで培養した小型遊離細胞の免疫染色の結果である。ネスチン陽性細胞、βIIIチュブリン陽性細胞、NF200陽性細胞、MAP2陽性細胞、MBP陽性細胞およびGFAP陽性細胞の存在が認められる。
【発明の具体的説明】
【0014】
本明細書において、「神経系細胞」とは、神経系を構成する細胞であり、神経幹細胞、神経細胞(ニューロン)、グリア細胞(例えば、アストロサイト等)等を包含するものとする。本開示における神経系細胞は、好ましくは少なくとも神経幹細胞を含んでなる。
【0015】
本明細書において、「神経幹細胞」は、脳、脊髄等を構成するニューロン、グリア細胞等への多分化能を有し、自己複製能を有する中枢神経系多能性未分化細胞をいう。神経幹細胞は、ネスチン(Nestin)、SOX2、CD133、GFAP等のマーカーの発現を指標として、同定することができる。
【0016】
本明細書において、「口腔内間葉組織」とは、口腔内における外胚葉(神経堤)に由来する結合組織の総称をいう。
【0017】
本開示の一実施態様によれば、神経系細胞含有製剤の製造方法は、上述の通り、口腔内間葉組織由来の初期培養細胞が神経分化誘導培地中で培養されている細胞接着性細胞培養容器を準備する工程、および前記細胞接着性細胞培養容器に接着していない細胞を上記細胞接着性細胞培養容器中から収集して細胞集団を取得する工程を含んでなり、神経系細胞含有製剤は、上記細胞集団または当該細胞集団由来のスフェロイドもしくは神経系細胞を含んでなる。上述のような方法により、迅速に神経組織の治療に利用しうる神経系細胞含有製剤を製造しうることは意外な事実である。
【0018】
口腔内間葉組織由来の初期培養細胞の調製
本開示の一実施形態によれば、口腔内間葉組織由来の初期培養細胞は、口腔内間葉組織から採取することができる。口腔内間葉組織としては、好ましくは歯肉組織(歯肉の粘膜下組織等)、頬の粘膜下組織、頬脂肪体組織または歯髄組織が挙げられるが、より好ましくは歯髄組織である。上記口腔内間葉組織は、治療対象から比較的容易に採取できることから、迅速な細胞製剤の製造の観点から好ましい。
【0019】
また、本開示の好ましい実施形態によれば、口腔内間葉組織はヒト組織とされる。本開示の方法は、後述する実施例にも示されるように特にヒト組織を用いて実施しうることから、神経系のヒト再生医療分野への適用する観点から特に有利である。
【0020】
口腔内間葉組織からの細胞の採取方法は、特に限定されず、外科的手法等の当該技術分野の公知の方法により行うことができる。口腔内間葉組織は、例えば、開腹手術等と比べて患者への負担が少ないことから、ヒト再生医療において有利に利用することができる。
【0021】
口腔内間葉組織から採取される細胞の初期培養細胞の調製方法(例えば、培地、培養容器および培養条件等)は、当業者に公知の方法により行うことができる。例えば、口腔内間葉組織をトリプシン等のタンパク質分解酵素やEDTAで処理して分散させて得られる細胞を細胞培養で使用される一般的な基本培地に懸濁し培養処理してもよい。
【0022】
基本培地における口腔内間葉組織から採取した細胞の濃度は、特に限定されず当業者が適宜決定してよいが、例えば、1×10~1×10細胞/mLであり、好ましくは1×10~1×10細胞/mLであり、さらに好ましくは1×10~1×10細胞/mLである。
【0023】
上記基本培地としては、ダルベッコ変法イーグル培地(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium、以下、「DMEM」という。)、イスコフ改変ダルベッコ培地(IMDM)(Thermo Fisher Scientific社製等)、ハムF12培地(F12培地)(SIGMA社製、Thermo Fisher Scientific社製等)、RPMI1640培地等を用いることができる。二種以上の基本培地を併用することにしてもよい。好適な基本培地としては、DMEM、F12を含有したDMEM/F12が挙げられる。
【0024】
また、基本培地への好適な添加物としては、ウシ胎仔血清(fetal bovine serumまたはfetal calf serum、以下、「FBS」又は「FCS」という。)、ヒト血清、羊血清その他の血清、血清代替物(Knockout serum replacement (KSR)など)、ウシ血清アルブミン(bovine serum albumin、以下、「BSA」ということがある。)、抗生物質(例えば、ストレプトマイシンおよびペニシリン)、各種アミノ酸(非必須アミノ酸(NEAAs)、L-グルタミン等)、各種ビタミン(アスコルビン酸等)、各種ホルモン(インシュリンまたはデキサメタゾン等)、各種ミネラル等を挙げることができる。好適な一例としては、基本培地は、FBSで補充したDMEM/F12、非必須アミノ酸(NEAAs)、L-グルタミンを含んでいてもよい。上記の基本培地および成分は、後続する細胞培養工程にも使用することもできる。
【0025】
また、口腔内間葉組織から採取された細胞の初期培養に使用される培養容器は、特に限定されず、公知の培養容器を使用することができる。このような培養容器としては、例えば、後述する細胞接着性細胞培養容器と同様の容器を使用してもよい。
【0026】
口腔内間葉組織から採取された細胞は、例えば、1~10日、好ましくは1~3日、より好ましくは1~2日培養させることができる。培養条件は、特に限定されないが、例えば、37℃、5%COにて細胞培養用ディッシュ中で口腔内間葉組織から採取された細胞を培養してもよい。培養期間は、必要な初期培養細胞の量に応じて適宜決定してよく、細胞培養用ディッシュ中でコンフルエントに至る前に培養を終了させてもよく、コンフルエントに至った後に培養を終了させてもよい。
【0027】
また、初期培養細胞としては、例えば、1~10代の継代培養細胞を使用してもよいが、好ましくは初代培養細胞または2~6代継代培養細胞であり、より好ましくは初代培養細胞または2~5代継代培養細胞であり、より一層好ましくは初代培養細胞または2~3代継代培養細胞であり、さらに一層好ましくは初代培養細胞である。ここで、初代培養細胞は、口腔内間葉組織から採取した細胞を最初に播種し、継代操作を行うことなく培養することにより得られる細胞であり、早期の神経系細胞含有製剤取得の観点から有利に利用することができる。
【0028】
口腔内間葉組織由来の初期培養細胞は、例えば、トリプシンとEDTAにて処理して、数分間、37℃で処理してディッシュから剥離させ、遠心分離等により回収してもよい。
【0029】
なお、口腔内間葉組織から採取される細胞は、上述のような一般的な基本培地による培養を経ることなく、採取後にそのまま後述する神経分化誘導培地中で培養してもよい。したがって、本開示における「口腔内間葉組織由来の初期培養細胞」は、基本培地による培養を経て神経分化誘導培地で培養される細胞、および基本培地による培養なしに神経分化誘導培地で培養される細胞の両者を含むものとされる。一実施形態によれば、口腔内間葉組織由来の初期培養細胞は、基本培地による培養なしに神経分化誘導培地で培養される初代培養細胞である。
【0030】
口腔内間葉組織由来の初期培養細胞の神経分化誘導培地中での培養
一実施形態によれば、本開示の方法では、口腔内間葉組織由来の初期培養細胞を神経分化誘導培地を含有する細胞接着性細胞培養容器内で培養する。
【0031】
本工程における神経分化誘導培地としては、公知の神経分化誘導培地を使用することができ、上記基本培地およびその添加物を含有させてよい。好ましくは、神経分化誘導培地は、DMEM/F12を含む基本培地を含んでいる。
【0032】
本開示の神経分化誘導培地は、神経分化誘導因子を含有していることが好ましい。本開示における神経分化誘導因子は、特に限定されないが、好ましくは神経分化に関連したシグナリングを誘導する因子である。一つの実施形態によれば、上記神経分化誘導因子は、ヒト多能性幹細胞においてレチノイド・シグナリングを刺激するレチノイドであってよい。好適なレチノイドとしては、レチノール、all-transレチノイン酸(ATRA)、酢酸レチノール等が挙げられるが、好ましくはall-transレチノイン酸である。神経分化誘導培地におけるレチノイドの含有量は、例えば、0.01nM~10μMであり、好ましくは0.01nM~100nMであり、より好ましくは0.1nM~20nMであり、さらに好ましくは1nM~15nMであり、さらに好ましくは5nM~15nMである。
【0033】
また、本開示における初期胎盤分泌関連物質は、初期胎盤細胞と類似の環境下で初期培養細胞を安定に培養する観点から、神経分化誘導培地に添加することが好ましい。したがって、一実施形態によれば、神経分化誘導培地は、all-transレチノイン酸および初期胎盤分泌関連物質を含んでなる。好適な初期胎盤細胞関連分泌物質としては、プロゲステロン、エストラジオール、NGF-1、トリヨードサイロニン(T3)またはチロキシン(T4)等が挙げられる。より好ましい実施形態によれば、神経分化誘導培地は、all-transレチノイン酸およびNGF-1を含んでなる。神経分化誘導培地における初期胎盤分泌関連物質の総含有量は、例えば、0.01nM~10μMであり、好ましくは0.01nM~100nMであり、より好ましくは0.1nM~80nMであり、さらに好ましくは30nM~80nMであり、さらに好ましくは45nM~65nMである。
【0034】
神経分化誘導培地におけるプロゲステロンの含有量は、例えば、0.01nM~100nMであり、より好ましくは0.1nM~30nMであり、さらに好ましくは10nM~25nMである。また、神経分化誘導培地におけるエストラジオールの含有量は、例えば、0.01nM~100nMであり、より好ましくは0.1nM~30nMであり、さらに好ましくは10nM~25nMである。また、神経分化誘導培地におけるNGF-1の含有量は、例えば、0.01nM~100nMであり、より好ましくは0.1nM~30nMであり、さらに好ましくは5nM~15nMである。また、神経分化誘導培地におけるチロキシンの含有量は、例えば、0.01ng/ml~100ng/mlであり、より好ましくは0.1ng/ml~30ng/mlであり、さらに好ましくは5nM~15nMである。
【0035】
一つの実施形態によれば、神経分化誘導培地は、上記神経分化誘導因子および初期胎盤細胞関連分泌物質に加え、NEAAs、抗生物質(ストレプトマイシン、ペニシリン、ファンギゾン等)、各種アミノ酸(非必須アミノ酸(NEAAs)、L-グルタミン等)、各種ビタミン(アスコルビン酸等)、各種ホルモン(インシュリン、デキサメタゾン等)の少なくとも1つまたは全部を含んでいてもよい。本開示の神経分化誘導培地の好ましい一例としては、Takahashi H, Ishikawa H, Tanaka A. Regenerative medicine for Parkinson’s disease using differentiated nerve cells derived from human buccal fat pad stem cells. Human Cell DOI 10.1007/s13577-017-0160-3, 2017に記載された培地が挙げられる。上記各成分の神経分化誘導培地中の含有量は、上記初期培養細胞の状態等に応じて当業者が適宜設定することができる。
【0036】
神経分化誘導培地に添加される初期培養細胞の濃度は、特に限定されず当業者が適宜決定してよいが、例えば、1×10~1×10細胞/60mmディッシュであり、好ましくは1×10~1×10細胞/60mmディッシュであり、さらに好ましくは1×10~1×10細胞/60mmディッシュである。
【0037】
神経分化誘導培地における初期培養細胞の培養温度は例えば30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO濃度は、例えば1~10%、好ましくは約5%である。
【0038】
また、本開示の一実施形態によれば、細胞接着性細胞培養容器における初期培養細胞と接触する容器表面は、軸索が伸張している神経系細胞に対して接着性であることが好ましい。ここで、細胞接着性とは、培養細胞が足場として接着しうる容器表面の特性をいい、例えば、容器表面をプラズマ処理、コロナ放電処理、酸化剤処理、ポリリジン等の親水物質コーティング処理等の表面酸化・親水化することによって細胞接着性とすることができる。また、例えば、マトリゲル(商標)(BDファルコン社製)などの細胞接着性の基底膜マトリックスを用いると接着面に細胞接着性コーティングを施すことができる。
【0039】
神経分化誘導培地中の初期培養細胞は、例えば、0.5~10日、好ましくは0.5~3日、より好ましくは1~2日培養させることができる。
【0040】
本開示の一実施形態によれば、上述の記載に従い、口腔内間葉組織由来の初期培養細胞が神経分化誘導培地中で培養されている細胞接着性細胞培養容器を準備する。本開示の細胞接着性細胞培養容器の準備は、口腔内間葉組織由来の初期培養細胞が神経分化誘導培地中で培養されている細胞接着性細胞培養容器を製造する態様のみならず、上記細胞接着性細胞培養容器を購入する態様も含まれる。
【0041】
本開示の一実施形態においては、上記神経分化誘導培地中から細胞接着性細胞培養容器に接着していない細胞を収集する。当該収集される細胞は、好ましくは細胞接着性細胞培養容器の表面に接着しないで存在している遊離細胞であるかまたは細胞接着性細胞培養容器に接着している細胞に対してさらに接着している細胞であり、より好ましくは神経分化誘導培地中に存在している遊離細胞であるかまたは細胞接着性細胞培養容器に接着している細胞に対してさらに接着している細胞であり、より好ましくは上記神経分化誘導培地中に存在している遊離細胞である。
【0042】
本開示の一実施形態によれば、上記収集される細胞の平均径は10~20μmであり、より好ましくは12~16μmである。ここで、上記収集される細胞の平均径は光学顕微鏡により測定することができる。具体的には、細胞接着性細胞培養容器の真上から光学顕微鏡により写真撮影を行い、写真を同面積の4部分に分割し、各分割写真毎に25個(写真全体で計100個)の細胞を任意で選択し、最長径と最短径の平均として1細胞当たりの細胞径を算出し、1細胞当たりの細胞径の100個の平均として平均径が算出される。
【0043】
また、上記収集される細胞の最長径と最短径の比(最長径/最短径)は、特に限定されないが、好ましくは1~1.5であり、より好ましくは1~1.2である。最長径と最短径の比は、上記平均径の測定方法に準じて測定することができる。
【0044】
また、上記収集される細胞の形状は、特に限定されないが、好適な例としては、球状もしくは楕円球形であってもよい。上記収集される細胞の形状は、光学顕微鏡により特定することができる。
【0045】
上記細胞を収集して細胞集団を得る工程は、収集される細胞をその機能を減じない態様で分離収集する方法であれば、その具体的手段を問わない。かかる収集は、当業者に知られた方法により実施することができる。本開示における好ましい実施形態によれば、神経分化誘導培地内に浮遊する前記細胞を遠心分離することにより実施することができる。また、本開示における別の好ましい実施形態によれば、神経分化誘導培地内に浮遊する細胞を顕微鏡下でマイクロピペットにより吸引することにより実施することができる。さらに本開示の他の好ましい実施形態によれば、上記細胞の細胞表面に特異的に発現する/特異的に発現しない表面抗原を認識する抗体による磁気ビーズ法やFACS法などで実施することができる。
【0046】
本開示の一実施形態によれば、上記収集工程により得られる細胞集団は、後述する実施例からも明らかな通り、神経系細胞を高レベルで含有する。一実施態様によれば、上記細胞集団は、好ましくは神経幹細胞を含有する。
【0047】
上記細胞集団に神経系細胞が含まれることは、細胞のマーカーの発現の有無により確認することができる。かかるマーカーとしては、ネスチン、βIIIチュブリン、Nanog、Oct3/4、ABCG2、SOX2、NF200、MAP2、MBPおよびGFAP等が挙げられる。したがって、一実施形態によれば、上記細胞集団は、ネスチン、βIIIチュブリン、Nanog、Oct3/4、ABCG2、SOX2、NF200、MAP2、MBPおよびGFAPからなる群から選択される少なくとも1つの細胞マーカーを発現する細胞を含有している。より好ましい実施形態によれば、上記細胞集団は、ネスチン、βIIIチュブリン、Nanog、Oct3/4およびSOX2からなる群から選択される少なくとも1つの細胞マーカーを発現する細胞を含有している。より一層好ましい実施態様によれば、上記細胞集団は、ネスチン、βIIIチュブリン、Nanog、Oct3/4およびSOX2を発現する細胞を含有している。
【0048】
本開示の細胞集団は、高レベルで上記細胞集団における神経系細胞の含有割合は、特に限定されないが、例えば、50~100%であり、好ましくは70~100%であり、より好ましくは75~100%であり、さらに好ましくは80~100%である。上記神経系細胞の含有割合は、後述する実施例の記載に従い、スフェロイド形成工程におけるスフェロイドを形成に関与した細胞数から算出される。具体的には、以下の式により細胞集団における神経系細胞の含有割合を算出することができる。
【数1】
【0049】
本開示の細胞集団は、神経系細胞を高レベルで含有するにもかかわらず、短時間で取得されることから、治療を早期に行う必要のある対象に対して特に有利に利用することができる。
【0050】
スフェロイド形成
一実施形態によれば、本開示の方法は、上記細胞集団を培養してスフェロイドを形成させるスフェロイド形成工程をさらに含んでなる。本開示の細胞集団は、神経系細胞を高レベルで含有していることから、神経系細胞の自己集合によりスフェロイドを形成し、スフェロイドとして神経系細胞を他の細胞から簡便に分離精製する上で有利に利用することができる。
【0051】
上記スフェロイド形成工程における細胞集団の培養方法は、特に限定されないが、細胞同士の接触を促進してスフェロイドを効率的に製造する観点からは、培養器に対して非接着性の条件下で行う三次元培養方法であることが好ましい。具体的には、上記細胞集団の培養方法は、好ましくは、浮遊培養、攪拌培養、旋回培養または振盪培養であり、より好ましくは旋回培養である。
【0052】
スフェロイド形成工程における細胞集団の培養に用いられる培養容器の細胞接触表面は、上述のような物理的な攪乱による細胞接触を促進してスフェロイドを効率的に製造する観点からは、非細胞接着性であることが好ましい。ここで、細胞非接着性とは、培養細胞が足場として接着しえない容器表面の特性をいい、例えば、容器表面を疎水化処理、細胞非接着性素材のコーティング処理等することによって細胞非接着性とすることができる。細胞非接着コーティングは、細胞非接着性を有するコーティングであれば特に限定されないが、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム等のセルロース類;ポリエチレンオキサイド;カルボキシビニルポリマー;ポリビニルピロリドン;ポリエチレングリコール;ポリ乳酸;ポリアクリルアミド、ポリN-イソプロピルアクリルアミド等のポリアミド;キチン、キトサン、ヒアルロン酸、アルギン酸、デンプン、ペクチン、カラギーナン、グアーガム、アラビアゴム、デキストラン等の多糖類、およびこれらの細胞非接着性の誘導体によるコーティングが挙げられる。
【0053】
上記スフェロイド形成工程における細胞集団の培養培地は、スフェロイド形成を妨げない限り特に限定されず、神経維持培地として使用される市販の培地を使用することができる。具体的には、本工程に使用しうる培地としては、DMEM/F12をはじめとする上述の基本培地や、N-GRO(DV Biologics)、B-27 Plus Neuronal Culture System(Thermo Fisher Scientific)等が挙げられる。また、一実施態様によれば、上記スフェロイド形成工程における細胞集団の培養培地は、血清含有培地である。当該血清培地中の血清含有濃度については、約1~20%が好ましく、約5~10%がより好ましい。血清濃度は、この範囲で段階的に上げていってもよく、一定であってもよい。また、神経維持培地には軸索伸長を促進する神経栄養因子を添加することができる。神経栄養因子としては、例えば、BDNF、Neurotrophin-3、-4、などが挙げられるが、BDNFが好ましい。また、その他の増殖因子(例えば、FGF等)や添加物(N2サプリメント)を含有してもよい。ただし、神経維持培地には、レチノイド(レチノイン酸等)の添加を続けると軸索が伸長しても一定時間経過すると阻害されるのでレチノイドを含まないことが好ましい。
【0054】
上記スフェロイド形成工程における培養温度は例えば30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO濃度は、例えば1~10%、好ましくは約5%である。
【0055】
上記スフェロイド形成工程における細胞集団の培養期間は、特に限定されないが、スフェロイドの迅速な細胞製剤への適用の観点からは、例えば、0.5~2日であり、好ましくは0.5~1.5日であり、より好ましくは1日である。
【0056】
分化促進
一実施形態によれば、本開示の方法は、上記スフェロイドを分散させ、培養する工程をさらに含んでなる。かかる工程を実施することは、スフェロイドを構成する細胞の神経系への分化を促進する観点から好ましい。
【0057】
上記スフェロイドの分散方法は、特に限定されず、公知の手法を用いて実施することができ、例えば、トリプシン等のタンパク質分解酵素およびEDTAで処理して分散させてもよい。
【0058】
上記スフェロイドの分散培養工程における培養培地は、神経系細胞の形成を妨げない限り特に限定されず,例えば、スフェロイド形成工程と同様の神経維持培地を用いることができる。なお、神経系細胞への分化促進の観点からは、本工程において、上述の神経分化誘導培地を用いてもよく、本開示にはかかる態様も包含される。
【0059】
上記スフェロイドの分散培養工程における培地中のスフェロイド由来細胞の濃度は、特に限定されず当業者が適宜決定してよいが、例えば、1×10~1×10細胞/mLであり、好ましくは1×10~1×10細胞/mLであり、さらに好ましくは1×10~1×10細胞/mLである。
【0060】
上記スフェロイドの分散培養工程における培養温度は例えば30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO濃度は、例えば1~10%、好ましくは約5%である。
【0061】
上記スフェロイドの分散培養工程におけるスフェロイド由来細胞の培養期間は、特に限定されないが、スフェロイドの迅速な細胞製剤への適用の観点からは、例えば、1~7日であり、好ましくは1~5日であり、より好ましくは1~4日である。上記神経系細胞を得る工程においては、治療に適用可能な神経系細胞の分量を確保する観点から、継代培養を行うことが好ましい。
【0062】
スフェロイド中の神経系細胞の存在は、分散培養して得られる細胞のマーカーの発現の有無により確認することができる。かかるマーカーとしては、ネスチン、βIIIチュブリン、Nanog、Oct3/4、ABCG2、SOX2、NF200、MAP2、MBPおよびGFAP等が挙げられる。したがって、一実施形態によれば、本開示の神経系細胞またはその細胞集団は、ネスチン、βIIIチュブリン、Nanog、Oct3/4、ABCG2、SOX2、NF200、MAP2、MBPおよびGFAPからなる群から選択される少なくとも1つの細胞マーカーを発現している。より好ましい実施態様によれば、本開示の神経系細胞またはその細胞集団は、ネスチン、βIIIチュブリン、ABCG2、SOX2、NF200、MAP2、MBPおよびGFAPからなる群から選択される少なくとも1つの細胞マーカーを発現している。より一層好ましい実施態様によれば、本開示の神経系細胞またはその細胞集団は、ネスチン、βIIIチュブリン、NF200、MAP2、MBPおよびGFAPからなる群から選択される少なくとも1つの細胞マーカーを発現している。
【0063】
また、本開示の方法によれば、初代培養の開始から神経系細胞含有製剤の取得までを極めて簡便に実施することができる。本開示の好ましい実施形態によれば、初代培養開始から細胞製剤の取得までの期間は、好ましくは2~10日であり、より好ましくは3~8日であり、さらに好ましくは5~7日である。
【0064】
神経系細胞集団
本開示の方法は、染色体異常の発生を抑制して、神経系細胞集団を提供する上で有利に利用することができる。理論に拘束されるものではないが、培養期間を短縮し、化学物質への細胞の暴露を抑制しうることから、染色体異常の発生率を高レベルで減少しうるものと考えられる。
【0065】
本開示の一実施形態によれば、正常二倍体細胞の割合が80%以上である、口腔内間葉組織細胞由来の神経系細胞集団が提供される。ここで、正常二倍体とは、例えば、ヒト細胞では46個の染色体を有する正常二倍体性を有する細胞をいう。正常二倍体の割合は、後述する試験例2に記載の方法に従い平均値として決定することができる。本開示の神経系細胞集団における正常二倍体細胞の割合は、より好ましくは90%以上であり、より一層好ましくは95%以上であり、さらに好ましくは98%以上であり、さらに好ましくは99%以上であり、さらに好ましくは100%である。
【0066】
また、本開示の神経系細胞集団における由来組織、継代回数、マーカーの発現、製造方法については、上記記載の通りである。
【0067】
神経系細胞含有製剤
本開示の一実施形態によれば、上記方法を用いて、神経系細胞含有製剤を効率的に取得することができる。本開示の神経系細胞含有製剤は極めて短時間で製造しうることから、神経組織の迅速な治療において有利に利用することができる。
【0068】
上記神経系細胞含有製剤には、上記製造方法における培養条件や細胞収集時期を適宜設定することにより、所望の分化状態および形態の神経系細胞を含有させることができる。したがって、上記神経系細胞含有製剤における神経系細胞は、単一細胞、または細胞集団もしくはスフェロイド、臓器組織もしくはその一部、当該細胞と他細胞もしくは細胞以外の物との混合物、のいずれの形態であってもよい。また、上記神経系細胞含有製剤は、神経幹細胞、神経細胞、グリア細胞のいずれかを含んでいてよいが、好ましくは神経幹細胞を含んでなる。
【0069】
上記神経系細胞含有製剤中に含有される細胞集団または当該細胞集団由来のスフェロイドもしくは神経系細胞の細胞数は、投与対象の性質または状態に応じて適宜調整することができるが、例えば、50~1×1010細胞/mL、好ましくは1×10~1×10細胞/mLとすることができる。
【0070】
上記神経系細胞含有製剤における神経系細胞の含有量は、特に限定されず、患者の状態や細胞の状態に応じて適宜決定してよい。神経系細胞含有製剤における神経系細胞の含有量は、例えば、0.1~100質量%とすることができるが、好ましくは50~100質量%である。
【0071】
また、本開示の神経系細胞含有製剤には、細胞を保護する観点から、血清アルブミン等を含有させてもよい。また、神経系細胞含有製剤には、細菌の混入および増殖を防ぐ観点から、抗生物質等を含有させてもよい。また、神経系細胞含有製剤には、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)や本開示で得られる神経幹細胞以外の細胞を含有させてもよい。
【0072】
本開示の神経系細胞含有製剤には、上述の通り、極めて短時間で製造しうることから、神経系組織の早期の修復を目的とした医療において有利に利用することができる。したがって、本開示の一実施形態によれば、神経系細胞製剤は、神経組織の修復のために用いられる。神経組織の好適な例としては、以下のものが挙げられる。まず、脳は、大脳灰白質、大脳白質、大脳基底核、大脳辺縁系、視床、中脳、橋、延髄、小脳の他、全ての脳の中枢神経を含む。次に、神経系細胞としては、神経細胞、神経膠細胞、小膠細胞、星細胞や、ドーパミンなどカテコラミンやホルモンなどの神経伝達物質を放出する神経系細胞や下垂体前葉・後葉を含む。脊髄は、頚髄、胸髄、腰髄、仙髄、馬尾など全ての脊髄の中枢神経を含む。末梢神経は、中枢神経以外の身体の各部に存在する全ての神経であり、具体的には、脳から起始する神経である第I~第XII脳神経(嗅神経、視神経、動眼神経、滑車神経、三叉神経、外転神経、顔面神経、聴神経、舌咽神経、迷走神経、副神経、舌下神経)がある。脊髄から起始神経である第1頚髄~第8頚髄、第1胸髄~第12胸髄、第1腰髄~第5腰髄、第1~第5仙髄、及びその末梢の神経である橈骨神経、正中神経、尺骨神経、腋窩神経、大腿神経、閉鎖神経、腓骨神経、脛骨神経、坐骨神経などがある。その他の末梢神経として、下顎神経、反回神経、横隔神経などがある。これらの神経は、運動神経、知覚神経、交感神経、副交感神経など全ての神経系を含む。
【0073】
また、本開示の神経系細胞含有製剤は、療法に応じて様々な形態にて、神経組織を修復するための医薬もしくは再生医療用材料として使用することができる。好ましい実施形態によれば、神経系細胞含有製剤は医薬製剤として提供される。より好ましい実施形態によれば、神経系細胞含有製剤は、再生医療用製剤として提供される。また、別の実施形態によれば、神経系細胞含有製剤は移植材料もしくは移植用組織として提供される。また、一実施形態によれば、神経系細胞含有製剤は、本開示により製造された細胞とそれ以外の細胞材料もしくは非細胞材料との混合物として提供される。より好ましい実施形態によれば、神経系細胞含有製剤は、自家移植に用いられる。また、一実施形態によれば、神経系細胞含有製剤は、急性の神経疾患の治療または神経組織の損傷の修復のために用いられる。
【0074】
また、本開示の神経系細胞含有製剤は、好ましくは自家移植用または他家移植用の製剤であり、より好ましくは同種自家移植用または同種他家移植用の製剤であり、より一層好ましくは同種自家移植用である。神経系細胞含有製剤は、自家移植または他家移植のいずれにも使用することができるが、移植拒絶や感染を回避する観点からは、自家移植に使用することが好ましい。
【0075】
本開示の細胞集団または当該細胞集団由来のスフェロイドもしくは神経系細胞は、上述の通り、神経系疾患に関与する神経組織の修復において有利に利用することができる。したがって、別の実施形態によれば、神経系疾患の治療方法であって、本開示の細胞集団または当該細胞集団由来のスフェロイドもしくは神経系細胞の有効量を、それを必要とする対象に投与することを含んでなる方法が提供される。ここで、「治療」には、確立された病態を治療することだけでなく、将来確立される可能性のある病態を予防することをも含む。
【0076】
上記対象は、哺乳動物、例えば、げっ歯類、イヌ、ネコ、ウシ、霊長類などとされ、好ましくはヒトとされる。また、神経系疾患としては、全ての脳、脊髄、末梢神経損傷があげられ、具体的には、脳疾患では、脳梗塞、脳出血、モヤモヤ病、くも膜下出血などの脳卒中・脳血管障害、脳挫傷、び漫性軸索損傷などの外傷性脳損傷、低酸素脳症、一酸化炭素中毒や薬物中毒に伴う脳症、脳炎、脳膿瘍、感染症に伴う脳症、脳性麻痺、脳室周囲白質軟化症、進行性多巣性白質脳症、亜急性硬化性全脳炎、アルツハイマー病、レビー小体型認知症、皮質形成異常などに伴うてんかん、パーキンソン病が上げられる。脊髄・末梢神経疾患では、脊髄損傷、脊髄梗塞、脊髄浮腫、脊髄空洞症、変形性脊髄症、脊椎症性脊髄症、腕神経叢損傷、下顎神経麻痺、反回神経麻痺、横隔神経麻痺、腕神経叢損傷、坐骨神経麻痺、大腿神経麻痺、脊髄小脳変性症、筋委縮性側索硬化症、脊髄性筋萎縮症、球脊髄性筋萎縮症、ギランバレー症候群、慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー、遺伝性ニューロパチー、シャルコー・マリー・トュース病等を挙げることができるが、好ましくは脊髄損傷および脳卒中である。
【0077】
一実施形態によれば、本開示の細胞集団または当該細胞集団由来のスフェロイドもしくは神経系細胞は、公知の投与経路および手法により、対象に投与することができる。例えば、静注、筋注、皮下投与、直腸投与、経皮投与、眼局所投与、経肺投与の他、神経系細胞の損傷が起こっている患部(脊髄、脳内、各種神経系)に直接投与することができる。
【0078】
細胞集団または当該細胞集団由来のスフェロイドもしくは神経系細胞の有効量は、特に限定されず、神経系疾患の種類、対象の性質または状態、投与回数等に応じて適宜設定できるが、例えば、1回の投与当たり1×10~1×10細胞とすることができる。また、細胞集団または当該細胞集団由来のスフェロイドもしくは神経系細胞の投与回数、投与間隔は、特に限定されず、対象の性質または状態等に応じて当業者は適宜設定することができる。かかる投与回数としては、例えば、1日当たり1~10回、好ましくは1~3回としてもよい。また、投与間隔としては、例えば、1日~6ヶ月ごと、好ましくは1日~1ヶ月ごととしてもよい。
【0079】
また、別の実施形態によれば、神経系細胞含有製剤としての、本開示の細胞集団または当該細胞集団由来のスフェロイドもしくは神経系細胞もしくは神経系組織またはその使用が提供される。また、別の実施形態によれば、神経組織を修復するための神経系細胞含有製剤としての、本開示の細胞集団または当該細胞集団由来のスフェロイドもしくは神経系細胞もしくは神経系組織またはその使用が提供される。また、別の好ましい実施形態によれば、再生医療用の神経系細胞含有製剤としての、本開示の細胞集団または当該細胞集団由来のスフェロイドもしくは神経系細胞もしくは神経系組織またはその使用が提供される。また、別の好ましい実施形態によれば、移植材料として使用する神経系細胞含有製剤としての、本開示の細胞集団または当該細胞集団由来のスフェロイドもしくは神経系細胞もしくは神経系組織またはその使用が提供される。また、別の好ましい実施形態によれば、自家移植用材料として使用する神経系細胞含有製剤としての、本開示の細胞集団または当該細胞集団由来のスフェロイドもしくは神経系細胞もしくは神経系組織またはその使用が提供される。
【0080】
また、別の実施形態によれば、神経系細胞含有製剤の製造における、本開示の細胞集団または当該細胞集団由来のスフェロイドもしくは神経系細胞もしくは神経系組織の使用が提供される。また、別の実施形態によれば、神経組織を修復するための製剤の製造における、本開示の細胞集団または当該細胞集団由来のスフェロイドもしくは神経系細胞もしくは神経系組織の使用が提供される。また、別の好ましい実施形態によれば、再生医療用の神経系細胞含有製剤の製造における、本開示の細胞集団または当該細胞集団由来のスフェロイドもしくは神経系細胞もしくは神経系組織の使用が提供される。また、別の好ましい実施形態によれば、移植材料として使用する神経系細胞含有製剤の製造における、本開示の細胞集団または当該細胞集団由来のスフェロイドもしくは神経系細胞もしくは神経系組織の使用が提供される。また、別の好ましい実施形態によれば、自家移植用材料として使用する神経系細胞含有製剤の製造における、本開示の細胞集団または当該細胞集団由来のスフェロイドもしくは神経系細胞もしくは神経系組織の使用が提供される。
【0081】
また、一実施形態によれば、本開示には、以下の(1)~(31)が包含される。
(1)口腔内間葉組織由来の初期培養細胞が神経分化誘導培地中で培養されている細胞接着性細胞培養容器を準備する工程、および
上記細胞接着性細胞培養容器中から前記細胞接着性細胞培養容器に接着していない細胞を収集して細胞集団を得る工程
を含んでなる、神経系細胞含有製剤の製造方法であって、
前記神経系細胞含有製剤が、上記細胞集団または当該細胞集団由来のスフェロイドもしくは神経系細胞を含んでなる、方法。
(2)上記初期培養開始から神経系細胞含有製剤の取得までの期間が2~10日である、(1)に記載の方法。
(3)上記細胞接着性細胞培養容器に接着していない細胞が、神経分化誘導培地中の遊離細胞であるか、または前記細胞接着性細胞培養容器に接着している細胞に対してさらに接着している細胞である、(1)または(2)に記載の方法。
(4)上記口腔内間葉組織が、歯肉組織、頬の粘膜下組織、頬脂肪体組織および歯髄組織からなる群から選択される、(1)~(3)に記載の方法。
(5)上記口腔内間葉組織がヒト組織である、(1)~(4)のいずれかに記載の方法。
(6)上記初期培養細胞期間が初代培養細胞または2~5代継代培養細胞である、(1)~(5)のいずれかに記載の方法。
(7)上記細胞接着性細胞培養容器に接着していない細胞の平均径が12~16μmである、(1)~(6)のいずれかに記載の方法。
(8)上記初期培養細胞が神経分化誘導培地中で培養される期間が0.5~10日である、(1)~(7)のいずれか一項に記載の方法。
(9)上記神経分化誘導培地含有容器の細胞接触表面が、軸索が伸張している神経系細胞に対して接着性である、(1)~(8)のいずれかに記載の方法。
(10)上記遊離細胞の収集が、遠心分離、吸引、磁気ビーズ法またはFACS法により行われる、(1)~(9)のいずれかに記載の方法。
(11)上記細胞集団を培養してスフェロイドを形成させる工程をさらに含んでなる、(1)~(10)のいずれかに記載の方法。
(12)上記スフェロイド形成工程における細胞集団の培養期間が0.5~2日である、(11)に記載の方法。
(13)上記スフェロイド形成工程における細細集団の培養に用いられる容器の細胞接触表面が、軸索が伸張している神経系細胞に対して非細胞接着性である、(10)または(12)に記載の方法。
(14)上記スフェロイド形成工程における細胞集団の培養が、浮遊培養、攪拌培養、旋回培養または振盪培養により行われる、(10)~(12)のいずれかに記載の方法。
(15)上記スフェロイドから細胞を分散させ、培養する工程をさらに含んでなる、(10)~(14)のいずれかに記載の方法。
(16)上記スフェロイドを分散して得られる細胞の培養期間が3時間~7日である、(15)に記載の方法。
(17)上記細胞製剤が神経幹細胞を含んでなる、(1)~(16)のいずれかに記載の方法。
(18)上記神経系細胞含有製剤が再生医療用製剤である、(1)~(17)のいずれかに記載の方法。
(19)上記神経系細胞含有製剤が自家移植用または他家移植用の製剤である、(1)~(18)のいずれかに記載の方法。
(20)上記細胞製剤が、神経組織の損傷を修復するために用いられる、(1)~(19)のいずれかに記載の方法。
(21)(1)~(20)のいずれかに記載の方法により得られる、神経系細胞含有製剤。
(22)正常二倍体細胞の割合が80%以上である、口腔内間葉組織細胞由来の神経系細胞集団。
(23)上記正常二倍体細胞の割合が90%以上である、(22)に記載の神経系細胞集団。
(24)上記口腔内間葉組織細胞が、初代培養細胞または2~5代継代培養細胞である、(22)または(23)に記載の神経系細胞集団。
(25)上記口腔内間葉組織が、歯肉組織、頬の粘膜下組織、頬脂肪体組織および歯髄組織からなる群から選択される、(22)~(24)のいずれかに記載の神経系細胞集団。
(26)上記口腔内間葉組織がヒト組織である、(22)~(25)のいずれかに記載の神経系細胞集団。
(27)(15)に記載の方法により得られる、(22)~(26)のいずれかに記載の神経系細胞集団。
(28)(22)~(27)のいずれかに記載の神経系細胞集団を含有する、医薬製剤。
(29)再生医療用製剤である、(28)に記載の医薬製剤。
(30)自家移植用または他家移植用の製剤である、(28)または(29)に記載の医薬製剤。
(31)神経組織の損傷を修復するために用いられる、(30)に記載の医薬製剤。
【実施例
【0082】
本開示について、実施例を用いて詳しく説明するが、本開示はこれら実施例に限定されるものではない。
【0083】
材料および分析手法
外胚葉間葉組織の採取
患者のインフォームドコンセントを得た後、当該患者から外胚葉間葉組織(歯肉の粘膜下組織、頬の粘膜下組織、頬脂肪体組織または歯髄組織)を採取した。これらの組織を十分量のハンクス溶液(Hanks’ solution)で洗浄した後、カミソリの刃で細切りした。
【0084】
マーカー分析
以下の手法を用いて、後述する試験例において得られた細胞の性格付けを実施した。
免疫染色による細胞特性マーカーの検出
分析対象とした細胞は、Matrigel(商標)基底膜で予めコーティングされた4ウェルチャンバースライド(Iwaki社製またはNunc社製)において、1×10細胞/ウェルで播種した。また、細胞は、免疫染色のために、メタノール(富士フイルム和光純薬社製)を用いて、-30℃で15分間固定化し、次いで、Blocking One Histo(ナカライテスク社製)を用いて室温で10分間インキュベートした。次に、以下の表1に記載された一次抗体とともに細胞を4℃で一晩インキュベートした。次いで、一次抗体で処理した細胞をAlexa Fluor 488結合ヤギ抗ウサギIgG、Alexa Fluor 488結合ヤギ抗マウスIgGおよびAlexa Fluor 488結合ヤギ抗チキンIgG(Thermo Fischer Scientific社製、全て希釈率1:1000で使用した)の2次抗体で処理し、暗所にて室温で30分間インキュベートした。核は、DAPIを用いたVECTASHIELD HardSet(商標)封入剤(Vector Laboratories社製)を用いて染色した。細胞の画像は、共焦点レーザー顕微鏡(Carl Zeiss社製、型番:LSM-510)を用いて取得した。
【0085】
免疫染色に用いた抗体の一部は以下の表1に記載の通りである。
【表1】
【0086】
RT-PCR法による細胞内発現遺伝子マーカーの検出
Trizol試薬(Thermo Fischer Scientific社製)を用いて、全RNAを細胞から抽出した。High-Capasity cDNA reverse transcription kit(Thermo Fischer Scientific社製)を用いて、1μgの全RNAからcDNAを合成した。PCR Supermix Platinum kit(Thermo Fischer Scientific社製)およびVeriti(商標)96-well thermal cyclerを用いて遺伝子増幅を行った。各遺伝子に対応するプライマーおよびアニーリング温度は以下の表2に示す。PCR産物は、2%(w/v)アガロースゲル電気泳動およびエチジウムブロマイド染色により分析された。
【0087】
【表2】
【0088】
試験例1:歯髄組織から分化誘導神経系細胞を調製する方法
次の(1)~(4)に記載の方法により、ヒト歯髄組織由来の神経幹細胞から分化誘導された神経系細胞集団を得た。
(1)初期培養
細切りの歯髄組織を0.25%トリプシン、0.02%EDTA/PBS(-)溶液中で37℃において30分間インキュベートし、次いで少量のウシ胎児血清(FBS)を加えた後、ピペッティングで細胞を分散させた。分散させた細胞を340×gにて5分間遠心分離を行い、沈降物を増殖培地(10%ウシ胎児血清(FBS)で補充したDMEM/F12、100μMのglutaMAX、0.1%の非必須アミノ酸(NEAAs))中に再懸濁し、この再懸濁液を5×10細胞/60mmディッシュ(3mL 培養液)で播種し、37℃、二酸化炭素5%の条件下で3~48時間培養し、初期培養細胞(初代培養細胞)を得た。
【0089】
その結果、ヒト歯髄に由来する初期培養細胞は、細長い細胞であった(図1)。
【0090】
(2)遊離細胞の生成およびその分離収集
ヒト歯髄組織の初期培養細胞(5×10細胞/60mmディッシュ)を細胞接着性ディッシュ(60mm、製品名ファルコン353802)中に播種した後に、神経分化誘導培地(5%ウシ胎児血清(FBS)で補充したDMEM/F12、10μMの非必須アミノ酸(NEAAs)、2mMのglutaMAX、10nMのall-transレチノイン酸(ATRA)、50μMのアスコルビン酸、5μMのインシュリン、10nMのデキサメサゾン、20nMのプロゲステロン、20nMのエストラジオール、10nMのNGF-1、10ng/mlのチロキシン(T4)、50U/mlのペニシリン、50μg/mlのストレプトマイシン、および0.25μg/mlのファンギゾン(fungizone))において37℃、二酸化炭素5%の条件下で培養した。その結果、48時間のうちに小型遊離細胞(最長径と最短径の比:1~1.5程度)が出現し(図2)、時間の経過とともにその数が増加した。得られた小型遊離細を含有する神経分化誘導培地を遠心分離し、細胞集団を得た。得られ細胞集団は、ネスチン、βIIIチュブリン、Nanog、Oct3/4およびSOX2を発現する細胞を含有していることを確認した。
【0091】
小型遊離細胞の平均径を光学顕微鏡で測定したところ、12~16μmであった。
一方で、培養容器に接着していた細胞の平均径は20μm以上であり、軸索が伸張していた。
【0092】
(3)スフェロイド形成
(2)で得られた遊離細胞の細胞集団(5×10細胞/60mmディッシュ)を、神経維持培地(N-GRO、DV Biologics)を用いて、細胞非接着性ディッシュ(製品名3261Corning(商標) 60mm 超低接着表面ディッシュ)にて浮遊培養した(図3)。その結果、遊離細胞の約80%が24時間後にスフェロイドを形成した(図4)。
【0093】
神経維持培地を含有させた細胞接着性ディッシュ中でスフェロイドをさらに培養したところ、スフェロイドからの神経様細胞の増殖が認められた(図5および図6)。また、スフェロイドについて免疫染色を行った結果、スフェロイドは抗βIIIチュブリン抗体の染色で陽性を示した(図7)。ここで、βIIIチュブリンは、ニューロンのマイクロチューブエレメントのマーカーである。
【0094】
(4)分化促進/神経細胞への分化の確認
スフェロイドを収集した後、消化溶液(0.25%トリプシン、0.02%EDTA/PBS(-))を用いて分散させ単一の細胞にした後、神経維持培地を用いて、Matrigel(商標)でコートされた60mmディッシュで37℃、二酸化炭素5%の条件下で、96時間培養した。そして、得られた細胞を希釈比1:3で希釈して、継代培養した。
【0095】
上記継代培養により得られたスフェロイド由来の細胞は速やかに神経細胞に分化し、無極神経細胞、単極神経細胞、双極神経細胞および多極神経細胞の発生が観察された(図8)。
【0096】
また、上記小型遊離細胞について遺伝子解析を行った結果、ABCG2、SOX2およびネスチンを発現していることが確認された(図9)。
【0097】
また、上記小型遊離細胞について免疫染色を行った結果、ネスチン(中央神経系の神経新生における未成熟神経幹細胞のマーカー)、βIIIチュブリン(ニューロンのマイクロチューブエレメントのマーカー)、NF200(大型有髄ニューロンのマーカー)、MAP2(中間フィラメントおよびマイクロチューブのマーカー)、MBP(グリア細胞のマーカー)およびGFAP(アストロサイトの中間フィラメントタンパク質のマーカー)について陽性であることが確認された(図10)。これらの結果から、上記継代培養により得られた細胞は、神経幹細胞や、当該神経幹細胞から分化した未成熟神経系細胞または成熟神経系細胞を包含すると考えられる。特に、MBP陽性が確認されたことから、神経幹細胞はグリア細胞へ分化しうることが確認された。
【0098】
(1)~(4)の結果から、小型遊離細胞を収集して得られた細胞集団は、神経幹細胞を包含することが確認された。
【0099】
また、上記細胞集団のうち約80%の細胞が、24時間程度という短時間でスフェロイドを形成している。ここで、自己集合してスフェロイドを形成することは、神経幹細胞をはじめとする神経系細胞の特性である。したがって、スフェロイドが迅速に形成されることから、上記細胞集団は高レベルで神経系細胞を含有していることが判る。
【0100】
試験例2:歯髄組織由来の神経系細胞の正常二倍体性の確認試験
試験サンプルの調製
ヒト歯髄組織から細胞を取得後に上記(1)に記載の培養を行わず、直ちに初代培養細胞を神経分化誘導培地で培養する以外、試験例1の(1)~(4)に記載の方法に準じて、ヒト歯髄組織由来の神経系細胞集団を得、試験サンプルとした。
【0101】
参考サンプルの調製
ヒト歯髄組織から細胞を60mmディッシュあたり1x10個細胞にて神経分化誘導培地に播種し、37℃、二酸化炭素5%の条件下で約2週間培養した。ここで、神経分化誘導培地は、5%ウシ胎児血清(FBS)で補充したDMEM/F12、10μMの非必須アミノ酸(NEAAs)、2mMのglutaMAX、10nMのall-transレチノイン酸(ATRA)、50μMのアスコルビン酸、5μMのインシュリン、10nMのデキサメサゾン、20nMのプロゲステロン、20nMのエストラジオール、10nMの神経成長因子-1(NGF-1)、10ng/mlのチロキシン(T4)、50U/mlのペニシリン、50μg/mlのストレプトマイシン、および0.25μg/mlのファンギゾン(fungizone)からなる。
【0102】
ヒト歯髄組織由来の培養細胞の形態が神経様細胞(約70%の細胞)に分化した後、培地を神経維持培地(N-GRO、DV Biologics)に変更した。神経細胞コロニーは、小型のろ紙片を用いて単離した。単離した分化細胞は、神経維持培地内で約2~4週間培養して、試験例2における参考サンプルとして用いた。なお、分化した細胞の継代培養では、マトリゲル(商標)(BDファルコン社製)による培地皿のプレコートを実施した。
【0103】
染色体分布標本の作製
以下の手順に従い、試験例2における試験サンプルおよび参考サンプルについて、分化誘導した神経系細胞がコンフルエントに達したもの(P0:無継代)を使用して染色体分布標本を作製し、染色体数の測定を行った。
1)60mmシャーレにおいて、2x10個の細胞(1x10~4x10細胞/mLでもよい)を3mL DMEM/F12(10% FBS)中に播種し、COインキュベーターに入れ培養した。
2)3日後(3~5日後でもよい)、細胞の増殖が確認された後、コルセミド(Sigma)を10-7Mになるよう培養液に添加し、シャーレをCOインキュベーターに入れた。
3)4~6時間後に静かに培養液を除去し、0.25%トリプシンを入れ、10分加温した。
4)シャーレ中の浮遊細胞を50mLの遠心管に入れ、100xgで5分遠心処理した。
5)5mLの0.075M KCl水溶液(36.5℃)を遠心管に入れて細胞を再浮遊させ、20分室温で放置した。
6)遠心管に0℃に冷やした5mLの酸性メタノール溶液(acetic methanol、ナカライテスク社製)を加え、軽く混ぜた。その後、混合物を100xgで2分遠心処理した。
7)遠心管中の上清を捨て、残渣をボルテックスミキサーにかけ、酸性メタノール溶液を静かに加え、静かに攪拌した。
8)遠心管を氷上で10分放置した。
9)遠心管を100xgで2分遠心処理した。
10)遠心管中の上清を捨て、0.2mLの酸性メタノール溶液を加え、遠心管に振動を加えて細胞を浮遊させた。
11)ピペットで遠心管から細胞浮遊液を取り、氷上のスライドガラスに1滴を滴下した。
12)スライドガラスをビーカー内に予め入れておいた沸騰水の上で乾かした。
13)位相差顕微鏡でスライドガラス状の細胞の染色体が広がっていることを確認した。
14)顕微鏡下で細胞のギムザ染色を実施し、水洗した。
15)スライドガラスを風乾燥し、顕微鏡(対物レンズ40~100倍)下に一つの細胞を確認できたものについて、染色体数を数えた。
【0104】
なお、上記試験例2における染色体分布標本の作製において、試験サンプルはヒト3名から取得し、参考サンプルはヒト5名から取得した。また、各ヒトのサンプル毎に細胞100個について染色体分布標本を作製し、正常染色体の割合を算出した。結果は、表3に示される通りであった。
【0105】
【表3】
【0106】
試験例2において、試験サンプルにおける正常2倍体細胞の平均割合は、約100%であった。一方で、参考サンプルにおける正常2倍体細胞の平均割合は、約79%であった。この結果から、歯髄組織由来の試験サンプルでは、染色体異常の発生が高レベルで抑制されていることが確認された。
【0107】
試験例3:歯肉組織由来の神経系細胞の正常二倍体性の確認試験
ヒト歯肉組織から細胞を取得する以外、試験例2に記載の方法に準じて(歯髄組織を歯肉組織と読み替えて)、ヒト歯肉組織由来の神経系細胞の正常二倍体性の確認試験を実施した。なお、本試験例3における染色体分布標本の作製において、試験サンプルはヒト3名から取得し、参考サンプルはヒト5名から取得した。結果は、表4に示される通りであった。
【0108】
【表4】
【0109】
試験例3において、試験サンプルにおける正常2倍体細胞の平均割合は、99%であった。一方で、参考サンプルにおける正常2倍体細胞の平均割合は、82%であった。この結果から、歯肉組織由来の試験サンプルでは、染色体異常の発生が高レベルで抑制されていることが確認された。
【0110】
試験例4:頬脂肪組織由来の神経系細胞の正常二倍体性の確認試験
ヒト頬脂肪組織から細胞を取得する以外、試験例2に記載の方法に準じて(歯髄組織を頬脂肪組織と読み替えて)、ヒト頬脂肪組織由来の神経系細胞の正常二倍体性の確認試験を実施した。なお、本試験例4における染色体分布標本の作製において、試験サンプルはヒト1名から取得し、参考サンプルはヒト2名から取得した。結果は、表5に示される通りであった。
【0111】
【表5】
【0112】
試験例4において、試験サンプルにおける正常2倍体細胞の平均割合は、98%であった。一方で、参考サンプルにおける正常2倍体細胞の平均割合は、75%であった。この結果から、頬脂肪体組織由来の試験サンプルでは、染色体異常の発生が高レベルで抑制されていることが確認された。
【0113】
参考試験例1:骨髄組織由来の神経系細胞の正常二倍体性の確認試験
骨髄組織から細胞を取得し、(試験サンプル調整無しに)参考サンプルのみを、試験例2に記載の方法に準じて(ヒト歯髄組織を骨髄組織と読み替えて)調製し、神経系細胞の正常二倍体性の確認試験を実施した。なお、本参考試験例1における染色体分布標本の作製において、参考サンプルはヒト3名から取得した。結果は表6に示される通りであった。
【0114】
【表6】
【0115】
参考試験例1において、参考サンプルにおける正常2倍体細胞の平均割合は、78.7%であり、80%未満に留まっており、20%程度の染色体異常が発生していることが示唆された。
【0116】
参考試験例2:皮下脂肪組織由来の神経系細胞の正常二倍体性の確認試験
皮下脂肪組織から細胞を取得し、(試験サンプル調整無しに)参考サンプルのみを、試験例2に記載の方法に準じて(ヒト歯髄組織を皮下脂肪組織と読み替えて)調製し、神経系細胞の正常二倍体性の確認試験を実施した。なお、本参考試験例2における染色体分布標本の作製において、参考サンプルはヒト2名から取得した。結果は表7に示される通りであった。
【0117】
【表7】
【0118】
参考試験例2において、参考サンプルにおける正常2倍体細胞の平均割合は、76.0%であり、80%未満に留まっており、20%程度の染色体異常が発生していることが示唆された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
【配列表】
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