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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-13
(45)【発行日】2025-03-24
(54)【発明の名称】新規蛍光タンパク質、及びその利用
(51)【国際特許分類】
   C07K 14/435 20060101AFI20250314BHJP
   C07K 19/00 20060101ALI20250314BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20250314BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20250314BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20250314BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20250314BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20250314BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20250314BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20250314BHJP
【FI】
C07K14/435
C07K19/00
C12N15/12 ZNA
C12N15/63 Z
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C12Q1/02
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021551490
(86)(22)【出願日】2020-10-02
(86)【国際出願番号】 JP2020037578
(87)【国際公開番号】W WO2021066157
(87)【国際公開日】2021-04-08
【審査請求日】2023-09-28
(31)【優先権主張番号】P 2019183930
(32)【優先日】2019-10-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】新野 祐介
(72)【発明者】
【氏名】宮脇 敦史
【審査官】白井 美香保
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2006/068187(WO,A1)
【文献】特開2002-369690(JP,A)
【文献】Proceedings of SPIE,2006年,Vol.6092,p.609204-1 - 629204-10
【文献】Efficiently folding and circularly permuted variants of the sapphire mutant of GFP,BMC Biotechnology,2003年,Vol.3, Article No.5,p.1-6
【文献】Structural basis for the fast maturation of Arthropoda green fluorescent protein,EMBO reports,2006年,Vol.7, No.10,p.1006-1012
【文献】Nucleic Acids Research,2000年,Vol.28, No.16, e78,p.1-7
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00-19/00
C12N 15/00-15/90
C12Q 1/00-3/00
Pubmed
Genbank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAPLUS/BIOSIS/MEDLINE/EMBASE/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号5に記載されるオワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質(GFP)のアミノ酸配列を基準配列として206番目に相当するアミノ酸残基がフェニルアラニン残基に置換している蛍光タンパク質であって、配列番号1~3、5の何れかに記載されるアミノ酸配列に対して90%以上の配列同一性を有する、蛍光タンパク質。
【請求項2】
以下の(A)~(G)からからなる群より選択される少なくとも1つのアミノ酸残基を有する、請求項1に記載の蛍光タンパク質:
(A)GFPのアミノ酸配列を基準配列として30番目に相当するアミノ酸残基がアルギニン残基;
(B)GFPのアミノ酸配列を基準配列として39番目に相当するアミノ酸残基がイソロイシン残基;
(C)GFPのアミノ酸配列を基準配列として69番目に相当するアミノ酸残基がアラニン残基;
(D)GFPのアミノ酸配列を基準配列として70番目に相当するアミノ酸残基がバリン残基;
(E)GFPのアミノ酸配列を基準配列として128番目に相当するアミノ酸残基がセリン残基;
(F)GFPのアミノ酸配列を基準配列として129番目に相当するアミノ酸残基がグリシン残基;
(G)GFPのアミノ酸配列を基準配列として145番目に相当するアミノ酸残基がフェニルアラニン残基。
【請求項3】
以下の(3)~(7)からなる群より選択される少なくとも1つのアミノ酸残基を有する、請求項1または2に記載の蛍光タンパク質:
(3)GFPのアミノ酸配列を基準配列として46番目に相当するアミノ酸残基がフェニルアラニン残基;
(4)GFPのアミノ酸配列を基準配列として64番目に相当するアミノ酸残基がフェニルアラニン残基;
(5)GFPのアミノ酸配列を基準配列として153番目に相当するアミノ酸残基がメチオニン残基;
(6)GFPのアミノ酸配列を基準配列として163番目に相当するアミノ酸残基がバリン残基;
(7)GFPのアミノ酸配列を基準配列として175番目に相当するアミノ酸残基がセリン残基。
【請求項4】
請求項1~3の何れか一項に記載の蛍光タンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【請求項5】
請求項4に記載のポリヌクレオチドを有する組換えベクター。
【請求項6】
請求項4に記載のポリヌクレオチドまたは請求項5に記載の組換えベクターを有する形質転換体。
【請求項7】
請求項1~3の何れか一項に記載の蛍光タンパク質と他のタンパク質とからなる融合蛍光タンパク質。
【請求項8】
請求項1~3の何れか一項に記載の蛍光タンパク質をアクセプタタンパク質又はドナータンパク質として用いて、FRET(蛍光共鳴エネルギー転移)法を行う工程を含む、生理活性物質の分析方法(ただし、ヒト個体での実施を除く)
【請求項9】
請求項7に記載の融合蛍光タンパク質を細胞内で発現させる工程を含む、細胞内におけるタンパク質の局在又は動態を分析する方法(ただし、ヒト個体での実施を除く)
【請求項10】
請求項1~3の何れか一項に記載の蛍光タンパク質、請求項4に記載のポリヌクレオチド、請求項5に記載の組換えベクター、請求項6に記載の形質転換体、及び、請求項7に記載の融合蛍光タンパク質からなる群より選択される少なくとも1種以上を含む、キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光タンパク質の新規な変異体及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
蛍光タンパク質は、細胞、組織、又は生物個体などを可視化するツールとして、欠かせないものとなっている。本願発明者らは、これまでに、オワンクラゲ由来の蛍光タンパク質に変異を導入し、成熟速度が速い蛍光タンパク質の開発を行っている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Nagai et al.,Nat Biotechnol. 2002 Jan;20(1):87-90
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の蛍光タンパク質は、mRNAがタンパク質に翻訳されてから、当該タンパク質が蛍光特性を獲得するまでに、早いものでも1時間程度の時間がタンパク質の成熟に必要である。そのため、発現周期が短時間(例えば、2~3時間)である生体内現象に追従して、当該生体内現象を可視化する観点では、蛍光タンパク質のさらなる改善の余地を残している。
本発明の一態様は、優れた成熟速度を示す蛍光タンパク質を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の課題を解決するために、本発明は、以下に示す態様を含む。
オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質(GFP)又は当該緑色蛍光タンパク質の変異体蛍光タンパク質のアミノ酸配列において、GFPのアミノ酸配列を基準配列として206番目に相当するアミノ酸残基(アラニン残基)がフェニルアラニン残基に置換している、蛍光タンパク質。
【発明の効果】
【0006】
本発明の一態様によれば、優れた成熟速度を示す蛍光タンパク質を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】AchillesとVenusのmRNAからのタンパク質合成時の蛍光成熟の比較を示すグラフである。
図2】Achillesとその変異体及びVenusの大腸菌コロニーにおける蛍光成熟の比較を示すグラフである。
図3】Achillesとその変異体及びVenusの大腸菌コロニーにおける蛍光成熟の比較を示すグラフである。
図4】AchillesとVenusの吸収スペクトルを示すグラフである。
図5】AchillesとVenusの励起スペクトル(点線)及び蛍光スペクトル(実線)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
〔用語等の定義〕
本明細書において、「ポリヌクレオチド」は、「核酸」又は「核酸分子」とも換言でき、ヌクレオチドの重合体を意図している。また、「塩基配列」は、「核酸配列」又は「ヌクレオチド配列」とも換言でき、特に言及のない限り、デオキシリボヌクレオチドの配列又はリボヌクレオチドの配列を意図している。また、ポリヌクレオチドは、一本鎖であっても二本鎖構造であってもよく、一本鎖の場合はセンス鎖であってもアンチセンス鎖であってもよい。
【0009】
本明細書において、「タンパク質」は、「ポリペプチド」とも換言できる。
【0010】
本明細書に記載のタンパク質は、アミノ酸がペプチド結合してなるポリペプチドであればよいが、これに限定されるものではなく、ポリペプチド以外の構造を含むものであってもよい。ここでいうポリペプチド以外の構造としては、糖鎖及びイソプレノイド基などを挙げることができるが、特に限定されるものではない。
【0011】
本明細書において、「オワンクラゲ」は、エクオレア・ビクトリア(Aequorea victoria)などのオワンクラゲ科(Aequorea)に含まれるクラゲを意図している。
【0012】
本明細書において、「蛍光特性」とは、励起波長、蛍光強度、蛍光速度、蛍光の安定性、pH感受性、モル吸光係数、蛍光量子効率、励起スペクトル又は、発光スペクトルの形、励起波長極大、発光波長極大、2つの異なる波長における励起振幅の比、2つの異なる波長における発光振幅の比、並びに、励起状態寿命などの少なくとも1つ以上を有することを指す。蛍光強度とは蛍光を発する光の強さを指標として数値化したものであり、光の吸収効率(すなわち吸光係数)と励起光と蛍光との変換効率(すなわち量子収率)とに比例する、蛍光の輝度を意味している。また、蛍光速度とは励起光を受けてから一定の蛍光強度に達するまでの速さを数値化した値を意味している。また、蛍光の安定性とは一定の蛍光強度を維持する時間を指標として判定される、蛍光ポリペプチドの有する特性を意味している。すなわち、一定の経過時間における蛍光の減衰の度合が小さいほど、蛍光の安定性が高いことを意味している。
【0013】
本明細書において、「A及び/又はB」は、A及びBとA又はBとの双方を含む概念であり、「A及びBの少なくとも一方」とも換言できる。
【0014】
本明細書において、「アミノ酸の変異」とは、アミノ酸の置換、欠失、挿入、及び/又は付加を総称するものである。
【0015】
本明細書において、特に断りの無い限り、アミノ酸配列におけるアミノ酸残基の位置を示す数字は、オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質(GFP)のアミノ酸配列(配列番号5)を基準配列として、示している。すなわち、本明細書において、特に断りの無い限り、「Y番目に相当するアミノ酸残基」とは、GFPのアミノ酸配列ではY番目のアミノ酸残基である。GFPの変異体蛍光タンパク質のアミノ酸配列では、特に断りの無い限り、ホモロジー解析によりGFPのアミノ酸配列のY番目に相当すると特定されるアミノ酸を指す。なお、ホモロジー解析の方法としては、例えば、Needleman-Wunsch法やSmith-Waterman法等のPairwise Sequence Alignmentによる方法や、ClustalW法等のMultiple Sequence Alignmentによる方法が挙げられ、当業者であれば、これら方法に基づき、GFPのアミノ酸配列を基準配列として用いて、解析対象のアミノ酸配列(GFPの変異体蛍光タンパク質のアミノ酸配列)中における「相当するアミノ酸」を理解することができる。解析は、デフォルトの設定で行ってもよく、適宜、必要に応じてパラメータをデフォルトから変更して行ってもよい。GFPの変異体蛍光タンパク質のアミノ酸配列における、「Y番目に相当するアミノ酸残基」の具体的な一例については後述する。
【0016】
〔1.蛍光タンパク質〕
本発明に係る蛍光タンパク質は、オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質(GFP)又は当該緑色蛍光タンパク質の変異体蛍光タンパク質のアミノ酸配列において、GFPのアミノ酸配列を基準配列として206番目に相当するアミノ酸残基(GFPではアラニン残基)がフェニルアラニン残基に置換されている。以下、206番目に相当するアミノ酸残基のアラニン残基からフェニルアラニン残基への置換を、A206Fと称する。また、206番目に相当するアミノ酸残基のX(フェニルアラニン残基以外の任意のアミノ酸残基)からフェニルアラニン残基への置換を、X206Fと称する。
【0017】
<1>オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質(GFP)と、当該GFPの変異体蛍光タンパク質
GFPのアミノ酸配列は、例えば、Prasher, D.C. et al., Gene 111:229-233に記載されている。GFPの変異体蛍光タンパク質の例として、YFP(黄色蛍光タンパク質)、EGFP(Enhanced green fluorescent protein)、EYFP(Enhanced yellow fluorescent protein)、SEYFP(Super enhanced yellow fluorescent protein)などが挙げられる。YFPを含むGFPの変異体蛍光タンパク質のアミノ酸配列は、例えば、Roger Y. Tsin, Annu. Rev. Biochem. 1998. 67:509-44、並びにその引用文献に記載されている。配列番号1に示すアミノ酸配列は、EGFPのアミノ酸配列の一例である。配列番号2に示すアミノ酸配列は、EYFPのアミノ酸配列の一例である。配列番号3に示すアミノ酸配列は、SEYFPのアミノ酸配列の一例である。
【0018】
GFP、YFPとそれらの変異体の一例を以下に示す。例えば、F99Sという表示は、99番目に相当するアミノ酸残基がF(フェニルアラニン)からS(セリン)に置換していることを示し、他のアミノ酸置換についても同様の表示に従って示す。
(A) 野生型GFP;
(B) F99S,M153T,V163Aのアミノ酸変異を有するGFP;
(C) S65Tのアミノ酸変異を有するGFP;
(D) F64L,S65Tのアミノ酸変異を有するGFP(EGFP);
(E) S65T,S72A,N149K,M153T,I167Tのアミノ酸変異を有するGFP;
(F) S202F,T203Iのアミノ酸変異を有するGFP;
(G) T203I,S72A,Y145Fのアミノ酸変異を有するGFP;
(H) S65G,S72A,T203Fのアミノ酸変異を有するGFP(YFP);
(I) S65G,S72A,T203Hのアミノ酸変異を有するGFP(YFP);
(J) S65G,V68L,Q69K,S72A,T203Yのアミノ酸変異を有するGFP(EYFP-V68L,Q69K);
(K) S65G,S72A,T203Yのアミノ酸変異を有するGFP(EYFP);(L) S65G,S72A,K79R,T203Yのアミノ酸変異を有するGFP(YFP);
(M) S65G,V68L,S72A,T203Yのアミノ酸変異を有するGFP(EYFP);
(N) F64L,M153T,V163A,S175Gのアミノ酸変異を有するEYFP(SEYFP);
(O) F46Lのアミノ酸変異を有するSEYFP(Venus:日本国特許第3829252号等);
(P) 以下に示す5つのうちの少なくとも1つのアミノ酸残基を有する、GFPやその変異体。これら5つの全てのアミノ酸残基を有するものや、これら5つのうちの任意の2つ、3つ、又は4つのアミノ酸残基を有する、GFPやその変異体であってもよい。これらの変異体はすなわち、Venusを最も特徴づける5つのアミノ酸残基の変異を含まないものである。
GFPのアミノ酸配列を基準配列として46番目に相当するアミノ酸残基がフェニルアラニン残基、
GFPのアミノ酸配列を基準配列として64番目に相当するアミノ酸残基がフェニルアラニン残基、
GFPのアミノ酸配列を基準配列として153番目に相当するアミノ酸残基がメチオニン残基、
GFPのアミノ酸配列を基準配列として163番目に相当するアミノ酸残基がバリン残基、
GFPのアミノ酸配列を基準配列として175番目に相当するアミノ酸残基がセリン残基。
【0019】
GFP、又は、当該GFPの変異体蛍光タンパク質の範疇には、例えば、上記した何れかの蛍光タンパク質と90%以上のアミノ酸配列同一性を示す蛍光タンパク質が含まれる。この配列同一性は、92%以上であることが好ましく、95%以上であることが好ましく、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上であることが特に好ましい場合がある。「アミノ酸の変異」の個数の観点では、アミノ酸配列の全長が凡そ250アミノ酸以下であるとの前提で、例えば、上記した何れかの蛍光タンパク質において、アミノ酸変異の数が25個以下、13個以下、10個以下、8個以下、5個以下、又は3個以下である蛍光タンパク質が、GFP、又は、当該GFPの変異体蛍光タンパク質の範疇に含まれる。なお、一例では、上記した何れかの蛍光タンパク質が有する特徴的なアミノ酸変異は、当該蛍光タンパク質とのアミノ酸配列同一性で規定される蛍光タンパク質においてもそのまま維持されている。
【0020】
<2>蛍光タンパク質の成熟に関連するアミノ酸変異
蛍光タンパク質の成熟に関連するアミノ酸変異であって、上述したGFPや、当該GFPの変異体蛍光タンパク質に導入されるアミノ酸変異を、以下に示す。ある観点において、これらのアミノ酸変異は、本発明に係る蛍光タンパク質の成熟時間の短縮に関連する。
・上述したA206F
本発明に係る蛍光タンパク質が有するアミノ酸変異のうち、蛍光タンパク質の成熟に最も関連するアミノ酸変異である。
【0021】
なお、配列番号1~3に記載のアミノ酸配列では、アミノ酸番号1と2の間にVal(バリン)が挿入されているため、天然体の蛍光タンパク質(GFP)における206番目のアラニン残基(Ala)は207番目に記載されている。本発明に係る蛍光タンパク質は、GFPのアミノ酸配列を基準配列として206番目に相当するアラニン残基がフェニルアラニン残基に置換されている。ここで言う「206番目のアラニン残基」とは、配列番号1~3のアミノ酸配列においては、それぞれ207番目のアラニン残基(Ala)に対応するものである。
【0022】
したがって、本発明に係る蛍光タンパク質の一例としては、配列番号1~3の何れかに記載のアミノ酸配列において、207番目のアラニン残基(Ala)がフェニルアラニン残基に置換しているアミノ酸配列を有する蛍光タンパク質が挙げられる。
【0023】
・上述したX206F
Xは、フェニルアラニン残基以外の任意のアミノ酸残基を指す。本発明に係る蛍光タンパク質が有するアミノ酸変異のうち、蛍光タンパク質の成熟に最も関連するアミノ酸変異である。上記の通り、Xは、通常はアラニン残基であるが、アラニン残基から他のアミノ酸残基X(例えば、リジン残基等)に置換されている場合における、このXからFへの置換も指す。
【0024】
・S30X、Y39X、Q69X、C70X、I128X、D129X、Y145X(Xは、他の任意のアミノ酸を指す)
本発明の好ましい態様に係る蛍光タンパク質は、A206Fに加え、GFPのアミノ酸配列を基準配列として30番目、39番目、69番目、70番目、128番目、129番目及び145番目に相当するアミノ酸残基からなる群より選択されるアミノ酸残基のうちの1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ又は7つに変異を有する。
【0025】
好ましい一実施形態において上記「変異」は、他のアミノ酸残基への置換である。以下に、好ましい一実施形態である蛍光タンパク質の具体例を示す。当該蛍光タンパク質は、A206Fに加え、以下の(8)~(14)からなる群より選択される少なくとも1つのアミノ酸残基の置換を有する。
(8)GFPのアミノ酸配列の30番目に相当するアミノ酸残基(セリン残基)のアルギニン残基への置換(S30Rと称する)
(9)GFPのアミノ酸配列の39番目に相当するアミノ酸残基(チロシン残基)のイソロイシン残基への置換(Y39Iと称する)
(10)GFPのアミノ酸配列の69番目に相当するアミノ酸残基(グルタミン残基)のアラニン残基への置換(Q69Aと称する)
(11)GFPのアミノ酸配列の70番目に相当するアミノ酸残基(システイン残基)のバリン残基への置換(C70Vと称する)
(12)GFPのアミノ酸配列の128番目に相当するアミノ酸残基(イソロイシン残基)のセリン残基への置換(I128Sと称する)
(13)GFPのアミノ酸配列の129番目に相当するアミノ酸残基(アスパラギン酸残基)のグリシン残基への置換(D129Gと称する)
(14)GFPのアミノ酸配列の145番目に相当するアミノ酸残基(チロシン残基)のフェニルアラニン残基への置換(Y145Fと称する)
【0026】
天然体の蛍光タンパク質(GFP)における上記30番目、39番目、69番目、70番目、128番目、129番目及び145番目のアミノ酸残基はそれぞれ、配列番号1~3のアミノ酸配列においては31番目、40番目、70番目、71番目、129番目、130番目及び146番目のアミノ酸残基に対応する。
【0027】
本発明に係る蛍光タンパク質は、mRNAがタンパク質に翻訳されてから、当該タンパク質が蛍光特性を獲得するまでの時間(蛍光タンパク質の成熟時間)が、一例では1時間未満であり、好ましくは、0.9時間以下、0.8時間以下、0.7時間以下、0.6時間以下、又は0.5時間以下である。「<2>蛍光タンパク質の成熟に関連するアミノ酸変異」欄で上記したアミノ酸変異を導入する前のGFP、又は、当該GFPの変異体蛍光タンパク質と比較して、本発明に係る蛍光タンパク質は、その成熟時間が短くなっている。一例において、「<2>蛍光タンパク質の成熟に関連するアミノ酸変異」欄で上記したアミノ酸変異を導入することにより、本発明に係る蛍光タンパク質は、その成熟時間が10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、又は50%以上、短縮されている。蛍光タンパク質の成熟時間とは、一例では、「蛍光タンパク質の最終輝度の50%に達するまでの時間」である。実施例に示すとおり、mRNAがタンパク質に翻訳されてから、当該タンパク質が蛍光性を獲得するまでの時間(蛍光タンパク質の成熟時間)が約30分であり、従来の蛍光タンパク質よりも大幅に短縮されている。成熟時間が約30分であることにより、本発明に係る蛍光タンパク質は、発現周期が短時間(例えば、2~3時間)である生体内現象を追従及び当該生体内現象の可視化に利用することができる。発現周期が短時間である生体内現象の例として、体節形成時の遺伝子発現振動及び神経幹細胞の分化前後における遺伝子発現振動等が挙げられる。本発明に係る蛍光タンパク質は、成熟時間以外に関しては、「<2>蛍光タンパク質の成熟に関連するアミノ酸変異」欄で上記したアミノ酸変異を導入する前のGFP、又は、当該GFPの変異体蛍光タンパク質と比較して、同等の蛍光特性を有する。
【0028】
〔2.ポリヌクレオチド〕
本発明に係るポリヌクレオチドは、本発明に係る上記蛍光タンパク質をコードする。本発明に係るポリヌクレオチドの具体例としては、具体的には、以下の(A)~(E)の何れかに記載のポリヌクレオチドである。
(A)GFP又はGFPの変異体蛍光タンパク質のアミノ酸配列において、206番目に相当するアミノ酸残基がフェニルアラニン残基に置換している蛍光タンパク質をコードするポリヌクレオチド
(B)上記(A)に記載のアミノ酸配列が、配列番号1~3、5の何れかに記載されるアミノ酸配列である、蛍光タンパク質をコードするポリヌクレオチド
(C)上記(A)に記載のアミノ酸配列が、配列番号1~3、5の何れかに記載されるアミノ酸配列に対して、90%以上の配列同一性を示すアミノ酸配列である、蛍光タンパク質をコードするポリヌクレオチド
(D)上記(A)~(C)に記載の蛍光タンパク質において、上記(3)~(7)からなる群より選択されるアミノ酸残基のうちの1つ、2つ、3つ、4つ又は5つのアミノ酸残基を有する蛍光タンパク質をコードするポリヌクレオチド
(E)上記(A)~(C)に記載の蛍光タンパク質のアミノ酸配列に対し、上記(8)~(14)からなる群より選択される少なくとも1つのアミノ酸残基の置換を有する蛍光タンパク質をコードするポリヌクレオチド
【0029】
本発明に係るポリヌクレオチドは、RNAの形態、又はDNAの形態で存在し得る。RNAの形態とは、例えば、mRNAである。DNAの形態とは、例えば、cDNA又はゲノムDNAである。DNAは、二本鎖であっても、一本鎖であってもよい。
【0030】
本発明に係るポリヌクレオチドを取得する(単離する)方法は、特に限定されるものではないが、例えば、ホスホロアミダイト法などの核酸合成法に従って合成してもよい。
【0031】
また、本発明に係るポリヌクレオチドを取得する方法として、PCRなどの核酸増幅法を用いる方法を挙げることができる。例えば、当該ポリヌクレオチドのcDNAのうち、5’側及び3’側の配列(又はその相補配列)の中からそれぞれプライマーを調製し、これらプライマーを用いてゲノムDNA又はcDNAなどを鋳型にしてPCRなどを行い、両プライマー間に挟まれるDNA領域を増幅する。これによって、本発明に係るポリヌクレオチドを含むDNA断片を大量に取得できる。
【0032】
〔3.組換えベクター〕
本発明に係るポリヌクレオチド(例えばDNA)は、適当なベクター中に挿入された組換えベクターとして利用に供することもできる。当該ベクターの種類は、例えば、自立的に複製するベクター(例えばプラスミドなど)でもよいし、或いは、宿主細胞に導入された際に宿主細胞のゲノムに組み込まれ、組み込まれた染色体と共に複製されるものであってもよい。
【0033】
上記ベクターは、好ましくは発現ベクターである。発現ベクターにおいて本発明に係るポリヌクレオチドは、転写に必要な要素(例えば、プロモータなど)が機能的に連結されている。プロモータは宿主細胞において転写活性を示すDNA配列であり、宿主の種類に応じて適宜することができる。
【0034】
細菌細胞で作動可能なプロモータとしては、バチルス・ステアロテルモフィルス・マルトジェニック・アミラーゼ遺伝子(Bacillusstearothermophilus maltogenic amylase gene)、バチルス・リケニホルミスαアミラーゼ遺伝子(Bacillus licheniformis alpha-amylase gene)、バチルス・アミロリケファチエンス・BANアミラーゼ遺伝子(Bacillus amyloliquefaciens BAN amylase gene)、バチルス・サブチリス・アルカリプロテアーゼ遺伝子(Bacillus Subtilis alkaline protease gene)若しくはバチルス・プミルス・キシロシダーゼ遺伝子(Bacillus pumilus xylosldase gene)のプロモータ、又はファージ・ラムダのPR若しくはPLプロモータ、大腸菌のlac、trp若しくはtacプロモータなどが挙げられる。
【0035】
昆虫細胞で作動可能なプロモータの例としては、ポリヘドリンプロモータ、P10プロモータ、オートグラファ・カリホルニカ・ポリヘドロシス塩基性タンパクプロモータ、バキュウロウイルス即時型初期遺伝子1プロモータ、又はバキュウロウイルス39K遅延型初期遺伝子プロモータなどがある。酵母細胞で作動可能なプロモータの例としては、酵母解糖系遺伝子由来のプロモータ、アルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子プロモータ、TPI1プロモータ、ADH2-4cプロモータなどが挙げられる。糸状菌細胞で作動可能なプロモータの例としては、ADH3プロモータ又はtpiAプロモータなどがある。
【0036】
哺乳動物細胞で作動可能なプロモータの例としては、SV40プロモータ、MT-1(メタロチオネイン遺伝子)プロモータ、又はアデノウイルス2主後期プロモータなどがある。
【0037】
また、本発明に係るポリヌクレオチドは必要に応じて、例えばヒト成長ホルモンターミネータ又は真菌宿主についてはTPI1ターミネータ若しくはADH3ターミネータのような適切なターミネータに機能的に結合されてもよい。本発明に係る組換えベクターは更に、ポリアデニレーションシグナル、転写エンハンサ配列及び翻訳エンハンサ配列のような要素を有していてもよい。
【0038】
本発明に係る組換えベクターは、さらに、当該ベクターが宿主細胞内で複製することを可能にするDNA配列を具備してもよく、その一例としてはSV40複製起点(宿主細胞が哺乳類細胞のとき)が挙げられる。
【0039】
本発明に係る組換えベクターはさらに選択マーカーを含有してもよい。選択マーカーとしては、例えば、アンピシリン、カナマイシン、テトラサイクリン、クロラムフェニコール、ネオマイシン若しくはヒグロマイシンのような薬剤耐性遺伝子を挙げることができる。
【0040】
〔4.形質転換体〕
本発明に係るポリヌクレオチド、又は、本発明に係る組換えベクター(本発明の核酸構築物と総称する)を適当な宿主細胞に導入することによって形質転換体を作製することができる。
【0041】
宿主細胞としては、例えば、細菌細胞、酵母細胞、真菌細胞、及び高等真核細胞などが挙げられる。
【0042】
細菌細胞の例としては、バチルス又はストレプトマイセスなどのグラム陽性菌又は大腸菌などのグラム陰性菌が挙げられる。これら細菌細胞の形質転換は、例えば、プロトプラスト法、又はコンピテント細胞を用いる方法などにより行えばよい。
【0043】
酵母細胞の例としては、サッカロマイセス又はシゾサッカロマイセスに属する細胞が挙げられ、例えば、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)又はサッカロマイセス・クルイベリ(Saccharomyces kluyveri)などが挙げられる。本発明の核酸構築物の酵母宿主への導入方法としては、例えば、エレクトロポレーション法、スフェロブラスト法、酢酸リチウム法などを挙げることができる。
【0044】
酵母細胞以外の真菌細胞の例は、糸状菌、例えば、アスペルギルス、ニューロスポラ、フザリウム、又はトリコデルマに属する細胞である。宿主細胞として糸状菌を用いる場合、本発明の核酸構築物を宿主染色体に組み込んで組換え宿主細胞を得ることにより形質転換を行うことができる。核酸構築物の宿主染色体への組み込みは、例えば、相同組換え又は異種組換えにより行うことができる。
【0045】
昆虫細胞を宿主細胞として用いる場合には、組換え遺伝子導入ベクター及びバキュロウイルスを昆虫細胞に共導入して昆虫細胞培養上清中に組換えウイルスを得た後、さらに組換えウイルスを昆虫細胞に感染させ、タンパク質を発現させることができる。共導入方法としては、例えば、リン酸カルシウム法又はリポフェクション法などを挙げることができる。
【0046】
哺乳動物細胞の例としては、HEK293細胞、HeLa細胞、COS細胞、BHK細胞、CHL細胞又はCHO細胞などが挙げられる。哺乳動物細胞の形質転換には、例えば、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法などを用いることができる。
【0047】
上記の形質転換体は、導入された核酸構築物の発現を可能にする条件下で、適切な培養培地中で培養する。次いで、必要に応じて、形質転換体の培養物から、本発明に係る蛍光タンパク質を単離精製する。
【0048】
なお、形質転換体は、細胞に限定されない。すなわち、形質転換体は、例えば、本発明に係る核酸構築物で形質転換された組織、器官、及び個体であってもよい。ただし、細胞以外の形質転換体は、非ヒト由来のものであることが好ましい場合があり、特に個体は非ヒト由来のものであることが好ましい。
【0049】
〔5.融合蛍光タンパク質〕
本発明に係る蛍光タンパク質と他のタンパク質を融合させることにより、融合蛍光タンパク質を構築することができる。本発明の蛍光タンパク質を融合させる他のタンパク質の種類は特に限定されるものではないが、例えば、細胞内に局在するタンパク質、より具体的には、細胞内小器官に特異的なタンパク質などを挙げることができる。
【0050】
また、本発明に係る蛍光タンパク質と、デグロン等のプロテアソームで分解を受けるタンパク質とを融合させて、融合蛍光タンパク質を構築してもよい。より具体的な一例では、本発明に係る蛍光タンパク質(例えば、YFP)をアクセプタタンパク質とし、アクセプタタンパク質、ドナータンパク質(例えば、CFP)、及び、デグロン等のプロテアソームで分解を受けるタンパク質を融合させて、融合蛍光タンパク質を構築してもよい。例えば、N末端側から、アクセプタタンパク質、分解停止ペプチド、スペーサーペプチド、ドナータンパク質、及びデグロンの順序で連結させることによって、融合蛍光タンパク質を構築することができる。アクセプタタンパク質とドナータンパク質の蛍光波長が異なる場合、デグロンが分解を受けないときは2つの波長の蛍光を発する。デグロンが分解を受けたときは、デグロンのN末端側に連結されたドナータンパク質も分解を受ける。一方、分解停止ペプチドによりアクセプタタンパク質は分解を受けず、アクセプタタンパク質から発する蛍光のみが観察される。したがって、この2つの波長の蛍光強度の変化を測定することによって、デグロンの分解活性をより正確に測定することができる。また、FRET(蛍光共鳴エネルギー転移)法を用いて、デグロンの分解活性を測定することができる。上記プロテアソームで分解を受けるタンパク質、分解停止ペプチドおよびスペーサーペプチドの例は、例えば、国際公開WO2011/090159号に記載されている。
【0051】
本発明に係る融合蛍光タンパク質の取得方法については特に制限はなく、化学合成により合成してもよいし、遺伝子組換え技術により作製してもよい。遺伝子組換え技術により融合蛍光タンパク質を作製する場合、例えば、本発明に係る蛍光タンパク質のポリヌクレオチドと他のタンパク質のポリヌクレオチドを連結することによって、所望の融合蛍光タンパク質をコードするポリヌクレオチドを得ることができる。このポリヌクレオチドを適当な発現系に導入することにより、本発明に係る融合蛍光タンパク質を産生することができる。
【0052】
本発明に係る融合蛍光タンパク質を細胞内で発現させ、発する蛍光をモニターすることにより、細胞内のタンパク質の局在及び動態を分析することが可能になる。すなわち、本発明に係る融合蛍光タンパク質をコードするポリヌクレオチドで形質転換又はトランスフェクトした細胞を蛍光顕微鏡で観察することにより細胞内のタンパク質の局在及び動態を可視化して分析することができる。
【0053】
例えば、細胞内オルガネラに特異的なタンパク質の局在及び動態を分析することにより、核、ミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体、分泌小胞、及びペルオキソームなどの分布及び動きを観察できる。また、例えば、神経細胞の軸索及び樹状突起などは発生途中の個体の中で著しく複雑な走向の変化を示すので、こういった部位を蛍光ラベルすることにより動的解析が可能になる。
【0054】
蛍光顕微鏡の種類は目的に応じて適宜選択できる。経時変化の追跡等の頻回の観察を必要とする場合には、通常の落射型蛍光顕微鏡が好ましい。細胞内の詳細な局在を追及したい場合など、解像度を重視する場合は、共焦点レーザー顕微鏡を使用することが好ましい。顕微鏡システムとしては、細胞の生理状態を保ち、コンタミネーションを防止する観点から、倒立型顕微鏡が好ましい。正立顕微鏡を使用する場合、高倍率レンズを用いる際には水浸レンズを用いることができる。
【0055】
フィルターセットは、蛍光タンパク質の蛍光波長に応じて適切なものを選択できる。GFPの観察には励起光470~490nm、蛍光500~520nm程度のフィルターを使用することが好ましい。YFPの観察には、励起光480~500nm、蛍光510~550nm程度のフィルターを使用することが好ましい。
【0056】
また、蛍光顕微鏡を用いた生細胞での経時観察を行う場合には、短時間で撮影を行う必要があるので、高感度冷却CCDカメラを使用する。冷却CCDカメラは、CCDを冷却することにより熱雑音を下げ、微弱な蛍光像を短時間露光で鮮明に撮影することができる。
【0057】
本発明に係る融合蛍光タンパク質を細胞内で発現させ、細胞内のタンパク質の局在又は動態を分析する方法も、本発明の範疇に含まれる。
【0058】
〔6.蛍光タンパク質を製造する方法〕
本発明に係る蛍光タンパク質を製造する方法(以下、「本発明に係る製造方法」と略記する場合がある)も、本発明の範疇に含まれる。本発明に係る製造方法は、GFPアミノ酸配列の206番目に相当するアミノ酸残基(アラニン残基)をフェニルアラニン残基に置換する工程を含む。置換の導入は、例えば、Kunkel法(Kunkel et al.(1985):Proc.Natl.Acad.Sci.USA,vol.82.p488-)などの部位特異的突然変異誘発法を用いて、GFPアミノ酸配列を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドに人為的に置換を導入することなどによって行うことができる。
【0059】
本発明に係る製造方法によって得られた蛍光タンパク質も本発明の範疇に含まれる。
【0060】
〔7.生理活性物質の分析方法〕
本発明に係る蛍光タンパク質は、FRET(蛍光共鳴エネルギー転移)法を用いて、生理活性物質の分析方法に利用することができる。例えば、本発明に係る蛍光タンパク質が黄色蛍光タンパク質(YFP)の変異体である場合、本発明に係る蛍光タンパク質をアクセプタタンパク質(アクセプタ分子)として使用し、シアン蛍光タンパク質(CFP)をドナータンパク質(ドナー分子)として使用する。そして、アクセプタタンパク質及びドナータンパク質の間でFRET(蛍光共鳴エネルギー転移)を起こすことによりタンパク質間の相互作用を可視化することができる。例えば、カルシウムイオンの濃度上昇によって起こるタンパク質間の相互作用(例えば、カルモジュリンなどのカルシウム結合タンパク質と、M13などのその標的ペプチドとの結合)をCFPからYFPへのFRETで可視化することが可能である。
【0061】
上述の通り、本発明に係る蛍光タンパク質の成熟時間が短いため、例えば、細胞周期の進行に関与する生理活性物質の分析に当該蛍光タンパク質を利用することができる。
【0062】
〔8.キット〕
本発明に係るキットは、細胞内成分の局在の分析及び/又は生理活性物質の分析のためのキットである。本発明に係るキットは、本発明に係る蛍光タンパク質、融合蛍光タンパク質、ポリヌクレオチド、組換えベクター及び形質転換体からなる群より選択される少なくとも1種以上を含む。本発明に係るキットは、それ自体既知の通常用いられる材料及び手法で調製することができる。蛍光タンパク質及びポリヌクレオチドなどの試薬は、適当な溶媒に溶解することにより保存に適した形態に調製することができる。溶媒としては、水、エタノール、各種緩衝液などを用いることができる。
【0063】
〔まとめ〕
以上をまとめると、本発明は上記の課題を解決するために、以下の特徴を包含している。
【0064】
<1>オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質(GFP)又は当該緑色蛍光タンパク質の変異体蛍光タンパク質のアミノ酸配列において、GFPのアミノ酸配列を基準配列として206番目に相当するアミノ酸残基(アラニン残基)がフェニルアラニン残基に置換している、蛍光タンパク質。
<2>前記アミノ酸配列が、以下の(1)又は(2)の何れかである、<1>に記載の蛍光タンパク質。
(1)配列番号1~3、5の何れかに記載されるアミノ酸配列;
(2)前記(1)に記載のアミノ酸配列に対して、90%以上の配列同一性を示すアミノ酸配列。
<3>さらに、前記アミノ酸配列において、GFPのアミノ酸配列を基準配列として30番目、39番目、69番目、70番目、128番目、129番目及び145番目に相当するアミノ酸残基からなる群より選択される少なくとも1つに変異を有する、<1>または<2>に記載の蛍光タンパク質。
<4>以下の(3)~(7)からなる群より選択される少なくとも1つのアミノ酸残基を有する、<1>~<3>の何れかに記載の蛍光タンパク質:
(3)GFPのアミノ酸配列を基準配列として46番目に相当するアミノ酸残基がフェニルアラニン残基;
(4)GFPのアミノ酸配列を基準配列として64番目に相当するアミノ酸残基がフェニルアラニン残基;
(5)GFPのアミノ酸配列を基準配列として153番目に相当するアミノ酸残基がメチオニン残基;
(6)GFPのアミノ酸配列を基準配列として163番目に相当するアミノ酸残基がバリン残基;
(7)GFPのアミノ酸配列を基準配列として175番目に相当するアミノ酸残基がセリン残基。
<5><1>~<4>の何れかに記載の蛍光タンパク質をコードするポリヌクレオチド。<6><5>に記載のポリヌクレオチドを有する組換えベクター。
<7><5>に記載のポリヌクレオチドまたは<6>に記載の組換えベクターを有する形質転換体。
<8><1>~<4>の何れかに記載の蛍光タンパク質と他のタンパク質とからなる融合蛍光タンパク質。
<9><1>~<4>の何れかに記載の蛍光タンパク質をアクセプタタンパク質又はドナータンパク質として用いて、FRET(蛍光共鳴エネルギー転移)法を行う工程を含む、生理活性物質の分析方法。
<10><8>に記載の融合蛍光タンパク質を細胞内で発現させる工程を含む、細胞内におけるタンパク質の局在又は動態を分析する方法。
<11><1>~<4>の何れかに記載の蛍光タンパク質、<5>に記載のポリヌクレオチド、<6>に記載の組換えベクター、<7>に記載の形質転換体、及び、<8>に記載の融合蛍光タンパク質からなる群より選択される少なくとも1種以上を含む、キット。
【0065】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例
【0066】
〔実施例1〕変異体の作製
既報のプロトコル(Sawano, A. et al., (2000) Nucleic Acids Research 28, e78)に従って、配列番号1に記載されるアミノ酸配列を有する蛍光タンパク質に、変異F46L/F64L/M153T/V163A/S175Gを導入した。導入には、pRSETB(pRSETB EYFP)におけるEYFPのcDNAを出発物質として用いた。オリゴヌクレオチド特異的変異誘発法によって変異F46L/F64L/M153T/V163A/S175Gを有する変異型EYFP(以下、Venusと呼ぶ)をコードするポリヌクレオチドを得た。
【0067】
次に、上記プロトコルにしたがって、Venusに、変異S30R/Y39I/Q69A/C70V/I128S/D129G/Y145F/A206Fを導入した。導入には、pRSETB(pRSETB Venus)におけるVenusのcDNAを出発物質として用いた。オリゴヌクレオチド特異的変異誘発法によって変異S30R/Y39I/Q69A/C70V/I128S/D129G/Y145F/A206Fを有する変異型Venus(以下、Achillesと呼ぶ)をコードするポリヌクレオチドを得た。Achillesのアミノ酸配列を配列番号4に示す。また、Achillesの塩基配列を配列番号6に示す。
【0068】
さらに、上記プロトコルにしたがって、以下の変異型Achillesを作製した。
・30番目のセリン残基に変異が導入されていない、変異型Achilles
・39番目のチロシン残基に変異が導入されていない、変異型Achilles
・69番目のグルタミン残基に変異が導入されていない、変異型Achilles
・70番目のシステイン残基に変異が導入されていない、変異型Achilles
・128番目のイソロイシン残基に変異が導入されていない、変異型Achilles
・129番目のアスパラギン酸残基に変異が導入されていない、変異型Achilles
・145番目のチロシン残基に変異が導入されていない、変異型Achilles
・206番目のアラニン残基に変異が導入されていない、変異型Achilles
・46番目のフェニルアラニン残基に変異が導入されていない、変異型Achilles
・64番目のフェニルアラニン残基に変異が導入されていない、変異型Achilles
・153番目のメチオニン残基に変異が導入されていない、変異型Achilles
・163番目のバリン残基に変異が導入されていない、変異型Achilles
・175番目のセリン残基に変異が導入されていない、変異型Achilles
【0069】
〔評価例1〕AchillesとVenusとの蛍光成熟の比較
AchillesとVenusの遺伝子発現時の蛍光成熟速度の比較を、再構成型の無細胞発現系(PUREシステム)において測定した。Achilles及びVenusのmRNAをmMESSAGE/mMACHINE SP6キットを使用して合成した。鋳型には、pCS2ベクターのBamHI/EcoRIサイトに、Achilles及びVenusそれぞれのポリヌクレオチドをKozak配列の部分配列(CCACCATGG)とともに挿入したプラスミドを、NotIで直状化したものを使用した。タンパク質合成は、合成したmRNAとタンパク質合成キットPureFrex 2.0(Gene Frontier社)を用いて行った。そして、プレートリーダーSynergy Mx(BioTek社)内で37℃下において、480nm励起時の530nmにおける蛍光輝度を測定した。測定データはSigmaPlot 14(Systat Software社)を用いて、5パラメータのシグモイド型の近似曲線を得て、定常値で正規化した。蛍光輝度の測定結果を図1に示す。
【0070】
図1は、実験3試行の平均と標準誤差を示している。図1に示すように、最終輝度の50%の輝度に達するまでの時定数を算出したところ、AchillesはVenus(~56分)の約1/2(~29分)の時間で蛍光を発することが明らかになった。
【0071】
〔評価例2〕Achilles、Venus及び変異型Achillesとの蛍光成熟の比較
30番目、39番目、69番目、70番目、128番目、129番目、145番目、又は206番目のアミノ酸に変異が導入されていない変異型Achillesについて、Achilles及びVenusと蛍光成熟の比較を行った。
【0072】
Achilles、上記8つの変異体及びVenusを、pRSETBベクターのBamHI/EcoRIサイトにin-frameになるように挿入したプラスミドで、大腸菌JM109(DE3)株のコンピテントセルを形質転換した。形質転換させた大腸菌をプレート上に滴下して播種し、37℃下でタイムラプス像を取得した。キセノン光源(MAX-301、朝日分光社)、冷却CCDカメラCoolSNAP HQ(Photometrics社)、励起フィルター(480AF30、Omega Optical社)及び吸収フィルター(PB0540/020、朝日分光社)を用いた。また、MetaMorphソフトウェア(Universal Imaging社)で制御した。測定データはSigmaPlot 14(Systat Software社)を用いて、5パラメータのシグモイド型の近似曲線を得て、外挿した定常値で正規化した。蛍光輝度の測定結果を図2に示す。
【0073】
図2に示すように、最終輝度で正規化したキネティクスにおいてはA206F(206番目のアラニン残基のフェニルアラニン残基への置換)が蛍光早熟の最も大きな要因であることが分かった。他の変異も一変異ごとの貢献は小さいものの、集合として高速化の残分に貢献していることが示唆された。
【0074】
〔評価例3〕Achilles、Venus及び変異型Achillesとの蛍光成熟の比較
46番目、64番目、153番目、163番目、又は175番目のアミノ酸に変異が導入されていない変異型Achillesについて、Achilles及びVenusと蛍光成熟の比較を行った。評価例2と同様の手法で蛍光成熟の比較を行った。測定結果を図3に示す。
【0075】
図3に示すように、最終輝度で正規化したキネティクスにおいて、Venusのこれらの変異はAchillesの成熟の速さには貢献していないことが示唆された。
【0076】
〔評価例4〕Achilles及びVenusの蛍光特性の測定
AchillesとVenusを、pRSETBベクターのBamHI/EcoRIサイトにin-frameになるように挿入したプラスミドで、大腸菌JM109(DE3)株のコンピテントセルを形質転換した。形質転換させた大腸菌をLB培地で振とう培養(37℃、180rpm、17時間)した。集菌後10mg/mLリゾチーム及びプロテアーゼ阻害剤(10μM E-64、10μM ロイペプチン及び1μMペプスタチンA)を添加したPBS中で凍結融解及び超音波処理により溶解した。次に、Hisタグ付のこれらの蛍光タンパク質をNi-NTAアガロースを用いて精製した。最終的にPD-10カラム(GEヘルスケア社)を用いて50mM HEPES-KOH(pH=7.4)バッファに置換した。吸収スペクトルは分光光度計U-3310(日立製作所)を用いて測定し、励起及び蛍光スペクトルはマイクロプレートリーダーSynergy Mx(BioTek社)を用いて測定した。モル吸光係数は、ブラッドフォード プロテインアッセイキット(Bio-Rad社)を用いて、BSAをスタンダードとして測定したタンパク質濃度から算出した。蛍光の量子収率は、積分球C9920(浜松ホトニクス社)とマルチチャンネル分光器C10027(浜松ホトニクス社)を使用したシステムで測定した。測定結果を図4及び図5に示す。
【0077】
図4はAchillesとVenusの吸収スペクトルを示すグラフである。図5は、AchillesとVenusの励起スペクトル(点線)及び蛍光スペクトル(実線)を示すグラフである。図4に示すように、Achilles及びVenusの吸収ピーク波長はそれぞれ514nm及び515nmとほぼ同等であった。図5に示すように、Achilles及びVenusの励起ピーク波長はそれぞれ513nm及び515nm、蛍光ピーク波長は525nm及び528nmとほぼ同等であった。また、Achilles及びVenusのモル吸光係数はそれぞれ110,000mM-1・cm-1及び116,000mM-1・cm-1、蛍光の量子収率は0.64及び0.56とほぼ同等であった。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明の蛍光タンパク質は成熟速度が速く、例えば、ライフサイエンス研究用途などに利用することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
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