IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 学校法人東京薬科大学の特許一覧

特許7650480ヒト条件的不死化細胞を用いた血液脳関門モデルおよびその製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-14
(45)【発行日】2025-03-25
(54)【発明の名称】ヒト条件的不死化細胞を用いた血液脳関門モデルおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/077 20100101AFI20250317BHJP
   C12N 5/079 20100101ALI20250317BHJP
   C12N 11/02 20060101ALI20250317BHJP
【FI】
C12N5/077 ZNA
C12N5/079
C12N11/02
【請求項の数】 21
(21)【出願番号】P 2020065670
(22)【出願日】2020-04-01
(65)【公開番号】P2021159015
(43)【公開日】2021-10-11
【審査請求日】2023-03-20
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)▲1▼発行日:令和1年(2019年)6月20日 ▲2▼刊行物:13th International conference Cerebral Vascular Biology(開催場所:米国、フロリダ州マイアミ、Marriott Miami Biscayne Bay hotel、開催日時:令和1年6月25日)の要旨集で公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (2)▲1▼開催日:令和1年(2019年)6月25日 ▲2▼集会名、開催場所:13th International conference Cerebral Vascular Biology、米国、フロリダ州マイアミ、Marriott Miami Biscayne Bay hotelで公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (3)▲1▼発行日:令和1年(2019年)10月15日 ▲2▼刊行物:Molecular Pharmaceutics,2019 Nov 4;16(11):4461-4471で公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (4)▲1▼発行日:令和1年(2019年)11月26日 ▲2▼刊行物:日本薬物動態学会第34回年会(開催場所:茨城県つくば市、つくば国際会議場、開催日時:令和1年12月10日)の要旨集で公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (5)▲1▼開催日:令和1年(2019年)12月10日 ▲2▼集会名、開催場所:日本薬物動態学会 第34回年会、茨城県つくば市、つくば国際会議場で公開
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2019年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「再生医療・遺伝子治療の産業化に向けた基盤技術開発事業」「分化制御培養法によるiPS細胞由来血液脳関門モデル細胞の安定的な製造・供給体制の構築」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】592068200
【氏名又は名称】学校法人東京薬科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003421
【氏名又は名称】弁理士法人フィールズ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】降幡 知巳
(72)【発明者】
【氏名】梅原 健太
(72)【発明者】
【氏名】北村 啓太
(72)【発明者】
【氏名】秋田 英万
(72)【発明者】
【氏名】安西 尚彦
【審査官】小田 浩代
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/179375(WO,A1)
【文献】薬学部 降幡知巳教授がプレスリリース『可逆的不死化細胞によるヒト血液脳関門モデルの開発に成功』,東京薬科大学[online],2019年10月23日,URL: https://www.toyaku.ac.jp/pharmacy/newstopics/2019/1023_3135.html,[retrieved on 2024.03.06]
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00- 5/28
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i)ヒト条件的不死化ペリサイトを第1の培地に播種して培養するペリサイト培養工程と、
(ii)前記培養したヒト条件的不死化ペリサイトを第2の培地において分化させるペリサイト分化工程と、
(iii)ヒト条件的不死化アストロサイトを第3の培地に播種して培養するアストロサイト培養工程と、
(iv)前記培養したヒト条件的不死化アストロサイトを第4の培地において分化させるアストロサイト分化工程と、
(v)ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を第5の培地に播種して、前記播種したヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を培養する脳微小血管内皮細胞培養工程と
(vi)ヒト条件的不死化ペリサイトおよびヒト条件的不死化アストロサイトを第6の培地中において更に培養する更なる培養工程と
を含み、
前記ペリサイト培養工程(i)および/または前記ペリサイト分化工程(ii)において、ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物が形成され、
前記アストロサイト培養工程(iii)および/または前記アストロサイト分化工程(iv)において、ヒト条件的不死化アストロサイトを含む培養物が形成され、
前記ペリサイト分化工程(ii)における分化が、前記ペリサイト培養工程(i)における培養温度とは異なる温度で行われ、
前記アストロサイト分化工程(iv)における分化が、前記アストロサイト培養工程(iii)における培養温度とは異なる温度で行われ、
前記工程(ii)および前記工程(iv)の後で、前記脳微小血管内皮細胞培養工程(v)が行われ、
前記脳微小血管内皮細胞培養工程(v)において、ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物が形成され、
前記脳微小血管内皮細胞培養工程(v)と前記更なる培養工程(vi)とが共に行われ、
前記ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物と前記ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物とが相互作用することが可能なように配置されており、
前記第6の培地が、第1の培地、第2の培地、第3の培地、第4の培地および第5の培地のいずれとも異なり、神経細胞用培地である、多細胞血液脳関門モデルの製造方法。
【請求項2】
前記脳微小血管内皮細胞培養工程(v)における、前記播種されたヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞の培養、ならびに、前記ヒト条件的不死化ペリサイトの更なる培養および前記ヒト条件的不死化アストロサイトの更なる培養が、前記ペリサイト分化工程(ii)における分化および/または前記アストロサイト分化工程(iv)における分化とは異なる温度で行われる、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記ペリサイト培養工程(i)における培養が32~34℃の温度範囲で行われ、前記ペリサイト分化工程(ii)における分化が35~39℃の温度範囲で行われ、および/または
前記アストロサイト培養工程(iii)における培養が32~34℃の温度範囲で行われ、前記アストロサイト分化工程(iv)における分化が35~39℃の温度範囲で行われる、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記脳微小血管内皮細胞培養工程(v)における、前記播種されたヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞の培養、ならびに、前記ヒト条件的不死化ペリサイトの更なる培養および前記ヒト条件的不死化アストロサイトの更なる培養が、32~34℃の温度範囲で行われる、請求項1~3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記ペリサイト培養工程(i)における培養および前記アストロサイト培養工程(iii)における培養が、それぞれ独立して、播種後12~72時間行われる、請求項1~4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記ペリサイト分化工程(ii)における分化および前記アストロサイト分化工程(iv)における分化が、それぞれ独立して、12~72時間行われる、請求項1~5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記脳微小血管内皮細胞培養工程(v)が、播種後12~240時間行われる、請求項1~6のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項8】
前記ペリサイト培養工程(i)における培養と前記アストロサイト培養工程(iii)における培養とが、同時に行われる、請求項1~7のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項9】
前記ペリサイト分化工程(ii)における分化と前記アストロサイト分化工程(iv)における分化とが、同時に行われる、請求項1~8のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項10】
前記ペリサイト培養工程(i)および/または前記ペリサイト分化工程(ii)において形成されるヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物が層であり、および/または、
前記脳微小血管内皮細胞培養工程(v)において形成されるヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物が層である、請求項1~9のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項11】
前記脳微小血管内皮細胞培養工程(v)において形成されるヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物が単層である、請求項1~10のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項12】
前記ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物の一方の側に、前記ヒト条件的不死化アストロサイトを含む培養物が位置し、
前記ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物の他方の側に、前記ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物が位置する、請求項1~11のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項13】
前記ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物と、前記ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物とが、多孔性基材のそれぞれの面に形成されていることによって、前記ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物と、前記ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物とが相互作用することが可能なように配置されている、請求項1~12のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項14】
前記多孔性基材が、細胞外マトリックスを構成する分子によって被覆されている、請求項13に記載の製造方法。
【請求項15】
前記第3の培地と前記第4の培地とは、前記第3の培地に含まれる血清が前記第4の培地には含まれない点において相違する、請求項1~14のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項16】
前記第5の培地は、成長因子を含まない培地である、請求項1~15のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項17】
請求項1~16のいずれか1項に記載の製造方法によって製造される、多細胞血液脳関門モデル。
【請求項18】
(A)ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物と、
(B)ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物と、
(C)ヒト条件的不死化アストロサイトを含む培養物と、
(D)前記ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞のための培地と、
(E)前記ヒト条件的不死化ペリサイトおよび前記ヒト条件的不死化アストロサイトのための培地と
を含む多細胞血液脳関門モデルであって、
前記ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物(A)と前記ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物(B)とが相互作用することが可能なように配置されており、
前記ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物(B)の一方の側に、前記ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物(A)が位置し、
前記ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物(B)の他方の側に、前記ヒト条件的不死化アストロサイト(C)を含む培養物が位置し、
前記培地(D)が、成長因子を含まない培地であり、
前記培地(E)が、神経細胞用培地である、多細胞血液脳関門モデル。
【請求項19】
前記ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物(A)が層であり、および/または、
前記ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物(B)が層である、請求項18に記載の多細胞血液脳関門モデル。
【請求項20】
前記ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物(A)が単層である、請求項18または19に記載の多細胞血液脳関門モデル。
【請求項21】
多孔性基材をさらに含み、
前記ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物(A)が多孔性基材の一方の面を被覆し、
前記ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物(B)が多孔性基材の他方の面を被覆する、請求項18~20のいずれか1項に記載の多細胞血液脳関門モデル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト条件的不死化細胞を用いた血液脳関門モデルおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
血液脳関門(Blood Brain Barrier;BBB)は、脳微小血管内皮細胞(Brain Microvascular Endothelial Cells;BMEC)と、その周囲に存在するアストロサイトやペリサイトなどの支持細胞によって形成される(非特許文献1、非特許文献2)。BMECは、BBBの主要な構成要素であるが、BBB特異的な性質を獲得するには、アストロサイトとペリサイトの双方が必要であり、またこれらは共にBBBの制御および維持に重要な役割を果たす(非特許文献3)。
【0003】
BBBは、末梢と中枢神経系(Central Nervous System;CNS)との間の重要な境界面を提供し、独立した生理学的恒常性を維持し、かつ、薬剤などの潜在的に有害な化学物質が脳に入るのを防ぐ(非特許文献4、非特許文献5)。BBBを構成する2つの主な分子実体は、(1)薬剤の脳内への傍細胞流入を厳密に制限する細胞間ジャンクション(タイトジャンクションおよび接着ジャンクション);および(2)BMECの頂端膜側で種々の薬剤を積極的に運び出す複数の排出トランスポーター(P糖タンパク質(P-gp)および乳癌耐性タンパク質(BCRP)を含む)である(非特許文献6、非特許文献7、非特許文献8、非特許文献9)。
【0004】
このような特殊な機能のため、優れたBBB透過性を持つ薬物候補の特定は、CNS薬の開発における大きな課題であった。このような状況の下、in vitroのBBBモデルは、BBB透過性を有するCNS薬の特定プロセスを促進するための貴重なツールを提供することが期待される。
【0005】
BMECの単一培養システムはin vivoのBBBを正確に模倣しないため、アストロサイトおよび/またはペリサイトとの共培養が、高度かつ特殊な機能を有するBBBモデルの開発に有用な方法であると考えられている(非特許文献10、非特許文献11、非特許文献12)。これを達成するために、さまざまな動物種から得られたBBB細胞が広く使用されているが、動物とヒトのBBB機能には、BBBトランスポーターの発現レベルが異なることによって示されるように、いくつかの相違点があることが明らかになっている(非特許文献13、非特許文献14、非特許文献15)。したがって、CNS薬の開発には、ヒト由来のBBBモデルが必要である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Petzold, G. C.; Murthy, V. N. Role of astrocytes in neurovascular coupling. Neuron 2011, 71 (5), 782-797.
【文献】Sa-Pereira, I.; Brites, D.; Brito, M. A. Neurovascular unit: a focus on pericytes. Mol. Neurobiol. 2012, 45 (2), 327-347.
【文献】Engelhardt, B.; Liebner, S. Novel insights into the development and maintenance of the blood-brain barrier. Cell Tissue Res. 2014, 355 (3), 687-699.
【文献】Pardridge, W. M. The blood-brain barrier: bottleneck in brain drug development. NeuroRx 2005, 2 (1), 3-14.
【文献】Pardridge, W. M. Blood-brain barrier delivery. Drug Discovery Today 2007, 12 (1-2), 54-61.
【文献】Nitta, T.; Hata, M.; Gotoh, S.; Seo, Y.; Sasaki, H.; Hashimoto, N.; Furuse, M.; Tsukita, S. Size-selective loosening of the blood-brain barrier in claudin-5-deficient mice. J. Cell Biol. 2003, 161 (3), 653-660.
【文献】Stamatovic, S. M.; Johnson, A. M.; Keep, R. F.; Andjelkovic, A. V. Junctional proteins of the blood-brain barrier: New insights into function and dysfunction. Tissue Barriers 2016, 4 (1), e1154641.
【文献】Muzi, M.; Mankoff, D. A.; Link, J. M.; Shoner, S.; Collier, A. C.; Sasongko, L.; Unadkat, J. D. Imaging of cyclosporine inhibition of Pglycoprotein activity using 11C-verapamil in the brain: studies of healthy humans. J. Nucl. Med. 2009, 50 (8), 1267-1275.
【文献】Kodaira, H.; Kusuhara, H.; Ushiki, J.; Fuse, E.; Sugiyama, Y. Kinetic analysis of the cooperation of P-glycoprotein (P-gp/Abcb1) and breast cancer resistance protein (Bcrp/Abcg2) in limiting the brain and testis penetration of erlotinib, flavopiridol, and mitoxantrone. J. Pharmacol. Exp. Ther. 2010, 333 (3), 788-796.
【文献】Megard, I.; Garrigues, A.; Orlowski, S.; Jorajuria, S.; Clayette, P.; Ezan, E.; Mabondzo, A. A co-culture-based model of human blood-brain barrier: application to active transport of indinavir and in vivo-in vitro correlation. Brain Res. 2002, 927 (2), 153-167.
【文献】Thomsen, L. B.; Burkhart, A.; Moos, T. A Triple Culture Model of the Blood-Brain Barrier Using Porcine Brain Endothelial cells, Astrocytes and Pericytes. PLoS One 2015, 10 (8), e0134765.
【文献】Nakagawa, S.; Deli, M. A.; Kawaguchi, H.; Shimizudani, T.; Shimono, T.; Kittel, A.; Tanaka, K.; Niwa, M. A new blood-brain barrier model using primary rat brain endothelial cells, pericytes and astrocytes. Neurochem. Int. 2009, 54 (3-4), 253-263.
【文献】Syvanen, S.; Lindhe, O.; Palner, M.; Kornum, B. R.; Rahman, O.; Langstrom, B.; Knudsen, G. M.; Hammarlund-Udenaes, M. Species differences in blood-brain barrier transport of three positron emission tomography radioligands with emphasis on P-glycoprotein transport. Drug Metab. Dispos. 2009, 37 (3), 635-643.
【文献】Uchida, Y.; Ohtsuki, S.; Katsukura, Y.; Ikeda, C.; Suzuki, T.; Kamiie, J.; Terasaki, T. Quantitative targeted absolute proteomics of human blood-brain barrier transporters and receptors. J. Neurochem. 2011, 117 (2), 333-345.
【文献】Warren, M. S.; Zerangue, N.; Woodford, K.; Roberts, L. M.; Tate, E. H.; Feng, B.; Li, C.; Feuerstein, T. J.; Gibbs, J.; Smith, B.; de Morais, S. M.; Dower, W. J.; Koller, K. J. Comparative gene expression profiles of ABC transporters in brain microvessel endothelial cells and brain in five species including human. Pharmacol. Res. 2009, 59 (6), 404-413.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、ヒト条件的不死化細胞を用いた血液脳関門モデルおよびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
先述のような背景の下、本発明者らは、2つ不死化遺伝子、すなわち、(1)テロメア長を伸長し、成長停止、および細胞分割に伴うテロメア短縮によって生ずるゲノム損傷に対抗するヒトテロメラーゼ逆転写酵素(hTERT)遺伝子;(2)温度感受性シミアンウイルス40大腫瘍抗原(tsSV40T)遺伝子をヒトの初代BBB細胞へと導入することによって、BMEC、アストロサイトおよび脳ペリサイトに由来する、ヒト不死化細胞を樹立した(参考文献24、参考文献25、参考文献26)。
【0009】
tsSV40Tは、条件付き不死化特性を細胞へ付与する。具体的には、33℃の培養温度で安定であり、細胞周期を促進するが、37℃以上の温度において、急速に分解される。それによって、不死化シグナルが消失すると同時に細胞は再分化する(参考文献24、参考文献25、参考文献26、参考文献30、参考文献31)。上記2つの遺伝子の機能に基づき、ヒト不死化BBB細胞は、継続的な増殖プロファイルを示す重要な細胞特性を保持する。この点は、多様な適用可能性に鑑みて、薬剤開発における、従来の細胞種に対する明らかな利点である。
【0010】
これらのヒト不死化BBB細胞は、薬剤透過性研究におけるヒトBBBモデルの開発に貢献することが期待される。本発明者らは、これまでに本発明者らが樹立したヒト不死化アストロサイト細胞株(HASTR/ci35)、ヒト不死化脳ペリサイト細胞株(HBPC/ci37)およびヒト不死化脳微小血管内皮細胞株(HBMEC/ci18)を用いて、ヒト不死化細胞に基づく多細胞BBBモデルを開発し、当該BBBモデルの特性決定を行った。
【0011】
すなわち、本発明は:
[1](i)ヒト条件的不死化ペリサイトを第1の培地に播種して培養するペリサイト培養工程と、
(ii)前記培養したヒト条件的不死化ペリサイトを第2の培地において分化させるペリサイト分化工程と、
(iii)ヒト条件的不死化アストロサイトを第3の培地に播種して培養するアストロサイト培養工程と、
(iv)前記培養したヒト条件的不死化アストロサイトを第4の培地において分化させるアストロサイト分化工程と、
(v)ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を第5の培地に播種して、前記播種したヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を培養する脳微小血管内皮細胞培養工程と
を含み、
前記ペリサイト培養工程(i)および/または前記ペリサイト分化工程(ii)において、ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物が形成され、
前記アストロサイト培養工程(iii)および/または前記アストロサイト分化工程(iv)において、ヒト条件的不死化アストロサイトを含む培養物が形成され、
前記ペリサイト分化工程(ii)における分化が、前記ペリサイト培養工程(i)における培養温度とは異なる温度で行われ、
前記アストロサイト分化工程(iv)における分化が、前記アストロサイト培養工程における培養温度とは異なる温度で行われ、
前記工程(ii)および前記工程(iv)の後で、前記脳微小血管内皮細胞培養工程(v)が行われ、
前記脳微小血管内皮細胞培養工程(v)において、ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物が形成され、
前記脳微小血管内皮細胞培養工程(v)において、前記播種されたヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞の培養が、第6の培地中における前記ヒト条件的不死化ペリサイトの更なる培養および前記ヒト条件的不死化アストロサイトの更なる培養と共に行われ、
前記ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物と前記ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物とが相互作用することが可能なように配置されている、多細胞血液脳関門モデルの製造方法;
[2]前記脳微小血管内皮細胞培養工程(v)における、前記播種されたヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞の培養、ならびに、前記ヒト条件的不死化ペリサイトの更なる培養および前記ヒト条件的不死化アストロサイトの更なる培養が、前記ペリサイト分化工程(ii)における分化および/または前記アストロサイト分化工程(iv)における分化とは異なる温度で行われる、[1]に記載の製造方法;
[3]前記ペリサイト培養工程(i)における培養が32~34℃の温度範囲で行われ、前記ペリサイト分化工程(ii)における分化が35~39℃の温度範囲で行われ、および/または
前記アストロサイト培養工程(iii)における培養が32~34℃の温度範囲で行われ、前記アストロサイト分化工程(iv)における分化が35~39℃の温度範囲で行われる、[1]または[2]に記載の製造方法;
[4]前記脳微小血管内皮細胞培養工程(v)における、前記播種されたヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞の培養、ならびに、前記ヒト条件的不死化ペリサイトの更なる培養および前記ヒト条件的不死化アストロサイトの更なる培養が、32~34℃の温度範囲で行われる、[1]~[3]のいずれか1項に記載の製造方法;
[5]前記ペリサイト培養工程(i)における培養および前記アストロサイト培養工程(iii)における培養が、それぞれ独立して、播種後12~72時間行われる、[1]~[4]のいずれか1項に記載の製造方法;
[6]前記ペリサイト分化工程(ii)における分化および前記アストロサイト分化工程(iv)における分化が、それぞれ独立して、12~72時間行われる、[1]~[5]のいずれか1項に記載の製造方法;
[7]前記脳微小血管内皮細胞培養工程(v)が、播種後12~240時間行われる、[1]~[6]のいずれか1項に記載の製造方法;
[8]前記ペリサイト培養工程(i)における培養と前記アストロサイト培養工程(iii)における培養とが、同時に行われる、[1]~[7]のいずれか1項に記載の製造方法;
[9]前記ペリサイト分化工程(ii)における分化と前記アストロサイト分化工程(iv)における分化とが、同時に行われる、[1]~[8]のいずれか1項に記載の製造方法;
[10]前記ペリサイト培養工程(i)および/または前記ペリサイト分化工程(ii)において形成されるヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物が層であり、および/または、
前記脳微小血管内皮細胞培養工程(v)において形成されるヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物が層である、[1]~[9]のいずれか1項に記載の製造方法;
[11]前記脳微小血管内皮細胞培養工程(v)において形成されるヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物が単層である、[1]~[10]のいずれか1項に記載の製造方法;
[12]前記ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物の一方の側に、前記ヒト条件的不死化アストロサイトを含む培養物が位置し、
前記ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物の他方の側に、前記ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物が位置する、[1]~[11]のいずれか1項に記載の製造方法;
[13]前記ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物と、前記ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物とが、多孔性基材のそれぞれの面に形成されていることによって、前記ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物と、前記ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物とが相互作用することが可能なように配置されている、[1]~[12]のいずれか1項に記載の製造方法;
[14]前記多孔性基材が、細胞外マトリックスを構成する分子によって被覆されている、[13]に記載の製造方法;
[15]前記第3の培地と前記第4の培地とは、前記第3の培地に含まれる血清が前記第4の培地には含まれない点において相違する、[1]~[14]のいずれか1項に記載の製造方法;
[16]前記第5の培地は、成長因子を含まない培地である、[1]~[15]のいずれか1項に記載の製造方法;
[17]前記第6の培地が、第1の培地、第2の培地、第3の培地、第4の培地および第5の培地のいずれとも異なる、[1]~[16]のいずれか1項に記載の製造方法;
[18][1]~[17]のいずれか1項に記載の製造方法によって製造される、多細胞血液脳関門モデル;
[19](A)ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物と、
(B)ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物と、
(C)ヒト条件的不死化アストロサイトを含む培養物と、
(D)前記ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞のための培地と、
(E)前記ヒト条件的不死化ペリサイトおよび前記ヒト条件的不死化アストロサイトのための培地と
を含む多細胞血液脳関門モデルであって、
前記ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物(A)と前記ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物(B)とが相互作用することが可能なように配置されており、
前記ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物(B)の一方の側に、前記ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物(A)が位置し、
前記ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物(B)の他方の側に、前記ヒト条件的不死化アストロサイト(C)を含む培養物が位置する、多細胞血液脳関門モデル;
[20]前記ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物(A)が層であり、および/または、
前記ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物(B)が層である、[19]に記載の多細胞血液脳関門モデル;
[21]前記ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物(A)が単層である、[19]または[20]に記載の多細胞血液脳関門モデル。
[22]多孔性基材をさらに含み、
前記ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物(A)が多孔性基材の一方の面を被覆し、
前記ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物(B)が多孔性基材の他方の面を被覆すする、[19]~[21]のいずれか1項に記載の多細胞血液脳関門モデル;
[23]前記培地(D)が、成長因子を含まない培地であり、
前記培地(E)が、神経細胞用培地である、[19]~[22]のいずれか1項に記載の多細胞血液脳関門モデル
に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、ヒト不死化細胞を用いた血液脳関門モデルを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1A図1Aは、顕微鏡で観察された、条件的不死化ヒト脳微小血管内皮細胞株HBMEC/ci18の細胞形態を示す。
図1B図1Bは、免疫細胞化学により検出した、HBMEC/ci18細胞における内皮細胞マーカー(vWFおよびCD31)のタンパク質発現を示す。核の対比染色には4’,6-Diamidino-2-phenylindole(DAPI)を用いた(青色)。試験は3回繰り返し、代表的な画像を示した。
図1C図1Cは、免疫細胞化学により検出した、HBMEC/ci18細胞における不死化遺伝子(tsSV40TおよびhTERT)のタンパク質発現を示す。試験は3回繰り返し、代表的な画像を示した。
図1D図1Dは、HBMEC/ci18細胞の増殖能力を示す。33℃または37℃で培養したHBMEC/ci18細胞の増殖能力を、播種から3、5および9日後に細胞数を直接計測することによって調べた。各値は、3つの独立した試験から得られた値の平均±SDであり、各計測は2回行った。
図1E図1Eは、qPCRによって評価した各種mRNA発現量の比較解析結果を示す。HBMEC/ci18細胞およびヒト肝類洞内皮細胞株(HLSEC/ciJ、非脳血管内皮細胞の例として使用)におけるBBBに特徴的な遺伝子のmRNA発現レベルを示す。標的は、低密度リポタンパク質受容体関連タンパク質1(LRP1)、インスリン受容体(INSR)、多剤耐性関連タンパク質4(MRP4)、グルコーストランスポーター1(GLUT1)、major facilitator superfamily domain(MFSD)2A、P-グライコプロテイン(P-gp)、モノカルボン酸トランスポーター8(MCT8)およびトランスフェリン受容体(TfR)である。値は、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)のmRNAレベルに対して標準化し、結果は、3つの独立した試験から得られた値の平均±SDであり、各試験におけるqPCRは2回行った。*p<0.05、**p<0.01。
図2A図2Aは、ヒト不死化細胞に基づくBBBモデルの作製手順の概要を示す。共培養の開始の2日前(Day-2)に、ヒトアストロサイト(HASTR)/ci35細胞およびヒト脳ペリサイト(HBPC)/ci37をそれぞれ、アストロサイト成長培地(AGM)およびペリサイト培地(PM)を用いて、タイプIVコラーゲン/フィブロネクチン被覆培地インサートまたはプレートに播種した。次いで、Day-1に、培養温度を33℃から37℃へと変更し、アストロサイト成長培地(AGM)をアストロサイト分化培地(ADM)に変更した(図中の「Step2:35/37 differentiation」)。Day0で、VEGFおよびhEGFを含まないVascuLife complete medium(Vas-V/E不含培地)を用いて、HBMEC/ci18細胞を培養インサート(頂端膜側)へ播種する一方で、脳実質培地(BPM)を培養ウェル(基底側)に用いた。共培養開始から各試験が行われるまで細胞は33℃に維持した(図中、「Step 3:18/35/37 coculture」)。
図2B図2Bは、異なる細胞配置パターンで作製した6種類のBBBモデルを示す。図中、「E」、「A」、「P」および「0」はそれぞれ、「HBMEC/ci18細胞」、「HASTR/ci35細胞」、「HBPC/ci37細胞」および「細胞なし」を意味する。アルファベットの順序は、各細胞種の培養位置を意味し、インサートの内側、インサートの外側およびウェルの底部の順である。E00モデルは、HBMEC/ci18細胞の単独培養モデルである。EP0およびEA0モデルは、インサート内側のHBMEC/ci18とインサート外側のHBPC/ci137細胞またはHASTR/ci35細胞とを共培養したものである。E0Aモデルは、インサート内側のHBMEC/ci18細胞と、ウェル底部のHASTR/ci35細胞とを共培養したものである。EPAモデルは、インサート内側にHBMEC/ci18、インサート外側にHBPC/ci37細胞、ウェル底部にHASTR/ci35細胞を播種したものである。EAPモデルは、インサート内側にHBMEC/ci18、インサート外側にHASTR/ci35細胞、ウェル底部にHBPC/ci37細胞をプレートの底部に播種したものである。
図3A図3Aは、図2に関して述べた方法に従って24ウェルトランスウェル培養システム中で作製した6つのBBBモデルについて、共培養開始後のDay1に測定した経内皮電気抵抗(TEER)の値を示すものである。結果は、E00モデルから得られた値に対する倍率差で示される。値は、3つの独立した試験の平均(SD)として表され、抵抗値の測定は各回2回行った。図中、「E」は、「HBMEC/ci18細胞」、「A」は、「HASTR/ci35細胞」、「P」は「HBPC/ci37」を示す。**p<0.01、***p<0.001 vs E00、##, p < 0.01; ###, p < 0.001 vs E0A。
図3B図3Bは、共培養1日後に測定したE00およびEPAモデル(12ウェル)のTEER値を示す。結果は、3つの独立した試験から得られた値の平均±SDであり、各試験は2回行った。*p<0.001。
図4A図4Aは、ヒト不死化細胞によるBBBモデルにおける細胞間ジャンクション関連遺伝子の発現プロファイルを示す。E00およびEPAモデル(12ウェル)における、細胞間ジャンクション関連遺伝子(zonula occludens 1 [ZO-1]、血管内皮[VE]-カドヘリンおよびβ-カテニン)の相対的mRNA発現レベルをqPCRで試験した。値は、glyceraldehyde 3-phosphate dehydrogenase(GAPDH)mRNAレベルを用いて標準化し、E00モデルの値に対する倍率で表される。データは、3回の独立した実験から得られた値の平均(およびSD)である。各qPCRは各々、二重の複製サンプル(duplicates)を用いて行った(*P<0.05)。
図4B図4Bは、E00モデル(12ウェル)およびEPAモデル(12ウェル)におけるZO-1、E-カドヘリンおよびβ-カテニンのタンパク質発現および局在を免疫細胞染色(ICC)によって試験した結果である。核対比染色(青色)には、4’,6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI)を用いた。すべての実験は3回独立して繰り返しており、図には代表的な写真を示している。
図5図5は、ヒト不死化細胞によるBBBモデルにおける排出トランスポーターの機能を試験した結果であり、具体的には、E00モデル(12ウェル)およびEPAモデル(12ウェル)における、ローダミン123(R123;P糖タンパク質(P-gp)の基質)の双方向輸送アッセイの結果である。R123(5μM)を、インサートチャンバーまたはウェルの底に添加し、20、40または60分、静置した。反対側から培地を回収し、R123濃度を測定した。測定した濃度に基づき、頂端膜側から基底側への透過係数PeABおよび基底側から頂端膜側への透過係数PeBAの値を計算した。排出率(ER)はER = PeBA/PeABに従って計算した。データは、3回の独立した実験から得られた値の平均(およびSD)である。各実験は各々、二重の複製サンプル(duplicates)を用いて行われた(*P<0.05;**P<0.01)。
図6A図6Aは、E00モデル(12ウェル)およびEPAモデル(12ウェル)におけるP-gpおよびBCRPのmRNA発現レベルをqPCRによって試験した結果を示す。値は、GAPDH mRNAレベルを用いて標準化し、E00モデルの値に対する倍率差として表している。データは、3回の独立した実験から得られた平均(およびSD)として示している。各qPCRは各々、二重の複製サンプル(duplicates)を用いて行った(*P<0.05;**P<0.01)。
図6B図6Bは、E00モデル(12ウェル)およびEPAモデル(12ウェル)におけるP-gpおよびBCRPのタンパク質発現と細胞内局在をICCによって試験した結果を示す。比較のために、β-カテニンについても試験した。EPAモデルについては、x-y面画像を各図の中央に、y-z面画像およびx-z面画像(xおよびy位置をそれぞれ、水平の白線および垂直の白線によって示す)を上および右に示した。核対比染色(青色)には、4’,6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI)を用いた。すべての実験は3回独立して繰り返しており、図には代表的な写真を示している。
図7図7は、E00モデル(12ウェル)およびEPAモデル(12ウェル)におけるルシファーイエロー(BBB不透過性マーカー)の透過性アッセイの結果を示す。頂端膜側にルシファーイエロー(10μM)を添加した後、30分、60分または90分静置した。ウェルから培地を回収し、ルシファーイエローの濃度を決定した。この濃度に基づき、透過係数(Pe)値を計算した。データは、3回の独立した実験から得られた平均(およびSD)として示している。各実験は各々、二重の複製サンプル(duplicates)を用いて行われた(*P<0.05;**P<0.01vsE00)。
図8図8は、基底側に種々の培地を用いて作製したEPAモデルについて、共培養開始後のDay1に測定した経上皮電気抵抗(TEER)の値の結果を示すものである。比較としてE00モデルとEP0モデルを用いた。得られたTEER値から、基底側の培地にBPM(第6の培地)を用いることで、アストロサイトおよびペリサイトとの共培養効果が認められた。試験は2回行った。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明についてより詳細に説明する。
【0015】
本発明の第1の側面は、ヒト条件的不死化細胞を用いた多細胞血液脳関門モデルの製造方法を提供する。具体的には、本製造方法によって提供される多細胞血液脳関門モデルは、ヒトのインビトロの血液脳関門モデルである。本製造方法は、以下に説明する工程を含むものである。
【0016】
すなわち、本発明にかかる多細胞血液脳関門モデルの製造方法は、下記:
(i)ヒト条件的不死化ペリサイトを第1の培地に播種して培養するペリサイト培養工程と、
(ii)前記培養したヒト条件的不死化ペリサイトを第2の培地において分化させるペリサイト分化工程と、
(iii)ヒト条件的不死化アストロサイトを第3の培地に播種して培養するアストロサイト培養工程と、
(iv)前記培養したヒト条件的不死化アストロサイトを第4の培地において分化させるアストロサイト分化工程と、
(v)ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を第5の培地に播種して、前記播種したヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を培養する脳微小血管内皮細胞培養工程と
を含む。以下、各工程について詳述する。
【0017】
<ペリサイト培養工程(工程(i))>
本工程では、ヒト条件的不死化ペリサイトを培地に播種して培養する。本工程で培養されたヒト条件的不死化ペリサイトは、後続のペリサイト分化工程において、分化に供される。本工程におけるヒト条件的不死化ペリサイトの培養は、例えば31~35℃の範囲内、好ましくは32~34℃の範囲内、より好ましくは33℃で行われる。より低い温度やより高い温度で培養すると、細胞の増殖速度が低下する可能性がある。
【0018】
ペリサイト培養工程(i)における培養は、例えば播種後12~72時間、好ましくは18~60時間、より好ましくは20~48時間、さらに好ましくは22~36時間行われる。一態様において、ペリサイト培養工程(i)における培養は、播種後24時間行われる。より短い時間培養を行うと、十分に細胞が接着・進展・増殖しない可能性があり、より長い時間培養を行うと過増殖が懸念され、また、モデル作製に時間がかかり、効率的ではない。
【0019】
ヒト条件的不死化ペリサイトは例えば、図2Bに示すような、平坦な面を有する基材に播種されることが好ましいが、培養物を形成する限り、これに限定されない。平坦な面を有する基材に播種される場合は、後述するように、当該平坦な面の反対側に、脳微小血管内皮細胞培養工程において、ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物が層状に形成される。
【0020】
本工程では、ペリサイトの培養に通常用いられる当該分野で既知の培地を使用することができ、例えば、市販品としては、ペリサイト培地(Scien Cell社製)が挙げられる。
【0021】
<ペリサイト分化工程(工程(ii))>
本工程では、ペリサイト培養工程において培養したヒト条件的不死化ペリサイトを分化させる。本工程におけるヒト条件的不死化ペリサイトの分化は、前記ペリサイト培養工程における培養温度とは異なる温度で行われる。ヒト条件的不死化ペリサイトの分化は、前記ペリサイト培養工程における培養温度よりも高い温度で行われ、例えば1℃以上、好ましくは2℃以上、より好ましくは3℃以上、特に好ましくは4℃以上高い温度で行われる。より具体的には、ヒト条件的不死化ペリサイトの分化は、前記ペリサイト培養工程における培養温度よりも、例えば1~7℃高い温度、好ましくは2~6℃高い温度、より好ましくは3~5℃高い温度、さらに好ましくは3.5~4.5℃高い温度、最も好ましくは4℃高い温度で行われる。
【0022】
本工程における、ヒト条件的不死化ペリサイトの分化は具体的には、例えば34~40℃、好ましくは35~39℃、より好ましくは36~38℃の温度範囲内で行われる。一態様において、当該分化は36.5~37.5℃の温度範囲内で行われる。別の一態様において、当該分化は37℃で行われる。
【0023】
実施例において後述するように、本発明者らは、具体的な実験においては、37℃という、増殖は抑えつつも分化を促進する温度条件で分化を行うことにより、好適な血液脳関門モデルを得ることに成功した。これまで、39℃において細胞の不死化シグナルが完全に解除されることが報告されていたが、本発明者らは、37℃でも不死化シグナルの働きを弱めて分化を促進できることを示した。本発明にかかる製造方法は、より低い温度で分化を促進できるという点で汎用性がより高まった方法である。
【0024】
ペリサイト分化工程(ii)における分化は、例えば12~72時間、好ましくは18~60時間、より好ましくは20~48時間、さらに好ましくは22~36時間行われる。一態様において、ペリサイト分化工程(iii)における分化は、24時間行われる。
【0025】
本工程では、ペリサイトの分化に通常用いられる当該分野で既知の培地を使用することができ、例えば、ペリサイト用培地(ScienCell, San Diego, CA)が挙げられるが、これに限定されない。当該培地にはさらに、血清、成長因子、抗生剤などを添加してもよい。血清としてはFetal Bovine Serum (FBS)(Thermo Fisher Scientific, Waltman, CA)など、成長因子としては、Pericyte Growth Factors(ScienCell)など、抗生剤としては、ペニシリン/ストレプトマイシン(pen/st、Wako, Osaka)、ブラストサイジンS(nacali tesque, Kyoto)などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0026】
好ましい一態様において、ペリサイト分化工程で用いられる培地(第2の培地)は、ペリサイト培養工程で用いられる培地(第1の培地)と同一であるか、または、第1の培地と第2の培地とは、第1の培地に含まれる血清が第2の培地には含まれない点において相違する。第2の培地が血清を含有しない場合、含有する場合と比較して、ペリサイトの分化が促進される。一態様では、ペリサイト分化工程で用いられる培地(第2の培地)は、ペリサイト培養工程で用いられる培地(第1の培地)と同一である。
【0027】
ペリサイト培養工程(i)および/またはペリサイト分化工程(ii)において、ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物が形成される。ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物の形状は、層または塊であってよい。一態様において、ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物は、ヒト条件的不死化ペリサイトを含む層である。当該ヒト条件的不死化ペリサイトを含む層は、単層および複数層であってよく、好ましくは単層である。ヒト条件的不死化ペリサイトを含む層が単層であれば、内皮において形成されるバリア機能の過大評価を回避することができる。
【0028】
本明細書において「層」の語が、ヒト条件的不死化ペリサイト、ヒト条件的不死化アストロサイトおよびヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞に関して使用される場合、「層」の語には、細胞同士が一部重なる部分を有する層や、細胞が存在しない隙間部分を有する層も包含されるものとする。すなわち、本明細書において「層」の語には、完全で均一な構造を有する層以外にも、層様の構造およびシート状の構造が包含される。
【0029】
<アストロサイト培養工程(工程(iii))>
本工程では、ヒト条件的不死化アストロサイトを培地に播種して培養する。本工程で培養されたヒト条件的不死化アストロサイトは、後続のアストロサイト分化工程において、分化に供される。本工程におけるヒト条件的不死化アストロサイトの培養は、例えば31~35℃の範囲内、好ましくは32~34℃の範囲内、より好ましくは33℃で行われる。
【0030】
アストロサイト培養工程(iii)における培養は、例えば播種後12~72時間、好ましくは18~60時間、より好ましくは20~48時間、さらに好ましくは22~36時間行われる。培養をより長い時間行うと、細胞の機能が低下する可能性がある。一態様において、アストロサイト培養工程(iii)における培養は、播種後24時間行われる。
【0031】
ヒト条件的不死化アストロサイトは例えば、図2Bに示すような、内側に更なる容器を挿入可能な容器内に播種されることが好ましい。一態様において、当該容器は、平坦な底面を有する。
【0032】
本工程でアストロサイトを播種する第3の培地としては、アストロサイトの培養に通常用いられる当該分野で既知の培地を使用することができ、例えば、市販品としては、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)(LONZA、Sigma-Aldrich、Thermo Fisher Scientificなど)が挙げられるが、これらに限定されない。第3の培地には、適宜、抗生剤、血清、N2サプリメント(Wako)などが添加されてよい。
【0033】
<アストロサイト分化工程(工程(iv))>
本工程では、アストロサイト培養工程において培養したヒト条件的不死化アストロサイトを分化させる。本工程におけるヒト条件的不死化アストロサイトの分化は、前記アストロサイト培養工程における培養温度とは異なる温度で行われる。ヒト条件的不死化アストロサイトの分化は、前記アストロサイト培養工程における培養温度よりも高い温度で行われ、例えば1℃以上、好ましくは2℃以上、より好ましくは3℃以上、特に好ましくは4℃以上高い温度で行われる。より具体的には、ヒト条件的不死化アストロサイトの分化は、前記アストロサイト培養工程における培養温度よりも、例えば1~7℃高い温度、好ましくは2~6℃高い温度、より好ましくは3~5℃高い温度、さらに好ましくは3.5~4.5℃高い温度、最も好ましくは4℃高い温度で行われる。
【0034】
本工程における、ヒト条件的不死化アストロサイトの分化は具体的には、例えば34~40℃、好ましくは35~39℃、より好ましくは36~38℃の温度範囲内で行われる。一態様において、当該分化は36.5~37.5℃の温度範囲内で行われる。別の一態様において、当該分化は37℃で行われる。
【0035】
実施例の項において後述するように、本発明者らは、具体的な実験においては、37℃という、増殖は抑えつつも分化を促進する温度条件で分化を行うことにより、好適な血液脳関門モデルを得ることに成功した。これまで、39℃において細胞の不死化シグナルが完全に解除されることが報告されていたが、本発明者らは、37℃でも不死化シグナルの働きを弱めて分化を促進できることを示した。本発明にかかる製造方法は、より低い温度で分化を促進できるという点で汎用性がより高まった方法である。
【0036】
アストロサイト分化工程(iv)における分化は、例えば12~72時間、好ましくは18~60時間、より好ましくは20~48時間、さらに好ましくは22~36時間行われる。より長い時間、分化を行うと、細胞の機能が低下する可能性がある。一態様において、アストロサイト分化工程(iv)における分化は、24時間行われる。
【0037】
本工程でアストロサイトを分化させる第4の培地としては、アストロサイトの分化に通常用いられる当該分野で既知の分化用培地を使用することができ、例えば、市販品としては、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)(LONZA、Sigma-Aldrich、Thermo Fisher Scientificなど)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0038】
好ましい一態様において、アストロサイト分化工程で用いられる培地(第4の培地)は、アストロサイト培養工程で用いられる培地(第3の培地)とは、第3の培地に含まれる血清を含まない点において相違する。
【0039】
ここで、血清としては例えば、FBSなどが挙げられるがこれらに限定されない。第3の培地が血清を含むことにより、アストロサイトの細胞増殖が促進され、第4の培地が血清を含まないことにより、アストロサイトの分化が抑制されることを防ぐ。
【0040】
別の一態様において、アストロサイト分化工程で用いられる培地(第4の培地)は、アストロサイト分化促進剤を含んでもよい。アストロサイト分化促進剤としては、例えば、cAMPおよびそのアナログ(dBcAMPなど)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0041】
一態様において、第4の培地は、適宜、抗生剤を含んでもよい。別の一態様において、第3の培地が抗生剤を含む場合、第4の培地は、第3の培地に含まれる抗生剤を含まなくてもよい。抗生剤としては例えば、ブラストサイジンなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0042】
アストロサイト培養工程(iii)および/またはアストロサイト分化工程(iv)において、ヒト条件的不死化アストロサイトを含む培養物が形成される。ヒト条件的不死化アストロサイトを含む培養物の形状は、層または塊であってよい。一態様において、ヒト条件的不死化アストロサイトを含む培養物は、ヒト条件的不死化アストロサイトを含む層である。当該ヒト条件的不死化アストロサイトを含む層は、単層および複数層であってよい。また、ヒト条件的不死化アストロサイトを含む培養物は、細胞塊や複雑な立体形状をとってもよい。
【0043】
ペリサイト培養工程(i)における培養とアストロサイト培養工程(iii)における培養とは、例えば、上記の時間範囲内で、それぞれ独立して行われる。好ましい一態様において、ペリサイト培養工程(i)における培養とアストロサイト培養工程(iii)における培養とは、上記の時間範囲内で、同時に行われる。これらの培養を同時に行うことで、モデル作製に要する時間を短縮することができる。
【0044】
また、ペリサイト分化工程(ii)における分化とアストロサイト分化工程(iv)における分化とは、例えば、上記の時間範囲内で、それぞれ独立して行われる。好ましい一態様において、ペリサイト分化工程(ii)における分化とアストロサイト分化工程(iv)における分化とは、上記の時間範囲内で、同時に行われる。これらの分化を同時に行うことで、モデル作製に要する時間を短縮することが可能である。
【0045】
<脳微小血管内皮細胞培養工程(工程(v))>
本工程は、ペリサイト分化工程(工程(ii))およびアストロサイト分化工程(工程(iv))の後で行われる。本工程では、ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を培地に播種して、播種したヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を培養する。
【0046】
本工程において、ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物が形成される。ここで、好ましくは、ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物は層である。一態様において、脳微小血管内皮細胞を含む培養物は単層である。ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む層が単層であれば、in vivoにおける血液脳関門の構造をより忠実に模すことができる。
【0047】
本工程において、播種されたヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞の培養は、第6の培地におけるヒト条件的不死化ペリサイトの更なる培養およびヒト条件的不死化アストロサイトの更なる培養と共に行われる。このように共培養することにより、生体内の脳環境により近い状態を再現することができ、ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞における血液脳関門機能を向上させることができる。
【0048】
脳微小血管内皮細胞培養工程において、播種されたヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞の培養、ならびに、ヒト条件的不死化ペリサイトの更なる培養およびヒト条件的不死化アストロサイトの更なる培養は、ペリサイト分化工程(工程(ii))における分化および/またはアストロサイト分化工程(工程(iv))における分化とは、異なる温度で行われることが好ましい。分化工程(ii)および/または分化工程(iv)における分化温度よりも低い温度、例えば1℃以上、好ましくは2℃以上、より好ましくは3℃以上、特に好ましくは4℃以上低い温度で行われる。より具体的には、例えば1~7℃低い温度、好ましくは2~6℃低い温度、より好ましくは3~5℃低い温度、さらに好ましくは3.5~4.5℃低い温度、最も好ましくは4℃低い温度で行われる。
【0049】
一態様において、本工程におけるヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞の培養、ならびに、ヒト条件的不死化ペリサイトおよびヒト条件的不死化アストロサイトの更なる培養は、例えば31~35℃の範囲内、好ましくは32~34℃の範囲内、より好ましくは33℃で行われる。
【0050】
本工程におけるヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞の培養、ならびに、ヒト条件的不死化ペリサイトおよびヒト条件的不死化アストロサイトの更なる培養は、ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞の播種後、例えば12時間以上、好ましくは12~240時間、より好ましくは12~150時間、さらに好ましくは18~120時間、特に好ましくは、24~120時間行われる。培養時間が上記範囲よりも長いと、脳微小血管内皮細胞の機能が保たれない可能性があることに加え、モデルの作製に時間がかかりすぎ、効率的ではない。一方、培養時間が上記範囲よりも短いと、脳微小血管内皮細胞が十分に増殖しないか、または層を形成できない可能性がある。一態様において、ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞の培養ならびにヒト条件的不死化ペリサイトおよびヒト条件的不死化アストロサイトの更なる培養は、ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞の播種後24時間行われる。
【0051】
ここで、形成されたヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物は、生体内の血液脳関門(BBB)構造の頂端膜側を模すものであり、先の工程において形成された、ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物とヒト条件的不死化アストロサイトを含む培養物とは、BBB構造の基底側を模すものである。
【0052】
本工程におけるヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞の培養では、第5の培地として、当該分野で既知の培地を使用することができ、例えば、市販品としてはVascuLife basal medium (KURABO,Osaka,Japan)が挙げられるがこれに限定されない。好ましくは、ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞の培養における第5の培地は、成長因子を含まない培地である。一態様では、第5の培地として、VEGFおよびhEGFやブラストサイジンSを含まないVascuLife complete medium(Vas-V/E不含培地)を使用することができる。第5の培地は、適宜、抗生剤を含んでよい。ここで成長因子としては、VEGF、hEGF、bFGF、IGFなどが挙げられるがこれらに限定されない。また、抗生剤としては、ブラストサイジン、ペニシリン、ストレプトマイシンなどが挙げられるがこれらに限定されない。
【0053】
本工程における、ヒト条件的不死化ペリサイトおよびヒト条件的不死化アストロサイトの更なる培養では、第6の培地として、当該分野で既知の培地を使用することができる。好ましくは、第6の培地は、第1の培地、第2の培地、第3の培地、第4の培地および第5の培地のいずれとも異なるものである。第6の培地としては、例えば、市販品を用いてもよい。第6の培地として、神経基底培地(Neurobasal medium)(Thermo Fisher Scientific)が挙げられるがこれに限定されない。当該培地には、適宜、抗生剤、N2サプリメント等を添加してもよい。一態様において、第6の培地としては、神経基底培地(Neurobasal medium)(Thermo Fisher Scientific)を使用することができ、当該培地にpen/st、アポトランスフェリンを含んだN2 supplement、L-グルタミンを添加してもよい(このようにして作製された培地は、脳実質培地(BPM)とも称する。)。
【0054】
上述のようにして製造された多細胞血液脳関門モデルにおいて、ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物の一方の側に、ヒト条件的不死化アストロサイトを含む層が位置し、かつ、ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物の他方の側に、ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物が位置する。
【0055】
また、一態様において、ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物とヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物とは、相互作用を行うことが可能なように連通している。ここで、ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物とヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物との相互作用とは、少なくとも液性因子を介した相互作用であるが、ペリサイトと脳微小血管内皮細胞とが多孔性膜の孔を通じて直接接触していてもよい。別の一態様において、培養物が層である場合、ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物の層とヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物の層とが、相互作用を行うことが可能なように連通している。
【0056】
一態様において、ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物とヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物とは、多孔性基材のそれぞれの面に形成されていることによって、ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物と、ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物とが相互作用を行うことが可能なように連通している。多孔性基材は、例えば多孔性膜である。多孔性基材の材質は、ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物とヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物との直接的な相互作用を妨げない範囲で適宜選択され、例えばポリエチレンテレフタレート等、当該分野で用いられる多孔性膜に一般的なものが挙げられるが、これらに限定されない。
【0057】
多孔性基材の孔のサイズは、ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物とヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物との相互作用を妨げない範囲や、細胞の培養物(例えば層や塊)の形成を妨げない範囲で適宜選択されてよい。多孔性基材の市販品の例としては、translucent polyethylene terephthalate, 0.4 μm high-density pores(BD Falcon, Franklin Lakes, NJ)が挙げられる。
【0058】
多孔性基材は、細胞の接着を促進するために、細胞外マトリックスを構成する分子によって被覆されていることが好ましい。多孔性基材は例えば、コラーゲン、フィブロネクチンおよびラミニンからなる群より選択される少なくとも1つで被覆されている。このような物質で被覆することにより、細胞の接着と分化形質が向上する。一態様において、多孔性基材は、コラーゲンおよび/またはフィブロネクチンによって被覆されている。
【0059】
本発明にかかる製造方法において、播種されるヒト条件的不死化ペリサイトの数、ヒト条件的不死化アストロサイトの数、ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞の数や、これらの数の比は、適宜調整されてよい。
【0060】
<その他の工程>
前記製造方法は、さらに、作製された多細胞血液脳関門モデルを凍結する凍結工程、作製された当該モデルの形状、性能等を維持する工程、当該モデルを必要とされる場所に輸送する輸送工程を含んでもよい。
【0061】
本発明の第2の側面は、先述の製造方法によって製造される、多細胞血液脳関門モデルに関する。
【0062】
本発明の第3の側面は、下記:
(A)ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物と、
(B)ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物と、
(C)ヒト条件的不死化アストロサイトを含む培養物と、
(D)前記ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞のための培地と、
(E)前記ヒト条件的不死化ペリサイトおよび前記ヒト条件的不死化アストロサイトのための培地と
を含む多細胞血液脳関門モデルに関する。
【0063】
本モデルにおいて、ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物(A)とヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物(B)とは相互作用することが可能なように配置されている。一態様において、ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物(A)とヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物(B)との間には多孔性基材が存在してもよく、この場合、ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物(A)が多孔性基材の一方の面を被覆し、ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物(B)が多孔性基材の他方の面を被覆している。
【0064】
ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物(B)の一方の側には、ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物(A)が位置し、ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物(B)の他方の側には、ヒト条件的不死化アストロサイト(C)を含む培養物が位置する。
【0065】
好ましい一態様において、ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物(A)が層であり、および/または、ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物(B)が層である。別の好ましい一態様において、ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物(A)は単層であり、および/または、ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物(B)は単層である。
【0066】
培地(D)は、先述の第5の培地に対応し、成長因子を含まない培地である。培地(D)はさらに、抗生剤を含まなくてもよい。培地(E)は先述の第6の培地に対応し、神経細胞用培地である。
【0067】
一態様において、本発明にかかる多細胞血液脳関門モデルは、ヒト条件的不死化アストロサイトを含む培養物(C)を内部に保持する第1の容器と、ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物(A)およびヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物(B)を担持した第2の容器とを含む。例えば、第1の容器は、内部に第2の容器を設置することができる構造を有していてよく、例えば、一定の深さを有するウェルの構造を有してよい。この場合、第2の容器は、第1の容器の内部に配置されるインサートであってもよい。
【0068】
第2の容器は、一方の側(例えば、第2の容器の内側)にヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物(A)を、他方の側(例えば、第2の容器の外側)にヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物(B)を担持している。このように培養物(A)および培養物(B)を担持することによって、第1の容器と第2の容器とを組み合わせた場合に、ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物層(B)の一方の側には、ヒト条件的不死化脳微小血管内皮細胞を含む培養物層(A)が位置し、ヒト条件的不死化ペリサイトを含む培養物層(B)の他方の側には、ヒト条件的不死化アストロサイト(C)を含む培養物層が位置する構成となり、生体内での構造を模倣したBBBモデルを再現できる(例えば、図2B図3Aおよび図8)。第1の容器および第2の容器は好ましくは、平坦な底面を有する。
【0069】
ここで、培養物(A)、(B)および(C)の配置や、第1の容器および第2の容器の配置は、上記のものに限定されず、生体内でのBBBの構造ないし機能を模倣できる範囲で、適宜変更されてもよい。また、第1の容器および第2の容器の形状も、生体内でのBBBの構造ないし機能を模倣できる範囲で、適宜変更されてよい。
【0070】
先に述べたとおり、in vitro血液脳関門(BBB)モデルは、脳標的薬の開発とBBBの生理学的および病態生理学的機能の理解のための重要な研究ツールである。本発明によれば、ヒト条件的不死化細胞を用いた多細胞血液脳関門モデルを提供することができる。当該モデルは、基本的なヒトのBBB特性を保持すると共に、不死化細胞の無限の増殖能力に基づき、様々なBBB研究を加速するための有用で適用性の高い実験プラットフォームを提供することが期待される。
【実施例
【0071】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【0072】
<1>試料および試験方法
[細胞のメンテナンス]
HBMEC/ci18(以下で説明)およびヒト肝類洞内皮細胞株(HLSEC/ciJ(参考文献32)にはVascuLife complete medium (Vas-comp)を、HASTR/ci35にはアストロサイト増殖培地(AGM)を、HBPC/ci37細胞にはペリサイト培地(PM)を使用して培養を行った。使用した培地の組成を、表1に示す。
【0073】
Vas-compは、VascuLife basal medium (KURABO,Osaka,Japan)に、5ng/mL human fibroblast growth factor-basic(hFGF-b)、50μg/mL アスコルビン酸、1μg/mLヒドロコルチゾン(HC)、15ng/mL ヒトインスリン様成長因子-1(hIGF-1)、5ng/mL ヒト表皮成長因子(hEGF)、5ng/mL 血管内皮細胞成長因子(VEGF)、0.75unit/mL ヘパリン、10mM L-グルタミン(Wako, Osaka, Japan)、2%(v/v)ウシ胎児血清(FBS)(グルタミン以外のすべてはKURABOから購入した)、100unit/mL ペニシリン/ストレプトマイシン(pen/st)(Thermo Fisher Scientific, Waltham, MA)および4μg/mL ブラストサイジンS(InvivoGen, San Diego, CA)を添加したものである。
【0074】
AGMは、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)高グルコースGlutaMAXピルベート(Thermo Fisher Scientific)に、transferrinを含む1% (v/v) N2 supplement(Wako)、10%(v/v)FBS(Thermo Fisher Scientific)、100unit/mL~100μg/mL pen/stおよび4μg/mL ブラストサイジンSを添加したものである。
【0075】
ペリサイト培地(PM)は、ペリサイト基本培地に、2%(v/v)FBS、1%(w/v)ペリサイト成長因子および1% pen/st(すべてScienCell, San Diego, CAから購入した)を添加したものである。
【0076】
【表1】
【0077】
不死化細胞はすべて、タイプIコラーゲン被覆ディッシュ中で、33℃、5%CO/95%airの条件で培養した。細胞はすべて、0.25%トリプシン-エチレンジアミン四酢酸(EDTA)を用いて、3日ごとに継代培養した。
【0078】
[条件的不死化ヒトBMECクローン18(HBMEC/ci18)の単離]
HBMEC/ciクローン18(HBMEC/ci18、図1)は、Vas-compを使用したこと以外は参考文献24に記載のとおり、HBMEC/ci親細胞より連続希釈法に基づいて単離した。
【0079】
[細胞増殖解析]
HASTR/ci18を、5.0×10 cells/mLの濃度で播種し(Day0)、33℃または37℃のいずれかで培養した。Day3、Day5およびDay9で、サイトメーターを用いて細胞数をカウントした。
【0080】
[Total RNA単離、cDNA合成、およびReal-Time Quantitative PCR(qPCR)]
Total RNA抽出、ゲノムDNAコンタミネーションチェック、およびcDNA合成は、参考文献24、26、33に記載の方法に従って行った。qPCRは、表2に示すプライマーを用いてHBMEC/ci18のcDNAを鋳型として行った。標的mRNAについては、図の説明および本明細書の対応箇所に記載した。各qPCRの増幅効率が1に近いことを確認した。各細胞種におけるグリセルアルデヒド3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)のmRNAのレベルを標準化コントロールとして決定した。これらの値についてデルタ-デルタCT法を用いて、相対発現レベルを決定した。
【0081】
【表2】
【0082】
[免疫細胞化学(ICC)]
ICCは、参考文献25、26、33、34に記載の方法に従って行った。使用した一次抗体および二次抗体を表3に示す。抗体はすべて、Can Get Signal immunostain solution A (TOYOBO, Osaka, Japan)によって適切な濃度に希釈された。核対比染色には、4’,6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI)(Dojindo, Kumamoto, Japan)を用いた。細胞を、antifade(0.1% 「w/v」 p-phenylenediamineおよび68.8% 「v/v」 glycerol,pH8.0)によって封入し、Zeiss LSM780共焦点顕微鏡(Carl Zeiss, Oberkochen, Germany)を用いて蛍光を検出した。
【0083】
【表3】
【0084】
[インビトロBBBモデルの開発]
図2に示すように、ヒト不死化BBB細胞を、トランスウェル培養システム(12または24ウェル)内で組み合わせてBBBモデルを開発した。セルカルチャーインサートの膜(translucent polyethylene terephthalate, 0.4 μm high-density pores, BD Falcon, Franklin Lakes, NJ)を、100μg/mL type-IV コラーゲン(Nitta Gelatin, Osaka, Japan)、100μg/mL フィブロネクチン(Thermo Fisher Scientific)溶液によって37℃で1時間インキュベートした(細胞外マトリックスコーティング)。インサートは空気によって乾燥し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で二度洗浄した。
【0085】
共培養モデルについては、HASTR/ci35(2.5×10細胞/cm)およびHBPC/ci37(3.0×10細胞/cm)をインサートの膜の外側(24ウェルについては0.33cm、12ウェルについては0.9cm)またはプレート(BD Falcon)の底部に(24ウェルについては2.0cmまたは12ウェルについては4.0cm)播種した。
【0086】
HBMEC/ci18細胞(Day2)を播種する前の2日間(図2、Step1)、HASTR/ci35はAGM、HBPC/ci37はPMを用いて培養した。播種後、33℃で1日培養し、その後(Day1)、培養温度を33℃から37℃にシフトさせ、かつ、AGMをアストロサイト分化培地(ADM)に換えることにより、HASTR/ci35およびHBPC/ci37の細胞分化を行った。
【0087】
ここで、ADMは、
(i)FBSおよびブラストサイジンSを含まないこと
(ii)1mM ジブチリル環状アデノシン一リン酸(dBcAMP, Santa Cruz Biotech, Santa Cruz, CA)を含むこと
以外はAGMと同じ組成である(図2A、Step2参照)。
【0088】
Day0では、共培養を始めるため(図2A、Step3参照)、HBMEC/ci18細胞(1.3x10細胞/cm)を、前記のHBPC/ci37(またはHASTR/ci35)細胞を培養しているインサートの内側に播種した直後、2つの細胞種を保持するインサートを、HASTR/ci35(またはHBPC/ci37)の細胞を培養しているウェルに移動した。HBMEC/ci18細胞の単独培養には、他の細胞がいないインサートの内側に細胞を播種した(図2B参照)。
【0089】
BBBモデルのすべてのタイプ(図2B参照)において、
・頂端膜側(インサート)には、VEGFおよびhEGFを含まないVascuLife complete medium(Vas-V/E不含培地)を、
・基底側(ウェル)には、脳実質培地(BPM)を
使用した。
【0090】
Vas-V/E不含培地は、VEGF、hEGFおよびブラストサイジンSを含まないこと以外はVascompと同一の組成である(表1-1参照)。
【0091】
BPMは、100 units/mLペニシリン-100μg/mLストレプトマイシン、1%(v/v)アポトランスフェリンを含んだ1%(v/v)N2 supplementおよび2mM L-グルタミンを添加した神経基底培地(Neurobasal medium)(Thermo Fisher Scientific)から構成される(表1-4参照)。
【0092】
Step3において、細胞の培養は33℃で行った。Day1でRNA抽出、ICCおよび透過率アッセイを行い、Day1、Day2およびDay5で経内皮電気抵抗(TEER)分析を行った。
【0093】
[経内皮電気抵抗(TEER)の測定]
STX01電極(Millipore)を備えたMillicell ERS-2 (Millipore, Darmstadt, Germany)を用いてTEERの測定を行った。培養インサートの面積を用いて、TEER値(Ω x cm)を算出した。
【0094】
[P-gpの機能アッセイ]
排出トランスポーター機能(P-gp)は、ローダミン123(R123、P-gpの基質)を用いた双方向輸送実験によって決定した。
【0095】
具体的には、R123(5μM、Wako)を頂端膜側(A)に添加した。20分間、40分間または60分間のインキュベーションの後、頂端膜側(A)および基底側(B)のそれぞれから培地を回収し、Pe値(頂端膜側-基底側方向にはPeAB、基底側-頂端膜側方向にはPeBA)を算出して、排出率(ER)(PeBA/PeAB)を決定した。
【0096】
Pe値を決定するために、以下の式を用いて、cleared volumeを算出した。
【0097】
【数1】
【0098】
上記式では、頂端膜(Capical)側および基底(Cbasolateral)側における化合物濃度、ならびに、頂端膜側の体積(Vapical=750μL)および基底側の体積(Vbasolateral=2250μL)を用いた。Cleared volumeを時間軸に対してプロットし、BBBモデル(PStotal)および細胞不含インサート(PSinsert)についてクリアランス直線のスロープを得た。内皮単層(PS)については、下記式を用いて透過性×面積の値を決定した。
【0099】
【数2】
【0100】
最終的に、以下に示すように、PS値を表面積Aで除してPe値を得た(12ウェルのインサートについてはA:0.9cm)。
【0101】
【数3】
【0102】
[インビトロBBB透過性試験]
HBMEC/ci18細胞の単独培養物(E00)、HASTR/ci35細胞および HBPC/ci37細胞との共培養物(EPA)を用いてルシファーイエローの透過性アッセイを行った。インサートをPBS(+)で一度洗った後、培地を、カルシウムおよびマグネシウムを含有するハンクス緩衝塩類溶液(Thermo Fisher Scientific)で置き換えた後、33℃で10分間、プレインキュベーションを行った。その後、ルシファーイエロー(LY,10μM、Wako)を頂端膜側に添加した。
【0103】
37℃で30、60または90分間インキュベーションした後、培地を基底ウェルから回収した。LYの定量のため、各培地の蛍光強度を、Infinite 200 PRO (Tecan, Mannedorf, Switzerland)を用いて決定した(波長は428/536(nm/nm))。
【0104】
[統計的解析]
統計的解析は、Excelを用いて、ystat2006 (Igakutosho Shuppan Ltd., Tokyo, Japan)によって行った。複数の値間の比較を、1元配置分散分析(ANOVA)によって行った後、ボンフェローニ補正を行った。2つの値は、独立スチューデントt-試験によって比較した。
【0105】
[培地の最適化]
3種類の細胞の共培養における基底側の培地(すなわち、ペリサイトおよびアストロサイトの培養のための培地)として、以下の培地について検討を行った。各培地の組成は、以下の通りである。
・Vas-comp(表1-1)
・Vas-V/E不含培地(表1-1)
・ADM(表1-2)
・PM(表1-3、ただしここでは血清不含)
・BPM(表1-4)
【0106】
<2>結果
[条件的不死化ヒト脳微小血管内皮細胞株の新規クローンHBMEC/ci18の単離および特性決定]
本発明者らは、これまでにヒト脳微小血管内皮細胞/条件的不死化クローンβ、HBMEC/ciβ(参考文献24)を単離したが、より優れたBBB特性を有するクローンを作製するために、親細胞から再度クローニングを行った。本発明者らは、ここから得られたクローンより、クローン18を選択し、HBMEC/ci18とした(図1A)。
【0107】
HBMEC/ci18細胞は、典型的な伸長錘型の細胞形態を示し(図1A)、代表的な内皮マーカータンパク質であるフォン・ヴィレブランド因子(vWF)とCD31を発現していた(図1B)。さらに、HBMEC/ci18細胞は、不死化タンパク質であるtsSV40TとhTERTを発現していた(図1C)。また、本細胞は優れた増殖能を示した(図1D)。
【0108】
次いで、HBMEC/ci18細胞が、脳血管内皮細胞特異的な遺伝子発現の特徴を示すかどうかを調べるため、BBBに特徴的なmRNA発現レベルを試験し、条件的不死化ヒト肝類洞壁内皮細胞株(HLSEC/ciJ、非脳血管由来細胞株)の発現レベルと比較した。その結果、HBMEC/ci18細胞は、BMECに特徴的なmRNA(低密度リポタンパク質受容体関連タンパク質1、インスリン受容体、多剤耐性関連タンパク質4、グルコーストランスポーター1(GLUT1)、major facilitator superfamily domain(MFSD)2A、P-gp、モノカルボン酸トランスポーター8およびトランスフェリン受容体)を、HLSEC/ciJよりも高いレベルで発現していた(図1E)。
【0109】
まとめると、HBMEC/ci18細胞は、基本的なBMECの特性を有していると考えられた。そこで、以降、HBMEC/ci18を用いて、インビトロBBB培養モデルの開発を行った。
【0110】
[ヒト不死化細胞に基づくインビトロBBBモデルの開発]
アストロサイトおよびペリサイトは、BMECにおけるBBB特性の誘発に重要な役割を果たすことが知られている(参考文献4および5)。いくつかのインビトロ研究によって、アストロサイトおよび/またはペリサイトと共培養したBMECのBBB機能は、単独培養したBMECよりも高いことが報告されている(参考文献12~14)。したがって、本発明者らはHBMEC/ci18細胞と、HASTR/ci35細胞およびHBPC/ci37細胞とを組み合わせることによって、共培養BBBモデルを開発することとした(図2)。
【0111】
これを達成するため、本発明者らは、新たな培養法の開発に取り組んだ。例えば、HASTR/ci35およびHBPC/ci3細胞の成熟を促進するため、無血清培地および37℃の培養温度を利用した(Step2)。また、血管内皮細胞の機能を高めるために、BBB形成に対して抑制的に作用するVEGFおよびhEGF(参考文献35、36)非添加の内皮培地を用いた。
【0112】
これらの条件下、図2Bに示す6つのBBBモデルタイプを作製した。6つのモデルタイプの詳細は以下の通りである。
(1)E00:HBMEC/ci18細胞のみ培養したもの
(2)EP0:HBMEC/ci18細胞をHBPC/ci37と共培養したもの
(3)EA0:HBMEC/ci18細胞をHASTR/ci35と共培養したもの(HASTR/ci35は、インサート外側)
(4)E0A:HBMEC/ci18細胞をHASTR/ci35と共培養したもの(HASTR/ci35は、ウェル底面側)
(5)EPA:3種類の細胞すべてを共培養したもの(HBPC/ci37がインサート外側、HASTR/ci35がウェル底面側)
(6)EAP:3種類の細胞すべてを共培養したもの(HASTR/ci35がインサート外側、HBPC/ci37がウェル底面側)
【0113】
図3Aに示すTEER分析の結果から、共培養モデルのTEER値は、単独培養のE00モデルのTEER値(60.3±4.1 Ω×cm)と比較して、より高いことが示された。また、共培養モデルの中でも、EPAモデルが最も高いTEER値(93.0±3.4Ω×cm)を有していた。したがって、図3Bに示すように、これらのTEERレベルは、少なくともDay5まで維持された。したがって、EPAモデルが、BBBモデルの開発のための最も好ましい構成である。
【0114】
これらのデータに基づき、本発明者らは、BBBモデルのさらなる特性解析においてはEPAモデルを用い、比較にはE00モデルを用いた。
【0115】
[ヒト不死化細胞BBBモデルにおける細胞ジャンクションの機能的発現]
EPAモデルのHBMEC/ci18細胞において、細胞間ジャンクションが形成され機能しているか明らかにするため、本発明者らは、接着結合関連遺伝子(VEカドヘリンおよびβカテニン)および密着結合関連遺伝子(ZO-1、 クローディン-5およびオクルディン)の発現レベルおよび局在化について、qPCRおよび免疫組織化学によって調べた。図4Aに示すとおり、EPAモデルでは、これらすべてのmRNAレベルがE00モデルよりも高かった。この結果と一致して、VEカドヘリンおよびβ-カテニンタンパク質の発現レベルも、E00モデルよりもEPAモデルにおいて高かった(図4B)。
【0116】
これらの結果より、HASTR/ci35およびHBPC/ci37細胞は、HBMEC/ci18細胞における細胞間ジャンクション形成(主にAJ)を促進し、より強い細胞間バリアの形成に関与すると考えられる。
【0117】
[ヒト不死化細胞BBBモデルにおける排出トランスポーターの機能解析]
EPAおよびE00モデルにおけるP-gp活性を、R123(P-gpの基質)の双方向性輸送解析により調べた。R123の排出率(ER)は、E00モデルよりもEPAモデルの方が高いことが示された(R123:1.72vs1.31)(図5)。
【0118】
続いて、EPAおよびE00モデルにおけるP-gpの発現レベルをqPCRおよび免疫細胞化学によって比較した。その結果、EPAモデルにおけるP-gpおよびBCRPのmRNAおよびタンパク質発現レベルは、E00モデルにおけるレベルよりも有意に高かった(図6Aおよび図6B)。
【0119】
さらに、EPAモデルにおけるP-gpおよびBCRPの細胞内局在を垂直断面(Z軸面)の画像から解析したところ、P-gpおよびBCRPは、頂端膜に主に局在していることが明らかとなった。これらの局在性は、上記の双方向輸送分析の結果とよく一致していた。一方、接着結合タンパク質であるβ-カテニンタンパク質は、P-gpやBCRPと異なり、細胞-細胞の境界に局在していた(図6B)。
【0120】
まとめると、EPAモデルは、E00モデルと比較して、より良好な排出トランスポーター機能を有しており、このことは、HASTR/ci35細胞およびHBPC/ci37細胞との共培養によって、EPAモデルのHBMEC/ci18細胞におけるP-gpおよびBCRPの発現や機能が誘導されたことを示唆する。
【0121】
[ヒト不死化細胞BBBモデルを用いた化合物透過性評価]
ヒト不死化細胞によるBBBモデルが化合物透過性試験に用いることが可能か、代表的な透過性マーカーであるルシファーイエローを用いて検討した。E00モデルおよびEPAモデルを用いた透過性試験の結果から、ルシファーイエローの透過性はいずれのモデルでも低く、さらにその値はE00よりもEPAモデルで低いことが示された。したがって、ヒト不死化細胞によるBBBモデルは、化合物透過性試験に用いることが可能であり、さらに、E00モデルよりもEPAモデルの方が、より優れた機能を有することが明らかとなった。
【0122】
[培地の評価]
図8に示す結果から、EPAモデルにおける基底側の培地にBPMを用いた場合にTEER値が最も高いことが示され、BPMがアストロサイトまたは/およびペリサイトの共培養効果を増強することが確認された。なお、三種共培養の効果は、いずれのモデルにおいてもDay1がピークであった。
【0123】
<3>考察
上記のとおり、3つの条件的不死化ヒトBBB細胞株を共培養することによって、インビトロのヒトBBBモデルを樹立した。このヒト不死化細胞に基づいたBBBモデルを、以下、「hiBBB90モデル」と称する。hiBBB90モデルは、CNS薬剤候補のBBB透過性スクリーニングのためのユニークな利点を有する。
【0124】
細胞ジャンクション(バリア)機能に関し、hiBBB90モデルがTEER値90(Ω × cm)を有することは、HBMEC/ci18細胞が、機能的なバリア機能を有することを示す。なお、インビボにおいて観察される値(1000超)(参考文献21、22)やラットの初代細胞に基づいたBBBモデルにおいて観察される値(約350)(参考文献14)には至らないが、hiBBB90モデルのTEER値は、ヒト初代細胞BBBモデルの値(140~260)に近いものである(参考文献12、37)。BBBモデルとして最低限必要なTEERレベルは未だ定まっていないが、これまでに、150~400(Ω × cm)を超えるTEER値を示すBBBモデルにおいて、蛍光化合物のPe値は一定に達することが報告されており(参考文献38、39)、これらの値が、現時点でのBBBモデルにおけるベンチマークTEERと考えることができる。また、本モデルは、BBB非透過性マーカーであるLYに対しても低い透過性を示しており、この点からも機能的なバリアを形成していることが伺える。
【0125】
さらに、hiBBB90モデルは、排出トランスポーター機能を有しており、このことは、P-gp/BCRPの免疫細胞化学検出およびR123のER(それぞれ、1.72)の結果により支持される。
【0126】
また、培地を最適化することで、本モデルの機能をより高めることができた。その最も特徴的な点は、まず、脳側の環境を再現するための神経用培地の使用である。これにより、従来モデルと比較して、より脳環境を再現出来たことが、本モデルの確立における重要な要因であると考えられる。
【0127】
上記のBBB機能に加え、その優れたスケーラビリティもhiBBB90モデルのユニークな利点である。3つの不死化細胞株は、長期間の培養または繰り返しの凍結/融解が可能で、かつ、これらに伴うフェノタイプ異常も認められなかった。さらに、本研究では簡便なスフェロイド構築法を開発し、この点も研究遂行上大きなメリットである。
【0128】
以上より、hiBBB90モデルはBBBの機能性と実用性をともに有しており、薬物のBBB透過性スクリーニングをはじめ様々な中枢薬開発研究に応用できると期待される。
【0129】
本研究におけるhiBBB90モデルの開発の要点は、培地組成と共培養条件の変更である。特に、HASTR/ci35細胞およびHBPC/ci37細胞を分化させる点は、このモデルに固有のものである。これまでに、発明者らは37℃の培養温度によりHASTR/ci35細胞およびHBPC/ci37細胞の分化形質が大幅に促進することを報告している(参考文献26、33)。この分化形質の向上により、HBMEC/ci18細胞に対する共培養効果が大きくなり、BBBモデルとしての機能も向上したものと推察される。共培養効果の分子メカニズムは不明であるが、参考文献2、3、5、14などを参考にすると、例えば、グリア由来神経栄養因子、ソニックヘッジホッグ、およびアストロサイトから分泌されるWntタンパク質、または周皮細胞から分泌されるangiopep-1などが考えられる。したがって、HASTR/ci35およびHBPC/ci37細胞におけるこれらの栄養因子の発現レベルが分化に伴い増加する可能性がある。
【0130】
最後に、CNS医薬品開発におけるhiBBB90モデルのさらなる活用について簡単に言及する。一般に、脳内の薬物の薬理作用は、その血漿濃度と明確に関連づけることはできず、むしろ脳内薬物濃度と関連している。そのため、ラットではあるが、in vitroBBBモデルデータからのインビボ定常状態Kp,uu,brainを予測する方法が最近提案されている(参考文献40)。したがって、hiBBB90モデルを用いることで、ヒトのin vitroのデータから薬物のヒトin vivoにおける脳濃度-時間プロファイルを予測することが可能となるかもしれない(参考文献41)。
【産業上の利用可能性】
【0131】
本研究で発明したhiBBB90モデルは、基本的なBBB特性を保持すると同時に、優れたスケーラビリティと取り扱いの簡便さを備えている。本モデルは、新しいCNS薬の脳移行性評価や、BBB生物学の分子メカニズムを解明する研究に幅広く活用できる可能性がある。したがって、本発明によるhiBBB90モデルは、CNS医薬品開発を含む様々なヒトBBB研究を加速するための新たなツールとなることが期待される。
【0132】
参考文献
図1A
図1B
図1C
図1D
図1E
図2A
図2B
図3A
図3B
図4A
図4B
図5
図6A
図6B
図7
図8
【配列表】
0007650480000001.app