(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-14
(45)【発行日】2025-03-25
(54)【発明の名称】血液由来エクソソームから見出した新規アルツハイマー病診断用バイオマーカー及びそれを用いたアルツハイマー病診断方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20250317BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20250317BHJP
C12N 15/11 20060101ALN20250317BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/53 D
G01N33/53 M
C12N15/11 Z
(21)【出願番号】P 2023532800
(86)(22)【出願日】2021-11-30
(86)【国際出願番号】 KR2021017876
(87)【国際公開番号】W WO2022114920
(87)【国際公開日】2022-06-02
【審査請求日】2023-07-18
(31)【優先権主張番号】10-2020-0164819
(32)【優先日】2020-11-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】518229021
【氏名又は名称】ピーシーエル インコーポレイテッド
【氏名又は名称原語表記】PCL, Inc.
【住所又は居所原語表記】(Gasan-dong, StarValley) No. 701, 99, Digital-ro 9gil, Geumcheon-gu, Seoul, Republic of Korea
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【氏名又は名称】恩田 博宣
(74)【代理人】
【識別番号】100142907
【氏名又は名称】本田 淳
(72)【発明者】
【氏名】キム、ソ ヨン
(72)【発明者】
【氏名】パク、ゴンジュ
【審査官】大瀧 真理
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2005/0250122(US,A1)
【文献】特開2021-012189(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0198618(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0108503(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 - 33/98
C12N 15/11
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
APOA4及びITGB3をマーカータンパク質として含み、APOA4がMCI(軽度認知障害)特異的マーカータンパク質である、アルツハイマー病診断用マーカー組成物。
【請求項2】
前記マーカータンパク質はCRPをさらに含む、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
アルツハイマー病と軽度認知障害とを区別するためのマーカー組成物であって、前記組成物は、マーカータンパク質としてAPOA4及びITGB3を含み、APOA4がMCI(軽度認知障害)特異的マーカータンパク質である、前記組成物。
【請求項4】
アルツハイマー病と軽度認知障害とを区別する方法であって、
(a)アルツハイマー病の発症が疑われるヒトを除く個体の血清試料において、マーカータンパク質であるAPOA4及びITGB3の発現レベルを定量分析するステップと、
(b)前記定量分析したマーカータンパク質のレベルを、アルツハイマー病と軽度認知障害との区別に関連付けるステップとを含み、
前記関連付けるステップは、アルツハイマー病の進行段階を確認することを含み、
前記進行段階は、正常、MCI(軽度認知障害)、及びAD(アルツハイマー病)のいずれかである、方法。
【請求項5】
アルツハイマー病発症有無診断用キットであって、前記キットは、APOA4及びITGB3の発現レベルを測定する定量装置を含み、前記キットは、アルツハイマー病の進行段階を確認するためのものであり、前記進行段階は、正常、MCI(軽度認知障害)、及びAD(アルツハイマー病)のいずれかである、キット。
【請求項6】
アルツハイマー病の進行段階を確認するための情報を提供する方法であって、
(a)アルツハイマー病の発症が疑われるヒトを除く個体の血清試料において、マーカータンパク質であるAPOA4及びITGB3の発現レベルを定量分析するステップと、
(b)前記定量分析したマーカータンパク質のレベルをアルツハイマー病発症有無判別に関連付けるステップとを含み、
前記関連付けるステップは、アルツハイマー病の進行段階を確認することを含み、
前記進行段階は、正常、MCI(軽度認知障害)、及びAD(アルツハイマー病)のいずれかである、方法。
【請求項7】
前記関連付けるステップは、各マーカータンパク質の定量分析結果を組み合わせて行うものである、請求項
6に記載の方法。
【請求項8】
前記定量分析結果の組み合わせは、線形又は非線形回帰分析法、線形又は非線形分類分析法、ANOVA、ニューラルネットワーク分析法、遺伝的分析法、サポートベクターマシン分析法、階層分析又はクラスター分析法、決定木アルゴリズム又はカーネル主成分分析法、マルコフブランケット、再帰的特徴量削減(recursive feature elimination)又はエントロピーベースの再帰的特徴量削減分析法、前方フローティングサーチ(floating search)又は後方フローティングサーチ(floating search)分析法、それらの組み合わせからなる群から選択される分析法を用いて行うものである、請求項
7に記載の方法。
【請求項9】
前記定量分析結果の組み合わせは、コンピュータアルゴリズムを用いて行うものである、請求項
7に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液由来エクソソームから見出した新規アルツハイマー病診断用バイオマーカー及びそれを用いたアルツハイマー病診断方法に関し、より具体的には、本発明は、エクソソーム由来新規アルツハイマー病診断用バイオマーカー、前記バイオマーカーを含むアルツハイマー病診断用組成物、前記組成物を含むアルツハイマー病診断用キット、及び前記バイオマーカー、組成物又はキットを用いるアルツハイマー病診断のための情報提供方法に関する。
【背景技術】
【0002】
認知症の60~70%を占める退行性脳疾患であるアルツハイマー病は、老人において最も多く現れる代表的な疾患であり、65~74歳で10%、75~84歳で19%、85歳以上では47%が発症し、その発症率が年々増加しており、大きな社会問題となっている。
【0003】
従来の製品は、従来のアルツハイマー病研究において確認されたアミロイドβ(Amyloid β peptide)、総タウ(tau)、リン酸化タウ(phosphorylated tau)タンパク質の酵素免疫測定法(ELISA)キットにより単に当該タンパク質に関する情報を提供するだけであり、診断にはそれほど役に立っていない現状である。
【0004】
アルツハイマー病診断キットにおける先導的製品の市場占有率及び認知度は僅かなものであり、1つのバイオマーカーによるアルツハイマー病の診断における正確度が低いので、アルツハイマー病の診断用バイオマーカーパネルを形成して診断率を高めることが求められている。
【0005】
一方、エクソソーム由来抽出物は、一般のプラズマ抽出物よりも疾病とバイオマーカーの関連性が明確であり、高純度に精製することができるので、エクソソーム由来抽出物からバイオマーカーを見出す研究が盛んに行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】韓国登録特許第10-1274765号公報
【文献】韓国登録特許第10-0784437号公報
【文献】韓国登録特許第10-1547643号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、より信頼性の高い血液由来エクソソームから新規アルツハイマー病診断用バイオマーカーを見出し、それを用いてアルツハイマー病の診断に必要な情報を提供する方法を開発した。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、血液由来エクソソームから見出した新規アルツハイマー病診断用バイオマーカーを提供することを主な目的とする。
また、本発明は、前記バイオマーカー、組成物又はキットを用いてアルツハイマー病診断に必要な情報を提供する方法を提供することを目的とする。
【0009】
さらに、本発明は、前記バイオマーカーの発現レベルを測定する製剤を含むアルツハイマー病診断用組成物を提供することを目的とする。
さらに、本発明は、前記組成物を含むアルツハイマー病診断用キットを提供することを目的とする。
【0010】
さらに、本発明は、前記バイオマーカー、組成物又はキットを用いてアルツハイマー病の進行段階を確認するための情報を提供する方法を提供することを目的とする。
さらに、本発明は、アルツハイマー病診断用組成物の作製のための前記アルツハイマー病診断用バイオマーカーの用途を提供することを目的とする。
【0011】
さらに、本発明は、アルツハイマー病診断のための前記アルツハイマー病診断用組成物の用途を提供することを目的とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明において提供するアルツハイマー病診断用バイオマーカーを用いると、アルツハイマー病の診断率が高くなるだけでなく、アルツハイマー病の進行段階(正常、MCI及びAD)に応じて細分化された診断により、正確性、感度及び特異性を向上させることができるので、効果的なアルツハイマー病の診断、さらにはアルツハイマー病の治療に広く活用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明において提供するアルツハイマー病の進行段階を確認するための情報を提供する方法を示す概略図である。
【
図2a】エクソソームサンプルのプロテオミクス1次及び2次分析結果を増加又は減少するマーカーに区分して示す図である。
【
図2b】エクソソームサンプルのプロテオミクス1次及び2次分析結果を増加又は減少するマーカーに区分して示す図である。
【
図3】プロテオミクス1次及び2次分析結果において増減タイプが大幅に重なるバイオマーカー6種(MYH9、TSP1、TERA、APOM、APOC3及びAPOA4)を示す図である。
【
図4a】正常群において発現差異が最も低く、軽度認知障害、アルツハイマー病の順に高くなる傾向を示す候補で設定したパターンである。
【
図4b】軽度認知障害において特異的に高くなる傾向を示す候補で設定したパターンである。
【
図4c】アルツハイマー病において特異的に高くなる傾向を示す候補で設定したパターンである。
【
図4d】正常群において最も高い発現を示す候補で設定したパターンである。
【
図5】標的ペプチドのトランジションを選択する過程を要約した概略図である。
【
図6】ターゲットSISペプチドに対するトランジション最適化過程を要約した概略図である。
【
図7】最適化が終了した最終SISペプチドを用いてMRM分析を行った結果を示すグラフである。
【
図8a】AD特異的試料のAuDIT分析によりトランジション発現差異を確認及び検証した結果を示すグラフである。
【
図8b】MCI特異的試料のAuDIT分析によりトランジション発現差異を確認及び検証した結果を示すグラフである。
【
図9】トレーニングセット(Training set)の個別試料分析結果を示すグラフである。
【
図10】個別試料分析によるバイオマーカー候補1及び候補5のROC曲線を示す図である。
【
図11】アルツハイマー病の各進行段階において3種のバイオマーカー(ITGB3、APOA4及びCRP)の発現量を分析した結果を示すグラフである。
【
図12】8つのクローン抗体を対象にサンドイッチELISAによりペアテストを行った結果を示す図である。
【
図13】8つのクローン抗体を対象にサンドイッチELISAによりペアテストを行った結果を示すグラフである。
【
図14a】抗原抗体親和性の測定過程を示す概略図である。
【
図14b】抗体1と抗原の親和性の測定結果を示す図である。
【
図14c】抗体3と抗原の親和性の測定結果を示す図である。
【
図14d】抗体6と抗原の親和性の測定結果を示す図である。
【
図15】アルツハイマー病診断キットの開発及び性能テスト過程を示す概略図である。
【
図16】アルツハイマー病診断キットに含まれるバイオマーカーの組み合わせを示す概略図である。
【
図17】アルツハイマー病に関連するマーカーTauの例を挙げて模式化したキット作製の際に、バイオマーカー固定化後にアッセイを行う過程を示す概略図である。
【
図18】バイオマーカー3種の固定化順序を示す概略図である。
【
図19】固定化する抗体の濃度差によるSpotの形状条件を確立する過程を示す写真である。
【
図20a】APOA4固定化条件探索実験の結果を示す写真である。
【
図20b】前記APOA4固定化組成のうち最も適するものと思われる条件について低力価、中力価、高力価検体によりテストした結果を示す図である。
【
図21】ITGB3スクリーニングテストを行った結果を示す写真である。
【
図22】CRPマーカーを対象に固定化テストを行った結果を示す写真及び図である。
【
図23】APOA4、CRP、ITGB3における具体的な固定化組成を示す図である。
【
図24】3種のマーカーのspotting後に固定した抗体を安定化させる条件をテストした結果を示す写真である。
【
図25】3種のマーカーのspotting後に固定した抗体を対象にブロッキングテストを行った結果を示す写真である。
【
図26】3種のマーカーのspotting後に固定した抗体を対象にdryテストを行った結果を示す写真である。
【
図27】検体希釈液の条件をテストした結果を示す写真である。
【
図28】接合体希釈液の条件をテストした結果を示す写真である。
【
図29a】ITGB3に対してウェスタンブロット分析を行った結果を示す写真及び図である。
【
図29b】APOA4に対してウェスタンブロット分析を行った結果を示す写真及び図である。
【
図29c】CRPに対してウェスタンブロット分析を行った結果を示す写真である。
【
図30】最終作製キットを用いて実検体を分析した結果を示す写真である。
【
図31】ITGB3マーカーを対象にした相関関係分析結果を示すグラフである。
【
図32】APOA4マーカーを対象にした相関関係分析結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
上記目的を達成するための本発明の一実施形態は、APOA4、ITGB3及びそれらの組み合わせからなる群から選択されるタンパク質を含むアルツハイマー病診断用バイオマーカーを提供する。
【0015】
本出願人の有する中核技術であるSG Capテクノロジーを用いて、単一バイオマーカーではなく、従来のマーカーと新たに見出されたマーカーを同時に検出することのできる多重バイオマーカー診断キットを開発することにより、従来の単一バイオマーカーキットでは不足していた診断の正確性、感度及び特異性を向上させることができるものと予想される。当該中核技術の内容は特許文献1、2及び3に記載されている。
【0016】
本発明者らは、アルツハイマー病の発症有無を客観的に評価して診断する方法を開発するために、血清中のタンパク質のうちアルツハイマー病の発症有無により発現レベルが変化するタンパク質マーカーを見出すべく、様々な研究を行った。その結果、APOA4及びITGB3においてアルツハイマー病の発症有無により発現レベルが変化することを確認し、それらをマーカーとして見出した。
【0017】
本発明における「診断」には、特定の疾病もしくは疾患に対する一客体の感受性(susceptibility)を判定すること、一客体が特定の疾病もしくは疾患を現在有しているか否かを判定すること、特定の疾病もしくは疾患を有している一客体の予後(prognosis)を判定すること、又はセラメトリックス(therametrics)(例えば、治療効果に関する情報を提供するために客体の状態をモニタリングすること)が含まれる。
【0018】
本発明におけるアルツハイマー病診断は、目的とする患者がアルツハイマー病を発症しているか否かを客観的に判別する行為、又はアルツハイマー病を発症している場合はその進行レベルを客観的に判別する行為を意味するものと解釈される。
【0019】
本発明における「APOA4(Apolipoprotein A-IV)」とは、APOA4遺伝子により発現する血漿タンパク質の一種を意味し、apoA-IV、apoAIV又はapoA4ともいう。前記遺伝子から396個のアミノ酸で構成されるタンパク質が発現し、その後成熟過程を経て376個のアミノ酸で構成される糖タンパク質であるAPOA4が発現するが、ほとんどの哺乳動物においては腸で発現し、循環系に分泌されることが知られている。前記APOA4の具体的なアミノ酸配列又はそれをコードする遺伝子の塩基配列情報は、NCBIなどのデータベースに報告されている。例えば、GenBank Accession Nos:NP_031494、NM_007468、NM_000482などに報告されている。
【0020】
本発明における「ITGB3(Integrin β3)」とは、細胞表面タンパク質の一種であるインテグリンを構成するペプチドを意味し、インテグリンは、細胞接着及び細胞表面媒介シグナル伝達に関与することが知られている。前記ITGB3の具体的なアミノ酸配列又はそれをコードする遺伝子の塩基配列情報は、NCBIなどのデータベースに報告されている。例えば、GenBank Accession Nos:NM_000212、NM_016780、NP_000203、NP_058060などに報告されている。
【0021】
本発明において提供するアルツハイマー病診断用バイオマーカーは、CRPをさらに含んでもよい。
本発明における「CRP(C-reactive protein)」とは、ヒトの血漿に見られる環状のペンタマータンパク質を意味し、肝臓で合成され、炎症状態のときに血中のCRPの濃度が上昇するので、人体が炎症状態であるか否かを把握する際に検査する手段として頻繁に活用されている。前記CRPの具体的なアミノ酸配列又はそれをコードする遺伝子の塩基配列情報はNCBIなどのデータベースに報告されている。例えば、GenBank Accession Nos:NM_007768、NP_031794などに報告されている。
【0022】
本発明の他の実施形態は、前記バイオマーカー、組成物又はキットを用いてアルツハイマー病診断に必要な情報を提供する方法を提供する。
具体的には、本発明のアルツハイマー病発症有無判別に必要な情報を提供する方法は、(a)アルツハイマー病の発症が疑われるヒトを除く個体の血清試料においてAPOA4、ITGB3及びそれらの組み合わせからなる群から選択されるマーカータンパク質の発現レベルを定量分析するステップと、(b)前記定量分析したマーカータンパク質のレベルをアルツハイマー病発症有無判別に関連付けるステップとを含む。
【0023】
本発明における「個体」は、アルツハイマー病を発症したか、発症するリスクのある、マウス、家畜、ヒトなどが含まれる哺乳動物、養殖魚類などであればいかなるものでもよい。
【0024】
本発明において、タンパク質の発現レベルを定量分析するステップは、当業者に周知のいかなる方法を用いてもよい。具体例として、PCR、リガーゼ連鎖反応(LCR)、転写増幅(transcription amplification)、自家持続配列複製、核酸配列ベース増幅(NASBA)法などが用いられるが、これらに限定されるものではない。ここで、本発明による前記アルツハイマー病診断用マーカータンパク質のアミノ酸配列又はそれをコードする遺伝子の塩基配列はNCBIなどのデータベースに公開されているので、当業者であれば前記タンパク質の発現レベルの測定に求められる適切な手段を用いることができる。
【0025】
また、前記各タンパク質は患者のコンディションにより定量分析レベルに偏差が生じるため、前記タンパク質の断片的な定量分析レベルだけではアルツハイマー病発症有無判別に用いることが容易でないので、前記各タンパク質の定量分析レベルを組み合わせて分析することにより、アルツハイマー病の発症有無を判別するのに用いることができる。
【0026】
前記タンパク質に対する各定量分析結果を組み合わせて分析する方法の一例として、血清試料から測定された各タンパク質の定量分析レベルを単独で又は組み合わせてアルツハイマー病発症有無を判別する方法が用いられる。
【0027】
前記タンパク質に対する各定量分析結果を組み合わせて分析する方法の他の例として、通常の統計分析法が用いられる。ここで、統計分析法としては、特にこれらに限定されるものではないが、例えば線形又は非線形回帰分析法、線形又は非線形分類分析法、ANOVA、ニューラルネットワーク分析法、遺伝的分析法、サポートベクターマシン分析法、階層分析又はクラスター分析法、決定木アルゴリズム又はカーネル主成分分析法、マルコフブランケット、再帰的特徴量削減(recursive feature elimination)又はエントロピーベースの再帰的特徴量削減分析法、前方フローティングサーチ(floating search)又は後方フローティングサーチ(floating search)分析法などが単独で又は組み合わせて用いられる。
【0028】
また、前記定量分析結果の組み合わせは、これらの統計方法を自動的に行うコンピュータアルゴリズムを用いて行ってもよい。
本発明において提供するアルツハイマー病発症有無判別に必要な情報を提供する方法は、(a)ステップにおいて、CRPタンパク質の発現レベルを定量分析するステップをさらに含んでもよい。
【0029】
本発明のさらに他の実施形態は、前記バイオマーカーの発現レベルを測定する製剤を含むアルツハイマー病診断用組成物を提供する。
本発明における「発現レベルを測定する製剤」とは、前記タンパク質又はそれをコードするmRNAに特異的に結合して認識できるようにするか、又はmiRNAを増幅する製剤を意味する。具体例として、前記タンパク質に特異的に結合する抗体、前記miRNAに特異的に結合するプライマー又はプローブが挙げられるが、これらに限定されるものではなく、当業者であれば発明の目的に合わせて適切な製剤を選択することができる。
【0030】
前記製剤は、前記タンパク質又はmRNAの発現レベル測定のために、直接又は間接的に標識される。具体的には、前記標識には、リガンド、ビーズ(bead)、放射性核種、酵素、基質、補因子、抑制剤、蛍光物質(fluorescer)、化学発光物質、磁性粒子、ハプテン、染料などが用いられるが、これらに限定されるものではない。具体例として、前記リガンドには、ビオチン、アビジン、ストレプトアビジンなどが含まれ、前記酵素には、ルシフェラーゼ、ペルオキシダーゼ、β-ガラクトシダーゼなどが含まれ、前記蛍光物質には、フルオレセイン、クマリン、ローダミン、フィコエリトリン、スルホローダミン酸クロリド(テキサスレッド:Texas red)などが含まれるが、これらに限定されるものではない。これらの検出可能な標識物として、公知の標識物であればほぼいかなるものでも用いることができ、当業者であれば発明の目的に合わせて適切な標識物を選択することができる。
【0031】
本発明における「抗体」とは、タンパク質又はペプチド分子の抗原性部位に特異的に結合するタンパク質性分子を意味するが、このような抗体は、各遺伝子を通常の方法により発現ベクターにクローニングし、前記マーカー遺伝子によりコードされるタンパク質を得て、得られたタンパク質から通常の方法により作製することができる。前記抗体の形態は特に限定されるものではなく、ポリクロナール抗体、モノクローナル抗体、又は抗原結合性を有するものであればその一部も本発明の抗体に含まれ、あらゆる免疫グロブリン抗体が含まれるだけでなく、ヒト化抗体などの特殊抗体も含まれる。また、前記抗体には、2つの全長の軽鎖及び2つの全長の重鎖を有する完全な形態だけでなく、抗体分子の機能的な断片も含まれる。抗体分子の機能的な断片とは、少なくとも抗原結合機能を有する断片を意味し、Fab、F(ab’)、F(ab’)2、Fvなどである。
【0032】
本発明における「プライマー」とは、短い遊離3’末端のヒドロキシ基(free 3' hydroxyl group)を有する塩基配列であって、相補的な鋳型(template)と塩基対(base pair)を形成することができ、鋳型のコピーのための開始地点として機能する短い配列を意味する。本発明において、前記miRNAの増幅に用いるプライマーは、適切なバッファー中の適切な条件(例えば、4種の異なるヌクレオチドトリホスフェート、及びDNA、RNAポリメラーゼ、逆転写酵素などの重合剤)及び適当な温度下で鋳型指示DNA合成の開始点として作用する一本鎖オリゴヌクレオチドであるが、前記プライマーの適切な長さは、使用目的によって異なる。前記プライマー配列は、前記遺伝子のmiRNAのポリヌクレオチド又はその相補的なポリヌクレオチドと完全に相補的である必要はなく、ハイブリダイズできる程度に十分に相補的であればよい。
【0033】
本発明における「プローブ」とは、miRNAと特異的に結合する標識化(labeling)された核酸断片又はペプチドを意味する。具体例として、オリゴヌクレオチド(oligonucleotide)プローブ、一本鎖DNA(single stranded DNA)プローブ、二本鎖DNA(double stranded DNA)プローブ、RNAプローブ、オリゴペプチド(oligonucleotide peptide)プローブ、ポリペプチドプローブ(polypeptide)などの形態に作製されてもよい。
【0034】
本発明のさらに他の実施形態は、前記バイオマーカーの発現レベルを測定する定量装置を含むアルツハイマー病診断用キットを提供する。
本発明の診断キットに含まれる定量装置は、前記マーカータンパク質の発現レベルを測定するものであってもよい。具体例として、RT-PCRキット、ELISAキットが挙げられるが、miRNA又はタンパク質の発現レベルを測定できるものであれば、これらに限定されるものではない。
【0035】
ここで、前記RT-PCRキットは、RT-PCRを行うために必要な必須要素を含むキットであってもよい。例えば、RT-PCRキットは、前記遺伝子に対する特異的な各プライマー以外にも、テストチューブ又は他の適切なコンテナ、反応緩衝液(pH及びマグネシウム濃度は様々である)、デオキシヌクレオチド(dNTPs)、ジデオキシヌクレオチド(ddNTPs)、Taqポリメラーゼや逆転写酵素などの酵素、DNase、RNAse抑制剤、DEPC水(DEPC-water)、滅菌水などを含んでもよい。また、定量対照群として用いられる遺伝子に特異的なプライマー対を含んでもよい。
【0036】
本発明のさらに他の実施形態は、前記バイオマーカー、組成物又はキットを用いてアルツハイマー病の進行段階を確認するための情報を提供する方法を提供する。
具体的には、本発明のアルツハイマー病の進行段階を確認するための情報を提供する方法は、(a)アルツハイマー病の発症が疑われるヒトを除く個体の血清試料においてAPOA4、ITGB3及びそれらの組み合わせからなる群から選択されるマーカータンパク質の発現レベルを定量分析するステップと、(b)前記定量分析したマーカータンパク質のレベルをアルツハイマー病発症有無判別に関連付けるステップとを含む。
【0037】
前記方法において、「個体」、「タンパク質の発現レベルの定量分析」、「定量分析結果の組み合わせ」などについては前述した通りである。
本発明において提供するアルツハイマー病の進行段階を確認するための情報を提供する方法は、(a)ステップにおいて、CRPタンパク質の発現レベルを定量分析するステップをさらに含んでもよい。
【0038】
本発明において提供するアルツハイマー病の進行段階を確認するための情報を提供する方法において、アルツハイマー病の進行段階は、正常(HC)-軽度認知障害(MCI)-アルツハイマー病(AD)の順にその深刻度が上昇し、それらの段階を区分して診断するようにしてもよい。例えば、APOA4は、MCI特異的マーカーであり、HCとADとMCIを区分して診断するのに用いることができ、ITGB3は、HCとADを区分して診断するのに用いることができる(
図1)。
【0039】
図1は本発明において提供するアルツハイマー病の進行段階を確認するための情報を提供する方法を示す概略図である。
本発明のさらに他の実施形態は、アルツハイマー病診断用組成物又はキットの作製のための前記アルツハイマー病診断用バイオマーカーの用途を提供する。
【0040】
本発明のさらに他の実施形態は、アルツハイマー病診断のための前記アルツハイマー病診断用組成物又はキットの用途を提供する。
【実施例】
【0041】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明する。しかし、これらの実施例は本発明を例示するものにすぎず、本発明がこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0042】
バイオマーカーの選別
アルツハイマー病予測バイオマーカーの候補探索のために、正常群、軽度認知障害患者群、アルツハイマー病患者群の血液からエクソソームを抽出し、同一検体に対してプロテオミクス法により1、2次分析を行った。次に、1次分析と2次分析の結果、正常群と軽度認知障害患者群、アルツハイマー病患者群間のタンパク質増減幅の大きい50種のバイオマーカーを各次においてそれぞれ選択した。最後に、1、2次の増減タイプが大幅に重なるバイオマーカーを整理した(
図2a、
図2b及び
図3)。
【0043】
図2a及び
図2bはエクソソームサンプルのプロテオミクス1次及び2次分析結果を増加又は減少するマーカーに区分して示す図であり、
図3はプロテオミクス1次及び2次分析結果において増減タイプが大幅に重なるバイオマーカー6種(MYH9、TSP1、TERA、APOM、APOC3及びAPOA4)を示す図である。
【実施例2】
【0044】
実施例1で選別したバイオマーカーにおけるアルツハイマー病との関連性の検証
実施例1により確保したアルツハイマー病早期診断のためのバイオマーカーの開発のために、スイス(Universite de Geneva, Neurix)から確保したアルツハイマー病(AD)、軽度認知障害(MCI)及び正常な血漿試料を対象にエクソソームの抽出を行い、アルツハイマー病及び軽度認知障害予測バイオマーカーの開発及び検証研究を行った。
【0045】
実施例2-1:バイオマーカー検証前に選択したタンパク質候補群の発現を各パターンに整理する
選択したタンパク質候補群において、アルツハイマー病患者群と軽度認知障害患者群の発現差異の比較により全4種類の発現パターンを構築した(
図4a~
図4d)。
【0046】
図4aは正常群において発現差異が最も低く、軽度認知障害、アルツハイマー病の順に高くなる傾向を示す候補で設定したパターンであり、
図4bは軽度認知障害において特異的に高くなる傾向を示す候補で設定したパターンであり、
図4cはアルツハイマー病において特異的に高くなる傾向を示す候補で設定したパターンであり、
図4dは正常群において最も高い発現を示す候補で設定したパターンである。
【0047】
実施例2-2:バイオマーカー候補群のMRM検証のために代表ターゲットペプチドとトランジションを選択する
選択したアルツハイマー病及び軽度認知障害疾病予測バイオマーカー候補群に対するMRM検証のために、各タンパク質を特異的に代表するターゲットペプチドを選択した。当該ペプチドは、検知効率を考慮して約6~20個のアミノ酸数を含むものとし、タンパク質の翻訳後修飾やトリプシンにより断片化されない配列を含むペプチドは除いた。MRM分析の際に定量値を示すプリカーサーイオン(precursor ion)(Q1)とプリカーサーイオン(Q3)の組み合わせであるトランジション(transition)も、研究室で用いる機器であるAgilentに合わせて50~1350m/zの範囲に設定し、1ペプチド当たり少なくとも3つのトランジションを選択した(
図5)。
【0048】
図5は標的ペプチドのトランジションを選択する過程を要約した概略図である。
実施例2-3:SISペプチドのトランジション最適化過程
ウェブ上のライブラリー(SRMAtlas, National Cancer Institute of Cancer Clinical Proteomics, PeptideAtlas)を参照して、各標的タンパク質当たり少なくとも3つの標的ペプチドを選択した。また、標的ペプチドと同じ配列を有するが、リシンとアルギニンの炭素と窒素に同位元素(13Cと15N)で標識したSISペプチドを優先的に合成して作製した。その後、SISペプチドを分析してトランジション最適化を行った(
図6)。
【0049】
図6はターゲットSISペプチドに対するトランジション最適化過程を要約した概略図である。
SISペプチドにより最適化したトランジションを対照(control)、軽度認知障害、アルツハイマー病の各グループに分けてプールした試料にSISペプチドをspike-inし、同時にMRM分析を行った。SISペプチドとプール試料の同時分析を行うと、正確な溶出時間の把握と絶対定量により標準化が可能である。探知したトランジションは、AuDIT(Automated Detection of Inaccurate and Imprecise Transition)プログラムの分析再現性(変動係数,CV<20%)と統計的基準値(p-value<0.05)を適用し、定量の際に信頼できるトランジションを再検証した(
図7)。
【0050】
図7は最適化が終了した最終SISペプチドを用いてMRM分析を行った結果を示すグラフである。
AuDIT分析の結果、215個のペプチドに相当する1572個のトランジションを個別試料の検証のための最終候補群として選択した。
【0051】
実施例2-4:キット開発に用いる最終バイオマーカーを選別し、最終バイオマーカーを患者検体で検証する
個別試料の検証の信頼性を高めるために、全試料を2つの独立したコホートであるトレーニングセットとテストセットに分けて分析を行った。トレーニングセットの個別試料分析の結果に基づいて、多項式回帰分析とC統計量によりアルツハイマー病、軽度認知障害、正常群において分析した結果をバイオマーカーの選択の根拠とし、次に示す様々な他の要因まで考慮して最終バイオマーカーを選択した。
【0052】
ここで、一部の個別試料分析の結果、一部の候補群が各疾病群と正常群において有意な発現差異を示すことが確認された(
図8a及び
図8b)。
図8aはAD特異的試料のAuDIT分析によりトランジション発現差異を確認及び検証した結果を示すグラフであり、
図8bはMCI特異的試料のAuDIT分析によりトランジション発現差異を確認及び検証した結果を示すグラフである。
【0053】
また、Receiver Operating Characteristic(ROC)曲線によりAUC値を確認してバイオマーカー候補を検証し、評価基準であるAUC値が0.7以上になるバイオマーカー候補群を選別した。その後、トレーニングセットにより検証した候補をテストセットの個別試料分析によりアルツハイマー病特異的バイオマーカーを再検証した(
図9)。
【0054】
図9はトレーニングセットの個別試料分析結果を示すグラフである。
個別試料を分析した結果に基づいて、MCI特異的なバイオマーカー候補5(APOA)を診断キットに用いるバイオマーカーとして決定した。同じ群に属するAPOAバイオマーカーであってもMS/MS結果は異なり、特にAPOA4がMCI特異的であることが確認された(
図10)。
【0055】
図10は個別試料分析によるバイオマーカー候補1及び候補5のROC曲線を示す図である。
AD特異バイオマーカー候補1(ITGB3)においてROC値が0.71であったので、これをAPOA4と共に診断キットに用いることに決定した。AD特異的マーカーは、正常群、MCI群、AD群の順に疾病が悪化するとその発現量が次第に増加するので、アルツハイマー病の診断に有用であると判断して選択した。
【0056】
最後に、CRPバイオマーカーも同じウェルに固定した。CRPはバイオマーカーを選択する際の内部基準であるROC値を僅かに下回るが、当該バイオマーカーが炎症反応に関与するという特性と、文献上アルツハイマー病に関連するマーカーであるという点を考慮して、将来的に多くのデータが蓄積されれば、アルツハイマー病と当該バイオマーカーの有意な関連性を検討することにした。
【0057】
実施例2-5:エクソソームのプロテオミクス解析の結果
アルツハイマー病バイオマーカーの探索において、それぞれ正常、軽度認知障害(MCI)、アルツハイマー病(AD)段階の患者の血液から抽出したエクソソーム(16HC,9MCI,17AD)を同一疾病段階同士プーリングして疾病段階毎に3つのプーリングサンプルを準備し、前述したように確認した3種のバイオマーカー(ITGB3、APOA4及びCRP)のプロテオミクス解析を行った(
図11)。
【0058】
図11はアルツハイマー病の各進行段階において3種のバイオマーカー(ITGB3、APOA4及びCRP)の発現量を分析した結果を示すグラフである。
図11に示すように、アルツハイマー病の各進行段階において3種のバイオマーカーの発現量がそれぞれ異なるパターンであるので、前記3種のバイオマーカーの発現量パターンによりアルツハイマー病の進行段階を診断できるものと分析される。
【実施例3】
【0059】
検証したバイオマーカーに対する8種の抗体の開発及びサンドイッチELISAによる抗体ペアの選択
選択したMCIに特異的なバイオマーカーであるAPOA4を診断に用いるために、まず抗体を作製した。APOA4を除く他の2種のバイオマーカーであるITGB3とCRPの抗体は、作製して用いるのではなく、市販されている抗体を開発に用いた。
【0060】
実施例3-1:検証したバイオマーカーに対する8種の抗体の開発
APOA4抗原をマウス(mouse)に注射して免疫反応を引き起こし、それらからハイブリドーマ(Hybridoma)を得て計5種のクローン(clone)抗体を作製し、ヤギ(Goat)を用いて同様に3種のクローン抗体を作製した。前述した8種のクローン抗体を便宜上抗体1~抗体8と任意に命名し、その後APOA4抗原と反応させてELISA法によりペアテスト(pair test)を行った。
【0061】
前述したように作製した8種の抗体を対象にサンドイッチELISAによりペアテストを行い、作製した8個の抗体をそれぞれ捕捉(Capture)抗体及び検出(Detection)抗体として用いてテストした(
図12及び
図13)。
【0062】
図12は8つのクローン抗体を対象にサンドイッチELISAによりペアテストを行った結果を示す図であり、
図13は前記結果を示すグラフである。
図12及び
図13から分かるように、診断キットに用いるpairに適するものと思われる2組を選択した。(捕捉-抗体1,検出-抗体6),(C捕捉-抗体3,検出-抗体6)
実施例3-2:サンドイッチELISAを用いた親和性測定及び抗体ペアの選択
ペアテストの結果から選択した抗体1、抗体3、抗体6と抗原の親和性を測定した(
図14a)。ここで、親和性測定に用いた抗原は、抗体を作製する際に用いた抗原である。抗体3種(抗体1-抗体6,抗体3-抗体6)のそれぞれを対象に抗原抗体親和性を測定した。測定方法には基本的に直接ELISA法を用い、抗原抗体間の競合結合(Competition binding assay)を誘導する実験により親和性を測定した。抗原抗体間の競合結合実験を行う際に用いる検出抗体量をKlotz plotグラフにより決定した。
【0063】
決定した検出抗体量で連続希釈(Serial dilution)した抗原と反応させ、その後それを抗原がコーティングされたウェルに分注し、450nmで蛍光測定を行った。
測定したO.D値からSigma plotソフトウェアによりカーブを得て、抗原抗体親和性を示す解離定数Kd値を測定した。
【0064】
図14aは抗原抗体親和性の測定過程を示す概略図である。
実施例3-2-1:抗体1と抗原の親和性の測定
抗体1と抗原の親和性テストを自己評価で行った(
図14b)。
【0065】
図14bは抗体1と抗原の親和性の測定結果を示す図である。
図14bに示すように、Sigma plotソフトウェアを用いて求めた解離定数Kd値は11.38nMであり、これは評価基準である1nM以上の親和性を約10倍下回る値であることが確認されたので、抗体1はキット開発に用いるのに適さないことが分かった。
【0066】
実施例3-2-2:抗体3と抗原の親和性の測定
抗体3と抗原の親和性テストを自己評価で行った(
図14c)。
図14cは抗体3と抗原の親和性の測定結果を示す図である。
【0067】
図14cに示すように、Sigma plotソフトウェアを用いて求めた解離定数Kd値は0.2035nMであり、これは評価基準である1nM以上の親和性を約5倍上回る値であることが確認されたので、抗体3はキット開発に用いるのに適することが分かった。
【0068】
実施例3-2-3:抗体6と抗原の親和性の測定
抗体6と抗原の親和性テストを自己評価で行った(
図14d)。
図14dは抗体6と抗原の親和性の測定結果を示す図である。
【0069】
図14dに示すように、Sigma plotソフトウェアを用いて求めた解離定数Kd値は0.2755nMであり、これは評価基準である1nM以上の親和性を約4倍上回る値であることが確認されたので、抗体6はキット開発に用いるのに適することが分かった。
【0070】
前記親和性の測定結果から、抗体3と抗体6をそれぞれ捕捉抗体、検出抗体として用いて診断キットを開発した。
【実施例4】
【0071】
アルツハイマー病診断キットの開発
実施例4-1:診断キットの概要
キット作製から性能テストまでの各ステップは、大きく3ステップに分けられ、それぞれ抗体固定(Spotting)過程、固定した抗体の安定化過程、アッセイ(Assay)反応過程である。各ステップにおいてpH、抗体の濃度などの条件がキットの性能を左右するので、それらの条件を探索して最適な条件を選択することがキット開発の核心であると言える(
図15)。
【0072】
図15はアルツハイマー病診断キットの開発及び性能テスト過程を示す概略図である。
多重診断が可能になるという出願人の技術の利点を考慮し、1種のノーブルバイオマーカーでアルツハイマー病診断キットを作製するより、2種以上のバイオマーカーによる診断キットを作製するほうが、結果の信頼性及び正確性の面からより有利であると判断した。
【0073】
最終的な診断キットの開発目標は、全3種の異なるバイオマーカーを用いた多重診断とし、3種のバイオマーカーの構成は、MCIに特異的なAPOA4と、ADに特異的なITGB3と、追加臨床の際に有意であるものと期待されるCRPとからなるものとした(
図16)。
【0074】
図16はアルツハイマー病診断キットに含まれるバイオマーカーの組み合わせを示す概略図である。
実施例4-2:バイオマーカーの固定
実施例3-2で測定した親和性分析の結果において最も優れた親和性を示す抗体3を用いて、PCL(株)の中核技術であるゾルゲル工法で固定化する作業を行った。
【0075】
固定化過程として、捕捉抗体をプレートウェル(plate well)の底にコーティング(spotting)し、その後抗原と検出抗体をサンドイッチELISA法で反応させ、次いで532nmでスキャンして信号値を測定した(
図17)。
【0076】
図17はアルツハイマー病に関連するマーカーTauの例を挙げて模式化したキット作製の際に、バイオマーカー固定化後にアッセイを行う過程を示す概略図である。
実検体を用いる前のアッセイの際に、抗体作製時に用いた市販の抗原でアッセイを行ったが、これは実際の患者の検体については、後にゾルゲル固定化過程が確立されれば多量の実検体でより正確にバリデーションするためである。
【0077】
まず、MCI特異的バイオマーカーであるAPOA4マーカーの固定化組成を探索し、APOA4マーカーの組成が確立されたら、その後ITGB3と共に固定化し、最終的にCRPまで全3種のマーカーを全て共に固定化してキット作製を完成した(
図18)。
【0078】
図18はバイオマーカー3種の固定化順序を示す概略図である。
特に、APOA4においては、作製した抗体を用いてキット作製に用い、それを除く他のマーカーであるITGB3及びCRPの固定及び反応抗体は、新たに作製した抗体ではなく、市販の抗体を用いたが、それら2種のマーカーに対する抗体もスクリーニングテストを行って適する抗体を選別し、それを用いた。
【0079】
本出願人が事前にゾルゲルの組成に関連して予め定めておいたプロトコルに従って、捕捉抗体をゾルゲルとミキシングしてspottingした結果、spotが収縮する現象が見られ、当該現象は主に捕捉抗体の非常に低い濃度により発生するという経験的推論から、従来の捕捉抗体の濃度である0.5mg/mlから1mg/mlに濃縮し、同一ゾルゲル組成で再びspottingしてspotの収縮現象を改善した(
図19)。
【0080】
図19は固定化する抗体の濃度差によるSpotの形状条件を確立する過程を示す写真である。
図19の結果から、抗体とゾルゲル固定化の様々な組成を用いたその後の実験においても、当該結果を反映して捕捉抗体の濃度は1mg/mlに設定した。
【0081】
APOA4マーカーにおいて、様々な組成で捕捉抗体とゾルゲルの固定化実験を行い、それらのうち信号値が多少高いと思われる組成(CBS-3)を見出した(
図20a及び
図20b)。
【0082】
図20aはAPOA4固定化条件探索実験の結果を示す写真であり、
図20bは前記APOA4固定化組成のうち最も適するものと思われる条件について低力価、中力価、高力価検体によりテストした結果を示す図である。
【0083】
実施例4-3:ITGB3固定化テスト
ITGB3マーカーにおいて、出願人が定めたプロトコルに従って、10~12種の固定化組成でスクリーニング(screening)テストを行い、有意であると思われる組成を選別した。その結果、何も添加していないCBS組性において有意な信号値が得られたので、それを固定化条件として選択した(
図21)。
【0084】
図21はITGB3スクリーニングテストを行った結果を示す写真である。
実施例4-4:CRP固定化テスト
CRPマーカーにおいて、ITGB3マーカーをスクリーニングしたのと同様に、出願人のプロトコルに従って確立した固定化組成を用いてspottingし、当該組成のみでスクリーニングテストを行った結果、Sol-Gelの比率を非常に低くしたR-1、R-1-1の2種の組成において有意な信号値が得られた。ただし、R-1-1においては組成の原材料中にSol3という非常に粘りのある物質が添加されるため、後にキットを大量生産する際の工程上又は精度管理に困難を伴うものと思われるので、R-1組成を最終的に選択した(
図22)。
【0085】
図22はCRPマーカーを対象に固定化テストを行った結果を示す写真及び図である。
よって、APOA4、CRP、ITGB3における固定化組成が確立された(
図23)。
【0086】
図23はAPOA4、CRP、ITGB3における具体的な固定化組成を示す図である。
その後、固定した抗体の安定化のためのプロセスである固定抗体のエージング(aging)テスト、ブロッキングテスト及び乾燥(dry)テストを行った。
【0087】
実施例4-4-1:固定化抗体のエージングテスト
APOA4、ITGB3、CRPの全てをspottingし、その後当該spotが安定して固定されるようにサポートするステップであるエージングステップの条件をテストした(
図24)。概略すると、エージング条件テストにおいて、場所は、湿度が約60%と高い生産室と、湿度が約9%と低いデシケーターの2つの条件で行い、時間は、2時間と一晩(overnight)の2つの条件で行った。
【0088】
図24は3種のマーカーのspotting後に固定した抗体を安定化させる条件をテストした結果を示す写真である。
図24から分かるように、デシケーターでエージングを行うと信号値が高くなり、一晩の条件よりも2時間の条件においてspotの形状がより安定することが確認され、エージング場所を常温のデシケーター、エージング時間を2時間とするとspotの安定性が向上したので、エージング条件をこれらに確定した。
【0089】
実施例4-4-2:固定化抗体のブロッキングテスト
エージング条件を決定した後に、非特異的反応を除去する目的のプロセスであるブロッキングバッファー(blocking buffer)テストを行った。ブロッキングバッファーは、出願人の従来のプロトコルに用いていたバッファー(BSA 1%,ヤギ血清0.1%,Tween(登録商標)20 1g,アジ化ナトリウム2g)、StabilBlock社の安定剤であるSG01、ST01などの全3種でテストした(
図25)。
【0090】
図25は3種のマーカーのspotting後に固定した抗体を対象にブロッキングテストを行った結果を示す写真である。
図25に示すように、ST01でブロッキングしたものにおいて、信号値の面とspotの安定性の面で最も良好な信号を示すことが確認された。
【0091】
実施例4-4-3:Dry条件テスト
ブロッキング過程後に、ウェルを乾燥させる目的で湿度と時間をそれぞれ2つの条件に分けてテストした。湿度は、60%である生産室と、9%であるデシケーターの2つの条件に設定し、時間は、2時間と一晩の2つの条件に設定してテストを行った(
図26)。
【0092】
図26は3種のマーカーのspotting後に固定した抗体を対象に乾燥テストを行った結果を示す写真である。
図26に示すように、各乾燥条件における信号値の差は大きくなかったが、デシケーター一晩の条件を除く他の条件においてウェルが完璧には乾かないことを考慮して、最終dry条件はデシケーター一晩に確定した。
【0093】
実施例4-5:診断キットの最終アッセイ標準化テスト
診断キットのアッセイ過程の基準を出願人が確立したプロトコルに基づいて定め、それに基づいて検体希釈液、接合体希釈液などの条件を代えて最適なアッセイ条件を選択した。
【0094】
実施例4-5-1:検体希釈液条件テスト
アッセイの際に、検体と共に分注する希釈液の条件テストを行った(
図27)。
図27は検体希釈液の条件をテストした結果を示す写真である。
【0095】
図27に示すように、検体と検体希釈液の比率を1:4とし、全100uLの体積を分注して反応させた結果、ヤギ血清を含む検体希釈液を用いたものにおいて最も向上した結果が得られた。
【0096】
実施例4-5-2:接合体希釈液条件テスト
検体との反応後に2番目の反応に分注する接合体希釈液の条件テストを行った(
図28)。
【0097】
図28は接合体希釈液の条件をテストした結果を示す写真である。
図28に示すように、その結果、BSAを添加したバッファーで反応させたものにおいて、全てのマーカーに対して信号値が上昇することが確認された。
【0098】
実施例4-5-3:診断キットの最終アッセイ標準化情報
上記実施例の結果から最終確認した診断キットの最終アッセイ標準化情報は次の通りである。
【0099】
i.エージング情報
1.常温デシケーター2Hr
ii.ブロッキング情報
1.常温1Hr
iii.乾燥情報
1.常温デシケーター一晩
iv.駆動情報
1.使用装置:シェーカー
2.アッセイプロトコル
【0100】
【0101】
v.分析情報
1.撮影装置:Sensovation装置
実施例4-6:最終キットの作製及び実検体テスト
前記固定化条件に基づいてマーカー3種を1つのウェルに固定化し、その後HC、MCI、AD実検体を用いて、作製したキットの性能テストを行った。380人の患者から抽出した検体を各3~4個ずつ疾病ステージ毎にプールした。最終的に、検体は、計69個、各HC、MCI、ADグループ当たり23個ずつに設定した。
【0102】
実施例4-6-1:エクソソームのウェスタンブロット分析結果
バイオマーカーであるAPOA4、CRP、ITGB3を評価するために、多量のエクソソームサンプル(各段階当たり23個,計69個)をウェスタンブロット分析により確認した。ここで、サンプルの順序は、ウェスタンブロットのゲルの違いを考慮して、患者の疾病ステージ毎に集めて実験を行うのではなく、任意に設定した(
図29a、
図29b及び
図29c)。
【0103】
図29aはITGB3に対してウェスタンブロット分析を行った結果を示す写真及び図であり、
図29bはAPOA4に対してウェスタンブロット分析を行った結果を示す写真及び図であり、
図29cはCRPに対してウェスタンブロット分析を行った結果を示す写真である。
【0104】
図29a、
図29b及び
図29cに示すように、ITGB3とAPOA4においては、WB結果がプロテオミクス結果に対応しているが、CRPにおいては、WBで分析困難な結果が得られ、結果を添付したが、最終結論においては相関関係分析から除外した。
【0105】
実施例4-6-2:最終キット作製後の実検体分析結果
ウェスタンブロット分析実験と同じ患者の血漿サンプル69個を用いて、作製したキットに反応させて結果を得た(
図30)。
【0106】
図30は最終作製キットを用いて実検体を分析した結果を示す写真である。
実施例4-6-3:実検体分析結果とWB分析結果の相関関係
実施例4-6-2で得られたデータとウェスタンブロット強度の相関関係を比較分析した(
図31及び
図32)。
【0107】
まず、
図31はITGB3マーカーを対象にした相関関係分析結果を示すグラフである。
図31に示すように、ITGB3マーカーにおいては、プロテオミクス解析結果、ウェスタンブロット分析結果及び作製したキットの分析結果の全てがHC、MCI、ADと疾病が進行するほどタンパク質の発現量も共に増加する推移を示し、相関係数R2も80%以上を示すことが確認された。
【0108】
次に、
図32はAPOA4マーカーを対象にした相関関係分析結果を示すグラフである。
図32に示すように、APOA4マーカーにおいて、MCI段階では非常に高い発現レベルであるが、AD段階では再び低くなる傾向を示すことが確認された。
【0109】
診断キットの目標設定がアルツハイマー病の早期診断であることと、患者がAD段階になると診断キットを用いなくても明確にアルツハイマー病であることが分かるということから、MCI段階で迅速に診断することが重要である。
【0110】
APOA4マーカーは、MCI段階の検体で作製した診断キットとウェスタンブロット分析結果の相関係数R2が約88%を示すことが確認された。
最後に、CRPマーカーにおいては、ウェスタンブロット分析により定量的な値を判断することは困難であるが、プロテオミクス解析結果と文献情報によりMCI段階でCRPの発現量が少なくなるものと考えられるので、補助指標マーカーとして活用することが好ましいものと分析される。
【0111】
以上の説明から、本発明の属する技術分野の当業者であれば、本発明がその技術的思想や必須の特徴を変更することなく、他の具体的な形態で実施できることを理解するであろう。なお、上記実施例はあくまで例示的なものであり、限定的なものでないことを理解すべきである。本発明には、明細書ではなく請求の範囲の意味及び範囲とその等価概念から導かれるあらゆる変更や変形された形態が含まれるものと解釈すべきである。