(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-17
(45)【発行日】2025-03-26
(54)【発明の名称】n型SnS薄膜、光電変換素子、太陽光電池、n型SnS薄膜の製造方法、およびn型SnS薄膜の製造装置
(51)【国際特許分類】
C01G 19/00 20060101AFI20250318BHJP
H10F 10/14 20250101ALI20250318BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20250318BHJP
H01L 21/203 20060101ALI20250318BHJP
【FI】
C01G19/00 Z
H10F10/14
C23C14/06 D
H01L21/203 S
(21)【出願番号】P 2020108143
(22)【出願日】2020-06-23
【審査請求日】2023-04-18
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】304023994
【氏名又は名称】国立大学法人山梨大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【氏名又は名称】及川 周
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 一誓
(72)【発明者】
【氏名】川西 咲子
(72)【発明者】
【氏名】柳 博
【審査官】大西 美和
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-178012(JP,A)
【文献】特開2019-179012(JP,A)
【文献】Fan-Yong Ran, Zewen Xiao, Yoshitake Toda, Hidenori Hiramatsu, Hideo Hosono & Toshio Kamiya,n-type conversion of SnS by isovalent ion substitution: Geometrical doping as a new doping route,Scientific Reports,2015年05月28日,volume 5,Article number: 10428,https://doi.org/10.1038/srep10428
【文献】Yashika Gupta and P. Arun,Optimization of SnS active layer thickness for solar cell application,Journal of Semiconductors,2017年11月,volume 38, Number 11,113001,https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1674-4926/38/11/113001
【文献】Yanagi et al.,N-type conduction in SnS by anion substitution with Cl,Applied Physics Express,2016年04月22日,9,051201,http://doi.org/10.7567/APEX.9.0
【文献】Iguchi et al.,Single-Crystal Growth of Cl-Doped n-Type SnS Using SnCl2 Self-Flux,Inorganic Chemistry,2018年06月05日,57, 12,p.6769-6772,https://doi.org/10.1021/asc.inorgchem.8b00646
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 19/00
C23C 14/06
C23C 14/34
H01L 21/203
H10F 10/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均厚さが0.100μm~10μmであり、
S含有量と、Sn含有量との比(S/Sn)が0.85~1.10であり、
さらに、ドーパントを含み、
前記ドーパントがハロゲン元素であるSnS薄膜であって、
光子エネルギー1.1eVにおける吸収係数α
1.1
と、光子エネルギー1.6eVにおける吸収係数α
1.6
と、の比(α
1.1
/α
1.6
)が0.200以下であり、n型伝導性を有する、
n型SnS薄膜。
【請求項2】
光子エネルギー1.0eVにおける吸収係数の絶対値が1.0×10
4cm
-1以下である、請求項1に記載のn型SnS薄膜。
【請求項3】
前記ドーパントとして0.002at%~0.2at%の
前記ハロゲン元素を含む、請求項1または2に記載のn型SnS薄膜。
【請求項4】
前記ハロゲン元素がCl、Br、およびIのいずれか1種以上である、請求項3に記載のn型SnS薄膜。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載のn型SnS薄膜と、p型SnS薄膜と、で構成されたホモpn接合を有する光電変換素子。
【請求項6】
請求項5に記載の光電変換素子を有する太陽光電池。
【請求項7】
原子状Sおよびハロゲン元素存在下において、
真空成膜法によって、SnS薄膜を成膜する、n型SnS薄膜の製造方法。
【請求項8】
硫黄プラズマによって、原子状Sを供給する、請求項7に記載のn型SnS薄膜の製造方法。
【請求項9】
H
2Sによって、原子状Sを供給する、請求項7に記載のn型SnS薄膜の製造方法。
【請求項10】
前記SnS薄膜を成膜する前に、5at%~15at%のハロゲン元素を含有したSnSターゲットにプラズマを照射することで、製造装置内にハロゲン元素を事前に供給する、請求項7~9のいずれか1項に記載のn型SnS薄膜の製造方法。
【請求項11】
ハロゲンガスでハロゲン元素を前記SnS薄膜内に供給する、請求項7~9のいずれか1項に記載のn型SnS薄膜の製造方法。
【請求項12】
ハロゲン元素を0.01at%~3at%含有するSnSターゲットを前記SnS薄膜の成膜に用いることで、ハロゲン元素を供給する、請求項7~9のいずれか1項に記載のn型SnS薄膜の製造方法。
【請求項13】
請求項7~12のいずれか1項に記載の製造方法を用いるn型SnS薄膜の製造装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、n型SnS薄膜、光電変換素子、太陽光電池、n型SnS薄膜の製造方法、およびn型SnS薄膜の製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、太陽光電池は広く使われているが、さらなる普及のために、製造コストの低減と高効率化が求められている。製造コストの低減と高効率化のためには、高効率を達成する新しい機構や低コスト材料・プロセスの開発が必要となる。
【0003】
高効率化のために適した太陽光電池材料としては、例えば、GaAsやCu(In,Ga)Se2(CIGS)やCdTeがあるが、GaAsは希少金属であるGaと有害元素であるAsを含む問題があり、CIGSは、希少金属であるInおよびGaを含むといった問題がある。さらにCdTeは希少元素であるTe、有害元素であるCdを含むといった問題がある。
【0004】
有害性が低く、かつ、原料コストが安い太陽光電池用材料としては、SnSが挙げられる。さらに、SnSは直接ギャップが1.3eV、間接ギャップが1.1eVであり、理論限界変換効率は30%を超える材料である。そして、SnSは、2eVにおける光吸収係数αが105cm-1以上であるので、2~3μm程度の厚さで十分光を吸収することができる。加えて、SnSは、汎用プロセスで薄膜を成膜することができるという利点も有している。
【0005】
これまでに作製されたSnS太陽光電池は、n型のSnS薄膜がないために、n型層に他の半導体薄膜(CdS薄膜等)を用いたヘテロ接合太陽光電池が主流であった。これまでに作製されたSnS太陽光電池の変換効率は4.4%と、理論限界変換効率よりも大分低い結果しか得られていない。これは、従来のSnS太陽光電池が、p型半導体とn型半導体とがそれぞれ異なる材料を用いるヘテロ接合を用いていることに由来する。ヘテロ接合の場合、界面におけるp型半導体の価電子帯上端のエネルギーとn型半導体の伝導帯下端のエネルギーのオフセット(ΔE)が、取り出せる電圧の目安となる。しかし、SnSは伝導帯下端のエネルギーが高いため、ヘテロ接合の場合、相対的にΔEが小さくなるので、開放電圧が低く、変換効率が低くなる。例えば、CIGSとCdSとのヘテロ接合からなるCIGS太陽光電池の場合、開放電圧は700mVであるのに対し、SnSとCdSとのヘテロ接合からなるSnS太陽光電池の場合、開放電圧は200mVとなる。n型SnS薄膜が得られれば、p型層・n型層ともにSnSを用いたホモpn接合が実現でき、開放電圧の向上により高効率な太陽光電池が得られると期待されている。
【0006】
SnSについてはSの蒸気圧(500℃における蒸気圧:4×105Pa)が、Snの蒸気圧(500℃における蒸気圧:1×10-6Pa)よりも極めて高いので、Sが占有すべき場所をSnが占有する欠陥が生じやすいという問題がSnSにはある。このような欠陥がある場合、電気的中性を保存するため、正孔が生成されるので、SnSはp型半導体になりやすい。
【0007】
n型SnSとしては、特許文献1に、SnS(硫化スズ)にBrが添加されたn型SnSが開示されている。また、非特許文献1には、SnSにPbが添加されたn型SnS薄膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【非特許文献】
【0009】
【文献】Fan-Yong Ran et al. n-type conversion of SnS by isovalent ion substitution:Geometrical doping as a new doping route. Sci. Rep. 5, 10428
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、特許文献1に記載のn型SnSは、焼結体であり、かつ、活性化率が低いので、n型伝導性を発現させるためにはBrを0.4at%以上を添加する必要がある。ここで活性化率とは、注入した不純物がどれだけのキャリア(伝導電子やホール)を出しているかを示す割合を言う。また、特許文献1の場合、焼結体を得るためにスパークプラズマ焼結法を用いている。この手法はバルク試料を作製するためのものであり、同一の手法でSnS薄膜を得ることはできない。
非特許文献1に記載のn型SnS薄膜はPbを20at%以上含有することでn型化を実現しており、活性化率が低い。加えて有害元素であるPbを20at%以上含有するため、有害元素を極力含まないというSnSのメリットが無くなる。
【0011】
本発明は、上記の課題を鑑みてなされた発明であり、不純物の活性化率が高く、n型伝導性を示すn型SnS薄膜、光電変換素子、太陽光電池、n型SnS薄膜の製造方法、およびn型SnS薄膜の製造装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らが、鋭意検討したところ、SnS薄膜が、その平均厚さが所定の厚さであり、S含有量とSn含有量との原子比(S/Sn)が一定の関係を満足し、かつ、光子エネルギー1.1eVにおける吸収係数α1.1と光子エネルギー1.6eVにおける吸収係数α1.6との比が一定の関係を満足する場合に、n型の伝導性を示すことが分かった。本発明の要旨は以下のとおりである。
<1> 本発明の一態様に係るn型SnS薄膜は、平均厚さが0.100μm~10μmであり、S含有量と、Sn含有量との原子比(S/Sn)が0.85~1.10であり、
さらに、ドーパントを含み、前記ドーパントがハロゲン元素であるSnS薄膜であって、
光子エネルギー1.1eVにおける吸収係数α
1.1
と、光子エネルギー1.6eVにおける吸収係数α
1.6
と、の比(α
1.1
/α
1.6
)が0.200以下であり、n型伝導性を有する。
<2> 上記<1>に記載のn型SnS薄膜は、光子エネルギー1.0eVにおける吸収係数の絶対値が1.0×104cm-1以下であってもよい。
<3> 上記<1>または<2>に記載のn型SnS薄膜は、前記ドーパントとして0.002at%~0.2at%の前記ハロゲン元素を含んでもよい。
<4> 上記<3>に記載のn型SnS薄膜は、前記ハロゲン元素がCl、Br、およびIのいずれか1種以上であってもよい。
<5> 本発明の一態様に係る光電変換素子は、上記<1>~<4>のいずれか1つに記載のn型SnS薄膜と、p型SnS薄膜と、で構成されたホモpn接合を有する。
<6> 本発明の一態様に係る太陽光電池は、<5>に記載の光電変換素子を有する。<7> 本発明の一態様に係るn型SnS薄膜の製造方法は、原子状Sおよびハロゲン元素存在下において、真空成膜法によって、SnS薄膜を成膜する。
<8> 上記<7>に記載のn型SnS薄膜の製造方法は、硫黄プラズマによって、原子状Sを供給してもよい。
<9> 上記<7>に記載のn型SnS薄膜の製造方法は、H2Sによって、原子状Sを供給してもよい。
<10> 上記<7>~<9>のいずれか1つに記載のn型SnS薄膜の製造方法は、前記SnS薄膜を成膜する前に、5at%~15at%のハロゲン元素を含有したSnSターゲットにプラズマを照射することで、製造装置内にハロゲン元素を事前に供給してもよい。
<11> 上記<7>~<9>のいずれか1つに記載のn型SnS薄膜の製造方法は、ハロゲンガスでハロゲン元素を前記SnS薄膜内に供給してもよい。
<12> 上記<7>~<9>のいずれか1つに記載のn型SnS薄膜の製造方法は、ハロゲン元素を0.01~3at%含有するSnSターゲットを前記SnS薄膜の成膜に用いることで、ハロゲン元素を供給してもよい。
<13> 本発明の一態様に係るn型SnS薄膜の製造装置は、上記<7>~<12>のいずれか1項に記載の製造方法を用いる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の上記態様によれば、不純物の活性化率が高く、n型伝導性を示すn型SnS薄膜、光電変換素子、太陽光電池、n型SnS薄膜の製造方法、およびn型SnS薄膜の製造装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図2】実施例のSnS薄膜および比較例のSnS薄膜ののXRD測定結果およびICSDのSnSのX線回折パターンを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<n型SnS薄膜>
以下、本実施形態に係るn型SnS薄膜について説明する。本実施形態に係るn型SnSはn型伝導性を有する。SnS薄膜は、主にSnSから構成されることが好ましい。主にSnSから構成されるとは、X線回折分析で、SnSのみが確認され、SnS2、Sn2S3、およびSnO2などの異相が確認されないことをいう。本実施形態に係るSnSは、n型の伝導性を示し、本願の発明の効果を奏するのであれば、SnS2、Sn2S3、およびSnO2などの異相を含有してもよい。また、本実施形態に係るn型SnS薄膜において、安全性のために有害元素は極力含有しないことが好ましい。
【0016】
「平均厚さが0.100μm~10μm」
本実施形態に係るn型SnSの平均厚さは、0.100μm以上である。より好ましいn型SnSの平均厚さは、1μm以上である。さらに好ましいn型SnSの平均厚さは3μm以上である。n型SnSの平均厚さが0.100μm未満の場合、光を十分吸収できない。n型SnSの平均厚さは、10μm以下である。より好ましいn型SnSの平均厚さは7μm以下である。さらに好ましいn型SnSの平均厚さは4μm以下である。n型SnSの平均厚さが10μm超の場合、ホモ接合界面近傍に光が到達しない問題、および光照射により生成した電子と正孔が再結合によって外部に取り出せなくなる問題が生じる。
【0017】
「S含有量と、Sn含有量との原子比(S/Sn)が0.85~1.10」
本実施形態のn型SnS薄膜のS含有量(at%)と、Sn含有量(at%)と、の原子比(S/Sn)は、0.85~1.10である。S/Snが0.85~1.10であれば、n型SnS薄膜は高い活性化率を得ることができる。
【0018】
n型SnSの平均厚さは、蛍光X線分析を用い、以下の方法で測定することができる。例えば、蛍光X線分析装置(例えば、Matrix Metrologies社製MaXXi 5)を用い、n型SnS薄膜の蛍光X線を測定する。得られた蛍光X線からファンダメンタルパラメータ法で、n型SnSの平均厚さが得られる。
【0019】
「光子エネルギー1.1eVにおける吸収係数α1.1と、光子エネルギー1.6eVにおける吸収係数α1.6と、の比(α1.1/α1.6)が0.200以下」
本実施形態に係るn型SnS薄膜は、光子エネルギー1.1eVにおける吸収係数α1.1と、光子エネルギー1.6eVにおける吸収係数α1.6と、の比(α1.1/α1.6)が0.200以下である。α1.1/α1.6が0.200以下の場合、SnS薄膜はn型伝導性を示し、かつ、活性化率を60%以上とすることができる。より好ましくは、α1.1/α1.6が0.100以下である。α1.1/α1.6は、0.005以上としてもよい。
【0020】
本実施形態に係るn型SnS薄膜において、光子エネルギー1.0eVにおける吸収係数の絶対値が1.0×104cm-1以下とすることが好ましい。光子エネルギー1.0eVにおける吸収係数の絶対値が1.0×104cm-1以下の場合、Sが占有するべき場所をSnが占有する欠陥が少なくなるので好ましい。光子エネルギー1.0eVにおける吸収係数の絶対値の下限は特に限定されないが、例えば、1.0×103cm-1以上としてもよい。
【0021】
SnS薄膜の吸収係数αは、例えば、以下の方法で測定することができる。分光光度計(例えば、日立ハイテクノロジー社製U4100)を用い、測定波長192nm~3200nmにおけるSnS薄膜の透過率T(%)及び反射率R(%)を測定する。得られたSnS薄膜の透過率T、反射率R,n型SnSの平均厚さt(cm)を用いて、下記(1)式から計算することで、吸収係数αが得られる。
α=(1/t)×ln((100-R)2/(100×T))・・・・(1)
【0022】
「0.002at%~0.2at%のハロゲン元素」
本実施形態に係るn型SnS薄膜において、n型伝導性を示すための不純物は、特に限定されない。このような不純物としては、ハロゲン元素、Pbなどが挙げられる。本実施形態に係るn型SnS薄膜は、0.002at%~0.2at%のハロゲン元素を含むことが好ましい。ハロゲン0.002at%~0.2at%であれば、十分なキャリア密度が得られる。ハロゲン元素としては、Cl、Br,Iのいずれか1種以上が好ましい。特にハロゲン元素としては、ClとBrが好ましい。
【0023】
n型SnS薄膜中のハロゲン元素などの不純物の含有量は、飛行時間型二次イオン質量分析装置(例えば、IONTOF-GmbH製TOF-SIMS-5)によって、測定することができる。例えば、n型SnS薄膜のハロゲン元素の深さ方向プロファイルをTOF-SIMSを用いて測定する。得られたハロゲン元素の深さプロファイルにおいて、深さ方向に沿って、表面からn型SnS薄膜の厚さの1/4位置~表面からn型SnS薄膜の厚さの1/2の位置までの範囲で、ハロゲン元素濃度が安定している領域のハロゲン元素の濃度の平均値をハロゲン元素の含有量とする。
【0024】
<n型SnS薄膜の製造方法>
次に、n型SnS薄膜の製造方法について、説明する。本実施形態に係るn型SnS薄膜の製造方法は、原子状Sおよびハロゲン元素存在下において、真空成膜法によって、SnS薄膜を成膜する。SnS薄膜の成膜方法は、真空成膜法であれば特に限定されず、スパッタリング、蒸着、近接昇華法などを用いることができる。SnS薄膜は、スパッタリングで成膜することが好ましい。n型SnS薄膜の製造装置は、本実施形態に係るn型SnS薄膜の製造方法を用いるのであれば、特に限定されない。スパッタリングで製膜する場合は、例えば、
図1のようなスパッタリング装置100で成膜することができる。
【0025】
図1に示すスパッタリング装置100は、スパッタカソード1、スパッタカソード1上にあるSnSターゲット2、固体S粉末3を気化するヒーター4、気化したSをプラズマ化する高周波コイル(RFコイル)5、及びチャンバー10を備える。スパッタリングによって、基板7上にSnS薄膜6を成膜する場合、例えば、以下の方法でSnS薄膜6を成膜することができる。SnSターゲットにアンドープのSnSを用意し、スパッタガスはAr、基板7は石英ガラスを用い、基板温度を220℃~340℃に設定して、原子状S8およびハロゲン元素存在下において、SnS薄膜6を成膜する(成膜速度 8nm/min)。ここで、「原子状Sおよびハロゲン元素存在下」とは、SnS薄膜が製膜される領域において、原子状Sおよびハロゲン元素が存在していることを意味する。基板温度が220℃~340℃の範囲であれば、成膜されたSnS薄膜6はn型の伝導性を示しやすいので好ましい。
【0026】
<ハロゲン元素>
本実施形態に係るn型SnS薄膜の製造方法において、成膜雰囲気にハロゲン元素を供給する。n型SnS薄膜中のハロゲン元素の含有量が0.002at%~0.2at%になるのであれば、ハロゲン元素の供給方法は特に限定されない。ハロゲン元素の供給方法としては、ハロゲン元素を0.01at~3at%含有するSnSターゲットを用いてn型SnS薄膜を成膜することで、ハロゲン元素を供給してもよい。また、n型SnS薄膜を成膜する前、または成膜中に、成膜雰囲気中にハロゲンガスを直接供給してもよい。ハロゲンガスの流量は例えば、0.01~5sccmである。また、n型SnS薄膜の成膜前にハロゲン元素を含有したSnSターゲットにプラズマを照射することで、成膜雰囲気中にハロゲン元素を供給してもよい。ハロゲン元素の供給量は、真空ポンプによる排気速度、チャンバー10のサイズなどの条件に基づいて、適宜調整することができる。
【0027】
ハロゲン元素を含有したSnSターゲットにプラズマを照射する場合は、5at%~15at%のハロゲン元素を含有したSnS(ドープSnS)にプラズマを照射することが好ましい。成膜前にドープSnSにプラズマを照射することで、製造装置内(チャンバー10内)に微量のハロゲン元素(例えば、Cl)を残留させ、その後に行われる成膜において雰囲気にハロゲンを事前に供給することができる。これにより、n型SnS薄膜におけるハロゲン元素の濃度を0.002at%~0.2at%の範囲に制御することができる。
【0028】
<原子状S>
本実施形態に係るn型SnS薄膜の製造方法において、成膜雰囲気に原子状S8を供給する。単にSを気化して供給した場合、気化したSは反応性が低いクラスター状である。そのため、SnS薄膜6のS欠損に由来する欠陥を低減できない。一方、原子状S8は、気化したSよりも反応性が高く、SnS薄膜6のS欠損に由来する欠陥を効率よく低減することができる。
【0029】
原子状S8を供給する方法としては、特に限定されず、例えば、固体S粉末3を加熱し、気化させたSを高周波コイル5にてプラズマ状態にしてから、SnS薄膜6の堆積部に供給してもよいし、H2SガスをSnS薄膜6の堆積部に供給してもよい。H2Sガスを用いる場合、高周波コイル5にてプラズマ状態にしてから、SnS薄膜6の堆積部に供給しても良い。
【0030】
次に、固体S粉末3をプラズマ状態(Sプラズマ)にしてから供給する方法について説明する。例えば、次の方法で、固体S粉末3をプラズマ状態にすることができる。固体S粉末3を75℃で加熱し、固体S粉末3を気化させる。気化したSを高周波コイル5にてプラズマ状態にし、原子状S8を供給する。この時の高周波コイル5のパワーは10~100W程度であり、高周波コイル5に供給するアルゴンガスの流量は例えば1~20sccmである。Arガスを供給することで、プラズマが安定するので好ましい。高周波コイル5のパワーやアルゴンガスの流量などの条件は、チャンバー10のサイズなどに応じて適宜調整することができる。
【0031】
H2Sガスを供給する方法について説明する。H2Sは分解しやすく、SnS薄膜6のS欠損に由来する欠陥を効率よく、低減することができる。H2Sガスの流量は、0.01~10sccmとするのがよい。H2Sガスの流量は、真空ポンプによる排気速度、チャンバー10のサイズなどの条件に基づいて、適宜調整することができる。また、H2Sの反応性をより向上させるために、固体S粉末3と同様の方法で、プラズマ状態にしてもよい。
【0032】
以上、本実施形態に係るn型SnS薄膜について詳述した。本発明は係る特定の実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲に記載された本発明の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。また、本実施形態に係るn型SnS薄膜は、太陽光電池などの光電変換素子に用いることができる。例えば、本実施形態に係るn型SnS薄膜を備える光電変換素子は、本実施形態に係るn型SnS薄膜と、p型SnS薄膜と、で構成されたホモpn接合を有してもよい。また、本実施形態に係るn型SnS薄膜を備える太陽光電池は、上記のホモpn接合を有する光電変換素子を有してもよい。
【実施例】
【0033】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0034】
(実施例)
スパッタリングチャンバー内にてClドープSnSターゲットにプラズマを照射することでチャンバー内にClを供給し、それをチャンバー内に残留させることで、その後に行われる成膜における成膜雰囲気にCl供給した。具体的には、Clを10at%含有したSnSターゲットに対して、スパッタガスにAr(流量10sccm)を用いて40Wのパワーでプラズマを30分間にわたり照射し、チャンバー内にClを供給した。
【0035】
成膜雰囲気にClを供給した後、石英ガラス基板をチャンバー内に入れて、SnS薄膜を石英ガラス基板上にスパッタリングで成膜しながら、SプラズマをSnS薄膜に照射することで実施例のSnS薄膜を得た。スパッタリングは、ターゲットにアンドープSnSを用い、スパッタガスとしてAr、基板温度を330℃とし、成膜速度8nm/minで行った。
【0036】
SプラズマのSnS薄膜への照射はOxford applied research製Sulfur Cracking Sourceを用い、以下の手順で行った。固体S粉末をヒーターで75℃に加熱することで気化させた。次に、高周波コイルに流量6sccmのArを供給しながら50Wのパワーで気化したSをプラズマ化し、成膜中のSnS薄膜にSプラズマを照射した。
【0037】
(比較例)
スパッタリングチャンバー内にてClドープSnSターゲットにプラズマを照射することでチャンバー内にClを供給し、それを残留させることで、その後に行われる成膜における成膜雰囲気にCl供給した。具体的には、Clを10at%含有したSnSターゲットに対して、スパッタガスにAr(流量10sccm)を用いて40Wのパワーでプラズマを30分間にわたり照射し、チャンバー内にClを供給した。
【0038】
チャンバー内にClを供給した後、石英ガラス基板をチャンバー内に入れて、SnS薄膜を石英ガラス基板上にスパッタリングで成膜することで比較例のSnS薄膜を得た。スパッタリングは、ターゲットにアンドープSnSを用い、スパッタガスとしてAr、基板温度を330℃とし、成膜速度6nm/minで行った。
【0039】
(X線回折分析)
SnS薄膜の同定は、X線回折で行った。X線回折は、Bruker社製D8 Discoverを用い、θ―2θ法で実施例のSnS薄膜と比較例のSnS薄膜の測定を行った。得られた結果を
図2(a)および(b)に示す。また、ICSDのSnSのX線回折パターンを
図2(c)に示す。
【0040】
(膜厚測定)
膜厚は、蛍光X線分析装置(Matrix Metrologies社製MaXXi 5)で測定した。実施例のSnS薄膜と比較例のSnS薄膜とを測定して得られた蛍光X線からファンダメンタルパラメータ法でSnS薄膜の平均厚さを得た。得られた結果を表1に示す。
【0041】
(蛍光X線分析)
実施例のSnS薄膜および比較例のSnS薄膜の化学組成は、蛍光X線分析装置(Matrix Metrologies社製MaXXi 5)を用いて測定した。
【0042】
(ホール測定)
ホール測定システム(東陽テクニカ社製RESITEST8300)を用い、van der Pauw法で実施例のSnS薄膜および比較例のSnS薄膜の電気伝導度、ホール係数、及び60K~300Kの温度範囲の電気伝導度およびホール係数を測定した。電極には、約100nmの厚さの金の薄膜を用いた。これらの結果から、伝導性の型、キャリア密度、移動度を評価した。得られた結果を表1に示す。
【0043】
(光吸収スペクトル測定)
分光光度計(例えば、日立ハイテクノロジー社製U4100)を用い、測定波長192nm~3200nmにおけるSnS薄膜の透過率T(%)及び反射率R(%)を測定した。得られたSnS薄膜の各光子エネルギーにおける透過率T及び反射率Rとn型SnSの平均厚さt(cm)とを用いて、上記(1)式から吸収係数を計算し、吸収スペクトルを得た。得られた吸収スペクトルから、実施例のSnS薄膜および比較例のSnS薄膜の光子エネルギー1.1eVにおける吸収係数α1.1と、光子エネルギー1.6eVにおける吸収係数α1.6と、の比(α1.1/α1.6)および光子エネルギー1.0eVにおける吸収係数の絶対値α1.0を計算した。得られた結果を表1に示す。
【0044】
(TOF-SIMS測定)
ハロゲン元素の含有量は、飛行時間型二次イオン質量分析装置(IONTOF-GmbH製TOF-SIMS-5)によって、測定した。具体的には、実施例のSnS薄膜および比較例のSnS薄膜のS、Sn、Clの深さ方向プロファイルをTOF-SIMSを用いて測定した。得られたハロゲン元素の深さプロファイルにおいて、深さ方向に沿って、表面から深さ70nmの位置~表面から110nmの位置までの範囲で、Cl濃度の平均値を計算し、ハロゲン元素の含有量とした。得られた結果を表1に示す。
【0045】
【0046】
図2に実施例のSnS薄膜のXRD測定の結果を示す。横軸は、2θ(°)、縦軸は、X線強度を示す。
図2(a)は実施例のSnS薄膜の測定結果を示し、
図2(b)は比較例のSnS薄膜の測定結果を示す。
図2(a)および(b)のピークは、すべてSnSに帰属した。
図2に示す通り、SnS
2、Sn
2S
3、SnO
2などの異相はなかった。このことから、実施例および比較例の薄膜は、SnSで構成されていることが確認できた。
【0047】
表1に示す通り、光子エネルギー1.1eVにおける吸収係数α1.1と、光子エネルギー1.6eVにおける吸収係数α1.6と、の比(α1.1/α1.6)が0.200以下であった実施例のSnS薄膜はn型伝導性を示した。一方、光子エネルギー1.1eVにおける吸収係数α1.1と、光子エネルギー1.6eVにおける吸収係数α1.6と、の比(α1.1/α1.6)が0.200を超えた比較例のSnS薄膜はp型の伝導性を示した。また、実施例のSnS薄膜のCl濃度とキャリア密度から計算される活性化率は65%であった。従来のn型SnSは、活性化率が数%以下であったことから、本実施形態のSnS薄膜では、0.018at%という極めて低濃度のClでn型半導体とすることができることが分かった。
【0048】
ノンドープのSnS半導体は一般にp型を示すことから、n型を示す本発明のn型SnS半導体によって、ホモ接合が実現可能となる。したがって、本発明のn型SnS半導体は、p型のノンドープのSnS半導体とのpn接合を備えたホモ接合型SnS太陽光電池用の光電変換素子に有用である。また、SnS半導体は高価で希少な元素を含まないことから、安価な光電変換材料としても期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明のn型SnS薄膜は光電変換素子、太陽光電池等の利用が期待されるので、産業上の利用可能性が高い。