(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-17
(45)【発行日】2025-03-26
(54)【発明の名称】ウイルス濃縮材、濃縮装置及びウイルス濃縮材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 7/02 20060101AFI20250318BHJP
C12N 1/02 20060101ALI20250318BHJP
C12M 1/26 20060101ALI20250318BHJP
C12M 1/28 20060101ALI20250318BHJP
【FI】
C12N7/02
C12N1/02
C12M1/26
C12M1/28
(21)【出願番号】P 2020161970
(22)【出願日】2020-09-28
【審査請求日】2023-08-09
(73)【特許権者】
【識別番号】500433225
【氏名又は名称】学校法人中部大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001036
【氏名又は名称】弁理士法人暁合同特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】喜田 真史
(72)【発明者】
【氏名】上村 和秀
(72)【発明者】
【氏名】中村 江里
【審査官】斉藤 貴子
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-040148(JP,A)
【文献】特開2009-256297(JP,A)
【文献】国際公開第2019/064463(WO,A1)
【文献】特開平08-319300(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 7/00-7/08
C12M 1/00-1/42
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルシウムイオン依存性の糖鎖結合活性を有するC型レクチンと、シアロ糖鎖を含む糖化合物とを有するキメラ分子が、担体に担持されてな
り、
前記キメラ分子は、スクシニルイミド基を分子内に2つ有するリンカーに由来する構造を有し、
一方の前記スクシニルイミド基が前記C型レクチンと反応し、かつ他方の前記スクシニルイミド基が前記糖化合物と反応することで、前記C型レクチンが、前記リンカーを介して前記糖化合物に結合され、
前記担体の表面に形成され、前記C型レクチンの結合部位と特異的に結合する糖リガンドを含む糖リガンド層を有し、
前記キメラ分子は、前記C型レクチンの前記結合部位が前記糖リガンドに対して結合することで、前記担体に担持されるウイルス濃縮材。
【請求項2】
前記シアロ糖鎖を受容体として特異的に結合するウイルスに対して適用可能であり、かつ前記ウイルスの濃度が、10,000pfu/mL以下である被検査液を濃縮する請求項
1に記載のウイルス濃縮材。
【請求項3】
請求項1
または請求項2に記載のウイルス濃縮材と、
一方の開口端からなる注入口と、他方の開口端からなる排出口と、前記注入口と前記排出口との間に配され、かつ前記注入口側から注入された被検査液を前記排出口側へ透過可能な状態で、前記ウイルス濃縮材を収容する収容部とを有する筒状容器とを備える濃縮装置。
【請求項4】
カルシウムイオン依存性の糖鎖結合活性を有するC型レクチンと、シアロ糖鎖を含む糖化合物とを有するキメラ分子が、担体に担持されてなるウイルス濃縮材の製造方法であって、
前記担体の表面に、前記C型レクチンの結合部位と特異的に結合する糖リガンドを含む糖リガンド層を形成する糖リガンド層形成工程と、
カルシウムイオンを含む緩衝液に前記C型レクチンを溶解させてなるC型レクチン含有緩衝液を、前記糖リガンド層が形成された前記担体に接触させて、前記C型レクチンを前記糖リガンドに結合させることで、前記糖リガンド層上に前記C型レクチンを含むC型レクチン層を形成するC型レクチン層形成工程と、
カルシウムイオンを含む緩衝液にスクシニルイミド基を分子内に2つ有するリンカーを溶解させてなるリンカー含有緩衝液を、前記C型レクチン層が形成された前記担体に接触させて、前記C型レクチンに前記リンカーを結合させることで、前記C型レクチン層上に、前記リンカーを含むリンカー層を形成するリンカー層形成工程と、
カルシウムイオンを含む緩衝液に前記シアロ糖鎖を含む前記糖化合物を溶解させてなる糖化合物含有緩衝液を、前記リンカー層が形成された前記担体に接触させて、前記リンカーに前記糖化合物を結合させることで、前記リンカー層上に、前記糖化合物を含む糖化合物層を形成する糖化合物層形成工程とを備えるウイルス濃縮材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルス濃縮材、濃縮装置及びウイルス濃縮材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インフルエンザウイルスは、毎年季節的流行を引き起こし、社会経済的に大きな損失をもたらしている。また、近い将来、変異したインフルエンザウイルスの出現により、世界的大流行(パンデミック)が引き起こされることも危惧されている。
【0003】
現在、インフルエンザウイルス感染症(所謂、インフルエンザ)の診断には、鼻腔ぬぐい液を検体とした免疫クロマトグラフィー法が用いられている。インフルエンザに罹患した被験者から採取された鼻腔ぬぐい液には、インフルエンザウイルスが高濃度(例えば、104~105pfu/mL程度)で存在しており、ウイルス検出が容易であるため、インフルエンザの診断に、鼻腔ぬぐい液が使用されている。
【0004】
しかしながら、この鼻腔ぬぐい液を採取するためには、被験者の鼻腔の奥側までスワブ(綿棒)を挿入し、その奥側の部分をスワブで数回擦った後に、スワブを鼻腔から引き抜く必要があるため、被験者に対して不快感や強い痛みを与えてしまうことがしばしば問題となっていた。
【0005】
そこで、採取時に被験者に苦痛等を与えない、鼻腔ぬぐい液に代わる検体として、うがい液の使用が注目されている。ただし、うがい液中に含まれるインフルエンザウイルスの濃度は、最大で102~103pfu/mL程度であり、鼻腔ぬぐい液と比べて、非常に希薄である。具体的には、うがい液中のインフルエンザウイルスの濃度は、鼻腔ぬぐい液の濃度と比べて、1/100程度である。そのため、うがい液をそのまま検体として使用せず、ウイルス濃縮材を利用して、うがい液中のウイルス濃度を高めることが試みられている(例えば、特許文献1参照)。
【0006】
従来のウイルス濃縮材は、例えば、血清マンナン結合タンパク質(MBP)をガラスビーズ製の担体に担持させたものからなる。インフルエンザウイルスの表面上に存在するヘマグルチニンには、高マンノース型糖鎖が修飾されていることが知られている。従来のウイルス濃縮材は、その高マンノース型糖鎖に、血清マンナン結合タンパク質を特異的に結合させることで、インフルエンザウイルスを捕捉するものである。なお、血清マンナン結合タンパク質の結合部位は、カルシウムイオン依存性であり、カルシウムイオンの濃度を、適宜、調節することで、ウイルス濃縮材の血清マンナン結合タンパク質と、インフルエンザウイルス(高マンノース型糖鎖)との結合を切断して、ウイルス濃縮材から、インフルエンザを遊離させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
将来、ヘマグルチニンの高マンノース型糖鎖が欠損したウイルス(例えば、変異した新型のインフルエンザウイルス)が発生した場合、従来のウイルス濃縮材は、その新型インフルエンザウイルスに対して使用することができない。
【0009】
本発明の目的は、ヘマグルチニンの高マンノース型糖鎖が欠損したウイルスに適用可能なウイルス濃縮材等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
<1> カルシウムイオン依存性の糖鎖結合活性を有するC型レクチンと、シアロ糖鎖を含む糖化合物とを有するキメラ分子が、担体に担持されてなり、
前記キメラ分子は、スクシニルイミド基を分子内に2つ有するリンカーに由来する構造を有し、
一方の前記スクシニルイミド基が前記C型レクチンと反応し、かつ他方の前記スクシニルイミド基が前記糖化合物と反応することで、前記C型レクチンが、前記リンカーを介して前記糖化合物に結合され、
前記担体の表面に形成され、前記C型レクチンの結合部位と特異的に結合する糖リガンドを含む糖リガンド層を有し、
前記キメラ分子は、前記C型レクチンの前記結合部位が前記糖リガンドに対して結合することで、前記担体に担持されるウイルス濃縮材。
【0013】
<2> 前記シアロ糖鎖を受容体として特異的に結合するウイルスに対して適用可能であり、かつ前記ウイルスの濃度が、10,000pfu/mL以下である被検査液を濃縮する前記<1>に記載のウイルス濃縮材。
【0014】
<3> 前記<1>または<2>に記載のウイルス濃縮材と、一方の開口端からなる注入口と、他方の開口端からなる排出口と、前記注入口と前記排出口との間に配され、かつ前記注入口側から注入された被検査液を前記排出口側へ透過可能な状態で、前記ウイルス濃縮材を収容する収容部とを有する筒状容器とを備える濃縮装置。
【0015】
<4> カルシウムイオン依存性の糖鎖結合活性を有するC型レクチンと、シアロ糖鎖を含む糖化合物とを有するキメラ分子が、担体に担持されてなるウイルス濃縮材の製造方法であって、前記担体の表面に、前記C型レクチンの結合部位と特異的に結合する糖リガンドを含む糖リガンド層を形成する糖リガンド層形成工程と、カルシウムイオンを含む緩衝液に前記C型レクチンを溶解させてなるC型レクチン含有緩衝液を、前記糖リガンド層が形成された前記担体に接触させて、前記C型レクチンを前記糖リガンドに結合させることで、前記糖リガンド層上に前記C型レクチンを含むC型レクチン層を形成するC型レクチン層形成工程と、カルシウムイオンを含む緩衝液にスクシニルイミド基を分子内に2つ有するリンカーを溶解させてなるリンカー含有緩衝液を、前記C型レクチン層が形成された前記担体に接触させて、前記C型レクチンに前記リンカーを結合させることで、前記C型レクチン層上に、前記リンカーを含むリンカー層を形成するリンカー層形成工程と、カルシウムイオンを含む緩衝液に前記シアロ糖鎖を含む前記糖化合物を溶解させてなる糖化合物含有緩衝液を、前記リンカー層が形成された前記担体に接触させて、前記リンカーに前記糖化合物を結合させることで、前記リンカー層上に、前記糖化合物を含む糖化合物層を形成する糖化合物層形成工程とを備えるウイルス濃縮材の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、ヘマグルチニンの高マンノース型糖鎖が欠損したウイルスに適用可能なウイルス濃縮材等を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】ウイルス濃縮材の構成を模式的に表した断面図
【
図2】ウイルス濃縮材の一部を模式的に表した拡大図
【
図4】ウイルス濃縮材の製造方法の一例を示すフロー図
【
図6】ウイルス濃縮材により濃縮されたインフルエンザウイルスを模式的に表した説明図
【発明を実施するための形態】
【0018】
〔ウイルス濃縮材〕
図1は、ウイルス濃縮材1の構成を模式的に表した断面図であり、
図2は、ウイルス濃縮材1の一部を模式的に表した拡大図である。
【0019】
ウイルス濃縮材1は、カルシウムイオン依存性の糖鎖結合活性を有するC型レクチン2と、シアロ糖鎖3aを含む糖化合物3とを有するキメラ分子4が、担体5に担持されたものからなる。インフルエンザウイルスは、細胞表面に発現するシアロ糖鎖を受容体とし、ウイルス表面のヘマグルチニンとシアロ糖鎖の結合を介して細胞表面に吸着することが知られている。
【0020】
なお、本明細書において、「濃縮」とは、標的のウイルスの濃度を高めることであり、濃縮された試料中には、標的のウイルスが、濃縮前と比べて高濃度で存在することになる。
【0021】
担体5は、不溶性材料からなる支持体であり、後述する糖リガンド層を形成し易い等の観点より、表面に水酸基を有する無機物質又は有機物質によって構成することが好ましい。担体5を構成する具体的な材料としては、本発明の目的を損なわない限り特に制限はないが、例えば、ガラス、シリカ、各種樹脂(スチレン系樹脂、アクリル系樹脂等)、水酸基含有無機材料(紫外線処理した酸化チタン、アルミナ、その他のセラミックス等)等が挙げられる。また、担体5の形状は、本発明の目的を損なわない限り特に制限はないが、粒子状(ビーズ状)が好ましい。粒子状の担体の粒径は、インフルエンザウイルスが結合する表面の総和、及び透水性を規定する。すなわち、粒子径が小さいほど、総表面積が増大し、インフルエンザウイルスの結合には有利であるが、粒子径が小さいほど、透水性が低下して排圧の上昇により濃縮操作が困難になる。望ましい粒子径は、十分な透水性を有しつつ、できるだけ小さいもので、例えば、30μm以上110μm以下が好ましく、30μm以上60μm以下が更に好ましい。なお、前記平均粒径の測定には、レーザー回折・散乱法(マイクロトラック)を用い、体積平均によって平均粒径が求められる。この担体5の平均粒径が前述の粒径範囲内となるように極力均一径のビーズ(担体)を用いてもよいし、意図的に粒子径分布が二峰性分布を描くように大小異なる粒子径のビーズ(担体)を混合して用いてもよい。
【0022】
なお、担体5としては、多数の粒子同士が圧着することにより形成された一体型多孔質材料が用いられてもよい。この種の一体型多孔質材料は、貫通孔と細孔の両方又は貫通孔のみを有する多孔質材料であり、「モノリス」等と称されることもある。
【0023】
キメラ分子4は、カルシウムイオン依存性の糖鎖結合活性を有するC型レクチン(以下、単に「C型レクチン」と称する)2と、シアロ糖鎖3aを含む糖化合物3とを有する化合物であり、担体5の表面に担持される。キメラ分子4は、C型レクチン2及び糖化合物3の他に、スクシニルイミド基を分子内に2つ有するリンカー(2価官能基性のリンカー)6に由来する構造を備えている。なお、本実施形態のキメラ分子4は、担体5に結合する糖リガンド7を介して、解離(分離)可能な状態で担体5に担持されている。
【0024】
C型レクチン2は、カルシウムイオン依存性の糖鎖結合活性を有するタンパク質であり、1つ又は2つ以上の結合部位(糖認識ドメイン)2aを備えている。C型レクチン2の結合部位2aは、カルシウムイオン依存性の糖鎖結合活性を備えており、後述する糖リガンド7に対して特異的に結合する。このようなC型レクチン2としては、例えば、マンナン結合タンパク質(MBP)を用いることができる。
【0025】
MBPは、動物レクチンの一種であり、マンノース、フコース、N-アセチルグルコサミンを末端に有する糖鎖と特異的に結合する。なお、生体において、MBPは、主に血清及び肝臓に存在する。また、C型レクチン2としては、組換え型MBPも用いることができる(例えば、Vorup-Jensen T et al., International Immunopharmacology 1, 677-687. (2001)を参照)。
【0026】
MBPは、ウサギ、ヒト等の動物の血清から常法に従って調製することができる。また、ヒト由来のMBPは、常法に従って、遺伝子組換え型として調製することができる。なお、
図2には、説明の便宜上、C型レクチン2の結合部位が1つのみ模式的に示されている。
【0027】
糖化合物3は、シアロ糖鎖3aを含む化合物である。シアロ糖鎖3aは、シアル酸3a1を含む糖鎖であり、インフルエンザウイルスの表面に存在するヘマグルチニンが、受容体として特異的に結合する物質として知られている。糖化合物3としては、化学的に合成された合成シアロ糖鎖であってもよいし、天然物由来の物質(例えば、シアロ糖鎖を含む糖タンパク質であるフェツイン)であってもよい。
【0028】
合成シアロ糖鎖としては、例えば、Neu5Acα(2-6)Galβ(1-4)GlcNAc-β-ethylamine(東京化成工業製)を用いることができる。
【0029】
なお、シアロ糖鎖3aの構造は、標的ウイルス(インフルエンザウイルス)の種類に応じて、適宜、設定されてもよい。例えば、標的が鳥インフルエンザウイルスの場合、シアロ糖鎖として、シアル酸とガラクトースとがα2-3結合したものが利用されてもよい。
【0030】
また、糖化合物3は、後述するリンカー6と結合可能な官能基3bを備えている。例えば、合成シアロ糖鎖の場合、そのアグリコン部分に、リンカー6の官能基(スクシニルイミド基)と反応可能な官能基(アミノ基等)を備えている。
【0031】
リンカー6は、キメラ分子4を作製する際に、C型レクチン2と、シアロ糖鎖3aを含む糖化合物3とを結合するために利用される。リンカー6は、スクシニルイミド基を分子内に2つ有する化合物からなる。リンカー6の一方のスクシニルイミド基が、C型レクチン2が有するアミノ基等の官能基と反応し、他方のスクシニルイミド基が、糖化合物3が有するアミノ基等の官能基と反応することで、C型レクチン2が、リンカー6を介して糖化合物3に結合される。そのため、キメラ分子4中には、リンカー6に由来する構造が存在している。
【0032】
リンカー6としては、例えば、
図3に示されるBS3(ビス(スルホスクシンイミジル)スベラート)、Sulfo-EGS(3,3’-[エチレンビス(オキシカルボニル)]ビス[プロピオン酸2,5-ジオキソ-3-(ソジオスルホ)ピロリジン-1-イル])が挙げられる。
【0033】
キメラ分子4は、C型レクチン2の結合部位が、担体5の表面上に形成された糖リガンド7に結合することで、担体5に担持されている。糖リガンド7は、C型レクチン2の結合部位が特異的に結合する糖類(マンノース等)を含む物質であり、例えば、マンナン(マンノースを主な構成単位とする多糖類)等が利用される。
【0034】
担体5上に糖リガンド7を固相化(固定化)する方法としては、本発明の目的を損なわない限り特に制限されないが、例えば、シランカップリング法とアミンカップリング法を利用した固相化方法や、初めにアミノプロピルトリエトキシシランを用いたアミノ基の付与を行い、次いで炭酸N,N’-ジスクシンイミジルを用いたスクシニルイミド基の付与を行う方法(例えば、Bioconjugate Technique 542頁等、参照)等が挙げられる。
【0035】
C型レクチン2と糖リガンド7との結合は、カルシウムイオン(Ca2+)の濃度に依存している。ウイルス濃縮材におけるC型レクチン2と糖リガンド7との結合は、例えば、2mM~10mMのカルシウムイオンが存在する環境下で、維持される。そして、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、グリコールエーテルジアミン四酢酸(EGTA)等のキレート剤により、カルシウムイオン(Ca2+)を捕捉することで、C型レクチン2と糖リガンド7との結合を解離させることができる。
【0036】
ウイルス濃縮材1は、
図1に示されるように、巨視的に見ると、担体5の表面上に形成される糖リガンド7からなる糖リガンド層70と、糖リガンド層70上に形成されるC型レクチン2からなるC型レクチン層20と、C型レクチン層20上に形成されるリンカー6からなるリンカー層60と、リンカー層60上に形成される糖化合物3からなる糖化合物層30とを備えている。
【0037】
また、
図2には、ウイルス濃縮材1の一部を、微視的に見た状態が示され、シアロ糖鎖3a(シアル酸3a1)に、インフルエンザウイルスVのヘマグルチニンHAが結合する様子が模式的に示されている。
【0038】
〔ウイルス濃縮材の製造方法〕
次いで、ウイルス濃縮材の製造方法の一例を説明する。
図4は、ウイルス濃縮材の製造方法の一例を示すフロー図である。ウイルス濃縮材の製造方法は、
図4に示されるように、糖リガンド層形成工程S1、C型レクチン層形成工程S2、リンカー層形成工程S3、及び糖化合物層形成工程S4を備えている。
【0039】
糖リガンド層形成工程S1は、担体5の表面に、C型レクチン2の結合部位2aと特異的に結合する糖リガンド7を含む糖リガンド層70を形成する工程である。糖リガンド層形成工程S1では、例えば、シランカップリング法とアミンカップリング法を利用した固相化方法により、担体5の表面を覆うように、糖リガンド7であるマンナンからなる糖リガンド層70が形成される。
【0040】
C型レクチン層形成工程S2は、カルシウムイオンを含む緩衝液にC型レクチン2を溶解させてなるC型レクチン含有緩衝液を、糖リガンド層70が形成された担体5に接触させて、C型レクチン2を糖リガンド7に結合させることで、糖リガンド層70上にC型レクチン2を含むC型レクチン層20を形成する工程である。C型レクチン層形成工程S2では、担体5の表面上に形成された糖リガンド7に、C型レクチン2の結合部位を結合させることで、糖リガンド層70上にC型レクチン層20が形成される。
【0041】
リンカー層形成工程S3は、カルシウムイオンを含む緩衝液にスクシニルイミド基を分子内に2つ有するリンカー6を溶解させてなるリンカー含有緩衝液を、C型レクチン層20が形成された前記担体5に接触させて、C型レクチン2にリンカー6を結合させることで、C型レクチン層20上に、リンカー6を含むリンカー層60を形成する工程である。
【0042】
糖化合物層形成工程S4は、カルシウムイオンを含む緩衝液にシアロ糖鎖3aを含む糖化合物3を溶解させてなる糖化合物含有緩衝液を、リンカー層60が形成された前記担体5に接触させて、リンカー6に糖化合物3を結合させることで、リンカー層60上に、糖化合物3を含む糖化合物層30を形成する工程である。
【0043】
以上のような各工程を経ることで、ウイルス濃縮材1を製造することができる。
【0044】
なお、C型レクチン層形成工程S2以降の各工程は、所定の容器(例えば、)内に、前記担体5を封入した状態で、逐次行ってもよい。容器としては、注入口と、排出口と、注入口と排出口との間にあり、C型レクチン含有緩衝液等の緩衝液を透過(流通)可能な状態で収容する収容部とを有する筒状容器が用いられてもよい。このような筒状容器内で、C型レクチン層形成工程S2以降の各工程を行うことで、各工程における固相化反応を逐次、行うことができる。筒状容器としては、例えば、後述する濃縮装置100で利用されるものを、適用してもよい。
【0045】
〔濃縮装置〕
ウイルス濃縮材1は、例えば、所定の筒状容器200内に充填して使用される。本明細書では、筒状容器200内にウイルス濃縮材1を充填したものを、濃縮装置100と称する。
図5は、濃縮装置100の断面構成を模式的に表した断面図である。濃縮装置100は、
図5に示されるように、ウイルス濃縮材1と、筒状容器200とを備えている。
【0046】
筒状容器200は、2つの筒型の部品が上下方向で接続したような形をなしている。筒状容器200は、上方に配置される第1筒状体(メス型ルアーコックコネクタ)210と、下方に配置される第2筒状体(オス型ルアーコックコネクタ)220とを備えており、全長が約27.5mmである。
【0047】
筒状容器200の注入口200aは、第1筒状体210の開口端からなり、筒状容器200の排出口200bは、第2筒状体220の開口端からなる。筒状容器200は、注入口200aと排出口200bとの間に配され、かつ注入口200a側から注入された被検査液を排出口200b側へ透過可能な状態で、ウイルス濃縮材1を収容する収容部200cを備えている。この収容部200cは、第2筒状体220の内部に形成されている。収容部200cの底側(排出口200b側)には、円盤状のフリット(例えば、ポリエチレン製フィルタ)221が配置されており、そのフリット221と、第2筒状体220の内周面とで囲まれた部分が収容部200cとなっている。なお、収容部200c内に充填されたウイルス濃縮材1は、第1筒状体210の筒状の下端部によって押さえられている。ウイルス濃縮材1はビーズ状であり、その集合物が、収容部200c内に充填される。
【0048】
収容部200cの内径は、例えば、約4mm~8mmに設定され、排出口200bの内径は、約1mm~3mmに設定される。この筒状容器の場合、収容部200c内に、約0.1mL~0.5mLのウイルス濃縮材1が封入される。
【0049】
〔ウイルス濃縮材を用いた被検査液の濃縮方法〕
次いで、ウイルス濃縮材1を用いた被検査液の濃縮方法を説明する。ここでは、
図5に示される濃縮装置100を利用して、非検査液中のウイルスを濃縮する方法を説明する。ウイルス濃縮材1は、シアロ糖鎖3aを受容体として特異的に結合するインフルエンザウイルス等に対して適用可能である。ウイルス濃縮材1は、例えば、ウイルス濃度が、10,000pfu/mL以下である被検査液を濃縮することができる。
【0050】
例えば、被験者から採取されたうがい液を被検査液とし、その被検査液をシリンジ等を利用して、注入口200aか筒状容器200内へ注入して、ウイルス濃縮材1によるウイルスの捕捉が行われる。注入口200aから注入された被検査液は、収容部200c内に充填されたウイルス濃縮材1を透過し、更にフリット221を透過して、排出口200bから外部へ排出される。被検査液がウイルス濃縮材1を透過する際に、被検査液中のウイルスがシアロ糖鎖3aを有する糖化合物3に捕捉される。被検査液の注入が終わった後、EDTA等を含む緩衝液を、注入口200aから筒状容器200内に供給し、インフルエンザウイルスのヘマグルチニンと糖化合物3におけるシアロ糖鎖3aとの結合を解離させ、濃縮装置100の排出口200bから、インフルエンザウイルスを溶出させる。
【0051】
図6は、ウイルス濃縮材1により濃縮されたインフルエンザウイルスVを模式的に表した説明図である。ウイルス濃縮材1に捕捉され、かつ担体5側から解離されたインフルエンザウイルスVには、ウイルス濃縮材1の一部が結合した状態となっている。具体的には、ウイルス濃縮材1のC型レクチン2と糖リガンド7との結合が解離された後も、インフルエンザウイルスVには、キメラ分子4が結合した状態となっている。
【0052】
ウイルス濃縮材1は、インフルエンザウイルスのヘマグルチニンが、シアロ糖鎖3aを受容体として結合する機構を利用したものであり、仮に、ヘマグルチニンの高マンノース型糖鎖が欠損した新型インフルエンザウイルスが発生した場合でも、その新型インフルエンザに対して、問題なく適用することができる。
【0053】
また、インフルエンザウイルスVに、キメラ分子4が結合していると、カルシウムイオンの濃度を適宜、調節することで、キメラ分子4のC型レクチン2の結合部位2aに、インフルエンザウイルスVのヘマグルチニンHAに存在するマンノース9を結合させて、インフルエンザウイルスV同士を、クラスター状に集められる可能性がある。
【0054】
また、カルシウムイオンの濃度を適宜、調節することで、キメラ分子4のC型レクチン2を、基材上に固定されたリガンド(マンナン)等に結合させて、インフルエンザウイルスVを精製すること等も可能である。
【0055】
なお、濃縮装置100から、インフルエンザウイルスVを回収した状態では、カルシウムイオン濃度が低く設定されているため、インフルエンザウイルスVは、回収液(濃縮液中)で互いに凝集せず、個々に浮遊した状態になっていると推測される。
【0056】
以上のように、ウイルス濃縮材1は、ウイルス濃縮性能が高く、インフルエンザウイルス等を高濃度に濃縮することができる。
【0057】
また、ウイルス濃縮材1は、ヘマグルチニンの高マンノース型糖鎖が欠損した新型インフルエンザウイルスに対しても、問題なく適用することができる。
【0058】
以下、実施例に基づいて本発明を更に詳細に説明する。なお、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0059】
〔ウサギMBPの精製〕
ウサギ血清500mLに対して、等量の緩衝液(イミダゾール:40mM、塩化カルシウム:40mM、塩化ナトリウム:2.5M、pH=7.8)を加えて混合し、その混合液を、予め結合用緩衝液(イミダゾール:20mM、塩化カルシウム:20mM、塩化ナトリウム:1.25M、pH=7.8)で平衡化したマンナン-セファロースカラムにかけた。カラムを結合用緩衝液で洗浄した後、結合物(MBP)を解離用緩衝液I(イミダゾール:20mM、EDTA:20mM、塩化ナトリウム:1.25M、pH=7.8)で溶出した。溶出画分のうち、タンパク質濃度の高い画分を集めて、それに塩化カルシウムを加えたものを、再びマンナン-セファロースカラムにかけ、同様に洗浄と溶出を行い、その溶出物に再び塩化カルシウムを加えて、更にもう一度マンナン-セファロースカラムにかけ、解離用緩衝液II(イミダゾール:20mM、マンノース:10mM、塩化カルシウム:20mM、塩化ナトリウム:1.25M、pH=7.8)で溶出することにより、最終精製物であるMBPを得た。
【0060】
〔マンナン-ガラスビーズの作製〕
洗浄済みのガラスビーズを用意し、そのガラスビーズに3-アミノプロピルエトキシシラン(APTES)を反応させ、更にそれをアセトンで洗浄した。アセトンで洗浄した後、DSC(炭酸ジスクシニル)を反応させ、更にそれをアセトンで洗浄し、その後、乾燥させた。乾燥後、Hepes緩衝液(ヒドロキシエチルピペラジンエタンスルホン酸:20mM、塩化ナトリウム:0.15M、塩化カルシウム:20mM、pH=7.4)に、100μg/mLの濃度で溶解した酵母マンナンを加えて、それらを反応させた。反応後、Hepes緩衝液(ヒドロキシエチルピペラジンエタンスルホン酸:20mM、塩化ナトリウム:0.15M、塩化カルシウム:20mM、pH=7.4)でガラスビーズを洗浄したのち、未反応のスクシニルイミド基を封鎖するために、前記ガラスビーズに、Hepes緩衝液(ヒドロキシエチルピペラジンエタンスルホン酸:20mM、Tris:20mM、塩化ナトリウム:0.15M、塩化カルシウム:20mM、pH=7.4)を作用させた。その後、再びHepes緩衝液(ヒドロキシエチルピペラジンエタンスルホン酸:20mM、塩化ナトリウム:0.15M、塩化カルシウム:20mM、pH=7.4)で前記ガラスビーズを洗浄し、更に、Hepes緩衝液(ヒドロキシエチルピペラジンエタンスルホン酸:20mM、塩化ナトリウム:0.15M、塩化カルシウム:20mM)に溶解したSulfo-NHS-Acetate(酢酸スルホスクシンイミジル)を、前記ガラスビーズに作用させて、酵母マンナンに含まれるアミノ基を封鎖した。このようにして、酵母マンナンが結合されたガラスビーズ(マンナン-ガラスビーズ)を得た。
【0061】
なお、酵母マンナンのアミノ基を封鎖した理由は、後で使用される2価官能基性のリンカーが反応して、酵母マンナンに、シアロ糖鎖がMBPを介さずに、直接結合することを避けるためである。酵母マンナンにシアロ糖鎖が直接結合すると、シアロ糖鎖を介してガラスビーズに結合したインフルエンザウイルスを、EDTAで溶出できなくなり、濃縮性能の著しい低下を引き起こすからである。
【0062】
〔キメラ分子の作製〕
精製したウサギ血清MBPを、Hepes緩衝液(ヒドロキシエチルピペラジンエタンスルホン酸:20mM、塩化ナトリウム:0.15M、塩化カルシウム:20mM、pH=7.4)で透析して、イミダゾールを除去した。なお、イミダゾールは、2級アミンであり、次のスクシニルイミド基とアミノ基のカップリング反応を阻害するため、除去が必要である。透析後のウサギ血清MBPを、Hepes緩衝液(ヒドロキシエチルピペラジンエタンスルホン酸:20mM、塩化ナトリウム:0.15M、塩化カルシウム:20mM、pH=7.4)で希釈し、濃度を100μg/mLに調整して、緩衝液(C型レクチン含有緩衝液)を得た。その緩衝液を、マンナン-ガラスビーズに接触させて、緩衝液中のMBP(C型レクチン)を、マンナン-ガラスビーズのマンナンに結合させた。その後、前記ガラスビーズを、Hepes緩衝液(ヒドロキシエチルピペラジンエタンスルホン酸:20mM、塩化ナトリウム:0.15M、塩化カルシウム:20mM、pH=7.4)で洗浄し、未反応のMBPを除去した。次に、MBPが結合したガラスビーズに、各種の2価官能基性のリンカー(BS3(
図3参照)、Sulfo-EGS(
図3参照)、Sulfo-SMCC(
図7参照))を反応させた。なお、各リンカーは、緩衝液(Hepes緩衝液(ヒドロキシエチルピペラジンエタンスルホン酸:20mM、塩化ナトリウム:0.15M、塩化カルシウム:20mM、pH=7.4))に溶解させた状態(リンカー含有緩衝液)で反応させた。更に、Hepes緩衝液(ヒドロキシエチルピペラジンエタンスルホン酸:20mM、塩化ナトリウム:0.15M、塩化カルシウム:20mM、pH=7.4)に溶解したシアロ糖鎖を含む糖化合物(つまり、糖化合物含有緩衝液)を反応させた。なお、糖化合物としては、糖化合物I(Neu5Acα(2-6)Galβ(1-4)GlcNAc-β-ethylamie)及び糖化合物II(牛血清フェツイン)を用意し、各種の2価官能基性のリンカーに対して、糖化合物I、及び糖化合物IIをそれぞれ反応させた。以上のようにして、キメラ分子が酵母マンナン(糖リガンド)を介してガラスビーズに結合した6種類のウイルス濃縮材を得た。
【0063】
〔評価1:ウイルス濃縮性能の評価〕
得られた6種類のウイルス濃縮材について、以下に示される濃縮実験により、ウイルス濃縮性能を評価した。インフルエンザウイルスA/Memphis/1/7を、MDCK細胞で増殖させたもの(増殖液)を、1mLに小分け分注し、その後、プラークアッセイによりそれのウイルス濃度を求めたところ、5.0×106pfu/mLであった。濃縮実験では、これをHepes緩衝液(ヒドロキシエチルピペラジンエタンスルホン酸:20mM、塩化ナトリウム:0.15M、塩化カルシウム:5mM、pH=7.4)で500倍に希釈したウイルス液20mLを使用した。次いで、ウイルス濃縮材を、所定のカートリッジに、0.1mLの容量で充填して、ウイルス濃縮デバイス(濃縮装置)を作製した。このウイルス濃縮デバイスの注入口から、ウイルス液20mLを注入して、ウイルス濃縮材にウイルスを結合させた。その後、Hepes緩衝液(ヒドロキシエチルピペラジンエタンスルホン酸:20mM、塩化ナトリウム:0.15M、EDTA:100mM、pH=7.4)を注入して、ウイルス濃縮材におけるMBPと酵母マンナンとの結合部分を切断して、ウイルス濃縮材に捕捉されたウイルスを溶出させた。濃縮倍率は、適切な溶出画分(200μL)のウイルス濃度と、濃縮前のウイルス濃度から算出した。なお、濃縮前後の各ウイルス濃度は、シアロ糖鎖を有する糖タンパク質であるフェツインがコートされたマイクロタイタープレートと、インフルエンザウイルスに特異的な抗体を用いた、公知のウイルス結合アッセイにより測定した。結果は、表1に示した。
【0064】
【0065】
表1に示されるように、実施例1~4のウイルス濃縮材は、リンカーとして、ホモバイファンクショナルリンカーであるBS3、Sulfo-EGSが使用されたものである。このような実施例1~4のウイルス濃縮材は、高いウイルス濃縮性能を発揮することが示された。
【0066】
これに対して、比較例1,2のウイルス濃縮材は、リンカーとして、ヘテロバイファンクショナルリンカーであるSulfo-SMCCが使用されたものである。このような比較例1,2では、キメラ分子が上手く作製されず(つまり、シアロ糖鎖を含む糖化合物とMBPとの結合が上手く行かず)、得られたウイルス濃縮材のウイルス濃縮性能は、低い結果となった。
【0067】
〔評価2:ウイルス濃縮材の容量の評価〕
ウイルス濃縮材の容量の違いを評価するために、上述した実施例3と同様のウイルス濃縮材を作製した。得られたウイルス濃縮材を、表2に示される容量(mL)で、所定のカートリッジに充填して、実施例5~7のウイルス濃縮デバイス(濃縮装置)を作製した。そして、実施例5~7について、上述した実施例1等と同様、ウイルス濃縮性能を評価した。結果は、表2に示した。
【0068】
【0069】
表2に示されるように、ウイルス濃縮材の容量が、0.5mLの場合に、最も高いウイルス濃縮性能が発揮された。
【符号の説明】
【0070】
1…ウイルス濃縮材、2…C型レクチン、2a…結合部位、3…糖化合物、3a1…シアル酸、3a…シアロ糖鎖、3b…官能基、4…キメラ分子、5…担体、6…リンカー、7…糖リガンド、20…C型レクチン層、30…糖化合物層、60…リンカー層、70…糖リガンド層、V…インフルエンザウイルス、HA…ヘマグルチニン