(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-17
(45)【発行日】2025-03-26
(54)【発明の名称】ウイルスの非構造タンパク質が担持された複合タンパク質単量体、当該単量体の会合体、及び当該会合体を有効成分とするコンポーネントワクチン
(51)【国際特許分類】
C07K 19/00 20060101AFI20250318BHJP
C07K 14/005 20060101ALI20250318BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20250318BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20250318BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20250318BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20250318BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20250318BHJP
A61K 39/00 20060101ALI20250318BHJP
A61K 9/08 20060101ALI20250318BHJP
A61P 31/12 20060101ALI20250318BHJP
C12N 15/33 20060101ALN20250318BHJP
【FI】
C07K19/00 ZNA
C07K14/005
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C12N15/63 Z
A61K39/00 H
A61K9/08
A61P31/12
C12N15/33
(21)【出願番号】P 2021542980
(86)(22)【出願日】2020-08-26
(86)【国際出願番号】 JP2020032260
(87)【国際公開番号】W WO2021039873
(87)【国際公開日】2021-03-04
【審査請求日】2023-08-05
(31)【優先権主張番号】P 2019154360
(32)【優先日】2019-08-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2020089252
(32)【優先日】2020-05-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 発行者名:公益社団法人高分子学会、刊行物名:高分子学会予稿集67巻2号(2ESA03)、発行年月日:平成30年8月29日、にて公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 発行者名:日本ワクチン学会、刊行物名:第22回日本ワクチン学会学術集会 プログラム・抄録集(第115頁)、発行年月日:平成30年10月31日、にて公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 集会名:第22回日本ワクチン学会学術集会、開催日:平成30年12月9日、にて発表した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 発行者名:公益社団法人日本化学会、刊行物名:日本化学会第99春季年会(2019)講演予稿集(3G3-10)、発行年月日:平成31年3月1日、にて公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 集会名:日本化学会第99春季年会(2019)、開催日:平成31年3月18日、にて発表した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 発行者名:シンガポール材料学会(Materials Research Society of Singapore)、刊行物名:第10回先端技術用材料に関する国際会議(10th International Conference on Materials for Advanced Technologies)(ICMAT2019)要旨集(Sym L-01)、発行年月日:令和1年6月12日、にて公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 集会名:第10回先端技術用材料に関する国際会議(10th International Conference on Materials for Advanced Technologies)(ICMAT2019)、開催日:令和1年6月24日、にて発表した。
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業」「下痢症ウイルスの病原性発現機構の解明及び新規治療薬・ワクチン等の開発に向けた研究」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京科学大学
(73)【特許権者】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003296
【氏名又は名称】デンカ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103160
【氏名又は名称】志村 光春
(72)【発明者】
【氏名】上野 隆史
(72)【発明者】
【氏名】ダン・クエ・ギュエン
(72)【発明者】
【氏名】片山 和彦
(72)【発明者】
【氏名】戸高 玲子
(72)【発明者】
【氏名】芳賀 慧
(72)【発明者】
【氏名】澤田 成史
【審査官】上村 直子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/074558(WO,A1)
【文献】特表2016-527909(JP,A)
【文献】Vaccine,2012年,Vol. 30, No. 6,pp. 1071-1082
【文献】Immunology Letters,2017年,Vol. 188,pp. 38-45
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 14/00-19/00
A61K
A61P
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)のアミノ酸配列:
W-L
1-X
n-Y (1)
[式中、Wは免疫原である病原ウイルスの非構造タンパク質の一部又は全部を1個又は2個以上含むアミノ酸配列を示し、L
1はアミノ酸数が0-100の第1のリンカー配列を示し、Xは配列番号1のアミノ酸配列を示し、Yは細胞導入領域のアミノ酸配列を示し、Xの繰り返し数であるnは1-3の整数である。]
であって、
当該細胞導入領域Yのアミノ酸配列は、下記式(2):
Y
1-L
2-Y
2-Y
3 (2)
[式中、Y
1は配列番号2のアミノ酸配列を示し、Y
2は配列番号6のアミノ酸配列を示し、L
2はアミノ酸数が0-30の第2のリンカー配列を示し、Y
3は修飾用のアミノ酸配列を示し、
Y
3
は存在しない場合もある。]
で表され、上記式の、
X、Y
1、又は、Y
2で示されるアミノ酸配列のうち、
各々1個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加された改変アミノ酸配列であり得る複合タンパク質。
【請求項2】
下記式(1)のアミノ酸配列:
W-L
1
-X
n
-Y (1)
[式中、Wは免疫原である病原ウイルスの非構造タンパク質の一部又は全部を1個又は2個以上含むアミノ酸配列を示し、L
1
はアミノ酸数が0-100の第1のリンカー配列を示し、Xは配列番号1のアミノ酸配列を示し、Yは細胞導入領域のアミノ酸配列を示し、Xの繰り返し数であるnは1-3の整数である。]
であって、
当該細胞導入領域Yのアミノ酸配列は、下記式(2):
Y
1
-L
2
-Y
2
-Y
3
(2)
[式中、Y
1
は配列番号2のアミノ酸配列を示し、Y
2
は配列番号6のアミノ酸配列を示し、L
2
はアミノ酸数が0-30の第2のリンカー配列を示し、Y
3
は修飾用のアミノ酸配列を示し、Y
3
は存在しない場合もある。]
で表される複合タンパク質。
【請求項3】
修飾用のアミノ酸配列であるY
3
は、ヒスチジンタグを含む、請求項1又は2に記載の複合タンパク質。
【請求項4】
請求項1-3から選ばれるいずれか1項に記載の複合タンパク質をコードする核酸を組み込んでいる遺伝子発現用ベクター。
【請求項5】
請求項1-3から選ばれるいずれか1項に記載の複合タンパク質をコードする核酸で形質転換された形質転換体。
【請求項6】
請求項1-3から選ばれるいずれか1項に記載の1種又は2種以上の複合タンパク質を水性液体中で会合させてなる会合体。
【請求項7】
請求項1-3から選ばれるいずれか1項に記載の1種又は2種以上の複合タンパク質を単量体タンパク質とする、三量体タンパク質及び/又は六量体タンパク質を含有する会合体。
【請求項8】
請求項1-3から選ばれるいずれか1項に記載の1種又は2種以上の複合タンパク質を水性液体中で会合させてなる会合体を有効成分とする、
粘膜投与用のコンポーネントワクチン。
【請求項9】
請求項1-3から選ばれるいずれか1項に記載の1種又は2種以上の複合タンパク質を単量体タンパク質とする三量体タンパク質及び/又は六量体タンパク質を含有する会合体を有効成分とする、
粘膜投与用のコンポーネントワクチン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機能性タンパク質とこれを用いるワクチンについての発明であり、さらに具体的には、免疫原であるウイルスの非構造タンパク質と分子針との複合タンパク質(単量体)と当該単量体の会合体、及び、当該会合体を有効成分(感染防御抗原)とする、コンポーネントワクチンに関する発明である。
【背景技術】
【0002】
バクテリオファージの優れた細胞への遺伝子導入機能に着目して発明された「分子針」についての技術(特許文献1)が提供されている。
【0003】
本発明者らは、この分子針にノロウイルスの構造タンパク質を担持させた複合ポリペプチドを、ノロウイルスに対するコンポーネントワクチンとして提供する発明を行い、これについての特許出願を行った(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2015-163056号公報
【文献】WO2018/074558号国際公開パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ワクチンは、毒性を弱めたウイルス等の病原微生物を感染防御抗原として用いる「生ワクチン」、殺傷した病原微生物の全部を感染防御抗原として用いる「不活化ワクチン」、感染可能な病原微生物では無く、その一部(コンポーネント)のタンパク質や糖鎖を感染防御抗原として用いる「コンポーネントワクチン」、変性させた病原体の産生する毒素を感染防御抗原として用いる「トキソイド」、に大別されている。
【0006】
特許文献2に記載されたノロウイルスコンポーネントワクチンは、ノロウイルスの構造タンパク質を分子針に担持させて、当該分子針の細胞導入機能により細胞内に導入された当該構造タンパク質に対する免疫を獲得するワクチンである。
【0007】
しかしながら、ウイルスの構造タンパク質は、それをコードする遺伝子が変異を起こす確率が高く、既に多くの種類のウイルス株が存在している。流行するウイルス株を想定し、それに合わせた個別の構造タンパク質を準備してワクチン化する必要がある。
【0008】
一方、現在実用化されているコンポーネントワクチンは、病原体の構成成分、つまりは、構造物に対する液性免疫を獲得免疫としており、病原体が宿主体内で自己複製する際に産生する微生物の酵素群(非構造タンパク質)に対する獲得免疫を誘導できない。対して、生ワクチンは病原性を発現しないようにした(弱毒化)微生物そのものであるから、微生物が複製するための非構造タンパク質を発現する。従って、生ワクチンは、接種者体内に、病原体の複製機構をもターゲットとした、総合的な(細胞性免疫プラス液性免疫)獲得免疫を誘導できる。その反面で、生ワクチンは、弱毒化されているとはいえ生きた病原ウイルスそのものを用いるワクチンであるから、特有のリスクが認められる。例えば、極めて稀ではあるが、弱毒化された病原ウイルスが、突然変異によって毒力が強い病原ウイルスに先祖返りするリスクが認められる。また、弱毒化された病原ウイルスであっても、免疫力が落ちているヒトには毒性が惹起されるリスクも認められる。
【0009】
従って、一般に生ワクチンの接種は、コンポーネントワクチンに比べ慎重に行う必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、この課題の解決に向けて検討を行った結果、上記分子針に「病原ウイルスの非構造タンパク質」(以下、単に「非構造タンパク質」ともいう)を担持させて、その複合体をコンポーネントワクチンの有効成分として用いることで、コンポーネントワクチンでありながら微生物の複製機構を標的とした獲得免疫を誘導できることに想到した。この非構造タンパク質を担持させた上記分子針の会合体(三量体及び/又は六量体)単独で、あるいは、さらに構造タンパクを担持させた上記分子針と組み合わせて、コンポーネントワクチンの有効成分とすることで、コンポーネントワクチンとしての安全性を保ちながら、生ワクチンに準じた総合的な免疫効果(液性免疫と細胞性免疫)を発揮することが可能である。さらに、非構造タンパク質は、病原ウイルスの宿主内の増殖等の機能に係わるタンパク質であり、その機能を維持するためにアミノ酸変異を受け入れがたく、構造タンパク質に比べて遺伝子変異が極めて低い。従って、同一病原ウイルス種内であればウイルス株が異なっても免疫原性を共通にする可能性が高く、構造タンパク質の変異頻度が激しい病原ウイルス種であっても有効に免疫を獲得させることが可能である。
【0011】
本発明が提供する主題は、(1)分子針に免疫原である非構造タンパク質を担持させた「複合タンパク質」(以下、本発明の複合タンパク質ともいう)と、(2)これを単量体としてなる会合体(以下、本発明の会合体と総称する)、及び(3)当該会合体を有効成分(感染防御抗原)とする「コンポーネントワクチン」(以下、本発明のワクチンともいう)、である。
【0012】
「コンポーネントワクチン」は、有効成分(免疫感染抗原)を必要とする成分ワクチンであり、これから、上記の生ワクチン、不活化ワクチン、及び、トキソイドは除外される。本発明のワクチンの有効成分は、感染防御抗原としての本発明の会合体(三量体及び/又は六量体を含有する)を含んでいる。
【0013】
(1)本発明の複合タンパク質
本発明の複合タンパク質は、下記式(1)のアミノ酸配列の複合タンパク質であり、本発明の会合体の前駆分子である。なお、下記式(1)、(2)における所定のアミノ酸配列同士を結ぶ「-」は、W、L1、Xn、Y等の概念的に纏まったアミノ酸配列同士の区別を明確にするための、単純な分子結合(実質的にはペプチド結合)の表示である。
【0014】
W-L1-Xn-Y (1)
[式中、Wは免疫原である病原ウイルスの非構造タンパク質の一部又は全部を1個又は2個以上含むアミノ酸配列を示し、L1はアミノ酸数が0-100の第1のリンカー配列を示し、Xは配列番号1のアミノ酸配列を示し、Yは細胞導入領域のアミノ酸配列を示し、Xの繰り返し数nは1-3の整数である。]
であって、
当該細胞導入領域Yのアミノ酸配列は、下記式(2):
Y1-L2-Y2-Y3 (2)
[式中、Y1は配列番号2-5からなる群より選択されるいずれか1つのアミノ酸配列を示し、Y2は配列番号6-9からなる群より選択されるいずれか1つのアミノ酸配列を示し、L2はアミノ酸数が0-30の第2のリンカー配列を示し、Y3は修飾用のアミノ酸配列を示し、Y2又はY3は存在しない場合もある。]
で表される、複合タンパク質。
【0015】
上記Xnにおけるアミノ酸配列Xの繰り返し数であるnは、1であることが好適であるが、2又は3であってもよい。
【0016】
上記式(1)において、Xn、Y1、又は、Y2で示されるアミノ酸配列のうち、1個以上のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加された改変アミノ酸配列が上記式(1)に含まれる。「欠失」とは、上記式(1)において定義されている各配列番号のアミノ酸配列におけるいずれかのアミノ酸残基が欠失しており、当該欠失したアミノ酸残基のN末端側(前)とC末端側(後)のアミノ酸残基がペプチド結合で結ばれた状態であり(N末端アミノ酸残基とC末端アミノ酸残基の欠失の場合は、当該アミノ酸残基が単に欠失した状態である)、当該欠失残基の個数が「アミノ酸欠失の個数」として数えられる。「置換」とは、上記式(1)において定義されている各配列番号のアミノ酸配列におけるいずれかのアミノ酸残基が「他のアミノ酸残基」に入れ替わっており、当該入れ替わったアミノ酸残基が、N末端側(前)とC末端側(後)の各アミノ酸残基とペプチド結合で結ばれた状態であり(N末端アミノ酸残基の置換の場合はC末端側のアミノ酸残基とのペプチド結合のみであり、C末端アミノ酸残基の置換の場合はN末端側のアミノ酸残基とのペプチド結合のみである)、当該置換残基の個数が「アミノ酸置換の個数」として数えられる。「付加」とは、上記式(1)において定義されている各配列番号のアミノ酸配列における、いずれか1箇所以上のペプチド結合の位置に、各々1個以上の新たなアミノ酸残基が挿入された状態で新たなペプチド結合が形成された状態である。これらのアミノ酸残基の改変の内容と個数は、上記式(1)に係わるアミノ酸配列と、改変に係わるアミノ酸配列のアライメントを、人力又はアミノ酸配列の解析が可能なソフトウエアを用いてコンピュータ上で行うことにより、明らかにすることができる。
【0017】
また、上記式(1)で定義されたリンカー配列L1又はL2、あるいは、修飾用のアミノ酸配列Y3は、上記定義されたアミノ酸残基数の範囲内において、必要に応じて任意の配列を選択することができる。
【0018】
そして、当該改変アミノ酸配列の改変複合タンパク質の三量体又は六量体(下記)が、上記式(1)の複合タンパク質の三量体又は六量体と、実質的に同等の免疫賦活活性を有することが好ましい。「実質的に同等」とは、「中和試験」等の免疫賦活活性の確認について確立している手法を用いた場合に、アミノ酸配列の非改変複合タンパク質との免疫賦活活性の有意差が、5%以内の有意水準において認められない程度の同等性である。
【0019】
上記式(1)の、Xn、Y1、又は、Y2で示されるアミノ酸配列のうち、1個以上のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加された改変アミノ酸配列における、各々のアミノ酸配列におけるアミノ酸改変の数は、Xnが8n個以内、好ましくは4n個以内、さらに好ましくは2n個以内;Y1が30個以内、好ましくは20個以内、さらに好ましくは10個以内;及びY2が15個以内、好ましくは10個以内、さらに好ましくは5個以内;であることが好適である。
【0020】
Wは、病原ウイルスの非構造タンパク質の全部又は一部を1個又は2個以上含むアミノ酸配列である。病原ウイルスの遺伝子にコードされているタンパク質は、構造タンパク質と非構造タンパク質に大別される。構造タンパク質は、ウイルスの構造を直接構成するタンパク質であり、カプシドタンパク質、エンベロープタンパク質、コアタンパク質等が例示される。非構造タンパク質は、当該構造タンパク質以外のウイルス遺伝子においてコードされたタンパク質であり、主に、宿主内でのウイルスの存続、増殖等に係わる酵素タンパク質であり、病原ウイルスが宿主内に侵入後に発現するタンパク質である。「非構造タンパク質の全部又は一部」において、「全部」とは、「所定のウイルスの個々の非構造タンパク質の全部」である。例えば、実施例に示したRSウイルスのPタンパク質であれば、そのアミノ酸配列の全部が上記「全部」を意味しており、「一部」とは、当該Pタンパク質のアミノ酸配列の一部を意味している。また、「一部」である場合は、「所定のウイルスの個々の非構造タンパク質の一部」に当該ウイルスの抗原性が認められる限り、その内容は限定されない。
【0021】
Wとして非構造タンパク質が選択される病原ウイルスは特に限定されない。DNAウイルスであっても、RNAウイルスであっても、レトロウイルスであってもよい。例えば、ポリオウイルス、麻疹ウイルス、風疹ウイルス、流行性耳下腺炎ウイルス(ムンプスウイルス)、水痘ウイルス、黄熱病ウイルス、ロタウイルス、帯状疱疹ウイルス(ヘルペスウイルス)、インフルエンザウイルス、ノロウイルス、狂犬病ウイルス、日本脳炎ウイルス、肝炎ウイルス(A型肝炎、B型肝炎、C型肝炎等)、ヒトパピローマウイルス、HIV、エボラウイルス等の現在ワクチンが提供されている感染症の病原ウイルスだけではなく、RSウイルス(RSV)等のワクチンが提供されていない感染症の病原ウイルスも含めて挙げられる。現在ワクチンが提供されていない感染症ウイルスに対しても有効なワクチンであり得ることが、本発明のワクチンの特徴の一つである。
【0022】
また、病原ウイルスが感染し得る動物の種類は特に限定されず、ヒトの他にもワクチンの需要がある動物、例えば、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ヤギ、鶏等の家畜類や、イヌ、ネコ等のペット類も例示される。
【0023】
具体的に選択されるべき非構造タンパク質は、対象となるウイルスの種類に応じて個別具体的に選択され、RNAポリメラーゼ、DNAポリメラーゼ、逆転写酵素、プロテアーゼ、Vpg、NTPase、DNA結合タンパク質、RNA結合タンパク質、転写因子、リン酸化タンパク質、Lタンパク質、Nタンパク質等を、公知のウイルスの非構造タンパク質についての情報から特定して選択することが可能である。また、現時点では機能が明らかにされていないタンパク質であっても将来的に非構造タンパク質としての機能を有するタンパク質や、構造タンパク質と非構造タンパク質の両方の働きを有しているタンパク質も、非構造タンパク質に含まれる。
【0024】
例えば、RSウイルスの非構造タンパク質としては、NS-1タンパク質、NS-2タンパク質、Nタンパク質、Pタンパク質、M2-1タンパク質、Lタンパク質等が挙げられる。ウイルス粒子内部のゲノムRNAには、Nタンパク質、Pタンパク質、M2-1タンパク質、及びLタンパク質が結合しており、これらは、RNP(RNAと他ウイルスタンパク質の複合体、リボヌクレオプロテイン複合体でありヌクレオキャプシドと呼ばれている)として機能する。RNPを構成するこれらの非構造タンパク質は、RSウイルス粒子内にも含まれているが、ウイルスのメッセンジャーRNAの転写、ゲノムの複製を行う酵素群であることから、感染後に細胞内にて大量に合成される。
【0025】
(2)本発明の会合体
本発明の会合体は、本発明の複合タンパク質を単量体とする会合体であり、当該複合タンパク質の三量体又は六量体を含有し、あるいは当該三量体と六量体の混合物を含有する。以下、これら本発明の会合体の含有物の実質を、「三量体及び/又は六量体」と総称する場合も有る。言い換えれば、本発明の会合体は、本発明の複合タンパク質を単量体とする三量体又は六量体を含む会合体である。さらに、後述する本発明の会合体の生産過程を鑑みると、本発明の会合体は、本発明の複合タンパク質を水性液体中で会合させてなる会合体とも定義付けられる。本発明の会合体は、担持させるタンパク質と分子針の相性によっては、上記会合体が構成されない場合も考えられるものの、水性液体中で対象の複合タンパク質を接触させ、その結果をSDS-PAGE等で確認することにより、対象の複合タンパク質が三量体又は六量体を構成し、本発明のワクチンの有効成分として用いることができるか否かを、容易に把握することができる。このようにして構成される本発明の会合体は、それ自身が細胞内に浸透する作用を発揮することができる。
【0026】
上記三量体は、同一又は異なる本発明の複合タンパク質を単量体タンパク質としてなる、三量体タンパク質であり、上記六量体は、当該三量体タンパク質2分子が会合してなる、六量体タンパク質である。
【0027】
(3)本発明のワクチン
本発明のワクチンは、本発明の会合体を有効成分(感染防御抗原)とするワクチンであり、所定の病原ウイルスに対する、皮下、皮内、経皮、粘膜、又は筋肉内投与用コンポーネントワクチンである。具体的には、病原ウイルスの非構造タンパク質の一部若しくは全部を1個又は2個以上含むペプチド又はタンパク質の一種又は二種以上をWとした、上記三量体及び/又は六量体を有効成分とする、皮下、皮内、経皮、粘膜、又は筋肉内投与用のコンポーネントワクチンである。有効成分として用いる上記三量体及び/又は六量体は、非構造タンパク質であるWの出所となる病原ウイルス株が同一遺伝子型であれば、異なる非構造タンパク質の全部又は一部をWとして担持させた一種又は二種以上を有効成分とすることができる。また、遺伝子型が異なる病原ウイルス同士の有効成分(Wは非構造タンパク質)の当該単位を二種以上組み合わせることもできる。
【0028】
さらに有効成分として、本発明の会合体と共に、「本発明の三量体及び/又は六量体のW(非構造タンパク質)に代えて、『構造タンパク質』を担持した分子針の会合体(三量体及び/又は六量体を含有する)(特許文献2)」を、追加有効成分として用いることも可能である。また、この追加有効成分として、遺伝子型が異なる病原ウイルス同士の構造タンパク質をWとした会合体を、組み合わせて有効成分として追加することも可能である。また、構造タンパク質部分には、ウイルスの感染力を失わせる中和抗体が結合する領域が存在する場合があるが、そのエピトープ、又はその近傍を含むペプチド配列の1個又は2個以上をWとした会合体を組み合わせることも可能である。
【0029】
用いる有効成分である上記会合体の種類が多様になると、獲得免疫の内容が生ワクチンに近似したものとなる。また、異なる病原微生物に由来する抗原タンパク質が用いられた場合、混合ワクチンに類似したものとなる。
【0030】
免疫原性をさらに高めるために、アジュバンドを、例えば、上記WとしてコレラトキシンのBサブユニットを担持した分子針として、本発明のワクチンに含有させることも可能であるが、むしろアジュバンドを除外したアジュバンドフリーのワクチンとすることが可能であることが、本発明のワクチンの長所として優先されることが好ましい。
【0031】
上記の複数種類の三量体及び/又は六量体の分子針を用いる場合の、本発明のワクチンにおける配合比率は、ワクチンの企画に応じて選択可能であり、特に限定されない。
【0032】
(4)本発明の会合体の生産方法
本発明の会合体は、本発明の複合タンパク質の3分子以上を、水性液体を介して接触させることにより、当該複合タンパク質同士を単量体として会合させて、三量体と六量体の混合物形成を行い、さらに必要に応じて当該三量体又は六量体を選択的に分離・採取することにより生産できる。
【0033】
本発明の複合タンパク質自体は、当該複合タンパク質をコードする核酸を、遺伝子工学的な手法により発現させる、又は、ペプチド合成技術により合成する、ことにより生産することができる。当該複合タンパク質同士を、水性液体中で接触させることにより、自発的に複合タンパク質の三量体、及び、六量体が構築され、三量体と六量体を含有する混合物が形成される。そして、さらに当該三量体又は六量体を選択的に分離・採取することにより、三量体と六量体を分離して生産することができる。
【0034】
「水性液体」に関しては、特に、本発明の複合タンパク質を遺伝子工学的な手法により生産する場合は、当該複合タンパク質を生物学的に発現させて、例えば、発現細胞の収集、破砕又は溶解等による当該複合タンパク質の露出、さらに公知の分離方法による当該複合タンパク質の分離の工程を行う過程において用いる水や各種緩衝液等の水性液体中において、自発的に会合が起こり、本発明の会合体である三量体と六量体を含有する混合物を得ることができる。また、例えば、全化学合成や、パーツ毎の分割合成を行って化学修飾法により結合することにより製造した本発明の複合タンパク質を、水や各種緩衝液等の水性液体中に懸濁することで自発的に会合させて、本発明の会合体である三量体と六量体を含有する混合物を得ることができる。
【0035】
上記の三量体と六量体を含有する混合物から、三量体又は六量体を分離・採取する方法は、特に限定されず、公知の分子量による分別方法、例えば、ゲル電気泳動法、アフィニティークロマトグラフィー、分子排斥クロマトグラフィー等の分子篩、イオン交換クロマトグラフィー等が挙げられる。
【0036】
従って、上記会合体の生産方法の最も好適な態様の一つとして、「本発明の複合タンパク質をコードする核酸を導入した形質転換体を、液体培地で培養して当該複合タンパク質を発現させ、自発的な会合によって産生される、当該複合タンパク質を単量体とする三量体及び六量体を含む混合物を得る生産方法。さらに当該混合物からさらに当該三量体又は六量体を選択的に分離・採取する、複合タンパク質会合体の生産方法。」が挙げられる。
【0037】
このようにして生産される本発明の会合体を、本発明のワクチンの有効成分として用いることができる。
【発明の効果】
【0038】
本発明により、(1)皮下、皮内、経皮、粘膜、又は筋肉内投与により標的組織の細胞に免疫原であるウイルスの非構造タンパク質を効率的に導入するコンポーネントワクチンの有効成分(感染防御抗原)の基本単位として用いることができる、分子針に免疫原であるウイルスの非構造タンパク質を担持させた複合タンパク質(単量体)、(2)当該有効成分(感染防御抗原)として用いることができる当該複合タンパク質の会合体、(3)当該会合体を有効成分とするコンポーネントワクチンが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【
図1】本発明の複合タンパク質を基にした、本発明の会合体である三量体と六量体の構築過程を示した図面である。
【
図2】PN-sRL-VPgに関してのMALDI-TOF質量スペクトルの結果を示した図面であり、(a)は、単量体(monomer)のシグナル、(b)は、三量体(trimer)のシグナル、(c)は六量体(trimer-dimer)のシグナルをそれぞれ示し、それぞれの箇所に、本発明の複合タンパク質(monomer)の会合状態を示す略図を示した。
【
図3】PN-sFL-VPgに関してのMALDI-TOF質量スペクトルの結果を示した図面であり、(a)は、単量体(monomer)のシグナル、(b)は、三量体(trimer)のシグナル、(c)は六量体(trimer-dimer)のシグナルをそれぞれ示し、それぞれの箇所に、本発明の複合タンパク質(monomer)の会合状態を示す略図を示した。
【
図4】RSウイルスの遺伝子の構造を示した略図である。
【
図5】実施例2に用いた、RSウイルスの非構造タンパク質の一つであるPタンパク質を担持した本発明の複合タンパク質の会合体を有効成分とするコンポーネントワクチンの経鼻接種によるIgGの誘導効果を、接種3週間後と7週間後に検討した図面である。
【
図6】実施例2に用いた、RSウイルスの非構造タンパク質の一つであるPタンパク質を担持した本発明の複合タンパク質の会合体を有効成分とするコンポーネントワクチンの経鼻接種によるIgAの誘導効果を、接種3週間後と7週間後に検討した図面である。
【
図7】実施例2に用いた、RSウイルスの非構造タンパク質の一つであるPタンパク質を担持した本発明の複合タンパク質の会合体を有効成分とするコンポーネントワクチンの経鼻接種による、RSウイルスの肺感染の抑制効果を検討した図面である。
【
図8】実施例3に用いた、RSウイルスの構造タンパク質の一つであるFタンパク質のタンパク質のうち、中和抗体が結合する領域(中和エピトープ)に相当するペプチドを4重連結形態とし、免疫原として担持した本発明の複合タンパク質を発現するプラスミドの模式図である。
【
図9】上記Fタンパク質の中和エピトープペプチドの、4重連結形態を免疫原として担持した本発明の複合タンパク質の会合体を有効成分としたワクチンを経鼻接種した場合の、接種7週間後のIgGとIgAの誘導効果を検討した結果を示す図面である。
【
図10】上記Fタンパク質の中和エピトープペプチドの、4重連結形態を免疫原として担持した本発明の複合タンパク質の会合体を有効成分としたワクチンを経鼻接種した場合の、RSウイルスの肺感染の抑制効果を検討した図面である。
【発明を実施するための形態】
【0040】
(1)本発明の複合タンパク質
本発明の複合タンパク質を表すアミノ酸配列式である式(1):
W-L1-Xn-Y (1)
[式中、Wは免疫原であるウイルスの非構造タンパク質の一部又は全部を1個又は2個以上含むアミノ酸配列を示し、L1はアミノ酸数が0-100の第1のリンカー配列を示し、Xは配列番号1のアミノ酸配列を示し、Yは細胞導入領域のアミノ酸配列を示し、nは1-3の整数である。]
において、
免疫原であるWは、上記のようにウイルスの非構造タンパク質の一部又は全部のペプチド構成に基づくアミノ酸配列が挙げられる。ここで「基づく」とは、オリジナルのペプチド構成そのものだけではなく、アミノ酸配列が改変された改変アミノ酸配列も含まれる概念である。
【0041】
ウイルスの非構造タンパク質の一部又は全部については、上述した通りである。
【0042】
第1のリンカー配列を示すL1は、免疫原Wと分子針部分Yの距離を適度に保って立体障害を抑制するために必要であり、このアミノ酸残基の個数は、上記の通りにアミノ酸残基数は0-100個であり、好適には4-40個である。具体的な配列の内容は限定されないが、例えば、(GGGGS)m、(PAPAP)m[mは繰り返し数であり、1-5の整数であることが好ましく、1-3であることが特に好ましい]等が例示される。ただしこれらはあくまでも例示である。
【0043】
Xは、配列番号1のアミノ酸からなる、アミノ酸配列XnにおけるXのn回(整数回)の繰り返し単位の配列である。繰り返しの形式は、直列の繰り返しであり、例えば、X2であれば、「X-X」(「-」は模式化したペプチド結合)である。また、繰り返し配列Xnにおいては、上述したアミノ酸配列の改変が許容される。ここでnは、上述のように1-3の整数であり、1が好適であるが、2又は3であってもよい。繰り返し配列Xnのnが2又は3である場合は、免疫原Wの大きさや特性に応じて、分子針Yの距離を安定して適切な距離に保つことが主要な目的となる。
【0044】
細胞導入領域Yは、分子針の基礎構造に該当し、バクテリオファージの尾(Tail)の針部分(細胞内導入部)に基づいたものであり、式(2):
Y1-L2-Y2-Y3 (2)
[式中、Y1は配列番号2-5からなる群より選択されるアミノ酸配列を示し、Y2は配列番号6-9からなる群より選択されるアミノ酸配列を示し、L2はアミノ酸数が0-30の第2のリンカー配列を示し、Y3は所定の修飾用のアミノ酸配列を示し、Y2又はY3は存在しない場合もある。]
で表されるタンパク質である。
【0045】
式(2)のY1のうち、N末端側32アミノ酸(32Leu)までが、バクテリオファージT4の三重らせんβシート構造の部分のアミノ酸配列である。なお、少なくともN末端のアミノ酸であるバリン(1Val)は、ロイシン(1Leu)であってもよい。残りのC末端側は、バクテリオファージのニードルタンパク質のC末端部分のアミノ酸配列である。このY1のC末端側に使用可能なアミノ酸配列としては、例えば、バクテリオファージT4のgp5のアミノ酸配列、バクテリオファージP2のgpVのアミノ酸配列、バクテリオファージMuのgp45のアミノ酸配列、バクテリオファージφ92のgp138のアミノ酸配列等が挙げられる。より具体的には、バクテリオファージT4のgp5のアミノ酸配列をC末端側に有するY1として配列番号2のアミノ酸配列が、バクテリオファージP2のgpVのアミノ酸配列をC末端側に有するY1として配列番号3のアミノ酸配列が、バクテリオファージMuのgp45のアミノ酸配列をC末端側に有するY1として配列番号4のアミノ酸配列が、バクテリオファージφ92のgp138のアミノ酸配列をC末端側に有するY1として配列番号5のアミノ酸配列が挙げられる。このY1のアミノ酸配列をコードする核酸配列は、アミノ酸と核酸塩基の公知の関係に従って選択することができる。
【0046】
式(2)中、Y2はバクテリオファージT4のfoldonと呼ばれる領域のアミノ酸配列、又は、バクテリオファージP2若しくはバクテリオファージMu若しくはバクテリオファージφ92のtipと呼ばれる領域のアミノ酸配列である。foldon又はtipは、バクテリオファージのフィブリチンと呼ばれる分子針構造の先端部を構成する領域である。式(2)においてY2が存在することは必須とはいえないが、このfoldon又はtipのアミノ酸配列を有することにより、細胞膜への分子針の取り込み効率を向上させることができるので、Y2を伴っていることが好適である。バクテリオファージT4のfoldonのアミノ酸配列を配列番号6に示す。このアミノ酸配列をコードする核酸配列は、アミノ酸と核酸塩基の公知の関係に従って選択することができる。
【0047】
バクテリオファージP2のtipのアミノ酸配列を配列番号7に示す。このアミノ酸配列をコードする核酸配列は、アミノ酸と核酸塩基の公知の関係に従って選択することができる。バクテリオファージMuのtipのアミノ酸配列を配列番号8に示す。このアミノ酸配列をコードする核酸配列は、アミノ酸と核酸塩基の公知の関係に従って選択することができる。バクテリオファージφ92のtipのアミノ酸配列を配列番号9に示す。このアミノ酸配列をコードする核酸配列は、アミノ酸と核酸塩基の公知の関係に従って選択することができる。
【0048】
L2は、前記Y1とY2の間に介在する第2のリンカーである。リンカーL2のアミノ酸数は0-30個であり、好適には0-5個である。リンカーのアミノ酸数が0個とは、第2のリンカーL2は存在しないことを示すものである。
【0049】
Y3は、修飾用のアミノ酸配列であり、Yにおいて選択的に付加して用いることができる。当該修飾用のアミノ酸配列は、タンパク質精製や保護の目的等で付加するものであり、ヒスチジンタグ、GSTタグ、FLAGタグ等のタグペプチド等が挙げられる。Y3には、適宜リンカー配列を加えることが可能であり、このようなリンカー配列自体もY3のアミノ酸配列の構成要素となり得る。
【0050】
本発明の複合タンパク質は、公知の方法、具体的には、遺伝子工学的手法、又は、化学合成法により生産することができる。また、本発明の複合タンパク質全てを一緒に生産することも可能であり、パーツ毎に生産して当該パーツ同士を化学修飾法により事後的に結合させることにより生産することも可能である。リンカー(L1又はL2等)を介したポリペプチド同士の結合は、互いのポリペプチドにおけるリシン残基又はシステイン残基同士を、スクシンイミド基又はマレイミド基を有するリンカーにより結合させる等が可能である。
【0051】
遺伝子工学的手法では、生産対象の本発明の複合タンパク質の全部又は一部をコードする核酸を、例えば、大腸菌、酵母、昆虫細胞、動物細胞等の宿主細胞を形質転換体として、あるいは大腸菌抽出液、ウサギ網状赤血球抽出液、小麦胚芽抽出液等の無細胞発現系で発現させることができる。これらの核酸が組み込まれた発現用ベクターとしては、各発現系に応じたものを用いることができ、例えば大腸菌発現用のpET、酵母発現用のpAUR、昆虫細胞発現用のpIEx-1、動物細胞発現用のpBApo-CMV、小麦胚芽抽出液発現用のpF3A等が挙げられる。
【0052】
化学合成法は、公知のペプチドの化学合成法を用いることが可能である。すなわち、常法として確立している液相ペプチド合成法、又は、固相ペプチド合成法を用いて、本発明の複合タンパク質の全部又は一部を製造することが可能である。そして、一般的に好適な化学合成法として認識されている固相ペプチド合成法も、Boc固相法又はFmoc固相法を用いることが可能であり、上述のように、必要に応じてライゲーション法を用いることも可能である。また、個々のアミノ酸は、公知の方法により製造可能であり、市販品を用いることも可能である。
【0053】
(2)本発明の会合体
図1に、本発明の複合タンパク質を基にした、本発明の会合体である三量体と六量体の構築過程を示す。
図1において、10は、単量体としての本発明の複合タンパク質であり、20は、本発明の三量体であり、30は、本発明の六量体である。
【0054】
本発明の複合タンパク質10は、「式(2)のXnとY1に該当する基本部分131」と「式(2)のY2に該当するfoldon132」が結合した「式(1)のYに該当する分子針領域13」、及び、「式(1)のWに該当する免疫原11」が、「式(1)のL1に該当するリンカー12」を介して結合して構成されている。リンカー12以外のリンカーと、式(2)のY3に相当する修飾配列については、図示を省略した。本発明複合タンパク質10自体には、標的組織の細胞の細胞膜を通過する機能は実質的に認められない。
【0055】
三量体30は、上記の複合タンパク質10が、3個の単量体として自発的に会合してなる三量体である。三量体30は、上記の分子針領域13が3個纏まり互いのC末端同士で会合することによって、三量体平行βシート構造、及び、当該βシート構造自身によるらせん構造(三重らせんβシート構造)と呼ばれる針状構造が形成され、分子針13×3が形成されている。分子針13×3は、基本部分131×3と、foldon集合体132×3で構成されている。このように三量体化と自己組織化により標的組織の細胞の細胞膜を通過する機能を有する「分子針」が形成され、それぞれの単量体に由来するリンカー3本(121、122、123)と、これらのリンカーにそれぞれ結合している免疫原3個(111、112、113)が、この分子針13×3の外側に存在している。
【0056】
六量体60は、2単位の上記三量体30が、互いの分子針の基本部分((13×3)1と(13×3)2)のN末端において結合して構成される六量体であり、当該六量体60もまた、標的組織の細胞の細胞膜通過機能を有している。それぞれの三量体に由来するリンカー6本(121、122、123、及び、125、126:124は図示せず)と、これらのリンカーにそれぞれ結合している免疫原6個(111、112、113、及び、115、116:114は図示せず)が、2本の分子針(13×3)1と(13×3)2の外側に存在している。
【0057】
本発明の複合タンパク質10から、三量体30への三量体化、及び、当該三量体30から六量体60へのマクロ的な2量体化は、水性液体中において自発的に進行し、三量体又は六量体として安定して存在する。この三量体又は六量体の安定性は極めて強いものであり、例えば、温度100℃の水性液体環境下、さらにpH2-11の水性液体環境下、さらに有機溶媒を50-70容量%含む水性液体環境下であっても安定であり、その上、安全性にも優れている。水性液体から単離して乾燥させた状態でも、当該三量体又は六量体には優れた安定性と細胞膜透過性が認められる。
【0058】
上記のように、本発明の複合タンパク質から会合体への移行は、自発的に進行し、通常は大部分が最終形態である六量体化するが、一部は三量体として残る。
【0059】
(3)本発明のワクチン
本発明のワクチンは、その有効成分である本発明の会合体の優れた細胞透過性と免疫原性により、標的組織の細胞に、皮下投与、皮内投与、経皮投与、粘膜投与、又は筋肉内投与を介して免疫原であるウイルスの非構造タンパク質の一部又は全部を効率よく移行させ、免疫を行うことが可能であり、これにより、皮下投与、皮内投与、経皮投与、粘膜投与、又は筋肉内投与による、ウイルスのコンポーネントワクチンの有効性と安全性を向上させることができる。その表れがアジュバンドフリーのワクチンとして用いることができる点である。粘膜投与する対象粘膜組織は、対象となるウイルスの罹患箇所等の性質に応じて自由に決定可能であり、特に限定されないが、鼻粘膜、喉粘膜、口腔粘膜、気管支粘膜、消化管粘膜、膣粘膜等が挙げられる。RSウイルス等の気道炎(風邪)を引き起こすウイルスの場合は、鼻粘膜、喉粘膜、口腔粘膜、気管支粘膜、舌下粘膜、肺粘膜等が好適である。
【0060】
この粘膜投与形態のワクチンとして、上述した病原ウイルスの構造タンパク質を担持した分子針のみを有効成分とするコンポーネントワクチンをここに開示する。
【0061】
本発明のワクチンは、上述した本発明の会合体を有効成分(感染防御抗原)として含有する、皮下投与、皮内投与、経皮投与、粘膜投与又は筋肉内投与用の医薬品組成物として提供される。本発明の会合体の直接投与の場合であっても、当該会合体を緩衝液等において用時懸濁混合した液剤として、皮下投与、皮内投与、経皮投与、粘膜投与、又は筋肉内投与がなされるので、この会合体そのものの形態も医薬品組成物に含まれる。上記の粘膜投与の場合の剤形は、噴霧剤(エアロゾル剤、スプレー剤等)、カプセル剤、塗布剤等が好適な形態として挙げられる。
【0062】
本発明のワクチンは、必須の有効成分(感染防御抗原)である本発明の会合体、及び必要に応じて病原ウイルスの構造タンパク質を担持した分子針、さらに必要に応じて、アジュバンド(上記の分子針形態のものも含む)や、医薬製剤担体を配合して製剤組成物の形態に調製される。当該製剤担体としては、使用形態に応じて選択することが可能であり、充填剤、増量剤、結合剤、付湿剤、崩壊剤、界面活性剤等の賦形剤ないし希釈剤を使用することができる。組成物の形態は、基本的には液剤であるが、用時液体希釈用の乾燥剤、粉末剤、顆粒剤等とすることも可能である。
【0063】
本発明のワクチン中の本発明の会合体の量(構造タンパク質を担持した分子針の会合体も含む場合は、これを併せた量)は、適宜選択され一定ではないが、通常、本発明の会合体を、投与時に1-10質量%含有する液剤として用いるのが好適である。適切な投与(接種)量は、1回成人1人当たり0.01μg-10mg程度であり、必要に応じて初回接種と追加接種を適宜組み合わせて、1回又は2回以上の投与(接種)を行うことが可能である。
【実施例】
【0064】
以下、本発明の実施例を開示する。
【0065】
本実施例の目的は、本発明の会合体におけるウイルスを対象とするコンポーネントワクチンの有効成分としての有用性、を示すことである。そしてこれを示す対象として、その現状のワクチン製造の困難性と有用性を鑑みて、RSウイルス(RSV)、オルソニューモウイルスともいう、を選択した。
【0066】
RSウイルスは、世界中に広く分布しており、年齢を問わず、生涯にわたり顕性感染を引き起こすが、特に乳幼児期において非常に重要な病原体であり、母体からの移行抗体が存在するにもかかわらず、生後数週から数ヶ月の期間に最も重篤な症状を引き起こす。また、低出生体重児や、あるいは心肺系における基礎疾患や、免疫不全のある場合には重症化のリスクが高く、臨床上、公衆衛生上のインパクトは大きい。
【0067】
現在、認可されたRSVワクチンはない。過去にホルマリン不活化ワクチンによる臨床試験が行われたが、対照群よりワクチン接種群の方が症状は悪化し、失敗に終わった。RSV感染症に対する医薬品としては、ヒト化モノクローナル抗体のパリミズマブ(Palivizumab)が予防用投与に用いられているのみであり、効果的なワクチンの登場が待望されている(以上、国立感染症研究所のウエブページより引用)。
【0068】
[実施例1] 本発明の会合体の生産とその内容の確認
(a)前提事項
本実施例では、遺伝子工学的手法を用いて、担持する免疫原をヒトノロウイルスGII.4であるLM14-2株の非構造タンパク質の一つである「Vpg(viral protein genome-linked)」とする本発明の複合タンパク質を調製した。Vpgは、ノロウイルスゲノム内のオープンリーディングフレーム1(ORF1)に含まれる非構造タンパク質である。ORF1は、ノロウイルスの一連の非構造タンパク質をコードしており、N末端タンパク質、NTPase(p48)、p22(3A様)、Vpg、プロテアーゼ、及び、RNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp)がそれぞれコードされ、ORF1の全体翻訳後、当該プロテアーゼにより、それぞれの非構造タンパク質に切断され、成熟産物として機能する。これらの成熟産物のうち、VPgは、ゲノムRNA及びサブゲノムRNAからの翻訳によってノロウイルスゲノム複製に必須の役割を果たすことが実証されており、リボソーム動員の際のキャップ代用品として機能する。本実施例において用いた免疫原であるLM14-2株のVpgのアミノ酸配列は、配列番号10(ただし、N末端のMetは、スタートコドンATGに由来するものである)に示した通りである。これをコードする核酸配列は、アミノ酸と核酸塩基の公知の関係に従って選択することができる。
【0069】
この実施例1で使用したすべての試薬は、商業的供給元から購入し、さらに精製することなく使用した。HNV-VPgの遺伝子断片は、北里大学ウイルス感染研究所の片山から提供されたプラスミドpHuNoV-LM14-2F(1-12550塩基:配列番号11)に組み込まれているヒトノロウイスLM14-2株のcDNA部分(7640塩基:配列番号12)に含まれていたものを用いた。VPgは、このLM14-2株のcDNA部分(7640塩基)の2630塩基から3028塩基に相当する372塩基の配列(配列番号13)である。この配列の5’末端にスタートコドンATGを付加して、発現に用いた。
【0070】
UV-visスペクトルは、SHIMADZU UV-2400PC UV-vis分光計で測定した。MALDI-TOF質量スペクトルは、Bruker ultrafleXtrmeで測定した。MALDI-TOF-MSの測定は、試料を、0.03%(w/v)シナピン酸及び0.1%(v/v)トリフルオロ酢酸を含む等容量の70%(v/v)アセトニトリル/水溶液と混合した。ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)は、HPLCシステム及びカラム(Asahipack GF-510HQ、Shodex、東京、日本)を用いて行った。
【0071】
(b)「PN-Vpg」発現用プラスミドの作製と発現
(b)-1: 総論
ここで「PN-Vpg」とは、上述した式(1):
W-L1-Xn-Y (1)
と、式(1)の細胞導入領域Yを表す式(2):
Y1-L2-Y2-Y3 (2)
において、
免疫原Wが、配列番号10のアミノ酸配列で表される「LM14-2株-Vpg」であり;第1のリンカーL1が、配列番号14(SNSSSVPGG)、15(GGGGS)、16(PAPAP)のアミノ酸配列であり;繰り返し配列Xnの繰り返し単位が、配列番号1のアミノ酸配列であり、繰り返し数nは1であり;分子針の本体部分Y1のアミノ酸配列が、配列番号2のアミノ酸配列であり;第2のリンカーL2が「SVE」であり;フォールドンY2のアミノ酸配列が、配列番号6のアミノ酸配列であり;修飾配列Y3のアミノ酸配列が、配列番号17(VEHHHHHH)である、複合タンパク質である。
【0072】
PN-VPgのプラスミドは、フレキシブルリンカー(FL:SNSSSVPGG(配列番号14))を鋳型として構築し、これを基に短いフレキシブルリンカー(sFL:GGGGS(配列番号15))、短いリジットリンカー(sRL:PAPAP(配列番号16))の2種類のリンカーで構築して、これらを発現させ、自発的に生じる会合体の内容の解析を行い、三量体と六量体が含まれていることを確認した。そしてこれらの事項を基に、当面の目的であるRSウイルスのコンポーネントワクチンの製造と試験を行って、ウイルスの非構造タンパク質を用いた本発明の会合体が、コンポーネントワクチンとして非常に有用であることを示した。
【0073】
(b)-2: フレキシブルリンカー(FL:SNSSSVPGG(配列番号14))を用いた鋳型プラスミドの構築
LM14-2プラスミドからのVPgセグメントを増幅は、遺伝子増幅用プライマーVPg_F(NdeI制限酵素部位有り:ACGCCATATGGGCAAGAAAGGGAAGAACAAGTCC(配列番号18))及びVPg_R(EcoRI制限酵素部位有り:GCTCGAATTCGACTCAAAGTTGAGTTTCTCATTGTAGTCAACAC(配列番号19))の組を用いて、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行うことによって行った。その後、当該PCR産物を、NdeI-EcoRIで消化したプラスミドpKN1-1(GFP-gp5f発現用プラスミド)(特許文献2)にクローニングした。
【0074】
当該プラスミドpKN1-1は、特許文献2における開示の通りに、まず、T4ファージのwacタンパク質の461から484残基目に対応する遺伝子をT4ファージゲノムよりPCRで増幅してpUC18にクローニングし、foldonをコードする遺伝子を得た。続いて、このプラスミドを制限酵素EcoRI及びSalIで切断し、EcoRIとXhoIで処理したプラスミドpET29b(Novagen)に挿入し、プラスミドpMTf1-3を得た。また、T4ファージのgp5の474から575残基目に対応する遺伝子をT4ファージゲノムよりPCRにより増幅してpUC18にクローニングし、gp5をコードする遺伝子を得た。続いて、このプラスミドを制限酵素EcoRI及びSalIで切断し、EcoRIとXhoIで処理した上述のプラスミドpMTf1-3に挿入し、プラスミドpKA176を得た。また、群馬大・高橋より提供されたGFP発現ベクターを制限酵素NdeI及びEcoRIで切断し、GFPをコードする遺伝子を得、制限酵素NdeI及びEcoRIで処理した上述のプラスミドpKA176に組み込むことで作成された。
【0075】
クローニングされた遺伝子断片は大腸菌BL21(DE3)のコンピテント細胞に導入し、DNA配列決定によって確認され、フレキシブルリンカー(SNSSSVPGG:配列番号15)を介在させたPN及びVPgのプラスミド構築物「PN-FL-VPg」の存在が確認された。
【0076】
(b)-3: sFL/sRLリンカーを用いた会合体の生産と、その内容の確認
配列番号16の「短いリジットリンカー」(sRL:PAPAP)を、リンカーL1として介在させるための、遺伝子増幅用プライマーVPgPA-F(XhoI制限部位有り:CCGGCTCCGGCCCCACTCGAGGGAAGCAATACAATATTTGTACG(配列番号20))と、VPgPA-R(CTCAAAGTTGAGTTTCTCATTGTAGTCAACAC(配列番号21))の組、並びに、配列番号15の「短いフレキシブルリンカー」(sFL:GGGGS)を、リンカーL1として介在させるための、遺伝子増幅用プライマーVPgGS-F(XhoI制限部位有り:GGAGGCGGGGGTTCACTCGAGGGAAGCAATACAATATTTGTACG(配列番号22)とVPgGS-R(上記のVPgPA-R(配列番号21)と同じ)の組、を「PN-FL-VPg」を鋳型としたインバーテッドPCRの遺伝子増幅用プライマーとして、それぞれ別個に用いて、プラスミド構築物「PN-sRL-VPg」(L1は配列番号16の短いリジットリンカー)及び「PN-sFL-VPg」(L1は配列番号15の短いフレキシブルリンカー)を構築した。
【0077】
次いで、これらの2種のプラスミドをDH5αコンピテント細胞に導入した。得られたベクターをDNA塩基配列決定法により検証した後、PN-sRL-VPg及びPN-sFL-VPgの発現を行った。
【0078】
発現させた「PN-sRL-VPg」および「PN-sFL-VPg」については、それぞれNiアフィニティーカラムに添加した後のタンパク質を、イミダゾール濃度が20~500mMのより高いイミダゾール濃度勾配および1mM DTTで溶出した。PN-VPgを含むこれらの画分を合わせ、容量を5mlに減らし、4℃で一晩20mMトリス-HCl pH8.0を含む緩衝液中で透析膜により緩衝液を変更した。濃縮物を0.2μmのフィルターで濾過し、次いでHiTrap Qカラムに添加し、塩化ナトリウムの段階濃度勾配(0-1M)で溶出した。PN-VPg(短いリンカー)含有画分をNative PAGEおよびSDS-PAGEにより同定した。
【0079】
SDS PAGEの結果は、PN-VPg(sFL/sRLリンカー)、約31kDaの計算されたモノマーと同じ分子量を有するバンドを示した(図示せず)。それに加えて、PN-sRL-VPgに関して、MALDI-TOF質量スペクトルの結果は、単量体のシグナル(
図2(a):m/z観測値:31955、m/z計算値:31514)、三量体(
図2(b):m/z観測値:95257、m/z計算値:94542)、六量体(trimer-dimer)(
図2(c):m/z観測値:190929、m/z計算値:189084)をそれぞれ示した。さらにPN-sFL-VPgのMALDI-TOF質量スペクトルは、PN-sFL-VPgモノマー(
図3(a):m/z観測値:31266、m/z計算値:31396)、三量体(
図3(b):m/z観測値:93857、m/z計算値:94188)、六量体(trimer-dimer)(
図3(c):m/z観測値:187218、m/z計算値:188376)をそれぞれ示した。
【0080】
これらの結果は、本発明の会合体が三量体と六量体を含有することを示している。
【0081】
[実施例2] RSウイルスに対するコンポーネントワクチン
(a)前提事項
本実施例では、遺伝子工学的手法を用いて、担持する免疫原をヒトRSウイルスであるLong株の非構造タンパク質の一つである「Pタンパク質(リン酸化タンパク質:リン酸化を司るタンパク質)」とする本発明の複合タンパク質を調製した。Pタンパク質は、RSウイルスゲノム内にPタンパク質のメッセンジャーRNAの鋳型配列としてコードされている。RSウイルスはウイルス粒子内部にゲノムとしてマイナス鎖を持っており、
図4において示した位置にそれぞれのタンパク質のメッセンジャーRNAのコンプリメンタリー鎖が存在している。RSウイルスは細胞に感染すると、マイナス鎖ゲノムを鋳型としてRNP(前述)がそれぞれのタンパク質のメッセンジャーRNAを合成する。各種メッセンジャーRNAは開始コドンと終止コドンを持っており、細胞内で翻訳されることにより、各種タンパク質を産生する。翻訳されたウイルスタンパク質は、成熟行程を経てウイルスタンパク質として機能する。Pタンパク質は4量体を形成し、C末端側でLタンパク質とRNPに結合することにより、両者の結合を媒介する。また、N末端では遊離のNタンパク質を合成途上のRNAに結合させるシャペロンとして機能している。RNPは宿主細胞膜由来のエンベロープに囲まれ、その表面には、レセプター結合タンパク質と融合(fusion)タンパク質(Fタンパク質)の2種類のウイルス糖タンパク質がスパイクを形成している。
【0082】
本実施例においては、非構造タンパク質であるWとして、上記のPタンパク質を選択した。実際に用いた免疫原であるRSV Long株のPタンパク質(RSV-P)のアミノ酸配列は、配列番号23「MEKFAPEFHGEDANNRATKFLESIKGKFTSPKDPKKKDSIISVNSIDIEVTKESPITSNSTIINPTNETDDNAGNKPNYQRKPLVSFKEDPIPSDNPFSKLYKETIETFDNNEEESSYSYEEINDQTNDNITARLDRIDEKLSEILGMLHTLVVASAGPTSARDGIRDAMVGLREEMIEKIRTEALMTNDRLEAMARLRNEESEKMAKDTSDEVSLNPTSEKLNNLLEGNDSDNDLSLDDF」であり、これをコードする核酸配列は、アミノ酸と核酸塩基の公知の関係に従って選択することができる。本実施例においては、「ATGGAAAAGTTTGCTCCTGAATTCCATGGAGAAGATGCAAACAACAGGGCTACTAAATTCCTAGAATCAATAAAGGGCAAATTCACATCACCTAAAGATCCCAAGAAAAAAGATAGTATCATATCTGTCAACTCAATAGATATAGAAGTAACCAAAGAAAGCCCTATAACATCAAATTCAACCATTATTAACCCAACAAATGAGACAGATGATAATGCAGGGAACAAGCCCAATTATCAAAGAAAACCTCTAGTAAGTTTCAAAGAAGACCCTATACCAAGTGATAATCCCTTTTCAAAACTATACAAAGAAACCATAGAGACATTTGATAACAATGAAGAAGAATCTAGCTATTCATATGAAGAAATAAATGATCAGACGAACGATAATATAACTGCAAGATTAGATAGGATTGATGAAAAATTAAGTGAAATACTAGGAATGCTTCACACATTAGTAGTAGCAAGTGCAGGACCTACATCTGCTAGGGATGGTATAAGAGATGCCATGGTTGGTTTAAGAGAAGAAATGATAGAAAAAATCAGAACTGAAGCATTAATGACCAATGACAGATTAGAAGCTATGGCAAGACTCAGGAATGAGGAAAGTGAAAAGATGGCAAAAGACACATCAGATGAAGTGTCTCTCAATCCAACATCAGAGAAATTGAACAACCTGTTGGAAGGGAATGATAGTGACAATGATCTATCACTTGATGATTTC(TGA)」(配列番号24)を用いた。
【0083】
この実施例2で使用したすべての試薬は、商業的供給元から購入し、さらに精製することなく使用した。RSV-Pの遺伝子断片は、北里大学生命医科学研究所ウイルス感染制御学Iの澤田から提供されたRSV-Long株のゲノムRNAより、Pタンパク質の遺伝子配列から末端のストップコドン(上記括弧内のTGA)を除いた部分を増幅して得た。
【0084】
(b)「PN-Pタンパク質」発現用プラスミドの作製と発現
本実施例では、「実施例1(b)-2」にて得られた、鋳型プラスミド構築物「PN-FL-VPg」を鋳型として、RSV-Long株よりPCRで増幅させたPタンパク質をコードする核酸配列(配列番号24)から末端のストップコドン(TGA)を除いた遺伝子断片を、InFusionクローニング法によりVpgと入れ替えて、所望のプラスミド構築物「PN-FL-P」を構築した。
【0085】
すなわち、InFusion RS-P sense 5'-GGAGATATACATATGGAAAAGTTTGCTCCTGA-3'(配列番号25)とInFusion RS-P antisense 5'-TGAACCCCCGCCTCCGAAATCATCAAGTGATAGAT-3'(配列番号26)でP領域を増幅して、下線部分が付加されたP領域の増幅産物を得た。一方、鋳型プラスミド構築物「PN-FL-VPg」を鋳型として、5'-GGAGGCGGGGGTTCA-3'(配列番号27)、5'-ATGTATATCTCCTTCTTAAAG-3'(配列番号28)をプライマーとしてインバーテッドPCRでVPgの配列を除くベクター部分全体を増幅して、ベクターボディーとして準備した。これら二つのフラグメントをInFusionクローニングによって連結し、所望のプラスミド構築物「PN-FL-P」を得た。
【0086】
次いで、このプラスミドをDH5αコンピテント細胞に導入した。得られたベクターをDNA塩基配列決定法により検証した後、PN-sFL-Pの発現を行った。
【0087】
この「PN-sFL-P」のプラスミドを保有する大腸菌BL21(DE3)を30μg/mlのカナマイシンを含むLB培地で37℃で一晩培養した。37℃でインキュベートした溶液のOD600が0.8に達した後、1mMイソプロピルβ-D-1-チオガラクトピラノシド(IPTG)とアラビノースを添加した。IPTGとアラビノースを添加して16-17時間後に8000rpmで5分間遠心分離して細菌を回収し、180rpmの速度で20℃でインキュベートした。次いで、細胞ペレットを、100mMトリス-HCl pH8.0、5mMイミダゾールを含有する緩衝液中で氷上で1錠のcOmplete,EDTA-freeと共に懸濁し、超音波処理によって溶解した。細胞破片を遠心分離(17,500rpmで50分間)により除去した。上清を0.8μmのフィルターでろ過し、Niアフィニティーカラムに添加し、4℃で5mM-250mMのイミダゾールの直線濃度勾配で同じバッファーで溶出した。次いで、このPN-FL-P会合体を、20mM Tris/HCl pH8.0、0.2M NaClで透析後さらにPBSに透析して、限外濾過で濃縮した。この過程において、PN-sFL-Pは、自発的に三量体及び/又は六量体を含有する会合体となっている。これを「PN-sFL-Pの会合体」として免疫試験に用いた。また対照として、上記のPタンパク質をコードする塩基配列を基に、「PN-sFL-P」の発現から回収の一連の過程に準じた常法得られた組換えPタンパク質(以下、Pタンパク質と略記する)を準備した。
【0088】
免疫試験は、10μg/mL PBSの溶液(精製抗原)として、鼻腔免疫にて行った。
【0089】
(c)実施例2の免疫試験(1)(抗体価の測定)
上記のPN-sFL-P会合体(PN(+))、Pタンパク質(PN(-))を、それぞれRSウイルス感受性のコットンラットに経鼻接種を行った。全ての経鼻接種は鼻腔内へのワクチン液の滴下・吸引による接種であり、一匹あたり1mL(10μg)の精製抗原を、麻酔下にて鼻腔に吸引させることにより行った。この経鼻接種は、初回接種後、一週間置きに、計3回行い、初回接種前、初回接種から1週間後(1回目の追加接種前)、初回接種から2週間後(2回目の追加接種前)、初回接種から3週間後(3回目の追加接種前)、初回接種から7週間後それぞれにて採血を行い、RSVPタンパク質と反応させ、ELISA法によりRSVPタンパク質に対するIgG、IgA抗体価を測定した。
【0090】
なお、初回接種から8週間後に最後の追加接種を行った。
【0091】
ELISA法は、抗原(RSVPタンパク質)をPBS(-)で2μg/mLに希釈し、96穴ELISAプレートに50μL/wellずつ添加し、4℃で一晩インキュベートを行い、PBST(0.1%Tween20/PBS)でプレートを計3回洗浄し、各プレートにPBSB(1%BSA/PBS)を80μL/wellずつ添加し、室温で2時間インキュベートして、ブロッキングを行った。次に被験血清をPBSBで希釈し、調製して被験サンプルとした(IgG検出:10-31250倍まで5倍の系列希釈、IgA検出:10-2430倍まで3倍の系列希釈)。プレート内のPBSBを棄てて、各被験サンプルを50μL/wellずつ、プレートに添加して、室温で2時間インキュベート後、PBSTでプレートを5回洗浄した。HRP基質溶液を50μL/Wellずつプレートに添加し、発色が確認できるまで、室温で遮光してインキュベートを行った。2M硫酸を25μL/Wellずつプレートに添加し反応を停止し、490nmの吸光度を測定した。
【0092】
上記3週間後(3W)と7週間後(7W)の結果を、
図5(IgG)と
図6(IgA)に示す。両図とも、縦軸は吸光度、横軸は希釈倍率を示している。これらの図においては、被験コットンラットの個体毎の結果を示した。これらの結果は、Pタンパク質を直接免疫してもIgG、IgA共に抗体価を示す吸光度が上昇しなかったのに対して、本発明の会合体として免疫した場合には、これらの値が著しく上昇したことを示している。しかも、アジュバンドを全く用いていないにもこれだけ顕著に抗体価が上昇したことは特筆すべきことであり、アジュバンドフリーのワクチンとして用いることが可能であることを示している。
【0093】
RSウイルス感染は、飛沫感染によりウイルスを吸い込むことにより起こる。すなわち、主な感染経路が口腔、鼻腔であるため、経鼻接種で鼻腔粘膜細胞内に会合体が細胞膜に対して直接貫通導入され、鼻腔粘膜細胞内にPタンパク質が注入され、鼻腔内での細胞性免疫及び液性免疫を誘導し、RSウイルスに対する防御免疫が惹起された。このようにRSウイルスの非構造タンパク質を担持した分子ニードルを免疫原として経鼻接種することにより、局所免疫が誘導され、RSウイルスに対する感染防御、症状軽減効果が得られることが明らかになった。特に、RSウイルスの非構造タンパクであるPタンパク質に対するIgAを誘導したことは、血液中で作出されたIgAが細胞内を通過して粘膜層に分泌される際、Pタンパク質に結合し、Pタンパク質の機能を阻害することが見込まれる。
【0094】
(d)実施例2の免疫試験(2)(肺の炎症抑制効果)
本試験では、RSウイルスの非構造タンパク質を担持した分子ニードルで免疫したRSウイルス感受性のコットンラットにおける、RSウイルス感作による肺の炎症の抑制効果の直接的な検討を行った。
【0095】
上記のPN-sFL-P会合体(PN(+))、Pタンパク質(PN(-))を、それぞれRSウイルス感受性のコットンラットに経鼻接種を行った。全ての経鼻接種は、一匹あたり1mL(10μg)の精製抗原を、麻酔下にて鼻腔に吸引させることにより行った。この鼻腔接種は、上記「免疫試験(1)」と同様に、初回接種後、一週間置きに、計3回追加接種を行い、さらに初回接種から8週間後に最後の追加接種を行い、この1週間後に被験ラットにRSウイルスの感染を行った。RSウイルスの感染量は、2×105PFU/mLで、ワクチン接種と同様の方法(経鼻接種)にて行った。
【0096】
上記感染4日後に被験ラットの肺組織を回収して、肺内のRSウイルスの感染量を、感染の標的組織である肺を摘出し、ホモジェナイザーで培地に懸濁して、ウイルスを放出させ、肺組織50mg中に含まれる感染性ウイルス量をプラークアッセイで求めることで測定した。
【0097】
被験ラットとして、これらの他に、ポジティブコントロール(事前の経鼻接種を行わずにRSウイルスの感染を行った上記コットンラット)とネガティブコントロール(事前の経鼻接種もRSウイルスの感染も行わない上記コットンラット)を用いた。
【0098】
結果を、
図7に示す。
図7において、横軸の「Not infected」はネガティブコントロール(n=1)を、PN(+)はPN-sFL-P会合体(n=3)を、PN(-)はPタンパク質(n=3)を、「Not immunized」はポジティブコントロール(n=3)を示している。縦軸は、回収した肺組織におけるRSウイルスの力価(PFU/50mg肺組織)である。
図7により、PN-sFL-P会合体を投与したラットは、RSウイルス感染ラット(ポジティブコントロール)と比較して、RSウイルス感染を1/2以上、有意差(P<0.0001)を伴って抑制した。
【0099】
この結果より、本発明のワクチンが実質的なウイルス感染抑制効果を、特に粘膜免疫誘導、細胞性免疫誘導などの局所的免疫誘導によって発揮することが明らかになった。
【0100】
[実施例3] RSウイルスの構造タンパク質を担持した場合
前述したように、RSVのRNPは宿主細胞膜由来のエンベロープに囲まれ、その表面には、レセプター結合タンパク質と融合(fusion)タンパク質(Fタンパク質)の2種類のウイルス糖タンパク質(構造タンパク質)がスパイクを形成している。ここでは、構造タンパク質である、上記Fタンパク質の中和エピトープ領域を構成する13アミノ酸から構成されるペプチド(配列番号29:DMPITNDQKKLMS)が、4個直列に連結された(4重)融合タンパク質を免疫原Wとして担持させた会合体を製造し、これに対して上記実施例の免疫試験に準じた試験を行った。
【0101】
RSVのFタンパク質は、574アミノ酸(配列番号30:MELPILKANAITTILAAVTFCFASSQNITEEFYQSTCSAVSKGYLSALRTGWYTSVITIELSNIKENKCNGTDAKVKLINQELDKYKNAVTELQLLMQSTTAANNRARRELPRFMNYTLNNTKKTNVTLSKKRKRRFLGFLLGVGSAIASGIAVSKVLHLEGEVNKIKSALLSTNKAVVSLSNGVSVLTSKVLDLKNYIDKQLLPIVNKQSCRISNIETVIEFQQKNNRLLEITREFSVNAGVTTPVSTYMLTNSELLSLINDMPITNDQKKLMSNNVQIVRQQSYSIMSIIKEEVLAYVVQLPLYGVIDTPCWKLHTSPLCTTNTKEGSNICLTRTDRGWYCDNAGSVSFFPQAETCKVQSNRVFCDTMNSLTLPSEVNLCNVDIFNPKYDCKIMTSKTDVSSSVITSLGAIVSCYGKTKCTASNKNRGIIKTFSNGCDYVSNKGVDTVSVGNTLYYVNKQEGKSLYVKGEPIINFYDPLVFPSDEFDASISQVNEKINQSLAFIRKSDELLHHVNAGKSTTNIMITTIIIVIIVILLSLIAVGLLLYCKARSTPVTLSKDQLSGINNIAFSN:GenBank accession # AY911262)から構成される。263番目から275番目のアミノ酸領域は中和抗体が認識するエピトープ領域である。このFタンパク質のエピトープ領域を(GGGG)を介して4つ直列につないだ(4重)融合タンパク質をコードする遺伝子を作出し、さらにリンカー(GGGGS:配列番号15)を介して、PNと融合するように設計したプラスミド(pET29b(+)/F-PN)を作製し、これを大腸菌(BL21 DE3)において形質転換し(
図8)、IPTGで誘導発現を行った。誘導発現体を可溶化タンパク質として回収し、TAIRONにより上記4重融合タンパク質の会合体(Fnep×4-PN会合体(PN(+))を精製して、本実施例3の免疫試験を行った。
【0102】
(a)実施例3の免疫試験(1)(抗体価の測定)
上記のFnep×4PN会合体(PN(+))、上記のFタンパク質の中和エピトープの4重融合タンパク質(PN(-))を、それぞれRSウイルス感受性のコットンラットに経鼻接種を行った。全ての経鼻接種は鼻腔内へのワクチン液の滴下・吸引による接種であり、一匹あたり1mL(20μg)の精製抗原を、麻酔下にて鼻腔に吸引させることにより行った。この経鼻接種は、初回接種後、一週間置きに、計3回行い、初回接種前、初回接種から1週間後(1回目の追加接種前)、初回接種から2週間後(2回目の追加接種前)、初回接種から3週間後(3回目の追加接種前)、初回接種から7週間後それぞれにて採血を行い、Fタンパク質と反応させ、ELISA法によりFタンパク質に対するIgG、IgA抗体価を測定した。
【0103】
なお、初回接種から9週間後に最後の追加接種を行った。
【0104】
ELISA法の要領は、上記実施例2と同様の要領で行った。ただし、上記のように、抗原はFタンパク質を用いた。
【0105】
上記3週間後の結果を、
図9(IgAとIgGについての結果)に示す。縦軸は吸光度、横軸は希釈倍率を示している。この図においては、被験コットンラットの個体毎の結果を示した。これらの結果は、Fタンパク質の中和エピトープの4重融合タンパク質を直接免疫してもIgG、IgA共に抗体価を示す吸光度が上昇しなかったのに対して、Fnep×4PN会合体として免疫した場合には、これらの値が上昇したことを示している。この抗体価の上昇は、IgGにおいて顕著であったが、IgAにおいてはバラツキがあった。
【0106】
(b)実施例3の免疫試験(2)(肺の炎症抑制効果)
本試験では、RSウイルスの構造タンパク質である、Fタンパク質の中和エピトープの4重融合タンパク質を担持した分子ニードルで免疫したRSウイルス感受性のコットンラットにおける、RSウイルス感作による肺の炎症の抑制効果の直接的な検討を行った。
【0107】
上記のFnep×4PN会合体(PN(+))、Fタンパク質の中和エピトープの4重融合タンパク質(PN(-))を、それぞれRSウイルス感受性のコットンラットに経鼻接種を行った。全ての経鼻接種は、一匹あたり1mL(20μg)の精製抗原を、麻酔下にて鼻腔に吸引させることにより行った。この鼻腔接種は、上記「免疫試験(1)」と同様に、初回接種後、一週間置きに、計3回追加接種を行い、さらに初回接種から7週間後に最後の追加接種を行い、この2週間後に被験ラットにRSウイルスの感染を行った。RSウイルスの感染量は、2×105PFU/mLで、ワクチン接種と同様の方法(経鼻接種)にて行った。
【0108】
上記感染4日後に被験ラットの肺組織を回収して、肺内のRSウイルスの感染量を、感染の標的組織である肺を摘出し、ホモジェナイザーで培地に懸濁して、ウイルスを放出させ、肺組織50mg中に含まれる感染性ウイルス量をプラークアッセイで求めることで測定した。
【0109】
被験ラットとして、これらの他に、ポジティブコントロール(事前の経鼻接種を行わずにRSウイルスの感染を行った上記コットンラット)とネガティブコントロール(事前の経鼻接種もRSウイルスの感染も行わない上記コットンラット)を用いた。
【0110】
結果を、
図10に示す。
図10において、横軸の「Not infected」はネガティブコントロール(n=1)を、PN(+)はFnep×4PN会合体(n=3)を、PN(-)はFタンパク質の中和エピトープの4重融合タンパク質(n=3)を、「Not immunized」はポジティブコントロール(n=3)を示している。縦軸は、回収した肺組織におけるRSウイルスの力価(PFU/50mg肺組織)である。
図10により、Fnep×4PN会合体を投与したラットは、RSウイルス感染ラット(ポジティブコントロール)と比較して、RSウイルス感染を36%程度、有意差(P<0.0001)を伴って抑制した。
【0111】
この結果より、実施例3のRSウイルスの構造タンパク質であるFタンパク質の中和エピトープの4重融合タンパク質会合体を用いたニードルワクチンにおいても、粘膜免疫誘導、細胞性免疫誘導などの局所的免疫誘導が認められることが明らかになった。しかしながら、非構造タンパク質を用いた本発明のワクチンの効果よりも弱い傾向も認められた。これは、Fタンパク質中和エピトープの4重融合タンパク質会合体で免疫され、誘導された、いわゆる粘膜上皮のムチン層に分泌されるセクレトリーIgA(sIgA)のウイルス中和効果だけでは、ウイルスの感染増殖を抑える力は限定的であることを示している。これに対して、本発明のワクチン(非構造タンパク質であるPタンパク質を用いた分子ニードル)では、本発明のワクチンで免疫することにより誘導される、細胞性免疫の働きにより、RSウイルスの感染増殖を、より効果的に抑制することができる。さらに、血液中のB細胞で合成されるIgA分子が、上皮細胞の基底膜側から粘膜上皮に向かって分泌される際、細胞内を通過する途上でPタンパク質とウイルスのポリメラーゼとの間で形成されるP-ポリメラーゼ複合体の形成が妨害されることが、本発明のワクチンにおけるさらなる効果となって現れると考えられる。
【0112】
ただし、例えば、実施例2のRSウイルスの非構造タンパク質であるPタンパク質を担持した本発明の会合体と、実施例3のRSウイルスの構造タンパク質であるFタンパク質の中和エピトープの4重融合タンパク質会合体等の構造蛋白質を担持させた分子ニードルを、組み合わせて有効成分としたコンポーネントワクチンは、これらの組合せによる相乗効果が期待される。
【配列表】