(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-17
(45)【発行日】2025-03-26
(54)【発明の名称】水素充填方法および水素脆化特性評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 17/02 20060101AFI20250318BHJP
G01N 3/18 20060101ALI20250318BHJP
【FI】
G01N17/02
G01N3/18
(21)【出願番号】P 2019047572
(22)【出願日】2019-03-14
【審査請求日】2021-11-04
【審判番号】
【審判請求日】2023-10-04
(31)【優先権主張番号】P 2018072085
(32)【優先日】2018-04-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】千田 徹志
(72)【発明者】
【氏名】崎山 裕嗣
(72)【発明者】
【氏名】富松 宏太
(72)【発明者】
【氏名】小林 憲司
(72)【発明者】
【氏名】大村 朋彦
【合議体】
【審判長】宮澤 浩
【審判官】萩田 裕介
【審判官】三崎 仁
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-219532(JP,A)
【文献】特開2001-003142(JP,A)
【文献】特開2016-057163(JP,A)
【文献】長瀬 拓,他4名, 残留オーステナイトを含む高強度鋼の水素脆化と相変態に起因するき裂発生点の局所解析, 鉄と鋼, 日本, 2016年, 発行日, Vol 102, No. 9, p.60-69
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N17/00-19/10, C21B3/00-C25F7/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属相中にbcc相およびbct相から選択される1種以上を、合計の体積%で、95%以上含む
鋼からなる試料への水素充填方法であって、
(a)前記試料および対極を電解液に浸漬する工程と、
(b)前記電解液の温度Tc(℃)を、前記試料の厚さt(mm)との関係で、下記(i)式を満足し、さらに下記(iii)式を満足するように調整する工程と、
(c)前記試料と前記対極との間に電位差を生じさせて、前記試料に電気化学的に水素を充填する工程と、を備える、
水素充填方法。
Tc<20×ln(t)+55 ・・・(i)
Tc≦18 ・・・(iii)
【請求項2】
前記(b)の工程において、前記電解液の温度を、さらに下記(ii)式を満足するように調整する、
請求項1に記載の水素充填方法。
Tc<10×ln(t)+30 ・・・(ii)
【請求項3】
前記(b)の工程において、前記電解液の温度を、前記電解液中の溶質のイオンの質量モル濃度m(mol/kg)との関係で、さらに下記(iv)式を満足するように調整する、
請求項1または請求項2に記載の水素充填方法。
-1.86×m<Tc ・・・(iv)
【請求項4】
前記(b)の工程において、前記試料と前記対極との距離を、0mmを超えて100mm以下に調整する、
請求項1から請求項3までのいずれかに記載の水素充填方法。
【請求項5】
試料の水素脆化特性を評価する方法であって、
請求項1から請求項4までのいずれかに記載される(a)~(c)の工程と、
(d)前記試料に含まれる水素濃度を測定する工程と、を備える、
水素脆化特性評価方法。
【請求項6】
試料の水素脆化特性を評価する方法であって、
請求項1から請求項4までのいずれかに記載される(a)~(c)の工程と、
(e)前記試料に対して応力を負荷する工程と、を備える、
水素脆化特性評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素充填方法および水素脆化特性評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高強度鋼の開発において、水素により強度および靭性が劣化する水素脆化が大きな問題となっている。しかし、水素脆化に関係する材料組織的な変化は定かでなく、水素脆化のメカニズム解明が求められている。そして、そのためには、効率的に水素を鋼中に充填する方法の確立が必要となる。
【0003】
鋼中に水素を充填する方法として、電気化学的に水素チャージを行う方法が一般的に用いられている(例えば、特許文献1~4を参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2004-309197号公報
【文献】特開2013-124998号公報
【文献】特開2013-124999号公報
【文献】特開2016-57163号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の方法においては、電解液中に試料および対極を浸漬し、それらの間に電位差を生じさせることによって、電気化学的に水素を試料に充填する。しかしながら、上記の文献においては、水素チャージを行う際の試験条件について十分に検討がなされておらず、より効率的に水素を試料中に充填するためには、改善の余地が残されている。
【0006】
本発明は、上記の問題を解決し、試料に効率的に水素を充填することができる方法、およびそれにより水素が充填された試料の水素脆化特性を評価する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記の問題を解決するためになされたものであり、下記の水素充填方法および水素脆化特性評価方法を要旨とする。
【0008】
(1)金属相中にbcc相およびbct相から選択される1種以上を、合計の体積%で、95%以上含む金属からなる試料への水素充填方法であって、
(a)前記試料および対極を電解液に浸漬する工程と、
(b)前記電解液の温度Tc(℃)を、前記試料の厚さt(mm)との関係で、下記(i)式を満足するように調整する工程と、
(c)前記試料と前記対極との間に電位差を生じさせて、前記試料に電気化学的に水素を充填する工程と、を備える、
水素充填方法。
Tc<20×ln(t)+55 ・・・(i)
【0009】
(2)前記(b)の工程において、前記電解液の温度を、さらに下記(ii)式を満足するように調整する、
上記(1)に記載の水素充填方法。
Tc<10×ln(t)+30 ・・・(ii)
【0010】
(3)前記(b)の工程において、前記電解液の温度を、さらに下記(iii)式を満足するように調整する、
上記(1)または(2)に記載の水素充填方法。
Tc≦18 ・・・(iii)
【0011】
(4)前記(b)の工程において、前記電解液の温度を、前記電解液中の溶質のイオンの質量モル濃度m(mol/kg)との関係で、さらに下記(iv)式を満足するように調整する、
上記(1)から(3)のいずれかに記載の水素充填方法。
-1.86×m<Tc ・・・(iv)
【0012】
(5)前記(b)の工程において、前記試料と前記対極との距離を、0mmを超えて100mm以下に調整する、
上記(1)から(4)までのいずれかに記載の水素充填方法。
【0013】
(6)試料の水素脆化特性を評価する方法であって、
上記(1)から(5)までのいずれかに記載される(a)~(c)の工程と、
(d)前記試料に含まれる水素濃度を測定する工程と、を備える、
水素脆化特性評価方法。
【0014】
(7)試料の水素脆化特性を評価する方法であって、
上記(1)から(5)までのいずれかに記載される(a)~(c)の工程と、
(e)前記試料に対して応力を負荷する工程と、を備える、
水素脆化特性評価方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、試料に水素を効率的に充填することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の一実施形態に係る水素充填方法および水素脆化特性評価方法について、詳細に説明する。
【0017】
本発明の一実施形態に係る水素充填方法は、(a)浸漬工程、(b)調整工程、および(c)水素充填工程を備える。各工程について詳しく説明する。
【0018】
(a)浸漬工程
浸漬工程においては、試料および対極を電解液に浸漬する。本発明において、試料は、金属相中にbcc相およびbct相から選択される1種以上を、合計の体積%で、95%以上含む金属からなるものである。すなわち、金属相中に含まれるfcc相の体積率は5%以下となる。なお、bcc相にはフェライト、低炭素マルテンサイト等が含まれ、bct相には高炭素マルテンサイトが含まれる。また、fcc相としては、オーステナイトが挙げられる。また、試料の形状については特に制限はない。例えば、板状であってもよいし、円柱状であってもよい。
【0019】
試料の寸法についても特に制限はないが、水素濃度測定の精度を安定させる観点から、0.5g以上であるのが好ましく、1g以上であるのがより好ましい。なお、試料表面に汚れまたは酸化皮膜等が付着していると、水素の充填が阻害されるおそれがある。そのため、試料表面は洗浄し、汚れおよび酸化皮膜等は除去しておくことが望ましい。
【0020】
また、対極の材質についても特に制限はないが、例えば白金を用いることができる。対極の形状については特に制限はなく、例えば、線状(棒状)または板状のものを用いればよい。なお、試料全体に効率的に水素を充填するためには、試料の表面積に対する対極の表面積が下記(a)式を満足することが好ましい。
S2/S1≧0.1 ・・・(a)
但し、(a)式中の各記号の意味は以下のとおりである。
S1:試料の表面積(mm2)
S2:対極の表面積(mm2)
【0021】
さらに、電解液の成分については特に制限はなく、酸性、中性またはアルカリ性のいずれでも構わない。簡便に準備できかつ導電しやすいものとしてNaCl水溶液が好ましい。この時、導通が取れればNaClの濃度は問わないが、例えば、0.5質量%以上とすることが好ましい。
【0022】
加えて、水素をより多量に充填したい場合は、HCl、H2SO4などの酸を用いてもよく、また、触媒毒であるチオシアンアンモニウム(NH4SCN)、チオ尿素などを水溶液に加えてもよい。一方、試料の腐食抑制の観点から、NaOHなどのアルカリ水溶液を用いてもよい。
【0023】
(b)調整工程
調整工程においては、電解液の温度を調整する。上述のように、本発明において、試料はbcc相および/またはbct相を主体とする金属からなるものを対象としている。bcc相および/またはbct相に充填される水素の多くは転位等の欠陥にトラップされており、低温ほどトラップ水素量は増加する。
【0024】
一方、後述の水素充填工程終了後、水素脆化特性評価のため水素量測定等を行うまでの間に、試料表面からの水素の放散が起こる。しかし、試料の温度を低くすることにより、試料からの水素の放散を低減することができる。そして、電解液の温度を低くするほど、試料の温度は低くなる。
【0025】
ここで、試料の厚さが薄いほど、水素の放散による試料中の平均水素濃度の低下は大きい。したがって、試料の厚さが薄いほど、効率的な水素充填のために、水素充填量の増加および水素放散の低減が求められる。以上より、本発明者らが検討を行った結果、試料の厚さに応じて電解液の温度を低く調整することにより、水素を効率的に充填できることが分かった。
【0026】
具体的には、電解液の温度をTc(℃)、試料の厚さをt(mm)とした場合において、電解液の温度を、下記(i)式を満足するように調整する。
Tc<20×ln(t)+55 ・・・(i)
【0027】
また、電解液の温度は、さらに下記(ii)式を満足するように調整することが好ましく、下記(iii)式を満足するように調整することがより好ましい。
Tc<10×ln(t)+30 ・・・(ii)
Tc≦18 ・・・(iii)
【0028】
なお、電解液の温度は、0℃以下の温度であってもよい。ただし、電解液の温度を凝固点以上とするためには、電解液の温度Tc(℃)を、電解液中の溶質のイオンの質量モル濃度m(mol/kg)との関係で、下記(iv)式を満足するように調整することが好ましい。
-1.86×m<Tc ・・・(iv)
【0029】
本発明においては、強酸と強塩基とから生成する塩については電離度を1とし、弱酸と弱塩基、弱酸と強塩基、または強酸と弱塩基から生成する塩については電離度から、イオンの質量モル濃度を計算するものとする。
【0030】
電解液の冷却は、投げ込み式クーラーまたは冷媒循環装置などを用い、設定した温度に維持する。また、設定温度に対して室温が上下に変化する場所で実施する場合は、ヒーターおよびクーラーを同時に稼働できるように装置を組み立てる等により、温度が維持できるように注意する。
【0031】
ここで、本発明において、試料の内部の任意の点から試料表面までの長さが最短となる距離をLとし、Lの最大値をLmaxとした時に、2Lmaxを試料の厚さと定義する。すなわち、試料が板状の場合には板厚が、また、円柱状の場合には直径が、それぞれの厚さとなる。
【0032】
さらに、bcc相およびbct相の合計体積率は、試料が鋼の場合は、以下の方法により求めるものとする。まず、試料を1200番エミリー紙で研磨し、次いで、室温のフッ酸および過塩素酸の混酸溶液に浸漬して化学研磨することにより、厚さの4分の1を除去する。次に、研磨を施した試料表面に、矢澤武男ら(鉄と鋼、Vol.83(1997)No.1、pp.60-65)に準拠した方法でX線回折測定(Cu対陰極、管電圧30kV、管電流100mA)を実施し、fcc相に関しては(111)、(200)および(220)、bcc相またはbct相に関しては(110)、(200)および(211)のピーク強度を求め、矢澤武男らに準拠した方法でfcc相の体積率を算出する。そして、得られた値を100%から差し引くことによって、bcc相およびbct相の合計体積率を求める。
【0033】
また、試料が鋼以外の金属の場合は、上記と同様の方法により研磨およびX線回折測定を行い、100%からfcc相およびhcp相の体積率を差し引くことにより、bcc相およびbct相の合計体積率を求める。
【0034】
調整工程においては、さらに、試料と対極との距離を調整してもよい。これまで、試料と対極との距離については、実験結果に大きく影響を及ぼす要素としては考えておらず、特別な検討はなされてこなかった。また、一般的には、発生する電界の均一性の観点からある程度の距離を確保すべきと考えられてきた。
【0035】
しかしながら、本発明者らが、試料および対極の距離と水素充填量との関係について検討を行った結果、従来の考えとは異なり、接触しない範囲で距離が近いほど水素充填量が増加する傾向にあることを見出した。
【0036】
そのため、本発明においては、調整工程において、試料と対極との距離を、0mmを超えて100mm以下に調整することが好ましい。上記の距離は短ければ短い方が好ましく、50mm以下であることが好ましく、10mm以下であることがより好ましく、5mm以下であることがさらに好ましい。なお、試料と対極との接触を避ける必要があるため、その距離は1mm以上であることが好ましい。
【0037】
ここで、本発明において、試料と対極との距離とは、試料の表面上の任意の点と対極の表面上の任意の点との最短距離を指すものとする。
【0038】
(c)水素充填工程
水素充填工程においては、試料と対極との間に電位差を生じさせて、試料に電気化学的に水素を充填する。具体的には、試料および対極を、電線等を介して外部電源に接続し、試料と対極との間に電位差を生じさせて、試料を対極に対して負電位にすることによって、試料に水素が充填される。この際、例えば、外部電源にポテンショ/ガルバノスタットを用いることで、水素の充填を電流制御(定電流)で行うことができる。
【0039】
(d)水素濃度測定工程
本発明の一実施形態に係る水素脆化特性評価方法においては、上述の(a)~(c)の工程に加えて、試料に含まれる水素濃度を測定する工程を備える。水素濃度の測定は、上述の方法によって試料に水素を充填した後に行ってもよいし、水素充填の前後の両方で行ってもよい。水素脆化特性を評価するための重要なパラメータの1つである試料中の水素濃度を測定することにより、試料の水素脆化特性を評価することが可能となる。
【0040】
試料中の水素濃度の測定方法については特に制限はなく、例えば、ガスクロマトグラフ式昇温脱離水素分析装置(TDA)を用いて、試料を100℃/hの昇温速度で400℃まで加熱した後、放出された水素量を測定することにより求めることができる。
【0041】
(e)応力負荷工程
本発明の他の実施形態に係る水素脆化特性評価方法においては、上述の(a)~(c)の工程に加えて、試料に対して応力を負荷する工程を備える。試料に対する応力の負荷は、上述の方法によって試料に水素を充填した後に行ってもよいし、水素充填しながら行ってもよい。試料に負荷する応力の種類については特に制限されず、引張応力、圧縮応力、曲げ応力、ねじり応力のいずれであってもよい。そして、例えば、破断が生じた際の応力を測定することによって、試料の水素脆化特性を直接的に評価することが可能である。
【0042】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0043】
低合金鋼であり、bcc相の体積率が95%以上であるJIS SCM435鋼を試料として用いて、水素の充填を行った。試料の寸法および形状は、長さ20mm、幅10mm、厚さ0.2~1.0mmの薄板状とした。対極には、長さ30mm、幅10mm、厚さ0.2mmの薄板状の白金を用いた。そして、電解液には、試験No.1~9では3%NaCl、試験No.10~12では5%NaCl水溶液を使用し、表1に示す温度に調整した。
【0044】
そして、電解液に上記の試料および対極を浸漬した後、試料と対極とが互いに平行であり、距離が30mmとなるようにそれぞれ配置した。そして、外部電源を用いて試料と対極との間に電位差を生じさせて、試料を対極に対して負電位にした。なお、外部電源としてはポテンショ/ガルバノスタットを用い、電流密度を1.0mA/cm2とした。また、充填時間は24時間で一定とした。
【0045】
【0046】
その後、各試料中に充填された水素濃度の測定を行った。具体的には、TDAを用いて、試料を100℃/hの昇温速度で400℃まで加熱した後、放出された水素量を測定することにより、試料中に充填された水素濃度を求めた。その結果を表1に併せて示す。
【0047】
表1を参照して、電解液の温度が(i)式を満足しない試験No.3、7および9においては、充填された水素濃度がそれぞれ0.16ppm、0.11ppmおよび0.15ppmと低い結果となった。それに対して、(i)式を満足する本発明例の試験No.1、2、4~6、8および10~12では、水素濃度が0.20ppm以上となり良好な結果となった。特に電解液の温度を18℃以下にした試験No.1、5、8および10~12では、水素濃度が0.30ppm以上となり著しく良好な結果となった。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明によれば、試料に水素を効率的に充填することが可能となる。また、本発明に係る水素充填方法を採用することにより、水素脆化特性の評価を効率的に行うことが可能となり、水素脆化のメカニズム解明に寄与することができる。