(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-17
(45)【発行日】2025-03-26
(54)【発明の名称】二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤ
(51)【国際特許分類】
B23K 35/368 20060101AFI20250318BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20250318BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20250318BHJP
C22C 38/58 20060101ALN20250318BHJP
【FI】
B23K35/368 B
B23K35/30 320B
B23K35/30 A
C22C38/00 302H
C22C38/58
(21)【出願番号】P 2021057352
(22)【出願日】2021-03-30
【審査請求日】2023-10-05
(73)【特許権者】
【識別番号】302040135
【氏名又は名称】日鉄溶接工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120868
【氏名又は名称】安彦 元
(72)【発明者】
【氏名】行方 飛史
(72)【発明者】
【氏名】大塚 貴之
(72)【発明者】
【氏名】植平 一洋
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-130762(JP,A)
【文献】特開2017-131912(JP,A)
【文献】特開2020-199534(JP,A)
【文献】特開2020-131234(JP,A)
【文献】特開2008-221292(JP,A)
【文献】特開2011-125875(JP,A)
【文献】特開2015-120174(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/368
B23K 35/30
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼外皮にフラックスを充填してなる二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤにおいて、
ワイヤ全質量に対する質量%で、ステンレス鋼外皮とフラックスとの合計で、
Si:0.10~0.90%、
Mn:0.5~2.0%、
Ni:7~11%、
Cr:22~27%、
Mo:0.1~4.0%、
Ti:0.2~1.2%、
Co:0.01~0.30%、
N:0.08~0.20%を含有し、
C:0.04%以下、
Cu:0.5%以下であり、
さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、
Ti酸化物のTiO
2換算値の合計:3~9%、
Si酸化物のSiO
2換算値の合計:0.5~3.0%、
金属弗化物のF換算値の合計:0.1~0.5%、
Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上:Na
2O換算値とK
2O換算値の合計で0.1~1.0%、
Bi及びBi酸化物の一方または両方:Bi換算値の合計で0.01~0.06%を含有し、
Al酸化物のAl
2O
3換算値の合計:0.1%以下、
Zr酸化物のZrO
2換算値の合計:0.1%以下で、
前記Cr、Mo、Nの含有量が下記(1)式から求められるPRE値が28~37であり、 残部がステンレス鋼外皮のFe、フラックスの鉄粉、鉄合金からのFe分及び不純物であることを特徴とする二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤ。
PRE=[Cr]+3.3[Mo]+16[N]・・・(1)
(但し、[Cr]、[Mo]、[N]はワイヤ全質量に対する質量%)
【請求項2】
ワイヤ全質量に対する質量%で、ステンレス鋼外皮とフラックスの合計で、
Mn:0.5~1.0%未満であることを特徴とする請求項1に記載の二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二相ステンレス鋼の溶接に使用され、母材と同程度の強度と低温靭性及び耐食性が良好な溶接金属が得られ、ブローホール等の耐欠陥性に優れ、かつ、アークが安定してスパッタ発生量が少ない等溶接作業性が良好な二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
二相ステンレス鋼は、オーステナイト相とフェライト相の両方の金属組織を有し、オーステナイト系ステンレス鋼よりNi含有量が低くかつ高強度といった特徴を有している。この二相ステンレス鋼の耐孔食性は、その化学成分組織に含まれるCr、Mo、N、Wの質量%を基にして、耐孔食性指数PRE(Cr+3.3Mo+16N)やPREW(Cr+3.3(Mo+0.5W)+1.6N)を用いて分類されている。従来の二相ステンレス鋼であるSUS329J3LやSUS329J4Lは、高耐食オーステナイト系汎用ステンレス鋼SUS316Lより、耐孔食性が高い鋼板であり高価なMoを多く含有することから合金コストが高く、ケミカルタンカー材のような特に高い耐食性を必要とする用途に適用される。
【0003】
近年、オーステナイト系ステンレス鋼のSUS304やSUS316Lの代替とした耐孔食性指数PREの低い安価な省合金二相ステンレス鋼が開発されている。省合金二相ステンレス鋼は、耐食性をSUS304及びSUS316Lステンレス鋼並に抑える代わりに、高価なNi、MoをCr、Mn及びNに置換えて低合金化させた鋼種である。このように二相ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼のSUS304やSUS316Lより、高耐食及び高強度という優れた特性を有し、土木分野の構造用部材やダム構造材及び水門などのインフラ設備に広く適用されている。一方、適用溶接材料は、これら鋼材の耐食性指数に対して同等もしくはそれ以上の指数を有し、安価であり良好な溶接金属性能及び溶接作業性が求められている。
【0004】
このような状況の中で特に高能率に溶接でき、全姿勢溶接で溶接作業性が良好なフラックス入りワイヤの開発が望まれている。しかし、Nを多く含有する二相ステンレス鋼を溶接した場合、ブローホール等の溶接欠陥が発生するという問題点がある。加えて、立向上進溶接において、ビード形状が凸状となる傾向にあり、グラインダーによる手直しの工程を追加する必要がある等の問題点があった。
【0005】
このような問題点を解決する技術として、例えば特許文献1に、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、Ti、N、Cuを規定すると共に、スラグ剤として、TiO2換算値、SiO2換算値、ZrO2換算値、Al2O3換算値、F換算値を規定して、強度及び靭性に優れ、ブローホール等の耐気孔欠陥性や耐食性が良好で全姿勢溶接性に優れるフラックス入りワイヤが開示されている。しかし、このフラックス入りワイヤは、アークが不安定でスパッタ発生量が多く、スラグ剥離性が不良である等、溶接作業性が不良であるという問題点があった。
【0006】
また、特許文献2には、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、Ti、Al、N、Cuを規定すると共に、スラグ剤として、TiO2換算値とSiO2換算値、ZrO2換算値、Al2O3換算値、F換算値、Bi換算値、Na2O及びK2O換算値を規制して、母材と同程度の強度及び靭性に優れた溶接金属が得られ、ブローホール等の耐気孔欠陥性に優れ、耐孔食性が良好で、かつ全姿勢溶接での溶接作業性が良好な二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤが開示されている。しかし、このフラックス入りワイヤにおいても、アークが不安定でスパッタ発生量が多い等、良好な溶接作業性が得られないという問題点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2017-131912号公報
【文献】特開2018-130762号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、二相ステンレス鋼の溶接に使用され、母材と同程度の強度と低温靭性及び耐食性が良好な溶接金属が得られ、ブローホール等の耐欠陥性に優れ、かつ、アークが安定してスパッタ発生量が少ない等、溶接作業性が良好な二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の要旨は、ステンレス鋼外皮にフラックスを充填してなる二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、ステンレス鋼外皮とフラックスとの合計で、Si:0.10~0.90%、Mn:0.5~2.0%、Ni:7~11%、Cr:22~27%、Mo:0.1~4.0%、Ti:0.2~1.2%、Co:0.01~0.30%、N:0.08~0.20%を含有し、C:0.04%以下、Cu:0.5%以下であり、さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、Ti酸化物のTiO2換算値の合計:3~9%、Si酸化物のSiO2換算値の合計:0.5~3.0%、金属弗化物のF換算値の合計:0.1~0.5%、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上:Na2O換算値とK2O換算値の合計で0.1~1.0%を含有し、Bi及びBi酸化物の一方または両方:Bi換算値の合計で0.01~0.06%を含有し、Al酸化物のAl2O3換算値の合計:0.1%以下、Zr酸化物のZrO2換算値の合計:0.1%以下で、前記Cr、Mo、Nの含有量が下記(1)式から求められるPRE値が28~37であり、残部がステンレス鋼外皮のFe、フラックスの鉄粉、鉄合金からのFe分及び不可避不純物であることを特徴とする。
PRE=[Cr]+3.3[Mo]+16[N]・・・(1)
(但し、[Cr]、[Mo]、[N]はワイヤ全質量に対する質量%)
【0010】
また、ワイヤ全質量に対する質量%で、ステンレス鋼外皮とフラックスの合計で、Mn:0.5~1.0%未満であることも特徴とする二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤにある。
【発明の効果】
【0011】
本発明の二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤによれば、二相ステンレス鋼の溶接において、母材と同程度の強度と低温靭性及び耐食性が良好な溶接金属が得られ、ブローホール等の耐欠陥性に優れ、かつ、アークが安定してスパッタ発生量が少ない等溶接作業性が良好な二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】電圧変動を測定することにより測定するアーク安定性を評価する例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、溶接金属の強度、靭性及び耐食性を向上するため、Ni及びCrを調整しオーステナイトとフェライトが残存する二相組織が得られ成分系を基本とし、さらに全姿勢溶接においてもビード形状が平滑で、かつアークが安定してスパッタ発生量が少なく、スラグ剥離性及びビード形状観が良好な優れた溶接作業が得られる溶接用フラックス入りワイヤの成分組成について詳細に検討した。
【0014】
フェライト生成元素であるCrの含有量について検討した結果、溶接金属中のCr含有量の増加に伴いフェライト組織の晶出量が多くなり、フェライト粒内にオーステナイトが析出する二相組織となり安定して強度が高くなるといった効果が得られた。一方、Cr含有量が適正量を超えた場合、オーステナイトの析出量が少なくなりオーステナイトに固溶していた窒素は、フェライト相中に過飽和の状態で残存する。その結果、溶接による再熱によりCr窒化物を生成し、靭性が劣化するといった問題が生じた。そこで、Cr窒化物の抑制を目的とし、フェライト相より固溶度の高いオーステナイト相を適正量析出させるため、Niを添加することによって、オーステナイト組織をより安定させ靭性を改善するといった知見が得られた。耐食性は、Ni、Cr、Mo、Nの含有量を適量とすることで、溶接金属のオーステナイト組織を安定化させて耐食性を改善でき、さらに、Cr、Mo、Nの含有量をさらに限定することによって耐食性をさらに改善できることを見出した。
【0015】
また、アークの安定性は、Co、Si酸化物、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の適量添加により改善し、スパッタ発生量の低減は、金属弗化物の適量添加とMn添加量の低減により改善できることを見出した。
【0016】
さらに、N量の増加に伴い、ビード表面の一部に溶接スラグが残り、スラグ剥離性が低下するといった問題が確認された。そこでスラグ成分系であるZr酸化物を低減することでスラグ剥離性を改善するといった知見が得られた。
【0017】
本発明は、ステンレス鋼外皮及び充填フラックスの各成分組成それぞれの単独および共存による相乗効果によりなし得たものであるが、以下にそれぞれの各成分組成の添加理由および限定理由を述べる。なお、各成分組成の含有量は、質量%で表すものとし、その質量%に関する記載を単に%として表すこととする。
【0018】
[ステンレス鋼外皮とフラックスの合計でSi:0.10~0.90%]
Siは、ステンレス鋼外皮、金属Si、Fe-Si及びFe-Si-Mn等から添加され、脱酸作用によってブローホール等の耐欠陥性を改善する効果を有する。Siが0.10%未満では、脱酸作用が得られず、ブローホールに等の気孔欠陥が生じ易くなる。一方、Siが0.90%を超えると、低融点化合物を生成して高温割れが生じやすくなる。従って、Siは0.10~0.90%とする。
【0019】
[ステンレス鋼外皮とフラックスの合計でMn:0.5~2.0%]
Mnは、ステンレス鋼外皮、金属Mn、Fe-Mn、Fe-Si-Mn及び窒化Mn等から添加され、溶接金属中のSをMnSとして固定し耐高温割れ性を改善する効果を有する。Mnが0.5%未満では、耐高温割れ性を十分に得られない。一方、Mnが2.0%を超えると、スパッタ発生量が増加する。従って、Mnは0.5~2.0%とする。
【0020】
さらに、Mnを少なくすることによってスパッタ発生量をさらに低減することができ、好ましくはMnを0.5~1.0%未満とする。
【0021】
[ステンレス鋼外皮とフラックスの合計でNi:7~11%]
Niは、ステンレス鋼外皮に含まれる成分の他、フラックスから金属Ni及びFe-Ni等から添加され、オーステナイト相を安定化させて耐食性を改善するとともに、溶接金属の靭性を改善する効果を有する。Niが7%未満では、オーステナイトの析出量が少なくなりオーステナイトに固溶していた窒素は、フェライト相中に過飽和の状態で残存するため、溶接による再熱によりCr窒化物を生成し、溶接金属の耐食性及び靭性が低下する。一方、Niが11%を超えると、オーステナイトの晶出量が増加し、溶接金属の強度が低下する。従って、Niは7~11%とする。
【0022】
「ステンレス鋼外皮とフラックスの合計でCr:22~27%」
Crは、ステンレス鋼外皮に含まれる成分の他、フラックスから金属Cr、Fe-Cr及び窒化Cr等から添加され、溶接金属のフェライト相を安定させ、耐食性及び強度を改善する効果を有する。Crが22%未満では、溶接金属の耐食性及び強度を十分に得ることができない。一方、Crが27%を超えると、溶接金属中のフェライトの晶出量が増加し、またσ相などの脆化組織を析出させ靭性が低下する。従って、Crは22~27%とする。
【0023】
[ステンレス鋼外皮とフラックスの合計でMo:0.1~4.0%]
Moは、ステンレス鋼外皮に含まれる成分の他、フラックスから金属Mo及びFe-Mo等から添加され、溶接金属の耐食性を良好にする効果と固溶強化によって強度を改善する効果を有する。Moが0.1%未満では、溶接金属の十分な耐食性と強度が得られない。一方、Moが4.0%を超えると、溶接金属中のσ相などの脆化組織を析出させ靭性が低下する。従って、Moは0.1~4.0%とする。
【0024】
[ステンレス鋼外皮とフラックスの合計でTi:0.2~1.2%]
Tiは、ステンレス鋼外皮に含まれる成分の他、フラックスから金属Ti及びFe-Ti等から添加され、脱酸作用によってブローホール等の耐欠陥性を改善する効果を有する。Tiが0.2%未満では、脱酸作用が得られず、ブローホール等の気孔欠陥が生じやすくなる。一方、Tiが1.2%を超えると、溶滴移行が円滑に行われず、溶滴が大きく成長して移行して、アークが不安定になる。従って、Tiは0.2~1.2%とする。
【0025】
[ステンレス鋼外皮とフラックスの合計でCo:0.01~0.30%]
Coは、ステンレス鋼外皮に含まれる成分の他、フラックスから金属Co及びFe-Co等から添加され、電離電圧を調整し、アーク安定性を向上させる効果を有する。Coが、0.01%未満では、十分なアーク安定性が得られない。一方、Coが0.30%を超えると、溶接金属の靭性が低下する。従って、Coは0.01~0.30%とする。
【0026】
[ステンレス鋼外皮とフラックスの合計でN:0.08~0.20%]
Nは、ステンレス鋼外皮に含まれる成分の他、フラックスから窒化Cr及び窒化Mn等から添加され、溶接金属のオーステナイト組織を安定化させると共に、固溶強化元素であり溶着金属の強度を高めるとともに、耐食性を改善する効果を有する。Nが0.08%未満では、溶接金属の十分な強度及び耐食性が得られない。一方、Nが0.20%を超えると、スラグの焼付きが発生しスラグ剥離性が不良となる。
【0027】
[ステンレス製外皮とフラックスの合計でC:0.04%以下]
Cは、ステンレス鋼外皮に含まれる成分の他、フラックスから金属粉や鉄合金から添加され、溶接金属の強度を向上する効果を有するが、過剰に添加されるとCr及びMo等と化合して炭化物を生成し、溶接金属の靭性を低下するので0.04%以下とする。
【0028】
[ステンレス製外皮とフラックスの合計でCu:0.5%以下]
Cuは、ステンレス鋼外皮に含まれる成分の他。フラックスから金属Cu等から添加される。微量添加で溶接金属のオーステナイト組織を安定化させて靭性を改善する効果があるが、過剰に添加すると耐高温割れ性を低下させるため0.5%以下とする。
【0029】
[フラックス中のTi酸化物のTiO2換算値の合計:3~9%]
Ti酸化物は、アークによって発生するスラグ量及び融点を調整し、立向上進溶接時のビード形状を改善する効果を有する。Ti酸化物のTiO2換算値の合計が3%未満では、十分なスラグ量が得られず、立向上進溶接時に溶融金属の保持が困難になるため、ビード形状が凸となる。一方、Ti酸化物のTiO2換算値の合計が9%を超えると、溶接中に発生するスラグ量が過多となり、スラグ被包性が悪くなる。従って、Ti酸化物のTiO2換算値の合計は、3~9%とする。なお、Ti酸化物は、フラックスからのルチール、酸化チタン、チタンスラグ、イルミナイト、チタン酸カリ及びチタン酸ソーダ等から添加できる。
【0030】
[フラックス中のSi酸化物のSiO2換算値の合計:0.5~3.0%]
Si酸化物は、溶滴移行間隔を調整し、アーク安定性を改善する効果を有する。Si酸化物のSiO2換算値の合計が0.5%未満では、溶滴が大きく成長し、十分なアーク安定性が得られない。一方、Si酸化物のSiO2換算値の合計が3.0%を超えると、スラグ剥離性が悪くなる。従って、Si酸化物のSiO2換算値の合計は0.5~3.0%とする。なお、Si酸化物は、フラックスからの硅砂、硅石の他、カリ長石、ジルコンサンド、珪酸ソーダ等から添加できる。
【0031】
[フラックス中の金属弗化物のF換算値の合計:0.1~0.5%]
金属弗化物は、溶滴移行を円滑にし、スパッタ発生量を低減する効果を有する。金属弗化物のF換算値の合計が0.1%未満では、溶滴移行時にスパッタ発生量を低減する効果が得られない。一方、金属弗化物のF換算値の合計が0.5%を超えると、スラグの融点が低下してビード形状が悪くなる。従って、金属弗化物のF換算値の合計は0.1~0.5%とする。なお、金属弗化物は、NaF、LiF、CaF2、AlF3、K2ZrF6、K2SiF6等から添加でき、F換算値はそれらに含有されるF含有量の合計である。
【0032】
[フラックス中のNa酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上:Na2O換算値とK2O換算値の合計で0.1~1.0%]
Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物は、アーク安定性を改善する効果を有する。Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上のNa2O換算値とK2O換算値の合計が0.1%未満では、十分な効果が得られずアークが不安定になる。一方、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上のNa2O換算値とK2O換算値の合計が1.0%を超えると、スパッタ発生量が増加する。従って、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上のNa2O換算値とK2O換算値の合計は、0.1~1.0%とする。なお、Na酸化物及びK酸化物は、珪酸ソーダや珪酸カリからなる水ガラスの固質成分、カリ長石、ソーダ長石から、Na弗化物及びK弗化物は、NaF、KF、K2SiF6、Na2AlF6等の粉末から添加できる。
【0033】
[フラックス中のBi及びBi酸化物の一方または両方:Bi換算値の合計で0.01~0.06%]
Biは、スラグ剥離性を改善する効果を有する。Bi及びBi酸化物の一方または両方のBi換算値の合計が0.01%未満では、スラグの焼付きが発生し、十分なスラグ剥離性が得られない。一方、Bi及びBi酸化物の一方または両方のBi換算値の合計が0.06%を超えると、凝固中に低融点化合物を生成し耐高温割れ性が悪くなる。従って、Bi及びBi酸化物の一方または両方のBi換算値の合計は0.01~0.06%とする。なお、Bi及びBi酸化物は、金属Bi等の金属粉や酸化Bi等から添加できる。
【0034】
[フラックス中のAl酸化物のAl2O3換算値の合計:0.1%以下]
Al酸化物は、フラックス中のTi酸化物、カリ長石、硅砂等の不純物として含有され、Al酸化物のAl2O3換算値の合計が、0.1%を超えると、スラグ量が増加し、スラグ被包性を悪くする。
【0035】
[フラックス中のZr酸化物のZrO2換算値の合計:0.1%以下]
Zr酸化物は、Ti酸化物、カリ長石、硅砂の不純物として不可避に含有される。Nとの親和力が高く、0.1%を超えると、Nと結合し強固なスラグを生成し、ビード表面にスラグが焼付き現象が発生し、スラグ剥離性を悪くする効果を有する。従って、Zr酸化物のZrO2換算値の合計は、0.1%以下とする。
【0036】
[Cr、Mo、Nの含有量が(1)式から求められるPRE値が28~37]
PRE=[Cr]+3.3[Mo]+16[N]・・・(1)
(但し、[Cr]、[Mo]、[N]はワイヤ全質量に対する質量%)
PRE値は、二相ステンレス鋼の耐孔食性を、その化学成分組織に含まれるCr、Mo、N等の質量%を基にして指標化したものであり、耐孔食性指数PREと呼ばれる。PRE値が28未満であると溶接金属の十分な耐食性が得られない。一方、PRE値が37を超えると、溶接金属の靭性が低下する。従って、PRE値は28~37とする。
【0037】
本発明の二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤの残部は、ステンレス鋼外皮のFe、フラックスから成分調整のために添加する鉄粉、Fe-Si、Fe-Mn、Fe-Si-Mn,Fe-Ni、Fe-Cr、Fe-Mo、Fe-Co、Fe-Ti合金等の鉄合金からのFe分及び不純物である。不純物については特に限定しないが、Pは0.040%以下、Sは0.030%以下であることが強度及び靭性の確保から好ましい。
【0038】
本発明の二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤの製造方法について言及すると、例えば外皮を帯鋼より管状に成形する場合には、配合、撹拌、乾燥した充填フラックスをU形に成形した溝に満たした後丸形に成形し、所定のワイヤ径まで伸線する。この際、整形した外皮シームを溶接することで、シームレスタイプのフラックス入りワイヤとすることもできる。また外皮がパイプの場合には、パイプを振動させてフラックスを充填し、所定のワイヤ径まで伸線する。
【0039】
充填フラックスは、供給、充填が円滑に行えるように、固着剤(珪酸カリおよび珪酸ソーダの水溶液)を添加して造粒して用いることもできる。なお、フラックス充填率は特に限定しないが、生産性の観点からワイヤ全質量に対して18~28%であることが好ましい。
【実施例】
【0040】
以下、実施例により本発明を詳細に説明する。
【0041】
表1に示す化学成分のオーステナイト系ステンレス鋼外皮を用いて表2に示す各種組成の二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤを試作した。ワイヤ径は1.2mm、フラックス充填率はワイヤ全質量に対して20~26%とした。
【0042】
【0043】
【0044】
これらの試作ワイヤを用いて溶着金属試験、耐気孔性、耐割れ性、耐食性及び溶接作業性を調査した。
【0045】
溶着金属試験は、表3に示す鋼板記号B1の二相ステンレス鋼を用いてJIS Z 3111に準じて表4に示すT1の溶接条件で基づいて溶着金属試験を行った。溶接後、JIS Z 3106に基づいてX線透過試験を実施し、溶接部の気孔発生状況及び割れの有無を調べた。
【0046】
【0047】
【0048】
溶着金属性能は、溶着金属の板厚方向の中央部から引張試験片(A0号)及び衝撃試験片(Vノッチ試験片)を採取し、引張試験及び衝撃試験を行った。引張強さの評価は、690MPa以上を良好とした。衝撃試験の評価は、-20℃におけるシャルピー衝撃試験を各3本行い、吸収エネルギーの平均値が27J以上を良好とした。
【0049】
X線透過試験は、第1種のブローホールに類するきずの点数3点未満を良好とした。また、耐高温割れ感受性は、高温割れに類する第3種のきずの発生がないものを良好とした。
【0050】
耐食性の評価は、溶着金属試験後の溶接試験体に、ASTM G48 METHODEに準拠して腐食試験を行い、臨界孔食発生温度(以下、CPTという。)が25℃以上を良好とした。
【0051】
溶接作業性は、まず、スパッタ発生量の測定及びアークの安定性を表3に示す鋼板記号B2の二相ステンレス鋼を用いて、表4の溶接条件T2でビードオンプレート溶接試験を実施した。スパッタ発生量は、銅製の捕集箱を用いて、1分間溶接した際のスパッタ発生量を測定することにより、単位時間当たりの値(g/min)を求めた。なお、スパッタの測定は5回測定した平均値とし、1g/min以下を良好とした。アークの安定性は、スパッタ発生量の測定中に10秒間電圧変動を5回測定し、その電圧の大きさを介して評価した。評価は、
図1(a)に時系列的な電圧変動のチャートを示すように、平均電圧に対して±1Vを閾値としたとき、電圧変動が閾値を超える時間が測定時間(50秒)内で
10%以下の場合、アークが安定とする。これに対して、
図1(b)における時系列的な電圧変動のチャートを示すように、平均電圧に対して±1Vを閾値としたとき、電圧変動が閾値を超える時間が測定時間(50秒)内で10%を超える場合、アークは不安定とした。
【0052】
その他の溶接作業性は、表3に示す鋼板記号B1及びB2の二相ステンレス鋼を用いて表4の溶接条件T3で水平すみ肉溶接及び溶接条件T4で立向上進溶接を行い、スラグ被包性、スラグ剥離性及びビード形状を調査した。
【0053】
スラグ被包性は、目視で確認できるビード上のスラグが無い面積を推定し、ビード上にスラグが無い面積が10%以下を良好とした。スラグ剥離性は、溶接後、溶接ビード表面上の凝固スラグをチッピングハンマー(全長300mm、重さ350g)を用いて、持ち手を中心に円弧に軽い力で振り下ろして叩いた時に、スラグに亀裂が入りその後刷毛で簡単に除去できる場合を良好、スラグがビード表面に付着して取れない場合を不良とした。ビード形状は、溶接ビード健全部で手直しが必要なアンダーカットやオーバーラップがないものを良好とした。それらの結果を表5にまとめて示す。
【0054】
【0055】
表2及び表5中のワイヤNo.1~16が本願発明例、ワイヤNo.17~32は比較例である。本願発明例であるワイヤNo.1~16は、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、Ti、Co、N、C、Cu、Ti酸化物のTiO2換算値の合計、Si酸化物のSiO2換算値の合計、金属弗化物のF換算値の合計、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上のNa2O換算値とK2O換算値の合計、Bi及びBi酸化物の一方または両方のBi換算値の合計、Al酸化物のAl2O3換算値の合計、Zr酸化物のZrO2換算値の合計及びPRE値が適正であるので、溶着金属の引張強さ及び吸収エネルギー良好で、X線透過試験においても1類の傷の点数が低く耐孔食性及び第3類の傷がなく耐割れ性が良好で、CPTも25℃以上が得られ耐食性も良好であった。また、スパッタ発生量が少なくアーク安定性も良好であった。さらに、水平すみ肉及び立向上進溶接でのスラグ被包性、スラグ剥離性及びビード形状も良好であった。
【0056】
なお、Mnが1.0%未満のワイヤNo.1~4、No.6、No.8、No.10、No.12、No.13及びNo.16は、スパッタ発生量が0.6g/min以下であり、極めて満足な結果であった。
【0057】
比較例中ワイヤNo.17は、Cが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。また、Nが少ないので、溶着金属の引張強さが低く、CPTも温度が低く耐食性も不良であった。
【0058】
ワイヤNo.18は、Coが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。また、Nが多いので、スラグ剥離性が不良であった。
【0059】
ワイヤNo.19は、Siが少ないので、X線透過試験で1種の傷の点数が高かった。また、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上のNa2O換算値とK2O換算値の合計が少ないので、アークが不安定であった。
【0060】
ワイヤNo.20は、Siが多いので、X線透過試験で高温割れを示す3種の傷が生じた。また、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上のNa2O換算値とK2O換算値の合計が多いので、スパッタ発生量が多かった。
【0061】
ワイヤNo.21は、Mnが少ないので、X線透過試験で高温割れを示す3種の傷が生じた。また、Zr酸化物のZrO2換算値の合計が多いので、スラブ剥離性が不良であった。
【0062】
ワイヤNo.22は、Mnが多いので、スパッタ発生量が多かった。また、Al酸化物のAl2O3換算値の合計が多いので、スラグ被包性が不良であった。
【0063】
ワイヤNo.23は、Niが少ないので、溶着金属の吸収エネルギーが低値で、CPTも温度が低く耐食性も不良であった。また、金属弗化物のF換算値の合計が少ないので、スパッタ発生量が多かった。
【0064】
ワイヤNo.24は、Niが多いので、溶着金属の引張強さが低かった。また、金属弗化物のF換算値の合計が多いので、ビード形状が不良であった。
【0065】
ワイヤNo.25は、Crが少ないので、溶着金属の引張強さが低く、CPTも温度が低く耐食性も不良であった。また、Si酸化物のSiO2換算値の合計が少ないので、アークが不安定であった。
【0066】
ワイヤNo.26は、Crが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。また、Si酸化物のSiO2換算値の合計が多いので、スラグ剥離性が不良であった。
【0067】
ワイヤNo.27は、Moが少ないので、溶着金属の引張強さが低く、CPTも温度が低く耐食性も不良であった。また、Ti酸化物のTiO2換算値が少ないので、ビード形状が不良であった。
【0068】
ワイヤNo.28は、Moが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。また、Ti酸化物のTiO2換算値が多いので、スラグ被包性が不良であった。
【0069】
ワイヤNo.29は、Tiが少ないので、X線透過試験で1種の傷の点数が高かった。また、PRE値が低いので、溶着金属のCPTも温度が低く耐食性も不良であった。
【0070】
ワイヤNo.30は、Tiが多いので、アークが不安定であった。また、Cuが多いので、X線透過試験で高温割れを示す3種の傷が生じた。
【0071】
ワイヤNo.31は、Bi及びBi酸化物の一方または両方のBi換算値の合計が少ないので、スラグ剥離性が不良であった。また、PRE値が高いので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。
【0072】
ワイヤNo.32は、Coが少ないので、アークが不安定であった。また、Bi及びBi酸化物の一方または両方のBi換算値の合計が多いので、X線透過試験で高温割れを示す3種の傷が生じた。