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特許7652066検査方法、検査装置および検査プログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-18
(45)【発行日】2025-03-27
(54)【発明の名称】検査方法、検査装置および検査プログラム
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/68 20180101AFI20250319BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20250319BHJP
   C12Q 1/6813 20180101ALI20250319BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20250319BHJP
   C12Q 1/6869 20180101ALI20250319BHJP
   C12N 15/11 20060101ALN20250319BHJP
【FI】
C12Q1/68
C12M1/34 B
C12Q1/6813 Z
C12Q1/686 Z
C12Q1/6869 Z
C12N15/11 Z
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021507533
(86)(22)【出願日】2021-01-29
(86)【国際出願番号】 JP2021003311
(87)【国際公開番号】W WO2021153753
(87)【国際公開日】2021-08-05
【審査請求日】2023-10-03
(31)【優先権主張番号】P 2020013991
(32)【優先日】2020-01-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】吉本 真紀子
(72)【発明者】
【氏名】渥美 淳
(72)【発明者】
【氏名】宮野 敦子
(72)【発明者】
【氏名】岩▲崎▼ 千絵
【審査官】西澤 龍彦
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/175759(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/041726(WO,A1)
【文献】GLINGE, C et al.,Stability of Circulating Blood-Based MicroRNAs - Pre-Analytic Methodological Considerations,PLOS ONE,2017年,Vol. 12, No. 2, e0167969,pp. 1-16
【文献】GEORGIADIS, P et al.,Evolving DNA methylation and gene expression markers of B-cell chronic lymphocytic leukemia are present in pre-diagnostic blood samples more than 10 years prior to diagnosis,BMC Genomics,2017年,Vol. 18, No. 728,pp. 1-15
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
DNA、RNAまたはタンパク質である疾患マーカーを用いて検査装置によって膵臓癌および胆道癌を含む疾患の検査を行う検査方法であって、
被検体から採取した血液、血清または血漿である体液検体中の上記疾患マーカーを測定した測定結果を示すマーカーデータ、および該体液検体の調製条件を示す調製データを取得するデータ取得工程と、
取得した上記調製データを用いて、取得した上記マーカーデータの補正を行って補正後マーカーデータを取得する補正工程と、
前記検査装置の判別部により、上記補正後マーカーデータに基づき、上記被検体における疾患の罹患の有無を判別する判別工程とを含み、
上記補正後マーカーデータは、取得した上記調製データにおける指標と同じ種類の所定の調製条件における上記マーカーデータの値を推定したものであり、
上記補正工程では、同一指標の複数の上記調製データおよび各調製データに対応する複数の上記マーカーデータを用いた回帰分析により作成された回帰式を利用して、上記マーカーデータの補正を行い、
上記調製データが、上記被検体の情報を含み、該情報が、上記被検体の血球量に関する情報を含む、検査方法。
【請求項2】
上記調製データが、上記被検体の情報、上記体液検体の採取条件を示す情報、および上記疾患マーカーの測定前に上記体液検体に施された処理の条件情報から選択される少なくとも1つの情報を含む、請求項に記載の検査方法。
【請求項3】
上記体液検体に施された処理の条件が、上記体液検体を凍結保存するまでの時間、凍結保存時の温度、凍結保存している時間、および上記体液検体を遠心分離するまでの時間から選択される少なくとも1つの条件である、請求項に記載の検査方法。
【請求項4】
上記体液検体の採取条件を示す上記情報が、上記体液検体の採取に用いられた針の太さ、上記体液検体の採取に用いられた採血管の種類、および上記被検体における最終飲食から上記体液検体を採取するまでの時間から選択される少なくとも1つの情報である、請求項に記載の検査方法。
【請求項5】
上記被検体の上記情報が、上記被検体の人種に関する情報である、請求項に記載の検査方法。
【請求項6】
上記疾患マーカーが、miRNAである、請求項1~の何れか1項に記載の検査方法。
【請求項7】
上記マーカーデータが、マイクロアレイ、PCR又はシーケンシングから得られたデータである、請求項に記載の検査方法。
【請求項8】
DNA、RNAまたはタンパク質である疾患マーカーを用いて膵臓癌および胆道癌を含む疾患の検査を行う検査装置であって、
被検体から採取した血液、血清または血漿である体液検体中の上記疾患マーカーを測定した結果を示すマーカーデータ、および該体液検体の調製条件を示す調製データを取得するデータ取得部と、
取得した上記調製データを用いて、取得した上記マーカーデータの補正を行って補正後マーカーデータを取得する補正部とを備え、
上記補正後マーカーデータは、取得した上記調製データにおける指標と同じ種類の所定の調製条件における上記マーカーデータの値を推定したものであり、
上記補正部は、同一指標の複数の上記調製データおよび各調製データに対応する複数の上記マーカーデータを用いた回帰分析により作成された回帰式を利用して、上記マーカーデータの補正を行い、
上記調製データが、上記被検体の情報を含み、該情報が、上記被検体の血球量に関する情報を含む、検査装置。
【請求項9】
上記補正後マーカーデータに基づき、上記被検体における疾患の罹患の有無を判別する判別部をさらに備えている、請求項に記載の検査装置。
【請求項10】
請求項に記載の検査装置としてコンピュータを機能させるための検査プログラムであって、上記データ取得部および上記補正部としてコンピュータを機能させるための検査プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疾患マーカーを用いて疾患の検査を行う検査方法、検査装置および検査プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
疾患等の検査を目的とした、血液中に含まれるタンパク質、DNAおよびRNAの解析が、1960年代から行われている。特に2007年頃からは、miRNAを対象とした解析も盛んに行われるようになっている。近年、血清中miRNAの発現プロファイルからがん等の罹患有無を判定する取り組みが、世界中で実施されている。
【0003】
疾患の罹患に関係する、疾患の罹患の指標となるこれらの生体分子(疾患マーカー)を用いた検査では、検体の採取に伴う疾患マーカーの存在量の変動を抑える必要がある。例えば、特許文献1には、血清状態の検体を4℃で72時間または168時間保存した後、検体中の一部のmiRNAの存在量が大きく変動することが開示されている。そのため、検体の採取も含めた検査条件を揃えて実施する等、プロトコールを統一するといった工夫が一般的になされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開WO2017/146033
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
被検者検体のサンプリングは各医療機関で実施されるため、その条件は各機関により異なり得る。そのため、疾患マーカーの変動をもたらさないように、医療機関に対して条件統一の協力を仰ぐなどの対応を余儀なくされている。
【0006】
さらに、本発明者らが検討を進めていく中で、特許文献1に示された比較的長い時間の保存(72時間または168時間)を行った場合のみならず、血清を調整するまでの短い時間(例えば6時間以内)でも、miRNAの発現プロファイルに思いがけず大きな変動が存在し得ることが判明した。そのため、精度高く検査を行うには、変動しやすいmiRNAを解析対象から除外するか、または、変動を少しでも抑えるために、医療機関に対し、統一プロトコールの順守、またはより細かな条件でのサンプリングを依頼する必要性が生じている。しかしながら、一部のmiRNAを解析対象から除外することによるデータの破棄は、精度の高い検査を行ううえで大きな損失である。また厳格なプロトコールの順守、およびより細かな条件でのサンプリングは、医療現場へさらなる負担を強いることになり、検査の実施または普及の妨げとなりかねない。
【0007】
そこで、本発明は上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、医療現場に過度の負担をかけることなく、実施可能な検体採取条件の幅を許容したうえで、精度の高い疾患の検査方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る検査方法は、上記課題を解決するために、疾患マーカーを用いて疾患の検査を行う検査方法であって、被検体から採取した体液検体中の疾患マーカーを測定した測定結果を示すマーカーデータ、および該体液検体の調製条件を示す調製データを取得するデータ取得工程と、取得した上記調製データを用いて、取得した上記マーカーデータの補正を行って補正後マーカーデータを取得する補正工程と、上記補正後マーカーデータに基づき、上記被検体における疾患の罹患の有無を判別する判別工程とを含み、上記補正後マーカーデータは、取得した上記調製データにおける指標と同じ種類の所定の調製条件における上記マーカーデータの値を推定したものである。
【0009】
本発明に係る検査装置は、上記課題を解決するために、疾患マーカーを用いて疾患の検査を行う検査装置であって、被検体から採取した体液検体中の疾患マーカーを測定した結果を示すマーカーデータ、および該体液検体の調製条件を示す調製データを取得するデータ取得部と、取得した上記調製データを用いて、取得した上記マーカーデータの補正を行って補正後マーカーデータを取得する補正部とを備え、上記補正後マーカーデータは、取得した上記調製データにおける指標と同じ種類の所定の調製条件における上記マーカーデータの値を推定したものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の一態様によれば、検体中の疾患マーカーを測定した結果を示すマーカーデータに加えて、検体の調製条件を示す調製データも用いることで、医療現場に過度の負担をかけることなく、精度の高い疾患の検査を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の一実施形態に係る検査装置および端末装置の概略構成を示す機能ブロック図である。
図2】検体群1を用いて判別性能を確認したROC曲線を示す図である。
図3】検体群2を用いて判別性能を確認したROC曲線を示す図である。
図4】検体群5を用いて得た平均値の比較を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の一実施形態について説明する。本実施形態における検査方法は、疾患マーカーを用いた疾患の検査を行う方法であって、体液検体の調製条件を示す調製データを用いて、体液検体中の疾患マーカーを測定した結果を示マーカーデータの補正を行った上で、疾患の罹患の有無を判別する検査方法である。
【0013】
〔用語〕
まず、用語について説明する。本明細書において、「体液検体」とは、検査に用いられる、被検体から採取された体液のことをいう。体液としては、疾患マーカーの測定を目的とした検査に使用可能であれば特に制限はないが、一例として、血液、血清、血漿、髄液、尿、唾液、涙、組織液またはリンパ液が挙げられる。これらの中でも、血液、血清および血漿が好適に用いられる。
【0014】
「疾患マーカー」とは、その存在または存在量が特定の疾患との間で関係性のある生体分子のことをいう。本明細書において用いられる場合、「疾患マーカー」は、検査対象とする疾患における疾患マーカーを指す。したがって、本明細書における「疾患マーカー」とは、その存在または存在量が検査対象の疾患との間で関係性のあることが知られている生体分子のことをいう。疾患マーカーとしては、例えば、DNA、RNAおよびタンパク質等が挙げられる。これらの中でもRNAが好適に用いられ、ノンコーディングRNA(ncRNA)がより好適に用いられる。ncRNAは、20塩基長から200塩基長程度の小分子ncRNAと全長が数百塩基長から数十万塩基長の長鎖ncRNAとに大別される。ncRNAとしては、転移RNA、リボソームRNA、核内低分子RNA、核小体低分子RNA、シグナル認識複合体RNA、miRNA、piRNA、長鎖ノンコーディングRNA、環状RNA、およびmRNAの非翻訳領域等が挙げられ、miRNAが特に好適に用いられる。また、疾患は、疾患マーカーの存在が知られている疾患であれば特に制限されず、癌、認知症、高血圧、心臓疾患、脳疾患、肝炎、感染症、およびアレルギー等が挙げられる。癌としては、膵臓癌、胆道癌、乳癌、肺癌、大腸癌、食道癌、胃癌、肝臓癌、前立腺癌、膀胱癌、脳腫瘍、血液癌、卵巣癌、および子宮癌等が挙げられ、一例として、膵臓癌および胆道癌であり得る。
【0015】
本明細書において、「マーカーデータ」とは、体液検体中の疾患マーカーを測定することにより得られた、1以上の疾患マーカーの存否または存在量をそれぞれ示すデータである。なお、実際の検出対象がDNA、RNAまたはタンパク質である場合には、「存在量」は、「発現量」と言い換えることができる。また、疾患マーカーについて用いられる場合、「測定する」は、「検出する」と言い換えることができる。本実施形態におけるマーカーデータは、特定の一つの疾患マーカーを測定して得られた結果に限らず、複数の疾患マーカーを測定して得られた、各疾患マーカーに対応した複数の測定結果または数値データを含むものでもよい。複数の疾患マーカーの測定結果は、各疾患マーカーを同時に測定した結果であってもよいし、独立に測定を行った結果であってもよい。複数の疾患マーカーを用いる場合、その数は限定されず、例えば、2以上、3以上、4以上、5以上、10以上、15以上、20以上、30以上または40以上であり得る。マーカーデータを得るための測定手段としては、測定の対象となる生体分子および必要なデータに応じて適宜選択することができる。測定手段の一例としては、マイクロアレイ、qRT-PCRを含む各種PCR、次世代シーケンシングを含む各種シーケンシング、およびELISA等が挙げられる。なかでも、複数の疾患マーカーを同時に測定でき、複数の疾患マーカーを用いることで精度の高い検査を行える観点から、マイクロアレイを用いることが好ましい。測定結果を数値データへ変換する場合、変換方法は、測定結果と数値データとの間に相関関係がみられるものであれば、特に制限されない。
【0016】
本明細書において、「被検体」は、ヒトおよびチンパンジーを含む霊長類、イヌおよびネコ等の愛玩動物、ウシ、ウマ、ヒツジおよびヤギ等の家畜動物、マウスおよびラット等の齧歯類、ならびに動物園で飼育される動物等の哺乳動物を意味する。好ましい被検体は、ヒトである。また、「健常者」は、対象としている被検体と同一種の個体であって、対象としている疾患に罹患していない個体である。
【0017】
「調製データ」とは、体液検体の調製条件を示すデータであり、測定により得られる疾患マーカーの測定結果以外の、体液検体に関する1以上の情報を含む。詳細には、調製データに含まれる情報の一例としては、体液検体が採取された被検体における情報、体液検体の採取条件を示す情報、および体液検体における疾患マーカーの測定前に体液検体に施された処理の条件の情報が挙げられる。被検体または被検体の状態が相違したり、体液検体の採取条件または処理条件が相違すると、体液検体中の疾患マーカーのプロファイルは少なからず変動し得る。
【0018】
「被検体における情報」とは、体液検体の採取とは直接関係のない、被検体自身についての情報、または体液採取時の被検体の身体の状態に関する情報である。このような情報としては、例えば、被検体の人種、被検体の血液から取得できる検査対象の疾患とは関係のない生体分子情報、検体採取の当日もしくは前日の食餌内容および摂食時間、被検体における最終飲食から体液を採取するまでの時間、ならびに被検体が薬物を服用していた場合の、服用薬物種または薬物を服用してから採取までの時間等の身体または身体の状態に関する情報が挙げられる。
【0019】
被検体の血液から取得できる生体分子情報としては、血球、タンパク質、脂質および糖質などの各種生体分子の存在、存在量および検査値などが挙げられる。これらのうち、検査対象の疾患との相関が知られていない生体分子の情報を用いればよい。例えば、検査対象となる疾患が膵臓癌または胆道癌である場合、これらの罹患の有無とは相関が知られていない、被検体の血液から取得できる生体分子情報としては、血球量(赤血球量、白血球量または血小板量)、PSAおよびCYFRA等のタンパク質量、ならびにHDLコレステロール量およびLDLコレステロール量等の検査値が挙げられる。
【0020】
「体液検体の採取条件を示す情報」とは、体液採取時の条件および使用器具に関する情報である。このような情報としては、体液の採取に針を用いた場合の、用いられた採血針の種類、体液が血液または血液由来の成分であった場合の、血液の採取に用いられた採血管の種類、採血管に添加されている凝固促進剤または凝固抑制剤の種類、および採血時の血管の種類(毛細管血か静脈血か)等が挙げられる。
【0021】
「体液検体に施された処理の条件」は、疾患マーカーの測定前に、体液検体に施された各種処理および操作における条件であり、体液検体の保存に関する条件も含むものである。保存に関する条件とは、例えば、体液を採取した後、疾患マーカーの解析をすぐに行わずに凍結保存しておく場合に、凍結させるまでもしくはフリーザーに移すまでの時間および温度、凍結保存時の温度、凍結保存している時間、RNase、DNaseまたはProteaseに代表される、体液検体中の分解酵素を不活化処理するまでの時間、凍結保存中の検体保存容器の材質、および凍結保存の開始時に温度変化の衝撃を和らげるための梱包材の使用有無等が挙げられる。また、体液検体に施され得る各種処理および操作における条件とは、体液に遠心分離操作を施す場合、または採取した血液に遠心分離操作を施し、実際の体液検体となる血清を得る場合等における、被検体から体液を採取してから遠心分離操作を施すまでの時間、および遠心加速度等が挙げられる。なお、採取した体液に遠心分離操作を施すことで実際の体液検体が得られる場合、遠心分離操作後に、体液検体を凍結させるまでもしくはフリーザーに移すまでの時間も、体液検体に施された処理の条件の一例として挙げられる。さらに、保存された体液検体から疾患マーカーを測定するために、体液検体を凍結状態から溶解するまでの時間および溶解させるための温度等が挙げられる。
【0022】
なお、調製条件が人種、採血管の種類および服用薬物種など、数値以外の条件である場合には、想定される具体的候補それぞれに互いに異なる数値を付与し、当該数値を用いて回帰式を作成すればよい。
【0023】
調製データは、上述の情報のうちの少なくとも1つが含まれていればよく、2以上、3以上または4以上が含まれていてもよい。
【0024】
〔検査方法〕
本実施形態に係る検査方法は、被検体から採取した体液検体中の疾患マーカーを測定した測定結果を示すマーカーデータ、および該体液検体の調製条件を示す調製データを取得する工程と、取得した調製データを用いて、取得したマーカーデータの補正を行って補正後マーカーデータを取得する工程と、補正後マーカーデータに基づき、被検体における疾患の罹患の有無を判別する工程とを含むものである。
【0025】
(マーカーデータの補正)
補正後マーカーデータは、取得した調製データにおける指標と同じ種類の所定の調製条件におけるマーカーデータの値を推定したものである。ここで、「調製データにおける指標と同じ種類の所定の調製条件」とは、取得した調製データで用いられた調製条件と同じ種類の調製条件であって、予め任意に設定した具体的な条件を意味する。例えば、調製条件として「被検体から体液を採取してから遠心分離操作を施すまでの時間」を用いた調製データを取得した場合、予め任意に設定した「被検体から体液を採取してから遠心分離操作を施すまでの時間」、例えば0.5時間など、を意味する。
【0026】
マーカーデータの補正方法は、取得した調製データにおける指標と同じ種類の所定の調製条件におけるマーカーデータの値を推定できるものであれば特に制限はない。典型的には、同一指標の複数の調製データおよび各調製データに対応する複数のマーカーデータを用いた回帰分析により回帰式を予め作成しておき、当該回帰式を利用する方法が挙げられる。なお、回帰式の利用は、得られた回帰式そのものを利用する場合に限らず、回帰式を作成することにより得られる係数などの数値を利用する場合が挙げられる。
【0027】
回帰分析としては、典型的には線形回帰分析であり、単回帰分析および重回帰分析の何れでもよく、好適には単回帰分析である。
【0028】
(マーカーデータの補正の具体的態様1)
次に、マーカーデータの補正方法の一つの具体的態様について説明する。ここでは一例として、調製条件として被検体から体液を採取してから遠心分離操作を施すまでの時間(以下、単に「遠心までの時間」という)を用い、マーカーデータとしてマイクロアレイを用いて得られた特定のmiRNAのシグナル強度を用いて、推定モデルとしての回帰式を作成する方法について説明する。なお、以下の説明を参照すれば他の調製条件においても同様にして補正が可能であることは、当業者であれば容易に理解できる。
【0029】
本実施形態における回帰式の作成方法は、次のステップを含む:
(a)遠心までの時間が様々な健常者由来の複数の体液検体を用いて、miRNAのシグナル強度を取得する。
【0030】
(b)得られた各シグナル強度、および対応する各体液検体における遠心までの時間から、yをシグナル強度、xを遠心までの時間とする回帰式:y=ax+bを作成する。
【0031】
(c)検査対象となる体液検体から得られたシグナル強度、および当該体液検体における分離までの時間を、回帰式:y=ax+bのyおよびxにそれぞれ代入することで、各体液検体に固有のbを取得する。
【0032】
以上により、各体液検体に固有の回帰式:y=ax+bが作成される。当該回帰式が、特定の体液検体の、所定の調製条件におけるシグナル強度を推定するための推定モデルとなる。
【0033】
なお、ステップ(a)では、他の要因に起因するマーカーデータの変動を抑えるために、遠心までの時間以外の条件は各体液検体で極力同じであることが望ましい。したがって、上述の例では、遠心前の同一の体液から、遠心までの時間だけが異なる複数の体液検体を調製し、調製後の条件(例えば-80℃で保存するまでの時間など)を同じにして処理し、複数の体液検体を準備することが好ましい。
【0034】
シグナル強度の補正は、得られたそれぞれの体液検体に固有の回帰式のxに、予め任意に定めた標準時間を代入することで行う。すなわち、固有の回帰式のxに標準時間を代入することで回帰式から得られる数値が、当該標準時間におけるシグナル強度の推定値、すなわち、補正後のシグナル強度となる。
【0035】
(マーカーデータの補正の具体的態様2)
次に、マーカーデータの補正方法の別の具体的態様について説明する。本態様では、上述の具体的態様1において得られる回帰式の一部の係数のみを利用した推定モデルを用いて、マーカーデータの補正を行っている。
【0036】
yをシグナル強度、xを遠心までの時間とする回帰式:y=ax+bを作成するまでは、上述の具体的態様1におけるステップ(a)および(b)と同じである。ここで、xは遠心までの時間であるため、aは遠心までに要する時間の単位時間あたりのシグナル強度の変化を表す変化係数となる。そのため、標準時間を「T」、実際の遠心までの時間を「T」、標準時間におけるシグナル強度推定値を「SIs」、および実際のシグナル強度を「SI」とした場合、標準時間におけるシグナル強度の推定値を下記式により算出することができる。
【0037】
SIs=SI-a×(T-T
すなわち、当該式が推定モデルであり、これにより得られる標準時間におけるシグナル強度の推定値が、補正後のシグナル強度となる。
【0038】
なお、上記の説明では、一つの調製条件について補正を行う方法について説明したが、1種類の調製条件の補正に限らず、複数種類の調製条件について補正を行うものであってもよい。複数種類の調製条件について補正を行う場合、第1の調製条件について補正を行った後、補正後のマーカーデータに対して第2の調製条件に基づく補正を行うようにして、段階的に補正を行えばよい。または、重回帰分析を行うことにより得られた回帰式を利用して、一回のみの補正を行うものであってもよい。
【0039】
また、複数の疾患マーカー(例えば、複数種類のmiRNA)を用いて検査を行う場合、調製条件によるマーカーデータの変動の様子は疾患マーカー毎に異なる。そのため、疾患マーカー毎に上述の補正を行い、それぞれ得られた補正後マーカーデータを用いて判別を行えばよい。なお、複数の疾患マーカーを用いての疾患の検査、すなわち罹患の有無の判断は、従来公知の手法に従えばよい。
【0040】
(罹患の有無の判別)
本実施形態に係る検査方法では、上記のようにして得られた補正後のシグナル強度を用いて、罹患の有無を判別する。具体的には、補正後のシグナル強度が、予め指定された閾値を超えていれば、検査対象となった検体が陽性である(罹患している)と判別する。一方、閾値以下であれば当該検体は陰性である(罹患していない)と判別する。予め指定された閾値は段階的に複数設けられてもよい。この場合、例えば、補正後のシグナル強度が当該複数の閾値のうちのどの閾値を超えているかにより、検査対象となった検体の罹患リスクの度合いを複数段階で判別する。例えば、閾値として第1の閾値および第1の閾値よりも低い第2の閾値を設定し、第1の閾値を超えている場合にリスク高と判別し、第1の閾値以下であり、かつ第2の閾値を超えている場合にリスク中と判別し、第2の閾値以下の場合にリスク低と判別するものであってもよい。
【0041】
〔本実施形態の効果〕
以上のように、本実施形態では、マーカーデータを用いた疾患の検査方法において、特定の調製条件に関し、検体毎にバラツキがあっても、所定の調製条件の下でのマーカーデータを推定し、推定後の値に基づき、疾患の罹患の有無の判別を行っている。その結果、本来意図される調製条件から外れた条件のもと調製された体液検体においても、疾患の罹患の有無を示す判別結果の精度を向上させることができる。とりわけ、本来意図される調製条件と実際の調製条件との差異が大きい場合には、より大きな精度の向上が見込まれる。
【0042】
調製データの取得は、細かなプロトコールの厳守等のさらなる負担を、実際に検体のサンプリングを行う医療現場に強いるものではない。すなわち、実施可能な検体採取条件の幅を許容したうえで、単に、どのようなプロトコールまたは条件でサンプリングを行っていたかを記録し、その情報を実際に検査を行うユーザに提供するだけでよい。また、これらの情報は、マーカーデータを取得し終わった後であっても、容易に取得または確認できるものである。よって、本実施形態に係る検査方法の実施においては、医療現場における負担が極めて小さい。また、比較的短い作業時間の間に変動し得る疾患マーカーが解析対象に含まれる場合であっても、それらを除外することなく精度の高い判別結果を得ることができる。
【0043】
とりわけ、複数の疾患マーカーを用いて検査を行う場合、調製データに対応するパラメーターの相違により起こり得る疾患マーカーの変動の様子は、疾患マーカー毎に異なり得る。よって、複数の疾患マーカーを用いて検査精度を高める場合、疾患マーカーの変動をより小さくする必要があり、プロトコールのより厳格な遵守が求められる。しかしながら本実施形態によれば、情報を記録しておくだけでよいので、複数の疾患マーカーを用いての検査により好適に適用できる。
【0044】
〔検査装置の構成〕
次に、図1に基づいて、本実施形態に係る検査装置について説明する。図1は、本実施形態に係る検査装置および端末装置の概略構成を示す機能ブロック図である。図1に示されるように、検査装置100は、表示部および入力デバイス等を備えた端末装置200と通信する構成である。ただし、検査装置100は本実施形態の構成に限定されず、例えば、検査装置100は、端末装置200と通信せずに、自ら表示部および入力デバイス等を備えていてもよい。
【0045】
検査装置100は、制御部110、記憶部120および通信部130を備えている。制御部110は、取得部(データ取得部)140、補正部150および判別部160を備えている。また、取得部140は、マーカーデータ取得部141および調製データ取得部142を備えている。
【0046】
制御部110は、検査装置100を統括的に制御するものである。
【0047】
記憶部120は、検査装置100の処理に必要なデータを記憶する記憶装置である。また、記憶部120は、推定モデル121を記憶する。なお、記憶部120は、検査装置100の外部装置であってもよい。例えば、記憶部120は、検査装置100と通信可能に接続されたサーバ等の記憶装置であってもよい。
【0048】
マーカーデータ取得部141は、体液検体中の疾患マーカーを測定した結果を示すマーカーデータを取得する。調製データ取得部142は、体液検体の調製条件を示す調製データを取得する。取得部140は、同一の体液検体についてのマーカーデータおよび調製データを互いに対応づけて記憶部120に記憶させる。
【0049】
補正部150は、記憶部120に記憶された推定モデル121を用いて、マーカーデータの補正を行い、所定の調製条件におけるマーカーデータの推定値を算出する。算出された値は補正後マーカーデータとして出力される。
【0050】
判別部160は、補正部150により作成された補正後マーカーデータを用いて、入力されたマーカーデータの基となる被検体が、対象とする疾患に罹患しているか否かを判別する。具体的には、補正後マーカーデータが示す数値が、予め指定された閾値を超えていれば、判別部160は検査対象となった検体が陽性である(罹患している)と判別する。一方、閾値以下であれば当該検体は陰性である(罹患していない)と判別する。そして、判別部160はその結果を端末装置200に送信する。予め指定された閾値は段階的に複数設けられてもよい。また、検査装置100に判別部160を設ける構成でなくてもよい。この場合、補正部150により作成された補正後マーカーデータをそのまま端末装置200に送信し、ユーザが、所定の基準に基づき検体の陽性/陰性を判別するものであってもよい。
【0051】
なお、本実施形態では、制御部110に補正部150を備えている検査装置100について説明している。しかしながら、検査装置100に補正部150を設ける構成でなくてもよい。すなわち、検査装置100とは独立に存在する、マーカーデータ取得部141および調製データ取得部142を備えた取得部140と、補正部150とを少なくとも含む装置により、上述の推定モデル121を構築するものであってもよい。当該装置が検査装置100とは独立に存在する場合には、検査装置100は、記憶媒体に記憶された推定モデル121を読み込むことで、推定モデル121が利用可能となる。または、検査装置100は、有線または無線のネットワークを介して他の装置から推定モデル121を受信することで、検査装置100において推定モデル121が利用可能となる。
【0052】
端末装置200は、通信部210、制御部220、入力デバイス230および表示部240を備えている。通信部210は、検査装置100との間で、有線または無線でデータの送受信を行う通信インターフェースである。制御部220は、端末装置200を統括的に制御する。表示部240は、画像、文字等を表示可能なディスプレイである。入力デバイス230は、ユーザの入力を受け付けるものであり、例えばタッチパネル、マウスおよびキーボード等によって実現される。入力デバイス230がタッチパネルの場合、表示部240に当該タッチパネルが設けられる。ユーザは、端末装置200を介して、検査装置100の機能を利用することができる。
【0053】
検査装置100は、上述の本実施形態に係る検査方法の実施に適した装置である。
【0054】
〔ソフトウェアによる実現例〕
検査装置100の制御ブロック(制御部110、特に取得部140、補正部150および判別部160)は、集積回路(ICチップ)等に形成された論理回路(ハードウェア)によって実現してもよいし、ソフトウェアによって実現してもよい。
【0055】
後者の場合、検査装置100は、各機能を実現するソフトウェアであるプログラムの命令を実行するコンピュータを備えている。このコンピュータは、例えば少なくとも1つのプロセッサ(制御装置)を備えていると共に、上記プログラムを記憶したコンピュータ読み取り可能な少なくとも1つの記録媒体を備えている。そして、上記コンピュータにおいて、上記プロセッサが上記プログラムを上記記録媒体から読み取って実行することにより、本発明の目的が達成される。上記プロセッサとしては、例えばCPU(Central Processing Unit)またはGPU(Graphics Processing Unit)を用いることができる。上記記録媒体としては、「一時的でない有形の媒体」、例えば、ROM(Read Only Memory)等の他、テープ、ディスク、カード、半導体メモリ、プログラマブルな論理回路などを用いることができる。また、上記プログラムを展開するRAM(Random Access Memory)などをさらに備えていてもよい。また、上記プログラムは、該プログラムを伝送可能な任意の伝送媒体(通信ネットワークや放送波等)を介して上記コンピュータに供給されてもよい。なお、本発明の一態様は、上記プログラムが電子的な伝送によって具現化された、搬送波に埋め込まれたデータ信号の形態でも実現され得る。
【0056】
〔まとめ〕
本発明に係る検査方法は、疾患マーカーを用いて疾患の検査を行う検査方法であって、被検体から採取した体液検体中の疾患マーカーを測定した測定結果を示すマーカーデータ、および該体液検体の調製条件を示す調製データを取得するデータ取得工程と、取得した上記調製データを用いて、取得した上記マーカーデータの補正を行って補正後マーカーデータを取得する補正工程と、上記補正後マーカーデータに基づき、上記被検体における疾患の罹患の有無を判別する判別工程とを含み、上記補正後マーカーデータは、取得した上記調製データにおける指標と同じ種類の所定の調製条件における上記マーカーデータの値を推定したものである。
【0057】
また、本発明に係る検査方法の一態様では、上記補正工程は、同一指標の複数の上記調製データおよび各調製データに対応する複数の上記マーカーデータを用いた回帰分析により作成された回帰式を利用して、上記マーカーデータの補正を行う。
【0058】
また、本発明に係る検査方法の一態様では、上記調製データが、上記被検体の情報、上記体液検体の採取条件を示す情報、および上記疾患マーカーの測定前に上記体液検体に施された処理の条件情報から選択される少なくとも1つの情報を含む。
【0059】
また、本発明に係る検査方法の一態様では、上記体液検体に施された処理の条件が、上記体液検体を凍結保存するまでの時間、凍結保存時の温度、凍結保存している時間、および上記体液検体を遠心分離するまでの時間から選択される少なくとも1つの条件である。
【0060】
また、本発明に係る検査方法の一態様では、上記体液検体の採取条件を示す上記情報が、上記体液検体の採取に用いられた針の太さ、上記体液検体の採取に用いられた採血管の種類、および上記被検体における最終飲食から上記体液検体を採取するまでの時間から選択される少なくとも1つの情報である。
【0061】
また、本発明に係る検査方法の一態様では、上記調製データが、上記被検体の情報を含み、該情報が、上記被検体の血球量に関する情報である。
【0062】
また、本発明に係る検査方法の一態様では、上記被検体の上記情報が、上記被検体の人種に関する情報である。
【0063】
また、本発明に係る検査方法の一態様では、上記体液検体が、血液、血清、血漿、髄液、尿、唾液、涙、組織液またはリンパ液である。
【0064】
また、本発明に係る検査方法のさらなる態様では、上記体液検体が、血液、血清または血漿である。
【0065】
また、本発明に係る検査方法の一態様では、上記疾患マーカーが、miRNAである。
【0066】
また、本発明に係る検査方法の一態様では、上記マーカーデータが、マイクロアレイ、PCR又はシーケンシングから得られたデータである。
【0067】
本発明に係る検査装置は、疾患マーカーを用いて疾患の検査を行う検査装置であって、被検体から採取した体液検体中の疾患マーカーを測定した結果を示すマーカーデータ、および該体液検体の調製条件を示す調製データを取得するデータ取得部と、取得した上記調製データを用いて、取得した上記マーカーデータの補正を行って補正後マーカーデータを取得する補正部とを備え、上記補正後マーカーデータは、取得した上記調製データにおける指標と同じ種類の所定の調製条件における上記マーカーデータの値を推定したものである。
【0068】
また、本発明に係る検査装置の一態様では、上記補正後マーカーデータに基づき、上記被検体における疾患の罹患の有無を判別する判別部をさらに備えている。
【0069】
本発明の各態様に係る検査装置は、コンピュータによって実現してもよく、この場合には、コンピュータを上記検査装置が備える各部(ソフトウェア要素)として動作させることにより上記検査装置をコンピュータにて実現させる検査プログラム、およびそれを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体も、本発明の範疇に入る。
【0070】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例
【0071】
[参考例1]
<検体の採取>
組織病理検査により診断された膵臓癌または胆道癌患者35人、および健常者49人からインフォームドコンセントを得て、それぞれの血液を採取し、遠心分離により血清を取得した。取得した血清は、採血から2時間以内に-80℃のフリーザーに移し、使用するまで-80℃で保存した。なお、採血から-80℃での保存までに要した時間には、検体間で一定のばらつきがあった。
【0072】
<total RNAの抽出>
検体として、上記の84人それぞれから得られた各血清300μLを用いた。3D-Gene(登録商標)RNA extraction reagent from liquid sample kit(東レ株式会社(日本))中のRNA抽出用試薬を用いて、同社の定めるプロトコールに従って、各血清からtotal RNAを得た。以下、参考例1における検体群を検体群1という。
【0073】
<遺伝子発現量の測定>
上記の84人の各血清から得たtotal RNAに対して3D-Gene(登録商標)miRNA Labeling kit(東レ株式会社)を用いて、同社が定めるプロトコールに基づいてtotal RNA中のmiRNAを蛍光標識した。オリゴDNAチップとして、miRBase release 21に登録されているmiRNAと相補的な配列を有するプローブを搭載した3D-Gene(登録商標)Human miRNA Oligo chip(東レ株式会社)を用い、同社が定めるプロトコールに基づいてストリンジェントな条件でハイブリダイゼーションおよびハイブリダイゼーション後の洗浄を行った。DNAチップを3D-Gene(登録商標)スキャナー(東レ株式会社)を用いてスキャンし、画像を取得して3D-Gene(登録商標)Extraction(東レ株式会社)にて蛍光強度を数値化した。
【0074】
数値化された蛍光強度を用いて以下のように検出された遺伝子の発現量を計算した。まず、複数あるネガティブコントロールスポットのシグナル強度の最大順位および最小順位各々5%を除き、その[平均値+2×標準偏差]を計算し、この値より大きいシグナル強度を示した遺伝子は検出されたとみなした。また、検出された遺伝子のシグナル強度から、最大順位および最小順位各々5%を除いたネガティブコントロールスポットのシグナル強度の平均値を減算し、減算後の値を底が2の対数値に変換して遺伝子発現量とした。
【0075】
数値化されたmiRNAの遺伝子発現量を用いた計算および統計解析は、「エクセル統計(Bellcurve(登録商標) for Excel)」(株式会社社会情報サービス)を用いて実施した。
【0076】
[参考例2]
<検体の採取>
膵臓癌または胆道癌患者18人、および健常者23人からインフォームドコンセントを得て、それぞれの血液を採取し、遠心分離により血清を取得した。取得した血清は、採血から6時間以内に-80℃のフリーザーに移し、使用するまで-80℃で保存した。なお、採血から-80℃での保存までに要した時間には、検体間で一定のばらつきがあった。
【0077】
<total RNAの抽出>
検体として、上記の41人それぞれから得られた各血清300μLを用い、参考例1と同様にしてtotal RNAを得た。以下、参考例2における検体群を検体群2という。
【0078】
<遺伝子発現量の測定>
上記の41人の各血清から得たtotal RNAを用いて、参考例1と同様にしてmiRNAの遺伝子発現量を得た。
【0079】
[参考例3]
<検体の採取>
健常者からインフォームドコンセントを得て血液を採取し、遠心分離により血清を取得した。取得した血清は、採血から-80℃に保存するまでの時間として等差で時間系列を4点取得し、使用するまで-80℃で保存した。
【0080】
<total RNAの抽出>
検体として、上記から得られた各血清300μLを用い、参考例1と同様にしてtotal RNAを得た。以下、参考例3における検体群を検体群3という。
【0081】
<遺伝子発現量の測定>
上記の各血清から得たtotal RNAを用いて、参考例1と同様にしてmiRNAの遺伝子発現量を得た。
【0082】
[実施例1]
<採血から冷凍保存に要する時間とmiRNAの遺伝子発現量の回帰分析>
本実施例では、回帰分析の一例として線形回帰分析を実施した。参考例3で取得した血清の、採血から-80℃での保存までに要した時間とmiRNAの遺伝子発現量とを用いて線形回帰分析を実施し、単位時間あたりのmiRNAの遺伝子発現量の変化係数を取得した。なお、当該分析により得られた回帰式におけるyはmiRNAの遺伝子発現量、xは採血から-80℃での保存までに要した時間(h)である。
【0083】
本実施例では、使用するmiRNAとして任意にmiR-4687-3pを選択し、回帰式y=-0.5050x+11.55を取得した。すなわち、miR-4687-3pの遺伝子発現量の変化係数は-0.5050であり、遺伝子発現量は単位時間あたり0.5050ずつ減少することが示された。
【0084】
[実施例2]
<膵臓癌および胆道癌判別性能の検証1>
本実施例では、実施例1で得たmiR-4687-3pの遺伝子発現量の変化係数を用いて補正を行い、検体群1が採血から-80℃での保存までに要した時間が0.5時間であった場合の推定遺伝子発現量を求め、癌患者と健常者との判別性能を確認した。具体的には、算出した推定遺伝子発現量からROC曲線を作成し、ROC曲線下の面積(AUC)に基づき判別性能を確認した。
【0085】
膵臓癌および胆道癌を判別するために以下のような段階的手順を踏んだ。すなわち、検体群1の各検体について、miR-4687-3pの遺伝子発現量および採血から-80℃での保存までに要した時間と、実施例1で取得した変化係数(-0.5050)とを用いて、採血から-80℃での保存までに要した時間を0.5時間とした場合の各検体の推定遺伝子発現量を取得した。例えばmiR-4687-3pの遺伝子発現量が12.8、採血から-80℃での保存までに要した時間が0.85時間の場合、採血から-80℃での保存までに要した時間が0.5時間の時のmiR-4687-3pの遺伝子発現量の変化は、-0.5050*(0.85-0.5)=-0.1768である。したがって、採血から-80℃での保存までに要した時間が0.5時間であったときのmiR-4687-3pの推定遺伝子発現量は、12.8-(-0.1768)=12.98と求めることができる。
【0086】
このようにして、検体群1の各検体について、採血から-80℃での保存までに要した時間を0.5時間としたときの推定遺伝子発現量を算出した。算出した推定遺伝子発現量および罹患の有無の情報に基づきROC曲線を作成し、ROC曲線下の面積(AUC)を算出した。その結果、AUCは0.9041であった。作成したROC曲線を図2に示す。図2および後述する図3中、「真陽性率」は、検査が正しく陽性と判断したものの割合、すなわち感度を表す。また、「偽陽性率」は、検査が誤って陽性と判断したものの割合であり、1-(特異度)として計算される。なお、特異度とは、検査が陰性を正しく陰性と判断した割合を指す。
【0087】
[実施例3]
<膵臓癌および胆道癌判別性能の検証2>
本実施例では、実施例1で得たmiR-4687-3pの遺伝子発現量の変化係数を用いて補正を行い、検体群2が採血から-80℃での保存までに要した時間が0.5時間であった場合の推定遺伝子発現量を求め、実施例2と同様にして癌患者と健常者との判別性能を確認した。
【0088】
膵臓癌および胆道癌を判別するために以下のような段階的手順を踏んだ。すなわち、検体群2の各検体について、miR-4687-3pの遺伝子発現量および採血から-80℃での保存までに要した時間と、実施例1で取得した変化係数(-0.5050)とを用いて、採血から-80℃での保存までに要した時間を0.5時間とした場合の各検体の遺伝子発現量を実施例2と同様に算出した。算出した推定遺伝子発現量および罹患の有無の情報に基づきROC曲線を作成し、AUCを算出した。その結果、AUCは0.8720であった。作成したROC曲線を図3に示す。
【0089】
[比較例1]
<膵臓癌および胆道癌判別性能の検証1>
本比較例では、検体群1のmiRNAの遺伝子発現量および罹患の有無の情報に基づきROC曲線を作成し、AUCを求め、癌患者と健常者との判別性能を確認した。
【0090】
検体群1の各miR-4687-3pの遺伝子発現量を用いてROC曲線を作成し、AUCを求めた結果、AUCは、0.9117であった。作成したROC曲線を図2に示す。実施例2で得られたAUCとの差は0.0076、有意水準を0.05とするカイ二乗検定を実施すると、p=0.0743であり、有意な差はなかった。
【0091】
[比較例2]
<膵臓癌および胆道癌判別性能の検証2>
本比較例では、検体群2のmiRNAの遺伝子発現量および罹患の有無の情報に基づきROC曲線を作成し、AUCを求め、癌患者と健常者との判別性能を確認した。
【0092】
検体群2の各miR-4687-3pの遺伝子発現量を用いてROC曲線を作成し、AUCを求めた結果、AUCは、0.5604であった。作成したROC曲線を図3に示す。また実施例3で得られたAUCとの差は0.3116、有意水準を0.05とするカイ二乗検定を実施すると、p=0.0186であり、有意に差があることが示された。すなわち、推定遺伝子発現量を用いる実施例3の方が、発現量の補正を行なわない比較例2より、判別性能に優れることが示された。
【0093】
[参考例4]
<検体の採取>
健常者137人からインフォームドコンセントを得て、それぞれの血液を採取し、遠心分離により血清を取得した。さらにこれとは別に採血して、白血球数の情報を得た。
【0094】
<total RNAの抽出>
検体として、上記の137人それぞれから得られた各血清300μLを用い、参考例1と同様にしてtotal RNAを得た。以下、参考例4における検体群を検体群4という。
【0095】
<遺伝子発現量の測定>
上記の137人の各血清から得たtotal RNAを用いて、参考例1と同様にしてmiRNAの遺伝子発現量を得た。
【0096】
[実施例4]
<白血球数とmiRNAの遺伝子発現量の回帰分析>
本実施例では、回帰分析の一例として線形回帰分析を実施した。参考例4で取得した血清の、白血球数(底2の対数値)とmiRNAの遺伝子発現量とを用いて線形回帰分析を実施し、単位時間あたりのmiRNAの遺伝子発現量の変化係数を取得した。なお、当該分析により得られた回帰式におけるyはmiRNAの遺伝子発現量、xは白血球数である。
【0097】
本実施例では、使用するmiRNAとして任意にmiR-6778-5pを選択し、回帰式y=0.8678x-1.4445を取得した。すなわち、miR-6778-5pの遺伝子発現量の変化係数は0.8678であり、遺伝子発現量は単位白血球数あたり0.8678ずつ増加することが示された。なお、白血球数が膵臓癌または胆道癌の罹患の有無と関連があるといった報告は、これまでになされていない。
【0098】
[参考例5]
<検体の採取>
膵臓癌または胆道癌に罹患している患者3人、および健常者3人からインフォームドコンセントを得て、それぞれの血液を採取し、遠心分離により血清を取得した。さらにこれとは別に採血して、白血球数の情報を得た。
【0099】
<total RNAの抽出>
検体として、上記の6人それぞれから得られた各血清300μLを用い、参考例1と同様にしてtotal RNAを得た。以下、参考例5における検体群を検体群5という。
【0100】
[実施例5]
<膵臓癌および胆道癌判別性能の検証3>
本実施例では、実施例4で得たmiR-6778-5pの遺伝子発現量の変化係数を用いて補正を行い、検体群5の白血球数(底2の対数値)が12.4であった場合の推定遺伝子発現量を求め、癌患者と健常者との判別性能を確認した。具体的には、算出した推定遺伝子発現量について、癌患者3人の平均値および健常者3人の平均値を求め、Welch’s t-testで検定した。
【0101】
膵臓癌および胆道癌を判別するために以下のような段階的手順を踏んだ。すなわち、検体群5の各検体について、miR-6778-5pの遺伝子発現量および白血球数と、実施例4で取得した変化係数(0.8678)とを用いて、白血球数(底2の対数値)を12.4とした場合の各検体の推定遺伝子発現量を取得した。例えばmiR-6778-5pの遺伝子発現量が9.9、白血球数が12.7の場合、白血球数が12.4である時のmiR-4687-3pの遺伝子発現量の変化は、0.8678*(12.7-12.4)=0.2603である。したがって、白血球数が12.4であったときのmiR-6778-5pの推定遺伝子発現量は、9.9-(0.2603)=9.640と求めることができる。
【0102】
このようにして、検体群5の各検体について、白血球数(底2の対数値)を12.4としたときの推定遺伝子発現量を算出した。次いで、算出した推定遺伝子発現量および罹患の有無の情報に基づき、癌患者の群における推定遺伝子発現量の平均値および健常者の群における推定遺伝子発現量の平均値を求め、その差を算出した。その結果、推定遺伝子発現量の平均値の差は0.71であった。また、Welch’s t-testでp<0.01となり、有意差があることが示された。一方、補正実施前のそれぞれ群における遺伝子発現量の平均値の差は0.47であった。また、Welch’s t-testで有意差はなかった。平均値を比較したそれぞれのグラフ(ボックスプロット)を図4に示す。図4中、左側が補正実施前についてのグラフであり、右側が補正実施後についてのグラフである。
【産業上の利用可能性】
【0103】
本発明は、疾患マーカーを利用した疾患の検査に利用することができる。
【符号の説明】
【0104】
100 検査装置
110 制御部
120 記憶部
121 推定モデル
130 通信部
140 取得部
141 マーカーデータ取得部
142 調製データ取得部
150 補正部
160 判別部
図1
図2
図3
図4