(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-18
(45)【発行日】2025-03-27
(54)【発明の名称】切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20250319BHJP
B23B 51/00 20060101ALI20250319BHJP
B23C 5/16 20060101ALI20250319BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20250319BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B51/00 J
B23C5/16
C23C14/06 A
C23C14/06 P
(21)【出願番号】P 2024525257
(86)(22)【出願日】2023-11-29
(86)【国際出願番号】 JP2023042712
【審査請求日】2024-12-12
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福井 治世
(72)【発明者】
【氏名】月原 望
(72)【発明者】
【氏名】田畑 敏広
【審査官】野口 絢子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2009/025112(WO,A1)
【文献】特開2019-199647(JP,A)
【文献】特開2021-35702(JP,A)
【文献】特開2021-95623(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23C 1/00- 9/00
B23B 27/00-29/34
B23B 51/00-51/14
B23P 5/00-17/06
B23P 23/00-25/00
C23C 14/00-14/58
C23C 16/00-16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材上に配置された被膜と、を備える切削工具であって、
前記被膜は、第一層を含み、
前記第一層は、第一単位層と第二単位層とが交互に積層された交互層からなり、
前記第一単位層は、Ti
1-aMo
aNからなり、
前記aは、0.01以上0.20以下であり、
前記第二単位層は、Al
bV
1-bNからなり、
前記bは、0.40以上0.80以下である、切削工具。
【請求項2】
前記第一単位層と、前記第一単位層に隣接する前記第二単位層とにおいて、前記第一単位層の厚みλ1μmに対する前記第二単位層の厚みλ2μmの比λ2/λ1は、1.0以上5.0以下である、請求項1に記載の切削工具。
【請求項3】
前記第一単位層の平均厚みは、0.002μm以上0.2μm以下であり、
前記第二単位層の平均厚みは、0.002μm以上0.2μm以下である、請求項1または請求項2に記載の切削工具。
【請求項4】
前記被膜は、前記第一層の前記基材と反対側に設けられる表面層を更に含み、
前記表面層は、TiMoONまたはAlVONからなる、請求項1
または請求項2に記載の切削工具。
【請求項5】
基材と、前記基材上に配置された被膜と、を備える切削工具であって、
前記被膜は、第二層を含み、
前記第二層は、第一単位層と第三単位層とが交互に積層された交互層からなり、
前記第一単位層は、Ti
1-aMo
aNからなり、
前記aは、0.01以上0.20以下であり、
前記第三単位層は、Al
cV
1-c-dX
dNからなり、
前記Xは、硼素、珪素、スカンジウム、イットリウム、および、セリウムからなる群より選択される1種または2種であり、
前記cは、0.40以上0.80以下であり、
前記dは、0.001以上0.05以下である、切削工具。
【請求項6】
前記第一単位層と、前記第一単位層に隣接する前記第三単位層とにおいて、前記第一単位層の厚みλ1μmに対する前記第三単位層の厚みλ3μmの比λ3/λ1は、1.0以上5.0以下である、請求項5に記載の切削工具。
【請求項7】
前記第一単位層の平均厚みは、0.002μm以上0.2μm以下であり、
前記第三単位層の平均厚みは、0.002μm以上0.2μm以下である、請求項5または請求項6に記載の切削工具。
【請求項8】
前記被膜は、前記第二層の前記基材と反対側に設けられる表面層を更に含み、
前記表面層は、TiMoONまたはAlVXONからなり、
前記Xは、硼素、珪素、スカンジウム、イットリウム、および、セリウムからなる群より選択される1種または2種である、請求項5
または請求項6に記載の切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、基材と、該基材上に配置された被膜と、を備える切削工具が、切削加工に用いられている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【0004】
本開示の切削工具は、
基材と、前記基材上に配置された被膜と、を備える切削工具であって、
前記被膜は、第一層を含み、
前記第一層は、第一単位層と第二単位層とが交互に積層された交互層からなり、
前記第一単位層は、Ti1-aMoaNからなり、
前記aは、0.01以上0.20以下であり、
前記第二単位層は、AlbV1-bNからなり、
前記bは、0.40以上0.80以下である、切削工具である。
【図面の簡単な説明】
【0005】
【
図1】
図1は、実施形態1に係る切削工具の一例の模式的な拡大断面図である。
【
図2】
図2は、実施形態1に係る切削工具の他の一例の模式的な拡大断面図である。
【
図3】
図3は、実施形態1に係る切削工具の他の一例の模式的な拡大断面図である。
【
図4】
図4は、実施形態1に係る切削工具の他の一例の模式的な拡大断面図である。
【
図5】
図5は、第一単位層および第二単位層の厚みの比の一例を説明するための図である。
【
図6】
図6は、実施形態2に係る切削工具の一例の模式的な拡大断面図である。
【
図7】
図7は、実施形態2に係る切削工具の他の一例の模式的な拡大断面図である。
【
図8】
図8は、実施形態2に係る切削工具の他の一例の模式的な拡大断面図である。
【
図9】
図9は、実施形態2に係る切削工具の他の一例の模式的な拡大断面図である。
【
図10】
図10は、第一単位層および第三単位層の厚みの比の一例を説明するための図である。
【
図11】
図11は、実施例で用いられたカソードアークイオンプレーティング装置の模式的な断面図である。
【
図12】
図12は、
図11に示されるカソードアークイオンプレーティング装置の模式的な上面図である。
【発明を実施するための形態】
【0006】
[本開示が解決しようとする課題]
近年、急激な地球温暖化を背景にカーボンニュートラルに向けた取り組みが国内外で加速している。国内では、2050年カーボンニュートラルを達成すべく、製造業、特に金属加工業界では従来までの品質や加工能率、コストに加え、環境性能を加えた観点でのCO2排出量低減が求められている。
【0007】
金属の切削加工の工程において、加工時の加工機の主軸回転や送り駆動よりも、油空圧ユニットや補機類等が主要素となる運転準備やクーラント(切削油剤)の循環・供給等で電力の大半が消費される。よって、省エネに向けた取り組みとしては、モータや補機類等の効率向上に加え、インバータ制御油圧ユニットの採用や、油空圧、チップコンベア(切りくず運搬)等の最適運転制御などが挙げられる。更に、近年では、クーラントレス技術(ドライ加工)またはクーラントを霧状にするセミ・ドライ技術が注目されている。これらの技術によりクーラントの減量による廃棄物の低減、更には、クーラントの使用に要する電力の省エネ化を図ることができる。よってこれらの省エネに寄与する技術の進展が期待されている。
【0008】
従来からドライ加工に関しては、各種切削工具の適用や個々の被削材に対する最適加工条件を見いだす研究がなされ、非鉄金属や鋳鉄などでドライ加工が行われる場合もある。一方、一般鋼材や超耐熱合金など難削材と言われる被削材ではドライ加工化のニーズが高いものの、現状でもドライ加工は難しい状況であり、それに対応する新しい工具材料開発が盛んに行われている。
【0009】
コーティング工具材種として、アルミニウム(Al)およびバナジウム(V)を主成分とした窒化物膜が提案されている(特許文献1)。CO2削減および地球環境保全の観点から、切削油剤を用いないドライ加工が求められていること、加工能率の向上のために切削速度がより高速になってきていること、および、被削材が多様化しており、特に航空機や医療の分野では難削材と呼ばれる耐熱合金やチタン合金等の切削が増えていること、等の理由から、切削時の切削工具の刃先温度が高温になる傾向にある。刃先温度が高温になると、切削工具の寿命が極端に短くなってしまう。従って、このような過酷な切削条件下においても、優れた工具寿命を示すことのできる切削工具が求められている。
【0010】
[本開示の効果]
本開示によれば、特に刃先温度が高い条件下で実行される切削加工においても、長い工具寿命を有する切削工具を提供することが可能となる。
【0011】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
(1)本開示の切削工具は、
基材と、前記基材上に配置された被膜と、を備える切削工具であって、
前記被膜は、第一層を含み、
前記第一層は、第一単位層と第二単位層とが交互に積層された交互層からなり、
前記第一単位層は、Ti1-aMoaNからなり、
前記aは、0.01以上0.20以下であり、
前記第二単位層は、AlbV1-bNからなり、
前記bは、0.40以上0.80以下である、切削工具である。
【0012】
本開示によれば、特に刃先温度が高い条件下で実行される切削加工においても、長い工具寿命を有する切削工具を提供することが可能となる。
【0013】
(2)上記(1)において、前記第一単位層と、前記第一単位層に隣接する前記第二単位層とにおいて、前記第一単位層の厚みλ1μmに対する前記第二単位層の厚みλ2μmの比λ2/λ1は、1.0以上5.0以下でもよい。これによると、切削工具はより長い工具寿命を有することができる。
【0014】
(3)上記(1)または(2)において、
前記第一単位層の平均厚みは、0.002μm以上0.2μm以下であり、
前記第二単位層の平均厚みは、0.002μm以上0.2μm以下でもよい。
これによると、切削工具はより長い工具寿命を有することができる。
【0015】
(4)上記(1)から(3)のいずれかにおいて、
前記被膜は、前記第一層の前記基材と反対側に設けられる表面層を更に含み、
前記表面層は、TiMoONまたはAlVONからなってもよい。
これによると、切削工具はより長い工具寿命を有することができる。
【0016】
(5)本開示の切削工具は、
基材と、前記基材上に配置された被膜と、を備える切削工具であって、
前記被膜は、第二層を含み、
前記第二層は、第一単位層と第三単位層とが交互に積層された交互層からなり、
前記第一単位層は、Ti1-aMoaNからなり、
前記aは、0.01以上0.20以下であり、
前記第三単位層は、AlcV1-c-dXdNからなり、
前記Xは、硼素、珪素、スカンジウム、イットリウム、および、セリウムからなる群より選択される1種または2種であり、
前記cは、0.40以上0.80以下であり、
前記dは、0.001以上0.05以下である、切削工具である。
【0017】
本開示によれば、特に刃先温度が高い条件下で実行される切削加工においても、長い工具寿命を有する切削工具を提供することが可能となる。
【0018】
(6)上記(5)において、前記第一単位層と、前記第一単位層に隣接する前記第三単位層とにおいて、前記第一単位層の厚みλ1μmに対する前記第三単位層の厚みλ3μmの比λ3/λ1は、1.0以上5.0以下でもよい。これによると、切削工具はより長い工具寿命を有することができる。
【0019】
(7)上記(5)または(6)において、
前記第一単位層の平均厚みは、0.002μm以上0.2μm以下であり、
前記第三単位層の平均厚みは、0.002μm以上0.2μm以下でもよい。
これによると、切削工具はより長い工具寿命を有することができる。
【0020】
(8)上記(5)から(7)のいずれかにおいて、
前記被膜は、前記第二層の前記基材と反対側に設けられる表面層を更に含み、
前記表面層は、TiMoONまたはAlVXONからなり、
前記Xは、硼素、珪素、スカンジウム、イットリウム、および、セリウムからなる群より選択される1種または2種でもよい。
これによると、切削工具はより長い工具寿命を有することができる。
【0021】
[本開示の実施形態の詳細]
本開示の切削工具の具体例を、以下に図面を参照しつつ説明する。本開示の図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表すものである。また、長さ、幅、厚さ、深さなどの寸法関係は図面の明瞭化と簡略化のために適宜変更されており、必ずしも実際の寸法関係を表すものではない。
【0022】
本開示において「A~B」という形式の表記は、A以上B以下を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。
【0023】
本開示において化合物などを化学式で表す場合、原子比を特に限定しないときは従来公知のあらゆる原子比を含むものとし、必ずしも化学量論的範囲のもののみに限定されるべきではない。
【0024】
本開示において、数値範囲下限及び上限として、それぞれ1つ以上の数値が記載されている場合は、下限に記載されている任意の1つの数値と、上限に記載されている任意の1つの数値との組み合わせも開示されているものとする。
【0025】
[実施形態1:切削工具(1)]
本開示の一実施形態に係る切削工具について、
図1~
図5を用いて説明する。
本開示の一実施形態(以下、「実施形態1」とも記す。)に係る切削工具1は、
基材2と、基材2上に配置された被膜3と、を備える切削工具1であって、
被膜3は、第一層13を含み、
第一層13は、第一単位層12と第二単位層15とが交互に積層された交互層からなり、
第一単位層12は、Ti
1-aMo
aNからなり、
aは、0.01以上0.20以下であり、
第二単位層15は、Al
bV
1-bNからなり、
bは、0.40以上0.80以下である、切削工具1である。
【0026】
実施形態1の切削工具は、特に刃先温度が高い条件下で実行される切削加工においても、長い工具寿命を有することができる。その理由は、以下の通りと推察される。
【0027】
第一単位層は、Ti1-aMoaNからなる。第一単位層はMo(モリブデン)を含むため、切削時に酸化され、Moの酸化物であるMoO3が生成される。このMoO3の融点は795℃であるため、切削加工中の温度で軟化して、潤滑材としての機能を有し、工具すくい面で摩擦係数の低減を図ることできる。その結果、第一単位層を含む第一層は、ドライ切削加工時など刃先が高温になる加工において耐凝着性、摺動性および耐摩耗性を向上できる。
【0028】
第二単位層は、AlbV1-bNからなる。第二単位層はAlを含む。Alは酸化されやすいため、第二単位層を含む被膜は、第一層の表面側にAl2O3からなる緻密な酸化物層が形成されやすい傾向がある。その結果、第一層の熱遮断性および耐酸化性を向上することができる。
【0029】
第二単位層は切削時に酸化され、Vの酸化物であるV2O5が生成される。V2O5の融点は690℃であるため、切削加工中の温度で軟化して、潤滑材としての機能を有し、工具すくい面で摩擦係数の低減を図ることできる。
【0030】
第一層は、第一単位層と第二単位層とが交互に積層された交互層からなる。第一単位層と第二単位層との界面では組成および結晶格子が不連続となっている。よって、切削時に被膜の表面からクラックが発生した場合、界面においてクラックの進展を抑制することができる。第一層を含む被膜では、チッピングや欠損が抑制される。
【0031】
上記より、第一単位層と第二単位層とが交互に積層された交互層からなる第一層を含む切削工具は、工具寿命が向上する。
【0032】
<切削工具>
図1および
図2に示されるように、本発明の一実施の形態に係る切削工具1は、基材2と、基材2上に配置された被膜3と、を備える。被膜3は、基材2の少なくとも切削に関与する部分を被覆することができる。被膜3は、基材2の全面を被覆してもよい。被膜3の構成が部分的に異なっていたとしても本実施形態の範囲を逸脱するものではない。本開示において、基材2の切削に関与する部分とは、基材2の表面において、刃先稜線からの距離が少なくとも50μm以内であり、100μm以内、または、300μm以内である領域を意味する。
【0033】
実施形態1の切削工具は、ドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ等の切削工具として好適に使用することができる。
【0034】
<基材>
基材としては、従来公知のものであればいずれのものも使用することができる。例えば、基材は、超硬合金(WC基超硬合金、WCおよびCoを含む超硬合金、WCおよびCoにTi、Ta、Nb等の炭窒化物を添加した超硬合金等)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム等)、立方晶型窒化硼素焼結体、またはダイヤモンド焼結体のいずれかからなってもよい。
【0035】
基材は、特にWC基超硬合金またはサーメット(特にTiCN基サーメット)でもよい。WC基超硬合金またはサーメットは、特に高温における硬度と強度とのバランスに優れるため、切削工具の基材として用いた場合に、切削工具の長寿命化に寄与することができる。
【0036】
<被膜>
実施形態1の切削工具において、被膜は第一層を含む。被膜は、基材を被覆することにより、切削工具の耐摩耗性や耐チッピング性等の諸特性を向上させ、切削工具の長寿命化をもたらす作用を有する。
【0037】
被膜は、第一層に加えて、他の層を含むことができる。他の層としては、
図3および
図4に示されるように、基材2と、第一層13との間に配置される下地層16、および、第一層13の基材2と反対側に設けられる表面層14等が挙げられる。
【0038】
被膜は、全体の厚みが0.4μm以上15μm以下でもよい。被膜の全体の厚みが0.4μm以上であると、被膜を設けることによる切削工具の寿命を長くするという効果を得やすくなる。一方、被膜の全体の厚みが15μm以下であると、切削初期において被膜でのチッピングが生じにくく、切削工具の寿命を長くすることができる。
【0039】
被膜の全体の厚みは、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて被膜の断面を観察することにより測定することができる。切削工具を被膜の表面の法線に沿う方向に切断し、断面サンプルを準備する。断面サンプルをSEMで観察する。観察倍率は5000~10000倍とし、測定視野を100~500μm2とする。1視野において、被膜の3箇所の厚み幅を測定し、3箇所の厚み幅の平均値を算出する。該平均値が、被膜の全体の厚みに該当する。後述の各層の厚みについても、特に記載のない限り同様の方法で測定される。
【0040】
被膜の圧縮残留応力は、絶対値が6GPa以下でもよい。被膜の圧縮残留応力とは、被膜全体に存する内部応力(固有ひずみ)の一種であって、「-」(マイナス)の数値(単位:本実施形態では「GPa」を使う)で表される応力をいう。このため、圧縮残留応力が大きいという概念は、数値の絶対値が大きくなることを示し、また、圧縮残留応力が小さいという概念は、数値の絶対値が小さくなることを示す。すなわち、圧縮残留応力の絶対値が6GPa以下であるとは、被膜3の圧縮残留応力が-6GPa以上0GPa以下であることを意味する。
【0041】
被膜の圧縮残留応力が0GPa以下であると、被膜の最表面から発生したクラックの進展を抑制しやすい。一方、圧縮残留応力の絶対値が6GPa以下であると、応力の大きさが適度であり、切削開始前に、切削工具のエッジ部から被膜が剥離することを抑制しやすい。
【0042】
被膜の圧縮残留応力は、X線残留応力装置を用いてsin2ψ法(「X線応力測定法」(日本材料学会、1981年株式会社養賢堂発行)の54~66頁参照)によって測定される。
【0043】
被膜の硬度は、30GPa以上55GPa以下で効果が高く、35GPa以上50GPa以下でもよい。これによると、被膜は十分な硬度を有する。被膜全体の硬度の測定は、ナノインデンター法(MTS社製Nano Indenter XP)により測定される。具体的には、ISO14577に準拠した方法で行い、測定荷重は10mN(1gf)とし、被膜3の表面において3箇所の硬度を測定し、3箇所の硬度の平均値を算出する。該平均値が被膜3の硬度に該当する。
【0044】
<第一層>
実施形態1の切削工具において、第一層は、第一単位層と第二単位層とが交互に積層された交互層からなる。第一層が、第一単位層と第二単位層とが交互に積層された交互層からなることは、被膜の断面を含む薄片サンプルをTEM(透過型電子顕微鏡)で観察し、コントラストの差によって確認することができる。
【0045】
第一単位層および第二単位層は、いずれが基材側に最も近い位置に配置されていてもよい。
図1では、基材2の直上に第一単位層12が配置されている。
図2では、基材2の直上に第二単位層15が配置されている。第一単位層12および第二単位層15は、いずれが被膜3の表面側に配置されていてもよい。
図1では、被膜3の表面側に第二単位層15が配置されている。
図2では、被膜3の表面側に第一単位層12が配置されている。
【0046】
第一層の厚みは、0.5μm以上15μm以下でもよく、2μm以上15μm以下でもよく、または、5μm以上10μm以下でもよい。第一層の厚みが0.5μm以上であると、連続加工において優れた耐摩耗性を発揮することができる。第一層13の厚みが15μm以下であると、断続切削において優れた耐チッピング性を有することができる。
【0047】
第一層の厚みは、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて被膜の断面を観察することにより測定することができる。切削工具を被膜の表面の法線に沿う方向に切断し、断面を含む薄片サンプルを準備する。薄片サンプルをTEMで観察する。観察倍率は2万~500万倍とし、測定視野を0.0016~80μm2とする。1視野において、第一層の3箇所の厚み幅を測定し、3箇所の厚み幅の平均値を算出する。該平均値が、第一層の厚みに該当する。
【0048】
第一単位層は、立方晶型の結晶構造を有することができる。第一単位層が立方晶型の結晶構造を有すると、被膜の耐摩耗性が向上する。第二単位層は、立方晶型の結晶構造を含むことができる。第二単位層が立方晶型の結晶構造を有すると、被膜の硬度が向上する。被膜中の各層の結晶構造は、当該分野で公知のX線回折装置により解析することができる。
【0049】
X線回折測定に用いる装置としては、株式会社リガク製の「SmartLab」(商品名)が挙げられる。X線回折測定の条件は下記の通りである。
(XRD測定条件)
走査軸 :2θ-θ
X線源 :Cu-Kα線(1.541862Å)
検出器 :0次元検出器(シンチレーションカウンタ)
管電圧 :45kV
管電流 :40mA
入射光学系 :ミラーの利用
受光光学系 :アナライザ結晶(PW3098/27)の利用
ステップ :0.03°
積算時間 :2秒
スキャン範囲(2θ) :10°~120°
【0050】
<第一単位層の組成および第二単位層の組成>
第一単位層は、Ti1-aMoaNからなり、aは、0.01以上0.20以下である。aは0.03以上0.18以下でもよく、0.05以上0.15以下でもよく、または、0.08以上0.14以下でもよい。
【0051】
本開示において、「第一単位層は、Ti1-aMoaNからなる」とは、本開示の効果を損なわない限り、第一単位層がTi1-aMoaNに加えて、不可避不純物を含むことができることを意味する。不可避的不純物としては、例えば、酸素および炭素が挙げられる。第一単位層における不可避不純物全体の含有率は、0原子%より大きく、1原子%未満でもよい。
【0052】
第二単位層は、AlbV1-bNからなり、bは、0.40以上0.80以下である。bは、0.45以上0.75以下でもよく、0.50以上0.70以下でもよく、または、0.55以上0.65以下でもよい。
【0053】
本開示において、「第二単位層は、AlbV1-bNからなる」とは、本開示の効果を損なわない限り、第二単位層15はAlbV1-bNに加えて、不可避不純物を含むことができることを意味する。不可避的不純物としては、例えば、酸素および炭素が挙げられる。第二単位層における不可避不純物全体の含有率は、0原子%超1原子%未満でもよい。
【0054】
上記a、上記bおよび第一単位層の不可避不純物の含有率および第二単位層の不可避不純物の含有率は、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて、被膜の断面を元素分析することにより測定される。切削工具を被膜の表面の法線に沿う方向に切断し、被膜の断面を含む薄片サンプルを準備する。TEMに付属のEDS(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)を用いて、薄片サンプルに対して電子線を照射し、その際に発生する特性X線のエネルギーと発生回数を計測し、第一単位層および第二単位層の元素分析を行う。第一単位層および第二単位層をそれぞれ5層ずつ任意に選択し、元素分析を行う。5層の第一単位層の平均組成を求める。該平均組成が第一単位層の組成に該当する。5層の第二単位層の平均組成を求める。該平均組成が第二単位層の組成に該当する。第一単位層および第二単位層のそれぞれの層数が4層以下の場合は、全ての層について元素分析を行い、第一単位層および第二単位層の平均組成を求める。同一の切削工具で測定する限り、測定箇所を任意に選択しても、測定結果にばらつきがないことが確認されている。
【0055】
本開示では、第一単位層の組成Ti1-aMoaNにおいて、TiおよびMoの合計原子数AM1に対するNの原子数AN1の比AN1/AM1は、0.8以上1.2以下である。本開示では、第二単位層の組成AlbV1-bNにおいて、AlおよびVの合計原子数AM2に対するNの原子数AN2の比AN2/AM2は、0.8以上1.2以下である。比AN1/AM1および比AN2/AM2は、ラザフォード後方散乱(RBS)法により測定できる。上記比AN1/AM1および比AN2/AM2が前記の範囲であれば、本開示の効果が損なわれないことが確認されている。
【0056】
<第一単位層の平均厚みおよび第二単位層の平均厚み>
第一単位層の平均厚みは、0.002μm以上0.2μm以下、かつ、第二単位層の平均厚みは、0.002μm以上0.2μm以下でもよい。これによると、被膜の表面で発生したクラックの進展を更に抑制することができる。第一単位層の平均厚みは、0.005μm以上0.15μm以下でもよく、または、0.01μm以上0.1μm以下でもよい。第二単位層の平均厚みは、0.005μm以上0.15μm以下でもよく、または、0.01μm以上0.10μm以下でもよい。
【0057】
第一単位層の平均厚みおよび第二単位層の平均厚みは、上記第一層の厚みの測定方法と同様の方法により測定される。
【0058】
図5に示されるように、第一単位層12と、第一単位層12に隣接する第二単位層15とにおいて、第一単位層12の厚みλ1μmに対する第二単位層15の厚みλ2μmの比λ2/λ1は1.0以上5.0以下でもよい。第二単位層は高い耐酸化性を有していることに加えて、熱伝導率が低く、切削時に発生した熱を基材に伝えにくい性質を持つ。比λ2/λ1が1.0以上であると、被膜中の第二単位層の割合が相対的に増え、被膜中のAl量が増えることで、切削工具全体としての熱遮断性が向上し、特に連続切削時の耐摩耗性が向上する。λ2/λ1が1.0以上であると、被膜の靱性が向上する傾向にある。一方、λ2/λ1が5.0以下であると、第一単位層12と第二単位層15とを積層したことによるクラックの進展の抑制効果が得られやすい傾向にある。
【0059】
λ2/λ1は、1.1以上5.0以下でもよく、1.2以上5.0以下でもよく、1.3以上4.0以下でもよく、1.8以上3.0以下でもよく、または、2.0以上2.5以下でもよい。
【0060】
図5では説明のために、3つの第一単位層12の厚さをすべてλ1と示し、3つの第二単位層15の厚さをすべてλ2と示しているが、互いに隣接する第一単位層と第二単位層との間で、上記λ2/λ1の関係を満たす限り、3つの第一単位層12の厚さλ1が同一である必要はなく、また、3つの第二単位層15の厚さλ2が同一である必要はない。
【0061】
第一層において、第一単位層および第二単位層のそれぞれの積層数は、5以上500以下でもよく、10以上500以下でもよく、100以上400以下でもよく、または、200以上350以下でもよい。これによると、第一単位層と第二単位層とを積層することにより、硬度と圧縮残留応力とをバランス良く向上させるという効果を十分に得ることができる。
【0062】
第一層において、第一単位層および第二単位層のそれぞれの積層数は、TEM(透過型電子顕微鏡)を用いて、被膜の断面の薄片サンプルを、TEMで観察倍率2万~500万倍で観察することにより求めることができる。
【0063】
<下地層>
図3および
図4に示されるように、被膜3は、基材2と、第一層13との間に配置される下地層16を更に含んでもよい。下地層16の組成は、第一単位層12の組成または第二単位層15の組成と同一でもよい。これにより、基材2と被膜3との密着性を高めることができる。
【0064】
下地層の組成が第一単位層の組成と同一である場合、切削初期に下地層が露出した場合においても、下地層は摺動特性が良好であるため、耐摩耗性を向上できる。
【0065】
下地層の組成が第一単位層の組成と同一である場合、下地層の厚みは、第一単位層の厚みより大きくてもよい。これにより、基材と被膜との密着性をより高めることができる。下地層の厚みは、第一単位層の厚みの1.0倍超500倍以下でもよく、2.0倍以上500倍以下でもよく、4.0倍以上120倍以下でもよく、または、10.0倍以上50倍以下でもよい。
【0066】
下地層の組成が第一単位層の組成と同一である場合、下地層の厚みは0.1μm以上2μm以下でもよく、0.3μm以上2μm以下でもよく、または、0.4μm以上2μm以下でもよい。下地層の厚みが0.1μm未満であると、下地層を第一単位層と同一の組成とすることによる耐摩耗性の向上効果を得難い傾向にある。下地層の厚みが2μmを超えると、結晶粒が肥大化して粒界が発生するため、耐摩耗性の向上効果を得難い傾向にある。
【0067】
下地層の組成が第一単位層の組成と同一である場合、
図3に示されるように、下地層16の直上に、第一単位層12が積層されてもよい。また、
図4に示されるように、下地層16の直上に、第二単位層15が積層されてもよい。下地層16の組成が第一単位層12の組成と同一であり、かつ該下地層16の直上に第一単位層12が積層された場合、下地層16と第一単位層12とは連続した結晶構造を有する。
【0068】
下地層の組成が第二単位層の組成と同一である場合、切削初期に下地層が露出した場合においても、基材と被膜との界面からの酸化を抑制し、かつ切削熱を遮断することができる。
【0069】
下地層の組成が第二単位層の組成と同一である場合、下地層の厚みは、第二単位層の厚みより厚くてもよい。これにより、基材と被膜との密着性をより高めることができる。下地層の厚みは、第二単位層の厚みの1.0倍超500倍以下でもよく、2.0倍以上500倍以下でもよく、4.0倍以上120倍以下でもよく、または、10.0倍以上50倍以下でもよい。
【0070】
下地層の組成が第二単位層の組成と同一である場合、下地層の厚みは0.1μm以上2μm以下でもよく、0.3μm以上2μm以下でもよく、または、0.4μm以上2μm以下でもよい。
【0071】
下地層の組成が第二単位層の組成と同一である場合、
図3に示されるように、下地層16の直上に第一単位層12が積層されてもよい。また、
図4に示されるように、下地層16の直上に第二単位層15が積層されてもよい。下地層16の組成が第二単位層15の組成と同一である場合で、かつ該下地層16の直上に第二単位層15が積層された場合、下地層16と第二単位層15とは連続した結晶構造を有する。
【0072】
<表面層>
図1~
図4に示されるように、被膜3は、第一層13の基材2と反対側に設けられる表面層14を更に含んでもよい。表面層14は、TiMoONまたはAlVONからなってもよい。これにより、被膜の摩擦係数を低下させ、切削工具の長寿命化を図ることができる。
【0073】
一般的に、酸窒化物は窒化物よりも被削材に対する耐凝着性が高い傾向にある。耐凝着性の向上は、酸素原子の寄与によるものと考えられる。被膜が酸窒化物からなる表面層を含むと、被削材に対する被膜の耐凝着性の向上により、切削工具が長寿命化する。
【0074】
表面層において、OとNとの組成比を調整することにより、所定の色を付与することが可能である。これにより、切削工具の外観に意匠性および識別性を付与でき、商業上有用となる。
【0075】
表面層14の厚みは、0.1μm以上2μm以下でもよい。表面層14の厚みが0.1μm以上であると、表面層14による潤滑性の付与効果が得られやすい。表面層の厚みが2μmを超えると、上述の潤滑性の付与効果を更に向上することができない傾向にある。よって、コスト面を考慮すると、表面層の厚みは2μm以下でもよい。
【0076】
<中間層>
実施形態1の切削工具において、被膜は、下地層と第一層との間に配置される中間層を含むことができる。中間層としては、例えばTiMoN、AlVCeN、AlVN、AlVBN、AlVSiN、AlVYN、AlVScN等が挙げられる。中間層の厚みは、0.1μm以上2μm以下でもよく、0.3μm以上1.5μm以下でもよく、または、0.4μm以上1.0μm以下でもよい。
【0077】
[実施形態2:切削工具(2)]
本開示の他の一実施形態に係る切削工具について、
図6~
図10を用いて説明する。
本開示の他の一実施形態(以下、「実施形態2」とも記す。)に係る切削工具1は、
基材2と、基材2上に配置された被膜3と、を備える切削工具1であって、
被膜3は、第二層13Aを含み、
第二層13Aは、第一単位層12と第三単位層17とが交互に積層された交互層からなり、
第一単位層12は、Ti
1-aMo
aNからなり、
aは、0.01以上0.20以下であり、
第三単位層17は、Al
cV
1-c-dX
dNからなり、
Xは、硼素、珪素、スカンジウム、イットリウム、および、セリウムからなる群より選択される1種または2種であり、
cは、0.40以上0.80以下であり、
dは、0.001以上0.05以下である、切削工具1である。
【0078】
実施形態2の切削工具は、特に刃先温度が高い条件下で実行される切削加工においても、長い工具寿命を有することができる。その理由は、以下の通りと推察される。
【0079】
第一単位層は、Ti1-aMoaNからなる。このため、実施形態1に記載の理由と同一の理由で、第一単位層を含む第一層は、ドライ切削加工時など刃先が高温になる加工において耐凝着性、摺動性および耐摩耗性を向上できる。
【0080】
第三単位層は、AlcV1-c-dXdNからなる。第三単位層はAlを含む。Alは酸化されやすいため、第三単位層を含む被膜は、第二層の表面側にAl2O3からなる緻密な酸化物層が形成されやすい傾向がある。その結果、第二層の熱遮断性および耐酸化性を向上することができる。
【0081】
第三単位層は切削時に酸化され、Vの酸化物であるV2O5が生成される。V2O5の融点は690℃であるため、切削加工中の温度で軟化して、潤滑材としての機能を有し、工具すくい面で摩擦係数の低減を図ることできる。
【0082】
第二層は、第一単位層と第三単位層とが交互に積層された交互層からなる。第一単位層と第三単位層との界面では組成および結晶格子が不連続となっている。よって、切削時に被膜の表面からクラックが発生した場合、界面においてクラックの進展を抑制することができる。第二層を含む被膜では、チッピングや欠損が抑制される。
【0083】
実施形態2の切削工具は、第二層、下地層および表面層の構成以外は、基本的に実施形態1の切削工具と同一の構成とすることができる。以下では、「第二層」、「下地層」および「表面層」について説明する。
【0084】
<第二層>
実施形態2の切削工具において、第二層は、第一単位層と第三単位層とが交互に積層された交互層からなる。第二層が、第一単位層と第三単位層とが交互に積層された交互層からなることは、被膜の断面をTEMで観察し、コントラストの差によって確認することができる。第二層の厚みは、実施形態1に記載の第一層の厚みと同一とすることができる。第一単位層および第三単位層は、いずれが基材側に最も近い位置に配置されていてもよい。第一単位層は、立方晶型の結晶構造を有することができる。第三単位層は、立方晶型の結晶構造を含むことができる。
【0085】
<第一単位層の組成および第三単位層の組成>
実施形態2の第一単位層の組成Ti1-aMoaNは、実施形態1の第一単位層の組成Ti1-aMoaNと同一とすることができる。
【0086】
第三単位層は、AlcV1-c-dXdNからなり、Xは、硼素、珪素、スカンジウム、イットリウム、および、セリウムからなる群より選択される1種または2種であり、cは、0.40以上0.80以下であり、dは、0.001以上0.05以下である。第三単位層17は優れた硬度と、優れた耐酸化性とを兼備することができる。その理由は以下の通りと推察される。
【0087】
第三単位層AlcV1-c-dXdNにおいて、Xが硼素である場合、硼素によって第三単位層の硬度が高くなり、被膜全体の硬度が高くなる。また、切削に伴う切削工具の表面の酸化によって形成される硼素の酸化物が、第三単位層中のAlの酸化物を緻密化し、第三単位層の耐酸化性が向上する。さらに、硼素の酸化物は低融点であるため切削時の潤滑剤として作用し、被削材の凝着を抑制できる。
【0088】
第三単位層AlcV1-c-dXdNにおいて、Xが珪素である場合、第三単位層の組織が微細化することによって、第三単位層の硬度と、耐酸化性とが向上し、被膜全体の硬度と、耐酸化性とが向上する。
【0089】
第三単位層AlcV1-c-dXdNにおいて、Xがスカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)およびセリウム(Ce)からなる群より選択される1種または2種である場合、第三単位層の粒界に前記元素が析出し、それらの酸化物が被膜表面からの酸素の粒界を通した内向拡散を抑制することができるので、第三単位層の耐酸化性が向上し、第三単位層を含む切削工具の寿命がより長くなる。
【0090】
上記cは、0.40以上0.80以下である。これにより、第三単位層の結晶構造が立方晶型となり、第三単位層が高硬度化し、耐摩耗性が向上する。cは、0.45以上0.75以下でもよく、0.50以上0.70以下でもよく、または、0.55以上0.65以下でもよい。
【0091】
上記dは、0.001以上0.05以下である。これにより、第二層の硬度および耐酸化性を向上することができる。dは、0.01以上0.05以下でもよく、0.02以上0.05以下でもよく、0.02以上0.04以下でもよく、0.02以上0.03以下でもよい。
【0092】
本開示において、「第三単位層は、AlcV1-c-dXdNからなる」とは、本開示の効果を損なわない限り、第三単位層はAlcV1-c-dXdNに加えて、不可避不純物を含むことができることを意味する。該不可避的不純物としては、例えば、酸素および炭素等が挙げられる。第三単位層における不可避不純物全体の含有量は、0原子%超1原子%未満でもよい。
【0093】
上記c、上記dおよび第三単位層の不可避不純物の含有率は、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて測定される。具体的な測定方法は、実施形態1に記載の上記aの測定方法と同一である。なお、同一の切削工具で測定する限り、測定箇所を任意に選択しても、測定結果にばらつきがないことが確認されている。
【0094】
本開示では、第一単位層の組成Ti1-aMoaNにおいて、TiおよびMoの合計原子数AM1に対するNの原子数AN1の比AN1/AM1は、0.8以上1.2以下である。本開示では、第三単位層の組成AlcV1-c-dXdNにおいて、Al、VおよびXの合計原子数AM3に対するNの原子数AN3の比AN3/AM3は、0.8以上1.2以下である。比AN3/AM3は、ラザフォード後方散乱(RBS)法により測定できる。上記比AN1/AM1および比AN3/AM3が前記の範囲であれば、本開示の効果が損なわれないことが確認されている。
【0095】
<第一単位層の平均厚みおよび第三単位層の平均厚み>
第一単位層の平均厚みは、0.002μm以上0.2μm以下、かつ、第三単位層の平均厚みは、0.002μm以上0.2μm以下でもよい。これによると、被膜の表面で発生したクラックの進展を更に抑制することができる。第一単位層の平均厚みは、0.005μm以上0.15μm以下でもよく、または、0.01μm以上0.1μm以下でもよい。第三単位層の平均厚みは、0.005μm以上0.15μm以下でもよく、または、0.01μm以上0.10μm以下でもよい。
【0096】
第一単位層の平均厚みおよび第三単位層の平均厚みは、実施形態1に記載の第一層の厚みの測定方法と同様の方法により求めることができる。
【0097】
図10に示されるように、第一単位層12と、第一単位層12に隣接する第三単位層17とにおいて、第一単位層12の厚みλ1μmに対する第三単位層17の厚みλ3μmの比λ3/λ1は、1.0以上5.0以下でもよい。第三単位層は高い耐酸化性を有していることに加えて、熱伝導率が低く、切削時に発生した熱を基材に伝えにくい性質を持つ。比λ3/λ1が1.0以上であると、被膜中の第三単位層の割合が相対的に増え、被膜中のAl量が増えることで切削工具全体としての熱遮断性が向上し、特に連続切削時の耐摩耗性が向上する。λ3/λ1が1.0以上であると、被膜の靱性が向上する傾向にある。一方、λ3/λ1が5.0以下であると、第一単位層と第三単位層とを積層したことによるクラックの進展の抑制効果が得られやすい傾向にある。
【0098】
λ3/λ1は、1.1以上5.0以下でもよく、1.2以上5.0以下でもよく、1.3以上4.0以下でもよく、1.8以上3.0以下でもよく、または、2.0以上2.5以下でもよい。
【0099】
図10では説明のために、3つの第一単位層12の厚さをすべてλ1と示し、3つの第三単位層17の厚さをすべてλ3と示しているが、互いに隣接する第一単位層と第三単位層との間で、上記λ3/λ1の関係を満たす限り、3つの第一単位層12の厚さλ1が同一である必要はなく、また、3つの第三単位層17の厚さλ3が同一である必要はない。
【0100】
第二層において、第一単位層および第三単位層のそれぞれの積層数は、4以上800以下でもよく、10以上500以下でもよく、100以上400以下でもよく、または、200以上350以下でもよい。これによると、第一単位層と第三単位層とを積層することにより、硬度と圧縮残留応力とをバランス良く向上させるという効果を十分に得ることができる。
【0101】
第二層において、第一単位層および第三単位層のそれぞれの積層数は、実施形態1に記載の第一単位層および第二単位層のそれぞれの積層数の測定方法と同様の方法により求めることができる。
【0102】
<下地層>
図8および
図9に示されるように、被膜3は、基材2と、第二層13Aとの間に配置される下地層16を更に含み、下地層16の組成は、第一単位層12の組成または第三単位層17の組成と同一でもよい。これにより、基材2と被膜3との密着性を高めることができる。
【0103】
下地層の組成が第一単位層の組成と同一である場合の効果および下地層の厚みは、実施形態1に記載の通りである。
【0104】
下地層16の組成が第三単位層17の組成と同一である場合、第三単位層は応力が小さい傾向にあることから、特に、負荷が刃先に繰り返しかかるようなフライス加工やエンドミル加工等の断続加工において、被膜の耐剥離性を向上することができる。
【0105】
下地層の組成が第三単位層の組成と同一である場合、下地層の厚みは、第三単位層の厚みより厚くてもよい。これにより、基材と被膜との密着性をより高めることができる。下地層の厚みは、第三単位層の厚みの1.0倍超500倍以下でもよく、2.0倍以上500倍以下でもよく、4.0倍以上120倍以下でもよく、または、10.0倍以上50倍以下でもよい。
【0106】
下地層の組成が第三単位層の組成と同一である場合、下地層の厚みは0.1μm以上2μm以下でもよく、0.3μm以上2μm以下でもよく、または、0.4μm以上2μm以下でもよい。
【0107】
下地層の組成が第三単位層の組成と同一である場合、
図8に示されるように、下地層の直上に第一単位層が積層されてもよい。また、
図9に示されるように、下地層の直上に第三単位層が積層されてもよい。下地層の組成は、第三単位層の組成と同一である場合で、かつ下地層の直上に第三単位層が積層された場合、下地層と第三単位層とは連続した結晶構造を有する。
【0108】
<表面層>
図6~
図9に示されるように、被膜3は、第二層13Aの基材2と反対側に設けられる表面層14を更に含んでもよい。表面層14は、TiMoONまたはAlVXONからなってもよい。ここで、Xは、硼素、珪素、スカンジウム、イットリウム、および、セリウムからなる群より選択される1種または2種でもよい。Xは、第三単位層で用いられるXと同一の元素でもよい。これにより、被膜の摩擦係数を低下させ、切削工具の長寿命化を図ることができる。
【0109】
表面層において、OとNとの組成比を調整することにより、所定の色を付与することが可能である。これにより、切削工具の外観に意匠性および識別性を付与でき、商業上有用となる。
【0110】
表面層14の厚みは、実施形態1に記載の通りとすることができる。
【0111】
[実施形態3:切削工具の製造方法]
実施形態3では、実施形態1または実施形態2の切削工具の製造方法について説明する。実施形態3の切削工具の製造方法は、基材を準備する第1工程と、基材上に被膜を形成する第2工程とを備える。第2工程は、第一層または第二層を形成する工程を含む。各工程の詳細について、以下に説明する。
【0112】
<第1工程>
第1工程では、基材を準備する。基材は、実施形態1に記載の基材を用いることができる。基材は、従来公知のものであればいずれも準備可能である。
【0113】
<第2工程>
第2工程では、基材上に被膜を形成する。第2工程は、第一層または第二層を形成する工程を含む。
【0114】
第一層を形成する工程では、物理蒸着(Physical Vapor Deposition;PVD)法を用いて、第一単位層と、第二単位層とを交互に積層することにより第一層を形成する。第二層を形成する工程では、PVD法を用いて、第一単位層と、第三単位層とを交互に積層することにより第二層を形成する。第一層または第二層を含む被膜の耐摩耗性を向上させるためには、結晶性の高い化合物からなる層を形成することが有効である。本発明者らは、第一層および第二層の形成方法として、物理的蒸着法を用いることで、結晶性の高い化合物からなる層を形成でき、被膜がは優れた耐摩耗性を有することを見出した。
【0115】
PVD法としては、カソードアークイオンプレーティング法、バランスドマグネトロンスパッタリング法、アンバランスドマグネトロンスパッタリング法、および、HiPIMS(High Power Impulse Magnetron Sputtering)法からなる群より選択される少なくとも1種を用いることができる。原料元素のイオン化率の高いカソードアークイオンプレーティング法を用いてもよい。カソードアークイオンプレーティング法を用いる場合には、第一層または第二層を形成する前に、基材の表面に対して金属のイオンボンバードメント処理が可能となるため、基材と、第一層または第二層を含む被膜との密着性が格段に向上する。
【0116】
カソードアークイオンプレーティング法は、例えば、装置内に基材を設置するとともにカソードとしてターゲットを設置した後に、ターゲットに高電圧を印加してアーク放電を生じさせることによってターゲットを構成する原子をイオン化して蒸発させて、基材上に物質を堆積させることにより行なうことができる。
【0117】
バランスドマグネトロンスパッタリング法は、例えば、装置内に基材を設置するとともに、平衡な磁場を形成する磁石を備えたマグネトロン電極上にターゲットを設置し、マグネトロン電極と基材との間に高周波電力を印加してガスプラズマを発生させ、このガスプラズマの発生により生じたガスのイオンをターゲットに衝突させてターゲットから放出された原子を基材上に堆積させることにより行うことができる。
【0118】
アンバランストマグネトロンスパッタリング法は、例えば、上記のバランスドマグネトロンスパッタリング法におけるマグネトロン電極により発生する磁場を非平衡にして行なうことができる。さらに高電圧を印可でき緻密な膜が得られるHiPIMS法を用いることもできる。
【0119】
<その他の工程>
第2工程は、第一層または第二層を形成する工程に加えて、ブラシを使った研磨、乾式または湿式のショットブラストなどの被膜の表面処理工程を含むことができる。また、第2工程は、下地層、表面層および中間層等の他の層を形成する工程を含むことができる。他の層は、従来公知の化学気相蒸着法や物理的蒸着法により形成することができる。一つの物理的蒸着装置内において、他の層を、第一単位層と、第二単位層または第三単位層と連続的に形成できるという観点から、他の層は物理的蒸着法により形成することが好ましい。
【実施例】
【0120】
本実施の形態を実施例により更に具体的に説明する。ただし、これらの実施例により本実施の形態が限定されるものではない。
【0121】
[実施例1]
<試料1~試料19、試料101~試料105>
≪切削工具の作製≫
図11は、実施例1で用いたカソードアークイオンプレーティング装置の模式的な断面図であり、
図12は、
図11の装置の概略上面図である。
【0122】
図11および
図12の装置において、チャンバ101内に、被膜の金属原料となる合金製ターゲットである第一単位層用のカソード106、第二単位層用のカソード107および表面層用のカソード120と、基材を設置するための回転式の基材ホルダ104とが取り付けられている。カソード106の組成は、表1の第一単位層の組成が得られるように調整してある。カソード107の組成は、表1の第二単位層の組成が得られるように調整してある。カソード120の組成は、表2の表面層の組成が得られるように調整してある。
【0123】
カソード106にはアーク電源108が取り付けられ、カソード107にはアーク電源109が取り付けられ、カソード120にはアーク電源(図示なし)が取り付けられている。また、基材ホルダ104には、バイアス電源110が取り付けられている。また、チャンバ101内には、ガス102が導入されるガス導入口105が設けられるとともにチャンバ101内の圧力を調節するためにガス排出口103が設けられており、ガス排出口103から真空ポンプによりチャンバ101内のガス102を吸引できる構造となっている。
【0124】
基材ホルダ104に、基材としてグレードがJIS規格K20の超硬合金であって、形状がJIS規格のCNMG120408のチップと住友電工ハードメタル株式会社製SEMT13T3AGSNのチップとを装着した。
【0125】
次に、真空ポンプによりチャンバ101内を減圧するとともに、基材を回転させながら装置内に設置されたヒータにより温度を600℃に加熱し、チャンバ101内の圧力が1.0×10-4Paとなるまで真空引きを行なった。次に、ガス導入口からアルゴンガスを導入してチャンバ101内の圧力を2.0Paに保持し、バイアス電源110の電圧を徐々に上げながら-1000Vとし、基材の表面のクリーニングを15分間行なった。その後、チャンバ101内からアルゴンガスを排気することによって基材を洗浄した(アルゴンボンバード処理)。以上によって、各試料の切削工具の基材を準備した。
【0126】
次に、基材を中央で回転させた状態で、反応ガスとして窒素を導入しながら、基材の温度を600℃、反応ガス圧を3.3Pa、バイアス電源110の電圧を-50V~-200Vの範囲の所定の一定値に維持したまま、カソード106、107にそれぞれ150Aのアーク電流を供給することによって、カソード106、107から金属イオンを発生させて、基材上に表2に示される組成を有する下地層、および、表1に示される組成を有する第一層を形成した。
【0127】
下地層が形成されている場合、第一層は、下地層上に第一単位層と第二単位層とを1層ずつ交互に、表1に示される積層数をそれぞれ積層することにより形成した。下地層が形成されていない場合、第一層は、基材上に第一単位層と第二単位層とを1層ずつ交互に、表1に示される積層数をそれぞれ積層することにより形成した。また、下地層の厚み、第一層中における第一単位層および第二単位層のそれぞれの厚みおよび積層数は、基材の回転速度で調整した。そして、下地層および第一層の厚みがそれぞれ表1および表2に示される厚みとなったところで蒸発源に供給する電流をストップした。表2の「下地層」欄の「-」との記載は、下地層が存在しないことを示す。
【0128】
次に、チャンバ101内に反応ガスとして窒素ガスおよび酸素ガスを導入しながら、基材の温度を500℃、反応ガス圧を2.0Pa、バイアス電源110の電圧を-350Vに維持したまま、カソード120に120Aのアーク電流を供給することによって、カソード120から金属イオンを発生させて、第一層上に表面層を形成した。表面層の厚みが表2に示される厚みとなったところで蒸発源に供給する電流をストップした。窒素ガスおよび酸素ガスの導入量は、表2の表面層の組成が得られるように調整した。以上により、各試料の切削工具が作製された。表2の「表面層」欄の「-」との記載は、表面層が存在しないことを示す。
【0129】
【0130】
【0131】
≪評価≫
<第一単位層の組成の測定>
各試料の切削工具について、第一単位層の組成を実施形態1に記載の方法により測定し、Ti1-aMoaNにおけるaの値を得た。結果を表1の「a」欄に記す。表1において、「a」欄に「-」と記載されている場合は、第一単位層が存在しないことを意味する。
【0132】
<第二単位層の組成の測定>
各試料の切削工具について、第二単位層の組成を実施形態1に記載の方法により測定し、AlbV1-bNにおけるbの値を得た。結果を表1の「b」の欄に記す。
【0133】
<下地層の組成および表面層の組成の測定>
各試料の切削工具について、下地層および表面層の組成を実施形態1に記載の方法により求めた。結果を表2の「下地層」の「組成」欄、「表面層」の「組成」欄に記す。表2の「下地層」の「組成」欄に「-」と記載されている場合は、下地層が存在しないことを示し、「表面層」の「組成」欄に「-」と記載されている場合は、表面層が存在しないことを示す。
【0134】
<積層数の測定>
各試料の切削工具について、第一単位層および第二単位層のそれぞれの積層数を実施形態1に記載の方法により求めた。例えば、積層数が10とは、交互層が第一単位層を10層および第二単位層を10層含むことを示す。得られた結果をそれぞれ表1の「積層数」の欄に記す。
【0135】
<第一単位層の平均厚み、第二単位層の平均厚み、第一層の厚み、下地層の厚み、および表面層の厚みの測定>
各試料の切削工具について、第一単位層の平均厚み、第二単位層の平均厚み、第一層の厚み、下地層の厚み、および表面層の厚みを実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果を表1の「第一単位層」の「平均厚み[μm]」、「第二単位層」の「平均厚み[μm]」、「第一層」の「厚み[μm]」、表2の「下地層」の「厚み[μm]」、「表面層」の「厚み[μm]」欄に記す。「-」と記載されている場合は、該当する層が存在しないことを示す。
【0136】
<λ2/λ1の測定>
各試料の切削工具について、λ2/λ1を実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果を表1の「λ2/λ1」の欄に記す。なお、表1の「λ2/λ1」欄「-」と記載されている場合は、第一単位層および第二単位層のうち少なくともいずれかが存在しないことを意味する。
【0137】
<第一単位層の結晶構造の測定>
試料1~試料19において、各試料の切削工具について、第一単位層に対してXRD測定を行うことにより、第一単位層および第二単位層の結晶構造を確認した。具体的な方法は、実施形態1に記載の通りである。試料1~試料19において、第一単位層は立方晶型の結晶構造を有し、第二単位層は立方晶型の結晶構造を有することが確認された。
【0138】
<被膜の硬度の測定>
試料1~試料19において、被膜の硬度を実施形態1に記載の方法により測定した。これらの試料の被膜の硬度は、30GPa以上55GPa以下の範囲内であることが確認された。
【0139】
<被膜の圧縮残留応力の測定>
試料1~試料19において、被膜の圧縮残留応力を実施形態1に記載の方法により測定した。これらの試料の被膜の圧縮残留応力の絶対値は、6GPa以下であることが確認された。
【0140】
<切削試験1:連続旋削試験>
各試料のCNMG120408形状の切削工具について、以下の切削条件で連続旋削試験を実行し、刃先の逃げ面摩耗量が0.2mmになるまでの時間を測定した。結果を表2の「切削試験1」の「切削時間[分]」の欄に記す。切削時間が長いことは、工具寿命が長いことを示す。
≪切削条件≫
・被削材:インコネル718(HB400)
・切削速度:90m/min
・送り速度:0.2mm/rev
・切り込み:1.5mm
・クーラント:水溶性
上記切削条件で実行される切削加工は、刃先温度が高い条件下で実行される切削加工に該当する。
【0141】
試料1~試料19の切削工具は実施例に該当し、試料101~試料105の切削工具は比較例に該当する。試料1~試料19の切削工具は、試料101~試料105の切削工具に比べて、刃先温度が高い条件下で実行される切削加工において、長い工具寿命を有することが確認された。
【0142】
<切削試験2:フライス試験>
各試料のSEMT13T3AGSN形状の切削工具について、幅150mmの板の中心線と、それより幅の広いφ160mmのカッターの中心を合わせて、以下の切削条件で表面フライス削りを実行し、刃先の逃げ面摩耗量が0.2mmになるまでの切削長を測定した。結果を表2の「切削試験2」の「切削長[km]」の欄に記す。切削長が長いことは、工具寿命が長いことを示す。
≪切削条件≫
・被削材:SKD11(HB=235)
・切削速度:200m/min
・送り速度:0.15mm/刃
・軸方向切り込みap:1.5mm
・径方向切り込みae:150mm
・クーラント:ドライ
上記切削条件で実行される切削加工は、刃先温度が高い条件下で実行される切削加工に該当する。
【0143】
試料1~試料19の切削工具は実施例に該当し、試料101~試料105の切削工具は比較例に該当する。試料1~試料19の切削工具は、試料101~試料105の切削工具に比べて、刃先温度が高い条件下で実行される切削加工において、長い工具寿命を有することが確認された。
【0144】
[実施例2]
<試料51~試料85、試料151~試料176>
≪切削工具の作製≫
実施例1と同一の方法で、各試料の切削工具の基材を準備した。基材を中央で回転させた状態で、反応ガスとしてアルゴンと窒素を導入しながら、基材の温度を600℃、反応ガス圧を2.0Pa、バイアス電源110の電圧を-50V~-200Vの範囲の所定の一定値に維持したまま、カソード106、107にそれぞれ100Aのアーク電流を供給することによって、カソード106、107から金属イオンを発生させて、基材上に表3~表6に示される組成を有する下地層および第二層を形成した。カソード106の組成は、表3~表4の第一単位層の組成が得られるように調整してある。また、カソード107の組成は、表3~表4の第三単位層の組成が得られるように調整してある。カソード120の組成は、表5~表6の表面層の組成が得られるように調整してある。
【0145】
下地層が形成されている場合、第二層は、下地層上に第一単位層と第三単位層とを1層ずつ交互に、表3~表4に示される積層数をそれぞれ積層することにより形成した。下地層が形成されていない場合、第二層は、基材上に第一単位層と第三単位層とを1層ずつ交互に、表3~表4に示される積層数をそれぞれ積層することにより形成した。また、下地層の厚み、第二層中における第一単位層および第三単位層のそれぞれの厚みおよび積層数は、基材の回転速度で調整した。そして、下地層および第二層の厚みが表3~表6に示される厚みとなったところで蒸発源に供給する電流をストップした。表5~表6の「下地層」欄の「-」との記載は、下地層が存在しないことを示す。
【0146】
次に、チャンバ101内に反応ガスとして窒素ガスおよび酸素ガスを導入しながら、基材の温度を350℃、反応ガス圧を2.0Pa、バイアス電源110の電圧を-350Vに維持したまま、カソード120に100Aのアーク電流を供給することによって、カソード120から金属イオンを発生させて、第二層上に表面層を形成した。表面層の厚みが表5~表6に示される厚みとなったところで蒸発源に供給する電流をストップした。窒素ガスおよび酸素ガスの導入量は、表5~表6の表面層の組成が得られるように調整した。以上により、各試料の切削工具が作製された。表5~表6の「表面層」欄の「-」との記載は、表面層が存在しないことを示す。
【0147】
【0148】
【0149】
【0150】
【0151】
≪評価≫
各試料に係る切削工具について、第一単位層の組成、第三単位層の組成、下地層の組成、表面層の組成、第一単位層および第三単位層のそれぞれの積層数、第一単位層の平均厚み、第三単位層の平均厚み、第二層の厚み、下地層の厚み、表面層の厚み、λ3/λ1および第一単位層の結晶構造、被膜の硬度、および、被膜の圧縮残留応力を測定した。それぞれの項目の測定方法は実施例1に記載の通りである。結果を表3~表6に示す。
【0152】
試料51~試料85において、第一単位層は立方晶型の結晶構造を有し、第二単位層は立方晶型の結晶構造を有することが確認された。試料51~試料85の被膜の硬度は、30GPa以上55GPa以下の範囲内であることが確認された。試料51~試料85被膜の圧縮残留応力の絶対値は、6GPa以下であることが確認された。
【0153】
<切削試験3:連続旋削試験>
各試料のCNMG120408形状の切削工具について、以下の切削条件で連続旋削試験を実行し、刃先の逃げ面摩耗量が0.2mmになるまでの時間を測定した。結果を表5~表6の「切削試験3」の「切削時間[分]」の欄に記す。なお、表5~表6において、切削時間が長いことは、工具寿命が長いことを示す。
(切削条件)
・被削材:SCM440(HB320)
・切削速度:360m/min
・送り速度:0.35mm/rev
・切り込み:2.0mm
・クーラント:水溶性
上記切削条件で実行される切削加工は、刃先温度が高い条件下で実行される切削加工に該当する。
【0154】
試料51~試料85の切削工具は実施例に該当し、試料151~試料176の切削工具は比較例に該当する。試料51~試料85の切削工具は、試料151~試料176の切削工具に比べて、刃先温度が高い条件下で実行される切削加工において、長い工具寿命を有することが確認された。
【0155】
<切削試験4:フライス試験>
各試料のSEMT13T3AGSN形状の切削工具について、幅150mmの板の中心線と、それより幅の広いφ160mmのカッターの中心を合わせて、以下の切削条件で表面フライス削りを実行し、刃先の逃げ面摩耗量が0.2mmになるまでの切削長を測定した。結果を表5~表6の「切削試験4」の「切削長[km]」の欄に記す。なお、表5~表6において、切削長が長いことは、工具寿命が長いことを示す。
≪切削条件≫
・被削材:FCD700(HB=250)
・切削速度:220m/min
・送り速度:0.2mm/刃
・軸方向切り込みap:2.0mm
・径方向切り込みae:150mm
・クーラント:ドライ
上記切削条件で実行される切削加工は、刃先温度が高い条件下で実行される切削加工に該当する。
【0156】
試料51~試料85の切削工具は実施例に該当し、試料151~試料176の切削工具は比較例に該当する。試料51~試料85の切削工具は、試料151~試料176の切削工具に比べて、刃先温度が高い条件下で実行される切削加工において、長い工具寿命を有することが確認された。
【0157】
以上のように本開示の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせたり、様々に変形することも当初から予定している。
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0158】
1 切削工具、2 基材、3 被膜、12 第一単位層、13 第一層、13A 第二層、14 表面層、15 第二単位層、16 下地層、17 第三単位層、101 チャンバ、102 ガス、103 ガス排出口、104 基材ホルダ、105 ガス導入口、106,107,120 カソード、108,109 アーク電源、110 バイアス電源。
【要約】
基材と、前記基材上に配置された被膜と、を備える切削工具であって、前記被膜は、第一層を含み、前記第一層は、第一単位層と第二単位層とが交互に積層された交互層からなり、前記第一単位層は、Ti1-aMoaNからなり、前記aは、0.01以上0.20以下であり、前記第二単位層は、AlbV1-bNからなり、前記bは、0.40以上0.80以下である、切削工具である。