(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-18
(45)【発行日】2025-03-27
(54)【発明の名称】セメント組成物、及び積層造形物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C04B 28/02 20060101AFI20250319BHJP
C04B 24/12 20060101ALI20250319BHJP
C04B 24/06 20060101ALI20250319BHJP
C04B 16/06 20060101ALI20250319BHJP
B28B 1/30 20060101ALI20250319BHJP
【FI】
C04B28/02
C04B24/12 A
C04B24/06 A
C04B16/06 B
B28B1/30
(21)【出願番号】P 2021060308
(22)【出願日】2021-03-31
【審査請求日】2024-02-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000000240
【氏名又は名称】太平洋セメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103539
【氏名又は名称】衡田 直行
(74)【代理人】
【識別番号】100111202
【氏名又は名称】北村 周彦
(74)【代理人】
【識別番号】100162145
【氏名又は名称】村地 俊弥
(72)【発明者】
【氏名】星 健太
(72)【発明者】
【氏名】黒澤 真一
(72)【発明者】
【氏名】前堀 伸平
(72)【発明者】
【氏名】小川 洋二
【審査官】末松 佳記
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-066549(JP,A)
【文献】特開2021-031343(JP,A)
【文献】特開2018-122539(JP,A)
【文献】特開2012-153577(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 7/00-28/36
B28B 1/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セメント、尿素、凝結遅延剤、細骨材、繊維、及び、水を含み、かつ、粗骨材を含まないセメント組成物であって、
上記セメント100質量部に対して、上記尿素の量が0.5~15質量部、上記凝結遅延剤の量が0.5~2.0質量部、細骨材の量が100~250質量部、及び、上記水の量が21~59質量部であり、
上記セメント組成物中の上記繊維の割合が、繊維を除くセメント組成物の全て100体積%に対して外割で0.3~7.0体積%であることを特徴とするセメント組成物。
【請求項2】
セメント、尿素、凝結遅延剤、細骨材、粗骨材、繊維、及び、水を含むセメント組成物であって、
上記セメント100質量部に対して、上記尿素の量が0.5~15質量部、上記凝結遅延剤の量が0.5~2.0質量部、細骨材の量が40~240質量部、粗骨材の量が10~210質量部、及び、上記水の量が、21~59質量部であり、
上記セメント組成物中の上記繊維の割合が、繊維を除くセメント組成物の全て100体積%に対して外割で0.3~7.0体積%であることを特徴とするセメント組成物。
【請求項3】
上記セメントが、超速硬セメントを含む請求項1または2に記載のセメント組成物。
【請求項4】
上記繊維は、直径が0.005~1.0mm、長さが2~30mm、及び、アスペクト比(長さ/直径)が20~200の繊維である、請求項1~3のいずれか1項に記載のセメント組成物。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載のセメント組成物を用いた、積層造形物の製造方法であって、
上記セメント組成物をポンプで圧送して、積層造形装置に供給する圧送工程、及び、
上記積層造形装置において、上記セメント組成物を押し出して、一層ずつ積層造形を行い、積層造形物を作製する造形工程、
を含むことを特徴とする積層造形物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セメント組成物、及び、該セメント組成物を用いた積層造形物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
CAD等で作成した3次元の造形用のデジタルデータに基いて、液状の光硬化性樹脂を、一層ずつ、紫外線の照射によって硬化させて、積層体である造形物(本明細書中、積層造形物ともいう。)を製造する、光造形法と称される技術が知られている。
積層造形物を製造するための技術としては、光造形法の他に、層状に敷き詰めた粉末(例えば、金属粉末、石膏粉末等)にバインダ(造形用の液体)を添加して固めるというインクジェット方式の操作を繰り返して、積層造形物を製造する粉末固着式積層法や、熱可塑性樹脂を高温で溶解させて、液状の層を形成させた後、該層を冷却して硬化させるという操作を繰り返して、積層造形物を製造する熱溶解積層法なども、知られている。
なお、積層造形物を製造する技術は、付加製造技術(additive manufacturing)と称されることがある。
また、積層造形物製造装置(付加製造用装置)は、3Dプリンタと称されることがある。
【0003】
近年、上述の積層造形技術にセメント系材料を用いることが、試みられている。
例えば、特許文献1に、無機結合材(例えば、カルシウムアルミネート類を50~100質量%の割合で含むもの)100質量部に対し、平均粒径が110μm以下のポリビニルアルコールを2~12質量部含む複合結合材、および砂を含有する、付加製造装置用水硬性組成物が、記載されている。
また、特許文献2に、セメント、カルシウムアルミネート類、無水石膏、尿素、及び凝結遅延剤を含む造形用セメント組成物であって、上記セメント100質量部に対して、上記カルシウムアルミネート類の量が50~80質量部であり、上記無水石膏の量が7~28質量部であり、上記尿素の量が5~23質量部であり、上記凝結遅延剤の量が0.1~5質量部であることを特徴とする造形用セメント組成物が、記載されている。
【0004】
一般に、積層造形技術は、薄肉の部分を有する造形物の製造に適している。しかし、少なくともセメントと水を含む水硬性材料であるセメント組成物を用いて製造された積層造形物は、外力によって薄肉等の部分が欠けやすいという問題がある。
【0005】
一方、コンクリートやモルタルなどのセメント組成物に、鋼繊維や、ビニロン、ポリプロピレンなどの有機質繊維などの繊維を均一に分散して混入することによって、得られるコンクリートやモルタルなどのセメント組成物の硬化物の引張強度、曲げ強度、せん断強度を向上させるとともに、耐衝撃性や靭性の向上、ひび割れの抑制、剥落の防止などが可能になることが知られている。
【0006】
このため、セメント組成物からなる積層造形材料として、繊維を含むセメント組成物が検討されている。
例えば、特許文献3に、繊維入りコンクリートを付加製造装置のノズルから所定の位置に押し出すことによって繊維の配向を容易に制御可能な繊維補強コンクリート部材の製造方法が、記載されている。
【0007】
ただし、特許文献3では、繊維の配向の制御を課題としているため、積層造形技術に用いる材料である繊維補強コンクリートの材料組成に関する検討は、十分ではない。
このため、特許文献3の技術を実施したとしても、繊維補強コンクリートの材料組成に起因する問題が生じる可能性がある。
例えば、積層造形技術に用いるセメント組成物に繊維を含む場合、付加製造装置へのポンプ圧送において、繊維と繊維以外の材料が分離を生じたり、かかる繊維によって、セメント組成物が良好な流動性を保ちうる使用可能時間である可使時間が短くなったりするなどの問題を生じる可能性がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2019-116095号公報
【文献】特開2020-66549号公報
【文献】特開2020-2744号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、積層造形物の製造に供せられるセメント組成物であって、繊維を含むにもかかわらず、ポンプ圧送時の繊維と繊維以外の材料が分離するという現象(以後、「材料分離」と称する場合がある。)が生じにくく、かつ、積層造形に適する十分に長い可使時間を有するセメント組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、セメント、尿素、凝結遅延剤、細骨材、繊維、及び、水を含むセメント組成物であって、上記セメント100質量部に対して、上記尿素の量が0.5~15質量部、上記凝結遅延剤の量が0.5~2.0質量部、細骨材の量が100~250質量部、及び、上記水の量が、21~59質量部であり、上記セメント組成物中の上記繊維の割合が、繊維を除くセメント組成物の全て100体積%に対して外割で0.3~7.0体積%であるセメント組成物によれば、上記目的を達成しうることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
さらに、本発明者は、セメント組成物がコンクリートの場合、すなわち、セメント組成物がセメント、尿素、凝結遅延剤、細骨材、粗骨材、繊維、及び、水を含む場合であっても、上記セメント100質量部に対して、上記尿素の量が0.5~15質量部、上記凝結遅延剤の量が0.5~2.0質量部、細骨材の量が40~240質量部、粗骨材の量が10~210質量部、及び、上記水の量が、21~59質量部であり、上記セメント組成物中の上記繊維の割合が、繊維を除くセメント組成物の全て100体積%に対して外割で0.3~7.0体積%であるセメント組成物によれば、上記目的を達成しうることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
本発明は、以下の[1]~[5]を提供するものである。
[1] セメント、尿素、凝結遅延剤、細骨材、繊維、及び、水を含み、かつ、粗骨材を含まないセメント組成物であって、上記セメント100質量部に対して、上記尿素の量が0.5~15質量部、上記凝結遅延剤の量が0.5~2.0質量部、細骨材の量が100~250質量部、及び、上記水の量が、21~59質量部であり、上記セメント組成物中の上記繊維の割合が、繊維を除くセメント組成物の全て100体積%に対して外割で0.3~7.0体積%であることを特徴とするセメント組成物。
[2] セメント、尿素、凝結遅延剤、細骨材、粗骨材、繊維、及び、水を含むセメント組成物であって、上記セメント100質量部に対して、上記尿素の量が0.5~15質量部、上記凝結遅延剤の量が0.5~2.0質量部、細骨材の量が40~240質量部、粗骨材の量が10~210質量部、及び、上記水の量が、21~59質量部であり、上記セメント組成物中の上記繊維の割合が、繊維を除くセメント組成物の全て100体積%に対して外割で0.3~7.0体積%であることを特徴とするセメント組成物。
[3] 上記セメントが、超速硬セメントを含む、上記[1]または[2]に記載のセメント組成物。
[4] 上記繊維は、直径が0.005~1.0mm、長さが2~30mm、及び、アスペクト比(長さ/直径)が20~200の繊維である、上記[1]~[3]のいずれかに記載のセメント組成物。
[5] 上記[1]~[4]のいずれかに記載のセメント組成物を用いた、積層造形物の製造方法であって、上記セメント組成物をポンプで圧送して、積層造形装置に供給する圧送工程、及び、上記積層造形装置において、上記セメント組成物を押し出して、一層ずつ積層造形を行い、積層造形物を作製する造形工程、を含むことを特徴とする積層造形物の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明のセメント組成物は、繊維を含むため、薄肉等の部分を含む積層造形物を製造するための材料として用いた場合に、積層造形物に欠け等を生じさせにくい。
また、本発明のセメント組成物は、繊維を含むにもかかわらず、該組成物の調製場所から積層造形物製造装置までポンプで圧送するときに、材料分離を生じさせにくい。
さらに、本発明のセメント組成物は、繊維を含むにもかかわらず、積層造形に適する十分に長い可使時間を有する。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明のセメント組成物の第一の態様は、セメント、尿素、凝結遅延剤、細骨材、繊維、及び、水を含み、かつ、粗骨材を含まないセメント組成物であって、上記セメント100質量部に対して、上記尿素の量が0.5~15質量部、上記凝結遅延剤の量が0.5~2.0質量部、細骨材の量が100~250質量部、及び、上記水の量が、21~59質量部であり、上記セメント組成物中の上記繊維の割合が、繊維を除くセメント組成物の全て100体積%に対して外割で0.3~7.0体積%である、セメント組成物である。
【0015】
本発明のセメント組成物の第二の態様は、セメント、尿素、凝結遅延剤、細骨材、粗骨材、繊維、及び、水を含むセメント組成物であって、上記セメント100質量部に対して、上記尿素の量が0.5~15質量部、上記凝結遅延剤の量が0.5~2.0質量部、細骨材の量が40~240質量部、粗骨材の量が10~210質量部、及び、上記水の量が、21~59質量部であり、上記セメント組成物中の上記繊維の割合が、繊維を除くセメント組成物の全て100体積%に対して外割で0.3~7.0体積%である、セメント組成物である。
【0016】
本発明において、セメントとしては、超速硬セメント、超早強ポルトランドセメント、早強ポルトランドセメント、普通ポルトランドセメント、中庸熱ポルトランドセメント、低熱ポルトランドセメント、白色ポルトランドセメント、高炉セメント、フライアッシュセメント、アルミナセメント、エコセメント等が挙げられる。これらは、一種を単独でまたは二種以上を組み合わせて用いられる。
中でも、好ましい実施形態としては、積層造形物の製造時間の短縮の観点から、超速硬セメントを30~70質量%の割合で含むものが挙げられる。
超速硬セメントの割合が30質量%以上であると、積層造形物の製造効率をより高めることができる。超速硬セメントの割合が70質量%以下であると、材料コストをより低減することができる。
【0017】
超速硬セメントは、ポルトランドセメントに、ハイアルミナセメントと石こうからなる急硬材、または、非晶質カルシウムアルミネートと石こうからなる急硬材を混和してなる種類と、カルシウムフロロアルミネート(C11A7・CaF2)や、カルシウムサルフォアルミネート(3CaO・3Al2O3・CaSO4)等の化合物を主成分とする種類の2種類に大別される。本発明においては、そのどちらも同様に使用することができる。
【0018】
本発明において、尿素は、セメント組成物中の材料分離の抑制、及び、セメント組成物の十分に長い可使時間の確保のために用いられる。
尿素の量は、セメント100質量部に対して、0.5~15質量部、好ましくは0.7~10質量部、より好ましくは1.0~7.0質量部、さらに好ましくは1.2~5.0質量部、特に好ましくは1.5~3.0質量部である。
尿素の量が0.5質量部未満であると、セメント組成物の製造場所から積層造形物製造装置までのポンプ圧送において繊維と繊維以外の材料分離が生じたり、あるいは、可使時間が不十分となる。また、尿素の量が15質量部を超えると、積層造形物の圧縮強度が低下する。
【0019】
本発明において、凝結遅延剤は、セメント組成物の十分に長い可使時間の確保のために用いられる。
凝結遅延剤の例としては、クエン酸及びその塩、ヘプトン酸及びその塩、コハク酸及びその塩、酒石酸及びその塩、グルコン酸及びその塩、リンゴ酸及びその塩等が挙げられる。
中でも、可使時間をより長くする観点から、クエン酸が好ましい。
セメント100質量部に対する凝結遅延剤の量は、0.5~2.0質量部、好ましくは0.6~1.9質量部、より好ましくは0.7~1.8質量部、特に好ましくは0.8~1.7質量部である。
凝結遅延剤の量が0.5質量部未満であると、セメント組成物の可使時間が短くなり、ポンプ圧送を伴う積層造形を行うことが困難となる。凝結遅延剤の量が2.0質量部を超えると、材料分離が生じやすい。
【0020】
本発明において、細骨材は、積層時に造形物の形状が崩れずに良好な寸法安定性を付与するために用いられる。
細骨材としては、石灰石砕砂、珪砂、川砂、山砂、陸砂、海砂、スラグ細骨材、及び軽量細骨材等が挙げられる。これらは、一種を単独でまたは二種以上を組み合わせて用いられる。
細骨材の中でも、石灰石砕砂が好ましい。
本発明のセメント組成物の粗骨材を含まない第一の態様において、セメント100質量部に対する石灰石砕砂等の細骨材の量は、好ましくは100~250質量部、より好ましくは120~220質量部、特に好ましくは140~200質量部である。
細骨材の量が100質量部未満であると、セメント組成物中に占めるセメントペーストの割合が過大になり、造形物の形状が崩れやすくなる。細骨材の量が250質量部を超えると、セメント組成物中に占める細骨材の割合が過大になり、ポンプ圧送において閉塞が生じやすくなる。
【0021】
また、本発明のセメント組成物の粗骨材を含む第二の態様においては、上述の粗骨材を含まない第一の態様における細骨材の一部が、粗骨材に置換される。粗骨材を用いることで、材料コストがより低減でき、かつ、寸法安定性がより向上する。
粗骨材としては、川砂利、山砂利、陸砂利、海砂利、砕石、スラグ粗骨材、軽量粗骨材等が挙げられる。これらは、一種を単独でまたは二種以上を組み合わせて用いられる。
粗骨材の中でも、砕石が好ましい。
セメント100質量部に対する砕石等の粗骨材の量は、好ましくは10~210質量部、より好ましくは40~190質量部、特に好ましくは70~170質量部である。そして、この粗骨材量に対応する細骨材の量は、好ましくは40~240質量部、より好ましくは60~210質量部、特に好ましくは80~180質量部である。
粗骨材の量が10質量部未満であると、セメント組成物中に占めるモルタルの割合が大きくなり、材料コストの低減や寸法安定性の十分な向上が期待できない。粗骨材の量が210質量部を超えると、セメント組成物中に占める粗骨材の割合が過大になり、ポンプ圧送において閉塞が生じやすくなる。
【0022】
本発明において、繊維は、セメント組成物の曲げ強度等を高めるために用いられる。
繊維の例としては、有機質繊維、金属繊維、ガラス繊維、炭素繊維等が挙げられる。これらは、一種を単独でまたは二種以上を組み合わせて用いられる。
有機質繊維の例としては、PVA繊維(ポリビニルアルコール繊維;「ビニロン繊維」ともいう。)、ポリプロピレン繊維、ポリエチレン繊維、アラミド繊維等が挙げられる。中でも、PVA繊維及びポリプロピレン繊維は、高強度でかつ低コストであり、入手も容易である点で、好ましい。
金属繊維としては、鋼繊維等が挙げられる。
【0023】
繊維の直径は、好ましくは0.005~1.0mm、より好ましくは0.02~0.8mm、さらに好ましくは0.05~0.6mm、さらに好ましくは0.1~0.5mm、特に好ましくは0.2~0.4mmである。
直径が0.005mm以上であると、曲げ強度がより大きくなる。直径が1.0mm以下であると、アスペクト比(長さ/直径)が好ましい範囲内になるための長さが過大にならないので、材料分離が生じにくくなる。
【0024】
繊維の長さは、好ましくは2~30mm、より好ましくは5~26mm、さらに好ましくは8~22mm、さらに好ましくは10~20mm、特に好ましくは12~18mmである。
長さが2mm以上であると、曲げ強度がより大きくなる。長さが30mm以下であると、アスペクト比(長さ/直径)が好ましい範囲内になるための長さが過大にならないので、材料分離が生じにくくなる。
【0025】
繊維のアスペクト比(長さ/直径)は、好ましくは20~200、より好ましくは25~150、さらに好ましくは30~100、さらに好ましくは35~80、特に好ましくは40~60である。
アスペクト比が20以上であると、曲げ強度がより大きくなる。アスペクト比が200以下であると、材料分離が生じにくくなる。
【0026】
セメント組成物中の繊維の量は、繊維を除くセメント組成物の全量100体積%に対して、外割で0.5~5.0体積%、好ましくは0.7~4.6体積%、より好ましくは0.9~4.2体積%、特に好ましくは1.1~3.8体積%である。
セメント組成物中の繊維の上記量が0.5体積%以上であると、セメント組成物の曲げ強度がより大きくなる。セメント組成物中の繊維の上記量が5.0体積%以下であると、セメント組成物の可使時間をより長くすることができる。
【0027】
水の量は、セメント100質量部に対して、21~59質量部、好ましくは24~51質量部、より好ましくは27~43質量部、特に好ましくは30~35質量部である。
水の量が21質量部未満であると、セメント組成物の粘度が大き過ぎてポンプ圧送を行うことが困難となる。水の量が59質量部を超えると、セメント組成物の圧縮強度が小さくなる。
【0028】
本発明のセメント組成物は、必要に応じて、セメント、尿素、凝結遅延剤、細骨材、粗骨材、繊維、水以外の他の材料を含むことができる。
他の材料としては、AE剤、減水剤、AE減水剤、高性能減水剤、及び高性能AE減水剤等の各種混和剤や、高炉スラグ微粉末、シリカフューム、アルミナセメントを除いたカルシウムアルミネート類等の各種混和材等が挙げられる。
【0029】
本発明のセメント組成物を用いた積層造形物の製造方法について説明する。
積層造形物の製造方法は、上述のセメント組成物をポンプで圧送して積層造形装置に供給する圧送工程、及び、積層造形装置においてセメント組成物を押し出して一層ずつ積層造形を行って積層造形物を作製する造形工程、を含む。
また、本発明の積層造形物の製造方法は、圧送工程の前工程として、セメント組成物を製造する組成物製造工程を含むことができる。
以下、各工程について説明する。
【0030】
[組成物製造工程]
組成物製造工程は、次工程の圧送工程でポンプ圧送されるセメント組成物を製造する工程である。
組成物製造工程において、セメント組成物を製造する手段としては、特に限定されるものではなく、モルタルやコンクリートを製造するための材料の混練において一般的に使用されるミキサを使用することができる。具体的には、縦型ミキサ、横型ミキサ、ナウターミキサ、傾胴ミキサ、強制ミキサ、二軸ミキサ等が挙げられる。縦型ミキサとしては、ホバート社製の「ホバートミキサ」、ヘンシェル社製の「ヘンシェルミキサ」等が挙げられる。横型ミキサとしては、レディゲ社製の「レディゲミキサ」等が挙げられる。
【0031】
[圧送工程]
圧送工程は、組成物製造工程で製造されたセメント組成物を、スクイーズポンプ等の圧送ポンプによって、次工程である造形工程で用いる積層造形装置に送る工程である。
圧送工程における圧送手段の構成の一例としては、ホッパ、スクイーズポンプ、及び、圧送用の管をこの順で接続してなるものが挙げられる。
ホッパは、前工程である組成物製造工程で製造されたセメント組成物を投入するための開口部を上部に有し、かつ、当該ホッパに収容されたセメント組成物をスクイーズポンプに供給するための排出部を下部に有するものである。
絞り出し式のスクイーズポンプは、セメント組成物を積層造形装置に圧送するためのポンプである。スクイーズポンプとしては、市販のモルタル圧送用ポンプを用いることができる。
圧送用の管の一例としては、ゴム製のホースが挙げられる。圧送用の管の長さは、例えば2~10mである。圧送用の管の内径は、例えば1~10cmである。
【0032】
[造形工程]
造形工程は、圧送工程から供給されたセメント組成物を積層させながら、目的とする積層造形物を造形する工程である。
造形工程で用いる積層造形装置の一例としては、積層造形用の台と、圧送用の管によって圧送されたセメント組成物を、積層造形用の台に供給するためのノズルと、ノズルを水平面上に2次元移動させたり、あるいはノズルを鉛直方向に移動させることのできるノズル位置調整装置と、積層造形を制御するための制御用コンピュータを少なくとも含むものが挙げられる。
積層造形装置では、制御用コンピュータからのデジタルデータに基いて移動するノズルから、積層造形用の台に、セメント組成物が押し出されて供給され、まず、一層分の造形が行われる。次に、ノズルが一層分、上方に移動して、既に作製された一層分の造形物の上に、ノズルが水平移動しながら一層分のセメント組成物を供給し、全体で二層の造形物が形成される。以後、同様の操作を繰り返し、目的物である積層造形物を完成させることができる。
【実施例】
【0033】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
[使用材料]
(1)セメント:超速硬セメント(商品名:スーパージェットセメント;太平洋セメント社製)と普通ポルトランドセメント(太平洋セメント社製)を1:1の質量比で混合してなるもの
(2)尿素
(3)凝結遅延剤:クエン酸(試薬)
(4)繊維:PVA繊維(直径:0.3mm、長さ:15mm、アスペクト比:50)
(5)細骨材:石灰石砕砂
(6)粗骨材:砕石2005
【0034】
[粗骨材を含まない第一の態様のセメント組成物の製造方法](実施例1~11、比較例1~8)
表1に示す材料のうち、水以外のすべての材料をホバートミキサ(容量:15リットル)に投入して、30秒間、撹拌し混合した。次いで、水を加えて、4分間、混練を行い、粗骨材を含まない態様のセメント組成物(表1中の実施例1~11、及び、表2中の比較例1~8)を製造した。
【0035】
[粗骨材を含む第二の態様のセメント組成物の製造方法](実施例12~14、比較例9)
表2に示す材料のうち、水以外のすべての材料をパン型ミキサ(容量:55リットル)に投入して、30秒間、撹拌し混合した。次いで、水を加えて、2分間、混練を行い、掻き落としを行った。その後、再度2分間、混練を行い、粗骨材を含む態様のセメント組成物(表2中の実施例12~14及び比較例9)を製造した。
【0036】
製造された第一または第二の態様のセメント組成物を用いて、以下の(a)~(b1)、または、(a)~(b2)の試験を行った。
(a)目視でのセメント組成物の押出性の評価
上述の4分間の混練直後に圧送ポンプによって送られた第一または第二の態様のセメント組成物について、積層造形装置を用いてセメント組成物の積層造形を行い、ノズルから押し出されたセメント組成物の押出性を目視にて評価した。結果を表1に示す。
ノズルから押し出されたセメント組成物が、材料分離や圧送用の管に閉塞を生じることなく連続的に押し出されていた場合、セメント組成物は、積層造形に支障のない押出性を確保することができると評価されて、表1の押出性の評価欄が〇となる。
一方、ノズルから押し出されたセメント組成物が、繊維と繊維以外の材料に分離する、または、骨材とそれ以外の材料に分離するなどし、セメント組成物の押出が不連続になる場合、あるいは、ノズルからセメント組成物が押し出されない場合には、セメント組成物の良好な押出性を確保することができず、積層造形の用途には不適であると評価されて、表1の押出性の評価欄が×となる。
【0037】
(b1)粗骨材を含まない第一の態様に関するフロー試験(フロー値の低下率の評価)
上述の粗骨材を含まない態様のセメント組成物の製造における4分間の混練直後のセメント組成物について、「JIS R 5201:2015(セメントの物理試験方法)」に記載の方法に準拠して、15回の落下運動を行った場合のフロー値(mm)(以下、「混練直後のフロー値」ともいう。)を測定した。結果を表1に示す。
また、上述のモルタルの製造において水を加えた時から90分後のセメント組成物についても、上述の「混練直後のフロー値」の測定方法と同様にして、フロー値(mm)(以下、「90分後のフロー値」ともいう。)を測定した。
そして、下記式(1)に示す「フロー値の低下率」(%)を算出した。結果を表1に示す。
[フロー値の低下率](%)=([混練直後のフロー値]-[90分後のフロー値])×100÷[混練直後のフロー値]・・・(1)
フロー値の低下率が30%未満である場合、粗骨材を含まない態様のセメント組成物の良好な流動性を長時間維持して、積層造形に支障のない可使時間を確保することができる。
【0038】
(b2)粗骨材を含む第二の態様のセメント組成物に関する試験(ウェットスクリーニングして得られたモルタル部に関するフロー値の低下率の評価)
上述の粗骨材を含む態様のセメント組成物の製造における4分間の混練直後のセメント組成物と、水を加えた時から90分後のセメント組成物のそれぞれについて、「JIS Z 8801-1(金属製網ふるい)」に規定される公称目開き4.75mmの網ふるいを使用して粗骨材を分離し、得られたモルタル部について、「JIS R 5201:2015(セメントの物理試験方法)」に記載の方法に準拠して、15回の落下運動を行った場合のフロー値(mm)(「混練直後のフロー値」と「90分後のフロー値」)を測定し、上記(b1)と同じ評価を行った。
結果を表2に示す。
【0039】
【0040】
【0041】
表1~表2に示すように、実施例1~14では、良好な押出性が得られている。
また、実施例1~14では、フロー値の低下率が30%未満であり、積層造形に十分な可使時間を有していることがわかる。
一方、凝結遅延剤の使用量が2.0質量部を超えている比較例3、及び、尿素の使用量が0.5質量部未満の比較例6では、材料分離が生じてしまい、積層造形には不適であった。
また、細骨材の使用量が250質量部を超えている比較例4、及び、繊維の使用量が7.0体積%を超えている比較例5、及び、細骨材の使用量が40質量部未満の比較例9では、圧送用の管に閉塞が生じてしまい、ノズルからセメント組成物が押し出されなかった。
さらに、尿素の使用量が0.5質量部未満の比較例2、及び、凝結遅延剤の使用量が0.5質量部未満の比較例7では、セメント組成物の押出性は良好であったものの、セメント組成物の可使時間が短かった。
さらに、水の使用量が27質量部未満の比較例1、及び、細骨材の使用量が100質量部未満の比較例8では、セメント組成物の粘度が非常に大き過ぎ、セメント組成物の押出性及び可使時間ともに不適であった。