(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-19
(45)【発行日】2025-03-28
(54)【発明の名称】定量分析方法、定量分析システム、及び、定量分析システム用プログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 23/223 20060101AFI20250321BHJP
G01N 21/65 20060101ALI20250321BHJP
【FI】
G01N23/223
G01N21/65
(21)【出願番号】P 2021056742
(22)【出願日】2021-03-30
【審査請求日】2024-02-16
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第56回X線分析討論会(オンライン開催、参考URL https://xbun.jsac.jp/conference/no56.html)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第56回X線分析討論会 講演要旨集 第25~26頁 (公益財団法人 日本分析化学会 X線分析研究懇談会)
(73)【特許権者】
【識別番号】513279283
【氏名又は名称】株式会社堀場テクノサービス
(74)【代理人】
【識別番号】100121441
【氏名又は名称】西村 竜平
(74)【代理人】
【識別番号】100154704
【氏名又は名称】齊藤 真大
(74)【代理人】
【識別番号】100129702
【氏名又は名称】上村 喜永
(72)【発明者】
【氏名】小野田 麻由
(72)【発明者】
【氏名】駒谷 慎太郎
【審査官】藤本 加代子
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-519571(JP,A)
【文献】特開2018-087700(JP,A)
【文献】特開2001-013095(JP,A)
【文献】特開2017-090183(JP,A)
【文献】特開2017-194360(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/223
G01N 21/65
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
未知試料に光を照射して、前記未知試料から発生するラマン散乱光のスペクトルを測定するラマンスペクトル測定ステップと、
測定されたラマン散乱光のスペクトルに基づいて、前記未知試料に含まれる所定原子番号以下の軽元素に関する情報を少なくとも特定するラマンスペクトル分析ステップと、
前記未知試料に1次X線を照射し、前記未知試料から発生する蛍光X線のスペクトルを測定する蛍光X線スペクトル測定ステップと、
測定された蛍光X線のスペクトルに基づいて、FP(ファンダメンタルパラメータ)法により前記未知試料に含まれる元素又は化合物を定量する蛍光X線スペクトル分析ステップと、を備え、
前記蛍光X線スペクトル分析ステップが、
前記ラマンスペクトル分析ステップで特定された前記未知試料に含まれる軽元素に関する情報に基づいて、前記FP法
の逐次計算の各段における理論X線強度と実測X線とのずれとみなされる残成分を設定する残成分設定ステップを備えることを特徴とする定量分析方法。
【請求項2】
前記軽元素が、原子番号が12番までの元素である請求項1記載の定量分析方法。
【請求項3】
前記軽元素に関する情報が、軽元素に関する定性した結果に関する情報、軽元素又は軽元素を含む化合物の結合状態又は化合状態に関する情報を少なくとも1つ含む請求項1又は2記載の定量分析方法。
【請求項4】
前記未知試料に含まれる軽元素に関する情報が、軽元素又は軽元素を含む結合状態又は化合状態に関する情報であり、
結合状態又は化合状態に応じて、前記残成分のX線の吸収係数を設定する請求項1乃至3いずれかに記載の定量分析方法。
【請求項5】
前記未知試料に含まれる軽元素に関する情報が、軽元素を含む化合物の化学式、元素記号、又は元素名であり、
前記残成分が、軽元素を含む化合物の化学式、元素記号、又は、元素名で設定される請求項1乃至4いずれかに記載の定量分析方法。
【請求項6】
前記未知試料に含まれる軽元素に関する情報が、軽元素を含む化合物又は軽元素の前記未知試料内における濃度であり、
前記FP法により定量される成分の濃度と、前記残成分の濃度の和が100%となるように設定される請求項1乃至5いずれかに記載の定量分析方法。
【請求項7】
前記残成分設定ステップが、前記FP法の逐次計算の各段における理論X線強度と実測X線とのずれが前記残成分として設定された成分によるX線の吸収であるとみなすことで、前記残成分として設定された成分の濃度を算出する、請求項1乃至6の何れか一項に記載の定量分析方法。
【請求項8】
前記残成分設定ステップが、前記ラマンスペクトル分析ステップで特定された前記未知試料に含まれる軽元素に関する情報に基づいて、前記FP法における前記残成分の候補を表示する、請求項1乃至7の何れか一項に記載の定量分析方法。
【請求項9】
前記ラマンスペクトル測定ステップの後に、前記蛍光X線スペクトル測定ステップを行う、請求項1乃至8の何れか一項に記載の定量分析方法。
【請求項10】
未知試料に光を照射して、前記未知試料から発生するラマン散乱光のスペクトルを測定するラマン散乱光測定機構と、
測定されたラマン散乱光のスペクトルに基づいて、前記未知試料に含まれる所定原子番号以下の軽元素に関する情報を少なくとも特定するラマンスペクトル分析部と、
前記未知試料に1次X線を照射し、前記未知試料から発生する蛍光X線のスペクトルを測定する蛍光X線スペクトル測定機構と、
測定された蛍光X線のスペクトルに基づいて、FP(ファンダメンタルパラメータ)法により前記未知試料に含まれる元素又は化合物を定量する蛍光X線スペクトル分析部と、を備え、
前記蛍光X線スペクトル分析部が、
前記ラマンスペクトル分析
部で特定された前記未知試料に含まれる軽元素に関する情報に基づいて、前記FP法
の逐次計算の各段における理論X線強度と実測X線とのずれとみなされる残成分を設定する残成分設定部を備えることを特徴とする定量分析システム。
【請求項11】
未知試料に光を照射して、前記未知試料から発生するラマン散乱光のスペクトルを測定するラマン散乱光測定機構と、前記未知試料に1次X線を照射し、前記未知試料から発生する蛍光X線のスペクトルを測定する蛍光X線スペクトル測定機構と、を備えた定量分析システムに用いられるプログラムであって、
測定されたラマン散乱光のスペクトルに基づいて、前記未知試料に含まれる所定原子番号以下の軽元素に関する情報を少なくとも特定するラマンスペクトル分析部と、
測定された蛍光X線のスペクトルに基づいて、FP(ファンダメンタルパラメータ)法により前記未知試料に含まれる元素又は化合物を定量する蛍光X線スペクトル分析部と、としての機能をコンピュータに発揮させるものであり、
前記蛍光X線スペクトル分析部が、
前記ラマンスペクトル分析
部で特定された前記未知試料に含まれる軽元素に関する情報に基づいて、前記FP法
の逐次計算の各段における理論X線強度と実測X線とのずれとみなされる残成分を設定する残成分設定部を備えることを特徴とする定量分析システム用プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、測定された蛍光X線のスペクトルに基づいて、未知試料に含まれる化合物又は元素を定量する方法等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
試料に含まれる成分(化合物又は元素)を非破壊で定量する分析方法の一種として、蛍光X線分析法が用いられることがある。具体的には蛍光X線分析法では、試料に1次X線を照射し、試料で発生する蛍光X線のスペクトルが測定される。また、測定された蛍光X線のスペクトルに基づいて、検量線法又はFP(ファンダメンタルパラメータ)法により試料に含まれる成分の定量が行われる。
【0003】
FP法は、各成分の濃度が既知の標準試料を用意できない未知試料の各成分を定量する場合に用いられる。すなわち、FP法では蛍光X線による定性分析等によって未知試料に含まれると考えられる各成分について、それぞれ濃度(含有量)がそれらの和が例えば100%になるという前提のもとで推定され、各成分について推定濃度から発生していると考えられる理論X線強度が算出される。そして、理論X線強度と実測蛍光X線強度との比較し、所定の条件を満たすまで推定濃度を変更して逐次計算を繰り返すことで、測定された蛍光X線スペクトルを最も合理的に説明する各成分の濃度が決定される。
【0004】
ところで、原子番号が所定値よりも小さいC、H、O等の軽元素で発生する蛍光X線は、十分な強度で検出することが難しいため、蛍光X線分析では実用上定性できない。すなわち、未知試料に軽元素が含まれている場合には、蛍光X線分析による定性分析結果だけで指定された成分でFP法を行うと、それらの軽元素を無視して定性された成分の濃度の和が100%となるように推定が行われる。したがって、定性されない軽元素の影響により、定量された各濃度には誤差が発生することになる。
【0005】
このような定量における誤差を低減するために、FP法が実装されている蛍光X線分析装置では、蛍光X線により定性された成分以外に未知試料に含まれていると考えられる化合物又は元素が残成分として指定する機能が付与されている。例えば、特許文献1に記載の蛍光X線分析装置では未知試料が樹脂であることから残成分としてCH2Oを仮定し、X線管のターゲット由来のRhKαコンプトン散乱線に基づいて残成分の濃度を算出している。そして、算出された残成分の濃度と定性された各成分の濃度の和が100%となるように設定した上で、残成分以外の成分についてFP法を行うことで各成分の定量誤差を低減している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、未知試料に含まれる軽元素の種類や、その原子数の比率が予想できる場合には上記のように残成分を妥当なものに指定して、FP法による定量誤差を低減できるが、そもそも未知試料に含まれる軽元素が全く予想できない場合には適用しにくい。また、残成分が散乱線を用いて濃度を定量しにくい元素と予想される場合には、例えばICPや高周波溶解等で未知試料をガス分析で残成分の濃度を定量することも考えられるが、非常に貴重な試料の場合にはこのような試料を破壊して消失させてしまうような定量方法を用いることはできない。
【0008】
本発明は上述したような問題に鑑みてなされたものであり、未知試料に含まれる軽元素を正確に特定し、蛍光X線スペクトルに基づいてFP法による定量分析の精度を向上させることができる定量分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明に係る定量分析方法は、未知試料に光を照射して、前記未知試料から発生するラマン散乱光のスペクトルを測定するラマンスペクトル測定ステップと、測定されたラマン散乱光のスペクトルに基づいて、前記未知試料に含まれる所定原子番号以下の軽元素に関する情報を少なくとも特定するラマンスペクトル分析ステップと、前記未知試料に1次X線を照射し、前記未知試料から発生する蛍光X線のスペクトルを測定する蛍光X線スペクトル測定ステップと、測定された蛍光X線のスペクトルに基づいて、FP(ファンダメンタルパラメータ)法により前記未知試料に含まれる元素又は化合物を定量する蛍光X線スペクトル分析ステップと、を備え、前記蛍光X線スペクトル分析ステップが、前記ラマンスペクトル分析ステップで特定された前記未知試料に含まれる軽元素に関する情報に基づいて、前記FP法における残成分を設定する残成分設定ステップを備えることを特徴とする。
【0010】
また、本発明に係る定量分析システムは、未知試料に光を照射して、前記未知試料から発生するラマン散乱光のスペクトルを測定するラマン散乱光測定機構と、測定されたラマン散乱光のスペクトルに基づいて、前記未知試料に含まれる所定原子番号以下の軽元素に関する情報を少なくとも特定するラマンスペクトル分析部と、前記未知試料に1次X線を照射し、前記未知試料から発生する蛍光X線のスペクトルを測定する蛍光X線スペクトル測定機構と、測定された蛍光X線のスペクトルに基づいて、FP(ファンダメンタルパラメータ)法により前記未知試料に含まれる元素又は化合物を定量する蛍光X線スペクトル分析部と、を備え、前記蛍光X線スペクトル分析部が、前記ラマンスペクトル分析ステップで特定された前記未知試料に含まれる軽元素に関する情報に基づいて、前記FP法における残成分を設定する残成分設定部を備えることを特徴とする。
【0011】
このようなものであれば、未知試料において発生するラマン散乱光に基づいて、所定原子番号以下の軽元素に関する情報を得ているので、蛍光X線分析では定性することが難しい軽元素を正確に定性又は定量できる。また、ラマン散乱光のスペクトルを用いているので、未知試料に含まれている元素だけでなく、元素が他の元素とどのような態様で結合しているかについても定性できる。したがって、前記未知試料において実際に含まれている蛍光X線分析では定量できない成分を正確に残成分として設定しているので、FP法により定量される各成分の定量精度を向上させることができる。加えて、軽元素の結合情報を用いて、例えばX線の吸収係数等の細かな違いを更に考慮してFP法を実施することにより、蛍光X線を測定できる成分の定量精度と、残成分の定量精度を向上させることが可能となる。
【0012】
また、前記未知試料で発生するラマン散乱光及び蛍光X線に基づく分析であるため、前記未知試料の定量を非破壊で行う事が可能となる。したがって、例えば前記未知試料が微量で希少なものであったとしても、成分分析を行うことが可能となる。さらに、いずれの分析方法も前記未知試料の表面を分析するものであり、各分析において未知試料において分析されている部分を揃えることができる。このため、蛍光X線分析を行っている箇所に存在する軽元素だけを残成分に設定して、定量における誤差要因を低減できる。
【0013】
加えて、ラマン散乱光による分析であれば例えばFTIR等による分析と比較して未知試料に含まれている元素の特定可能な種類が多くできる。このため、前記残成分として正確に設定できる元素の種類も多くなる。
【0014】
蛍光X線が測定できない、あるいは、測定することが難しい元素についてはFP法による定量が行われないようにし、ラマン分光分析による定性又は定量を行うことでFP法による定量精度を向上させられるようにするには、前記軽元素が、原子番号が12番までの元素であればよい。例えば蛍光X線分析を真空中に行うため、NaやMgについても定量分析可能な場合には、前記軽元素は原子番号が10番(Ne)までであってもよい。
【0015】
前記残成分を設定するためにラマン分光分析により取得する軽元素に関する情報の具体例としては、前記軽元素に関する情報が、軽元素に関する定性した結果に関する情報、軽元素又は軽元素を含む化合物の結合状態又は化合状態に関する情報を少なくとも1つ含むものが挙げられる。このような情報があれば、FP法において前記残成分として設定された軽元素の定量を行うのに必要となるX線の吸収係数等の物理定数を正確にして、FP方による定量精度を向上させることができる。
【0016】
ラマン分光分析で得られる軽元素に関する情報を利用して、結合状態や化合状態による物理定数の違いを考慮したFP法を行うことで、さらに定量精度を向上させられるようにするには、前記未知試料に含まれる軽元素に関する情報が、軽元素又は軽元素を含む結合状態又は化合状態に関する情報であり、結合状態又は化合状態に応じて、前記残成分のX線の吸収係数を設定するものであればよい。
【0017】
例えば前記残成分のX線の吸収係数を簡単な入力だけで設定して、前記残成分をバランスとして扱い、FP法により未知試料中の各成分の定量を行えるようにするには、前記未知試料に含まれる軽元素に関する情報が、軽元素を含む化合物の組成又は軽元素の元素名であり、前記残成分が、軽元素を含む分子式又は軽元素の元素記号で設定されるものであればよい。このようなものであれば、例えば既存の蛍光X線分析装置に付属している残成分設定機能を利用して、FP法を実施するのに必要となる残成分の各種物理定数等を自動的に設定させ、正確な定量を行うことができる。
【0018】
前記残成分の濃度を固定値として取り扱い、FP法による前記未知試料中の各成分の定量精度をさらに向上させられるようにするには、前記未知試料に含まれる軽元素に関する情報が、軽元素を含む化合物又は軽元素の前記未知試料内における濃度であり、前記FP法により定量される成分の濃度と、前記残成分の濃度の和が100%となるように設定されるものであればよい。
【0019】
既存のラマン散乱光測定機構や蛍光X線スペクトル測定機構を用いて本発明に係る定量分析システムを例えばソフトウェアのアップデートで実現するには、未知試料に光を照射して、前記未知試料から発生するラマン散乱光のスペクトルを測定するラマン散乱光測定機構と、前記未知試料に1次X線を照射し、前記未知試料から発生する蛍光X線のスペクトルを測定する蛍光X線スペクトル測定機構と、を備えた定量分析システムに用いられるプログラムであって、測定されたラマン散乱光のスペクトルに基づいて、前記未知試料に含まれる所定原子番号以下の軽元素に関する情報を少なくとも特定するラマンスペクトル分析部と、測定された蛍光X線のスペクトルに基づいて、FP(ファンダメンタルパラメータ)法により前記未知試料に含まれる元素又は化合物を定量する蛍光X線スペクトル分析部と、としての機能をコンピュータに発揮させるものであり、前記蛍光X線スペクトル分析部が、前記ラマンスペクトル分析ステップで特定された前記未知試料に含まれる軽元素に関する情報に基づいて、前記FP法における残成分を設定する残成分設定部を備えることを特徴とする定量分析システム用プログラムを用いれば良い。
【0020】
なお、定量分析システム用プログラムは、電子的に配信されるものであってもよいし、CD、DVD、フラッシュメモリ等のプログラム記録媒体に記録されたものであってもよい。
【発明の効果】
【0021】
このように本発明に係る定量分析方法であれば、ラマン散乱光に基づいた分析によって前記未知試料中に含まれる軽元素に関する情報を得て、その情報に基づいて前記FP法における前記残成分を設定しているので、組成等を含めて前記残成分を正確に指定できる。この結果、FP法による定量精度を向上させることができる。また、ラマン散乱光又は蛍光X線に基づく分析なので、前記未知試料を非破壊で分析でき、希少な試料でも分析が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明の一実施形態における定量分析システムについて示す模式図。
【
図2】同実施形態のラマン散乱光測定装置を示す模式図。
【
図3】同実施形態の蛍光X線分析装置を示す模式図。
【
図4】地球化学標準物質JSO-1のラマンスペクトルの測定結果を示すグラフ。
【
図5】地球化学標準物質JSO-1の蛍光X線スペクトルの測定結果を示すグラフ。
【
図6】地球化学標準物質JSO-1のFP法による定量結果を示すグラフ。
【
図7】LDPE標準試料のラマンスペクトルの測定結果を示すグラフ。
【
図8】LDPE標準試料のFP法による定量結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の一実施形態における定量分析システム300について各図を参照しながら説明する。
【0024】
本実施形態の定量分析システム300は、未知試料S中に含まれる有機物等についてラマン分光法により分析し、得られた有機物の情報を用いて蛍光X線分析法により各成分を非破壊で定量するものである。具体的には、ラマン分光法により特定された所定原子番号よりも小さい元素に関する情報に基づいて、FP(ファンダメンタルパラメータ)法による定量を行わない残成分を設定するように構成されている。未知試料Sとしては、例えば蛍光X分析により定量分析したい対象である鉱物や岩石とともに、植物、動物、微生物等に由来するアモルファスカーボン、アミノ酸が含まれている地質学試料や、希少な微量試料等が挙げられる。
【0025】
図1に示すように定量分析システム300は、未知試料Sにより発生するラマン散乱光に基づいて、当該未知試料Sを分析するラマン分光分析装置100と、未知試料Sにより発生する蛍光X線に基づいて未知試料Sを分析する蛍光X線分析装置200と、を備えている。
【0026】
ラマン分光分析装置100は、ハードウェア部分であるラマン分光分析機構10と、コンピュータCOMによってその機能が実現されるソフトウェア部分であるラマンスペクトル分析部11と、を備えている。また、蛍光X線分析装置200はハードウェアである蛍光X線分析機構20と、コンピュータCOMによってその機能が実現されるソフトウェア部分である蛍光X線スペクトル分析部21と、を備えている。本実施形態では、ラマンスペクトル分析部11と蛍光X線スペクトル分析部21はそれぞれ別々のコンピュータCOMによってその機能が実現されているが、1つのコンピュータCOMによってこれらの機能が統合して実現されるものであってもよい。また、コンピュータCOMはCPU、メモリ、A/Dコンバータ、D/Aコンバータ、各種入出力機器等を備え、メモリに格納されている定量分析システム用プログラムが実行されて、各機器が協業することにより少なくともラマンスペクトル分析部11、蛍光X線スペクトル分析部21として機能を発揮するように構成されている。
【0027】
本実施形態のラマン分光分析装置100は、顕微レーザラマン分光測定装置として構成されたものである。そして、ラマン分光分析機構10は、
図2に示すように試料ステージ上に載置される未知試料Sに対してレーザ光を照射するレーザ照射系と、未知試料Sにおいて発生するラマン散乱光を分光して検出する分光検出系と、を備えている。
【0028】
レーザ照射系は、レーザ発振器12、バンドパスフィルタ13、減光フィルタ14、レイリー光カットフィルタ15、ハーフミラー16、対物レンズ17を備える。レーザ発振器12から射出されたレーザは、バンドパスフィルタ13及び減光フィルタ14を通過した後、レイリー光カットフィルタ15で試料ステージ1S側へと反射される。そして、レーザ光は、ハーフミラー16及び対物レンズ17を通過して試料ステージ上の未知試料Sに照射される。
【0029】
分光検出系は、対物レンズ17、ハーフミラー16、レイリー光カットフィルタ15、分光器スリット19、グレーティング1G、及び、CCD1Cを備えている。未知試料Sにおいて発生するラマン散乱光は対物レンズ17、ハーフミラー16、レイリー光カットフィルタ15、分光器スリット19を通過した後で、グレーティング1Gによって分光され、各波数におけるラマン散乱光の強度を示すラマンスペクトルがCCD1Cで検出される。また、未知試料Sに由来する反射光、散乱光の一部はハーフミラー16において反射されて観察カメラ18で撮像される。
【0030】
ラマンスペクトル分析部11は、CCD1Cの出力信号に基づいて得られる未知試料Sで発生するラマン散乱光のスペクトルに基づいて未知試料Sについて定性分析又は定量分析する。例えばラマンスペクトル分析部11は、既知の元素や化合物のラマンスペクトルにおける固有のピークに関する各種情報をデータベースとして備えており、測定されたラマンスペクトルに現れているピークとデータベースを照合して未知試料Sに含まれている元素又は化合物を定性及び定量する。本実施形態ではラマンスペクトル分析部11は、未知試料Sに含まれているC、H、O又はこれらからなる有機化合物について定性及び定量するように構成されている。また、ラマンスペクトル分析部11は、測定されているラマンスペクトルを外部表示する、あるいは、定性及び定量された元素又は化合物に関する情報を外部出力する。未知試料Sに含まれる軽元素に関する情報は、本実施形態では軽元素を含む化合物の組成又は軽元素の元素名と、未知試料Sにおける軽元素を含む化合物又は軽元素の濃度が少なくとも含まれる。
【0031】
次に蛍光X線分析装置200について説明する。本実施形態の蛍光X線分析装置200は卓上蛍光X線分析装置として構成されており、試料台2S上に載置された未知試料Sに対して下方側から1次X線を照射し、未知試料Sで発生する蛍光X線を試料台2Sの下方において検出するように構成されている。すなわち、蛍光X線分析機構20は、X線管22、1次X線フィルタ23、コリメータ24からなる1次X線照射系と、X線検出器25とを備えている。
【0032】
蛍光X線スペクトル分析部21は、X線検出器25で検出される蛍光X線のスペクトルに基づいて、未知試料Sに含まれている成分を定性するとともに、FP法により未知試料Sに含まれる元素又は化合物を定量する。
【0033】
具体的には蛍光X線スペクトル分析部21は、未知試料Sに含まれている成分を蛍光Xスペクトルのピーク波長に基づいて定性する定性分析部21Aと、FP法において定量を行わない残成分を設定する残成分設定部21Bと、残成分として設定された成分を除く、定性分析部21Aで定性された成分、あるいは、指定された成分についてFP法により各成分を定量する定量分析部21Cと、を備えている。
【0034】
定性分析部21Aは、各元素の蛍光X線のエネルギーに関するデータベースを参照して測定された蛍光X線スペクトルの各ピークのエネルギーから未知試料Sに含まれている元素又は化合物を定性する。
【0035】
残成分設定部21Bは、ラマンスペクトル分析部11において分析された未知試料Sに含まれる軽元素に関する情報が入力される。残成分設定部21Bは、入力されたラマンスペクトル分析結果において蛍光X線分析では測定できない元素又は化合物について残成分の候補としてユーザに対して表示する。例えばユーザが表示されている元素又は化合物を残成分として承認するための入力をするか、残成分として設定したい化合物又は元素を例えば組成式や化学式又は元素記号の形式で入力すると、残成分設定部21Bは定量分析部21Cに対して指定された成分を残成分として設定する。ここで、入力される組成式や化学式については現実に存在し得る化合物でなくてもよく、単に各元素の原子数の比を形式的にあらわしているものであってもよい。
【0036】
定量分析部21Cは、例えば未知試料Sについて定性分析部21Aで定性された元素又は定性結果に基づいて推定される酸化物等の化合物を定量対象として、設定された残成分を補正したFP法による各成分の定量を行う。あるいは、定性分析部21Aが表示する蛍光X線スペクトルをユーザが見て、各ピークに対応する元素又は元素の酸化物を定量対象として設定したものを定量分析部21CはFP法により定量する。
【0037】
なお、FP法については既存のアルゴリズムを使用することができる。すなわち、蛍光X線分析機構20により蛍光X線を測定することができる成分については、各成分の濃度の推定値と装置定数に基づいて算出される各成分の理論X線強度と、実測X線強度とを比較し、その差が収束するまで濃度の各推定値を更新して逐次計算される。このようにして、定量対象として設定された成分の濃度が決定される。
【0038】
一方、残成分として設定された成分の濃度は、FP法の逐次計算の格段における理論X線強度と実測X線とのズレが残成分として設定された成分によるX線の吸収であると見なすことで算出される。すなわち、理論蛍光X線強度と実測蛍光X線強度のズレと残成分のX線の吸収係数から残成分の濃度が推定される。定量対象となる成分の濃度と、残成分の濃度がそれぞれ収束するまでにFP法における逐次計算は繰り返される。このようにFP法では、蛍光X線スペクトルにおいて対応するエネルギー値でピークを検出するのが難しい分析対象外の成分である残成分についてもその濃度が定量される。
【0039】
以上のようにして定量分析部21Cは、FP法による定量対象となる各成分の濃度と、それ以外の残成分の濃度との和が100%となるように各濃度を決定する。
【0040】
なお、残成分として設定されるべき元素又は化合物の種類が複数ある場合は、1つの成分を残分として取り扱うとともに、他の成分については濃度が既知であるとして固定値を与えた上でFP法により定量対象の定量を行っても良いし、全ての残成分について濃度が既知であるとしてそれぞれ固定値を設定してもよい。例えばラマン分光分析によって未知試料S中の軽元素の濃度が算出可能な場合にはこのような値を既知の濃度として使用してもよい。
【0041】
ここで、使用される残成分の吸収係数は、ラマン分光分析で得られた各元素の結合状態等の情報に基づいてデータベース等を参照することでより正確な設定でき、このことがFP法による定量精度を向上させることにつながる。たとえば同じ炭素であっても、グラファイトであるか、アモルファスカーボンかであるかによって吸収係数は異なるので、ラマン分光分析によって得られた結合状態に関する情報に応じてより正確な吸収係数を設定することで、各成分の定量精度を向上させることができる。言い換えると、ラマン分光分析を行わずに単に含まれていると予想される元素だけを残成分として設定した場合には、未知試料Sにおける残成分の吸収係数とは異なる値が選択されてしまい、引いては定量対象である成分の定量精度が低下することになる。
【0042】
次に本実施形態の定量分析システム300を用いた分析結果について説明する。
【0043】
まず、未知試料Sが地質学試料である場合の例として、地球化学標準物質JSO-1の分析を行った。
図4にラマンスペクトル分析部11の出力する地球化学標準物質JSO-1のラマンスペクトルの測定結果を示す。1360cm
-1と1580cm
-1にピークがあることが分かる。これらのピークは六員環構造を有するアモルファスカーボンにおいて特徴的なピークであることから、地球化学標準物質JSO-1がアモルファスカーボンを含んでいることがわかる。また、有機物由来のCH伸縮振動に対応するラマンバンド(点線楕円で囲んでいる3000cm
-1の領域)は観察されていない。したがって、後述するFP法における残成分として少なくとも炭素Cを設定すればよいことが確認できる。
【0044】
また、
図5に定性分析部21Aの出力する地球化学標準物質JSO-1の蛍光X線スペクトルの測定結果を示す。各ピークからFe,Si,Al,P,S,K,CA,Ti,VMn,Zn,Srが地球化学標準物質JSO-1に含まれていることが分かる。なお、本実施形態の蛍光X線分析装置200は、大気中での分析を行うように構成されたものであるため、NaとMgについては対応するピークは検出できていない。例えば真空中で蛍光X線分析を行うようにすれば、NaとMgについてもピークを検出して定性するとともに、定量することも可能である。以下の説明では地球化学標準物質JSO-1に含まれるNaとMgのピークも蛍光X線分析により検出できているとの仮定のもとで各元素の定量を行うこととする。
【0045】
前述した結果と仮定に基づいて、蛍光X線スペクトルから示唆される元素と、残成分に設定したCについてFP法による定量分析を行った。すなわち、理論X線強度と、実測X線強度とのズレを残成分であるCの吸収とみなすことで各成分の濃度を算出した。また、真空中での蛍光X線分析により定性されると仮定したNa、Mgに対応するNa
2OとMgOについては地球化学標準物質JSO-1の認証値である0.66mass%と2.11mass%の固定値を設定し、Cの定量精度が上がるようにしている。定量された値と地球化学標準物質JSO-1の認証値又は参照値との間の関係を
図6に示す。1 mass%以上の主成分元素、1mass%未満の微量元素ともに相関係数0.991又は0.962で定量できている。また、蛍光X線分析では定量できない炭素Cについても十分な精度で定量できている。
【0046】
次にLDPE標準試料について定量分析システム300で分析を行った結果について説明する。
図7にLDPE標準試料のラマンスペクトルの測定結果を示す。
図7にはCH伸縮運動による特徴的なラマンスペクトルパターンが、ラマンバンド2722cm
-1、2850cm
-1、2881cm
-1で観測された。したがって、ラマン分光分析の結果から残成分として少なくともCHを設定すれば良いことが分かる。なお、図示しない別の波数領域においてもラマンバンドが観測されており、総合的にはポリエチレンが存在することが確認できた。このため、蛍光X線分析装置200において入力を受け付けられる形式であるエチレンを残成分として設定した。また、図示しないが蛍光X線スペクトルには、Cr,Br,Pb,Cd,Hgに対応するピークが観測された。したがって、蛍光X線スペクトルから定性される各元素と残成分であるエチレンをFP法による定量対象とした。
【0047】
定量された値とLDPE標準試料の認証値又は参照値との間の関係を
図8に示す。Cd以外については相関係数0.915で良好に定量できている。なお、Cdについては試料の厚みがCdの無限厚みに達しておらず、強度が不足していたため、定量値が認証値よりも小さくなってしまったと考えられる。
【0048】
このように本実施形態の定量分析システム300によれば、蛍光X線分析により測定できない軽元素や化合物の結合状態についてはラマン分光分析に基づいて分析し、検出された軽元素やその結合状態をFP法での残成分として正確に設定できる。この結果、蛍光X線スペクトルから定性され、定量対象となる成分については高精度で定量できるようになる。また、未知試料Sを非破壊で化学的な組成を明らかにできるので、例えば貴重な試料の分析等にも好適に用いることができる。
【0049】
さらにラマン分光分析と蛍光X線分析はともに試料の表面を分析する手法であるため、実際に蛍光X線分析が行われている箇所の軽元素だけを残成分にしてFP法による定量精度を向上させることができる。例えば試料をガス抽出等によって軽元素について定性すると、蛍光X線分析の対象となっていない部分から抽出された軽元素を残成分としてかえって定量精度が低下する恐れがある。本実施形態の定量分析システム300であれば、このような問題を生じにくくできる。
【0050】
その他の実施形態について説明する。
【0051】
本発明は、様々な態様のFP法についても適用可能である。例えばスタンダードレス分析やセミファンダメンタルパラメータ法、バルクFP法定量分析等に本発明を適用してもよい。
【0052】
ラマン分光分析で特定された軽元素を残成分として設定する場合、濃度の算出方法については前記実施形態で説明したものに限られない。例えばラマン分光分析により軽元素の濃度が分かる場合にはその値を固定値として設定してもよい。また、軽元素が炭素である場合にはコンプトン散乱線に基づいて残成分の濃度を算出し、算出された濃度を固定値として使用してもよい。
【0053】
加えて、ラマンスペクトルを測定した後、蛍光X線スペクトルを測定するのではなく、蛍光X線スペクトルを測定した後にラマンスペクトルを測定してもよい。この場合、定量分析等の解析についてはラマンスペクトルの測定が終わってから開始すればよい。
【0054】
1つの試料ステージ上においてラマンスペクトル及び蛍光X線スペクトルを測定できるようにするために、定量分析システムは各装置を統合した形で構成されてもよい。ラマン分光分析装置で分析対象とする軽元素は原子番号が12番以下の元素に限られない。蛍光X線分析装置で定量可能な元素に応じて設定すればよい。
【0055】
ラマン分光分析の結果に基づいて残成分を設定する際に、例えば軽元素又は軽元素を含む化合物の結合状態や化合状態に応じた物理定数を設定して、FP法を行うようにしてもよい。すなわち、残成分を設定するとは、単に化学式や元素名等を蛍光X線分析装置に入力するのではなく、例えばX線の吸収係数等の物理定数を直接設定することを含む概念である。すなわち、炭素Cであればダイアモンド結合sp3であるか、カーボン結合sp2であるか、あるいは、アモルファスカーボンのように各結合が混在しているかやその構成比率によって、X線の吸収係数に違いが存在するならば、そのような違いを反映させてさらにFP法による定量精度を向上させることができる。
【0056】
蛍光X線分析装置については、顕微蛍光X線装置であってもよい。顕微ラマン分光分析装置では試料における各座標に対して軽元素に関する情報を得られるので、顕微蛍光X線装置を用いれば試料における座標ごとに軽元素に関する情報を切り替えてFP法による個別の定量が可能となる。
【0057】
その他、本発明の趣旨に反しない限りにおいて、様々な実施形態の変形や、各実施形態の一部同士の組み合わせを行っても構わない。
【符号の説明】
【0058】
300・・・定量分析システム
100・・・ラマン分光分析装置
10 ・・・ラマン分光分析機構
11 ・・・ラマンスペクトル分析部
200・・・蛍光X線分析装置
20 ・・・蛍光X線分析機構
21 ・・・蛍光X線スペクトル分析部
21A・・・定性分析部
21B・・・残成分設定部
21C・・・定量分析部