(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-21
(45)【発行日】2025-03-31
(54)【発明の名称】蛍光X線分析装置
(51)【国際特許分類】
G01N 23/223 20060101AFI20250324BHJP
【FI】
G01N23/223
(21)【出願番号】P 2023027360
(22)【出願日】2023-02-24
【審査請求日】2024-06-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000250339
【氏名又は名称】株式会社リガク
(74)【代理人】
【識別番号】100087941
【氏名又は名称】杉本 修司
(74)【代理人】
【識別番号】100112829
【氏名又は名称】堤 健郎
(74)【代理人】
【識別番号】100142608
【氏名又は名称】小林 由佳
(74)【代理人】
【識別番号】100155963
【氏名又は名称】金子 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】100150566
【氏名又は名称】谷口 洋樹
(74)【代理人】
【識別番号】100213470
【氏名又は名称】中尾 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100220489
【氏名又は名称】笹沼 崇
(72)【発明者】
【氏名】原 真也
(72)【発明者】
【氏名】山田 康治郎
(72)【発明者】
【氏名】円子 友理
【審査官】小澤 瞬
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/039130(WO,A1)
【文献】特開2000-275195(JP,A)
【文献】特開2004-212406(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0227009(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00 - G01N 23/2276
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に1次X線を照射し、発生する蛍光X線の測定強度に基づいて、吸収励起補正および重なり補正を行う検量線法を用いる定量手段により、前記試料中の成分の含有率を求める蛍光X線分析装置であって、
前記定量手段が、
標準試料についての測定強度と既知である成分の含有率に基づいて、検量線定数、吸収励起補正係数および重なり補正係数を重回帰計算で求めるにあたり、
手動設定の場合には、重なり補正係数については、負に制限するか否かが選択され、吸収励起補正係数については、すべての補正成分について正に制限するか否かが選択されて、重回帰計算を行い、
自動設定の場合には、重なり補正係数については負に制限し、吸収励起補正係数については、標準試料が分析線を励起できる成分を含んでいない場合にはすべての補正成分について正に制限するとともに、組成を仮定した複数の試料から発生すべき蛍光X線の理論強度を計算し、その理論強度に基づいて計算により理論マトリックス補正係数を求めて、各理論マトリックス補正係数の所定倍の数値を、正の数値については、当該吸収励起補正係数の上限値とし、負の数値については、当該吸収励起補正係数の下限値として、重回帰計算を行う蛍光X線分析装置。
【請求項2】
試料に1次X線を照射し、発生する蛍光X線の測定強度に基づいて、重なり補正を含むファンダメンタルパラメーター法を用いる定量手段により、前記試料中の成分の含有率を求める蛍光X線分析装置であって、
前記定量手段が、
標準試料についての測定強度と既知である成分の含有率に基づいて、装置感度定数および重なり補正係数を重回帰計算で求めるにあたり、
手動設定の場合には、重なり補正係数を負に制限するか否かが選択されて、重回帰計算を行い、
自動設定の場合には、重なり補正係数を負に制限して、重回帰計算を行う蛍光X線分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料に1次X線を照射し、発生する蛍光X線の測定強度に基づいて、吸収励起補正および重なり補正を行う検量線法または重なり補正を含むファンダメンタルパラメーター法を用いる定量手段により、試料中の成分の含有率を求める蛍光X線分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、定量分析を行う蛍光X線分析装置は、検量線法によるものと、ファンダメンタルパラメーター法(FP法とも表記される)によるものに大別される。検量線法による定量分析では、未知試料の分析のために、成分の含有率(濃度比とも表記される)が既知である一組の標準試料を用いて、成分の含有率と成分に対応する測定元素の蛍光X線(測定線)の測定強度との相関として、検量線が求められる。なお、成分とは元素または化合物である。また、成分が元素である場合には、その元素そのものが成分に対応する測定元素であり、成分が化合物である場合には、その化合物を代表する元素が成分に対応する測定元素となる(例えば特許文献1の段落0002参照)。
【0003】
検量線法による定量分析においては、バックグラウンドに関するバックグラウンド補正のほかに、共存元素による吸収励起に関する吸収励起補正(マトリックス補正とも表記される)、妨害線の重なりに関する重なり補正が行われることがある(例えば吸収励起補正について、特許文献1の段落0003参照)。そのための吸収励起補正係数、重なり補正係数は、例えば次式(1)で表される検量線作成の際に、標準試料についての測定強度と既知である成分の含有率に基づいて、検量線の正確度が良好となるように、検量線定数とともに重回帰計算で求められる(正確度については、例えば、特許文献1の段落0006-0014参照)。
【0004】
Wi=(AIi
3+BIi
2+CIi+D)(1+ΣjMijIj)+ΣjOijIj …(1)
Wi:含有率
I:測定強度
A,B,C,D:検量線定数
i:分析成分
j:吸収励起補正成分または重なり補正成分
Mij:j成分のi成分に対する吸収励起補正係数
Oij:j成分のi成分に対する重なり補正係数
【0005】
一方、FP法による定量分析では、仮定した各成分の含有率に基づいて、試料中の各成分から発生する蛍光X線の理論強度を計算し、その理論強度と検出手段で測定した測定強度を理論強度スケールに換算した換算測定強度とが一致するように、前記仮定した各成分の含有率を逐次近似的に修正計算して、試料における成分の含有率を算出する。ここで、未知試料の分析のために、成分の含有率が既知である一組の標準試料を用いて、既知の含有率に基づいて計算した理論強度と測定強度との相関として、装置感度曲線が求められる(例えば、特許文献2の段落0003および
図4、特許文献1の段落0009参照)。
【0006】
FP法による定量分析においては、原理的にすべての成分について吸収励起補正が行われ、また、必要に応じて、成分によっては、例えば次式(2)で表される装置感度曲線において重なり補正も行われる(吸収励起補正については、例えば、特許文献2の段落0069-0074参照)。そのための重なり補正係数は、装置感度曲線作成の際に、標準試料についての測定強度と既知である成分の含有率からの理論強度に基づいて、装置感度曲線の正確度が良好となるように、装置感度定数とともに重回帰計算で求められる。
【0007】
ITi=aIi
3+bIi
2+cIi+d+ΣjoijIj …(2)
IT:理論強度
I:測定強度
a,b,c,d:装置感度定数
i:分析成分
j:重なり補正成分
oij:j成分のi成分に対する重なり補正係数
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2021-51053号公報
【文献】国際公開第2018/168939号
【文献】特開2000-65765号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、検量線または装置感度曲線の正確度が良好となるように、特に制限を設けずに補正係数を重回帰計算で求めると、例えば、標準試料において試料処理が不適切である場合に、物理的にありえない、妨害線の重なり強度が負になるような重なり補正係数(正の重なり補正係数)が求まってしまうことがある。このような検量線または装置感度曲線を用いたのでは、当然正確な分析はできない。
【0010】
本発明は前記従来の問題に鑑みてなされたもので、吸収励起補正および重なり補正を行う検量線法または重なり補正を含むファンダメンタルパラメーター法を用いる定量手段により、試料中の成分の含有率を求める蛍光X線分析装置において、補正係数を重回帰計算で求めるにあたり、物理的にありえない補正係数が求まってしまうことを防止できる装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記目的を達成するために、本発明の第1構成は、まず、試料に1次X線を照射し、発生する蛍光X線の測定強度に基づいて、吸収励起補正および重なり補正を行う検量線法を用いる定量手段により、前記試料中の成分の含有率を求める蛍光X線分析装置である。そして、前記定量手段が、標準試料についての測定強度と既知である成分の含有率に基づいて、検量線定数、吸収励起補正係数および重なり補正係数を重回帰計算で求めるにあたり、手動設定の場合には、重なり補正係数については、負に制限するか否かが選択され、吸収励起補正係数については、すべての補正成分について正に制限するか否かが選択されて、重回帰計算を行う。
【0012】
一方、前記定量手段は、自動設定の場合には、重なり補正係数については負に制限し、吸収励起補正係数については、標準試料が分析線を励起できる成分を含んでいない場合にはすべての補正成分について正に制限するとともに、組成を仮定した複数の試料から発生すべき蛍光X線の理論強度を計算し、その理論強度に基づいて計算により理論マトリックス補正係数を求めて、各理論マトリックス補正係数の所定倍の数値を、正の数値については、当該吸収励起補正係数の上限値とし、負の数値については、当該吸収励起補正係数の下限値として、重回帰計算を行う。
【0013】
第1構成の蛍光X線分析装置によれば、定量手段が、適切に制限を設けて補正係数を重回帰計算で求めるので、物理的にありえない補正係数が求まってしまうことを防止できる。
【0014】
本発明の第2構成は、まず、試料に1次X線を照射し、発生する蛍光X線の測定強度に基づいて、重なり補正を含むファンダメンタルパラメーター法を用いる定量手段により、前記試料中の成分の含有率を求める蛍光X線分析装置である。そして、前記定量手段が、標準試料についての測定強度と既知である成分の含有率に基づいて、装置感度定数および重なり補正係数を重回帰計算で求めるにあたり、手動設定の場合には、重なり補正係数を負に制限するか否かが選択されて、重回帰計算を行い、自動設定の場合には、重なり補正係数を負に制限して、重回帰計算を行う。
【0015】
第2構成の蛍光X線分析装置においても、定量手段が、適切に制限を設けて補正係数を重回帰計算で求めるので、物理的にありえない補正係数が求まってしまうことを防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の一実施形態の蛍光X線分析装置を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の一実施形態の蛍光X線分析装置について説明する。
図1に示すように、本実施形態の蛍光X線分析装置は、試料1,14(未知試料1と標準試料14の双方を含む)に1次X線3を照射して発生する2次X線5の強度を測定する走査型の蛍光X線分析装置であって、試料1,14が載置される試料台2と、試料1,14に1次X線3を照射するX線管などのX線源4と、試料1,14から発生する蛍光X線などの2次X線5を分光する分光素子6と、その分光素子6で分光された2次X線7が入射され、その強度を検出する検出器8とを備えている。検出器8の出力は、図示しない増幅器、波高分析器、計数手段などを経て、装置全体を制御するコンピューターなどの制御手段11に入力される。
【0018】
本実施形態の蛍光X線分析装置は、波長分散型でかつ走査型の蛍光X線分析装置であり、検出器8に入射する2次X線7の波長が変化するように、分光素子6と検出器8を連動させる連動手段10、すなわちいわゆるゴニオメーターを備えている。2次X線5がある入射角θで分光素子6へ入射すると、その2次X線5の延長線9と分光素子6で分光(回折)された2次X線7は入射角θの2倍の分光角2θをなすが、連動手段10は、分光角2θを変化させて分光される2次X線7の波長を変化させつつ、その分光された2次X線7が検出器8に入射するように、分光素子6を、その表面の中心を通る紙面に垂直な軸Oを中心に回転させ、その回転角の2倍だけ、検出器8を、軸Oを中心に円12に沿って回転させる。分光角2θの値(2θ角度)は、連動手段10から制御手段11に入力される。なお、本発明においては、蛍光X線分析装置は、波長分散型でかつ多元素同時分析型の蛍光X線分析装置でもよいし、エネルギー分散型の蛍光X線分析装置でもよい。
【0019】
本実施形態の蛍光X線分析装置は、制御手段11に搭載されるプログラムとして定量手段13を備えており、蛍光X線5の測定強度に基づいて、吸収励起補正および重なり補正を行う検量線法を用いる定量手段13により、試料1,14中の成分の含有率を求める。定量手段13は、標準試料14についての測定強度と既知である成分の含有率に基づいて、例えば前式(1)における、検量線定数A,B,C,D、吸収励起補正係数Mijおよび重なり補正係数Oijを重回帰計算で求めるにあたり、手動設定の場合には、重なり補正係数Oijについては、負に制限するか否かが選択され、吸収励起補正係数Mijについては、すべての補正成分jについて正に制限するか否かが選択されて、重回帰計算を行う。
【0020】
手動設定の際、例えば、制御手段11に接続された液晶ディスプレイ等の表示器15に、「正の重なり補正を許可する」旨がチェックボックスとともに表示され、操作者が、図示しないマウス等の入力手段を用いて、チェックボックスにチェックを入れると、重なり補正係数Oijについて負に制限しない旨が選択されるが、チェックボックスにチェックを入れないデフォルトでは、重なり補正係数にOijついて負に制限する旨が選択される。
【0021】
また、表示器15に、「吸収補正のみ許可する」旨がチェックボックスとともに表示され、操作者が、入力手段を用いて、チェックボックスにチェックを入れると、吸収励起補正係数Mijについては、すべての補正成分jについて正に制限する旨が選択されるが、チェックボックスにチェックを入れないデフォルトでは、そのような制限をせず励起補正も許可する旨が選択される。そして、定量手段13は、それらの選択にしたがった制限により重回帰計算を行う。チェックボックスにチェックを入れることにより、重なり補正係数Oijについて負に制限しない旨が選択可能であり、吸収励起補正係数Mijについて、すべての補正成分jについて正に制限する旨が選択可能であるのは、蛍光X線分析装置の既存のユーザーにおいて、そのような分析が望まれることもあるからである。
【0022】
一方、定量手段13は、自動設定の場合には、重なり補正係数Oijについては負に制限し、吸収励起補正係数Mijについては、標準試料14が分析線を励起できる成分を含んでいない場合にはすべての補正成分jについて正に制限するとともに、組成を仮定した複数の試料から発生すべき蛍光X線の理論強度を計算し、その理論強度に基づいて計算により理論マトリックス補正係数を求めて、各理論マトリックス補正係数の所定倍の数値を、正の数値については、当該吸収励起補正係数Mijの上限値とし、負の数値については、当該吸収励起補正係数Mijの下限値として、重回帰計算を行う。
【0023】
例えば、表示器15に、「変数上下限値を自動設定」の旨がチェックボックスとともに表示され、操作者が、入力手段を用いて、チェックボックスにチェックを入れると、自動設定となり、定量手段13は、重なり補正係数Oijについては負に制限する。
【0024】
吸収励起補正係数Mijについては、定量手段13は、まず、あらかじめ記憶した元素相互の吸収励起に関するライブラリを参照し、標準試料14が分析線を励起できる成分を含んでいない場合にはすべての補正成分jについて正に制限する。そして、公知のセミファンダメンタルパラメータ法と同様に、組成を仮定した複数の試料から発生すべき蛍光X線の理論強度を計算し、その理論強度に基づいて計算により理論マトリックス補正係数を求める。さらに、各理論マトリックス補正係数の所定倍、例えば10倍の数値を、正の数値については、当該吸収励起補正係数Mijの上限値とし、負の数値については、当該吸収励起補正係数Mijの下限値として、重回帰計算を行う。
【0025】
本実施形態の蛍光X線分析装置によれば、定量手段13が、適切に制限を設けて重なり補正係数Oijおよび吸収励起補正係数Mijを重回帰計算で求めるので、妨害線の重なり強度が負になるような重なり補正係数(正の重なり補正係数)や、励起されないはずの分析線を生じさせる吸収励起補正係数などの、物理的にありえない補正係数が求まってしまうことを防止できる。
【0026】
本実施形態の蛍光X線分析装置の定量手段13は、重なり補正を含むファンダメンタルパラメーター法を用いて、試料1,14中の成分の含有率を求めることもできる。この場合、定量手段13は、標準試料14についての測定強度と既知である成分の含有率に基づいて、例えば前式(2)における、装置感度定数a,b,c,dおよび重なり補正係数oijを重回帰計算で求めるにあたり、手動設定の場合には、重なり補正係数oijを負に制限するか否かが選択されて、重回帰計算を行う。
【0027】
手動設定の際、例えば、表示器15に、「正の重なり補正を許可する」旨がチェックボックスとともに表示され、操作者が、図示しないマウス等の入力手段を用いて、チェックボックスにチェックを入れると、重なり補正係数oijについて負に制限しない旨が選択されるが、チェックボックスにチェックを入れないデフォルトでは、重なり補正係数にoijついて負に制限する旨が選択される。
【0028】
一方、定量手段13は、自動設定の場合には、重なり補正係数を負に制限して、重回帰計算を行う。例えば、表示器15に、「変数上下限値を自動設定」の旨がチェックボックスとともに表示され、操作者が、入力手段を用いて、チェックボックスにチェックを入れると、自動設定となり、定量手段13は、重なり補正係数oijを負に制限して、重回帰計算を行う。
【0029】
定量手段13が重なり補正を含むファンダメンタルパラメーター法を用いる場合の本実施形態の蛍光X線分析装置によれば、定量手段13が、適切に制限を設けて重なり補正係数oijを重回帰計算で求めるので、物理的にありえない、妨害線の重なり強度が負になるような重なり補正係数(正の重なり補正係数)が求まってしまうことを防止できる。
【符号の説明】
【0030】
1,14 試料
3 1次X線
5 蛍光X線
13 定量手段
15 表示器