(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-24
(45)【発行日】2025-04-01
(54)【発明の名称】CX3CL1を含有する認知機能改善剤
(51)【国際特許分類】
A61K 38/19 20060101AFI20250325BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20250325BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20250325BHJP
A61K 9/08 20060101ALI20250325BHJP
A61K 9/20 20060101ALI20250325BHJP
A61K 9/48 20060101ALI20250325BHJP
【FI】
A61K38/19
A61P25/28
A61P25/00
A61K9/08
A61K9/20
A61K9/48
(21)【出願番号】P 2020197437
(22)【出願日】2020-11-27
【審査請求日】2023-10-16
(73)【特許権者】
【識別番号】520190698
【氏名又は名称】株式会社NUMT
(73)【特許権者】
【識別番号】599055382
【氏名又は名称】学校法人東邦大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】弁理士法人谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】武井 義則
【審査官】伊藤 良子
(56)【参考文献】
【文献】Neurobiology of Aging,2011年,Vol.32,pp.2030-2044
【文献】Journal of Neuroimmune Pharmacology,2018年11月29日,Vol.14,pp.312-325
【文献】Journal of Neuroinflammation,2020年05月14日,Vol.17, Article No.157,pp.1-14
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
A61P
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
CX3CL1のケモカインドメインを含むポリペプチドを含有する認知機能改善
のための医薬組成物であって、経口投与、静脈投与、腹腔内投与または皮下投与用に製剤化された医薬組成物。
【請求項2】
前記認知機能改善が、老化により低下した認知機能を改善するものである、請求項1に記載の
医薬組成物。
【請求項3】
CX3CL1のケモカインドメインを含むポリペプチドを含有する神経新生回復のための医薬組成物であって、経口投与、静脈投与、腹腔内投与または皮下投与用に製剤化された医薬組成物。
【請求項4】
前記ポリペプチドが、CX3CL1のケモカインドメインに対応するポリペプチドである、請求項1
から3のいずれか一項に記載の
医薬組成物。
【請求項5】
前記ポリペプチドが、CX3CL1のケモカインドメインと、CX3CL1のムチンドメインの少なくとも一部を含むポリペプチドである、請求項1
から3のいずれか一項に記載の
医薬組成物。
【請求項6】
前記ポリペプチドが、他の物質との複合体を形成していてもよい、請求項1から
5のいずれか一項に記載の
医薬組成物。
【請求項7】
前記CX3CL1が、ヒトCX3CL1である、請求項1から
6のいずれか一項に記載の
医薬組成物。
【請求項8】
腹腔内投与に適した形態に製剤化された、請求項
1から7のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項9】
徐放性製剤の形態の、請求項
1から
8のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、CX3CL1の認知機能の改善用途への使用に関する。また、本発明は、CX3CL1の神経新生回復の用途も提供する。
【背景技術】
【0002】
CX3CL1は、1997年にESTデータベースの検索により発見された膜結合型ケモカインである。ヒトのCX3CL1はフラクタルカイン、マウスのCX3CL1はニューロタクチンという名称で知られている。他の多くのケモカインは、分泌タンパク質であるのに対し、CX3CL1は、N末端側から、ケモカインドメイン、ムチンドメイン(ムチン様軸部)、細胞膜貫通領域および細胞質内領域を有する膜結合型タンパク質として細胞表面上に発現され(非特許文献1)、ムチンドメインは、ケモカインドメインを細胞膜表面に提示する機能を果たしている。膜結合型タンパク質として発現したCX3CL1は、ケモカインドメインとムチンドメインを含む細胞外領域がプロテアーゼによって切断され、遊離CX3CL1となる(非特許文献1)。膜結合型タンパク質のCX3CL1は、細胞間接着に関与するのに対し、遊離CX3CL1は他のケモカインと同様に、免疫細胞の遊走を促進する(非特許文献2)。
【0003】
CX3CL1は、血管内皮細胞、腎メサンギウム細胞、気道、尿細管および腸管上皮細胞で、炎症性刺激によって発現が誘導されることが知られており、樹状細胞、ニューロン、活性化アストロサイトでも発現する。また、CX3CL1は膵臓のβ細胞に発現しており、インスリンの分泌制御に関与している(非特許文献3)。さらに、CX3CL1は、脳では海馬によく発現して、マイクログリアの過剰な活性化を抑制している(非特許文献4)。海馬や膵臓のCX3CL1濃度は、老化によって減少することが知られている(非特許文献5)。
【0004】
特許文献1では、脳内におけるストレス誘発性因子の活性又は発現を阻害する物質を有効成分として含有する神経新生の低下抑制剤に関する発明が記載されており、この中で、CX3CL1は、ストレス誘発性因子の一つとして記載されている。
【0005】
また、認知機能の維持や改善は、若年層から老年層まで幅広い世代で求められており、特に記憶力や思考力、判断力などの維持や改善は、日常生活を行う上でも重要であり、老年層において老化に伴う認知機能の低下を防ぐことや、健康寿命の延長や、生活の質の低下を抑制することにもつながる。このため、認知機能の維持や改善をもたらす薬剤の開発が喫緊の課題となっている。
【0006】
海馬の神経新生は記憶の形成に必要で(非特許文献6)、認知症患者では健常者に比べ低下している(非特許文献7)。海馬の神経新生を亢進する事で、認知能力を改善できる事も示されている(非特許文献8)。
【0007】
また、CX3CL1が、ラットの海馬において記憶に関連するシナプス可塑性をアップレギュレートすること(非特許文献9)、および、老齢ラットをフラクタルカインで治療することにより加齢に伴うミクログリアの活性化が減弱されること(非特許文献10)が報告されている。
【0008】
しかし、先行技術文献においてCX3XL1と脳機能とを関連付ける報告はいずれも、CX3CL1を脳室内注射したり、取り出した脳組織をCX3CL1で処理したりするものであって、脳内の細胞を直接CX3CL1で処理する必要がある。脳組織が血液脳関門による障壁で高度に保護されている事実に鑑みると、上記の先行技術文献の開示は、CX3CL1が実用可能な認知機能改善剤となり得ることを何ら示唆するものではない。
【0009】
なお、血液脳関門が通過できる物質は、基本的に、分子量が小さい脂溶性物質であり、親水性物質は、血液脳関門の脂質膜を通過することが難しいことが知られている。CX3CL1のケモカインドメインは親水性のポリペプチドであり、技術常識によると、血液脳関門を通過できるとは考えられない。また、血液脳関門を通過して末梢組織のCX3CL1が脳内に入るとの報告もない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【非特許文献】
【0011】
【文献】Bazan JF, Bacon KB, Hardiman G et al (1997) A new class of membrane-bound chemokine with a CX3C motif. Nature 385:640-644
【文献】Imai T, Hieshima K, Haskell C et al (1997) Identification and molecular characterization of fractalkine receptor CX3CR1, which mediates both leukocyte migration and adhesion. Cell 91:521-530
【文献】Lee YS, Morinaga H, Kim JJ et al (2013) The fractalkine/CX3CR1 system regulates β cell function and insulin secretion. Cell 153:413-425
【文献】Harrison JK, Jiang Y, Chen S et al (1998) Role for neuronally derived fractalkine in mediating interactions between neurons and CX3CR1-expressing microglia. Proc Natl Acad Sci U S A 95:10896-10901
【文献】Lyons A, Lynch AM, Downer EJ et al (2009) Fractalkine-induced activation of the phosphatidylinositol-3 kinase pathway attentuates microglial activation in vivo and in vitro. J Neurochem 110:1547-1556
【文献】Goncalves JT, Schafer ST, Gage FH (2016) Adult Neurogenesis in the Hippocampus: From Stem Cells to Behavior. Cell 167:897-914
【文献】Moreno-Jimenez EP, Flor-Garcia M, Terreros-Roncal J et al (2019) Adult hippocampal neurogenesis is abundant in neurologically healthy subjects and drops sharply in patients with Alzheimer’s disease. Nat Med 25:554-560
【文献】Berdugo-Vega G, Arias-Gil G, Lopez-Fernandez A et al (2020) Increasing neurogenesis refines hippocampal activity rejuvenating navigational learning strategies and contextual memory throughout life. Nat Commun 11:135
【文献】Sheridan GK, Wdowicz A, Pickering M, Watters O, Halley P, O'Sullivan NC, Mooney C, O'Connell DJ, O'Connor JJ, Murphy KJ (2014). "CX3CL1 is up-regulated in the rat hippocampus during memory-associated synaptic plasticity". Front Cell Neurosci. 8: 233.
【文献】Lyons A, et al (2009).“Fractalkine‐induced activation of the phosphatidylinositol‐3 kinase pathway attentuates microglial activation in vivo and in vitro.”Journal of Neurochemistry, Vol. 110, Issue 5, pp1547-1556
【文献】Baker DJ, Wijshake T, Tchkonia T et al (2011) Clearance of p16Ink4a-positive senescent cells delays ageing-associated disorders. Nature 479:232-236
【文献】Bussian TJ, Aziz A, Meyer CF et al (2018) Clearance of senescent glial cells prevents tau-dependent pathology and cognitive decline. Nature 562:578-582
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、CX3CL1の新規な用途を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らが提供するCX3CL1の新規な用途は、認知機能改善剤、特に、老化により低下した物質認知能力の改善剤としての用途である。また、海馬における神経新生回復剤の用途も提供する。
【0014】
本発明において投与されるCX3CL1は、ケモカインドメインを含むことが重要である。また、本発明は、CX3CL1を含有する医薬組成物を提供するものであって、特に、髄腔内投与(脳室内投与または腰椎穿刺)以外の投与、例えば、経口投与、静脈投与、腹腔内投与または皮下投与用に製剤化された医薬組成物を提供する。具体的には、本発明は、CX3CL1のケモカインドメインを含むポリペプチドを含有する認知機能改善剤を含み、経口投与、静脈投与、腹腔内投与または皮下投与用に製剤化された医薬組成物、特に好ましくは、腹腔内投与に適した形態に製剤化された医薬組成物に関する。
【0015】
本発明の医薬組成物が、髄腔内投与以外の投与により投与可能であることは、本発明の重要な特徴である。
【0016】
本発明者らは、CX3CL1のケモカインドメインに相当するペプチドを高齢マウス腹腔に投与すると、老化により低下した物質認知能力が改善することを見出した(
図1)。また、老化によって減少する海馬の神経新生を測定したところ、CX3CL1のケモカインドメインに相当するペプチドを腹腔に投与した高齢マウスでは神経新生が増加していることが示され(
図2)、さらに、腹腔内の老化したマクロファージが減少することを見出した(
図3)。その一方で、腹腔細胞内のマクロファージの割合に変化は無かった。
【0017】
老化細胞を取り除く事で老化した臓器の様々な機能が回復する事が知られている(非特許文献11,12)ことを考慮すると、CX3CL1の投与により腹腔内の老化したマクロファージが減少し、これにより老化による免疫力の低下が改善し、その結果、認知機能の改善がもたらされたものとも考えられる。
【0018】
本発明者らは、これを実証するために、CX3CL1が腹腔内投与されたマウスから、腹腔細胞を採取し、これをマウスに移植して、実施例1と同様の新奇物質探索試験も行い、CX3CL1を投与した場合と同様に認知機能の改善効果を確認している(
図4)。
【0019】
CX3CL1についてのこのような作用はこれまでに報告はなく、本発明は、産業上有用で新規な発明を提供するものである。
【0020】
本発明の具体的な態様を以下に例示する。
(1) CX3CL1のケモカインドメインを含むポリペプチドを含有する認知機能改善剤。
(2) 前記認知機能改善が、老化により低下した認知機能を改善するものである、(1)項に記載の認知機能改善剤。
(3) 前記ポリペプチドが、CX3CL1のケモカインドメインに対応するポリペプチドである、(1)項に記載の認知機能改善剤。
(4) 前記ポリペプチドが、CX3CL1のケモカインドメインと、CX3CL1のムチンドメインの少なくとも一部を含むポリペプチドである、(1)項に記載の認知機能改善剤。
(5) 前記ポリペプチドが、他の物質との複合体を形成していてもよい、(1)項から(4)項のいずれか一項に記載の認知機能改善剤。
(6) 前記CX3CL1が、ヒトCX3CL1である、(1)項から(5)項のいずれか一項に記載の認知機能改善剤。
(7) (1)項から(6)項のいずれか一項に記載の認知機能改善剤を含有する医薬組成物。
(8) 髄腔内投与以外の方法による投与用に製剤化された、(7)項に記載の医薬組成物。
(9) 経口投与、静脈投与、腹腔内投与または皮下投与用に製剤化された、(8)項に記載の医薬組成物。
(10) 腹腔内投与に適した形態に製剤化された、(9)項に記載の医薬組成物。
(11) 徐放性製剤の形態の、(7)項から(10)項のいずれか一項に記載の医薬組成物。
(12) CX3CL1のケモカインドメインを含むポリペプチドを含有する神経新生回復剤。
(13) 前記ポリペプチドが、CX3CL1のケモカインドメインに対応するポリペプチドである、(12)項に記載の神経新生回復剤。
(14) 前記ポリペプチドが、CX3CL1のケモカインドメインと、CX3CL1のムチンドメインの少なくとも一部を含むポリペプチドである、(12)項に記載の神経新生回復剤。
(15) 前記ポリペプチドが、他の物質との複合体を形成していてもよい、(12)項から(14)のいずれか一項に記載の神経新生回復剤。
(16) 前記CX3CL1が、ヒトCX3CL1である、(12)項から(15)項のいずれか一項に記載の神経新生回復剤。
【発明の効果】
【0021】
本発明のCX3CL1を有効成分として含有する医薬は、優れた物質認知能力の改善効果を示すため、例えば、老化により低下した認知機能を改善する医薬として有用である。また、上記医薬は、好適には、哺乳動物用であり、さらに好適にはヒト用である。
【0022】
本発明の医薬は、脳に直接投与することなく、認知機能の改善ないしは、海馬における神経新生の回復を達成するものである。血液脳関門を通過して末梢組織のCX3CL1が脳内に入るとの報告がなく、さらに、血液脳関門の性質からCX3CL1が通過できると考えられないことを考慮すると、脳へ直接投与することなく、経口投与、静脈投与、腹腔内投与、皮下投与などにより、脳に対する作用を発揮したことは驚くべきことである。
【0023】
このように、本発明は、実用可能な認知機能改善剤を提供したものであり、その社会的意義は大きい。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明は、CX3CL1を有効成分として含有する認知機能改善用医薬組成物を提供するものである。
【0025】
CX3CL1
本発明の医薬組成物における有効成分であるCX3CL1のケモカインドメインを含むポリペプチドは、ケモカインドメインに対応する構造が実質的に維持されていることが重要である。しかし、ケモカインドメインに対応する構造が実質的に維持されていれば、CX3CL1のムチンドメインを含んでいてもよく、また、PEG、アルブミン、Fc等の他のポリペプチド、タンパク質、ポリマー等との複合体を形成していてもよい。例えば、タンパク質治療薬の血中半減期を延長するための戦略として知られている、FcRn結合タンパク質もしくはドメイン(Fc、アルブミン)へのコンジュゲーション、結合、または融合、並びに、多量体化、(PEG、コロミン酸、またはヒドロキシエチルデンプンなどの)ポリマーまたは炭水化物への化学的結合、Nグリコシル化部位の組み込みが含まれる。
【0026】
また、CX3CL1のケモカインドメインを含むポリペプチドは、膜結合型タンパク質として発現したCX3CL1が、ケモカインドメインとムチンドメインを含む細胞外領域がプロテアーゼによって切断されて、遊離CX3CL1となったものでもよく、また、遺伝子工学的手法または化学的に合成されたものであってもよい。
【0027】
また、CX3CL1としては、例えば、ヒトのCX3CL1、マウスのCX3CL1が用いられる。
【0028】
医薬組成物
本発明におけるCX3CL1のケモカインドメインを含むポリペプチドを投与する際には、意図される適用に適切な医薬組成物を調製することが一般に有益である。医薬組成物は、薬学的に許容される担体、賦形剤ないしは添加剤を含み得る。
【0029】
本発明はまた、本明細書に記載されるように、CX3CL1のケモカインドメインを含むポリペプチドを含有する認知機能改善剤を、少なくとも1個の薬学的に許容できる担体と共に含む医薬組成物を提供する。そのような組成物は、認知機能の改善が必要な患者(好ましくは、ヒトまたはペット動物)において、認知機能を改善するために使用され得る。そのような患者は、老化により認知機能が低下した患者を含む。所望により、認知機能の改善に寄与する他の活性成分が医薬組成物に含まれ得る。「担体」なる用語はCX3CL1と共に投与される希釈剤、アジュバント、賦形剤、またはビヒクルをいう。生理学的に許容できる担体は石油、動物、植物または合成起源のものを含む、水または油などの無菌液体(例えば、ラッカセイ油、大豆油、鉱油、または胡麻油)であり得る。医薬組成物が静脈または腹腔に投与されるとき、水は好ましい担体である。食塩水、および水溶性デキストロースおよびグリセロール溶液もまた、液体担体、特に注射剤に使うことができる。好適な医薬賦形剤は例えばでんぷん、ブドウ糖、乳糖、蔗糖、ゼラチン、麦芽、米、小麦粉、チョーク、シリカゲル、ステアリン酸ナトリウム、グリセロールモノステアレート、タルク、塩化ナトリウム、脱脂粉乳、グリセロール、プロピレン、グリコール、水、およびエタノールを含む。組成物はまた、所望により、少量の湿潤剤、乳化剤またはpH緩衝剤も含むことができる。
【0030】
医薬組成物は認知機能改善のために、いかなる適切な投与方法、例えば、経口投与、または、静脈投与、腹腔内投与、皮下投与等の非経口投与のために製剤化され得る。これらの組成物は、投与方法に適合する、溶液、懸濁液、タブレット、錠剤、カプセル剤、粉末、エアロゾルおよび徐放性製剤などの様々な周知のあらゆる形態をとることができる。組成物は伝統的なバインダーとトリグリセリドなどの担体で座薬として製剤化できる。経口製剤は、医薬品グレードのマンニトール、乳糖、でんぷん、ステアリン酸マグネシウム、セルロース、炭酸マグネシウムなどの標準的な担体を含むことができる。非経口的投与において、担体で二重特異的融合タンパク質を懸濁するか、または溶解することができる。一般に、無菌の水性担体、例えば水、バッファー、塩水またはリン酸緩衝生理食塩水など、が好ましい。また、無菌の固定油は溶剤または懸濁化剤として使用され得る。この目的のため、合成モノ-またはジグリセリドを含む、いかなる無菌の固定油を使用し得る。また、オレイン酸などの脂肪酸は注射用組成物の調製に使用される。医学的に許容できる、pH調整および緩衝剤、等張化剤、分散剤、懸濁化剤、湿潤剤、洗浄剤、保存料、局部麻酔薬および緩衝剤などの補助剤も、生理的状態に近似するために含まれ得る。
【0031】
一の好ましい実施形態において、医薬組成物は患者(例えば、ヒト)への腹腔内投与のために製剤化される。典型的には、腹腔内投与のための組成物は無菌の等張水系バッファー溶液である。必要であるところでは、組成物が、可溶化剤および、注射の場所で苦痛を和らげるためにリグノカインなどの局部麻酔薬も含み得る。一般に、成分は、単位剤形、例えば、凍結乾燥した粉末または活性剤の量を示すアンプルまたは小袋などの密封された(例えば、密封して封をされた)容器における無水の濃縮物、において別々に、または共に混合されて供給される。点滴によって投与される組成物であるところでは、無菌の医薬グレードの水または塩水を含む点滴ボトルに分注される。組成物が注射で投与されるところでは、成分が投与の前に混合され得るように、注射用蒸留水か塩水のアンプルを提供できる。
【0032】
経口での使用を意図する組成物は例えば、タブレット、トローチ、ドロップ、水性または油性の懸濁液、分散性粉末または顆粒、乳剤、ハードまたはソフトカプセル、シロップまたはエリキシル剤として存在し得る。そのような組成物は、甘味剤、香味剤、着色剤および保存料などの1個以上の成分を含み得る。タブレットは、タブレットの製造に適した生理学的許容できる賦形剤と混合された有効成分を含む。そのような賦形剤は、例えば、不活性希釈剤、顆粒化および崩壊剤、結合剤および平滑剤を含む。経口用途のための製剤化もまた、有効成分が不活性の固体の希釈剤に混合されるハードなゼラチンカプセル、または有効成分が水または油媒体に混合されるソフトなゼラチンカプセルとして存在し得る。水性懸濁液は、水性懸濁液の製造に適した1個以上の賦形剤と混合された有効成分を含む。そのような賦形剤は懸濁化剤および分散または湿潤剤を含む。加水による水性懸濁液の調製に適した分散性粉末および顆粒は、分散または湿潤剤懸濁化剤および1個以上の保存料との混合物において有効成分を提供する。
【0033】
油性の懸濁液は、植物油(例えば、ラッカセイ油、オリーブ油、ゴマ油またはココナッツ油)または液状パラフィンなどの鉱油において有効成分を懸濁することにより製剤化され得る。医薬組成物はまた、水中油型乳化物であり得る。油相は植物油、鉱油、またはそれらの混合物であり得る。好適な乳化剤は、例えば、天然に生成するガム類、天然に生成するリン脂質および無水物を含む。
【0034】
医薬組成物は、通常の滅菌処理で滅菌され得るか、または滅菌ろ過され得る。無菌の水溶液はそのまま使用されるために包装され得るか、または投与の前に無菌の水性担体と組み合わせられる凍結乾燥製品として凍結乾燥され得る。水性医薬組成物のpHは典型的に3から11の間、より好ましくは5から9の間または6から8の間、最も好ましくは7から7.5などの、7から8であろう。
【0035】
本明細書で提供されるCX3CL1は、CX3CL1のケモカインドメインを含むポリペプチドとして、一般的に、患者への単回投与量で治療法上有効な量を送達するような濃度で医薬組成物内に存在する。
【0036】
治療上有効な量は、実施例1で例示された動物モデルにおいて認知機能改善が認められた量から近似できる。それにもかかわらず、使用されるCX3CL1の活性;体重、健康全般、性別、および食事;投与の時間と経路;排せつ速度;複合薬などのあらゆる同時処理;治療中の患者における重症度、を含むさまざまな要素が治療法上有効な量に影響するのは、明らかであろう。最適な用量は、当分野で周知の、慣用の試験、および手順を用いることで確立され得る。一般に、用量は投与量あたり約0.5mgから約400mgのCX3CL1(例えば、1投与量あたり0.5mg、1mg、2mg、5mg、10mg、50mg、100mg、200mg、300mg、または400mg)までの範囲である。一般に、1日あたり、体重キログラムあたり約0.1mgから約100mgの範囲の投与量レベルを提供する組成物が好ましい。ある実施形態において、単位用量形態は約10mgから100mgの間のCX3CL1を含む。
【0037】
治療方法
医薬組成物は、患者の認知機能を改善、特に、老化により低下した認知機能を改善するために、患者(好ましくは、ヒト、ペット動物)に投与できる。医薬組成物は、単回ないしは複数回投与される。例えば、2日~6日の間隔を開けて、3~30回投与される。徐放性製剤を用いることにより、投与回数を減らすことも可能である。
【実施例】
【0038】
以下の実施例によって、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0039】
CX3CL1投与マウスにおける新奇物質探索試験
1.方法
以下の実験においては、CX3CL1として、細胞外N末端ケモカインドメインに対応する合成ペプチド(富士フィルム和光純薬工業株式会社製)が用いられた。CX3CL1を10μg/mlの濃度で滅菌生理食塩水に溶解した(以下、「CX3CL1溶液」という。)。生理食塩水またはCX3CL1溶液を50μg/kgで3日間隔で5回腹腔内に注射した。最後の注射から6週間後に、マウスを、以下に述べる探索試験に供した。
【0040】
マウスは、オスのC57BL/6Jマウス(日本チャールズ・リバー株式会社より購入)が用いられた。
【0041】
2.新奇物質探索試験方法
新奇物質探索試験は、過去に報告された手法(参照文献1-3)に若干の改変を加えて実行された。試験は、「慣れ」「トレーニング」および「テスト」の3つのフェーズで構成されており、「慣れ」のフェーズでは、マウスは、空の透明な箱(60cm幅×30cm長さ×30cm高さ)または透明なアクリル板で作られたY迷路(各アームが30cm幅×15cm長さ×6cm高さ)を自由に探索することができる(5分/日で3日間)。4日目に、2つの物体(既知物質)がアリーナに置かれ、マウスは、10分間自由に探索を行った(トレーニングフェーズ)。6時間後に、2つの物体のうちの1つが別の物体(新奇物質)に変更され、マウスは、もう一度10分間探索を行った(テストフェーズ)。各物質に対して費やされた時間が記録された。
【0042】
この行動分析は、マウスが、慣れ親しんだものよりも新しい物体を探索することに多くの時間を費やすという傾向に基づいている。
図1(A)は、透明な箱を用いた場合の探索試験の模式図であり、
図1(C)は、Y迷路を用いた場合の探索試験の模式図である。
【0043】
3.結果
図1(B)の一番左のグラフに示されるように、若い(4か月齢)マウスは、既知物質よりも、新奇物質の探索に対してより多くの時間を費やしている。これは、若いマウスは、6時間経過後でも、探索の記憶が残っていることを示している。これに対して、注射を行っていない15~16か月齢マウス(左から2番目のグラフ)および生理食塩水が投与された15~16か月齢マウス(左から3番目のグラフ)の場合には、新奇物質の探索時間が、既知物質の探索時間と変わらない結果となった。これは、15~16か月齢の老齢マウスは、6時間後には、探索の記憶が残っていないことを示している。しかし、CX3CL1が投与された15~16か月齢マウスは、生理食塩水が投与された15~16か月齢マウスおよび注射なしの15~16か月齢マウスに対して有意に新奇物質探索時間が増加しており、新奇物質の探索に費やす時間の割合は、4か月齢マウスと同等であり、CX3CL1が投与された老齢マウスでは、月齢に依存した認識記憶の低下が観察されなかった。
【0044】
以上の結果により、CX3CL1の投与により、生理学的老化によって衰えた物質認知機能が改善したことを示している。
【実施例2】
【0045】
成体の海馬における神経新生に対するCX3CL1の効果
15~16か月齢マウス腹腔にCX3CLl 50μg/kg、または、生理食塩水を、6回3日間インタ―バルで投与した。最後の投与から7週間後に脳切片を調製した。海馬に含まれるSox2陽性Ngn2陰性、Ngn2陽性細胞を蛍光免疫染色し、その後、それぞれ定量した。
【0046】
Sox(SRY-box2)は、成体の海馬の1型NSCで高度に発現する転写因子であり(参照文献4)、Ngn2(ニューロゲニン2)は、ベーシックなヘリックス-ループヘリックス転写因子であり、成体の海馬の2型NSCで強く発現している(参照文献5,6)。
【0047】
結果を
図2に示す。
図2(B)に示されるように、CX3CLl投与によってNgn2陽性細胞の数が増加したが、Sox2陽性Ngn2陰性細胞の数の大幅な変動は観察されなかった。CX3CL1の腹腔内注射が、海馬の2型NSCを増加させたのに対し、1型のNSCは変化させないことを示す。これは、神経産生が活発化した事を示しており、実施例1で示された、CX3CL1が投与された老齢マウスにおける高い物質認知機能改善とも一致する結果である。
【0048】
次に、酸化ストレスが老化の主な原因と考えられている(参照文献7)ため、CX3CL1投与が酸化ストレスに及ぼす効果について試験した。
【0049】
活性酸素種は、DNA損傷の最も深刻な形態の一つであるDNA二本鎖切断(DSB)を引き起こすが、DSBを含む細胞は若いマウスの組織からは除去されるのに対し、老齢のマウスの組織には蓄積される(参照文献8,9)。そこで、DNAダメージの鋭敏なマーカーであり、近年、細胞老化の指標として用いられているγ-H2AX(リン酸化H2AX)を定量した。
【0050】
結果は、
図2Cに示すように、腹腔内注射を行った老齢マウスは、海馬中のγ-H2AX陽性細胞を減少する傾向が認められた。
【実施例3】
【0051】
腹腔マクロファージの表現型へのCX3CL1の効果
15か月齢マウスに、CX3CLl 50μg/kg、または、生理食塩水を、6回3日間のインタ―バルで腹腔に投与した。最後の投与の次の日に腹腔細胞を調製した。対照として、2か月齢マウスおよび15か月齢マウスの腹腔細胞を調製した。
【0052】
加齢に伴い、サイクリン依存性キナーゼ阻害剤p16INK4aを発現するマクロファージが腹腔内に蓄積され(参照文献10)、腹腔細胞の食作用が低下する(参照文献11)。
【0053】
腹腔細胞におけるp16
Ink4a陽性マクロファージは、加齢により蓄積するが、CX3CL1の腹腔内注射により、老齢マウスの腹腔内におけるp16
Ink4aを発現するマクロファージの割合を減少させた(
図3(A))。
【0054】
図3(B)は、ラテックスビーズ-ウサギIg-FITC腹腔内注射後のFITC陽性細胞数を示すが、CX3CL1の投与により、老齢マウスの腹腔細胞のin vivo食作用活性が増加することを示している。
【0055】
以上の結果により、CX3CL1は、マクロファージの2つの加齢に伴う表現型、すなわち、食作用活性およびp16Ink4a発現、の変化を誘導することが示された。
【0056】
老化細胞を取り除く事で老化した臓器の様々な機能が回復する事が知られている(非特許文献11,12)ことから、CX3CL1の投与により、老化による種々の機能低下が改善されることが期待される。
【実施例4】
【0057】
腹腔細胞の移植
実施例3と同様に、CX3CL1または生理食塩水の6回目の注射の次の日に、マウスの腹腔細胞を調製し、PBSで1回洗浄した。対照マウス由来の腹腔細胞、生理食塩水で処置されたマウス由来の腹腔細胞、CX3CL1で処置されたマウス由来の腹腔細胞を、それぞれ、56週齢の雄のC57BL/6マウスに移植した(2.5×10
6細胞/マウス)。6週間後、これらのマウスに対して、実施例1で述べた新奇物質探索試験を行った。結果を
図4に示す。CX3CL1で処置されたマウス由来の腹腔細胞を移植したマウスは、新奇物質に対する探索時間が有意に増加しており、実施例1の場合と同様に、認知機能の改善が確認された。
【0058】
この結果と、実施例3の実験結果を考え合わせると、CX3CL1の投与による認知機能改善は、CX3CL1が脳内に移行して発揮されているのではなく、CX3CL1の投与により腹腔内の老化したマクロファージが減少し、これにより老化による免疫力の低下が改善し、その結果、認知機能の改善がもたらされたものと推測される。
【0059】
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【図面の簡単な説明】
【0060】
【
図1】
図1は、新奇物質探索試験の模式図と試験結果を示す。
図1(A)は、新奇物質探索試験において、透明な箱を用いた場合の模式図である。
図1(B)は、透明な箱を用いた場合の、新奇物質探索試験結果を示す。
図1(C)は、新奇物質探索試験において、Y迷路を用いた場合の模式図である。
図1(D)は、Y迷路を用いた場合の、新奇物質探索試験結果を示す。
【
図2】
図2は、成体の海馬における神経新生に対するCX3CL1の効果を示す。
図2(A)は、腹腔内にCX3CLlを50μg/kg、6回3日間インタ―バルで投与された15~16か月齢マウスの海馬に含まれるSox2陽性Ngn2陰性細胞の数、
図2(B)は、Ngn2陽性細胞の数、
図2(C)は、γ―H2AX陽性細胞の数をそれぞれ示す。
【
図3】
図3は、腹腔マクロファージの表現型に対するCX3CL1の効果を示す。
図3(A)は、腹腔マクロファージ中のp16
Ink4a陽性細胞の割合を示し、
図3(B)は、FITC陽性細胞の割合を示す。
【
図4】
図4は、CX3CL1細胞で処置したマウス由来の腹腔細胞を移植したマウスにおける、新奇物質探索試験結果を示す。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明によれば、認知機能改善のための新規な医薬が提供される。本発明の医薬組成物は、脳に直接投与する必要がない点において、実用上大きな利点を有するものである。