(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-25
(45)【発行日】2025-04-02
(54)【発明の名称】燃料電池制御装置
(51)【国際特許分類】
H01M 8/04664 20160101AFI20250326BHJP
H01M 8/10 20160101ALI20250326BHJP
H01M 8/04537 20160101ALI20250326BHJP
H01M 8/04858 20160101ALI20250326BHJP
H01M 8/04 20160101ALI20250326BHJP
H01M 4/86 20060101ALI20250326BHJP
【FI】
H01M8/04664
H01M8/10 101
H01M8/04537
H01M8/04858
H01M8/04 Z
H01M4/86 Z
(21)【出願番号】P 2023062351
(22)【出願日】2023-04-06
【審査請求日】2024-05-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】深谷 徳宏
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 隆男
【審査官】橋本 敏行
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-129069(JP,A)
【文献】特開2022-178093(JP,A)
【文献】特開2009-259481(JP,A)
【文献】特開2010-027297(JP,A)
【文献】特開2016-012426(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/00-8/2495
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体高分子形燃料電池に対する負荷要求P
FCを取得する負荷要求取得部と、
前記固体高分子形燃料電池のカソード触媒の劣化量を推定する劣化量推定部と、
前記劣化量に応じて、上限電位V
H及び下限電位V
Lで定まる前記固体高分子形燃料電池の電位範囲Vrを変更する電位範囲設定部と、
前記P
FCに対応する前記固体高分子形燃料電池の実電位V
realが前記Vr内となるように、前記固体高分子形燃料電池の電位を制御する電位制御部と
を
備え、
前記劣化量推定部は、
時刻[i]における前記カソード触媒の電気化学有効表面積A
ECS
[i]を推定するECS推定部と、
前記A
ECS
[i]に基づいて、前記時刻[i]における前記カソード触媒の平均粒径D
CAT
[i]を推定する平均粒径推定部と
を備え、
前記電位範囲設定部は、
前記D
CAT
[i]が大きくなるほど、前記V
H
を増加させる第1設定部、及び/又は、
前記D
CAT
[i]が大きくなるほど、前記V
L
を増加させる第2設定部、
を備えている
燃料電池制御装置。
【請求項2】
前記ECS推定部は、次の式(1)に基づいて前記A
ECS[i]を算出する第1算出部を備えている
請求項1に記載の燃料電池制御装置。
【数1】
但し、
A
ECS0は、前記電気化学有効表面積の初期値、
B
1は、適合係数、
Tsは、計算間隔。
【請求項3】
前記ECS推定部は、
少なくとも前記時刻[i]における前記固体高分子形燃料電池の電圧V[i]を逐次取得する情報取得部と、
少なくとも前記V[i]を用いて、前記時刻[i]における前記固体高分子形燃料電池のカソードの触媒電位Vcat[i]を算出する触媒電位算出部と、
前記Vcat[i]を用いて、前記時刻[i]における前記カソード触媒の有効な表面利用率θact[i]を算出する表面利用率算出部と、
次の式(2)及び/又は式(3)を用いて前記A
ECS[i]を算出する第2算出部と
を備えている
請求項1に記載の燃料電池制御装置。
【数2】
但し、
A
ECS0は、前記電気化学有効表面積の初期値、
D
1~D
4は、適合係数、
Tsは、計算間隔。
【請求項4】
前記第1設定部は、次の式(4)に基づいて前記V
Hを設定する装置を含み、
前記第2設定部は、次の式(5)に基づいて前記V
Lを設定する装置を含む
請求項1に記載の燃料電池制御装置。
【数3】
但し、β
1~β
4は適合係数。
【請求項5】
前記電位制御部は、
前記P
FCに対応する、出力電流I
P及び出力電位V
Pにより定まる制御点を取得する制御点設定部と、
(a)前記V
Pが前記Vrの範囲内にあるときは前記V
realとして前記V
Pを選択し、
(b)前記V
Pが前記V
Hを超えるときは前記V
realとして前記V
Hを選択し、
(c)前記V
Pが前記V
L未満であるときは前記V
realとして前記V
Lを選択する
電位出力部と
を備えている請求項1に記載の燃料電池制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池制御装置に関し、さらに詳しくは、燃料電池に対して負荷要求があった時に、出力密度や発電効率を犠牲にすることなく、カソード触媒の劣化を最小限に抑制することが可能な燃料電池制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池は、電解質膜の両面に触媒を含む触媒層が接合された膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly,MEA)を備えている。触媒層は、電極反応の反応場となる部分であり、一般に、白金等の触媒粒子を担持したカーボンと固体高分子電解質(触媒層アイオノマ)との複合体からなる。
固体高分子形燃料電池において、触媒層の外側には、通常、ガス拡散層が配置されている。ガス拡散層の外側には、さらにガス流路を備えた集電体(セパレータ)が配置される。固体高分子形燃料電池は、通常、このようなMEA、ガス拡散層、及び集電体からなる単セルが複数個積層された構造(燃料電池スタック)を備えている。
【0003】
固体高分子形燃料電池を車載動力源として用いた場合、車両の走行状況に応じて固体高分子形燃料電池の電圧が大きく変動する。固体高分子形燃料電池が低負荷状態にある場合、発電効率は高くなるが、カソード触媒は高電位状態に曝されるためにカソード触媒から触媒成分が溶出しやすくなる。一方、固体高分子形燃料電池が高負荷状態にある場合、発電効率は低くなるが、カソード触媒は低電位状態に曝されるために溶出した触媒成分がカソード触媒の表面に再析出しやすくなる。そのため、カソード触媒が高電位状態と低電位状態に繰り返し曝されると、カソード触媒が次第に劣化するという問題がある。
【0004】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、燃料電池の運転ポイントにおける出力電圧が上限電圧値を超えると判断されたときに、運転ポイントにおける出力電圧に代えて上限電位が燃料電池の出力電圧となるように燃料電池を発電させる燃料電池システムが開示されている。
特許文献2には、アイドルストップ状態を解除して低負荷のアイドル状態に燃料電池システムを移行する際に、燃料電池スタックの電圧が所定電圧以下となるように燃料電池スタックから取り出す電流を設定する燃料電池システムが開示されている。
【0005】
特許文献3には、燃料電池の起動時に酸化剤極に酸化剤ガスが存在すると判定された場合には、燃料電池の出力電圧を所定の上限値以下に制限する燃料電池システムの制御装置が開示されている。
特許文献4には、燃料電池の出力電圧をその開放端電圧よりも低い高電位回避電圧を上限として高電位回避制御する制御手段を備えた燃料電池システムが開示されている。
【0006】
特許文献5には、燃料電池システムのアイドルストップ状態時に、燃料電池セルの最大セル電圧が予め設定された上限電圧以下となるように酸化剤ガス供給手段を稼動させる燃料電池システムが開示されている。
特許文献6には、コンバータ指令電圧を燃料電池の開放電圧よりも低い高電位回避電圧に維持することにより、燃料電池の総電圧が所定の高電位回避電圧閾値以上になることを抑制する燃料電池システムが開示されている。
【0007】
特許文献7には、出力上限値演算手段の出力又は目標発電量演算手段の出力のいずれか小さい方を、燃料電池から取出す出力の指令値とする燃料電池の発電量制御装置が開示されている。
特許文献8には、燃料電池内の電極触媒層の予測される劣化の状態を判定し、判定した劣化状態に応じて、燃料電池の出力電圧の上限値を決定する燃料電池システムが開示されている。
【0008】
特許文献9には、燃料電池の出力電圧をその開放端電圧よりも低い高電位回避電圧を上限として運転制御する制御手段と、蓄電装置の充電状態に応じて高電位回避電圧を可変設定する高電位回避電圧設定手段とを備えた燃料電池システムが開示されている。
【0009】
さらに、特許文献10には、
反応ガスの供給を受けて発電する燃料電池と、
燃料電池が発電する電力の少なくとも一部を充電する蓄電装置と、
蓄電装置の充電量が上限充電閾値に到達することが予測される時に、蓄電装置の充電量が上限充電閾値を超えないように燃料電池の下限電位を制御する制御部と
を備えた燃料電池システムが開示されている。
【0010】
燃料電池の劣化は、燃料電池を作動させる範囲(上限電位と下限電位)を定めることである程度抑制することができる。また、これによって、耐久性の向上が期待できる。しかしながら、特許文献1~7は、いずれも燃料電池を作動させる範囲が固定されており、その背反として発電効率の低下や燃料電池の出力密度の低下が生じていた。
発電効率が低下する原因は、燃料電池は低負荷であるほど発電効率が高くなるという特性を持つためである。上限電位を設定すると、効率の良い発電点で燃料電池を使用できず、発電効率が低下する。
また、出力密度が低下する原因は、下限電位を設定すると、掃引できる電力の範囲が制限されるためである。
【0011】
一方、特許文献8には、電極触媒層の劣化状態に応じて上限電位を可変させる方法が開示されている。しかしながら、同文献に記載の方法は、変動回数に応じて上限電位を変更することで燃料電池の延命をするに止まっており、高発電効率と高出力密度とを両立させることはできない。
さらに、特許文献9、10に記載の方法は、蓄電装置の劣化(過充電)を抑制するための方法であり、燃料電池の劣化を抑制するための方法ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特開2012-094257号公報
【文献】特開2006-309971号公報
【文献】特開2008-165994号公報
【文献】特開2009-129639号公報
【文献】特開2007-109569号公報
【0013】
【文献】特開2009-104977号公報
【文献】特開2003-036871号公報
【文献】特開2012-129069号公報
【文献】特開2009-129647号公報
【文献】特開2013-098052号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明が解決しようとする課題は、燃料電池に対して負荷要求があった時に、出力密度や発電効率を犠牲にすることなく、カソード触媒の劣化を最小限に抑制することが可能な燃料電池制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するために本発明に係る燃料電池制御装置は、
固体高分子形燃料電池に対する負荷要求PFCを取得する負荷要求取得部と、
前記固体高分子形燃料電池のカソード触媒の劣化量を推定する劣化量推定部と、
前記劣化量に応じて、上限電位VH及び下限電位VLで定まる前記固体高分子形燃料電池の電位範囲Vrを変更する電位範囲設定部と、
前記PFCに対応する前記固体高分子形燃料電池の実電位Vrealが前記Vr内となるように、前記固体高分子形燃料電池の電位を制御する電位制御部と
を備えている。
【0016】
前記劣化量推定部は、
時刻[i]における前記カソード触媒の電気化学有効表面積AECS[i]を推定するECS推定部と、
前記AECS[i]に基づいて、前記時刻[i]における前記カソード触媒の平均粒径DCAT[i]を推定する平均粒径推定部と
を備えているものが好ましい。
前記電位範囲設定部は、
前記DCAT[i]が大きくなるほど、前記VHを増加させる第1設定部、及び/又は、
前記DCAT[i]が大きくなるほど、前記VLを増加させる第2設定部、
を備えているものが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
カソード触媒の成分を溶出させる電気化学反応(反応A)の平衡電位は、カソード触媒の平均粒径DCAT[i]に依存する。具体的には、DCAT[i]が大きくなるほど、反応Aを生じさせるには、より高電位を必要とする。そのため、DCAT[i]が大きいときには、電位を上げても反応Aが進行しにくいので、上限電位VHを上げても耐久性の低下が少ない。むしろ、DCAT[i]が大きくなるほどVHを増加させると、効率の高い高電位状態に維持される頻度が増加し、燃料電池システムの効率が向上する。
【0018】
一方、カソード触媒の表面に酸化物が形成される電気化学反応(反応B)の平衡電位もまた、DCAT[i]に依存する。具体的には、DCAT[i]が大きくなるほど、反応Bを生じさせるには、より高電位を必要とする。そのため、DCAT[i]が大きいにもかかわらずVLを低い値に維持すると、酸化物が還元されやすくなる。これに対し、DCAT[i]が大きくなるほどVLを増加させると、酸化物が保持されやすくなり、燃料電池の耐久性が向上ずる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】平均粒径及び分散の異なる触媒粒子のA
ECSの計算結果である。
【
図2】出力電流I
Pに対する出力電圧V
P及び出力電力Pの関係を示す図である。
【
図3】酸化被膜が形成されたPt粒子の断面模式図である。
【
図4】本発明に係る電位制御方法のフローチャートである。
【
図5】実施例1及び比較例1の燃料電池システムの劣化量及び発電効率の比較を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
[構成1]
固体高分子形燃料電池に対する負荷要求PFCを取得する負荷要求取得部と、
前記固体高分子形燃料電池のカソード触媒の劣化量を推定する劣化量推定部と、
前記劣化量に応じて、上限電位VH及び下限電位VLで定まる前記固体高分子形燃料電池の電位範囲Vrを変更する電位範囲設定部と、
前記PFCに対応する前記固体高分子形燃料電池の実電位Vrealが前記Vr内となるように、前記固体高分子形燃料電池の電位を制御する電位制御部と
を備えた燃料電池制御装置。
【0021】
[構成2]
前記劣化量推定部は、
時刻[i]における前記カソード触媒の電気化学有効表面積AECS[i]を推定するECS推定部と、
前記AECS[i]に基づいて、前記時刻[i]における前記カソード触媒の平均粒径DCAT[i]を推定する平均粒径推定部と
を備え、
前記電位範囲設定部は、
前記DCAT[i]が大きくなるほど、前記VHを増加させる第1設定部、及び/又は、
前記DCAT[i]が大きくなるほど、前記VLを増加させる第2設定部、
を備えている構成1に記載の燃料電池制御装置。
【0022】
[構成3]
前記ECS推定部は、後述する式(1)に基づいて前記AECS[i]を算出する第1算出部を備えている構成2に記載の燃料電池制御装置。
【0023】
[構成4]
前記ECS推定部は、
少なくとも前記時刻[i]における前記固体高分子形燃料電池の電圧V[i]を逐次取得する情報取得部と、
少なくとも前記V[i]を用いて、前記時刻[i]における前記固体高分子形燃料電池のカソードの触媒電位Vcat[i]を算出する触媒電位算出部と、
前記Vcat[i]を用いて、前記時刻[i]における前記カソード触媒の有効な表面利用率θact[i]を算出する表面利用率算出部と、
後述する式(2)及び/又は式(3)を用いて前記AECS[i]を算出する第2算出部と
を備えている構成2又は3に記載の燃料電池制御装置。
【0024】
[構成5]
前記第1設定部は、後述する式(4)に基づいて前記VHを設定する装置を含み、
前記第2設定部は、後述する式(5)に基づいて前記VLを設定する装置を含む
構成2から4までのいずれか1つに記載の燃料電池制御装置。
【0025】
[構成6]
前記電位制御部は、
前記PFCに対応する、出力電流IP及び出力電位VPにより定まる制御点を取得する制御点設定部と、
(a)前記VPが前記Vrの範囲内にあるときは前記Vrealとして前記VPを選択し、
(b)前記VPが前記VHを超えるときは前記Vrealとして前記VHを選択し、
(c)前記VPが前記VL未満であるときは前記Vrealとして前記VLを選択する
電位出力部と
を備えている構成1から5までのいずれか1つに記載の燃料電池制御装置。
【0026】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 燃料電池制御装置]
本発明に係る燃料電池制御装置は、
固体高分子形燃料電池に対する負荷要求PFCを取得する負荷要求取得部と、
前記固体高分子形燃料電池のカソード触媒の劣化量を推定する劣化量推定部と、
前記劣化量に応じて、上限電位VH及び下限電位VLで定まる前記固体高分子形燃料電池の電位範囲Vrを変更する電位範囲設定部と、
前記PFCに対応する前記固体高分子形燃料電池の実電位Vrealが前記Vr内となるように、前記固体高分子形燃料電池の電位を制御する電位制御部と
を備えている。
【0027】
[1.1. 負荷要求取得部]
負荷要求取得部は、固体高分子形燃料電池(以下、「燃料電池」ともいう)に対する負荷要求PFCを取得する装置である。取得されたPFCは、メモリに記憶される。
負荷要求取得部の構成は、このような機能を奏するものである限りにおいて、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な構成を選択することができる。
【0028】
本発明に係る燃料電池制御装置は、燃料電池と二次電池とを備えた燃料電池システムにおいて、燃料電池の電位を制御するために用いられる。システムに対する総負荷要求Ptotalは、通常、システム全体の効率が最大となるように、燃料電池に対する負荷要求PFCと、二次電池に対する負荷要求PBATに分配される。このようにして得られたPFCは、電位制御部において、燃料電池の実電位Vrealを制御する際に用いられる。この点については、後述する。
【0029】
[1.2. 劣化量推定部]
[1.2.1. 概要]
劣化量推定部は、固体高分子形燃料電池のカソード触媒の劣化量を推定する装置である。推定された劣化量は、メモリに記憶される。
劣化量推定部の構成は、このような機能を奏するものである限りにおいて、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な構成を選択することができる。
また、「劣化量」、すなわち、「カソード触媒の劣化の程度を表すパラメータ」の種類は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適なパラメータを選択することができる。
【0030】
カソード触媒の劣化は、触媒成分の溶出及び再析出が繰り返され、カソード触媒の平均粒径DCATが増大することによって引き起こされる。また、DCATが増大すると、カソード触媒の電気化学有効表面積AECSが低下する。従って、劣化量推定部は、時刻[i]におけるカソード触媒の平均粒径DCAT[i]、及び/又は、時刻[i]におけるカソード触媒の電気化学有効表面積AECS[i]を推定することが可能な装置が好ましい。
【0031】
具体的には、劣化量推定部は、
時刻[i]におけるカソード触媒の電気化学有効表面積AECS[i]を推定するECS推定部と、
AECS[i]に基づいて、時刻[i]におけるカソード触媒の平均粒径DCAT[i]を推定する平均粒径推定部と
を備えているものが好ましい。
【0032】
実際の燃料電池において、非破壊検査によりDCATを直接知ることは困難である。一方、カソード触媒の電気化学有効表面積AECSは、燃料電池の作動履歴や作動条件に基づいて推定することができる。さらに、DCATは、AECSと強い相関がある。一般に、DCATが大きくなるほど、AECSは小さくなる。そのため、時刻[i]における電気化学有効表面積AECS[i]を逐次推定することができれば、推定されたAECS[i]に基づいて、時刻[i]におけるカソード触媒の平均粒径DCAT[i]を推定することができる。
【0033】
[1.2.2. ECS推定部: AECS[i]の推定]
ECS推定部の構成は、AECS[i]を推定可能なものである限りにおいて、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な構成を選択することができる。ECS推定部としては、具体的には、以下のようなものがある。ECS推定部は、以下のいずれか1種の装置を備えているものでも良く、あるいは、2種以上を備えているものでも良い。
【0034】
[A. 第1の具体例: 積算時間を用いたAECS[i]の推定]
ECS推定部は、次の式(1)に基づいてAECS[i]を算出する第1算出部を備えているものでも良い。算出されたAECS[i]は、メモリに記憶される。
【0035】
【0036】
但し、
AECS0は、電気化学有効表面積の初期値、
B1は、適合係数、
Tsは、計算間隔。
なお、AECS0、及び、B1は、それぞれ、制御対象と同一仕様の燃料電池について予め初期性能試験及び耐久試験を行い、その試験結果と適合するように設定するのが好ましい。
【0037】
式(1)は、燃料電池の発電の積算時間(=ΣTs)を用いてAESC[i]を算出するための式である。一般に、燃料電池の発電の積算時間が長くなるほど、触媒成分の溶出及び再析出の繰り返し数が増大するため、AECS[i]は積算時間と共に単調に減少する。式(1)は、このようなAECS[i]の変化を積算時間の一次関数で近似した近似式である。式(1)は、推定精度は低いが、計算コストを下げられるという利点がある。
【0038】
[B. 第2の具体例: 燃料電池の電圧を用いたAECS[i]の推定]
ECS推定部は、
少なくとも時刻[i]における固体高分子形燃料電池の電圧V[i]を逐次取得する情報取得部と、
少なくともV[i]を用いて、時刻[i]における固体高分子形燃料電池のカソードの触媒電位Vcat[i]を算出する触媒電位算出部と、
Vcat[i]を用いて、時刻[i]におけるカソード触媒の有効な表面利用率θact[i]を算出する表面利用率算出部と、
後述する式(2)及び/又は式(3)を用いてAECS[i]を算出する第2算出部と
を備えているものでも良い。
【0039】
[B.1. 情報取得部]
情報取得部は、θact[i]及びVcat[i]を算出するために必要な情報を取得するための装置である。取得された情報は、メモリに記憶される。情報取得部の構成は、このような機能を奏するものである限りにおいて、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な構成を選択することができる。
【0040】
θact[i]及びVcat[i]を算出するためには、情報取得部は、少なくとも燃料電池の電圧V[i]を逐次取得することが可能なものである必要がある。情報取得部は、V[i]に加えて、他の情報を逐次取得することが可能なものでも良い。情報取得部が他の情報を取得可能なものである場合、θact[i]及びVcat[i]の算出精度がさらに高くなる場合がある。
他の情報としては、例えば、時刻[i]における燃料電池の電流I[i]、高周波インピーダンスR[i]、温度TFC[i]、カソード又はアノードの湿度RH[i]、カソード又はアノードのガス流量Q[i]、カソード又はアノードのガス圧力Pr[i]などがある。
【0041】
[B.2. 触媒電位算出部]
触媒電位算出部は、少なくともV[i]を用いて、時刻[i]における固体高分子形燃料電池のカソードの触媒電位Vcat[i]を算出する装置である。算出されたVcat[i]は、メモリに記憶される。触媒電位算出部の構成は、このような機能を奏するものである限りにおいて、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な構成を選択することができる。Vcat[i]の算出方法の詳細については、後述する。
【0042】
[B.3. 表面利用率算出部]
表面利用率算出部は、Vcat[i]を用いて、時刻[i]におけるカソード触媒の有効な表面利用率θact[i]を算出する装置である。算出されたθact[i]は、メモリに記憶される。表面利用率算出部の構成は、このような機能を奏するものである限りにおいて、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な構成を選択することができる。θact[i]の算出方法の詳細については、後述する。
【0043】
[B.4. 第2算出部]
第2算出部は、次の式(2)及び/又は式(3)を用いてAECS[i]を算出する装置である。算出されたAECS[i]は、メモリに記憶される。第2算出部の構成は、このような機能を奏するものである限りにおいて、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な構成を選択することができる。
【0044】
【0045】
但し、
AECS0は、電気化学有効表面積の初期値、
D1~D4は、適合係数、
Tsは、計算間隔。
なお、AECS0、及び、D1~D4は、それぞれ、制御対象と同一仕様の燃料電池について予め初期性能試験及び耐久試験を行い、その試験結果と適合するように設定するのが好ましい。
【0046】
式(2)は、Ts、θact[i]、及び、Vcat[i]を用いてAECS[i]を算出するための式である。式(2)は、式(1)に比べ、AECS[i]をより厳密に計算している。式(1)では、Vcat[i]によらず触媒成分の溶解・析出が生じるものとしてAECS[i]を算出しているが、AECS[i]は、本来、Vcat[i]に依存すべきである。
式(2)では、溶出時の現象に着目し、溶出量が、eを底とし、Vcat[i]をべき指数とする指数関数に比例すると仮定している。また、触媒成分の溶出現象は、酸化物に覆われていない領域のみで生じると仮定し、上述した指数関数にθact[i]を乗じている。一方、式(2)は、式(1)に比べて、計算コストが高い欠点がある。
【0047】
式(3)は、Ts、θact[i]、及び、V[i]を用いてAECS[i]を算出するための式である。式(3)は、Vcat[i]に代えて、V[i]を用いている。そのため、式(3)は、式(2)に比べて若干精度が低下する。
【0048】
[C. その他の具体例]
AECS[i]は、以下の参考文献1に記載の劣化予測方法を用いて算出することもできる。あるいは、AECS[i]を算出するための物理モデルは、以下の参考文献2、3にも報告がなされている。
[参考文献1]特開2010-236989号公報
[参考文献2]Darling, R.M. and J.P. Meyers(2003), "Kineti model of platinum dissolution in PEMFCs," Journal of the Electrochemical Society 150(11): A1523-A1527
[参考文献3]Sekine, S.(2020), "PtCo Catalyst Dissolution and Oxidation Modeling for Durability Improvement of Automotive Fuel Cell," ECS transaction
【0049】
[1.2.3. 平均粒径推定部: DCAT[i]の推定]
平均粒径推定部は、AECS[i]に基づいて、時刻[i]におけるカソード触媒の平均粒径DCAT[i]を推定する装置である。推定されたDCAT[i]は、メモリに記憶される。平均粒径推定部の構成は、このような機能を奏するものである限りにおいて、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な構成を選択することができる。
【0050】
例えば、
(a)触媒粒子の形状が真円であり、
(b)触媒粒子の粒径の分布が片対数正規分布に従い、
(c)触媒粒子の平均粒径が変化しても粒径の分散σ2は変化しない
と仮定すると、理論計算により平均粒径及び分散の異なる触媒粒子のAECSを算出することができる。
【0051】
図1に、平均粒径及び分散の異なる触媒粒子のA
ECSの計算結果を示す。燃料電池に使用されたカソード触媒の初期の分散σ
2は、既知である。そのため、平均粒径が変化してもσ
2は変化しないと仮定した場合、A
ECS[i]の推定値が分かると、
図1に基づいて、A
ECS[i]に対応するD
CAT[i]を知ることができる。
【0052】
なお、
図1において、一部の平均粒径-A
ECS曲線は上に凸の曲線になっている。そのため、例えば、初期の分散σ
2が2.0×10
-18[m
2]であり、A
ECS[i]が50[m
2/g]である場合、この条件を満たす平均粒径として、2つの値(約1.3nm、及び、約4.6nm)が存在する。このような場合、大きい方の値(約4.6nm)をD
CAT[i]として採用する。これは、小さい方の値(約1.3nm)を満たす触媒粒子を実際に作製するのは、非常に困難であるためである。
【0053】
[1.3. 電位範囲設定部]
電位範囲設定部は、劣化量に応じて、上限電位VH及び下限電位VLで定まる固体高分子形燃料電池の電位範囲Vrを変更する装置である。変更後のVrは、メモリに記憶される。電位範囲制御部の構成は、このような機能を奏するものである限りにおいて、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な構成を選択することができる。
【0054】
カソード触媒の劣化を抑制するためには、電位範囲設定部は、
DCAT[i]が大きくなるほど、VHを増加させる第1設定部、及び/又は、
DCAT[i]が大きくなるほど、VLを増加させる第2設定部、
を備えているのが好ましい。
【0055】
なお、「DCAT[i]が大きくなるほど、VH(又は、VL)を増加させる」には、「DCAT[i]が小さくなるほど、VH(又は、VL)を減少させる」ことも含まれる。
カソード触媒の劣化に伴い、DCAT[i]は、時刻[i-1]におけるカソード触媒の平均粒径DCAT[i-1]より大きくなる。そのため、通常は、VH及び/又はVLを増加させる処理のみが実行される。
但し、例えば、燃料電池が同一仕様の新品に交換されたとき、又は、異なる仕様の燃料電池に交換されたときには、DCAT[i]がDCAT[i-1]より小さくなる場合がある。このような場合には、DCAT[i]が小さくなるほど、VH及び/又はVLを減少させる場合がある。
【0056】
VHは、カソード触媒の成分を溶出させる化学反応(反応A)に影響を与える。反応Aの平衡電位は、DCAT[i]が大きくなるほど高くなる。そのため、DCAT[i]が大きいときには、VHを増加させても反応Aは進行しにくくなる。むしろ、DCAT[i]が大きくなるほどVHを増加させると、効率の高い高電位状態に維持される頻度が増加し、燃料電池システムの効率が向上する。
【0057】
VLは、カソード触媒の表面に酸化物が形成される反応(反応B)に影響を与える。反応Bの平衡電位もまた、DCAT[i]が大きくなるほど高くなる。そのため、DCAT[i]が大きいにもかかわらずVLを低い値に維持すると、酸化物が還元されやすくなる。これに対し、DCAT[i]が大きくなるほどVLを増加させると、酸化物が保持されやすくなり、燃料電池の耐久性が向上ずる。
【0058】
第1設定部及び第2設定部は、このような機能を奏するものである限りにおいて、特に限定されない。第1設定部は、次の式(4)に基づいて前記VHを設定する装置を含むものが好ましい。同様に、第2設定部は、次の式(5)に基づいて前記VLを設定する装置を含むものが好ましい。
【0059】
【0060】
式(4)及び式(5)は、それぞれ、DCAT[i]と、VH又はVLとの関係を表す経験式である。式(4)及び式(5)は、VH又はVLを(1/DCAT[i])の一次関数で近似した近似式であるため、計算負荷が小さいという利点がある。
β1~β4は、燃料電池システムに要求される耐久性に基づいて定められる。β1~β4の符号及び絶対値を最適化すると、DCAT[i]が大きくなるほど、VH及び/又はVLが大きくなるように、Vrを設定することができる。
【0061】
[1.4. 電位制御部]
電位制御部は、PFCに対応する固体高分子形燃料電池の実電位VrealがVr内となるように、固体高分子形燃料電池の電位を制御する装置である。電位制御部の構成は、このような機能を奏するものである限りにおいて、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な構成を選択することができる。電位制御部は、特に、制御点設定部と、電位出力部とを備えているものが好ましい。
【0062】
[1.4.1. 制御点設定部]
制御点設定部は、PFCに対応する、出力電流IP及び出力電位VPにより定まる制御点を取得する装置である。取得されたVPは、メモリに記憶される。また、取得されたIPは、必要に応じて、メモリに記憶される。制御点設定部の構成は、このような機能を奏するものである限りにおいて、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な構成を選択することができる。
【0063】
図2に、出力電流I
Pに対する出力電圧I
P及び出力電力Pの関係を示す。燃料電池は、一般に、
図2に示すようなI-V特性を示す。また、PはI
PとV
Pの積に等しい。そのため、負荷要求P
FCが決まると、これを実現するためのV
P及びI
Pは一義的に定まる。
【0064】
[1.4.2. 電位出力部]
電位出力部は、
(a)VPがVrの範囲内にあるときはVrealとして前記VPを選択し、
(b)VPがVHを超えるときはVrealとして前記VHを選択し、
(c)VPがVL未満であるときはVrealとして前記VLを選択する
装置である。
電位出力部の構成は、このような機能を奏するものである限りにおいて、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な構成を選択することができる。
【0065】
Vrealが選択されると、燃料電池の電位が選択されたVrealとなるように、燃料電池の運転条件が制御される。その結果、出力密度や発電効率を犠牲にすることなく、カソード触媒の劣化を最小限に抑制することができる。
なお、VrealとしてVPが選択されなかった場合、燃料電池の実際の出力Prealは、PFCに対して過不足が生じる。このような場合、PrealとPFCとの差は、二次電池の充放電により相殺される。
【0066】
[2. Vcat[i]の算出方法]
正確なAECS[i]を算出するには、触媒電位Vcat[i]を知る必要がある。Vcat[i]は、具体的には、次の式(6)又は式(7)により算出することができる。本発明においては、いずれの方法を用いても良い。
【0067】
【0068】
但し、
Ncellは、固体高分子形燃料電池のセルの積層数、
Acellは、セルの面積、
I[i]は、時刻[i]における固体高分子形燃料電池の電流、
R[i]は、時刻[i]における固体高分子形燃料電池の高周波インピーダンス。
【0069】
式(6)で表されるVcat[i]は、内部抵抗に起因する電位降下を無視したVcat[i]の近似式である。式(6)は、式(7)に比べて計算精度に劣る。しかしながら、式(6)を用いると、I[i]及びR[i]を用いることなくVcat[i]を算出できるので、Vcat[i]の演算を簡略化することができる。
【0070】
Vcat[i]は、厳密には式(7)で表される。式(7)中、右辺第1項は、単セルの両端の電位差(セル電圧)を表す。右辺第1項では、V[i]をNcellで割ることで、セル当たりの電位を計算している。右辺第2項は、単セル当たりの、内部抵抗に起因する電位降下を表す。右辺第2項では、I[i]とR[i]を、それぞれ、面積当たり又はセル当たりの値に換算している。式(7)を用いると、Vcat[i]を正確に算出することができる。AECS[i]を正確に算出するためには、Vcat[i]の算出には、式(7)を用いるのが好ましい。
【0071】
[3. θcat[i]の算出方法]
「カソード触媒の有効な表面利用率θact[i]」とは、カソード触媒(貴金属系触媒粒子)の表面積に対する、酸素還元反応(ORR)に利用されている表面(すなわち、酸化被膜で覆われていない表面)の面積の割合をいう。
AECS[i]を算出するには、有効な表面利用率θcat[i]を知る必要がある。θact[i]は、具体的には、以下のようにして算出することができる。
【0072】
[3.1. 貴金属系触媒粒子]
本発明において、「カソード触媒」とは、貴金属元素を含む金属又は合金からなる貴金属系触媒粒子(以下、単に「触媒粒子」ともいう)であって、酸素還元反応(ORR)に対して活性を持つものをいう。本発明において、触媒粒子の材料は、ORR活性を示す限りにおいて、特に限定されない。触媒粒子の材料としては、
(a)貴金属(Au、Ag、Pt、Pd、Rh、Ir、Ru、Os)、
(b)2種以上の貴金属元素を含む合金、
(c)1種又は2種以上の貴金属元素と、1種又は2種以上の卑金属元素(例えば、Fe、Co、Ni、Cr、V、Tiなど)とを含む合金
などがある。
【0073】
[3.2. 酸化物の種類]
触媒粒子が高電位に曝されると、触媒粒子から触媒成分が溶出しやすくなる。一方、触媒粒子が高電位に曝されると、触媒粒子の表面に酸化被膜(水酸化物を含む)が形成され、触媒粒子からの触媒成分の溶出が抑制される。しかしながら、酸化被膜の形成速度は遅いため、急激にカソードの電位が変動すると、酸化被膜の形成が遅れ、触媒粒子から触媒成分が溶出しやすくなる。すなわち、急激な電位変動が繰り返される環境下で燃料電池を使用し続けると、触媒粒子がやがて劣化する。
換言すれば、カソード触媒の耐久性は、触媒粒子の表面に存在する貴金属酸化物及び貴金属水酸化物の総量に依存する。
一方、触媒粒子の表面の内、酸化被膜で覆われている表面は、酸化被膜で覆われていない表面に比べてORR活性が低い。そのため、固体高分子形燃料電池のIV特性は、触媒粒子のθact[i]に依存する。
【0074】
触媒粒子の表面に存在する貴金属酸化物は、
(a)触媒粒子の表面に吸着している貴金属水酸化物、
(b)触媒粒子の表面に吸着している貴金属酸化物A、及び、
(c)触媒粒子の内部に酸素が拡散することによって、粒子の表面直下に形成された貴金属酸化物B
に大別される。
【0075】
図3に、酸化被膜が形成されたPt粒子の断面模式図を示す。Pt粒子が高電位に曝されると、Pt粒子表面に酸化物(水酸化物を含む)が形成される。
この場合、Pt粒子表面の酸化物は、
(a)Pt粒子の表面に吸着しているPt水酸化物(PtOH
ad)、
(b)Pt粒子の表面に吸着しているPt酸化物(PtO
ad)、及び、
(c)Pt粒子の内部に酸素が拡散することによって、Pt粒子の表面直下の内部に形成されるPt酸化物(PtO
sub)
からなる。
【0076】
ここで、PtOHadのような触媒粒子の表面に吸着している貴金属水酸化物の時刻[i]における被覆率をθox1[i]とする。θox1[i]は、触媒粒子の表面積(S0)に対する、触媒粒子の表面に吸着している貴金属水酸化物の面積(S1)の比率(=S1/S0)で表される。
同様に、PtOadのような触媒粒子の表面に吸着している貴金属酸化物Aの時刻iにおける被覆率をθox2[i]とする。θox2[i]は、S0に対する、触媒粒子の表面に吸着している貴金属酸化物Aの面積(S2)の比率(=S2/S0)で表される。
同様に、PtOsubのような触媒粒子の内部に存在している貴金属酸化物Bの時刻iにおける被覆率をθox3[i]とする。θox3[i]は、S0に対する、触媒粒子の内部に存在する貴金属酸化物Bの面積(S3)の比率(=S3/S0)で表される。
【0077】
なお、
図3に示すように、Pt粒子の表面にPtOH
ad又はPtO
adが吸着している領域の直下にPtO
subが形成される場合がある。そのため、Pt粒子全体の被覆率は、必ずしも、θox1[i]~θox3[i]の和に一致しない。
θox1[i]~θox3[i]は、それぞれ、反応速度式に基づく反応モデルを用いて逐次計算することにより求めることができる。また、θox1[i]~θox3[i]が分かると、これらを用いてθact[i]を算出することができる。
【0078】
[3.3. 反応モデル]
θact[i]の算出方法には、種々の方法がある。本発明において、θact[i]の算出方法は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な方法を用いることができる。θact[i]は、具体的には、次の式(8)又は式(9)により算出することができる。本発明においては、いずれの方法を用いても良い。
【0079】
【0080】
但し、
θox1[i]は、時刻[i]における触媒粒子の表面に吸着している貴金属水酸化物の被覆率、
θox2[i]は、時刻[i]における触媒粒子の表面に吸着している貴金属酸化物Aの被覆率、
θox3[i]は、時刻[i]における触媒粒子の内部に存在している貴金属酸化物Bの被覆率、
Γは、単位表面積当たりの最大表面被覆酸素量(定数)、
Tsは、計算ステップ幅、
α1~α4、α11~α17、α21~α27、α31~α37は、それぞれ、適合係数。
【0081】
Tsは、具体的には、時刻[i-1]から時刻[i]までの時間を表す。Tsの値は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を設定することができる。Tsは、通常、0.01s~100sの範囲で設定される。
α1~α37は、それぞれ、実際のIV特性やサイクリックボルタンメトリ(CV)で得られた試験結果に当てはまるように決定するのが好ましい。
v1~v3は、各酸化物又は水酸化物(MOad、MOHad、MOsub)の形成・消失の反応速度を表す。
G1~G3は、v1~v3の反応の自由エネルギーを表す。
【0082】
θox1[i-1]、θox2[i-1]、及びθox3[i-1]は、それぞれ、時刻[i-1]における被覆率であり、既にメモリに記憶されている。θox1[i-1]、θox2[i-1]、及びθox3[i-1]は、初期値が分かれば、逐次計算により算出することができる。また、初期値は、前回停止時の値を保持し、これを初期値として使用してもよい。一般的に、燃料電池の停止時には低電位で保持することが多く、その際、酸化物はすべて還元される。そのため、停止後の初期値は、θox1=θox2=θox3=0としても良い。
そのため、Vcat[i]を取得すれば、式(8)又は式(9)よりθact[i]を算出することができる。
【0083】
式(9)は、全表面(α1)から、それぞれの被覆率と係数(α2~α4)を乗じたものを差し引くことで、θact[i]を計算している。θox1[i]は1電子反応による水酸化物の被覆率を表す。θox2[i]及びθox3[i]は、それぞれ、2電子反応による酸化物の被覆率を表す。1電子反応当たり1つの白金表面サイトをつぶすと仮定すると、α1=1、α2=1、α3=2、α4=2となる。なお、実際に使用するにあたっては、白金表面は均一ではないため、α1~α4は、試験結果に当てはまるように決定される。
【0084】
しかし、式(9)は、表面の酸化種(被覆率θox1[i]、θox2[i])と、内部の酸化種(被覆率θox3[i])とが、同一の白金サイトで発生することを考慮しておらず、そのような場合では、過小にθact[i]を見積もる懸念がある。例えば、Vcat[i]が高い状態が連続的に続く場合においては、θox1[i]、θox2[i]、θox3[i]がそれぞれ大きくなることで、上記問題が顕著となり、精度低下が懸念される。
これに対し、式(8)は、表面の酸化種と内部の酸化種との比を取ることで、上記の場合においても精度良く推定できるメリットがある。他方、それ以外の場合では、式(8)は、式(9)に比べて精度の低下が懸念される。
【0085】
[4. フローチャート]
図4に、本発明に係る電位制御方法のフローチャートを示す。まず、ステップ1(以下、単に「S1」という)において、燃料電池に対する負荷要求P
FCを取得する(負荷要求取得部)。
【0086】
次に、S2において、各種センサの検出値を取得し、燃料電池に含まれるカソード触媒の電気化学表面積AECS[i]を推定する(劣化量推定部、ECS推定部)。検出値としては、例えば、時刻[i]における燃料電池の電圧V[i]、電流I[i]、高周波インピーダンスR[i]などがある。
次に、S3において、AECS[i]に基づいて、時刻[i]におけるカソード触媒の平均粒径DCAT[i]を推定する(劣化量推定部、平均粒径推定部)。
【0087】
次に、S4において、劣化量(すなわち、AECS[i]、DCAT[i])に応じて、上限電位VH及び下限電位VLで定まる固体高分子形燃料電池の電位範囲Vrを変更する(電位範囲設定部)。Vrの設定は、具体的には、上述した式(4)及び式(5)を用いて行うのが好ましい(第1設定部、第2設定部)。
【0088】
次に、S5において、PFCに基づいて制御点VPを算出する。次に、S6に進む。S6では、VPがVH未満であるか否かが判断される。VPがVH未満でない場合(S6:NO)には、S7に進む。S7では、VrealがVHとなるように、燃料電池が制御される。その後、S8に進む。S8では、制御を続行するか否かが判断される。制御を続行する場合(S8:YES)には、S1に戻り、上述したS1~S8の各ステップが繰り返される。
【0089】
一方、S6において、VPがVH未満である場合(S6:YES)には、S9に進む。S9では、VPがVLを超えているか否かが判断される。VPがVLを超えていない場合(S9:NO)には、S10に進む。S10では、VrealがVLとなるように、燃料電池が制御される。その後、S8に進む。S8では、制御を続行するか否かが判断される。制御を続行する場合(S8:YES)には、S1に戻り、上述したS1~S10の各ステップが繰り返される。
【0090】
さらに、S9において、V
PがV
Lを超えている場合(S9:YES)には、S11に進む。S11では、V
realがV
Pとなるように、燃料電池が制御される。その後、S8に進む。S8では、制御を続行するか否かが判断される。制御を続行する場合(S8:YES)には、S1に戻り、上述したS1~S11の各ステップが繰り返される。一方、制御を続行しない場合(S8:NO)には、制御を終了させる。なお、
図1の場合、S6~S7、S9~S11が電位制御部に対応する。
【0091】
[5. 作用]
燃料電池の劣化は、主にカソード触媒の成分の溶出及び再析出によって起こる。カソード触媒は、電位が高くなるほど触媒成分の溶出反応が進む。一方、電位が高いと、カソード触媒の表面に酸化物が形成されるために溶出反応は抑制されるが、酸化物が形成される反応の反応速度は遅い。さらに、電位が低くなると、微細なカソード触媒粒子から溶出した触媒成分が粗大なカソード触媒粒子の表面に再析出する。
燃料電池の使用時には大きな電位変動が生じるため、このような触媒成分の溶出と再析出が繰り返される。また、これによってカソード触媒の粒子数の減少、及び/又は、カソード触媒粒子の肥大化による実効的な反応面積(電気化学有効表面積AECS)の減少が生じる。その結果、燃料電池の性能が低下する。
【0092】
これに対し、カソード触媒の成分を溶出させる電気化学反応(反応A)の平衡電位は、カソード触媒の平均粒径DCAT[i]に依存する。具体的には、DCAT[i]が大きくなるほど、反応Aを生じさせるには、より高電位を必要とする。そのため、DCAT[i]が大きいときには、電位を上げても反応Aが進行しにくいので、上限電位VHを上げても耐久性の低下が少ない。むしろ、DCAT[i]が大きくなるほどVHを増加させると、効率の高い高電位状態に維持される頻度が増加し、燃料電池システムの効率が向上する。
【0093】
また、カソード触媒の劣化を抑制するには、カソード触媒の表面の酸化物を保ち続けることも重要である。そのためには、下限電位VLを設定し、酸化物が還元し始める電位よりも常に高い電位で燃料電池を作動させるのが好ましい。一方、カソード触媒の表面に酸化物が形成される電気化学反応(反応B)の平衡電位もまた、DCAT[i]に依存する。具体的には、DCAT[i]が大きくなるほど、反応Bを生じさせるには、より高電位を必要とする。そのため、DCAT[i]が大きいにもかかわらずVLを低い値に維持すると、酸化物が還元されやすくなる。これに対し、DCAT[i]が大きくなるほどVLを増加させると、酸化物が保持されやすくなり、燃料電池の耐久性が向上ずる。
【実施例】
【0094】
(実施例1、比較例1)
[1. 試験方法]
カソード触媒がPt粒子である燃料電池システムを所定の条件下で運転した時の、カソード触媒の劣化量、及び、発電効率をシミュレーションにより算出した。
シミュレーションは、
(a)
図4のフローチャートに従って、燃料電池の上限電位V
Hを0.8Vから1.0Vまで増加させ、かつ、下限電位V
Lを0.4Vから0.7Vまで増加させた場合(実施例1)、及び、
(b)V
Hを1.0Vに固定し、V
Lを0.4Vに固定した場合(比較例1)
について行った。
【0095】
また、燃料電池の運転条件は、排出ガス測定用のパターンとして一般的に使用されるLA#4モードを使用した。
発電効率は、電流量より導き出せる水素の使用量の積算値から見積もられる水素の理想エネルギーと、実際の走行に使用した仕事量の比により求めた。
【0096】
[2. 結果]
図5に、実施例1及び比較例1の燃料電池システムの劣化量及び発電効率の比較を示す。
図5より、本発明に係る方法を用いると、発電効率を犠牲にすることなく、カソード触媒の劣化を抑制できることが分かる。
【0097】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0098】
本発明に係る燃料電池電位制御装置は、燃料電池自動車の発電制御に用いることができる。