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特許7656249ブランク、構造部材の製造方法、及び構造部材
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-26
(45)【発行日】2025-04-03
(54)【発明の名称】ブランク、構造部材の製造方法、及び構造部材
(51)【国際特許分類】
   B21D 22/20 20060101AFI20250327BHJP
   B21D 22/26 20060101ALI20250327BHJP
   B62D 25/02 20060101ALI20250327BHJP
   B62D 25/04 20060101ALI20250327BHJP
   B65D 25/04 20060101ALI20250327BHJP
   B62D 25/20 20060101ALI20250327BHJP
【FI】
B21D22/20 E
B21D22/20 H
B21D22/26 D
B62D25/02 A
B62D25/04 A
B65D25/04 B
B62D25/20 F
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2024576465
(86)(22)【出願日】2024-04-24
(86)【国際出願番号】 JP2024016120
(87)【国際公開番号】W WO2024225330
(87)【国際公開日】2024-10-31
【審査請求日】2024-12-25
(31)【優先権主張番号】P 2023075318
(32)【優先日】2023-04-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】木本 野樹
(72)【発明者】
【氏名】久保 雅寛
(72)【発明者】
【氏名】井口 敬之助
(72)【発明者】
【氏名】吉田 博司
(72)【発明者】
【氏名】入川 秀昭
(72)【発明者】
【氏名】藤田 宗士
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 優貴
【審査官】石田 宏之
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2022/215229(WO,A1)
【文献】特表2021-528248(JP,A)
【文献】特開2021-154370(JP,A)
【文献】特許第7260765(JP,B2)
【文献】特開2023-180687(JP,A)
【文献】国際公開第2023/224122(WO,A1)
【文献】特許第6681239(JP,B2)
【文献】特許第6645635(JP,B2)
【文献】特許第5509337(JP,B2)
【文献】中国実用新案第217893040(CN,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21D22/20-22/26
B62D25/2-25-20
C23C26/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホットスタンプ用のブランクであって、
当該ブランクの平面視で環状を有するように配置され、接合される複数の鋼板を備え、
前記複数の鋼板は、
第1鋼板と、
前記第1鋼板の端部に重ね合わされて接合されることで前記第1鋼板の端部とともにオーバーラップ部を形成する端部を有する第2鋼板と、
を含み、
前記複数の鋼板のうち、前記ブランクにおいて最小の板厚を有する部分を構成する鋼板は、母材鋼板と、前記母材鋼板上に設けられためっき層とを有するめっき鋼板であり、
前記オーバーラップ部は、前記ブランクにおいて最大の板厚を有し、
前記第1鋼板及び前記第2鋼板の各々において前記オーバーラップ部の外側に位置する表面の放射率は、前記複数の鋼板における他の表面の少なくとも1つの放射率よりも大きい、ブランク。
【請求項2】
請求項1に記載のブランクであって、
前記複数の鋼板は、それぞれ、母材鋼板と、前記母材鋼板上に設けられためっき層とを有するめっき鋼板である、ブランク。
【請求項3】
請求項2に記載のブランクであって、
前記めっき層は、アルミニウム系めっき層である、ブランク。
【請求項4】
請求項1に記載のブランクであって、
前記第1鋼板及び前記第2鋼板の各々において前記オーバーラップ部の外側に位置する表面は、25℃における波長8.0μmでの放射率が60%以上である皮膜によって被覆される、ブランク。
【請求項5】
請求項1に記載のブランクであって、
前記第1鋼板及び前記第2鋼板の各々において前記オーバーラップ部の外側に位置する表面は、皮膜によって被覆され、
前記皮膜は、カーボンブラックと、Zr酸化物、Zn酸化物、及びTi酸化物からなる群より選択される1種以上の酸化物と、0~0.30g/mのシリカとを含有し、
前記皮膜における前記カーボンブラックの含有量をXCB(g/m)、前記酸化物の含有量をXOxide(g/m)としたとき、XCB及びXOxideが以下の式(1)を満足する、ブランク。
118.9≦24280/{6700/(100+76×XCB)+18000/(130+65×XOxide)}≦332.0 (1)
【請求項6】
請求項1に記載のブランクであって、
前記複数の鋼板は、異なる板厚を有する2枚以上の鋼板を含み、
前記オーバーラップ部の板厚をtmax、前記ブランクにおいて最小の板厚を有する部分を構成する前記鋼板の板厚をtminとしたとき、tmax/tmin≦3.2である、ブランク。
【請求項7】
構造部材の製造方法であって、
請求項1から6のいずれか1項に記載のブランクを準備する工程と、
前記ブランクに含まれる前記複数の鋼板をオーステナイト変態完了温度以上に加熱する工程と、
金型を用い、加熱された前記ブランクを平面視で環状の構造部材に成形するとともに焼入れする工程と、
を備える、製造方法。
【請求項8】
構造部材であって、
第1鋼板と、前記第1鋼板の端部に重ね合わされて接合されることで前記第1鋼板の端部とともにオーバーラップ部を形成する端部を有する第2鋼板とを含み、互いに接合された複数の鋼板によって形成され、平面視で環状を有する部材本体と、
前記第1鋼板及び前記第2鋼板の各々において前記オーバーラップ部の外側に位置する表面上に設けられ、Zr酸化物、Zn酸化物、及びTi酸化物からなる群より選択される1種以上の酸化物を0.001g/m以上含有する皮膜と、
を備える、構造部材。
【請求項9】
構造部材であって、
第1鋼板と、前記第1鋼板の端部に重ね合わされて接合されることで前記第1鋼板の端部とともにオーバーラップ部を形成する端部を有する第2鋼板とを含み、互いに接合された複数の鋼板によって形成され、平面視で環状を有する部材本体と、
前記第1鋼板及び前記第2鋼板の各々において前記オーバーラップ部の外側に位置する表面上に設けられ、カーボンブラックを0.500g/m以下含有する皮膜と、
を備える、構造部材。
【請求項10】
請求項8又は9に記載の構造部材であって、
前記構造部材は、自動車のドアリング部品であり、
前記部材本体は、フロントピラーと、センターピラーと、前記フロントピラーと前記センターピラーとを接続するロッカーとを含む、構造部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ホットスタンプ用のブランクに関する。また、本開示は、そのブランクを用いた構造部材の製造方法、及び構造部材に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の車体等の構造物は、複数の構造部材によって形成されている。構造部材は、例えば、ブランクをプレス成形することによって製造される。構造部材は、高い強度及び良好な寸法精度を確保するため、ホットスタンプと称されるプレス成形方法によって製造されることがある。ホットスタンプは、鋼板であるブランクをオーステナイト域の温度まで加熱した後、金型によってブランクにプレス成形を施すとともに、金型内でブランクを保持して抜熱(急冷)することで焼入れする技術である。
【0003】
特許文献1には、ホットスタンプ用の鋼板(ブランク)が開示されている。特許文献1の鋼板は、25℃における波長8.0μmでの放射率が60%以上である表面処理皮膜を少なくとも一方の表面の全面に有する。特許文献1によれば、表面処理皮膜が付与された鋼板の表面では、その放射率が高められ、輻射による伝熱効果が大きい。そのため、ホットスタンプに際して鋼板を加熱したとき、鋼板は、金属組織がオーステナイト相に変態するAc3点以上の温度まで迅速に昇温する。特許文献1には、これにより加熱時間の短縮を図ることができ、ホットスタンプ部材の生産性を向上させることができると記載されている。
【0004】
特許文献2には、複数のブランクから自動車のボディサイド構造フレームを製造する方法が開示されている。特許文献2では、複数のブランクを接合して複合ブランクを形成し、複合ブランクをプレス成形することでボディサイド構造フレームを製造する。特許文献2には、複合ブランクを熱間成形(ホットスタンプ)することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2022/215229号
【文献】特表2021-528248号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、構造物の製造プロセスを簡素化するため、2つ以上の部材をブランクの段階から一体化することが検討されている。特許文献2には、例えば、平面視で環状を有する複合ブランクをホットスタンプに供し、ピラーやロッカー等が一体化された環状のボディサイド構造フレームを成形することが開示されている。特許文献2には、複合ブランクにおいて隣り合う鋼板同士をオーバーラップさせ、スポット溶接によって接合することが記載されている。このように複合ブランクがオーバーラップ部を含んでいる場合、構造部材の製造におけるプロセスウィンドウが確保されにくい。具体的に説明すると、ホットスタンプに際し、ブランクは、そのミクロ組織がオーステナイト化するまで加熱される。しかしながら、鋼板同士の部分的な重ね合わせによって形成されるオーバーラップ部は非オーバーラップ部と比較して板厚が大きいため、昇温しにくい。例えば、ブランクにおいて最小の板厚を有する鋼板がめっき鋼板である場合、ブランクにおいて最大の板厚を有するオーバーラップ部の強度をホットスタンプによって確保するために当該オーバーラップ部を昇温させている間、先行して昇温した最薄のめっき鋼板においてめっき層の合金化が過度に進行し、拡散層が厚くなってめっき層による耐食性(防錆性)が低下又は消失することがある。したがって、ブランクにオーバーラップ部が存在する場合、加熱条件のプロセスウィンドウを確保することが難しい。また、ブランクにおいて最大の板厚を有するオーバーラップ部の昇温速度がボトルネックとなり、構造部材の生産性が低下する可能性もある。
【0007】
本開示は、最大の板厚を有するオーバーラップ部の強度と、最小の板厚を有する部分の防錆機能とを兼ね揃える構造部材を製造可能なホットスタンプ用のブランクを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示に係るホットスタンプ用のブランクは、複数の鋼板を備える。複数の鋼板は、ブランクの平面視で環状を有するように配置され、接合される。複数の鋼板は、第1鋼板と、第2鋼板とを含む。第2鋼板は端部を有する。第2鋼板の当該端部は、第1鋼板の端部に重ね合わされて接合されることで第1鋼板の端部とともにオーバーラップ部を形成する。複数の鋼板のうち、ブランクにおいて最小の板厚を有する部分を構成する鋼板は、母材鋼板と、母材鋼板上に設けられためっき層とを有するめっき鋼板である。オーバーラップ部は、ブランクにおいて最大の板厚を有する。第1鋼板及び第2鋼板の各々においてオーバーラップ部の外側に位置する表面の放射率は、複数の鋼板における他の表面の少なくとも1つの放射率よりも大きい。
【発明の効果】
【0009】
本開示に係るホットスタンプ用のブランクによれば、最大の板厚を有するオーバーラップ部の強度と、最小の板厚を有する部分の防錆機能とを兼ね揃える構造部材を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、実施形態に係る構造部材の平面図である。
図2図2は、図1のII-II断面図である。
図3A図3Aは、実施形態に係る構造部材の製造方法を説明するための模式図であり、実施形態に係るブランクを示す図である。
図3B図3Bは、実施形態に係る構造部材の製造方法を説明するための模式図であり、実施形態に係るブランクを示す図である。
図3C図3Cは、実施形態に係る構造部材の製造方法を説明するための模式図であり、実施形態に係るブランクを示す図である。
図3D図3Dは、実施形態に係る構造部材の製造方法を説明するための模式図であり、実施形態に係るブランクを示す図である。
図3E図3Eは、実施形態に係る構造部材の製造方法を説明するための模式図である。
図3F図3Fは、実施形態に係る構造部材の製造方法を説明するための模式図である。
図3G図3Gは、実施形態に係る構造部材の製造方法を説明するための模式図である。
図4図4は、実施形態に係る製造方法によって製造された構造部材の断面図である。
図5図5は、上記実施形態の変形例に係る構造部材の平面図である。
図6A図6Aは、第1実施例における構造部材の分割パターンを示す図である。
図6B図6Bは、第1実施例における構造部材の別の分割パターンを示す図である。
図6C図6Cは、第1実施例における構造部材のさらに別の分割パターンを示す図である。
図6D図6Dは、第1実施例における構造部材のさらに別の分割パターンを示す図である。
図6E図6Eは、第1実施例における構造部材のさらに別の分割パターンを示す図である。
図6F図6Fは、第1実施例における構造部材のさらに別の分割パターンを示す図である。
図6G図6Gは、第1実施例における構造部材のさらに別の分割パターンを示す図である。
図7A図7Aは、第2実施例における構造部材の分割パターンを示す図である。
図7B図7Bは、第2実施例における構造部材の別の分割パターンを示す図である。
図7C図7Cは、第2実施例における構造部材のさらに別の分割パターンを示す図である。
図7D図7Dは、第2実施例における構造部材のさらに別の分割パターンを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
実施形態に係るホットスタンプ用のブランクは、複数の鋼板を備える。複数の鋼板は、ブランクの平面視で環状を有するように配置され、接合される。複数の鋼板は、第1鋼板と、第2鋼板とを含む。第2鋼板は端部を有する。第2鋼板の当該端部は、第1鋼板の端部に重ね合わされて接合されることで第1鋼板の端部とともにオーバーラップ部を形成する。複数の鋼板のうち、ブランクにおいて最小の板厚を有する部分を構成する鋼板は、母材鋼板と、母材鋼板上に設けられためっき層とを有するめっき鋼板である。オーバーラップ部は、ブランクにおいて最大の板厚を有する。第1鋼板及び第2鋼板の各々においてオーバーラップ部の外側に位置する表面の放射率は、複数の鋼板における他の表面の少なくとも1つの放射率よりも大きい(第1の構成)。
【0012】
第1の構成に係るブランクでは、第1鋼板の端部及び第2鋼板の端部が当該ブランクにおいて最大の板厚を有するオーバーラップ部を形成する。第1鋼板及び第2鋼板の各々においてオーバーラップ部の外側に位置する表面の放射率は、ブランクにおける他の少なくとも1つの表面の放射率と比較して大きい。すなわち、ブランクにおいて、オーバーラップ部の両外側の表面の放射率が比較的高くなっている。これにより、ホットスタンプに際してブランクを加熱したとき、オーバーラップ部の昇温速度を高めることができるため、オーバーラップ部の加熱時間を短縮することができる。したがって、先行して昇温した最小の板厚の鋼板においてめっき層の合金化が過度に進行して拡散層が厚くなる前に、ホットスタンプに必要なブランクの加熱を完了することができる。その結果、最大の板厚のオーバーラップ部の強度をホットスタンプによって確保することができ、且つ、最小の板厚の鋼板の耐食性(防錆性)を確保することができる。
【0013】
このように、第1の構成に係るブランクによれば、最大の板厚を有するオーバーラップ部の強度と、最小の板厚を有する部分の防錆機能とを兼ね揃える構造部材を製造することが可能となる。すなわち、当該ブランクによれば、最大の板厚を有するオーバーラップ部の昇温速度を高めることができ、その結果、構造部材の製造における加熱条件のプロセスウィンドウを確保しやすくなる。また、オーバーラップ部の昇温速度を高めることにより、ホットスタンプのためのブランクの加熱時間を短縮することができるため、構造部材の生産性を向上させることができる。さらに、ブランクの加熱時間が短縮されることにより、構造部材の製造におけるエネルギー消費が抑制され、ホットスタンプに際してブランクを加熱するときの温室効果ガスの発生量を削減することができる。
【0014】
第1の構成において、複数の鋼板は、それぞれ、めっき鋼板であってもよい。めっき鋼板は、母材鋼板と、母材鋼板上に設けられためっき層とを有する(第2の構成)。
【0015】
第2の構成では、ブランクに含まれる各鋼板がめっき鋼板となっている。この場合、ブランクをホットスタンプによって構造部材に成形する際、酸化スケールの生成を抑制することができる。したがって、ホットスタンプの後、例えばショットブラスト処理等、酸化スケールを除去するための処理を構造部材に施す必要がない。よって、構造部材の生産性を高めることができる。
【0016】
第2の構成において、めっき層は、アルミニウム系めっき層であってもよい(第3の構成)。
【0017】
第3の構成のように各鋼板がアルミニウム系めっき層を有するめっき鋼板である場合、ホットスタンプに際してブランクを加熱したとき、特に、最大の板厚を有するオーバーラップ部と最小の板厚の鋼板との間に昇温速度の差が生じやすい。アルミニウム系めっき層は、白色に近いため、熱エネルギーを反射しやすくオーバーラップ部の昇温を阻害する。しかしながら、各鋼板がアルミニウム系めっき層を有するめっき鋼板であっても、オーバーラップ部の両外側の表面の放射率を高くしておくことにより、ホットスタンプに際してブランクを加熱したとき、オーバーラップ部の昇温を促進することができ、オーバーラップ部の加熱時間を短縮することができる。その結果、最小の板厚の鋼板の耐食性を確保することができ、且つブランクから製造される構造部材の生産性を向上させることができる。
【0018】
第1から第3のいずれかの構成に関し、第1鋼板及び第2鋼板の各々においてオーバーラップ部の外側に位置する表面は、皮膜によって被覆されていてもよい。この皮膜は、例えば、25℃における波長8.0μmでの放射率が60%以上である(第4の構成)。
【0019】
第1から第3のいずれかの構成に関し、第1鋼板及び第2鋼板の各々においてオーバーラップ部の外側に位置する表面は、皮膜によって被覆されていてもよい。この皮膜は、カーボンブラックと、Zr酸化物、Zn酸化物、及びTi酸化物からなる群より選択される1種以上の酸化物と、0~0.30g/mのシリカとを含有することができる。カーボンブラック及び酸化物は、皮膜の全体に分散して存在していてもよい。皮膜におけるカーボンブラックの含有量をXCB(g/m)、酸化物の含有量をXOxide(g/m)としたとき、XCB及びXOxideは以下の式(1)(特許文献1参照)を満足することが好ましい(第5の構成)。
118.9≦24280/{6700/(100+76×XCB)+18000/(130+65×XOxide)}≦332.0 (1)
【0020】
第1から第5のいずれかの構成において、複数の鋼板は、異なる板厚を有する2枚以上の鋼板を含むことができる。この場合において、オーバーラップ部の板厚をtmax、ブランクにおいて最小の板厚を有する部分を構成する鋼板の板厚をtminとしたとき、tmax/tmin≦3.2であることが好ましい(第6の構成)。
【0021】
板厚が異なる2枚以上の鋼板がブランクに含まれている場合、ブランクに含まれる鋼板の板厚が全て同一である場合と比較して、オーバーラップ部と、ブランクにおいて最小の板厚を有する部分を構成する鋼板との板厚差が大きくなる。板厚差が過大である場合、ブランクからホットスタンプによって構造部材を製造する際、ブランクにおいて最小の板厚を有する部分を構成する鋼板と比較してオーバーラップ部の昇温がより遅くなり、加熱条件のプロセスウィンドウの確保がより困難になりやすい。そのため、第6の構成では、オーバーラップ部の板厚tmaxと最小の板厚tminとの比率:tmax/tminが3.2以下に設定されている。これにより、板厚が異なる2枚以上の鋼板がブランクに含まれている場合であっても、最薄の鋼板においてめっき層の合金化が過度に進行する前に最厚のオーバーラップ部の加熱を完了しやすくなり、加熱条件のプロセスウィンドウが確保されやすくなる。
【0022】
実施形態に係る構造部材の製造方法は、第1から第6のいずれかの構成に係るブランクを準備する工程と、ブランクに含まれる複数の鋼板をオーステナイト変態完了温度以上に加熱する工程と、金型を用い、加熱されたブランクを平面視で環状の構造部材に成形するとともに焼入れする工程とを備える(第7の構成)。
【0023】
実施形態に係る構造部材は、部材本体と、皮膜とを備える。部材本体は、互いに接合された複数の鋼板によって形成され、平面視で環状を有する。複数の鋼板は、第1鋼板と、第2鋼板とを含む。第2鋼板は端部を有する。第2鋼板の当該端部は、第1鋼板の端部に重ね合わされて接合されることで第1鋼板の端部とともにオーバーラップ部を形成する。皮膜は、第1鋼板及び第2鋼板の各々においてオーバーラップ部の外側に位置する表面上に設けられる。皮膜は、Zr酸化物、Zn酸化物、及びTi酸化物からなる群より選択される1種以上の酸化物を0.001g/m以上含有する(第8の構成)。
【0024】
実施形態に係る構造部材は、部材本体と、皮膜とを備える。部材本体は、互いに接合された複数の鋼板によって形成され、平面視で環状を有する。複数の鋼板は、第1鋼板と、第2鋼板とを含む。第2鋼板は端部を有する。第2鋼板の当該端部は、第1鋼板の端部に重ね合わされて接合されることで第1鋼板の端部とともにオーバーラップ部を形成する。皮膜は、第1鋼板及び第2鋼板の各々においてオーバーラップ部の外側に位置する表面上に設けられる。皮膜は、カーボンブラックを0.500g/m以下含有する(第9の構成)。
【0025】
第8又は第9の構成において、構造部材は、自動車のドアリング部品であってもよい。この場合、部材本体は、フロントピラーと、センターピラーと、フロントピラーとセンターピラーとを接続するロッカーとを含むことができる(第10の構成)。
【0026】
以下、本開示の実施形態について、図面を参照しつつ説明する。各図において同一又は相当の構成については同一符号を付し、同じ説明を繰り返さない。
【0027】
[構造部材]
図1は、本実施形態に係る構造部材10を水平面に載置した状態で上方から見た図(平面図)である。構造部材10は、例えば自動車の車体に用いられる。構造部材10は、典型的には自動車のドアリング部品である。本実施形態では、構造部材10がドアリング部品である例について説明する。
【0028】
構造部材10は、ホットスタンプ部材である。すなわち、構造部材10は、複数の鋼板からなるブランクをホットスタンプ(熱間プレス加工)することによって形成されたものである。構造部材10は、部材本体11を含む。部材本体11は、構造部材10の平面視で環状を有する。部材本体11は、フロントピラー111と、センターピラー112と、ロッカー113とを含む。構造部材10が自動車の車体に組み付けられたとき、センターピラー112は、フロントピラー111の後方に配置される。センターピラー112は、概ね車体の上下方向に延在する。フロントピラー111は、センターピラー112に向かって延在する。構造部材10が自動車の車体に組み付けられたとき、ロッカー113は、フロントピラー111及びセンターピラー112の下方に配置される。ロッカー113は、フロントピラー111とセンターピラー112とを接続する。
【0029】
本実施形態において、部材本体11は、互いに接合された複数の鋼板21,22,23によって形成されている。図1の例では、フロントピラー111は、主に鋼板21,23によって構成されている。センターピラー112は、主に鋼板22によって構成されている。ロッカー113は、鋼板22,23によって構成されている。
【0030】
図2は、図1のII-II断面図である。図2では、構造部材10を鋼板21の位置でその板厚方向に沿って切断した断面を示す。図2に示すように、鋼板21は、開断面を有している。鋼板21は、構造部材10の断面視で例えば概略ハット状を有する。より具体的には、鋼板21は、天板211と、縦壁212,213と、フランジ214,215とを含む。縦壁212は、天板211に対して縦壁213の反対側に配置されている。構造部材10の断面視で、縦壁212,213の一端部は天板211によって接続されている。構造部材10の断面視で、縦壁212,213の他端部には、それぞれフランジ214,215が接続されている。フランジ214,215は、それぞれ縦壁212,213から構造部材10の外側に突出している。
【0031】
構造部材10において、鋼板21、つまりフロントピラー111(図1)の上部に位置する部分の幅Wは、15mm以上300mm以下であってもよい。鋼板21、つまりフロントピラー111の上部に位置する部分の高さHは、10mm以上150mm以下であってもよい。幅Wは、構造部材10の断面において、天板211と縦壁212との間のコーナー部の縦壁212側のR止まりから、天板211と縦壁213との間のコーナー部の縦壁213側のR止まりまでの距離である。高さHは、天板211からフランジ214,215までの天板211の板厚方向に沿った距離である。
【0032】
図示を省略するが、他の鋼板22,23も鋼板21と同様に開断面を有する。鋼板22,23も、構造部材10の断面視で例えば概略ハット状を有することができる。鋼板22のうちセンターピラー112(図1)に相当する部分の幅は、15mm以上300mm以下であってもよい。鋼板22のうちセンターピラー112に相当する部分の高さは、10mm以上150mm以下であってもよい。鋼板23のうちフロントピラー111(図1)の下部に相当する部分の幅は、例えば30mm以上750mm以下である。鋼板23のうちフロントピラー111の下部に相当する部分の高さは、25mm以上150mm以下であってもよい。鋼板23のうちロッカー113(図1)に相当する部分の幅は、例えば30mm以上300mm以下である。鋼板23のうちロッカー113に相当する部分の高さは、25mm以上150mm以下であってもよい。
【0033】
平面視で環状の構造部材10の大きさは、例えば1.0m以上である。構造部材10の大きさは、例えば4.0m以下であってもよい。構造部材10の大きさとは、構造部材10を水平面に載置した状態で鉛直方向に沿って見たとき、構造部材10の外周上の任意の二点のうち最も距離が遠くなる二点を結ぶ線分の長さである。
【0034】
[構造部材の製造方法]
以下、構造部材10の製造方法について、図3A図3Gを参照しつつ説明する。本実施形態に係る構造部材10の製造方法は、ブランク20を準備する工程と、ブランク20を加熱する工程と、加熱されたブランク20を構造部材10に成形する工程とを含む。
【0035】
(準備工程)
図3Aに示すように、準備工程では、構造部材10を展開した形状を有するブランク20を準備する。ブランク20は、複数の鋼板21,22,23を含む。鋼板21,22,23は、ブランク20の平面視で環状を有するように配置され、接合されている。
【0036】
図3B図3C、及び図3Dは、鋼板21,22,23の接合部を示すブランク20の断面図である。図3B図3C、及び図3Dは、それぞれ、図3AのIIIB-IIIB断面図、IIIC-IIIC断面図、及びIIID-IIID断面図である。図3B及び図3Cを参照して、鋼板21は、鋼板22,23の各々に対して重ね合わせ接合されている。すなわち、鋼板22の端部は、鋼板21の端部に重ね合わせて接合されることで、鋼板21の端部とともにオーバーラップ部241を形成する。同様に、鋼板23の端部は、鋼板21の端部に重ね合わせて接合されることで、鋼板21の端部とともにオーバーラップ部242を形成する。図3Dを参照して、鋼板22は、鋼板21に加え、鋼板23に対して重ね合わせ接合されている。鋼板22の端部は、鋼板23の端部に重ね合わせて接合されることで、鋼板23の端部とともにオーバーラップ部243を形成する。鋼板21,22,23は、例えばスポット溶接又はレーザー溶接等によって接合される。
【0037】
図3B図3Dを参照して、鋼板21は板厚tを有する。鋼板22は板厚tを有する。鋼板23は板厚tを有する。本実施形態の例では、鋼板21の板厚t及び鋼板22のtが鋼板23の板厚tよりも大きい。したがって、鋼板21,22のオーバーラップ部241は、ブランク20において最大の板厚tmaxを有する。オーバーラップ部241の板厚tmaxは、鋼板21,23のオーバーラップ部242の板厚及び鋼板22,23のオーバーラップ部243の板厚よりも大きい。
【0038】
本実施形態の例では、ブランク20に含まれる複数の鋼板21,22,23の中で、鋼板23の板厚tが最小となっている。したがって、鋼板23は、ブランク20において最小の板厚tminを有する部分を構成する。すなわち、鋼板23のうち他の鋼板21,22と重ね合わせられていない部分がブランク20において最小の板厚tminを有する部分であり、鋼板23の板厚tがブランク20における最小の板厚tminである。
【0039】
本実施形態のように、複数の鋼板21,22,23が互いに異なる板厚t,t,tを有する場合、ブランク20における最大板厚tmax及び最小板厚tminの比:tmax/tminは、2.0よりも大きくなる。この場合において、最大板厚tmax及び最小板厚tminは、例えばtmax/tmin<4.0を満たす。最大板厚tmax及び最小板厚tminは、tmax/tmin≦3.2を満たすことが好ましい。最大板厚tmax及び最小板厚tminは、tmax/tmin≧2.5であってもよい。最大の板厚tmaxは、例えば4.2mm以下である。板厚tmaxは、1.6mm以上であってもよい。
【0040】
鋼板21,22は、ブランク20において最大の板厚tmaxを有するオーバーラップ部241を形成する。鋼板21,22の各々においてオーバーラップ部241の外側に位置する表面216,226における放射率は、ブランク20に含まれる鋼板21,22,23の他の表面の少なくとも1つの放射率よりも大きい。すなわち、鋼板21,22のうちオーバーラップ部241の外側に位置する表面216,226における放射率は、鋼板21,22のうちオーバーラップ部241の内側に位置する表面217,227における放射率、及び/又は、他の鋼板23の片面若しくは両面における放射率よりも高くなっている。鋼板21,22の各々においてオーバーラップ部241の外側に位置する表面216,226とは、最大の板厚tmaxを有するオーバーラップ部241の表裏面を構成する表面である。本実施形態では、鋼板21,22において、オーバーラップ部241の外側に位置する表面216,226における放射率は、オーバーラップ部241の内側に位置する表面217,227における放射率よりも大きい。また、鋼板21,22においてオーバーラップ部241の外側に位置する表面216,226における放射率は、最小の板厚tminを有する部分を構成する鋼板23の両面における放射率よりも大きい。例えば、25℃における波長8.0μmでの放射率は、鋼板21,22の表面216,226において60%以上である。鋼板21,22の表面216,226の25℃における波長8.0μmでの放射率は、70%以上であることがより好ましく、80%以上であることがさらに好ましい。ブランク20に含まれる鋼板21,22,23のうち表面216,226以外の表面の少なくとも1つにおいて、25℃における波長8.0μmでの放射率は60%未満であってもよい。オーバーラップ部241の両外側の表面216,226と、表面216,226以外の少なくとも1つの表面との間の25℃における波長8.0μmでの放射率の差は、5%よりも大きいことが好ましく、10%よりも大きいことがより好ましく、20%よりも大きいことがさらに好ましい。放射率は、JIS R 1801(2002)に準拠して測定することができる。この場合、フーリエ変換赤外分光光度計に測定対象の鋼板から採取した試料をセットし、25℃において波長8.0μmでの放射強度を測定して放射率を算出する。あるいは、測定波長を8.0μmに設定した放射温度計を用いて、25℃において着目する部位の放射強度を測定し、黒体の放射強度に対する比から放射率を算出することも可能である。
【0041】
本実施形態では、鋼板22と反対側の鋼板21の表面216の全体が皮膜25によって被覆されている。また、鋼板21と反対側の鋼板22の表面226の全体が皮膜25によって被覆されている。一方、鋼板23には皮膜25が設けられていない。これにより、オーバーラップ部241の両外表面の放射率が鋼板23の表面の放射率よりも高くなっている。
【0042】
皮膜25は、例えば黒色の皮膜である。皮膜25は、炭素系の表面処理皮膜(炭素(C)を含有する皮膜)であってもよい。例えば、皮膜25の表面からの明度L値(JIS Z8781-4(2013)に規定されるCIE 1976 明度指数L)が60以下である場合、皮膜25は黒色であると判断することができる。皮膜25の25℃における波長8.0μmでの放射率は60%以上であり、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上である。すなわち、皮膜25が付与された鋼板21,22の表面216,226の25℃における波長8.0μmでの放射率は、60%以上となり、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上となる。皮膜25は、700℃における波長8.0μmでの放射率が60%以上であってもよい。皮膜25として、例えば、特許文献1に記載された表面処理皮膜を使用することができる。具体的には、皮膜25は、カーボンブラックと、Zr酸化物、Zn酸化物、及びTi酸化物からなる群より選択される1種以上の酸化物とを含有することができる。皮膜25は、シリカを含有してもよいし、含有していなくてもよい。すなわち、皮膜25のシリカの含有量は、0g/m以上である。皮膜25のシリカの含有量は、0.30g/m以下であってもよい。シリカの含有量は、より好ましくは0.10g/m以下であり、さらに好ましくは0.05g/m以下である。
【0043】
カーボンブラック及び酸化物は、皮膜25のうち鋼板21の板厚方向に垂直な面において、その全体に分散して存在することができる。カーボンブラックの含有量をXCB(g/m)、Zr酸化物、Zn酸化物、及びTi酸化物からなる群より選択される1種以上の酸化物(金属酸化物)の含有量をXOxide(g/m)としたとき、XCB及びXOxideは、以下の式(1)を満足することが好ましい。
118.9≦24280/{6700/(100+76×XCB)+18000/(130+65×XOxide)}≦332.0 (1)
【0044】
式(1)において、中央の式:24280/{6700/(100+76×XCB)+18000/(130+65×XOxide)}で算出される値は、好ましくは119.0以上であり、より好ましくは170.0以上であり、さらに好ましくは220.0以上である。中央の式で算出される値は、好ましくは330.0以下であり、より好ましくは310.0以下であり、さらに好ましくは300.0以下である。
【0045】
皮膜25におけるカーボンブラック及び金属酸化物の分散状態は、電子プローブマイクロアナライザ(Electron Probe Micro Analyzer:EPMA)により、カーボンブラックに由来する元素(例えば、C)や、酸化物に由来する元素(Zr、Zn、及びTi)について皮膜25の面分析を行うことで確認することができる。カーボンブラックの含有量XCBは、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)を用いた皮膜25の断面分析によって測定することができる。すなわち、所定の大きさ(皮膜25の膜厚×5μm)の領域についてTEM-EDS分析によって皮膜25の断面分析を行い、皮膜25の膜厚と、炭素含有率が70質量%以上となる粒子が当該領域において占める面積率とを測定する。カーボンブラックの密度をρ(ton/m)、膜厚をd(μm)、面積率をa(%)としたときにρ×d×aで表される値が、カーボンブラックの含有量XCB(g/m)となる。酸化物の含有量XOxideは、蛍光X線分析装置(RIGAKU社製、ZSX Primus)を用いて皮膜25の表面から元素分析を行い、金属Zr、金属Zn及び金属Tiを定量することで求めることができる。
【0046】
皮膜25におけるカーボンブラックの含有量XCBは、0.030g/m以上であることが好ましく、0.100g/m以上であることがより好ましい。含有量XCBは、式(1)を満たす範囲で設定されればよいが、好ましくは0.800g/m以下であり、より好ましくは0.600g/m以下である。
【0047】
皮膜25は、体積%で5.0以上のカーボンブラックを含有することができ、好ましくは体積%で8.0以上のカーボンブラックを含有する。また、皮膜25は、体積%で40.0以下のカーボンブラックを含有することができ、好ましくは体積%で30.0以下のカーボンブラックを含有する。
【0048】
皮膜25における金属酸化物の含有量XOxideは、0.030g/m以上であることが好ましく、0.060g/m以上であることがより好ましい。含有量XOxideは、式(1)を満たす範囲で設定されればよいが、好ましくは0.500g/m以下であり、より好ましくは0.300g/m以下である。
【0049】
皮膜25は、体積%で1.0以上の金属酸化物を含有することができる。また、皮膜25は、体積%で30.0以下の金属酸化物を含有することができ、好ましくは体積%で25.0以下の金属酸化物を含有する。
【0050】
カーボンブラックの含有量XCB(g/m)と金属酸化物の含有量XOxide(g/m)との比率:XOxide/XCBは、0.20以上200.00以下であることが好ましい。XOxide/XCBは、より好ましくは0.40以上10.00以下であり、さらに好ましくは0.60以上5.00以下である。
【0051】
皮膜25は、上記のカーボンブラック及び金属酸化物に加え、各種のバインダー成分や添加剤を含有することができる。
【0052】
バインダー成分は、水分散性又は水溶解性の樹脂であることが好ましい。バインダー成分の含有量は、皮膜25の全体積に対して40体積%以上であることが好ましい。水分散性又は水溶解性の樹脂から選択されるバインダー成分としては、水分散性又は水溶解性を示す公知の各種の樹脂を用いることが可能である。このような水分散性又は水溶解性を示す樹脂として、例えば、ポリウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、フッ素樹脂、ポリアミド樹脂、ポリオレフィン樹脂、シランカップリング剤を加水分解・縮重合して得られるポリマー化合物等が挙げられる。バインダー成分は、ポリエステル樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリオレフィン樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、フッ素樹脂、及びポリアミド樹脂からなる群より選択される1種又は2種以上であることがより好ましい。バインダー成分としてポリウレタン樹脂を用いる場合、ポリウレタン樹脂は、ポリエーテル系のポリウレタン樹脂であることが好ましい。
【0053】
添加剤は、例えば、レベリング剤、水溶性溶剤、金属安定化剤、エッチング抑制剤等である。レベリング剤は、例えばノニオン系又はカチオン系の界面活性剤である。ノニオン系又はカチオン系の界面活性剤として、例えば、ポリエチレンオキサイド又はポリプロピレンオキサイド付加物や、アセチレングリコール化合物等が挙げられる。水溶性溶剤としては、例えば、エタノール、イソプロピルアルコール、t-ブチルアルコール及びプロピレングリコール等のアルコール類、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル等のセロソルブ類、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル類、アセトン、メチルエチルケトン及びメチルイソブチルケトン等のケトン類等が挙げられる。金属安定化剤としては、例えば、EDTA(エチレンジアミン四酢酸)、DTPA(ジエチレントリアミン五酢酸)等のキレート化合物が挙げられる。エッチング抑制剤としては、例えば、エチレンジアミン、トリエチレンペンタミン、グアニジン及びピリミジン等のアミン化合物類が挙げられる。
【0054】
皮膜25は、例えばカーボンブラック及び金属酸化物を含む有機系又は無機系の処理液を鋼板21,22の表面216,226の全体に塗布した後、処理液中の揮発成分を乾燥させることによって形成することができる。処理液は、例えばロールコーター、カーテンコーター、又はインクジェットによって鋼板21,22の表面216,226に塗布することができる。インクジェットの場合、皮膜25の膜厚を連続的に変化させることもできる。皮膜25の膜厚は、例えば、0.5μm以上5.0μm以下である。皮膜25の膜厚は、1.0μm以上3.0μm以下であることが好ましい。皮膜25の膜厚は、鋼板21,22の板厚t,tと比較して無視できるほどに小さい。したがって、皮膜25込みで測定した鋼板21,22の板厚をそれぞれ板厚t,tとして取り扱うことができる。
【0055】
ブランク20において最小の板厚tminを有する鋼板23は、めっき鋼板である。この場合、鋼板23は、母材鋼板23aと、めっき層23bとを有する。母材鋼板23aの種類は特に限定されない。めっき層23bは、母材鋼板23a上に設けられる。めっき層23bは、母材鋼板23aの両面の全体又はほぼ全体を覆っている。めっき層23bは、金属めっき層である。めっき層23bは、例えば、溶融アルミニウムめっきであってもよいし、溶融亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、又は電気亜鉛めっきであってもよい。鋼板23としては、公知のアルミニウムめっき鋼板、亜鉛めっき鋼板等を使用することができる。鋼板23の板厚tminは、母材鋼板23a及びめっき層23bを合わせた板厚となる。
【0056】
鋼板21,22は、鋼板23と同様、公知のめっき鋼板であってもよい。すなわち、鋼板21は、母材鋼板21aと、母材鋼板21a上に設けられためっき層21bとを有することができる。また、鋼板22は、母材鋼板22aと、母材鋼板22a上に設けられためっき層22bとを有することができる。母材鋼板21a,22aの種類は特に限定されない。めっき層21b,22bは、それぞれ母材鋼板21a,22aの両面の全体又はほぼ全体を覆っている。めっき層21b,22bは、金属めっき層である。めっき層21b,22bとしては、鋼板23について例示しためっき層と同様のものを使用することができる。すなわち、鋼板21,22は、鋼板23と同様、アルミニウムめっき鋼板であってもよいし、亜鉛めっき鋼板であってもよい。鋼板21がめっき鋼板である場合、鋼板21の板厚tは、母材鋼板21a及びめっき層21bを合わせた板厚となる。同様に、鋼板22がめっき鋼板である場合、鋼板22の板厚tは、母材鋼板22a及びめっき層22bを合わせた板厚となる。
【0057】
めっき層21b,22b,23bは、典型的にはアルミニウムを主成分とするめっき層(アルミニウム系めっき層)である。アルミニウム系めっき層の構成は特に限定されない。めっき層21b,22b,23bとして、公知のアルミニウム系めっき層を採用することができる。
【0058】
鋼板21,22,23は、それぞれ他の鋼板と同種のめっき鋼板であってもよいし、他の鋼板と異なる種類のめっき鋼板であってもよい。鋼板21,22は、その表面にめっき層21b,22bを有しない鋼板(裸材)であってもよい。鋼板21,22,23のうち2つ以上がめっき鋼板である場合、各鋼板のめっきの目付量は他の鋼板と同一であってもよいし、異なっていてもよい。
【0059】
(加熱工程)
準備されたブランク20は、ホットスタンプ(熱間プレス加工)によって構造部材10(図1及び図2)に成形される。ホットスタンプに際し、ブランク20は加熱工程に供される。図3Eを参照して、加熱工程では、例えば加熱炉30によってブランク20が加熱される。ブランク20に含まれる複数の鋼板21,22,23は、オーステナイト変態完了温度(Ac3点)以上に加熱される。鋼板21,22,23は、例えば900℃以上に加熱される。これにより、鋼板21,22,23のミクロ組織が例えば全て又はほぼオーステナイト相に変態する。
【0060】
(成形工程)
図3Fを参照して、成形工程では、金型40を用い、加熱されたブランク20を平面視で環状の構造部材10(図1及び図2)に成形するとともに焼入れする。加熱工程によって加熱されたブランク20は加熱炉30(図3E)から取り出され、金型40に搬送される。金型40は、公知のプレス装置に取り付けられている。金型40は、例えば、パンチ41及びダイ42を含む。ブランク20は、パンチ41とダイ42との間に配置される。
【0061】
図3Gを参照して、ブランク20がパンチ41とダイ42との間に配置された後、ダイ42がパンチ41に対して相対的に接近する。ブランク20は、パンチ41及びダイ42によって挟持(プレス)され、パンチ41及びダイ42の成形面に沿った形状に成形される。ブランク20は、パンチ41及びダイ42によって挟持されたまま保持される。ブランク20は金型40によって抜熱(急冷)され、そのミクロ組織がマルテンサイトに変態する。これにより、ブランク20から構造部材10を製造することができる。
【0062】
図4は、ホットスタンプ後の構造部材10の断面図である。図4では、ブランク20の段階で黒色の皮膜25が付与されていた鋼板21(図3B及び図3C)の位置での構造部材10の断面を示す。この構造部材10は、部材本体11と、皮膜12とを含む。皮膜12は、鋼板21上に設けられている。ブランク20において鋼板21に付与されていた黒色の皮膜25(図3B及び図3C)は、ホットスタンプを経て皮膜12となる。図示を省略するが、ブランク20において鋼板22に付与されていた黒色の皮膜25(図3B及び図3D)は、ホットスタンプを経て皮膜12となる。皮膜12は、鋼板21,22の各々においてオーバーラップ部241の外側に位置する表面216,226上(図3B)に設けられる。ホットスタンプ前の皮膜25がカーボンブラックを含有している場合、このカーボンブラックはホットスタンプ時の高温加熱によってほぼ消失するが、部材本体11上に残存する場合もある。ホットスタンプ前の皮膜25が上記式(1)を満たしていた場合、ホットスタンプ後の皮膜12は、カーボンブラックを含有しないこともあるし、0.500g/m以下のカーボンブラックを含有することもある。ホットスタンプ後の皮膜12がカーボンブラックを含有する場合、皮膜12におけるカーボンブラックの含有量は0g/m超である。また、ホットスタンプ前の皮膜26が上記式(1)を満たしていた場合、ホットスタンプ後の皮膜12では、中央の式:24280/{6700/(100+76×XCB)+18000/(130+65×XOxide)}で算出される値が例えば120.0以上150.0以下となっている。
【0063】
ホットスタンプ前の皮膜25(図3B及び図3C)が上記式(1)を満たしていた場合、ホットスタンプ後の皮膜12は、Zr酸化物、Zn酸化物、及びTi酸化物からなる群より選択される1種以上の酸化物(金属酸化物)を例えば0g/m超、より望ましくは0.001g/m以上含有する。皮膜12の金属酸化物の含有量は、例えば0.500g/m以下である。このように金属酸化物が構造部材10に残存する場合、つまり皮膜12が0g/m超の金属酸化物を含有する場合、構造部材10の耐食性が向上するためより望ましい。ホットスタンプ前の皮膜25が上記式(1)を満たしていた場合、ホットスタンプ後の皮膜12は、0~0.30g/mのシリカを含有する。
【0064】
皮膜12におけるカーボンブラックの含有量、金属酸化物の含有量、及びシリカの含有量は、ブランク20の段階の皮膜25と同様にして測定することができる。具体的には、車体部品を解体して環状の構造部材10を取得し、この構造部材10から例えばレーザー切断等で分析試料を取得する。例えば、構造部材10に含まれる複数の鋼板それぞれから分析試料を取得する。分析試料の取得位置は、開断面を有する鋼板それぞれの天板の中心部又はその近傍である。取得した分析試料をレーザー切断時の熱影響部外まで断面を研磨する等して調整し、皮膜分析用試料を作成する。この試料に対し、EPMAにより、カーボンブラックに由来する元素(例えば、C)や、酸化物に由来する元素(Zr、Zn、及びTi)について皮膜12の面分析を行うことで、皮膜12におけるカーボンブラック及び金属酸化物の分散状態を確認することができる。構造部材10の部位によって、構造部材10の表側及び/又は裏側に皮膜12が存在しているため、分析試料の表側及び裏側を分析する。
【0065】
構造部材10の最表層には、例えば電着塗装皮膜等が存在している場合が多い。その場合は、電着塗装皮膜層の下層、且つ合金化された金属めっき層の上層に存在する皮膜層を分析する。皮膜12におけるカーボンブラックの含有量XCBは、TEMを用いた皮膜25の断面分析によって測定することができる。すなわち、所定の大きさ(皮膜12の膜厚×5μm)の領域についてTEM-EDS分析によって皮膜12の断面分析を行い、皮膜12の膜厚と、炭素含有率が70質量%以上となる粒子が当該領域において占める面積率とを測定する。カーボンブラックの密度をρ(ton/m)、膜厚をd(μm)、面積率をa(%)としたときにρ×d×aで表される値が、カーボンブラックの含有量XCB(g/m)となる。酸化物の含有量XOxideは、上述した蛍光X線分析装置を用いて電着塗装皮膜層の下層、且つ合金化された金属めっき層の上層に存在する皮膜層から元素分析を行い、金属Zr、金属Zn及び金属Tiを定量することで求めることができる。
【0066】
成形工程(ホットスタンプ)後において、鋼板21は、例えば0.5GPa以上の引張強さを有することができ、好ましくは1.0GPa以上の引張強さを有する。同様に、成形工程(ホットスタンプ)後において、鋼板22,23(図1)は、例えば0.5GPa以上の引張強さを有することができ、好ましくは1.0GPa以上の引張強さを有する。鋼板21,22,23のうち少なくとも1枚は、成形工程後において1.5GPa以上の引張強さを有していてもよい。鋼板21,22,23のそれぞれの引張強さは、他の鋼板の引張強さと同一であってもよいし、異なっていてもよい。
【0067】
[効果]
ホットスタンプに際してブランク20が加熱されたとき、最小の板厚tminを有する鋼板23では、母材鋼板23aからめっき層23bに鉄が拡散して拡散層が形成される。拡散層は、ブランク20の加熱時間が長くなるにつれて厚くなり、めっき層23bによる鋼板23の耐食性又は溶接性を低下させる場合がある。鋼板23の耐食性及び溶接性を確保するためには、拡散層の厚みが所定値以下に抑えられることが好ましい。例えば、鋼板23がめっき層23bの目付量:50~80g/m程度の厚目付けの鋼板である場合、拡散層の厚みは15μm以下であることが好ましい。また、例えば、鋼板23がめっき層23bの目付量:40~50g/m程度の薄目付けの鋼板である場合、拡散層の厚みは10μm以下であることが好ましい。そこで、本実施形態に係るブランク20では、最大の板厚tmaxを有するオーバーラップ部241の外側に位置する鋼板21,22の表面216,226の放射率が、鋼板21,22,23における他の表面の少なくとも1つの放射率よりも大きくなっている。すなわち、鋼板21,22においてオーバーラップ部241の両外側の表面216,217には、放射率を高めるための処理が施されている。これにより、ホットスタンプに際してブランク20を加熱したとき、オーバーラップ部241の昇温速度を高めることができ、オーバーラップ部241の加熱時間を短縮することができる。したがって、先行して昇温した最薄の鋼板23においてめっき層23bの合金化が過度に進行し、拡散層が所定の厚みを超えるまで成長する前にブランク20の加熱を終了することができる。その結果、最大の板厚tmaxを有するオーバーラップ部241の強度をホットスタンプによって確保することができ、且つ、最小の板厚tminの鋼板23の耐食性(防錆性)を確保することができる。また、拡散層の厚みを抑えることにより、鋼板23の溶接性が確保されやすくなる。
【0068】
このように、本実施形態に係るブランク20によれば、最大の板厚tmaxを有するオーバーラップ部241の昇温速度を高めることができる。そのため、最薄の鋼板23においてめっき層23bの合金化が過度に進行する前にブランク20全体をホットスタンプに必要な温度まで加熱することが可能となり、構造部材10の製造における加熱条件のプロセスウィンドウを確保することができる。したがって、最大板厚tmaxのオーバーラップ部241の強度と、最小板厚tminの鋼板23の位置での防錆機能とを兼ね揃える構造部材10を製造することができる。また、オーバーラップ部241の昇温速度を高めることにより、ブランク20の加熱時間を短縮することができるため、構造部材10の生産性を向上させることができる。さらに、ブランク20の加熱時間が短縮されることにより、構造部材10の製造におけるエネルギー消費が抑制され、加熱時における温室効果ガスの発生量を削減することができる。
【0069】
本実施形態において、ブランク20に含まれる鋼板21,22,23は、いずれもめっき鋼板であってもよい。この場合、ブランク20をホットスタンプによって構造部材10に成形する際、酸化スケールの生成を抑制することができる。したがって、ホットスタンプの後、例えばショットブラスト処理等、酸化スケールを除去するための処理を構造部材10に施す必要がない。よって、構造部材10の生産性を高めることができる。
【0070】
例えば、鋼板21,22,23のめっき層21b,22b,23bがアルミニウム系のめっき層である場合、加熱工程において、最大の板厚tmaxを有するオーバーラップ部241と最小の板厚tminを有する鋼板23との昇温速度差が生じやすい。アルミニウム系めっき層は白色であるため、熱エネルギーを反射しやすく、オーバーラップ部241の昇温を阻害する。しかしながら、本実施形態に係るブランク20では、オーバーラップ部241の両外側に配置された鋼板21,22の表面216,226に対し、放射率を高める処理が施されている。そのため、オーバーラップ部241を形成する鋼板21,22がアルミニウム系めっき層を有するめっき鋼板であっても、加熱工程におけるオーバーラップ部241の昇温を促進し、オーバーラップ部241の加熱時間を短縮することができる。したがって、薄肉の鋼板23の耐食性及び溶接性を確保することができ、且つ構造部材10の生産性を向上させることができる。
【0071】
本実施形態において、加熱工程では、まずブランク20において最小の板厚tminを有する鋼板23がオーステナイト域の温度に到達し、その後、板厚が薄い部位から順番に順にオーステナイト域の温度まで到達する。最大の板厚tmaxを有するオーバーラップ部241は、最後にオーステナイト域の温度に到達する。本実施形態のようにブランク20に含まれる鋼板21,22,23に板厚差がある場合において、最小板厚tminと最大板厚tmaxとが乖離しすぎていると、板厚tminを有する鋼板23に対して板厚tmaxを有するオーバーラップ部241の昇温が大幅に遅れ、加熱条件のプロセスウィンドウを確保できなくなることがある。そこで、最小板厚tminと最大板厚tmaxとの比率:tmax/tminは3.2以下であることが好ましい。これにより、鋼板21,22,23に板厚差がある場合であっても、最薄の鋼板23のめっき層23bの合金化が進行し、拡散層が厚くなって耐食性が失われる前に、オーバーラップ部241をオーステナイトへの相変態が完了するまで十分に加熱することができる。よって、構造部材10の製造においてプロセスウィンドウが確保されやすくなる。
【0072】
本実施形態では、オーバーラップ部241の放射率を高めるため、鋼板21,22の両表面のうち相手鋼板と反対側の表面216,226に皮膜25を付与することができる。皮膜25の放射率(温度25℃及び波長8.0μm)は、例えば60%以上となっている。これにより、オーバーラップ部241を効率よく放射加熱することができ、加熱工程においてオーバーラップ部241の昇温速度がより増加しやすくなる。
【0073】
本実施形態において、皮膜25は、カーボンブラックと、Zr酸化物、Zn酸化物、及びTi酸化物からなる群より選択される1種以上の酸化物と、0~0.30g/m以下のシリカとを含有することができる。カーボンブラックの含有量XCB(g/m)、及び酸化物の含有量XOxide(g/m)は、上記の式(1)を満足することが好ましい。特許文献1に記載されているように、式(1)は、昇温速度(℃/s)の増加の倍率(%)と、カーボンブラックの含有量XCB及び酸化物の含有量XOxideとの関係を規定した式である。式(1)は、700℃までの範囲では主としてカーボンブラックが熱吸収材として機能し、700℃以上の範囲では主として酸化物が熱吸収材として機能することを表している。皮膜25が式(1)を満足することにより、皮膜25が付与されたオーバーラップ部241の両外側の表面216,226について、25℃における波長8.0μmでの放射率が60%以上となりやすくなる。
【0074】
カーボンブラック及び酸化物は、皮膜25のうち鋼板21の板厚方向と垂直な面において、その全体に分散して存在することができる。これにより、オーバーラップ部241の両外側に位置する鋼板21,22の表面216,226の放射率が均一化されやすくなる。したがって、加熱工程において、最厚のオーバーラップ部241を迅速且つ均一に加熱することができる。
【0075】
ただし、皮膜25の構成はこれに限定されるものではない。皮膜25は、無処理の場合と比較してオーバーラップ部241の両外側の表面216,226の放射率を高めるため、実質的に黒色の皮膜であればよい。例えば、皮膜25は、カーボンブラックに代えて又は加えて、黒鉛又はすす等を含有することができる。あるいは、皮膜25は、例えば、オーバーラップ部241の両外側の表面216,226の放射率を高めるため、アスペクト比が4以上50以下で六方晶系の結晶構造を有する針状化合物を含有することもできる。六方晶系の結晶構造を有する化合物は、典型的にはグラファイト(C)であるが、ランタンシリケート、二ホウ化マグネシウム、酸化ベリリウム(ベリリア)、酸化亜鉛、β-石英、針ニッケル鉱(NiS)、ウルツ鉱(ZnS)等であってもよい。
【0076】
以上、本開示に係る実施形態について説明したが、本開示は上記実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない限りにおいて種々の変更が可能である。
【0077】
上記実施形態では、最小の板厚tminを有する鋼板23の両表面の放射率が鋼板21,22の各々においてオーバーラップ部241の外側に位置する表面216,226の放射率よりも小さい。すなわち、鋼板23には、オーバーラップ部241のような皮膜25が付与されていない。しかしながら、最小の板厚tminを有する鋼板23において少なくとも一方の表面の放射率がオーバーラップ部241の両外側の表面216,226の放射率と実質的に等しくてもよい。例えば、鋼板23の片面又は両面がオーバーラップ部241と同様の皮膜25で被覆されていてもよい。ただし、プロセスウィンドウ確保の観点からは、鋼板23の少なくとも一方の表面には黒色の皮膜25が付与されていないことが好ましい。すなわち、鋼板21,22の各々においてオーバーラップ部241の外側に位置する表面216,226の放射率が最小の板厚tminを有する鋼板23の少なくとも一方の表面の放射率よりも大きいことが好ましい。
【0078】
上記実施形態では、鋼板21,22において、オーバーラップ部241の内側に位置する表面217,227の放射率がオーバーラップ部241の外側に位置する表面216,226の放射率よりも小さい。すなわち、鋼板21,22において、オーバーラップ部241の内側に位置する表面217,227には皮膜25が設けられていない。しかしながら、鋼板21において、オーバーラップ部241の内側に位置する表面217が皮膜25によって被覆されていてもよい。同様に、鋼板22において、オーバーラップ部241の内側に位置する表面227が皮膜25によって被覆されていてもよい。ただし、ホットスタンプの際にブランク20の加熱を均一化する観点からは、鋼板21,22のそれぞれにおいて、オーバーラップ部241の外側の表面216,226が実質的に黒色の皮膜25によって被覆され、オーバーラップ部241の内側に位置する表面217,227は皮膜25によって被覆されていないことが好ましい。鋼板21の両表面216,217が皮膜25によって被覆されている場合、鋼板21のうち鋼板22と重ね合わされていない部分の加熱が進行し、拡散層が厚くなって鋼板21の耐食性及び溶接性の確保が困難になる可能性がある。同様に、鋼板22の両表面226,227が皮膜25によって被覆されている場合、鋼板22のうち鋼板21と重ね合わされていない部分の加熱が進行し、拡散層が厚くなって鋼板22の耐食性及び溶接性が低下する可能性がある。したがって、良好な耐食性及び溶接性をより確保しやすくするためには、鋼板21,22において、オーバーラップ部241の外側に位置する表面216,226に皮膜25が設けられる一方、オーバーラップ部241の内側に位置する表面217,227には皮膜25が設けられないことが好ましい。
【0079】
上記実施形態では、実質的に黒色の皮膜25の存在により、最大の板厚tmaxを有するオーバーラップ部241の両外側の表面216,226の放射率が鋼板21,22,23における他の1つ以上の表面の放射率と比較して大きくなっている。しかしながら、ブランク20において、選択された部位の放射率を高める方法は皮膜25に限定されない。例えば、選択された部位の表面粗さを他の部位の表面粗さと比較して大きくすることにより、選択された部位の放射率を他の部位よりも高めることができる。
【0080】
上記実施形態において、ブランク20に含まれる鋼板21,22,23は、それぞれ単層であってもよいし複層であってもよい。すなわち、鋼板21,22,23は、それぞれ、単一の鋼板であってもよいし、複数の鋼板が重ね合わされて構成された板材であってもよい。
【0081】
上記実施形態では、鋼板21,22の端部同士が重ね合わせ接合され、オーバーラップ部241が形成されている。同様に、鋼板21,23の端部同士が重ね合わせ接合され、オーバーラップ部242が形成されている。また、鋼板22,23の端部同士が重ね合わせ接合され、オーバーラップ部243が形成されている。しかしながら、ブランク20は、少なくとも1つのオーバーラップ部を含んでいればよい。すなわち、鋼板23は、必ずしも鋼板21,22と重ね合わせ接合されている必要はない。鋼板23は、鋼板21,22の一方又は双方と突き合わせ接合されていてもよい。
【0082】
上記実施形態では、ブランク20が3枚の鋼板21,22,23を含んでいる。しかしながら、ブランク20に含まれる鋼板の数はこれに限定されるものではない。ブランク20は、2枚の鋼板で構成されていてもよいし、4枚以上の鋼板を含んでいてもよい。平面視で環状のブランク20は、典型的には3枚以上の鋼板を含む。ブランク20に含まれる鋼板のうち、最大の板厚tmaxを有するオーバーラップ部241を形成する鋼板21,22は、オーバーラップ部241の外側に位置する表面216,226に放射率を高めるための処理が施される。その他の鋼板については、放射率を高めるための処理が施されてもよいし、施されなくてもよい。ブランク20には、片面又は両面に放射率を高めるための処理が施されていない鋼板が1枚以上含まれていればよい。
【0083】
上記実施形態に係るブランク20では、最小の板厚tminを有する部分を構成する鋼板23とは異なる鋼板21,22が最大の板厚tmaxを有するオーバーラップ部241を形成する。しかしながら、オーバーラップ部241を形成する鋼板21又は鋼板22がブランク20において最小の板厚tminを有する鋼板であってもよい。
【0084】
上記実施形態では、ブランク20において、最大の板厚tmaxを有するオーバーラップ部241が1つのみ存在する。しかしながら、ブランク20において、最大の板厚tmaxを有するオーバーラップ部が複数存在してもよい。この場合、最大の板厚tmaxを有するオーバーラップ部の全てについて、両外側の表面に放射率を高める処理が施されていることが好ましい。
【0085】
上記実施形態に係るブランク20において、複数の鋼板21,22,23は互いに異なる板厚を有している。しかしながら、ブランク20に含まれる鋼板の2枚以上が同一の板厚を有していてもよいし、全ての鋼板が同一の板厚を有していてもよい。ブランク20に含まれる全ての鋼板が同一の板厚を有する場合、各鋼板においてオーバーラップ部を形成していない部分がブランク20において最小の板厚tminを有する部分を構成し、各オーバーラップ部が最大の板厚tmaxを有することになる。この場合も、最大の板厚tmaxのオーバーラップ部の両外側の表面の放射率は、他の表面の少なくとも1つ以上の放射率よりも大きい。ブランク20に含まれる鋼板の板厚が全て同一の場合、tmax/tminは2.0である。
【0086】
上記実施形態において、ブランク20のホットスタンプに用いられる金型40はパンチ41及びダイ42を含んでいる。ただし、金型40の構成は、上記実施形態で説明した例に限定されるものではない。金型40は、例えば、パッドやブランクホルダをさらに含むこともできる。
【0087】
上記実施形態において、構造部材10の本体11は、フロントピラー111と、センターピラー112と、ロッカー113とを含んでいる。しかしながら、部材本体11は、さらに別の構成要素を含むことができる。例えば、図5に示すように、部材本体11はさらにリアピラー114を含むことができる。上記実施形態に係る構造部材10は、シングルリング形状を有するドアリング部品(シングルドアリング部品)である。一方、図5に示す構造部材は、ダブルリング形状を有するドアリング部品(ダブルドアリング部品)である。ダブルドアリング部品を製造する場合、その素材となるブランクもダブルリング形状を有する。
【実施例
【0088】
以下、実施例によって本開示をさらに詳しく説明する。ただし、本開示は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0089】
[第1実施例]
本開示による効果を確認するため、シングルドアリング部品である構造部材のプレス成形(ホットスタンプ)について、構造部材に含まれる鋼板の種類(素材種)及び板厚、並びに構造部材の分割パターンを変更しながら、市販のソフトウェア(AUTOFORM R.10,AUTOFORM社製)を使用してCAE解析を実施した。
【0090】
本解析に使用した鋼板を表1に示す。
【0091】
【表1】
【0092】
表1において、素材種は、めっき種、引張強さ、及び用途(ホットスタンプ)の順で表記されている。皮膜仕様について、黒色皮膜は、カーボンブラック及び金属酸化物を含有する黒色の皮膜である。「黒色皮膜-片面」とは、鋼板の片面全体が黒色皮膜で被覆されていることを意味する。「黒色皮膜-両面」とは、鋼板の両面全体が黒色皮膜で被覆されていることを意味する。
【0093】
構造部材の分割パターンを図6A図6Gに示す。図6A図6Gでは、シングルドアリング部品である構造部材に含まれる鋼板(素材)の枚数と、構造部材における鋼板同士の接合部の位置とを示している。図6A図6Gにおいて、各鋼板には括弧書きで数字を付与している。
【0094】
図6A及び図6Bに示す分割パターン1及び2について、解析の条件及び結果を表2に示す。図6A及び図6Bにおいて、構造部材は3枚の素材(1)~(3)によって形成されている。素材(1)~(3)は、それぞれ、隣り合う素材と重ね合わせ接合されている。
【0095】
【表2】
【0096】
表2において、「910℃到達時間」とは、ブランクに含まれる素材のうち最小の板厚tminを有する素材がブランクの加熱開始から910℃(Ac3点以上)に到達するまでに要した時間である。「加熱完了時間」とは、ブランクにおいて最も昇温が遅い部位がブランクの加熱開始から910℃に到達してホットスタンプ可能になるまでに要した時間である。「プロセスウィンドウ(PW)」は、最小板厚tminを有する素材が910℃に到達した後許容できる加熱時間(245秒)を910℃到達時間に足し合わせた時間から、加熱完了時間を減じた値である。この値が大きいほど、構造部材のホットスタンプにおいて加熱条件のプロセスウィンドウが広いことを意味する。
【0097】
表2及び図6Aを参照して、実施例1では、素材(1)と素材(2)とが最大の板厚tmax=2.8mmを有するオーバーラップ部を形成し、素材(1)及び(2)の各々においてオーバーラップ部の外側に位置する表面には黒色皮膜が付されている。一方、素材(1)及び(2)の各々においてオーバーラップ部の内側に位置する表面には黒色皮膜が付されていない。また、実施例1では、素材(3)が最小の板厚tmin=1.2mmを有し、素材(3)の片面のみに黒色皮膜が付与されている。素材種及び板厚の組み合わせが実施例1と同一の比較例1では、素材(1)~(3)のいずれにも黒色皮膜が付されていない。実施例1では、最厚のオーバーラップ部の両外側に黒色皮膜を配置したことから、このオーバーラップ部の昇温が促進され、比較例1と比べてブランクの加熱完了時間が大幅に短縮された。実施例1では、最薄の素材(3)に黒色皮膜を付したことから910℃到達時間が比較例1よりも早まったにもかかわらず、比較例1に対してプロセスウィンドウが60秒近くも拡大された。
【0098】
表2及び図6Bを参照して、実施例3では、素材(1)と素材(3)とが最大の板厚tmax=3.4mmを有するオーバーラップ部を形成し、素材(1)及び(3)の各々においてオーバーラップ部の外側に位置する表面には黒色皮膜が付されている。一方、素材(1)及び(3)の各々においてオーバーラップ部の内側に位置する表面には黒色皮膜が付されていない。また、実施例3では、素材(2)が最小の板厚tmin=1.2mmを有し、素材(2)の片面のみに黒色皮膜が付与されている。素材種及び板厚の組み合わせが実施例3と同一の比較例2では、素材(1)~(3)のいずれにも黒色皮膜が付されていない。実施例3では、最厚のオーバーラップ部の両外側に黒色皮膜を配置したことから、このオーバーラップ部の昇温が促進され、比較例2と比べてブランクの加熱完了時間が大幅に短縮された。実施例3では、最薄の素材(2)に黒色皮膜を付したことから910℃到達時間が比較例2よりも早まったにもかかわらず、比較例2に対してプロセスウィンドウが70秒以上も拡大された。比較例2では、加熱条件のプロセスウィンドウがなくなる(マイナス)という結果となった。
【0099】
実施例2では、素材(2)と素材(3)とが最大の板厚tmax=2.9mmを有するオーバーラップ部を形成し、素材(2)及び(3)の各々においてオーバーラップ部の外側に位置する表面に黒色皮膜が付されている。一方、素材(2)及び(3)の各々においてオーバーラップ部の内側に位置する表面には黒色皮膜が付されていない。また、実施例2では、素材(1)が最小の板厚tmin=1.2mmを有する。この実施例2においても、プロセスウィンドウが十分に確保されることが確認できた。
【0100】
図6C及び図6Dに示す分割パターン3及び4について、解析の条件及び結果を表3に示す。図6C及び図6Dにおいて、構造部材は4枚の素材(1)~(4)によって形成されている。素材(1)~(4)は、それぞれ、隣り合う素材と重ね合わせ接合されている。
【0101】
【表3】
【0102】
表3における実施例4~10でも、実施例1~3(表2)と同様、少なくとも最大の板厚tmaxを有するオーバーラップ部の両外側の表面に黒色皮膜を配置している。そのため、実施例4~10についても、加熱条件のプロセスウィンドウを十分に確保することができた。各実施例を対応する比較例と比べた場合、プロセスウィンドウが拡大していることがわかる。
【0103】
例えば、実施例8では、素材(1)と素材(3)とが最大の板厚tmax=4.0mmを有するオーバーラップ部を形成し、素材(1)及び(3)の各々においてオーバーラップ部の外側に位置する表面に黒色皮膜が付されている(表3及び図6D)。一方、比較例4は、素材種及び板厚の組み合わせが実施例8と同一であるが、オーバーラップ部を含めいずれの素材にも黒色皮膜が付与されていない。実施例8では、オーバーラップ部の昇温が促進され、比較例4と比べてブランクの加熱完了時間が大幅に短縮された。実施例8では、比較例4に対してプロセスウィンドウが100秒以上も拡大された。比較例4では、加熱条件のプロセスウィンドウがなくなる(マイナス)という結果となった。
【0104】
例えば、実施例9では、素材(1)及び(3)、素材(3)及び(4)がそれぞれ最大の板厚tmax=2.6mmを有するオーバーラップ部を形成し、素材(1)、(3)、(4)の各々においてオーバーラップ部の外側に位置する表面に黒色皮膜が付されている(表3及び図6D)。一方、比較例7は、素材種及び板厚の組み合わせが実施例9と同一であるが、オーバーラップ部を形成する素材(1)及び(3)に黒色皮膜が付与されていない。実施例9では、オーバーラップ部の昇温が促進され、比較例7と比べてブランクの加熱完了時間が大幅に短縮された。実施例9では、比較例7に対してプロセスウィンドウが80秒以上も拡大された。比較例7では、最薄の素材(4)の両面に黒色皮膜が付与されており、910℃到達時間が実施例9よりも10秒強早まっていたが、実施例9では比較例7よりもブランクの加熱完了時間が70秒以上短縮されているため、910℃到達時間の差を考慮しても比較例7に対してプロセスウィンドウが拡大したといえる。
【0105】
図6E及び図6Fに示す分割パターン5及び6について、解析の条件及び結果を表4に示す。図6E及び図6Fにおいて、構造部材は5枚の素材(1)~(5)によって形成されている。素材(1)~(5)は、それぞれ、隣り合う素材と重ね合わせ接合されている。
【0106】
【表4】
【0107】
表4における実施例11~16でも、実施例1~10(表2及び表3)と同様、少なくとも最大の板厚tmaxを有するオーバーラップ部の両外側の表面に黒色皮膜を配置している。そのため、実施例11~16についても、加熱条件のプロセスウィンドウを十分に確保することができた。各実施例を対応する比較例と比べた場合、プロセスウィンドウが拡大していることがわかる。
【0108】
例えば、実施例13では、素材(1)と素材(2)とが最大の板厚tmax=3.2mmを有するオーバーラップ部を形成し、素材(1)及び(2)の各々においてオーバーラップ部の外側に位置する表面に黒色皮膜が付されている(表4及び図6F)。一方、比較例9は、素材種及び板厚の組み合わせが実施例13と同一であるが、オーバーラップ部を含めいずれの素材にも黒色皮膜が付与されていない。実施例13では、オーバーラップ部の昇温が促進され、比較例9と比べてブランクの加熱完了時間が大幅に短縮された。実施例13では、比較例9に対してプロセスウィンドウが90秒以上も拡大された。比較例9では、加熱条件のプロセスウィンドウがなくなる(マイナス)という結果となった。
【0109】
例えば、実施例15では、素材(1)と素材(3)とが最大の板厚tmax=3.0mmを有するオーバーラップ部を形成し、素材(1)及び(3)の各々においてオーバーラップ部の外側に位置する表面に黒色皮膜が付されている(表4及び図6F)。また、実施例15では、素材(3)と素材(4)とが最大の板厚tmax=3.0mmを有するオーバーラップ部を形成し、素材(3)及び(4)の各々においてオーバーラップ部の外側に位置する表面に黒色皮膜が付されている。一方、比較例11は、素材種及び板厚の組み合わせが実施例15と同一であるが、オーバーラップ部を含めいずれの素材にも黒色皮膜が付与されていない。実施例15では、オーバーラップ部の昇温が促進され、比較例11と比べてブランクの加熱完了時間が大幅に短縮された。実施例15では、比較例11に対してプロセスウィンドウが60秒以上も拡大された。
【0110】
[第2実施例]
ダブルドアリング部品である構造部材のプレス成形(ホットスタンプ)について、構造部材に含まれる素材種及び板厚、並びに構造部材の分割パターンを変更しながら、第1実施例と同様の解析を実施した。
【0111】
素材である鋼板は、第1実施例と同様、表1に示すものの中から選択した。構造部材の分割パターンは、図7A図7Dに示す通りである。図7A図7Dでは、ダブルドアリング部品である構造部材に含まれる鋼板(素材)の枚数と、構造部材における鋼板同士の接合部の位置とを示している。図7A図7Dにおいて、素材である各鋼板には括弧書きで数字を付与している。
【0112】
図7A及び図7Bに示す分割パターン8及び9について、解析の条件及び結果を表5に示す。図7A及び図7Bにおいて、構造部材は6枚の素材(1)~(6)によって形成されている。素材(1)~(6)は、それぞれ、隣り合う素材と重ね合わせ接合されている。
【0113】
【表5】
【0114】
表5を参照して、実施例17~19では、素材(1)及び(3)が最大の板厚tmax=3.4mmを有するオーバーラップ部を形成し、素材(1)及び(3)のうちオーバーラップ部の外側に位置する表面に黒色皮膜が付与されている。一方、比較例12及び13では、オーバーラップ部を含め素材(1)~(6)のいずれにも黒色皮膜が付与されていない。
【0115】
表5より、実施例17~19では、最大板厚tmaxのオーバーラップ部の昇温が促進され、比較例12及び13と比べてブランクの加熱完了時間が大幅に短縮された。その結果、実施例17~19では、加熱条件のプロセスウィンドウが比較例12及び13に対して有意に拡大した。
【0116】
図7C及び図7Dに示す分割パターン10及び11について、解析の条件及び結果を表6に示す。図7C及び図7Dにおいて、構造部材は7枚の素材(1)~(7)によって形成されている。素材(1)~(7)は、それぞれ、隣り合う素材と重ね合わせ接合されている。
【0117】
【表6】
【0118】
表6を参照して、実施例20~22では、素材(1)及び(3)が最大の板厚tmax=3.4mmを有するオーバーラップ部を形成し、素材(1)及び(3)のうちオーバーラップ部の外側に位置する表面に黒色皮膜が付与されている。一方、比較例14及び15では、オーバーラップ部を含め素材(1)~(7)のいずれにも黒色皮膜が付与されていない。
【0119】
表6より、実施例20~22では、最大板厚tmaxのオーバーラップ部の昇温が促進され、比較例14及び15と比べてブランクの加熱完了時間が大幅に短縮された。その結果、実施例20~22では、加熱条件のプロセスウィンドウが比較例14及び15に対して有意に拡大した。
【0120】
[第3実施例]
シングルドアリング部品である構造部材のプレス成形(ホットスタンプ)について、最大板厚tmaxと最小板厚tminとの差による影響を確認するため、tmax/tminを変更しながら第1実施例と同様の解析を実施した。解析の条件及び結果を表7に示す。
【0121】
【表7】
【0122】
試験例1及び3の分割パターンは、図6Gに示す分割パターン7である。試験例2及び参考例の分割パターンは、図6Eに示す分割パターン5である。試験例1~3及び参考例では、各素材が他の素材と接合部においてオーバーラップ部を形成している。試験例1~3のいずれにおいても、最大板厚tmaxを有するオーバーラップ部の両外側の表面に黒色皮膜が付与されている。また、試験例1~3の各々において、素材(1)~(5)の各々は他の1枚以上の素材との間に板厚差を有する。一方、参考例では、素材(1)~(5)が全て同一の板厚を有する。また、参考例では、オーバーラップ部を含め素材(1)~(5)のいずれにも黒色皮膜が付与されていない。
【0123】
参考例では、素材(1)~(5)の間に板厚差が存在しないため、最小板厚tmin(素材(1)~(5)の板厚)に対する最大板厚tmax(オーバーラップ部の板厚)の比率:tmax/tminが2.0である。参考例では、最大板厚tmaxと最小板厚tminとの差(tmax/tmin)が大きくないため、オーバーラップ部の両外側の表面の放射率を高めなくても、加熱条件のプロセスウィンドウを若干確保することができた。一方、素材(1)~(5)の間に板厚差が存在する場合は、最大板厚tmaxと最小板厚tminとの差(tmax/tmin)が2.0超となる。この場合、オーバーラップ部の両外側の表面の放射率を高めること(黒色皮膜を付与すること)の効果が顕著に発現されやすい。
【0124】
表7より、最大の板厚tmaxを有するオーバーラップ部の両外側の表面に黒色皮膜を付与した場合、tmax/tminが2.0を超える場合であっても加熱完了時間が長くなりにくく、プロセスウィンドウを確保できることがわかる(試験例1及び2)。試験例2では、tmax/tminが3.2と比較的大きいにもかかわらず、プロセスウィンドウを確保することができた。一方、tmax/tminが4.0を超える試験例3では、プロセスウィンドウがマイナスとなった。
【0125】
本解析の結果によれば、素材間に板厚差が存在する場合はtmax/tmin≦3.2であることが好ましいといえる。素材間に板厚差が存在する場合はtmax/tmin>2.0となるが、tmax/tmin≧2.5であってもよい。
【0126】
試験例1~3について、構造部材の生産性、及び温室効果ガスの発生量比率を評価した。また、試験例1~3について、構造部材の防錆性能を評価した。各評価結果を表8に示す。
【0127】
【表8】
【0128】
表8に示すように、試験例1及び2では、試験例3と比較するとブランクの加熱完了時間が短縮されていることから、試験例3よりも構造部材の生産性が向上した。また、試験例1及び2では、試験例3と比較するとブランクの加熱完了時間が短縮され、構造部材の製造に要するエネルギー消費量が低減したため、製造時の温室効果ガスの発生量比率も低減した。表8における「生産性」は、加熱炉で1分間当たりに加熱処理することができるブランク(構造部材)の個数である。「温室効果ガスの発生量比率」は、試験例3に対する温室効果ガスの発生量の比率である。加熱工程の温室効果ガスの発生量は、ホットスタンプブランク加熱用の多段式電気加熱炉の1時間の消費電力を450kWh、炉温を920℃、1日の稼働時間を15時間、加熱炉内の加温及び待ち時間を3時間と設定し、表8に記載の生産性での部材製造を仮定し、構造部材1個当たりの消費電力に配分し、2018年の日本平均電力の1kWh当たりの温室効果ガス原単位(LCAデータベース 産総研IDEAv3.2より)を乗じて求めた。構造部材の製造時のその他(加熱工程以外)の温室効果ガスの排出量は、自動車部品のLCA計算に関する公開文献(久保雅寛,他2名,“鋼製軽量車体および部品のライフサイクルでの温室効果ガス排出量評価”,春季大会学術講演会講演予稿集,公益社団法人 自動車技術会,2022年)に記載の手法を用いて計算した。
【0129】
試験例1及び2では、試験例3と比較するとブランクの加熱完了時間が短縮されていることから、ブランクの加熱時に最薄の素材のめっき層の合金化が過度に進行せず、素材の防錆性能(耐食性)の低下が抑制された。試験例1及び2では、試験例3と比較して高い防錆性能を維持することができた。防錆性能は、ホットスタンプ構造部材においてオーバーラップ部及びそれ以外の部分からそれぞれ腐食評価用試験片(評価サンプル)を切り出し、ドイツ自動車工業会(VDA)の腐食促進試験法(VDA233-102)に規定される、実環境に近いサイクル条件を採用し、複合サイクル試験(CCT)を実施して評価した。表8では、構造部材の複数の部位から取得した評価サンプルの全てについて防錆性能が問題なく、良好と評価された場合を「○」、評価サンプルのうち1個でも防錆不良と評価された場合を「×」で表示している。
【0130】
試験例3は、あくまで試験例1及び2との比較において低評価となっている。しかしながら、第1~第3実施例で説明したように、最大の板厚tmaxを有するオーバーラップ部の両外側の表面の放射率を高めることでオーバーラップ部の昇温を早めて加熱完了時間を短縮する効果を得ることができる。試験例3についても、最大の板厚tmaxを有するオーバーラップ部の両外側の表面の放射率を高めたものであるため、例えば素材種及び板厚の組み合わせが試験例3と同一でオーバーラップ部の両外側の表面に放射率を高める処理を施さないケースと比較すると、ブランクの加熱完了時間が短くなり、生産性、温室効果ガスの発生量比率、及び防錆性能は高くなっていると推測される。
【符号の説明】
【0131】
10:構造部材
11:部材本体
111:フロントピラー
112:センターピラー
113:ロッカー
12:皮膜
20:ブランク
21:鋼板(第1鋼板)
22:鋼板(第2鋼板)
23:鋼板
21a,22a,23a:母材鋼板
21b,22b,23b:めっき層
241,242,243:オーバーラップ部
25:皮膜
40:金型
図1
図2
図3A
図3B
図3C
図3D
図3E
図3F
図3G
図4
図5
図6A
図6B
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