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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-26
(45)【発行日】2025-04-03
(54)【発明の名称】表面処理膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08F 2/44 20060101AFI20250327BHJP
   C08F 2/00 20060101ALI20250327BHJP
   C08F 292/00 20060101ALI20250327BHJP
【FI】
C08F2/44 Z
C08F2/00 C
C08F292/00
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021156933
(22)【出願日】2021-09-27
(65)【公開番号】P2023047808
(43)【公開日】2023-04-06
【審査請求日】2023-12-13
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業「濃厚ポリマーブラシ(CPB)付与による高性能摺動部品の開発と装置への応用」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000002820
【氏名又は名称】大日精化工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098707
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 利英子
(74)【代理人】
【識別番号】100135987
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 重慶
(74)【代理人】
【識別番号】100168033
【弁理士】
【氏名又は名称】竹山 圭太
(74)【代理人】
【識別番号】100161377
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 薫
(72)【発明者】
【氏名】嶋中 博之
(72)【発明者】
【氏名】田儀 陽一
(72)【発明者】
【氏名】荘司 拓海
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 広賢
(72)【発明者】
【氏名】谷嶋 美保
(72)【発明者】
【氏名】辻井 敬亘
(72)【発明者】
【氏名】松川 公洋
【審査官】久保 道弘
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-054927(JP,A)
【文献】特開2016-040371(JP,A)
【文献】特開2020-045428(JP,A)
【文献】国際公開第2017/171071(WO,A1)
【文献】特開2018-162333(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08F 2/44
C08F 2/00
C08F 292/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される官能基をその表面に有する基材及び重合溶液の存在下、メタクリレート系モノマーを表面ラジカル重合して、その片末端が前記基材の表面に結合したポリマー(i)を含む表面処理膜を形成する工程を有し、
前記ポリマー(i)の数平均分子量が50万~500万、分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量)が1.1~2.0であり、
前記表面処理膜の厚さが400~3,000nmであり、
前記基材の表面に結合した前記ポリマー(i)の量が、前記基材の表面1nm当たり0.1分子鎖以上であり、
前記重合溶液が、ブロモイソ酪酸エチル及び25℃で固体の有機塩を有機溶剤に溶解させた、前記有機塩の濃度が10~90質量%の溶液であり、
前記有機塩が、その対イオンが非ハロゲンアニオンである第4級アンモニウム塩である表面処理膜の製造方法。
(前記一般式(1)中、Aは、O又はNHを示し、Rは、水素原子、アルキル基、アシル基、又はアリール基を示し、Rは、アルキル基又はアリール基を示し、Xは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を示し、「*」は基材の表面との結合位置を示す)
【請求項2】
前記有機塩が、下記一般式(2)又は(3)で表される請求項1に記載の表面処理膜の製造方法。
(前記一般式(2)中、R、R、R、及びRは、相互に独立に、炭素数1~18のアルキル基又はベンジル基、Aは、非ハロゲンアニオンを示す)
(前記一般式(3)中、Rは、水素原子又は炭素数1~18のアルキル基を示し、Rは、炭素数1~18のアルキル基を示し、Aは非ハロゲンアニオンを示す)
【請求項3】
前記非ハロゲンアニオンが、メタンスルホン酸イオン、エタンスルホン酸イオン、ベンゼンスルホン酸イオン、及びトルエンスルホン酸イオンからなる群より選択される少なくとも一種である請求項1又は2に記載の表面処理膜の製造方法。
【請求項4】
前記有機溶剤が、アルキレン(炭素数2~4)グリコール、ポリ(n=2~3)アルキレン(炭素数2~4)グリコール、アルキレン(炭素数2~4)グリコールモノアルキル(炭素数1~4)エーテル、及びポリ(n=2~3)アルキレン(炭素数2~4)グリコールモノアルキル(炭素数1~4)エーテルからなる群より選択される少なくとも一種である請求項1~3のいずれか一項に記載の表面処理膜の製造方法。
【請求項5】
前記一般式(1)で表される官能基が、2-ブロモ-2-メチルプロパノイルオキシ基及び2-ブロモ-2-メチルプロパノイルアミノ基の少なくともいずれかである請求項1~4のいずれか一項に記載の表面処理膜の製造方法。
【請求項6】
10~200MPaの圧力条件下で前記メタクリレート系モノマーを表面開始リビングラジカル重合する請求項1~5のいずれか一項に記載の表面処理膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面処理膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
基材の改質方法として、その末端に基材と吸着又は反応しうる基を有するポリマーを基材に作用させることで、物理的又は化学的に結合したポリマー層を基材表面に形成する方法が知られている。また、基材表面に付与した重合性基を起点としてモノマーを重合させることで、基材表面からグラフトしたポリマー層を形成する方法も知られている。
【0003】
近年、1990年代に発展したリビングラジカル重合の技術を利用して基板上に高密度にグラフトされる、いわゆる「濃厚ポリマーブラシ」が研究されている。この濃厚ポリマーブラシでは、高分子鎖が1~4nm間隔の高密度で基板上にグラフトされる。このような濃厚ポリマーブラシにより基材表面を改質し、低摩擦性、タンパク質吸着抑制、サイズ排除特性、親水性、撥水性等などの特徴を付与することができる(特許文献1)。
【0004】
しかし、濃厚ポリマーブラシで形成される従来のポリマー層の膜厚を増大させることは困難であった。そこで、濃厚ポリマーブラシで形成されるポリマー層の厚さを増大させるべく、種々の方法が提案されている。例えば、リビングラジカル重合を高圧条件下で行うことで、停止反応速度を低減させるとともにポリマーの成長速度を増大させる方法が提案されている(特許文献2)。また、イオン液体の存在下で重合することでポリマーの成長速度を向上させ、膜厚を増大させたポリマー層を形成する方法が提案されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平11-263819号公報
【文献】国際公開第2017/171071号
【文献】特開2014-169787号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献2で提案された方法では、100~400MPaもの圧力を重合反応系に付与する必要がある。このため、そのような高圧に耐えうる圧力容器が必要であるともに、圧力を付与するための特殊な装置も必要となるため、汎用性に乏しく、大量生産への適用も困難であった。また、特許文献3で提案された方法では、汎用性であるとはいえないイオン液体を用いる必要がある。また、イオン液体を得るには厳密な脱水や精製が必要であるため、大量生産への適用も困難であった。
【0007】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、十分な厚さを有する表面処理膜を、汎用性が高く、入手が容易な装置や原料を用いて基材の表面上に簡便に形成することが可能な表面処理膜の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明によれば、以下に示す表面処理膜の製造方法が提供される。
[1]下記一般式(1)で表される官能基をその表面に有する基材及び重合溶液の存在下、メタクリレート系モノマーを表面ラジカル重合して、その片末端が前記基材の表面に結合したポリマー(i)を含む表面処理膜を形成する工程を有し、前記ポリマー(i)の数平均分子量が50万~500万、分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量)が1.1~2.0であり、前記表面処理膜の厚さが400~3,000nmであり、前記基材の表面に結合した前記ポリマー(i)の量が、前記基材の表面1nm当たり0.1分子鎖以上であり、前記重合溶液が、25℃で固体の有機塩を有機溶剤に溶解させた、前記有機塩の濃度が10~90質量%の溶液であり、前記有機塩が、その対イオンが非ハロゲンアニオンである第4級アンモニウム塩である表面処理膜の製造方法。
【0009】
(前記一般式(1)中、Aは、O又はNHを示し、Rは、水素原子、アルキル基、アシル基、又はアリール基を示し、Rは、アルキル基又はアリール基を示し、Xは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を示し、「*」は基材の表面との結合位置を示す)
【0010】
[2]前記有機塩が、下記一般式(2)又は(3)で表される前記[1]に記載の表面処理膜の製造方法。
【0011】
(前記一般式(2)中、R、R、R、及びRは、相互に独立に、炭素数1~18のアルキル基又はベンジル基、Aは、非ハロゲンアニオンを示す)
【0012】
(前記一般式(3)中、Rは、水素原子又は炭素数1~18のアルキル基を示し、Rは、炭素数1~18のアルキル基を示し、Aは非ハロゲンアニオンを示す)
【0013】
[3]前記非ハロゲンアニオンが、メタンスルホン酸イオン、エタンスルホン酸イオン、ベンゼンスルホン酸イオン、及びトルエンスルホン酸イオンからなる群より選択される少なくとも一種である前記[1]又は[2]に記載の表面処理膜の製造方法。
[4]前記有機溶剤が、アルキレン(炭素数2~4)グリコール、ポリ(n=2~3)アルキレン(炭素数2~4)グリコール、アルキレン(炭素数2~4)グリコールモノアルキル(炭素数1~4)エーテル、及びポリ(n=2~3)アルキレン(炭素数2~4)グリコールモノアルキル(炭素数1~4)エーテルからなる群より選択される少なくとも一種である前記[1]~[3]のいずれかに記載の表面処理膜の製造方法。
[5]前記一般式(1)で表される官能基が、2-ブロモ-2-メチルプロパノイルオキシ基及び2-ブロモ-2-メチルプロパノイルアミノ基の少なくともいずれかである前記[1]~[4]のいずれかに記載の表面処理膜の製造方法。
[6]10~200MPaの圧力条件下で前記メタクリレート系モノマーを表面開始リビングラジカル重合する前記[1]~[5]のいずれかに記載の表面処理膜の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、十分な厚さを有する表面処理膜を、汎用性が高く、入手が容易な装置や原料を用いて基材の表面上に簡便に形成することが可能な表面処理膜の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<表面処理膜の製造方法>
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。本発明の表面処理膜の製造方法は、下記一般式(1)で表される官能基をその表面に有する基材及び重合溶液の存在下、メタクリレート系モノマーを表面ラジカル重合して、その片末端が基材の表面に結合したポリマー(i)を含む表面処理膜を形成する工程を有する。ポリマー(i)の数平均分子量は50万~500万、分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量)は1.1~2.0である。形成する表面処理膜の厚さは400~3,000nmであり、基材の表面に結合したポリマー(i)の量は、基材の表面1nm当たり0.1分子鎖以上である。そして、重合溶液は、25℃で固体の有機塩を有機溶剤に溶解させた、有機塩の濃度が10~90質量%の溶液であり、この有機塩は、その対イオンが非ハロゲンアニオンである第4級アンモニウム塩である。以下、本発明の表面処理膜の製造方法(以下、単に「(本発明の)製造方法」とも記す)の詳細について説明する。
【0016】
(前記一般式(1)中、Aは、O又はNHを示し、Rは、水素原子、アルキル基、アシル基、又はアリール基を示し、Rは、アルキル基又はアリール基を示し、Xは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を示し、「*」は基材の表面との結合位置を示す)
【0017】
基材としては、一般式(1)で表される官能基をその表面に有するものを用いる。基材は、重合開始基として機能する一般式(1)で表される官能基を、従来公知の材質及び形状の基材(基材本体)の表面に導入することで得ることができる。基材本体は、天然物、人工物、無機部材、有機部材のいずれであってもよい。基材本体の形状としては、塊状物、微粒子、粉末、シート、フィルム、ペレット、板等を挙げることができる。具体的には、金属、金属酸化物、金属窒化物、金属炭化物、セラミックス、木材、ケイ素化合物、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、セルロース、ガラス等の機械部品、フィルム、繊維、シート等を挙げることができる。より具体的な基材本体としては、シリコン基板;ガラス基板;ステンレス等の金属板;アルミナ、炭化ケイ素、窒化ホウ素等のセラミックスで形成されたセラミックス板;ITO膜;プラスチック板やプラスチックフィルム等の板状又はフィルム状の基材;ガラス繊維、炭素繊維等の繊維状基材;等を挙げることができる。また、顔料、シリカ、磁性粉等のフィラー状の素材であってもよい。
【0018】
一般式(1)で表される官能基(重合開始基)としては、2-クロロプロパノイルオキシ基、2-ブロモプロパノイルオキシ基、3-アイオドプロパノイルオキシ基、2-クロロプロパノイルアミノ基、2-ブロモプロパノイルアミノ基、2-アイオドプロパノイルアミノ基、2-クロロ-2-メチルプロパノイルオキシ基、2-ブロモ-2-メチルプロパノイルオキシ基、2-アイオド-2-メチルプロパノイルオキシ基、2-クロロ-2-メチルプロパノイルアミノ基、2-ブロモ-2-メチルプロパノイルアミノ基、2-アイオド-2-メチル-プロパノイルアミノ基、2-クロロブタノイルオキシ基、2-ブロモブタノイルオキシ基、3-アイオドブタノイルオキシ基、2-クロロブタノルアミノ基、2-ブロモブタノイルアミノ基、2-アイオドブタノイルアミノ基、クロロフェニルアセチロイルオキシ基、ブロモフェニルアセチロイルオキシ基、アイオドフェニルアセチロイルオキシ基、クロロフェニルアセチロイルアミノ基、ブロモフェニルアセチロイルアミノ基、オイオドフェニルアセチロイルアミノ基、クロロメチルフェニルアセチロイルオキシ基、ブロモメチルフェニルアセチロイルオキシ基、アイオドメチルフェニルアセチロイルオキシ基、クロロメチルフェニルアセチロイルアミノ基、ブロモメチルフェニルアセチロイルアミノ基、オイオドメチルフェニルアセチロイルアミノ基、クロロジフェニルアセチロイルオキシ基、ブロモジフェニルアセチロイルオキシ基、アイオドジフェニルアセチロイルオキシ基、クロロジフェニルアセチロイルアミノ基、ブロモジフェニルアセチロイルアミノ基、アイオドジフェニルアセチロイルアミノ基、クロロアセトキシアセチロイルオキシ基、ブロモアセトキシアセチロイルオキシ基、アイオドアセトキシアセチロイルオキシ基、クロロアセトキシアセチロイルアミノ基、ブロモアセトキシアセチロイルアミノ基、アイオドアセトキシアセチロイルアミノ基等を挙げることができる。重合性及び入手容易性等の観点から、2-クロロプロパノイルオキシ基、2-クロロプロパノイルアミノ基、2-ブロモ-2-メチルプロパノイルオキシ基、2-ブロモ-2-メチルプロパノイルアミノ基が好ましく、2-ブロモ-2-メチルプロパノイルオキシ基及び2-ブロモ-2-メチルプロパノイルアミノ基の少なくともいずれかが特に好ましい。
【0019】
重合開始基及びトリメトキシシリル基やトリエチルシリル基等のシランカップリング基を有する化合物と、基材表面の水酸基等とを脱水縮合反応させたり、テトラエトキシシラン等のシランモノマーを用いて基材表面に予め付与しておいたシラノール基と脱水縮合反応させたりすることで、重合開始基を基材の表面に導入することができる。また、基材表面の有機性水酸基やアミノ基に、重合開始基を有するカルボン酸ハロゲン化物やカルボン酸無水物を反応させてもよい。さらに、重合開始基を有するポリマーで基材をコーティングしてもよい。
【0020】
メタクリレート系モノマーは、重合末端が4級ラジカルとなるので、停止反応が起こりにくく、リビングラジカル重合において保護基の脱離が容易であり、高分子量のポリマー(i)を形成することが可能であるとともに、十分な厚さの表面処理膜を形成することができる。
【0021】
このメタクリレート系モノマーとしては、メチル、エチル、プロピル、ブチル、イソブチル、t-ブチル、ヘキシル、オクチル、2-エチルヘキシル、デシル、イソデシル、ドデシル、ステアリル、ベヘニル、シクロヘキシル、t-ブチルシクロヘキシル、トリメチルシクロヘキシル、トリシクロデシル、イソボルニル、アダマンチル、フェニル、ベンジル、テトラヒドロフルフリル、ポリエチレングリコールモノメチルエーテル等の脂肪族アルキル、脂環族アルキル、芳香族、及びエーテル基含有メタクリレート;ジメチルアミノエチル、ジエチルアミノエチル等のアミノ基含有メタクリレート;トリフルオロメチル、パーフルオロオクチルなどのフッ化アルキル基含有メタクリレート;ジメチルシロキサン鎖含有メタクリレート;等を挙げることができる。
【0022】
重合溶液は、25℃で固体の有機塩を有機溶剤に溶解させた溶液である。この有機塩は、非ハロゲンアニオンを対イオンとする第4級アンモニウム塩である。有機塩が溶解した重合溶液は極性が高いため、この重合溶液を用いることでポリマー(i)の成長反応を加速させることが可能であり、より膜厚が増大した表面処理膜を形成することができる。また、この重合溶液は、製造が困難で比較的高価なイオン液体と異なり、入手が容易で安価な有機塩を用いて簡単に調製することができる点でも好ましい。
【0023】
有機溶剤としては、メタノール、エタノール、プロパノール等のアルコール系溶媒;ドデカン、トルエン、キシレン等の炭化水素系溶媒;メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノン等のケトン系溶媒;酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル系溶媒;テトラヒドロフラン、ジオキサン、エチレングリコールジメチルエーテル等のエーテル系溶媒;エチレングリコール、プロピレングリコール、プロピレングリコールモノメチルエーテル等のグルコール系溶媒;ピロピレングリトールモノメチルエーテルアセテート、ジエチレングリコールモノメチルアセテート等のエステルグリコール系溶媒;N-メチルピロリドン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロピオンアミド等のアミド系溶媒;ジメチルスルホキシド等の硫黄系溶媒;1,3-ジメチルイミダゾリジノン、テトラメチル尿素等の尿素系溶媒;等を用いることができる。なかでも、アルコール系溶媒、グリコール系溶媒、アミド系溶媒、硫黄系溶媒、尿素系溶媒が好ましい。
【0024】
有機溶剤としては、グリコール系溶媒がさらに好ましく、アルキレン(炭素数2~4)グリコール、ポリ(n=2~3)アルキレン(炭素数2~4)グリコール、アルキレン(炭素数2~4)グリコールモノアルキル(炭素数1~4)エーテル、及びポリ(n=2~3)アルキレン(炭素数2~4)グリコールモノアルキル(炭素数1~4)エーテルからなる群より選択される少なくとも一種が特に好ましい。より具体的には、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、1,3-ブタンジオール、1,4-ブタンジオール、エチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、トリエチレングリコールモノブチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル、トリプロピレングリコールモノメチルエーテル等を挙げることができる。これらの有機溶剤は、前述の有機塩を高濃度で容易に溶解することができるとともに、形成されるポリマー(i)の貧溶剤である。このため、これらの有機溶剤に有機塩を溶解させた重合溶液を用いることで、より高分子のポリマー(i)を形成することができるとともに、さらに厚い表面処理膜を形成することができる。なお、有機溶剤は、エチレングリコール及びプロピレングリコールが最も好ましい。
【0025】
有機塩は、その対イオンが非ハロゲンアニオンである第4級アンモニウム塩であり、25℃で固体の塩である。この有機塩を含有する重合溶液を用いて表面ラジカル重合することで、高分子のポリマー(i)を形成することができるとともに、十分な厚さの表面処理膜を形成することができる。また、この有機塩は、界面活性剤や相関移動触媒として市販されており、安価で容易に入手することができる。
【0026】
第4級アンモニウム塩としては、テトラアルキルアンモニウム塩、トリアルキルベンジルアンモニウム塩、トリアルキルアリールアンモニウム塩、トリアルキルヒドロキシアルキルアンモニウム塩、トリアルキルアセチルアルキルアンモニウム塩、トリアルキルベンゾイルアルキルアンモニウム塩、1-アルキル-3-アルキルイミダゾリウム塩、アルキルピリジニウム塩等を挙げることができる。
【0027】
第4級アンモニウム塩の対イオンは、非ハロゲンアニオンである。表面ラジカル重合の際には、重合開始基のハロゲン原子がハロゲンラジカルとして脱離して炭素ラジカルを発生させ、生成した炭素ラジカルにモノマーが反応するとともに脱離したハロゲンラジカルが結合して、ポリマーの分子鎖が成長する。ここで、ハロゲンアニオンが存在すると、ハロゲンラジカルとの相互作用で副反応が生じ、重合が進行しない又は重合が途中で停止しやすくなり、高分子量のポリマーを形成することが困難になる。これに対して、非ハロゲンアニオンを対イオンとする第4級アンモニウム塩を用いることで、高分子のポリマー(i)を形成することができるとともに、十分な厚さの表面処理膜を形成することができる。
【0028】
非ハロゲンアニオンとしては、メタンスルホン酸イオン、エタンスルホン酸イオン、ベンゼンスルホン酸イオン、p-トルエンスルホン酸イオン、メチル硫酸エステルイオン、エチル硫酸エステルイオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、テトラフルオロホウ素イオン、ペンタフルオロリンイオン、ビス(フルオロスルホニル)イミドイオン、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドイオン等を挙げることができる。なかでも、合成が容易であり、入手しやすく、安価である、メタンスルホン酸イオン、エタンスルホン酸イオン、ベンゼンスルホン酸イオン、及びトルエンスルホン酸イオンからなる群より選択される少なくとも一種が好ましい。また、アニオン及びカチオンを分子内に有する双性イオンの有機塩を用いることもできる。具体的には、カルボキシベタイン、スルホベタイン、ホスホリルコリン等の双性イオン基を有する有機塩を挙げることができる。
【0029】
汎用性、入手容易性、及び安価等の観点から、下記一般式(2)又は(3)である表される有機塩を用いることが好ましい。
【0030】
(前記一般式(2)中、R、R、R、及びRは、相互に独立に、炭素数1~18のアルキル基又はベンジル基、Aは、非ハロゲンアニオンを示す)
【0031】
(前記一般式(3)中、Rは、水素原子又は炭素数1~18のアルキル基を示し、Rは、炭素数1~18のアルキル基を示し、Aは非ハロゲンアニオンを示す)
【0032】
一般式(2)で表される有機塩を構成する第4級アンモニウム塩としては、テトラメチルアンモニウム塩、エチルテトラメチルアンモニウム塩、ヒドロキシエチルトリメチルアンモニウム塩、テトラプロピルアンモニウム塩、テトラエチルアンモニウム塩、テトラブチルアンモニウム塩、トリブチルメチルアンモニウム塩、ドデシルトリメチルアンモニウム塩、オクチルトリメチルアンモニウム塩、ベンジルトリメチルアンモニウム塩、ベンジルトリエチルアンモニウム塩、ベンジルトリブチルアンモニウム塩、ベンジルドデシルジメチルアンモニウム塩等を挙げることができる。
【0033】
一般式(3)で表される有機塩を構成する第4級アンモニウム塩(ピリジニウム塩)としては、メチルピリジニウム塩、エチルピリジニウム塩、セチルピリジニウム塩、メチル4-メチルピリジニウム塩等を挙げることができる。
【0034】
有機塩は、25℃で固体である。25℃で液体の有機塩は、通常、イオン液体と称されるものであり、精製が煩雑であるとともに高価である。これに対して、25℃で固体の有機塩は、界面活性剤、相関移動触媒、及びアルキル化剤等の用途で安価に市販されている。但し、そのままでは重合溶媒として用いることができないので、有機溶剤に溶解させ、極性を高めた重合溶液とすることで、高分子のポリマー(i)を形成することができるとともに、十分な厚さの表面処理膜を形成することができる。さらに、この有機塩を溶解させた重合溶液を用いることで、高圧条件下でなくても重合反応を進行させることが可能であり、市販の装置を使用して十分な厚さの表面処理膜を形成することができる。また、大量生産や、様々な形状の基材の表面処理にも対応することができる。
【0035】
重合溶液中の有機塩の濃度は10~90質量%であり、好ましくは20~80質量%、さらに好ましくは30~70質量%である。有機塩の濃度が10質量%未満であると、十分な厚さの表面処理膜を形成することができない。一方、有機塩の濃度が90質量%超であると、有機溶剤に溶解しない有機塩が残存することがある。
【0036】
基材及び重合溶液の存在下、メタクリレート系モノマーを表面ラジカル重合、好ましくは表面開始リビングラジカル重合して、その片末端が基材の表面に結合したポリマー(i)を含む、好ましくはポリマー(i)で実質的に構成される表面処理膜を形成する。表面開始リビングラジカル重合のなかでも、開始基の導入が容易な原子移動ラジカル重合法(ATRP法)が好ましい。ATRP法では、有機ハロゲン化物を開始基として用いるとともに、ポリアミンをリガンドとする銅イオンやルテニウムイオン等の金属イオンの錯体を触媒として用いる。この触媒が開始基からハロゲン原子をラジカルとして引き抜き、金属イオンの価数を変化させて金属ハロゲン化物塩の構造を安定化させる。ハロゲン原子が引き抜かれて生成した有機ハロゲン化物の残基は、有機ラジカルとなる。この有機ラジカルにモノマーが付加して重合が進行する。しかし、生成した有機ラジカルは不安定であるため、金属ハロゲン化物塩となった触媒からハロゲン原子をラジカルとして引き抜いて結合し、元の有機ハロゲン化物となって安定化する。これにより、有機ラジカルのカップリング等の停止反応が防止される。なお、ハロゲン原子が抜かれた金属イオンの触媒の価数は元に戻る。すなわち、ATRP法は酸化還元反応を利用した重合方法であり、酸化還元反応の繰り返しにより、有機ハロゲン化物を開始基としてモノマーが重合反応してポリマーが成長する。この重合反応ではラジカル濃度が低い状態であるため、1~数分子ずつモノマーが付加して成長し、分子量が比較的均一なポリマーが生成する。このようなATRP法を表面開始リビングラジカル重合に適用することで、濃厚ポリマーブラシを形成することができる。
【0037】
リビングラジカル重合法としては、従来公知の金属錯体を用いる上記のATRP法が好適である。金属錯体としては、周期律表第7族~第11族元素を中心金属とする金属錯体を用いることができる。具体的には、一価の銅、二価の銅、二価のルテニウム、二価の鉄、二価のニッケルを含む金属錯体を挙げることができる。なかでも、安価で入手の容易な一価の銅、二価の銅を含む金属錯体が好ましく、塩化第一銅、塩化第二銅、臭化第一銅、臭化第二銅、ヨウ化第一銅、ヨウ化第二銅がさらに好ましい。
【0038】
銅の金属錯体を重合触媒として用いる場合には、錯体を形成させるリガンドとしてポリアミンを用いる。リガンドとして用いられるポリアミンとしては、2,2-ビピリジン、ジノニルビピリジン、フェナントロリン、トリジメチルアミノエチルアミン、ペンタメチルジエチレントリアミン、トリス[2-(ジメチルアミノ)エチル]アミン、トリス(2-ピコリル)アミン、N,N,N’,N’-テトラキス(2-ピリジルメチル)エチレンジアミン等を挙げることができる。メタクリレート系モノマーに対する金属錯体(重合触媒)の量は、0.001~0.1質量%とすることが好ましい。
【0039】
重合時には、触媒の失活を防ぐために還元剤を用いてもよい。還元剤としては、ジラウリン酸スズ、アスコルビン酸などを挙げることができる。また、重合の活性化を促進等すべく、アゾビスイソブチロニトリル等のアゾ系重合開始剤を添加してもよい。ATRP法は、バルク重合であってもよく、有機溶剤等を用いる溶液重合であってもよい。
【0040】
重金属を用いない汎用の有機化合物の存在下でメタクリレート系モノマーを重合することも好ましい。有機化合物の存在下で重合する方法としては、可逆的触媒媒介重合法(RCMP法)を挙げることができる。具体的には、ハロゲン化第4級アンモニウム塩、ハロゲン化第4級ホスホニウム塩、及びハロゲン化アルカリ金属塩からなる群より選択される少なくとも一種の塩を含有する重合系に基材を浸漬して重合することが好ましい。これにより、市販の安価な有機材料や無機塩を用いて重合することができる。また、金属を除去する必要がないため、環境に対する負荷を低減することができるとともに、工程を簡略化することもできる。
【0041】
ハロゲン化第4級アンモニウム塩としては、塩化ベンジルトリメチルアンモニウム、臭化テトラブチルアンモニウム、ヨウ化テトラブチルアンモニウム、ヨウ化テトラオクチルアンモニウム、塩化ノニルピリジニウム、塩化コリン等を挙げることができる。ハロゲン化第4級ホスホニウム塩としては、塩化テトラフェニルホスホニウム、臭化メチルトリブチルホスホニウム、ヨウ化テトラブチルホスホニウム等を挙げることができる。ハロゲン化アルカリ金属塩としては、臭化リチウム、ヨウ化カリウム、ヨウ化ナトリウム等を挙げることができる。
【0042】
塩としては、ヨウ化物塩を用いることが好ましい。ヨウ化物塩を用いることで、リビングラジカル重合が進行し、分子量分布がより狭い前駆体ポリマーを形成することができる。また、ヨウ化第4級アンモニウム塩、ヨウ化第4級ホスホニウム塩、及びヨウ化アルカリ金属塩等の、重合溶液に溶解しうる塩を用いることが好ましく、ヨウ化第4級アンモニウム塩を用いることがさらに好ましい。ヨウ化第4級アンモニウム塩としては、ヨウ化ベンジルテトラブチルアンモニウム、ヨウ化テトラブチルアンモニウム、ヨウ化テトラオクチルアンモニウム、ヨウ化デドシルトリメチルアンモニウム、ヨウ化オクタデシルトリメチルアンモニウム、ヨウ化トリオクダデシルメチルアンモニウム等を挙げることができる。これらの塩は触媒として用いられるものであり、前述の有機塩とは異なる。また、これらの塩は触媒として用いるため、前述の有機塩に比して添加量が極めて少ない。
【0043】
活性度を高めるとともに、より濃厚で高分子量のポリマー(i)を形成する観点から、重合開始基に対する塩の量を当モル以上とすることが好ましく、10倍モル以上とすることがさらに好ましく、100倍モル以上としてもよい。
【0044】
重合反応は、通常、常圧条件下で実施される。但し、高分子量のポリマー(i)を安定して形成するには、ラジカル重合由来の停止反応を抑制しつつ、重合時間を長くすることが好ましい。このため、好ましくは10~200MPa、さらに好ましくは20~100MPaの圧力(外圧)条件下でメタクリレート系モノマーを重合してポリマー(i)を形成することが好ましい。
【0045】
重合容器としては、密閉可能であるとともに、高圧に耐えうる容器を用いることが好ましい。また、容器の内部に圧力が伝達される必要があるため、プラスチック製の軟質部分や伸縮部分などの、圧力で変形する部分を有する容器を用いることが好ましい。具体的には、ポリエチレン製の瓶、ペットボトル、レトルトパウチ、ブリスター容器など様々な容器を用いることができる。また、重合時の温度で変形しにくい、耐熱性を有する素材からなる容器が好ましい。さらに、重合用の溶剤等で侵されにくい、耐薬品性や耐溶剤性などの特性を有する素材からなる容器が好ましい。重合容器を構成する素材としては、例えば、ポリオレフィン系樹脂、フッ素系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、エンジニアプラスチック等を挙げることができる。また、重合時には、可能な限り、重合容器内に気体が入りこまないようにすることが好ましい。例えば、重合容器の容量の90%以上に重合溶液を仕込むことが好ましい。
【0046】
ポリマー(i)の数平均分子量(Mn)は50万~500万であり、好ましくは80万~400万、さらに好ましくは100万~300万である。ポリマー(i)のMnが50万未満であると、表面処理膜の厚さが不足する。一方、Mnが500万超のポリマー(i)を重合することは困難であるとともに、副反応での停止反応が多く進行し、分子量分布(PDI)が過度に大きくなる場合がある。なお、本明細書におけるポリマー(i)のMn及びMwは、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GC)により測定されるポリメチルメタクリレート換算の値である。
【0047】
ポリマー(i)の分子量分布(PDI=重量平均分子量(Mw)/数平均分子量(Mn))は1.1~2.0であり、好ましくは1.15~1.8、さらに好ましくは1.2~1.5である。PDIが1.1未満のポリマー(i)を形成することは実質的に困難である。一方、PDIが2.0超であると、濃厚ポリマーブラシの性能が十分に発揮されなくなる場合があるとともに、表面処理膜の平滑性がやや低下することがある。分子量分布が比較的狭いポリマー(i)を形成することで、ポリマー(i)の成長末端が比較的揃っており、その表面がある程度平坦な表面処理膜を設けることができる。また、ポリマー(i)のMn及びPDIを上記の範囲とすることで、基材に対するポリマー(i)の生成密度が高く、十分な厚さの濃厚ポリマーブラシである表面処理膜とすることができる。
【0048】
ポリマー(i)のMn及びMwは、基材からポリマー(i)を脱離させて測定することができる。基材からポリマー(i)を脱離させる方法としては、フッ化水素酸や濃アルカリで処理する方法や、加水分解する方法等がある。また、重合開始基を有する化合物(いわゆるフリー開始化合物)を共存させた状態でメタクリレート系モノマーを重合し、基材の表面に結合していないフリーのポリマーを形成する。そして、そのフリー開始化合物から延伸したポリマーのMn及びMwを、ポリマー(i)のMn及びMwと見積もることができる。
【0049】
基材表面に設けられる表面処理膜の厚さは、400~3,000nmであり、好ましくは500~2,000nm、さらに好ましくは700~1,500nmである。表面処理膜の厚さが400nm未満であると、基材の表面を改質するための表面処理膜としての性能が発揮されにくくなるとともに、耐摩耗性等の耐久性等が不足する。一方、3,000nm超の厚さの表面処理膜を形成するには、ポリマー(i)の分子量を非常に大きくする必要があるので、重合時間が過剰に長くなるとともに、ポリマー(i)の分子量分布が広くなりすぎることがある。
【0050】
基材の表面に結合したポリマー(i)の量は、基材の表面1nm当たり0.1分子鎖以上であり、好ましくは0.2分子鎖以上、さらに好ましくは0.1~1分子鎖、特に好ましくは0.15~0.7分子鎖である。基材の表面1nm当たりに結合したポリマー(i)の量は、ポリマー(i)のグラフト密度σ(本/nm)に相当する。ポリマー(i)は、基材表面の重合開始基を起点とし、基材に対して垂直方向に延伸して表面処理膜を形成している。ポリマー(i)のグラフト密度σを上記の範囲とすることで、高弾性、超低摩擦、サイズ排除効果等の特性を発揮させることができる。グラフト密度σが0.1本/nm未満であると、上記の特性が十分に発揮されない。一方、1本/nm超のグラフト密度σにすることは、一般的には困難である。
【0051】
ポリマー(i)のグラフト密度σ(本/nm)は、下記式(A)により算出することができる。表面処理膜の厚さは、例えば、エリプソメータ、電子顕微鏡、原子間力顕微鏡等を使用し、従来公知の方法にしたがって測定することができる。ポリマー(i)の密度は、従来公知の文献に記載された値や、JIS K 7112:1999等に記載された方法にしたがって測定した値を用いることができる。
σ=dLNAMn ・・・(A)
d:ポリマー(ポリマー(i))の密度
L:ポリマー層(表面処理膜)の厚さ
NA:アボガドロ数
Mn:ポリマー(ポリマー(i))の数平均分子量
【0052】
上記の製造方法によって形成した表面処理膜をその表面上に設けた基材(表面改質基材)は、表面処理膜が十分な厚さであるとともに、表面処理膜を構成するポリマー(i)が高分子量であり、かつ、ポリマー(i)が濃密に生成しているため、表面の耐久性が高い。また、ポリマー(i)の種類を適宜設計することで、用途に合わせた表面処理膜とすることができる。上記の表面処理膜を有する基材は耐久性に優れていることから、屋外用途、摺動用途等の過酷な条件下での使用にも適している。さらに、モノマー種を適宜設計することで、低摩擦性、防曇性、撥水性、撥油性、耐汚染性、サイズ排除特性、タンパク質付着防、抗菌性、高ウイルス性等の性能を発揮することが期待される。上記の製造方法によって製造される表面処理膜が設けられた基材は、例えば、医療用部材、電子材料、ディスプレイ材料、半導体材料、機械部品、摺動部材、電池材料等の様々な分野で用いられる物品として好適である。
【実施例
【0053】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例、比較例中の「部」及び「%」は、特に断らない限り質量基準である。
【0054】
<表面改質基材の製造>
(実施例1)
1cm×1cmサイズのシリコン基板を用意した。シリコン基板の表面をイソプロピルアルコール(IPA)で超音波洗浄した後、チップクリーナー(バイオフォースナノサイエンス社製)を使用してUVオゾン照射し、シリコン基板の表面に水酸基を形成させて活性化した。エタノール100部、28%アンモニア水溶液10部、及び2-ブロモ-2-メチルプロピオニルオキシプロピルトリメトキシシラン(BPM)1部を入れた容器に活性化したシリコン基板を12時間浸漬した。取り出したシリコン基板を80℃で10分間乾燥させて、その表面に重合開始基を有するシリコン基板(基材)を得た。
【0055】
ガラス製のサンプル瓶に、第一臭化銅(CuBr)0.0170部、第二臭化銅(CuBr)0.0013部、ジノニルビピリジン(dNbyp)0.1485部、メタクリル酸メチル(MMA)8.8331部、テトラエチルアンモニウムp-トルエンスルホナート(TEA-PTS、25℃で固体)8.5部、プロピレングリコール(PG)6.4部、及びブロモイソ酪酸エチル(EBIB)の0.00958%メタクリル酸メチル溶液(EBIB溶液)1.0部を入れて均一化し、茶褐色の重合溶液を得た。重合溶液中のTEA-PTSの濃度は、56.9%であった。
【0056】
重合溶液10部及び基材を容器に入れた。アルゴンガスを30分間吹き込んだ後、蓋を閉めて密閉し、加圧媒体として水を入れた高圧装置(商品名「PV-400」、シンコーポレーション社製)内に容器を入れ、60℃、100MPa条件下で4時間重合してポリマー(i)を形成した。冷却後、容器内の重合溶液の一部をサンプリングし、ジメチルホルムアミド(DMF)を展開溶媒とするゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により、形成されたポリマー(i)のポリメタクリル酸メチル(PMMA)換算の数平均分子量(Mn)を測定し、分子量分布(PDI=Mw/Mn)を算出した。形成されたポリマー(i)のMnは203万であり、PDIは1.83であった。
【0057】
容器から取り出した内容物をテトラヒドロフラン(THF)に12時間浸漬した後、乾燥して、虹色干渉を示す表面処理膜がシリコン基板の表面に設けられた表面改質基材を得た。膜厚測定器(商品名「F20-UV」、フィルメトリクス社製を使用して測定した表面処理膜の厚さは、878nmであった。ポリマー(i)のMn、表面処理膜の厚さ、及びPMMAの密度(1.2)から算出したグラフト密度σは、0.31本/nmであった。
【0058】
(実施例2~9)
重合溶液の配合及び重合条件を表1に示すようにしたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、表面処理膜がシリコン基板の表面に設けられた表面改質基材を得た。表1中の略号の意味を以下に示す。
・DMP-PTS:1,4-ジメチルピリジニウム p-トルエンスルホネート(25℃で固体)
・TEA-MS:テトラエチルアンモニウム メチルスルホナート(25℃で固体)
・ベタイン:トリメチルグリシン(25℃で固体)
・DMF:ジメチルホルムアミド
【0059】
【0060】
(実施例10)
実施例1で用いた、その表面に重合開始基を有するシリコン基板と同一のシリコン基板(基材)を用意した。ガラス製のサンプル瓶に、CuBr0.0170部、CuBr0.0013部、dNbpy0.1485部、ポリエチレングリコールモノメチルエーテルメタクリレート(PEGMA)8.8331部、TEA-PTS8.5部、PG6.5部、及びEBIB溶液1.0部を入れて均一化し、茶褐色の重合溶液を得た。重合溶液中のTEA-PTSの濃度は、56.9%であった。得られた重合溶液及び用意した基材を使用し、前述の実施例1と同様に、60℃、100MPa条件下で4時間重合してポリマー(i)を形成するとともに、表面処理膜がシリコン基板の表面に設けられた表面改質基材を得た。形成されたポリマー(i)のMnは220万であり、PDIは1.83であった。また、表面処理膜の厚さは823nmであり、ポリマー(i)のMn、表面処理膜の厚さ、及びポリPEGMAの密度(1.15)から算出したグラフト密度σは、0.26本/nmであった。
【0061】
(実施例11)
PEGMAに代えてメタクリル酸ジメチルアミノエチル(DMAEMA)8.8331部を用いたこと、及びPGに代えてDMFを用いたこと以外は、前述の実施例10と同様にしてポリマー(i)を形成するとともに、表面処理膜がシリコン基板の表面に設けられた表面改質基材を得た。ポリマー(i)のMnは230万であり、PDIは1.75であった。また、表面処理膜の厚さは854nmであり、ポリマー(i)のMn、表面処理膜の厚さ、及びポリDMAEMAの密度(1.15)から算出したグラフト密度σは、0.25本/nmであった。
【0062】
(参考例1)
PGに代えてアニソールを用いたこと、及び重合時の圧力を400MPaとしたこと以外は、前述の実施例1と同様にしてポリマー(i)を形成するとともに、表面処理膜がシリコン基板の表面に設けられた表面改質基材を得た。ポリマー(i)のMnは177万であり、PDIは1.23であった。また、表面処理膜の厚さは901nmであり、グラフト密度σは0.36本/nmであった。
【0063】
この参考例は、400MPaの超高圧条件下で重合して停止反応を防止し、ポリマー(i)の成長反応を加速させた例である。100MPaの中圧条件下で重合した実施例1においても、400MPaの超高圧条件下で重合した参考例1と同等の分子量及びグラフト密度のポリマー(i)を形成し、同等の厚さの表面処理膜を形成することができた。400MPaの超高圧条件下で重合するための装置は、超高圧に耐える重い鋼鉄製の特殊な装置であり、特注品であることが多い。これに対して、100MPaの中圧条件下で重合するための装置は、食品製造等でも使用される入手容易な市販の装置である。このため、本発明の表面処理膜の製造方法は、入手容易な市販の装置を使用して容易に実施可能な方法であり、事業化に適している。
【0064】
(参考例2)
PGに代えて、イオン液体であるメチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメチル)スルホイミド塩を用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にしてポリマー(i)を形成するとともに、表面処理膜がシリコン基板の表面に設けられた表面改質基材を得た。ポリマー(i)のMnは125万であり、PDIは1.29であった。また、表面処理膜の厚さは738nmであり、グラフト密度σは0.41本/nmであった。
【0065】
この参考例は、高極性のイオン液体を重合時の溶媒として使用し、ポリマー(i)の成長反応を加速させた例である。イオン液体ではない一般的な溶媒(PG)を用いて重合した実施例1においても、参考例2と同等の分子量及びグラフト密度のポリマー(i)を形成し、同等の厚さの表面処理膜を形成することができた。イオン液体はさほど安価であるとはいえない。これに対して、汎用性の高いPG等の有機溶剤及び有機塩を用いる本発明の表面処理膜の製造方法は、表面処理膜の製造コスト低減に寄与し、事業化に適している。
【0066】
(比較例1)
有機塩(TEA-PTS)を用いなかったこと以外は、前述の実施例1と同様にしてポリマー(i)を形成するとともに、表面処理膜がシリコン基板の表面に設けられた表面改質基材を得た。ポリマー(i)のMnは32万であり、PDIは3.83であった。また、表面処理膜の厚さは78nmであり、グラフト密度σは0.17本/nmであった。
【0067】
(比較例2)
有機塩(TEA-PTS)を用いなかったこと以外は、前述の実施例4と同様にしてポリマー(i)を形成するとともに、表面処理膜がシリコン基板の表面に設けられた表面改質基材を得た。ポリマー(i)のMnは27万であり、PDIは1.23であった。また、表面処理膜の厚さは110nmであり、グラフト密度σは0.29本/nmであった。
【0068】
(比較例3)
TEA-PTSに代えてテトラエチルアンモニウムクロライドを用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にしてポリマー(i)の形成を試みたが、ポリマー(i)を形成することができず、表面改質基材を得ることができなかった。テトラエチルアンモニウムクロライドのクロライドイオンが、原子移動ラジカル重合を阻害したと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明の製造方法によって製造される表面処理膜は、濃厚ポリマーブラシであり、高反発、親水性、撥水性等の性質を基材の表面に付与することができる。さらに、膨潤させることで、極低摩擦性、サイズ排除特性、耐汚染性、高付着防止性等の特性を発揮させることができるため、例えば、自動車、航空機、電子機器、家電、電池部材、医療用材料、ディスプレイ材料等の部品に適用する材料として有用である。また、本発明の製造方法によれば、安価な装置及び安価な材料を用いることで濃厚ポリマーブラシを容易に製造することができるため、大量生産にも適している。