(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-27
(45)【発行日】2025-04-04
(54)【発明の名称】細胞の標識方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/04 20060101AFI20250328BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20250328BHJP
【FI】
C12Q1/04 ZNA
G01N33/53 M
G01N33/53 U
(21)【出願番号】P 2023578668
(86)(22)【出願日】2023-02-02
(86)【国際出願番号】 JP2023004476
(87)【国際公開番号】W WO2023149585
(87)【国際公開日】2023-08-10
【審査請求日】2024-10-08
(31)【優先権主張番号】P 2022016576
(32)【優先日】2022-02-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 発明の新規性の喪失の例外の規定の適用を受けるための証明書(1)、令和4年6月2日、DNA Research,2022,29(3),1-9にて公開 発明の新規性の喪失の例外の規定の適用を受けるための証明書(2)、令和4年6月1日、https://static1.squarespace.com/static/6022994d9a0cdd54b1bbac8c/t/62c479781598036438b4b650/1657043325117/Abstracts+for+the+35th+International+Mammalian+Genome+Conference.1.pdfに掲載の、35th Annual Conference of the International Mammalian Genome Society(IMGS)の予稿集にて公開発明の新規性の喪失の例外の規定の適用を受けるための証明書(3)、令和4年7月17日-7月20日、35th Annual Conference of the International Mammalian Genome Society(IMGS)にて公開 発明の新規性の喪失の例外の規定の適用を受けるための証明書(4)、令和4年8月30日-8月31日、シングルゲノミクス研究会2022にて公開 発明の新規性の喪失の例外の規定の適用を受けるための証明書(5)、令和4年9月5日、https://research-program.net/gsj94w/wp-content/uploads/2022/09/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%A6%E4%BC%9A%E7%AC%AC94%E5%9B%9E%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E6%8A%84%E9%8C%B2%E9%9B%86_220910.pdfに掲載の、日本遺伝学会第94回札幌大会の予稿集にて公開 発明の新規性の喪失の例外の規定の適用を受けるための証明書(6)、令和4年9月14日-9月16日、日本遺伝学会第94回札幌大会にて公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 発明の新規性の喪失の例外の規定の適用を受けるための証明書(7)、令和4年6月28日、https://www.riken.jp/press/2022/20220628/index.html、国立研究開発法人理化学研究所のウェブサイトにて公開 発明の新規性の喪失の例外の規定の適用を受けるための証明書(8)、令和4年6月28日、記者会へ発明内容を記載した電子書類を配信することにより公開
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100196508
【氏名又は名称】松尾 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100107386
【氏名又は名称】泉谷 玲子
(72)【発明者】
【氏名】杉本 道彦
(72)【発明者】
【氏名】阿部 訓也
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/132087(WO,A1)
【文献】LATB Staff,ビオチン標識試薬まとめ 知っておきたい!タンパク質実験あれこれ第11回[online],2020年03月04日,[retreived on 2023.04.03], Retrieved from Internet:<https://www.thermofisher.com/blog/learning-at-the-bench/protein-basic11/>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00
G01N 33/53
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
あらゆる種類の細胞をバーコードで標識する方法であって、
(ia)複数の単一細胞を含む細胞群について、細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化する、
(ib)単一細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化する、又は
(ic)複数の細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化し、その後、ビオチン化細胞を、複数の単一細胞を含む細胞群又は単一細胞に分離する、
そして、
(ii)各細胞群若しくは各単一細胞に、バーコード付加ビオチン結合性物質を接触させる
ことを含む、方法。
【請求項2】
(ia)複数の単一細胞を含む細胞群について、細胞表面タンパク質をビオチン化する、
そして、
(ii)各細胞群に、バーコード付加ビオチン結合性物質を接触させる
ことを含む、
請求項1に記載の方法。
【請求項3】
(i)において、細胞表面タンパク質のアミノ基、スルフヒドリル基又はカルボキシル基をビオチン化する、
請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
(i)において、ビオチン化に用いる試薬が、スルホ-N-ヒドロキシスクシンイミド-ビオチン、N-ヒドロキシスクシンイミド-ビオチン、及びペンタフルオロフェニル-ビオチンからなる群から選択され、
ここにおいて、ビオチンとスルホ-N-ヒドロキシスクシンイミド、N-ヒドロキシスクシンイミド、又はペンタフルオロフェニルとの結合はスペーサーを含んでいてもよい、
請求項1-3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
(i)において、ビオチン化に用いる試薬が、凍結保存されていたものである、
請求項4に記載の方法。
【請求項6】
ビオチン結合性物質が、ストレプトアビジン、アビジン及び抗ビオチン抗体からなる群から選択される、
請求項1-5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
ビオチン結合性物質が、ストレプトアビジンである、
請求項6に記載の方法。
【請求項8】
バーコードが、オリゴDNAである、
請求項1-7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
生細胞を標識する、
請求項1-8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
固定した細胞を標識する、
請求項1-8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化するための試薬、及び
バーコード付加ビオチン結合性物質
を含む、
請求項1-10のいずれか1項に記載のあらゆる種類の細胞をバーコードで標識する方法に使用するためのキット。
【請求項12】
細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化するための試薬が、スルホ-N-ヒドロキシスクシンイミド-ビオチンである、
請求項11に記載のキット。
【請求項13】
あらゆる種類の細胞の細胞試料の多重化分析方法であって、
(ia)複数の単一細胞を含む細胞群について、細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化する、
(ib)単一細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化する、又は
(ic)複数の細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化し、その後、ビオチン化細胞を、複数の単一細胞を含む細胞群又は単一細胞に分離する、
(ii)各細胞群若しくは各単一細胞に、バーコード付加ビオチン結合性物質を接触させる、
(iii)(ii)のバーコード標識した細胞群又は単一細胞の全部又は一部を混合する、
そして、
(iv)(iii)の細胞の混合物について解析する
ことを含む、方法。
【請求項14】
(ia)複数の単一細胞を含む細胞群について、細胞表面タンパク質をビオチン化する、
そして、
(ii)各細胞群に、バーコード付加ビオチン結合性物質を接触させる
ことを含む、
請
求項13に記載の方法。
【請求項15】
解析が、細胞のRNA解析である、
請求項13又は14に記載の方法。
【請求項16】
あらゆる種類の細胞をバーコードで標識する方法であって、
(1)複数の単一細胞を含む細胞群を、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基、スルフヒドリル基又はカルボキシル基に結合する化合物で修飾されたバーコードと接触させる、又は
(2)単一細胞を、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基、スルフヒドリル基又はカルボキシル基に結合する化合物で修飾されたバーコードと接触させる、
ことを含む、方法。
【請求項17】
あらゆる種類の細胞をバーコードで標識する方法であって、
(1)複数の単一細胞を含む細胞群を、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物で修飾されたバーコードと接触させる、又は
(2)単一細胞を、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物で修飾されたバーコードと接触させる、
ことを含む、方法。
【請求項18】
細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物が、スルホ-N-ヒドロキシスクシンイミド、N-ヒドロキシスクシンイミド、及びペンタフルオロフェニルからなる群から選択される、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物が、凍結保存されていたものである、
請求項17又は18に記載の方法。
【請求項20】
バーコードが、オリゴDNAである、
請求項16-19のいずれか1項に記載の方法。
【請求項21】
生細胞を標識する、
請求項16-20のいずれか1項に記載の方法。
【請求項22】
固定した細胞を標識する、請求項16-20のいずれか1項に記載の方法。
【請求項23】
細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基、スルフヒドリル基又はカルボキシル基に結合する化合物で修飾されたバーコードを含む、請求項16、20-22にいずれか1項に記載のあらゆる種類の細胞をバーコードで標識する方法に使用するためのキット。
【請求項24】
細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物で修飾されたバーコードを含む、
請求項17-22にいずれか1項に記載のあらゆる種類の細胞をバーコードで標識する方法に使用するためのキット。
【請求項25】
細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物が、スルホ-N-ヒドロキシスクシンイミドである、
請求項24に記載のキット。
【請求項26】
あらゆる種類の細胞の細胞試料の多重化分析方法であって、
(1A)複数の単一細胞を含む細胞群を、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基、スルフヒドリル基又はカルボキシル基に結合する化合物で修飾されたバーコードと接触させる、又は
(1B)単一細胞を、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基、スルフヒドリル基又はカルボキシル基に結合する化合物で修飾されたバーコードと接触させる、
(2)(1)のバーコード標識した細胞群又は単一細胞の全部又は一部を混合する、
そして、
(3)(2)の細胞の混合物について解析する
ことを含む、方法。
【請求項27】
あらゆる種類の細胞の細胞試料の多重化分析方法であって、
(1A)複数の単一細胞を含む細胞群を、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物で修飾されたバーコードと接触させる、又は
(1B)単一細胞を、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物で修飾されたバーコードと接触させる、
(2)(1)のバーコード標識した細胞群又は単一細胞の全部又は一部を混合する、
そして、
(3)(2)の細胞の混合物について解析する
ことを含む、方法。
【請求項28】
解析が、細胞のRNA解析である、
請求項26又は27に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞をバーコードで標識する方法、及び当該方法に使用するためのキットに関する。本発明はまた、細胞試料の多重化分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞や組織の特性を解析する上で、網羅的遺伝子発現解析は、不可欠な技術である。様々な細胞や組織内の遺伝子発現プロファイルを比較することにより、存在する細胞の種類の多様性、異なる組織内のさまざまな細胞の特性や集団中の割合を明らかにすることができる。従来のバルク解析では、多数の細胞をひとまとめにして、混合サンプルからmRNAを抽出し、発現解析に供するため、それらの細胞における遺伝子発現の平均を見ていることになる。しかし、生体組織は、複雑な多種多様な細胞集団から構成される。従って、組織まるごとを用いたバルク解析では、組織内の細胞状態を把握し、発現している遺伝子群とその機能を正確に解釈することは困難である。また、均質であると考えられる培養細胞株でさえ、厳密には不均一な細胞集団でありうる。従って、バルクRNA-seq解析では、例えば、細胞周期又は他のモダリティによって変動する遺伝子発現の変化を正確に把握することは不可能である。
【0003】
このような問題を克服する上で、シングルセルRNA-seq解析(scRNA-seq解析)は非常に有用な技術である(非特許文献1)。scRNA-seqは、シングルセル(本明細書において、特に明記しない限り、「シングルセル」は「複数の単一細胞を含む細胞群又は単一細胞」の意味で使用する)を捕捉し、トランスクリプトーム解析のために各細胞からRNA-seqライブラリーを作成することを含む。しかしながら、多数の単一細胞をサンプルとして用いるには、多大な労力と莫大なコストがかかり、近年までscRNA-seqは容易に適用できる技術ではなかった。しかしながら、マイクロ流体/マイクロ液滴反応系を利用した液滴scRNA-seqやマイクロウェルを用いたscRNA-seqの技術が現在開発されており、これらの技術のための機器が開発され市販されている(例えば、BD Rhapsodyシステム(非特許文献2)、10xクロミウム(非特許文献3)、このようなシングルセル解析技術の進展により、10,000個以上の細胞からscRNA-seqライブラリーを調製することが可能となり、一細胞あたりの解析コストが大幅に削減できるようになった(非特許文献4)。
【0004】
しかし、1細胞当たりのコストは削減することができるが、複数のサンプルを解析する場合や、又は複数の時点での時系列解析を行う場合、全体としての解析コストは高くついてしまう。さらに、複数のサンプルでのscRNA-seq実験を異なるタイミングで行いそれらを比較する場合、実験バッチごとに解析誤差(すなわちバッチ効果)が生じる可能性がある(非特許文献5)。そのため、複数のサンプルをひとまとめにして、1回のライブラリー調製で同時に処理することができれば、解析コストが大幅に削減されるのみならず、バッチ効果を低減し、より精度の高いscRNA-seq解析を行うことができる。複数のサンプルをひとまとめにして、1回の実験操作で解析するための技術を、「サンプル多重化」と呼称する。
【0005】
サンプル多重化法では、複数の細胞集団を、それぞれに対応した独自の配列を有するバーコードDNAタグで予め標識し、次いで、ひとまとめに混合して、シングルセル解析を行う。得られたRNA-seqデータから、バーコードDNA配列に基づいて各細胞の起源を追跡することができる。液滴scRNA-seq解析又はマイクロウェルを使用するscRNA-seq解析では、ひとつのコンパートメント中に複数の細胞が捕捉されてしまう可能性があり、そのような複数細胞混入エラーは、データの解釈を困難にする。しかし、異なるサンプルを異なるDNAタグによって識別できれば、多重項に起因するエラーを低減することができる。
【0006】
この原理を用いた多重化法については、例えば、特定の細胞表面タンパク質を認識する抗体に、バーコードオリゴDNAと結合させた細胞標識用抗体を用いる方法が報告されている(非特許文献6)。しかし、この細胞ハッシュ法の問題点は、当該細胞表面タンパク質が解析する対象サンプル中のすべての細胞で発現していることが前提になっていることである。細胞ハッシュタグ抗体は、成体組織起源の細胞を網羅的に標識する目的で利用される抗体カクテルである(例えば、TotalSeq(登録商標) 抗マウスハッシュタグ抗体、BioLegend)。ハッシュタグの場合、CD45及びMHCクラスIに対する抗体が用いられる(前者は免疫系の細胞を検出するためであり、後者は一般に分化細胞を検出するためである)。しかし、例えば、胚発生のモデルとしてよく用いられる多能性幹細胞では、CD45又はMHCクラスIを発現せず、上記の方法は適用できない(非特許文献7,8)。また、上記方法は、軟骨細胞のようないくつかの非胚性細胞に対しても適用できないことを見出している。
【0007】
他にも、多重化のための標識技術として、バーコードDNAを細胞内に導入する一過性バーコード法(非特許文献11)、レンチウイルスをバーコードDNA導入に用いるセルタグインデックス法(非特許文献12)などが開発されている。しかし、これらの方法を培養細胞以外の細胞に適用することは困難であり、そのため、その汎用性は限られている。また、クリック化学とNHS-エステル化学を組み合わせたClickTag multiplexing method(非特許文献13)は、細胞タンパク質にバーコードDNAタグを付着させる技術であるが、生細胞の標識効率は低く、この方法はメタノール固定細胞にのみ適用できる。CellPlex法(3’CellPlex Kit,10x Genomics)は、普遍的な細胞標識のために細胞膜の脂質にDNAタグを導入する試薬を用いているが(非特許文献14)、メタノール固定細胞に適用することは困難である。
先行技術文献
特許文献
【0008】
[特許文献1] WO 2020/010366 A1
【0009】
[非特許文献1]X.Han,R.Wang,Y.Zhou,L.Fei,H.Sun,S.Lai,A.Saadatpour,Z.Zhou,H.Chen,F.Ye,D.Huang,Y.Xu,W.Huang,M.Jiang,X.Jiang,J.Mao,Y.Chen,C.Lu,J.Xie,Q.Fang,Y.Wang,R.Yue,T.Li,H.Huang,S.H.Orkin,G.-C.Yuan,M.Chen,G.Guo,Mapping the mouse cell atlas by Microwell-seq,Cell 172(2018)1091-1107,https://doi.org/10.1016/j.cell.2018.02.001.
[非特許文献2]S.J.Yoon,L.S.Elahl,A.M.Pasca,R.M.Marton,A.Gordon,O.Revah,Y.Miura,E.M.Walczak,G.M.Holdgate,H.C.Fan,J.R.Huguenard,D.H.Geschwind,S.P.Pasca,Reliability of human cortical organoid generation.Nat.Methods 16(2019)75-78,https://doi.org/10.1038/s41592-018-0255-0.
[非特許文献3]G.X.Y.Zheng,J.M.Terry,P.Belgrader,P.Ryvkin,Z.W.Bent,R.Wilson,S.B.Ziraldo,T.D.Wheeler,G.P.McDermott,J.Zhu,M.T.Gregory et.al.,Massively parallel digital transcriptional profiling of single cells,Nat.Commun.8(2017 Jan 16)14049,https://doi.org/10.1038/ncomms14049.
[非特許文献4]J.Cheng,J.Liao,X.Shao,X.Lu,X.Fan,Multiplexing methods for simultaneous large-scale transcriptomic profiling of samples at single-cell resolution,Adv.Sci.8(2021)2101229,https://doi.org/10.1002/advs.202101229.
[非特許文献5]H.T.N.Tran,K.S.Ang,M.Chevier,X.Zhang,N.Y.S.Lee,M.Goh,J.Chen,A benchmark of batch-effect correction methods for single-cell RNA sequencing data,Genome Biol.21(2020)12,https://doi.org/10.1186/s13059-019-1850-9.
[非特許文献6]M.Stoeckius,S.Zheng,B.Houck-Loomis,S.Hao,B.Z.Yeung,W.M.Mauck III,P.Smibert,R.Satija,Cell hashing with barcoded antibodies enables multiplexing and doublet detection for single cell genomics,Genome Biol.19(2018)224,https://doi.org/10.1186/s13059-018-1603-1.
[非特許文献7]S.L.McKinney-Freeman,O.Naveiras,F.Yates,S.Loewer,M.Philitas,M.Curran,P.J.Park,G.Q.Daley,Surface antigen phenotypes of hematopoietic stem cells from embryos and murine embryonic stem cells,Blood 114(2009)268-278,https://doi.org/10.1182/blood-2008-12-193888.
[非特許文献8]A.S.Boyd,K.J.Wood,Variation in MHC expression between undifferentiated mouse ES cells and ES cell-derived insulin-producing cell clusters,Transplantation 87(2009)1300-1304,https://doi.org/10.1097/TP.ObO13e3181a19421.
[非特許文献9]T.Redmer,S.Diecke,T.Grigoryan,A.Quiroga-Negreira,W.Birchmeier,D.Besser,E-cadherin is crucial for embryonic stem cell pluripotency and can replace OCT4 during somatic cell reprogramming,EMBO Rep.12(2011)720-726,https://doi.org/10.1038/embor.2011.88.
[非特許文献10]S.Shichino,S.Ueha,S.Hashimoto,T.Ogawa,H.Aoki,W.Bin,C.-Y.Chen,M.Kitabatake,N.Ouji-Sageshima,S.Hontsu,N.Sawabata,T.Kawaguchi,T.Okayama,E.Sugihara,T.Ito,K.Ikeo,T.Sato,K.Matsushima,TAS-Seq:a robust and sensitive amplification method for beads-based scRNA-seq,bioRxiv(2021),https://doi.org/10.1101/2021.08.03.454735.
[非特許文献11]D.Shin,W.Lee,J.H.Lee,D.Bang,Multiplexed single-cell RNA-seq via transient barcoding for simultaneous expression profiling of various drug perturbations,Sci.Adv.5(2019)eaav2249,https://doi.org/10.1126/sciadv.aav2249.
[非特許文献12]C.Guo,W.Kong,K.Kamimoto,G.C.Rivera-Gonzalez,X.Yang,Y.Kirita,S.A.Morris,CellTag Indexing:genetic barcode-based sample multiplexing for single-cell genomics.Genome Biol.20(2019)90,https://doi.org/10.1186/s13059-019-1699-y.
[非特許文献13]J.Gehring,J.H.Park,S.Chen,M.Thomson,L.Pachter,Highly multiplexed single-cell RNA-seq by DNA oligonucleotide tagging of cellular proteins,Nat.Biotechnol.38(2020)35-38,https://doi.org/10.1038/s41587-019-0372-z.
[非特許文献14]C.McGinnis,D.M.Patterson,J.Winkler,D.N.Conrad,M.Y.Hein,V.Srivastava,J.L.Hu,L.M.Murrow,J.S.Weissman,Z.Werb,E.D.Chow,Z.J.Gartner,MULTI-seq:sample multiplexing for single-cell RNA sequencing using lipid-tagged indices,Nat.Methods 16(2019)619-626,https://doi.org/10.1038/s41592-019-0433-8.
[非特許文献15]H.Niwa,S.Masui,I.Chambers,A.G.Smith,J.Miyazaki,Phenotypic complementation establishes requirements for specific POU domain and generic transactivation function of Oct-3/4 in embryonic stem cells,Mol.Cell.Biol.22(2002)1526-1536,https://doi.org/10.1128/MCB.22.5.1526-1536.2002.
[非特許文献16]K.Ogawa,H.Matsui,S.Ohtsuka,H.Niwa,A novel mechanism for regulating clonal propagation of mouse ES cells,Genes Cells 9(2004)471-477,https://doi.org/10.1111/j.1356-9597.2004.00736.x.
[非特許文献17]M.Sugimoto,M.Kondo,M.Hirose,M.Suzuki,K.Mekada,T.Abe,H.Kiyonari,A.Ogura,N.Takagi,K.Artzt,K.Abe,Molecular identification of t▲w5▼:Vps52 promotes pluripotential cell differentiation through cell-cell interactions,Cell Rep.2(2012)1363-1374,https://doi.org/10.1016/j.celrep.2012.10.004.
[非特許文献18]Package ‘Seurat’ January 14,2022 Version 4.1.0,Title Tools for Single Cell Genomics,http://ftp1.us.debian.org/pub/cran/web/packages/Seurat/Seurat.pdf
発明の概要
発明が解決しようとする課題
【0010】
本発明者らは、上記問題解決のため鋭意研究に努めた結果、特異的細胞表面抗原に依存しない多重scRNA-seq解析のための新たな細胞標識技術を開発し、本発明を想到した。本発明の方法は、細胞の細胞表面タンパク質に直接又は間接的に、修飾されたバーコードを接触させる、工程を含むことを特徴の1つとする。1つの側面において、本発明は、ユニバーサル表面ビオチン化(Universal surface Biotinylation)(USB)法である。別の側面において、本発明の方法は、細胞の細胞表面タンパク質に直接バーコードを結合させる方法(シングル工程法)である。
課題を解決するための手段
限定されるわけではないが、本発明は、以下の態様を含む。
【0011】
[1]
細胞をバーコードで標識する方法であって、
(1)複数の単一細胞を含む細胞群について、細胞の細胞表面タンパク質を直接又は間接的に、修飾されたバーコードと接触させる、又は
(2)単一細胞の細胞表面タンパク質を直接又は間接的に、修飾されたバーコードと接触させる
ことを含む、方法。
[2]
細胞をバーコードで標識する方法であって、
(ia)複数の単一細胞を含む細胞群について、細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化する、
(ib)単一細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化する、又は
(ic)複数の細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化し、その後、ビオチン化細胞を、複数の単一細胞を含む細胞群又は単一細胞に分離する、
そして、
(ii)各細胞群若しくは各単一細胞に、バーコード付加ビオチン結合性物質を接触させる
ことを含む、方法。
[3]
(ia)複数の単一細胞を含む細胞群について、細胞表面タンパク質をビオチン化する、
そして、
(ii)各細胞群に、バーコード付加ビオチン結合性物質を接触させる
ことを含む、[2]に記載の方法。
[4]
(i)において、細胞表面タンパク質のアミノ基、スルフヒドリル基又はカルボキシル基をビオチン化する、[2]又は[3]に記載の方法。
[5]
(i)において、ビオチン化に用いる試薬が、スルホ-N-ヒドロキシスクシンイミド-ビオチン、N-ヒドロキシスクシンイミド-ビオチン、及びペンタフルオロフェニル-ビオチンからなる群から選択され、
ここにおいて、ビオチンとスルホ-N-ヒドロキシスクシンイミド、N-ヒドロキシスクシンイミド、又はペンタフルオロフェニルとの結合はスペーサーを含んでいてもよい、
[2]-[4]のいずれか1項に記載の方法。
[6]
(i)において、ビオチン化に用いる試薬が、凍結保存されていたものである、[5]に記載の方法。
[7]
ビオチン結合性物質が、ストレプトアビジン、アビジン及び抗ビオチン抗体からなる群から選択される、[2]-[6]のいずれか1項に記載の方法。
[8]
ビオチン結合性物質が、ストレプトアビジンである、[7]に記載の方法。
[9]
バーコードが、オリゴDNAである、[1]-[8]のいずれか1項に記載の方法。
[10]
生細胞を標識する、[1]-[9]のいずれか1項に記載の方法。
[11]
固定した細胞を標識する、[1]-[9]のいずれか1項に記載の方法。
[12]
細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化するための試薬、及び
バーコード付加ビオチン結合性物質
を含む、細胞をバーコードで標識する方法に使用するためのキット。
[13]
細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化するための試薬が、スルホ-N-ヒドロキシスクシンイミド-ビオチンである、[12]に記載のキット。
[14]
細胞試料の多重化分析方法であって、
(ia)複数の単一細胞を含む細胞群について、細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化する、
(ib)単一細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化する、又は
(ic)複数の細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化し、その後、ビオチン化細胞を、複数の単一細胞を含む細胞群又は単一細胞に分離する、
(ii)各細胞群若しくは各単一細胞に、バーコード付加ビオチン結合性物質を接触させる、
(iii)(ii)のバーコード標識した細胞群又は単一細胞の全部又は一部を混合する、
そして、
(iv)(iii)の細胞の混合物について解析する
ことを含む、方法。
[15]
(ia)複数の単一細胞を含む細胞群について、細胞表面タンパク質をビオチン化する、
そして、
(ii)各細胞群に、バーコード付加ビオチン結合性物質を接触させる
ことを含む、
[14]に記載の方法。
[16]
解析が、細胞のRNA解析である、[15]に記載の方法。
[17]
細胞をバーコードで標識する方法であって、
(1)複数の単一細胞を含む細胞群を、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物で修飾されたバーコードと接触させる、又は
(2)単一細胞を、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物で修飾されたバーコードと接触させる、
ことを含む、方法。
[18]
細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物が、スルホ-N-ヒドロキシスクシンイミド、N-ヒドロキシスクシンイミド、及びペンタフルオロフェニルからなる群から選択される、[17]に記載の方法。
[19]
細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物が、凍結保存されていたものである、[18]に記載の方法。
[20]
バーコードが、オリゴDNAである、[17]-[19]のいずれか1項に記載の方法。
[21]
生細胞を標識する、[17]-[20]に記載の方法。
[22]
固定した細胞を標識する、[17]-[21]のいずれか1項に記載の方法。
[23]
細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物で修飾されたバーコードを含む、細胞をバーコードで標識する方法に使用するためのキット。
[24]
細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物が、スルホ-N-ヒドロキシスクシンイミドである、[23]に記載のキット。
[25]
細胞試料の多重化分析方法であって、
(1A)複数の単一細胞を含む細胞群を、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物で修飾されたバーコードと接触させる、又は
(1B)単一細胞を、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物で修飾されたバーコードと接触させる、
(2)(1)のバーコード標識した細胞群又は単一細胞の全部又は一部を混合する、
そして、
(3)(2)の細胞の混合物について解析する
ことを含む、方法。
[26]
解析が、細胞のRNA解析である、[25]に記載の方法。
【0012】
本発明の細胞をバーコードで標識する方法は、USB法、シングル工程法のいずれの場合も、細胞の細胞表面タンパク質を標的とするため、細胞表面タンパク質が存在すればどのような状態の細胞も標識が可能である。例えば、カドヘリン1(CDH1)の発現に依存しないため、未分化状態の細胞、分化状態の細胞のいずれも標的可能である。また、標識する細胞の種類も限定されず、あらゆる種類の細胞に適用可能である。さらに、メタノール等で固定した細胞に対しても適用可能である。
USB法について、ビオチン化は、特定の細胞表面タンパク質に依存せず、どんな細胞表面タンパク質にも行うことが可能である。細胞表面タンパク質のビオチン化を利用する本発明の方法は、網羅的な細胞の標識を可能にするユニバーサル標識技術である。本発明の技術(以後、「USB法」と呼ぶ)は非常に汎用性が高く、どのタイプの細胞にも適用できる。
【0013】
本発明の方法は、あらゆる細胞表面タンパク質に導入可能なビオチンを利用することにより、すべての種類の細胞の標識を可能にする。USB法は、試験した細胞の生育やコロニー形成能に対する有害な影響を及ぼさない。さらに、サンプル多重化を行い、USB法をシングルセル解析に適用すると、様々な分化細胞を首尾よく捕捉し、各細胞における遺伝子の検出力やトランスクリプトームの取得に悪影響を及ぼすことがないことが、マウス胚性幹(ES)細胞の分化プロセスをモデルとした実験において明らかにされた。USB法は、これまで通常の細胞ハッシング法が上手く適用できなかったヒトiPS由来軟骨細胞及びラット肺由来細胞を含む、多くのタイプの細胞に使用できる。USB法は、理論的にはあらゆるタイプの細胞に適用することができ、scRNA-seqを多重化するための簡便で、高効率かつ費用対効果の高い方法である。
【0014】
シングル工程法は、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物で修飾されたバーコードと接触させる、工程を含む。シングル工程法も、USB法と同様に細胞の細胞表面タンパク質を標的とするため、すべての種類の細胞の標識を可能にする。シングル工程法は、試験した細胞の生育やコロニー形成能に対する有害な影響を及ぼさない。さらに、サンプル多重化を行い、シングル工程法をシングルセル解析に適用すると、様々な分化細胞を首尾よく捕捉し、各細胞における遺伝子の検出力やトランスクリプトームの取得に悪影響を及ぼすことがないことが、本明細書中の実施例で確認された。
【0015】
本発明は、がん組織でscRNA-seqを行うなど疾患の解析に利用することができる。本発明はまた、iPS細胞を使った移植医療において、iPS細胞が目的の種類の細胞に分化できているかを確認するために利用することができる。本発明はさらに、遺伝性疾患の治療薬の候補をスクリーニングする際に、患者由来iPS細胞に対する薬剤の効果を検証するために利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
[
図1]
図1は、USB及び抗体法(Ab法)の原理を図示したものである。USB法では、細胞表面タンパク質(青色)を普遍的にS-NHS-ビオチンでビオチン化(赤褐色)し、バーコードDNA標識ストレプトアビジンで処理する。Ab法では、特異的細胞表面タンパク質(赤)に対するビオチン結合抗体で細胞を処理し、続いてバーコードDNA標識ストレプトアビジンで処理する。特定のタンパク質が一部の細胞で発現していない場合、それらの細胞はAb法では標識されないが、USB法ではすべての細胞を標識できる。
[
図2]
図2は、USB法及びAb法で標識した未分化ES細胞と分化細胞のフローサイトメトリーの結果を示す。
図2の縦軸は細胞数、横軸はPE(phycoerythrin)の蛍光強度を示す。フローサイトメトリーの結果、USB法は細胞標識の効率が非常に高く、未分化細胞(左上)の99.6%、分化細胞(右上)の96.4%がPE陽性であった。対照的に、Ab法を用いると、未分化細胞の87.8%(左下)及び分化細胞の9.9%(右下)がPE陽性であった。
[
図3]
図3は、USB法(上部パネル)及びAb法(下部パネル)により細胞標識した細胞の蛍光顕微鏡写真である(倍率 x200)。Ab法はマウスCDH1に対する抗体を用いた。CDH1は未分化ES細胞で発現することが知られているが、発現は未分化状態の細胞に限定された。(上)USB法、(下)Ab法。(左)未分化ES細胞、(右)分化細胞(分化誘導12日後)。
Ph、位相差画像; PE、TotalSeq(登録商標)-PE-ストレプトアビジンの蛍光画像;左図の矢印ヘッド、PE陰性細胞;右図の矢印、PE陽性細胞。
[
図4]
図4は、ES細胞及びその分化誘導体のscRNA-seq解析の結果を示す。細胞標識にはUSB多重化法又はCDH1抗体によるAb多重化法を用いた。(A)UMAP(uniform manifold approximation and projection)解析で、細胞は11のクラスターに分類された:0:多能性細胞;1:ナイーブ細胞;2:血管平滑筋細胞;3:
プライム型多能性細胞;4:ドパミンニューロン;5:上皮細胞;6:MEF(フィーダー細胞);7:神経細胞;8:マクロファージ;9:グリア細胞;10:血管内皮細胞。(B)UMAP上の細胞サンプルの分布を示す。各サンプルのカラーコードは、図の下に示している。(C)UMAP上のCdh1陽性細胞の分布を示す。
[
図5]
図5は、
図4におけるCdh1陽性(左)とCdh1陰性(右)のクラスターにおいて、USB法又はAb法で検出された細胞数の比較を示した図である。
[
図6]
図6は、(A)未分化ES細胞及び(B)分化細胞に対するCDH1の免疫染色の結果である。CDH1シグナルは、未分化ES細胞では全ての細胞表面において観察されたが、分化細胞では少数の細胞においてのみ検出された。緑、CDH1;赤、OCT4;青、DAPI(核)。
[
図7]
図7は、S-NHS-ビオチン処理が未分化ES細胞の生存能力に影響しないことを
調べた結果である。(右)S-NHS-ビオチンで処理した細胞及び(左)対照の未処理細胞。(下段)拡大図 x7.3。
[
図8]
図8は、TAS-seqプロトコルにより増幅した全トランスクリプトームcDNA(A)、及び、TAS-seqプロトコルにより増幅したバーコードDNA(B)について、電気泳動により品質チェックを行ったものである。電気泳動図によれば、cDNA及びバーコードDNAの収量及びサイズ分布は、その後の解析に十分であった。
[
図9]
図9は、USB法及びAb法で標識した未分化ES細胞と分化細胞について、UMAP法により、分布を調べた結果である。(A)USB法標識未分化ES細胞のUMAP分布;(B)Ab法標識未分化ES細胞のUMAP分布;(C)USB法標識分化細胞のUMAP分布;及び(D)Ab法標識分化細胞のUMAP分布。
[
図10]
図10は、多重化サンプルのscRNA-seq解析の結果を示す。サンプルとして、USB法又はAb法のいずれかで標識されたR1 ES細胞由来の未分化細胞及び分化細胞4つのサンプル、並びに、USB法で標識されたEB3 ES細胞株由来の未分化細胞及び分化細胞の2つのサンプルの合計6サンプルを使用した。UMAP法により細胞クラスターを解析し、各サンプルの分布を(A)に示した。(B)11のクラスターが以下のように同定された。0:血管平滑筋;1:多能性細胞;2:ナイーブES細胞;3:上皮細胞;4:ドパミンニューロン;5:
プライム型多能性幹細胞;6:マクロファージ;7:MEF(フィーダー細胞);8:神経細胞;9:グリア細胞;10:血管内皮細胞。(C)Cdh1発現レベルを(A)のUMAPの分布へ重ね合わせた結果である。
[
図11]
図11は、既存試薬を用いたAb法では標識不可能な軟骨細胞に対してUSB法を用いて標識した後にフローサイトメトリー解析を行った結果である。
図11の縦軸は側方散乱光シグナル(SSC)、横軸はPE(phycoerythrin)の蛍光強度を示す。マウス成長板由来の軟骨細胞を、MHCクラスI抗体(左)、CD45抗体(中央)、及びUSB法(右)で各々標識し、フローサイトメトリーで解析した。MHC及びCD45抗体ではほとんど染色されないマウス成長板軟骨細胞が、USB法では効率的に標識されている。
[
図12]
図12も、
図11と同様に、既存試薬を用いたAb法では標識不可能なラット細胞に対してUSB法を用いて標識した後にフローサイトメトリー解析を行った結果である。
図12の上段は、PE標識CD31抗体とPerCP標識CD45抗体で二重染色したラット肺細胞のフローサイトメトリー解析の結果を示し、
図12の下段はCD31陽性細胞、CD45陽性細胞及び二重陰性細胞におけるUSB法による細胞標識効率を検証したフローサイトメトリー解析の結果を示す。USB法による細胞標識効率の検証実験においては、APC標識ストレプトアビジンを使用した。
図12上段の縦軸はPEの蛍光強度、横軸はPerCPの蛍光強度を示し、
図12下段の縦軸は側方散乱光シグナル(SSC)、横軸はAPCの蛍光強度を示す。ラット肺より解離した肺細胞をCD31陽性、CD45陽性及び二重陰性の3つの集団に分画した。分画した細胞はすべてUSB法で標識されていることがわかった。ラットは、Ab法に基づくサンプル多重化キットが市販されていない種である。
[
図13]
図13は、フローサイトメトリー解析による抗体の非特異結合の有無の検証結果を示す。
図13の縦軸は細胞数、横軸はPE(phycoerythrin)の蛍光強度を示す。(A)未標識未分化ES細胞;(B)ビオチン-アイソタイプコントロール抗体及びTotalSeq(登録商標)-ストレプトアビジン(PE結合型)で処理された未分化ES細胞。フローサイトメトリー解析ではアイソタイプコントロール抗体の非特異結合は検出されなかった。
[
図14]
図14は、TAS-seq法により検出された、アイソタイプコントロール抗体及びバーコードタグ付きストレプトアビジン(TotalSeq(登録商標)-ストレプトアビジン)の非特異的結合を示す。各サンプルにおいてcDNA合成反応を行い、TAS-seq法によりバーコードDNAを増幅した。次いで、サンプルをアジレントバイオアナライザーを用いて解析した。(A)抗体とTotalSeq
(登録商標)-ストレプトアビジンでの処理を行っていない細胞(陰性対照サンプル);(B)TotalSeq(登録商標)-ストレプトアビジンのみで処理した細胞;(C)アイソタイプコントロール抗体処理に続いてTotalSeq(登録商標)-ストレプトアビジンで処理した細胞、並びに、(D)ビオチン修飾抗CDH1抗体処理に続いてTotalSeq(登録商標)-ストレプトアビジンで処理した細胞(陽性対照サンプル)。(A)-(D)の各パネルの下部に、サンプル試薬の関係を模式的に示した(
図1も参照)。陰性対照サンプル(A)では、バーコードDNAの増幅を認めなかったが、陽性対照サンプル(D)では明瞭なピーク(矢印)が認められた。他のサンプル(B及びC)では(D)より小さいが、ピークが観察され(矢印)、TotalSeq(登録商標)-ストレプトアビジン及び/又はイソタイプコントロール抗体の非特異的結合の存在が確認された。高い検出力を持つTAS-seq法を用いると、フローサイトメトリー解析では検出できない弱いレベルのTotalSeq(登録商標)-ストレプトアビジン及び/又は抗体の非特異結合が確認された。scRNA-seq解析におけるサンプル多重化の目的においては、Ab法においてTotalSeq(登録商標)-ストレプトアビジン及び/又は抗体の非特異結合が障害になることはないものの、技術の厳密性においてUSB法がAb法に勝っていることを示す。
[
図15]
図15は、スルホ-NHS-エステル化オリゴDNA(NEO)を用いて細胞を標識し(シングル工程法)、フローサイトメトリー解析により標識効率を検証した結果を示す。シングル工程法での標識効率の検証に用いたNEOの3’末端には6-FAM(6-カルボキシフルオレセイン)を付加した。
図15の縦軸は細胞数、横軸は6-FAM(6-カルボキシフルオレセイン)の蛍光強度を示す。
[
図16]
図16は、シングル工程法標識された各種細胞の多重scRNA-seq解析の結果を示す。
[
図17]
図17は、
図16の多重scRNA-seq解析により検出された9種類の各細胞の細胞数を示す棒グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
非限定的に本発明は、以下の態様を含む。本明細書において他に断りがない限り、本明細書で使用される技術及び科学用語は、当業者が通常理解している意味と同じ意味を有する。本明細書に開示された物質、材料及び例は単なる例示であり、制限することを意図していない。本明細書において「一態様において」と言及する場合は、その態様に限定されない、即ち、非限定的であることを意味する。
【0018】
本発明は一態様において、細胞をバーコードで標識する方法に関する。非限定的に、本発明の方法は、
(1)複数の単一細胞を含む細胞群について、細胞の細胞表面タンパク質を直接又は間接的に、修飾されたバーコードと接触させる、又は
(2)単一細胞の細胞表面タンパク質を直接又は間接的に、修飾されたバーコードと接触させる
ことを含む。
【0019】
本発明の方法は、細胞の細胞表面タンパク質を直接又は間接的に、修飾されたバーコードと接触させる、ことを特徴の1つとする。
【0020】
1つの側面において、本発明は、ユニバーサル表面ビオチン化(Universal surface Biotinylation)(USB)法である。USB法では、細胞の細胞表面タンパク質を間接的に(ビオチン-ビオチン結合性物質を介して)バーコードと接触させる。USB法では、細胞表面タンパク質をビオチン化されており、バーコードは、ビオチン結合性物質で修飾されている。USB法において、「修飾されたバーコード」は、ビオチン結合物質が付加されたバーコード、即ち、バーコード付加ビオチン結合性物質を意味する。
【0021】
別の側面において、本発明の方法は、細胞の細胞表面タンパク質に直接バーコードを結合させる方法(シングル工程法(又はダイレクト法))である。シングル工程法では、細胞の細胞表面タンパク質を直接、修飾されたバーコードと接触させる。シングル工程法では、バーコードは、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物で修飾されている。シングル工程法において、「修飾されたバーコード」は、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物で修飾されたバーコードを意味する。
【0022】
1.細胞をバーコードで標識する方法(1)(USB法)
本発明は、一態様において、細胞をバーコードで標識する方法に関する。非限定的に、前記方法は、
(ia)複数の単一細胞を含む細胞群について、細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化する、
(ib)単一細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化する、又は
(ic)複数の細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化し、その後、ビオチン化細胞を、複数の単一細胞を含む細胞群又は単一細胞に分離する、
そして、
(ii)各細胞群若しくは各単一細胞に、バーコード付加ビオチン結合性物質を接触させる
ことを含む。
前記方法は、細胞表面に存在する細胞表面タンパク質をビオチン化することを含む。ビオチン化は、どんな細胞表面タンパク質にも適用可能であり、細胞の種類に依存せず、細胞の網羅的な標識が可能である。すなわち、標識は特定の細胞表面タンパク質に依存しないため、前記方法の対象となる細胞の種類は限定されない。動物細胞、植物細胞、培養細胞、あらゆる細胞が対象となる。
前記方法は、まず、細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化することを含む。
(ia)複数の単一細胞を含む細胞群について、細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化する、
(ib)単一細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化する、又は
(ic)複数の細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化し、その後、ビオチン化細胞を、複数の単一細胞を含む細胞群又は単一細胞に分離する。
タンパク質のビオチン化は、複数の単一細胞を含む細胞群又は単一細胞について行ってもよく、あるいは、複数の細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化してから、その後、ビオチン化細胞を、複数の単一細胞を含む細胞群又は単一細胞に分離してもよい。(ii)バーコード付加ビオチン結合性物質を接触させる工程の前に、細胞が、複数の単一細胞を含む細胞群又は単一細胞に分離されていることが必要である。好ましくは、タンパク質のビオチン化は、複数の単一細胞を含む細胞群又は単一細胞について行う。
「複数の単一細胞を含む細胞群」とは、例えば、共通する特性を有する複数の単一細胞からなる細胞群、共通する臓器より取得された複数の単一細胞からなる細胞群、のように特性や由来が共通する単一細胞の塊を細胞群としたものである。
一態様において、前記方法は、
(ia)複数の単一細胞を含む細胞群について、細胞表面タンパク質をビオチン化する、
そして、
(ii)各細胞群に、バーコード付加ビオチン結合性物質を接触させる
ことを含む。
複数種の細胞を含む細胞の塊(例えば、臓器等)から、複数の単一細胞を含む細胞群、又は単一細胞に単離する方法は公知の方法を利用することができ、特に限定されない。細胞の塊、細胞の塊に含まれる細胞の種類、取得したい(標識したい)単離したい複数の単一細胞を含む細胞群、又は単一細胞の種類に応じて、当業者は公知の方法を利用可能である。ビオチン化後に単離を行う場合も同様である。
ビオチンは、ビタミンB類に分類される水溶性ビタミンの一種で、ビタミンB7とも呼称される。ビオチン化とは、タンパク質や巨大分子類へのビオチンを結合させる処理を意味する。
ビオチン化は、ビオチン標識試薬を用いて、アミノ基、スルフヒドリル基、カルボキシル基又はアルデヒド基(糖鎖の酸化)の、タンパク質上の官能基に、化学的に結合させる方法がある。多くの種類のビオチン標識試薬が公知であり、当業者は、利用する官能基、標識試薬の親水性、標識反応後の切断の有無等から、適切なビオチン標識試薬を選択可能である。
アミノ基(主に、一級アミン:-NH2)は多くのタンパク質に含まれているリジン残基の側鎖やアミノ末端に存在する。特にリジン残基のεアミノ基は反応性が高く、また多くの場合、タンパク質三次構造の表面にリジン残基が存在することから、アミノ基はビオチン化に特に利用しやすい官能基である。アミノ基反応性のビオチン標識試薬の代表はN-ヒドロキシスクシンイミド(N-Hydroxysuccinimide、略称:NHS)-エステルを持つビオチンである。NHS-エステルはアミノ基と反応してアミド結合を形成する。NHS-エステル ビオチンには、スルホン酸基を有するスルホ-NHS-エステル ビオチンと、スルホン酸基を有しないNHS-エステル ビオチンとがある。前者には、例えば、スルホ-N-ヒドロキシスクシンイミド-ビオチンが含まれ、後者には、例えば、N-ヒドロキシスクシンイミド-ビオチンが含まれる。
また、ビオチンとNHS-エステルとの間のスペーサーが長いものも利用可能である。スペーサーの長さは非限定的に、0~300Å、好ましくは、10~50Åである。あるいは、スペーサー部分にPEG(ポリエチレングリコール)を導入したもの(例えば、NHS-PEG4-ビオチン)も利用可能である。あるいは、ビオチンを適宜切り離すことができるタイプのものも利用可能である。スペーサーによりビオチンと標識タンパク質との間の結合を切断できる場合がある。
その他、ペンタフルオロフェニル-ビオチン、ビオチン化イソチオシアネート等もアミノ基のビオチン化に利用可能である。ペンタフルオロフェニル-ビオチン、ビオチン化イソチオシアネートは、1級アミンと2級アミンの双方に結合可能である。システイン残基のスルフヒドリル基(-SH)もビオチン化に利用可能である。特にタンパク質の活性部位にアミノ基が存在し、アミノ基を標識することによるタンパク質の失活が懸念される、などの場合には、スルフヒドリル基をビオチン化してもよい。ただし、標識反応を行う際には、スルフヒドリル基は還元状態、つまり酸化によるジスルフィド結合(S-S結合)形成を行っていないことが必要である。還元状態のスルフヒドリル基が存在しない場合は、還元剤によってジスルフィド結合を開裂させる。細胞表面タンパク質がシステイン残基を含まない場合は、リジン残基を修飾してスルフヒドリル基を生成させて利用してもよい。スルフヒドリル基反応性のビオチン標識試薬としては、例えば、マレイミド基を持つビオチン、ブロモアセトアミド基を持つビオチン等を利用しうる。
カルボキシル基(-COOH)はアスパラギン酸やグルタミン酸の側鎖の他、カルボキシル末端に存在する。カルボキシル基を標的とする場合、カルボジイミド基を持つクロスリンカーを介してアミノ基(-NH2)を持つビオチンやヒドラジド誘導体化ビオチンを反応させてアミド結合を形成させる。カルボジイミド基を持つクロスリンカーとして、例えば、EDC(1-エチル-3-[3-ジメチルアミノプロピル]カルボジイミド ヒドロクロライド)等が利用可能である。
糖鎖上のシアル酸のシス-ジオールは、例えば、過ヨウ素酸ナトリウム(NaIO4)を用いた穏やかな酸化開裂によりアルデヒド基(-CHO)を生成する。アルデヒド基は、ヒドラジドと反応してヒドラゾン結合を形成しうる。糖タンパク質を穏やかに酸化してアルデヒド基を生成させることにより、ヒドラジド誘導体化ビオチンを標識することが可能である。
あるいは、紫外線(UV)光への曝露の際に非特異的に反応する、光反応性ビオチン化合物の利用により、非特異的なビオチン化を行うことも可能である。例えば、アリールアジド基を持つ光反応性のビオチン標識試薬の利用である。アリールアジド基は紫外光照射により活性化され、アリールニトレン(半減期は10-4秒)は、近傍に存在する二重結合や水素結合の電子密度の高い領域や、アミノ基、スルフヒドリル基と非特異的に反応する。光反応性ビオチン化合物の利用は、非特異的な標識が必要な場合などに有用である。
一態様において、(i)において、細胞表面タンパク質のアミノ基、スルフヒドリル基又はカルボキシル基をビオチン化する。
一態様において、細胞表面タンパク質のアミノ基をビオチン化する。一態様において、(i)において、ビオチン化に用いる試薬(ビオチン標識試薬、細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化するための試薬)が、スルホ-N-ヒドロキシスクシンイミド-ビオチン、N-ヒドロキシスクシンイミド-ビオチン、及びペンタフルオロフェニル-ビオチンからなる群から選択される。
ビオチンとスルホ-N-ヒドロキシスクシンイミド、N-ヒドロキシスクシンイミド、又はペンタフルオロフェニルとの結合はスペーサーを含んでいてもよい。非限定的に、スペーサーの長さは非限定的に0~300Å、好ましくは、10~50Åである。
一態様において、
(i)において、ビオチン化に用いる試薬が、スルホ-N-ヒドロキシスクシンイミド-ビオチン、N-ヒドロキシスクシンイミド-ビオチン、及びペンタフルオロフェニル-ビオチンからなる群から選択され、
ここにおいて、ビオチンとスルホ-N-ヒドロキシスクシンイミド、N-ヒドロキシスクシンイミド、又はペンタフルオロフェニルとの結合はスペーサーを含んでいてもよい。
一態様において、ビオチン化に用いる試薬の濃度は、使用する細胞の種類に応じて、適宜適用可能である。実施例でのS-NHS-ビオチン濃度は10μg/mLであったが、使用する細胞の種類に応じて、例えば、1-50μg/mLとすることができる。
前記方法の一態様において、(i)において、ビオチン化に用いる試薬が、凍結保存されていたものであってよい。例えば、スルホ-N-ヒドロキシスクシンイミド-ビオチンは、事前に調整し凍結保存したものを適時に利用可能である。
前記方法は、(i)の工程により、細胞表面タンパク質をビオチン化したのち、(ii)各細胞群若しくは各単一細胞に、バーコード付加ビオチン結合性物質を接触させる。
「ビオチン結合性物質」は、ビオチンに結合する特性を有するものであれば特に限定されない。ビオチンを介した細胞表面タンパク質への結合により細胞の成長、生存への影響が小さい、細胞の成長、生存への影響がない物質であることが好ましい。
非限定的に、ビオチン結合性物質は、例えば、ストレプトアビジン、アビジン、抗ビオチン抗体等が含まれる。一態様において、ビオチン結合性物質は、ストレプトアビジン、アビジン及び抗ビオチン抗体等からなる群から選択される。一態様において、ビオチン結合性物質は、ストレプトアビジンである。
「バーコード」は、各細胞群若しくは各単一細胞を識別するための情報を含む物質である。バーコードは、ビオチン結合性物質に付加することができ、各細胞群若しくは各単一細胞を識別できるような情報を含む物質であれば、種類は特に限定されない。非限定的に、バーコードの例は、オリゴDNA、オリゴRNAを含む。一態様において、バーコードは、オリゴDNAである。
「バーコード付加ビオチン結合性物質」は、ビオチン結合性物質(例えば、ストレプトアビジン)にバーコード(例えば、オリゴDNA)を付加した物質である。バーコード付加ビオチン結合性物質にさらに検出用の標識を付加してもよい。例えば、バーコード付加ビオチン結合性物質に蛍光物質を付加することにより、標識した細胞をフローサイトメトリーで解析することが可能となる。あるいは、バーコード付加ビオチン結合性物質に特定タンパク質等を含むエピトープを付加し、そのエピトープに結合する抗体等を用いて蛍光等で検出することにより、免疫蛍光分析を行うことが可能になる。
各細胞群若しくは各単一細胞へのバーコード付加ビオチン結合性物質を接触させる方法は特に限定されない。例えば、バーコード付加ビオチン結合性物質を含む溶液に、ビオチンを付加した各細胞群若しくは各単一細胞を懸濁することで実施する。
前記方法の一態様において、標識される細胞は、生体外又は生体内の生細胞であってもよい。あるいは、標識される細胞は、ビオチン化の前に固定されている細胞であってもよい。前記方法の一態様において、標識される細胞は、ビオチン化の前に固定され保存されていた細胞であってもよい。細胞の固定化、保存は細胞の種類に応じた公知の方法によって行うことができる。例えば、メタノール固定したサンプルを低温で(例えば-80℃)で保存した細胞を利用してもよい。あるいは、ビオチン化の前に凍結保存されていた細胞であってもよい。細胞の凍結保存は細胞の種類に応じた公知の方法によって行うことができる。
前記方法は、in vivo、ex vivo、in vitroのいずれであってもよい。好ましくは、in vitroの方法である。
【0023】
2.キット(1)
本発明はまた、一態様において、細胞をバーコードで標識する方法に使用するためのキットに関する。非限定的に、前記キットは、
細胞の表面タンパク質をビオチン化するための試薬、及び
バーコード付加ビオチン結合性物質
を含む。
一態様において、前記キットは、「1.細胞をバーコードで標識する方法(1)」又は「3.細胞試料の多重化分析方法(1)」に用いることができる。
「細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化するための試薬」(ビオチン化に用いる試薬、ビオチン標識試薬)、「バーコード」、「ビオチン結合性物質」、「バーコード付加ビオチン結合性物質」については、「1.細胞をバーコードで標識する方法(1)」で説明した通りである。
一態様において、細胞の表面タンパク質をビオチン化するための試薬は、スルホ-N-ヒドロキシスクシンイミド-ビオチンである。
一態様において、「バーコード」はオリゴDNAである。一態様において、「ビオチン結合性物質」はストレプトアビジンである。
【0024】
3.細胞試料の多重化分析方法(1)
本発明はさらに、細胞試料の多重化分析方法に関する。非限定的に、前記方法は、
(ia)複数の単一細胞を含む細胞群について、細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化する、
(ib)単一細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化する、又は
(ic)複数の細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化し、その後、ビオチン化細胞を、複数の単一細胞を含む細胞群又は単一細胞に分離する、
(ii)各細胞群若しくは各単一細胞に、バーコード付加ビオチン結合性物質を接触させる、
(iii)(ii)のバーコード標識した細胞群又は単一細胞の全部又は一部を混合する、
そして、
(iv)(iii)の細胞の混合物について解析する
ことを含む。
(ia)、(ib)、(ic)、(ii)については、「1.細胞をバーコードで標識する方法(1)」で説明した通りである。
前記細胞試料の多重化分析方法は、工程(ii)の後、
(iii)(ii)のバーコード標識した細胞群又は単一細胞の全部又は一部を混合する、
そして、
(iv)(iii)の細胞の混合物について解析する
ことを含む。
前記方法では、各細胞群若しくは各単一細胞を識別できるバーコードで標識するため、標識後に、バーコード標識した細胞群又は単一細胞の全部又は一部を混合したものを、まとめて解析することができる。即ち、まとめて解析しても、各細胞群若しくは各単一細胞を識別できるバーコードにより、どの細胞群若しくは各単一細胞についての結果であるかを識別することが可能である。
解析は、細胞を解析するための手段であれば、限定されない。解析対象には、細胞の内容物(例えば、DNA、RNA等の核酸)を含む。一態様において、解析は、細胞のRNA解析である。
バーコード付加ビオチン結合性物質に、直接的あるいは間接的(2次的に)蛍光等で標識することにより、フローサイトメトリー、免疫蛍光分析等を行うことができる。
あるいは、scRNA-seq解析により得られたデータを元にUMAP(uniform manifold approximation and projection)法等を用いることで、性質の近い細胞同士を複数のクラスターに分類することもできる。UMAPは与えられた点列について次元削減(次元圧縮)を行い、高次元で「近い」点同士を、低次元上でも「近く」に配置することで可視化する解析ツールである。サンプルごとに異なるバーコードを指標にして由来となるサンプルを特定することにより、分類された各クラスターに含まれる細胞数のサンプル間の差を比較する等により、各サンプルの特性の差異を解明することも可能となる。
また、バーコード標識した細胞群又は単一細胞の全部又は一部を混合したものについて、まとめて配列決定を行い、バーコードによる識別により、どの細胞群若しくは各単一細胞についての配列であるかを区別して個別に解析することも可能である。
その他、RNA解析以外にも、ゲノムDNA解析への適用も想定される。例えば、単一細胞でのゲノムDNA配列決定を行って単一細胞ごとのDNA塩基配列変異を検出することにより各細胞の細胞分裂系譜を作成することが可能となる。単一細胞でのゲノムDNA配列決定に際して、バーコード付加によるサンプル多重化を行うことで、複数組織由来の単一細胞群での細胞分裂系譜作成に際する解析経費を大幅に削減することが可能となる。また、例えば単一細胞においてDNA配列決定によるミトコンドリアDNAの定量的検出を行うことにより、細胞群内におけるミトコンドリア数の変動を追跡することが可能となる。その際に、バーコード付加によるサンプル多重化を行うことで解析経費を削減することができる。
一態様において、前記細胞試料の多重化分析方法は、
(ia)複数の単一細胞を含む細胞群について、細胞表面タンパク質をビオチン化する、
そして、
(ii)各細胞群に、バーコード付加ビオチン結合性物質を接触させる
ことを含む。
本発明者らは、scRNA-seq解析における多重化のための、簡便かつ信頼性のある細胞標識法を新たに開発した。従来の細胞ハッシュ法は、試験される細胞の表面上で広く発現される特定のタンパク質を標的とし、従って、そのようなタンパク質がサンプル中で広く発現されない場合に使用することは困難である。しかし、USB法はそのような特定のタンパク質を必要とせず、どんなタンパク質も標的とすることのできる普遍的な標識を用いることで、既存の技術の欠点を克服している。
現在利用可能なマルチプレックス試薬は、CD298及び/又はMHCクラスI抗原又はCD45などの細胞表面タンパク質に対する抗体を使用する。これらの抗原は、成体組織又は免疫系において普遍的に発現されると考えられているからである。しかし、胚細胞はこれらのタンパク質を発現しないので、現在の細胞ハッシュ法は適用できない。これに対し、USB法はすべての細胞表面タンパク質と適合性があり、細胞の種類に関係なく(細胞の表面タンパク質がある限り)多重化に用いることができる。実際、マウス、サル、ヒトのiPS細胞由来の軟骨細胞、及びCD45又はMHC抗体を用いたAb法では研究できなかったラット肺細胞の多重化にUSB法を適用することに成功した(
図11、
図12)。
従来技術の、バーコードDNAを細胞内に導入する一過性バーコード法、レンチウイルスをバーコードDNA導入に用いるセルタグインデックス法などの多重化のための標識技術は、培養細胞以外の細胞に適用することは困難であり、そのため、その汎用性は限られている。対照的に、USB方式は非常に汎用性が高く、どのタイプの細胞にも適用できる。
USB法は、マウスやヒト以外の動物にも適用可能である。他の種では、細胞表面タンパク質又はそれらに対する抗体に関する情報が容易に入手できない可能性があり、従って、従来のAb法を適用することは困難である。しかし,USB法はサルとラットに適用できることが証明されており,理論的にはどのような種の細胞にも適用できる。
また、クリックケミストリーとNHS-エステルを組み合わせたClickTag multiplexing method(非特許文献13)は、USB法と同様に、細胞タンパク質にバーコードDNAタグを付着させる技術である。しかし、生細胞の標識効率は低く、この方法はメタノール固定細胞にのみ適用できる。CellPlex法(3’CellPlex Kit, 10xGenomics)は、普遍的な細胞標識のために細胞膜の脂質にDNAタグを導入する試薬を用いているが(非特許文献14)、メタノール固定細胞に適用することは困難である。これに対し、USB法は、固定細胞にも適用可能であり、より柔軟なサンプル多重化が可能である。
実施例の「材料及び方法」の項目に記載されているように、USB法で使用される全てのコンポーネントは市販されており、比較的安価である。S-NHS-ビオチンの原液は-80℃で1年以上安定であり、50mgのS-NHS-ビオチンを含むバイアルは
10,000までのサンプルの標識に十分である。10マイクログラムのDNAバーコード化ストレプトアビジンは、150以上の多重化実験に用いることができる。10種類のDNAバーコード化ストレプトアビジンが市販されているので、一度に10-plex解析を行うことができる。任意のバーコードオリゴDNAを付加させたストレプトアビジンをカスタムメイドで作製することができるので、10-plex以上の多重化実験を行うことも可能である。要約すると、USB法は、シングルセル多重化解析をより手頃な価格にする費用対効果の高い方法であり、USB法は、生細胞又は固定細胞のいずれにも適用可能であり、あらゆる種類の多重化scRNA-Seq解析を大幅に容易にする普遍的な標識法である。
USB法は、シングル工程法と比べると、既存の試薬を使えるので新規に導入しやすい、1サンプル当りのコストがシングル工程法よりも低い、等の特徴がある。
前記方法は、in vivo、ex vivo、in vitroのいずれであってもよい。好ましくは、in vitroの方法である。
【0025】
4.細胞をバーコードで直接標識する方法(2)(シングル工程法)
本発明は、一態様において、細胞をバーコードで標識する方法に関する。非限定的に、前記方法は、
(1A)複数の単一細胞を含む細胞群を、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物で修飾されたバーコードと接触させる、又は
(1B)単一細胞を、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物で修飾されたバーコードと接触させる、
ことを含む。
「複数の単一細胞を含む細胞群」、「細胞」、「バーコード」、「細胞表面タンパク質」等については、「1.細胞をバーコードで標識する方法(1)」で説明した通りである。細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物で修飾されたバーコードを、細胞と接触させることにより、当該修飾バーコード中の、表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物が、細胞表面タンパク質のアミノ基に結合し、細胞がバーコードで標識される。
一態様において、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物は、スルホ-N-ヒドロキシスクシンイミド、N-ヒドロキシスクシンイミド、及びペンタフルオロフェニルンからなる群から選択される。
アミノ基(主に、一級アミン:-NH2)は多くのタンパク質に含まれているリジン残基の側鎖やアミノ末端に存在する。特にリジン残基のεアミノ基は反応性が高く、また多くの場合、タンパク質三次構造の表面にリジン残基が存在することから、アミノ基はタンパク質の修飾に特に利用しやすい官能基である。細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物の代表はN-ヒドロキシスクシンイミド(N-Hydroxysuccinimide、略称:NHS)-エステルである。NHS-エステル バーコードは、細胞表面タンパク質のアミノ基と反応してアミド結合を形成する。NHS-エステルには、スルホン酸基を有するスルホ-NHS-エステルと、スルホン酸基を有しないNHS-エステルがある。前者には、例えば、スルホ-N-ヒドロキシスクシンイミド(スルホ-NHS)が含まれ、後者には、例えば、N-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)が含まれる。
また、バーコードとNHS-エステルとの間にスペーサーを設けることも可能である。スペーサーの長さは非限定的に、0~300Å、好ましくは、10~50Åである。あるいは、スペーサー部分にPEG(ポリエチレングリコール)を導入したもの(例えば、NHS-PEG4)も利用可能である。
バーコードとNHS-エステルとの結合する方法は特に限定されず、任意の方法を用いて行うことができる。
一態様において、1-エチル-3-[3-ジメチルアミノプロピル]カルボジイミド ヒドロクロライド(EDC)、N,N’-ジシクロヘキシルカルボジイミド等のカルボジイミド化合物を利用する。スルホ-NHS又はNHSをEDC結合プロトコルへ組み込むことにより、反応効率が上昇し、乾燥安定性(アミン反応性)の中間体を生成する。具体的には、まず、例えば、5’末端をカルボキシル基(-COOH)で修飾されたオリゴDNA(バーコード)を準備する。オリゴDNAへ のカルボキシル基付加は、公知の方法によって行うことができる。例えば、非限定的に、10-カルボキシ-デシル-(2-シアノエチル)(N,N-ジイソプロピル)-ホスホロアミダイト、N-ヒドロキシスクシンイミド エステル(例えば、試薬5’-Carboxy-Modifier C10(Glen Research)を用いて行ってもよい。次いで、EDCにより5’-COOH-DNAの-COOHへNHSを結合させると、O-アシルイソ尿素中間体より極めて安定性の高いNHS-エステルが形成される。「(スルホ-)NHS-エステル化」されたDNA(活性化された状態)は、細胞表面タンパク質中のアミノ基と安定した結合を形成する。これにより、(スルホ-)NHS-エステル化されたDNA(修飾されたバーコード)により、細胞が標識される。
あるいは、「(スルホ-)NHS-エステル化」されたDNAは、以下の方法によって、作製してもよい。
例えば、-NH2修飾したオリゴDNAに対し、スベリン酸ジサクシンイミジル(disuccinimidyl suberate:DSS)(Thermo Fisher Scientific(商標)、21655等)又はスベリン酸ビス(スフホサクシンイミジル)(bis(succinimidyl) suberate:BS3)(Thermo Fisher Scientific(商標)、21580等)を反応させることにより、「(スルホ-)NHS-エステル化」DNAを誘導する。具体的には、まず、例えば、5’末端をアミノ基(-NH2)で修飾されたオリゴDNA(バーコード)を準備する。DNAへの-NH2付加は、公知の方法によって行うことができる。例えば、非限定的に、6-(4-モノメトキシトリチルアミノ)ヘキシル-(2-シアノエチル)-(N,N-ジイソプロピル)-ホスホロアミダイト(例えば、試薬5’-Amino-Modifier C6(Glen Research))を用いて行ってもよい。次いで、5’末端に-NH2を付加したDNAにDSS又はBS3を反応させる。DSSは2つのNHS-エステルを持つ試薬で、DNAと反応させることで一方のNHS-エステルが-NH2と結合し、もう一方が露出している状態を作り出し、DNA末端に活性化したNHS-エステルが付加される。BS3はDSSにスルホ基が付加されたものであり、DSSと同様にDNAと反応させることで一方のNHS-エステルが-NH2と結合し、もう一方が露出している状態を作り出し、DNA末端に活性化したNHS-エステルが付加される。この手法の場合、2つのDNAと1つのDSS又はBS3が結合すると、その後細胞に結合できなくなる。よって、1つのDNAのみがDSS又はBS3に結合すように、反応条件(反応時間等)の調整が必要となる。
その他、ペンタフルオロフェニル、イソチオシアネート等もバーコードを修飾し、細胞表面タンパク質のアミノ基への結合に利用可能である。ペンタフルオロフェニル、イソチオシアネートは、1級アミンと2級アミンの双方に結合可能である。
なお、バーコードのNHS-エステル修飾していない箇所に、6-FAM(6-カルボキシフルオレセイン)、ビオチン等を結合させて、多重化分析等とは別の検出等に使用してもよい。例えば、オリゴDNAの5‘末端をNHS-エステル修飾する場合、DNAの3’末端に6-FAM又はビオチンを付加してもよい。
一態様において、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物は、凍結保存されていたものである。
一態様において、バーコードは、オリゴDNAである。
一態様において、前記方法は、生細胞を標識する。一態様において、前記方法は、固定した細胞を標識する。「生細胞」、「固定した細胞」等については、「1.細胞をバーコードで標識する方法(1)」で説明した通りである。
前記方法は、in vivo、ex vivo、in vitroのいずれであってもよい。好ましくは、in vitroの方法である。
前記方法は、in vivo、ex vivo、in vitroのいずれであってもよい。好ましくは、in vitroの方法である。
その他、特に技術的に問題がない限り、「1.細胞をバーコードで標識する方法(1)(USB法)」において説明した内容は、本項目の「4.細胞をバーコードで直接標識する方法(2)(シングル工程法)」にも適用される。
シングル工程法は、細胞の細胞表面タンパク質を直接に、修飾されたバーコードと接触させるため、作業工程が簡略化でき、一般にUSB法よりも作業時間が短い(2時間の処理)。作業時間が短くなることにより細胞への影響を低減できる。遠心操作の回数が減るので、作業による細胞のロスを減らすことができる。
【0026】
5.キット(2)
本発明はまた、一態様において、細胞をバーコードで標識する方法に使用するためのキットに関する。非限定的に、前記キットは、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物で修飾されたバーコード、を含む。
一態様において、前記キットは、「4.細胞をバーコードで直接標識する方法(2)」又は「6.細胞試料の多重化分析方法(2)に用いることができる。
「細胞をバーコードで標識する方法」、「細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物で修飾されたバーコード」等は、「4.細胞をバーコードで直接標識する方法(2)」で説明した通りである。
一態様において、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物が、スルホ-N-ヒドロキシスクシンイミドである。
その他、特に技術的に問題がない限り、「2.キット(1)」において説明した内容は、本項目のキット(2)にも適用される。
【0027】
6.細胞試料の多重化分析方法(2)
本発明はさらに、細胞試料の多重化分析方法に関する。非限定的に、前記方法は、
(1A)複数の単一細胞を含む細胞群を、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物で修飾されたバーコードと接触させる、又は
(1B)単一細胞を、細胞の細胞表面タンパク質のアミノ基に結合する化合物で修飾されたバーコードと接触させる、
(2)(1)のバーコード標識した細胞群又は単一細胞の全部又は一部を混合する、
そして、
(3)(2)の細胞の混合物について解析する
ことを含む、方法。
(1A)、(1B)は、「4.細胞をバーコードで直接標識する方法(2)」で説明した通りである。
(2)、(3)は、「3.細胞試料の多重化分析方法(1)」に記載した通りである。
一態様において、解析は、細胞のRNA解析である。
前記方法は、in vivo、ex vivo、in vitroのいずれであってもよい。好ましくは、in vitroの方法である。
その他、特に技術的に問題がない限り、「3.細胞試料の多重化分析方法(1)」において説明した内容は、本項目の細胞試料の多重化分析方法(2)にも適用される。
【実施例】
【0028】
以下、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。当業者は本明細書の記載に基づいて容易に本発明に修飾・変更を加えることができ、それらは本発明の技術的範囲に含まれる。
【0029】
材料及び方法
特に明記しない限り、実施例では以下の材料及び方法を使用した。
【0030】
1.細胞培養
R1 ES細胞は佐渡博士(近畿大学)から分与されたた。EB3 ES細胞(AES0139)(非特許文献15、16)は、理研バイオリソース研究センターの細胞材料開発室(Cell Bank)より入手した。
未分化ES細胞は、非特許文献17に記載の方法に従って、若干の改変を加えて維持した。簡単に述べると、ES細胞を、マイトマイシンCで処理したマウス胚性線維芽細胞フィーダー細胞上で、14% Knockout Serum Replacement(KSR;Thermo Fisher Scientific(商標)、10828028)、1%ウシ胎児血清(FBS)、1,000U/mL 白血病抑制因子(LIF)、0.11mg/mL ピルビン酸ナトリウム(Natalai Tesque,29806-12)、0.1mM 2-メルカプトエタノール(Thermo Fisher Scientific(商標)、21985023)、1×非必須アミノ酸(Thermo Fisher Scientific(商標)、11140076)及び1×GlutaMAXサプリメント(Thermo Fisher Scientific(商標)、350061)を添加した、グラスゴー最少必須培地(GMEM;Merck,G5154)中で培養した。継代には、0.25%トリプシン(富士フィルム、201-16945)を用いた。
【0031】
2.ES細胞の分化誘導
フィーダー細胞を除去した後、1×104個のES細胞を、低細胞接着U底96ウェルプレート(Nunclon Sphera 96-Well U-Shaped-Bottom Microplate;Thermo Fisher Scientific(商標)、174925)中の、100μLの分化培地(15% FBS、0.11mg/mL ピルビン酸ナトリウム、0.1mM 2-メルカプトエタノール、1×非必須アミノ酸、及び1×GlutaMAXサプリメントを補足したGMEM)に播種し、24時間培養した。プレート中で作製したスフェロイドを低細胞接着性90mm培養ディッシュ(Nunclon Sphera 90mmディッシュ、174945)に移し、更に4日間培養して胚様体(EB)を形成した。EBをPBSで3回洗浄し、0.25%トリプシンを用いてシングルセル(単一細胞の群)に解離させ、細胞をゼラチン処理した培養ディッシュに播種し、7日間培養して、更に分化を誘導した。
【0032】
3.scRNA-seq解析のためのシングルセルの調製
ES細胞をシングルセルに分散させ、ゼラチン処理した培養ディッシュ上で1時間培養し、フィーダー細胞を除去した。浮遊細胞を未分化ES細胞として回収した。
分化ES細胞をPBSで3回洗浄後、0.25%トリプシンで処理し、シングルセルに分散させた。細胞懸濁液に含まれる死細胞を、パーコール遠心法によって除去した。簡単に述べると、細胞を、5% FBS及び10mM HEPES(Natalai Tesque,17557-94)を添加したRPMI 1640(Fuji Film,183-02165)を用いて濃度を調整した25%Percoll PLUS(Cytiva,17544501)溶液に懸濁し、65% Percoll PLUS溶液上に重層した。1,000gで20分間遠心後、中間相を集め分化培地で洗浄した。細胞懸濁液を40μmのセルストレイナーで濾過し、トリパンブルー非染色細胞率を細胞生存率として測定した。
【0033】
4.USB標識
EZ-Linkスルホ-NHS-ビオチン(Thermo Fisher Scientific(商標)、21217)をPBS中に10mg/mLの濃度で溶解することによってS-NHS-ビオチンストック溶液を調製し、使用するまで-80℃で分注保存した。
「3.scRNA-seq解析のためのシングルセルの調製」で調製した、0.5-2×106個の単一細胞を含むシングルセルを、1% FBSを添加した氷冷PBSで1回洗浄した。洗浄した細胞を、1% FBSを添加したPBS中の氷冷S-NHS-ビオチン作用溶液500μLに懸濁し、氷上で10分間インキュベートした。実施例でのS-NHS-ビオチン濃度は10μg/mLであった。
氷上でのインキュベート後、3% FBSを含む3mLの氷冷PBSを反応物に添加し、細胞を4℃にて、300gで5分間遠心した。細胞をさらにCell Staining Buffer(BioLegend,420201)で2回洗浄した後、次の工程のバーコードオリゴDNA結合まで氷上に保った。
【0034】
5.抗CDH1抗体による抗体標識(対照実験)
「3.scRNA-seq解析のためのシングルセルの調製」で調製した、0.5-2×106個の単一細胞を含むシングルセルを、氷冷したCell Staining Bufferで1回洗浄し、50μLの氷冷したブロッキング溶液(Cell Staining Buffer中のTruStain FcX PLUS抗体[BioLegend,156603]0.05μg/mL)に懸濁し、氷上で10分間インキュベートした。氷冷した一次抗体溶液(Cell Staining Buffer中の0.05μg/mLのビオチン化CDC324[E-カドヘリン]ラットモノクローナル抗体[Thermo Fisher Scientific(商標)、13-3249-82])を細胞懸濁液と混合し、細胞を氷上で30分間インキュベートした。次いで、氷冷したCell Staining Bufferで3回洗浄し、バーコードDNAを結合させるまで、氷上に保持した。
アイソタイプコントロールとして、ビオチン化ラットIgG1アイソタイプコントロール(Thermo Fisher Scientific(商標)、13-4301-82)を用いた。
【0035】
6.バーコードオリゴDNA結合
5種類のTotalSeq(登録商標) PEストレプトアビジン(BioLegend、405251,405253,405255,405257,405259)又はTotalSeq(登録商標) 抗ビオチン抗体(BioLegend、409008)を用いて、「4.USB標識」で調製したビオチン標識細胞、又は、「5.抗CDH1抗体による抗体標識(対照実験)」で調製した抗体標識細胞、に以下のようにしてバーコードオリゴDNAを結合させた。使用したバーコードオリゴDNAの情報を以下の表に示す。
【表1】
細胞を氷冷した0.6μg/mL TotalSeq(登録商標) PEストレプトアビジン又は2μg/mL TotalSeq(登録商標) 抗ビオチン抗体を含む溶液100μLに懸濁し、Cell Staining Bufferで希釈し、氷上で30分間インキュベートし、次いで、3回洗浄した。細胞懸濁液を40μmのセルストレイナーで濾過し、各サンプルからの同数の細胞を単一チューブにまとめ、BD Rhapsody(商標)装置を用いて細胞捕捉及びcDNA合成に使用した。
【0036】
7.フローサイトメトリー
先ず、上記1-3と同様の方法により、未分化ES細胞及び分化ES細胞のシングルセル懸濁液を調製した。
具体的には、正常なF344ラット肺を、カミソリ刃を用いて0.5mm2に切り刻み、10% FBS、10mM HEPES pH7.2-7.4、0.25mg/ml Liberase(商標)(Roche)、及び2000U/mL DNase I(Merck KGaA)を添加したLiberase溶液[RPMI-1640(Natalai Tesque)]で60分間、37℃で消化し、シングルセル懸濁液を調製した。死細胞をパーコールで除去した。あるいは、近位脛骨からの成長板軟骨を3週齢のマウスから収集し、1~2mmの小片に細かく切断した。次いで、120~210分間、持続的に振盪しながら、LiberseTM(Roche)溶液でシングルセル(単一細胞の群)に分散させた。
細胞染色用の試薬は、ビオチン化CDC324(E-カドヘリン)ラットモノクローナル抗体(Thermo Fisher Scientific(商標)、13-3249-82)、TotalSeq(登録商標) PEストレプトアビジン(BioLegend、405251)、PerCP-Cy5.5抗ラットCD45(Bio-Rad、クローンOX-1)、PE抗ラットCD31(Bio-Rad、クローンTLD-3A12)、ストレプトアビジン-APC(BioLegend、405207)、APCラット抗マウスCD45(BD Biosciences、559864)及びPE抗マウスH-2抗体(BioLegend,Inc.125505)であった。
染色された細胞を、EC800 Cell Analyzer(ソニー)、CytoFLEXフローサイトメーター(Beckman Coulter)、又はFACS Arria IIフローサイトメーター(BD Biosciences)を用いたフローサイトメトリーにより解析した。
全ての動物実験は、京都大学施設内動物委員会、東京理科大学動物実験委員会(承認番号:S17034,S18029,S19024,S20019)により審査・承認された。
【0037】
8.免疫蛍光法
ゼラチン処理した培養ディッシュで培養した細胞を、PBS中4%パラホルムアルデヒドで4℃一晩固定した後、洗浄緩衝液(0.1% Triton X-100を含むPBS)で3回洗浄した。細胞をブロッキング緩衝液(1% BSA及び0.1% Triton X-100を含むPBS)中でインキュベートし、次いでブロッキング緩衝液中で希釈した一次抗体と一晩インキュベートした。
洗浄緩衝液で洗浄した後、ブロッキング緩衝液で希釈した二次抗体で、細胞を室温で1時間インキュベートした。次いで、40%グリセロールを含むPBSで2% DABCO(Sigma、D2522)に調整した溶液でマウントした。LEICA AF6500蛍光イメージングシステム(Leica)を用いて画像を撮影した。
実施例で用いた抗体及び希釈率は以下の通りであった。
一次抗体-ビオチン化CDC324(E-カドヘリン:CDH1)ラットモノクローナル抗体(Thermo Fisher Scientific(商標)、13-3249-82)(1:200)及び抗OCT4ウサギポリクローナル抗体(Abcam, ab19857)(1:400);
二次抗体-Alexa Fluor 488抗ラットロバIgG (Thermo Fisher Scientific(商標)、 A21208)(1:500)及びAlexa Fluor 555抗ウサギロバIgG (Thermo Fisher Scientific(商標)、 A31572)(1:500)。
【0038】
9.細胞生死判別試験
未分化ES細胞を100μg/mLのS-NHS-ビオチン(multiplex scRNA-seqに用いられる濃度の10倍)及びTotalSeq(登録商標) PEストレプトアビジンで処理し、3×103個の細胞をゼラチン処理3.5cm培養ディッシュに播種した。並行して、同数の未処理細胞を播種した。5日間の培養後、細胞をヘマトキシリンで染色し、未処理対照及び処理サンプルのコロニー形成効率を調べた。
【0039】
10.scRNA-seq
scRNA-seqライブラリー
の調製には、BD Rhapsody Express Single-cell Analysis system(BD Biosciences)及びTargeted mRNA and AbSeq Amplification Kit(BD Biosciences,633771)の一部を使用した。
バーコードオリゴDNAで標識した細胞(1.6×10
4)をマイクロウェルカートリッジに捕捉し、シングルセル由来のmRNA及びバーコードオリゴDNAが結合した細胞捕捉ビーズを回収し、cDNA合成に使用した。
cDNA合成はBD Rhapsody Expressのマニュアルに従って行った。cDNA及びバーコードオリゴDNAはTAS-seqプロトコル(非特許文献10)に従って増幅した。簡単に述べると、0.75U/μLのTerminal deoxynucleotidyl transferase(TdT;Enzymatics,P7070L)溶液(1×TdT緩衝液[Thermo Fisher Scientific(商標)、16314015]中に1mM dCTP[GE Healthcare,28406512]、及び0.05mM ddCTP[GE Healthcare,27206101]を含む)で、1,200rpmで混合しながら、30分間処理することによって、cDNA及びバーコードオリゴDNAが結合された細胞捕捉ビーズに、ポリ-Cテールを付加した。第二鎖cDNA配列を合成するために、ポリ-Cテール cDNAビーズを[98℃で20秒間、47℃で1分間、72℃で2分間]×16サイクルのプログラムにて、5’-BDWTAv2-9Gプライマーを用いて1×KAPA HiFi HS ReadyMix(Roche,7958935001)で処理した。
次に、3種類のプライマー(5’-BDWTAv2、Universal Oligo-long、及びTotalSeq-ADT-oligo 1)を用いた1×KAPA HiFi HS ReadyMixを反応に加え、[98℃で20秒、63℃で20秒、72℃で5分]×7サイクルのプログラムを用いて全トランスクリプトームを増幅した。増幅されたcDNA及びバーコードオリゴDNAを、AMPure XPビーズ(Beckman Coulter、A63881)を用いたサイズ選別によって分取した。
cDNAは更に、[98℃で20秒間、65℃で20秒間、72℃で5分間]×5サイクルのプログラムを用いて、2種類のプライマー(5’-BDWTAv2及びUniversal Oligo-long)を用いた1× KAPA HiFi HS ReadyMixで処理した。バーコードオリゴDNAは更に、[98℃で20秒間、65℃で20秒間、72℃で5分間]×12サイクルのプログラムを用いて、2種類のプライマー(TotalSeq-ADT-oligo 2及びUniversal Oligo-long)を用いて増幅した。
プライマーの配列は以下の表の通りである。
【表2】
配列番号8及び9の5’末端には、NH
2-C
12が結合している。
増幅されたcDNAならびにバーコードオリゴDNA配列をAMPure XPビーズを用いて精製し、サイズ分布及び収量を、High Sensitivity DNA Kit(Agilent,5067-4626)を用いてバイオアナライザー(Agilent)によるチェックを行った。配列データの収集は、ImmunoGeneTeqs, Inc.にてNovaSeq 6000 S4フローセル(Illumina)を用いて行った。
【0040】
11.データ解析
脱多重化(デマルチプレッックス)及びDBEC処理された配列データをR(4.0.2)にインポートし、タグカウント解析から「ダブレット」又は「検出されない」と決定された細胞、及び配列読み取り数の少ない細胞を削除した。また、リード数の少ない遺伝子や、十分な数の細胞に見つからなかった遺伝子も削除した。その後の解析にはSeuratパッケージ(4.0.5)を使用し、チュートリアルのワークフローに従い、パラメーターを修正した(非特許文献18)。チュートリアルのワークフローは、典型的には、「発現テーブルを使用してSeurat objectを作成する。そのデータのクオリティチェックをした後、正規化して、特徴遺伝子を抽出する。次元圧縮し、細胞の種類や状態が同じ細胞のクラスターを形成する。クラスター解析により、データセット内の細胞を分類しラベル化する。細胞型を判定しアノテーションするために、クラスターごとに、マーカー遺伝子や、発現変動遺伝子を確認する。」というものである。
本実施例では、ミトコンドリアの遺伝子数が10%を超える細胞は除外した。次に、カウントマトリックスを用いて、デフォルトのグローバルスケーリング正規化法であるLogNormalizeを実行した。抽出法としてvstを用いた。「vst」では、基本的に、すべての細胞で得られた平均発現量に対して、発現量の分散が大きい遺伝子を検出する。まず、log(分散)とlog(平均)の関係に局所多項式回帰(loess)を用いて直線をフィッティングする。これにより、予想以上のばらつきを除去することなく、特徴量の標準化を行うことができる。次に、観測された平均と予想される分散(フィットした直線で与えられる)を使って、特徴量を標準化する。最大値にクリッピングした後、標準化された値に対して特徴量の分散を計算する。技術的な外れ値の影響を減らすために、標準化された値を最大値で切り詰めている。FindVariableFeatures(「平均変動プロット」上で外れ値となる特徴量(フィーチャー、例えば、遺伝子)を特定するコマンド)により上位2,000個の高変動遺伝子を算出した。
データのスケーリング後、PCAを実施した。同定した最初の30個の主成分によって占有された空間におけるユークリッド距離に基づいて、K-最近傍(KNN)グラフを構築し、Louvainアルゴリズムをクラスターの同定に適用した。最初のクラスタリングでは、11個のクラスターが得られた。加えて、2,000の高変動遺伝子と30の主成分を用いてUMAPを実行し、11のサブクラスターを得た。FindAllMarker(形成された各クラスターにおいて濃縮された遺伝子を同定するコマンド、本実施例ではデフォルトでWilcoxon Rank Sum検定を適用)(min.pct=0.25、logfc.threshold=0.25、set.only.pos=TRUE)を用いて、各クラスターのマーカー遺伝子を同定した。FeaturePlot(次元削減プロット上で「特徴」を可視化するコマンド)でE-カドヘリン遺伝子(Cdh1)の発現をプロットした。
【0041】
12.データ利用可用性
生のFASTQシークエンスファイルはすべて、受託番号DRR333192-DRR333193の下でDNAデータバンク・オブ・ジャパン(DDBJ)に登録した。
実施例
【0042】
実施例1 USB法による細胞標識
1.1 細胞標識の原理
本発明者らは、ユニバーサル表面ビオチン化(USB)法(
図1)と名付けられたS-NHS-
ビオチンを用いた多重scRNA-seqのための新しい細胞標識技術を開発した。従来法(Ab法)が細胞表面上の特定のタンパク質を標的とするのに対し、USB法は、ほとんどすべてのタンパク質に存在するアミン基を標的とするため、特定の表面抗原を必要としない普遍的な方法である。従来法では、標的とする表面タンパク質が発現していない場合は細胞を標識することはできないが、USB法では表面タンパク質が存在する限り標識することができる(
図1)。
本実施例では、概念実証実験として、マウスES細胞を用いて、未分化状態にある細胞と分化した細胞を対象に、解析のための2つの方法を比較した。マウスES細胞は、未分化状態では、ほとんどすべての細胞で接着分子E-カドヘリン(CDH1)(非特許文献9)を発現するが、分化にともなってCDH1を発現しない細胞の数が増加する(
図6)。従って、抗CDH1抗体を用いた抗体アッセイでは、未分化状態の大部分の細胞が標識されるが、分化細胞ではすべての細胞が標識するわけではない。対照的に、USB法はCDH1発現に依存しないので、未分化及び分化状態の両方において細胞を標識することができると予測される。
1.2 USBによる細胞標識
未分化マウスES細胞(R1系)、及びR1細胞を胚様体形成によって分化させた細胞からシングルセルを調製し、以下の実験に使用した。
細胞サンプルを2つに分け、一方の半分はAb法、すなわちビオチン結合抗CDH1抗体を用いて処理し、他方の半分はUSB法を用いて細胞表面タンパク質にビオチンを付加した。使用したバーコードDNA標識ストレプトアビジンは、蛍光色素フィコエリトリン(PE)と結合しているため、フローサイトメトリー解析を行い、標識効率を検討した(
図2)。
抗体標識を用いると、未分化ES細胞中のPE陽性細胞の割合は87.8%であったが、分化ES細胞中のPE陽性細胞の割合は約10%であった。抗CDH1抗体を用いて免疫染色を行ったところ、未分化ES細胞サンプル中のほぼすべての細胞がCDH1陽性であったが(
図3)、分化ES細胞では一部の細胞でのみCDH1発現が検出され、これはフローサイトメトリーの結果と一致していた。
対照的に、USB法を用いた場合、未分化ES細胞及び分化細胞サンプル中のPE陽性細胞の割合は、それぞれ99.6%及び96.4%であった(
図2、
図3)。また蛍光顕微鏡観察でも、ほぼすべての細胞が蛍光標識されていることが示された(
図3、上図)。これらの結果は、USB法が未分化及び分化状態の両方において、大部分の細胞を効率的に標識可能であることを示す。
【0043】
実施例2 USB法操作と細胞生存
本実施例では、USB法操作は細胞生存に影響しないことを明らかにした。
USB法による一連の実験操作は、細胞の状態や増殖を損なう可能性がある。この可能性を検討するために、ES細胞をUSB法で処理し、培養ディッシュに播種し、コロニー形成能を測定した(
図7)。その結果、USB法で用いた濃度(0.1mg/mL)より10倍高い濃度のS-NHS-ビオチンで細胞を処理した場合でも、非標識対照群とUSB群との間でコロニー形成率に差は認められなかった。従って、USB法は細胞生存率を変化させないと結論した。
【0044】
実施例3 USB法によるサンプル多重化及びscRNA-seq解析の例
本発明のUSB法は、ビオチン-ストレプトアビジン結合を介してDNAバーコードを種々の大半の細胞に網羅的に結合させることができ、かつ、その実験操作は細胞の生存性を損なわない。本実施例では、USB技術がscRNA-Seq解析における多重化に使用できるかどうか、及び細胞の発現プロファイルが実験的操作によって影響されるかどうかを調べた。
未分化及び分化状態のR1 ES細胞をUSB法又はAb法のいずれかで処理した。さらに、別途、別のES細胞株EB3の未分化及び分化細胞を、USB法を用いて標識した。これらの6つのサンプルを等量混合し、約16,000個のシングルセルをBD Rhapsody(商標)システムを用いて捕捉した。これらの細胞の一部(~4,000細胞)を用いて、TAS-seqプロトコルに従い、全トランスクリプトーム解析のためのcDNA合成及び増幅、並びに、バーコードオリゴDNAタグの増幅を行った(非特許文献10)。増幅したcDNA及びバーコードオリゴDNAのサイズ分布及び収量を推定したところ、適切な増幅が確認された(
図8)。
死細胞、ダブレット細胞、及びタグが同定できなかった細胞を除去した後、残りの2,089細胞についてインフォマティクス解析を行った(表3)。
【表3】
USB法又はAb法のいずれかで標識されたR1 ES細胞株の未分化及び分化状態から得られたデータを示す(
図4)。UMAP(uniform manifold approximation and projection)法を用いて、細胞を11のクラスターに分類した。
クラスター0、1、及び3は、発現している遺伝子から、それぞれ多能性細胞、ナイーブ細胞、及びプライム型多能性細胞に対応し、未分化状態にある細胞であると考えられた(
図4、表4)。
【表4】
2つの異なる方法で標識されたこれらのクラスター中の細胞が同じクラスターに分類されたことは注目に値する(
図9)。すなわち、本発明のUSB法で標識された細胞の発現プロファイルは、従来法であるAb法で標識された細胞の発現プロファイルと非常に類似していた。従って、USB法による実験操作の与える影響は、細胞の生育だけでなく、各細胞の遺伝子発現プロファイルにも無視できる程度であることが明らかとされた。
0、1、及び3以外のクラスターは分化細胞として同定され、血管平滑筋細胞(クラスター2)、ドパミンニューロン(クラスター4)、上皮細胞(クラスター5)、神経細胞(クラスター7)など、さらに、マクロファージ(クラスター8)、グリア細胞(クラスター9)、及び血管内皮細胞(クラスター10)と考えられる細胞クラスターが検出された。完全に除去できなかったマウス胚性線維芽細胞(MEF)フィーダー細胞をクラスター6として検出した。
各クラスターに属する細胞サンプルの分析から、USB法で標識された細胞はすべてのクラスターに存在することが明らかになり(
図4、
図9)、この方法によって実際に様々なタイプの分化細胞を捕捉できることが示された。
分化細胞クラスター2、4、及び7において、UBS法で標識した細胞に比べてAb法で標識した細胞の数が減少していた(
図4、
図9)。これは、これら分化細胞においてChd1遺伝子の発現が抑制されたことで、CDH1抗体を用いたAb法による標識効率の低下につながったものと考えられる。Cdh1陽性クラスター(クラスター0、1、3、及び5)においては、USB法及びAb法によって標識したサンプル間でほぼ同数の細胞が検出された。しかし、Cdh1陰性クラスター(クラスター2、4、6、7、8、9、10)では、Ab法で標識された細胞の数はUSB法(
図5)より明らかに少なく、分化細胞を検出するためのAb法の限界が示された。
【表5】
この傾向はEB3株でも観察され、USB法は異なるES細胞株にも適用できることが示された(
図10)。
CDH1陰性細胞は抗CDH1抗体で標識されていないと考えられ、本来は検出されないはずである。しかし、抗体処理細胞では、数が明らかに減少したもののCdh1陰性細胞
は確実に含まれていた(表5、
図4、
図5)。可能性として、抗体又はストレプトアビジンの細胞への非特異的結合が原因であると考えられる。実際、本発明者らは、バーコードオリゴDNAがストレプトアビジン単独処理及びイソタイプコントロール抗体/ストレプトアビジン処理サンプルの両方で増幅されることを確認した(
図13、
図14)。バーコードオリゴDNAは非標識サンプルでは全く増幅されなかったので、ストレプトアビジンのみ及びアイソタイプコントロール抗体処理サンプル(
図14、矢印)で観察された増幅は、細胞に対するストレプトアビジン及び/又はアイソタイプコントロール抗体の非特異的結合に起因する可能性が高い。
scRNA-seqによる増幅は、フローサイトメトリーよりも感度が高いと考えられことから、CDH1を発現しない(又は非常に少量を発現する)細胞の一部が、ストレプトアビジン及び/又はアイソタイプコントロール抗体による非特異結合により、陽性細胞として分類されている可能性がある。しかし、scRNA-seq多重化における細胞標識においては、サンプル中のすべての細胞が均一に標識されることが非常に重要であり、Ab法における少量の非特異的結合それ自体は多重化の結果には影響を与えるものではないと考えられる。
【0045】
実施例4 バーコードオリゴDNAのスルホ-NHS-エステル化
本実施例では、バーコードオリゴDNAのスルホ-NHS-エステル化を行った。用いた材料は以下の通りである。
・5’末端を-COOH修飾したオリゴDNA;
細胞標識の検証実験のために、3’末端の6-FAM修飾も行った。(6-FAM修飾はscRNA-seqのサンプル多重化には不要である。)
・EDC(1-エチル-3-[3-ジメチルアミノプロピル]カルボジイミド ヒドロクロライド)(Thermo Fisher SCIENTIFIC(商標))、A35391(10x1mg、No-Weigh(商標) Format);
・スルホ-NHS(Thermo Fisher SCIENTIFIC(商標)),A39269(10x2mg,No-Weigh(商標) Format);
・活性化用緩衝液(0.1M MES、0.5M NaCl、pH6.0);
・PD MidiTrap G-25(Cytiva、28918008);
及び
・ナノセップ遠心ろ過デバイス、分画分子量3K(日本ジェネティクス、OD003C33)
本実施例で用いた方法は以下の通りである。
(4-i)反応用チューブに活性化用緩衝液を918μL装填する;
(4-ii)EDC1mgを100μLの活性化用緩衝液に溶解し、40μLを反応用チューブへ添加する;
(4-iii)オリゴDNA2nmol(20μL)を反応用チューブ添加する;
(4-iv)スルホ-NHS2mgを40μLの活性化用緩衝液に溶解、22μLを反応チューブへ添加する;
(4-v)室温で15分静置する;
(以降の操作は4℃又は氷上)
(4-vi)PD MidiTrap G-25を用いて、未反応試薬を除去する;
(4-vii)ナノセップ遠心ろ過デバイスを使用して緩衝液をPBSに置換する(限外濾過によるバッファー置換)。この操作を2回繰り返し、スルホ-NHS-エステル化オリゴDNA(NEO)を濃縮する。
上記によって得られたスルホ-NHS-エステル化オリゴDNAを以降の実施例に使用するまで、-80℃で保存した。
【0046】
実施例5 スルホ-NHS-エステル化オリゴDNA(NEO)による細胞標識効率の検証
本実施例では、スルホ-NHS-エステル化オリゴDNA(NEO)を用いて細胞を標識し(シングル工程法)、標識効率を検証した。
本実施例の操作、反応はすべて4℃又は氷上にて行った。
(5-i)「材料及び方法」の「3.scRNA-seq解析のためのシングルセルの調製」の方法により、単一細胞に分散した細胞1x10
6を準備する。
(5-ii)スルホ-NHS-エステル化オリゴDNA(NEO)4ngを0.1% BSA/PBS 20μL
で希釈する。
(5-iii)(5-i)で準備した分散された単一細胞を、(5-ii)で準備したNEO溶液に懸濁し、氷上で20分間処理する。
(5-iv)3% FBS/PBSを3mL添加し、遠心処理(300xg、10分間)する。
(5-v)上清を除きCell Staining Buffer(Catalog#420201)(Biolegend社)1mLに懸濁し、遠心処理(300xg、10分間)する。この操作を3回繰り返す。
上記の標識された細胞を、シングルセルRNA-seq解析(scRNA-seq解析)に使用した。
さらに、以下の通り細胞の標識効率を検証した。
6-FAM修飾したスルホ-NHS-エステル化オリゴDNA(NEO)を用いて標識した細胞の縣濁液をセルストレーナー(Cell strainer)に通してから、フローサイトメトリー解析を行った。
結果を
図15に示す。表標識対照(標識率0.01%)と比較して、本実施例でのシングル工程法標識では、ほぼすべての細胞(
約99.6%)で十分な標識が行えていることが確認された。
【0047】
実施例6 シングル工程法標識された各種細胞の多重scRNA-seq解析
ナイーブ型多能性幹細胞維持培地(2i medium)で培養した未分化ES細胞、通常のES細胞培地(Normal ESC medium)で培養した未分化ES細胞、LIF(-)血清培地で5日間培養した分化ES細胞(Day5 differentiated)、LIF(-)血清培地で10日間培養した分化ES細胞(Day10 differentiated)を、それぞれ異なるバーコードタグをシングル工程法で標識した後、多重scRNA-seq解析を行った(
図16)。
UMAPによるクラスタリングにより、9種類の細胞が検出された。9種類の各細胞の種類およびマーカー遺伝子(代表的なものトップ20)は以下の通りである。
【表6】
結果を
図17、表7に示す。
【表7】
2i mediumでは、ナイーブ多能性細胞が多く確認され、Normal ESC mediumでは、刺激された(primed)多能性細胞が最多であった。Day5 differentiatedでは、心血管細胞多数を占め、Day10 differentiatedでは、血管平滑筋細胞を中心に、分化細胞が検出された。
[配列表]
【配列表】