(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-27
(45)【発行日】2025-04-04
(54)【発明の名称】鉄基軟磁性合金の製造方法
(51)【国際特許分類】
B22D 11/06 20060101AFI20250328BHJP
C21D 6/00 20060101ALI20250328BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20250328BHJP
B22F 9/04 20060101ALI20250328BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20250328BHJP
B22F 1/142 20220101ALI20250328BHJP
B22F 1/05 20220101ALI20250328BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20250328BHJP
H01F 1/20 20060101ALI20250328BHJP
B22F 9/08 20060101ALI20250328BHJP
【FI】
B22D11/06 360B
C21D6/00 C
C22C38/00 303S
B22D11/06 370B
B22F9/04 C
B22F1/00 Y
B22F1/142 100
B22F1/05
H01F1/147 166
H01F1/20
B22D11/06 380Z
B22F9/04 E
B22F9/08 M
(21)【出願番号】P 2024162037
(22)【出願日】2024-09-19
【審査請求日】2024-09-19
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】523324292
【氏名又は名称】ネクストコアテクノロジーズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001597
【氏名又は名称】弁理士法人アローレインターナショナル
(72)【発明者】
【氏名】金清 裕和
【審査官】有田 恭子
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-193199(JP,A)
【文献】国際公開第2023/022002(WO,A1)
【文献】国際公開第2022/196672(WO,A1)
【文献】特許第7429078(JP,B1)
【文献】特開2018-167298(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22D 11/06
C21D 6/00
C22C 38/00
B22F 9/00-9/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成式(Fe
1-mCo
m)
100-x-ySi
x(B
1-nC
n)
yで表現され、組成比率x、y、mおよびnがそれぞれ、
0.8≦x≦
1.4 原子%、
11.0≦y≦13.0 原子%、
0.05≦m≦0.5、
0.0≦n≦0.3
を満足する組成の合金溶湯を用意する工程と、
純銅、銅合金、MoおよびWのいずれかを主原料とする冷却ロール上で前記合金溶湯を急冷凝固する急冷凝固工程とを備え、
前記急冷凝固工程は、前記冷却ロールをロール表面速度
20m/sec以上
45m/sec以下で回転させながら、前記冷却ロールの表面に前記合金溶湯をノズルから噴射することにより、厚みが18μm以上40μm未満の薄帯状急冷凝固合金を形成する工程を備え、
前記薄帯状急冷凝固合金は、α-Fe相を主相とする金属組織を有し、飽和磁束密度が1.7T以上2.0T以下であり、磁束密度1.0Tおよび周波数1kHzでの鉄損が15W/kg以下であり、
前記冷却ロールの表面粗度は、算術平均粗さ(Ra)が0.01μm以上0.6μm以下であり、
前記ノズルは、石英(SiO2)、窒化硼素(BN)、炭化珪素(SiC)およびアルミナ(Al2O3)のいずれかを主成分する材料からなり、5kPa以上50kPa以下の圧力で前記合金溶湯を出湯する鉄基軟磁性合金の製造方法。
【請求項2】
前記ノズルは、シングルスリットノズルであり、スリットの長手方向が前記冷却ロールの回転方向と直交するように配置されており、
前記スリットの開口幅は、0.2mm以上0.8mm以下であり、
前記ノズルから前記冷却ロールまでの距離は、0.1mm以上2.0mm以下である請求項1に記載の鉄基軟磁性合金の製造方法。
【請求項3】
前記ノズルは、複数の孔が前記冷却ロールの回転方向と直交するように一列に配置されたストランドノズルであり、
前記孔の直径は、0.6mm以上1.3mm以下であり、
前記ノズルから前記冷却ロールまでの距離は、0.5mm以上30.0mm以下である請求項1に記載の鉄基軟磁性合金の製造方法。
【請求項4】
前記薄帯状急冷凝固合金を、平均粉末粒径200μm以下に粉砕して鉄基軟磁性合金粉末を形成する粉砕工程を更に備える請求項1に記載の鉄基軟磁性合金の製造方法。
【請求項5】
前記鉄基軟磁性合金粉末を、180℃以上450℃以下の一定温度にて熱処理する熱処理工程を更に備える請求項4に記載の鉄基軟磁性合金の製造方法。
【請求項6】
前記鉄基軟磁性合金粉末は、タップ密度が2g/cm
3以上である請求項4に記載の鉄基軟磁性合金の製造方法。
【請求項7】
前記鉄基軟磁性合金粉末は、残留磁束密度Bsが1.5T以上である請求項4に記載の鉄基軟磁性合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄基軟磁性合金の製造方法に関し、より詳しくは、ダストコアの材料として好適な鉄基軟磁性合金の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電子部品として使用されるインダクタやリアクトルといったパワーエレクトロニクス分野など向けの各種受動素子やトランス向けに、鉄損が低く飽和磁束密度が高い材料が市場から求められている。直流重畳特性に優れ、鉄損が低い軟磁性粉末としては、Fe-Si-B系の鉄基アモルファス合金粉末の他に、鉄(Fe)、珪素(Si)、硼素(B)を主原料として溶湯急冷凝固により作製される厚み17μmから25μm程度のFe-Si-B系アモルファス合金薄帯を適宜結晶化熱処理後に粉砕し得られたFe-Si-B-Nb-Cu系鉄基ナノ結晶合金粉末が知られており、従来のアトマイズ法で製造されるFe-Si系合金粉末、あるいはSWAP法で製造されるFe-Si-B-Cr系アモルファス粉末に替わるダストコア(圧粉磁心)用粉末として、インダクタ、リアクトル、パワーコンデショナーおよびモータコア等向けに市場要求が増している。
【0003】
加えて上記のFe-Si-B系アモルファス合金粉末およびFe-Si-B-Nb-Cu系鉄基ナノ結晶合金粉末は、Fe-Si系合金粉末に比べて低鉄損である特長を活かし、数kHz~MHz(メガヘルツ)帯で使用されるパワーエレクトロにクス向けのコア材料として検討されている。これらの合金粉末は、特に1MHzを超えるような高周波帯域で、コアに発生する鉄損が抑えられ従来にない高効率が得られることが確認されている。さらに全世界の60%程度の電力がモータにて消費されている現状において、モータのステータコアにダストコアを用いることで、鉄損だけでなく、渦電流損も低減されることから、ダストコアでは磁束密度Bsが低くなるという課題を除けばモータの高効率に大きく貢献できることから、カーボンフリーを実現し得る直接的な手段として、電気自動車やエアコンをはじめとする白物家電、およびFA向けモータへの展開が期待されている。
【0004】
しかしながら、上記のFe-Si-B系アモルファス合金はBs≦1.6T、Fe-Si-B-Nb-Cu系鉄基ナノ結晶合金にいたってはBs≦1.3Tと既存のコア材であるFe-Si合金のBs≧1.8Tにおよばないことから、ダストコアとした際にはさらにBsが低下するため、ダストコアとしては、これまでFe-Si合金粉末や純鉄粉の代替材料として、モータコアを含めて広く活用されることはなく、パワーエレクトロニクス向け受動素子からモータ向けコアとして適用可能なFe-Si合金粉末並みの高Bs性能を確保しながら、Fe-Si-B系アモルファス合金粉末並みの低鉄損性能との両立が可能なダストコア向け鉄基軟磁性粉が求められている。
【0005】
上記の市場要求から、最大でもBsが1.6T程度のFe-Si-B系アモルファス合金や、1.4T以下程度の鉄基ナノ結晶材料(例えば、FINEMET(登録商標))では、Bs:1.8TのFe-Si系合金を代替することが難しく、これまでFe-Si-B系アモルファス合金粉末並みの低鉄損性能との両立が可能なダストコア向け高Bs低鉄損鉄基軟磁性粉が市場に投入された例はない。
【0006】
上記の例えばメガヘルツ帯で使用されるパワーエレクトロにクス向けコア材や、2万rpm以上の高速回転が求められるEV主機モータ用のコア材は、鉄損が大きい純鉄やFe-Si系アトマイズ粉を用いたダストコアでは、投入電力によってコアに発生する鉄損により、受動素子基盤全体あるいはモータが発熱するため、電力消費が増すことに加えて、冷却対策の電力も必要になるため、省エネ化に貢献可能な高出力・高効率化が可能なダストコア向け高Bs低鉄損鉄基軟磁性粉の市場要求は、種々の用途で極めて高い。
【0007】
また、鉄損を鉄基アモルファス合金並みの1/10以下まで大幅に低減しつつ、高Bsを確保できれば、ダストコアとして様々な応用分野への展開が期待される。このため、製造歩留まりが悪くリサイクル性も低いFe-Si系アトマイズ粉を代替するものとして、単ロール急冷法にて得られる急冷凝固合金を粉砕することにより、粉砕前においてBs≧1.7Tが得られる鉄基アモルファス合金並みの低鉄損を実現したダストコア向け鉄基軟磁性合金粉末への市場からの期待は極めて高い。
【0008】
なお、ガスアトマイズ法で得られるFe-Si系粉末、SWAP法で得られるFe-Si-B-Cr系アモルファス粉末は共に球形粉末であることに加えて、細密充填が可能な2山粒度分布を持つ粉末粒度分布を作ることが難しく、ダストコアにおける粉末の充填率は、圧縮性成形では70~80体積%、射出成形では50~70体積%である。このため、単ロール急冷法にて得られる急冷凝固合金を粉砕することによって作製する鉄基軟磁性粉末においては、ダストコアにおける磁粉充填率が圧縮成形では80体積%以上、射出成形では70体積%以上の磁粉粒度分布が、歩留まり向上および低コストを実現する上で、求められている。
【0009】
非特許文献1ではFe-Si-B系のアモルファス合金は、従来、104~106 K/secといった非常に速い急冷凝固速度で厚み17μmから22μm程度の急冷凝固合金薄帯でなければアモルファス組織を得られなかったが、リン(P)を添加することで急冷凝固速度を低下させ厚み50μm以上の鉄基アモルファス合金薄帯が得られることが開示されているが、P添加は飽和磁束密度Bsの低下を招来するだけでなく、P添加系合金は合金溶解時にP成分が揮発し炉内汚染が著しいことから未だ産業分野での応用例は少ない。
【0010】
非特許文献2ではFe-Si-B‐P‐Cu系の鉄基ナノ結晶合金「NANOMET(登録商標)」は、高い飽和磁束密度Bs:1.85Tと鉄基アモルファス合金並みの低鉄損性能を有する軟磁性材料であることが開示されている。ところが、当該鉄基ナノ結晶合金は、P添加系合金に付き、非特許文献1と同様、合金溶解時にP成分が揮発し炉内汚染が著しいことに加えて、高速昇温熱処理による結晶化処理が必要である。さらに、急冷合金薄帯の厚みが薄く、粉砕後の粉末の形状が薄片状になるため、ダストコア成形時の磁粉充填率が80%に到達しないことから1.85Tの高Bsを活かせず、ダストコアとして実用化された例はこれまでない。
【0011】
非特許文献3では、Fe-Si系アトマイズ粉を用いたダストコアに関する種々の軟磁気特性が開示されている。ダストコアの磁粉充填率(相対密度)は、鉄損がFe-Si-B系アモルファス合金の10倍以上であるFe-3.5Siの場合に83%、鉄損がFe-Si-B系アモルファス合金の7倍程度であるFe-6.5Siの場合に81%である。これらの磁粉充填率の値は、一般的なFe-Si系アトマイズ粉を用いたダストコアの磁粉充填率が80%以下であるのと比較して高いものの、鉄損は、Fe-Si-B系のアモルファス合金より大幅に高い。
【0012】
非特許文献4では、SWAP法にて作製されるFe-Cr-Si-B系アモルファス合金粉末および本粉末を用いたダストコアの各種軟磁気特性が開示されている。Fe-Cr-Si-B系のアモルファス合金粉末は、Fe-Si-B系アモルファス合金同様、低鉄損性能を特長としているが、SWAP法は溶融合金をガスアトマイズにより細かく分断した上、高速回転水流中に噴射し凝固することで高い溶湯急冷速度を実現し、アモルファス組織を得る過程で、溶滴を直接水冷する工程が必須となる。このため、溶融合金の耐酸化性を確保する上でCr添加が必須となるが、Cr添加は鉄基アモルファス合金のBsを低下させることから、Bs≧1.7Tを確保した上、鉄基アモルファス合金並みの低鉄損を実現したダストコア向け鉄基軟磁性合金粉末は得られない。
【0013】
特許文献1、特許文献2および特許文献3は50μm以上といった厚みの急冷合金薄帯の作製方法が記載されているが、何れもEV駆動用BLDCモータ向け積層コアへの適用を想定したBs≧1.7Tを有するFe-Si-B系のアモルファス合金は実現されておらず、粉砕前においてBs≧1.7Tを確保した上、鉄基アモルファス合金並みの低鉄損を実現したダストコア向け鉄基軟磁性合金粉末は得られない。
【0014】
特許文献4では、移動する冷却基板上(回転する冷却ロール)に、その移動方向に対しほぼ直角に配列され、かつそれぞれが前記移動方向に対して10~80°の角度をもつ複数の開口部(多孔ノズル)から溶融金属を噴出させ、急冷凝固させることを特徴とする金属薄帯の製造方法を開示しているが、特許文献4は、幅の広い急冷薄帯を作製する際、幅方向における金属薄帯の厚みばらつきの低減を目的になされた発明である。また、10~80°の角度を持つ複数の細長い平行四辺形、台形または楕円形状の開口部を加工することは難しく、ノズル加工費が高騰するという問題もあり工業的に量産レベルでの利用は難しい。
【0015】
特許文献5では、厚み40μm以上のFe-Si-B系アモルファス合金の製造方法を開示しているがBs≧1.7Tを確保でき得る合金組成を開示しておらず、加えて粉砕前においてBs≧1.7Tを確保した上、鉄基アモルファス合金並みの低鉄損を実現したダストコア向け鉄基軟磁性合金粉末の製造を目的としていない。
【0016】
特許文献6では、飽和磁束密度Bs≧1.7T、保磁力Hc≦200A/m である厚みが40μm 以上70μm 以下のFe-Si-B 系急冷凝固合金およびその製造方法が記載されているが、急冷凝固過程において表層に0.1体積%以上10 体積%以下のα-Fe相が析出し、残部がアモルファス組織からなる急冷凝固合金となることに起因して、粉砕性が悪化するため、Bs≧1.7Tを確保した上、鉄基アモルファス合金並みの低鉄損を実現したダストコア向け鉄基軟磁性合金粉末を量産レベルで製造することが難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【文献】特開平5-329587
【文献】特開平7-113151
【文献】特開平8-124731
【文献】特開昭63-220950
【文献】特開2018-153828
【文献】特開2021-193199
【非特許文献】
【0018】
【文献】高飽和磁束密度を有する新規バルク金属ガラス/アモルファス厚板の創製(東北大学・金属ガラス総合研究センター)牧野彰宏、久保田健、常春涛
【文献】超低磁心損失・高鉄濃度軟磁性合金「NANOMET」の最新研究開発動向、金属学会誌まてりあ第55巻 第3号(2016年)
【文献】圧粉磁心用Fe-Si粉の開発、電気製鋼 第94巻第1号 2023年
【文献】新しい水アトマイズ法(SWAP法)によるアモルファス軟磁性粉末の作製、「粉体および粉末冶金」第48巻第8号、2001年8月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
Fe-Si系アトマイズ粉に対して、鉄損を鉄基アモルファス合金並みの1/10以下まで大幅に低減しつつ、高Bsを確保できれば、インダクタ、リアクトル、パワーコンデショナー、その他パワーエレクトロニクス向けコア材およびモータコア等に適用可能なダストコア向け軟磁性粉末として使用することで、様々な分野で電力消費を抑え省エネに貢献できる。ところが、粉砕前の急冷凝固合金状態でFe-Si系合金並みBs≧1.7Tを確保した上、鉄基アモルファス合金と同等レベルの低鉄損を実現したダストコア向け鉄基軟磁性合金粉末を量産レベルで製造することは、これまで困難であった。
【0020】
そこで、本発明は、粉砕前の急冷凝固合金状態でFe-Si系合金並みのBs≧1.7Tを確保した上、鉄基アモルファス合金と同等レベルの低鉄損を実現することで、ダストコアの材料として好適な鉄基軟磁性合金の製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明に係る鉄基軟磁性合金の製造方法は、組成式(Fe1-mCom)100-x-ySix(B1-nCn)yで表現され、組成比率x、y、mおよびnがそれぞれ、0.8≦x≦1.4 原子%、11.0≦y≦13.0 原子%、0.05≦m≦0.5、0.0≦n≦0.3を満足する組成の合金溶湯を用意する工程と、純銅、銅合金、MoおよびWのいずれかを主原料とする冷却ロール上で前記合金溶湯を急冷凝固する急冷凝固工程とを備え、前記急冷凝固工程は、前記冷却ロールをロール表面速度20m/sec以上45m/sec以下で回転させながら、前記冷却ロールの表面に前記合金溶湯をノズルから噴射することにより、厚みが18μm以上40μm未満の薄帯状急冷凝固合金を形成する工程を備え、前記薄帯状急冷凝固合金は、α-Fe相を主相とする金属組織を有し、飽和磁束密度が1.7T以上2.0T以下であり、磁束密度1.0Tおよび周波数1kHzでの鉄損が15W/kg以下であり、前記冷却ロールの表面粗度は、算術平均粗さ(Ra)が0.01μm以上0.6μm以下であり、前記ノズルは、石英(SiO2)、窒化硼素(BN)、炭化珪素(SiC)およびアルミナ(Al2O3)のいずれかを主成分する材料からなり、5kPa以上50kPa以下の圧力で前記合金溶湯を出湯するものである。
【0022】
この鉄基軟磁性合金の製造方法において、前記ノズルは、シングルスリットノズルにすることができる。この場合、スリットの長手方向が前記冷却ロールの回転方向と直交するように配置され、前記スリットの開口幅は、0.2mm以上0.8mm以下であり、前記ノズルから前記冷却ロールまでの距離は、0.1mm以上2.0mm以下であることが好ましい。
【0023】
あるいは、前記ノズルは、複数の孔が前記冷却ロールの回転方向と直交するように一列に配置されたストランドノズルにすることができる。この場合、前記孔の直径は、0.6mm以上1.3mm以下であり、前記ノズルから前記冷却ロールまでの距離は、0.5mm以上30.0mm以下であることが好ましい。
【0024】
前記薄帯状急冷凝固合金は、磁束密度1.0Tおよび周波数1kHzでの透磁率が2000以上であることが好ましい。
【0025】
また、前記鉄基軟磁性合金の製造方法は、前記薄帯状急冷凝固合金を、平均粉末粒径200μm以下に粉砕して鉄基軟磁性合金粉末を形成する粉砕工程を更に備えることが好ましい。更に、前記鉄基軟磁性合金粉末を、180℃以上450℃以下の一定温度にて熱処理する熱処理工程を備えることが好ましい。
【0026】
前記鉄基軟磁性合金粉末は、タップ密度が2g/cm3以上であることが好ましい。
【0027】
前記鉄基軟磁性合金粉末は、残留磁束密度Bsが1.5T以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、粉砕前の急冷凝固合金状態でFe-Si系合金並みのBs≧1.7Tを確保した上、鉄基アモルファス合金と同等レベルの低鉄損を実現することで、ダストコアの材料として好適な鉄基軟磁性合金の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】(a)は本発明の一実施形態に係る鉄基軟磁性合金の製造方法に用いる製造装置の概略構成図であり、(b)はその要部拡大図であり、(c)はスリットノズルの底面拡大図であり、(d)はストランドノズルの底面拡大図である。
【
図2】実施例2で得られた鉄基軟磁性合金の粉末X線回折プロファイルである。
【
図3】実施例7で得られた鉄基軟磁性合金の粉末X線回折プロファイルである。
【
図4】実施例2で得られた鉄基軟磁性合金粉末の粉末粒度分布である。
【
図5】実施例7で得られた鉄基軟磁性合金粉末の粉末粒度分布である。
【
図6】実施例2で得られた鉄基軟磁性合金粉末の磁化曲線である。
【
図7】実施例7で得られた鉄基軟磁性合金粉末の磁化曲線である。
【
図8】実施例7および実施例9で得られた鉄基軟磁性合金粉末の磁化曲線を比較したものである。
【
図9】実施例2で得られた鉄基軟磁性合金粉末を用いたトロイダルリング状ダストコアにおける20kHz時の磁束密度と鉄損の鉄損曲線である。
【
図10】比較例10で得られたFe-Si-B系アモルファス急冷凝固合金のX線回折プロファイルである。
【
図11】比較例12で得られた鉄基軟磁性合金の粉末X線回折プロファイルである。
【
図12】比較例10で得られたFe-Si-B系アモルファス急冷凝固合金粉末の粉末粒度分布である。
【
図13】比較例10で得られたFe-Si-B系アモルファス急冷凝固合金粉末の磁化曲線である。
【
図14】比較例12で得られたFe-Si-B系アモルファス急冷凝固合金粉末の粉末粒度分布である。
【
図15】比較例10で得られたFe-Si-B系アモルファス急冷凝固合金粉末を用いたトロイダルリング状ダストコアにおける20kHz時の磁束密度と鉄損の鉄損曲線である。
【
図16】実施例2の鉄基軟磁性合金粉のTEM観察写真である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明者は、必須元素であるFe+Co、Si、Bの疑似三元組成域にて、各元素の配合比率を、Siが0.5原子%以上1.5原子%以下、Bが11原子%以上13原子%以下、残部Feの内、Feの5%以上50%以下をCoで置換した配合組成とし、Bの一部をCで30%を上限に置換した合金組成域にて、Fe-Si-B系アモルファス合金に対して同等以上の低鉄損性能を有し、且つ、粉砕前の飽和磁束密度BsがFe‐Si系合金並みの1.7T以上を確保しながらも、粉砕性に優れた急冷凝固合金が得られることを見出して、本発明を想到するに至った。
【0031】
[合金組成]
Feを必須元素として上述の元素の含有残余を占め、Feの一部をFeと同じく強磁性元素であるCoで置換することで粉砕前のBs≧1.7Tを確保し得る。ただし、Feに対するCoの置換率mが5%未満の場合、α-Feと共に磁化の低いFe-B相が析出するため、Bs≧1.7Tを確保できない、Feに対するCoの置換率mが50%を超えるとBsが低下傾向に転ずる。このため、Feに対するCoの置換率mは5%以上50%以下に限定される。置換率mは、5%以上30%以下であることが好ましく、費用対効果の観点から5%以上20%以下であることがさらに好ましい。
【0032】
本発明により得られる鉄基軟磁性合金において、Siは微細組織を得るための必須元素であるだけでなく、透磁率等の軟磁気特性を発現するためにも重要な働きをする。Siの組成比率xが0.5原子%未満となると、印加磁界10A/m時の透磁率が2000未満まで悪化するだけでなく、1kHz、1.0T時の鉄損(コアロス)が15W/kgを超えるため、高透磁率で低鉄損であるという本発明の鉄基軟磁性合金の特徴が減じられる。また、Siの組成比率xが1.5原子%を超えると、急冷凝固合金の非晶質生成能が増し、急冷凝固合金の粉砕性が低下することから、粉砕工程において平均粉末粒径10μm以上200μm以下の鉄基軟磁性合金粉末が得られないだけでなく、Siの組成比率xが大き過ぎると、磁化を担うFeの存在比率が低下しBs≧1.7Tを得ることができない。このため、Siの組成比率xは、0.5原子%以上1.5原子%以下とする。Siの組成比率xは、好ましくは、0.8原子%以上1.4原子%以下であり、さらに好ましくは、1.0原子%以上1.3原子%以下である。
【0033】
B+Cの組成比率yが11.0原子%未満になると、急冷凝固にて得られる鉄基軟磁性合金の金属組織が粗大化するため、磁束密度1.0Tで周波数1kHz時の鉄損が15W/kg 以下という低鉄損性能を確保できない。また、B+Cの組成比率yが13.0原子%を超えると、急冷凝固合金の非晶質生成能が増し、急冷凝固合金の粉砕性が低下することから、粉砕工程において平均粉末粒径10μm以上200μm以下の鉄基軟磁性合金粉得られないだけでなく、磁化を担うFeの存在比率が低下するため、粉砕前における急冷凝固合金のBs≧1.7Tを得ることができない。このため、B+Cの組成比率yは、11.0原子%以上13.0原子%以下である。B+Cの組成比率yは、11.5原子%以上13.0原子%以下であることが好ましく、12.0原子%以上13.0原子%以下であることがさらに好ましい。
【0034】
Bの一部をCで置換することにより合金溶湯の融点が低下し、急冷凝固条件が緩和され本発明の鉄基軟磁性合金が作り易くなるが、Bに対するCの置換率nが30%を超えると粉砕前における急冷凝固合金のBs≧1.7Tを確保できないため好ましくない。このため、置換率nは30%以下に限定する。高Bs特性と低透磁率の両立させる観点から、置換率nは、20%以下が好ましく、15%以下が更に好ましい。
【0035】
本発明により得られる鉄基軟磁性合金において、Al、Si、V、Ti、Mn、Zn、Ga、Zr、Nb、Mo、Ag、Hf、Ta、W、Pt、AuおよびPbからなる群から選択された1種以上添加元素を加えることも可能であるが、添加濃度が2.0原子%を超えると粉砕前における急冷凝固合金のBs≧1.7Tが得られないため好ましくなく、不純物としての混在も含め2.0原子%以内であれば許容される。なお、Cuは主原料であるFeには固溶せず、Cuを添加すると超微細なα‐Fe組織中に分散したCuが単独で析出することで所望の合金粉末形成の妨げになるおそれがあるため、本発明の鉄基軟磁性合金はCuを含まない。
【0036】
[金属組織]
本発明により得られる鉄基軟磁性合金は、特定の方向に配向することなく等方的に析出するα‐Fe相を主相することを特徴とする。主相とは、体積比率が最大の相であり、体積比率50%以上が好ましく、体積比率80%以上がより好ましい。等方的に析出するα‐Fe相は、平均結晶粒径が100nm未満の微細な結晶組織であり、結晶サイズが1nmに満たない結晶前駆体といえる超微細結晶組織のものも存在する。α‐Fe相の結晶サイズは、粉末X線回折(XRD)によるX線回折ビークの半値幅より凡そのサイズは把握可能であり、あるいは透過型電子顕微鏡(TEM)による鉄基急冷凝固合金の金属組織観察によっても求めることができる。
【0037】
但し、合金溶湯を回転する冷却ロール上で急冷凝固する際、得られた鉄基軟磁性合金の金属組織内に非晶質相および微量のFe-B相が混在する場合であっても、軟磁気特性に悪影響を与えない量であれば許容される。鉄基軟磁性合金粉末の金属組織内の非晶質相が、金属組織全体に対して20体積%を超えると、Bs≧1.7Tを得ることが困難になるため、非晶質相の含有比率は、20体積%以下である。非晶質相の含有比率は、10体積%以下が好ましく、5.0体積%以下がさらに好ましい。
【0038】
本発明により得られる鉄基軟磁性合金を粉砕してダストコアとして量産適用する場合には、鉄基軟磁性合金の製造時における急冷凝固工程において、急冷凝固時の不均一核生成にて析出した(200)方向に配向(面内配向)した平均結晶粒径が100nm以上の粗大なα‐Fe結晶相が急冷ロール面もしくは自由面の表面近傍に存在すると、所望の低鉄損性能を得難くなるおそれがある。磁束密度1.0Tで周波数1kHz時の鉄損が15W/kg 以下という低鉄損性能を得るため、鉄基軟磁性合金の表層に析出するα-Fe結晶相は、10体積%以下が良く、安定して低鉄損性能を維持する観点から、5.0体積%以下が好ましく、2.0体積%以下がさらに好ましい。本発明における表層とは、鉄基軟磁性合金の表面からの深さが、鉄基軟磁性合金の厚みの10%の範囲をいう。
【0039】
[磁気特性]
本発明により得られる鉄基軟磁性合金粉末は、粉砕前の飽和磁束密度Bsが1.7T以上であることを特徴とするが、Bsが2.0Tを超えると磁束密度1.5Tで周波数1kHz時の鉄損が50W/kgを超えるため、Fe-Si系アトマイズ粉を用いたダストコアに対して明確な効率の向上が得られない。60Hzの商用周波数帯からメガヘルツ帯まで安定した省エネ性能を獲得するには、粉砕前の急冷凝固合金のBsは1.7T以上2.0T以下であることが必要であり、1.73T以上1.97Tが好ましく、1.75T以上1.95T以下がさらに好ましい。
【0040】
本発明により得られる鉄基軟磁性合金粉末を、高Bsで低鉄損性能を有するダストコアの製造に使用する場合には、平均粉末粒径200μm以下に粉砕した状態において1.5T以上であることが有効である。鉄基軟磁性合金粉末のBsは、1.55T以上であることが好ましく、1.6T以上であることがより好ましい。
【0041】
なお、既存のFe-Si系アトマイズ粉、鉄基アモルファス合金粉および鉄基ナノ結晶合金粉においては、各動作周波数の鉄損値が磁束密度の上昇に伴い増加する傾向を示すのに対して、本発明により得られる鉄基軟磁性合金は、各動作周波数の鉄損値が磁束密度の上昇に伴い明らかな飽和傾向を示すという極めて特異な磁気的性質を示す。特に高周波域である周波数20kHzにおける磁束密度1.5T時の鉄損値が1500W/kg以下であり、数10kHz~数10MHz帯で動作するリアクトルや超高速回転モータなどにて問題となる鉄損を大幅に低減できる可能性がある。周波数20kHzにおける磁束密度1.5T時の鉄損値が高すぎると(例えば2000W/kg以上)、鉄基アモルファス合金および鉄基ナノ結晶合金と鉄損が同等レベルになるため、周波数20kHzにおける磁束密度1.5T時の鉄損値は1500W/kg以下であることが好ましく、1300 W/kg以下がより好ましく、1000 W/kg以下がさらに好ましい。
【0042】
[鉄基結晶合金の製造方法]
本発明の鉄基軟磁性合金の製造方法は、上記の組成を有する合金溶湯を用意する工程と、用意した合金溶湯を急冷凝固する急冷凝固工程とを備える。また、得られた鉄基軟磁性合金を粉砕する粉砕工程を備えることにより、鉄基軟磁性合金粉末を形成することができる。
【0043】
図1(a)は、本発明の一実施形態に係る鉄基軟磁性合金の製造方法に用いる単ロール溶湯急冷装置の概略構成図であり、
図1(b)はノズルの拡大図であり、
図1(c)はノズル底面の拡大図である。
図1(a)~(c)に示す単ロール溶湯急冷装置1は、溶解炉2と、貯湯容器5と、冷却ロール8とを備えている。
【0044】
溶解炉2は、高周波誘導加熱により原料を溶解した合金溶湯3を、傾動軸4の回動により貯湯容器5に供給する。貯湯容器5は、底部にノズル6を備えており、加熱コイル(図示せず)により合金溶湯3を更に加熱して、ノズル6の下端に形成されたスリット7から冷却ロール8の表面(外周面)に合金溶湯3を噴出する。冷却ロール8は、内部に冷却水が供給されることにより、表面に接触する合金溶湯を急冷し、薄帯状の急冷凝固合金9を形成する。ノズル6の材質は、例えば、石英(SiO2)、窒化硼素(BN)、炭化珪素素(SiC)およびアルミナ(Al2O3)のいずれかを主成分とするものから適宜選択可能である。
【0045】
ノズル6は、単一のスリット7が形成されたシングルスリットノズルであり、スリット7の長手方向が、冷却ロール8の回転方向と直交するように(すなわち、冷却ロール8の回転軸と平行になるように)配置されている。スリット7の幅W1は、冷却ロール8に供給される合金溶湯3の出湯レートを調整する役割を果たす。スリット幅W1が小さ過ぎると、スリット加工が困難になり易く、更には溶湯によるスリット7の閉塞が生じ易い一方、スリット幅W1が大き過ぎると、出湯レートが高くなり過ぎて冷却ロール8での抜熱が間に合わず、冷却ロール8に急冷凝固合金が張り付いて安定した溶湯急冷凝固を継続し難いことから、スリット幅W1は、0.2mm以上0.8mm以下である。スリット幅W1は、0.3mm以上0.7mm以下が好ましく、0.3mm以上0.6mm以下がさらに好ましい。
【0046】
ノズル6は、
図1(c)に示すスリットノズルに代えて、
図1(d)に示すストランドノズルであってもよい。
図1(d)に示すストランドノズルは、複数の孔7aが、冷却ロール8の回転方向と直交するように(すなわち、冷却ロール8の回転軸と平行に)一列に配置されている。ストランドノズルの各孔7aの直径は、0.6mm以上1.3mm以下であり、0.7mm以上1.2mm以下が好ましく、0.7mm以上1.1mm以下がさらに好ましい。孔7aの直径が0.6mm未満の場合には、1孔当たりの溶湯出湯量が少ないため、ノズル6の先端における温度が低下し、出湯を継続できなくなるおそれがある。一方、孔7aの直径が1.3mmを超えると、1孔当たりの溶湯出湯量が多くなり過ぎることから、溶湯急冷が不完全となり、磁気特性の低下を招来する粗大なα-Feが析出する可能性がある。また、各孔7aの間隔は、小さ過ぎると、各孔7aから出湯する溶湯同士が接触して溶湯急冷が不完全となり、磁気特性の低下を招来する粗大なα-Fe析出する可能性があるため、1.0mm以上が好ましく、3.0mm以上がより好ましく、5.0mm以上が更に好ましい。各孔7aの間隔は、急冷凝固合金の生産能率およびノズル先端温度低下防止の観点から20mm以下であることが好ましい。なお、ノズル6の開口部の形状は、単一の孔など他の形状にすることも可能である。
【0047】
冷却ロール8の表面に供給された溶湯は、冷却ロール8の回転により薄帯状の急冷凝固合金9となって、冷却ロール8から剥離される。冷却ロール8の表面速度が15m/sec未満の場合、40μm以上の過大な厚みの急冷凝固合金となることで、鉄基軟磁性合金薄帯の急冷ロール面もしくは自由面の表面近傍に、急冷凝固時の不均一核生成にて析出した(200)方向に配向した平均結晶粒径が100nm以上のα‐Fe結晶相が10.0体積%を超えるおそれがある一方、冷却ロール8の表面速度が50m/secを超えると、鉄基軟磁性合金薄帯の厚みが18μm未満となり、急冷凝固合金薄帯の粉砕性が著しく低下するため、いずれの場合も後工程において所望の合金粉末を得ることが困難になる。このため、冷却ロール8の表面速度は、15m/sec以上50m/sec以下であり、好ましくは、20m/sec以上45m/sec以下であり、さらに好ましくは、25m/sec以上40m/sec以下である。これにより、厚みが18μm以上40μm未満の所望の急冷凝固合金組織を有し、かつ、粉砕性に優れた薄帯状急冷凝固合金を形成することができる。
【0048】
図1(a)において、シングルスリットからなるノズル6の先端から冷却ロール8の表面までの距離dは、小さ過ぎると、急冷合金が冷却ロール8に張り付いて、合金溶湯3の安定した急冷凝固を継続できないおそれがある一方、大き過ぎると、冷却ロール8の表面上に湯だまり(パドル)が形成されずに、合金溶湯3の急冷凝固を実施できないおそれがある。このため、上記の距離dは、0.1mm以上2.0mm以下であり、好ましくは、0.1mm以上1.5mm以下であり、より好ましくは、0.15mm以上1.0mm以下である。
【0049】
ノズル6がストランドノズルの場合も、
図1(a)におけるノズル6の先端から冷却ロール8の表面までの距離dは、小さ過ぎても大き過ぎても、上記のシングルスリットノズルの場合と同様の問題を生じる。このため、ノズル6がストランドノズルの場合の上記の距離dは、0.5mm以上30.0mm以下であり、好ましくは、1.0mm以上20.0mm以下であり、より好ましくは、2.0mm以上10.0mm以下である。
【0050】
薄帯状の急冷凝固合金9の作製においては、冷却ロール8の外表面に対する合金溶湯3の密着性が重要になるが、この溶湯密着性は、冷却ロール8の表面粗度に大きく依存する。冷却ロール8の表面粗度が小さ過ぎると、冷却ロール8の表面で合金溶湯3が滑ることで十分な冷却が困難になる一方、冷却ロール8の表面粗度が大き過ぎると、急冷合金が冷却ロール8に張り付くおそれがある。このため、冷却ロール8の表面における算術平均粗さ(Ra)は、0.01μm以上0.6μm以下であり、0.05μm以上0.55μm以下が好ましく、0.1μm以上0.5μm以下がさらに好ましい。
【0051】
冷却ロール8は、純銅、銅合金、モリブテン(Mo)およびタングステン(W)のいずれかを主原料とする材料により形成することで、熱伝導性や耐久性に優れることが好ましい。主原料とは、重量比において50%以上を占めることをいう。冷却ロール8の表面には、クロム、ニッケル、またはこれらの合金からなるめっきを施してもよく、これによって、冷却ロール8表面の耐熱性および硬度を増し、急冷凝固時におけるロール表面の溶融や劣化を抑制することができる。
【0052】
冷却ロール8の直径は、例えば、200~20000mmである。冷却ロール8は、連続した急冷凝固時間が10sec以下の短時間であれば、水冷は必ずしも必要ではないが、連続した急冷凝固時間が10secを超える場合は、冷却ロール8の内部に冷却水を流すことで、冷却ロール8の表面の温度上昇を抑制することが好ましい。冷却ロール8の水冷能力は、単位時間あたりの凝固潜熱と出湯レートに応じて、適宜調整することが好ましい。
【0053】
[粉砕]
上記のとおり、本発明の鉄基軟磁性合金の製造方法は、得られた鉄基軟磁性合金を粉砕する粉砕工程を備えることができる。粉砕方法は、ボールミル、フェザーミル、ピンディスクミルおよびジェットミル等の各種の粉砕装置を、ダストコアの成形方法に応じて適宜選択する。例えば、熱硬化性樹脂をバインダーとして用いる一般的な圧縮成形の場合は、フェザーミルおよびピンディスクミルを用いて、平均粉末粒径70μm~200μmに粉砕することで、高い磁粉充填率が得られる。平均粉末粒径は、100μm~180μmが好ましく、100μm~140μmがより好ましい。一方、射出成形では、一般的に熱可塑性樹脂をバインダーとして用いることから、ピンディスクミルあるいはジェットミルにて平均粉末粒径10μm以上100μm以下に粉砕することで、高い磁粉充填率が得られる。この場合の平均粉末粒径は、20μm~80μmが好ましく、30μm~70μmがより好ましい。
【0054】
粉砕工程により得られた鉄基軟磁性合金粉末のタップ密度は、2g/cm3以上が好ましい。タップ密度は、JIS Z 2512:2012に規定の「金属粉-タップ密度測定方法」に準拠して測定される。タップ密度の上限は特に限定されないが、タップ密度が6g/cm3を超えると、圧縮成形の場合、プレス金型におけるキャビティ内における粉末の流動性が著しく低下し、高い成形密度が得られないことから、6g/cm3以下が好ましい。
【0055】
[熱処理]
本発明の鉄基軟磁性合金の製造方法は、得られた鉄基軟磁性合金粉末を、180℃以上450℃以下の一定温度にて熱処理する熱処理工程を更に備えることができる。これにより、粉砕時の応力により鉄基軟磁性合金粉末に生じた歪除去が可能となり、鉄基軟磁性合金粉の鉄損および透磁率を改善する効果が期待される。熱処理方法は、バッチ炉、フープベルト炉等、種々の熱処理炉を用いることが可能であり、粉砕粉末同士の接触(堆積)により、粉末の熱容量が増すことなく数秒~数10秒の短時間で歪取り熱処理が完了する公知の方法を挙げることができる(例えば、特許第6857392号参照)。熱処理温度は200℃以上400℃未満が好ましく、200℃以上350℃未満がより好ましい。加えて、上記熱処理は、真空もしくは不活性ガスの雰囲気で行われることが好ましいが、大気中での熱処理も350℃未満であれば許容される。
【0056】
[実施例]
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明する。但し、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0057】
下記表1の実施例1-9および比較例10-16に示す合金組成となるように、純度99.5%以上のB、C、CoおよびFeの各元素を配合した素原料100kgをアルミナ製坩堝(溶解炉)に収容し、高周波誘導加熱により溶解して合金溶湯を形成した。この合金溶湯50kgを、BN製のスリットノズル(実施例1-4,実施例7-9,比較例10-12および比較例14,15)またはストランドノズル(実施例5-6,比較例13,16)を底部に備える内径200mm×高さ400mmのアルミナ製の貯湯容器に注いだ。スリットノズルのスリット幅および長さ、または、ストランドノズルの各孔の直径、孔間隔および孔数は、表1に示すとおりである。
【0058】
その後、貯湯容器の周囲に設置された高周波加熱用コイルへ通電することで、前記合金溶湯50kgをさらに加熱し、溶湯温度が配合組成合金の融点よりおよそ100℃以上の溶湯温度に到達した後、ノズル上部に配したアルミナ製溶湯ストッパーを引き抜き、ノズルから直下の冷却ロール表面に合金溶湯を噴出した。冷却ロールは、クロムジルコン銅製であり、外径600mm、幅200mmである。また、ノズルと冷却ロール表面とのギャップは、表1に示すとおりである。また、ノズルからの合金溶湯の噴射圧、冷却ロールのロール表面速度、および、冷却ロールのロール表面の算術平均粗さ(Ra)は、表2に示すとおりである。
【0059】
冷却ロールの表面へ噴出された合金溶湯は、冷却ロール表面上に湯だまり(パドル)を形成し、パドルと冷却ロールの界面にて急冷凝固されることで、表3に示す平均厚みおよび平均幅を持つ薄帯状の急冷凝固合金を作製した。得られた急冷凝固合金に対して粉末X線回折(XRD)による組織評価を行ったところ、実施例1-9の鉄基軟磁性合金は、いずれもα‐Fe相が特定の方向に配向せず等方的に析出する金属組織であることがわかった。
【0060】
代表例として、実施例2および実施例7について、鉄基軟磁性合金粉末X線回折プロファイルを、それぞれ
図2および
図3に示す。
図2および
図3のいずれも、α-Feのメインピークである(110)と第2ピークである(200)の回折ピークが確認され、何れも半値幅の広い回折ピークであることから、等方的に析出したα-Fe結晶相からなる微細金属組織であることが確認された。また、実施例2の透過型電子顕微鏡(TEM)観察写真を
図16に示す。
図16に示す実施例2の金属組織は、1nm以下のα?Fe結晶前駆体からなる極めて微細な金属組織であった。
【0061】
実施例1-9において得られた粉砕前の急冷凝固合金における飽和磁束密度Bs、1kHzにおける磁束密度1.0T時の鉄損(コアロス)および透磁率(μ)、ならびに20kHzにおける磁束密度1.5T時の鉄損を測定した結果を、表4に示す。Bsの測定は、東映工業製の振動式試料磁力計により行った。また透磁率μおよび鉄損の測定は、岩崎通信機製BHアナライザ―にSSTユニット(単板磁気特性試験機)を取り付けて行った。
【0062】
次いで実施例1-9において得られた急冷凝固合金をフェザーミルにて数mm以下に粗粉砕した後、ピンディスクミルを用いて微粉砕を実施した。微粉砕後の平均粉砕粉末粒径(D50)、タップ密度および微粉砕後のBsを表5に示す。実施例2および7については粉砕粉の粒度分布をそれぞれ
図4、
図5に示す。実施例2および7の粉砕粉の磁化曲線をそれぞれ
図6、
図7に示す。
【0063】
また、実施例6および実施例7にて得られた粉砕粉を、上述した特許第6857392号公報に記載の熱処理方法と同様の方法で、それぞれ260℃で15秒間熱処理し、実施例8および実施例9の熱処理された粉砕粉を得た。実施例7および9の粉砕粉の磁化曲線を比較したものを
図8に示す。
図8に示すように、熱処理を行うことにより、粉砕により急冷凝固合金に付与された歪が緩和されることで、粉砕で低下した透磁率μが改善され、初期磁化曲線の立ち上がりが早くなり、加えて各印加磁界に対する磁化が全体に向上していることが判る。
【0064】
また、実施例2については、得られた鉄基軟磁性合金粉末に、熱硬化性エポキシ樹脂を2質量%添加して混錬し、圧縮成形用コンパウンドを作製した後、12ton/cm
2の成形圧力にて外径37mm×内径17mm×高さ6mmのトロイダルリングを作製した。このトロイダルリングを180℃×1時間の熱硬化(熱処理)を実施し、アクリル系塗料にてトロイダルリングの表面を塗り絶縁を施した後に、岩崎通信機製BHアナライザ―にて軟磁気特性を評価した。
図9は、トロイダルリング状ダストコアにおける20kHz時の磁束密度と鉄損の鉄損曲線である。
【0065】
一方、比較例10、
13のFe-Si-B系急冷凝固合金は、粉末X線回折(XRD)による評価により、非晶質相が支配的であることがわかった。また比較例12、
11は、実施例1-9と同様、α-Fe相が特定の方向に配向せず等方的に析出している金属組織であった。比較例14はα-Fe相からなる組織、比較例16はα-Fe相と非晶質が混在する組織であったが、比較例14はXRDにより、α-Fe(200)のピーク強度がα-Fe(110)より高く、α-Feが急冷凝固合金薄帯の厚み方向と垂直に面内配向していることが判った。比較例15は冷却ロールの表面速度が遅いため、溶湯が十分に冷却ロール上で急冷されず、急冷凝固合金の表面が酸化し、α-Feと鉄系酸化物からなる合金であった。代表例として、比較例10および比較例12の急冷凝固合金薄帯の粉末X線回折プロファイルを
図10、11に示す。
図10および
図11に示すように、比較例10はアモルファス単相組織であり、比較例12はα-Feの単相組織であった。
【0066】
実施例1-9と同様に、比較例10-16についても得られた粉砕前の急冷凝固合金における飽和磁束密度Bs、1kHzにおける磁束密度1.0T時の鉄損(コアロス)および透磁率(μ)、ならびに20kHzにおける磁束密度1.5T時の鉄損を測定した結果を、表4に示す。Bsの測定は、東映工業製の振動式試料磁力計により行った。また透磁率μおよび鉄損の測定は、岩崎通信機製BHアナライザ―にSSTユニット(単板磁気特性試験機)を取り付けて行った。
【0067】
次いで比較例10-16において得られた急冷凝固合金をフェザーミルにて数mm以下に粗粉砕した後、ピンディスクミルを用いて微粉砕を実施した。微粉砕後の平均粉砕粉末粒径(D50)、タップ密度および微粉砕後のBsを表5に示す。比較例10で得られたFe-Si-B系アモルファス急冷凝固合金粉末の粉末粒度分布を
図12に、磁化曲線を
図13にそれぞれ示す。また、比較例12で得られた(Fe,Co)-Si-B系急冷凝固合金粉末の粉末粒度分布を
図14に示す。SiおよびB濃度が高い比較例12は、実施例1-9と同様にα‐Fe前駆体組織ではあるが、アモルファス組織である比較例10と同じく、ピンディスクミルによる微粉砕後も250μm以上の粗粉を30%以上含んでおり、粉砕性が著しく悪いことがわかる。また、比較例14は、α‐Fe相からなる組織が粗大化しており、大幅に鉄損が増加した。比較例16は非晶質相が含まれていることで、粉砕が著しく低下していたが、比較例15は鉄系酸化物が急冷凝固合金の表面層に生成しているため、ピンミルによる粉砕を断念した。
【0068】
比較例10については、実施例2と同様に、得られた鉄基軟磁性合金粉末からトロイダルリングを作製して熱硬化を行い、絶縁を施した後に軟磁気特性を評価した。
図15は、トロイダルリング状ダストコアにおける20kHz時の磁束密度と鉄損の鉄損曲線である。
【0069】
【0070】
【0071】
【0072】
【0073】
【符号の説明】
【0074】
l 単ロール溶湯急冷装置
2 溶解炉
3 合金溶湯
4 傾動軸
5 貯湯容器
6 出湯ノズル
7 スリット
8 冷却ロール
9 急冷凝固合金
【要約】
【課題】 Bs≧1.7Tでかつ低鉄損性能を有し、ダストコアの材料として好適な鉄基軟磁性合金の製造方法を提供する。
【解決手段】 組成式(Fe
1-mCo
m)
100-x-ySi
x(B
1-nC
n)
yで表現され、組成比率x、y、mおよびnがそれぞれ、0.5≦x≦1.5 原子%、11.0≦y≦13.0 原子%、0.05≦m≦0.5、0.0≦n≦0.3を満足する組成の合金溶湯を用意する工程と、純銅、銅合金、MoおよびWのいずれかを主原料とする冷却ロール上で前記合金溶湯を急冷凝固する急冷凝固工程とを備える鉄基軟磁性合金の製造方法である。
【選択図】
図1