(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-27
(45)【発行日】2025-04-04
(54)【発明の名称】新規なタングステン系溶射被膜及びそれを得るための溶射用材料
(51)【国際特許分類】
C23C 4/06 20160101AFI20250328BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20250328BHJP
C22C 27/04 20060101ALI20250328BHJP
H01L 21/3065 20060101ALI20250328BHJP
【FI】
C23C4/06
B23K35/30 340Z
C22C27/04 101
H01L21/302 101G
H01L21/302 101B
(21)【出願番号】P 2022504451
(86)(22)【出願日】2021-03-04
(86)【国際出願番号】 JP2021008344
(87)【国際公開番号】W WO2021177393
(87)【国際公開日】2021-09-10
【審査請求日】2023-10-27
(31)【優先権主張番号】P 2020038841
(32)【優先日】2020-03-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000109875
【氏名又は名称】トーカロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000095
【氏名又は名称】弁理士法人T.S.パートナーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100082887
【氏名又は名称】小川 利春
(74)【代理人】
【識別番号】100181331
【氏名又は名称】金 鎭文
(74)【代理人】
【識別番号】100183597
【氏名又は名称】比企野 健
(74)【代理人】
【識別番号】100161997
【氏名又は名称】横井 大一郎
(72)【発明者】
【氏名】浜島 和雄
(72)【発明者】
【氏名】森笹 真司
(72)【発明者】
【氏名】穴井 真亮
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-235249(JP,A)
【文献】特開2018-059174(JP,A)
【文献】特開2001-226773(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0113453(US,A1)
【文献】KOBAYASHI, Akira,Tungsten Coating for Thermal Fusion Material Produced by Gas Tunnel Type Plasma Spraying,Transactions of JWRI,日本,大阪大学溶接工学研究所,2008年,vol.37,No.1,p.63-67,ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/4497/jwri37_01_063.pdf、jwri.osaka-u.ac.jp/publication/trans-jwri/pdf/371-11.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/00-4/18
H01L 21/302
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タングステンをマトリックス相として含有し、シリコン及びボロンを含む酸化物を分散相として含有
し、前記分散相の含有量が、マトリックス相と分散相の合計量に対して体積比で2%以上、8%以下であることを特徴とする溶射被膜。
【請求項2】
前記分散相の
含有量が、マトリックス相と分散相の合計量に対して
体積比で3%以上、6%以下である請求項1に記載の溶射被膜。
【請求項3】
前記マトリックス相が、シリコン及び/又はボロンを含む請求項1又は2に記載の溶射被膜。
【請求項4】
前記分散相が、タングステンを含む請求項1~3のいずれか1項に記載の溶射被膜。
【請求項5】
厚みが50~1000μmである請求項1~4のいずれか1項に記載の溶射被膜。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の溶射被膜を有するプラズマエッチング装置用部材。
【請求項7】
前記プラズマエッチング装置が、フッ素を含むガスプラズマによるドライエッチング装置である請求項6に記載のプラズマエッチング装置用部材。
【請求項8】
シリコンを1~7重量%、ボロンを0.5~3重量%、及び残部としてタングステン及び不可避不純物を含むことを特徴とする溶射用材料。
【請求項9】
シリコンを2~5重量%及びボロンを1.5~3重量%含む請求項8に記載の溶射用材料。
【請求項10】
タングステン、シリコン及びボロンを、W
5Si
xB
y(但し、xは0.8~1.7であり、yは1.3~2.2である。)で表される、タングステン-シリコン-ホウ素の三元系化合
物として含有する請求項8又は9に記載の溶射用材料。
【請求項11】
前記タングステン-シリコン-ホウ素の三元系化合物が、W
5SiB
2及び/又はW
5Si
1.5B
1.5で表される化合物である請求項10に記載の溶射用材料。
【請求項12】
請求項8~
11のいずれか1項に記載の溶射用材料を溶射して溶射被膜を製造する方法。
【請求項13】
前記溶射用材料を大気プラズマ溶射で溶射する請求項
12に記載の溶射被膜を製造する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハロゲンガスを用いたプラズマエッチング装置用部材などとして好適な新規なタングステン系溶射被膜、及び該溶射被膜を得るための溶射材料などに関する。
【背景技術】
【0002】
半導体製造工程におけるプラズマエッチングは、ウェーハに回路を作製するステップで採用されている。プラズマエッチングを開始する前に、ウェーハはフォトレジスト若しくはハードマスク(通常、酸化物若しくは窒化物)でコーティングされ、フォトリソグラフィーの間に回路パターンに露光される。プラズマエッチングはパターンのトレース後の材料のみ除去し、このパターニングとエッチングのシークェンスは半導体チップ製造プロセスにおいて、複数回繰り返される。プラズマエッチングは、物理的なスパッタ効果のみではなく、フッ素系や塩素系などのハロゲン系ガスを用いたプラズマをウェーハに浴びせて、化学的なスパッタの効果も併せて材料を除去している。
【0003】
プラズマエッチングでは、昨今の高集積度の半導体回路を形成するために、ほぼ垂直のプロファイルを作製する必要があり、プラズマからは高エネルギーのイオンやラジカルが高密度に放出される。このため、エッチング対象であるウェーハのみでなくエッチングが行われるチャンバーの内面を構成する材料もプラズマ照射の影響を受け消耗する。このため、このようにして生じた生成物がウェーハの回路上に付着して、半導体チップ製造における歩留りを低下させる一因となっている。
【0004】
上記プラズマエッチングを行うチャンバーを構成する材料は、通常、アルミニウム合金などの金属材料であり、ハロゲン系ガスプラズマの暴露に対する耐性は高くない。これに対して、金属酸化物などのセラミックス材料は結晶構造が複雑であり、化学的な安定性も高いため、プラズマの暴露に対して良好な耐久性を示すことが期待できる。特許文献1には、プラズマを用いたCVD装置における反応槽の石英製のぞき窓の内面に、酸化アルミニウムの薄膜をスパッタ法によって成膜して損傷を抑制する方法が提案されている。
【0005】
特許文献2には、プラズマエッチングチャンバーの内壁に酸化アルミニウムや酸化イットリウムの被膜を溶射法などによって成膜し、損耗による発塵を抑制しプラズマエッチング工程での半導体チップ製造における歩留まりを向上させることが開示されている。更に、特許文献3には、同様な目的で、溶射における成膜材料を各種ランタノイド金属やイリジウムなどの化合物から選定することが提案されている。また、多くの場合、プラズマガスとして酸素やフッ素を主たる化学反応源とするガスが用いられることから、特許文献4及び特許文献5には、保護被膜としてイットリウムなどの希土類金属のオキシフッ化物が効果的であることが開示されている。
【0006】
一方、近年、先端技術分野に供される半導体は、増々高集積化し、チップに形成される回路の線幅は加速的に細くなっている。このため、エッチング工程におけるダストが許容される大きさも数十nmレベル以下となっており、更には、許容されるダストの個数も極力少なくすることを要求されている。これに対して、前述したような希土類金属のオキシフッ化物などを含むセラミックス被膜はプラズマ暴露によって一定程度消耗するため、これらの要求を十分に満たすものとはなっていない。更に、特許文献6、7には、チャンバー構成材の表面改質材として、フッ素を含むガスプラズマに晒されると室温域でガス化するフッ化物が生成し、このフッ化物を排気によりチャンバー外に排出し得るウェーハ材と同一のシリコン材料が提案されている。しかし、シリコン材料の消耗速度は早く、頻繁な再被覆作業が必要となるなど実用上の課題が多く残されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】日本特開平09-95764号公報
【文献】日本特表2011-528755号公報
【文献】日本特表2012-508467号公報
【文献】日本特表2012-508684号公報
【文献】日本特開2014-009361号公報
【文献】日本特開2007-250569号公報
【文献】日本特開2018-48378号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記した事情に鑑みて、上記した半導体製造工程のフッ素ガスなどのハロゲンガスを用いたプラズマエッチングを行うチャンバーを構成する機器材料がプラズマに晒された際に生じる物理スパッタやフッ化反応などに起因するダストの発生を効果的に抑制し得る材料として好適である新規な溶射被膜、かかる溶射被膜を得るための溶射材料、及びかかる溶射材料からの溶射被膜の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記目的を達成するために鋭意研究を進めたところ、これを解決し得る本発明に到達した。
すなわち、本発明者は、上記目的の溶射材料として、シリコン材料と同様に、室温域でフッ素ガスプラズマと反応しても、そのフッ化物がガス化し容易に排出される材料として、タングステンに注目した。タングステンは極めて密度の大きな金属であることから、物理スパッタによる消耗速度も低くなるものと考えた。しかし、C.Moreau et.al, “Thermal diffusivity of plasma-sprayed tungsten coating”, Surface and Coating technology, 61(1993), 67-71頁には、タングステン原料を用いて大気中で溶射を行うと、被膜には基板との界面に平行に開口したクラックが不可避的に多数生じ、溶射被膜の熱拡散率がバルク体に比べてはるかに小さくなることが明らかにされている。
【0010】
また、H.K.Kang, “Thermal properties of plasma-sprayed tungsten deposits”, J. of Nuclear Mate.. 335(2004), 1-4頁には、タングステンの融点が極めて高いことや耐酸化性の乏しさから、溶射時に酸化物が容易に形成されることがクラック発生の原因であることが明らかにされている。タングステンの酸化物の安定性は乏しく、比較的低温において昇華することやその脆弱さから、これを含む溶射被膜は機械的特性が低い極めて脆い被膜となるため、プラズマに暴露された際の表面温度変化などによって、薄層の剥離などが生じ易いと考えられる。
【0011】
本発明者は、溶射材料が、タングステンだけでなく、タングステンとともに、ボロン及びシリコンを含む場合には、得られる溶射被膜がフッ素や酸素を含むプラズマガスに暴露されても、残渣となる反応生成物が生じ難くなることを見出した。
すなわち、溶射材料に含まれるボロン及びシリコンはタングステンに比べて酸化しやすいが、タングステンの酸化物と異なり、溶融粒子内面への酸素の侵入を妨げる保護膜を形成することができる。特にボロンは酸化開始温度が低く、生成した酸化ホウ素は500℃以下で溶融してタングステンを主体とする粒子の酸化保護膜となる。具体的には、タングステンとともにボロン及びシリコンを含む材料を大気中で溶射すると、ボロンの酸化に引き続いてシリコンが酸化して酸化ケイ素が生成する。そして、酸化ケイ素は容易に酸化ホウ素と結びつき、ガラス状態を維持したまま融点を引き上げ、酸化保護膜が粒子の飛行中に飛散することを防止すると考えられる。
こうして作製された溶射被膜は、タングステンをマトリックス相として有し、さらにボロンとシリコンを含む酸化物が分散した組織となる。ボロンとシリコンを含む酸化物はタングステンへの濡れが良好な軟化点の低いガラス相を形成することから、凝固中にマトリックスにクラックを発生させることも殆どない。
【0012】
かくして、本発明は、下記の態様を有するものである。
(1)タングステンをマトリックス相として含有し、シリコン及びボロンを含む酸化物を分散相として含有することを特徴とする溶射被膜。
(2)前記分散相の体積比が、マトリックス相と分散相の合計量に対して2~6%である上記(1)に記載の溶射被膜。
(3)前記マトリックス相が、シリコン及び/又はボロンを含む上記(1)又は(2)に記載の溶射被膜。
(4)前記分散相が、タングステンを含む上記(1)~(3)のいずれか1項に記載の溶射被膜。
(5)厚みが50~1000μmである上記(1)~(4)のいずれか1項に記載の溶射被膜。
(6)上記(1)~(5)のいずれか1項に記載の溶射被膜を有するプラズマエッチング装置用部材。
(7)前記プラズマエッチング装置が、フッ素を含むガスプラズマによるドライエッチング装置である上記(6)に記載のプラズマエッチング装置用部材。
【0013】
(8)シリコンを1~7重量%、ボロンを0.5~3重量%、及び残部としてタングステン及び不可避不純物を含むことを特徴とする溶射用材料。
(9)シリコンを2~5重量%及びボロンを1.5~3重量%含む上記(8)に記載の溶射用材料。
(10)タングステン、シリコン及びボロンを、W5SixBy(但し、xは0.8~1.7であり、yは1.3~2.2である。)で表される、タングステン-シリコン-ホウ素の三元系化合物を主体として含有する上記(8)又は(9)に記載の溶射用材料。
(11)前記タングステン-シリコン-ホウ素の三元系化合物が、W5SiB2及び/又はW5Si1.5B1.5で表される化合物である上記(10)に記載の溶射用材料。
(12)上記(1)~(5)のいずれか1項に記載の溶射被膜を製造するための上記(8)~(11)のいずれか1項に記載の溶射用材料。
(13)上記(8)~(12)のいずれか1項に記載の溶射用材料を溶射して溶射被膜を製造する方法。
(14)前記溶射用材料を大気プラズマ溶射で溶射する上記(13)に記載の溶射被膜を製造する方法。
(15)上記(1)~(5)のいずれか1項に記載の溶射被膜を製造する上記(13)又は(14)に記載の溶射被膜を製造する方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、フッ素を含むガスプラズマによるドライエッチングに供されるチャンバーなどに形成するのに適した、プロセス中に生じる塵埃を抑制することのできる溶射被膜が提供される。また、本発明によれば、上記溶射被膜を特に大気プラズマ溶射により得るための溶射材料が提供される。
更に、本発明によれば、フッ素を含むガスプラズマによるドライエッチングに供されるチャンバーなどのプラズマエッチング装置用部材として好適な材料が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1a】実施例1の被膜の断面組織と成分分析を行った箇所(a,b,c,d)を示す。
【
図1b】比較例1の被膜の断面組織と成分分析を行った箇所(e,f,g,h)を示す。
【
図1c】比較例2の被膜の断面組織と成分分析を行った箇所(i,j,k,l)を示す。
【
図2】実施例1、比較例1、2の溶射被膜についてのスガ摩耗試験の結果を示す。
【
図3】実施例1、比較例1、2の溶射被膜のプラズマ暴露試験に供した平行平板型のドライエッチング装置の概略を示す。
【
図4】実施例1、比較例1、2の溶射被膜のプラズマ暴露試験の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(溶射被膜)
本発明の溶射被膜は、タングステンをマトリックス相(以下、単に、マトリックスともいう。)として含有し、シリコン及びボロンを含む酸化物を分散相として含有する。
本発明の溶射被膜の主たる構成相であるマトリックスを形成するタングステンは比重が大きく、また最も大きな原子結合エネルギーを有する金属として知られており、物理スパッタへの耐性は非常に高い。更に、タングステンとフッ素の化合物である六フッ化タングステンの沸点は17.5℃であり、半導体のドライエッチングが実施される温度ではガス化する。
【0017】
溶射被膜中のマトリックスであるタングステンにはシリコン及び/又はボロンを含むことができる。この場合、シリコン及び/又はボロンはタングステンに固溶してもよく、微細なタングステンケイ化物やタングステンほう化物として分散することもできる。シリコンはタングステンと同様にフッ素との反応生成物が室温以下で気化する成分であり、ボロンもガス化しやすい成分であることから、タングステンの耐プラズマ保護被膜材料としての特長を妨げることはない。
上記マトリックスが、シリコンを含む場合、シリコンの含有量は、マトリックスの総量に対して、0.2原子%以上が好ましく、一方、15原子%以下が好ましく、10原子%以下がより好ましい。
また、上記マトリックスが、ボロンを含む場合、ボロンの含有量は、マトリックスの総量に対して、0.5原子%以上が好ましく、一方、20原子%以下が好ましく、15原子%以下がより好ましい。タングステンにシリコン、及び/又はボロンを含むことによって被膜の硬さなどの機械的特性が向上するが、上記の範囲を超えるとプラズマに対する消耗速度が上昇する。
【0018】
タングステンのみからなる溶射原料から形成された溶射被膜では、通常、溶融した溶射原料飛沫が基材に積層するまでの間に、通常、その一部が酸化し、極めて不安定なタングステン酸化物が生成する。このタングステン酸化物は脆弱であるため、被膜内には冷却時に生じる熱応力などによって基板界面に平行な大規模クラックが生じる。クラックが生じると、溶射被膜に熱的、あるいは機械的な応力が生じ、被膜に内部クラックが進展したり、被膜の表面部位が欠け落ちたりする。
一方、タングステンとともにシリコン及びボロンを含有する溶射原料から形成された溶射被膜では、上記した脆弱である酸化タングステンは少量であり、粒子サイズも小さくなっている。この結果、得られた溶射被膜は熱的、機械的応力が生じても容易に大規模なクラックの進展や部分的な欠落が生じることがなくなる。
【0019】
本発明の溶射被膜における分散相として含まれるシリコン及びボロンを含む酸化物は、共晶化しやすく、溶射成膜時の大きな冷却速度においてガラス相を形成しており、そして、多くの場合、平均粒子径が100μm以下の不定形な粒子として存在している。マトリックスであるタングステンと、シリコン及びボロンを含む酸化物からなるガラス相の接合は良好であり、界面にクラックや気孔が生じることはない。また、シリコン及びボロンを含む酸化物からなるガラス相の軟化温度は比較的低く、溶射による成膜時やプラズマ暴露などによって被膜表面温度が上昇し熱応力が付加された場合には、軟化して応力を緩和することができる。
【0020】
本発明の溶射被膜における分散相の含有量は、マトリックス及び分散相の合計量に対して体積比で2%以上、8%以下であるのが好ましい。分散相の体積比が2%未満であると、残存するタングステン酸化物が増大するとともに、応力緩和相としての機能を発揮することが困難である。一方、分散相の体積比が8%を超えると、被膜全体の耐物理スパッタ性が大幅に低下する。なかでも、分散相の含有量は、体積比で、3%以上がより好ましく、6%以下がより好ましい。
【0021】
上記分散相はシリコン及びボロンの酸化物から成る二元系であることが好ましいが、タングステン及び/又は希土類元素の酸化物を含有していてもよい。ここにおける希土類元素としては、スカンジウム、イットリウム、ランタン、セリウム、ネオジウム、サマリウム、ガドリニウム、エルビウム、イッテルビウム、ルテチウムなどが挙げられる。
分散相にタングステンが含有される場合、タングステンの含有量は、分散相の総量に対して、3原子%以上が好ましく、一方、30原子%以下が好ましく、25原子%以下がより好ましい。また、希土類元素の含有量は、分散相の総量に対して、1~6原子%が好ましく、2~4原子%がより好ましい。分散相にタングステンや希土類元素を適量添加することによって、そのガラス温度や軟化温度を調整することができる。
【0022】
本発明の溶射被膜は、厚みが好ましくは50~1000μm、より好ましくは100~500μmである。本発明では、かかる範囲の厚みの溶射被膜を容易に得ることができるが、この厚みを有する溶射被膜は、半導体のフッ素を含むプラズマドライエッチングに供されるチャンバー用部材を覆う保護被膜として好適である。これは、プラズマによる暴露が避けられない保護被膜には物理スパッタと化学スパッタの双方に対する耐性が求められるためである。プラズマによる保護被膜の損傷は半導体製品の微小欠点の要因となるため、半導体集積度の上昇に伴って保護被膜に対する諸要求は格段に高度なものとなっている。この要求を満たす被膜の一つは物理スパッタに対する耐性が高く、たとえ物理スパッタによる消耗が生じても、その消耗物がハロゲン成分と反応して容易に排出されるガスとなる被膜である。本発明の溶射被膜は、上記要求を十分に満たすことができる。
【0023】
(溶射材料)
本発明の溶射被膜は、タングステン、シリコン及びボロンを含む溶射材料の溶射によって製造される。溶射材料は、粉末乃至粒子状であるのが好ましい。溶射材料は、単一化合物、複数の元素からなる化合物、又は金属粉末の何れも使用することができ、これらの複数の組み合わせを選択することもできる。
溶射被膜を成膜するための溶射材料としては、得られる溶射被膜における含有量となるように配合したタングステン、シリコン及びボロンの個々の粉末を混合したものを使用することができる。溶射材料は、混合粉末に限定されることはなく、シリコン源としては、二ケイ化シリコン、ボロン源としては、ほう化タングステンの二元系化合物粉末を使用することができる。更には、タングステン-シリコン-ボロンの三元系化合物粉を使用することもできる。また、これらの化合物同士、及び/又は単元素粉末の混合物を使用することもできる。
【0024】
本発明における溶射材料としては、タングステンを主体としてシリコン及びボロンを含有する。なかでも、得られる溶射被膜における、シリコンとボロンの酸化物を含むガラス相の体積比が、マトリックスとガラス相の合計に対して2~8%にするために、溶射材料中のシリコンの含有率は好ましくは1~7重量%、より好ましくは2~5重量%にし、また、ボロンの含有率は好ましくは0.5~3重量%に、より好ましくは1.5~3重量%にすることが好ましい。
【0025】
シリコンの含有率が1重量%以下であると、溶射成膜後の被膜中に分散するガラス相が少なくなり、その効果を発揮し難くなる。一方、シリコンの含有率が7重量%を超えると、溶射成膜後の被膜内に脆弱なタングステンケイ化物が多量に析出し、被膜の割れや箔剥離が生じやすくなる。一方、ボロンの含有率が3重量%を超えると、溶射成膜後の被膜内に脆弱なタングステンほう化物が多量に析出し、被膜の割れや箔剥離が生じやすくなる。また、ボロンの含有率が0.5重量%以下であると、溶射成膜後の被膜中に分散するガラス相が少なくなり、その効果を発揮できなくなる。
【0026】
本発明における溶射材料としては、溶射被膜のマクロ的な均一性を得るために、タングステン-シリコン-ボロンの三元系化合物の粉末が好ましい。なかでも、三元系化合物としては、W5SixByの組成を有するものが好ましい。但し、xは0.8~1.7が好ましく、0.9~1.6がより好ましく、yは、1.3~2.2が好ましく、1.4~2.1がより好ましい。特に、W5Si1.5B1.5、又はW5SiB2が好ましい。
【0027】
(溶射被膜の製造方法)
本発明の溶射被膜は、上記した溶射材料を使用し既知の溶射法により製造できるが、好ましくは、以下の手順により製造できる。
溶射被膜の上記した溶射材料である化合物粉末、及び/又は金属粉末などをそれぞれ秤量し、回転ボールミルや振動ボールミルなどを用いて、アルコール等の有機溶媒中で混合粉砕する。これらの原料粉末はできるかぎり純度が高く、微細である方が優れた特性の溶射被膜を得るために好ましい。特に、得られる溶射被膜の均質性を確保するために、化合物粉末の平均粒径(D50)が10μm以下であることが好ましく、5μm以下であることがより好ましく、なかでも、1~3μmが好ましい。
【0028】
回転ボールミルや振動ボールミル等で粉砕混合した原料粉末は、そのまま溶射材料としてもよいが、好ましくは有機バインダーを使用し、非酸化性雰囲気中でスプレードライヤー等を用いて造粒処理を行うことが好ましい。有機バインダーとしては、焼結時に除去され易いものを選ぶことが好ましく、アクリル樹脂、ポリエチレングリコール等を用いることができる。
【0029】
造粒処理を行った粉末は、一般に球形であり、流動性は良いが、加圧ガスなどによる搬送に耐える強度をもたせるために、この造粒粉を、アルゴンなどの非酸化性雰囲気中において好ましくは1000~1800℃、より好ましくは1200~1600℃でか焼するのが好ましい。これにより、有機バインダーが除去されるとともに、球形を保ったまま造粒粉内の一次粒子同士が焼結できる。次いで、これを解砕すると概ね球状となり、加圧ガスによる搬送を行っても容易に崩れなくなる。
【0030】
得られた焼結造粒粉は、所望の粒径になるように好ましくは分級した後、溶射原料として用いられる。溶射原料粉末の平均粒径(D50)は10~100μmが好ましく、15~75μmがより好ましい。プラズマの作動ガスとしては、アルゴン、窒素、ヘリウム、水素などが使用できる。なかでも、各々のガスの特性を生かしてアルゴン-水素、窒素-水素などの混合ガスを使用することが好ましい。作動電圧と作動電流の積で定義される溶射出力は20~100kW程度の範囲で、溶射材料や基材の材種や大きさに合わせて選定することができる。また、プラズマガンと溶射対象間の距離である溶射距離は、溶射材料や溶射条件などに合わせて、50mm程度から200mm程度の間で設定されるのが好ましい。
【0031】
本発明で使用する溶射法は、大気プラズマ溶射法、又は減圧プラズマ溶射法などのプラズマを用いた溶射法が好ましく、特に、大気プラズマ溶射法が好ましい。
【実施例】
【0032】
以下に本発明の実施例を挙げて、本発明について具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定して解釈されない。
なお、下記の実施例及び比較例において使用した大気プラズマ溶射装置及び溶射条件は以下のとおりである。
溶射装置:スルーザーメテコ社製、9MB
作動電圧:65V
作動電流:700A
一次ガス(Ar)流量:60NL/min
二次ガス(H2)流量:5NL/min
溶射距離:140mm
【0033】
(実施例1)
タングステン粉末(日本新金属社製、粒度:1.5~2.0μm)、ほう化タングステン粉末(日本新金属社製、粒度:3~6μm)及びケイ化タングステン粉末(日本新金属社製、粒度:2~5μm)を、それぞれ、下記する所定の含有量になるように秤量し、エタノールを溶媒として回転ボールミルを用いて混合・粉砕してスラリーを作製した。このスラリーを原料としてスプレードライヤーを用いて造粒処理し、アルゴンガス中で1600℃に加熱して、シリコンを3.5重量%、ボロンを2.2重量%及び不可避不純物を含有する多孔質球状粉末を作製した。この球状粉末の粒度は15~75μmであった。
【0034】
上記で調製した球状粉末を溶射材料として使用し、いずれも、アルミニウム合金(A5052)製の下記する2つの基板X、Yのサンドブラストにより粗面化した片側表面(表面粗さRa:2~5μm)上に、上記した大気プラズマ溶射装置により、上記溶射条件にて大気プラズマ溶射することにより、厚みが約0.2mmの溶射被膜を形成した。なお、上記X及びYの2つの基板は、それぞれ、[縦50mm、横50mm、厚み3mm]、及び[縦20mm、横20mm、厚み5mm]の正方形板であった。
【0035】
上記基板X(溶射試料)に製膜した溶射被膜の断面観察と成分分析を行った。クロスセッションポリッシャ(日本電子社製SM-09010)を用いて断面を露出させ、電界放出型走査電子顕微鏡(日本電子社製JSM-7200F)を用いて断面の観察を行うとともに、エネルギー分散型X線分析法(EDX)により成分の分析を行った。
図1a中に溶射被膜の断面組織と成分分析を行った箇所(a、b、c、d)を示した。断面はマトリックス組織に分散粒子を配した組織となっており、表1に示すように、マトリックス(分析箇所a、b)の組成(単位:原子%、以下でも同じ。)はタングステンが87~89%、ボロンが3~8%及び酸素が5~8%であり、分散相(分析箇所c、d)はタングステンが4~20%、シリコンが12~21%、ボロンが15~16%及び酸素が53~59%であった。
【0036】
【0037】
一方、上記基板Y(溶射試料)については、純水中で超音波洗浄を行い、85℃に保持した恒温槽内で乾燥した後、スガ摩耗試験法により、次のようにして機械的応力による被膜からの粒子の脱落し易さを評価した。なお、本試験に供した溶射試料の表面は研磨などを行わない溶射したままの状態とした。
スガ摩耗試験では研磨紙を張り付けた円板の外周面に、平板試料の溶射面が一定荷重で押し付けられながら往復摺動する。研磨紙の砥粒が溶射面を引っ掻くため、開口したクラックなどが存在すると、溶射被膜の減耗が顕著となる。試験は#180のSiC砥粒からなる研磨紙を用い、押し付け力は15Nとして行った。
図2に試験結果を示しており、実施例1の被膜の摺動回数に対する損耗量の増加は非常に緩やかであり、後記する比較例1及び2の試料に比べて摩耗量は格段に少ないことがわかる。
【0038】
また、上記基板Y(溶射試料)の溶射面を#800の湿式エメリー紙で研磨し、純水中で超音波洗浄し、次いで、恒温槽での85℃乾燥を行った後、プラズマ暴露試験に供した。試験には
図3に概略を示した平行平板型のドライエッチング装置を用い、カソード側に配したシリコンウエハの上に、溶射面をアノードに対向するように溶射試料を静置し、プラズマに暴露した。プラズマ生成の条件は、化学スパッタに対する耐性が評価できるAと、物理スパッタに対する耐性が評価できるBの2条件とし、各々の条件は以下の通りである。
【0039】
条件A:
プラズマガス種と流量:
CF4・・50sccm、 O2・・・10sccm、
Ar・・・50sccm
RF出力・・800W、 バイアス・・600W
条件B:
プラズマガス種と流量:
O2・・・10sccm、 Ar・・・100sccm
RF出力・・1000W、 バイアス・・1000W
【0040】
プラズマ暴露試験の結果は
図4において、後記する比較例1の損耗速度を100として示す。条件A、Bの何れのプラズマ条件に対しても実施例1の消耗速度は小さく、特に、物理スパッタによる消耗が主となる条件においてその優位性は顕著である。
【0041】
(比較例1、2)
比較例1では、溶射材料として、粉末(タングステン:99.8質量%及び不可避不純物、粒度:10~40μm、日本新金属社製、W-L)を用いた。比較例2では、粉末(タングステン:91.6質量%及びシリコン:8.4質量%,W
5Si
3化合物(平均粒径(D50):12.5μm、日本新金属社製)を用いた。そして、実施例1と同一条件の大気プラズマ溶射法により、それぞれ、実施例1と同じ形状を有する2つの基板X、Yのサンドブラストにより粗面化した表面上に溶射被膜を形成した。
上記基板X(溶射試料)に製膜した、比較例1、2の溶射被膜の断面観察と成分分析を実施例1と同様に行った。
図1bは比較例1の溶射被膜の断面組織と成分分析を行った箇所(e、f、g、h)を示し、
図1cは比較例2の溶射被膜の断面組織と成分分析を行った箇所(i、j、k、l)を示す。
【0042】
比較例1の溶射断面は、
図1bに見られるように、ほぼ均一な組織に多くの粗大なクラックが存在する組織となっていた。また、表2に示すように、マトリックス(分析箇所e、f)の組成はタングステンが92~95%及び酸素が5~8%であり、クラック内面の薄層部(分析箇所g、h)はタングステンが17~22%及び酸素が78~83%であった。
比較例2の溶射断面も、
図1cに見られるように、ほぼ均一な組織に多くの粗大なクラックが存在する組織となっていた。また、表2に示すようにマトリックス(分析箇所i、j)の組成はタングステンが93~96%及び酸素が4~7%であり、クラック内面の薄層部(分析箇所k、l)はタングステンが12~20%、酸素が65~73%、及びシリコンが7~23%であった。
表2の結果は、比較例1、2の溶射被膜がタングステンとタングステン酸化物から構成され、タングステン酸化物を起点にして粗大クラックが生じていることを示している。
【0043】
【0044】
比較例1、2の溶射被膜を有する基板Y(溶射試料)についても、実施例1の溶射被膜と同一条件のスガ摩耗試験法により、機械的応力による被膜からの粒子の脱落し易さを評価した。
図2に試験結果を示しており、比較例被膜の摩耗量は実施例と比べて5~6倍となっていることがわかった。
【0045】
また、比較例1、2の溶射被膜を有する基板X(溶射試料)を実施例1と同様のプラズマ暴露試験に供した。プラズマ暴露試験の結果は、
図4に、比較例1の損耗速度を100として示した。上記A、Bの何れのプラズマ条件においても、基板Xの消耗速度は実施例1に比べて大きくなり、特に物理スパッタによる消耗が主となる条件Bにおいてその差異は顕著である。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明の溶射被膜は、半導体製造工程におけるフッ素ガスなどのハロゲンガスを使用するプラズマドライエッチングチャンバー用部材などを始めとする広い範囲において有効である。
【0047】
なお、2020年3月6日に出願された日本特許出願2020-38841号の明細書、特許請求の範囲、図面、及び要約書の全内容をここに引用し、本発明の明細書の開示として、取り入れるものである。
【符号の説明】
【0048】
1:アノード 2:カソード 3:電源 4:ウエハ
5:溶射試料 6:プラズマガス 7:プラズマ 8:排気
a、b、c、d:実施例1の溶射被膜(
図1a)の断面組織と成分分析を行った箇所
e、f、g、h:比較例1の溶射被膜(
図1b)の断面組織と成分分析を行った箇所
i、j、k、l:比較例2の溶射被膜(
図1c)の断面組織と成分分析を行った箇所