(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-27
(45)【発行日】2025-04-04
(54)【発明の名称】転がり軸受用保持器および転がり軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/41 20060101AFI20250328BHJP
F16C 19/16 20060101ALI20250328BHJP
【FI】
F16C33/41
F16C19/16
(21)【出願番号】P 2023223559
(22)【出願日】2023-12-28
【審査請求日】2024-12-23
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】大矢 智久
(72)【発明者】
【氏名】林 工
【審査官】松江川 宗
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-102514(JP,A)
【文献】特開2021-032355(JP,A)
【文献】特許第7120447(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00-19/56,33/30-33/66
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂製の転がり軸受用保持器であって、
前記保持器に転動体を保持する複数のポケットが形成されており、前記ポケットの面において算術平均高さSaと、表面性状のアスペクト比Strと、突出山部高さSpkと、から求められるA=(Sa/10)+Str+(Spk/10)の値が1.20以上であることを特徴とする転がり軸受用保持器。
【請求項2】
前記アスペクト比Strが0.80以上であることを特徴とする請求項1記載の転がり軸受用保持器。
【請求項3】
前記算術平均高さSaが2.00μm以上10.00μm以下であり、前記突出山部高さSpkが5.0μm以上であることを特徴とする請求項2記載の転がり軸受用保持器。
【請求項4】
前記保持器が樹脂組成物の射出成形体であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の転がり軸受用保持器。
【請求項5】
内輪および外輪と、この内・外輪間に介在する複数の転動体と、この転動体を保持する保持器と、軸受内空間に封入されるグリースとを有する転がり軸受であって、
前記保持器が請求項1または請求項2記載の転がり軸受用保持器であることを特徴とする転がり軸受。
【請求項6】
前記グリースは基油とウレア系増ちょう剤を含み、前記基油の40℃における動粘度が10mm
2/s以上30mm
2/s未満であることを特徴とする請求項5記載の転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受用保持器、および該保持器を用いた転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受において、転動体を転動自在に保持する保持器として樹脂製保持器が広く用いられている。樹脂製保持器は、自己潤滑性、低摩擦特性、軽量などの点で鉄製保持器よりも優れている。樹脂製保持器の合成樹脂としては、ポリアミド66(PA66)樹脂、ポリアミド46(PA46)樹脂などのポリアミド樹脂が一般に用いられており、必要に応じてこれらにガラス繊維などの繊維状補強材を含有させ強化したものが用いられている。
【0003】
近年、電気自動車や工作機など高速環境下で使用される転がり軸受の需要が高まっている。また従来、高速回転下ではエアオイル潤滑が用いられることが多いが、供給設備のメンテナンスコストがかかるため、グリース潤滑の需要が高まっている。しかし、グリース潤滑の場合、高速回転時にグリースが接触面から跳ね除けられやすく、転動体と保持器との間で潤滑不足が生じやすい。そして、潤滑不足が生じると、接触面での過度な昇温や摩耗によって軸受の寿命低下に繋がる。
【0004】
このような過酷な潤滑条件下での対策として、例えば、特許文献1のように、保持器に形成されたポケットの内周面に溝または孔を形成したものや、特許文献2および3のように、保持器において転動体が当接するポケットの内面を粗面化したものが知られている。これらは、保持器の形状によって潤滑剤を保持することを目的としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第7088286号
【文献】特開2014-095469号公報
【文献】特開2007-198469号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載される溝または孔のような凹部を有するプラトー構造表面(凸部が無く平滑面と凹部で形成される表面)は、凹部で潤滑剤を保持でき、摺動特性を向上させる方法として知られている。しかし、境界潤滑など2面が接触するような、より過酷な接触条件になった場合、プラトー構造表面では平滑面で相手面と接触することになり、凹部に潤滑剤が存在していても平滑面からは除かれるため、摩擦係数の上昇や発熱が生じやすくなる。そのため、転動体と接触する面積は、なるべく小さいことが望ましい。
【0007】
また、特許文献2および3では、転動体が当接するポケットの内面の表面粗さ(算術表面粗さRaや最大高さRtなど)を規定して、凹部に潤滑剤を保持させて十分な油膜が形成されるようにしている。しかしながら、これら特許文献で用いられるパラメータは二次元の輪郭曲線から定められるパラメータであり、相手面と接触する面積を小さく制限するには不十分である。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、保持器の表面粗さを複数の三次元表面粗さパラメータで規定することで、少量の潤滑剤でも接触面に油膜を維持できるようにし、過酷な潤滑条件下でも安定して低摩擦状態を維持可能な転がり軸受用保持器、および該保持器を用いた転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、転がり軸受用保持器のポケットの面における三次元表面粗さパラメータに着目して鋭意検討を行ったところ、当該面の算術平均高さSaと、表面性状のアスペクト比Strと、突出山部高さSpkと、から求められる「(Sa/10)+Str+(Spk/10)」が、摩擦係数と高い相関性を示すこと、更には、その値Aを規定することで、低摩擦状態を管理できることを見出した。本発明はこのような知見に基づくものである。
【0010】
本発明の転がり軸受用保持器は、樹脂製の転がり軸受用保持器であって、上記保持器に転動体を保持する複数のポケットが形成されており、上記ポケットの面において算術平均高さSaと、表面性状のアスペクト比Strと、突出山部高さSpkと、から求められるA=(Sa/10)+Str+(Spk/10)の値が1.20以上であることを特徴とする。
【0011】
上記保持器は一形態として、転動体とすべり接触する当接面において、粗さ曲線の測定方向が転動体回転方向に対し垂直になるように任意の1つまたは複数の(例えば全ての)ポケットの当接面を測定した際、ISO25178から求められる面粗さパラメータについて、測定した全ての当接面の値またはその平均値において、算術平均高さSaと、表面性状のアスペクト比Strと、突出山部高さSpkと、から求められるA=(Sa/10)+Str+(Spk/10)の値が1.20以上であることを特徴とする。
【0012】
具体的には、任意の1つまたは複数の(例えば全ての)ポケットの当接面において、軸受回転時に転動体と保持器が接触しうる1点と、その1点を起点として180°離れた点をそれぞれ測定範囲の中心点(0°)とし、±30°の範囲(測定対象領域)における任意の箇所を測定した際、測定した全ての当接面の値またはその平均値において、ISO25178から求められる算術平均高さSaと、表面性状のアスペクト比Strと、突出山部高さSpkと、から求められるA=(Sa/10)+Str+(Spk/10)の値が1.20以上であることを特徴とする。
【0013】
上記アスペクト比Strが0.80以上であることを特徴とする。さらに、上記算術平均高さSaが2.00μm以上10.00μm以下であり、上記突出山部高さSpkが5.0μm以上であることを特徴とする
【0014】
上記保持器が樹脂組成物の射出成形体であることを特徴とする。
【0015】
本発明の転がり軸受は、内輪および外輪と、この内・外輪間に介在する複数の転動体と、この転動体を保持する保持器と、軸受内空間に封入されるグリースとを有する転がり軸受であって、上記保持器が本発明の転がり軸受用保持器であることを特徴とする。
【0016】
上記グリースは基油とウレア系増ちょう剤を含み、上記基油の40℃における動粘度が10mm2/s以上30mm2/s未満であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明の転がり軸受用保持器は、ポケットの面において粗面を有し、該粗面は粗さ曲線から求められる複数の三次元表面粗さパラメータから求められる値Aで定義される。具体的には、算術平均高さSaと、表面性状のアスペクト比Strと、突出山部高さSpkと、から求められるA=(Sa/10)+Str+(Spk/10)を1.20以上とすることで、潤滑剤を保持しやすくなり、潤滑剤の供給量が少ない場合でも接触面に油膜を維持でき、相手面との接触面積が小さくなり、摩擦係数および温度上昇が抑制されることで、より過酷な潤滑条件下でも安定して低摩擦状態を維持可能な保持器となる。
【0018】
本発明の転がり軸受は、本発明の保持器を備えるので、より過酷な潤滑条件下でも軸受の長寿命化を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の転がり軸受の一例を示す軸方向断面図である。
【
図2】本発明の転がり軸受用保持器の一例を示す斜視図である。
【
図3】本発明の転がり軸受用保持器の三次元表面粗さパラメータの測定箇所の一例を説明する図である。
【
図4】本発明の転がり軸受用保持器の他の例を示す部分拡大斜視図である。
【
図5】サバン式摩擦摩耗試験機の概略を示す図である。
【
図6】実施例および比較例の摩擦係数を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の転がり軸受用保持器および転がり軸受を
図1および
図2に基づいて説明する。
図1は、本発明の転がり軸受の一例であるアンギュラ玉軸受の概略を示す軸方向断面図であり、
図2は
図1の転がり軸受における保持器(もみ抜き型)の斜視図である。
【0021】
図1に示すように、アンギュラ玉軸受1は、内輪2、外輪3と、内輪2と外輪3との間に介在する複数の玉(転動体)4と、この玉4を周方向に一定間隔で保持する保持器5とを備えている。内輪2および外輪3と、玉4とは径方向中心線に対して所定の角度θ(接触角)を有して接触しており、ラジアル荷重と一方向のアキシアル荷重を負荷できる。また、内・外輪の軸方向両端開口部はシール部材(図示省略)によってシールされ、少なくとも玉4の周囲にグリースGが封入される。内輪2、外輪3および玉4は鉄系金属材料からなり、グリースGが玉4との軌道面に介在して潤滑される。
【0022】
図1において、保持器5は、外輪案内方式であり、該保持器の外周面の一部に外輪3に案内される外輪案内部を有している。なお、保持器の案内方式は、外輪案内方式に限らず、内輪案内方式でも、転動体案内方式でもよい。
【0023】
図2に示すように、保持器5は、もみ抜き型の樹脂製の保持器であり、円環状の保持器本体に玉を保持するポケット6が周方向に一定間隔で複数設けられている。周方向に隣接するポケット6の間には柱部7が形成される。
【0024】
例えば、保持器5は、樹脂組成物を用いて射出成形によって得られる。ポケット6は、例えばスライドコアを有する金型によって射出成形段階で形成されてもよく、また、素形材を成形した後、切削加工にて形成してもよい。本発明において、保持器5は、ポケット6の面(具体的には玉と接触する当接面)6aが、複数の三次元表面粗さパラメータで規定された粗面となっている。
【0025】
上記粗面は、例えば、金型から転写して形成してもよく、成形後にショットブラスト加工、やすり加工などの機械加工によって形成してもよい。例えば、等方性を示す加工面としやすいことからショットブラスト加工が好ましい。
【0026】
本発明において、面6aの算術平均高さSaと、表面性状のアスペクト比Strと、突出山部高さSpkと、から求められる値A=(Sa/10)+Str+(Spk/10)は1.20以上となっている。
【0027】
上記値Aが規定される面6aについて具体的に
図3を用いて説明する。面6aは玉4と接触する部分であり、例えば玉4とすべり接触する部分である。この場合、例えば、面6aの玉4とすべり接触する部分において、粗さ曲線の測定方向が転動体回転方向に対し垂直になるように面6aを測定した際、ISO25178から求められる面粗さパラメータを用いて求められる値Aが上記範囲を満たす。より具体的には、面6aにおいて、軸受回転時(
図3では玉4の公転方向(X方向))に玉4と面6aが接触しうる1点と、その1点を起点として180°離れた点をそれぞれ測定範囲の中心点(0°)とし、±30°の範囲(
図3では領域R)における任意の箇所を、粗さ曲線の測定方向が転動体回転方向に対し垂直になるように測定した際、ISO25178から求められる面粗さパラメータを用いて求められる値Aが、上記範囲を満たすことが好ましい。例えば、全ての面6aの値またはその平均値を用いて求められる値Aが、上記範囲を満たすことが好ましい。
【0028】
なお、
図3では、1つのポケットの面6aについて説明したが、保持器において少なくとも1つのポケットの面6aから求められる値Aが上記範囲を満たしていればよく、例えば、少なくとも4つのポケット(保持器周方向において、0度、90度、180度、270度の位置に位置するポケット)の面から求められる値Aが上記範囲を満たしていてもよく、保持器の全てのポケットの面から求められる値Aが上記範囲を満たしていてもよい。
【0029】
以下、値Aに関する各粗さパラメータについて説明する。
【0030】
[算術平均高さSa]
算術平均高さSaは、算術平均粗さRaを三次元に拡張したパラメータであり、平均面からの高低差の平均値である。平均値であるため、表面の局所的なキズや付着したごみなどの影響を受けにくいため、表面粗さの指標として一般的に用いられており、面を評価するためRaに比べ測定位置によるばらつきが小さく表面の評価に好ましい。
【0031】
表面の算術平均高さSaが小さい場合(例えばSa1.00μm以下)に比べて、表面の算術平均高さSaを大きくする(例えばSa2.00μm以上)ことで、凹部に潤滑剤が保持され、十分な油膜が形成されやすくなる。算術平均高さSaは、2.00μm以上10.00μm以下が好ましく、より好ましくは4.00μm以上である。一方、算術平均高さSaが大きくなると、例えば高速回転時において回転精度に影響を及ぼす可能性があることから、Saは8.00μm以下が好ましく、6.00μm未満であってもよい。
【0032】
[表面性状のアスペクト比Str]
表面性状のアスペクト比Strは、表面の自己相関が最も早く特定の値へ減衰する方向の距離と、最も遅く減衰する方向の距離の比であり、表面性状の等方性、異方性を表したパラメータである。表面性状のアスペクト比Strは0~1の範囲で値をとり、Str>0.5で強い等方性表面を示し、Str<0.3で強い異方性表面を示す。表面性状のアスペクト比Strが0.5以上の等方性表面であれば、接触面の潤滑剤が特定の方向に偏ることなく濡れ広がりやすくなるため、接触面の広い範囲に潤滑剤を供給しやすくなる。
【0033】
表面性状のアスペクト比Strは0.50以上が好ましく、より好ましくは0.80以上である。
【0034】
[突出山部高さSpk]
突出山部高さSpkは表面の負荷曲線から求められ、コア部より高い部分である突出山部の平均高さである。より具体的には、測定する表面について、ある高さcにおける負荷面積(高さがc以上の領域の面積)の割合を負荷面積率Smr(c)とし、その負荷面積率が、0%から100%となる高さを表した曲線(負荷曲線)をグラフ化して、負荷曲線に沿って負荷面積率の差が40%となる2点を結んで引いた割線を、割線の端が負荷面積率0%の地点から移動させていき、割線の傾斜が最も緩くなる位置を負荷曲線の中央部分とし、この中央部分に対して、縦軸方向の偏差の二乗和が最小になる直線を等価直線と規定し、等価直線の負荷面積率0%から100%の高さの範囲に含まれない領域を取り除いた表面のことをコア部とし、このコア部から上に突出した部分を突出山部と規定し、その平均高さを求める。突出山部高さSpkが小さいと初期の段階で突出山部が摩耗し、接触面が平坦化することで接触面積が大きくなり、接触面には潤滑剤が流入しにくくなる。
【0035】
突出山部高さSpkは、例えば2.00μm以上であり、4.00μm以上が好ましく、5.00μm以上であってもよい。このような範囲に設定することにより、接触面積を小さくし、潤滑剤が流入しやすい表面となる。また、突出山部高さSpkは、例えば15.00μm以下であり、10.00μm以下であってもよい。
【0036】
一般に、表面性状は単一の粗さパラメータを用いて評価されることが多い。しかし、複数のパラメータを用いて評価することが好ましく、本発明では、特に上述した粗さパラメータを数式として組み合わせることで少量の潤滑剤しか存在しない過酷な潤滑条件下でも低摩擦状態を維持可能な表面を評価できる。具体的には算術平均高さSaと、表面性状のアスペクト比Strと、突出山部高さSpkと、から求められる値A=(Sa/10)+Str+(Spk/10)が1.20以上であることにより、少量の潤滑剤しか存在しない過酷な潤滑条件下でも低摩擦な表面となる。
【0037】
値A=(Sa/10)+Str+(Spk/10)は、1.30以上が好ましく、1.50以上がより好ましく、1.70以上であってもよい。一方、上記値Aが大きくなり過ぎると表面が粗くなる傾向があり、回転精度などに影響を及ぼす可能性があることから、値Aは例えば3.0以下であり、2.5以下であってもよい。
【0038】
上述した各種粗さパラメータ(Sa、Str、Spk)は、ISO25178に準拠して算出される数値であり、例えば非接触式表面粗さ測定機(例えばレーザー顕微鏡)により測定されるデータから算出される。
【0039】
以上のように、本発明の保持器では、ポケットの面の粗さについて算術平均高さSa、等方性や異方性を示すStr、および、接触する突出山部の形状に関わるパラメータSpkを数式として組み合わせて規定することで、後述の実施例で示すように、過酷な潤滑条件下であっても、低摩擦状態を維持することができる。
【0040】
なお、ポケットの面において、転動体が接触する当接面(例えば
図3参照)が上述した粗さを有していてもよく、全面が上述した粗さを有していてもよい。また、ポケットの面に加えて、軌道輪と接触する案内面が上述した粗さを有していてもよい。
【0041】
本発明において、保持器の材質は樹脂製であればよく、樹脂材としては、射出成形が可能であり、保持器材料として十分な耐熱性や機械的強度を有するものが好ましい。例えば、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂、ポリフェニレンサルフィド(PPS)樹脂、熱可塑性ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、PA66、PA46樹脂、PA6T樹脂、PA9T樹脂などのPA樹脂を樹脂母材とし、炭素繊維、ガラス繊維などの強化繊維と、他の添加剤を配合した樹脂組成物を使用できる。
【0042】
図1に戻り、アンギュラ玉軸受1において、内輪2および外輪3はいずれも鋼材からなっている。上記鋼材には、軸受材料として一般的に用いられる任意の材料を用いることができる。例えば、高炭素クロム軸受鋼(SUJ1、SUJ2、SUJ3、SUJ4、SUJ5など;JIS G 4805)、浸炭鋼(SCr420、SCM420など;JIS G 4053)、ステンレス鋼(SUS440Cなど;JIS G 4303)、冷間圧延鋼などを用いることができる。また、玉4には、上記の鋼材やセラミックス材料を用いることができる。玉4の表面粗さは、例えば、Raが0.1μm以下である。
【0043】
本発明の転がり軸受は、グリースで潤滑される。グリースは軸受内空間に封入され、軌道面や玉と保持器の接触面などに介在して潤滑がなされる。グリースを構成する基油としては、鉱油や合成油など、通常、転がり軸受に用いられるものであれば特に制限なく用いることができる。また、グリースを構成する増ちょう剤としても、金属石けんやウレア化合物など、通常、転がり軸受に用いられるものであれば特に制限なく用いることができる。
【0044】
グリースとして、好ましくは基油とウレア系増ちょう剤を含むグリースである。この場合、基油はエーテル油やエステル油などの合成油が好ましい。基油の40℃における動粘度は特に限定されないが、比較的低粘度の基油の方が、保持器の粗さの関係から好ましく、例えば10mm2/s以上50mm2/s未満であり、10mm2/s以上30mm2/s未満が好ましい。
【0045】
図1では、本発明の転がり軸受としてアンギュラ玉軸受を例に説明したが、本発明を適用できる軸受形式はこれに限定されず、他の玉軸受、円すいころ軸受、円筒ころ軸受、自動調心ころ軸受、針状ころ軸受などにも適用できる。
【0046】
本発明の転がり軸受用保持器の他の例として、冠型保持器を
図4に基づいて説明する。
図4は、冠型保持器の部分拡大斜視図である。
図4に示すように、保持器8は、環状の保持器本体の上面に周方向に一定ピッチをおいて対向一対の保持爪9を形成し、その対向する各保持爪9を相互に接近する方向にわん曲させるとともに、その保持爪9間に転動体としての玉を保持するポケット10を形成したものである。また、隣接するポケット10における相互に隣接する保持爪9の背面相互間に、保持爪9の立ち上がり基準面となる平坦部11が形成される。冠型の保持器8においても、ポケット10の面10aの各三次元表面粗さパラメータから求められる値A=(Sa/10)+Str+(Spk/10)が1.20以上となっている。
【0047】
本発明の転がり軸受用保持器は、少量の潤滑剤でも安定して低摩擦状態を維持できるので、特に、高速回転する転がり軸受に用いることができる。具体的には、工作機械主軸用スピンドル装置に使用される軸受や、モータに使用される転がり軸受に用いることができる。高速回転用の軸受として、例えばdm・n値が80×104~300×104の回転域で使用される。
【0048】
本発明は、転がり軸受用保持器のポケットにおける面の算術平均高さSaと、表面性状のアスペクト比Strと、突出山部高さSpkと、から求められる「(Sa/10)+Str+(Spk/10)」が、摩擦係数と高い相関性を示すことに基づくものである。そのため、これを指標に用いることで、転がり軸受用保持器のポケットの面における摩擦特性を評価することができる。ここで、「摩擦特性を評価する」とは、転動体と摺動する際の摩擦の程度の優劣(例えば摩擦係数)を判断することである。
【0049】
具体的には、上記評価方法は、転動体を保持する複数のポケットが形成された樹脂製の転がり軸受用保持器において、上記転動体との摩擦特性を評価する方法であって、上記ポケットの面において算術平均高さSaと、表面性状のアスペクト比Strと、突出山部高さSpkと、から求められるA=(Sa/10)+Str+(Spk/10)の値に基づいて、上記ポケットの面における摩擦特性を評価することを特徴とする。
【0050】
上記値Aは、後述の実施例(
図6参照)で示すように摩擦係数と高い相関を示す。具体的には、値Aが大きくなるほど、摩擦係数は小さくなる傾向がある。そのため、上記評価方法では、算出された値Aの大小によって摩擦特性を評価することができる。例えば、値Aを所定の閾値と比較して、値Aが所定の閾値以上の場合に、その保持器は低摩擦性であると判断し、値Aが所定の閾値未満の場合に、その保持器は低摩擦性でないと判断することができる。所定の閾値は、特に限定されないが、例えば1.20に設定できる。
【0051】
また、複数の保持器間において、それぞれから求められる値Aの大小を比較することで、最も低摩擦性の保持器を選定することもできる。
【実施例】
【0052】
以下、本発明の実施例について説明する。
図5に示すサバン式摩耗試験機を用いて、表面粗さの異なる試験片の摩擦係数をそれぞれ評価した。
【0053】
(1)試験片の作製
射出成形された成形体(組成:ガラス繊維強化ポリアミド66)を10mm×15mm、厚さ4mmに切り出し、試験片を作製した。試験片の摺動面をショットブラスト加工およびやすり加工によって粗面化して、実施例1~6の試験片をそれぞれ得た。なお、比較例1~2の試験片は粗面化せず、摺動面は射出成形面のままとした。
【0054】
(2)粗さパラメータの測定
上記で得た各試験片の摺動面の複数の粗さパラメータ(Sa、Str、Spk)をレーザーテック社製のレーザー顕微鏡OPTELICS HYBRIDにより下記に示す測定条件でそれぞれ測定した。
・測定範囲 :870μm×870μm
・レンズ倍率:50倍
【0055】
測定結果を下記の表1に示す。なお、比較例1および2の表面粗さは、一般的な射出成形で得られる保持器の粗さと同等である。
【0056】
保持器の粗さを測定する場合、全てのポケットにおける少なくとも4つのポケット(例:保持器周方向において0度、90度、180度、270度の位置に位置するポケット)を対象とし、1つのポケットにおいて、軸受回転時に転動体と保持器のポケットの当接面が接触しうる1点と、その1点を起点として180°離れた点をそれぞれ測定範囲の中心点(0°)とし、±30°の範囲における任意の箇所を測定する。
【0057】
【0058】
(3)サバン式摩耗試験
図5に示すサバン式摩耗試験機21を用いた。回転軸に円筒状相手材25を取り付け、試験片24を固定した。試験片24と円筒状相手材25の接触部に、グリースを少量(0.02g)付着させ、以後無供給とすることで軸受における高速回転時の潤滑剤の供給不足状態を模擬した。円筒状相手材25は、おもり23によって図面上方から荷重が印加されながら試験片24に回転接触させる。円筒状相手材25を回転させたときに発生する摩擦力をロードセル22によって検出した。摩擦係数は、試験開始後60分経過後の値を測定した。
<試験条件>
相手材 :SUJ2製円筒 Φ40mm×10mm、算術平均粗さRa0.01μm
グリース:基油(エステル油;40℃における動粘度22mm
2/s、増ちょう剤(ウレア系)
相対速度:4.2m/s
荷重 :15N(面圧60MPa)
【0059】
各試験例について、サバン式摩耗試験による摩擦係数を
図6に示す。
図6は、各試験例について、値Aおよび摩擦係数の関係をプロットしたグラフである。
図6に示すように、値Aと摩擦係数との間には高い相関がみられ(相関係数-0.91)、値A=(Sa/10)+Str+(Spk/10)が大きいほど、より摩擦係数が低い結果となった。一方で、各三次元表面粗さパラメータ(Sa、Str、Spk)と摩擦係数との間には値Aほど強い相関は見られなかった。
【0060】
図6に示すように、射出成形面である比較例1および2と比較して、実施例1~6は摩擦係数が低い結果になった。具体的には、実施例1~6の摩擦係数は0.20未満であるのに対して、比較例1~2の摩擦係数は0.20以上であった。さらに、実施例5~6(やすり加工)に比べて、実施例1~4(ショットブラスト加工)の摩擦係数は0.15未満であり、より低摩擦性を示した。実施例5~6は、アスペクト比Strが0.3未満であるのに対して、実施例1~4は、アスペクト比Strが0.80以上と高い等方性を示しており、この違いが低摩擦性に影響したものと考えられる。
【0061】
このように、他部材と摺動する面を本発明で定めた表面粗さから規定される値Aが大きい場合、摺動時の摩擦係数を低くすることが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の転がり軸受用保持器は、ポケットの面の表面を複数の三次元表面粗さパラメータから定められる値Aで規定することで、少量の潤滑剤でも接触面に油膜を維持できるようにし、過酷な潤滑条件下でも安定して低摩擦状態を維持可能であるので、特に高速回転する転がり軸受の分野で使用できる。
【符号の説明】
【0063】
1 アンギュラ玉軸受(転がり軸受)
2 内輪
3 外輪
4 玉(転動体)
5 保持器
6 ポケット
6a 面
7 柱部
8 保持器
9 保持爪
10 ポケット
10a 面
11 平坦部
21 サバン式摩耗試験機
22 ロードセル
23 おもり
24 試験片
25 円筒状相手材
【要約】
【課題】保持器の表面粗さを複数の三次元表面粗さパラメータで規定することで、少量の潤滑剤でも接触面に油膜を維持できるようにし、過酷な潤滑条件下でも安定して低摩擦状態を維持可能な転がり軸受用保持器、および該保持器を用いた転がり軸受を提供する。
【解決手段】保持器5は、樹脂製の転がり軸受用保持器であって、転動体を保持する複数のポケット6が形成されており、ポケット6の面6aにおいて算術平均高さSaと、表面性状のアスペクト比Strと、突出山部高さSpkと、から求められるA=(Sa/10)+Str+(Spk/10)の値が1.20以上である。
【選択図】
図2