(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-28
(45)【発行日】2025-04-07
(54)【発明の名称】乳がん細胞の増殖抑制剤及び乳がん治療剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/7088 20060101AFI20250331BHJP
A61K 31/7115 20060101ALI20250331BHJP
A61K 31/712 20060101ALI20250331BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20250331BHJP
【FI】
A61K31/7088
A61K31/7115 ZNA
A61K31/712
A61P35/00
(21)【出願番号】P 2025009547
(22)【出願日】2025-01-23
【審査請求日】2025-01-23
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】520229541
【氏名又は名称】医療法人すぎやま内科
(73)【特許権者】
【識別番号】520229552
【氏名又は名称】エリジオンサイエンス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118706
【氏名又は名称】青山 陽
(72)【発明者】
【氏名】杉山 理
(72)【発明者】
【氏名】河原 清章
【審査官】春日 淳一
(56)【参考文献】
【文献】特表2023-538591(JP,A)
【文献】特表2024-511837(JP,A)
【文献】特表2024-510610(JP,A)
【文献】特表2024-529975(JP,A)
【文献】特表2023-517644(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K,A61P
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に記載のヌクレオチド配列のRNA分子を含み、
前記RNA分子が5´キャップを含む、乳がん細胞増殖抑制剤。
【請求項2】
前記5´キャップが下記化学構造である請求項1の乳がん細胞増殖抑制剤。
【化1】
【請求項3】
前記RNA分子が脂質ナノ粒子(LNP) に封入されている請求項1又は2に記載の乳がん細胞増殖抑制剤。
【請求項4】
配列番号1に記載のヌクレオチド配列のRNA分子を含み、
前記RNA分子が5´キャップを含む、乳がん治療剤。
【請求項5】
前記5´ キャップが下記化学構造である請求項4の乳がん治療剤。
【化1】
【請求項6】
前記RNA分子が脂質ナノ粒子(LNP)に封入されている請求項4又は5に記載の乳がん治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は乳がん細胞の増殖抑制剤及び乳がん治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
COV1D-19は、2019年に出現した新型コロナウイルスSARS-CoV-2に起因する感染症であり、感染拡大対策としてワクチン開発が早期からなされた(特許文献1等)。コロナウイルスは4つの構造タンパク質をコードするプラス鎖一本鎖のRNAをウイルスゲノムとして有するエンベロープウイルスである。これらの4つの構造タンパク質のうち、ヒ卜細胞表面に存在するACE2レセプターと結合するスパイク糖タンパク質がワクチン開発の標的となった。
【0003】
こうして開発されたmRNAワクチンとしてザポメランがある。ザポメランはベネズエラ馬脳炎ウイルスRNAレプリカーゼ(nsP1,nsP2,nsP3,nsP4)及びSARS-CoV-2のスパイクタンパク質類縁体(D614G,R682G,R683S,R685S,K986P,V987P)全長をコードする自己複製型mRNAであり、5’キャップ構造、サブゲノムプロモーター配列、及びポリA配列を含む、11861個のヌクレオチド残基からなる1本鎖RNAである(
図1及び
図2並びに配列番号1参照)。
【0004】
一方、近年、疾患の治療薬を開発する手法として、ドラッグリポジショニング(DR)が注目されている。ドラッグリポジショニング(DR)とは、既存薬や開発中もしくは開発中止となった医薬品・化合物を活用し、当初の想定とは異なる疾患の治療薬として転用する開発手法のことである。
【0005】
ドラッグリポジショニング(DR)による新薬開発においては、すでに基本的な安全性が確認されていることから、迅速に臨床試験に進むことができるという利点がある。また、新しい医薬品をゼロから開発する必要がないため研究開発費用を抑制できるという利点もある。
【0006】
しかし、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質類縁体をコードするmRNAを対象としたドラッグリポジショニング(DR)による抗がん剤の開発は知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、新型コロナウイルスSARS-CoV-2のスパイクタンパク質類縁体をコードするmRNAワクチンを転用した乳がん細胞増殖抑制剤及び乳がん治療剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質類縁体をコードするmRNAワクチンの中でもザポメランがヒト乳がん細胞に対して顕著な増殖抑制効果を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明の乳がん細胞増殖抑制剤は、配列番号1に記載のヌクレオチド配列のRNA分子を含み、前記RNA分子が5´キャップを含むことを特徴とする。
【0011】
5´キャップという用語は、mRNA分子の5´末端上に見られる構造を指し、5´-5´三リン酸結合を介してmRNAに連結されたグアノシンヌクレオチドからなる。本発明者らは5´ キャップを下記化学構造とすることにより、ヒト乳がん細胞に対して顕著な増殖抑制効果が確実に発揮されることを確認している。
【化1】
【0012】
また、RNA分子は脂質ナノ粒子(LNP)に封入されていることが好ましい。脂質ナノ粒子(LNP)としては、例えば、LNPに封入された形態またはLNPと会合した形態とされる。LNPは、1つ以上の核酸分子が結合している、あるいは1つ以上の核酸分子が封入されている粒子を形成することができる任意の脂質を含んでもよい。LNPは、カチオン性脂質、中性脂質、ステロイド、ポリマー抱合脂質、及びRNAを含む。
【0013】
本発明の乳がん治療剤は、配列番号1に記載のヌクレオチド配列のRNA分子を含み、前記RNA分子が5´キャップを含むことを特徴とする。
【0014】
本発明者らによれば、5´キャップを下記化学構造とすることにより、ヒト乳がん細胞に対して顕著な増殖抑制効果が確実に発揮されることを確認している。
【化1】
【0015】
また、RNA分子は脂質ナノ粒子(LNP)に封入されていることが好ましい。脂質ナノ粒子(LNP)としては、例えば、LNPに封入された形態またはLNPと会合した形態とされる。LNPは、1つ以上の核酸分子が結合している、あるいは1つ以上の核酸分子が封入されている粒子を形成することができる任意の脂質を含んでもよい。LNPは、カチオン性脂質、中性脂質、ステロイド、ポリマー抱合脂質、及びRNAを含む。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図2】ザポメランの5’キャップ構造部分の化学構造式である。
【
図3】plate1における被験物質(iABC2024K)添加群及び生食添加群のBT-474細胞生存率を示すグラフである。
【
図4】plate3における被験物質(iABC2024K)添加群及び生食添加群のBT-474細胞生存率を示すグラフである。
【
図5】plate5における被験物質(iABC2024K)添加群及び生食添加群のBT-474細胞生存率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の乳がん細胞増殖抑制剤及び乳がん治療剤を実施例により詳細に説明する。
【実施例】
【0018】
ヒト乳がん細胞株BT-474細胞に対するiABC2024Kの細胞増殖抑制効果についての評価試験を行った。iABC2024Kとは、Meiji Seika ファルマ株式会社製のコスタイベ筋注のことであり、mRNAワクチンとして開発されたザポメランを有効成分として含有している。
【0019】
<評価試験において使用した材料及び方法>
(被験物質)
・i ABC2024K
容器:パイアル
性状:白色乾燥製剤
保存条件:-20℃、許容範囲±5.0℃(-25.0~-15.0℃) で保存、遮光
・被験物質原液
iABC2024Kは、バイアルを室温に戻し、パイアル内の乾燥製剤に総計9mLの生食を3回に分けて加えて溶解したものを被験物質原液とした。
・被験物質の希釈系列調製
各被験物質原液について、生食を媒体とした2倍希釈を繰り返し、被験物質原液(相対濃度:1)の2倍(相対濃度:0.5)、4倍(相対濃度:0.25)、8倍(相対濃度:0.125)、16倍(相対濃度:0.0625) 希釈液を調製した。用時調製とした。
【0020】
<試薬・資材>
使用した試薬・資材を表1に示す。
【0021】
【0022】
<機器・器具>
使用した機器・器具を表2に示す。
【0023】
【0024】
<細胞培養>
・試験培養
名称:ヒト乳がん細胞株BT-474細胞(以下、BT-474という)
・完全培地
非働化したFetal Bovine Serum (以下、FBS) を終濃度約10%、Penicillin-Streptomycinを終濃度約50units/mL、Penicillin G、50μg/mL Streptomycin となるように添加したHybri-Care Mediumを完全培地とした。2.0~8.0℃で冷蔵保存した。
・BT-474細胞凍結ストックの解凍
1)37℃に設定した恒温水槽で完全培地を温めた。
2) 37℃に設定した恒温水槽で細胞の凍結ストックを解凍した。
3)解凍後の細胞を9mLの完全培地に分散した。
4)200gを20℃において5分間遠心し、上清を全量除去した。
5)クライオチューブ1本分の細胞を10mLの完全培地に分散し、100mm× 20mm細胞培養用ディッシュに播種した。
6)5)の後すみやかに顕微鏡で細胞を観察した。細胞密度が適切であったため、細胞を間引く等の操作は行わなかった。
7)細胞を37℃、5%CO2設定の炭酸ガス培養器で培養した。
8)継代まで週に2、3回の頻度で、培地の全量交換を行った。
【0025】
・BT-474細胞の継代
以下100mm×20mm細胞培養用ディッシュ1枚に継代した時の方法を記載する。培養容器のサイズや枚数を変更する場合は使用する培地・試薬の液量を比例増減した。
1)37℃に設定した恒温水槽で、完全培地を温めた。
2)顕微鏡で継代前の細胞の細胞密度、状態を観察した。
3)培養容器から古い培地を全量除去し、細胞を10mLのDPBS,no ca1cium,no magnesium(以下、D-PBS(-)という)で洗浄した。
4)D-PBS(-)を全量除去し、2mLのTrypLE Select Enzymeを加えて細胞全体に行きわたらせた後、37℃にて細胞が剥がれるまでおよそ5分間インキュベートした。
5)培養容器を軽く叩いて、容器底面から細胞を剥離させた。
6)5mLの完全培地を添加し、ピペッティングで細胞を懸濁した後15mLチューブ、に回収した。
7) 200gを20℃において5分間遠心し、上清を全量除去した。
8)細胞を5mLの完全培地に懸濁し細胞数をカウントした。
9)8)の細胞懸濁液の1/2~1/3量を100mm×20 mm細胞培養用デイツシュl枚に播種し、培養液量が10mLとなるように完全培地を追加した。
10)細胞を37℃、5%CO2設定の炭酸ガス培養器で、培養した。次の継代まで時間が空く場合は、週に2、3回の頻度で、培地の全量交換を行った。
【0026】
・細胞の凍結保存
継代時に残った細胞から凍結ストックを作成し、試験終了まで液体窒素中で保存した。
1)継代の後に残った細胞200gを20℃において5分間遠心し、上清を全量除去した。
2)細胞ベレットにSTEM-CELLBANKER GMP gradeを2mL添加し、よく懸濁した。
3)細胞懸濁液を1mL/tubeでクライオチューブ、2本に分注して-80℃で凍結保存した。-80℃で1日以上凍結した後、細胞を液体窒素保管器に移動させた。
細胞の凍結ストックの残余は試験終了後に感染性廃棄物として廃棄した。
【0027】
<BT-474細胞の薬剤感受性試験>
被験物質のBT-474細胞に対する増殖抑制効果を評価した。
1)5.56 ×104 cells/mL となるように完全培地に懸濁したBT-474細胞を、180μL/well(1.00×104 cells/well) で表3の配置となるように96ウェルプレート3枚(plate.1 、plate.2及びplate.3とする)に播種した。いずれの96ウェルプレートも細胞懸濁液を播種しないA行及びH行、並びにl列目及び12列目のウェルに乾燥防止用の完全培地を200μL/wellで分注するのみとし、解析には使用しなかった。一方、G行の2列目"'11列自のウェルは完全培地を180μL/wellで分注しblankウェルとして解析時に使用した。
【0028】
【0029】
2)細胞を播種した6枚の96ウェルプレートを37℃、5%CO2設定の炭酸ガス培養器で翌日まで培養した。
3)用時調製した各被験物質の希釈系列及び生食を表5に従い20μL/wellで2)の培養後の96ウェルプレートに添加した。
4)37℃、5%CO2設定の炭酸ガス培養器でplate.lは3日間、plate.2は5日間、plate.3は7日間培養した。
5)培養が終了した4)の96ウェルプレートにCell Counting Kit-8を20μL/wellで添加し、37℃、5%CO2設定の炭酸ガス培養器でインキュベートした。
6)5)のCel1 Counting K.it-8添加から約1時間、約2時間及び約4時間後にマイクロプレートリーダーで450nmの吸光度(参照波長は600nm) を測定した。
7)下記の式により細胞生存率を算出した。細胞生存率を種々の薬剤濃度に対してグラフ化した。
【0030】
【0031】
<結果及び考察>
薬剤感受性試験では、BT-474細胞を1.00 ×10
4 cells/wellで播種した96 ウェルプレート(p1ate.l、plate.2及びplate.3)に被験物質としてiABC2024K の希釈系列を添加して3日間、5日間又は7日間培養した後、Cel1Counting Kit-8を添加して1時間、2時間及び4時開発色後に細胞生存率を測定した。
1.00×10
4 cells/wellで細胞を播種し、被験物質添加から3日後に細胞生存率を測定したplate.1の結果を
図3に示す。
1.00 ×10
4 cel1s/wellで細胞を播種し、被験物質添加から5日後に細胞生存率を測定したplate.2の結果を
図4に示す。
1.00×10
4cel1s/wellで細胞を播種し、被験物質添加から7日後に細胞生存率を測定したplate.3の結果を
図5に示す。
【0032】
その結果、iABC2024Kは評価した全濃度範囲(相対濃度0.0625~0.5)に渡って濃度依存的な細胞増殖抑制効果を示した。iABC2024KはmRNAワクチンとして開発されたザポメランを有効成分として含有する筋肉注射薬剤であることから、ザポメランが乳がん細胞に対して特に顕著な細胞増殖抑制効果を示すことが明らかとなった。
【0033】
細胞増殖抑制効果の作用機序についての詳細は明らかにされていないが、上述した細胞増殖抑制効果についての評価試験においては、免疫に関与するT細胞やB細胞などは存在していないことから、少なくとも免疫機能以外の作用機序に基づくことは明らかである。
【0034】
なお、iABC2024KにはmRNAの成分以外にも各種の添加物が含まれている。しかし、これらの添加物は、例えばmRNAを封入するための脂質ナノ粒子であったり、単なる乳化安定剤、界面活性剤、甘味剤、pH緩衝剤等であり、乳がん細胞の増殖に必要なタンパク質合成に対して作用することは到底考えられない。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明の乳がん細胞増殖抑制剤は、乳がん細胞の研究用や、乳がん患者の治療用として好適に用いることができる。
【要約】
【課題】新型コロナウイルスSARS-CoV-2のスパイクタンパク質類縁体をコードするmRNAワクチンを転用した乳がん細胞増殖抑制剤及び乳がん治療剤を提供すること。
【解決手段】配列番号1に記載のヌクレオチド配列を有するRNA分子を含み、前記RNA分子が5´キャップを含む。配列番号1はヒ卜細胞表面に存在するACE2レセプターと結合するスパイク糖タンパク質のmRNAワクチンであるザポメランの塩基配列である。なお、RNA分子は脂質ナノ粒子(LNP)に封入されていることが好ましい。
【選択図】
図1
【配列表】