(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-31
(45)【発行日】2025-04-08
(54)【発明の名称】熱可塑性樹脂組成物、繊維強化樹脂基材および成形品
(51)【国際特許分類】
C08L 101/02 20060101AFI20250401BHJP
C08J 5/04 20060101ALI20250401BHJP
C08K 3/10 20180101ALI20250401BHJP
C08L 81/02 20060101ALI20250401BHJP
C08K 5/17 20060101ALI20250401BHJP
C08K 7/02 20060101ALI20250401BHJP
【FI】
C08L101/02
C08J5/04 CEZ
C08K3/10
C08L81/02
C08K5/17
C08K7/02
(21)【出願番号】P 2020549080
(86)(22)【出願日】2020-09-11
(86)【国際出願番号】 JP2020034418
(87)【国際公開番号】W WO2021054251
(87)【国際公開日】2021-03-25
【審査請求日】2023-09-08
(31)【優先権主張番号】P 2019171871
(32)【優先日】2019-09-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2020077093
(32)【優先日】2020-04-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】増永 淳史
(72)【発明者】
【氏名】林 慎也
(72)【発明者】
【氏名】石竹 賢次
(72)【発明者】
【氏名】富岡 伸之
【審査官】横山 法緒
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-207103(JP,A)
【文献】特開平08-104867(JP,A)
【文献】特表2009-500842(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L 1/00-101/14
C08K 3/00-13/08
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂と(B)遷移金属化合物とを含んでなる熱可塑性樹脂組成物であって、前記電子供与性基は、エーテル基、スルフィド基、チオール基、アミノ基、アルキルアミノ基のうちの少なくとも1種であり、(B)遷移金属化合物は、(B1)ニッケル化合物および(B2)銅化合物を含み、(B2)銅化合物は完全分解温度が400℃以上であり、かつ(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂100質量部に対して、ニッケル含有量が0.001質量部以上4質量部以下、銅含有量が0.001質量部以上4質量部以下である熱可塑性樹脂組成物。
【請求項2】
(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂と(B)遷移金属化合物と(C)アミン化合物を含んでなり、前記電子供与性基は、エーテル基、スルフィド基、チオール基、アミノ基、アルキルアミノ基のうちの少なくとも1種であり、かつ(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂の融点+70℃で30分加熱後の溶融粘度保持率が90%以上7000%以下である熱可塑性樹脂組成物であって、(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂は、(A1)ポリアリーレンスルフィドからなり、熱可塑性樹脂組成物中の(A1)ポリアリーレンスルフィドの式(I)で表されるCOOH基封鎖率が30%以上であり、(B)遷移金属化合物は、(B1)ニッケル化合物または(B2)銅化合物を含み、(B2)銅化合物は完全分解温度が400℃以上であり、(C)アミン化合物が、分子量5000以下かつ沸点300℃以上である1級および/または2級アミン化合物であり、(A1)ポリアリーレンスルフィド100質量部に対し、遷移金属含有量が0.001質量部以上8質量部以下であり、(C)アミン化合物含有量が0.01質量部以上5質量部以下である
熱可塑性樹脂組成物。
【数1】
(式中、Xは(A1)ポリアリーレンスルフィドのカルボキシル基量を表し、Yは熱可塑性樹脂組成物中の(A1)ポリアリーレンスルフィドのカルボキシル基量を表す。)
【請求項3】
(B2)銅化合物が、ハロゲン化銅である、請求項1または2に記載の熱可塑性樹脂組成物。
【請求項4】
(D)繊維状充填材を、(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂100質量部に対して、10質量部以上400質量部以下含んでなる、請求項1~3のいずれかに記載の熱可塑性樹脂組成物。
【請求項5】
連続した(D)繊維状充填材に、または不連続の(D)繊維状充填材が分散した強化繊維基材に、請求項1~3のいずれかに記載の熱可塑性樹脂組成物を含浸させてなる繊維強化樹脂基材。
【請求項6】
請求項1~4のいずれかに記載の熱可塑性樹脂組成物、または請求項5に記載の繊維強化樹脂基材が成形されてなる成形品
。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は熱可塑性樹脂組成物、繊維強化樹脂基材および成形品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車や航空機などの用途において、部品の高密度化や出力増加に伴い、樹脂の使用環境温度は高まっている。そのため、スーパーエンジニアリングプラスチックに代表される高耐熱性の樹脂が幅広く応用されている。スーパーエンジニアリングプラスチックは使用条件が極めて厳しい分野の用途や金属代替の材料としての需要が拡大しており、熱安定性や機械特性の向上が要求されてきている。
【0003】
熱可塑性樹脂の熱安定性を改良する手段として、特許文献1には、ポリフェニレンエーテル樹脂とポリアミド樹脂のブレンドに、銅、ニッケル、スズおよびセリウムから選ばれる金属の金属ハロゲン化物または金属カルボキシレートを配合することにより、熱安定性に優れることが記載されている。
【0004】
また熱可塑性樹脂にニッケル化合物と銅化合物を併用して用いる技術として、特許文献2には、ブタジエン樹脂に、コバルト、ニッケル、銅、鉛から選択される少なくとも1種の添加元素を含有することにより、成形性、意匠性、耐傷付性および耐衝撃性に優れる熱可塑性樹脂組成物が得られることが開示されており、実施例として硝酸ニッケルと硝酸銅を併用することが記載されている。
【0005】
また、特許文献3には、ポリアリーレンスルフィドとポリアルキレングリコールに対し、芳香族アミン化合物を含有することにより熱安定性に優れることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平1-163262号公報
【文献】特開2014-227367号公報
【文献】特開平6-207102号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1~3において提案されている方法では、熱安定性の高い熱可塑性樹脂組成物が得られるが、より過酷な環境下での熱安定性には課題があり、特に加熱後の引張破断伸度が大きく低下する課題がある。
【0008】
本発明は、上記従来技術の問題点を解決し、優れた熱安定性および機械特性を有する熱可塑性樹脂組成物、繊維強化樹脂基材およびそれらの成形品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、前述した従来技術における問題点の解決を課題として検討した結果、達成されたものであり、以下の構成を有する。
[1](A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂と(B)遷移金属化合物とを含んでなる熱可塑性樹脂組成物であって、
前記電子供与性基は、エーテル基、スルフィド基、チオール基、アミノ基、アルキルアミノ基のうちの少なくとも1種であり、(B)遷移金属化合物は、(B1)ニッケル化合物および(B2)銅化合物を含み、(B2)銅化合物は完全分解温度が400℃以上であり、かつ(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂100質量部に対して、ニッケル含有量が0.001質量部以上4質量部以下、銅含有量が0.001質量部以上4質量部以下である熱可塑性樹脂組成物。
[2](A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂と(B)遷移金属化合物と(C)アミン化合物を含んでなり、
前記電子供与性基は、エーテル基、スルフィド基、チオール基、アミノ基、アルキルアミノ基のうちの少なくとも1種であり、かつ(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂の融点+70℃で30分加熱後の溶融粘度保持率が90%以上7000%以下である熱可塑性樹脂組成物であって、(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂は、(A1)ポリアリーレンスルフィドからなり、熱可塑性樹脂組成物中の(A1)ポリアリーレンスルフィドの式(I)で表されるCOOH基封鎖率が30%以上であり、(B)遷移金属化合物は、(B1)ニッケル化合物または(B2)銅化合物を含み、(B2)銅化合物は完全分解温度が400℃以上であり、(C)アミン化合物が、分子量5000以下かつ沸点300℃以上である1級および/または2級アミン化合物であり、(A1)ポリアリーレンスルフィド100質量部に対し、遷移金属含有量が0.001質量部以上8質量部以下であり、(C)アミン化合物含有量が0.01質量部以上5質量部以下である熱可塑性樹脂組成物。
【数1】
(式中、Xは(A1)ポリアリーレンスルフィドのカルボキシル基量を表し、Yは熱可塑性樹脂組成物中の(A1)ポリアリーレンスルフィドのカルボキシル基量を表す。)
[3](B2)銅化合物が、ハロゲン化銅である、[1]または[2]に記載の熱可塑性樹脂組成物。
【0011】
[4](D)繊維状充填材を、(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂100質量部に対して、10質量部以上400質量部以下含んでなる、[1]~[3]のいずれかに記載の熱可塑性樹脂組成物。
[5]連続した(D)繊維状充填材に、または不連続の(D)繊維状充填材が分散した強化繊維基材に、[1]~[3]のいずれかに記載の熱可塑性樹脂組成物を含浸させてなる繊維強化樹脂基材。
[6][1]~[4]のいずれかに記載の熱可塑性樹脂組成物、または[5]に記載の繊維強化樹脂基材が成形されてなる成形品。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、優れた熱安定性および機械特性を有する熱可塑性樹脂組成物を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】(B2-1)塩化銅(II)無水物を所定条件で熱質量分析した結果を示す図である。
【
図2】(B’2-1)硝酸銅(II)3水和物を所定条件で熱質量分析した結果を示す図である。
【
図3】繊維強化樹脂成形体同士が溶着された概略図である。
【
図4】本発明の実施例に用いた賦形性の評価のために作製した成形品の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。
【0015】
本発明の熱可塑性樹脂組成物の第一の態様は、(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂と(B)遷移金属化合物とを含んでなる熱可塑性樹脂組成物であって、(B)遷移金属化合物は、(B1)ニッケル化合物および(B2)銅化合物を含む。
【0016】
本発明の熱可塑性樹脂組成物の第二の態様は、(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂と(B)遷移金属化合物と(C)アミン化合物を含んでなり、(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂は、(A1)ポリアリーレンスルフィドからなり、(B)遷移金属化合物は、(B1)ニッケル化合物または(B2)銅化合物を含み、(B2)銅化合物は完全分解温度が400℃以上である。
【0017】
<(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂>
本発明の熱可塑性樹脂組成物の第一の態様に含まれる(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂(以下、単に「(A)熱可塑性樹脂」と記載する場合がある)は、以下に記載する電子供与性基を有する熱可塑性樹脂であれば特に制限されない。
【0018】
電子供与性基は、電子を供与し周囲の電子密度を高める置換基のことであるが、本発明における電子供与性基は、(B1)ニッケル化合物および(B2)完全分解温度が400℃以上である銅化合物と優れた配位結合性を有する電子供与性基に限られる。具体的には、本発明における電子供与性基は、エーテル基、スルフィド基、チオール基、アミノ基、アルキルアミノ基に限定され、これらを2種以上含有してもよい。
【0019】
(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂としては、エーテル基、スルフィド基、チオール基、アミノ基、アルキルアミノ基を有する熱可塑性樹脂であれば特に限定されない。(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリアミド、ポリアセタール、ポリフェニレンエーテル、ポリアリールエーテルケトン、ポリアリーレンスルフィド、ポリフェニルスルホン、ポリスルホン、ポリアミドイミド、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルイミドなどが挙げられる。これらの中でも特に優れた熱安定化効果を発現する点から、ポリアミド、ポリアリールエーテルケトン、ポリアリーレンスルフィド、ポリフェニルスルホン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルイミドが好ましく、ポリアミド、ポリアリールエーテルケトン、ポリアリーレンスルフィドがとりわけ好ましい。
【0020】
<(B1)ニッケル化合物>
本発明の熱可塑性樹脂組成物の第一の態様に含まれるニッケル化合物は、ニッケルの化合物であれば特に限定されない。ニッケルは遷移金属の中でもイオン半径が小さく配位結合しやすい特徴がある。
【0021】
(B1)ニッケル化合物として、ニッケルのカルボン酸塩やハロゲン化物塩、炭酸塩、水酸化物塩、酸化物塩、硫化物塩、アセチルアセトン錯塩、アルコキシド塩等の塩を挙げることができる。カルボン酸としてはギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、ステアリン酸、乳酸、オレイン酸、安息香酸、蓚酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸などを挙げることができる。アルコキシドとしては、ブトキシド、プロポキシド、エトキシド、メトキシドなどを挙げることができる。中でも、電子受容性が高く、(A)熱可塑性樹脂に配位結合しやすい点から、ハロゲン化物塩が好ましい。ニッケルのハロゲン化物塩としては、塩化ニッケル、ヨウ化ニッケル、臭化ニッケル、フッ化ニッケルなどを挙げることができる。中でも、塩化ニッケル、ヨウ化ニッケルがより好ましく、ヨウ化ニッケルがさらに好ましい。
【0022】
本発明の熱可塑性樹脂組成物の第一の態様において、(A)熱可塑性樹脂100質量部に対して、ニッケル含有量が0.001質量部以上4質量部以下である。ニッケル含有量は0.01質量部以上2質量部以下であることが好ましく、0.1質量部以上1質量部以下であることがより好ましい。ニッケル含有量が0.001質量部より小さい場合、優れた熱安定化効果を得ることが難しい。また、ニッケル含有量が4質量部より大きい場合、(B1)ニッケル化合物の凝集が生じやすく、優れた熱安定化効果および機械特性を得ることができない。
【0023】
本発明の熱可塑性樹脂組成物中のニッケル含有量は、熱可塑性樹脂組成物を灰化し、灰化物を硫酸、フッ化水素酸で加熱分解したのち、希硫酸または王水に溶かし得た定容液をICP質量分析装置およびICP発光分光分析装置を用い、分析することで定量する。
【0024】
また、熱可塑性樹脂組成物中の(A)熱可塑性樹脂の含有量は、下記のように測定できる。熱可塑性樹脂組成物を、(A)熱可塑性樹脂が溶解する溶媒に溶解し、不溶分をろ過し、溶解分を貧溶媒で沈殿・回収する。回収物が溶解する溶媒を用いて、高速液体クロマトグラフィーなどの定性定量分析で測定することができる。
<(B2)完全分解温度が400℃以上である銅化合物>
本発明の熱可塑性樹脂組成物の第一の態様に含まれる(B2)完全分解温度が400℃以上である銅化合物(以下、単に「(B2)銅化合物」と記載する場合がある)は、以下に記載する完全分解温度が400℃以上である銅化合物であれば特に限定されない。銅は遷移金属の中でもイオン半径が小さく配位結合しやすい特徴がある。
【0025】
(B2)銅化合物として、銅のカルボン酸塩やハロゲン化物塩、炭酸塩、水酸化物塩、酸化物塩、硫化物塩、アセチルアセトン錯塩、アルコキシド塩等の金属塩を挙げることができる。カルボン酸としてはギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、ステアリン酸、乳酸、オレイン酸、安息香酸、蓚酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸などを挙げることができる。アルコキシドとしては、ブトキシド、プロポキシド、エトキシド、メトキシドなどを挙げることができる。これらの中でも完全分解温度が400℃以上となりやすいことから、本発明の熱可塑性樹脂組成物の第一の態様においては、(B2)銅化合物が、ハロゲン化銅であることが好ましい。銅のハロゲン化物塩としては、塩化銅、ヨウ化銅、臭化銅、フッ化銅などを挙げることができる。中でも、塩化銅、ヨウ化銅がより好ましく、ヨウ化銅がさらに好ましい。
【0026】
(B2)銅化合物の完全分解温度は400℃以上である。完全分解温度とは、銅化合物中の銅を除く化合物の部分が、銅から実質的のほとんどが脱離あるいは完全に分解してしまう温度をいう。この温度は、少量の銅化合物を容器内に計量し、熱質量分析装置を用いて不活性ガス雰囲気下一定速度で昇温しながら質量変化を測定する方法により測定することが可能である。銅化合物を窒素雰囲気下で昇温しながら質量減少率を測定し、完全分解温度とはそれ以上質量減少が進まない温度と定義することができる。それ以上質量減少が進まない温度とは、質量減少率が銅化合物の銅を除く化合物成分の質量のうち、90%に達する温度を、完全分解温度の判定に用いる。
【0027】
(B2)銅化合物の完全分解温度は400℃以上の場合、本発明の熱可塑性樹脂組成物を400℃未満の高温で加熱しても、(B2)銅化合物の配位子は脱離せず、銅は還元されないため、1価または2価の銅化合物のままである。この1価または2価の銅化合物は電子受容性があり、(A)熱可塑性樹脂の電子供与性基の電子を受け取り配位することができる。
【0028】
一方、熱可塑性樹脂組成物は、(A)熱可塑性樹脂は100質量部に対して銅含有量が0.001質量部以上4質量部以下の(B2)銅化合物に代えて、同様の銅含有量で(B’2)完全分解温度が400℃未満の銅化合物(以下、単に「(B’2)銅化合物」と記載する場合がある)を含有させた場合、熱可塑性樹脂組成物を加熱する温度によっては、(B’2)銅化合物の配位子は脱離し、銅は還元されるため、0価の銅になる。この0価の銅は電子供与性があるが、ニッケルほど配位能力が高くないため、熱可塑性樹脂への配位結合性は乏しい。
【0029】
本発明の熱可塑性樹脂組成物の第一の態様において、(A)熱可塑性樹脂100質量部に対して、銅含有量が0.001質量部以上4質量部以下である。銅含有量は0.01質量部以上2質量部以下であることが好ましく、0.1質量部以上1質量部以下であることがより好ましい。銅含有量が0.001質量部より小さい場合、優れた熱安定化効果を得ることが難しい。また、銅含有量が4質量部より大きい場合、(B2)銅化合物の凝集が生じやすく、優れた熱安定化効果および機械特性を得ることができない。
【0030】
本発明の熱可塑性樹脂組成物の第一の態様において、(A)熱可塑性樹脂とニッケルおよび銅の合計含有量は、20質量%以上100質量%以下であることが好ましく、30質量%以上100質量%以下であることがより好ましい。
【0031】
本発明の熱可塑性樹脂組成物中の銅含有量は、熱可塑性樹脂組成物を灰化し、灰化物を硫酸、フッ化水素酸で加熱分解したのち、希硫酸または王水に溶かし得た定容液をICP質量分析装置およびICP発光分光分析装置を用い、分析することで定量する。
【0032】
本発明の熱可塑性樹脂組成物の第一の態様が、優れた熱安定性および機械特性を示す理由は必ずしも明らかではないが、次のように推測する。(A)熱可塑性樹脂は酸素存在下、融点以上の温度で加熱すると、活性な過酸化物ラジカルを発生させてしまい、この過酸化物ラジカルを起点に過度に架橋または分解反応が進行する。そのため熱安定性は劣り、機械特性も劣るものとなる。ここに配位結合能力の高いニッケルおよび銅を、熱可塑性樹脂の電子供与性基に配位させることで、過酸化物ラジカルの発生を抑制でき、架橋または分解の抑制、すなわち熱安定性、機械特性に優れる熱可塑性樹脂組成物を得ることができると推測する。また、(A)熱可塑性樹脂の電子供与性基にニッケルおよび銅が配位することで、分子鎖間を配位結合でつなぎ、適度に架橋された熱可塑性樹脂を得ることができ、機械特性をさらに向上させることができると推測する。
【0033】
(B1)ニッケル化合物または(B2)銅化合物のいずれかを(A)熱可塑性樹脂に含んだ場合でも熱安定化効果は得られるが、(B1)ニッケル化合物と(B2)銅化合物を特定比率で含有することで、顕著に優れた熱安定性と機械特性を有する熱可塑性樹脂組成物を得ることができる。
【0034】
本発明の熱可塑性樹脂組成物の第二の態様は、(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂と(B)遷移金属化合物と(C)アミン化合物を含んでなり、(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂は、(A1)ポリアリーレンスルフィドからなり、(B)遷移金属化合物は、(B1)ニッケル化合物または(B2)銅化合物を含み、(B2)銅化合物は完全分解温度が400℃以上である。
【0035】
<(A1)ポリアリーレンスルフィド>
本発明において、(A1)ポリアリーレンスルフィドとは、一般式(II)で示される繰り返し単位を好ましくは90モル%以上、より好ましくは95モル%以上を含む重合体である。上記繰り返し単位が90モル%未満では、耐熱性が損なわれるので好ましくない。
【0036】
【0037】
(A1)ポリアリーレンスルフィドの代表的なものとして、ポリアリーレンスルフィド、ポリアリーレンスルフィドスルホン、ポリアリーレンスルフィドケトンや、これらのランダム共重合体、ブロック共重合体などが挙げられる。これらを2種以上配合してもよい。これらの中でも、p-フェニレンスルフィド由来の単位を全繰り返し単位中80モル%以上含有するポリフェニレンスルフィドがより好ましく、90モル%以上含有するポリフェニレンスルフィドがさらに好ましい。
【0038】
(A1)ポリアリーレンスルフィドを製造する方法としては、特に限定はなく、有機極性溶媒中でジクロロ芳香族化合物とスルフィド化剤とを反応させる方法や、環式ポリアリーレンスルフィドを加熱してポリアリーレンスルフィドに転化する方法や、ジヨード芳香族化合物と硫黄単体を溶融反応させる方法などが挙げられる。これら方法から得られたポリアリーレンスルフィドの後処理にも特に限定されず、溶媒で洗浄してオリゴマー成分を除去する処理、加熱や脱揮などで溶媒やガス成分を低減する処理、酸素雰囲気下で架橋させる処理、得られたポリアリーレンスルフィドを再度溶融させて追加反応を行う処理などを施しても良い。
【0039】
なお、本発明において、(A1)ポリアリーレンスルフィドは、後述する(C)アミン化合物と反応しうるカルボキシル基を有するものである。
【0040】
<(B)遷移金属化合物>
本発明の熱可塑性樹脂組成物の第二の態様に含まれる(B)遷移金属化合物は、(B1)ニッケル化合物または(B2)銅化合物を含む。本発明の熱可塑性樹脂組成物の第二の態様において、(B)遷移金属化合物として(B1)ニッケル化合物または(B2)銅化合物が択一的に選択され、両者が併用されることはない。
【0041】
本発明の熱可塑性樹脂組成物の第二の態様において、(A1)ポリアリーレンスルフィド100質量部に対し、遷移金属含有量が0.001質量部以上8質量部以下である。遷移金属含有量は、0.001質量部以上4質量部以下であることが好ましく、0.006質量部以上1質量部以下であることがさらに好ましい。遷移金属含有量が(A1)ポリアリーレンスルフィド100質量部に対して0.001質量部より小さい場合、優れた熱安定化効果を得ることが難しい。また、遷移金属含有量が8質量部より大きい場合、遷移金属の凝集が生じやすく、優れた熱安定化効果および機械特性を得ることができない。ここで、熱可塑性樹脂組成物中の遷移金属の含有量は、(B)遷移金属化合物における遷移金属イオンの含有量に相当し、以下のとおりICP質量分析法またはICP発光分光分析法により測定される。
【0042】
本発明の熱可塑性樹脂組成物中の遷移金属の含有量は、熱可塑性樹脂組成物を灰化し、灰化物を硫酸、フッ化水素酸で加熱分解したのち、希硫酸または王水に溶かし得た定容液をICP質量分析装置およびICP発光分光分析装置を用い、分析することで定量する。
【0043】
<(B1)ニッケル化合物>
本発明の熱可塑性樹脂組成物の第二の態様に含まれる(B1)ニッケル化合物は、第一の態様に含まれる(B1)ニッケル化合物と同様のものを指す。(B1)ニッケル化合物の完全分解温度は(A1)ポリアリーレンスルフィドの融点以上であることが望ましい。完全分解温度は、とりわけ350℃以上であることが好ましい。350℃以上の場合、熱可塑性樹脂組成物を350℃未満の高温で加熱しても、(B1)ニッケル化合物の配位子は脱離せず、ニッケルは還元されないため、1~3価のニッケル化合物のままである。この1~3価のニッケル化合物は電子受容性が高く、(A1)ポリアリーレンスルフィド末端の電子供与性基の電子を受け取り配位しやすい。
【0044】
<(B2)銅化合物>
本発明の熱可塑性樹脂組成物の第二の態様に含まれる(B2)銅化合物は、第一の態様で用いられる(B2)銅化合物と同様のものを指す。
【0045】
<(C)アミン化合物>
本発明の熱可塑性樹脂組成物の第二の態様に含まれるアミン化合物は(A1)ポリアリーレンスルフィドのカルボキシル基と反応するものであれば特に限定されないが、分子量が5000以下かつ沸点200℃以上である1級または/および2級アミン化合物であることが好ましい。沸点は300℃以上であることがより好ましい。なお、本発明において、沸点とは、1気圧下での沸点を指す。
【0046】
分子量が5000以下の場合は(A1)ポリアリーレンスルフィドのカルボキシル基との反応性が向上し、沸点が200℃以上、好ましくは300℃以上の場合は(A1)ポリアリーレンスルフィドの加工温度にて揮発を抑制でき、優れた熱安定性および機械特性を得ることができる。また、1級および/または2級アミンであれば、(A1)ポリアリーレンスルフィドのカルボキシル基との反応性を有するため好ましい。なお、1級および/または2級アミン化合物とは、一つのアミン化合物中に1級のアミノ基および/または2級のアミノ基を有するアミン化合物を指す。具体的にはo-フェニレンジアミン(沸点252℃/1級アミン)、p-フェニレンジアミン(沸点267℃/1級アミン)、1,5-ジアミノナフタレン(沸点210℃/1級アミン)、より好ましくはカルバゾール(沸点354℃/2級アミン)、4,4-ジフェニルカルバゾール(沸点575℃/2級アミン)、フェノチアジン(沸点379℃/2級アミン)等を挙げることができる。
【0047】
本発明の熱可塑性樹脂組成物の第二の態様において、(A1)ポリアリーレンスルフィド100質量部に対し、(C)アミン化合物含有量が0.01質量部以上5質量部以下である。(C)アミン化合物含有量は、0.5質量部以上3質量部以下であることが好ましい。(C)アミン化合物含有量が(A1)ポリアリーレンスルフィド100質量部に対して0.01質量部より小さい場合、優れた熱安定化効果を得ることが難しい。また、(C)アミン化合物含有量が5質量部より大きい場合は、(A1)ポリアリーレンスルフィドに対し過剰量であり未反応のアミンが多量に存在することとなるため、熱安定性低下に繋がる場合がある。
【0048】
本発明の熱可塑性樹脂組成物の第二の態様において、(A1)ポリアリーレンスルフィド、遷移金属、(C)アミン化合物の合計含有量は、20質量%以上100%以下であることが好ましく、30質量%以上100質量%以下であることがより好ましい。
【0049】
本発明の熱可塑性樹脂組成物中の(C)アミン化合物の含有量は、下記のように測定する。熱可塑性樹脂組成物を、(A1)ポリアリーレンスルフィドと(C)アミン化合物とが溶解する溶媒、例えばクロロナフタレン等に溶解し、不溶分をろ過し、溶解分を貧溶媒で沈殿・回収する。回収物である(A1)ポリアリーレンスルフィドと(A1)ポリアリーレンスルフィドと反応している(C)アミン化合物はFT-IR等の定量定性分析、貧溶媒に溶解した未反応の(C)アミン化合物は高速液体クロマトグラフィー等の定量定性分析にて測定する。
【0050】
本発明の熱可塑性樹脂組成物の第二の態様の熱可塑性樹脂組成物が、優れた熱安定性および機械特性を示す理由は必ずしも明らかではないが、次のように推測する。
【0051】
(A1)ポリアリーレンスルフィドは酸素存在下、融点以上の温度で加熱すると、カルボキシル基が環化分解し活性な過酸化物ラジカルを発生させてしまい、この過酸化物ラジカルを起点に過度に架橋または分解反応が進行する。そのため熱安定性は劣り、機械特性も劣るものとなる。ここに(C)アミン化合物を反応させカルボキシル基を変性させる、さらには配位結合能力の高い(B)遷移金属化合物を、(A1)ポリアリーレンスルフィドの電子供与性基に配位させることで、過酸化物ラジカルの発生を抑制でき、架橋または分解の抑制、すなわち熱安定性、機械特性に優れる熱可塑性樹脂組成物を得ることができると推測する。
【0052】
また(B)遷移金属化合物は(A1)ポリアリーレンスルフィドのカルボキシル基と(C)アミン化合物とのアミド化反応促進触媒ともなるため反応率を高めることで、熱安定性および機械特性をさらに向上させることができると推測する。
【0053】
本発明の熱可塑性樹脂組成物の第二の態様は、(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂の融点+70℃で30分加熱後の溶融粘度保持率が90%以上7000%以下である。溶融粘度保持率が90%より小さい場合は(A1)ポリアリーレンスルフィドの主鎖の分解が発生していることとなり機械特性が低下する。また、溶融粘度保持率が7000%より大きい場合は熱劣化による架橋が過度に進行していることとなり機械特性が低下する。溶融粘度保持率を90%以上7000%以下とする手段としては、(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂に対し、(B)遷移金属化合物と沸点が200℃以上である1級および/または2級の(C)アミン化合物を添加する方法を好ましく用いることができる。
【0054】
本発明の熱可塑性樹脂組成物の第二の態様において、熱可塑性樹脂組成物中の(A1)ポリアリーレンスルフィドの式(I)で表されるCOOH基封鎖率が30%以上であることが好ましい。30%以上の場合は過酸化物ラジカルの発生を抑制することができ優れた熱安定化効果を得ることができる。ここで、Xは(A1)ポリアリーレンスルフィドのカルボキシル基量を表し、Yは熱可塑性樹脂組成物中の(A1)ポリアリーレンスルフィドのカルボキシル基量を表す。
【0055】
【0056】
(A1)ポリアリーレンスルフィドまたは熱可塑性樹脂組成物中の(A1)ポリアリーレンスルフィドのカルボキシル基量は、溶融プレスして得た非晶フィルムのFT-IR測定を行い、カルボキシル基由来の吸収ピークから算出する。
【0057】
<(D)繊維状充填材>
本発明の熱可塑性樹脂組成物は、(D)繊維状充填材を、(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂100質量部に対して、10質量部以上400質量部以下含んでなることが好ましい。(D)繊維状充填材を含むことにより、機械特性をさらに向上させることができる。
【0058】
(D)繊維状充填材としては、ガラス繊維、炭素繊維、アラミド繊維、ポリアミド繊維、ポリエステル繊維、ビニロン繊維、木綿、麻繊維、ケナフ繊維、竹繊維、レーヨン、スチール繊維、アルミニウム繊維などを挙げることができる。中でも、熱可塑性樹脂との親和性が高く機械特性をより向上できる点から、ガラス繊維、炭素繊維が好ましく、炭素繊維がさらに好ましい。
【0059】
(D)繊維状充填材の形状としては、連続繊維やチョップドストランドのような短繊維やウィスカーの形状を挙げることができる。
【0060】
熱可塑性樹脂組成物中の(D)繊維状充填材の含有量は、上述のとおり、(A)熱可塑性樹脂100質量部に対して、10質量部以上400質量部以下であることが好ましい。10質量部以上であれば、熱可塑性樹脂組成物の機械特性を向上させることができる。また、含有量が400質量部以下であれば、成形加工性を低下させにくい。
【0061】
(D)繊維状充填材含有量の測定方法としては、下記のように測定できる。熱可塑性樹脂組成物を、(A)熱可塑性樹脂が溶解する溶媒を用いて、不溶分をろ過し、ろ過物として、(D)繊維状充填材、(B)遷移金属化合物を回収する。さらに(B)遷移金属化合物が溶解する溶媒により除去し、繊維状充填材を回収し、洗浄後質量を測定する。
【0062】
<繊維強化樹脂基材>
本発明の繊維強化樹脂基材は、連続した(D)繊維状充填材に、または不連続の(D)繊維状充填材が分散した強化繊維基材に、本発明の熱可塑性樹脂組成物を含浸させてなる。
【0063】
すなわち、本発明の繊維強化樹脂基材としては、以下2つの態様を挙げることができる。本発明の繊維強化樹脂基材の第一の態様は、連続した(D)繊維状充填材に本発明の熱可塑性樹脂組成物を含浸させてなる。本発明の繊維強化樹脂基材の第二の態様は、不連続の(D)繊維状充填材が分散した強化繊維基材に、本発明の熱可塑性樹脂組成物を含浸させてなる。
【0064】
第一の態様における連続した(D)繊維状充填材とは、繊維強化樹脂基材で当該強化繊維が途切れのないものをいう。連続した(D)繊維状充填材の形態および配列としては、例えば、一方向に引き揃えられたもの、織物(クロス)、編み物、組み紐、トウ等が挙げられる。中でも特定方向の機械特性を効率よく高められることから、連続した(D)繊維状充填材が一方向に配列してなることが好ましい。
【0065】
第二の態様における不連続の(D)繊維状充填材が分散した強化繊維基材とは、繊維強化樹脂基材中で当該繊維状充填材が切断され分散されたマット状のものをいう。強化繊維基材は、繊維を溶液に分散させた後、シート状に製造する湿式法や、カーディング装置やエアレイド装置を用いた乾式法などの任意の方法により得ることができる。生産性の観点から、カーディング装置やエアレイド装置を用いた乾式法が好ましい。強化繊維基材における不連続の(D)繊維状充填材の数平均繊維長は、3~100mmが好ましい。不連続繊維の数平均繊維長が3mm以上であれば、不連続繊維による補強効果が十分に奏され、得られる繊維強化樹脂基材の機械強度をより向上させることができる。不連続繊維の数平均繊維長は5mm以上がより好ましい。一方、不連続繊維の数平均繊維長が100mm以下であれば、成形時の流動性をより向上させることができる。不連続繊維の数平均繊維長は50mm以下がより好ましく、30mm以下がさらに好ましい。
【0066】
不連続繊維の数平均繊維長は、以下の方法により求めることができる。まず、繊維強化樹脂基材から100mm×100mmのサンプルを切り出し、切り出したサンプルを600℃の電気炉中で1.5時間加熱し、マトリックス樹脂を焼き飛ばす。こうして得られた繊維強化樹脂基材中から、不連続強化繊維束を無作為に400本採取する。取り出した不連続強化繊維束について、ノギスを用いて1mm単位で繊維長を測定し、次式により数平均繊維長(Ln)を算出することができる。
【0067】
Ln=ΣLi/400
(Li:測定した繊維長(i=1,2,3,・・・400)(単位:mm))。
【0068】
不連続繊維の数平均繊維長は、強化繊維基材製造時に繊維を所望の長さに切断することにより、上記範囲に調整することができる。不連続繊維マットの配向性については特に制限は無いが、成形性の観点からは等方的に分散されている方が好ましい。
【0069】
第一の態様における、連続した(D)繊維状充填材に熱可塑性樹脂組成物を含浸させる方法としては、例えば、フィルム状の熱可塑性樹脂組成物を溶融し、加圧することで強化繊維束に熱可塑性樹脂組成物を含浸させるフィルム法、繊維状の熱可塑性樹脂組成物と強化繊維束とを混紡した後、繊維状の熱可塑性樹脂組成物を溶融し、加圧することで強化繊維束に熱可塑性樹脂組成物を含浸させるコミングル法、粉末状の熱可塑性樹脂組成物を強化繊維束における繊維の隙間に分散させた後、粉末状の熱可塑性樹脂組成物を溶融し、加圧することで強化繊維束に含浸させる粉末法、溶融した熱可塑性樹脂組成物中に強化繊維束を浸し、加圧することで強化繊維束に熱可塑性樹脂組成物を含浸させる引き抜き法が挙げられる。様々な厚み、繊維体積含有率など多品種の繊維強化樹脂基材を作製できることから、引き抜き法が好ましい。
【0070】
第二の態様における、不連続の(D)繊維状充填材が分散した強化繊維基材に熱可塑性樹脂組成物を含浸させる方法としては、例えば、熱可塑性樹脂組成物を押出機により供給して強化繊維基材に含浸させる方法、粉末の熱可塑性樹脂組成物を強化繊維基材の繊維層に分散し溶融させる方法、熱可塑性樹脂組成物をフィルム化して強化繊維基材とラミネートする方法、熱可塑性樹脂組成物を溶剤に溶かし溶液の状態で強化繊維基材に含浸させた後に溶剤を揮発させる方法、熱可塑性樹脂組成物を繊維化して不連続繊維との混合糸にする方法、メルトブロー不織布を用いてラミネートする方法などが挙げられる。
【0071】
また、本発明の繊維強化樹脂基材は、その用法や目的に応じて、所望の含浸性を選択することができる。例えば、より含浸性を高めたプリプレグや、半含浸のセミプレグ、含浸性の低いファブリックなどが挙げられる。一般的に、含浸性の高い成形材料ほど、短時間の成形で力学特性に優れる成形品が得られるため好ましい。
【0072】
本発明の熱可塑性樹脂組成物を含浸させてなる繊維強化樹脂基材は、熱安定性に優れるため、繊維強化樹脂基材同士を接合したときの接合強度に優れる。この要因として、繊維強化樹脂基材同士を接合する際に酸素雰囲気下で加熱するが、基材表面での酸化劣化を抑制できるため、接合強度に優れるものになると考えられる。
【0073】
<成形品>
本発明の成形品は、本発明の熱可塑性樹脂組成物、または本発明の繊維強化樹脂基材が成形されてなる。
【0074】
<熱可塑性樹脂組成物の製造方法>
本発明の熱可塑性樹脂組成物を製造する方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、第一の態様では(A)熱可塑性樹脂、(B1)ニッケル化合物および(B2)銅化合物をそれぞれドライブレンドし、押出機メインフィーダーより供給する。また、第二の態様では(A1)ポリアリーレンスルフィド、(B1)ニッケル化合物または(B2)銅化合物、(C)アミン化合物をそれぞれドライブレンドし、押出機メインフィーダーより供給する。さらに、必要に応じて(D)繊維状充填材を押出機のサイドフィーダーより供給し、(A)熱可塑性樹脂の融点以上の温度で溶融混練する方法を好ましく挙げることができる。
【0075】
<熱可塑性樹脂組成物の成形方法>
本発明の熱可塑性樹脂組成物を成形する方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、射出成形、押出成形、圧縮成形などが挙げられる。それらの成形方法により成形品、シート、フィルムなどの成形物品を得ることができる。
【0076】
また、他の成形する方法としては、熱可塑性樹脂組成物を含浸させてなる繊維強化樹脂基材を任意の構成で積層した材料に対して、加熱加圧するプレス成形法、オートクレーブ内に投入して加熱加圧するオートクレーブ成形法、フィルムなどで包み込み内部を減圧にして大気圧で加圧しながらオーブン中で加熱するバッギング成形法、張力をかけながらテープを巻き付け、オーブン内で加熱するラッピングテープ法などが挙げられる。
【0077】
プレス成形法としては、繊維強化樹脂基材を型内に予め配置しておき、型締めとともに加圧、加熱を行い、次いで型締めを行ったまま、金型の冷却により繊維強化樹脂基材の冷却を行い、成形品を得るホットプレス法や、予め繊維強化樹脂基材を熱可塑性樹脂の溶融温度以上に、遠赤外線ヒーター、加熱板、高温オーブン、誘電加熱などの加熱装置で加熱し、熱可塑性樹脂を溶融・軟化させた状態で、前記成形型の下面となる型の上に配置し、次いで型を閉じて型締めを行い、その後加圧冷却する方法であるスタンピング成形を採用することができる。プレス成形方法については特に制限はないが、成形サイクルを早めて生産性を高める観点からは、スタンピング成形であることが望ましい。
【0078】
<その他の成分>
本発明の熱可塑性樹脂組成物は、所望に応じて、酸化チタン、炭酸カルシウムなどの繊維状充填材以外の無機充填剤、酸化防止剤、熱安定剤、紫外線吸収剤、着色剤などを添加することもできる。
【0079】
<成形品の適用例>
本発明の熱可塑性樹脂組成物から得られる成形品は、コネクター、コイル、センサー、LEDランプ、ソケット、抵抗器、リレーケース、小型スイッチ、コイルボビン、コンデンサー、バリコンケース、光ピックアップ、発振子、各種端子板、変成器、プラグ、プリント基板、チューナー、スピーカー、マイクロフォン、ヘッドフォン、小型モーター、磁気ヘッドベース、パワーモジュール、半導体、液晶、FDDキャリッジ、FDDシャーシ、モーターブラッシュホルダー、パラボラアンテナ、コンピューター関連部品等に代表される電子部品用途、発電機、電動機、変圧器、変流器、電圧調整器、整流器、インバーター、継電器、電力用接点、開閉器、遮断機、ナイフスイッチ、他極ロッド、電気部品キャビネットなどの電気機器部品用途、VTR部品、テレビ部品、アイロン、ヘアードライヤー、炊飯器部品、電子レンジ部品、音響部品、オーディオ・レーザーディスク(登録商標)・コンパクトディスク、DVD等の音声・映像機器部品、照明部品、冷蔵庫部品、エアコン部品、タイプライター部品、ワードプロセッサー部品等に代表される家庭、事務電気製品部品用途、オフィスコンピューター関連部品、電話器関連部品、ファクシミリ関連部品、複写機関連部品、洗浄用治具、モーター部品、ライター、タイプライターなどに代表される機械関連部品用途、顕微鏡、双眼鏡、カメラ、時計等に代表される光学機器、精密機械関連部品用途、オルタネーターターミナル、オルタネーターコネクター、ICレギュレーター、ライトディヤー用ポテンシオメーターベース、排気ガスバルブ等の各種バルブ、燃料関係・排気系・吸気系各種パイプ、エアーインテークノズルスノーケル、インテークマニホールド、燃料ポンプ、エンジン冷却水ジョイント、キャブレターメインボディー、キャブレタースペーサー、排気ガスセンサー、冷却水センサー、油温センサー、ブレーキパットウェアーセンサー、スロットルポジションセンサー、クランクシャフトポジションセンサー、エアーフローメーター、ブレーキパッド摩耗センサー、エアコン用サーモスタットベース、暖房温風フローコントロールバルブ、ラジエーターモーター用ブラッシュホルダー、ウォーターポンプインペラー、タービンベイン、ワイパーモーター関係部品、デュストリビューター、スタータースイッチ、スターターリレー、トランスミッション用ワイヤーハーネス、ウィンドウォッシャーノズル、エアコンパネルスイッチ基板、燃料関係電磁気弁用コイル、ヒューズ用コネクター、ホーンターミナル、電装部品絶縁板、ステップモーターローター、ランプソケット、ランプリフレクター、ランプハウジング、ブレーキピストン、ソレノイドボビン、エンジンオイルフィルター、点火装置ケース等の自動車・車両関連部品用途、各種航空・宇宙用途等々に適用できる。
【実施例】
【0080】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの例によって限定されるものではない。なお、実施例23および25は、参考例23および25と読み替えるものとする。各実施例および比較例において用いた各樹脂および添加材等を以下に示す。
【0081】
<(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂>
(A-1)ポリフェニレンスルフィド(参考例1、融点280℃)
(A-2)ポリエーテルエーテルケトン(Victrex社製“Victrex(登録商標)”90G、融点:343℃)
(A-3)ポリアミド66(東レ製“アミラン(登録商標)”CM3001、融点260℃)
(参考例1)
撹拌機および底栓弁付きの70リットルオートクレーブに、47.5%水硫化ナトリウム8.27kg(70.00モル)、96%水酸化ナトリウム2.94kg(70.63モル)、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)11.45kg(115.50モル)、酢酸ナトリウム1.89kg(23.1モル)、及びイオン交換水5.50kgを仕込み、常圧で窒素を通じながら245℃まで約3時間かけて徐々に加熱し、水9.77kgおよびNMP0.28kgを留出した後、反応容器を200℃に冷却した。アルカリ金属硫化物の仕込み量1モル当たりの系内残存水分量は、NMPの加水分解に消費された水分を含めて1.06モルであった。また、硫化水素の飛散量は、アルカリ金属硫化物の仕込み量1モル当たり0.02モルであった。
【0082】
反応容器を200℃まで冷却した後、p-ジクロロベンゼン10.42kg(70.86モル)、NMP9.37kg(94.50モル)を加え、反応容器を窒素ガス下に密封し、240rpmで撹拌しながら0.6℃/分の速度で200℃から270℃まで昇温し、270℃で140分反応した。その後、270℃から250℃まで15分かけて冷却しながら水2.40kg(133モル)を圧入した。ついで250℃から220℃まで75分かけて徐々に冷却した後、室温近傍まで急冷し、内容物を取り出した。
【0083】
内容物を約35リットルのNMPで希釈しスラリーとして85℃で30分撹拌後、80メッシュ金網(目開き0.175mm)で濾別して固形物を得た。得られた固形物を同様にNMP約35リットルで洗浄濾別した。得られた固形物を70リットルのイオン交換水に加え、70℃で30分撹拌後、80メッシュ金網で濾過して固形物を回収する操作を合計3回繰り返した。得られた固形物および酢酸32gを70リットルのイオン交換水に加え、70℃で30分撹拌後、80メッシュ金網で濾過した。得られた固形物を、更に70リットルのイオン交換水に加え、70℃で30分撹拌後、80メッシュ金網で濾過して固形物を回収した。このようにして得られた固形物を窒素気流下、120℃で乾燥することにより、乾燥ポリフェニレンスルフィド樹脂を得た。質量平均分子量は48600であった。
【0084】
<電子供与性基を有さない熱可塑性樹脂>
ポリエチレンテレフタレート(PET):東レ製F20-S、融点255℃。
【0085】
<(B1)ニッケル化合物>
(B1-1)ヨウ化ニッケル(II)6水和物(富士フィルム和光純薬(株)製)
(B1-2)ギ酸ニッケル(II)2水和物(富士フィルム和光純薬(株)製)
(B1-3)ヨウ化ニッケル(II)6水和物の3質量%水溶液。
【0086】
<(B2)完全分解温度が400℃以上の銅化合物>
(B2-1)塩化銅(II)無水物(富士フィルム和光純薬(株)製)
(B2-2)ヨウ化銅(I)無水物(富士フィルム和光純薬(株)製)
(B2-3)塩化銅(II)2水和物の3質量%水溶液。
【0087】
<(B’2)完全分解温度が400℃未満の銅化合物>
(B’2-1)硝酸銅(II)3水和物(富士フィルム和光純薬(株)製)
<(C)アミン化合物>
(C-1)フェノチアジン(富士フィルム和光純薬(株)製)
(分子量199、沸点371℃)
(C-2)p-フェニレンジアミン(富士フィルム和光純薬(株)製)
(分子量108、沸点267℃)
(C-3)オクチルアミン(富士フィルム和光純薬(株)製)
(分子量129、沸点176℃)
(C-4)アミン変性エラストマー タフテックMP10(旭化成(株)製)
(分子量>5000、沸点>300℃)
<(D)繊維状充填材>
(D-1)炭素繊維“トレカ(登録商標)”カットファイバーTV14-006(東レ株式会社製)
(D-2)不連続炭素繊維マット
東レ(株)製“トレカ(登録商標)”T700S-12kを20mm長にカットした炭素繊維チョップド糸をカーディング装置に導入し、出てきたウェブをクロスラップし、目付け100g/m2のシート状の炭素繊維シートを形成した。得られた炭素繊維シートをプレス機に設置し、20MPaの圧力で5秒間加圧し不連続炭素繊維マットを得た。
【0088】
(D-3)炭素繊維束(東レ(株)製“トレカ(登録商標)”T700S-12k)
<熱可塑性樹脂組成物の製造方法>
表1、表2、表4、表5の各実施例および比較例に示す原料のうち、(D-1)炭素繊維を除く原料を表1、表2、表4、表5に示す組成でドライブレンドし、二軸押出機(日本製鋼所社製TEX30α)のメインフィーダーより供給し、(D-1)炭素繊維をサイドフィーダー(スクリューの全長を1.0としたときの上流側からみて0.35の位置に設置されたもの)より供給し、シリンダー温度320℃(実施例11と比較例9は380℃、実施例12と比較例10~12は300℃)、スクリュー回転数200rpmで溶融混練を行い、ダイから吐出されるガットは即座に水浴にて冷却し、ストランドカッターによりペレット化し、120℃(実施例11と比較例9は170℃、実施例12と比較例10~12は80℃)で12時間真空乾燥を行った。
【0089】
<熱可塑性樹脂組成物を含浸させてなる不連続繊維強化樹脂基材の製造方法>
表3、表6の各実施例および比較例に示す原料のうち、(D-2)不連続炭素繊維マットを除く原料を表に示す組成でドライブレンドし、320℃に加熱した1軸押出機のホッパーに投入し、溶融混練した後フィルムダイから膜状に押出し、肉厚100μmのフィルムを作製した。
【0090】
(D-2)不連続炭素繊維マットの巻き取り方向を0°とし、不連続繊維マットを12枚、(0°/90°/0°/90°/0°/90°)sとなるように積層し、さらに積層した不連続炭素繊維マット中に、炭素繊維と熱可塑性樹脂組成物フィルムの質量比が50:50となるように、前記熱可塑性樹脂組成物フィルムを積層した後に、全体をステンレス板で挟み、350℃で90秒間予熱後、2.0MPaの圧力をかけながら180秒間、350℃にてホットプレスした。次いで加圧状態で50℃まで冷却し、厚さ2mmの繊維強化樹脂基材を得た。
【0091】
<熱可塑性樹脂組成物を含浸させてなる連続繊維強化樹脂基材の製造方法>
表3、表6の各実施例および比較例に示す原料のうち、(D-3)炭素繊維束を除く原料を表に示す組成でドライブレンドし、320℃に加熱した1軸押出機のホッパーに投入し、溶融混練した後ダイから吐出されるガットは即座に水浴にて冷却し、ストランドカッターによりペレット化し、120℃で12時間真空乾燥を行った。(D-3)炭素繊維束が巻かれたボビンを16本準備し、それぞれボビンから連続的に糸道ガイドを通じて炭素繊維束を送り出した。連続的に送り出された炭素繊維束に、320℃に加熱された含浸ダイ内において、充填したフィーダーから定量供給された、前述の方法により得られた樹脂組成物ペレットを含浸させた。含浸ダイ内で樹脂組成物を含浸した炭素繊維を、引取ロールを用いて含浸ダイのノズルから1m/minの引き抜き速度で連続的に引き抜いた。引き抜かれた炭素繊維束は、冷却ロールを通過して樹脂組成物が冷却固化され、連続した繊維強化樹脂基材として巻取機に巻き取られた。得られた繊維強化樹脂基材の厚さは0.08mm、幅は50mmであり、強化繊維方向は一方向に配列し、体積含有率が60%の連続繊維強化樹脂基材を得た。さらに厚さ0.08mmの連続繊維強化樹脂基材を6枚同方向に重ね、320℃に加熱されたプレス機で圧力15bar、20分加圧することで厚さ0.45mmの連続繊維強化樹脂基材の積層体を得た。
【0092】
<熱可塑性樹脂組成物の評価方法>
各実施例および比較例における評価方法を説明する。
【0093】
(1)熱可塑性樹脂組成物中の遷移金属含有量
上記熱可塑性樹脂組成物ペレットを灰化し、灰化物を硫酸、フッ化水素酸で加熱密閉分解したのち、王水に溶かし得た定容液をICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析計:サーモクエスト社製ELEMENT)で測定した。
【0094】
(2)銅化合物の完全分解温度
銅化合物単体約10mgを計量し、熱質量分析機(パーキンエルマー社製TGA7)を用いて、窒素気流下、50℃で1分保持後、50℃から500℃まで昇温速度10℃/分で昇温し、50℃での質量を100%としたときの質量減少を測定した。
【0095】
一例として、(B2-1)塩化銅(II)無水物を上記条件で熱質量分析した結果を
図1に示す。同様に(B’2-1)硝酸銅(II)3水和物を上記条件で熱質量分析した結果を
図2に示す。横軸は温度T(℃)を、縦軸は質量分率W(%)を表す。塩化銅(II)無水物は、全質量のうち分子量から計算される52.7質量%に相当する塩素が揮発する。完全分解温度は、質量減少率が銅化合物の銅を除く化合物成分の質量のうち、90%に達する温度と定義される。したがって、52.7質量%の90%である47質量%の質量減少が観測された温度が塩化銅(II)無水物の完全分解温度となる。塩化銅(II)無水物においては500℃までの測定温度において47質量%の質量減少は観測されなかった。したがって、塩化銅(II)無水物の完全分解温度は500℃以上である。一方、硝酸銅(II)3水和物は、全質量のうち分子量から計算される22.3質量%に相当する3水和物がまず揮発し(
図2の符号1)、51.3質量%に相当する硝酸が揮発する(
図2の符号2)。完全分解温度は、質量減少率が銅化合物の銅を除く化合物成分の質量のうち、90%に達する温度と定義される。硝酸銅(II)3水和物中の銅を除いた部分は73.6質量%であるため、その90%は66質量%となる。したがって、66質量%の質量減少が観測された温度が、硝酸銅(II)3水和物の完全分解温度となる。
図2より、硝酸銅(II)3水和物の完全分解温度は282℃である。
【0096】
(3)加熱前後の溶融粘度測定
上記熱可塑性樹脂組成物ペレットを凍結粉砕/真空乾燥したものを加熱前の溶融粘度測定用サンプルとして用いた。真空乾燥条件は120℃(実施例11と比較例9は170℃、実施例12と比較例10~12は80℃)で12時間である。また25mm×7mm×7mmのマイクロアルミ皿(アルファパーチェス製)に凍結粉砕/真空乾燥したサンプル約50mgを、深さ約300μmとなるように平らに盛り、大気下の電気炉で(A)熱可塑性樹脂の融点+70℃にて30分加熱し、加熱後のサンプルを凍結粉砕/真空乾燥したものを加熱後の溶融粘度測定用サンプルとした。加熱前後の溶融粘度保持率が100%に近いほど熱安定性に優れることを示す。溶融粘度測定条件は下記の通り。
【0097】
装置:レオメーター(AntonPaar社製Physica MCR501)
雰囲気:窒素気流下
測定温度:(A)熱可塑性樹脂の融点+70℃
角周波数:6.28rad/sec
サンプル量:0.7g
溶融粘度:上記条件で5分滞留後の複素粘度。
【0098】
(4)加熱前後の引張特性
上記熱可塑性樹脂組成物ペレットを凍結粉砕/真空乾燥したものを、小型射出成形機(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製HaakeMiniJetPro)を用いて、シリンダー温度350℃(実施例11と比較例9は380℃、実施例12と比較例10~12は300℃)、金型温度120℃(実施例11と比較例9は170℃、実施例12と比較例10~12は80℃)の条件で、ISO527-2-5A規格のダンベルを射出成形し、加熱前の引張試験用成形品とした。また、25mm×7mm×7mmのマイクロアルミ皿(アルファパーチェス製)に凍結粉砕/真空乾燥したサンプル約50mgを、深さ約300μmとなるように平らに盛り、大気下の電気炉で(A)熱可塑性樹脂の融点+70℃にて30分加熱し、加熱後のサンプルを凍結粉砕/真空乾燥したものを上記成形条件で成形し、加熱後の引張試験用成形品とした。加熱前後の引張強度保持率、引張破断伸度保持率が100%に近いほど熱安定性に優れることを示す。引張試験条件は下記の通り。
【0099】
装置:万能力学試験機(島津製作所社製オートグラフAG-20kNX)
雰囲気:23℃×50%RH
チャック間距離:50mm
標線間距離:20mm
引張速度:5mm/分。
【0100】
(5)カルボキシル基量測定
(A1)ポリアリーレンスルフィドおよび熱可塑性樹脂組成物中の(A1)ポリアリーレンスルフィドのカルボキシル基量は、フーリエ変換赤外分光装置(以下、FT-IRと略す)を用いて算出した。まず、標準物質として安息香酸をFT-IRにて測定し、ベンゼン環のC-H結合の吸収である3066cm-1のピークの吸収強度(b1)とカルボキシル基の吸収である1704cm-1のピークの吸収強度(c1)を読み取り、ベンゼン環1単位に対するカルボキシル基量(U1)、(U1)=(c1)/[(b1)/5]を求めた。次に、(A1)ポリアリーレンスルフィドおよび熱可塑性樹脂組成物を320℃にて1分間溶融プレスした後、急冷して得られた非晶フィルムのFT-IR測定を行った。3066cm-1の吸収強度(b2)と1704cm-1の吸収強度(c2)を読み取り、ベンゼン環1単位に対するカルボキシル基量(U2)、(U2)=(c2)/[(b2)/4]を求めた。(A1)ポリアリーレンスルフィドおよび熱可塑性樹脂組成物1gに対するカルボキシル基含有量を以下の式から算出した。
(A1)ポリアリーレンスルフィドおよび熱可塑性樹脂組成物のカルボキシル基量(μmol/g)
=(U2)/(U1)/108.161×1000000。
【0101】
(6)溶着試験
上記製造方法により得た不連続繊維強化樹脂基材を寸法300mm×400mm×2mmに裁断し、基材中心温度が350℃になるまで予熱後、190℃に昇温したプレス盤に配し、10MPaで30秒間加圧してスタンピング成形することで不連続繊維強化樹脂成形体を得て、これを用いて溶着を行った。
【0102】
同種の不連続繊維強化樹脂成形体(長さ100mm、幅25mm、厚み2mm)を
図3のように重ねて、幅25mm、溶着代12.5mmの面に1.6MPaの面圧を加えて振動溶着により溶着を行った。
【0103】
(7)溶着体の引張試験
JIS K6851に従い、ラップシェア試験(せん断試験)によって測定した。せん断荷重を加えるように互いに反対方向に引張り、接合部に破断あるいは所定量以上の変形(例えば界面破壊)が生じるときの引張強さを測定することにより、接合強度を定量的に評価した。
【0104】
(8)賦形性
上記製造方法により得た連続繊維強化樹脂基材の積層体を、厚さ0.45mm、幅13mm、長さ125mmに裁断し、240℃に温調したプレス機(テスター産業製SA303)を用いて、
図4に示す通り凹凸形状がある上型(
図4に示す符号4)と下型(
図4に示す符号5)からなる金型の間に、基材中心温度が340℃になるまで予熱された積層体(
図4に示す符号6)を入れ、1.5MPaの圧力で10分間維持し、30℃に温調したプレス機(テスター産業製SA303)に金型ごと移して冷却し、金型の形状に沿って変形した成形品を得た。この成形品の凹凸部の深さ(
図4に示す符号3)をノギスで測定した。次いで、上記凹凸形状の金型1つに、シリコーン系樹脂を塗布し、23℃雰囲気下で24時間放置して硬化させた後、シリコーン系樹脂で作製した凹凸形状の深さをノギスで測定した。短冊状成形品の凹凸部の深さをシリコーン系樹脂の凹凸部の深さで割った値を転写率として、その転写率が0.9以上をA、0.7以上0.9未満をB、0.7未満をCとした。
【0105】
(実施例1~12、比較例1~12)
【0106】
【0107】
【0108】
実施例1~12と比較例1~12の比較から、(A)電子供与性基を有する熱可塑性樹脂に、(B1)ニッケル化合物と(B2)銅化合物を特定量配合することにより、熱安定性および機械特性に優れることがわかる。
【0109】
実施例2と比較例8の比較から、銅化合物の完全分解温度が400℃以上であることにより、熱安定性および機械特性に優れることが分かる。
【0110】
比較例11と比較例12より、電子供与性基を有さない熱可塑性樹脂では、(B1)ニッケル化合物と(B2)銅化合物を特定量配合しても、熱安定性および機械特性の改良効果が得られないことが分かる。
【0111】
実施例2と実施例6の比較から、(B1)ニッケル化合物と(B2)銅化合物は固体として添加するよりも水溶液として添加した方が熱安定性および機械特性に優れることがわかる。(B1)ニッケル化合物と(B2)銅化合物が熱可塑性樹脂組成物中に微分散するためと考える。
【0112】
(実施例13~16、比較例13、14)
【0113】
【0114】
実施例13と比較例13の比較から、熱可塑性樹脂に(B1)ニッケル化合物と(B2)銅化合物を特定量配合することにより、溶着強度に優れることがわかる。不連続繊維強化樹脂基材表面の酸化劣化を抑制できたためと考える。
【0115】
実施例14~16と比較例14の比較から、熱可塑性樹脂に(B1)ニッケル化合物と(B2)銅化合物を特定量配合することにより、賦形性に優れることがわかる。連続繊維強化樹脂基材の酸化劣化に伴う増粘を抑制できたためと考える。
【0116】
(実施例17~25、比較例15~23)
【0117】
【0118】
【0119】
実施例17~25と比較例15~23の比較から、(A1)ポリアリーレンスルフィドに、(B1)ニッケル化合物または(B2)銅化合物と(C)アミン化合物を特定量配合することにより、熱安定性および機械特性に優れることがわかる。
【0120】
(実施例26~29、比較例24、25)
【0121】
【0122】
実施例26と比較例24の比較から、(A1)ポリアリーレンスルフィドに、(B1)ニッケル化合物または(B2)銅化合物と(C)アミン化合物を特定量配合することにより、溶着強度に優れることがわかる。不連続繊維強化樹脂基材表面の酸化劣化を抑制できたためと考える。
【0123】
実施例27~29と比較例24、25の比較から、(A1)ポリアリーレンスルフィドに、(B1)ニッケル化合物または(B2)銅化合物と、(C)アミン化合物を特定量配合することにより、賦形性に優れることが分かる。連続繊維強化基材の酸化劣化に伴う増粘を抑制できたためと考える。
【産業上の利用可能性】
【0124】
本発明の熱可塑性樹脂組成物は、通常公知の射出成形、圧縮成形、押出成形などの任意の方法で成形することができる。本発明の熱可塑性樹脂組成物は、熱安定性、機械特性に優れる点を活かし、各種電気電子部品、自動車部品、航空機部品、機械部品などに加工することが可能である。また、本発明の熱可塑性樹脂組成物は、衣料・産業資材などの繊維、包装・磁気記録などのフィルムとして使用することができる。さらに、繊維状充填材と組み合わせた成形品として用いることにより、特に自動車や航空宇宙用途におけるさらなる軽量化による燃費向上、地球温暖化ガス排出削減への貢献が期待できる。
【符号の説明】
【0125】
1:水和物の脱離
2:硝酸の脱離
3:深さ
4:金型上
5:金型下
6:連続繊維強化基材の積層体