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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-31
(45)【発行日】2025-04-08
(54)【発明の名称】フラックス入りワイヤ
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/368 20060101AFI20250401BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20250401BHJP
【FI】
B23K35/368 B
B23K35/30 320D
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2021021936
(22)【出願日】2021-02-15
(65)【公開番号】P2022124267
(43)【公開日】2022-08-25
【審査請求日】2023-09-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】磯野 晋也
(72)【発明者】
【氏名】高内 英亮
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-093428(JP,A)
【文献】特開2019-048324(JP,A)
【文献】特開2018-144071(JP,A)
【文献】特開2015-027700(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/368
B23K 35/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮にフラックスが充填されているガスシールドアーク溶接用のフラックス入りワイヤであって、
ワイヤ全質量に対して、
Fe:75質量%以上85質量%以下、
C:0.05質量%以上0.25質量%以下、
TiO:3.0質量%以上9.0質量%以下(ただし、前記TiO は、酸に溶けないすべてのTiをTiO に換算した値である。)
金属Si及びSi化合物のSiO換算値:0.5質量%以上1.5質量%以下、
Mn:0.5質量%以上2.0質量%以下、
Cr:8.0質量%以上11.0質量%以下、
Ni:0.05質量%以上1.0質量%以下、
Mo:0.7質量%以上1.5質量%以下、
Co:0.10質量%以上1.50質量%以下、
Nb:0.01質量%以上0.15質量%以下、
V:0.1質量%以上0.5質量%以下、
N:0.015質量%以上0.060質量%以下
Li:0.01質量%以上0.11質量%以下、
F:0.10質量%以上0.60質量%以下、を含有し、
Mg:0.85質量%以下、
K及びNaの総量:0.3質量%以下、
P:0.020質量%以下、
S:0.020質量%以下、
Al:0.20質量%以下、
Cu:0.30質量%以下、
Ca:0.05質量%以下、
W:0.1質量%以下、
B:0.05質量%以下、
金属Ti:0.20質量%以下(ただし、前記金属Tiは、酸に可溶なTiの含有量である。)、
不可避的不純物:1.5質量%以下、であり、
さらに、Al 、金属Zr及びZr化合物から選択される少なくとも1種を、ワイヤ全質量に対して、
Al :0.50質量%以下、
金属Zr及びZr化合物のZrO 換算値:0.50質量%以下、の範囲で含有し、
さらに、ワイヤ中のTiO 含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[TiO ]と表し、
ワイヤ中のLi含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Li]と表す場合に、
[TiO ]/[Li]:70以上170以下、であり、
前記Fe、前記C、前記TiO 、前記SiO 換算値、前記Mn、前記Cr、前記Ni、前記Mo、前記Co、前記Nb、前記V、前記N、前記Li、前記Mg、前記K及びNaの総量、前記P、前記Sを合計で、ワイヤ全質量に対して96質量%以上含むことを特徴とするフラックス入りワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラックス入りワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、9%Cr鋼は高温特性に優れており、火力発電、原子力発電のボイラや圧力容器等に使用されている。このような溶接構造物を製造するためのガスシールドアーク溶接用のワイヤとして、近年、より一層機械的性能が優れた溶接金属を得ることができるフラックス入りワイヤについての要求が高くなっている。
【0003】
例えば、特許文献1には、Cr含有量が11~13.5重量%のステンレス鋼外皮中にフラックスを充填してなるフラックス入りワイヤであって、NiやMnなど他の成分の含有量が所定の範囲に規定されたフラックス入りワイヤが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平11-207490号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、9%Cr鋼は焼入れ性が高く、溶接ままでは熱影響部も溶接金属もマルテンサイト組織となり、継手性能が劣化する。したがって、溶接部の溶接残留応力及び残留水素の除去、並びに溶接部の焼戻しマルテンサイト組織化による溶接熱影響部の軟化及び溶接部の延性並びに靱性改善等を目的として、通常、溶接部に対して溶接後熱処理(PWHT:Post Weld Heat Treatment)を施す。
【0006】
残留応力除去の観点からはPWHTの温度が高い方が有利であるが、溶接金属のAC1変態点を超える温度で行うと、溶接金属は相変態を起こし、クリープ破断強度が著しく劣化する危険性がある。米国溶接協会規格及びEN規格では、溶接金属のAC1変態点を高めることを目的としてMn及びNiの総含有量の上限を規制する動きがある。AC1変態点とMn及びNiの総含有量には負の相関があるため、これらの元素の含有量が多い場合には高温のPWHTの適用は不適である。上記特許文献1に記載のフラックス入りワイヤを使用した場合においても、PWHT後の溶接金属について、特に760℃のような高温でPWHTを行うような場合に所望の強度を得られないことがある。また、特許文献1には、スラグ成分について開示がなく、種々の姿勢溶接を行う場合などの溶接作業性に対して改善の余地がある。
【0007】
本発明は、上述した状況に鑑みてなされたものであり、9%Cr鋼の溶接に好適に用いられ、PWHT温度が、例えば760℃という高温であっても、強度及び靱性が優れた溶接金属を得ることができるとともに、溶接作業性が良好であるガスシールドアーク溶接用のフラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、PWHT後の強度および靱性を良好にするためのフラックス入りワイヤについて鋭意検討した結果、フラックス入りワイヤにCoを含有させるとともに、各成分を所定の範囲にすることにより、δフェライトの残留を抑制し、溶接金属の靱性を向上させることができることを見出した。さらに、全姿勢溶接を行うために鋭意検討した結果、TiOやNa、K等のスラグ成分を所定の範囲にすることにより、様々な姿勢溶接でも良好な溶接作業性を得ることができることを見出した。
本発明は、これら知見に基づいてなされたものである。
【0009】
本発明の上記目的は、フラックス入りワイヤに係る下記[1]の構成により達成される。
【0010】
[1] 鋼製外皮にフラックスが充填されているガスシールドアーク溶接用のフラックス入りワイヤであって、
ワイヤ全質量に対して、
Fe:75質量%以上85質量%以下、
C:0.05質量%以上0.25質量%以下、
TiO:3.0質量%以上9.0質量%以下、
金属Si及びSi化合物のSiO換算値:0.5質量%以上1.5質量%以下、
Mn:0.5質量%以上2.0質量%以下、
Cr:8.0質量%以上11.0質量%以下、
Ni:0.05質量%以上1.0質量%以下、
Mo:0.7質量%以上1.5質量%以下、
Co:0.10質量%以上1.50質量%以下、
Nb:0.01質量%以上0.15質量%以下、
V:0.1質量%以上0.5質量%以下、
N:0.015質量%以上0.060質量%以下、を含有し、
Li:0.11質量%以下、
Mg:0.85質量%以下、
K及びNaの総量:0.3質量%以下、
P:0.020質量%以下、
S:0.020質量%以下、であることを特徴とするフラックス入りワイヤ。
【0011】
また、フラックス入りワイヤに係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[2]~[5]に関する。
[2] ワイヤ全質量に対して、
Li:0.01質量%以上0.11質量%以下、を含有し、
ワイヤ中のTiO含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[TiO]と表し、
ワイヤ中のLi含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Li]と表す場合に、
[TiO]/[Li]:70以上170以下、であることを特徴とする[1]に記載のフラックス入りワイヤ。
【0012】
[3] さらに、ワイヤ全質量に対して、
F:0.10質量%以上0.60質量%以下、を含有することを特徴とする[1]又は[2]に記載のフラックス入りワイヤ。
【0013】
[4] さらに、
Al、金属Zr及びZr化合物から選択される少なくとも1種を、ワイヤ全質量に対して、
Al:0.50質量%以下、
金属Zr及びZr化合物のZrO換算値:0.50質量%以下、の範囲で含有することを特徴とする[1]~[3]のいずれか1つに記載のフラックス入りワイヤ。
【0014】
[5] さらに、ワイヤ全質量に対して、
Al:0.20質量%以下、を含有することを特徴とする[1]~[4]のいずれか1つに記載のフラックス入りワイヤ。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、PWHT温度が、例えば760℃という高温であっても、強度及び靱性が優れた溶接金属を得ることができるとともに、溶接作業性が良好であるガスシールドアーク溶接用のフラックス入りワイヤを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。
【0017】
[1.フラックス入りワイヤ]
本実施形態に係るフラックス入りワイヤ(以下、単に「ワイヤ」ともいう。)は、鋼製の外皮にフラックスが充填されている。また、本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、いわゆる低合金鋼板のガスシールドアーク溶接用のワイヤであり、特に9%Cr鋼板のガスシールドアーク溶接に好適に使用できる。
【0018】
以下、本実施形態に係るフラックス入りワイヤに含有される成分について、その含有理由及び数値範囲限定理由を説明する。
なお、以下の説明において、フラックス入りワイヤ中の各成分量は、特に断りのない限り、ワイヤ全質量、すなわち外皮と外皮内のフラックスの合計量あたりの含有量として規定される。
【0019】
<Fe:75質量%以上85質量%以下>
Feは、本実施形態に係るワイヤの主成分である。
ワイヤ全質量に対するFe含有量は75質量%以上とし、76質量%以上や77質量%以上であってもよい。また、ワイヤ全質量に対するFe含有量は85質量%以下とし、84質量%以下や82質量%以下であってもよい。
【0020】
<C:0.05質量%以上0.25質量%以下>
Cは、Cr、Mo、V及びNbと結合して炭化物を析出し、溶接金属の強度を確保する効果を有する重要な元素である。
ワイヤ全質量に対するC含有量が0.05質量%未満であると、溶接金属の所望の強度を得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するC含有量は0.05質量%以上とし、0.07質量%以上であることが好ましく、0.09質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するC含有量が0.25質量%を超えると、偏析部の凝固温度が大きく低下し、高温割れが発生しやすくなる。また、炭化物の析出が過剰となり溶接金属の靱性が低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するC含有量は0.25質量%以下とし、0.23質量%以下であることが好ましく、0.21質量%以下であることがより好ましい。
【0021】
<TiO:3.0質量%以上9.0質量%以下>
TiOは、スラグ形成剤としてワイヤ中に添加される成分であり、立向上進溶接性を良好にする効果を有する成分である。
ワイヤ全質量に対するTiO含有量が3.0質量%未満であると、スラグの被包性が劣化する。したがって、ワイヤ全質量に対するTiO含有量は3.0質量%以上とし、4.0質量%以上であることが好ましく、4.5質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するTiO含有量が9.0質量%を超えると、スラグ生成量が過剰となって、溶接部にスラグ巻き込みが発生しやすくなる。また、溶接金属中の酸素量が増加し、靱性が劣化する。さらに、TiOのTiが溶接金属に過剰に含有されると引張強さが過剰となり、靱性が低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するTiO含有量は9.0質量%以下とし、8.5質量%以下であることが好ましく、8.0質量%以下であることがより好ましい。
なお、本実施形態においては、TiO含有量は、Ti化合物のTiO換算値である。より具体的には、TiO含有量は、酸に溶けないすべてのTiをTiOに換算した値である。
【0022】
<金属Si及びSi化合物のSiO換算値:0.5質量%以上1.5質量%以下>
Siは、溶接金属の脱酸剤として機能し、溶接金属の酸素量を低減する効果を有するとともに、スラグの粘性を向上させて、スラグの被包性及び溶接止端部のなじみを向上させる効果を有する元素である。
ワイヤ全質量に対するSiO換算値が0.5質量%未満であると、上記効果を十分に得ることができず、ビード外観及びビード形状が劣化する。したがって、ワイヤ全質量に対するSiO換算値は0.5質量%以上とし、0.55質量%以上であることが好ましく、0.6質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するSiO換算値が1.5質量%を超えると、溶接部にスラグ巻き込みが発生しやすくなる。また、Siはフェライト生成元素であり、過剰に添加するとδフェライトの残留を引き起こし、溶接金属の靱性が低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するSiO換算値は1.5質量%以下とし、1.4質量%以下であることが好ましく、1.3質量%以下であることがより好ましい。
なお、本実施形態において、SiO換算値とは、ワイヤ中に含有されるSi単体とSi合金、及びSi化合物(合金のSi化合物を除く)に含まれるすべてのSiをSiOに換算したSiO換算値として規定している。
【0023】
<Mn:0.5質量%以上2.0質量%以下>
Mnは、溶接金属の脱酸剤として機能し、溶接金属の強度を向上させるとともに、靱性を改善する効果を有する元素である。また、Mnは、オーステナイト形成元素であり、溶接金属におけるδ-フェライトの残留による靱性の劣化を抑制する効果を有する元素でもある。
ワイヤ全質量に対するMn含有量が0.5質量%未満であると、脱酸不足を引き起こすとともに、δフェライトの残留を抑制する効果を十分に得ることができず、溶接金属の靱性が低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するMn含有量は0.5質量%以上とし、0.7質量%以上であることが好ましく、0.8質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するMn含有量が2.0質量%を超えると、溶接金属の高温強度が劣化する。また、偏析部の凝固温度が低下するとともに、変態点が低下して、高温でのPWHTが困難となる。したがって、ワイヤ全質量に対するMn含有量は2.0質量%以下とし、1.8質量%以下であることが好ましく、1.6質量%以下であることがより好ましい。
【0024】
<Cr:8.0質量%以上11.0質量%以下>
Crは、本実施形態に係るフラックス入りワイヤが対象としている9Cr鋼の主要元素であり、溶接金属の耐酸化性と高温強度とを確保するために不可欠な元素である。
ワイヤ全質量に対するCr含有量が8.0質量%未満であると、耐酸化性及び高温強度が不十分となる。したがって、ワイヤ全質量に対するCr含有量は8.0質量%以上とし、8.3質量%以上であることが好ましく、8.5質量%以上であることがより好ましい。
一方、Crはフェライト形成元素であるため、ワイヤ全質量に対するCr含有量が11.0質量%を超えると、δ-フェライトの残留を引き起こし、溶接金属の靱性及びクリープ性能が劣化する。したがって、ワイヤ全質量に対するCr含有量は11.0質量%以下とし、10.5質量%以下であることが好ましく、10.0質量%以下であることがより好ましい。
【0025】
<Ni:0.05質量%以上1.0質量%以下>
Niは、Mnと同様にオーステナイト形成元素であり、溶接金属におけるδフェライトの残留を抑制し、靱性を向上させる効果を有する元素である。
ワイヤ全質量に対するNi含有量が0.05質量%未満であると、溶接金属の靱性を向上させる効果を十分に得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するNi含有量は0.05質量%以上とし、0.1質量%以上であることが好ましく、0.2質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するNi含有量が1.0質量%を超えると、高温強度が低下するとともに、変態点が低下して、高温でのPWHTが困難となる。したがって、ワイヤ全質量に対するNi含有量は1.0質量%以下とし、0.8質量%以下であることが好ましく、0.7質量%以下であることがより好ましい。
【0026】
<Mn及びNiの総量:0.7質量%以上2.5質量%以下>
上述のとおり、Mn及びNiはいずれも溶接金属におけるδフェライトの残留を抑制し、靱性を向上させる効果を有する元素であるが、これらの合計の含有量を適切に制御することにより、変態点の低下を抑制し、想定する温度でのPWHTを実施することができる。したがって、ワイヤ全質量に対するMn及びNiの総量は0.7質量%以上であることが好ましく、0.9質量%以上であることがより好ましい。また、ワイヤ全質量に対するMn及びNiの総量は2.5質量%以下であることが好ましく、2.2質量%以下であることがより好ましい。
【0027】
<Mo:0.7質量%以上1.5質量%以下>
Moは、固溶強化元素であり、クリープ破断強度を向上させる効果を有する元素である。
ワイヤ全質量に対するMo含有量が0.7質量%未満であると、所望のクリープ破断強度を得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するMo含有量は0.7質量%以上とし、0.75質量%以上であることが好ましく、0.8質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するMo含有量が1.5質量%を超えると、δフェライトの残留を引き起こし、溶接金属の靱性やクリープ性能が低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するMo含有量は1.5質量%以下とし、1.3質量%以下であることが好ましく、1.1質量%以下であることがより好ましい。
【0028】
<Co:0.10質量%以上1.50質量%以下>
Coは、オーステナイト形成元素であり、δフェライトの残留を抑制する効果を有する元素である。MnやNiをワイヤ中に含有させることによっても、δフェライトの残留を抑制する効果を得ることはできるが、CoはMn及びNiと比較して、変態点の低下幅が小さいため、高温でのPWHTを実施することができ、より効果的に溶接金属の靱性を向上させることができるとともに、クリープ強度を向上させることができる。
ワイヤ全質量に対するCo含有量が0.10質量%未満であると、靱性を向上させる効果を十分に得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するCo含有量は0.10質量%以上とし、0.12質量%以上であることが好ましく、0.15質量%以上であることがより好ましく、0.20質量%以上であることがさらに好ましく、0.25質量%以上であることが特に好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するCo含有量が1.50質量%を超えると、変態点が低下し、高温でのPWHTが困難となる。また、Coは高価な材料であるため、ワイヤの原料コストが上昇する。したがって、ワイヤ全質量に対するCo含有量は1.50質量%以下とし、1.20質量%以下であることが好ましく、1.00質量%以下であることがより好ましく、0.70質量%以下であることがさらに好ましく、0.50質量%以下であることが特に好ましい。
【0029】
<Nb:0.01質量%以上0.15質量%以下>
Nbは、固溶強化により溶接金属の強度を向上させる効果を有するとともに、窒化物として析出して、クリープ破断強度の安定化に寄与する効果を有する元素である。
ワイヤ全質量に対するNb含有量が0.01質量%未満であると、溶接金属の強度を向上させる効果及びクリープ破断強度を安定化する効果を十分に得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するNb含有量は0.01質量%以上とし、0.015質量%以上であることが好ましく、0.02質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するNb含有量が0.15質量%を超えると、δフェライトの残留を引き起こし、溶接金属の靱性が低下するとともに、クリープ性能が劣化する。したがって、ワイヤ全質量に対するNb含有量は0.15質量%以下とし、0.12質量%以下であることが好ましく、0.10質量%以下であることがより好ましい。
【0030】
<V:0.1質量%以上0.5質量%以下>
Vは、炭窒化物として溶接金属中に析出し、析出強化によりクリープ破断強度を安定化する効果を有する元素である。
ワイヤ全質量に対するV含有量が0.1質量%未満であると、所望のクリープ破断強度を得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するV含有量は0.1質量%以上とし、0.15質量%以上であることが好ましく、0.17質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するV含有量が0.5質量%を超えると、δフェライトの残留を引き起こし、溶接金属の靱性が低下するとともに、クリープ性能が劣化する。したがって、ワイヤ全質量に対するV含有量は0.5質量%以下とし、0.4質量%以下であることが好ましく、0.3質量%以下であることがより好ましい。
【0031】
<N:0.015質量%以上0.060質量%以下>
Nは、固溶強化により溶接金属の強度を向上させる効果を有するとともに、窒化物として析出して、クリープ破断強度の安定化に寄与する効果を有する元素である。
ワイヤ全質量に対するN含有量が0.015質量%未満であると、溶接金属の強度を向上させる効果及びクリープ破断強度を安定化する効果を十分に得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するN含有量は0.015質量%以上とし、0.018質量%以上であることが好ましく、0.020質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するN含有量が過剰であると、溶接金属中に固溶せず、ブローホールが発生する。したがって、ワイヤ全質量に対するN含有量は0.060質量%以下とし、0.050質量%以下であることが好ましく、0.040質量%以下であることがより好ましい。
【0032】
<Li:0.11質量%以下(0質量%を含む)>
Liは、ワイヤ中の合金元素の溶接金属への歩留まりを低減する効果を有する元素である。本実施形態に係るフラックス入りワイヤにおいては、スラグ形成剤としてのTiO含有量が多いため、溶接金属中のTi含有量が高くなりやすい。そこで、ワイヤ中にLiを含有させることにより、Tiの過剰な歩留まりを抑制し、過剰な強度の上昇を抑制するとともに、靱性を良好にすることができる。
本実施形態においてLi含有量の下限は特に限定されず、0質量%であってもよいが、TiOの過剰な歩留まりを抑制することを目的としてワイヤ中にLiを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するLi含有量は0.02質量%以上であることが好ましく、0.03質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するLi含有量が0.11質量%を超えると、溶接金属中のTiが少なくなり、溶接金属の引張強さが低下する。また、スラグの粘度が低下するため、立向溶接作業性が著しく劣化する。したがって、ワイヤ全質量に対するLi含有量は0.11質量%以下とし、0.09質量%以下であることが好ましく、0.07質量%以下であることがより好ましい。
【0033】
<Mg:0.85質量%以下(0質量%を含む)>
Mgは、脱酸効果を有し、溶接金属の靱性の安定化に寄与する元素である。
本実施形態においてMg含有量の下限は特に限定されず、0質量%であってもよく、溶接金属の靱性を所望の範囲に調整することを目的としてワイヤ中にMgを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するMg含有量は0.1質量%以上や0.2質量%以上であってもよい。
一方、ワイヤ全質量に対するMg含有量が0.85質量%を超えると、合金元素の溶接金属への歩留まりを増大させ、過剰な強度上昇を招く。また、スパッタ発生量が増加し、溶接作業性が低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するMg含有量は0.85質量%以下とし、0.70質量%以下であることが好ましく、0.65質量%以下であることがより好ましい。
【0034】
<K及びNaの総量:0.3質量%以下(0質量%を含む)>
K及びNaは、アークを安定化させる効果を有する成分であり、適正な量でワイヤ中に添加することにより、良好なビード形状を得ることができる。
本実施形態においてK及びNaの総量の下限は特に限定されず、0質量%であってもよいが、より一層アークを安定化させることを目的としてワイヤ中にK及びNaのいずれか一方又は両方を含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するK及びNaの総量は0.03質量%以上であることが好ましく、0.05質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するK及びNaの総量が0.3質量%を超えると、溶接金属の靱性が低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するK及びNaの総量は0.3質量%以下とし、0.2質量%以下であることが好ましく、0.15質量%以下であることがより好ましい。
なお、本実施形態に係るワイヤには、K及びNaの両方が含有されていても、いずれか一方のみが含有されていてもよく、その総量が上記範囲内であればよい。
【0035】
<P:0.020質量%以下(0質量%を含む)>
Pは、高温割れ感受性を高める元素である。
ワイヤ全質量に対するP含有量が0.020質量%を超えると、高温割れが発生する。したがって、ワイヤ全質量に対するP含有量は0.020質量%以下とし、0.015質量%以下であることが好ましく、0.012質量%以下であることがより好ましい。
【0036】
<S:0.020質量%以下(0質量%を含む)>
Sは、高温割れ感受性を高める元素である。
ワイヤ全質量に対するS含有量が0.020質量%を超えると、高温割れが発生する。したがって、ワイヤ全質量に対するS含有量は0.020質量%以下とし、0.018質量%以下であることが好ましく、0.015質量%以下であることがより好ましい。
【0037】
なお、本実施形態に係るワイヤは、上記Li含有量が0.01質量%以上0.11質量%以下、を含有し、かつ、ワイヤ中のTiO含有量のLi含有量に対する比が適切に制御されていることが好ましい。
【0038】
<[TiO]/[Li]:70以上170以下>
本実施形態においては、全姿勢溶接での作業性を良好にするためにワイヤ中にTiOを含有させているが、TiOのTiが溶接金属に含有されると引張強さが過剰となり、靱性が低下する。上述のとおり、LiはTiの溶接金属への歩留りを抑制する効果を有するが、ワイヤ中にLiを過剰に含有させると引張強さの低下を招く。したがって、Liの含有量を所定の範囲に設定するとともに、TiO含有量によって制御することが好ましい。すなわち、Li含有量に対するTiO含有量の比を所定の範囲に制御することにより、溶接金属の強度及び靱性のバランスを良好にすることができる。
Li含有量の上限については、上述したとおりであるが、溶接金属の強度及び靱性のバランスを良好にするために、Li含有量に対するTiO含有量の比を制御する場合に、ワイヤ全質量に対するLi含有量は0.01質量%以上であることが好ましい。
【0039】
また、ワイヤ中のTiO含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[TiO]と表し、ワイヤ中のLi含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Li]と表す場合に、式([TiO]/[Li])により得られる値を70以上とすると、引張強さの低下を抑制することができる。したがって、式([TiO]/[Li])により得られる値は70以上であることが好ましく、75以上であることがより好ましく、80以上であることがさらに好ましい。
一方、式([TiO]/[Li])により得られる値を170以下とすると、靱性の低下を抑制することができる。したがって、式([TiO]/[Li])により得られる値は170以下であることが好ましく、160以下であることがより好ましく、150以下であることがさらに好ましい。
【0040】
また、本実施形態に係るワイヤは、さらに、F(フッ化物)を、以下に示す含有量の範囲内で含有することが好ましい。Fがワイヤ中に含有される場合の含有量の限定理由について、以下に説明する。
【0041】
<F:0.10質量%以上0.60質量%以下>
Fは、本実施形態のワイヤにおける必須成分ではないが、溶接金属の拡散性水素量を低減する効果を有する元素であり、任意成分としてワイヤ中にFを含有させることができる。
ワイヤ全質量に対するF含有量が0.10質量%以上であると、拡散性水素量を低減することができ、割れの発生を抑制することができる。したがって、ワイヤ中にFを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するF含有量は0.10質量%以上であることが好ましく、0.15質量%以上であることがより好ましく、0.17質量%以上であることがさらに好ましく、0.20質量%以上であることが特に好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するF含有量が0.60質量%以下であると、スパッタの増加を抑制することができ、アークを安定化することができる。したがって、ワイヤ中にFを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するF含有量は0.60質量%以下であることが好ましく、0.55質量%以下であることがより好ましく、0.50質量%以下であることがさらに好ましい。
【0042】
さらに、本実施形態に係るワイヤは、Al、金属Zr及びZr化合物から選択される少なくとも1種を、それぞれ以下に示す含有量の範囲内で含有することが好ましい。これらの成分がワイヤ中に含有される場合の各含有量の限定理由について、以下に説明する。
【0043】
<Al:0.50質量%以下>
Alはスラグ形成剤であり、本実施形態のワイヤにおける必須成分ではないが、ビード形状を向上させることができるため、任意成分としてワイヤ中にAlを含有させることができる。
ワイヤ中にAlを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するAl含有量は0.02質量%以上であることが好ましく、0.03質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するAl含有量が0.50質量%以下であると、良好なスラグ剥離性を得ることができる。したがって、ワイヤ中にAlを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するAl含有量は0.50質量%以下であることが好ましく、0.40質量%以下であることがより好ましく、0.30質量%以下であることがさらに好ましい。
なお、本実施形態においては、Al含有量は、Al化合物のAl換算値である。より具体的には、Al含有量は、酸に溶けないすべてのAlをAl換算した値である。
【0044】
<金属Zr及びZr化合物のZrO換算値:0.50質量%以下>
ZrOは脱酸効果を有する成分であり、本実施形態のワイヤにおける必須成分ではないが、ビード止端形状を改善することができるため、任意成分としてワイヤ中にZrOを含有させることができる。
ワイヤ中にZrOを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するZrO含有量は0.05質量%以上であることが好ましく、0.07質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するZrO含有量が0.50質量%以下であると、スラグの流動性を適正に保つことができる。したがって、ワイヤ中にZrOを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するZrO含有量は0.50質量%以下であることが好ましく、0.35質量%以下であることがより好ましく、0.30質量%以下であることがさらに好ましい。
なお、本実施形態において、ZrO換算値とは、ワイヤ中に含有されるZr単体とZr合金とを含む金属Zr及びZr化合物に由来する全ZrをZrOに換算したZrO換算値を表す。
【0045】
さらにまた、本実施形態に係るワイヤは、Alを、以下に示す含有量の範囲内で含有することが好ましい。Alがワイヤ中に含有される場合の含有量の限定理由について、以下に説明する。
【0046】
<Al:0.20質量%以下>
Alは脱酸効果を有する成分であり、本実施形態のワイヤにおける必須成分ではないが、溶接金属の靱性を安定化させることができるため、任意成分としてワイヤ中にAlを含有させることができる。
ワイヤ中にAlを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するAl含有量は0.01質量%以上であることが好ましく、0.02質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するAl含有量が0.20質量%以下であると、合金元素の溶接金属への歩留まりを適切に調整することができ、過剰な強度上昇を抑制することができる。したがって、ワイヤ中にAlを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するAl含有量は0.20質量%以下であることが好ましく、0.12質量%以下であることがより好ましく、0.10質量%以下であることがさらに好ましい。
なお、本実施形態おいて、Al含有量は、Al単体及びAl合金に含まれるAlの総量である。
【0047】
<残部>
本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、上記以外の成分の残部として、不可避的不純物が、ワイヤ全質量に対して1.5質量%以下の範囲で含まれる。また、ワイヤの残部には、Cu、Ca、W、B等が含まれてもよい。
本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、例えば、Cu:0.30質量%以下、Ca:0.05質量%以下、W:0.1質量%以下、B:0.05質量%以下、の範囲で含有してもよい。また、金属Tiが0.20質量%以下含有されていてもよく、0.10質量%以下、0.05質量%以下、0.01質量%以下としてもよい。ここで、金属Tiは、Ti単体やTi合金であり、酸に可溶なTiの含有量を意味する。
【0048】
また、本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、前述のFe、C、TiO、SiO換算値、Mn、Cr、Ni、Mo、Co、Nb、V、N、Li、Mg、K及びNaの総量、P、Sを合計で、ワイヤ全質量に対して90質量%以上含むことが好ましく、93質量%以上含むことがより好ましく、96質量%以上含むことがさらに好ましく、98質量%以上含むことが特に好ましい。
【0049】
本実施形態におけるフラックス入りワイヤの外径は特に限定されないが、例えば、0.9mm以上1.6mm以下であることが好ましい。
本実施形態におけるフラックス入りワイヤのフラックス充填率は、ワイヤ中の各元素の含有量が本発明の範囲内であれば、任意の値に設定することができるが、ワイヤ製造時の伸線性及びワイヤ送給性の観点から、例えば、ワイヤ全質量に対して15質量%以上25質量%以下とすることが好ましい。
本実施形態におけるフラックス入りワイヤにおいて外皮に継ぎ目を有する場合、継ぎ目を有しない場合など、その継ぎ目の形態や断面の形状に制限はない。
本実施形態におけるフラックス入りワイヤは、例えば、80体積%Arと20体積%COの混合ガスをシールドガスとして、ガスシールドアーク溶接に用いることができる。
【0050】
[2.フラックス入りワイヤの製造方法]
本実施形態に係るフラックス入りワイヤの製造方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、以下に示す方法で製造することができる。
まず、鋼製外皮を構成する鋼帯を準備し、この鋼帯を長手方向に送りながら成形ロールにより成形して、U字状のオープン管にする。次に、所定の成分組成となるように、各種原料を配合したフラックスを鋼製外皮に充填し、その後、断面が円形になるように加工する。その後、冷間加工により伸線し、本実施形態に係るフラックス入りワイヤとする。
なお、冷間加工途中に焼鈍を施してもよい。また、製造の過程で成形した鋼製外皮の合わせ目を溶接した継ぎ目が無いワイヤと、前記合わせ目を溶接せず隙間のまま残すワイヤのいずれの構造も採用することができる。
【実施例
【0051】
以下、本実施形態に係る発明例及び比較例を挙げて、本発明の効果を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0052】
ワイヤの成分が種々の含有量となるように調製し、直径が1.2mmであるフラックス入りワイヤを作製した。
【0053】
<拡散性水素量の評価>
作製したフラックス入りワイヤを用いて、下記表1に示す拡散性水素量の評価試験用溶接条件により、ガスシールドアーク溶接を実施し、JIS Z 3118:2007に規定される「鋼溶接部の水素量測定方法」に準拠し、拡散性水素量を測定した。なお、ワイヤ突出し長さは25mmとした。
拡散性水素量の評価基準としては、4(ml/100g)以下であったものをA(優良)とし、4(ml/100g)を超えたものをB(良好)とした。
【0054】
<機械的性質の評価>
作製したフラックス入りワイヤを用いて、下記表1に示す機械的性質の評価試験用溶接条件により、MAG(Metal Active Gas)溶接を実施した後、PWHTを行い、溶着金属試験体を作製した。溶着金属の機械的特性は、JIS Z 3111:2005に規定される「溶着金属の引張及び衝撃試験方法」に準拠し、溶着金属試験体から、A2号引張試験片を採取して、引張試験により「引張強さ」を評価するとともに、Vノッチ試験片を採取して、20℃におけるシャルピー衝撃試験により「靱性」を評価した。
機械的特性の評価基準として、引張強さが750MPa以上であったものをA(優良)とし、700MPa以上750MPa未満であったものをB(良好)とし、700MPa未満であったものをC(不良)とした。
また、靱性については、20℃におけるシャルピー衝撃値が25J以上であったものをA(優良)とし、20J以上25J未満であったものをB(良好)とし、20J未満であったものをC(不良)とした。
【0055】
<溶接作業性の評価>
また、溶接作業性を評価するため、上記フラックス入りワイヤを用いて、下記表1に示す溶接作業性の評価試験用溶接条件により、ガスシールドアーク溶接を実施した。なお、本実施例においては、水平すみ肉溶接及び立向上進すみ肉溶接の2種類の溶接姿勢とした。
溶接作業性の評価基準としては、ビードのなじみ、極端な凸ビードの有無、スパッタ量及び垂れを目視により観察し、いずれも優れているものをA(優良)、劣るものがあるが問題なく使用できるものをB(良好)、使用が困難であったものをC(不良)とした。
【0056】
続いて、作製したワイヤの成分組成及び特定成分に基づく算出値を下記表2及び3に示し、評価結果を下記表3に併せて示す。
なお、表2及び3における「ワイヤの成分」に示す成分には、主成分としてFeが含まれている。各ワイヤの成分は、表2及び3に記載された成分およびFeの合計で99質量%以上である。
また、表3において、[TiO]とは、ワイヤ中のTiO含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[Li]とは、ワイヤ中のLi含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
さらに、表2及び3におけるワイヤの成分の欄で、「-」とは、ワイヤの製造時に該当する成分を積極添加していないことを表す。さらに、表3における評価結果の欄で、「-」とは、該当する評価試験を実施していないことを表す。
【0057】
【表1】
【0058】
【表2】
【0059】
【表3】
【0060】
上記表2及び表3に示すように、発明例であるワイヤNo.1~14は、ワイヤの成分が本発明の範囲内であるため、機械的特性、溶接作業性及び拡散性水素量の評価結果がいずれも優れたものとなった。また、表3には記載していないが、発明例であるワイヤNo.1~14は、ワイヤ中のCr、Mo、Co、Nb、V及びN含有量が本発明の範囲内であるため、クリープ破断強度が優れたものとなった。
さらに、発明例であるワイヤNo.1~10は、F含有量が本発明の好ましい範囲内であるため、拡散性水素量の評価結果が優れたものとなった。なお、発明例であるワイヤNo.11及び12は、拡散性水素量の評価試験を実施しなかったが、ワイヤNo.1~10と同様に、F含有量が本発明の好ましい範囲内であるため、優れた拡散性水素量の評価結果が得られると推測される。
【0061】
一方、比較例であるワイヤNo.15は、Li含有量は本発明範囲の上限を超えているため、スラグの粘度が下がり、立向上進すみ肉において耐垂れ性が著しく劣化した。また、溶接金属中へのTi歩留りが低下し、引張強さが低下した。
比較例であるワイヤNo.16は、ワイヤ中のCo含有量が本発明範囲の下限未満であるため、靱性が低下した。また、溶接金属の組織について観察した結果、δフェライトが残留していることを確認した。
【0062】
比較例であるワイヤNo.17及び19は、ワイヤ中のMg含有量並びにK及びNaの総量が本発明範囲の上限を超えているため、靱性が低下した。
【0063】
比較例であるワイヤNo.18及び20は、ワイヤ中のMg含有量が本発明範囲の上限を超えているため、靱性が低下した。
比較例であるワイヤNo.21及び23~25は、ワイヤ中のTiO含有量が本発明範囲の下限未満であるとともに、SiO換算値が本発明範囲の上限を超えているため、溶接作業性が低下した。
【0064】
比較例であるワイヤNo.22は、ワイヤ中のTiO含有量が本発明範囲の下限未満であるため、溶接作業性が低下した。
比較例であるワイヤNo.26は、ワイヤ中のMg含有量が本発明範囲の上限を超えているため、スパッタが多く、溶接作業性が劣化した。
【0065】
以上詳述したように、本実施形態に係るフラックス入りワイヤによれば、760℃のPWHTを実施した場合であっても、強度及び靱性が優れた溶接金属を得ることができるとともに、溶接作業性が良好であることが示された。